(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024033955
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】重ね溶接継手、自動車用骨格部材、及び重ね溶接継手の製造方法。
(51)【国際特許分類】
B23K 26/21 20140101AFI20240306BHJP
B23K 26/082 20140101ALI20240306BHJP
B23K 9/23 20060101ALI20240306BHJP
B23K 9/02 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
B23K26/21 G
B23K26/082
B23K9/23 A
B23K9/02 S
【審査請求】未請求
【請求項の数】16
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022137895
(22)【出願日】2022-08-31
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】富士本 博紀
(72)【発明者】
【氏名】爲實 巧
(72)【発明者】
【氏名】芦田 肇
【テーマコード(参考)】
4E001
4E081
4E168
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB06
4E001BB09
4E001CA02
4E001DD02
4E001DD04
4E001DD05
4E081BA05
4E081BA40
4E081CA09
4E081CA10
4E168BA02
4E168BA83
4E168BA88
4E168CB03
4E168DA26
4E168DA28
4E168DA29
4E168DA32
4E168EA15
4E168KA17
(57)【要約】
【課題】高強度鋼板を含む複数枚の鋼板から構成され、且つ高い継手強度を有する重ね溶接継手、自動車用骨格部材、及び重ね溶接継手の製造方法を提供する。
【解決手段】本発明の一態様に係る重ね溶接継手は、複数の鋼板と、2枚以上の鋼板の重ね合わせ部を接合するレーザ溶接金属と、1枚以上の鋼板に形成されたアーク溶接金属と、を備える重ね溶接継手であって、レーザ溶接金属によって接合された鋼板のうち1枚以上が、引張強さ780MPa以上の高強度鋼板であり、レーザ溶接金属からアーク溶接金属の側に0.7mm以内の領域におけるビッカース硬さの最大値H1が、レーザ溶接金属からアーク溶接金属と反対の側に0.7mm以内の領域におけるビッカース硬さの最大値H2より低く、最大値H1と最大値H2との差が25HV以上である。
【選択図】
図1B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一部または全部が重ね合わせられた複数の鋼板と、
2枚以上の前記鋼板の重ね合わせ部を接合するレーザ溶接金属と、
1枚以上の前記鋼板に形成されたアーク溶接金属と、
を備える重ね溶接継手であって、
前記レーザ溶接金属によって接合された前記鋼板のうち1枚以上が、引張強さ780MPa以上の高強度鋼板であり、
前記重ね溶接継手の厚さ方向から平面視したときに、前記レーザ溶接金属の縁における、前記アーク溶接金属に最も近い点と、前記アーク溶接金属の縁における、前記レーザ溶接金属に最も近い点とを結ぶ直線を含み、且つ前記鋼板の前記重ね合わせ部に垂直な断面において、前記レーザ溶接金属によって接合された前記高強度鋼板の重ね面から前記高強度鋼板の板厚の1/4の深さの位置のビッカース硬さを、前記重ね面に沿って連続的に測定したとき、
前記レーザ溶接金属から前記アーク溶接金属の側に0.7mm以内の領域における前記ビッカース硬さの最大値H1が、前記レーザ溶接金属から前記アーク溶接金属と反対の側に0.7mm以内の領域における前記ビッカース硬さの最大値H2より低く、
前記最大値H1と前記最大値H2との差が25HV以上である
重ね溶接継手。
【請求項2】
前記レーザ溶接金属がレーザスクリュー溶接金属であることを特徴とする請求項1に記載の重ね溶接継手。
【請求項3】
前記断面において、前記最大値H1と前記最大値H2との差が40HV以上であることを特徴とする請求項1に記載の重ね溶接継手。
【請求項4】
前記鋼板のうち2枚以上が、前記レーザ溶接金属及び前記アーク溶接金属の両方により接合されていることを特徴とする請求項1に記載の重ね溶接継手。
【請求項5】
前記重ね溶接継手の厚さ方向から平面視したときに、前記レーザ溶接金属の前記縁と、前記アーク溶接金属の前記縁との最短距離が3.0mm以上17.0mm以下であることを特徴とする請求項1に記載の重ね溶接継手。
【請求項6】
前記重ね溶接継手の厚さ方向から平面視したときに、前記レーザ溶接金属の前記縁と、前記アーク溶接金属の前記縁との間隔が0.7mm超であることを特徴とする請求項1に記載の重ね溶接継手。
【請求項7】
前記アーク溶接金属の幅が3.0mm以上であることを特徴とする請求項1に記載の重ね溶接継手。
【請求項8】
前記鋼板の枚数が3枚以上であり、
前記鋼板のうち1枚以上が、前記レーザ溶接金属の外部にあり、
前記レーザ溶接金属の外部にある前記鋼板と、前記レーザ溶接金属によって接合された前記鋼板とが、前記アーク溶接金属によって接合されている
ことを特徴とする請求項1に記載の重ね溶接継手。
【請求項9】
前記高強度鋼板の引張強さが1700MPa以上であることを特徴とする請求項1に記載の重ね溶接継手。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の重ね溶接継手を有する自動車用骨格部材。
【請求項11】
複数の鋼板の一部または全部を重ね合わせる工程と、
前記鋼板の重ね合わせ部をレーザ溶接して、レーザ溶接金属を形成する工程と、
1枚以上の前記鋼板をアーク溶接して、アーク溶接金属を形成する工程と、
を備える重ね溶接継手の製造方法であって、
レーザ溶接される前記鋼板のうち1枚以上を、引張強さ780MPa以上の高強度鋼板とし、
前記アーク溶接の溶接熱によって、前記レーザ溶接金属及びその周辺領域を焼戻す
重ね溶接継手の製造方法。
【請求項12】
前記レーザ溶接をレーザスクリュー溶接とすることを特徴とする請求項11に記載の重ね溶接継手の製造方法。
【請求項13】
前記重ね溶接継手の厚さ方向から平面視したときに、前記レーザ溶接金属の縁と、前記アーク溶接金属の縁との間隔を0.7mm超とする
ことを特徴とする請求項11に記載の重ね溶接継手の製造方法。
【請求項14】
前記アーク溶接の入熱量を1000J/cm以上とし、
前記重ね溶接継手の厚さ方向から平面視したときに、前記レーザ溶接金属の縁と、前記アーク溶接金属の縁との最短距離を3.0mm以上17.0mm以下とする
ことを特徴とする請求項11に記載の重ね溶接継手の製造方法。
【請求項15】
前記重ね溶接継手の製造方法が、前記アーク溶接の前に、
前記レーザ溶接された2枚以上の前記鋼板に、1枚以上の鋼板を追加する工程
を、さらに備え、
前記アーク溶接によって、前記レーザ溶接された2枚以上の前記鋼板と、前記レーザ溶接されていない前記鋼板とを接合する
ことを特徴とする請求項11に記載の重ね溶接継手の製造方法。
【請求項16】
前記高強度鋼板の引張強さを1700MPa以上とする
ことを特徴とする請求項11~15のいずれか一項に記載の重ね溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重ね溶接継手、自動車用骨格部材、及び重ね溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の軽量化、及び衝突安全性の向上を目的として、自動車用部品への高強度鋼板の適用が進められている。しかしながら、高強度鋼板から構成される溶接継手には、継手強度が低下しやすいという課題がある。具体的には、母材鋼板の引張強さが780MPa以上では、継手強度が低下する。
【0003】
高強度鋼板から構成される溶接継手の継手強度を向上させるための種々の技術が、これまで提供されている。
【0004】
特許文献1には、折り曲げ部、および該折り曲げ部に続くフランジを有する一の鋼板と、他の一または複数の鋼板とを前記フランジで重ね合わせ、該重ね合わせ部に、第1のレーザ溶接を行って第1のレーザ溶接部を形成し、該第1のレーザ溶接部の温度がMf点未満に低下した後に、形成された前記第1のレーザ溶接部に関して前記折り曲げ部の反対側となる前記第1のレーザ溶接部の近傍の領域に、第2のレーザ溶接を行って第2のレーザ溶接部を形成するとともに、該第2のレーザ溶接により前記第1のレーザ溶接部の熱影響部を焼き戻し処理して当該熱影響部の硬さを前記第2のレーザ溶接部の熱影響部の硬さの90%以下とすることによってレーザ溶接構造部材を製造することを特徴とするレーザ溶接構造部材の製造方法が開示されている。
【0005】
特許文献2には、複数の鋼板部材同士を重ね合せ部で接合し、前記複数の鋼板部材の少なくとも一つがマルテンサイト組織を含む重ね合せ部の溶接方法であって、前記重ね合せ部にナゲットを有するスポット溶接部を形成するスポット溶接工程と、レーザビームを照射して、前記ナゲットと前記ナゲットの端から外方に3mm以上離れた位置との間に前記ナゲットの端を横切る溶融凝固部を形成する際に、前記溶融凝固部の深さを前記ナゲットの端から外方に1mm離れた位置において前記マルテンサイト組織を含む鋼板部材にそれぞれの板厚の50%以上に形成する溶融凝固部形成工程と、を備えることを特徴とする重ね合せ部の溶接方法が開示されている。
【0006】
特許文献3には、重ね合わせた2枚以上の高強度の薄鋼板を一対の電極によって挟み加圧力を加えながらスポット溶接をするにあたり、1点目を溶接後、電極の位置を移動し、1点目の溶接部がMf点以下の温度まで冷却された後に、1点目の溶接部に一部重なるように2点目の溶接を行なうことを特徴とする高強度薄鋼板のスポット溶接方法が開示されている。
【0007】
特許文献4には、複数の高張力鋼板をレーザー・スクリュー・ウェルディングによって接合する溶接方法であって、重ね合わせた高張力鋼板に対して照射装置からレーザーを照射し、前記高張力鋼板同士を溶融してナゲットを形成するナゲット形成工程と、前記ナゲットと、該ナゲットの形成に伴って当該ナゲットの周囲に形成される熱影響部と、が形成された中間接合体における当該熱影響部に対して、前記ナゲット形成工程における前記レーザーよりも照射点のスポット径が大きく、且つ前記ナゲット形成工程における前記レーザーよりも低出力のレーザーを前記照射装置から照射する焼戻し工程と、を含む溶接方法が開示されている。
【0008】
特許文献5には、引張強度が780MPa以上の2枚の高強度鋼板の重ね合せ部をレーザ溶接して重ね継手を製造する方法であって、レーザ溶接により、まず、前記重ね合せ部に板幅方向に沿って2本の平行な溶接ビードを接合幅Lが1.5~10.0mmとなるように作製した後、これら2本の溶接ビードの間に、これらと平行に、さらに、3本目の溶接ビード、または、3本目および4本目の溶接ビードを、前記最初の2本の溶接ビードとこれらにそれぞれ隣接する溶接ビードとの中心間距離d1,d2が、ともに0.2~2.0mmとなるように作製することを特徴とする高強度鋼板のレーザ溶接継手の製造方法が開示されている。ここに、前記接合幅Lは、前記2枚の鋼板の接合面における、前記最初の2本の溶接ビードの両外側端面間の距離を意味する。
【0009】
特許文献6には、Pの含有量[P]と、Sの含有量[S]が、[P]+5[S]≧0.026質量%を満たす鋼板を複数枚重ねて、レーザにより接合したレーザ溶接継手であって、平均ビード幅がWで、閉ループ又は閉ループ状の本ビードと、上記本ビードの外側の止端から内側にW超、2.2W以下の距離に内側の止端が配置された、閉ループ又は閉ループ状の焼戻しビードと、上記本ビードの外側の止端から内側に1.5W超、4.0W以下の距離に外側の止端が配置された、閉ループ又は閉ループ状の圧縮場付与ビードを有することを特徴とする継手強度に優れたレーザ溶接継手が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2010-12504号公報
【特許文献2】国際公開第2014/024997号
【特許文献3】特開2010-172945号公報
【特許文献4】特開2017-87263号公報
【特許文献5】特開2015-136705号公報
【特許文献6】特開2012-240086号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、近年はますます、溶接継手の継手強度に対する要求が高まっている。特許文献1~6とは異なる手段による、溶接継手の継手強度の一層の向上が切望されている。
【0012】
本発明は、高強度鋼板を含む複数枚の鋼板から構成され、且つ高い継手強度を有する重ね溶接継手、自動車用骨格部材、及び重ね溶接継手の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0014】
(1)本発明の一態様に係る重ね溶接継手は、一部または全部が重ね合わせられた複数の鋼板と、2枚以上の前記鋼板の重ね合わせ部を接合するレーザ溶接金属と、1枚以上の前記鋼板に形成されたアーク溶接金属と、を備える重ね溶接継手であって、前記レーザ溶接金属によって接合された前記鋼板のうち1枚以上が、引張強さ780MPa以上の高強度鋼板であり、前記重ね溶接継手の厚さ方向から平面視したときに、前記レーザ溶接金属の縁における、前記アーク溶接金属に最も近い点と、前記アーク溶接金属の縁における、前記レーザ溶接金属に最も近い点とを結ぶ直線を含み、且つ前記鋼板の前記重ね合わせ部に垂直な断面において、前記レーザ溶接金属によって接合された前記高強度鋼板の重ね面から前記高強度鋼板の板厚の1/4の深さの位置のビッカース硬さを、前記重ね面に沿って連続的に測定したとき、前記レーザ溶接金属から前記アーク溶接金属の側に0.7mm以内の領域における前記ビッカース硬さの最大値H1が、前記レーザ溶接金属から前記アーク溶接金属と反対の側に0.7mm以内の領域における前記ビッカース硬さの最大値H2より低く、前記最大値H1と前記最大値H2との差が25HV以上である。
(2)上記(1)に記載の重ね溶接継手では、好ましくは、前記レーザ溶接金属がレーザスクリュー溶接金属である。
(3)上記(1)又は(2)に記載の重ね溶接継手では、好ましくは、前記断面において、前記最大値H1と前記最大値H2との前記差が40HV以上である。
(4)上記(1)~(3)のいずれかに記載の重ね溶接継手では、好ましくは、前記鋼板のうち2枚以上が、前記レーザ溶接金属及び前記アーク溶接金属の両方により接合されている。
(5)上記(1)~(4)のいずれかに記載の重ね溶接継手では、好ましくは、前記重ね溶接継手の厚さ方向から平面視したときに、前記レーザ溶接金属の前記縁と、前記アーク溶接金属の前記縁との最短距離が3.0mm以上17.0mm以下である。
(6)上記(1)~(5)のいずれかに記載の重ね溶接継手では、好ましくは、前記重ね溶接継手の厚さ方向から平面視したときに、前記レーザ溶接金属の前記縁と、前記アーク溶接金属の前記縁との間隔が0.7mm超である。
(7)上記(1)~(6)のいずれかに記載の重ね溶接継手では、好ましくは、前記アーク溶接金属の幅が3.0mm以上である。
(8)上記(1)~(7)のいずれかに記載の重ね溶接継手では、好ましくは、前記鋼板の枚数が3枚以上であり、前記鋼板のうち1枚以上が、前記レーザ溶接金属の外部にあり、前記レーザ溶接金属の外部にある前記鋼板と、前記レーザ溶接金属によって接合された前記鋼板とが、前記アーク溶接金属によって接合されている。
(9)上記(1)~(8)のいずれかに記載の重ね溶接継手では、好ましくは、前記高強度鋼板の引張強さが1700MPa以上である。
【0015】
(10)本発明の別の態様に係る自動車用骨格部材は、上記(1)~(9)のいずれか一項に記載の重ね溶接継手を有する。
【0016】
(11)本発明の別の態様に係る重ね溶接継手の製造方法は、複数の鋼板の一部または全部を重ね合わせる工程と、前記鋼板の重ね合わせ部をレーザ溶接して、レーザ溶接金属を形成する工程と、1枚以上の前記鋼板をアーク溶接して、アーク溶接金属を形成する工程と、を備える重ね溶接継手の製造方法であって、レーザ溶接される前記鋼板のうち1枚以上を、引張強さ780MPa以上の高強度鋼板とし、前記アーク溶接の溶接熱によって、前記レーザ溶接金属及びその周辺領域を焼戻す。
(12)上記(11)に記載の重ね溶接継手の製造方法では、好ましくは、前記レーザ溶接をレーザスクリュー溶接とする。
(13)上記(11)又は(12)に記載の重ね溶接継手の製造方法では、好ましくは、前記重ね溶接継手の厚さ方向から平面視したときに、前記レーザ溶接金属の縁と、前記アーク溶接金属の縁との間隔を0.7mm超とする。
(14)上記(11)~(13)のいずれかに記載の重ね溶接継手の製造方法では、好ましくは、前記アーク溶接の入熱量を1000J/cm以上とし、前記重ね溶接継手の厚さ方向から平面視したときに、前記レーザ溶接金属の縁と、前記アーク溶接金属の縁との最短距離を3.0mm以上17.0mm以下とする。
(15)上記(11)~(14)のいずれかに記載の重ね溶接継手の製造方法では、好ましくは、前記重ね溶接継手の製造方法が、前記アーク溶接の前に、前記レーザ溶接された2枚以上の前記鋼板に、1枚以上の鋼板を追加する工程を、さらに備え、前記アーク溶接によって、前記レーザ溶接された2枚以上の前記鋼板と、前記レーザ溶接されていない前記鋼板とを接合する。
(16)上記(11)~(15)のいずれか一項に記載の重ね溶接継手の製造方法では、好ましくは、前記高強度鋼板の引張強さを1700MPa以上とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、高強度鋼板を含む複数枚の鋼板から構成され、且つ高い継手強度を有する重ね溶接継手、自動車用骨格部材、及び重ね溶接継手の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1A】本発明の一実施形態に係る重ね溶接継手の重ね合わせ部の、厚さ方向から平面視したときの平面図である。
【
図1B】
図1Aの重ね溶接継手の重ね合わせ部のIB-IB断面図である。
【
図1C】レーザ溶接金属及びその周辺領域の硬さ曲線の一例である。
【
図2A】本発明の別の実施形態に係る重ね溶接継手の重ね合わせ部の、厚さ方向から平面視したときの平面図である。
【
図2B】
図2Aの重ね溶接継手の重ね合わせ部のIIB-IIB断面図である。
【
図3】鋼板の屈曲部を隅肉溶接して得られるアーク溶接金属の断面図である。
【
図4】鋼板の端面を溶接して得られるアーク溶接金属の断面図である。
【
図5A】鋼板に設けられた穴の内端面を重ね隅肉溶接して得られるアーク溶接金属の平面図である。
【
図6】せぎり構造を適用した重ね溶接継手の断面図である。
【
図7】別のせぎり構造を適用した重ね溶接継手の断面図である。
【
図8B】
図8Aのアークスポット溶接金属のVIIIB-VIIIB断面図である。
【
図9】複数のアーク溶接金属を有する重ね溶接継手の平面図である。
【
図10】鋼板の縁が凹凸を有し、アーク溶接金属が凸部に配された重ね溶接継手の平面図である。
【
図11】鋼板の縁が凹凸を有し、アーク溶接金属が凹部に配された重ね溶接継手の平面図である。
【
図12】鋼板の枚数が3枚であり、アーク溶接金属が2枚の鋼板の重ね隅肉溶接部を構成する重ね溶接継手の断面図である。
【
図13】鋼板の枚数が3枚であり、アーク溶接金属が3枚の鋼板の重ね隅肉溶接部を構成する重ね溶接継手の断面図である。
【
図14】鋼板の枚数が3枚であり、2枚の鋼板の重ねアーク隅肉溶接部を2つ有する重ね溶接継手の断面図である。
【
図15】鋼板の枚数が3枚であり、1枚の鋼板が隅肉溶接用の穴を有し、且つ2枚の鋼板の重ねアーク隅肉溶接部を2つ有する重ね溶接継手の断面図である。
【
図16A】3枚の鋼板の重ね合わせ部を1つのレーザ溶接金属によって接合し、且つ、3枚の鋼板のアーク溶接のために穴を利用した重ね溶接継手の平面図である。
【
図17A】3枚の鋼板の重ね合わせ部を1つのレーザ溶接金属によって接合し、且つ、3枚の鋼板のアーク溶接のために穴を利用した重ね溶接継手の平面図である。
【
図18】3枚の鋼板のうち2枚のみをレーザ溶接し、残りの鋼板をアークで重ね隅肉溶接した重ね溶接継手の断面図である。
【
図19】3枚の鋼板のうち2枚のみをレーザ溶接し、残りの鋼板をアークでT隅肉溶接した重ね溶接継手の断面図である。
【
図20】3枚の鋼板のうち2枚のみをレーザ溶接し、残りの鋼板を、鋼板に設けられた穴の内端面にてアークで重ね隅肉溶接した重ね溶接継手の断面図である。
【
図21】3枚の鋼板のうち2枚のみをレーザ溶接し、残りの鋼板を、鋼板に設けられた穴でアークスポット溶接した重ね溶接継手の断面図である。
【
図22】3枚の鋼板のうち2枚のみをレーザ溶接し、残りの鋼板をアークT隅肉溶接した重ね溶接継手の断面図である。
【
図23A】自動車用骨格部材の一例であるバンパーリンフォースの斜視図である。
【
図23B】
図23AのバンパーリンフォースのXXIIIB-XXIIIB断面図である。
【
図23C】
図23Aのバンパーリンフォースの、XXIIIC-XXIIIC断面図である。
【
図24A】自動車用骨格部材の一例であるフロアメンバーの平面図である。
【
図25A】自動車用骨格部材の一例であるフロントサイドメンバーの斜視図である。
【
図25B】
図25Aのフロントサイドメンバーの、破線で囲まれた領域のうち左側の拡大図である。
【
図25C】
図25Aのフロントサイドメンバーの、破線で囲まれた領域のうち右側の拡大図である。
【
図26A】自動車用骨格部材の一例であるBピラーリンフォース及びサイドシルリンフォースの結合部の斜視図である。
【
図27】電気自動車のフロントサイドメンバー及びサイドシルの結合部の斜視図である。
【
図28A】本発明の一態様に係る重ね溶接継手の製造方法のフローチャートである。
【
図28B】本発明の別の態様に係る重ね溶接継手の製造方法のフローチャートである。
【
図29A】表1の発明例のうち、レーザ溶接金属をレーザスクリュー溶接金属とし、上板のみにアーク溶接金属を設けたものの平面図及び断面図である。
【
図29B】表1の発明例のうち、レーザ溶接金属をレーザスクリュー溶接金属とし、上板及び下板を接合するアーク溶接金属を設けたものの平面図及び断面図である。
【
図29C】表1の発明例のうち、レーザ溶接金属の形状を線状とし、上板及び下板を接合するアーク溶接金属を設けたものの平面図及び断面図である。
【
図29D】表1の発明例のうち、レーザ溶接金属の形状をジグザグとし、上板及び下板を接合するアーク溶接金属を設けたものの平面図及び断面図である。
【
図29E】表1の発明例のうち、レーザ溶接金属の形状を円周状とし、上板及び下板を接合するアーク溶接金属を設けたものの平面図及び断面図である。
【
図31】発明例及び比較例のハット部材の曲げ試験によって得られた変位-荷重曲線である。
【
図32A】曲げ試験後の、発明例のハット部材の写真である。
【
図32B】曲げ試験後の、比較例のハット部材の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の第一の実施形態に係る重ね溶接継手1は、例えば
図1A~
図1Cに示されるように、一部または全部が重ね合わせられた複数の鋼板11と、2枚以上の鋼板11の重ね合わせ部111を接合するレーザ溶接金属12と、1枚以上の鋼板11に形成されたアーク溶接金属13と、を備える重ね溶接継手1であって、レーザ溶接金属12によって接合された鋼板11のうち1枚以上が、引張強さ780MPa以上の高強度鋼板11Hであり、重ね溶接継手1の厚さ方向から平面視したときに、レーザ溶接金属の縁における、アーク溶接金属に最も近い点Qと、アーク溶接金属の縁における、レーザ溶接金属に最も近い点Pとを結ぶ直線を含み、且つ鋼板11の重ね合わせ部111に垂直な断面において、レーザ溶接金属12によって接合された高強度鋼板11Hの重ね面11HSから高強度鋼板の板厚tの1/4の深さの位置Lのビッカース硬さを、重ね面11HSに沿って連続的に測定したとき、レーザ溶接金属からアーク溶接金属の側に0.7mm以内の領域A1におけるビッカース硬さの最大値H1(領域A1における最大硬さ)が、レーザ溶接金属からアーク溶接金属と反対の側に0.7mm以内の領域A2におけるビッカース硬さの最大値H2(領域A2における最大硬さ)より低く、最大値H1と最大値H2との差ΔHが25HV以上である。以下、本実施形態に係る重ね溶接継手1について詳細に説明する。
【0020】
本実施形態に係る重ね溶接継手1は、複数の鋼板11を有する。複数の鋼板11のうち2枚以上は、その一部または全部が重ねられており、重ね合わせ部111はレーザ溶接金属12によって接合されている。
図1Bに例示される構成においては、上板はフランジ部を有するプレス成形部材とされており、上板の一部であるフランジ部が下板と重ねられており、重ね合わせ部111がレーザ溶接金属12によって接合されている。一方、上板及び下板の両方が平板形状を有しており、その全体が重ね溶接されていてもよい。レーザ溶接は、スポット溶接機を配置することが難しい箇所にも適用することができるので好ましい。
【0021】
本実施形態に係る重ね溶接継手においてレーザ溶接金属による接合の対象とされる鋼板のうち、少なくとも1枚は、引張強さが780MPa以上の鋼板である。これにより、本実施形態に係る重ね溶接継手1が適用される機械部品の強度を向上させることができる。このような高強度鋼板では、これを用いて製造される溶接継手の強度低下が課題となる。しかし、本実施形態に係る重ね溶接継手1においては、後述するアーク溶接金属13を利用したレーザ溶接金属12及びその周辺領域の焼戻しにより、この問題に対応している。
【0022】
高強度鋼板の種類については特に限定されない。高強度鋼板の例は、DP鋼板、TRIP鋼板、複合組織鋼板、マルテンサイト鋼板、ホットスタンプ鋼板等である。鋼板の引張強さが大きいほど、通常の溶接継手においては接合強度が低下する。そのため、鋼板の引張強度が大きいほど、本実施形態に係る重ね溶接継手の効果は、通常の溶接継手と比較して一層優れたものとなる。高強度鋼板の引張強さは980MPa以上であることが望ましく、一層望ましくは1300MPa以上、又は1700MPa以上である。高強度鋼板は、冷延鋼板でも、熱延鋼板でも良い。なお、
図1A及び
図1Bに例示される重ね溶接継手1では、高強度鋼板11Hと、引張強さ780MPa未満の低強度の鋼板11とがレーザ溶接金属12によって接合されている。一方、2枚以上の高強度鋼板11Hがレーザ溶接金属12によって接合されていてもよい。
【0023】
鋼板は、めっき鋼板でも良く、非めっき鋼板でもよく、これらの組み合わせでもよい。めっき鋼板の例として、GIめっき鋼板、GAめっき鋼板、EGめっき鋼板、Zn-Niめっき鋼板、Zn-Alめっき鋼板、Zn-Mgめっき鋼板、及びZn-Mg-Alめっき鋼板等が挙げられる。亜鉛系ホットスタンプ鋼板が重ね溶接継手1に含まれる場合、Fe-Zn又はFe-Zn-Niの固溶相の表層に、亜鉛酸化物が含まれていても良い。アルミ系ホットスタンプ鋼板が重ね溶接継手1に含まれる場合は、Al-Fe-Si系の複数の金属間化合物層が形成されていても良く、さらに、金属間化合物層の上にZnOや黒色被膜が形成されていても良い。非めっきホットスタンプ鋼板が重ね溶接継手1に含まれる場合は、ホットスタンプ工程において発生するスケールを除去するために、これにショットブラストしたものを使用しても良い。鋼板が亜鉛系めっきを有する場合、レーザ溶接時に発生する亜鉛蒸気を溶接金属から除去するために、鋼板の重ね面に隙間を設けてもよい。
【0024】
高強度鋼板11Hの板厚について、特に制限はない。一般に、自動車用部品または車体で使用される鋼板の板厚は0.6~3.2mmである。この板厚を、本実施形態に係る重ね溶接継手1の高強度鋼板11Hに適用してもよい。また、レーザ溶接金属12によって接合される重ね合わせ部111に含まれる鋼板11の重ね枚数は、例えば2枚~4枚の範囲内とすることが好ましい。高強度鋼板11Hとレーザ溶接される鋼板11は、高強度鋼板11Hであっても、低強度の鋼板であってもよい。
【0025】
レーザ溶接金属12の構成は特に限定されず、鋼板11の種類に応じて適宜変更することができる。例えば、レーザ溶接金属12の平面視での形状は、線状であってもよいし、点状であってもよい。線状のレーザ溶接金属12は、直線状、C字状、円状、楕円状、又はジグザグ状の形状を有してもよい。点状のレーザ溶接金属12は、直径の異なる複数の円状にレーザ溶接をすることによって得られるものであり、一般的にレーザスクリュー溶接金属と称される。
【0026】
本実施形態に係る重ね溶接継手では、レーザ溶接金属12をレーザスクリュー溶接金属とすることが好ましい。これにより、鋼板の重ね面に隙間がある場合でもレーザ溶接の際の溶け落ちを回避することができる。また、レーザ溶接金属は、抵抗スポット溶接のナゲットを容易に代替できる。
【0027】
なお、抵抗スポット溶接部を狭い間隔で連続的に作成することは難しい。先行する抵抗スポット溶接によって形成されたナゲットが、後続の抵抗スポット溶接の際に電流経路となり、後続の抵抗スポット溶接を妨げるからである。レーザスクリュー溶接金属は、狭い間隔で連続的に作成することができる。
【0028】
レーザスクリュー溶接金属の径は特に限定されないが、例えば3.5√t~9.0√tの範囲内とすることが好ましい。なお、「t」とは、レーザ溶接金属12によって接合される重ね合わせ部111の表面に配された2枚の鋼板11のうち、薄い方の板厚である。また、レーザスクリュー溶接金属の径とは、表面に配された2枚の鋼板11のうち、薄い方の鋼板の重ね面におけるレーザスクリュー溶接金属の直径である。表面に配された2枚の鋼板11の厚みが等しい場合は、双方のレーザスクリュー溶接金属の直径の平均値をレーザスクリュー溶接金属の径とする。
【0029】
高強度鋼板をレーザ溶接して得られるレーザ溶接金属には、継手強度が低いという課題がある。これは、レーザ溶接金属が、高強度鋼板に含まれる多量のCによって脆化するからであると考えられている。そこで本発明者らは、アーク溶接金属13によりレーザ溶接金属12及びその周辺領域を焼戻すように、アーク溶接金属13を重ね溶接継手1に配した。
【0030】
アーク溶接金属13は、アーク溶接によって形成される。アーク溶接は、レーザ溶接と比べて入熱量が大きい。そのため、アーク溶接金属13の周囲では鋼板11の変形が生じるおそれがある。また、アーク溶接金属13の周囲には、熱影響部が広範囲にわたって形成される。この熱影響部が、鋼板11の強度を低下させるおそれもある。加えて、アーク溶接の作業効率はレーザ溶接と比べて低い。以上の理由により、自動車車体の製造においては、高強度鋼板11Hの接合においては専らレーザ溶接が用いられている。
【0031】
しかし本発明者らは、アーク溶接金属13によりレーザ溶接金属12及びその周辺領域を焼戻すように、アーク溶接金属13を配することにより、重ね溶接継手1の継手強度が飛躍的に向上することを見出した。本発明者らが、継手強度が向上したレーザ溶接金属12を詳細に検討したところ、アーク溶接の際の入熱によって、レーザ溶接金属12及びその周辺領域が焼戻されて軟化していた。一般的に、レーザ溶接金属12の周辺領域は、靭性が低い熱影響部(HAZ)となっていることが多い。レーザ溶接金属12の軟化によって、レーザ溶接金属12及びその周辺領域の脆性が改善され、継手強度が向上したと本発明者らは考えた。以上の理由により、本実施形態に係る重ね溶接継手1は、レーザ溶接金属12及びその周辺領域を焼戻すように配されたアーク溶接金属13を有する。
【0032】
なお、一般に「溶接金属」とは、2以上の材料を接合する溶融凝固部を意味する。しかし、
図1A及び
図1Bに示されるように、本実施形態に係る重ね溶接継手1において、アーク溶接金属13は必ずしも2枚以上の鋼板11を接合する必要はない。アーク溶接金属13の主な機能は、レーザ溶接金属12及びその周辺領域を焼戻して軟化させることである。アーク溶接金属13は、2枚以上の鋼板11を接合することなく、重ね溶接継手1の継手強度を向上させることができる。
【0033】
一方、
図2A及び
図2Bに示されるように、アーク溶接金属13が2枚以上の鋼板11を接合していてもよい。即ち、重ね溶接継手1に含まれる複数の鋼板11のうち2枚以上が、レーザ溶接金属12及びアーク溶接金属13の両方により接合されていてもよい。この場合、アーク溶接金属13は、レーザ溶接金属12及びその周辺領域の靭性改善を介してレーザ溶接金属12の継手強度を向上させるとともに、それ自体が重ね溶接継手1の接合強度を向上させる。
【0034】
上述の通り、本実施形態に係る重ね溶接継手1では、アーク溶接金属13によってレーザ溶接金属12の周辺領域の硬さが低下している。レーザ溶接金属12の周辺領域の硬さは、以下の手順により評価される。
(1)レーザ溶接金属12の縁を特定する。レーザ溶接金属12の縁とは、鋼板の表面と、レーザ溶接金属の表面との境界であり、重ね溶接継手を平面視することによって容易に特定可能である。後述する
図20及び
図21に例示されるように、レーザ溶接金属12の表面を覆うように別の鋼板11等が設けられている場合は、それを取り除いてからレーザ溶接金属12の表面を観察すればよい。
(2)アーク溶接金属13の縁を特定する。アーク溶接金属の縁とは、鋼板の表面と、アーク溶接金属の表面との境界であり、重ね溶接継手を平面視することによって容易に特定可能である。
(3)アーク溶接金属13の縁における、レーザ溶接金属に最も近い点Pと、レーザ溶接金属12の縁における、アーク溶接金属に最も近い点Qとを特定する。点Pと点Qとの距離は、アーク溶接金属13とレーザ溶接金属12との最短距離である。
(4)点Pと点Qとを結ぶ直線をひく。例えば
図1Aにおける一点鎖線IB-IB、及び
図2Aにおける一点鎖線IIB-IIBが、当該直線である。ただし、重ね溶接継手1の表裏で当該直線の長さが異なる場合は、当該直線の短い方を選択する。
(5)当該直線において、鋼板11の重ね合わせ部111を切断する。即ち、レーザ溶接金属及びアーク溶接金属の最近接部を切断する。これにより、当該直線を含み、且つ、鋼板11の重ね合わせ部111に垂直な断面を形成する。例えば
図1BのIB-IB断面図、及び
図2BのIIB-IIB断面図が、当該断面である。必要に応じて、硬さ測定が可能な程度に断面を研磨してもよい。
(6)当該断面に含まれるレーザ溶接金属12のうち、高強度鋼板11Hに含まれる部分の硬さを測定する。具体的には、高強度鋼板11Hのレーザ溶接金属の重ね面11HSから、高強度鋼板の板厚tの1/4の深さの位置のビッカース硬さを、レーザ溶接金属の重ね面11HSに沿って連続的に測定する。
図1B及び
図2Bに記載された線Lが、硬さ測定位置Lである。レーザ溶接金属12の周辺領域の硬さも、この際にあわせて測定する。なお、レーザ溶接金属の重ね面11HSとは、高強度鋼板11Hの2つの表面のうち、レーザ溶接金属12によって他の鋼板11と接合されている面のことである。硬さ測定条件は、測定荷重500gfもしくは1000gfとすればよい。いずれの条件であってもほぼ同じ値が得られるので、測定部の形状等に応じた測定条件を適宜採用することができる。
【0035】
なお、レーザ溶接金属及びアーク溶接金属の形状が、互いに平行な線である場合は、点P及び点Qが特定されない。この場合は、レーザ溶接金属及びアーク溶接金属の最近接部における任意の箇所を、レーザ溶接金属及びアーク溶接金属に垂直に切断して、硬さ測定用の断面を形成すればよい。ただし、線状のアーク溶接金属及び線状のレーザ溶接金属の始端部及び終端部は、硬さ評価のための断面から除外すべきである。
【0036】
また、重ね合わせ部111における鋼板11の組み合わせ次第では、高強度鋼板11Hのレーザ溶接金属の重ね面11HSが2面以上存在しうる。例えば、重ね合わせ部111において3枚の鋼板11がレーザ溶接されており、且つ、高強度鋼板11Hが板組の中央に位置する場合、重ね溶接継手1において、高強度鋼板11Hのレーザ溶接金属の重ね面11HSの数は2面となる。このような場合、2面以上のレーザ溶接金属の重ね面11HSそれぞれを基準として、2箇所以上の硬さ測定位置Lを設定し、それぞれにおいて上述の手順で硬さ測定を行えばよい。複数の硬さ測定位置Lのうち最低1か所で、後述する要件が満たされていれば、本実施形態に係る重ね溶接継手1であるとみなされる。また、複数の硬さ測定位置Lの全てにおいて後述する要件が満たされることが好ましい。
【0037】
上記(1)~(6)の手順に沿ってレーザ溶接金属12及びその周辺領域の硬さを測定すると、例えば
図1Cに示されるような硬さ曲線が得られる。アーク溶接金属13が配された本実施形態に係るレーザ溶接金属12及びその周辺領域の硬さ曲線において、アーク溶接金属13に近い程、硬さが低くなる。アーク溶接金属13に近いほど、アーク溶接の際の最高到達温度が高く、従って焼戻し温度が高くなり、焼戻しによる軟化程度が大きくなるからである。
【0038】
上述の硬さ曲線に基づいて、レーザ溶接金属12の周辺領域の硬さを評価することができる。具体的には、上述の硬さ曲線に基づいて、レーザ溶接金属12からアーク溶接金属13の側に0.7mm以内の領域A1におけるビッカース硬さの最大値H1、及び、レーザ溶接金属からアーク溶接金属と反対の側に0.7mm以内の領域A2におけるビッカース硬さの最大値H2を特定することができる。以下、領域A1におけるビッカース硬さの最大値H1を「領域A1における最大硬さH1」と称し、領域A2におけるビッカース硬さの最大値H2を「領域A2における最大硬さH2」と称する。本実施形態に係る重ね溶接継手においては、H1が、H2より低い。さらに、本実施形態に係る重ね溶接継手においては、領域A1における最大硬さH1と領域A2における最大硬さH2との差ΔHが、25HV以上である。
【0039】
高周波加熱、又は炉加熱等の通常の加熱手段によってレーザ溶接金属12及びその周辺領域を焼戻す場合、レーザ溶接金属12及びその周辺領域は均一に焼戻される。通常の加熱手段を用いた焼戻しによれば、H1及びH2は略同一になり、H1とH2との差ΔHは25HV以下となる。
【0040】
一方、本実施形態に係る重ね溶接継手においては、レーザ溶接金属12及びその周辺領域はアーク溶接金属13を形成する際のアーク溶接の入熱によって焼戻されている。従って、アーク溶接金属13に近い場所ほど、焼戻し温度が高くなる。その結果、レーザ溶接金属12及びその周辺領域は不均等に焼戻される。その結果、本実施形態に係る重ね溶接継手においては、H1がH2より低くなり、H1とH2との差ΔHが25HV以上となる。
【0041】
H1とH2との差ΔHは大きい程好ましく、例えば30HV以上、35HV以上、40HV以上、又は50HV以上であってもよい。H1とH2との差ΔHの上限値は特に規定されないが、例えば270HV以下、220HV以下、又は170HV以下であってもよい。
【0042】
H1及びH2が上述の要件を満たす限り、レーザ溶接金属12と、アーク溶接金属13との間の距離は特に限定されない。本発明者らの実験の結果によれば、例えば、重ね溶接継手1の厚さ方向から平面視したときに、レーザ溶接金属12の縁と、アーク溶接金属13の縁との最短距離が17mm以下、15mm以下、又は13mm以下であれば、レーザ溶接金属12及びその周辺領域を十分に焼戻して、ΔHを一層拡大することが可能である。ただし、アーク溶接の際の入熱を大きくすれば、レーザ溶接金属12の縁と、アーク溶接金属13の縁との最短距離が17mm超であっても、H1とH2との差ΔHを25HV以上とすることは可能であった。
【0043】
また、アーク溶接は入熱量が大きく、レーザ溶接金属12とアーク溶接金属13との距離が離れていても、H1とH2との差ΔHを25HV以上にすることは可能である。従って、例えば重ね溶接継手の厚さ方向から平面視したときに、レーザ溶接金属12の縁とアーク溶接金属13の縁との間隔を0.7mm超、3.0mm以上、4.0mm以上又は5.0mm以上としてもよい。
【0044】
アーク溶接金属13の大きさにも特に限定はない。一方、本発明者らの実験結果によれば、アーク溶接金属13の幅は3.0mm以上とすることが好ましい。アーク溶接金属13の幅が大きい程、アーク溶接の際の入熱量が大きくなり、レーザ溶接金属12及びその周辺領域を十分に焼戻すことができる。アーク溶接金属13の幅を、4.0mm以上、5.0mm以上、又は6.0mm以上としてもよい。アーク溶接金属13の幅の上限値を規定する必要はないが、例えばアーク溶接金属13の幅を15.0mm以下としてもよい。
【0045】
上述のように、本実施形態に係る重ね溶接継手1の鋼板11の枚数は限定されない。また、鋼板11の形状も特に限定されない。従って、本実施形態に係る重ね溶接継手1は様々な形状を有しうる。以下に、好適な例について説明する。なお、以下に挙げる例において、複数の鋼板11のうちいずれを高強度鋼板11Hとしてもよい。従って、以下に挙げる例に対応する図においては、便宜上、全ての鋼板11の符号を「11」としている。
【0046】
図2Bに示されるアーク溶接金属13は、一方の鋼板11の表面と、他方の鋼板11の端面とを接合する重ね隅肉溶接金属である。一方、
図3に示されるように、複数の鋼板11のうち1枚が屈曲部を有し、アーク溶接金属13が、一方の鋼板11の表面と、他方の鋼板11の屈曲部の表面とを接合するフレア継手構造であってもよい。
図4に示されるように、2つの鋼板11の、略同一平面上に並べられた端面がアーク溶接金属13によって接合されるヘリ継手構造であってもよい。
【0047】
アーク溶接用の穴を鋼板11に設けてもよい。例えば
図5Aの平面図、及び
図5Bの断面図に示されるように、鋼板11に穴を設け、この鋼板11に接する鋼板11の表面と、この鋼板11の穴の内端面とを重ね隅肉溶接して得られた溶接金属を、本実施形態に係る重ね溶接継手1のアーク溶接金属13としてもよい。
【0048】
アーク溶接金属13に、せぎり継手の構造を適用してもよい。せぎり継手(joggled lap joint)とは、JIS Z 3001-1:2018にて説明されるように、重ね継手の一方の部材に段を付け、母材面がほぼ同一平面になるようにした溶接継手のことである。
図6及び
図7に、せぎり構造を適用したアーク溶接金属13の断面の例を示す。
図6に示されるせぎり構造では、アーク溶接金属13と鋼板11に設けられた段との間に隙間がある。
図7に示されるせぎり構造では、アーク溶接金属13と鋼板11に設けられた段との間に隙間がない。即ち、
図7に示されるせぎり構造では、鋼板11の段と、この鋼板11に重ねられた鋼板11の端面とが接合されている。
図6及び
図7のいずれのせぎり構造を採用した場合であっても、応力の流れをまっすぐにする効果が得られる。これにより、衝突時のエネルギー伝達効率の向上や、継手の静的強度や疲労強度が向上するメリットが得られる。
【0049】
アーク溶接金属13を、アークスポット溶接金属13としてもよい。アークスポット溶接金属13とは、アーク溶接を用いた点溶接によって得られた溶接金属のことである。
図8Aの平面図、及び
図8Bの断面図に、アークスポット溶接金属13の例を示す。なお、
図8A及び
図8Bに例示されるアークスポット溶接金属13は、2枚の鋼板11を接合するものではないが、レーザ溶接金属12及びその周辺領域を焼戻して継手強度を向上させる効果を発揮することが可能である。一方、一方の鋼板11に予め穴をあけてから、この穴に溶加材を移行させるようにアーク溶接をすることによって、2枚の鋼板11を接合するアークスポット溶接金属13を形成してもよい。
【0050】
上述した重ね溶接継手1の例においては、レーザ溶接金属12及びアーク溶接金属13が並ぶ方向が、鋼板11の端部の延在方向に対して垂直であった。しかし、当然のことながら、レーザ溶接金属12及びアーク溶接金属13が並べられる方向と、鋼板11の端部の延在方向とがなす角度は限定されない。また、2つ以上のアーク溶接金属13により1つのレーザ溶接金属12及びその周辺領域を焼戻してもよい。このような構成の組み合わせの一例は、
図9に示される、複数のレーザ溶接金属12の間にアーク溶接金属13を配した重ね溶接継手1である。
図9に示されるような配置であっても、アーク溶接の際にレーザ溶接金属12及びその周辺領域が焼戻され、H1とH2との差ΔHを25HV以上とすることができる。
【0051】
なお、複数のアーク溶接金属13により1つのレーザ溶接金属12及びその周辺領域が焼戻される場合、レーザ溶接金属12の硬さ測定用の断面は、レーザ溶接金属の縁における、複数のアーク溶接金属に最も近い点Qと、複数のアーク溶接金属の縁における、レーザ溶接金属に最も近い点Pとを結ぶ直線に沿って形成すればよい。
【0052】
レーザ溶接金属に隣接する複数のアーク溶接金属13が配されている場合の、硬さ測定用方法に関し、
図9の2つのレーザ溶接金属12のうち下方に配されたものを例に挙げながら説明する。このレーザ溶接金属12の左上及び左下それぞれに隣接して、2つのアーク溶接金属13A及び13Bが配されている。上方のアーク溶接金属13Aにおいて、レーザ溶接金属12の縁に最も近い点P1は、アーク溶接金属13Aの右下にある。下方のアーク溶接金属13Bにおいて、レーザ溶接金属12の縁に最も近い点P2は、アーク溶接金属13Bの右上にある。レーザ溶接金属12の縁の中で、アーク溶接金属13Aに最も近い点Q1は、レーザ溶接金属12の左上にある。レーザ溶接金属12の縁の中で、アーク溶接金属13Bに最も近い点Q2は、レーザ溶接金属12の左下にある。P1とQ1との間の距離は、P2とQ2との間の距離よりも小さい。この場合、P1とQ1との間を結ぶ直線に沿って重ね合わせ部111を切断し、レーザ溶接金属12の硬さを測定すればよい。
【0053】
上述した重ね溶接継手1の例においては、鋼板11の端部は直線状に延在するものであった。一方、鋼板11の端部の形状を様々に変更することが可能である。端部の形状の一例は、波型である。
図10及び
図11に、鋼板11の端部が波型とされた重ね溶接継手1の平面図の例を示す。
図10及び
図11の重ね溶接継手1のいずれにおいても、鋼板11の端部が凸部と凹部とから構成される波型とされ、凸部の内部にレーザ溶接金属12が配されている。
図10の重ね溶接継手1では、アーク溶接金属13は凸部の端部に沿って設けられており、
図11の重ね溶接継手1では、アーク溶接金属13は凹部の端部に沿って設けられている。いずれの構成においても、鋼板11の重量を削減することができる。また、いずれの構成においても、継手強度向上効果が得られる。
【0054】
上述した重ね溶接継手1の例においては、鋼板11の枚数は2枚であった。一方、鋼板11の枚数を3枚以上としてもよい。以下、3枚以上の鋼板11を有する重ね溶接継手1の例を説明する。
【0055】
図12は、3枚の鋼板11の重ね合わせ部111を1つのレーザ溶接金属12によって接合し、さらに、2枚の鋼板11を1つの重ね隅肉アーク溶接金属13によって接合した例を示す。この例では、アーク溶接金属13によって接合されていない鋼板11は、アーク溶接金属13によって焼戻されたレーザ溶接金属12によって、隣接する鋼板11と強固に接合されている。
【0056】
図13は、3枚の鋼板11の重ね合わせ部111を1つのレーザ溶接金属12によって接合し、さらに、3枚の鋼板11を1つの重ね隅肉アーク溶接金属13によって接合した例を示す。この例では、全ての鋼板11が、2種類の溶接金属によって強固に接合されている。
【0057】
図14は、3枚の鋼板11の重ね合わせ部111を1つのレーザ溶接金属12によって接合し、さらに、2つの重ね隅肉アーク溶接金属13を用いて3枚の鋼板11を接合した例を示す。具体的には、この例では、重ね溶接継手1の一方の表面に配された鋼板11と中央の鋼板11とが、2つのアーク溶接金属13のうち一方を用いて接合され、重ね溶接継手1の他方の表面に配された鋼板11と中央の鋼板11とが、2つのアーク溶接金属13のうち他方を用いて接合されている。この例では、3つの溶接金属を用いて、全ての鋼板11が強固に接合されている。なお、この例においても、レーザ溶接金属12の硬さ評価用の断面は、レーザ溶接金属12に近い方のアーク溶接金属13を基準として形成される。
【0058】
図15は、
図14に示された例における1枚の鋼板11に、
図5Bに例示した穴を適用した例を示す。この例では、重ねられた3枚の鋼板11のうち中央に配されたものに、アーク溶接用の穴が設けられている。そして、穴の内端面に重ね隅肉アーク溶接金属13が配されている。
【0059】
図16A及び
図16Bも、3枚の鋼板11の重ね合わせ部111を1つのレーザ溶接金属12によって接合し、且つ、3枚の鋼板11のアーク溶接のために穴を利用した例を示す。
図16Aは重ね溶接継手1の平面図であり、
図16Bは、
図16Aに記載の一点鎖線XVIB-XVIBにおける断面図である。
図16A及び
図16Bに示される例では、3枚の鋼板11のうち、重ね溶接継手1の一方の表面に面したもの、及び中央に配されるものに長穴が設けられ、この長穴は重ねられている。3枚の鋼板11のうち、重ね溶接継手1の他方の表面に面したものには、穴が設けられていない。そして、重ねられた2つの長穴の内部の全体に溶加材を移行させるように、アーク溶接金属13が配されている。レーザ溶接金属12は、長穴の延在方向に沿って、アーク溶接金属13と並べられている。
【0060】
図17A、
図17B、及び
図17Cも、3枚の鋼板11の重ね合わせ部111を1つのレーザ溶接金属12によって接合し、且つ、3枚の鋼板11のアーク溶接のために穴を利用した例である。
図17Aは重ね溶接継手1の平面図であり、
図17Bは、
図17Aに記載の一点鎖線XVIIB-XVIIBにおける断面図であり、
図17Cは、
図17Aに記載の一点鎖線XVIIC-XVIICにおける断面図である。この例では、レーザ溶接金属12は、長穴の延在方向に垂直な方向に沿って、アーク溶接金属13と並べられている。また、この例では、アーク溶接金属13は長穴の一部にのみ設けられている。それ以外の構成については、この例は、
図16A及び16Bと同様である。
【0061】
図12~
図17Cの例では、重ね溶接継手1に含まれる複数の鋼板11全てが、その一部において重ね合わせられ、レーザ溶接金属12によって接合されていた。しかし、重ね溶接継手1に含まれる鋼板11の一部のみをレーザ溶接金属12によって接合してもよい。この場合、レーザ溶接金属12によって接合されておらず、その外部にある鋼板11は、アーク溶接金属13を用いて接合すればよい。
【0062】
図18は、3枚の鋼板11のうち2枚のみをレーザ溶接した例を示す。レーザ溶接されていない鋼板11と、レーザ溶接された鋼板11とは、重ね隅肉アーク溶接金属13によって接合されている。
【0063】
図19も、3枚の鋼板11のうち2枚のみをレーザ溶接した例を示す。レーザ溶接されていない鋼板11と、レーザ溶接された鋼板11とは、T字隅肉アーク溶接金属13によって接合されている。ここでは、レーザ溶接された鋼板11の表面に、レーザ溶接されていない鋼板11の端面が突き当てられている。
【0064】
図20も、3枚の鋼板11のうち2枚のみをレーザ溶接した例を示す。レーザ溶接されていない鋼板11には穴が設けられ、レーザ溶接されていない鋼板11の穴の内端面と、レーザ溶接された鋼板11の表面とが、重ね隅肉アーク溶接金属13によって接合されている。
【0065】
図21も、3枚の鋼板11のうち2枚のみをレーザ溶接した例を示す。レーザ溶接されていない鋼板11には穴が設けられ、レーザ溶接されていない鋼板11と、レーザ溶接された鋼板11とが、
図8A及び
図8Bに示されたアークスポット溶接金属13によって接合されている。自動車車体において、
図18、
図19、
図20、
図21の継手構造は、一例としてレーザ溶接で組み立てられたバンパーとクラッシュボックスの接合構造に用いることができる。
【0066】
なお、
図20及び
図21の例においては、アーク溶接された鋼板11によってレーザ溶接金属12が覆われている。しかし、レーザ溶接金属12の硬さ評価にあたっては、アーク溶接された鋼板11を取り除くことによって、硬さ測定用の断面を作成すべき位置を特定することができる。
【0067】
図22も、3枚の鋼板11のうち2枚のみをレーザ溶接した例を示す。レーザ溶接されていない鋼板11と、レーザ溶接された鋼板11とは、T字隅肉アーク溶接金属13によって接合されている。ただし、
図19の例とは異なり、
図22の例では、レーザ溶接されていない鋼板11の表面に、レーザ溶接された鋼板11の端面が突き当てられている。
【0068】
なお、
図22の例には3つのレーザ溶接金属12が含まれている。これらのうち右側のレーザ溶接金属12、及び中央のレーザ溶接金属12は、アーク溶接金属13の近傍に位置しているが、アーク溶接金属13との間隔が大きい。この場合、右側のレーザ溶接金属12、及び中央のレーザ溶接金属12、及びこれらの周辺領域は、アーク溶接時に十分に焼戻されず、上述した硬さの要件を満たさない場合がある。しかし、このような場合においても、左側のレーザ溶接金属12が上述の硬さの要件を満たしていれば、
図22に示される例は本実施形態に係る重ね溶接継手1とみなされる。1の重ね継手に複数のレーザ溶接金属12が設けられている場合において、その全てが上述の硬さの要件を満たす必要はない。重ね溶接継手1の中で、特に継手強度が求められる箇所においてのみ上述の硬さの要件が満たされていれば、重ね溶接継手1に十分な接合強度を付与することができる。
【0069】
以上、本実施形態に係る重ね溶接継手1の様々な形態例について説明したが、本発明はこれらの例に限定されない。上述された例を適宜組み合わせることも可能であり、上述されていない周知の継手構造を本実施形態に係る重ね溶接継手1に適用することも可能である。例えば、本実施形態に係る重ね溶接継手が、レーザ溶接金属及びアーク溶接金属以外の溶接金属を有してもよい。レーザ溶接金属及びアーク溶接金属以外の溶接金属とは、例えば抵抗スポット溶接部に含まれるナゲットやナットやボルトのプロジェクション溶接部の溶接金属やアークスタッド溶接の溶接金属等である。
【0070】
次に、本発明の第二の実施形態に係る自動車用骨格部材について説明する。本実施形態に係る自動車用骨格部材は、第一実施形態に係る重ね溶接継手1を有する。なお、自動車用骨格部材の接合部の一部のみに、第一実施形態に係る重ね溶接継手1が適用されてもよいし、全部に適用されてもよい。第一実施形態に係る重ね溶接継手1が適用された箇所は、高い継手強度を有する。即ち、本実施形態に係る自動車用骨格部材は、接合部の継手強度が低下しやすい高強度鋼板11Hを含むにもかかわらず、高い継手強度を有する。
【0071】
自動車用骨格部材の例は、バンパーリンフォース、クラッシュボックス、Aピラー、Bピラー、サイドシル、ルーフレール、フロントサイドメンバーから繋がるフロアメンバー、フロントサイドメンバー、フロントサイドメンバーキック部、リアサイドメンバー、フロントサスタワー、トンネルリンフォース、ダッシュパネル、トルクボックス、シート骨格、シートレール、及びバッテリーケースのフレームである。これら自動車用骨格部材のいずれも、本実施形態に係る重ね溶接継手1が一部または全部に適用されることにより、優れた接合強度を発揮することができる。
【0072】
これらの自動車用骨格部材と、ピラーとの間の結合部に本実施形態に係る重ね溶接継手1を適用したものも、本実施形態に係る自動車用骨格部材とみなされる。自動車用骨格部材とピラーとの間の結合部とは、例えばBピラーリンフォースとサイドシルとの結合部、電気自動車のフロントサイドメンバーとサイドシルとの結合部、Bピラーとルーフレールとの結合部、ルーフクロスメンバーとルーフレールとの結合部、サイドシルとAピラーとの結合部、ダッシュパネルとトンネルとの結合部、及びフロントサイドメンバーの付け根部、及びバンパーとクラッシュボックスの結合部等である。
【0073】
図23Aに、バンパーリンフォース21の斜視図を示す。
図23Bに、
図23AのバンパーリンフォースのXXIIIB-XXIIIB断面図を示し、
図23Cに、
図23AのバンパーリンフォースのXXIIIC-XXIIIC断面図を示す。障害物と衝突する箇所であるバンパーリンフォース21の中央部に、3枚の鋼板から構成されており高強度を有する
図23Bの断面構造を適用してもよい。一方、中央部以外の箇所では、2枚の鋼板から構成されており軽量である
図23Cの断面構造を適用してもよい。いずれの断面構造においても、1枚以上のフランジ部を屈曲させ、この屈曲部にアーク溶接金属を設けることができる。アーク溶接によって、レーザ溶接金属を軟化させて、接合強度を向上させることができる。これにより、自動車の前面衝突時に、バンパーリンフォース21の接合部の破断によってエネルギー伝達が低下することを防止可能である。
【0074】
図24Aに、フロアに接合されたフロアメンバー22の平面図を示す。
図24Bに、
図24AのフロアメンバーのXXIVB-XXIVB断面図を示す。
図24Bでは、下側の部材であるフロントサイドメンバー23と上側の部材であるフロアメンバー22によって、フロア24が挟まれるように接合されている。フロアメンバー22は、前面衝突時にフロントサイドメンバー23から荷重が伝達される。アーク溶接によってレーザ溶接金属を軟化させて、接合部の接合強度を向上させることにより、フロントサイドメンバー23から荷重が伝達されても、接合部の破断を防止することができる。
【0075】
図25Aに、フロントサイドメンバー23の斜視図を示す。
図25Bに、
図25Aの2つの破線で囲まれた部分のうち左側の拡大図を示し、
図25Cに、
図25Aの2つの破線で囲まれた部分のうち右側の拡大図を示す。
図25Bに示される接合部において、アーク溶接金属は
図11のように上板のフランジの凹部に形成されている。これにより、
図25Bに示される接合部は、重ね隅肉溶接されており、高い接合強度を有する。また、
図25Bに示される接合部では、アーク溶接金属が凹部に収納されるので、他部材との干渉を防いだり、溶接後の後工程に支障をきたすことを防いだりすることができる。
【0076】
図25Cに示される接合部において、アーク溶接金属は下板のフランジ凸部に形成されている。これにより、
図25Cに示される接合部は重ね隅肉溶接されており、高い接合強度を有する。なお、下板のフランジ凸部には、別部材との接合のために、ボルトやナット締結用の穴があってもよい。
【0077】
図26Aに、Bピラーリンフォース25とサイドシルリンフォース26との結合部の斜視図を示す。
図26Aの下方に記載された横向きの部材がサイドシルリンフォース26であり、
図26Aの上方に記載された縦向きの部材がBピラーリンフォースで25ある。両者の接合部では、レーザ溶接とアーク溶接とが併用されている。
【0078】
図26Bに、
図26Aで矢印が付された部分の拡大図を示す。Bピラーリンフォース25とサイドシルリンフォース26との結合部は、自動車の側面衝突時に破断しやすい箇所である。この箇所にアーク溶接金属を設けることで、破断を一層防止することができる。また、
図26Bに示される接合部において、アーク溶接金属は
図11のように上板のフランジの凹部に形成されている。これにより、
図26Bに示される接合部は、重ね隅肉溶接されており、高い接合強度を有する。
【0079】
図27に、電気自動車のフロントサイドメンバー23とサイドシル27との結合部の斜視図を示す。左側の部材がフロントサイドメンバー23であり、右側の部材がサイドシル27である。フロントサイドメンバー23とサイドシル27は中央の結合部材28によって、結合されている。電気自動車では、フロアに電池を配置する広い空間が設けられる。そのため、電気自動車の前面衝突時には、フロントサイドメンバー23から加わる荷重をサイドシル27に伝達する必要がある。このため、同部材では、形状のオフセットを大きくする必要がある。形状のオフセットの増加に伴い、モーメントが大きくなるので、結合部のレーザ溶接金属が破断しやすくなる。従って、フロントサイドメンバー23とサイドシル27との結合部においても、レーザ溶接金属とアーク溶接金属の併用が好適である。
【0080】
次に、本発明の第三の実施形態に係る重ね溶接継手1の製造方法について説明する。
図28Aに示されるように、本実施形態に係る重ね溶接継手1の製造方法は、複数の鋼板11の一部または全部を重ね合わせる工程S1と、鋼板11の重ね合わせ部111をレーザ溶接して、レーザ溶接金属12を形成する工程S2と、1枚以上の鋼板11をアーク溶接して、レーザ溶接金属12及びその周辺領域を焼戻すようにアーク溶接金属13を形成する工程S3と、を備える。ここで、レーザ溶接される鋼板11のうち1枚以上を、引張強さ780MPa以上の高強度鋼板11Hとする。さらに、アーク溶接の溶接熱によって、レーザ溶接金属12及びその周辺領域を焼戻す。
【0081】
以下、第三の実施形態に係る重ね溶接継手1の製造方法について説明する。なお、第一実施形態に係る重ね溶接継手1の説明において挙げられた種々の好適な例は、当然のことながら、第三の実施形態に係る重ね溶接継手1の製造方法に適用することができる。
【0082】
鋼板11を重ね合わせる工程S1では、複数の鋼板11を重ね合わせる。S1において、鋼板11の全ての領域を重ね合わせてもよいし、一部のみを重ね合わせてもよい。また、S1において、重ね溶接継手1を構成する全ての鋼板11を重ね合わせる必要はなく、レーザ溶接の対象となる鋼板11のみを重ね合わせればよい。この時、重ね面に隙間が生じることがあるが、レーザ溶接品質確保の観点より、隙間は1.0mm以下であることが望ましく、より好適には隙間は0.8mm以下である。
【0083】
ここで、レーザ溶接される鋼板11のうち1枚以上を、引張強さ780MPa以上の高強度鋼板11Hとする。高強度鋼板11Hの好ましい態様は、第一実施形態の説明において例示された態様に準じる。また、鋼板11の枚数、形状、及び位置関係等についても、第一実施形態の説明において例示された態様を適宜適用することができる。例えば、高強度鋼板11Hの引張強さは1700MPa以上でもよい。
【0084】
続くレーザ溶接工程S2では、鋼板11の重ね合わせ部111をレーザ溶接する。これにより、鋼板11の重ね合わせ部111を接合するレーザ溶接金属12を形成する。レーザ溶接条件及びレーザ溶接装置は特に限定されず、公知の条件及び装置を適宜採用することができる。以下に、レーザ溶接の好適な例を示す。
【0085】
鋼板を重ねて、重ね面にレーザビームを照射することにより、レーザ溶接を行う。レーザ溶接金属の形状は、直線状、C字状、円状、楕円状、ジグザグ状などが挙げられる。好適には、レーザ溶接金属は、渦巻き状にレーザを照射して円状に溶融させるレーザスクリュー溶接(LSW)によって得られるレーザスクリュー溶接金属である。レーザスクリュー溶接は、鋼板の間の隙間が大きい板組を接合可能であるので好ましい。また、レーザ溶接の前に鋼板の間の隙間を取り除くために、板組に抵抗スポット溶接を行ってもよい。
【0086】
レーザ溶接は、例えばファイバーレーザ、ディスクレーザ、及び半導体レーザ等を用いて実施可能である。ビーム径は特に限定されないが、例えば0.10mm~1.2mmの範囲内としてもよい。レーザ出力は特に限定されないが、例えば1.0kW~20kWの範囲内としてもよい。溶接トーチがガルバノスキャナを有するリモート溶接装置を用いて、レーザ溶接を行ってもよい。レーザ溶接をレーザスクリュー溶接とする場合、レーザ溶接金属の直径を3.5√t以上9.0√t以下としてもよい。tとは、レーザ溶接金属12によって接合される重ね合わせ部111の表面に配された2枚の鋼板11のうち、薄い方の板厚である。
【0087】
なお、亜鉛系めっき鋼板(例えば合金化溶融亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板など)を含んだ板組を溶接する場合、重ね面の亜鉛が溶接熱で蒸発するおそれがある。亜鉛蒸気は、ピット等の欠陥を溶接金属に発生させるおそれがある。板組を構成する鋼板の間に隙間が生じにくい構造を有する部品の製造にあたっては、溶接金属にピット等の欠陥が発生するおそれがある。亜鉛蒸気による欠陥を防止するために、溶接金属の近傍の鋼板の重ね面に小さい隙間が形成されるように、予めプレス成形によるエンボス作成や、レーザ予備照射による溶融部の盛り上がりによる突起部を鋼板に作成しても良い。鋼板の隙間の大きさは、例えば0.03mm~0.8mmの範囲内とすることが好ましい。
【0088】
そして、続くアーク溶接工程S3では、アーク溶接の溶接熱を利用して、レーザ溶接金属12及びその周辺領域を焼戻すようにアーク溶接する。このアーク溶接は、必ずしも、2つ以上の非溶接材を接合するものでなくともよい。アーク溶接は、アーク入熱によってレーザ溶接金属12及びその周辺領域を焼戻すために実施されるからである。そのため、アーク溶接を1枚の鋼板11のみに対して行い、これにより
図1Bに示されるようなアーク溶接金属13を形成してもよい。一方、アーク溶接を2枚以上の鋼板11に対して行い、これにより
図2Bに示されるようなアーク溶接金属13を形成してもよい。
【0089】
レーザ溶接金属12及びその周辺領域が焼戻される限り、アーク溶接を実施する場所、及びアーク溶接条件は特に限定されない。一般に、レーザ溶接金属12とアーク溶接金属13との距離が小さくなるほど、アーク溶接の際のレーザ溶接金属12の最高加熱温度が上昇する。また、アーク溶接の際の入熱量が大きいほど、アーク溶接の際のレーザ溶接金属12の最高加熱温度が上昇する。最高加熱温度が高いほど、レーザ溶接金属12及びその周辺領域の焼戻し軟化量が大きくなる。ただし、最高加熱温度が高すぎると、レーザ溶接金属12の再焼入れが生じ、レーザ溶接金属12が硬化する。これらの事項を考慮しながら、アーク溶接を行う場所、及びアーク溶接の際の入熱量を適宜選択すればよい。
【0090】
アーク溶接の好適な例は、アーク溶接の入熱量を1000J/cm以上とし、重ね溶接継手1の厚さ方向から平面視したときに、レーザ溶接金属12の縁と、アーク溶接金属13の縁との最短距離を3.0mm以上17.0mm以下とするように、アーク溶接位置を決定することである。
【0091】
また、レーザ溶接金属12とアーク溶接金属13とが重なるようにアーク溶接位置を決定してもよい。この場合、レーザ溶接金属12の縁とアーク溶接金属13の縁との間隔は0mmと定義する。レーザ溶接金属12の再焼入れを十分に回避する観点から、レーザ溶接金属12の縁と、アーク溶接金属13の縁との間隔を0.7mm超とするように、アーク溶接位置を決定することが好ましい。アーク溶接の入熱量を1500J/cm以上としてもよい。なお、アーク溶接の入熱量とは、アークの溶接ビードの単位長さ当たりのエネルギーである。入熱量Hは、アーク電圧E(V)、アーク電流I(A)、及び溶接速度ν(cm/min)を用いて、以下の式で計算することができる。
H=60EI/ν
【0092】
他のアーク溶接の好適な条件例を以下に説明する。アーク溶接は、例えば、鉄製の溶接ワイヤを用いた消耗電極式のガスシールドアーク溶接、又はCu合金のワイヤを用いたMIGブレージングであるが、他のタイプのアーク溶接であってもよい。アーク溶接がMAG溶接である場合、例えばAr+CO2ガス、Ar+CO2+O2ガス、及びAr+O2ガス等を、シールドガスとして用いればよい。アーク溶接が炭酸ガス溶接である場合は、CO2ガスをシールドガスとして用いれば良い。アーク溶接のワイヤは、YGW12~YGW17にある溶接ワイヤとすれば良い。高い継手強度が必要となる場合は、溶接金属の硬さが280~480程度となる高強度ワイヤを用いてもよい。また、GAめっき鋼板のブローホールが問題となる場合は、亜鉛めっき鋼板に対応したワイヤを用いてもよい。なお、水素脆化による割れが溶接金属周辺に発生する場合は、SUS309等のオーステナイト系ステンレス製のワイヤや2相ステンレス製ワイヤを用いても良い。溶接金属に拡散性水素吸収能力の高いオーステナイト組織を形成することで水素脆化による割れを抑制する。また、アーク溶接はパルス溶接、ショートアーク溶接、CMT溶接のいずれでも良い。CMT溶接は溶接部のスパッタが少ないため望ましい溶接法である。なお、シンクロフィード溶接、スーパーアクティブワイヤ溶接でも良い。これらの溶接法はメーカにより名称が異なるものの本質的にはCMTと同じ溶接法である。
【0093】
アーク溶接がMIGブレージングである場合、シールドガスとして、例えばArガス、又はArに微量の酸化性ガスを含んだガスを用いることができる。MIGブレージングで用いられるワイヤは、例えばCu-Al系ワイヤ、及びCu-Si系ワイヤ等とすることができる。アーク溶接金属13によって継手強度を一層向上させることが必要な場合は、Cu-Al系のワイヤを用いてアーク溶接をすることが好ましい。
【0094】
これにより、レーザ溶接金属からアーク溶接金属の側に0.7mm以内の領域A1における最大硬さH1を、レーザ溶接金属からアーク溶接金属と反対の側に0.7mm以内の領域A2における最大硬さH2より小さい値とすることができる。さらに、領域A1における最大硬さH1と領域A2における最大硬さH2との差ΔHを25HV以上とすることができる。H1とH2との差ΔHは、好適には40HV以上とする。このように、アーク溶接の熱を利用してレーザ溶接金属に硬度差を付与することで、レーザ溶接金属の靭性が向上して、特に接合界面での破断を抑制し、継手強度を向上させることができる。
【0095】
アーク溶接とレーザ溶接との位置関係の例は、上述した重ね溶接継手1におけるアーク溶接金属13とレーザ溶接金属12との位置関係に準じる。即ち、
図1A等に例示された種々の形態が実現できるように、アーク溶接とレーザ溶接との位置関係を適宜設定すればよい。
【0096】
また、本実施形態に係る重ね溶接継手1の製造方法では、重ね溶接継手1に含まれる複数の鋼板11全てを、その一部において重ね合わせて、レーザ溶接してもよい。一方、重ね溶接継手1に含まれる鋼板11の一部のみをレーザ溶接してもよい。この場合、レーザ溶接の対象外であった鋼板11は、レーザ溶接された鋼板11にアーク溶接すればよい。
【0097】
従って、
図28Bに示されるように、本実施形態に係る重ね溶接継手1の製造方法は、アーク溶接工程S3の前に、レーザ溶接された2枚以上の鋼板11に、1枚以上の鋼板11を追加する工程S4を、さらに備えてもよい。そして、アーク溶接工程S3によって、レーザ溶接された2枚以上の鋼板11と、レーザ溶接されていない鋼板11とを接合してもよい。アーク溶接は、
図18に例示されるような重ね溶接継手1を得るための、重ねアーク溶接であってもよいし、
図19に例示されるような重ね継手とT継手との複合構造を得るための、突合せアーク溶接であってもよい。従って、鋼板11を追加する工程S4において、アーク溶接の対象となる鋼板11は、レーザ溶接された鋼板11に重ね合わせられてもよいし、突合せられてもよい。部材の形状や製造ラインの構造に応じて、鋼板11を追加する工程S4を、レーザ溶接工程S2の前に設けてもよい。ただし、この場合でも、アーク溶接工程S3はレーザ溶接工程S2の後に行われる必要がある。
【0098】
なお、亜鉛めっき鋼板(合金化溶融亜鉛めっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板)を含んだ板組の場合、重ね面の亜鉛がアーク溶接の熱で蒸気して、ピット等の欠陥がアーク溶接金属に発生するケースがある。本工程では、レーザ溶接時の熱変形で重ね合わされた鋼板間に微小な隙間が形成するので、隙間から亜鉛蒸気が抜ける。そのため、アーク溶接時にピット等の欠陥は発生しづらい。しかしながら、隙間が形成しづらい構造を有する部品の製造にあたっては、ピット等の欠陥が発生しやすいケースも想定される。その場合は、鋼板の重ね面に小さい隙間(0.03mm~1.0mm)が形成されるように、予めプレス成形工程を実施して、アーク溶接金属近傍の少なくとも1枚の鋼板に微小な突起部を設けても良い。
【実施例0099】
実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明する。ただし、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例に過ぎない。本発明は、この一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0100】
(実施例1)
2枚の同一の高強度鋼板を重ね合わせて、レーザ溶接した。次いで、これらの2枚の高強度鋼板をアーク溶接した。鋼板及び溶接条件の詳細は以下の通りである。
・高強度鋼板の板厚:1.6mm
・高強度鋼板の引張強さ:表1に記載の通り
・レーザ溶接でのレーザ形状:直径6.0mmの円状
・レーザ溶接金属の形状:表1に記載の通り。「LSW」とは、
図29A及び
図29Bに記載されたレーザスクリュー溶接金属を意味し、「直線状」とは、
図29Cに記載された直線状のレーザ溶接金属を意味し、「ジグザグ状」とは、
図29Dに記載されたジグザグ状のレーザ溶接金属を意味し、「円周状」とは、
図29Eに記載された中空円状のレーザ溶接金属を意味する。
・アーク溶接の電流:80A
・アーク溶接の電圧:15.6V
・アーク溶接の溶接速度:30cm/min
・アーク溶接のワイヤ:YM-24T
・アーク溶接のシールドガス:Ar+20%CO
2
・アーク溶接金属の位置:表1に記載の通り。「上板にアーク溶接」とは、
図29Aに示されるように、アーク溶接金属が上板のみに配されたことを意味し、「重ね面にアーク溶接」とは、
図29B~
図29Eに示されるように、アーク溶接金属が上板及び下板に配されたことを意味する。
【0101】
上述の手順で得られた重ね溶接継手のレーザ溶接金属の硬さを、上述した方法で測定した。そして、レーザ溶接金属からアーク溶接金属の側に0.7mm以内の領域A1における最大硬さH1と、レーザ溶接金属からアーク溶接金属と反対の側に0.7mm以内の領域A2における最大硬さH2とを比較した。そして、領域A1における最大硬さH1と領域A2における最大硬さH2との差ΔHも表に記載した。
【0102】
さらに、これにより得られた種々の重ね溶接継手のレーザ溶接金属に、たがね試験を行った。たがね試験は、JIS Z 3144:2013「レーザ及びプロジェクション溶接部の現場試験方法」に準拠して実施して、破断形態をプラグ破断又は界面破断のいずれかに分類した。破断形態がプラグ破断であった重ね溶接継手は、継手強度に優れていると判断した。たがね試験結果を表1に記載した。
【0103】
【0104】
領域A1における最大硬さH1と領域A2における最大硬さH2との差ΔHが25HV以上であった重ね溶接継手は、たがね試験によって生じた破断の形態がプラグ破断であった。これら重ね溶接継手は、優れた継手強度を有すると推定される。一方、ΔHが25未満であった重ね溶接継手では、レーザ溶接金属の強度が低く、界面破断が生じた。
【0105】
(実施例2)
2枚の同一のホットスタンプ鋼板を重ね合わせて、レーザスクリュー溶接した。次いで、これらの2枚のホットスタンプ鋼板をアーク溶接した。鋼板及び溶接条件の詳細は以下の通りである。
・ホットスタンプ鋼板の板厚:1.6mm
・ホットスタンプ鋼板の引張強さ:2350MPa
・ホットスタンプ鋼板の化学成分:0.45C-0.2Si-0.6Mn-0.008P-0.002S-Cr,Nb,Ti,B
・レーザスクリュー溶接金属の径:約6mm
・アーク溶接の電流:80A
・アーク溶接の電圧:15.6V
・アーク溶接の溶接速度:30cm/min
・アーク溶接のワイヤ:YM-24T
・アーク溶接のシールドガス:Ar+20%CO2
・レーザ溶接金属とアーク溶接金属との位置関係:表2に記載の通り
【0106】
上述の手順で得られた重ね溶接継手のレーザ溶接金属の硬さを、上述した方法で測定した。さらに、レーザ溶接金属に上述のたがね試験を行った。評価結果を表2に記載した。
【0107】
【0108】
領域A1における最大硬さH1と領域A2における最大硬さH2との差ΔHが25HV以上であった重ね溶接継手は、たがね試験によって生じた破断の形態がプラグ破断であった。これら重ね溶接継手は、優れた継手強度を有すると推定される。一方、ΔHが25未満であった重ね溶接継手では、レーザ溶接金属の強度が低く、界面破断が生じた。
【0109】
(実施例3)
2枚の同一のホットスタンプ鋼板を重ね合わせて、レーザスクリュー溶接した。次いで、これらの2枚のホットスタンプ鋼板をアーク溶接した。鋼板及び溶接条件の詳細は以下の通りである。
・ホットスタンプ鋼板の板厚:1.6mm
・ホットスタンプ鋼板の引張強さ:1780MPa
・ホットスタンプ鋼板の化学成分:0.29C-0.2Si-1.8Mn-0.012P-0.003S-Cr,Nb,Cu,Ni,Ti,B
・レーザスクリュー溶接金属の径:約6mm
・アーク溶接の電流:80A
・アーク溶接の電圧:15.6V
・アーク溶接の溶接速度:30cm/min
・アーク溶接のワイヤ:YM-24T、φ1.2mm
・アーク溶接のシールドガス:Ar+20%CO2
・レーザ溶接金属とアーク溶接金属との位置関係:表3に記載の通り
【0110】
上述の手順で得られた重ね溶接継手のレーザ溶接金属の硬さを、上述した方法で測定した。さらに、レーザ溶接金属に上述のたがね試験を行った。評価結果を表3に記載した。
【0111】
【0112】
領域A1における最大硬さH1と領域A2における最大硬さH2との差ΔHが25HV以上であった重ね溶接継手は、たがね試験によって生じた破断の形態がプラグ破断であった。これら重ね溶接継手は、優れた継手強度を有すると推定される。一方、ΔHが25HV未満であった重ね溶接継手では、レーザ溶接金属の強度が低く、界面破断が生じた。
【0113】
(実施例4)
2枚の同一のホットスタンプ鋼板を用いて、
図30に示されるハット部材を製造した。ハット部材のフランジ部をレーザスクリュー溶接した。そして、発明例においては、レーザスクリュー溶接金属及びその周辺領域を焼戻すようにアーク溶接金属を形成した。鋼板及び溶接条件の詳細は以下の通りである。
・ホットスタンプ鋼板の板厚:1.6mm
・ホットスタンプ鋼板の引張強さ:2000MPa
・ホットスタンプ鋼板の化学成分:0.34C-0.2Si-1.3Mn-0.008P-0.001S-Cr,Nb,Ti,B
・レーザスクリュー溶接金属の径:約5.5mm
・レーザスクリュー溶接金属の中心間隔:50mm
【0114】
発明例のハット部材においては、レーザ溶接金属の縁とアーク溶接金属の縁との距離が5.0mmとなるように、アーク溶接をした。アーク溶接金属の長さは30mmとし、8箇所でアーク溶接を実施した。一方、比較例のハット部材においては、レーザ溶接だけを実施した。さらにこれらのハット部材を170℃に加熱して20分間保持した。これは、自動車用骨格部材に行われる電着塗装焼き付けの際の熱履歴に相当する。そして、これらのハット部材に3点曲げ試験を行った。
図30に記載の下方向の矢印で示される箇所が、曲げ荷重を加える位置である。また、曲げ荷重を加える際には、ハット部材の両端を、支持部材を用いて支持した。
【0115】
曲げ試験結果である変位-荷重曲線を
図31に示す。下側の曲線が、レーザ溶接のみ行われた比較例の試験結果である。この比較例では、
図32Bの写真に示されるように、曲げ試験中にレーザ溶接金属の破断が生じた。曲線において、荷重が急激に落ち込んでいる箇所で、レーザ溶接金属の破断が生じた。一方、上側の曲線が、レーザ溶接金属及びその周辺領域を焼戻すようにアーク溶接金属を形成した発明例の試験結果である。この発明例では、
図32Aの写真に示されるように、レーザ溶接金属の破断が生じず、高い部材性能が得られた。