(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024032606
(43)【公開日】2024-03-12
(54)【発明の名称】炭化ケイ素系複合体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C04B 35/80 20060101AFI20240305BHJP
D01F 9/10 20060101ALI20240305BHJP
D01F 9/12 20060101ALI20240305BHJP
【FI】
C04B35/80 600
D01F9/10 A
D01F9/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022136337
(22)【出願日】2022-08-29
(71)【出願人】
【識別番号】000208695
【氏名又は名称】第一高周波工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100066
【弁理士】
【氏名又は名称】愛智 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100100365
【弁理士】
【氏名又は名称】増子 尚道
(72)【発明者】
【氏名】新川 淳也
(72)【発明者】
【氏名】山内 宏
【テーマコード(参考)】
4L037
【Fターム(参考)】
4L037CS03
4L037CS29
(57)【要約】
【課題】炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維によって、炭化ケイ素を含有するマトリックスが強化されてなる炭化ケイ素系複合体を製造する新規な方法を提供すること。
【解決手段】炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維からなるプリフォームに、ケイ素粉末および/または炭化ケイ素粉末が分散された懸濁液を含浸させて、ケイ素含浸プリフォームを得る含浸工程と、前記ケイ素含浸プリフォームを乾燥して、ケイ素および/または炭化ケイ素を含有する多孔質の予備複合体を得る乾燥工程と、熱分解により炭素を生成する液体前駆体に前記予備複合体を浸漬し、前記液体前駆体中で前記予備複合体を加熱して膜沸騰させることによって前記マトリックスを形成する膜沸騰処理工程と、を含む。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維により、炭化ケイ素を含有するマトリックスが強化されてなる炭化ケイ素系複合体の製造方法であって、
炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維からなるプリフォームに、ケイ素粉末および/または炭化ケイ素粉末が分散された懸濁液を含浸させて、ケイ素含浸プリフォームを得る含浸工程と、
前記ケイ素含浸プリフォームを乾燥して、ケイ素および/または炭化ケイ素を含有する多孔質の予備複合体を得る乾燥工程と、
熱分解により炭素を生成する液体前駆体に前記予備複合体を浸漬し、前記液体前駆体中で前記予備複合体を加熱して膜沸騰させることによって前記マトリックスを形成する膜沸騰処理工程と、
を含む炭化ケイ素系複合体の製造方法。
【請求項2】
前記膜沸騰処理工程において、前記液体前駆体が炭化水素からなり、前記予備複合体の加熱温度が1100~1400℃である請求項1に記載の炭化ケイ素系複合体の製造方法。
【請求項3】
前記膜沸騰処理工程において、高周波誘導加熱手段により加熱する請求項1または2に記載の炭化ケイ素系複合体の製造方法。
【請求項4】
前記含浸工程において、前記プリフォームを前記懸濁液に浸漬して超音波振動を印加することにより、前記プリフォームに前記懸濁液を含浸させる請求項1または2に記載の炭化ケイ素系複合体の製造方法。
【請求項5】
前記膜沸騰工程の後、不活性ガス雰囲気下に1400~1600℃で熱処理を行う熱処理工程を含む請求項1または2に記載の炭化ケイ素系複合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化ケイ素系複合体の製造方法に関し、さらに詳しくは、炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維により、炭化ケイ素を含有するマトリックスが強化されてなる炭化ケイ素系複合体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガスタービンや航空機などに使用する材料には、高い耐酸化性や、高温での強度などが要求される。
そのような特性が良好な材料として、炭素繊維強化/炭化ケイ素複合体(C/SiC複合体)や炭化ケイ素繊維強化/炭化ケイ素複合体(SiC/SiC複合体)など、炭素繊維または炭化ケイ素繊維などの強化繊維によって炭化ケイ素マトリックス(炭化ケイ素を含有するマトリックス)が強化されてなる炭化ケイ素系複合体が検討されている。
【0003】
(1)炭化ケイ素系複合体を得るための方法として、下記の特許文献1には、窒化ホウ素により被覆された炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維と、炭素材料との混合物を成形して得られるプリフォームに溶融ケイ素を溶浸させ、当該溶融ケイ素と前記炭素材料とを反応させることで炭化ケイ素マトリックスを得る方法(溶融含浸法)が提案されている(同文献1の請求項4参照)。
【0004】
(2)炭化ケイ素系複合体を得るための他の方法として、本発明者らは、炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維からなるプリフォームを液状の有機ケイ素ポリマーに浸漬し、有機ケイ素ポリマー中でプリフォームを加熱して膜沸騰させることにより、炭化ケイ素マトリックスを形成する方法(ポリマー膜沸騰法)を提案している(下記特許文献2参照)。
この方法により形成されるマトリックスを構成する炭化ケイ素は、有機ケイ素ポリマーの熱分解によって発生する炭素とケイ素との反応により生成されて、プリフォームを構成する繊維の表面に析出する。
【0005】
下記の特許文献2において、有機ケイ素ポリマーとして、
式:(CH3 )3 Si-[Si(CH3 )2 ]n -Si(CH3 )3 で示されるポリジメチルシラン(繰り返し数n=5~6)が使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5-186267号公報
【特許文献2】特許第6960448号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
(1)しかしながら、上記の特許文献1に記載されている溶融含浸法によっては、プリフォームを構成する繊維の表面を、マトリックスを構成する炭化ケイ素によって均一に被覆することができず、繊維の表面を被覆する炭化ケイ素の厚さにバラツキを生じたり、繊維表面の一部が被覆されずに露出したりするという問題がある。
【0008】
また、炭化ケイ素マトリックスを形成する際に、プリフォームを構成する繊維に対して、粘度の高い溶融ケイ素のぬれ性を確保するために、溶融ケイ素の温度(溶侵温度)を、ケイ素の融点よりも相当程度高くする(例えば1500℃以上)必要があり、そのような高温条件では、溶融ケイ素とプリフォームを構成する繊維とが反応し、当該繊維がダメー
ジを受けて繊維強度が低下することにより、強化繊維による補強効果(靭性などの機械特性の向上効果)を十分に発揮することができないという問題もある(上記特許文献2の段落[0010]参照)。
【0009】
なお、上記の特許文献1では、プリフォームを構成する繊維の表面を窒化ホウ素で被覆することにより、溶融ケイ素と繊維との接触を回避して繊維のダメージを防止しようとするが、その効果は十分ではなく、また、蒸着により繊維表面に窒化ホウ素を被覆する工程は煩雑であり、炭化ケイ素系複合体の製造効率の観点から望ましくない。
【0010】
さらに、上記の特許文献1に記載されている溶融含浸法により形成されるマトリックス中には、炭化ケイ素の生成反応(炭素材料との反応)に供されなかった過剰量のケイ素(金属Si相)が分散された状態で残留している。
このため、得られる炭化ケイ素系複合体を、ケイ素の融点(1414℃)を超える環境下で使用した場合には、マトリックスからケイ素が溶融脱離し、それによりポーラス状となったマトリックスの強度、延いては、炭化ケイ素系複合体としての機械的強度が著しく低下する。
【0011】
(2)上記特許文献2に記載の方法(ポリマー膜沸騰法)により形成されるマトリックスにおいて、ケイ素と炭素との比率は、使用する有機ケイ素ポリマーにおけるケイ素原子と炭素原子との比率によって決定される。
従って、ケイ素原子と炭素原子との比率が1:1である有機ケイ素ポリマーであれば、炭化ケイ素のみからなるマトリックスを形成することができる。
【0012】
しかしながら、ポリマー膜沸騰法に使用可能な有機ケイ素ポリマーであって、ケイ素原子と炭素原子との比率が1:1であるものは、現実的に存在せず、少なくとも特許文献2には記載されていない。
【0013】
特許文献2に記載の方法で使用されている有機ケイ素ポリマー(ポリジメチルシラン)において、炭素原子の数は、ケイ素原子の数の2倍を超えており、ポリジメチルシランの熱分解によって発生したケイ素(Si)のすべてが、熱分解により発生した炭素(C)と反応したとしても、形成されるマトリックス中には、炭化ケイ素(SiC)の量を超える過剰量の炭素(C)が残留する(同文献の段落[0043]参照)。
過剰量の炭素(C)を含有するマトリックスは、炭化ケイ素系複合体に要求される特性を十分に満足することができない。
【0014】
例えば、好適な有機ケイ素ポリマーとされるペンタジメチルシラン(n=5)においてケイ素原子と炭素原子との比率が5:12であり、熱分解によって発生したケイ素(Si)のすべてが、熱分解によって発生した炭素(C)と反応したとしても、マトリックス中の炭化ケイ素(SiC)と、未反応の炭素(C)との比率は5:(12-5)=1:1.4となり、形成されるマトリックス中には、炭化ケイ素(SiC)の1.4倍の炭素(C)が存在することになる。
【0015】
また、特許文献2に記載の方法で使用される有機ケイ素ポリマーは、粘度が高いため、プリフォームの内部(中心部)まで浸透することができず、炭化ケイ素の生成反応がプリフォームの表面近傍で集中的に反応が起こる傾向がある。
このような場合、得られる炭化ケイ素系複合体(成形体)において、表面近傍におけるマトリックス部分に炭化ケイ素が偏在し、炭化ケイ素系複合体(成形体)の全体に均等に炭化ケイ素を存在させることができない。
【0016】
本発明は以上のような事情に基いてなされたものである。
本発明の第1の目的は、炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維によって、炭化ケイ素を含有するマトリックスが強化されてなる炭化ケイ素系複合体を製造する新規な方法を提供することにある。
本発明の第2の目的は、炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維の表面を、炭化ケイ素を含有するマトリックスによって均一に被覆することができる炭化ケイ素系複合体の製造方法を提供することにある。
本発明の第3の目的は、強化繊維を形成する炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維がダメージを受けることがない炭化ケイ素系複合体の製造方法を提供することにある。
本発明の第4の目的は、マトリックスにおける炭化ケイ素の含有割合を高めて(ケイ素と炭素との比率を1:1に近づけて)、未反応の炭素が実質的に含有されていないマトリックスを形成することが可能な炭化ケイ素系複合体の製造方法を提供することにある。
本発明の第5の目的は、成形体の内部(中心部)および表面近傍とで、マトリックス中の炭化ケイ素の含有量に実質的に差がない炭化ケイ素系複合体の製造方法を提供することにある。
本発明の第6の目的は、未反応のケイ素が実質的に含有されていないマトリックスを形成することができる炭化ケイ素系複合体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の炭化ケイ素系複合体の製造方法は、炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維により、炭化ケイ素を含有するマトリックスが強化されてなる炭化ケイ素系複合体の製造方法であって、
炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維からなるプリフォームに、ケイ素粉末および/または炭化ケイ素粉末が分散された懸濁液を含浸させて、ケイ素含浸プリフォームを得る含浸工程と、
前記ケイ素含浸プリフォームを乾燥して、ケイ素および/または炭化ケイ素を含有する多孔質の予備複合体を得る乾燥工程と、
熱分解により炭素を生成する液体前駆体に前記予備複合体を浸漬し、前記液体前駆体中で前記予備複合体を加熱して膜沸騰させることによって前記マトリックスを形成する膜沸騰処理工程と、を含むことを特徴とする。
【0018】
本発明の製造方法の前記膜沸騰処理工程において、前記液体前駆体が炭化水素からなり、前記予備複合体の加熱温度が1100~1400℃、特に1200~1300℃であることが好ましい。
また、前記膜沸騰処理工程において、高周波誘導加熱手段により加熱することが好ましい。
また、前記含浸工程において、前記プリフォームを前記懸濁液に浸漬して超音波振動を印加することにより、前記プリフォームに前記懸濁液を含浸させることが好ましい。
さらに、前記膜沸騰工程の後、不活性ガス雰囲気下に1400~1600℃で熱処理を行う熱処理工程を含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維によって、炭化ケイ素を含有するマトリックスが強化されてなる炭化ケイ素系複合体の新規な製造方法を提供することができる。
【0020】
本発明の製造方法によれば、炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維の表面が、炭化ケイ素を含有するマトリックスによって均一に被覆されている炭化ケイ素系複合体を得ることができる。
【0021】
また、含浸工程および乾燥工程を実施することで、ケイ素および/または炭化ケイ素を
常温下でプリフォームに含有させることができ、上記の溶融含浸法のように、高温条件下に溶融ケイ素を溶浸させるようなことをしないので、炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維を保護する被覆が施されていなくとも、当該繊維がダメージを受けることがない。これにより、得られる炭化ケイ素系複合体は、強化繊維による所期の補強効果(靭性などの機械特性の向上効果)を十分に発揮することができる。
【0022】
また、含浸工程および乾燥工程を実施することにより、炭化ケイ素を構成するケイ素がプリフォームに導入され、膜沸騰工程を実施することにより、炭化ケイ素を構成する炭素が予備複合体に導入されるので、当該ケイ素および当該炭素の導入量を適宜調整する(両者のモル比率を1:1に近づける)ことにより、マトリックスにおける炭化ケイ素の含有量が高く、未反応の炭素またはケイ素の含有量が低いマトリックスを有する炭化ケイ素系複合体を得ることができる。
【0023】
また、膜沸騰処理工程で使用する液体前駆体は粘度が低く、多孔質の予備複合体の内部まで容易に浸透することができるので、予備複合体(成形体)の全体で炭化ケイ素の生成反応が起こるため、成形体の内部(中心部)および表面近傍とで、マトリックス中の炭化ケイ素の含有量に実質的に差がない炭化ケイ素系複合体を得ることができる。
【0024】
また、前記膜沸騰工程の後に熱処理工程を実施することにより、未反応のケイ素が実質的に含有されていないマトリックスを有する炭化ケイ素系複合体を得ることができる。
ができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】膜沸騰処理工程を実施するための処理装置の概略構成示す模式図である。
【
図2】実施例1で作製したプリフォームの積層構成を示す断面図である。
【
図3】実施例1で作製したプリフォームの外観を示す写真である。
【
図4】実施例1で作製したプリフォームの電子顕微鏡写真である。
【
図5】実施例1の乾燥工程で得られた予備複合体の外観を示す写真である。
【
図6】実施例1で得られた炭化ケイ素系複合体の外観を示す写真である。
【
図7】実施例1で得られた炭化ケイ素系複合体の電子顕微鏡写真である。
【
図8】実施例1で得られた炭化ケイ素系複合体のXRD測定結果を示すチャートである。
【
図9】実施例2で得られた炭化ケイ素系複合体の電子顕微鏡写真である。
【
図10】実施例3で得られた炭化ケイ素系複合体のXRD測定結果を示すチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の製造方法について詳細に説明する。
本発明の製造方法は、炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維を強化繊維として、炭化ケイ素を含有するマトリックスが強化されてなる炭化ケイ素系複合体を製造する方法である。
【0027】
炭化ケイ素系複合体を構成する強化繊維は、炭素繊維、炭化ケイ素繊維、またはこれらの混合物からなる。
炭化ケイ素繊維を使用することにより、強化繊維の熱膨張係数を、マトリックス(炭化ケイ素)の熱膨張係数と同等にすることができ、これにより、マトリックスのクラックを防止することができる。
【0028】
本発明の製造方法は、含浸工程と乾燥工程と膜沸騰処理工程とを有し、膜沸騰処理工程後に熱処理工程が行われてもよい。以下、下記工程について詳述する。
【0029】
<含浸工程>
本発明の製造方法における含浸工程は、炭化ケイ素系複合体の強化繊維を形成する炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維からなるプリフォームに、ケイ素粉末および/または炭化ケイ素粉末が分散された懸濁液を含浸させて、ケイ素含浸プリフォームを得る工程である。
【0030】
本発明で使用するプリフォームは、炭素繊維および/または炭化ケイ素繊維による不織布(フェルト)や織布などのシートを単層で、または、同一または異なる複数のシートを積層して成形することができる。
プリフォームは、最終的に得られる炭化ケイ素系複合体の形状に応じて、円板状、ディスク状、円柱状、パイプ形状など、種々の形状に成形される。
プリフォームの繊維体積含有率(Vf)としては、通常5~40%とされ、好ましくは10~30%とされる。
【0031】
プリフォームに含浸される懸濁液は、ケイ素粉末および/または炭化ケイ素粉末が液体中に分散された分散系からなる。
懸濁液は、液状であってもよいし、比較的高粘度の泥しょう状であってもよい。
懸濁液には、ケイ素粉末および/または炭化ケイ素粉末、分散媒である水とともに、界面活性剤、糊剤などが含有されていてもよい。
【0032】
プリフォームに懸濁液を含浸させる方法は特に限定されるものではないが、好適な一例として、懸濁液中にプリフォームを浸漬して超音波振動を印加する方法を挙げることができる。これにより、プリフォームの内部(中心部)まで懸濁液を浸透させることができる。
【0033】
<乾燥工程>
本発明の製造方法における乾燥工程は、上記含浸工程によって得られたケイ素含浸プリフォームを乾燥して、ケイ素および/または炭化ケイ素を含有する多孔質の予備複合体を得る工程である。
ケイ素含浸プリフォームの乾燥により、懸濁液中に分散されていた粉末がプリフォームの繊維間において凝集し、これにより、ケイ素および/または炭化ケイ素が繊維間に充填された状態となる。このようにして得られる予備複合体(ケイ素および/または炭化ケイ素の凝集物)は多孔質であり、当該予備複合体には、その表面から成形体の内部(中心部)に至る細孔(微細空隙)が形成されている。
【0034】
<膜沸騰処理工程>
本発明の製造方法における膜沸騰処理工程は、熱分解により炭素を生成する液体前駆体に予備複合体を浸漬して、液体前駆体中で予備複合体を加熱して膜沸騰させることにより、マトリックスを形成する工程である。
【0035】
図1は、予備複合体を配置し、加熱して膜沸騰処理工程を実施するための処理装置の概略構成を模式的に示している。
この処理装置は、液体前駆体2を収容するガラス製の反応容器3と、この反応容器3内において予備複合体1を支持する円柱状の固定治具4と、予備複合体1を上下方向から挟み込んだ状態で反応容器3内に配置される黒鉛サセプタ5と、反応容器3の外側において黒鉛サセプタ5の周囲に配置された誘導加熱コイル6とを備えている。
図1において、7は断熱材、8は液体前駆体の供給ポンプ、9は、熱分解されなかった液体前駆体2の蒸気を凝集するための凝集器、10は、熱分解により発生した副生ガスを系外に放出する排気口である。
【0036】
予備複合体1、黒鉛サセプタ5および断熱材7は、同一の平面形状(例えば、孔空きディスク状)を有しており、各々の中央に形成されている孔に固定治具4が挿通された状態で、反応容器3内に収容された液体前駆体2中に浸漬されている。
多孔質の予備複合体1が液体前駆体2中に浸漬されることにより、予備複合体1に液体前駆体2が含浸(内部まで浸透)される。
【0037】
液体前駆体2は、熱分解により炭素を生成する有機化合物からなる。
液体前駆体2の具体例としては、シクロヘキサン、トルエン、キシレン、ケロシン、ベンゼンなど各種の炭化水素を挙げることができ、これらのうち、シクロヘキサンが好ましい。
【0038】
高周波電源(図示省略)から誘導加熱コイル6に電力を供給することにより、誘導加熱コイル6に囲まれている黒鉛サセプタ5が電磁誘導加熱され、黒鉛サセプタ5に挟まれている予備複合体1が加熱される。
この処理装置において、予備複合体1の加熱手段として、黒鉛サセプタ5の周囲に配置された誘導加熱コイル6による電磁誘導加熱を採用している。
電磁誘導加熱は温度制御が容易で熱効率にも優れており、これを採用することにより、黒鉛サセプタ5を介して予備複合体1を局所的に加熱することができる。
なお、誘導加熱コイルは、黒鉛サセプタ5の周囲だけでなく、予備複合体1の周囲にも配置することができる。
【0039】
予備複合体1の加熱温度としては、1100~1400℃であることが好ましく、更に好ましくは1200~1300℃とされる。
加熱温度が低すぎると膜沸騰現象(沸騰膜下における熱分解-炭化ケイ素の生成反応)を起こすことが困難となる。
他方、加熱温度が高すぎる(例えば、1400℃を超える)場合には、生成されるマトリックスの均質性が損なわれる可能性が生じる。
加熱時間としては、炭化ケイ素の析出状況などに応じて適宜調整することができる。
【0040】
液体前駆体2中で予備複合体1が加熱されることにより、多孔質の予備複合体1に含浸されている(細孔に浸透している)液体前駆体2の温度が局所的に上昇して、予備複合体1の細孔内壁(固相)と液体前駆体2(液相)との界面が、液体前駆体2の高濃度蒸気(沸騰膜)で均一に覆われる膜沸騰現象が起こり、高濃度蒸気の熱分解(炭素の生成)反応、熱分解反応により発生した炭素と、含浸工程および乾燥工程により繊維間に導入されたケイ素(含浸工程においてケイ素粉末の懸濁液を使用した場合)との反応によって炭化ケイ素が生成され、予備複合体1を構成する繊維の表面に炭化ケイ素が析出(蒸着)して緻密化され、これにより、マトリックスが形成される。
【0041】
<熱処理工程>
本発明の製造方法における熱処理工程は、不活性ガス雰囲気下に1400~1600℃で熱処理を行う任意の工程である。
熱処理を実施することにより、マトリックスに残留する未反応のケイ素を減少させて、マトリックスにおける炭化ケイ素の含有割合を増加させることができる。
【0042】
熱処理工程は、加熱炉などを使用して、アルゴンなどの不活性ガス雰囲気下で行う。
加熱温度としては、1400~1600℃とされ、好ましくは1450~1500℃とされる。
加熱温度が1400℃未満であると、上述した効果を十分に発揮することができない。
他方、1600℃を超える温度で加熱した場合には、炭化ケイ素の結晶疎大化が生じ、
特性劣化が起きる可能性がある。
【実施例0043】
以下、本発明の実施例を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
<実施例1>
(1)プリフォームの作製工程:
炭素繊維からなるフェルト層(P1)と、炭素繊維を使用した一方向繊維配向シート層(P2)と、炭素繊維からなる短繊維層(P3)とを使用し、
図2に示すような積層構成を有する孔空きディスク状(外径=φ100mm、孔径=φ30mm、厚み=20mm)の炭素
繊維からなるプリフォーム作製した。このプリフォームの繊維体積含有率(Vf)は、略10%であった。得られたプリフォームの外観(平面形状)の写真を
図3に示し、前記プリフォームの電子顕微鏡写真(倍率:500倍)を
図4に示す。
図4、並びに後述する
図7および
図9において、Fは炭素繊維である。
【0044】
使用した各層の詳細は下記のとおりである。
・フェルト層(P1):「クレカフェルト F-205X」〔株式会社クレハ製,厚さ=5mm〕
・一方向繊維配向シート層(P2):「UDシート」〔(株)SHINDO製,経糸:炭素繊維12K,緯糸:ポリエステル、低融点ナイロン〕
・短繊維層(P3):「チョップドファイバー」(PAN系 50mmカット)
【0045】
(2)含浸工程:
Siナノ粉末〔日清エンジニアリング(株)製 比表面積=23m2 /g,比表面積換算径=112nm)30gと、水200mLと、界面活性剤3.66gと、アクリル酸エステル系共重合体からなる糊剤「マーポゾール W-60D」〔松本油脂製薬(株)製〕8.552gとを使用して、ケイ素粉末が分散されてなる泥しょう状の懸濁液を調製した。得られた懸濁液中に、プリフォームの作製工程で得られたプリフォームを浸漬し、超音波発生器によって超音波振動を印加することにより、プリフォームに懸濁液を含浸させて、ケイ素含浸プリフォームを作製した。
【0046】
(3)乾燥工程:
含浸工程で得られたケイ素含浸プリフォームを80℃の環境下で8時間乾燥させることに
より、ケイ素を含有する多孔質の予備複合体を作製した。
このようにして得られた予備複合体の外観(平面形状)の写真を
図5に示す。
【0047】
(4)膜沸騰処理工程:
図1に示したような処理装置を使用して膜沸騰処理を行った。
乾燥工程で得られた予備複合体1を、その両面を黒鉛サセプタ5および断熱材7で挟み込んだ状態で反応容器3内に配置し、反応容器3内に液体前駆体2(シクロヘキサン)を供給することにより、液体前駆体2中に予備複合体1を浸漬した。
次いで、高周波電源から誘導加熱コイル6に電力を供給し、黒鉛サセプタ5を介して予備複合体1を1200℃で13時間にわたり加熱することにより、マトリックスを形成して炭化ケイ素系複合体を得た。
このようにして得られた炭化ケイ素系複合体の外観の写真を
図6に示し、当該炭化ケイ素系複合体の電子顕微鏡写真を
図7(倍率:500倍および2000倍)に示す。
図7および後述する
図9において、Mは、炭素繊維Fの表面に被覆形成されたマトリックスである。
図7に示すように、強化繊維である炭素繊維Fの表面は、マトリックスMによって均一
に被覆されている。また、炭素繊維Fにダメージは認められない。
【0048】
また、得られた炭化ケイ素系複合体のXRD測定結果を
図8に示す。
同図に示すように、回折角度(2θ)=36°、60°および72°のあたりに、炭化ケイ素の存在を示すピークが認められる。
また、回折角度(2θ)=28°、47°および56°のあたりに、ケイ素の存在を示すピークが認められ、マトリックス中に未反応のケイ素が残留していると推測される。
なお、回折角度(2θ)=26°における高いピークは、炭素繊維および熱分解炭素に由来するピークであると推測される。
【0049】
<実施例2>
膜沸騰処理工程の終了後、アルゴンガス雰囲気下に1450℃で1時間にわたる熱処理を行ったこと以外は実施例1と同様にして炭化ケイ素系複合体を得た。
このようにして得られた炭化ケイ素系複合体の電子顕微鏡写真を
図9(倍率:500倍および2000倍)に示す。
同図に示すように、熱処理後においても、炭素繊維Fの表面はマトリックスMによって均一に被覆されており、炭素繊維Fにダメージは認められない。
【0050】
<実施例3>
膜沸騰処理工程の終了後、アルゴンガス雰囲気下に1500℃で1時間にわたる熱処理を行ったこと以外は実施例1と同様にして炭化ケイ素系複合体を得た。
このようにして得られた炭化ケイ素系複合体のXRD測定結果を
図10に示す。
同図に示すように、回折角度(2θ)=36°、60°および72°のあたりに、炭化ケイ素の存在を示すピークが認められる。
また、
図8(実施例1)において認められたケイ素の存在を示すピークは認められず、熱処理工程を実施することにより、未反応のケイ素が実質的に含有されていないマトリックスを形成することができた。