IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社Office RENKAの特許一覧

特開2024-33646口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法
<>
  • 特開-口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法 図1
  • 特開-口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法 図2
  • 特開-口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法 図3
  • 特開-口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法 図4
  • 特開-口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法 図5
  • 特開-口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法 図6
  • 特開-口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法 図7
  • 特開-口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法 図8
  • 特開-口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法 図9
  • 特開-口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法 図10
  • 特開-口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法 図11
  • 特開-口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法 図12
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024033646
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法
(51)【国際特許分類】
   G09B 19/04 20060101AFI20240306BHJP
   G09B 15/00 20060101ALI20240306BHJP
   A61H 13/00 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
G09B19/04
G09B15/00 Z
A61H13/00
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022137359
(22)【出願日】2022-08-30
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-03-13
(71)【出願人】
【識別番号】521051635
【氏名又は名称】株式会社Office RENKA
(74)【代理人】
【識別番号】100111567
【弁理士】
【氏名又は名称】坂本 寛
(72)【発明者】
【氏名】赤井 綾美
【テーマコード(参考)】
4C100
【Fターム(参考)】
4C100BB01
4C100CA01
4C100DA03
(57)【要約】
【課題】口腔にアプローチすることによる発声コンディショニングを提供する。
【解決手段】開示の方法は、口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法であって、口腔内から舌骨上筋群に含まれる筋を緩める第1工程と、口腔内から舌根を緩める第2工程と、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法であって、
口腔内から舌骨上筋群に含まれる筋を緩める第1工程と、
口腔内から舌根を緩める第2工程と、
を備える、
発声コンディショニング方法。
【請求項2】
口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法であって、
口腔底にアプローチする第1工程と、
舌根にアプローチする第2工程と、
を備え、
前記第1工程は、口腔内において口腔底の下方押圧を繰り返し行うことで、前記舌骨上筋群に含まれる筋に対する圧迫と圧迫解除を繰り返し生じさせることを含み、
前記第2工程は、
舌の裏側と口腔底との間に挿入された挿入体によって、口腔底に対して前記舌根を挙上させる第2-1工程、及び
舌の裏側と口腔底との間に挿入体が挿入された状態で、前記舌根が前記挿入体を前方に押圧するように、舌を前に移動させる第2-2工程、
の少なくともいずれか一方の工程を含む、
発声コンディショニング方法。
【請求項3】
前記第1工程において、前記口腔底の下方押圧を繰り返し行うことは、前記口腔底の前側の箇所から後側までの複数個所それぞれを下方押圧することを含み、
前記第2工程は、前記第1工程の後に行われる
請求項2に記載の発声コンディショニング方法。
【請求項4】
前記舌骨上筋群に含まれる筋は、少なくとも顎舌骨筋を含む
請求項2に記載の発声コンディショニング方法。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の発声コンディショニング方法を行い、
その後、発声をする、
ことを備える発声トレーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、口腔内マッサージ具を開示している。特許文献1は、口腔内をマッサージすることを開示しているにすぎず、口腔にアプローチすることによって、発声コンディショニングすることを開示していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2019-058353号公報
【発明の概要】
【0004】
声楽などの音楽家及びその他の声を生業にする者にとって、発声器官を良いコンディションにしておくことは、非常に重要な課題である。声の悩みを解消したり、より良い声を維持したりするために、口腔のコンディショニングを利用できれば、音楽家及びその他の声を生業にする者にとって非常に有益である。
【0005】
したがって、口腔にアプローチすることによる発声コンディショニングのための方法が望まれる。
【0006】
本開示のある側面は、口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法である。開示の方法は、口腔内から舌骨上筋群に含まれる筋を緩める第1工程と、口腔内から舌根を緩める第2工程と、を備える。
【0007】
本開示の他の方法は、口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法であって、口腔底にアプローチする第1工程と、舌根にアプローチする第2工程と、を備え、前記第1工程は、口腔内において口腔底の下方押圧を繰り返し行うことで、前記舌骨上筋群に含まれる筋に対する圧迫と圧迫解除を繰り返し生じさせることを含み、前記第2工程は、舌の裏側と口腔底との間に挿入された挿入体によって、口腔底に対して前記舌根を挙上させる第2-1工程、及び舌の裏側と口腔底との間に挿入体が挿入された状態で、前記舌根が前記挿入体を前方に押圧するように、舌を前に移動させる第2-2工程、の少なくともいずれか一方の工程を含む。
【0008】
本開示の他の側面は、発声トレーニング方法である。開示のトレーニング方法は、前記発声コンディショニング方法を行い、その後、発声をする、ことを備える。
【0009】
更なる詳細は、後述の実施形態として説明される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、発声コンディショニング方法の手順の一例を示すフローチャートである。
図2図2は、顎舌骨筋の説明図である。
図3図3は、ステップS1の説明図である。
図4図4は、ステップS1の説明図である。
図5図5は、第1工程(ステップS1)における下顎骨の押圧の説明図である。
図6図6は、第2-1工程の説明図である。
図7図7は、第2-1工程の説明図である。
図8図8は、第2-2工程の説明図である。
図9図9は、口腔内の説明図である。
図10図10は、Aグループに対する実験結果を示す表である。
図11図11は、Bグループに対する実験結果を示す表である。
図12】各母音の発音時の舌を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<1.口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法>
【0012】
(1)実施形態に係る方法は、口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法であって、口腔内から舌骨上筋群に含まれる筋を緩める第1工程と、口腔内から舌根を緩める第2工程と、を備え得る。
【0013】
舌骨上筋群は、顎舌骨筋,顎二腹筋,茎突舌骨筋,オトガイ舌骨筋の総称である。舌骨上筋群は、舌骨につながる舌骨筋のうち、舌骨の上方に存在する筋である。舌骨上筋群は、口腔底を形成する。舌骨上筋群は、舌骨と下顎骨とを結び、舌骨及び口腔底の挙上を担う。したがって、舌骨上筋群に含まれる筋を緩めることで、舌骨及び口腔底が挙上及び下垂し易くなり、舌骨及び口腔底の円滑な上げ下げを促すことができる。すなわち、舌骨及び口腔底の上下の可動域が広がる。舌骨及び口腔底の上下の可動域が広がると、気道の開きを大きく変えることも可能になる。また、舌は、口腔底に支持されているため、口腔底が挙上及び下垂し易くなると、舌も挙上及び下垂し易くなる。なお、第1工程においては、舌骨上筋群に含まれる少なくともいずれか一つの筋を緩めることで足りる。
【0014】
舌根とは、舌の後側である。舌根は、概ね、舌の後側1/3の範囲である。舌根は、喉の奥にあるアーチ状の口蓋舌弓に繋がっている。舌根を緩めることによって、口蓋舌弓を形成する筋も緩まって、口蓋舌弓が広がり易くなり、気道を広げることができる。
【0015】
舌骨及び口腔底が挙上及び下垂し易くなると、発声に良い影響を与える。また、舌骨上筋群及び舌根を緩めることで、気道の開きの変化を円滑化するとともに、気道が大きく開き易くなるため、良好な発声が得られる。また、舌の挙上及び下垂も発声に影響を得るため、口腔底が挙上及び下垂し易くなって、口腔底に支持された舌も挙上及び下垂し易くなると、良好な発声が得られる。
【0016】
なお、口腔底及び舌根を緩めることで、口腔底及び舌根から後方に続く上咽頭収縮筋が緩まることも期待できる。上咽頭収縮筋が緩まることで、気道を広げることができる。
【0017】
ここで、「緩める」とは、筋肉を緩めることである。筋肉を緩めることで、筋肉の円滑な動きが促される。例えば、筋肉に対して外部から刺激を与えることで、筋肉を緩めることができる。筋肉に与えられる刺激は、例えば、押圧体によって与えられる。押圧体は、口腔押圧具などの器具であってもよいし、人の指(例えば、指腹)であってもよい。また、筋肉を意図的に動かして筋肉をストレッチすることによっても、筋肉を緩めることができる。
【0018】
(2)実施形態に係る方法は、口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法であって、口腔底にアプローチする第1工程と、舌根にアプローチする第2工程と、を備え得る。
【0019】
前記第1工程は、口腔底へのアプローチとして、口腔内において口腔底の下方押圧を繰り返し行うことで、前記舌骨上筋群に含まれる筋に対する圧迫と圧迫解除(又は圧迫低減)とを繰り返し生じさせることを含み得る。口腔底を下方押圧することで、舌骨上筋群を圧迫することができる。下方押圧は、例えば、口腔内に入れられた口腔押圧具などの器具の先端を、口腔底に当てて、器具を下方に押すことで行われる。押圧は、痛みを伴わない程度の強さであるのが好ましい。下方押圧を解除又は低減することで、圧迫が解除又は低減される。下方押圧の解除又は低減は、例えば、器具の上方移動である。口腔押圧具は、先端に設けられたヘッドと、そのヘッドから後方に延びる柄と、を備えるのが好ましい。ヘッドは、人の指(例えば、指腹)を模した形状を有するのが好ましい。この場合、柄を把持して、口腔底を押圧する操作をすることで、人の指で口腔底を押圧するのと同様のアプローチを実現できる。
【0020】
口腔底の下方押圧を繰り返すことで、舌骨上筋群に含まれる筋に対する圧迫及び圧迫解除が繰り返し生じ、効果的に口腔底を緩めることができる。下方押圧の繰り返しは、例えば、口腔押圧具の上下動を複数回行うことである。口腔底は、一定の広がりを持つことから、口腔底全体を緩めるためには、口腔底における複数個所が押圧されるのが好ましい。口腔底の押圧は、口腔底の複数個所のうち、口腔底の前側の箇所に対して先に行われ、その後に、口腔底の後側(奥側)の箇所に対して行われるのが好ましい。口腔の奥側は過敏なことがあるため、前側から徐々に後側へ押圧箇所をシフトするのが好適である。なお、口腔底の後側の箇所に対する押圧の後に、再び、口腔底の前側の箇所が行われてもよく、押圧箇所の前後シフトは、繰り返し行われてもよい。また、押圧は、口腔底の左側の箇所及び右側の箇所の双方に行われるのが好ましい。
【0021】
口腔底の下方押圧は、顎舌骨筋及びオトガイ舌骨筋の少なくともいずれか一方に対して行われるのが好ましく、顎舌骨筋に対して行われるのがより好ましい。顎舌骨筋及びオトガイ舌骨筋は、口腔内からアプローチするのが容易な筋であるため、下方押圧の対象として好適である。
【0022】
前記第2工程は、舌根へのアプローチとして、舌の裏側と口腔底との間に挿入された挿入体によって、舌根を挙上させる第2-1工程、及び、舌の裏側と口腔底との間に挿入体が挿入された状態で前記挿入体を留めておき、前記口腔底奥側が前記挿入体を前方に押圧するように、舌を前に移動させる第2-2工程、の少なくともいずれか一方の工程を含み得る。
【0023】
第2-1工程では、挿入体によって、舌根が口腔底に対して強制的に挙上させられる。舌根の挙上は、舌根に対する刺激、又は、舌根に対するストレッチとして作用し、舌根が緩まる。
【0024】
挿入体は、例えば、舌の左側から、舌の裏側と口腔底との間に挿入され得る。その状態で挿入体を右に向けて上方に傾けることで、舌の左側から舌根が挙上する。この場合、舌の左側が、右側よりも高くなるように挙上する。
【0025】
また、挿入体は、舌の右側から、舌の裏側と口腔底との間に挿入され得る。その状態で挿入体を左に向けて上方に傾けることで、舌の右側から舌根が挙上する。この場合、舌の右側が、左側よりも高くなるように挙上する。
【0026】
舌根の挙上は、左右両側のいずれか一方側だけから行われてもよいが、左右両側から舌根を挙上させることで、舌根全体を緩めることができる。なお、挿入体は、舌の正面から挿入されてもよい。
【0027】
なお、舌根の挙上に用いられる挿入体としては、第1工程において押圧のために用いられる押圧体と同じものを用い得る。
【0028】
第2-2工程では、舌を前に移動させることで、舌根がストレッチされる。すなわち、舌の裏側と口腔底との間に挿入された挿入体によって、舌が前に移動するのを阻害された状態で、人が自律的に舌を前に移動させると、舌根が挿入体を前方に押圧しつつ、舌が前に移動する。すなわち、舌の前方移動に伴って、舌の裏側と口腔底との間に留まっている挿入体が、舌根を後方に向けて圧迫する。これにより、舌根がストレッチされ、舌根が緩む。また、舌を前方移動させることによって、舌根から繋がっている口蓋舌弓のストレッチにもなり、口蓋舌弓が緩む。第2-2工程は、口蓋舌弓を緩めるのに好適である。
【0029】
前記第2工程は、前記第2-1工程及び前記第2-2工程の両方を含むのが好ましい。第2-1工程及び第2-2工程の順番は特に限定される、第2-1工程を先にして、第2-2工程を後にしてもよいし、第2-2工程を先にして、第2-1工程を後にしてもよい。ただし、第2-1工程を先にして、第2-2工程を後にする方が、より好ましい。第2-1工程において舌根を緩めておき、舌根が緩められた舌を前方に移動させることで、舌根に繋がる口蓋舌弓をより効果的に緩めることができる。
【0030】
なお、第1工程及び第2工程の順番は、特に限定されず、第1工程を先にして、第2工程を後にしてもよいし、第2工程を先にして、第1工程を後にしてもよい。ただし、第1工程を先にして、第2工程を後にする方が、より好ましい。過敏な舌根付近へのアプローチが行われる第2工程を先にすることを避けて、第1工程を先に行うことで、舌根付近を含む口腔底を、刺激に慣らすことができる。舌根付近が刺激になれてから第2工程を行うことで、円滑に第2工程を行うことができる。
【0031】
<2.口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法の例>
【0032】
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施形態の一例を説明する。図1は、実施形態に係る発声コンディショニングの手順の例を示している。実施形態に係る発声コンディショニングは、口腔へのアプローチによって行われる。図1のステップS1において、発声者の口腔内から舌骨上筋群が、緩められる(画像101,102参照)。ステップS1は、口腔底にアプローチする第1工程である。その後、ステップS2において、舌根が緩められる(画像103参照)。ステップS2は、舌根にアプローチする第2工程である。
【0033】
ステップS1及びステップS2によって、舌骨上筋群及び舌根を緩めて、発声コンディションを整えることができる。したがって、ステップS1及びステップS2の後に発声することで、良好な発声が得られる。例えば、ボイストレーニングにおいて、発声の前に、ステップS1及びステップS2を行うことで、より良い発声が行え、トレーニングの効率も向上する。なお、ステップS1及びステップS2は、発声者自身が口腔内へアプローチする手技を行うことで実施されてもよいし、コンディショニングを支援する者が、発声者の口腔内へアプローチする手技を行うことで実施されてもよい。
【0034】
発声者は、例えば、声を使う仕事をする者である。声を使う仕事をする者は、例えば、声楽家、歌手、声優、アナウンサー、ナレーター、又は司会者等である。コンディショニングを支援する者は、例えば、ボイストレーナーである。
【0035】
なお、ステップS1及びステップS2では、口腔内へアプローチするための器具(口腔押圧具)として、特許文献1記載の器具(有限会社フォレスト製、商品名「ストレッチオーラル(登録商標)」)が用い得る。この器具は、先端に設けられたヘッドと、そのヘッドから後方に延びる柄と、を備える。この器具は、ステップS1では、ヘッドで口腔底を押圧する口腔押圧具として用いられ、ステップS2では、舌の裏側と口腔底との間に挿入される挿入体として用いられる。ステップS2では、口腔押圧具のヘッドが、舌根を押圧する。
【0036】
ステップS1では、口腔内に挿入された口腔押圧具の先端(ヘッド)によって、図2に示す顎舌骨筋が押圧される。口腔押圧具は、その柄を、下顎骨の骨面(口腔底)に対してできるだけ立てた状態で、口腔内に挿入される。
【0037】
図3及び図4は、ステップS1における口腔押圧具の操作の流れを示している。まず、口腔押圧具が、舌を避けて、口腔底の前側(下の前歯の裏側付近)に挿入され(図3のステップS301)、口腔底の前側が押圧される(ステップS302)。押圧を繰り返し行うため、口腔押圧具を立てたまま、顎舌骨筋に沿って後側に移動させながら、口腔押圧具が口腔内で上下動される(ステップS303,S304,S401,S402)。これにより、顎舌骨筋の前側から後側(奥側)までが繰り返し押圧される。これにより、顎舌骨筋の前側から後側までの範囲が、押圧による圧迫と圧迫解除(又は圧迫低減)とによる刺激を受けて、緩まる。
【0038】
また、ステップS303,S304,S401,S402の画像に示すように、口腔底を下方に押圧しつつ、口腔外から、下顎骨の下側(顎の下側)を、指などで上方に押圧することで、下方押圧による刺激が、効果的に口腔底に与えられる。刺激を効果的に与えるため、下顎骨の下側からの上方押圧の箇所は、図5に示すように、下方押圧の方向の延長位置付近であるのが好ましい。下顎骨の下側からの上方押圧は、口腔底の下方押圧が口腔底の前側から後側へシフトするに伴って、同様に、口腔底の前側から後側へシフトするのが好ましい。
【0039】
ステップS1において、口腔底を押圧しつつ、口腔押圧具を後側に移動させて(ステップS301からステップS402)、口腔押圧具が口腔底の最奥部まで到達すると、図6に示すように、舌の裏側と口腔底との間に、口腔押圧具(挿入体)のヘッドが挿入された状態になる(ステップS601)。
【0040】
なお、図6では、舌を有しない模型が用いられているため、口腔押圧具(挿入体)を右手にもつ操作者の左手が、「舌」に模して示されている。図6において、「舌」に相当する範囲は、白色点線で示されている。図6において、「舌」を模した左手の手首付近が「舌根」の位置に相当し、「舌」を模した左手の手のひらが、舌の裏側に相当する。図6では、口腔押圧具が、舌の左側から、舌の裏側と口腔底との間に挿入された状態を示している。
【0041】
ステップS601の状態から、ステップS602,S603に示すように、口腔押圧具の柄を、やや右に向けて上方に傾けることで、舌の左側から舌根が挙上する(図1のステップS2:第2-1工程)。口腔押圧具の柄を上下に上げ下げする操作を繰り返すことで、舌根の挙上を、複数回行うことができる。挙上が複数回行われることで、舌根をより緩めることができる。
【0042】
なお、図7は、実際に舌根を挙上させた状態を示している。図7では、口腔押圧具が、舌の右側から、舌の裏側と口腔底との間に挿入されているとともに、口腔押圧具の柄が、上方に傾けられている。図7では、舌の右側から舌根が挙上している。
【0043】
ステップS601からステップS603による、舌根の挙上が行われた後、口腔押圧具をステップS601の状態に戻る。すなわち、舌根の挙上がおこなわれておらず、口腔押圧具が、舌の裏側と口腔底との間に挿入された状態に戻る。
【0044】
図8のステップS801は、図6のステップS601に戻った状態を示している。なお、図8においても、口腔押圧具(挿入体)を右手にもつ操作者の左手が、「舌」に模して示されている。
【0045】
図8のステップS801においては、口腔押圧具(挿入体)は、舌の裏側と口腔底との間に挿入体が挿入された状態にある。この状態で、口腔押圧具を移動させることなく留めておき、コンディショニングの対象者が、自律的に、舌を前に移動させる(ステップS802)。
【0046】
図8に示すように、口腔押圧具によって、口腔内で舌が前に移動するのが阻害された状態で、舌を前に移動させると、舌根が挿入体を前方に押圧する。これにより、舌根がストレッチされ、舌根が緩むとともに、舌根に繋がっている口蓋舌弓(図9参照)のストレッチによって、口蓋舌弓がしっかりと緩む(図1のステップS2:第2-2工程)。舌の前後往復移動を複数回繰り返すことによって、舌根及び口蓋舌弓のストレッチがより効果的に行われる。
【0047】
なお、口腔押圧具(挿入体)を、舌の左側から挿入した状態及び右側から挿入した状態の両方で、舌を前に移動させると、舌根及び口蓋舌弓全体のストレッチがより効果的に行われる。
【0048】
<3.実験>
【0049】
図10及び図11は、コンディショニングの実験結果を示している。実験では、第1のグループ(以下、「Aグループ」という)及び第2のグループ(以下、「Bグループ」という)に対して、口腔のコンディショニングを施す前と後それぞれにおいて、各グループの被験者に発声を行わせて、録音し、録音された音声を分析した。
【0050】
Aグループの被験者は、A1,A2,A3,A4,A5,A6,A7,A8の8名とし、Bグループの被験者は、B1,B2,B3,B4,B5,B6,B7,B8の8名とした。Aグループ及びBグループの各被験者は、音楽科の学生とした。
【0051】
Aグループ及びBグループに対する口腔コンディショニングは、いずれも、特許文献1記載の器具(有限会社フォレスト製、商品名「ストレッチオーラル(登録商標)」)を用いて行った。
【0052】
Aグループの各被験者に対する口腔コンディショニング方法は、「舌に対するアプローチ」とした。「舌に対するアプローチ」の方法は、「ストレッチオーラル(登録商標)」によるケア方法を紹介した著書である“森昭著、「口の中から甦れ!」、日本橋出版、2021”に記載の「お口ストレッチ法」に従った。「舌に対するアプローチ」では、「ストレッチオーラル(登録商標)」によって、舌が刺激・ストレッチされる。なお、当該著書は、舌に対してアプローチする口腔コンディショニングを開示しているが、発声コンディショニング方法を開示しているわけではない。
【0053】
Bグループの各被験者に対する口腔コンディショニング方法は、「口腔底及び舌根へのアプローチ」とした。「口腔底及び舌根へのアプローチ」の方法は、図1から図8に示す方法と同様とした。すなわち、Bグループに対するコンディショニング方法は、口腔底にアプローチする第1工程と、舌根にアプローチする第2工程と、を備える。第1工程は、口腔内において口腔底の下方押圧を繰り返し行うことで、前記舌骨上筋群に含まれる筋に対する圧迫と圧迫解除を繰り返し生じさせることを含む。前記第2工程は、舌の裏側と口腔底との間に挿入された挿入体によって、口腔底に対して前記舌根を挙上させる第2-1工程、及び、舌の裏側と口腔底との間に挿入体が挿入された状態で、前記舌根が前記挿入体を前方に押圧するように、舌を前に移動させる第2-2工程、の両方を含む。
【0054】
各被験者には、口腔コンディショニングを施す前に、BMP60で、母音「イエアオウ(i,e,a,o,u)」を3回発音させ、それぞれの音声を録音した。発声の音程は、自由とし、各母音は区切らず、連続的に発音させた。
【0055】
その後、各被験者に、前述の口腔コンディショニングを行った。
【0056】
口腔コンディショニング終了後、各被験者に発音させ、録音した。発音は、口腔コンディショニング前における発音方法と同様とした。発音は、口腔コンディショニング終了から10分以内に実施した。
【0057】
そして、録音された音声の音響分析を行った。音響分析は、フォルマント分析によって行った。フォルマント分析として、各フォルマント周波数における振幅[dB]を求め、コンディショニング前後における各フォルマントの振幅[dB]の数値を比較した。なお、フォルマントは、周波数が低い順に、第1フォルマントF1、第2フォルマントF2、第3フォルマントF3、第4フォルマントF4と呼ばれる。
【0058】
図10は、Aグループの各被験者(A1,A2,A3,A4,A5,A6,A7,A8)が発音した各母音「イエアオウ(i,e,a,o,u)」について、コンディショニング前後における各フォルマントの振幅[dB]の数値の差[dB]を示している。例えば、被験者A1が母音「イ(i)」を発音したときの各フォルマントF1,F2,F3,F4のコンディショニング前後の差は、それぞれ、「3.78」,「-2.39」,「0.70」,「-7.06」である。「3.78」は、コンディショニング後の値[dB]が、コンディショニング前の値[dB]よりも、3.78[dB]ほど大きいことを示す。「-2.39」は、コンディショニング後の値[dB]が、コンディショニング前の値[dB]よりも、2.39[dB]ほど小さいことを示す。「0.70」は、コンディショニング後の値[dB]が、コンディショニング前の値[dB]よりも、0.70[dB]ほど大きいことを示す。「-7.06」は、コンディショニング後の値[dB]が、コンディショニング前の値[dB]よりも、7.06[dB]ほど小さいことを示す。
【0059】
図10の表中において、コンディショニング後の値[dB]が、コンディショニング前の値[dB]よりも小さい欄は、白色で示されている。コンディショニング後の値[dB]が、コンディショニング前の値[dB]よりも大きい欄は、灰色で示されている。また、コンディショニング後の値[dB]が、コンディショニング前の値[dB]よりも、5.0[dB]以上、大きい欄の数値は、太字とされている。なお、6[dB]増加すると、音の大きさが2倍になるため、5.0[dB]以上大きい場合は、音の大きさが、概ね2倍程度の大きさといえる。
【0060】
図11は、Bグループの各被験者(B1,B2,B3,B4,B5,B6,B7,B8)が発音した各母音「イエアオウ(i,e,a,o,u)」について、コンディショニング前後における各フォルマントの振幅[dB]の数値の差[dB]を示している。図11の表は、図10の表と同様に作成されている。
【0061】
図10を参照すると、Aグループでは、コンディショニング後で音が大きくなったことを示す「灰色」の欄がいくつか存在するが、コンディショニング後に音が小さくなったことを示す「白色」の欄も、「灰色」の欄と同数程度存在する。図10では、コンディショニング後に5.0[dB]を超えて音が大きくなったフォルマントは、あまり多くはない。
【0062】
また、図10において、各フォルマントについての、コンディショニング前後の数値差の平均値[dB]をみても、平均値は、全体的に小さく、0を中心とした小さい値の範囲に分布している。コンディショニング後に5.0[dB]を超えて音が大きくなったものは無く、コンディショニング後に音が小さくなったものも多い。
【0063】
したがって、Aグループでは、コンディショニング後に音が大きくなった場合があるとしても、コンディショニング後に音が小さくなる場合も同程度存在することからして、コンディショニング前後の音の増減は、単なるコンディショニング前後の発音のばらつきによって生じたものと解される。よって、Aグループでは、コンディショニングによる発声の改善はほとんどないか、改善は認められない。したがって、Aグループに対して行われた口腔コンディショニングは、発声コンディショニングとしての効果が小さい、又は発声コンディショニングとしての効果がない。
【0064】
これに対して、図11を参照すると、Bグループでは、コンディショニング後で音が大きくなったことを示す「灰色」の欄の数が、コンディショニング後に音が小さくなったことを示す「白色」の欄の数よりも十分に多い。また、コンディショニング後に5.0[dB]を超えて音が大きくなったフォルマントの数も、図10に比べて多い。
【0065】
また、図11において、各フォルマントについての、コンディショニング前後の数値差の平均値[dB]をみると、平均値は、全体的に大きく、コンディショニング後に5.0[dB]を超えて音が大きくなったものも存在しており、コンディショニング後に音が小さくなったものはない。よって、Bグループでは、コンディショニングによる発声の改善が認められる。したがって、Bグループに対して行われた口腔コンディショニングは、発声コンディショニングとしての効果があることがわかる。
【0066】
Bグループにおいて、コンディショニングによる声の大きさの増加は、母音「イ,オ,ウ(i,o,u)」において比較的大きく、特に、母音「オ,ウ(o,u))において特に大きい。これに対して、母音「エ(e)」は、声の大きさの増加がやや少なく、母音「ア(a)」は、増加が最も少ない。このように、コンディショニング後の発音の改善が、母音毎に異なるのは、Bグループに施されたコンディショニングの手法と関連していると考えられる。
【0067】
すなわち、図12に示すように、母音「オ,ウ(o,u)」は、舌の「後側」を高く挙上させることで発音される。また、母音「イ(i)」は、舌の「前側」を高く挙上させることで発音される。母音「エ(e)」は、舌の「前側」を挙上させるが、母音「イ(i)」よりは低くてよく、母音「ア(a)」は、舌の挙上をさほど必要としない。
【0068】
Bグループに対しては、口腔底及び舌根を緩めることによって、舌が挙上し易くなっているとともに気道が広がっているため、舌の前側又は後側の挙上を必要とする母音「イ,オ,ウ(i,o,u)」における声の大きさが大きく改善しているものと考えられる。また、舌の後側である舌根を緩めているため、舌の後側を高く挙上させる必要がある母音「オ,ウ(o,u)」における声の大きさが特に大きく改善しているものと考えられる。このように、口腔底及び舌根を緩めることによって、母音「イ,オ,ウ(i,o,u)」における発声の改善効果が大きく生じ、母音「オ,ウ(o,u)」における発声の改善効果が特に大きく生じる。
【0069】
<4.付記>
本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の発声コンディショニング方法及び発声トレーニング方法は、声楽家、歌手、声優、アナウンサー、ナレーター、又は司会者等の声を業として使用する者が、業として発声コンディションを整えるために利用できる。また、ボイストレーナー等の発声コンディションを支援する者が、業として、発声者に対して、発声トレーニングをするために利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
【手続補正書】
【提出日】2022-12-09
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法であって、
口腔底に対して刺激を与えることで口腔内から舌骨上筋群に含まれる筋を緩める第1工程と、
舌の裏側と口腔底との間に挿入された挿入体によって舌根にアプローチして、口腔内から舌根を緩める第2工程と、
を備える、
発声コンディショニング方法。
【請求項2】
口腔にアプローチすることによる発声コンディショニング方法であって、
口腔底にアプローチする第1工程と、
舌根にアプローチする第2工程と、
を備え、
前記第1工程は、口腔内において口腔底の下方押圧を繰り返し行うことで、舌骨上筋群に含まれる筋に対する圧迫と圧迫解除を繰り返し生じさせることを含み、
前記第2工程は、
舌の裏側と口腔底との間に挿入された挿入体によって、口腔底に対して前記舌根を挙上させる第2-1工程、及び
舌の裏側と口腔底との間に挿入体が挿入された状態で、前記舌根が前記挿入体を前方に押圧するように、舌を前に移動させる第2-2工程、
の少なくともいずれか一方の工程を含む、
発声コンディショニング方法。
【請求項3】
前記第1工程において、前記口腔底の下方押圧を繰り返し行うことは、前記口腔底の前側の箇所から後側までの複数個所それぞれを下方押圧することを含み、
前記第2工程は、前記第1工程の後に行われる
請求項2に記載の発声コンディショニング方法。
【請求項4】
前記舌骨上筋群に含まれる筋は、少なくとも顎舌骨筋を含む
請求項2に記載の発声コンディショニング方法。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の発声コンディショニング方法を行い、
その後、発声をする、
ことを備える発声トレーニング方法。