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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024034431
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼帯の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/12 20060101AFI20240306BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20240306BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20240306BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20240306BHJP
   C22C 38/04 20060101ALN20240306BHJP
【FI】
C21D8/12 D
H01F1/147 175
C22C38/00 303U
C22C38/60
C22C38/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022138660
(22)【出願日】2022-08-31
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】山口 広
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 真理
(72)【発明者】
【氏名】大村 健
(72)【発明者】
【氏名】市原 義悠
【テーマコード(参考)】
4K033
5E041
【Fターム(参考)】
4K033AA02
4K033BA01
4K033BA02
4K033CA01
4K033CA02
4K033CA03
4K033CA04
4K033CA07
4K033CA08
4K033CA09
4K033DA01
4K033DA02
4K033EA02
4K033FA01
4K033FA13
4K033FA14
4K033HA01
4K033HA03
4K033HA05
4K033JA01
4K033JA04
4K033LA01
4K033MA02
4K033NA02
4K033PA07
4K033PA08
4K033PA09
4K033RA04
4K033RA09
4K033RA10
4K033SA02
4K033SA03
4K033TA02
4K033TA04
4K033TA06
5E041AA02
5E041BD10
5E041NN06
(57)【要約】
【課題】ゴス方位の結晶方位を有する方向性電磁鋼帯とかかる結晶方位を有していない一次再結晶後の鋼帯とを接合することで、かかる鋼帯全体にかかる結晶方位の結晶粒群を成長させるという技術を、工業化レベルで実現する方法を提案する。
【解決手段】前記接合した面近傍の所定の領域における結晶粒の分布を、鋼帯の溶接熱影響部を除いた上記鋼帯全体の平均粒径に対し1.8倍以上の粒径となる結晶粒の面積率:70%未満、かつ酸化物の面積率:5%未満としたのち、圧延方向と直角な方向に、前記方向性電磁鋼帯側を高温にした温度勾配を与えて結晶を粒成長させる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
{110}<001>方位に集積した二次再結晶後の方向性電磁鋼帯の幅方向端部の少なくとも一方を、最終板厚に仕上げた一次再結晶後の一次再結晶後鋼帯の幅方向端部の少なくとも一方に接合し、かかる接合した面の上記一次再結晶後鋼帯側で該接合した面と垂直に上記一次再結晶後鋼帯の板厚と同じ長さの幅で延びる領域における結晶粒の分布を、上記一次再結晶後鋼帯の溶接熱影響部を除いた上記一次再結晶後鋼帯全体の平均粒径に対し1.8倍以上の粒径となる結晶粒の面積率:70%未満、かつ酸化物の面積率:5%未満としたのち、前記接合した面と垂直な圧延方向と直角な方向に、前記方向性電磁鋼帯側を高温にした温度勾配を与えながら{110}<001>方位を有する結晶粒を、前記一次再結晶後鋼帯側に粒成長させる方向性電磁鋼帯の製造方法。
【請求項2】
前記温度勾配が、0.1℃/mm以上である請求項1に記載の方向性電磁鋼帯の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の製造方法で得られた方向性電磁鋼帯を、さらに最終板厚に仕上げた一次再結晶後鋼帯に接合し、かかる一次再結晶後鋼帯を新たな方向性電磁鋼帯とする請求項1または2に記載の方向性電磁鋼帯の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスなどの鉄心材料に供して好適な鉄損の低い方向性電磁鋼帯の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼帯は軟磁性材料として、主に変圧器あるいは回転機等の鉄心材料として使用されるもので、磁気特性として磁束密度が高く、鉄損および磁気歪が小さいことが要求される。そのためには鋼帯中の二次再結晶粒を{110}<001>方位(ゴス方位)に高度に集積させることや、鋼帯中の不純物を低減することが重要である。
【0003】
方向性電磁鋼帯の鉄損は、結晶方位や純度等に依存するヒステリシス損と、板厚や比抵抗、磁区の大きさ等に依存する渦電流損との和で表される。そのため、鉄損を低減する方法としては、結晶方位のゴス方位への集積度を高めて磁束密度を向上させることでヒステリシス損を低減する方法や、電気抵抗を高めるSi等の含有量を高めたり、鋼帯の板厚を低減したり、磁区を細分化したりすることで渦電流損を低減する方法等が知られている。
【0004】
これらの鉄損低減方法のうち、磁束密度を向上させる方法については、方向性電磁鋼帯を製造する際、インヒビタと呼ばれる析出物を利用して二次再結晶焼鈍中に粒界に易動度差をつけることで、ゴス方位のみを優先成長させる方法が一般的な技術として利用されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、インヒビタとして、AlNやMnSを利用する方法が、また、特許文献2には、インヒビタとして、MnSやMnSeを利用する方法が開示されており、いずれも、高温でのスラブ加熱を必要とする製造方法として工業的に実用化されている。
【0006】
ところが、上記特許文献1および2に開示の技術は、熱間圧延に先立つスラブ加熱において、1250℃以上の高温に加熱することが必要であり、多大なエネルギーを必要とするという問題があった。
【0007】
そこで、上記問題を解決するため、例えば、特許文献3には、スラブ加熱の段階において、インヒビタ形成成分、例えばAl,N,Mn,SおよびSe等の鋼中への固溶を完全には行わず、脱炭焼鈍後に、鋼帯を走行させる状態下で窒化処理をすることによって、(Al,Si)Nを主成分とするインヒビタを形成し、1200℃以下の低温スラブ加熱においても高温スラブ加熱並みの磁気特性を発現させる、いわゆる「窒化処理技術」が提案されている。
【0008】
一方、インヒビタ形成成分を含有させずに、ゴス方位結晶粒を発達させる技術が特許文献4に提案されている。
かかる技術においては、インヒビタ形成成分のような不純物を極力排除することで、一次再結晶時の結晶粒界が持つ粒界エネルギーの粒界方位差角依存性を顕在化させ、インヒビタを用いずともゴス方位を有する結晶粒を二次再結晶させることができる。
このように、集合組織により再結晶が制御される効果は、テクスチャーインヒビション効果と呼ばれる。
【0009】
前記技術では、インヒビタが使用されないため、二次再結晶焼鈍後に高温での純化焼鈍を行う必要がない。加えて、事前にインヒビタを鋼中に微細分散させておく必要がないため、鋼スラブの加熱を高温で行う必要もない。したがって、インヒビタを利用しない前記技術は、コスト面でもメンテナンス面でも、大きなメリットを有している。さらに、高温でのスラブ加熱が必要ないため、薄スラブを作製して直接熱間圧延を行う技術にも適用することができる。
【0010】
また、方向性電磁鋼帯は、言わば10mm前後のゴス方位結晶粒を主体とした多結晶体であるものの、ゴス方位を有する単結晶の集合体と見なすことも可能である。そのため、半導体分野で特に利用される単結晶成長技術を応用して、インヒビタや集合組織形成技術を用いずに直接ゴス方位結晶粒を成長させる検討が過去になされてきた。
【0011】
例えば、特許文献5および6には一次再結晶領域と二次再結晶領域の境界部位に温度勾配を与えて二次再結晶焼鈍を行う際に、温度勾配を適正に制御することでゴス方位への集積度を高め、磁束密度を向上させる技術が開示されている。傾斜焼鈍により、正確に{110}<001>方位に一致するいわゆるジャストゴスに近い結晶方位粒を優先的に成長させることが可能である。
【0012】
また、特許文献7では二次再結晶後の単結晶を種結晶として、活性な接合面で一次再結晶粒と接合させてから粒界移動によりゴス方位結晶体を得る技術が開示されている。さらに、清浄かつなめらかな接合面が形成されるよう接合面を化学研磨することや、Snメッキによる重ね接合面の濡れ性の確保などが併せて提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特公昭40-15644号公報
【特許文献2】特公昭51-13469号公報
【特許文献3】特開平05-112827号公報
【特許文献4】特開2001-129356号公報
【特許文献5】特公昭58-50295号公報
【特許文献6】特開昭61-190017号公報
【特許文献7】特開平02-263926号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、特許文献1~4に記載の技術は、インヒビタや集合組織形成技術により磁気特性に有利なゴス方位を優先的に二次再結晶させることで方向性電磁鋼帯は製造されているものの、出鋼成分や各製造工程でのバラツキによりゴス方位を主体とする二次再結晶粒の配向性にもバラツキが生じるという問題がある。
【0015】
また、特許文献5,6に記載の技術は、その結晶方位粒の成長の最初期に形成されるゴス方位結晶群までは制御することができず、その方位バラツキによる磁性への影響は無視できない。
【0016】
さらに、特許文献7は、前記最初期に形成されるゴス方位結晶粒の不確定性を除くための技術ではあるが、かかる技術は実験室レベルであって工業製品として連続かつ大面積の処理を実現できているわけではない。
【0017】
本発明は、かように比較的以前から技術思想は開示されているものの、工業化が実現できていない、ゴス方位の結晶方位を有する方向性電磁鋼帯とかかる結晶方位を有していない一次再結晶後の一次再結晶後鋼帯(以下、単に2種の鋼帯ともいう)とを接合することで、かかる一次再結晶後鋼帯全体に特定の結晶方位(ゴス方位)の結晶粒群を最初期から安定して成長させるという技術を、工業化レベルで実現する方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
発明者らは、上記課題の解決には大きく二つの要素技術があると考えた。
第一に、特定方位を有する種結晶の結晶粒界を移動させて、多結晶体の一次再結晶後鋼帯全体を特定方位の結晶粒で覆うために必要な接合条件について検討を行った。
【0019】
方向性電磁鋼帯は鉄損低減のために板厚を薄くして、コイル状の形態で提供されるのが一般的であり、長手方向には数千mの長尺製品である。コイル長手方向へ特定方位の結晶粒成長を実現するには莫大な時間がかかり現実的ではない。そこで、1m程度であるコイル幅方向に結晶粒を成長させる製造法を前提として、接合はコイル長手の圧延方向と平行する側で行うのが合理的である。
【0020】
種結晶粒を有する母コイルとしてはゴス方位に集積した二次再結晶後の方向性電磁鋼帯をそのまま利用し、ゴス方位粒を成長させる子コイルには冷間圧延で最終板厚に仕上げた後に一次再結晶焼鈍した3%程度のSiを含有した一般的な一次再結晶後鋼帯を使用するとし、接合面の清浄性と溶接後の取扱いを考慮して電子ビームによる突合せ溶接による接合方法について詳細な検討を行った。
【0021】
溶接速度、加速電圧と陰極径、ビーム電流等を調節して、種々の単位時間、単位長さあたりのエネルギー強度で、溶接金属材を使用せず、板厚0.23mmの2種の鋼帯の突合せ溶接を行った。
【0022】
溶接材の厚みが薄いため、いわゆる電子ビーム溶接の特徴であるキーホール溶け込みとする溶接条件では突合せ部をビームが貫通してしまい、良好な溶接部を形成することは難しいが、ビーム焦点をアンダーまたはオーバーフォーカスとしてビーム照射面積を拡げたり、電気的にビームを板面内に揺動させたりする手法との組合せが有効であることが分かった。
【0023】
また、溶接速度は一般に低いほど欠陥が少ない良質な溶接品質が得られるものの、本発明の場合、低速では突合せ部の熱影響領域が広がりやすく、またビームが貫通して良好な溶接部が形成できないなどの問題が生じやすく、10m/分以上の高速の方がより良いことが分かった。
【0024】
なお、本発明において、接合ができているとは、鋼帯を連続溶接処理する際に離隔しない状態を指す。したがって、必ずしも鋼板の全厚が溶接されている必要はなく、熱影響部の小さな領域を得るために、板厚方向あるいは板面長手方向へ部分的に溶接されている状態も含む。
【0025】
第二に、2種の鋼帯の接合にかかる溶接に起因する熱影響部の結晶粒の粗大化がゴス方位結晶粒の成長に及ぼす影響について検討した。
【0026】
溶接条件に依存して熱影響を受けた領域の結晶粒は粗大化する傾向が見られ、単位面積、単位時間当たりの入熱量が大きいほど結晶粒の粗大化は顕著となるが、大きすぎる場合には突合せた2種の鋼帯それぞれの端部が溶損して、離れてしまい、溶接自体ができなくなる。一方、入熱量が小さすぎる場合には溶接が不十分で簡単に鋼帯同士が離れてしまい、溶接強度を確保することができないため、適切な溶接条件を維持する必要がある。
【0027】
また、接合した面およびかかる面から一次再結晶後鋼帯の板厚と同じ長さの幅で囲まれたかかる一次再結晶後鋼帯側の領域における結晶粒の分布とかかる一次再結晶後鋼帯の溶接熱影響部を除いた同鋼帯全体の平均粒径との関係、および上記領域における酸化物の面積率が、接合部近傍の熱影響部を越えてゴス方位を有する結晶粒が成長するための最も重要な要件であることを知見した。
【0028】
すなわち、かかる接合した面とかかる面から上記一次再結晶後鋼帯の板厚と同じ長さの幅で囲まれた上記一次再結晶後鋼帯側の領域における結晶粒の分布を、上記一次再結晶後鋼帯の溶接熱影響部を除いた一次再結晶後鋼帯全体の平均粒径に対し1.8倍以上の粒径となる結晶粒の面積率を70%未満とし、かつ酸化物の面積率を5%未満とした場合に、接合部近傍の熱影響部を越え、溶接による熱影響を受けていない箇所までゴス方位を有する結晶粒の成長が問題なく進行することを確認した。
【0029】
さらに、本発明の開発経緯を詳細に説明する。
まず、溶接の手法について検討した。
0.23mmの厚みに代表される薄手の鋼帯同士を圧延方向に長く接合させるには、突合せ溶接手法がもっとも合理的と考えられる。なお、金属同士の溶接には溶接金属ワイヤー等を用いるのが一般的であるが、本発明では、突合せた鋼帯の間に異種の溶接金属が存在すると、溶接の接合面を跨いだ結晶粒成長が阻害される。そのため、本発明では、溶接金属を使用しない突合せ溶接を採用する。
【0030】
かような薄い鋼帯の突合せ溶接では、突合せ部に対し正確にビームを照射させることが極めて重要となるが、接合物同士が異種金属の場合、電子ビーム溶接では熱起電力による電磁気学的影響で電子ビームが偏向するという課題が報告されているものの、本発明では、二次再結晶後の方向性電磁鋼帯も一次再結晶後鋼帯もともに3%程度のSiを含有したFe-Si合金であるため、ビーム偏向の影響は特に現れなかった。
また、かかる薄い鋼帯の突合せ溶接としてレーザ溶接を用いた場合についても検討したが、レーザ光はそもそも電磁気学的な影響を受けないため、ビーム偏向の問題は生じなかった。
【0031】
次に熱影響部の結晶粒の粗大化がゴス方位結晶粒の成長に及ぼす影響について検討した。
突合せ溶接後の鋼帯より、接合部を含み幅10mm、長さ200mmとなるよう圧延と直角方法、すなわち接合面と直角(垂直)方向に試験片を切り出した。切り出しはシャー剪断により行った。この試験片を帯溶融炉にて接合部近傍に対して、局所加熱を行いながら試験片を移動させて、ゴス結晶粒が溶接部を跨いで一次再結晶粒側へ成長する条件と溶接面近傍の結晶組織について解析を行った。
【0032】
なお、使用した帯溶融炉はソレノイド型の誘導加熱方式であったため、0.23mm厚の試験片をキュリー点である約730℃以上に誘導加熱することが原理的にできない。したがって、カーボン製のサセプタと呼ばれるリング状の被加熱体の中に試験片を通して、誘導加熱によりカーボンサセプタを加熱し、間接的に0.23mmの試験片を局所的に加熱することとした。この手法で1250℃以上まで局所的に加熱でき、周囲に対して温度傾斜を与えられることを確認した。
【0033】
局所加熱温度を950℃から1200℃、局所加熱部の移動速度を50mm/時から250mm/時の間で変化させた。結晶接合部の局所加熱領域を移動させ、冷却した後にゴス方位を有する結晶粒の成長の成否を目視または、判別しにくい場合はEBSDによる方位解析を行い、突合せ接合部近傍の熱影響を受けた部分の結晶粒径の分布状態がゴス方位を有する結晶粒の成長に及ぼす影響を整理した。
【0034】
溶接による熱影響が大きい場合、一次再結晶側の粒径が大きくなり、その粗大化の範囲も広くなるが、それに応じてゴス結晶粒の蚕食が阻害される傾向が強くなることから、それらの条件を整理して本発明の知見を得た。
【0035】
さらに、突合せ溶接が施された接合面近傍のSEM観察を行うことで、熱影響を受けた部分の結晶粒径の分布や酸化物の生成量を種々の溶接条件について解析を行い、かかる溶接部が清浄な接合端面を維持し、接合面を越えて結晶粒が成長するための条件について検討した。
【0036】
まず、接合面近傍の組織観察として断面SEM像を用い、溶接面を挟んで、板厚d(mm)とした場合に、突合せた接合面からd(mm)だけ内側(一次再結晶側)に入った領域に注目した。すなわち、一次再結晶後鋼帯の板厚d(mm)と溶接端面からかかるd(mm)の距離とになる正方形の断面を持つ領域(以下単に正方形の領域という)について、かかる正方形の領域の結晶粒径の変化、酸化物の生成量を評価した。
【0037】
溶接後の鋼帯は、その接合面を挟んでゴス方位結晶粒を有する側と一次再結晶粒を有する側とがあるが、酸化物の生成量はほぼ同等であることを確認した。また、結晶粒径は、一次再結晶を有する鋼帯側でしか評価できないため、一次再結晶後鋼帯側での定量評価をもとに、帯溶融炉での結晶粒成長が可能な条件を精査した。
【0038】
その結果、酸化物については、前記断面の観察から、かかる断面において酸化物の面積率で5%未満であることが、前記接合面を越えて粒成長を実現させるために必要であることが分かった。すなわち、一次再結晶後鋼帯の組織中、酸化物が、前記正方形の領域に対して、面積割合で5%以上存在すると、ゴス結晶粒による一次再結晶粒の蚕食は進行しないことが分かった。
【0039】
なお、その条件の実現には非酸化性雰囲気下、あるいは真空中など酸素がなく鋼帯の端面に酸化物が生成しない溶接法が有利である。電子ビーム溶接は元来電子線を放出させるために真空が必要であり、適正な真空条件を維持していれば、溶接部の接合面に酸化物は生じない。また、レーザ溶接においても溶接部近傍を非酸化性ガスでシールドしたり、ガス置換したりすることで酸化を抑制し、溶接部の接合面における酸化物の生成量を低減することが可能である。
いずれにしても真空であれば100Pa程度以下、大気中であれば溶接部近傍の雰囲気の酸素濃度を数十ppm程度以下とすることで酸化物の面積率を5%未満とすることが実現できる。
【0040】
また、溶接を施した際の入熱により形成される熱影響部は、局所的に結晶粒の粗大化が進行する。そこで、部分的に粗大化した一次再結晶粒を、ゴス方位結晶粒が接合面を越えて蚕食できる条件を、上述した正方形の領域における結晶粒径を統計的に整理することで検討した。
【0041】
その結果、上述した正方形の領域において、溶接熱影響部を除いた上記一次再結晶後鋼帯全体の平均結晶粒径(溶接による接合を行う前の一次再結晶後鋼帯と同等)に対して、その1.8倍以上の粒径を有する結晶粒の面積割合が70%未満であれば、温度傾斜等の結晶粒が特定方向へ成長する駆動力を与えることで、ゴス方位を有する結晶粒が一次再結晶粒を蚕食して成長することが可能であることがわかった。
【0042】
ここで熱影響により粗大化した結晶粒の半径は、粗大粒は冷却方向に伸長している場合があるので、結晶粒を円相当としたときの半径とする。
すなわち、1.8倍以上の粒径を有する結晶粒の面積割合が70%以上であると、ゴス方位を有する結晶粒の成長が止まってしまい、一次再結晶粒を蚕食することができなかった。
【0043】
また、溶接による接合条件も板厚全体にわたって均一である必要がないこともわかった。すなわちビームの焦点を鋼帯表面にちょうど合わせる、いわゆるキーホール条件ではなく、意図的に焦点をずらし、より照射面側を溶融させて、非照射面側の入熱を抑える、いわゆる熱伝導型の溶接条件も有効である。非照射面側までビームが貫通せず、溶接が板厚の全長に亘り完了していない部分溶接となるので、溶接後の接合強度を考慮する必要はあるが、熱影響による結晶粒径の粗大化の面積率を抑制することが可能である。
【0044】
本発明は、かかる知見を基に、さらに検討を重ねて完成したものである。すなわち、本発明の構成要旨は以下のとおりである。
1.{110}<001>方位に集積した二次再結晶後の方向性電磁鋼帯の幅方向端部の少なくとも一方を、最終板厚に仕上げた一次再結晶後の一次再結晶後鋼帯の幅方向端部の少なくとも一方に接合し、かかる接合した面の上記一次再結晶後鋼帯側で該接合した面と垂直に上記一次再結晶後鋼帯の板厚と同じ長さの幅で延びる領域における結晶粒の分布を、上記一次再結晶後鋼帯の溶接熱影響部を除いた上記一次再結晶後鋼帯全体の平均粒径に対し1.8倍以上の粒径となる結晶粒の面積率:70%未満、かつ酸化物の面積率:5%未満としたのち、前記接合した面と垂直な圧延方向と直角な方向に、前記方向性電磁鋼帯側を高温にした温度勾配を与えながら{110}<001>方位を有する結晶粒を、前記一次再結晶後鋼帯側に粒成長させる方向性電磁鋼帯の製造方法。
【0045】
2.前記温度勾配が、0.1℃/mm以上である前記1に記載の方向性電磁鋼帯の製造方法。
【0046】
3.前記1または2に記載の製造方法で得られた方向性電磁鋼帯を、さらに最終板厚に仕上げた一次再結晶後鋼帯に接合し、かかる一次再結晶後鋼帯を新たな方向性電磁鋼帯とする前記1または2に記載の方向性電磁鋼帯の製造方法。
【発明の効果】
【0047】
この発明によれば、単結晶成長技術を応用することで、まったく新しい方向性電磁鋼帯の製造プロセスを提案し、安定して良好な磁気特性を有する方向性電磁鋼帯の供給を工業化レベルで可能にする。
【発明を実施するための形態】
【0048】
以下、本発明の好適製造条件について述べる。
まず、素材の好適成分組成について説明する。ゴス方位粒を主体とする二次再結晶後の方向性電磁鋼帯の成分については、公知の組成を適宜定めればよい。以下に具体的に述べる組成はあくまで例示である。
【0049】
本発明において、インヒビタを利用する場合、例えばAlN系インヒビタを利用する場合であればAlおよびNを、またMnS・MnSe系インヒビタを利用する場合であればMnとSeおよび/またはSを適量含有させればよい。勿論、両インヒビタを併用してもよい。この場合におけるAl,N,SおよびSeの好適含有量はそれぞれ、Al:0.01~0.065質量%、N:0.005~0.012質量%、S:0.005~0.03質量%、Se:0.005~0.03質量%である。
【0050】
また、本発明は、Al,N,S,Seの含有量を制限した、インヒビタを使用しない方向性電磁鋼帯でも用いることができる。この場合には、Al,N,SおよびSe量はそれぞれ、Al:100 質量ppm以下、N:50 質量ppm以下、S:50 質量ppm以下、Se:50 質量ppm以下に抑制することが好ましい。
【0051】
その他の基本成分および任意添加成分について述べると、次のとおりである。
C:0.08質量%以下
C量が0.08質量%を超えると製造工程中に磁気時効の起こらない50質量ppm以下までCを低減する負担が増大するため、0.08質量%以下とすることが好ましい。なお、下限に関しては、Cを含まない素材でも二次再結晶が可能であるので特に設ける必要はない。
【0052】
Si:2.0~8.0質量%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を改善するのに有効な元素であり、含有量が2.0質量%以上でとくに鉄損低減効果が良好である。一方、8.0質量%以下の場合、とくに優れた加工性や磁束密度を得ることができる。したがって、Si量は2.0~8.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0053】
Mn:0.005~1.0質量%
Mnは、熱間加工性を良好にする上で有利な元素であるが、含有量が0.005質量%未満ではその添加効果に乏しい。一方、含有量を1.0質量%以下とすると製品板の磁束密度がとくに良好となる。このため、Mn量は0.005~1.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0054】
上記の基本成分以外に、磁気特性改善成分として、次に述べる元素を適宜含有させることができる。
具体的には、Ni:0.03~1.50質量%、Sn:0.01~1.50質量%、Sb:0.005~1.50質量%、Cu:0.03~3.0質量%、P:0.02~0.50質量%、Mo:0.005~0.10質量%およびCr:0.03~1.50質量%のうちから選んだ少なくとも1種である。
【0055】
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性をさらに向上させるために有用な元素である。しかしながら、含有量が0.03質量%未満では磁気特性の向上効果が小さく、一方1.50質量%以下ではとくに二次再結晶の安定性が増し、磁気特性が改善される。そのため、Ni量は0.03~1.50質量%の範囲とするのが好ましい。
【0056】
また、Sn、Sb、Cu、P、CrおよびMoはそれぞれ磁気特性の向上に有用な元素であるが、いずれも上記した各成分の下限に満たないと、磁気特性の向上効果が小さい。一方、上記した各成分の上限量以下の場合、二次再結晶粒の発達が最も良好となる。このため、それぞれ上記の範囲で含有させることが好ましい。
【0057】
なお、上記成分以外の残部は、製造工程において混入する不可避的不純物およびFeである。
【0058】
本発明において、方向性電磁鋼帯を製造する工程は、基本的に従来公知の製造工程を踏襲することができる。
上記の好適成分組成に調整した鋼素材を、通常の造塊法、連続鋳造法でスラブとしてもよいし、100mm以下の厚さの薄鋳片を直接連続鋳造法で製造してもよい。溶鋼の溶製についても高炉法でも電炉法でも構わない。
【0059】
得られたスラブは、通常の方法で加熱して熱間圧延に供するが、鋳造後加熱せずに直ちに熱間圧延に供してもよい。薄鋳片の場合には熱間圧延しても良いし、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進めてもよい。好適条件としては必要に応じて熱延板焼鈍を行ったのち、一回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延により最終板厚とする。ついで、脱炭焼鈍後、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、二次再結晶のための仕上焼鈍を施す。
【0060】
次に述べる二次再結晶粒を成長させる一次再結晶後鋼帯と溶接接合するため、ゴス方位粒を有する二次再結晶焼鈍後の方向性電磁鋼帯は、いわゆる絶縁コーティングを施さない。また、仕上焼鈍後に方向性電磁鋼帯表面へ形成されるSiとMgを主体とするフォルステライト膜は溶接部近傍だけ除去した方が突合せ溶接は安定して接合させやすいが、除去しなくても本発明に記載の接合条件を得ることは可能である。
【0061】
ゴス方位結晶粒を主体とする二次再結晶後の方向性電磁鋼帯を溶接する、一次再結晶後鋼帯の成分組成については、一般的な電磁鋼帯に要求される、磁気特性に有利な組成を適宜定めればよい。
C:50質量ppm以下
最終的に磁気時効の起こらない50質量ppm以下まで低減することが好ましい。なお、下限に関しては特に設ける必要はない。
【0062】
Si:2.0~8.0質量%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を改善するのに有効な元素であり、含有量が2.0質量%以上でとくに鉄損低減効果が良好である。一方、8.0質量%以下の場合、とくに優れた加工性や磁束密度を得ることができる。したがって、Si量は2.0~8.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0063】
Mn:0.005~1.0質量%
Mnは、熱間加工性を良好にする上で有利な元素であるが、含有量が0.005質量%未満ではその添加効果に乏しい。一方、含有量を1.0質量%以下とすると製品板の磁束密度がとくに良好となる。このため、Mn量は0.005~1.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0064】
上記の基本成分以外に、磁気特性改善成分として、種々の元素を適宜含有させることができる。なお、上記成分以外の残部は、製造工程において混入する不可避的不純物およびFeである。
【0065】
本発明において、ゴス方位を有する結晶粒を成長させる一次再結晶後鋼帯を製造する工程は、基本的に従来公知の一次再結晶焼鈍を施す薄鋼帯の製造工程を踏襲することができる。
【0066】
上記の好適成分組成に調整した鋼素材を、通常の造塊法、連続鋳造法でスラブとしてもよいし、100mm以下の厚さの薄鋳片を直接連続鋳造法で製造してもよい。溶鋼の溶製についても高炉法でも電炉法でも構わない。
【0067】
得られたスラブは、通常の方法で加熱して熱間圧延に供するが、鋳造後加熱せずに直ちに熱間圧延に供してもよい。薄鋳片の場合には熱間圧延しても良いし、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進めてもよい。好適条件としては必要に応じて熱延板焼鈍を行ったのち、一回の冷間圧延または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延により最終板厚とし、ついで一次再結晶焼鈍を施す。
【0068】
かくして得られた二次再結晶後の方向性電磁鋼帯と一次再結晶後鋼帯について、突合せ溶接を行う。2種の鋼帯の幅方向の一方のエッジを圧延方向と平行にトリミングした後、突合せ部にすき間ができないよう該2種の鋼帯を両側から拘束しながら搬送して、突合せ位置が変動しないようにして溶接を行う。
【0069】
なお、本発明に用いる二次再結晶後の方向性電磁鋼帯の幅は特に限定されないが100mm程度の幅があれば良い。
【0070】
本発明に用いる溶接は、一般的な電子ビームやレーザで良いが、溶接ワイヤー等の溶接金属は使用せず、かつ溶接面近傍の清浄性を維持するために真空または非酸化性雰囲気で行うことが好ましく、溶接断面をSEM等で観察して、一次再結晶後鋼帯側における前記正方形の領域の酸化物の面積率を5%未満とする必要がある。
【0071】
また、溶接速度や溶接のための電子ビームやレーザ照射の単位時間、単位長さあたりの入熱量は特に規定するものではないが、上述の正方形の領域における結晶粒径の分布が、溶接を行う前の平均結晶粒径に対して、その1.8倍以上の粒径を有する結晶粒の面積割合が70%未満となっていることが必要である。すなわち、70%以上ではゴス方位を有する結晶粒を溶接により、熱影響を受けた結晶粒群を越えて粒成長させることができない。
【0072】
なお、ゴス方位を有する二次再結晶した方向性電磁鋼帯の溶接は、一次再結晶後鋼帯の片側エッジだけでも良いし、両エッジに溶接することも可能である。後者の場合、ゴス方位を有する結晶粒の成長距離を半分にすることができるので工業的により有利である。
【0073】
突合せ溶接の完了した一次再結晶後鋼帯側へゴス方位を有する結晶粒を効果的に粒成長させる手法としては、公知となっている技術ではあるが、接合部近傍に対して、粒成長させたいゴス方位を有する方向性電磁鋼帯側の温度を高くして、接合面と直角に温度傾斜を与えることで、一次再結晶後鋼帯側へゴス方位を有する結晶粒を粒成長させればよい。
【0074】
接合したコイルを連続的に粒成長処理するのであれば、例えば一次再結晶後鋼帯の両端に二次再結晶した方向性電磁鋼帯を溶接し、トランスバース型のIHコイルで当該コイルを上下に挟んで連続通板させると、トランスバース型IHでは課題となるエッジ部が中央部より温度が高くなるいわゆるエッジ過加熱を利用することができ、コイル両端からコイル中央へ向けた温度傾斜をつけることができて、コイルの両エッジから同時にゴス結晶粒の粒成長を行い、本発明の効果を得ることが可能となる。
【0075】
また、バッチ処理により傾斜焼鈍を行う場合は、前記の条件で、2種の鋼帯を接合した後にMgOを主体とする密着防止剤を塗布してコイル状に巻き取り、コイル端面が上方向を向くように設置して、上下方向に温度傾斜が付くようにコイルを支える炉床にヒータを内蔵したバッチ炉で焼鈍を行うことで、ゴス結晶粒の粒成長を行うことができる。
【0076】
一次再結晶粒を有する鋼帯側に対しゴス方位結晶粒の粒成長が済んだ方向性電磁鋼帯を、トランスなどの積層鉄心材料として用いる場合には、層間絶縁のための絶縁層が必要であり、追加で施される絶縁コートとしては、一般に使用される無機質コートが利用可能である。特に、張力付与効果を有するコーティングは、低鉄損化と低騒音化を達成するために極めて有効である。
【0077】
張力付与型コーティングの種類としては、熱膨張係数を低下させるシリカを含むコーティングが有効で、従来からフォルステライト被膜を有する方向性電磁鋼帯に用いられているリン酸塩-コロイダルシリカ-クロム酸系のコーティング等が、その効果およびコスト、均一処理性などの点から好適である。
【0078】
さらに、磁区細分化処理として、絶縁コート後にレーザや電子ビーム照射等の熱歪み導入型の磁区細分化処理を施すことでさらに低鉄損化をはかることが可能である。また機械的、電気化学的に物理的な溝を形成して磁区細分化を図り、鉄損を低減することも有効である。
【実施例0079】
〔実施例1〕
質量%および質量ppmで、C:600ppm, Si:3.4%, Mn:0.05%, Al:150ppm, S:50ppm,Se:100ppm,N:50ppm, P:0.06%, Sb:0.07%,Mo:0.015%を含み、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼スラブを1350℃に加熱し、さらに、熱間圧延して2.2mm厚とした後、1080℃で30秒の熱延板焼鈍を施し、タンデムミルにて1回の冷間圧延で最終板厚0.23mmの冷延板とした。その後840℃まで加熱し、湿水素雰囲気中にて90秒の脱炭焼鈍を行い、一次再結晶を有する鋼帯とした。
次いで、かかる一次再結晶を有する鋼帯にマグネシア主体の焼鈍分離剤を塗布し、二次再結晶と純化を目的とした仕上焼鈍を1200℃で実施して、ゴス方位を有する二次再結晶した方向性電磁鋼帯(以下、二次再結晶板という)を得た。かかる二次再結晶板の磁気測定を行ったところ、磁界の強さ800A/mでの磁束密度B8は1.93Tであった。
【0080】
一方、質量%および質量ppmで、C:25ppm, Si:3.3%, Mn:0.05%, S:50ppm,Sn:0.03%を含み、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼スラブを1100℃に加熱し、さらに、熱間圧延して2.2mm厚とした後、1000℃で30秒の熱延板焼鈍を施し、タンデムミルにて1回の冷間圧延で最終板厚0.23mmの冷延板とした。その後800℃で再結晶焼鈍を行い、一次再結晶を有する鋼帯(以下、一次再結晶板という)を得た。
前記二次再結晶板は圧延方向に対して幅100mmに、また上記一次再結晶板は圧延方向に対して幅500mmに、それぞれ剪断後、両結晶板を圧延方向に並べて電子ビームによる突合せ溶接を行った。かかる溶接時の真空度は約6.5Pa、溶接速度は5~40m/分、加速電圧40kV、ビーム電流は6~40mAで変化させた。
溶接深さを変更するために、ビーム焦点をちょうどに設定したJUST条件と焦点位置をずらしたUPPER条件を行った。種々のサンプルについて溶接部を切り出し、断面SEM観察にて接合部近傍の粒径分布や酸化物の定量評価を行った。なお、溶接面側の反対側の溶接状態をみて、電子ビームが貫通したか否かの判断は目視で行った。
【0081】
圧延直角方向に長さ600mm、圧延方向に幅100mmとなるよう試験片を切り出し、100℃/300mmの温度傾斜が付けられる焼鈍炉にて、二次再結晶板が高温側、一次再結晶板が低温側となるよう、試験片の両端の温度差を200℃に維持しながら、室温から高温側が1100℃となるまで、10℃/時の一定昇温速度で加熱し、到達後に電源を切り、炉冷した。傾斜焼鈍後の試験片のうち、もともと一次再結晶板であった500mmのうちから中央の100mmを切り出し、100mm×100mmの試験片サイズで単板試験機(SST)にて圧延方向の磁束密度B8を測定し、溶接後の断面調査結果と併せて表1に記載した。
【0082】
【表1】
【0083】
表1に示したとおり、電子ビーム溶接による接合ではビーム照射にある程度の真空が必要なため、接合部近傍に酸化物の形成は見られず、その影響はなかった。突合せ部から一次再結晶粒側の0.23mm×0.23mmの正方形の断面を持つ領域におけるSEM観察範囲において、溶接前の平均一次再結晶粒径の1.8倍以上となる粗大粒の占める面積率が70%未満である本発明の要件を満たせば、溶接ビードが波打つハンピングが見られる条件や、溶接が裏面まで完全に届かない未貫通条件であっても溶接で鋼帯同士が接合できていることで、ゴス方位結晶が粒成長し、極めて高いB8の電磁鋼帯を得ることができている(No.2、No.5、No.8)。
【0084】
一方、溶接後のビード形状が良好であっても熱影響部が大きく上記評価領域の粗大粒の面積率が70%以上では傾斜焼鈍によるゴス方位粒成長は見られなかった(No.3、No.7)。
また、薄鋼帯の突合せ溶接のため、うまく接合できなかったり、ビーム強度が強すぎて溶断してしまったりする例が散見された(No.1、No.4、No.6)。
【0085】
〔実施例2〕
質量%および質量ppmで、C:350ppm, Si:3.4%, Mn:0.07%, Al:60ppm, S:50ppm,N:30ppm, P:0.07%, Sb:0.05%,Mo:0.010%を含み、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼スラブを1220℃に加熱し、さらに、熱間圧延して2.2mm厚とした後、1050℃で30秒の熱延板焼鈍を施し、タンデムミルにて1回の冷間圧延で最終板厚0.23mmの冷延板とした。その後860℃まで加熱し、湿水素雰囲気中にて70秒の脱炭焼鈍を行い、一次再結晶板とした。
次いで、かかる一次再結晶板にマグネシア主体の焼鈍分離剤を塗布し、二次再結晶と純化を目的とした仕上焼鈍を1200℃で実施して、ゴス方位を有する二次再結晶板を得た。かかる二次再結晶板の磁気測定を行ったところ、磁界の強さ800A/mでの磁束密度B8は1.92Tであった。
【0086】
一方、質量%および質量ppmで、C:25ppm, Si:3.2%, Mn:0.15%, S:15ppm,Sn:0.01%を含み、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる30mmの薄スラブをトンネル炉で1000℃に加熱し、さらに、熱間圧延して2.2mm厚とした後、950℃で30秒の熱延板焼鈍を施し、タンデムミルにて1回の冷間圧延で最終板厚0.23mmの冷延板とした。その後750℃で再結晶焼鈍を行い、一次再結晶板を得た。
前記二次再結晶板は圧延方向に対して幅100mmを2つ、上記一次再結晶板は圧延方向に対して幅800mmを1つ、それぞれ剪断後、上記一次再結晶板の圧延方向であって両端に二次再結晶板を並べてファイバーレーザによる突合せ溶接を同一条件で2カ所行った。かかる溶接は、真空チャンバー内で行い、真空度は約50Pa~1kPa、溶接速度は1~10m/分、出力は20kW以下とし、ビーム径が細すぎるため適宜フォーカス条件を変化させて、溶接できる条件を探索しつつ実施した。
種々のサンプルについて溶接部を切り出し、断面SEM観察にて接合部近傍の粒径分布や酸化物の定量評価を行った。なお、溶接面側の反対側の溶接状態をみて、レーザが貫通したか否かの判断は目視で行った。また、かかる評価は、両エッジ2カ所の評価を平均した。
【0087】
実施例1と同様にして、圧延直角方向に長さ1000mm、圧延方向に幅100mmとなるよう試験片を切り出し、炉内有効長が1200mmの6ゾーン制御が可能な温度傾斜炉にて、炉内の両端が高温、中心側が低温となるよう、試験片を中央に設置し、二次再結晶板の溶接された一次再結晶板の両端から中央にかけて温度傾斜(150℃/300mm)をつけ、室温から高温側が1100℃となるまで、10℃/時の一定昇温速度で加熱し、到達後に電源を切り、炉冷した。傾斜焼鈍後の試験片のうち、もともと一次再結晶板であった800mmのうちから中央の100mmを切り出し、100mm×100mmの試験片サイズで単板試験機(SST)にて圧延方向の磁束密度B8を測定し、溶接後の断面調査結果と合わせて表2に記載した。
【0088】
【表2】
【0089】
表2に示したとおり、レーザ溶接自体は真空度を高くしても(1kPa)実施可能ではあるが、真空度に依存して、溶接部の近傍に酸化物が形成され、突合せ部から前記正方形の領域側(0.23mm×0.23mm)のSEM観察において、かかる酸化物の面積率が5%以上の条件ではゴス方位結晶の成長が起こらなかったり、部分的に起こったとしてもゴス方位結晶で試験片全面を覆ったりすることはできなかった(No.1、No.5、No.6)。
また、接合自体は強固に良好であっても入熱が大きすぎて溶接部近傍の結晶粒が粗大化し、上記正方形の領域において、溶接前の平均一次再結晶粒径の1.8倍以上となる粗大粒の占める面積率が70%以上となった場合には、やはりゴス方位を有する結晶の粒成長が正常に起こらず、良好な二次再結晶粒で全面を覆うことで良好な磁束密度となる鋼帯を得ることができなかった(No.1、No.2、No.6)。
【0090】
一方、本発明の条件を満たせば、溶接が裏面まで完全に届かない未貫通条件であっても、鋼帯同士が離隔しない程度に接合できていれば、ゴス方位結晶が粒成長し、極めて高い磁束密度の電磁鋼帯を得ることができた(No.3、No.7)。
【0091】
なお、薄鋼帯の突合せ溶接のため、うまく接合できなかったり、レーザ出力が強すぎて溶断してしまったりした場合には粒成長の評価自体ができなかった(No.4、No.8)。