(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024033632
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】トロリ線、及びトロリ線の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 9/00 20060101AFI20240306BHJP
C22F 1/08 20060101ALI20240306BHJP
B60M 1/13 20060101ALI20240306BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240306BHJP
【FI】
C22C9/00
C22F1/08 C
B60M1/13 H
C22F1/00 606
C22F1/00 625
C22F1/00 627
C22F1/00 630C
C22F1/00 630D
C22F1/00 660Z
C22F1/00 685Z
C22F1/00 694A
C22F1/00 694Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022137335
(22)【出願日】2022-08-30
(71)【出願人】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100147
【弁理士】
【氏名又は名称】山野 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100116366
【弁理士】
【氏名又は名称】二島 英明
(72)【発明者】
【氏名】井水 啓仁
(72)【発明者】
【氏名】坂本 慧
(72)【発明者】
【氏名】池田 七海
(72)【発明者】
【氏名】後藤 和宏
(72)【発明者】
【氏名】高橋 美郷
(57)【要約】
【課題】中心部の硬度が高いトロリ線を提供する。
【解決手段】銀を0.08質量%以上0.60質量%以下含む銅合金からなる組成と、中心部及び外周部を有する横断面と、を備え、前記中心部は、X線回折で求められた結晶の111面の配向割合が70%以上の領域であり、前記外周部は、前記配向割合が70%未満の領域である、トロリ線。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀を0.08質量%以上0.60質量%以下含む銅合金からなる組成と、
中心部及び外周部を有する横断面と、を備え、
前記中心部は、X線回折で求められた結晶の111面の配向割合が70%以上の領域であり、
前記外周部は、前記配向割合が70%未満の領域である、
トロリ線。
【請求項2】
前記中心部は、前記横断面における互いに直交する第一線分と第二線分との交点を中心とする円の内部であり、
前記第一線分は、前記トロリ線の摺動面の頂部の法線であり、
前記第二線分は、前記第一線分を二等分する点を通る直線であり、
前記円の半径は、前記第一線分の長さと前記第二線分の長さとの平均値の半分である、請求項1に記載のトロリ線。
【請求項3】
前記中心部のビッカース硬さと前記外周部のビッカース硬さとの差が5以上である、請求項1又は請求項2に記載のトロリ線。
【請求項4】
銀を0.08質量%以上0.60質量%以下含む銅合金からなる素線を複数のダイスに順に通して伸線加工を行う工程を備え、
前記伸線加工を行う工程は、前記素線を1回当たりの減面率が20%以上となる特定の伸線ダイスに通す伸線加工を1回以上行い、かつ前記素線を冷間で7個以上のダイスに通すことを含む、
トロリ線の製造方法。
【請求項5】
前記伸線加工を行う工程では、前記複数のダイスによる総減面率を55%以上とする、請求項4に記載のトロリ線の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、トロリ線、及びトロリ線の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、銀を含む銅合金からなるトロリ線を開示する。このトロリ線は、上記銅合金からなる線材に150℃以下の温度において50%以上の加工度で冷間加工を施すことで製造される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
トロリ線の中心部の硬度が高いことが望まれている。トロリ線の中心部の硬度が高いと、トロリ線が摩耗したとしても断線し難い。特許文献1の技術では、トロリ線の中心部の硬度に関して、更なる改善の余地がある。
【0005】
本開示は、中心部の硬度が高いトロリ線を提供することを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示のトロリ線は、銀を0.08質量%以上0.60質量%以下含む銅合金からなる組成と、中心部及び外周部を有する横断面と、を備え、前記中心部は、X線回折で求められた結晶の111面の配向割合が70%以上の領域であり、前記外周部は、前記配向割合が70%未満の領域である。
【発明の効果】
【0007】
本開示のトロリ線は、中心部の硬度が高い。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、実施形態のトロリ線の横断面図である。
【
図2】
図2は、実施形態のトロリ線の横断面における111面の配向割合の分布の一例を示す図である。
【
図3】
図3は、実施形態のトロリ線の横断面における特定の結晶面の配向割合を測定する方法を説明する図である。
【
図4】
図4は、実施形態のトロリ線の別の一例を示す横断面図である。
【
図5】
図5は、実施形態のトロリ線の別の一例を示す横断面図である。
【
図6】
図6は、実施形態のトロリ線の製造方法を実施するトロリ線の製造装置の一例を示す概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0010】
(1)本開示の実施形態に係るトロリ線は、銀を0.08質量%以上0.60質量%以下含む銅合金からなる組成と、中心部及び外周部を有する横断面と、を備え、前記中心部は、X線回折で求められた結晶の111面の配向割合が70%以上の領域であり、前記外周部は、前記配向割合が70%未満の領域である。
【0011】
本開示における111面は、結晶学において(111)と表記される結晶面を意味する。本開示における111面の配向割合は、トロリ線の横断面の全域にX線回折を行うことで得られた以下の三つの回折強度をそれぞれ規格化した値を用いて求められる。本開示における111面の配向割合は、三つの規格化した値を合計した値に対する111面の回折強度を規格化した値の割合である。三つの回折強度は、111面の回折強度、200面の回折強度、220面の回折強度である。200面、220面は、結晶学において(200)、(220)と表記される結晶面を意味する。本開示における111面の配向割合の測定方法は後述する。
【0012】
本開示のトロリ線では、トロリ線の横断面において、中心部の111面の配向割合が、外周部よりも大きく、かつ70%以上である。このような横断面を備えるトロリ線は、中心部の硬度が高い。中心部の硬度が高いと、トロリ線がパンタグラフとの摺動によって摩耗したとしても断線し難い。中心部の硬度が高いと、トロリ線がトロリ線の長手方向に引っ張られても断線し難い。外周部の硬度が中心部よりも小さいと、トロリ線が曲げ易く、トロリ線の配線が容易である。
【0013】
(2)上記(1)のトロリ線において、前記中心部は、前記横断面における互いに直交する第一線分と第二線分との交点を中心とする円の内部であり、前記第一線分は、前記トロリ線の摺動面の頂部の法線であり、前記第二線分は、前記第一線分を二等分する点を通る直線であり、前記円の半径は、前記第一線分の長さと前記第二線分の長さとの平均値の半分であってもよい。
【0014】
中心部が上記円の内部であると、トロリ線の横断面におけるある程度大きな範囲に111面が配向していると言える。上記(2)の構成によれば、トロリ線がパンタグラフとの摺動によって摩耗したとしてもより断線し難い。上記(2)の構成によれば、トロリ線がトロリ線の長手方向に引っ張られてもより断線し難い。
【0015】
(3)上記(1)又は上記(2)のトロリ線において、前記中心部のビッカース硬さと前記外周部のビッカース硬さとの差が5以上であってもよい。
【0016】
上記(3)の構成によれば、中心部の硬さが高く、かつトロリ線が曲げ易い。
【0017】
(4)本開示の実施形態に係るトロリ線の製造方法は、銀を0.08質量%以上0.60質量%以下含む銅合金からなる素線を複数のダイスに順に通して伸線加工を行う工程を備え、前記伸線加工を行う工程は、前記素線を1回当たりの減面率が20%以上となる特定の伸線ダイスに通す伸線加工を1回以上行い、かつ前記素線を冷間で7個以上のダイスに通すことを含む。
【0018】
本開示において、1回の伸線加工は、素線が1個のダイスを通ることを意味する。ここでの素線は、最終製品であるトロリ線に製造されるまでの線のことを言う。例えば、3個のダイスを通ってトロリ線が製造される場合、1個目のダイスを通る前の線、1個目のダイスを通った後で2個目のダイスを通る前の線、及び2個目のダイスを通った後で3個目のダイスを通る前の線の各々を素線と言う。3個目のダイスを通った後の線はトロリ線と言う。素線を複数のダイスに順に通すと、伸線加工が順に複数回行われる。伸線加工の回数は、素線が1個のダイスを通る回数である。伸線加工の回数とダイスの個数とが同じである。複数のダイスは、素線の減面に寄与するダイス、及び素線の減面に寄与しないダイスを含む。素線の減面に寄与するダイスは、素線を引き伸ばす伸線ダイス、及び素線の表面を削り落とす皮剥ぎダイスを含む。1回当たりの減面率が20%以上となるダイスは伸線ダイスである。素線の減面に寄与しないダイスは、素線を位置決めするための芯出しダイス、及び素線に溝を形成する溝付けダイスを含む。本開示におけるトロリ線の製造方法では、素線が1個のダイスを通ると、素線の減面の有無にかかわらず伸線加工が1回行われたとカウントする。
【0019】
複数のダイスに順に通して伸線加工を行うとは、隣り合うダイス間を通る加工途中の素線に熱処理を行うことなく、常に冷間加工を行うことを言う。素線を冷間で7個以上のダイスに通す際には、途中で熱処理は行われていない。
【0020】
本開示のトロリ線の製造方法では、素線を特定の伸線ダイスに通す伸線加工を1回以上行い、かつ冷間で7個以上のダイスに通すことで、トロリ線の中心部において111面の配向性が高められる。111面の配向性が高められることで、中心部の硬度が高いトロリ線を得ることができる。
【0021】
(5)上記(4)のトロリ線の製造方法において、前記伸線加工を行う工程では、前記複数のダイスによる総減面率を55%以上としてもよい。
【0022】
複数のダイスによる総減面率を55%以上とすると、中心部の硬度が高いトロリ線を良好に得ることができる。
【0023】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示のトロリ線及びトロリ線の製造方法の具体例を、図面を参照して説明する。図中の同一符号は同一又は相当部分を示す。各図面では、説明の便宜上、構成の一部を誇張又は簡略化して示す場合がある。図面における各部の寸法比も実際と異なる場合がある。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0024】
<トロリ線>
図1に示すトロリ線1は、移動体へパンタグラフを通して給電する接触電線である。移動体は、例えば鉄道車両、トロリーバス、台車、搬送機械、又はクレーンである。実施形態のトロリ線1の特徴の一つは、トロリ線1の横断面5が、111面の配向割合が高い中心部6を備える点にある。横断面5は、トロリ線1をトロリ線1の長手方向に直交する平面で切断した断面である。
【0025】
≪中心部と外周部≫
トロリ線1は、
図1に示すように、摺動面2と二つの懸架溝3を備える。摺動面2は、パンタグラフの擦り板に摺動する領域である。二つの懸架溝3は、摺動面2と離れた位置に第一線分51を挟んで左右対称に設けられている。第一線分51については後述する。各懸架溝3は、外方に向けて開口している。本例における各懸架溝3は、V字状の溝である。本例における二つの懸架溝3には、トロリ線1を懸架するイヤーが嵌め込まれる。摺動面2と二つの懸架溝3は、トロリ線1の長手方向に沿って設けられている。トロリ線1は、例えば、鉄道車両の上部において路線の長手方向に間隔をあけて配置された架台に対して、摺動面2が鉄道車両に向いた状態となるように懸架溝3にイヤーが嵌め込まれて固定される。鉄道車両のパンタグラフの擦り板は摺動面2に接触し、トロリ線1はパンタグラフを通して鉄道車両に給電する。
【0026】
横断面5は、中心部6と外周部7を備える。中心部6は、横断面5における互いに直交する第一線分51と第二線分52との交点50を中心とする円の内部の領域である。
図1では、第一線分51及び第二線分52の各々は一点鎖線で示されている。第一線分51の両端部及び第二線分52の両端部の各々は、横断面5の外周縁上に位置する。第一線分51は、摺動面2の頂部20の法線である。摺動面2の頂部20は、未使用のトロリ線1の摺動面2のうち最も外方に位置する箇所である。本例の第一線分51は、二つの懸架溝3の底部を結ぶ線分を二等分する点を通る。第二線分52は、第一線分51に直交する線分である。第二線分52は、第一線分51を二等分する点を通る直線である。第二線分52は、二つの懸架溝3を結ぶ線分から頂部20に近づく方向に位置する。
図1では、上記円の輪郭、つまり中心部6の外縁の輪郭は二点鎖線で示されている。上記円の半径は、第一線分51の長さと第二線分52の長さとの平均値の半分である。中心部6が上記円の内部であると、横断面5に占める中心部6の領域が大きく確保される。第一線分51の長さ又は第二線分52の長さによっては、上記円の輪郭が懸架溝3によって欠ける場合がある。この場合、一部欠けた円の内部が中心部6となる。
【0027】
外周部7は、横断面5のうち中心部6以外の領域である。外周部7は、中心部6の外周縁とトロリ線1の外周縁とで囲まれたリング状の領域である。
【0028】
横断面5の形状は、
図1に示すように略円形であってもよいし、
図4に示すように略台形であってもよいし、
図5に示すように摺動面2に対して段差部を有する形状であってもよい。いずれの形状であっても、中心部6は、未使用のトロリ線1の摺動面2のうち最も外方に位置する頂部20を基準として設定される。
【0029】
≪組成≫
トロリ線1の組成は、銀(Ag)を含む銅合金である。銀の含有量は、0.08質量%以上0.60質量%以下である。銀の含有量が0.08質量%以上であると、トロリ線1の強度が高い。銀の含有量が0.60質量%以下であると、トロリ線1の導電率が高い。組成における各元素の含有量は、銅合金の組成を100質量%としたときの各元素の質量割合である。
【0030】
≪組織≫
トロリ線1の組織は、横断面5において、111面の配向割合が高い中心部6を備える。111面の配向割合が高いとは、111面の配向割合が70%以上であることを言う。つまり、中心部6は、111面の配向割合が70%以上の領域である。111面の配向割合が高いと、硬度が高くなり易い。中心部6の硬度が高いトロリ線1は、パンタグラフとの摺動によって摩耗したとしても断線し難い。中心部6の硬度が高いトロリ線1は、トロリ線1の長手方向に引っ張られても断線し難い。中心部6の111面の配向割合は、72%以上、75%以上、77%以上、80%以上であってもよい。
【0031】
外周部7は、111面の配向割合が70%未満の領域である。外周部7の111面の配向割合が中心部6よりも小さいと、外周部7の硬度が中心部6よりも小さい。外周部7の硬度が中心部6よりも小さいと、トロリ線1が曲げ易く、トロリ線1の配線が容易である。
【0032】
以下、
図3を参照して、111面の配向割合の測定方法を説明する。トロリ線1をトロリ線1の長手方向に垂直な平面で切断した試料100を採取する。試料100は小さな柱状体であり、向かい合う二つの端面の各々が
図1に示す横断面5である。二つの横断面5のうち一方の横断面5の全域を機械研磨によって平滑にする。研磨後の横断面5の表面粗さは算術平均粗さRaで0.2μm程度である。機械研磨には例えば2000番の耐水ペーパーを利用することができる。研磨した横断面5の全域を以下のようにX線回折する。
【0033】
可動ステージ300の表面310上に試料100を配置する。表面310は平面である。この配置は、試料100における上述の機械研磨された横断面5が上記表面310に平行となるように、かつ所定の方向DからX線200が横断面5に照射されるように行う。所定の方向Dは所定の面指数Fに対応した方向である。所定の面指数Fはミラー指数によって特定される結晶面である。面指数Fは111面、200面、220面の三つの結晶面のいずれか一つの結晶面である。なお、
図5では、図示しないX線源からのX線200及び回折したX線210を破線で示す。
【0034】
試料100の横断面5に対して所定の方向DからX線200を照射することで、横断面5から回折したX線210を検出器400によって検出する。X線210の検出は、横断面5の全域が測定されるように、可動ステージ300によって試料100を横断面5に平行な面内で2次元に動かしながら繰り返し行う。こうすることで横断面5の全域における回折強度の分布を得る。なお、試料100を2次元的に動かす際にX線200は動かさない。また、横断面5が存在しない位置からの回折強度を除外するように後述の演算装置410を設定する。
【0035】
面指数Fに応じて角度θ、角度2θを変更することで、111面の回折強度の分布、200面の回折強度の分布、及び220面の回折強度の分布を得る。角度θは面指数FとX線200とがなす角度である。角度2θは所定の方向Dと回折したX線210とがなす角度である。所定の方向Dに基づく理論値を用いて上記の各回折強度を規格化した値を算出する。上記規格化した値は、各回折強度をX線回折の回折強度のピーク強度の理論値で除することによって得られる値である。上記規格化した値を用いて、各回折強度の分布から規格化分布を算出する。即ち111面の規格化分布、200面の規格化分布、220面の規格化分布を算出する。上記理論値はICDD(International Centre for Diffraction Data)が公開するPDF(Powder Diffraction File)のデータベースから取得するとよい。なお、ピーク強度は、生データのピーク強度ではなく、各測定点におけるX線プロファイルデータをフィッティングして、このフィッティング曲線の最大値又は積分値を用いてもよい。上記のフィッティングに用いるフィッティング関数は例えばLorentz関数、Gauss関数である。
【0036】
横断面5の測定点ごとに111面の回折強度を規格化した値と200面の回折強度を規格化した値と220面の回折強度を規格化した値とを求める。更にこれら三つの規格化した値を合計した値を求める。更に上記合計した値に対する111面の回折強度を規格化した値の割合を求める。この割合が各測定点における111面の配向割合である。111面の配向割合は、全ての測定点における111面の配向割合を平均した値である。同様にして、200面の配向割合及び220面の配向割合を求めることができる。
【0037】
X線200は例えば放射光施設SAGA-LSに存在するBL16を用いることができる。本ビームラインは波長λが例えば0.0919nmのX線を用いることができる。スリット幅は例えば0.5mm角を用いることができる。検出器400は例えば市販の2次元検出器であるDectris社、PILATUS 100Kを用いることができる。試料100の横断面5におけるX線200が照射された箇所から検出器400までの距離は0.512mである。演算装置410は市販のコンピュータを用いることができる。
【0038】
角度θ,2θは上述の波長λに応じて選択する。波長λが0.0919nmである場合、角度θ,2θは例えば以下の値である。なお、
図3に示すθ,2θは例示である。所定の面指数Fが111面である場合、試料100の111面とX線200とがなす角度θは12.7度を用いる。所定の方向Dと回折したX線210とがなす角度2θは25.4度を用いる。所定の面指数Fが200面である場合、試料100の200面とX線200とがなす角度θは14.7度を用いる。所定の方向Dと回折したX線210とがなす角度2θは29.4度を用いる。所定の面指数が220面である場合、試料100の220面とX線200とがなす角度θは21.0度を用いる。所定の方向Dと回折したX線210とがなす角度2θは42.0度を用いる。
【0039】
以下、
図2を参照して、上述した測定方法によって得られた横断面5における結晶面の配向割合の分布の一例を説明する。
図2は、111面の配向割合の分布を示しており、横断面5の全域において上述の測定点ごとの111面の配向割合をグレースケールの濃淡に変換した図である。111面の配向割合は、順に白、グレー、黒の色別で表されている。
図2の右に示すバーはカウント数に応じた濃淡を示す。各測定点の111面の配向割合を例えばゼロから100までのカウント数に変換する。白色はカウント数がゼロであることを意味する。黒色はカウント数が100であることを意味する。
【0040】
図2に示すように、横断面5の中心部6では、黒色の測定点が多い。横断面5の外周部7では、灰色の測定点が多い。つまり、中心部6は、外周部7よりも111面の配向割合が大きいと言える。
【0041】
≪硬度≫
トロリ線1の硬度は、111面の配向割合に依存する傾向にある。トロリ線1の横断面5において、中心部6の111面の配向割合が外周部7よりも大きいと、中心部6の硬度が外周部7よりも大きい。中心部6のビッカース硬さと外周部7のビッカース硬さとの差は、例えば5以上である。上記差が5以上であると、中心部6の硬さが高く、かつトロリ線1が曲げ易い。上記差は、7以上、8以上、10以上であってもよい。
【0042】
<トロリ線の製造方法>
図6を参照して、実施形態のトロリ線の製造方法を説明する。
図6に示す製造装置9は、供給装置91、巻取装置92、移送装置93、ガイド94、及び複数のダイス95を備える。供給装置91は、コイル状に巻き取られた素線10を繰り出し、素線10を後段のダイス95に供給するためのものである。巻取装置92は、複数のダイス95を通って製造されたトロリ線1を巻き取るためのものである。移送装置93は、供給装置91から巻取装置92まで線を搬送するためのものである。ガイド94は、複数のダイス95を通って製造されたトロリ線1を巻取装置92まで案内するためのものである。供給装置91、巻取装置92、移送装置93、及びガイド94は、公知のものが利用できる。
【0043】
複数のダイス95は、供給装置91とガイド94との間の適所に配置されている。供給装置91から繰り出された素線10は、複数のダイス95に順に通される。
図6では、分かり易いように、供給装置91と移送装置93との間、及び隣り合う移送装置93の間の各々に一つのダイス95が図示されている。隣り合う移送装置93の間に複数のダイス95が配置されていてもよい。
【0044】
本例の製造装置9は、素線10の繰り出しから複数のダイス95を順に通って製造されたトロリ線1の巻き取りまでを連続して行う生産ラインになっている。素線10を複数のダイス95に順に通して伸線加工を行うとは、隣り合うダイス95間を通る加工途中の素線10に熱処理を行うことなく、常に冷間加工を行うことを言う。冷間加工を行うにあたり、例えば、移送装置93において冷却水で素線10を冷却してもよい。素線10の冷却は、複数のダイス95のうち後述する溝付けダイスを通した後の素線10には行わなくてもよい。溝付けダイスでの加工熱によるトロリ線1の中心部6の組織の粗大化を抑制するために、溝付けダイスを通した後の素線10を冷却水で冷却してもよい。冷却水は、例えばチラーで冷却してもよい。
【0045】
実施形態のトロリ線の製造方法の特徴の一つは、素線10を複数のダイス95に順に通して伸線加工を行う工程において、素線10を特定の伸線ダイス96に通す伸線加工1回以上行い、かつ素線10を冷間で7個以上のダイス95に通すことを含む点にある。
図6では、特定の伸線ダイス96を通す伸線加工1回行う例を示している。素線10の組成は、上述したトロリ線1の組成と同じである。
【0046】
複数のダイス95は、素線10の減面に寄与するダイス、及び素線10の減面に寄与しないダイスを含む。素線10の減面に寄与するダイスは、伸線ダイス、及び皮剥ぎダイスを含む。素線10の減面に寄与しないダイスは、芯出しダイス、及び溝付けダイスを含む。伸線ダイスは、素線10を所定の線径となるまで素線10を引き伸ばすダイスである。伸線ダイスは丸孔ダイスである。皮剥ぎダイスは、素線10の表面の酸化皮膜及び微小な欠陥を除去するためのものである。芯出しダイスは、一般的に皮剥ぎダイスよりも上流に配置され、皮剥ぎダイスの切り刃に対して位置決めするために素線10の芯出しを行うためのものである。芯出しダイス及び皮剥ぎダイスの各々は丸孔ダイスである。溝付けダイスは、素線10に溝を形成してトロリ線1に加工するためのものである。溝付けダイスは、トロリ線1の形状に対応した異形孔ダイスである。各ダイス95は、公知のものが利用できる。素線10が1個のダイス95を通ると、素線10の減面の有無にかかわらず伸線加工が1回行われたとカウントする。
【0047】
供給装置91に巻き取られた素線10は、図示しない単頭伸線機によって所定の線径に伸ばされた線であってもよい。単頭伸線機による加工と
図6に示す製造装置9による加工との間に熱処理を行わなければ、単頭伸線機による加工と
図6に示す製造装置9による加工とが連続で行われているとみなす。つまり、単頭伸線機で行われる伸線加工も上記の伸線加工を行う工程に含まれる。単頭伸線機に設けられたダイスも複数のダイス95に含まれる。
【0048】
特定の伸線ダイス96は、1回当たりの減面率が20%以上となる伸線ダイスである。1回あたりの減面率は、特定の伸線ダイス96を通る前の素線10の断面積A0及び特定の伸線ダイス96を通った後の素線10の断面積A1を用いて、{(A0-A1)/A0}×100で求められる値である。1回あたりの減面率が大きいほど、得られるトロリ線1の中心部6(
図1)の111面の配向割合が高くなる。特定の伸線ダイス96における1回あたりの減面率は、25%以上であってもよい。特定の伸線ダイス96における1回あたりの減面率が30%以下であると、断線し難い。特定の伸線ダイス96における1回あたりの減面率は、20%以上30%以下であってもよい。
【0049】
特定の伸線ダイス96は、供給装置91とガイド94との間のどこに配置されていてもよい。単頭伸線機による伸線加工が含まれる場合、特定の伸線ダイス96は、単頭伸線機に配置されていてもよい。複数の特定の伸線ダイス96が配置されている場合、特定の伸線ダイス96は、連続して配置されていてもよいし、他のダイス95を挟んで離れて配置されていてもよい。特定の伸線ダイス96は、例えば、素線10の引き伸ばしによる減面を伴わないダイスよりも上流に配置されている。素線10の引き伸ばしによる減面を伴わないダイスは、芯出しダイス、皮剥ぎダイス、及び溝付けダイスである。言い換えると、特定の伸線ダイス96は、例えば芯出しダイス、皮剥ぎダイス、及び溝付けダイスよりも上流に配置されている。特定の伸線ダイス96は、素線10の引き伸ばしによる減面を伴わないダイスよりも下流に配置されていてもよい。素線10を特定の伸線ダイス96に通す伸線加工を行う場合、特定の伸線ダイス96の数は、1個でもよいし、複数でもよい。
【0050】
伸線加工を行う工程では、素線10を7個以上のダイス95に通してトロリ線1を製造する。7個以上のダイス95には、特定の伸線ダイス96が含まれる。素線10を通すダイス95の数は、8個以上としてもよい。
【0051】
伸線加工を行う工程では、例えば複数のダイス95による総減面率を55%以上とする。総減面率は、ダイス95を通る前の素線10の断面積B0及び全てのダイス95を通った後のトロリ線1の断面積B1を用いて、{(B0-B1)/B0}×100で求められる値である。複数のダイス95の数、及び各ダイス95の減面率は、総減面率に応じて適宜選択できる。
【0052】
伸線加工では、素線10を各ダイス95に通す際に素線10の表面に潤滑剤を塗布するとよい。潤滑剤は、例えば固体潤滑剤である。固体潤滑剤は、例えば金属石けん、石灰、及びタルクである。固体潤滑剤は、二酸化モリブデンを含んでもよい。潤滑剤は、液体潤滑剤であってもよい。液体潤滑剤は、例えば種油である。種油は、例えば菜種油である。
【0053】
[試験例]
銀を含む銅合金からなる素線に伸線加工を行ってトロリ線を製造し、そのトロリ線の組織観察を行うと共に硬度を調べた。
【0054】
<試料の作製>
各試料のトロリ線は、溶解→鋳造→熱間圧延→伸線の順に作製した。溶解から熱間圧延までは連続鋳造圧延設備により加工を行った。まず、銀を含む溶解銅合金を連続鋳造及び熱間圧延して素線を作製した。銀の含有量は表1の「Ag濃度」に示す。得られた素線を複数のダイスに順に通して伸線加工を行ってトロリ線を作製した。伸線加工に使用されたダイスの個数は表1の「ダイスの個数」に示す。ダイスの個数には、伸線ダイス、芯出しダイス、皮剥ぎダイス、及び溝付けダイスの数を含む。伸線加工に使用された特定の伸線ダイスの個数は表1の「特定の伸線ダイスの個数」に示す。表1の「ダイスの個数」には「特定の伸線ダイスの個数」を含む。特定の伸線ダイスは、1回当たりの減面率が20%以上となる伸線ダイスである。試料No.1では、素線を特定の伸線ダイスに通す伸線加工を4回行った。試料No.2では、素線を特定の伸線ダイスに通す伸線加工を3回行った。試料No.3及び試料No.4では、素線を特定の伸線ダイスに通す伸線加工を1回行った。試料No.5及び試料No.6では、素線を特定の伸線ダイスに通す伸線加工を2回行った。試料No.1から試料No.6では、素線を冷間で連続して7個又は8個のダイスに通した。試料No.11では、素線を特定の伸線ダイスに通す伸線加工を2回行ったが、ダイスの個数が6個であった。試料No.12及び試料No.13では、素線を特定の伸線ダイスに通す伸線加工を行わず、かつダイスの個数が7個未満であった。複数のダイスによる総減面率は表1の「総減面率」に示す。
【0055】
<組織観察>
各試料のトロリ線について、横断面の全域にX線回折を行うことで結晶の111面の配向割合を調べた。111面の配向割合は、横断面の中心部及び外周部の各々の領域で求めた。111面の配向割合の測定方法は上述の通りである。横断面の中心部及び外周部の領域は上述の通りである。中心部の111面の配向割合は表1に示す。外周部の111面の配向割合は、いずれの試料も70%未満であった。
【0056】
<硬度>
各試料のトロリ線について、以下のようにして、中心部のビッカース硬さと外周部のビッカース硬さとの差を調べた。まず、横断面における中心部について、任意の測定点を3箇所選択し、ビッカース硬度計を用いて、各測定点の硬さを測定した。このとき、中心部の中心箇所及び外周部に近い箇所を測定点として含んだ。測定した各測定点での硬さの平均値を算出し、中心部の硬さとした。同様に、横断面における外周部について、任意の測定点を3箇所選択し、ビッカース硬度計を用いて、各測定点の硬さを測定した。このとき、外周部の周方向に沿った複数箇所を測定点として含んだ。測定した各測定点での硬さの平均値を算出し、中心部の硬さとした。中心部の硬さと外周部の硬さとの差を求めた。その結果は表1の「硬度差」に示す。
【0057】
【0058】
表1に示すように、素線を特定の伸線ダイスに通す伸線加工を1回以上行い、かつ素線を冷間で7個以上のダイスに通した試料No.1から試料No.6は、中心部の111面の配向割合が70%以上を満たすことがわかった。中心部の111面の配向割合が70%以上であると、中心部の硬度が高くなり、硬度差が5以上となることがわかった。試料No.6のように、銀の含有量が高いと、中心部の111面の配向割合が大きくなり易いことがわかった。銀の含有量によっても、中心部の111面の配向割合を調整できると考えられる。
【符号の説明】
【0059】
1 トロリ線
2 摺動面、20 頂部
3 懸架溝
5 横断面
50 交点、51 第一線分、52 第二線分
6 中心部
7 外周部
9 製造装置
91 供給装置、92 巻取装置、93 移送装置、94 ガイド
95 ダイス、96 特定の伸線ダイス
10 素線
100 試料
200,210 X線
300 可動ステージ、310 表面
400 検出器、410 演算装置
D 方向、F 面指数、θ,2θ 角度