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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024034221
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】物質生産装置および物質生産方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/14 20060101AFI20240306BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
C12M1/14
C12M1/00 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022138323
(22)【出願日】2022-08-31
(71)【出願人】
【識別番号】593165487
【氏名又は名称】学校法人金沢工業大学
(71)【出願人】
【識別番号】000201733
【氏名又は名称】曽田香料株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】小田 忍
(72)【発明者】
【氏名】山上 康寿
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029AA04
4B029BB06
4B029CC02
4B029DA10
4B029DG08
4B029GB05
4B029HA05
4B029HA09
(57)【要約】
【課題】微生物を用いた物質生産技術において標的生産物の生産効率を向上させる。
【解決手段】物質生産装置1は、親水性媒体を含む水層12、疎水性の有機溶媒を含む有機層14、ならびに水層12および有機層14の界面で増殖する微生物を含む微生物層16を収容し、微生物が生産する物質を有機溶媒に溶出させる反応槽2と、反応槽2から有機溶媒が流入し、有機溶媒中の物質を吸着する吸着材18を含む吸着槽4とを備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
親水性媒体を含む水層、疎水性の有機溶媒を含む有機層、ならびに前記水層および前記有機層の界面で増殖する微生物を含む微生物層を収容し、前記微生物が生産する物質を前記有機溶媒に溶出させる反応槽と、
前記反応槽から前記有機溶媒が流入し、前記有機溶媒中の前記物質を吸着する吸着材を含む吸着槽と、を備える、
物質生産装置。
【請求項2】
前記有機溶媒は、前記物質よりも極性が低く、
前記吸着材は、前記極性の違いに基づいて前記物質を選択的に吸着する、
請求項1に記載の物質生産装置。
【請求項3】
前記反応槽および前記吸着槽をつなぐ往路および復路を含む循環流路と、
前記循環流路に接続され、前記往路を介した前記反応槽から前記吸着槽への前記有機溶媒の流れ、および前記復路を介した前記吸着槽から前記反応槽への前記有機溶媒の流れを生じさせる循環ポンプと、を備える、
請求項1または2に記載の物質生産装置。
【請求項4】
親水性媒体を含む水層および疎水性の有機溶媒を含む有機層の界面で増殖する微生物を用いて物質を生産し、
当該物質を前記有機溶媒に溶出させ、
吸着材を含む吸着槽に前記有機溶媒を移動させ、前記吸着材に前記有機溶媒中の前記物質を吸着させることを含む、
物質生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を用いた物質生産装置および物質生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、親水性担体と有機液層との界面で増殖する微生物を用いて基質を有用物質に変換し、この有用物質を有機液層中に蓄積させるバイオリアクターが開示されている。
【0003】
また、上述した微生物の代謝経路を利用して、微生物が生産する代謝物、例えば脂肪酸等の一次代謝物や抗生物質、抗ガン活性物質等の二次代謝物を有用物質として有機液層中に蓄積させるバイオファーメンターも知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平5-91878号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは、上述したバイオリアクターやバイオファーメンターといった微生物を用いた物質生産技術について鋭意検討を重ね、標的とする生産物の生産効率を向上させる技術を見出した。
【0006】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、微生物を用いた物質生産技術において標的生産物の生産効率を向上させる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様は、物質生産装置である。この装置は、親水性媒体を含む水層、疎水性の有機溶媒を含む有機層、ならびに水層および有機層の界面で増殖する微生物を含む微生物層を収容し、微生物が生産する物質を有機溶媒に溶出させる反応槽と、反応槽から有機溶媒が流入し、有機溶媒中の物質を吸着する吸着材を含む吸着槽と、を備える。
【0008】
本発明の他の態様は、物質生産方法である。この方法は、親水性媒体を含む水層および疎水性の有機溶媒を含む有機層の界面で増殖する微生物を用いて物質を生産し、当該物質を有機溶媒に溶出させ、吸着材を含む吸着槽に有機溶媒を移動させ、吸着材に有機溶媒中の物質を吸着させることを含む。
【0009】
なお、以上の構成要素の任意の組み合わせや、本発明の構成要素や表現を方法、装置、システムなどの間で相互に置換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、微生物を用いた物質生産技術において標的生産物の生産効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施の形態に係る物質生産装置の模式図である。
図2】標的生産物の回収結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一又は同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項中に「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合には、この用語はいかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するためのものである。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0013】
図1は、実施の形態に係る物質生産装置1の模式図である。物質生産装置1は、反応槽2と、吸着槽4と、循環流路6と、循環ポンプ8と、制御部10とを備える。図1に示す物質生産装置1は、6つの反応槽2と1つの吸着槽4とを備えるが、特にこの構成に限定されない。反応槽2は1つ、または6つ以外の複数でもよい。また、複数の反応槽2を積層して反応槽塔を形成し、複数の反応槽塔を並列に設置してもよい。これにより物質生産装置1のスケールアップが可能である。また、吸着槽4は複数でもよい。
【0014】
各反応槽2は、バイオリアクターまたはバイオファーメンターとして機能する。各反応槽2は、水層12、有機層14および微生物層16を収容する。水層12は、親水性媒体を含む。使用可能な親水性媒体としては、公知の界面バイオリアクターや界面バイオファーメンターに使用可能なものであれば特に制約はなく、水が例示される。また、水層12には微生物の栄養源が添加される。当該栄養源は、使用する微生物に応じて適宜選択することができる。
【0015】
微生物層16は、水層12および有機層14の界面で増殖する微生物を含む。使用可能な微生物としては、公知の界面バイオリアクターや界面バイオファーメンターに使用可能なものであれば特に制限はなく、Aspergillus属、Penicillium属、Trichoderma属、Talaromyces属等の糸状菌;Saccharomyces属、Rhodotorula属、Pichia属等の酵母;Streptomyces属、Rhodococcus属等の放線菌;Bacillus属、Pseudomonas属、Lactobacillus属等の細菌が例示される。
【0016】
有機層14は、疎水性の有機溶媒を含む。有機溶媒は、微生物層16に含まれる微生物が生産する物質(以下では適宜、生産物ともいう)よりも極性が低い。このような有機溶媒としては、n-デカン、n-ドデカン、n-トリデカン等のノルマルアルカン類;KF-96L-1CS(信越化学工業株式会社製)、KF-96L-1.5CS(信越化学工業株式会社製)等の低粘性シリコーンオイル;ジ-n-ヘキシルエーテル、ジイソアミルエーテル等の中鎖脂肪族エーテル類;リモネン、α-ピネン等の低毒性テルペン類といった、非極性~微極性の有機溶媒が例示される。なお、リモネンやα-ピネンは、微生物変換の基質にもなり得る。反応槽2をバイオリアクターとして用いる場合、微生物変換の基質を高濃度で有機層14に溶解させることになる。この場合、界面における毒性緩和現象に基づいて、投入する基質の毒性を回避しつつ(Oda S and Ohta H, Biosci. Biotech. Biochem., 56, 1515-1517 (1992))、極めて高い基質濃度を設定可能である(Oda S and Ohta H, Biosci. Biotech. Biochem., 56, 2041-2045 (1992))。
【0017】
反応槽2は、微生物層16中の微生物が生産する物質を有機層14中の有機溶媒に溶出させる。反応槽2がバイオリアクターとして機能する場合、微生物は、基質を有用物質に変換して有機溶媒中に放出する。また、反応槽2がバイオファーメンターとして機能する場合、微生物は、代謝物を生産して有機溶媒中に放出する。これらにより、標的生産物としての微生物変換産物や微生物代謝物が有機溶媒中に蓄積していく。好ましくは、微生物の生産物は、微生物体内の親水性環境や水層12の親水性媒体よりも有機層14の有機溶媒に溶けやすい物質である。
【0018】
また、本実施の形態の生産物は、有機層14中の有機溶媒よりも極性が高い。また生産物は、例えば微極性から中極性である。「微極性から中極性」とは、疎水性の指標であるLogP値が1.0以上7.0以下であることを意味する。LogP値は、水と1-オクタノールとの間の分配係数の常用対数値である。標的とする生産物は、反応槽2がバイオリアクターとして機能する場合、δ-ラクトン類、γ-ラクトン類等の飽和ラクトン類;ベルベノン、α-ピネンオキシド、リモネンオキシド、β-カリオフィレンオキシド等のテルペン類;11β-ヒドロキシプロゲステロン等のヒドロキシステロイド類;1-アンドロステン-3,17-ジオン等のアンドロステンジオン類が例示される。また、標的とする生産物は、反応槽2がバイオファーメンターとして機能する場合、6-ペンチル-α-ピロン(6PP)、マッソイアラクトン等の不飽和ラクトン類;スクレロチオリン、モナスカス色素等の生物活性二次代謝物が例示される。モナスカス色素としては、モナシン、ルブロパンクタチン等が例示される。
【0019】
上述の飽和ラクトン類、テルペン類、不飽和ラクトン類は、香料原料として利用可能である。上述のヒドロキシステロイド類、アンドロステンジオン類、は、医薬品原料として利用可能である。上述の生物活性二次代謝物は、医薬用生物活性物質として利用可能である。例えば、上述のモナスカス色素は、抗ガン活性物質、高脂血症治療物質、抗菌活性物質、抗ウイルス活性物質、抗肥満活性物質、抗炎症活性物質、抗アルツハイマー活性物質、高血圧症治療物質、免疫抑制物質等として利用可能である。
【0020】
なお、反応槽2は、固/液界面タイプであってもよいし、液/液界面タイプであってもよい。固/液界面タイプの反応槽2は、寒天等の親水性ゲルで構成される水層12と、親水性ゲル上で増殖した微生物で構成される微生物層16と、微生物層16を覆う疎水性有機溶媒で構成される有機層14とを有する。また、液/液界面タイプの反応槽2は、液体培地で構成される水層12と、液体培地の表面に浮遊し微生物を担持する中空微粒子で構成される微生物層16と、微生物層16を覆う疎水性有機溶媒で構成される有機層14とを有する。
【0021】
吸着槽4は、反応槽2および吸着槽4をつなぐ循環流路6を介して、反応槽2に接続される。吸着槽4には、反応槽2から有機溶媒が流入する。循環流路6は、往路6aおよび復路6bを含む。往路6aおよび復路6bは、それぞれの一端が反応槽2に接続され、それぞれの他端が吸着槽4に接続される。循環流路6は、チューブや配管等の公知の流路形成構造で構成することができる。循環流路6には、循環ポンプ8が接続される。循環ポンプ8は、一例として復路6bの途中に接続される。循環ポンプ8には、ペリスタルティックポンプやダイヤフラムポンプ等の公知のポンプを使用することができる。循環ポンプ8の駆動により、往路6aを介した反応槽2から吸着槽4への有機溶媒の流れ、および復路6bを介した吸着槽4から反応槽2への有機溶媒の流れが生じる。
【0022】
本実施の形態では、上述のように6つの反応槽2が積層されて反応槽塔が形成されている。往路6aは、上下に隣接する2つの反応槽2を互いに接続している。つまり、往路6aは、最上段の反応槽2と上から2段目の反応槽2とを接続する。また、上から2段目の反応槽2と上から3段目の反応槽2とを接続する。また、上から3段目の反応槽2と上から4段目の反応槽2とを接続する。また、上から4段目の反応槽2と上から5段目の反応槽2とを接続する。また、上から5段目の反応槽2と最下段の反応槽2とを接続する。また、往路6aは、最下段の反応槽2と吸着槽4とを接続する。反応槽2の各組みを接続する往路6aは、いわゆるオーバーフローラインを構成する。復路6bは、吸着槽4と最上段の反応槽2とを接続する。これにより、各反応槽2および吸着槽4が循環流路6で直列接続された、有機溶媒の循環ラインが形成される。
【0023】
最上段の反応槽2中の有機溶媒は、往路6a(オーバーフローライン)を介した自然流下により、順々に下段の反応槽2に移動していく。この過程で、各反応槽2内の生産物が有機溶媒とともに下段の反応槽2に移動していく。最下段の反応槽2に到達した有機溶媒は、往路6aを介した自然流下により吸着槽4に流入する。これにより、各反応槽2中の有機溶媒が吸着槽4に移動する。
【0024】
吸着槽4は、有機溶媒中の生産物を吸着する吸着材18を含む。本実施の形態の吸着材18は、有機溶媒および生産物の極性の違いに基づいて、生産物を選択的に吸着する。使用可能な吸着材18としては、例えば粒径が200μm~2000μm、好ましくは1000μm~2000μmのシリカゲル;Amberlite(登録商標)XAD-7(オルガノ社製)、Amberlyst(登録商標)200CT Na(オルガノ社製)等の合成吸着材が例示される。本実施の形態では、有機溶媒の極性が相対的に低く、生産物の極性が相対的に高く、吸着材18が生産物と同等に極性が高い。これにより、相対的に極性が高い生産物は吸着材18に吸着するが、相対的に極性が低い有機溶媒は吸着材18に吸着せずに吸着槽4から流出する。
【0025】
反応槽2から吸着槽4に有機溶媒が連続的に流入して、吸着材18が有機溶媒中の生産物を順次吸着していく。これにより、有機溶媒から生産物を回収することができる。吸着材18が生産物を有機溶媒から回収することで、有機溶媒中の生産物の濃度が低下する。生産物の濃度が低下した有機溶媒は、循環ポンプ8の駆動により、吸着槽4から復路6bを介して最上段の反応槽2に戻される。最上段の反応槽2に戻された有機溶媒は、再び各反応槽2を巡回していく。
【0026】
なお、本実施の形態では、往路6aを介した反応槽2から吸着槽4への有機溶媒の流れは、自然流下により生じている。しかしながら、この自然流下は、循環ポンプ8が吸着槽4から最上段の反応槽2に有機溶媒を汲み上げることで生じる。したがって、往路6aを介した反応槽2から吸着槽4への有機溶媒の流れも、循環ポンプ8の駆動により生じていると解釈できる。
【0027】
吸着槽4から最上段の反応槽2への有機溶媒の流入速度、つまり物質生産装置1における有機溶媒の循環速度は、オーバーフローラインにおける有機溶媒の流出速度の限界未満であれば特に制限はなく、微生物による生産物の生産速度や物質生産装置1の動作安定性等に応じて適宜設定することができる。
【0028】
吸着槽4に有機溶媒を所定時間流入させた後、この吸着槽4を新しい吸着槽4に交換することで、標的生産物を長期にわたって連続的に回収することができる。吸着材18が吸着した標的生産物は、例えば酢酸エチル等の極性溶媒を吸着槽4に流通させるといった公知の方法により、容易に回収することができる。この回収処理は、標的生産物の精製処理に相当する。したがって、本実施の形態の物質生産装置1によれば、標的生産物の生産および精製を容易に実施することができる。
【0029】
制御部10は、循環ポンプ8の駆動を制御する。制御部10は、ハードウェア構成としてはコンピュータのCPUやメモリをはじめとする素子や回路で実現され、ソフトウェア構成としてはコンピュータプログラム等によって実現されるが、図1では、それらの連携によって実現される機能ブロックとして描いている。この機能ブロックがハードウェアおよびソフトウェアの組合せによっていろいろなかたちで実現できることは、当業者には当然に理解されるところである。
【0030】
例えば物質生産装置1は、有機溶媒中の生産物の濃度を計測する濃度センサ(図示せず)を備える。濃度センサとしては、高速液体クロマトグラフ、ガスクロマトグラフ、分光光度計(例えば紫外~可視領域の吸光度を測定可能なもの)といった、公知の濃度測定手段を使用可能である。濃度センサの計測結果は、制御部10に送られる。制御部10は、濃度センサの計測結果に基づいて循環ポンプ8を駆動し、有機溶媒を循環させる。例えば、制御部10には、有機溶媒における生産物の濃度しきい値に関する情報が予め記憶されている。濃度しきい値は、設計者による実験やシミュレーションに基づき適宜設定することが可能である。
【0031】
制御部10は、濃度センサの計測結果から、有機溶媒における生産物の濃度が濃度しきい値に達したことを検知すると、循環ポンプ8の駆動を開始する。これにより、物質生産装置1の運転初期など、有機溶媒中の生成物の濃度が低い状況において、有機溶媒が無駄に循環されることを回避することができる。よって、物質生産装置1の消費電力を低減して生産物の生産効率を向上させることができる。
【0032】
なお、制御部10は、濃度センサの計測結果に基づくフィードバック制御ではなく、予め設定された固定の動作プログラムに基づいて循環ポンプ8を制御することもできる。また、循環ポンプ8は、作業者が手動で制御してもよい。この場合は、制御部10を省略することができる。
【0033】
以上説明したように、本実施の形態の物質生産装置1では、反応槽2に併設した吸着槽4が微生物の生産物を選択的に吸着して回収する。これにより、反応槽2内での生産物の過剰な蓄積を抑制することができる。よって、生産物により微生物の増殖や代謝活性が阻害を受ける生成物阻害を抑制することができる。また、生産物が毒性を有する場合には、生産物により微生物が死滅することを抑制することができる。また、微生物による生産物の分解も抑制することができる。したがって、標的生産物を効率よく生産することができる。また、低コスト且つ高純度で標的生産物を回収することができる。
【0034】
また、本実施の形態の物質生産装置1では、水に難溶もしくは不溶の生産物を有機溶媒中に溶出させることができる。よって、微生物中への生産物の蓄積を回避でき、過剰蓄積を避けるためのフィードバック阻害が生じることを抑制することができる。また、吸着槽4によって有機溶媒における生産物濃度を低下させることができる。これにより、微生物から有機溶媒への生産物の溶出を促進することができる。よって、標的生産物の生産効率を高めることができる。
【0035】
また、一般的な微生物の培養では、グルコースのような容易に代謝され得る炭素源が培地中に大量に存在する際に、標的とする発酵産物の生産が遺伝子レベルで抑制される現象、すなわちカタボライト抑制が生じることが知られている。カタボライト抑制を回避するためには、通常であれば発酵原料の濃度を低くせざるを得ない。これに対し、本実施の形態の物質生産装置1では、水層12および有機層14の界面で増殖する微生物を用いて有用物質を生産する界面培養法を採用している。界面培養法によれば、カタボライト抑制の発現を効果的に回避することができる(Oda S., et al., J. Biosci. Bioeng., 113, 742-745 (2012))。
【0036】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明した。前述した実施の形態は、本発明を実施するにあたっての具体例を示したものにすぎない。実施の形態の内容は、本発明の技術的範囲を限定するものではなく、請求の範囲に規定された発明の思想を逸脱しない範囲において、構成要素の変更、追加、削除等の多くの設計変更が可能である。設計変更が加えられた新たな実施の形態は、組み合わされる実施の形態および変形それぞれの効果をあわせもつ。前述の実施の形態では、このような設計変更が可能な内容に関して、「本実施の形態の」、「本実施の形態では」等の表記を付して強調しているが、そのような表記のない内容でも設計変更が許容される。以上の構成要素の任意の組み合わせも、本発明の態様として有効である。
【0037】
上述した実施の形態の変形例として、反応槽2の下流側且つ吸着槽4の上流側に脱水槽を設けてもよい。脱水槽には、乾燥剤として塩化カルシウム、硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム等の無水無機塩が充填される。有機溶媒がイソアミルエーテル等の微極性溶媒である場合、培地中の水分や各反応槽2の内壁に付着した水滴等が微量ながら有機溶媒に混入し得る。水の混入した有機溶媒が吸着槽4に流入すると、生産物よりも優先的に水が吸着材18に吸着されてしまう。この結果、吸着材18による有機溶媒からの生産物の回収や、吸着材18からの生産物の抽出・回収が阻害され得る。これに対し、吸着槽4の前段に脱水槽を設けることで、水による上述した弊害を抑制できるため、標的生産物の生産効率を高めることができる。
【0038】
実施の形態は、以下に記載する項目によって特定されてもよい。
(第1項目)
親水性媒体を含む水層(12)、疎水性の有機溶媒を含む有機層(14)、ならびに水層(12)および有機層(14)の界面で増殖する微生物を含む微生物層(16)を収容し、微生物が生産する物質を有機溶媒に溶出させる反応槽(2)と、
反応槽(2)から有機溶媒が流入し、有機溶媒中の物質を吸着する吸着材(18)を含む吸着槽(4)と、を備える、
物質生産装置(1)。
(第2項目)
有機溶媒は、物質よりも極性が低く、
吸着材(18)は、極性の違いに基づいて物質を選択的に吸着する、
第1項目に記載の物質生産装置(1)。
(第3項目)
反応槽(2)および吸着槽(4)をつなぐ往路(6a)および復路(6b)を含む循環流路(6)と、
循環流路(6)に接続され、往路(6a)を介した反応槽(2)から吸着槽(4)への有機溶媒の流れ、および復路(6b)を介した吸着槽(4)から反応槽(2)への有機溶媒の流れを生じさせる循環ポンプ(8)と、を備える、
第1項目または第2項目に記載の物質生産装置(1)。
(第4項目)
親水性媒体を含む水層(12)および疎水性の有機溶媒を含む有機層(14)の界面で増殖する微生物を用いて物質を生産し、当該物質を有機溶媒に溶出させ、吸着材(18)を含む吸着槽(4)に有機溶媒を移動させ、吸着材(18)に有機溶媒中の物質を吸着させることを含む、
物質生産方法。
【実施例0039】
以下、本発明の実施例を説明するが、実施例は本発明を好適に説明するための例示に過ぎず、なんら本発明を限定するものではない。
【0040】
(実施例1)
縦115mm、横155mm、高さ65mmでポリプロピレン製の蓋付きバットをファーメンターユニット(反応槽)として3基用意した。バットの側面には、有機溶媒の流入口および流出口を設けた。各ユニットをホルムアルデヒド(ホルマリン)ガスで滅菌し、その後に脱ガス処理を施した。液体培地600ml、中空微粒子MFL-80GTA(松本油脂製薬社製)5g、およびTrichoderma atroviride NBRC 100586のシード培養液2mLを激しく混合し、混合液を調製した。使用した液体培地の組成は、グルコース100g、ペプトン10g、微量の硫酸第一鉄、微量の硫酸マンガンおよび微量の塩化カルシウムとした(pH6.0)。混合液を各ユニットに分注し、液体培地の液面にカビ/中空微粒子層を形成した。25℃で3日間の静置培養により、物理的に強固なカビ・中空微粒子複合マット(微生物層)を液体培地(水層)の液面に形成させた。
【0041】
その後、3基のユニットを積層し、各上段のユニットの流出口と各下段のユニットの流入口とを耐溶媒性ゴムチューブで連結した。また、最下段のユニットの流出口と最上段のユニットの流入口とを耐溶媒性ゴムチューブで連結した。最下段のユニットと最上段のユニットとをつなぐチューブの途中には、吸着槽および循環ポンプを設置した。吸着槽には、吸着材としてシリカゲル60N(関東化学社製)を40g充填した。これにより、3基のユニット、吸着槽およびチューブ(循環流路)で構成される、有機溶媒の循環ラインを形成した。そして、疎水性の低粘性ジメチルシリコーンオイルKF-96L-1CS(信越化学工業株式会社製)2.5Lを循環ラインに注入し、循環速度2mL/min、25℃で1週間のバッチ運転を4回繰り返した。また、4回目のバッチ運転の後に、12日間のバッチ運転を1回実施した。
【0042】
この結果、殺カビ性の二次代謝物である6PPが吸着槽に回収されることが確認された。また実動中、有機溶媒中の6PPの濃度は、常時200mg/L以下の低値に維持されることが確認された。以上より、菌体で生産され有機溶媒に分泌される6PPを吸着材によって効率的に回収できることが理解できる。
【0043】
また、吸着材に吸着した6PPを酢酸エチルで溶出して定量した。各バッチにおいて回収した6PPの重量を図2に示す。図2は、標的生産物の回収結果を示す図である。図2に示されるように、1週間~12日間のバッチ運転によって、200~400mg/40gシリカゲルの収量で6PPを繰り返し生産、回収できることが確認された。また、バッチ運転の回数が増えるにつれて、6PPの収量が上昇していくことが確認された。したがって、1ヶ月以上にわたって菌体の代謝能を保持、さらには向上させることができ、安定的に6PPを生産できることが確認された。
【0044】
6PPは、強い殺カビ性を有する。したがって、フラスコを用いた通常の液体培養では、生産量は最大でも200mg/L程度である。また、培養終期には6PPの生分解が進行する。このため、培養10日目以降は、6PPの濃度が漸減することが確認されている。これに対し、本実施の形態に係る物質生産装置1では、有機溶媒中に分泌される6PPが吸着材に吸着されて有機溶媒から回収される。これにより、6PPによるカビの殺傷と、カビによる6PPの生分解とを抑制でき、6PPを効率的に生産、回収することができる。
【0045】
(実施例2)
縦135mm、横180mm、高さ55mmでステンレス製のバットをファーメンターユニット(反応槽)として2基用意した。バットの側面には、有機溶媒の流入口および流出口を設けた。各ユニットをホルムアルデヒド(ホルマリン)ガスで滅菌し、その後に脱ガス処理を施した。実施例1の液体培地と同じ組成の寒天培地(寒天濃度1%)を各ユニットに400ml分注し、凝固させた。各ユニット中の寒天培地の表面に、Trichoderma atroviride NBRC 100586のシード培養液の2倍希釈液4mLを塗り広げた。25℃で3日間の静置培養により、寒天培地(水層)の表面にカビマット(微生物層)を形成させた。
【0046】
その後、各ユニットにおいて、流出口と流入口とを耐溶媒性ゴムチューブで連結し、ユニット毎に独立した循環流路を形成した。また、一方のユニットに接続されたチューブの途中には、吸着槽および循環ポンプを設置した。吸着槽には、吸着材としてシリカゲル60Nを15g充填した。他方のユニットに接続されたチューブの途中には、循環ポンプのみを設置した。これにより、吸着槽を有する循環ラインと、吸着槽を有しない循環ラインとを得た。そして、n-デカン600mLを各循環ラインに注入し、循環速度2mL/min、25℃で1週間のバッチ運転を繰り返した。
【0047】
この結果、吸着槽未設置の循環ラインでは、有機溶媒中の6PPの濃度が、第1バッチで110mg/L、第2バッチで150mg/Lの低値に止まった。また、第2バッチでは6PPの蓄積速度の低下が認められた。このことから、カビによる6PPの分解が早くも始まったことが示唆された。
【0048】
一方、吸着槽を設けた循環ラインでは、有機溶媒中の6PPの濃度が2週間にわたって検出限界以下に維持された。また、第1バッチでは240mg/15gシリカゲル、第2バッチでは260mg/15gシリカゲルの収量で、吸着槽に6PPが回収された。よって、吸着槽を設けることで、標的生産物を効率的に生産、回収できることが確認された。
【符号の説明】
【0049】
1 物質生産装置、 2 反応槽、 4 吸着槽、 6 循環流路、 6a 往路、 6b 復路、 8 循環ポンプ、 12 水層、 14 有機層、 16 微生物層、 18 吸着材。
図1
図2