(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024033636
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】口唇の加齢や水分状態の評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20240306BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20240306BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
G01N33/68
C12Q1/68
G01N33/15 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022137346
(22)【出願日】2022-08-30
(71)【出願人】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】村田 大知
(72)【発明者】
【氏名】前野 克行
(72)【発明者】
【氏名】山元 奈緒
(72)【発明者】
【氏名】山崎 耀平
(72)【発明者】
【氏名】増田 収希
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 健太
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045BA13
2G045BB10
2G045CB09
2G045DA36
2G045FB01
2G045FB03
4B063QA20
4B063QQ02
4B063QQ42
4B063QQ53
4B063QQ79
4B063QR32
4B063QR36
4B063QR48
(57)【要約】
【課題】口唇を皮膚とは別の組織として捉え、口唇特有の指標に基づく口唇評価方法を提供することを目的とする。
【解決手段】壮齢者の口唇と若齢者の口唇とでそれぞれ発現が変化する口唇加齢因子、及び口唇の水分量と関係する口唇水分量因子を特定した。これらの因子のタンパク質量及び発現量を指標とすることで、口唇評価方法並びに口唇改善薬のスクリーニング方法を提供する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
口唇試料において、口唇加齢因子及び口唇水分量因子からなる群から選ばれる、少なくとも1の因子のタンパク質量又は発現量を測定することを含む口唇状態の評価方法。
【請求項2】
口唇試料がテープストリップされた試料である、請求項1に記載の評価方法。
【請求項3】
口唇状態の評価が、前記少なくとも1の因子のタンパク質量又は発現量の1又は複数の閾値と比較することにより行われる、請求項2に記載の評価方法。
【請求項4】
口唇水分量因子が、スモールプロリンリッチタンパク質(SPRP)又は紡錘体及び動原体関連複合体サブユニット3(SKA3)であり、評価される口唇状態が、口唇の水分量である、請求項2に記載の評価方法。
【請求項5】
SPRPのタンパク質量又は発現量に基づいて、口唇角層深部の水分量を評価する、請求項4に記載の評価方法。
【請求項6】
SKA3のタンパク質量又は発現量に基づいて、口唇角層表層部の水分量を評価する、請求項4に記載の評価方法。
【請求項7】
口唇加齢因子が、BTB/POXドメイン含有タンパク質KCTD2、転写因子AP-2-デルタ、バリア-トゥ-オートインテグラーション因子、シンターゼ3様タンパク質、及びリソソーム酸グリコシルセラミダーゼ、コーニュリン、ヌクレオシドジホスファターゼキナーゼBのアイソフォーム3、コルネオデスモシン、ヒストンH1.3、コラーゲンα-6(IV)鎖、フラタキシン、ベルトニン、複製因子1、ATP依存性DNAヘリカーゼQ1、ドッキングタンパク質1、プロテインELYSのアイソフォーム2、アニオン交換タンパク質2のアイソフォームB1からなる群から選ばれる、少なくとも1の因子であり、評価される口唇状態が、口唇の加齢状態である、請求項2に記載の評価方法。
【請求項8】
候補薬剤を含む培地中で、上皮細胞培養物を培養する工程;
候補薬剤を含む培地で培養後において、上皮細胞培養物における口唇加齢因子及び口唇水分量因子のタンパク質量又は発現量を測定する工程;及び
測定されたタンパク質量又は発現量を対照と比較し、候補薬剤の口唇改善作用を決定する工程
を含む、口唇改善剤をスクリーニングする方法。
【請求項9】
前記対照が、候補薬剤を含まない培地で培養された上皮培養物における口唇加齢因子及び口唇水分量因子のタンパク質量又は発現量から決定された閾値である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
口唇水分量因子が、スモールプロリンリッチタンパク質(SPRP)又は紡錘体及び動原体関連複合体サブユニット3(SKA3)である、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
口唇加齢因子が、BTB/POXドメイン含有タンパク質KCTD2、転写因子AP-2-デルタ、バリア-トゥ-オートインテグラーション因子、シンターゼ3様タンパク質、及びリソソーム酸グリコシルセラミダーゼ、コーニュリン、ヌクレオシドジホスファターゼキナーゼBのアイソフォーム3、コルネオデスモシン、ヒストンH1.3、コラーゲンα-6(IV)鎖、フラタキシン、ベルトニン、複製因子1、ATP依存性DNAヘリカーゼQ1、ドッキングタンパク質1、プロテインELYSのアイソフォーム2、アニオン交換タンパク質2のアイソフォームB1からなる群から選ばれる、少なくとも1の因子である、請求項8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、口唇試料における各種タンパク質の発現を指標とした口唇の加齢や水分状態の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
口唇は、粘膜組織である口腔内腔と、皮膚組織との接続領域に存在しており、組織学的に皮膚組織と、粘膜組織の両方の性質を有する。一例として、口唇角層の平均ターンオーバー速度は、顔面皮膚や前腕皮膚に比べて2~4倍速い速度であることが報告されており、口腔粘膜と同様に細胞の生まれ変わりが早い組織であることが知られている。また皮膚では毛穴から分泌される皮脂により皮脂膜が形成され、口腔粘膜では唾液おおわれる一方、口唇には毛穴がなく、皮脂膜もほとんど存在しないことから、通常は外界に晒され乾燥状態にあり、組織内部からの水分の蒸散が生じている。
【0003】
口唇は美容上重要な部位ではある一方で、ヒト以外のほぼすべての動物に存在しないことから動物実験による口唇研究は困難であり、また余剰皮膚のように、組織が供給されることも困難であることから、口唇研究は他の組織ほどは盛んではなかった。口唇は、細胞組織学的にも皮膚組織及び粘膜組織とも異なる性質を有していたものの、主に皮膚科学における知見を口唇に適用することで口唇研究が行われてきた。例えば、特許文献1(特開2004-59441号公報)では、荒れた口唇においてカセプシンDの活性が低下していることを見出し、カセプシンDの活性を亢進できる薬剤のスクリーニングを行って口唇荒れ改善剤を提供している。特許文献1におけるカセプシンDへの着目は、皮膚の角層における研究に基づくものである。皮膚研究において角質層の剥離を促進する角質層特異的キモトリプシン様酵素(SCCE)とカセプシンDが明らかにされている(非特許文献1:L undstrom, Acta Dermatol Venereol, (1991) vol. 71, p. 471-474、非特許文献2:Horikoshi, Br J Dermatol, (1999), vol. 141, p.453-459)。皮膚科学においては、これらの酵素の活性が抑制されることにより、角質層の肥厚が生じ剥離することで荒れを生じることが示されており、これらの知見を口唇に応用することで、カセプシンDに着目して口唇研究がされている。また、特許文献1において、カセプシンD活性の活性上昇をする成分のスクリーニングが行われているが、かかるスクリーニングには皮膚が用いられており、スクリーニングされた成分の効能については口唇への適用により評価が行われている。このように、皮膚科学を口唇に応用し、リップ、口紅、美容液などの口唇ケアの化粧料の開発されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Acta Dermatol Venereol, (1991) vol. 71, p. 471-474
【非特許文献2】Br J Dermatol, (1999), vol. 141, p.453-459
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
口唇を皮膚とは別の組織として捉え、口唇特有の指標に基づく口唇評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、口唇が、皮膚組織と口腔組織の両方の性質を有することに着目し、皮膚科学及び口腔科学の両方から口唇を研究対象とし、口唇特有の指標を取得すべく鋭意研究を行った。本発明者らは、加齢口唇と若齢口唇とでそれぞれ発現が変化する口唇加齢因子を特定した。また、本発明者らは口唇の水分量と関係する口唇水分量因子を特定した。これらの因子のタンパク質量及び発現量を指標とすることで、口唇評価方法並びに口唇改善薬のスクリーニング方法に関する本発明に至った。したがって、本発明は以下に関する:
[1] 口唇試料において、口唇加齢因子及び口唇水分量因子からなる群から選ばれる、少なくとも1の因子のタンパク質量又は発現量を測定することを含む口唇状態の評価方法。
[2] 口唇試料がテープストリップされた試料である、項目1に記載の評価方法。
[3] 口唇状態の評価が、前記少なくとも1の因子のタンパク質量又は発現量の1又は複数の閾値と比較することにより行われる、項目1又は2に記載の評価方法。
[4] 口唇水分量因子が、スモールプロリンリッチタンパク質(SPRP)又は紡錘体及び動原体関連複合体サブユニット3(SKA3)であり、評価される口唇状態が、口唇の水分量である、項目1~3のいずれか一項に記載の評価方法。
[5] SPRPのタンパク質量又は発現量に基づいて、口唇角層深部の水分量を評価する、項目4のいずれか一項に記載の評価方法。
[6] SKA3のタンパク質量又は発現量に基づいて、口唇角層表層部の水分量を評価する、項目4に記載の評価方法。
[7] 口唇加齢因子が、BTB/POXドメイン含有タンパク質KCTD2、転写因子AP-2-デルタ、バリア-to-オートインテグラーション因子、シンターゼ3様タンパク質、及びリソソーム酸グリコシルセラミダーゼ、コーニュリン、ヌクレオシドジホスファターゼキナーゼBのアイソフォーム3、コルネオデスモシン、ヒストンH1.3、コラーゲンα-6(IV)鎖、フラタキシン、ベルトニン、複製因子1、ATP依存性DNAヘリカーゼQ1、ドッキングタンパク質1、プロテインELYSのアイソフォーム2、アニオン交換タンパク質2のアイソフォームB1からなる群から選ばれる、少なくとも1の因子であり、評価される口唇状態が、口唇の加齢状態である、項目1~3のいずれか一項に記載の評価方法。
[8] 候補薬剤を含む培地中で、上皮細胞培養物を培養する工程;
候補薬剤を含む培地で培養後において、上皮細胞培養物における口唇加齢因子及び口唇水分量因子のタンパク質量又は発現量を測定する工程;及び
測定されたタンパク質量又は発現量を対照と比較し、候補薬剤の口唇改善作用を決定する工程
を含む、口唇改善剤をスクリーニングする方法。
[9] 前記対照が、候補薬剤を含まない培地で培養された上皮培養物における口唇加齢因子及び口唇水分量因子のタンパク質量又は発現量から決定された閾値である、項目8に記載の方法。
[10] 口唇水分量因子が、スモールプロリンリッチタンパク質(SPRP)又は紡錘体及び動原体関連複合体サブユニット3(SKA3)である、項目8又は9に記載の方法。
[11] 口唇加齢因子が、BTB/POXドメイン含有タンパク質KCTD2、転写因子AP-2-デルタ、バリア-トゥ-オートインテグラーション因子、シンターゼ3様タンパク質、及びリソソーム酸グリコシルセラミダーゼ、コーニュリン、ヌクレオシドジホスファターゼキナーゼBのアイソフォーム3、コルネオデスモシン、ヒストンH1.3、コラーゲンα-6(IV)鎖、フラタキシン、ベルトニン、複製因子1、ATP依存性DNAヘリカーゼQ1、ドッキングタンパク質1、プロテインELYSのアイソフォーム2、アニオン交換タンパク質2のアイソフォームB1からなる群から選ばれる、少なくとも1の因子である、項目8又は9に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
口唇加齢因子及び口唇水分量因子を指標とすることで、口唇の状態を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、プロテオーム解析により、頬の皮膚試料に存在するタンパク質と、唇試料に存在するタンパク質との間における主成分分析(PCA)の結果を示す。
【
図2】
図2は、口唇における静電容量(Capacitance)と、スモールプロリンリッチタンパク質(SPRP)のタンパク質量との相関性を示すグラフである。
【
図3】
図3は、口唇におけるコンダクタンスと、紡錘体及び動原体関連複合体サブユニット3(SKA3)のタンパク質量との相関性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、口唇試料中における口唇加齢因子及び/又は口唇水分量因子のタンパク質量又は発現量を測定することを含む、口唇状態の評価方法に関する。より具体的に、口唇加齢因子及び口唇水分量因子からなる群から選ばれる因子のタンパク質量又はmRNA量を、予め決定された当該因子の閾値と比較することにより口唇状態を評価することができる。かかる閾値は1又は複数を設定することができ、口唇状態を複数の段階に分類することができる。
【0011】
口唇試料としては、口唇の角層試料が好ましく、より好ましくはテープストリップにより採取された角層試料が使用されうる。テープに付着した角層試料をテープごと、抽出用緩衝液に浸漬し、超音波処理及び遠心分離を行うことで、角層中のタンパク質又はmRNAの測定用の試料とすることができる。タンパク質量又は発現量(mRNA量)は、本技術分野に周知の方法を用いて決定することができる。タンパク質量としては、特異的抗体を用いた免疫学的手法、又はプロテオーム解析により、特定のタンパク質の量を測定することができる。発現量については、逆転写反応後に、定量的PCRを行うことで、特定のタンパク質の発現量を測定することができる。
【0012】
口唇水分量因子としては、スモールプロリンリッチタンパク質3(SPRP3)及び紡錘体及び動原体関連複合体サブユニット3(SKA3)からなる群から選択される少なくとも1を使用し、口唇中の水分量について、口唇状態を評価することができる。これらの口唇水分量因子は、口唇の状態を示すパラメーターとして、口唇の静電容量(Capacitance)及びコンダクタンス(conductance)に着目し、これらのパラメーターと相関する口唇のタンパク質についてスクリーニングを行った結果として選択された。
【0013】
したがって、口唇中のスモールプロリンリッチタンパク質(SPRP)のタンパク質量は、口唇状態パラメーターである静電容量と相関性を示し(
図2)、そして口唇中の紡錘体及び動原体関連複合体サブユニット3(SKA3)は口唇状態パラメーターであるコンダクタンスと逆相関性を示す。
【0014】
評価される口唇状態としては、口唇の静電容量及びコンダクタンスに関わる口唇状態であり、一例として口唇の水分量、口唇バリア機能などが挙げられる。水分量及び口唇バリア機能が亢進する向上することによりによって、うるおい、透明感及び鱗屑の抑制などの二次的な効果を評価することもできる。口唇試料中のSPRP3と静電容量とは相関関係にあることから(
図2)、SPRP3が多いほど、静電容量は高く、口唇角層の全体、特に口唇角層の深層部における水分量が高いと判定することができる。口唇試料中のSKA3とコンダクタンスとは逆相関の関係にあることから(
図3)、SKA3が少ないほど、コンダクタンスが高く、口唇角層、特に口唇角層の表層部における水分量が高いと判定することができる。
【0015】
口唇の静電容量及びコンダクタンスは、口唇を洗浄し、馴化後に測定機器のプローブを口唇に押し当てて測定される。高周波電流を印加してコンダクタンスを測定する場合、高周波電流は物の表面を流れやすく、電気伝導度と水分含有量には密接な相関関係があるため、コンダクタンスを測定することにより、角層の表層部の水分含量を測定することができる。静電容量は電荷を蓄積する能力を言い、角層のより深い層を含めた水分量を測定することができる。静電容量及び/又はコンダクタンスを測定することにより、非侵襲的に水分量を測定することができるものの、静電容量及び/又はコンダクタンスの測定には、測定機器のプローブを口唇に接触させることが必要である。プローブは、通常繰り返し使用するものであるため、プローブの口唇への接触は心理的に忌避され、また感染症対策も問題となることがある。
【0016】
一方で、テープストリップを利用した角層試料の採取は、角層の表層のみを剥離して取得する手法であり、侵襲性は低いとともに、テープストリップはディスポーザブル製品であるので、心理的や感染対策上の問題を生じさせることはない。したがって、テープストリップで取得された角層試料を用いて口唇の水分量を評価する方法は、静電容量やコンダクタンスを用いた方法と比べても利点がある。
【0017】
口唇の水分量が高い状態は、口唇のうるおい感という外観の利点のみならず、口唇角層に柔軟性や透明感を提供する。したがって、高い口唇水分量により、口唇角層の剥離や、亀裂などの荒れ症状の抑制、色味の改善を供することができる。また、水分量が高いことによりバリア機能が高く、外界からの刺激や細菌の侵入に対する抵抗性が高い。
【0018】
SPRP3は、スモールプロリンリッチプロテイン複合体の構成タンパク質の一つであり、SPRP1及びSPRP2と複合体を形成する。皮膚では、ロリクリンと相互作用することが知られており、ロリクリン、フィラグリンやインボルクリンなどのタンパク質と共にコーニファイドエンベロープを形成する。SPRP3は、口唇上皮細胞でも、皮膚と同様に、コーニファイドエンベロープの形成に寄与するものと考えられる。
【0019】
SKA3とは、紡錘体及び動原体形成に関わるタンパク質であり、分裂に寄与するタンパク質と考えられる。細胞分裂において働くタンパク質であるが、これまで皮膚科学において、皮膚特異的に作用するという知見はなく、皮膚状態を表す指標として使用されたという知見はない。
【0020】
口唇加齢因子としては、BTB/POXドメイン含有タンパク質KCTD2、転写因子AP-2-デルタ、バリア-トゥ-オートインテグラーション因子、シンターゼ3様タンパク質、及びリソソーム酸グリコシルセラミダーゼ、コーニュリン、ヌクレオシドジホスファターゼキナーゼBのアイソフォーム3、コルネオデスモシン、ヒストンH1.3、コラーゲンα-6(IV)鎖、フラタキシン、ベルトニン、複製因子1、ATP依存性DNAヘリカーゼQ1、ドッキングタンパク質1、プロテインELYSのアイソフォーム2、アニオン交換タンパク質2のアイソフォームB1からなる群から選択される少なくとも1の因子を使用し、口唇の加齢状態を評価することができる。
【0021】
なかでも、BTB/POXドメイン含有タンパク質KCTD2、転写因子AP-2-デルタ、バリア-トゥ-オートインテグラーション因子、シンターゼ3様タンパク質、及びリソソーム酸グリコシルセラミダーゼからなる群から選ばれる因子は加齢口唇においてタンパク質量が増大するため、これらの因子のタンパク質量増大又は発現増大は、口唇の老化と関連付けることができ、これらの因子の発現抑制は、良好な口唇と関連付けることができる。
【0022】
コーニュリン、ヌクレオシドジホスファターゼキナーゼBのアイソフォーム3、コルネオデスモシン、ヒストンH1.3、コラーゲンα-6(IV)鎖、フラタキシン、ベルトニン、複製因子1、ATP依存性DNAヘリカーゼQ1、ドッキングタンパク質1、プロテインELYSのアイソフォーム2、及びアニオン交換タンパク質2のアイソフォームB1からなる群から選ばれる因子は、若齢口唇においてタンパク質量が増大することから、これらの因子のタンパク質量又は発現増大は、良好な口唇と関連付けることができ、これらの因子のタンパク質量又は発現の抑制は、皮膚老化と関連付けることができる。コーニュリンは、上皮細胞の分化・増殖の制御に寄与するタンパク質であり、皮膚バリア機能に関与する。コルネオデスモシンは、角層の接着斑の形成に寄与するタンパク質であり、細胞膜を裏打ちし、接着構造を支える役割を有し、皮膚バリア機能に関与する。したがって、これらのタンパク質の発現は、角層の正常分化に関わるものであり、抑制されることで皮膚老化と関連しうる。コラーゲンα-6(IV)鎖は、表皮と真皮を繋ぐ基底膜に寄与する4型コラーゲンを構成するタンパク質であり、皮膚バリア機能に関与する。
【0023】
さらに別の態様では、本発明は、上皮細胞培養物における口唇加齢因子及び/又は口唇水分量因子のタンパク質量又は発現量を指標とした、口唇状態の改善薬のスクリーニング方法にも関する。より具体的に、スクリーニング方法は以下の:
候補薬剤を含む培地中で、上皮細胞培養物を培養する工程;
候補薬剤を含む培地で培養後において、上皮細胞培養物における口唇加齢因子及び口唇水分量因子のタンパク質量又は発現量を測定する工程;及び
測定されたタンパク質量又は発現量を対照と比較し、候補薬剤の口唇改善作用を決定する工程
を含む。対照としては、候補薬剤を含まない培地で培養された上皮培養物における口唇加齢因子及び口唇水分量因子のタンパク質量又は発現量から決定された閾値を使用することができる。
【0024】
口唇水分量因子が、スモールプロリンリッチタンパク質(SPRP)又は紡錘体及び動原体関連複合体サブユニット3(SKA3)である。口唇加齢因子としては、BTB/POXドメイン含有タンパク質KCTD2、転写因子AP-2-デルタ、バリア-トゥ-オートインテグラーション因子、シンターゼ3様タンパク質、及びリソソーム酸グリコシルセラミダーゼ、コーニュリン、ヌクレオシドジホスファターゼキナーゼBのアイソフォーム3、コルネオデスモシン、ヒストンH1.3、コラーゲンα-6(IV)鎖、フラタキシン、ベルトニン、複製因子1、ATP依存性DNAヘリカーゼQ1、ドッキングタンパク質1、プロテインELYSのアイソフォーム2、アニオン交換タンパク質2のアイソフォームB1からなる群から選ばれる、少なくとも1の因子を使用することができる。
【0025】
上皮細胞培養物としては、口唇上皮細胞、皮膚上皮細胞、及び口腔上皮細胞からなる群から選ばれる培養物を利用することができる。培養物は、3次元に構築された3次元皮膚モデルであってもよく、他の細胞を含んでいてもよい。候補薬剤を含む培地中で、上皮細胞培養物を培養する工程の前に、候補薬剤を含まない培地中で前培養する工程を含んでもよい。前培養を行った後に候補薬剤を含む培地に置換し、8時間~7日間培養、好ましくは24~48時間培養することで、口唇加齢因子及び/又は口唇水分量因子のタンパク質量又は発現量の変化を誘導することができる。指標として使用した因子について夫々閾値を設け、閾値を超えて変動した場合に、候補薬剤を口唇改善薬剤としてスクリーニングすることができる。
【0026】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0027】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例0028】
試験例1.プロテオーム解析による口唇状態を表す指標の選択
(1)被験者の選定と、角層水分量の測定
24-30歳(若齢群、平均27.3歳、男性10名、女性12名、計22名)および45-62歳(壮齢群、平均55.2歳、男性10名、女性12名、計22名)の計44名に対してヒト試験を実施した。被験者の頬および下側の赤唇部(以後、口唇)を洗浄し、恒温恒湿室内にて30分間馴化させた。その後、各測定部位に対して、SKICON- 200EX(株式会社ヤヨイ社製)およびCorneometer CM825(Courage+Khazaka社製)を用いて角層水分量を計測した。各パラメータの値は、3回の測定値の平均値として算出した。電気伝導度を測定するSKICON- 200EX、電気容量を測定するCorneometer CM825は角層水分量を測定する汎用機器として知られているが、測定原理の違いから測定深度が異なることが報告されている(Clarys et al., Skin Research and Technology 2012;18: 316-32)。そこで本研究では、SKICON- 200EXとCorneometer CM825を角層水分量の指標として使用した。
【0029】
(2):試料の調製
頬および口唇からD-squameテープ(Clinical&Derm社製)を用いて角層を採取し、角層テープを抽出用Buffer(PBS in 0.1% tween(登録商標)20)に浸漬させた。角層試料を超音波処理し、遠心分離によって分画した上清を測定試料とした。各測定試料の総タンパク質量濃度をDC protein assay kit (Bio-Rad) を用いて定量した。調整前のタンパク質濃度が5μg/mL未満のサンプルを除き、頬角層サンプル36検体および口唇角層サンプル42検体を均一のタンパク質濃度5μL/mLに調整した。
【0030】
(3)試料の前処理
プロテオーム解析用試料の調製には、Pierce Mass Spec Sample Prep Kit for Cultured Cells(Pierce社製)を使用した。まず、均一のタンパク質濃度に調整した100μLの各サンプルに2.1μLのDTT溶液(dithiothreitol、500mM)を添加し、混合して50℃で45分間インキュベート後、室温にて10分間冷却した。次いで11.5μLのIAA溶液(Iodoacetamide、500mM)をサンプルに添加し、室温で20分間混合してインキュベートした。460μLの予め冷やしておいた100%アセトンを各試料に添加し、-20℃で一晩放置してアセトン沈殿を実施した。その後、遠心分離によって沈殿画分を分離し、さらに50μLの予め冷やした90 %アセトンを加えて混合、再度遠心分離によって沈殿画分を分離した。100μLのDigestion Bufferをアセトンで沈殿させたタンパク質ペレットに加え、ペレットを壊すために穏やかに上下にピペッティングして再懸濁させた。2μLのGlu-C(1μg、酵素-基質比=1:100)を添加し、37℃で2時間インキュベートした。4μLのトリプシン(2μg、酵素/基質比=1:50)をサンプルに加え、37℃で一晩インキュベートした。サンプルを-80℃で凍結し、酵素反応を停止させた。サンプルは0.1% ギ酸溶液に再懸濁し、LC-MS/MS測定用の試料とした。
【0031】
(4)LC-MS/MS測定
LC-MS/MS システムとして UltiMate 3000 RSLCnano system (Thermo Fisher Scientific) と Orbitrap Fusion Lumos (Thermo Fisher Scientific) およびナノHPLCキャピラリーカラム(ODS、内径75μm×120mm、粒子径:3.0μm、日京テクノス社製)を使用した。分離移動相には、A液として0.1%のギ酸を含んだ水溶液、B液として0.1%のギ酸を含んだアセトニトリルを用いた。分離条件には、2-40%の移動相Bの直線的な120分間のグラジエントを使用した。その後、5分かけて95%の移動相Bにし、5分間保持し、カラムを洗浄した。最後に、5分かけて2%の移動相Bにし、10分間保持してカラム再平衡化を実施した。データ取得には、data dependent acquisitionを使用した。Nanospray Flex NG ソースでの印加電圧は1.8kV、イオントランスファーチューブは 275℃、イオンファンネルのrfレベルは45に設定した。MS1 Orbitrapの分解能は120000 (at m/z 200)、MS1 AGCターゲットは4×105、最大注入時間は50msに設定した。+2から+7の電荷を持つプリカーサーイオンをMS2シーケンス用に単離した。MS2のisolation windowは1.6Da、AGCターゲットは5×104、dynamic exclusion timeは20秒、質量制度は±10ppm、分解能は15000 (at m/z 120) 、最大注入時間は22ms、信号強度の閾値は2.5×104に設定した。ノーマライズされた衝突エネルギーが30%の高エネルギー衝突誘起解離(HCD)によりプリカーサーイオンを解離させた。質量較正は、m/z=391.2843と445.12のピークを用いたロックマスシステムにより、注入ごとに自動的に実施した。
【0032】
(5)データ解析
Proteome Discoverer (version 2.3) と Sequest および Amanda データベースを用いて、データベース検索やタンパク質/ペプチドの同定・定量を行った。MS/MSスペクトルはSwiss-ProtおよびTrEMBL humanデータベースを用いて検索を実施した。タンパク質N末端のアセチル化およびメチオニン酸化をdynamic modificationとして選択した。システイン残基のカルバミドメチル化をstatic modificationとして設定した。ペプチドの最小長は 7 アミノ酸、最大質量は 5000Da とし、各ペプチドに対して2回までのmissed cleavagesを設定した。ペプチドとタンパク質の両方において、FDR (False Discovery Rate) 0.01 でフィルタリングを実施した。ラベルフリー定量 (LFQ) の計算には、unique peptideとrazor peptideの両方を選択した。その他の不記載のパラメータはProteome Discovererのデフォルト設定とした。この解析から、ノーマライズされたタンパク質存在量が得られた。頬試料及び口唇試料のそれぞれから得られたタンパク質の種類及び量について、Proteome Discoverを用いた主成分分析(PCA)を行った。これらの結果から、頬部タンパク質と口唇タンパク質の組成や存在量比は大きくことなっており、皮膚と口唇では異なる指標が必要であることが示された。
【0033】
次に、若齢群および壮齢群それぞれにおいてタンパク質発現量が有意に多いタンパク質を以下の表に示す(Tukey Kramer検定, Benjamini-Hochberg補正P value, 若齢群 vs 壮齢群(n=21))。解析結果より、表1に示すタンパク質は、若齢群で有意に多く発現することから、口唇状態の若々しさの指標となり得ることを示している。また、表2に示すタンパク質は、壮齢群で有意に多く発現することから、口唇状態の老化の指標となり得ることを示している。
【表1】
【0034】
【0035】
次に、角層水分量の指標となるCapacitanceおよびConductanceと相関するタンパク質を選択したところ、口唇中のスモールプロリンリッチタンパク質(SPRP)が、口唇状態パラメーターである静電容量(Capacitance)と相関性を示し(r=0.546、p=0.0455)、及び口唇中の紡錘体及び動原体関連複合体サブユニット3(SKA3)が口唇状態パラメーターであるコンダクタンス(conductance)と逆相関性を示した(r=ー0.537、p=0.0410)。結果を
図2及び3に示す。