IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本アイ・ティ・エフ株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図1
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図2
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図3
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図4
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図5
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図6
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図7
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図8
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図9
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図10
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図11
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図12
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図13
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図14
  • 特開-皮膜、金型、及び金型の製造方法 図15
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024034154
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】皮膜、金型、及び金型の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20240306BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20240306BHJP
   B21D 37/20 20060101ALI20240306BHJP
   B21D 37/01 20060101ALI20240306BHJP
   C22C 27/04 20060101ALN20240306BHJP
   B21D 22/20 20060101ALN20240306BHJP
【FI】
C23C14/06 B
C23C26/00 C
B21D37/20 E
B21D37/01
C22C27/04 101
B21D22/20 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022138213
(22)【出願日】2022-08-31
(71)【出願人】
【識別番号】591029699
【氏名又は名称】日本アイ・ティ・エフ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】高畑 敏彦
(72)【発明者】
【氏名】大原 久典
【テーマコード(参考)】
4E050
4E137
4K029
4K044
【Fターム(参考)】
4E050JA01
4E050JB09
4E050JC02
4E050JD03
4E137AA23
4E137BA07
4E137BB01
4E137CA09
4E137EA01
4E137HA03
4K029BA57
4K029BD05
4K029CA01
4K029DB05
4K029DB21
4K029FA04
4K044AA02
4K044AB10
4K044BA18
4K044BB01
4K044BB11
4K044BC01
4K044CA02
4K044CA04
4K044CA07
4K044CA13
4K044CA41
4K044CA71
(57)【要約】
【課題】チタン系材料などの金属材料を加工する場合でも、損傷が発生するのを抑えることが可能な皮膜を提供する。
【解決手段】皮膜は、タングステンと炭素とを主成分として金属部材の表面に形成される。この皮膜の、Cu-Kα線をX線源に用いたθ-2θ法のX線回析分析において、ピークが33.3°~35.5°の範囲内で、半値幅が0.5°~2.0°の範囲内である、第1の回折線と、ピークが37.5°~41.5°の範囲内で、半値幅が1.0°~4.0°の範囲内である、第2の回折線と、ピークが72.5°~75.5°の範囲内で、半値幅が1.6°~5.0°の範囲内である、第3の回折線の、いずれもが検出される。
【選択図】図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属部材の表面に形成された、タングステンと炭素とを主成分とする皮膜であって、
前記皮膜の、Cu-Kα線をX線源に用いたθ-2θ法のX線回析分析において、
ピークが33.3°~35.5°の範囲内で、半値幅が0.5°~2.0°の範囲内である、第1の回折線と、
ピークが37.5°~41.5°の範囲内で、半値幅が1.0°~4.0°の範囲内である、第2の回折線と、
ピークが72.5°~75.5°の範囲内で、半値幅が1.6°~5.0°の範囲内である、第3の回折線の、いずれもが検出される、皮膜。
【請求項2】
前記第3の回折線のピークが73.0°~75.0°の範囲内である、請求項1に記載の皮膜。
【請求項3】
前記第2の回折線の最大強度に対する前記第3の回折線の最大強度の比は、20%以上である、請求項1または2に記載の皮膜。
【請求項4】
基材と、
前記基材の表面を覆うように形成された皮膜と、を備え、
前記皮膜の、Cu-Kα線をX線源に用いたθ-2θ法のX線回析分析において、
ピークが33.3°~35.5°の範囲内である、第1の回折線と、
ピークが37.5°~41.5°の範囲内である、第2の回折線と、
ピークが72.5°~75.5°の範囲内である、第3の回折線の、いずれもが検出される金型。
【請求項5】
前記第1の回折線の半値幅が0.5°~2.0°の範囲内であり、
前記第2の回折線の半値幅が1.0°~4.0°の範囲内であり、
前記第3の回折線の半値幅が1.6°~5.0°の範囲内である、請求項4に記載の金型。
【請求項6】
前前記第2の回折線の最大強度に対する前記第3の回折線の最大強度の比は、20%以上である、請求項4または5に記載の金型。
【請求項7】
チタン系材料に対して、所定の成形加工を施す、請求項6に記載の金型。
【請求項8】
請求項4に記載の金型を製造する、金型の製造方法であって、
真空容器内において、炭化タングステンからなるカソード材料に対向するように前記基材をテーブルに保持し、前記テーブルに対して、所定のバイアス電圧を印加するとともに、
前記カソード材料の背面側に配置した磁界発生部から、前記カソード材料に対して磁界を発生させた状態で、前記カソード材料に所定の電流を通電することによって前記カソード材料からのアーク放電を生じさせて、前記基材の表面に前記皮膜を形成する、金型の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、皮膜、金型、及び金型の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金型には、耐摩耗性などの性能の向上を図るために、金型の基材の表面に皮膜を設けることが知られている。例えば、従来、窒化チタンや炭化チタンを被覆した金型が広く知られているほか、鋼の熱間成形用金型であって、タングステンカーバイドとコバルトとからなる皮膜を形成したものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2017-47473号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、上記のような金型では、チタン系材料などの加工が難しい金属材料に対しては、耐摩耗性が不足して、膜組織のへき開による摩滅や基材に達する亀裂などの損傷が発生するという問題点があった。特に、従来の金型において、チタン系材料に対して加工を行う場合、チタン系材料に含まれたチタンと上記皮膜とが化学的に反応して皮膜にチタンが凝着することがあった。この結果、膜等の損傷が皮膜に生じるという問題点があった。
【0005】
本開示は上記の問題点を鑑みてなされたものであり、チタン系材料などの金属材料を加工する場合でも、損傷が発生するのを抑えることが可能な皮膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本開示の一側面に係る皮膜は、金属部材の表面に形成された、タングステンと炭素とを主成分とする皮膜であって、前記皮膜の、Cu-Kα線をX線源に用いたθ-2θ法のX線回析分析において、ピークが33.3°~35.5°の範囲内で、半値幅が0.5°~2.0°の範囲内である、第1の回折線と、ピークが37.5°~41.5°の範囲内で、半値幅が1.0°~4.0°の範囲内である、第2の回折線と、ピークが72.5°~75.5°の範囲内で、半値幅が1.6°~5.0°の範囲内である、第3の回折線の、いずれもが検出される。
【0007】
また、本開示の一側面に係る金型は、金型であって、基材と、前記基材の表面を覆うように形成された皮膜と、を備え、前記皮膜の、Cu-Kα線をX線源に用いたθ-2θ法のX線回析分析において、X線回析による回析結果において、ピークが33.3°~35.5°の範囲内である、第1の回折線と、ピークが37.5°~41.5°の範囲内である、第2の回折線と、ピークが72.5°~75.5°の範囲内である、第3の回折線の、いずれもが検出される。
【0008】
また、本開示の一側面に係る金型の製造方法は、上記金型を製造する、金型の製造方法であって、真空容器内において、炭化タングステンからなるカソード材料に対向するように前記基材をテーブルに保持し、前記テーブルに対して、所定のバイアス電圧を印加するとともに、前記カソード材料の背面側に配置した磁界発生部から、前記カソード材料に対して磁界を発生させた状態で、前記カソード材料に所定の電流を通電することによって前記カソード材料からのアーク放電を生じさせて、前記基材の表面に前記皮膜を形成する。
【発明の効果】
【0009】
本開示の一態様によれば、チタン系材料などの金属材料を加工する場合でも、損傷が発生するのを抑えることが可能な皮膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本開示の実施形態に係る皮膜及び当該皮膜を用いた金型を説明する図である。
図2】上記皮膜を形成する製造装置の概略構成を説明する図である。
図3】上記皮膜の製造方法を説明するためのフローチャートである。
図4図3のステップS4に示した形成工程でのカソード材料の近傍の状態を説明するための図である。
図5】カソード材料表面における磁力線の方向を説明する図である。
図6】実施例1の皮膜についての、X線回析分析の結果を示すグラフである。
図7図6のグラフにおける、第1の回折線、第2の回折線、及び第3の回折線を示す拡大図である。
図8】実施例2の皮膜における、X線回析分析の結果を示すグラフである。
図9図8のグラフにおける、第1の回折線、第2の回折線、及び第3の回折線を示す拡大図である。
図10】基材についての、X線回析分析の結果を示すグラフである。
図11】実施例1及び実施例2における、各回折線の回折強度の最大値を示す表である。
図12】実施例1及び実施例2における、第2の回折線の最大強度に対する各回折線の最大強度の比を示す表である。
図13】実施例1及び実施例2における、第2の回折線の最大強度に対する各回折線の最大強度の比を説明するグラフである。
図14】実施例1及び実施例2の半値幅の実測値と、実施例1及び実施例2の結晶子サイズの計算値とを示す表である。
図15】本開示の半値幅の上限値及び下限値と、上限値及び下限値の各結晶サイズの計算値とを示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本開示の実施形態について、図1を用いて詳細に説明する。図1は、本開示の実施形態に係る皮膜12、22及び当該皮膜12、22をそれぞれ用いた金型1、2を説明する図である。なお、以下の説明では、チタン系材料、鋼板などの鉄系材料等の金属材料である被加工材料Sに対して、プレス加工を行う金型1、2に本開示を適用した場合を例示して説明する。また、以下の説明において、「N1~N2」は、N1以上N2以下であることを示している。
【0012】
<金型1、2>
図1に示すように、本実施形態の金型1、2は、それぞれ基材11、12と、本開示の皮膜12、22とを備えている。基材11、12は、各々、モリブデン系高速度工具鋼鋼材(例えば、SKH51)等の高速度鋼や超硬合金などの金属部材H(図2)を用いて構成されている。皮膜12、22は、各々、タングステンと炭素とを主成分としている。ここで、タングステンと炭素とを主成分とするとは、タングステンの重量%が90wt%以上であり、炭素の重量%が2wt%以上であり、タングステンと炭素以外のニッケルやコバルトなどのそれぞれの不純物の重量%が1wt%未満であることをいう。
【0013】
図1に示すように、例えば、金型1は、凸部1Aを有し、金型2は、凸部1Aに嵌合する凹部2Aを有している。金型1は、凹部2Aを覆うように被加工材料Sを金型2に配置した状態で、図1の矢印Pにて示すプレス方向に図示しないプレス加工機によって金型2に対して押し下げられる。これにより、図1に点線にて示す、板状の被加工材料Sに対して、金型1、2によって所望の形状とされる、プレス加工が施される。
【0014】
<皮膜12、22の製造方法>
次に、図2図5を用いて本実施形態の皮膜12、22の製造方法について具体的に説明する。皮膜12、22は、本開示の製造方法により、基材11、12の表面の少なくとも一部をそれぞれ覆うように、当該基材11、12の表面上に成膜される。図2は、上記皮膜12、22を形成する製造装置30の概略構成を説明する図である。図3は、上記皮膜12、22の製造方法を説明するためのフローチャートである。図4は、図3のステップS4に示した形成工程でのカソード材料10の近傍の状態を説明するための図である。図5は、カソード材料表面における磁力線の方向を説明する図である。
【0015】
<製造装置30及び製造工程>
まず、図2及び図3を用いて、本実施形態の皮膜12、22の製造装置30及び製造工程について具体的に説明する。
【0016】
図2に示すように、製造装置30は、真空容器31と、アーク式蒸発源32と、真空排気装置33とを備えている。真空容器31の内部には、金属部材Hが配置されるテーブルStが設けられている。製造装置30においては、バイアス電源Spが真空容器31の外部に設けられており、所定の直流のバイアス電圧をテーブルStに印加可能に構成されている。また、真空容器31には、ガス供給口31aが設けられており、例えば、アルゴンガス等の所定の処理ガスが、図2に矢印G1にて示すように、真空容器31の内部に供給される。さらに、真空容器31においては、真空排気装置33が、図2に矢印G2にて示すように、真空容器31の内部から排気する排気動作を行うことにより、当該内部を所定の真空度に保つように構成されている。
【0017】
アーク式蒸発源32は、フランジ32aと、絶縁シール材32bと、アーク電源32cとを備えている。フランジ32aは、例えば、非磁性金属材料を用いて構成されており、真空容器31の内部で、炭化タングステン(WC)からなるカソード材料(アーク蒸発源)10を固定リングRによって支持可能になっている。また、フランジ32aは、真空容器31の側面に絶縁シール材32bを介在させて当該側面に気密に取り付けられている。さらに、フランジ32aには、アーク電源32cの負極が接続されており、アーク電源32cから所定の直流電圧が陰極としてのカソード材料10に印加されるようになっている。アーク電源32cの正極及び真空容器31は、図2に示すように、電気的に接地されている。
【0018】
また、カソード材料10の背面に永久磁石Mgが配置されており、永久磁石Mgからの磁界G(図4)を発生させた状態で、カソード材料10に対して、アーク電源32cから所定の電流を通電することができる。これにより、カソード材料10の表面とトリガ電極TEとの間にアーク放電が生じる。アーク放電は、トリガ電極TEとカソード材料10との間で点火したのち、真空容器31(図2)の内壁面とカソード材料10との間で持続する。カソード材料10の表面でアーク放電による溶解部分が生じ、さらに溶解部分が蒸発して、矢印Kにて示すように、その蒸発物が金属部材Hに向かって飛散して、金属部材Hの表面に皮膜が成膜される。なお、永久磁石Mgの配置の詳細について後述する。
【0019】
本実施形態の皮膜の製造方法においては、図3に示す工程のうち、洗浄工程(ステップS1)を除く、加熱工程(ステップS2)、清浄化工程(ステップS3)、及び形成工程(ステップS4)が真空容器31の内部で順次行われる。つまり、加熱工程、清浄化工程、及び形成工程を含んだアークイオンプレーティング工程を、製造装置30を用いて実施し得る。製造装置30としては、例えば、日本アイ・ティ・エフ株式会社製の「iDS-mini」を使用し得る。なお、図2では、図3に示す製造工程のうち、ステップS4に示す形成工程が製造装置30で実施される場合を図示している。
【0020】
始めに、洗浄工程の前に、金属部材Hに対して、図示しない研磨機または研削盤を用いて、表面の錆や酸化部分を除去して、当該表面の状態を整えてもよい。続いて洗浄工程(ステップS1)において、洗浄槽(図示せず)内に金属部材Hを浸漬させる。洗浄槽には、有機溶剤またはアルカリ洗浄剤などの所定の洗浄溶液が満たされており、金属部材Hの表面に付着した無機質の汚れ及び有機質の汚れを洗い落すようになっている。そして、汚れが落とされた金属部材Hは洗浄槽の外部で乾燥されて、洗浄工程が終了する。
【0021】
続いて、金属部材Hは、真空容器31の内部に移送される。そして、製造装置30で、まず加熱工程(ステップS2)が実施される。つまり、加熱工程を行うために、真空容器31の内部において、金属部材Hは、図示しない治具により、テーブルStに固定される。次に、真空排気装置33により、真空容器31の内部が、例えば、0.01Pa以下となるように排気される。そして、真空容器31においては、図示しないヒーターを用いることにより、金属部材Hの温度が、例えば、400℃以上となるように、当該ヒーターを60分以上動作させて、加熱工程が実行される。
【0022】
続いて、清浄化工程(ステップS3)が実施される。真空容器31の内部の圧力が、例えば、0.01Pa以下であるときに、ガス供給口31aを介して、真空容器31の内部に、例えば、アルゴンガスが0.1~5Paで導入される。その後、テーブルStに対して、バイアス電源Spから負の直流のバイアス電圧、例えば、100~1000Vが印加される。これにより、真空容器31の内部において、金属部材H及びテーブルStの周辺にプラズマが発生して、金属部材Hの表面はイオン衝撃によって清浄化されて、清浄化工程が終了する。尚、この説明以外にパルス状のバイアス電圧を印加してもよい。
【0023】
次に、形成工程(ステップS4)が実施される。つまり、製造装置30においては、テーブルStに対して、バイアス電源Spから負の直流のバイアス電圧、例えば、10~200Vを印加する。また、アーク式蒸発源32において、カソード材料10に対して、アーク電源32cから、例えば、50~250Aの電流を流す。また、このとき、図4に示すように、磁界発生部としての永久磁石Mgがカソード材料10の背面側に所定角度で配置されている。
【0024】
カソード材料10は、図4に示すように、フランジ32a(図2)の先端部に設けられた固定リングRに取り付けられて、フランジ32aに支持されている。また、永久磁石Mgは、例えば、両端面が磁極となっている円柱状の等方性フェライト磁石を用いて構成されている。さらに、複数、例えば、45個の永久磁石Mgが、金属部材Hに対向するカソード材料10の放電面10a(図5)に対して、各永久磁石Mgの磁極が、カソード材料10の外側45°の方向に向けられるようにリング状に配置され、カソード材料10の周縁部に磁界Gを発生させている。なお、磁界Gは、例えば、20ガウス程度である。
【0025】
図5において、放電面10a上の各点において、カソード材料10の中心に向かう向きを中心方向C1とする。放電面10aの周縁部付近では、中心方向C1と磁力線Y1とのなす角度を角度θ1とすると、角度θ1が鋭角となるような磁力線Y1が発生する。
【0026】
また、カソード材料10の放電面10aの最外周部では、中心方向C1と磁力線Y2とのなす角度を角度θ2とすると、角度θ2がほぼ直角となるような磁力線Y2が発生する。
【0027】
また、カソード材料10の放電面10aの中心Cに近い部分では、中心方向C1と磁力線Y3とのなす角度を角度θ3とすると、角度θ3が鋭角となるような磁力線Y3が発生する。
【0028】
また、図5において、放電面10aに垂直であって、カソード材料10の内側から外側に向かう向きを基材方向C2とする。カソード材料10の外周面10bでは、基材方向C2と磁力線Y4とのなす角度を角度θ3とすると、角度θ4が鋭角となるような磁力線Y4が発生する。
【0029】
以上のように磁界Gが発生した場合、放電面10aの最外周部付近の各点では、角度θ1が鋭角である磁力線(例えば、磁力線Y1)が発生する。また、放電面10aの中央部付近の各点では、角度θ3が鋭角である磁力線(例えば、磁力線Y3)が発生する。また、放電面10aの外側の外周面10b上の各点では、放電面10aとのなす角度が90°を超える鈍角な磁力線(例えば、磁力線Y4)が発生する。これにより、磁界Gが発生した場合、放電面10aの周囲を囲むように磁力線が発生する。
【0030】
アーク放電AKがカソード材料10の放電面10aとトリガ電極TEとの間に生じると、放電面10aの最外周部付近において、アーク放電AKのアークは、このような磁力線の影響を受ける。アークスポットは、磁界が鋭角となる方向へと移動する性質を持つ。これにより、アークスポットは、例えば、磁力線Y1と磁力線Y3とに挟まれた範囲内に留まろうとして、放電面10a上にのみ順次形成されて、外周面10b上には形成されない。換言すれば、アークスポットは外周面10bに移動することなく、放電面10aに留まって放電面10aの内側を広い範囲で順次形成されて移動することとなる。
【0031】
これにより、カソード材料10の放電面10aでは、アーク放電AKのアークスポットによって放電面10aにおいてカソード材料10の蒸発物が生じて、当該蒸発物は、図4に矢印Kにて示すように、飛散して、金属部材Hの表面上に堆積される。この結果、カソード材料10をより効率的に利用することができ、皮膜12、22をより効率よく成膜することができる。
【0032】
詳細には、アークスポットの移動が遅いと、アークスポットが深く溶融し、溶けたカソード材料10が飛沫になって飛散する。これをドロップレットあるいはマクロ・パーティクルと呼ぶ(以後「粗大粒子」と総称する)。飛散した粗大粒子が被処理物(例えば、金型の表面)に成長する皮膜の中に取り込まれると、皮膜中の欠陥になるため望ましくない。例えば、特許6074573号に開示のアーク蒸発源では、放電面の中をアークスポットが高速で移動するようにカソード背面で磁石を動かす方法が提案されている。そうすることによってアークスポットの移動速度を上げ、粗大粒子の飛散を減らし、粗大粒子が成長中の皮膜の中に取り込まれることを防ぐことができる。
【0033】
また、このような蒸発源を用いることで、蒸発した粒子のサイズが細かくなり、且つイオン化率が高くなる。イオン化率とは一般的に蒸発した粒子のうち帯電している粒子の個数比率のことを言う。更に、蒸発粒子が小さいほどイオン化率は高いものとここでは定義する。アークスポットが高速で移動することで蒸発粒子が小さくなり、結果的にイオン化率が高くなる。イオン化率の高い蒸発物が、バイアス電圧を印加された基材に引き付けられることにより、成長中の皮膜がより強いイオン衝撃を受けながら成長する。
【0034】
これらの結果として、本開示では、結晶子のサイズが均一に小さく、結晶格子の歪みが大きい皮膜12、22を金属部材H(基材11、21)の表面に成膜することができる。
【0035】
<X線回析分析の結果>
本開示の発明者等は、皮膜12、22をそれぞれ形成した金型1、2の表面についての、X線回析分析を実施した。このX線回折分析においては、X線回折装置(XRD;X‐Ray Diffraction)として、Bruker AXS製、D8 DISCOVERが用いられた。また、測定条件は、下記の通りである。
走査軸:2θ-θ、
X線源:Cu-Kα線、
検出器:1次元検出器、
管電圧:40kV、
管電流:40mA、
ステップ:0.03°、
積算時間:0.3秒(1サンプルに対する1測定、20分程度)、及び
スキャン範囲(2θ):10°~120°
【0036】
本実施形態の金型1、2では、その皮膜12、22に対して、上記X線回析分析を行った場合に、ピークが33.3°~35.5°の範囲内である、第1の回折線と、ピークが37.5°~41.5°の範囲内である、第2の回折線と、ピークが72.5°~75.5°の範囲内である、第3の回折線の全ての回折線が検出された。また、特に第3の回折線のピークは73°~75°の範囲内である。このように、皮膜12、22は、X線回析分析において、上記第1~第3の回折線が含まれることにより規定される特定の組成、配向性の結晶子を含む構造を有する膜であった。
【0037】
一方、本実施形態の3つの回折線を含まない、すなわち上記のうち2つあるいはひとつの回折線だけからなる皮膜は、特定の結晶方位への成長が支配的である場合に該当する。特定方位への成長は結晶子が大きくなりやすく、本実施形態の狙いから外れる。適度にランダムな方位への成長を伴うことによって、結晶子が小さくなることが本実施形態の特徴例である。
【0038】
また、上記第1の回折線の半値幅が0.5°~2.0°の範囲内であり、上記第2の回折線の半値幅が1.0°~4.0°の範囲内であり、上記第3の回折線の半値幅が1.6°~5.0°の範囲内であった。このように皮膜12、22は、各回折線において半値幅が非常に広く、非常に微小な結晶子を含んで構成される膜であった。
【0039】
ここで、本実施形態の皮膜12、22及びこれを用いた金型1、2において、適度に微細な結晶子からなり強靭な性質を有していることについて具体的に検証する。X線回折における、回折線の半値幅は、結晶子サイズ及び格子歪みに対して、下記の関係を有することが知られている。すなわち、結晶子サイズは、半値幅に反比例する。また、格子歪みは一般に、サイズが小さい結晶子の結合体として生成された膜において、大きいことが知られている。本実施形態では、第1~第3の各回折線において、半値幅の範囲内の値は、上記のように、比較的大きい値を有する。
【0040】
このため、本実施形態では、後述するように、結晶子サイズは小さく、さらに、格子歪みは大きい。このように、本実施形態では、皮膜12、22は微細な結晶子からなり、プレストレスト・コンクリートのように、材料内部の圧縮残留応力によって、比較的大きい格子歪みが生じている。このため、本実施形態の皮膜12、22は、単結晶あるいはサイズの大きい結晶子から構成される膜において生じる、へき開を伴う損傷を起こしにくい、強靭な膜となり、さらに、金型1、2の表面保護膜として利用した場合に優れた保護効果、つまり耐摩耗性を効果的に発揮することができる。また、皮膜12、22は、上記従来例と異なり、チタン系材料に含まれたチタンと上記皮膜とが化学的に反応してチタンがその表面に凝着する可能性を大幅に低減することが可能となる。このため、金型1、2は、チタン系材料などの金属材料を加工する場合でも、その加工に適したものとすることができる。
【0041】
なお、第1~第3の各回折線において、半値幅が対応する範囲の上限値を超えると、結晶子サイズがより小さくなる。このため、皮膜では、小さな結晶の集合体から結晶ではない構造、すなわち非晶質へと近づく。このような非晶質の材料は、ガラスに代表されるように亀裂が一気に進展する傾向が強く、皮膜の強靭さは失われる。一方、本実施形態では、第1~第3の各回折線において、半値幅が対応する範囲の上限値以下であるので、適度に大きい結晶子サイズを有する皮膜が構成されて、非晶質となるのを抑えて、強靭さを確保することができる。
【0042】
また、第1~第3の各回折線において、半値幅が対応する範囲の下限値を下回ると、結晶子サイズがより大きくなる。このため、皮膜では、一つ一つの結晶が持つ、単結晶特有の脆弱さ、つまり、へき開し易さが顕著に現れるようになる。一方、本実施形態では、第1~第3の各回折線において、半値幅が対応する範囲の下限値以上であるので、結晶子サイズが過度に大きくなるのを抑えて、へき開し易さが現れるのを抑制することができる。さらに、本実施形態では、皮膜12、22において、適度なサイズの結晶子であることは結晶子同士が接する結晶粒界が適度に存在することにもつながり、亀裂の進展が結晶粒界によって妨げられ、皮膜12、22の強靭さを向上させることができる。
【0043】
<実施例>
以下、本開示を実施例に基づいてより具体的に説明する。なお、実施例においては、本開示品として、下記実施例1及び実施例2を用意した。しかしながら、本開示は下記の実施例1及び実施例2のみに制限されるものではない。また、比較品として、下記比較例1~比較例4を用意した。
【0044】
(実施例1)
SKH51からなる基材に対して、図3に示した製造方法により、厚さ1.5μmを有する、タングステンと炭素とを主成分の皮膜を形成して、実施例1の金型を作成した。
【0045】
(実施例2)
SKH51からなる基材に対して、図3に示した製造方法により、厚さ2.8μmを有する、タングステンと炭素とを主成分の皮膜を形成して、実施例1の金型を作成した。
【0046】
(実施例1のX線回析分析の結果)
図6は、実施例1の皮膜についての、X線回析分析の結果を示すグラフである。図7は、図6のグラフにおける、第1の回折線、第2の回折線、及び第3の回折線を示す拡大図である。
【0047】
図6に示すように、実施例1では、回折角2θについて、図7の符号701に示すピークが33.3°~35.5°、37.5°~41.5°、及び72.5°~75.5°において、第1の回折線K11、第2の回折線K21、及び第3の回折線K31がそれぞれ検出された。
【0048】
詳細には、図7の符号701に示すように、第1の回折線K11は、33.3°~35.5°の範囲内のピークを有していることがわかった。なお、この第1の回折線K11の最大強度である、314のピークの数値は、33.95°であった。また、この第1の回折線K11の半値幅の実測値は、0.73であった。
【0049】
また、図7の符号702に示すように、第2の回折線K21は、37.5°~41.5°の範囲内のピークを有していることがわかった。なお、この第2の回折線K21の最大強度である、3163のピークの数値は、39.30°であった。また、この第2の回折線K21の半値幅の実測値は、1.56であった。
【0050】
また、図7の符号703に示すように、第3の回折線K31は、72.5°~75.5°の範囲内のピークを有していることがわかった。なお、この第3の回折線K31の最大強度である、679のピークの数値は、74.01°であった。また、この第3の回折線K31の半値幅の実測値は、1.72であった。
【0051】
(実施例2のX線回析分析の結果)
図8は、実施例2の皮膜における、X線回析分析の結果を示すグラフである。図9は、図8のグラフにおける、第1の回折線、第2の回折線、及び第3の回折線を示す拡大図である。
【0052】
図8に示すように、実施例2では、実施例1と同様に、回折角2θ、つまりピークが34°付近、39°付近、及び74°付近において、第1の回折線K12、第2の回折線K22、及び第3の回折線K32がそれぞれ検出された。
【0053】
詳細には、図9の符号901に示すように、第1の回折線K12は、33.3°~35.5°の範囲内のピークを有していることがわかった。なお、この第1の回折線K12の最大強度である、1172のピークの数値は、33.98°であった。また、この第1の回折線K12の半値幅の実測値は、0.57であった。
【0054】
また、図9の符号902に示すように、第2の回折線K22は、37.5°~41.5°の範囲内のピークを有していることがわかった。なお、この第2の回折線K22の最大強度である、1478のピークの数値は、39.05°であった。また、この第2の回折線K22の半値幅の実測値は、1.25であった。
【0055】
また、図9の符号903に示すように、第3の回折線K32は、72.5°~75.5°の範囲内のピークを有していることがわかった。なお、この第3の回折線K32の最大強度である、1429のピークの数値は、73.92°であった。また、この第3の回折線K32の半値幅の実測値は、1.70であった。
【0056】
(基材11、21のX線回析分析の結果)
図10は、基材についての、X線回析分析の結果を示すグラフである。
【0057】
図10に示すように、基材に対するX線回析分析の結果には、回折角が45°付近の回折線が強く現れることが分かった。よって、図6及び図8における、45°付近の回折線は、基材由来であることが判明した。また、図6または図8に示した上記第1~第3の各回折線は、基材からは検出されておらず、これら第1~第3の各回折線は、本開示の皮膜由来であることが確かめられた。さらに、図10と、図6及び図8とから明らかなように、実施例2に比べて、膜厚が小さい実施例1において、基材の影響がX線回析分析の結果に現れていることが確認された。
【0058】
(回折強度の結果)
次に、図11図13を用いて実施例1及び実施例2における回折強度の結果について具体的に説明する。図11は、実施例1及び実施例2における、各回折線の回折強度の最大値を示す表である。図12は、実施例1及び実施例2における、第2の回折線の最大強度に対する各回折線の最大強度の比を示す表である。図13は、実施例1及び実施例2における、第2の回折線の最大強度に対する各回折線の最大強度の比を説明するグラフである。尚、回折線の最大強度とは、回折線のピーク強度とも称される。
【0059】
図11に示すように、実施例1の回折強度は、ピークが34°付近の第1の回折線、ピークが39°付近の第2の回折線、及びピークが74°付近の第3の回折線において、それぞれ314、3160、及び695であった。また、実施例2の回折強度は、ピークが34°付近の第1の回折線、ピークが39°付近の第2の回折線、及びピークが74°付近の第3の回折線において、それぞれ1172、1478、及び1429であった。
【0060】
実施例1及び実施例2において、ピークが39°付近の第2の回折線の最大強度に対する上記第1の回折線及び第3の回折線の相対強度は、図12及び図13に示されるものとなった。すなわち、図12及び図13の符号1501に示すように、実施例1では、第2の回折線の最大強度に対する第1の回折線及び第3の回折線の相対強度は、それぞれ10%及び22%であった。また、図12及び図13の符号1502に示すように、実施例2では、第2の回折線の最大強度に対する第1の回折線及び第3の回折線の相対強度は、それぞれ79%及び97%であった。
【0061】
このように、本開示では、第2の回折線の最大強度に対する第3の回折線の最大強度の比は、20%以上であることが確認された。つまり、本開示では、第3の回折線が著しく現れることが確認された。
【0062】
(半値幅と結晶子サイズ)
次に、図14及び図15を用いて実施例1、実施例2、及び本開示の半値幅と結晶子サイズについて具体的に説明する。図14は、実施例1及び実施例2の半値幅の実測値と、実施例1及び実施例2の結晶子サイズの計算値とを示す表である。図15は、本開示の半値幅の上限値及び下限値と、上限値及び下限値の各結晶サイズの計算値とを示す表である。
【0063】
実施例1及び実施例2において、第1の回折線、第2の回折線、及び第3の回折線での各半値幅の実測値は、図14に示す値となった。また、結晶子サイズ(nm)は、下記(1)式を用いて、求めることができる。
【0064】
L = Kλ/(βcosθ) ----(1)式
【0065】
ここで、上記(1)式は、P.Scherrerによる式であり、結晶子サイズ(結晶子径)Lは、ピークの広がりを強度半分の所に相当する2θ(半値幅、β)で表すと、上記(1)式の関係を満たす。また、(1)式において、Kは定数であり、P.Scherrerによると、その値は0.9である。また、λの値は、1.5418(オングストローム)である。
【0066】
実施例1及び実施例2において、上記(1)式を用いて、計算した第1の回折線、第2の回折線、及び第3の回折線での各結晶子サイズは、図14に示す値となった。
【0067】
さらに、本開示の皮膜12、22では、上述したように、第1の回折線、第2の回折線、及び第3の回折線での各半値幅の上限値及び下限値は、図15に示す値に設定されている。そして、これらの上限値及び下限値を用いて、第1の回折線、第2の回折線、及び第3の回折線での各結晶子サイズを計算すると、図15に示す計算値となった。つまり、本開示の皮膜12、22では、結晶子サイズは、最大で20数nm、最小で2nmとなることが実証された。このように本開示の皮膜12、22は、非常に微細な結晶子からなる膜であることが確認された。
【0068】
(比較例1)
SKH51からなる基材に対して、従来のアーク蒸発源(例えば、特許文献1に記載のアーク蒸発源)を用いた製造方法により、厚さ1.5μmを有する、タングステンと炭素とを主成分の皮膜を形成して、比較例1の金型を作成した。
【0069】
(比較例1のX線回折分析の結果)
比較例1においては、ピークが36.0°、61.5°、及び73.0°において、回折線H31、回折線H32、及び回折線H33がそれぞれ検出された。回折線H31の半値幅の実測値は、4.2°であり、ピーク強度は、4300であった。回折線H32の半値幅の実測値は、3.3°であり、ピーク強度は、300であった。回折線H33の半値幅の実測値は、4.2°であり、ピーク強度は、500であった。
【0070】
(本開示と比較例1との対比)
実施例1及び実施例2に例示した本開示は、比較例1とピークの位置及び半値幅が異なることが確認された。具体的にいえば、比較例1は、本開示よりも半値幅が大きすぎるという点、本開示とはピークの位置が異なる点が確認された。また、これにより、比較例1では、結晶子サイズが比較的細かいが、皮膜の組織が粗いものであり、本開示の皮膜に比べて、ち密さに劣り、摩耗しやすいことが確かめられた。
【0071】
また、上記特許文献1に記載の比較例1のように、本開示と異なり、カソード材料の背面側に所定角度で配置した磁界発生部からの磁界を発生させた状態とせずに、カソード材料によって皮膜を形成した場合、当該皮膜は、特許文献1に記載された従来のアーク蒸発源を使用したことで、アークスポットの移動速度が遅いことによって発生した粗大粒子が膜に取り込まれていた。このため、比較例1では、皮膜の組織が粗く、ち密さが劣ることになったものと確認された。
【0072】
(比較例2)
SKH51からなる基材に対して、炭化タングステン(WC)からなるターゲットを用いたスパッタリング法により、300℃以下の基材温度で、厚さ1.5μmを有する、タングステンと炭素とを主成分の皮膜を形成して、比較例2の金型を作成した。
【0073】
(比較例2のX線回折分析の結果)
比較例2においては、ピークが36.0°において、回折線H41が検出された。回折線H41の半値幅の実測値は、4.0°であり、ピーク強度は、1000であった。
【0074】
(本開示と比較例2との対比)
実施例1及び実施例2に例示した本開示は、比較例2とピークの位置及び半値幅が異なることが確認された。また、比較例2では、結晶子サイズが比較的細かいが、皮膜は非晶質に近い膜であり、本開示の皮膜に比べて、脆く摩耗し易いことが確かめられた。
【0075】
(比較例3)
SKH51からなる基材に対して、炭化タングステン(WC)からなるターゲットを用いたスパッタリング法により、400℃の基材温度で、厚さ1.5μmを有する、タングステンと炭素とを主成分の皮膜を形成して、比較例3の金型を作成した。
【0076】
(比較例3のX線回折分析の結果)
比較例3においては、ピークが37.0°、42.0°、62.0°、及び74.0°において、回折線H51、回折線H52、回折線H53、及び回折線H54がそれぞれ検出された。回折線H51の半値幅の実測値は、2.5°であり、ピーク強度は、5000であった。回折線H52の半値幅の実測値は、3.0°であり、ピーク強度は、3000であった。回折線H53の半値幅の実測値は、3.3°であり、ピーク強度は、2000であった。回折線H54の半値幅の実測値は、3.5°であり、ピーク強度は、2500であった。
【0077】
(本開示と比較例3との対比)
実施例1及び実施例2に例示した本開示は、比較例3とピークの位置及び半値幅が異なることが確認された。また、比較例3では、結晶子サイズが比較的細かいが、皮膜は非晶質に近い膜であり、本開示の皮膜に比べて、脆く摩耗し易いことが確かめられた。
【0078】
(比較例4)
SKH51からなる基材に対して、コバルト(Co)を約12重量%含有する粉末を用いた溶射法により、厚さ1.5μmを有する、タングステンと炭素とを主成分の皮膜を形成して、比較例4の金型を作成した。
【0079】
(比較例4のX線回折分析の結果)
比較例4においては、ピークが31.5°、35.6°、48.3°、及び64.0°において、回折線H61、回折線H62、回折線H63、及び回折線H64がそれぞれ検出された。回折線H61の半値幅の実測値は、1.0°であり、ピーク強度は、2000であった。回折線H62の半値幅の実測値は、1.3°であり、ピーク強度は、5000であった。回折線H63の半値幅の実測値は、1.5°であり、ピーク強度は、4000であった。回折線H64の半値幅の実測値は、2.0°であり、ピーク強度は、1200であった。
【0080】
(本開示と比較例4との対比)
実施例1及び実施例2に例示した本開示は、比較例4とピークの位置が異なることが確認された。また、比較例4では、結晶子サイズが比較的大きく、本開示の皮膜に比べて、焼き付きを生じ易いことが確かめられた。
【0081】
〔まとめ〕
上記の課題を解決するために、本開示の第1態様の皮膜は、金属部材の表面に形成された、タングステンと炭素とを主成分とする皮膜であって、前記皮膜の、Cu-Kα線をX線源に用いたθ-2θ法のX線回析分析において、ピークが33.3°~35.5°の範囲内で、半値幅が0.5°~2.0°の範囲内である、第1の回折線と、ピークが37.5°~41.5°の範囲内で、半値幅が1.0°~4.0°の範囲内である、第2の回折線と、ピークが72.5°~75.5°の範囲内で、半値幅が1.6°~5.0°の範囲内である、第3の回折線の、いずれもが検出される。
【0082】
上記構成によれば、チタン系材料などの金属材料を加工する場合でも、損傷が発生するのを抑えることが可能な皮膜を提供することができる。すなわち、本開示の発明者等は、タングステンと炭素とを主成分とする皮膜において、上記のX線回析分析の結果として、第1の回折線、第2の回折線、及び第3の回折線のいずれもが検出されるように構成することにより、適度に微細な結晶子からなり強靭な皮膜を成膜できることを見出した。本開示は、この所見に基づいて完成されたものであり、皮膜がチタン系材料などの金属材料に直接的に接触して所定の金属加工を行う場合でも、当該皮膜にへき開や亀裂などの損傷の発生を抑制することができる。
【0083】
第2態様の皮膜は、第1態様の皮膜において、前記第3の回折線のピークが73.0°~75.0°の範囲内であってもよい。
【0084】
上記構成によれば、第3の回折線のピークを狭い範囲内とすることにより、チタン系材料などの金属材料を加工する場合でも、損傷が発生するのをより確実に抑えることが可能な皮膜を提供することができる。
【0085】
第3態様の皮膜は、第1態様または第2態様の皮膜において、前記第2の回折線の最大強度に対する前記第3の回折線の最大強度の比は、20%以上であってもよい。
【0086】
上記構成によれば、第3の回折線の、第2の回折線の最大強度に対する相対強度を20%以上としているので、チタン系材料などの金属材料を加工する場合でも、損傷が発生するのをより確実に抑えることが可能な皮膜を提供することができる。
【0087】
本開示の第4態様の金型は、基材と、前記基材の表面を覆うように形成された皮膜と、を備え、前記皮膜の、Cu-Kα線をX線源に用いたθ-2θ法のX線回析分析において、ピークが33.3°~35.5°の範囲内である、第1の回折線と、ピークが37.5°~41.5°の範囲内である、第2の回折線と、ピークが72.5°~75.5°の範囲内である、第3の回折線の、いずれもが検出される。
【0088】
上記構成によれば、チタン系材料などの金属材料を加工する場合でも、損傷が発生するのを抑えることが可能な金型を提供することができる。すなわち、本開示の発明者等は、基材と、基材の表面を覆うように形成された皮膜と、を備えた金型において、皮膜に対する上記のX線回析分析の結果として、第1の回折線、第2の回折線、及び第3の回折線のいずれもが検出されるように構成することにより、適度に微細な結晶子からなり強靭な皮膜を備えた金型を構成することができることを見出した。本開示は、この所見に基づいて完成されたものであり、金型がチタン系材料などの金属材料に直接的に接触して所定の金属加工を行う場合でも、金型の皮膜にへき開や亀裂などの損傷の発生を抑制することができる。
【0089】
第5態様の金型は、第4態様の金型において、前記第1の回折線の半値幅が0.5°~2.0°の範囲内であり、前記第2の回折線の半値幅が1.0°~4.0°の範囲内であり、前記第3の回折線の半値幅が1.6°~5.0°の範囲内であってもよい。
【0090】
上記構成によれば、第1の回折線、第2の回折線、及び第3の回折線において、各々半値幅の範囲が規定されているので、金型の皮膜の結晶子のサイズを適度に微細なサイズとすることができて、当該皮膜の強靭さを確実に向上させることができる。この結果、金型がチタン系材料などの金属材料に直接的に接触して所定の金属加工を行う場合でも、金型の皮膜にへき開や亀裂などの損傷の発生をより確実に抑制することができる。
【0091】
第6態様の金型は、第4態様または第5態様の金型において、前記第2の回折線の最大強度に対する前記第3の回折線の最大強度の比は、20%以上であってもよい。
【0092】
上記構成によれば、第3の回折線の、第2の回折線の最大強度に対する相対強度を20%以上としているので、チタン系材料などの金属材料を加工する場合でも、損傷が発生するのをより確実に抑えることが可能な金型を提供することができる。
【0093】
第7態様の金型は、第4態様から第6態様のいずれかの態様の金型において、チタン系材料に対して、所定の成形加工を施してもよい。
【0094】
上記構成によれば、チタン系材料に対する所定の成形加工を施した場合でも、金型に損傷が生じるのを抑えることができる。
【0095】
本開示の一側面に係る金型の製造方法は、上記金型を製造する、金型の製造方法であって、真空容器内において、炭化タングステンからなるカソード材料に対向するように前記基材をテーブルに保持し、前記テーブルに対して、所定のバイアス電圧を印加するとともに、前記カソード材料の背面側に配置した磁界発生部から、前記カソード材料に対して磁界を発生させた状態で、前記カソード材料に所定の電流を通電することによって前記カソード材料からのアーク放電を生じさせて、前記基材の表面に前記皮膜を形成する。
【0096】
上記構成によれば、金型の基材が配置されたテーブルに対して、所定のバイアス電圧が印加される。さらに、炭化タングステンからなるカソード材料に対して、その背面側に配置した磁界発生部からの磁界を発生させた状態で、当該カソード材料に対して、所定の電流を通電することによってアーク放電を開始する。これにより、結晶子のサイズが均一に小さく、高いイオン化率によって成膜された膜材料の結晶格子の歪みが大きい皮膜を基材の表面に成膜することができる。この結果、チタン系材料などの金属材料を加工する場合でも、損傷が発生するのを抑えることが可能な金型を提供することができる。
【0097】
本開示は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、実施形態に開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本開示の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0098】
1、2 金型
11、21、H 基材
12、22 皮膜
K11、K12 第1の回折線
K21、K22 第2の回折線
K31、K32 第3の回折線
31 真空容器
St テーブル
10 カソード材料
Mg 永久磁石(磁界発生部)
G 磁界
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15