(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024033182
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】モータ制御装置、電動アクチュエータおよび電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
H02P 21/05 20060101AFI20240306BHJP
H02P 27/06 20060101ALI20240306BHJP
H02M 7/48 20070101ALI20240306BHJP
B62D 6/00 20060101ALI20240306BHJP
B62D 5/04 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
H02P21/05
H02P27/06
H02M7/48 E
B62D6/00
B62D5/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022136619
(22)【出願日】2022-08-30
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109380
【弁理士】
【氏名又は名称】小西 恵
(74)【代理人】
【識別番号】100109036
【弁理士】
【氏名又は名称】永岡 重幸
(72)【発明者】
【氏名】星 譲
【テーマコード(参考)】
3D232
3D333
5H505
5H770
【Fターム(参考)】
3D232CC04
3D232CC09
3D232DA15
3D232DA23
3D232DA63
3D232DA64
3D232DA65
3D232DA66
3D232DC08
3D232DC12
3D232DC13
3D232DC18
3D232DC21
3D232DD01
3D232DD02
3D232DD06
3D232DD07
3D232DD08
3D232DD10
3D232DD17
3D232DE06
3D232EB11
3D232EC23
3D232GG01
3D333CB02
3D333CB13
3D333CC06
3D333CD53
3D333CE16
3D333CE19
3D333CE20
5H505AA16
5H505BB04
5H505CC04
5H505DD03
5H505EE41
5H505EE49
5H505GG04
5H505GG08
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ23
5H505JJ24
5H505JJ25
5H505JJ26
5H505JJ28
5H505LL01
5H505LL22
5H505LL38
5H505LL41
5H505LL58
5H770BA01
5H770DA03
5H770EA01
5H770HA02Y
5H770HA07Z
5H770LB02
(57)【要約】
【課題】デッドタイム補償における相電流の乱れを抑制する。
【解決手段】モータ制御装置は、N相モータ(Nは3以上の整数)の各相に対する電圧指令値を出力する相電圧出力部と、上記電圧指令値に、インバータのデッドタイムを補償するデッドタイム補償値を付与する補償部と、上記デッドタイム補償値の正負が切り替わる時間領域において、当該デッドタイム補償値の時間変化を緩やかにする変化制御部と、を備える。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
N相モータ(Nは3以上の整数)の各相に対する電圧指令値を出力する相電圧出力部と、
前記電圧指令値に、インバータのデッドタイムを補償するデッドタイム補償値を付与する補償部と、
前記デッドタイム補償値の正負が切り替わる時間領域において、当該デッドタイム補償値の時間変化を緩やかにする変化制御部と、
を備えたモータ制御装置。
【請求項2】
前記変化制御部は、前記デッドタイム補償値の前記時間変化を、前記N相モータの各相に対する電流指令値のゼロクロスにおける傾きに追随させる請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項3】
前記N相モータの各相に対する電流指令値を、dq軸に対する電流指令値から変換して取得する変換部を更に備えた請求項2に記載のモータ制御装置。
【請求項4】
前記補償部は、前記デッドタイム補償値としてarctan関数を用いる請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項5】
前記N相モータの各相に対する電流指令値の絶対値と当該各相における実電流値の絶対値との前記時間領域における差分に基づいた加算値を、前記デッドタイム補償値の前記時間変化に加算する加算部を更に備えた請求項1に記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記加算部は、前記N相モータへの電流指令値に対して系統誤差を生じる実電流値を当該電流指令値に適合させる適合ゲインと前記差分との積を前記加算値とする請求項5に記載のモータ制御装置。
【請求項7】
前記適合ゲインは、前記デッドタイム補償値が所定値に到達した場合に値「0」となる請求項6に記載のモータ制御装置。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載のモータ制御装置と、
前記モータ制御装置によって制御された電圧が印加される前記N相モータと、
を備えた電動アクチュエータ。
【請求項9】
請求項1から7のいずれか1項に記載のモータ制御装置と、
前記モータ制御装置によって制御された電圧が印加される前記N相モータと、
前記N相モータによって駆動されるステアリング機構と、
を備えた電動パワーステアリング装置。
【請求項10】
N相モータ(Nは3以上の整数)の各相に対する電圧指令値を出力するステップと、
前記電圧指令値に、インバータのデッドタイムを補償するデッドタイム補償値を付与するステップと、
前記デッドタイム補償値の正負が切り替わる時間領域において、当該デッドタイム補償値の時間変化を緩やかにするステップと、
を有するモータ制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置、電動アクチュエータおよび電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、インバータ回路に対するパルス幅変調(PWM)制御によって交流モータを制御するモータ制御装置が知られている。インバータ回路には、交流における正側の電圧・電流を発生させる「上側」のスイッチング素子と、交流における負側の電圧・電流を発生させる「下側」のスイッチング素子とが組み込まれている。「上側」と「下側」とが同時にオン状態になるとショートしてしまうため、交流における正負の切り替わりに際しては、「上側」と「下側」とが両方オフとなる時間(デッドタイム)が設けられる。この結果、モータの各相に流れる相電流におけるゼロクロス近傍では電流波形に歪が生じ、音や振動の原因となる。
【0003】
このため、デッドタイムによる影響を抑制するためのデッドタイム補償が提案されている。例えば特許文献1には、理想的な矩形波状のデッドタイム補償を実現する提案が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、理想的な矩形波状のデッドタイム補償であっても、モータに流れる交流電流の正負切り替わりのタイミングとずれてしまうと、相電流の波形に乱れが生じる。特に、低負荷時あるいは低回転数時には、相電流の乱れに伴う音や振動が顕著化する虞がある。
【0006】
そこで、本発明は、デッドタイム補償における相電流の乱れを抑制することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明に係るモータ制御装置の一態様は、N相モータ(Nは3以上の整数)の各相に対する電圧指令値を出力する相電圧出力部と、上記電圧指令値に、インバータのデッドタイムを補償するデッドタイム補償値を付与する補償部と、上記デッドタイム補償値の正負が切り替わる時間領域において、当該デッドタイム補償値の時間変化を緩やかにする変化制御部と、を備える。
【0008】
上記モータ制御装置によれば、デッドタイム補償値のゼロクロスがN相モータの交流電流のゼロクロスとずれた場合であっても、デッドタイム補償値の時間変化が緩やかであるため相電流の乱れが抑制される。
上記モータ制御装置において、上記変化制御部は、上記デッドタイム補償値の上記時間変化を、上記N相モータの各相に対する電流指令値のゼロクロスにおける傾きに追随させることが好ましい。例えば電動パワーステアリングなどのように、電流指令値のゼロクロスにおける傾きが変化しても、デッドタイム補償値の傾きが追随することにより、特に低回転時や低負荷時において相電流の乱れが抑制される。
【0009】
また、上記モータ制御装置において、上記N相モータの各相に対する電流指令値を、dq軸に対する電流指令値から変換して取得する変換部を更に備えることが好ましい。N相モータの各相には一般的には電圧指令値が与えられるため、各相の電流指令値はdq軸の電流指令値から得られることが望ましい。
【0010】
また、上記モータ制御装置において、上記補償部は、上記デッドタイム補償値としてarctan関数を用いることが望ましい。arctan関数は、補償対象であるデューティー-電流特性の非線形成分との近似性が高いとともに、ゼロクロスにおける傾きの調整が容易である。
また、上記モータ制御装置において、上記N相モータの各相に対する電流指令値の絶対値と当該各相における実電流値の絶対値との上記時間領域における差分に基づいた加算値を、上記デッドタイム補償値の上記時間変化に加算する加算部を更に備えることが好ましい。温度変化や製品ごとのばらつきに起因した補償の誤差が低減されてロバスト性が向上する。
【0011】
また、上記モータ制御装置において、上記加算部は、上記N相モータへの電流指令値に対して系統誤差を生じる実電流値を当該電流指令値に適合させる適合ゲインと上記差分との積を上記加算値とすることが好ましい。電流指令値に対して実電流値が系統誤差を生じる場合、適合ゲインで系統誤差の影響が打ち消され、補償の誤差が精度よく低減されることになる。
【0012】
また、上記モータ制御装置において、上記適合ゲインは、上記デッドタイム補償値が所定値に到達した場合に値「0」となることが好ましい。これにより適合ゲインをゼロクロス付近のみで作用させることができる。
上記課題を解決するために、本発明に係る電動アクチュエータの一態様は、いずれかの上記モータ制御装置と、上記モータ制御装置によって制御された電圧が印加される上記N相モータと、を備える。この電動アクチュエータによれば、モータ制御装置によって相電流の乱れが抑制されるので、音や振動の発生が抑制される。
【0013】
また、上記課題を解決するために、本発明に係る電動パワーステアリング装置の一態様は、いずれかの上記モータ制御装置と、上記モータ制御装置によって制御された電圧が印加される上記N相モータと、上記N相モータによって駆動されるステアリング機構と、を備える。この電動パワーステアリング装置によれば、N相モータにおける音や振動の発生が抑制されるので、静かで滑らかなパワーアシストが実現される。
【0014】
また、上記課題を解決するために、本発明に係るモータ制御方法の一態様は、N相モータ(Nは3以上の整数)の各相に対する電圧指令値を出力するステップと、上記電圧指令値に、インバータのデッドタイムを補償するデッドタイム補償値を付与するステップと、上記デッドタイム補償値の正負が切り替わる時間領域において、当該デッドタイム補償値の時間変化を緩やかにするステップと、を有する。
【0015】
このモータ制御方法によれば、デッドタイム補償値のゼロクロスがN相モータの交流電流のゼロクロスとずれた場合であっても、デッドタイム補償値の時間変化が緩やかであるため相電流の乱れが抑制される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、デッドタイム補償における相電流の乱れを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】電動パワーステアリング装置の実施形態を模式的に示す構成図である。
【
図2】コントロールユニットの機能構成の一例を示す機能ブロック図である。
【
図3】コントロールユニットにおける制御系の詳細を示す機能ブロック図である。
【
図4】
図3に示す制御系における伝達関数の近似式を示す図である。
【
図6】本実施形態におけるデッドタイム補償の概念を示す図である。
【
図7】デューティー―電流特性を示すグラフである。
【
図8】電流―デューティー特性を示すグラフである。
【
図9】線形要素と非線形要素とを示すグラフである。
【
図10】非線形要素D
DTを近似するarctan関数を示すグラフである。
【
図11】デッドタイム補償部の機能を示すブロック図である。
【
図12】比較例のデッドタイム補償のシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図13】傾き制限が施されたデッドタイム補償におけるシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図14】モータのばらつきや環境温度変化による相殺誤差のシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図15】相殺誤差の抑制が施されたデッドタイム補償におけるシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図16】デッドタイム補償部の変形例の機能を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。但し、以下の説明が不必要に冗長になるのを避け、当業者の理解を容易にするため、必要以上に詳細な説明は省略する場合がある。例えば、既によく知られた事項の詳細説明や実質的に同一の構成に対する重複説明を省略する場合がある。また、先に説明した図に記載の要素については、後の図の説明において適宜に参照する場合がある。
【0019】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。但し、以下の説明が不必要に冗長になるのを避け、当業者の理解を容易にするため、必要以上に詳細な説明は省略する場合がある。例えば、既によく知られた事項の詳細説明や実質的に同一の構成に対する重複説明を省略する場合がある。また、先に説明した図に記載の要素については、後の図の説明において適宜に参照する場合がある。
【0020】
本明細書において、電源からの電力を、三相(A相、B相、C相)の巻線を有する三相モータに供給する電動アクチュエータを例にして、本開示の実施形態を説明する。ただし、電源からの電力を、四相または五相などのn相(nは4以上の整数)の巻線を有するn相モータに供給する電動アクチュエータも本開示の範疇である。
【0021】
図1は、電動パワーステアリング装置の実施形態を模式的に示す構成図である。
本実施形態の電動パワーステアリング装置100は、操向ハンドル1と、コラム軸2と、減速ギア3と、ユニバーサルジョイント4A、4Bと、ピニオンラック機構5と、操向車輪のタイロッド6とを有したステアリング機構を備えている。また、電動パワーステアリング装置100は、トルクセンサ10と、モータ20と、コントロールユニット30と、イグニションキー11と、車速センサ12と、バッテリ14を備えている。モータ20とコントロールユニット30とを併せたものが、本発明の電動アクチュエータの一実施形態に相当し、コントロールユニット30は、本発明のモータ制御装置の一実施形態に相当する。上記ステアリング機構はモータ20によって駆動される。
【0022】
操向ハンドル1のコラム軸2は減速ギア3、ユニバーサルジョイント4A及び4B、ピニオンラック機構5を経て操向車輪のタイロッド6に連結されている。コラム軸2には、操向ハンドル1の操舵トルクを検出するトルクセンサ10が設けられており、操向ハンドル1の操舵力を補助するモータ20が減速ギア3を介してコラム軸2に連結されている。
【0023】
トルクセンサ10は、操向ハンドル1から伝達された運転手のハンドル操作による操舵トルクThを検出する。
パワーステアリング装置100を制御するコントロールユニット(ECU)30には、電源であるバッテリ14から電力が供給されると共に、イグニションキー11からイグニションキー信号が入力される。コントロールユニット30は、トルクセンサ10で検出された操舵トルクThと車速センサ12で検出された車速Vhとに基づいて、アシストマップ等を用いて操舵の補助トルクを算出する。
【0024】
そして、コントロールユニット30は、算出した補助トルクを発生するように、モータ20に供給する電流Iを制御する。モータ20には、コントロールユニット30によって制御された電圧が印加され、その制御された電圧によって電流Iが制御される。モータ20の駆動によって発生する補助トルクが運転手のハンドル操作の補助力(操舵補助力)として操舵系に付与され、運転手は軽い力でハンドル操作を行うことができる。
【0025】
ハンドル操作によって出力された操舵トルクThと車速Vhからどの程度の補助トルクが生じるかによって、ハンドル操作におけるフィーリングの善し悪しが決まる。また、補助トルクを得るために必要な電流Iをモータ20に流す精度により、電動パワーステアリング装置の性能が大きく左右される。
【0026】
コントロールユニット30は、例えば、プロセッサと、記憶装置等の周辺部品とを含む
コンピュータを備えてよい。プロセッサは、例えばCPU(Central Processing Unit)、やMPU(Micro-Processing Unit)であってよい。
記憶装置は、半導体記憶装置、磁気記憶装置および光学記憶装置のいずれかを備えてよい。記憶装置は、レジスタ、キャッシュメモリ、主記憶装置として使用されるROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)等のメモリを含んでよい。
【0027】
コントロールユニット30は、各情報処理を実行するための以下に説明する専用のハードウエアにより構成されてもよい。
例えば、コントロールユニット30は、汎用の半導体集積回路中に設定される機能的な論理回路を備えてもよい。例えばコントロールユニット30はフィールド・プログラマブル・ゲート・アレイ(FPGA:Field-Programmable Gate Array)等のプログラマブル・ロジック・デバイス(PLD:Programmable Logic Device)等を有していてもよい。
【0028】
図2は、コントロールユニット30の機能構成の一例を示す機能ブロック図である。
コントロールユニット30は、電流指令値演算部40と、電圧指令値演算部45と、第1の2相/3相変換部46と、PWM(Pulse Width Modulation)制御部47と、インバータ48と、3相/2相変換部49と、第2の2相/3相変換部42と、デッドタイム補償部43とを備え、モータ20をベクトル制御で駆動する。モータ20は一例として3相モータである。
【0029】
電流指令値演算部40、電圧指令値演算部45、第1の2相/3相変換部46、PWM制御部47、3相/2相変換部49、第2の2相/3相変換部42およびデッドタイム補償部43の機能は、例えばコントロールユニット30のプロセッサが、記憶装置に格納されたコンピュータプログラムを実行することにより実現される。
【0030】
電流指令値演算部40は、操舵トルクThや車速Vhに基づいてモータ20に流すべきdq2軸の電流それぞれを示した電流指令値Iq0、Id0を算出する。
一方で、モータ20の各相に流れる電流ia、ib、icは、各相に備えられた電流センサ60、61、62で検出され、検出された電流ia、ib、icは3相/2相変換部49でdq2軸の実電流値id、iqに変換されてフィードバックされる。
【0031】
電圧指令値演算部45には電流指令値Iq0、Id0が入力され、フィードバックされた実電流値id、iqも入力される。電圧指令値演算部45は、電流指令値Iq0、Id0と実電流値id、iqとの差分値が0となるような電圧指令値vq、vdを算出する。
第1の2相/3相変換部46は、dq2軸の電圧指令値vd、vqを3相の電圧指令値va、vb、vcに変換する。つまり、第1の2相/3相変換部46は、N相モータ(Nは3以上の整数)の各相に対する電圧指令値を出力する相電圧出力部の一例に相当する。
【0032】
PWM制御部47は、3相の電圧指令値va、vb、vcに基づいてPWM制御されたゲート信号を生成する。インバータ48は、PWM制御部47で生成されたゲート信号によって駆動され、3相の電圧指令値va、vb、vcが示す電圧をモータ20の各相に印加する。その結果、モータ20には、電流指令値Iq0、Id0の示す電流が供給される。但し、インバータ48では、ショートを回避するためのデッドタイムが設けられるため、モータ20に流れる実電流は、電流指令値Iq0、Id0からずれた電流値となる。
【0033】
第2の2相/3相変換部42は、3相の電流指令値IrefA、IrefB、IrefCを、dq2軸の電流指令値Iq0、Id0から変換して取得する。第2の2相/3相変換部42では、電流指令値IrefA、IrefB、IrefCについて進角成分も加味される。
デッドタイム補償部43は、インバータ48で生じるデッドタイムの影響を補償するデッドタイム補償値を3相それぞれについて算出し、3相の電圧指令値va、vb、vcに対してデッドタイム補償値を付与する。デッドタイム補償の詳細については後述する。
【0034】
レゾルバ63は、モータ20のモータ角度(回転角)θを検出し、検出されたモータ角度θは電流指令値演算部40にフィードバックされてベクトル制御に使用される。また、モータ角度θは第2の2相/3相変換部42にも入力されて進角量の算出に使用される。レゾルバ63に替えてモータ回転角センサが用いられてもよい。なお、コントロールユニット30内の要素には、モータ角度θの変化に基づいて算出されたモータ20の回転角速度ωが、図示の省略されたルートで必要に応じて供給されて適宜に処理や計算に使用される。
【0035】
図3は、コントロールユニット30における制御系の詳細を示す機能ブロック図である。
図3には、コントロールユニット30の要素のうち電圧指令値演算部45の機能が詳細に示されるとともに、モータ20のモデルも示されている。
モータ20の機能は、電気特性21と、トルク定数K
Tと、機械特性23と、積分要素24と、EMF(逆起電圧)係数K
Eとを有するモデルで表される。
【0036】
モータ20の電気特性21に対して電圧が入力されることで実電流が発生する。電気特性21に対して入力される電圧値には電圧ノイズが含まれる。電気特性21のゲインは、インダクタンスL[H]および抵抗R[Ω]により1/(Ls+R)と表される。実電流は電流センサ60、61、62で検出され、検出値には電流検出ノイズが含まれる。検出された実電流は、3相/2相変換部49によってdq2軸の実電流値に変換される。
【0037】
インバータ48のデッドタイムに伴う不感帯25に相当する成分が、モータ20の電気特性21の出力側から入力側へ還流する。
実電流にトルク定数KT[Nm/A]が作用することでモータトルクが発生する。モータトルクが機械特性23に入力されることでモータ20の角速度が発生する。機械特性23のゲインは、慣性J[kgm2]および粘性D[Nm/(rad/s)]により1/(Js+D)と表される。クーロン摩擦に伴う不感帯26に相当する成分が、機械特性23の出力側から入力側へ還流する。
【0038】
モータ20の角速度は積分要素24を経てモータ角度θとなる。モータ角度θはレゾルバ63(またはモータ回転角センサ)によって検出され、検出値には角度検出ノイズが含まれる。
角速度にEMF係数KE[V/(rad/s)]が作用することで逆起電圧が発生し、逆起電圧は電気特性21の入力に反映される。
【0039】
電圧指令値演算部45は、制御帯域設定部70と、PID(Proportional Integral Differential)制御部71と、ローパスフィルタ72と、第1の遅延要素73と、LR変換部74と、外乱抑制部76とを備えている。
制御帯域設定部70は、上記電流指令値が入力されて電流指令値にフィルタGrefを作用させることで、コントロールユニット30によるモータ20の電流制御における制御帯域を設定する。制御帯域設定部70のフィルタGrefは、次のように表わすことができる。
【0040】
Gref=ωref/(s+ωref)
但し、
s:ラプラス演算子
ωref[rad/s]:電流制御帯域
【0041】
PID制御部71は、電流指令値と実電流値との差分値が入力され、当該差分値に基づいてPID制御によって電圧指令値を算出する。PID制御部71におけるゲインGPIDは、次のように表わすことができる。
GPID={ωcL+(R/2)}[1+{ωc/(2s)}+{s/(2ωc)}]
但し、
ωc[rad/s]:外乱抑制帯域
L[H]:前記モータのインダクタンス
R[Ω]:前記モータの抵抗
【0042】
ローパスフィルタ72は、実電流値に含まれる電流検出ノイズをカットする。ローパスフィルタ72におけるゲインGLPFは、次のように表わすことができる。
GLPF=ωLPF/(s+ωLPF)
但し、
ωLPF[rad/s]:カットオフ周波数
【0043】
第1の遅延要素73は、遅延を伴うフィードバックによって逆起電圧抑制器として機能する。第1の遅延要素73におけるGdlyは、次のように表わすことができる。
Gdly=e-Tdly・s
但し、
Tdly[s]:電流制御周期
【0044】
LR変換部74は、フィードバック制御に反映されるモータ20の電気特性を当該フィードバック制御上で所望の電気特性に変換するために、電圧指令値に作用する。LR変換部74から出力された電圧指令値は、dq2軸の電圧指令値であり、第1の2相/3相変換部46によって3相の電圧指令値に変換される。3相の電圧指令値は、第2の遅延要素75を経て3相の交流電圧となり、モータ20に入力される。
【0045】
第2の遅延要素75は、フィードバックループにおける遅延を意味する。第2の遅延要素75におけるGDLYは、次のように表わすことができる。
GDLY=e-TDLY・s
但し、
TDLY[s]:電流センサ60、61、62による電流検出からインバータ48の出力におけるデューティー反映までの演算時間
【0046】
外乱抑制部76は、制御の外乱を抑制するための、電流指令値に対して加算される抑制値を、実電流値とモータ角度θとに基づいて算出する。外乱抑制部76に入力される実電流値は、電流センサ60、61、62で検出された3相の実電流値が3相/2相変換部49によって変換されたdq2軸の実電流値のうちのq軸電流値である。dq2軸の実電流値は、電流指令値と実電流値との差分値算出のためにPID制御部71の入力側へとフィードバックされる。
【0047】
外乱抑制部76は、回転数推定部80と、トルク外乱推定部81と、トルク外乱抑制部82と、ハイパスフィルタ83とを備えている。
回転数推定部80は、実電流値とモータ角度θからモータ20の回転数を推定する。回転数推定部80によって滑らかな回転数推定値が得られる。トルク外乱推定部81は、実電流値と回転数推定値からトルク外乱を推定する。トルク外乱抑制部82は、推定されたトルク外乱を抑制する抑制値を算出する。
【0048】
ハイパスフィルタ83は、トルク外乱の抑制値に作用して、トルク外乱の直流成分を除去する。ハイパスフィルタ83の作用により、特定周波数の外乱を抑制するノッチフィルタのような機能が実現される。ハイパスフィルタ83のゲインGHPFは、カットオフ周波数ωHPFにより、GHPF=s/(s+ωHPF)と表される。
【0049】
外乱抑制部76は、トルク外乱の推定によって精度よくトルク外乱を抑制するとともに、電圧ノイズ、電流検出ノイズおよび角度検出ノイズについても抑制することができる。
上述したように、第2の2相/3相変換部42は、dq2軸の電流指令値を3相の電流指令値に変換し、デッドタイム補償部43は、デッドタイム補償値を3相それぞれについて算出して3相の電圧指令値それぞれに付与する。
【0050】
図4は、
図3に示す制御系における伝達関数の近似式を示す図である。
制御系における伝達関数は、外乱抑制部76の特性補償の部分と、電流制御系の一巡伝達関数の部分と、感度関数の部分とに大別される。外乱抑制部76の特性補償の部分は、外乱抑制部76における機械系の特性補償を表しており、実機側の機械系に相当する部分と制御側の機械系に相当する部分とを含む。実機側の機械系とは、モータ20の機械特性23そのものであり、制御側の機械系とは、制御のために設定された機械特性である。
【0051】
電流制御系の一巡伝達関数の部分は、モータ20の実機部分と、LR変換部74の部分と、PID制御部71から第2の遅延要素75に至る制御のメイン部分とを含む。
LR変換部74の部分が電流制御系の一巡伝達関数に含まれていることにより、実機部分とLR変換部74の部分との合成が制御上の実機部分となる。
【0052】
感度関数の部分は、電圧ノイズΔvについて近似的にゼロであり、電流検出ノイズΔi、トルク外乱Δτおよび角度検出ノイズΔθそれぞれについてはHPF特性となっている。従って、本実施形態のコントロールユニット30の制御系では、各種のノイズのいずれについてもノイズ抑制が実現されることが分かる。
【0053】
従って、デッドタイムの影響がデッドタイム補償部43によって補償されると、コントロールユニット30の制御によってモータ20には、電流指令値に正しく追従した電流が流れることになる。
以下、デッドタイム補償の詳細について説明する。
【0054】
図5は、デッドタイム補償の比較例を示す図である。
図5の上段にはモータ20の各相に入力される相電圧のグラフが示され、中段にはデッドタイム補償値のグラフが示され、下段にはモータ20の各相に流れる相電流のグラフが示されている。
図5の各グラフの横軸は時間を示し、上段と中段のグラフの縦軸は電圧を示し、下段のグラフの縦軸は電流を示している。
【0055】
相電圧の指令値の波形が、上段の実線のグラフが示すように、最大値が値「VMAX」となる正弦波状の波形である場合、インバータによって実際にモータ20に入力される相電圧は、上段の点線のグラフが示すように、デッドタイムの影響で最大値が値「VMAX-VDT」に減少する。また、上段の点線のグラフにはゼロクロス近傍の時間領域に、不感帯の影響によって傾きが平らな部分が生じる。
【0056】
同様に、相電流においても、下段の実線のグラフが示す正弦波状の電流指令値に対する実電流は、デッドタイムの影響で、下段の点線のグラフが示すように最大値が減少し、ゼロクロス近傍の傾きが平らになった波形を示す。
比較例では、中段のグラフに示すように「+VDT」と「-VDT」とを交互に繰り返す矩形波状のデッドタイム補償値が用いられる。このデッドタイム補償値が電圧指令値に加算されることにより、デッドタイムの影響で減少していた相電圧の最大値が値「VMAX」に戻り、上段の実線のグラフおよび下段の実線のグラフが示す相電圧と相電流が得られる。
【0057】
但し、矩形波状のデッドタイム補償値における正負切り替えのタイミングが理想的なタイミングからずれた場合には、実電流値のゼロクロス付近で電流波形に乱れが生じてしまう。電流波形の乱れは、モータ20における音や振動の原因となるので、本実施形態におけるデッドタイム補償では、電流波形の乱れを抑制する工夫が施されている。
【0058】
図6は、本実施形態におけるデッドタイム補償の概念を示す図である。
図6の上段にはモータ20の各相に入力される相電圧のグラフが示され、中段にはデッドタイム補償値のグラフが示され、下段にはモータ20の各相に流れる相電流のグラフが示されている。
図6の各グラフの横軸は時間を示し、上段と中段のグラフの縦軸は電圧を示し、下段のグラフの縦軸は電流を示している。
【0059】
本実施形態のデッドタイム補償では、中段のグラフに示されるように、デッドタイム補償値の正負が切り替わる時間領域で波形の傾きが緩和される。言い換えると、当該時間領域でデッドタイム補償値の時間変化が緩やかにされる。この結果、デッドタイム補償値における正負切り替えのタイミングが変動した場合であっても電流波形の乱れが抑制される。更に、本実施形態のデッドタイム補償では、当該傾きが、下段の実線のグラフが示す電流指令値のゼロクロスにおける傾きに追随させられる。これにより、特に低回転時や低負荷時における電流波形の乱れが抑制される。
【0060】
以下、デッドタイム補償の詳細について説明する。
図7~
図9は、デッドタイム補償で補償の対象となる、デッドタイムによる相電流の歪を示す図である。
図7には、相電流のゼロクロス付近におけるデューティー―電流特性が示されている。
図7のグラフの横軸はインバータ48におけるデューティー比(%)を示し、縦軸は電流を示す。
デューティー比は電圧指令値に相当し、相電流のゼロクロス付近には、デッドタイムによる不感帯が生じている。即ち、デューティー比が「-D
dt」から「+D
dt」の領域では相電流がほぼゼロとなっており、D
dtは不感帯の幅である。
【0061】
図8には、
図7のグラフが表すデューティー―電流特性が逆関数化された電流―デューティー特性が示されている。従って、
図8のグラフの横軸は電流を示し、縦軸はデューティー比を示す。
【0062】
図9には、
図8に示す電流―デューティー特性が分解された線形要素と非線形要素とが示されている。
点線で示された線形要素は、オームの法則に従う要素であり、電圧指令値Vと相電流Iとの関係はV=(Ls+R)Iと表される。これに対して非線形要素D
DTは、実測値がarctan関数で近似できて、D
DT={D
dt/(π/2)}arctan(kI)と表される。当該式は、デッドタイムによる不感帯を表した式であり、kは、arctan関数を実測値に適合させる適合定数である。
【0063】
図10は、非線形要素D
DTを近似するarctan関数を示すグラフである。
図10の横軸は電流を示し、縦軸は正規化された無次元量を表す。
arctan関数におけるゼロクロス付近の傾きは、適合定数kの調整で非線形要素D
DTの実測値に適合可能であり、
図10には、一例として、k=0.1、k=1、k=100それぞれの場合の波形が示されている。
【0064】
arctan関数によって近似された非線形要素D
DTが、デッドタイム補償における補償の対象となる。従って、上述した不感帯を表す式に基づいて、デッドタイム補償の基礎式は、以下の式(1)、式(2)、式(3)となる。
【数1】
【数2】
【数3】
但し、
Ddtval:デッドタイム補償量[%]
Iref:電流指令値[A]
θ
E:電気角[rad]
Δ(ω
E):電気角速度に依存した進角量[rad]
デッドタイム補償量Ddtvalの値は、上述した不感帯の幅D
dtの実測値に適合される。つまり、本実施形態では、デッドタイム補償値としてarctan関数が用いられる。
【0065】
図11は、デッドタイム補償部43の機能を示すブロック図である。
図11にはA相に対するデッドタイム補償の処理機能が代表として示されており、デッドタイム補償部43には、B相、C相についても同様の処理機能が備えられている。
デッドタイム補償部43は、変換テーブル51と、レートリミッタ52と、帰還要素53と、第1のリミット値算出部54と、第2のリミット値算出部55とを備えている。
【0066】
デッドタイム補償部43には、上述した第2の2相/3相変換部42によって得られた各相の電流指令値IrefA、IrefB、IrefCが入力される。第2の2相/3相変換部42は、各相の電流指令値IrefA、IrefB、IrefCの算出に際し、上記進角量Δ(ωE)も補償する。
【0067】
変換テーブル51は、
図10に示すarctan関数の変換テーブルであり、電流指令値IrefA、IrefB、IrefCを正規化補償値Ga、Gb、Gcに変換する。正規化補償値Ga、Gb、Gcは、上記式(1)、式(2)、式(3)で表される補償値DDTcompA、DDTcompB、DDTcompCのデッドタイム補償量Ddtvalが「1」に正規化されたものである。つまり、
Ga=(2/π)arctan(kIrefA)
Gb=(2/π)arctan(kIrefB)
Gc=(2/π)arctan(kIrefC)
である。
【0068】
変換テーブル51から出力された正規化補償値Gaは、帰還要素53を介して帰還された1ステップ前の正規化補償値Gcompa-1との差分演算により、当該ステップにおける正規化補償値の変化量ΔGa(即ち傾き)となる。レートリミッタ52は変化量ΔGaを制限することでデッドタイム補償における補償値DTcompAの傾きを緩やかにする。レートリミッタ52で制限された変化量ΔGaが、帰還要素53を介して帰還された1ステップ前の正規化補償値Ga-1と加算されて当該ステップにおける正規化補償値Gcompaとなる。当該ステップの正規化補償値Gcompaは、最後にデッドタイム補償量Ddtvalと積算され、A相電圧指令値に対するデッドタイム補償値DTcompAとして出力される。
【0069】
第1のリミット値算出部54は、レートリミッタ52による傾きΔGaの制限を電流指令値IrefAの傾きに適合させるリミット値ΔGを算出してレートリミッタ52に入力する。詳細な導出式は省略するが、電流指令値IrefAを表す下記式
IrefA=Irefsin{θE+Δ(ωE)}
と、デッドタイム補償の基礎式である上記式(1)とに基づいて、サンプリング時間Δt毎のリミット値ΔGは、
ΔG=(2NpkΔt/π)IrefωM
と算出される。但し、
Np:モータ20の極対数
ωM:機械角回転数(角速度)
である。
【0070】
従って、第1のリミット値算出部54では、電流指令値の絶対値|Iref|と機械角回転数の絶対値|ωM|が乗算され、更に係数2NpkΔt/πが掛けられてリミット値ΔGが算出される。第1のリミット値算出部54で算出されたリミット値ΔGによる変化量制限によって、デッドタイム補償値DTcompAにおけるゼロクロス付近の傾きが緩やかとなる。このため、ゼロクロスのタイミングに誤差や変動が生じた場合であっても、実電流の乱れが抑制される。第1のリミット値算出部54は本発明にいう変化制御部の一例に相当する。また、第1のリミット値算出部54のリミット値ΔGは、デッドタイム補償値DTcompAにおけるゼロクロス付近の傾きを電流指令値IrefAの傾きに追随させるので、低回転数や低負荷においても実電流の乱れの抑制が図られる。
【0071】
第1のリミット値算出部54による傾き制限は、適合定数kに依存したフィードフォワード型の制限である。適合定数kは、モータ20の設計値などに基づいて予め設定される値であるが、個別のモータ20におけるばらつきや、モータ20の使用環境における温度変化により、
図9に示す非線形要素と完全には適合できない場合がある。この場合、デッドタイム補償の相殺誤差が発生する虞がある。
【0072】
第2のリミット値算出部55は、リミット値ΔGによる傾き制限で発生し得る相殺誤差を抑制するフィードバック型の制限を実現するリミット値Δeを算出して第1のリミット値算出部54のリミット値ΔGに加算する。具体的には、第2のリミット値算出部55は、各相(ここでは代表としてA相)の電流指令値の絶対値|IrefA|と実電流値の絶対値|ia|との差分に係数2kΔt/πを掛けてリミット値Δeを算出する。
【0073】
第1のリミット値算出部54のリミット値ΔGが、デッドタイム補償値DTcompAにおけるゼロクロス付近の傾きを緩やかにするのに対し、第2のリミット値算出部55のリミット値Δeは、傾きを増して上記相殺誤差を抑制する。第2のリミット値算出部55は、本発明にいう加算部の一例に相当する。
本実施形態におけるデッドタイム補償の効果について、以下、シミュレーション結果を参照して説明する。
【0074】
図12は、
図5の比較例のデッドタイム補償におけるシミュレーション結果を示すグラフである。
図12には、A相電流指令値のグラフ201と、回転数のグラフ202と、デッドタイム補償値のグラフ203と、q軸電流値のグラフ204が示されている。
図12の各グラフの横軸は時間を示す。
【0075】
A相電流指令値のグラフ201は滑らかな波形を示しており、点線で示されたゼロレベルの上下に変動する。A相電流指令値の振幅は時間変化しており、それに伴って、回転数のグラフ202が示すようにモータ20の回転数も時間変化している。
比較例のデッドタイム補償では、デッドタイム補償値のグラフ203が示すように、A相電流指令値のゼロクロス時点で補償値の正負が切り替わる。しかし、補償値における正負切り替え205のタイミングがゼロクロス時点と完全に一致することは難しく、多少のずれを生じるため、q軸電流値のグラフ204には波形の乱れ206が生じる。波形の乱れ206はモータ20の音や振動の原因となり、電動パワーステアリング装置100では異音や不快な感触の原因となる。
【0076】
図13は、傾き制限が施されたデッドタイム補償におけるシミュレーション結果を示すグラフである。
図13には、
図11に示す第1のリミット値算出部54のリミット値ΔGによる傾き制限が施された場合のシミュレーション結果が示されている。
図13にも、A相電流指令値のグラフ211と、回転数のグラフ212と、デッドタイム補償値のグラフ213と、q軸電流値のグラフ214が示されている。
図13の各グラフの横軸は時間を示す。
【0077】
図13に示すシミュレーションでも、A相電流指令値のグラフ211は滑らかな波形を示し、振幅は時間変化している。それに伴い、回転数のグラフ212が示すようにモータ20の回転数も時間変化している。
傾き制限が施された場合、デッドタイム補償値のグラフ213が示すように、A相電流指令値のゼロクロス近傍の時間領域に、補償値の波形の傾き部分215が生じる。これにより、q軸電流値のグラフ214では波形の乱れ216が抑制されて、モータ20における音や振動も抑制されることが分かる。
【0078】
図14は、モータ20のばらつきや環境温度変化による相殺誤差のシミュレーション結果を示すグラフである。
図14には、
図13に示す傾き制限が施されたデッドタイム補償において、モータ20におけるばらつきや、モータ20の使用環境における温度変化に伴う相殺誤差が生じた場合のシミュレーション結果が示されている。
図14には、デッドタイム補償値のグラフ221と、A相の実電流値のグラフ222と、q軸電流値のグラフ223が示されている。
図14の各グラフの横軸は時間を示す。
【0079】
デッドタイム補償値のグラフ221が示すように、補償値の波形は傾き部分224を有するが、相殺誤差が生じると、A相の実電流値のグラフ222に示される乱れ225や、q軸電流値のグラフ223に示される乱れ226が、ゼロクロスの近傍で生じてしまう。
【0080】
図15は、相殺誤差の抑制が施されたデッドタイム補償におけるシミュレーション結果を示すグラフである。
図15には、
図11に示す第1のリミット値算出部54のリミット値ΔGによる傾き制限と、第2のリミット値算出部55のリミット値Δeによる相殺誤差の抑制との双方が施された場合のシミュレーション結果が示されている。
図15には、電流偏差のグラフ231と、デッドタイム補償値のグラフ232と、A相の実電流値のグラフ233と、q軸電流値のグラフ234が示されている。
図15の各グラフの横軸は時間を示す。
【0081】
図15に示すデッドタイム補償では、電流偏差のグラフ231でスパイク状に生じた偏差235に相当するリミット値Δeが加算される。ここで「電流偏差」とは、相電流指令値の絶対値と相実電流値の絶対値との差分を意味する。偏差235に相当するリミット値Δeが加算された結果、デッドタイム補償値のグラフ232が示すように、波形の傾き部分236が急峻となる。また、デッドタイム補償値がフィードバック型で修正されるため、デッドタイム補償値における正負切り替えのタイミングは、ずれを生じない。その結果、A相の実電流値のグラフ233およびq軸電流値のグラフ234に示されるように、ゼロクロスの時間領域237、238で波形の乱れを生じない。
【0082】
次に、デッドタイム補償部43の変形例について説明する。
図16は、デッドタイム補償部43の変形例の機能を示すブロック図である。
図16では図示の便宜上、第1のリミット値算出部54と第2のリミット値算出部55に共通した係数2kΔt/πが纏めて示されている。
【0083】
変形例のデッドタイム補償部43では適合ゲインGが算出され、第2のリミット値算出部55は、電流指令値の絶対値|IrefA|と実電流値の絶対値|ia|との差分に適合ゲインGを掛けてリミット値Δeを算出する。ここで適合ゲインGは、電流指令値Irefに対する実電流値iの追従性が低くて系統誤差を生じる場合に、当該系統誤差を補正して実電流値iを電流指令値Irefに適合させるゲインである。
【0084】
図3に示す機能を有したコントロールユニット30の場合には、電流指令値Irefに対する実電流値iの追従性が高いため、
図11に示すデッドタイム補償部43によって精度の高いデッドタイム補償が実現される。しかし、電流指令値Irefに対する実電流値iの追従性が低いコントロールユニットなどに適用される場合には、
図16に示す変形例のデッドタイム補償部43によってデッドタイム補償の精度向上が図られる。適合ゲインGの具体的な値は、モータ20の制御中に、電流指令値Irefと実電流値iの検出値から得られる上記系統誤差に基づいて逐次算出される。
【0085】
但し、デッドタイム補償値のゼロクロス近傍を外れた場合に適合ゲインGが適用されると、デッドタイム補償値が乱れる虞がある。このため適合ゲインGは、1ステップ前のデッドタイム補償値DTcompA-1がデッドタイム補償量Ddtvalに等しい場合には、値「0」として第2のリミット値算出部55に入力される。1ステップ前のデッドタイム補償値DTcompA-1がデッドタイム補償量Ddtval未満である場合には、ゼロクロス近傍であるため、適合ゲインGはそのまま第2のリミット値算出部55に入力される。
【0086】
なお、上記説明では、電動パワーステアリング装置への応用例が示されているが、本発明のモータ制御装置や電動アクチュエータは、鉄道動揺防止アクチュエータ、車両姿勢変更装置、ロボットなどに応用されてもよい。
【符号の説明】
【0087】
20…モータ、30…コントロールユニット、40…電流指令値演算部、42…第2の2相/3相変換部、43…デッドタイム補償部、45…電圧指令値演算部、46…第1の2相/3相変換部、47…PWM制御部、48…インバータ、49…3相/2相変換部、51…変換テーブル、52…レートリミッタ、54…第1のリミット値算出部、55…第2のリミット値算出部、100…電動パワーステアリング装置