(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024034667
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】ボールねじ装置
(51)【国際特許分類】
F16H 25/22 20060101AFI20240306BHJP
F16H 25/24 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
F16H25/22 C
F16H25/24 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022139066
(22)【出願日】2022-09-01
(71)【出願人】
【識別番号】390029805
【氏名又は名称】THK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114498
【弁理士】
【氏名又は名称】井出 哲郎
(74)【代理人】
【識別番号】100222243
【弁理士】
【氏名又は名称】庄野 友彬
(72)【発明者】
【氏名】中村 太
【テーマコード(参考)】
3J062
【Fターム(参考)】
3J062AA21
3J062AA27
3J062AA38
3J062AB22
3J062AC07
3J062CD05
3J062CD07
3J062CD54
(57)【要約】
【課題】
無負荷通路内を転動するボールが当該通路内に露出するナット部材の角部に接触するのを防止し、長期にわってボールの良好な転動状態を維持することが可能なボールねじ装置を提供する。
【解決手段】
ナット部材は、負荷通路の両端に対応して径方向に貫通する一対のボール循環孔を有すると共にこれら一対のボール循環孔の間にボール戻し溝が形成されたナット本体と、前記ナット本体の一対のボール循環孔に装着されると共に第一方向転換溝が形成された一対の循環部材と、前記ナット本体に装着されて前記ボール戻し溝及び前記一対の循環部材を覆い、前記ボール戻し溝と重なり合って前記戻し通路を構成する案内溝を有すると共に、この案内溝から連続し前記循環部材の第一方向転換溝と重なり合って前記方向転換路を構成する第二方向転換溝を有する蓋部材と、を備え、前記ボール戻し溝の溝幅は、前記案内溝の溝幅よりも大きく設定されている。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多数のボールと、
外周面に前記ボールの転動溝が螺旋状に形成されたねじ軸と、
前記ねじ軸が挿通される貫通孔を有し、前記多数のボールを介して前記ねじ軸に螺合すると共に、前記多数のボールの無限循環路を有するナット部材と、を備え、
前記無限循環路は、
前記ねじ軸と前記ナット部材との間で前記多数のボールが螺旋状に転動する負荷通路と、
前記負荷通路の両端に位置する一対の方向転換路と、
前記一対の方向転換路を接続する戻し通路と、から構成され、
前記ナット部材は、
前記貫通孔を有すると共に前記ねじ軸との間に前記負荷通路が形成され、前記負荷通路の両端に対応して径方向に貫通する一対のボール循環孔を有し、更に、外周面にはこれら一対のボール循環孔の間にボール戻し溝が形成されたナット本体と、
前記ナット本体の一対のボール循環孔に装着されると共に第一方向転換溝が形成された一対の循環部材と、
前記ナット本体に装着されて前記ボール戻し溝及び前記一対の循環部材を覆い、前記ボール戻し溝と重なり合って前記戻し通路を構成する案内溝を有すると共に、この案内溝から連続し前記循環部材の第一方向転換溝と重なり合って前記方向転換路を構成する第二方向転換溝を有する蓋部材と、を備え、
前記ボール戻し溝の溝幅は、前記案内溝の溝幅よりも大きいことを特徴とするボールねじ装置。
【請求項2】
前記ボール戻し溝の深さは、前記第一方向転換溝の深さよりも大きく設定されていることを特徴とする請求項1記載のボールねじ装置。
【請求項3】
前記案内溝、前記第一方向転換溝及び前記第二方向転換溝は、前記ボールの直径よりも大きな内径の半円形状に形成される一方、前記ボール戻し溝はその長手方向に直交する断面が矩形状に形成されていることを特徴とする請求項2記載のボールねじ装置。
【請求項4】
多数のボールと、
外周面に前記ボールの転動溝が螺旋状に形成されたねじ軸と、
前記ねじ軸が挿通される貫通孔を有し、前記多数のボールを介して前記ねじ軸に螺合すると共に、前記多数のボールの無限循環路を有するナット部材と、を備え、
前記無限循環路は、
前記ねじ軸と前記ナット部材との間で前記多数のボールが螺旋状に転動する負荷通路と、
前記負荷通路の両端に位置する一対の方向転換路と、
前記一対の方向転換路を接続する戻し通路と、から構成され、
前記ナット部材は、
前記貫通孔を有すると共に前記ねじ軸との間に前記負荷通路が形成され、前記負荷通路の両端に対応して径方向に貫通する一対のボール循環孔を有し、更に、外周面にはこれら一対のボール循環孔の間にボール戻し溝が形成されたナット本体と、
前記ナット本体の一対のボール循環孔に装着されると共に第一方向転換溝が形成された一対の循環部材と、
前記ナット本体に装着されて前記ボール戻し溝及び前記一対の循環部材を覆い、前記ボール戻し溝と重なり合って前記戻し通路を構成する案内溝を有すると共に、この案内溝から連続し前記循環部材の第一方向転換溝と重なり合って前記方向転換路を構成する第二方向転換溝を有する蓋部材と、を備え、
前記ボール戻し溝の深さは、前記第一方向転換溝の深さよりも大きく設定されていることを特徴とするボールねじ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転運動と直線運動を相互に変換することが可能なボールねじ装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ボールねじ装置は回転運動と直線運動を相互に変換することが可能な機械要素であり、各種工作機械、搬送装置、産業用ロボット等において、サーボモータが発生する回転運動を直線運動に変換する目的で多用されている。前記ボールねじ装置は多数のボールを介してねじ軸と円筒状のナット部材が互いに螺合したものであり、前記ねじ軸の外周面には前記ボールが転走する螺旋状の転動溝が所定のリードで形成されている。このため、前記ねじ軸を一回転させると、前記ナット部材が前記転動溝のリード分だけ前記ねじ軸の軸方向へ移動する。従って、前記ねじ軸に与える回転数が同じであれば、前記転動溝のリードが大きいほど、前記ナット部材は前記ねじ軸の軸方向へ高速で移動することになる。
【0003】
前記ナット部材には前記多数のボールが配列された無限循環路が形成されている。この無限循環路は、前記ボールが前記ねじ軸と前記ナット部材との間で荷重を負荷しながら転動する螺旋状の負荷通路と、前記負荷通路の両端を接続すると共に前記ボールが荷重から解放された状態で転動する無負荷通路とから構成されている。前記ボールは前記ねじ軸と前記ナット部材との相対的な回転に伴って前記無限循環路を転動する。
【0004】
従来のボールねじ装置は、前記ナット部材における前記無負荷通路の構造が多々提案されおり、例えば前記転動溝のリードが大きいほど、螺旋状に形成された前記負荷通路の終端から始端へボールを戻すに際し、ボールを前記無負荷通路内で前記ナット部材の軸方向へ大きく移動させることが必要となる。
【0005】
そのような無負荷通路を有するボールねじ装置は文献1に開示されている。この文献1に開示されるボールねじ装置では、ナット部材に対して一対の循環ピース及びこれら循環ピースを相互に接続するリターン通路部材を装着することで、前記無負荷通路が構築されている。前記一対の循環ピースは前記負荷通路を転動し終えたボールを前記ねじ軸の転動溝から離脱させる接続通路を有しており、当該ボールを荷重から解放して前記ナット部材の内側から外側へ導き出す。一方、前記リターン通路部材は前記一対の循環ピースの間を繋いで前記ナット部材の軸方向へ延びる直線状のリターン通路を有しており、当該リターン通路部材をナット部材に装着することにより前記循環ピースの接続通路と前記リターン通路とが結合され、前記無負荷通路が完成する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このように転動溝のリードが大きいボールねじ装置では、ボールの無負荷通路は前記ナット部材に対して一対の循環ピース及びリターン通路部材を装着することで構築される。この場合、無負荷通路内には各部材の接続部が露出することから、これら接続部に段差が存在すると、無負荷通路内におけるボールの円滑な循環の妨げになってしまう。
【0008】
特に、前記ボールは前記ねじ軸と前記ナット部材との間で荷重を負荷していることから、通常、当該ナット部材は軸受鋼などの金属材料から形成されている。このため、前記ナット部材と前記循環ピース、または前記リターン通路部材との接続部に段差が生じてしまうと、無負荷通路を転動するボールが前記接続部において金属製のナット部材の角部に接触し、ボールの表面に異常摩耗が発生してしまう懸念があった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明はこのような課題に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、複数の部材を組み合わせてナット部材に対してボールの無負荷通路を構築するにあたり、当該無負荷通路内を転動するボールが当該通路内に露出するナット部材の角部に接触するのを防止し、長期にわたってボールの良好な転動状態を維持することが可能なボールねじ装置を提供することにある。
【0010】
本発明のボールねじ装置は、多数のボールと、外周面に前記ボールの転動溝が螺旋状に形成されたねじ軸と、前記ねじ軸が挿通される貫通孔を有し、前記多数のボールを介して前記ねじ軸に螺合すると共に、前記多数のボールの無限循環路を有するナット部材と、を備えている。前記無限循環路は、前記ねじ軸と前記ナット部材との間で前記多数のボールが螺旋状に転動する負荷通路と、前記負荷通路の両端に位置する一対の方向転換路と、前記一対の方向転換路を接続する戻し通路と、から構成されている。前記ナット部材は、前記貫通孔を有すると共に前記ねじ軸との間に前記負荷通路が形成され、前記負荷通路の両端に対応して径方向に貫通する一対のボール循環孔を有し、更に、外周面にはこれら一対のボール循環孔の間にボール戻し溝が形成されたナット本体と、前記ナット本体の一対のボール循環孔に装着されると共に第一方向転換溝が形成された一対の循環部材と、前記ナット本体に装着されて前記ボール戻し溝及び前記一対の循環部材を覆い、前記ボール戻し溝と重なり合って前記戻し通路を構成する案内溝を有すると共に、この案内溝から連続し前記循環部材の第一方向転換溝と重なり合って前記方向転換路を構成する第二方向転換溝を有する蓋部材と、を備えている。
【0011】
そして、第一の特徴として、前記ボール戻し溝の溝幅は、前記案内溝の溝幅よりも大きく設定されている。
【0012】
また、第二の特徴として、前記ボール戻し溝の深さは、前記第一方向転換溝の深さよりも大きく設定されている。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、複数の部材を組み合わせてナット部材に対してボールの無負荷通路を構築するにあたり、当該無負荷通路内にナット部材の角部が段差となって突出するのを防止することができるので、ボールの表面に傷が発生するのを防止し、長期にわたってボールの良好な転動状態を維持することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明を適用したボールねじ装置の一例を示す斜視図である。
【
図2】ナット本体に循環部材を装着した状態を示す拡大斜視図である。
【
図6】ナット本体のボール循環孔とボール戻し溝の接続部を示す拡大斜視図である。
【
図7】ナット部材に設けられた方向転換路と戻し通路との接続状態を示す斜視図である。
【
図8】循環部材と蓋部材の重ね合わせによって形成された方向転換路の断面を示す図である。
【
図9】ナット本体と蓋部材の重ね合わせによって形成された戻し通路の断面を示す図である。
【
図10】方向転換路と戻し通路の接続部をボールの転動方向と直行する方向から観察した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を用いて本発明のボールねじ装置を詳細に説明する。
【0016】
図1は本発明を適用したボールねじ装置の一例を示すものである。このボールねじ装置1は、外周面にボールの転動溝20が螺旋状に形成されたねじ軸2と、多数のボール5を介して前記ねじ軸20の周囲に螺合する円筒状のナット部材3とから構成されている。また、前記ナット部材3は前記ボールの無限循環路を備えている。前記ボール5は前記ねじ軸2とナット部材3との間に介在しており、例えば前記ねじ軸2を前記ナット部材3に対して回転させることにより、当該ナット部材3が前記ねじ軸2の軸方向へ移動し、又は前記ナット部材3を前記ねじ軸2に対して回転させることにより、当該ねじ軸2が前記ナット部材3の軸方向へ移動する。
【0017】
前記ねじ軸2の外周面には所定のリードで前記転動溝20が一条形成されており、当該ねじ軸2の軸方向に沿って一定のピッチで前記転動溝20が存在している。また、互いに隣接する転動溝20の間はねじ山部21であり、当該ねじ山部21が前記ねじ軸2の外径を示している。本実施形態において、前記転動溝20のリードは前記ねじ軸2の外径よりも大きく設定されている。
【0018】
前記ナット部材3は前記ねじ軸2が挿通される貫通孔を有して円筒状に形成されている。前記ナット部材3の内周面には前記ねじ軸2の転動溝20と同一のリードを有する螺旋状の負荷転動溝が形成されている。前記ボール5は前記ねじ軸の転動溝と前記ナット部材の負荷転動溝との間を転動し、これら前記ねじ軸2と前記ナット部材3との間で荷重を負荷する。
【0019】
前記ナット部材3は外周面に凹凸のない円筒状をなしている。このナット部材3は、前記貫通穴を有すると共に当該貫通穴の内周面に前記負荷転動溝が形成された金属製のナット本体30と、前記ナット本体30に装着される一対の循環部材31と、これら一対の循環部材31を覆い隠すように前記ナット本体30に固定される蓋部材32と、から構成されている。前記ねじ軸2の転動溝20と前記ナット本体30の負荷転動溝は互いに向かい合ってボール5の負荷通路を構成しており、ボール5は前記ねじ軸2と前記ナット部材3との間に作用する荷重を負荷しながら前記負荷通路内を螺旋状に転動する。
【0020】
前記一対の循環部材31及び前記蓋部材32は合成樹脂から形成されており、これら一対の循環部材31と前記蓋部材32を前記ナット本体30に装着することで、前記ナット部材3にはボール5が荷重から解放された状態で転動する無負荷通路50が構築され、当該無負荷通路によって前記負荷通路の両端が接続される。尚、
図1は前記蓋部材32を前記ナット本体30から取り外し、前記ボール5の無負荷通路50が露出した状態を示している。
【0021】
前記ナット本体30には外周面の一部を切り欠いた平坦な装着面34が形成されており、この装着面34に対して前記蓋部材32を固定することで、前記ナット部材3が円筒状をなしている。前記ナット本体30の装着面34には当該ナット本体30の軸方向へ直線状に延びるボール戻し溝が形成されており、前記無負荷通路50の一部を構成している。また、前記装着面34には前記一対の循環部材31のそれぞれが嵌合する一対のボール循環孔が設けられている。これら一対のボール循環孔は前記ボール戻し溝の両端に位置している。
【0022】
図2は前記ボール循環孔に対して前記循環部材31を装着した様子を示す拡大斜視図である。前記ボール循環孔35は前記ナット本体30を半径方向へ貫通しており、当該ナット本体30の内周面に形成された負荷転動溝の端部に対応した位置に設けられている。前記循環部材31には第一方向転換溝40が設けられており、前記循環部材31を前記ナット本体30のボール循環孔35に装着すると、前記第一方向転換溝40の一端が前記ボール戻し溝36に接続される。
【0023】
前記ボール戻し溝36はその長手方向に直交する断面が矩形状に形成されており、当該ボール戻し溝36の深さは前記ボール5の半径と同一、あるいはボール5の半径よりも僅かに深く形成されている。また、前記ボール戻し溝36の幅はボール5の直径よりも僅かに大きく設定されている。
【0024】
図3及び
図4は前記循環部材31を示す図であり、
図3は前記循環部材の表面側、すなわち当該循環部材31を前記ナット部材3の径方向の外側から観察した図、
図4は前記循環部材31の裏面側、すなわち当該循環部材31を前記ナット部材3の径方向の内側から観察した図である。前記循環部材31は、前記負荷転動溝の端部を塞ぐように位置する誘導部310と、この誘導部310周囲に張り出すように設けられて当該循環部材31のナット本体30に対する固定に寄与する嵌合部311と、から構成されている。
図3に示すように、前記第一方向転換溝40は前記誘導部310と前記嵌合部311にまたがって形成されている。また、前記第一方向転換溝40の断面は前記ボール5の球面に近似した半円形上に形成されており、その半径は前記ボール5の半径よりも僅かに大きく設定されている。
【0025】
前記第一方向転換溝40の前記誘導部310側の端部には、当該第一方向転換溝40と前記ねじ軸2の転動溝20との間でボール5を受け渡すための掬い上げ部312が設けられている。この掬い上げ部312は前記第一方向転換溝40を略U字型に切り欠いて設けられている。また、
図4に示すように、前記誘導部310には前記ねじ軸2の転動溝20に隙間を保って入り込む突条313が設けられている。このため、
図3に示すように、前記掬い上げ部312は全体として略M字型をなしている。
【0026】
一方、
図5は前記ナット本体30に固定される前記蓋部材32を示すものであり、当該蓋部材32の裏面側、すなわち前記ナット本体30との接触面側を示している。同図に示すように、前記蓋部材32には前記ナット本体30のボール戻し溝36に対応する案内溝321が形成されている。この案内溝321はその長手方向に直交する断面が前記ボール5の球面に近似した半円形上に形成されており、その半径は前記ボール5の半径よりも僅かに大きく設定されている。前記案内溝321は前記蓋部材32を前記ナット本体30に装着した際に、当該ナット本体30のボール戻し溝36と重なって、ボールの戻し通路を構成する。
【0027】
また、前記蓋部材32には一対の案内突起322が前記案内溝321の両端に位置して設けられている。これら案内突起322は、前記蓋部材32を前記ナット本体30に装着した際に、前記循環部材31に重なって前記ボール循環孔35に嵌合して、当該循環部材31に覆いかぶさる。各案内突起322には前記案内溝321から連続する第二方向転換溝323が形成されている。この第二方向転換溝323の断面は、前記案内溝321及び前記循環部材31に形成された第一方向転換溝40と同様に、前記ボール5の球面に近似した半円形上に形成されており、その半径は前記ボール5の半径よりも僅かに大きく設定されている。前記第二方向転換溝323は前記蓋部材32を前記ナット本体30に装着した際に、前記循環部材31の第一方向転換溝40と重なり、ボール5を負荷通路と前記戻し通路との間で受け渡す方向転換路を構成する。
【0028】
前記ねじ軸2と前記ナット本体30の間に設けられた螺旋状の負荷転動路を転がってきたボール5は、前記ナット本体30のボール循環孔35に到達すると、前記循環部材と前記蓋部材によって形成された方向転換路に進入し、荷重から解放される。また、ボール5は前記方向転換路内でその進行方向が約90度変化し、前記ナット本体30のボール戻し溝36と前記蓋部材32の案内溝321によって形成された直線状の戻し通路に送り込まれる。前記戻し通路を無負荷状態で転動したボール5は逆側の方向転換路を介して再び螺旋状の負荷転動路に送り込まれる。このようにしてボール5は前記ナット部材3の内部を無限循環する。
【0029】
図6は前記ナット本体30に形成された前記ボール循環孔35と前記ボール戻し溝36の接続部を示すものである。前記ボール循環孔35の周囲には前記循環部材31の嵌合部311が嵌る収容部351が設けられており、前記ボール戻し溝36の端部は前記収容部311に開放されている。
【0030】
図7は前記ボール循環孔35に対して前記循環部材31を装着し、更に前記蓋部材32を前記ナット本体30の装着面34に固定した状態を示している。但し、前記循環部材31の第一方向転換溝40と前記ナット本体30のボール戻し溝36との接続状態が把握できるよう、前記蓋部材32の一部を切り欠いて描いてある。同図から把握できるように、前記ナット本体30のボール戻し溝36と前記蓋部材32の案内溝321は互いに重なり合い、前述のようにボール5が無負荷状態で転動する直線状の戻し通路51を構成する。また、前記ナット本体30のボール戻し溝36には前記循環部材31の第一方向転換路40が連続しており、ボール5が前記ボール戻し溝36と第一方向転換路40の間を往来できるようになっている。
【0031】
図8は、前記循環部材31の第一方向転換溝40と前記蓋部材32の第二方向転換溝323の重ね合わせによって形成されたボール5の方向転換路52を示す断面図である。前記第一方向転換溝40と前記第二方向転換溝323の断面は同一の内径D
1で半円状に形成されており、その内径はボール5の直径D
0よりも僅かに大きく設定されている。このため、前記方向転換路52は前記ボール5の直径D
0よりも大きな内径D
1の断面円形状の通路となり、ボール5は前記方向転換路52の内部を無負荷状態で転動する。
【0032】
図9は、前記ナット本体のボール戻し溝36と前記蓋部材32の案内溝321の重ね合わせによって形成されたボール5の戻し通路51を示す断面図である。前記案内溝321の断面は、これと連続する前記第二方向転換溝323と同じく、内径D
1の半円状に形成されている。一方、前記案内溝321と対向するボール戻し溝36は一対の側壁と底面を有するチャネル状に形成されており、当該ボール戻し溝36の溝幅はボール5の直径D
0よりも僅かに大きなW
1に設定されている。また、前記ボール戻し溝36の深さはボール5の直径D
0/2よりも僅かに大きなH
1に設定されている。このため、ボール5は前記案内溝321とボール戻し溝36との重ね合わせで形成された戻し通路51の内部を無負荷状態で転動する。
【0033】
ここで、前記案内溝321の内径D1と前記ボール戻し溝36の溝幅W1を比較した場合、前記ボール戻し溝36の溝幅W1は前記案内溝321の内径D1よりも僅かに大きく形成されている。このため、前記戻し通路51内においては、前記ボール戻し溝36の上端縁の角部、すなわち前記ナット本体30の装着面34と前記ボール戻し溝36の側壁とが交わる角部は、前記蓋部材32における前記案内溝321の側縁部に対して僅かに窪んでおり、前記蓋部材32が前記ボール戻し溝36の上端縁の角部を覆った状態となっている。
【0034】
前記ボール戻し溝36は金属製のナット本体30に形成されていることから、前記戻し通路51内を転動するボール5が前記ボール戻し溝36の上端縁の角部に接触してしまうと、ボール5の表面に傷が発生し、ボール5の潤滑不良や異常摩耗の発生原因となる懸念がある。しかし、本実施形態のナット部材3では、前記ボール戻し溝36の上端縁の角部が前記蓋部材32によって覆われた状態となり、前記戻し通路51を転動するボール5が当該角部に接触することはないので、長期にわたってボール5の良好な転動状態を維持することが可能となる。
【0035】
図10は前記方向転換路52と前記戻し通路51の接続部をボール5の進行方向と直交する方向から観察した断面図である。前記方向転換路52は前記蓋部材32の第二方向転換溝323と前記循環部材31の第一方向転換溝40とが対向して構成されている。また、前記戻し通路51は前記蓋部材32の案内溝321と前記ナット本体のボール戻し溝36とが対向して形成されている。前述したように、前記第一方向転換溝40は内径D
1の半円状に形成されており、同図に示す第一方向転換溝40の深さはD
1の1/2となる。一方、前記ボール戻し溝36はチャネル状に形成され、その深さはH
1である。
【0036】
ここで、前記第一方向転換溝40の深さと前記ボール戻し溝36の深さを比較した場合、前記ボール戻し溝36の深さH1は前記第一方向転換溝40の深さD1/2よりも僅かに大きく設定されている。このため、前記ナット本体30のボール循環孔35に対して前記循環部材31を嵌合させると共に、前記蓋部材32を前記ナット本体30の前記装着面34に固定し、当該蓋部材32と前記循環部材31とが当接した状態では、前記第一方向転換溝40の最深部は前記ボール戻し溝36の底面よりも僅かに高くなり、前記戻し通路51と前記方向転換路52との間に僅かな段差が発生する。
【0037】
前記ボール戻し溝36は金属製のナット本体30に形成されていることから、仮に前記ボール戻し溝36の底面が前記前記第一方向転換溝40の最深部よりも高くなってしまうと、ボール5が方向転換路52から戻し通路51に進入する際に、前記ボール戻し溝の縁部に衝突してしまい、ボール5の表面に傷が発生してしまう懸念がある。しかし、本実施形態のナット部材3では、前記第一方向転換溝40の最深部が前記ボール戻し溝36の底面よりも僅かに高くなっているので、ボール5が方向転換路52から戻し通路51に進入する際に前記ボール戻し溝36の縁部に衝突することはない。一方、ボール5が戻し通路51から方向転換路52に進入する際には、ボール5が前記第一方向転換溝40の縁部に衝突する懸念があるが、前記第一方向転換溝40が形成された前記循環部材31は合成樹脂製なので、そのような衝突によってボール5の表面に傷が発生することを防止可能である。
【0038】
以上説明してきたように、本実施形態のボールねじ装置1によれば、前記ナット本体30に形成されたボール戻し溝36の溝幅を前記蓋部材32に形成された案内溝321の溝幅に対して大きめに設定し、更に、前記ボール戻し溝36の溝深さを前記循環部材31に形成された第一方向転換溝40の最深部の深さに対して大きめに設定している。このため、ボール5が前記戻し通路51内を転動し、あるいはこの戻し通路51から前記方向転換路52に出入りする際に、金属製のナット本体に形成されたボール戻し溝の縁部に接触することがなく、ボールの表面を長期にわたって良好な状態に保ち、無限循環路内におけるボールの円滑な循環状態を維持することが可能である。
【符号の説明】
【0039】
1…ボールねじ装置、2…ねじ軸、3…ナット部材、5…ボール、30…ナット本体、31…循環部材、32…蓋部材、35…ボール循環孔、36…ボール戻し溝、40…第一方向転換溝、50…無負荷通路、51…戻し通路、52…方向転換路