(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024034575
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】車両制御装置、車両制御方法および車両制御システム
(51)【国際特許分類】
B60W 30/02 20120101AFI20240306BHJP
B60L 15/20 20060101ALI20240306BHJP
B60T 8/1755 20060101ALI20240306BHJP
B60T 8/172 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
B60W30/02
B60L15/20 J
B60T8/1755 Z
B60T8/172 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022138913
(22)【出願日】2022-09-01
(71)【出願人】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002549
【氏名又は名称】弁理士法人綾田事務所
(72)【発明者】
【氏名】篠原 尚希
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 圭介
【テーマコード(参考)】
3D241
3D246
5H125
【Fターム(参考)】
3D241BA18
3D241BA51
3D241BB01
3D241BC01
3D241CA08
3D241CC03
3D241CC08
3D241CD20
3D241DA13Z
3D241DA39Z
3D241DA48Z
3D241DB02Z
3D241DB05Z
3D241DB06Z
3D241DB46Z
3D241DC45Z
3D246AA08
3D246DA01
3D246EA05
3D246GA08
3D246GB39
3D246HA03A
3D246HA08A
3D246HA25A
3D246HA32A
3D246HA35B
3D246HA39A
3D246HA39B
3D246HA44A
3D246HA64A
3D246HA86B
3D246HA94A
3D246HB08B
3D246JB49
3D246JB53
3D246KA02
5H125AA01
5H125AC12
5H125BA00
5H125CA01
5H125CB00
5H125EE44
5H125EE51
5H125EE53
5H125EE57
(57)【要約】
【課題】 車両停車の際のピッチング変動の抑制を効果的に実現できる車両制御装置、車両制御方法および車両制御システムを提供する。
【解決手段】 総制動トルクに基づいて車両を減速させるときに、摩擦制動力が発生している状態で、リアモータ7による駆動力を発生させるために出力する制御指令を、車両の状態に起因した演算結果の信頼度に応じて補正する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に摩擦制動力を発生させる摩擦制動装置と、前記車両に駆動力を発生させる駆動装置と、を有する前記車両に備えられ、入力した情報に基づいて演算した結果を出力するコントロール部を備える車両制御装置であって、
前記コントロール部は、
前記車両を減速させるための総制動力に関する物理量を取得し、
前記総制動力に関する物理量に基づいて前記車両を減速させるときに、前記摩擦制動力が発生している状態で、前記駆動装置による駆動力を発生させるために出力する制御指令を、
前記車両の状態に起因した演算結果の信頼度に応じて補正する、
車両制御装置
【請求項2】
請求項1に記載の車両制御装置であって、
前記コントロール部は、
少なくとも、前記車両の速度に関する物理量、前記車両の目標摩擦制動力に関する物理量および前記摩擦制動装置の温度に関する物理量、を含む前記車両の状態に起因した演算結果の信頼度に応じて前記制御指令を補正する、
車両制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車両制御装置であって、
前記コントロール部は、
所定の補正ゲイン基準値を、前記車両の速度に関する物理量に起因した演算結果の信頼度および前記目標摩擦制動力に関する物理量に起因した演算結果の信頼度、に応じて補正した出力値に、
前記目標摩擦制動力に関する物理量に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるゲインおよび前記摩擦制動装置の温度に関する物理量に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるゲイン、に基づいて取得した評価ゲインを乗じて最終補正ゲインを求め、
前記最終補正ゲインに基づいて前記制御指令を補正する、
車両制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載の車両制御装置であって、
前記コントロール部は、
前記所定の補正ゲイン基準値を、前記車両の速度に関する物理量に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるカットオフ周波数および前記目標摩擦制動力に関する物理量に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるカットオフ周波数、に基づいた可変カットオフフィルタを通した前記出力値に、
前記評価ゲインを乗じて最終補正ゲインを求める、
車両制御装置。
【請求項5】
請求項4に記載の車両制御装置であって、
前記目標摩擦制動力に関する物理量に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるカットオフ周波数は、前記目標摩擦制動力の大きさに起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるカットオフ周波数と、前記目標摩擦制動力の変化速度に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるカットオフ周波数と、を含む、
車両制御装置。
【請求項6】
請求項5に記載の車両制御装置であって、
前記車両の速度に関する物理量に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるカットオフ周波数は、前記速度が大きいほど高く、
前記目標摩擦制動力の大きさに起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるカットオフ周波数は、前記目標摩擦制動力が大きいほど高く、
前記目標摩擦制動力の変化速度に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるカットオフ周波数は、前記変化速度が小さいほど高く、
設定される車両制御装置。
【請求項7】
請求項6に記載の車両制御装置であって、
前記可変カットオフフィルタのカットオフ周波数は、
前記車両の速度に関する物理量に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるカットオフ周波数、前記目標摩擦制動力の大きさに起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるカットオフ周波数および前記目標摩擦制動力の変化速度に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるカットオフ周波数のセレクトローにより設定される、
車両制御装置。
【請求項8】
請求項3に記載の車両制御装置であって、
前記摩擦制動装置の温度に関する物理量は、ブレーキパッドの温度である、
車両制御装置。
【請求項9】
請求項8に記載の車両制御装置であって、
前記目標摩擦制動力に関する物理量に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるゲインは、前記目標摩擦制動力の大きさに起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるゲインと、前記目標摩擦制動力の変化速度に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるゲインと、を含む、
車両制御装置。
【請求項10】
請求項9に記載の車両制御装置であって、
前記目標摩擦制動力の大きさに起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるゲインは、前記目標摩擦制動力が大きいほど高く、
前記目標摩擦制動力の変化速度に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるゲインは、前記変化速度が小さいほど高く、
前記ブレーキパッドの温度に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるゲインは、前記温度の変化量が小さいほど高く、
設定される車両制御装置。
【請求項11】
請求項10に記載の車両制御装置であって、
前記評価ゲインは、
前記目標摩擦制動力の大きさに起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるゲインに、
前記目標摩擦制動力の変化速度に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるゲインおよび前記ブレーキパッドの温度に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるゲインのセレクトハイにより取得したゲインを乗じて設定される、
車両制御装置。
【請求項12】
請求項3に記載の車両制御装置であって、
前記コントロール部は、
前記目標摩擦制動力に関する物理量、前記駆動装置の駆動力、前記車両の前後方向の加速度、前記車両の走行抵抗および前記車両の重量に基づいて前記補正ゲインを求める、
車両制御装置。
【請求項13】
車両に摩擦制動力を発生させる摩擦制動装置と、前記車両に駆動力を発生させる駆動装置と、を備えた前記車両に搭載されたコントロールユニットが実行する車両制御方法であって、
前記コントロールユニットが、
前記車両を減速させるための総制動力に関する物理量を取得し、
前記目標制動力に関する物理量に基づいて前記車両を減速させるときに、前記摩擦制動力が発生している状態で、前記駆動装置による駆動力を発生させるために出力する制御指令を、
前記車両の状態に起因した演算結果の信頼度に応じて補正する、
車両制御方法。
【請求項14】
車両に摩擦制動力を発生させる摩擦制動装置と、
前記車両に駆動力を発生させる駆動装置と、
入力した情報に基づいて演算した結果を出力する制御装置であって、
前記制御装置は、
前記車両を減速させるための総制動力に関する物理量を取得し、
前記目標制動力に関する物理量に基づいて前記車両を減速させるときに、前記摩擦制動力が発生している状態で、前記駆動装置による駆動力を発生させるために出力する制御指令を、
前記車両の状態に起因した演算結果の信頼度に応じて補正する、
制御装置と、
を備える車両制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両制御装置、車両制御方法および車両制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、車両停車間際のピッチング変動の抑制を狙いとし、車両速度に関する物理量と、車両を減速させるために必要な要求制動力に関する物理量とを取得し、要求制動力に関する物理量に基づいて車両を減速させる際、摩擦制動力が発生している状態で、駆動装置によって駆動力を発生させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来の車両制御装置にあっては、摩擦制動力の指令値に基づいて駆動力を増加させているが、推定した摩擦制動力と実際に車両に発生している制動力との間には、ブレーキパッドの温度変化などによる摩擦係数の変化等に起因する誤差が生じ、この誤差の影響により、滑らかな停車が効果的に実現できないおそれがあった。
本発明の目的の一つは、車両停車の際のピッチング変動の抑制を効果的に実現できる車両制御装置、車両制御方法および車両制御システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一実施形態における車両制御装置は、総制動力に関する物理量に基づいて車両を減速させるときに、摩擦制動力が発生している状態で、駆動装置による駆動力を発生させるために出力する制御指令を、車両の状態に起因した演算結果の信頼度に応じて補正する。
【発明の効果】
【0006】
よって、本発明にあっては、車両停止の際のピッチング変動の抑制を効果的に実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】実施形態1の車両制御システムを備えた電動車両1の概略図である。
【
図2】実施形態1のリアモータ7の制御ブロック図である。
【
図3】実施形態1の総制動トルク算出部34の制御ブロック図である。
【
図4】実施形態1の制御ゲイン算出部35の制御ブロック図である。
【
図5】実施形態1の加算トルク算出部37の制御ブロック図である。
【
図6】実施形態1の推定摩擦制動力補正ゲイン算出部33の制御ブロック図である。
【
図7】実施形態1の信頼性評価フィルタ部73の制御ブロック図である。
【
図8】摩擦制動力の大きさに基づくカットオフ周波数マップである。
【
図9】摩擦制動力変化速度に基づくカットオフ周波数マップである。
【
図10】車両速度に基づくカットオフ周波数マップである。
【
図11】可変カットオフフィルタ85のゲイン変換部の制御ブロック図である。
【
図12】実施形態1の信頼性評価ゲイン算出部74の制御ブロック図である。
【
図13】摩擦制動力の大きさに基づく信頼性評価ゲインマップである。
【
図14】摩擦制動力変化速度に基づく信頼性評価ゲインマップである。
【
図15】パッド温度変化に基づく信頼性評価ゲインマップである。
【
図16】実施形態1の信頼性評価フィルタ部73の動作例を示す、車両速度、Gセンサ値、ブレーキ液圧およびパッドμのタイムチャートである。
【
図17】実施形態1の信頼性評価ゲイン算出部74の動作例を示す、車両速度、Gセンサ値、ブレーキ液圧、パッドμおよびモータトルクタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
〔実施形態1〕
図1は、実施形態1の車両制御システムを備えた電動車両1の概略図である。
電動車両1は、前輪2FL,2FRと後輪2RL,2RRと、各輪に設けられ車輪に摩擦制動力を発生させる摩擦ブレーキ(摩擦制動装置)3FL,3FR,3RL,3RR(以下、各輪の摩擦ブレーキを総称して摩擦ブレーキ3とも記載する。)を有する。
電動車両1は、後輪2RL,2RRにトルクを出力するリアモータ(駆動装置)7を有する。quintessential quintupletsなお、後輪2RL,2RRを総称して駆動輪2とも記載する。リアモータ7および後輪2RL,2RR間の動力伝達は、減速機8、ディファレンシャル10およびリア車軸6RL,6RRを介して行われる。
【0009】
各車輪2FL,2FR,2RL,2RRは、車輪速を検出する車輪速センサ11FR,11FL,11RL,11RRを有する。リアモータ7は、モータ速度(モータ回転数)を検出する後輪用レゾルバ13を有する。また、電動車両1は、車両の前後方向加速度(以下、単に加速度とも言う。)を検出するGセンサ5を有する。
摩擦ブレーキ3は、各輪と一体に回転するブレーキロータに対し、各輪の回転軸方向にブレーキパッドを押し付けて摩擦力により制動力を発生させる。実施形態1の摩擦ブレーキ3は、ブレーキ液圧により作動するホイルシリンダによってブレーキパッドを押し付ける構成について説明するが、電動モータにより駆動するボールねじ機構等を介してブレーキパッドを押し付ける構成としてもよく、特に限定しない。
【0010】
電動車両1は、低電圧バッテリ14および高電圧バッテリ15を有する。低電圧バッテリ14は、例えば鉛蓄電池である。高電圧バッテリ15は、例えばリチウムイオン電池またはニッケル水素電池である。高電圧バッテリ15は、DC-DCコンバータ16により昇圧された電力により充電される。
電動車両1は、車両制御装置(コントロール部)17、ブレーキ制御装置18、リアモータ制御装置20およびバッテリ制御装置19を有する。各制御装置17,18,20は、CANバス21を介してお互いに情報を共有する。
【0011】
車両制御装置17は、後輪用レゾルバ13、アクセル操作量を検出するアクセルペダルセンサ22、ブレーキ操作量を検出するブレーキセンサ23、ギヤ位置センサ24等の各種センサから情報を取得し、車両の統合制御を行う。車両制御装置17は、運転者のアクセル操作やブレーキ操作等に応じた要求トルクに対し、要求配分トルクに応じてリアモータ7が出力すべき運転者要求トルクを出力する。
ブレーキ制御装置18は、ブレーキセンサ23等の各種センサから情報を取得して車両の目標制動力のトルク換算値である目標制動トルクを設定し、目標制動トルクに応じて各輪に必要なブレーキ液圧を発生させ、油圧配管18aを通して摩擦ブレーキ3に出力する。
【0012】
バッテリ制御装置19は、高電圧バッテリ15の充放電状態および高電圧バッテリ15を構成する単電池セルを監視する。バッテリ制御装置19は、高電圧バッテリ15の充放電状態等に基づいて、バッテリ要求トルク制限値を算出する。バッテリ要求トルク制限値は、リアモータ7において許容する最大トルクである。例えば高電圧バッテリ15の充電量が低下しているときには、通常よりもバッテリ要求トルク制限値を小さな値に設定する。
リアモータ制御装置20は、リア要求トルクに基づいてリアモータ7に供給する電力を制御する。
【0013】
実施形態1の電動車両1では、停車時の不快な車両の揺れを抑制し、乗員の疲労を軽減することを狙いとし、車両の停止際において、実際に車両に発生している制動トルクを推定した総制動トルク相当の駆動トルクをリアモータ7で出力するアンチジャーク制御を実施する。これにより、一定のブレーキ操作量での停車時に生じる前後ジャーク(加加速度)を、アンチジャーク制御無しの場合と比べて68%程度低減できる。つまり、巧みなブレーキ操作無しでも、滑らかな停車を実現できる。
【0014】
図2は、実施形態1のリアモータ7の制御ブロック図である。
運転者要求トルク算出部31は、アクセル操作量と車両速度から運転者要求トルクを算出する。車輪速度は、各車輪速センサ11FR,11FL,11RL,11RRにより検出された各車輪速から適宜任意の方法で求めるが、低速では後輪用レゾルバ13により検出されたモータ速度を参照して求める。
勾配抵抗算出部32は、車両速度、Gセンサ値および車両重量に基づき、路面勾配によって車両に作用する抵抗である勾配抵抗を算出する。具体的には、車両速度の微分値とGセンサ値との偏差から勾配により発生した推定勾配加速度を求め、勾配により発生した推定勾配加速度と車両重量から勾配抵抗を算出する。
【0015】
推定摩擦制動力補正ゲイン算出部33は、Gセンサ値、車両速度、推定摩擦制動力、走行抵抗、車両重量、モータトルクおよびブレーキパッド温度に基づき、パッドμ(摩擦係数)変化に伴う推定摩擦制動力の推定誤差を補正するための最終補正ゲインを算出する。温度変化や湿度変化等によりパッドμが変化すると、実際にブレーキにより車両へ発生する制動力に対し、推定摩擦制動力にずれが生じる。そこで、パッドμを推定し、パッドμのノミナル値に対する推定パッドμの誤差を打ち消すために推定摩擦制動力(のトルク換算値)を補正するゲインを算出する。
推定摩擦制動力は、各輪の推定摩擦制動力の総和として求める。各輪の推定摩擦制動力Biは、下記の式(1)を用いて算出する。
各輪の推定摩擦制動力Bi=ブレーキ液圧×シリンダ面積×ブレーキ有効半径×パッドμ(ノミナル値) …(1)
ここで、パッドμのノミナル値は、一度設定したら走行中は変更しない。ノミナル値は、ブレーキパッドの温度-μ特性を予めマップとして取得しておき、マップを参照して設定する。ノミナル値を算出する際のブレーキパッドの温度は、走行開始時の外気温度でもよいし、予め規定した温度(例えば、20℃)を用いてもよい。
走行抵抗は、予め車両重量や車両速度の変化に対する走行抵抗の変化を取得しそれを基に算出してもよいし、推定されてもよい。
推定摩擦制動力はブレーキ液圧からではなく運転者のブレーキペダルのストローク量から推定されてもよい。
推定摩擦制動力補正ゲイン算出部33の詳細については後述する。
【0016】
総制動トルク算出部34は、走行抵抗、推定摩擦制動力、勾配抵抗および最終補正ゲインに基づき、総制動トルクを算出する。
図3は、実施形態1の総制動トルク算出部34の制御ブロック図である。制動力トルク変換部41は、推定摩擦制動力を推定摩擦制動トルクに変換する。乗算器42は、推定摩擦制動トルクに最終補正ゲインを乗じて、ブレーキパッドのμ変化に伴う推定誤差を補正した補正後推定摩擦制動トルクを算出する。第1加算器43および第2加算器44は、補正後推定摩擦制動トルクに勾配抵抗相当のトルクおよび走行抵抗相当のトルクを加算する。リミッタ45は、補正後推定摩擦制動トルクに勾配抵抗相当のトルクおよび走行抵抗相当のトルクを加算した値と、0とを比較し、値の大きな方を総制動トルクとして出力する。
【0017】
制御ゲイン算出部35は、車両速度および総制動トルクに基づき、制御ゲインを算出する。
図4は、実施形態1の制御ゲイン算出部35の制御ブロック図である。加速度推定値算出部51は、車両速度を微分して加速度を算出する。加速度ベース制御ゲインマップ52は、加速度に応じた加速度ベース制御ゲインを設定する。加速度ベース制御ゲインマップ52では、絶対値として既定値x2(G)よりも小さな減速度の場合には、加速度ベース制御ゲインを1(100%)とする一方、絶対値として既定値x2(G)以上の減速度が生じる場合には、減速度の絶対値が大きいほど、加速度ベース制御ゲインを徐々に小さくする。加速度ベース制御ゲインの最小値は、0(0%)とする。これにより、急制動時にトルクが加算されることを回避できる。なお、急制動時には、ピッチング方向の振動を抑制することよりも制動力を確保することが望ましいのは言うまでもない。
【0018】
速度ベース制御ゲインマップ53は、車両速度および総制動トルクに応じた3次元マップに基づき速度ベース制御ゲインを設定する。速度ベース制御ゲインは、総制動トルクが0付近の所定領域のみ総制動トルクが小さくなるに従って、線形的に小さくなり、所定領域を超える大部分の領域では、最大値1となる特性を有する。なお、最大値は1以外の正の値としてもよい。また、速度ベース制御ゲインは、車両速度が小さくなるに従って、線形的に大きくなるように設定されている。さらに、速度ベース制御ゲインは、総制動トルクが大きくなるに従って、値が0から立ち上がる車両速度(ゲイン増加開始速度)が大きくなるように設定されている。すなわち、速度ベース制御ゲインは、総制動トルクが大きくなるに従って、アンチジャーク制御指令を介入させる車両速度(アンチジャーク制御による駆動力の発生を開始する車両速度)が大きくなる特性を有する。
【0019】
停車判断部54は、車両速度、総制動トルク、車両重量および推定摩擦制動力を入力し、停車時間が0以外の場合に停車判断フラグをクリア(=0)し、停車時間が0となった場合に停車判断フラグをセット(=1)する。
制御ゲインレートリミット部55は、速度ベース制御ゲインの増加側と減少側の変化速度を制限する。また、停車判断フラグがセット(=1)された場合には、それまで使用していた減少側の変化速度制限値を変更する。
乗算器56は、加速度ベース制御ゲインに速度ベース制御ゲインを乗じた値を最終的な制御ゲインとして出力する。
【0020】
図2に戻り、乗算器36は、制御ゲインを総制動トルクに乗じて、制御ゲイン乗算後総制動トルクを算出する。
加算トルク算出部37は、運転者要求トルクおよび制御ゲイン乗算後総制動トルクに基づき、アンチジャーク制御トルクとしての加算トルクを算出する。
図5は、実施形態1の加算トルク算出部37の制御ブロック図である。リミッタ61は運転者要求トルクと0とを比較し、値の大きな方を出力する。比較器62は、制御ゲイン乗算後総制動トルクからリミッタ61の出力を減じる。リミッタ63は、比較器62の出力と、0とを比較し、値の大きな方を加算トルクとして出力する。
加算器38は、運転者要求トルクに加算トルクを加えた加算後トルクをリア要求トルクとする。
【0021】
図6は、実施形態1の推定摩擦制動力補正ゲイン算出部33の制御ブロック図である。
補正ゲイン基準値算出部71は、推定摩擦制動力、モータトルク、Gセンサ値、走行抵抗および車両重量に基づき、下記の式(2)を参照して補正ゲイン基準値を算出する。
補正ゲイン基準値=(Gセンサ値×車両重量-モータトルク相当の制駆動力-走行抵抗)/推定摩擦制動力 …(2)
モータトルクは、車両制御装置の最終的なトルク指令値やインバータの最終的なトルク指令値を用いてよい。
【0022】
なお、Gセンサ値に代えて、車両速度の微分値を用いてもよい。その場合、車両速度の微分値には勾配抵抗の影響も含まれるため、式(2)の右辺分子部分を、下記のように変更する。
(車両速度の微分値×車両重量-モータトルク相当の制駆動力-走行抵抗-勾配抵抗)
さらに、車両のピッチ角が前後加速度センサ値に影響を与えるため、車両のピッチ角を検出または推定し、補正ゲイン基準値の算出時や勾配抵抗算出時に考慮される構成としてもよい。
推定摩擦制動力変化速度算出部72は、推定摩擦制動力を微分することで推定摩擦制動力の変化速度を算出する。
【0023】
信頼性評価フィルタ部73は、車両速度、推定摩擦制動力および推定摩擦制動力変化速度に基づいて補正ゲイン基準値の信頼性を評価し(信頼度を求め)、評価結果に応じて補正ゲイン基準値を補正する。信頼度は、補正ゲイン基準値の信頼性の高さの度合い(推定精度の分散、推定精度の見込み)である。
図7は、実施形態1の信頼性評価フィルタ部73の制御ブロック図である。信頼性評価フィルタ部73は、補正ゲイン基準値の信頼性の高い区間では現在の補正ゲイン基準値に重きをおき、補正ゲイン基準値の信頼性の低い区間では現在の補正ゲイン基準値ではなく信頼性評価フィルタの出力値(補正ゲイン)に重きをおいて推定するために、例えば
図11に示すような応答性を可変とする可変カットオフフィルタ85を用いる。ここで、可変カットオフフィルタ85の応答性は、前段の各周波数マップ81~83の出力値のうち最も小さいものを利用する。
図11は、可変カットオフフィルタ85のゲイン変換部の制御ブロック図である。ゲイン変換部851は、各周波数マップ81~83により決定されたカットオフ周波数をそれに応じたゲインに変換する。第1乗算器852は、補正ゲイン基準値にゲインを乗じる。比較器853は、1からゲインを減じる。第2乗算器854は、比較器853の出力に前回の可変カットオフフィルタ85の出力値(補正ゲイン)を乗じる。前回値保持部855は、前回の可変カットオフフィルタ85の出力値を保持する。加算器856は、第1乗算器852の出力値と第2乗算器854の出力値とを乗じた補正ゲインを出力する。ここで、可変カットオフフィルタ85の特性はLPF(Low Pass Filter)と同様の特性であり、さらにカットオフ周波数が0に設定された場合にはゲイン変換部の出力値を0とすることで、前回の可変カットオフフィルタ85の出力値を保持するようなフィルタ構成とすることができるため、信頼性に応じて現在の制御サイクルで推定された補正ゲイン基準値に対する応答性を適切に変更しながら、補正ゲインを算出できる。
【0024】
摩擦制動力の大きさに基づくカットオフ周波数マップ81は、数式上で考慮しきれていない外乱等の影響が小さいであろう区間に推定された値に重きをおいて、推定するためのマップである。摩擦制動力が小さいほどGセンサ値に含まれる摩擦制動力により発生した加速度に対し、数式上で加味できていない外乱により発生した加速度の影響が相対的に大きくなる。それにより、実際に補正すべき真値と(2)式で推定した補正ゲイン基準値との誤差が大きくなる可能性がある。そこで、摩擦制動力の大きさに基づくカットオフ周波数マップ81は、推定摩擦制動力が大きいほど第1カットオフ周波数Yを高くする。
図8に示すように、第1カットオフ周波数Yは、推定摩擦制動力がX1未満の場合は最小値Y1、推定摩擦制動力がX2を超える場合は最大値Y2を取り、推定摩擦制動力がX1以上、X2以下の場合は、推定摩擦制動力が大きいほど高くなるように設定されている。また、前記したように推定摩擦制動力が小さい場合には数式上で考慮しきれていない外乱の影響により、補正ゲイン基準値の推定誤差が増大するおそれがある。そのため、規定の推定摩擦制動力以下となった場合にはカットオフ周波数を低下させる。ここで、Y1は0ではない値としているが、0としてもよい。
【0025】
摩擦制動力変化速度に基づくカットオフ周波数マップ82は、Gセンサ5の応答遅れの影響が小さいであろう区間に推定された値に重きをおいて、推定するためのマップである。Gセンサ5は車両のばね上に取り付けられるため、実際に摩擦制動力が発生しても、Gセンサ値が検出するまでにタイムラグがある。それにより摩擦制動力の変化速度が速い場合には、摩擦制動力の増加により(2)式の分母項は増加しても分子のGセンサ値の部分の増加が遅いため、補正ゲイン基準値の推定誤差が大きくなる。そのため、このような応答遅れがあることが想定される場合には、前回の可変カットオフフィルタの出力値に重きを置いて推定する。なお、車両速度の微分に疑似微分を用いる場合やセンサノイズなどを除去する場合にも、フィルタなどの遅れを持つ要素は存在するため、摩擦制動力の増加に対する応答遅れは存在する。前記のように、摩擦制動力変化速度が大きいほどセンサの応答遅れが大きくなり、真値との誤差が大きくなる可能性が高いため、摩擦制動力変化速度に基づくカットオフ周波数マップ82は、推定摩擦制動力変化速度が小さいほど第2カットオフ周波数Wを高くする。
【0026】
図9に示すように、第2カットオフ周波数Wは、推定摩擦制動力変化速度の絶対値が|Z2|を超える場合は最小値W1、推定摩擦制動力変化速度の絶対値が|Z1|未満の場合は最大値W2を取り、推定摩擦制動力変化速度の絶対値が|Z1|以上、|Z2|以下の場合は、推定摩擦制動力変化速度の絶対値が大きくなるほど小さくなるように設定されている。推定摩擦制動力変化速度が速い場合には、推定摩擦制動力の変化に対して車両のばね上に取り付けられるGセンサ5の出力値はサスペンションのバネマスダンパ系の影響により応答遅れが発生するおそれがある。そこで、推定摩擦制動力の変化が早い場合には前回の可変カットオフフィルタの出力値の重みを大きくするためにカットオフ周波数が低くなるような特性とする。ここで、W1は0でない値としているが0でもよく、さらに0中心に左右対称な特性としたが、非対称な特性としてもよい。
【0027】
車両速度に基づくカットオフ周波数マップ83は、車両速度が低下した場合には前回の可変カットオフフィルタの出力値に重きをおいて推定する。ブレーキは運動エネルギーを熱エネルギーに変化するため、車両速度が低下した場合には、制動力を掛けたとしてもブレーキパッドの状態が変化しにくいことが想定されるからである。車両速度に基づくカットオフ周波数マップ83は、車両速度が大きいほど第3カットオフ周波数Rを高くする。
図10に示すように、第3カットオフ周波数Rは、車両速度がV1未満の場合は最小値R1、車両速度がV2を超える場合は最大値R2を取り、車両速度がV1以上、V2以下の場合は、車両速度が大きいほど高くなるように設定されている。車両速度が低い場合にはブレーキパッドの状態が変化しにくく、さらに車両速度の低下に伴いアンチジャーク制御が介入し、モータトルクが増加すると、摩擦制動力の変化速度が速い場合と同様にモータトルクの変化に対してGセンサ値の応答が遅れ、補正ゲイン基準値の推定誤差が増大するおそれがある。そのため、速度の低下に伴い前回の可変カットオフフィルタの出力値に重きを置いて推定できるようにカットオフ周波数を低下させる。ここで、V1は例えば総制動力と速度に応じて決定されるアンチジャーク制御のゲイン特性において規定されるアンチジャーク制御が介入開始する最も早い車両速度としてもよいし、それ以外の速度でもよい。また、R1については0でもよい。
リミッタ84は、第1カットオフ周波数Y、第2カットオフ周波数Wまたは第3カットオフ周波数Rのうち、最も値が小さなものをカットオフ周波数として出力する。
可変カットオフフィルタ85は、リミッタ84から出力されたカットオフ周波数に応じて補正ゲイン基準値にフィルタ処理を施す。
【0028】
図6に戻り、信頼性評価ゲイン算出部74は、推定摩擦制動力、推定摩擦制動力変化速度およびブレーキパッド温度に基づき、信頼性評価フィルタ部73の出力値を補正するための信頼性評価ゲインを算出する。信頼性評価ゲインは、信頼性評価フィルタ部73の出力がそれほど信頼しきれない場合や、アンチジャーク制御を強く介入させなくてもよい場合に、最終的な補正結果を低下させるためのゲインである。なお、低速走行時(例えば1km/h以下)においてはそれまで算出された信頼性評価ゲインを保持する構成としてもよい。
図12は、実施形態1の信頼性評価ゲイン算出部74の制御ブロック図である。
【0029】
摩擦制動力の大きさに基づく信頼性評価ゲインマップ91は、推定摩擦制動力が大きいほど第1信頼性評価ゲインMを高くする。
図13に示すように、第1信頼性評価ゲインMは、推定摩擦制動力がX1未満の場合は最小値M3、推定摩擦制動力がX2を超える場合は最大値1を取り、推定摩擦制動力がX1以上、X2以下の場合は推定摩擦制動力が大きいほど高くなるように設定されている。推定摩擦制動力が小さい場合には、クリープトルクと車両に発生している制動力が近しい可能性が高く、車両のピッチング量等が小さいため、アンチジャーク制御が介入しなくても乗り心地に大きな影響を与えないことが想定される。しかしながら、補正ゲインは外乱の影響等により推定誤差が大きくなる可能性が高くなるため、誤って制動距離が大幅に増加することを避けるためにゲインを低下させる。
【0030】
摩擦制動力変化速度に基づく信頼性評価ゲインマップ92は、摩擦制動力変化速度が小さいほど第2信頼性評価ゲインNを高くする。
図14に示すように、第2信頼性評価ゲインNは、推定摩擦制動力変化速度がZ2を超える場合は最小値N3、推定摩擦制動力変化速度がZ1未満の場合は最大値1を取り、推定摩擦制動力変化速度がZ1以上、Z2以下の場合は、推定摩擦制動力変化速度が小さいほど高くなるように設定されている。摩擦制動力の変化が早い場合には推定が悪化しないように信頼性評価フィルタ部73での更新を停止するおそれがあるため、踏み増しをされた場合にはそれまでの推定値との間で誤差が発生する可能性がある。そのため、規定以上の速度で推定摩擦制動力が増加した場合には、それまでの推定結果から大きく変化するおそれがあるため、第2信頼性評価ゲインNを低下させる。なお、踏み戻しについては、ブレーキパッド温度の増加等が発生しないことが想定でき、それまでの推定結果(前回の信頼性評価フィルタの出力値)から大きく変化しないと考えられるため、本実施例においては第2信頼性評価ゲインを1としているが、踏み戻しによる推定摩擦制動力変化速度が速い場合に第2信頼性評価ゲインを低下させる特性をもつマップとしてもよい。また、本実施例では推定摩擦制動力変化速度のみを参照してゲインを決定しているが、摩擦制動力変化速度と車両速度を参照し、車両速度が規定値以上で、かつ摩擦制動力変化速度が速い場合にゲインが低下するような3次元マップとしてもよい。
【0031】
パッド温度変化に基づく信頼性評価ゲインマップ93は、前回摩擦制動時のブレーキパッド温度に対してパッド温度変化量が小さいほど第3信頼性評価ゲインQを高くする。
図15に示すように、第3信頼性評価ゲインQは、パッド温度変化がP2を超える場合は最小値Q1、パッド温度変化がP1未満の場合は最大値1を取り、パッド温度変化がP1以上、P2以下の場合は、パッド温度変化が小さいほど高くなるように設定されている。パッド温度変化が小さい場合には前回の制動時に推定した補正ゲインの信頼性が高いためゲインを大きくし、パッド温度変化が大きい場合には前回値の信頼性が低下するためゲインを低下させる。パッド温度についてはセンサで取得してもよいし、パッド温度に関して推定値を用いてもよい。また、前回摩擦制動時のブレーキパッド温度は前回摩擦制動時の最終的なパッド温度を用いてよい。
リミッタ94は、第2信頼性評価ゲインNと第3信頼性評価ゲインQのうち値が大きい方を出力する。
乗算器95は、第1信頼性評価ゲインMにリミッタ94の出力値を乗じた値を信頼性評価ゲインとして出力する。
図6に戻り、乗算器75は、信頼性評価フィルタ部73の出力値に信頼性評価ゲインを乗じた値を最終補正ゲインとして出力する。
【0032】
次に、実施形態1の作用効果を説明する。
図16は、実施形態1の信頼性評価フィルタ部73の動作例を示す、車両速度、Gセンサ値、ブレーキ液圧およびパッドμのタイムチャートである。
時刻t1からt2までの区間では、液圧の変化速度が速く、Gセンサ値の遅れ等の影響により、推定パッドμの誤差が増大するおそれがあるため、現在の補正ゲイン基準値よりも前回の可変カットオフフィルタの出力値の重みを大きくし更新する。
図16の場合はカットオフ周波数を0とし、前回値を保持している。
時刻t3からt4までの区間では、ブレーキ液圧が小さく、摩擦制動力が弱いため、車両減速度に含まれる摩擦制動力の影響に対し、考慮しきれていない外乱やセンサ誤差等の影響が相対的に大きくなることで、推定誤差が大きくなるおそれがある。そのため、この場合にも前回の可変カットオフフィルタの出力値の重みを大きくして更新する。
【0033】
図17は、実施形態1の信頼性評価ゲイン算出部74の動作例を示す、車両速度、Gセンサ値、ブレーキ液圧、パッドμおよびモータトルクのタイムチャートである。
時刻t1からt2までの区間では、液圧の変化速度が速く、信頼性評価フィルタ部73で更新を停止するおそれがあるため、補正後推定摩擦制動力を低下させる。
時刻t3からt4までの区間では、摩擦制動力が小さいため、アンチジャーク制御が強く介入せずとも乗り心地が悪化しづらい。そこで、推定したパッドμに誤差が含まれる可能性も考慮し、補正後推定摩擦制動力を低下させる。
【0034】
以上のように、実施形態1の車両制御装置17は、総制動トルクに基づいて車両を減速させるときに、摩擦制動力が発生している状態で、リアモータ7による駆動力を発生させるために出力する制御指令(加算トルクを決めるための総制動トルクを算出する際の最終補正ゲイン)を、車両の状態に起因した演算結果の信頼度に応じて補正する。これにより、アンチジャーク制御において、実制動力に対する摩擦制動力の推定誤差の影響を抑制した加算トルクの出力が可能となり、車両停止の際のピッチング変動の抑制等を効果的に実現できる。
【0035】
車両制御装置17は、少なくとも、車両速度、摩擦制動力に関する物理量および摩擦ブレーキ3の温度、を含む車両の状態に起因した演算結果の信頼度に応じて制御指令を補正する。アンチジャーク制御において、補正すべき真値と補正ゲイン基準値との誤差は、車両速度、摩擦制動力および摩擦ブレーキ3の温度に応じて大きく変動するため、これらを考慮した信頼度に応じて制御指令を補正することにより、アンチジャーク制御において、摩擦制動力の推定誤差の影響をより効果的に抑制できる。
【0036】
車両制御装置17は、所定の補正ゲイン基準値を、車両速度に起因した演算結果の信頼度、摩擦制動力に関する物理量に起因した演算結果の信頼度、に応じて補正した信頼性評価フィルタ部73の出力値に、摩擦制動力に関する物理量に起因した演算結果の信頼度に応じて設定される信頼性評価ゲインおよび摩擦ブレーキ3の温度に関する物理量に起因した演算結果の信頼度に応じて設定される信頼性評価ゲイン、に基づいて信頼性評価ゲイン算出部74により算出した信頼性評価ゲインを乗じて最終補正ゲインを求め、最終補正ゲインに基づいて制御指令を補正する。これにより、信頼性の高い区間では現在の補正ゲイン基準値に重きをおき、信頼性の低い区間では前回の可変カットオフフィルタの出力値に重きをおいた推定が可能となり、推定誤差の影響をより効果的に抑制できる。また、信頼性評価フィルタ部73の出力の信頼性が低い場合や、アンチジャーク制御を強く介入させる必要がない場合には、最終補正ゲインを小さくすることにより、誤って制動距離が大幅に増加するのを抑制できる。
【0037】
車両制御装置17は、所定の補正ゲイン基準値を、車両速度に基づく第3カットオフ周波数Rおよび摩擦制動力に関する物理量に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるカットオフ周波数、に基づいた可変カットオフフィルタ85を通した出力値に、評価ゲインを乗じて最終補正ゲインを求める。可変カットオフフィルタ85を用い、信頼性の高い区間ではカットオフ周波数を高くし、信頼性の低い区間ではカットオフ周波数を低くすることにより、信頼性の高い区間では現在の補正ゲイン基準値に重きをおき、信頼性の低い区間では前回の可変カットオフフィルタの出力値に重きをおいた推定が可能となる。
【0038】
摩擦制動力に関する物理量に起因した演算結果の信頼度に応じて設定されるカットオフ周波数は、摩擦制動力の大きさに起因した演算結果の信頼度に応じて設定される第1カットオフ周波数Yと、摩擦制動力変化速度に起因した演算結果の信頼度に応じて設定される第2カットオフ周波数Wと、を含む。摩擦制動力が小さいほど真値との誤差が大きくなる可能性が高く、摩擦制動力変化速度が速い場合にはGセンサ5の応答遅れによって誤差が大きくなる。よって、摩擦制動力の大きさおよび摩擦制動力変化速度に応じてカットオフ周波数を設定することにより、摩擦制動力の推定誤差の増大を抑制できる。
【0039】
車両速度に基づく第3カットオフ周波数Rは、速度が大きいほど高く、摩擦制動力の大きさに基づく第1カットオフ周波数Yは、摩擦制動力が大きいほど高く、摩擦制動力変化速度に基づく第2カットオフ周波数Wは、変化速度が小さいほど高く、設定される。これにより、信頼性が低下する期間では、前回の可変カットオフフィルタの出力値に重きをおいた推定となるため、摩擦制動力の推定誤差の増大を抑制できる。
【0040】
可変カットオフフィルタ85のカットオフ周波数は、車両速度に基づくカットオフ周波数、摩擦制動力に基づくカットオフ周波数および摩擦制動力変化速度に基づくカットオフ周波数のセレクトローにより設定される。セレクトローによりカットオフ周波数を選択することで、信頼性の低い区間であるにもかかわらず、現在の補正ゲイン基準値に重きをおいて推定がなされることによる、推定誤差の増大を抑制できる。
【0041】
摩擦ブレーキ3の温度に関する物理量は、ブレーキパッドの温度である。パッドμはパッド温度に依存し、前回摩擦制動時からパッド温度変化が小さい場合、過去に推定した信頼性評価フィルタの出力値を強く利用している場合にも誤差が小さいことが想定される一方、パッド温度変化が大きい場合には、真値と過去に推定した信頼性評価フィルタの出力値との誤差が大きいことが想定される。よって、パッド温度変化に応じて信頼性ゲインを変化させることにより、推定した補正ゲインと真値との誤差により制動距離が増大することを抑制できる。
【0042】
摩擦制動力に関する物理量に起因した演算結果の信頼度に応じて設定される信頼性評価ゲインは、摩擦制動力の大きさに基づく第1信頼性評価ゲインMと、摩擦制動力変化速度に基づく第2信頼性評価ゲインNと、を含む。摩擦制動力が小さい場合には、アンチジャーク制御が介入しなくても乗り心地に大きな影響を与えないと共に、外乱の影響により推定誤差が大きくなる可能性が高い。また、摩擦制動力変化速度が大きい場合は信頼性評価フィルタ部73での更新を停止することで推定した補正ゲインと真値との誤差が大きくなるおそれがある。よって、摩擦制動力の大きさおよび摩擦制動力変化速度に応じて信頼性評価ゲインを設定することにより、推定した補正ゲインと真値との誤差により制動距離が増大することを抑制できる。
【0043】
摩擦制動力の大きさに基づく第1信頼性評価ゲインMは、摩擦制動力が大きいほど高く、摩擦制動力変化速度に基づく第2信頼性評価ゲインNは、摩擦制動力変化速度が小さいほど高く、パッド温度変化に基づく第3信頼性評価ゲインQは、前回摩擦制動時からパッド温度変化が小さいほど高く、設定される。これにより、信頼性が低下する期間では信頼性評価ゲインが小さくなるため、推定した補正ゲインと真値との誤差により制動距離が増大することを抑制できる。
【0044】
信頼性評価ゲインは、摩擦制動力の大きさに基づく第1信頼性評価ゲインMに、摩擦制動力変化速度に基づく第2信頼性評価ゲインNおよびパッド温度変化に基づく第3信頼性評価ゲインQのセレクトハイにより取得したゲインを乗じて設定される。例えば、低速からブレーキを踏まれた場合は、パッド温度の増加等が小さいため、ブレーキの摩擦係数は大きく変化しないことが想定されるが、摩擦制動力変化速度が大きいため、第2信頼性評価ゲインNは最小値となってしまう。そこで、第2信頼性評価ゲインNおよび第3信頼性評価ゲインQのセレクトハイとすることにより、低速からブレーキを踏まれた場合には第3信頼性評価ゲインQが選択されるため、信頼性評価フィルタの出力値の信頼性が高い区間であるにもかかわらず、信頼性評価ゲインが過小になるのを抑制できる。
【0045】
〔他の実施形態〕
以上、本発明を実施するための実施形態を説明したが、本発明の具体的な構成は実施形態の構成に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等があっても本発明に含まれる。
実施形態では、後輪駆動の電動車両に本発明を適用した例を示したが、前輪駆動の電動車両や四輪駆動の電動車両でもよい。また、電動車両に限らず、内燃機関であるエンジンを備えた車両や、エンジンとモータの両方を用いて走行可能なハイブリッド車両であってもよい。すなわち、摩擦ブレーキを用いた車両停止時に、車両が停止可能な範囲で、もしくは駆動輪と路面との間に制動力が働く範囲で、駆動源側からトルクを付与可能な構成、または摩擦ブレーキを低減可能な構成であればよい。
【0046】
実施形態1の信頼性評価フィルタ部73では、各周波数マップ81~83の出力値のセレクトローでカットオフ周波数の設定をしているが、各周波数マップ81~83の出力値を乗算してカットオフ周波数を算出してもよい。
また、例えばモータトルクの変化速度によってもGセンサ値の応答遅れが発生する場合があるため、モータトルクの変化速度を参考にカットオフ周波数を変更する周波数マップを追加してもよい。さらに、路面が悪路と考えられる場合にはGセンサ値にノイズが増加し補正ゲイン基準値の推定精度が悪化するおそれがあるため、路面外乱に応じてカットオフ周波数を変更する周波数マップを追加してもよい(路面外乱の推定にはGセンサ値に発生しているノイズをハイパスフィルタ等で検出してもよいし、ステレオカメラ等の情報から検出してもよい。)。
【0047】
実施形態1の信頼性評価ゲイン算出部74において、3つの信頼性評価ゲインM,N,Qについては上限を1とするのが好ましいが、1以外の値としてもよく、下限値(M3、N3、Q1)についても0としてよい。また、実施形態1では、各信頼性評価ゲインマップ91~93を用いる構成としたが、パッド表面の湿度も制動力に影響することが想定されるため、前回制動時からの経過時間や制動開始速度、湿度に基づいてゲインを算出するマップを使用してもよい。
また、実施例において摩擦制動力の大きさに基づくカットオフ周波数MAP81と摩擦制動力の大きさに基づく信頼性評価ゲインMAP91のX1とX2、摩擦制動力変化速度に基づくカットオフ周波数MAP82と摩擦制動力変化速度に基づく信頼性評価ゲインMAP92のZ1とZ2を同じ変数で標記しているが、それぞれ異なる値を用いてもよい。
【符号の説明】
【0048】
1…電動車両(車両)、3…摩擦ブレーキ(摩擦制動装置)、7…リアモータ(駆動装置)、17…車両制御装置(コントロール部)