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特開2024-34739肝臓における肝線維化抑制剤、脂肪化抑制剤、および、抗炎症剤
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  • 特開-肝臓における肝線維化抑制剤、脂肪化抑制剤、および、抗炎症剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024034739
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】肝臓における肝線維化抑制剤、脂肪化抑制剤、および、抗炎症剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/428 20060101AFI20240306BHJP
   A61P 1/16 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
A61K31/428
A61P1/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022139200
(22)【出願日】2022-09-01
(71)【出願人】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(74)【代理人】
【識別番号】100177714
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 昌平
(72)【発明者】
【氏名】山本 直樹
(72)【発明者】
【氏名】高見 太郎
(72)【発明者】
【氏名】松本 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】藤澤 浩一
(72)【発明者】
【氏名】山本 健
(72)【発明者】
【氏名】太田 康晴
(72)【発明者】
【氏名】谷 健二
【テーマコード(参考)】
4C086
【Fターム(参考)】
4C086AA01
4C086AA02
4C086BC84
4C086GA13
4C086MA01
4C086MA04
4C086NA14
4C086ZA75
(57)【要約】
【課題】 肝臓の線維化(肝線維化)は肝臓の炎症が慢性化した際に生じやすい。この肝線維化は肝硬変や肝細胞癌の発症と関連しているため、肝線維化を効果的に抑制することが求められていた。そこで本発明の課題は、肝線維化を抑制可能な肝臓の線維化抑制剤を提供することにある。
【解決手段】 ドチヌラド又はその薬学上許容される塩を有効成分とする肝臓の線維化抑制剤を作製する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
3-(3,5-ジクロロ-4-ヒドロキシベンゾイル)-1,1-ジオキソ-2,3-ジヒドロ-1,3-ベンゾチアゾール又はその薬学上許容される塩を有効成分とする肝臓の線維化抑制剤。
【請求項2】
TGFβ1、αSMA、TIMP1、および、TIMP2からなる遺伝子群より選択される少なくとも一つの遺伝子発現を抑制することを特徴とする請求項1に記載の肝臓の線維化抑制剤。
【請求項3】
TGFβ1、αSMA、TIMP1、および、TIMP2の遺伝子発現を抑制することを特徴とする請求項1に記載の肝臓の線維化抑制剤。
【請求項4】
さらに、ATF6またはXBP-1の遺伝子発現を抑制することを特徴とする、請求項2または3に記載の肝臓の線維化抑制剤。
【請求項5】
血中のアルブミン濃度の増加、血中のAST濃度の上昇の抑制、または、血中のALT濃度の上昇の抑制の少なくとも一つの作用を有することを特徴とする請求項1または2に記載の肝臓の線維化抑制剤。
【請求項6】
3-(3,5-ジクロロ-4-ヒドロキシベンゾイル)-1,1-ジオキソ-2,3-ジヒドロ-1,3-ベンゾチアゾール又はその薬学上許容される塩を有効成分とする肝臓の脂肪化抑制剤。
【請求項7】
SREBP1、FAS、および、ACO-1からなる遺伝子群より選択される少なくとも一つの遺伝子発現を抑制することを特徴とする請求項6に記載の肝臓の脂肪化抑制剤。
【請求項8】
SREBP1、FAS、および、ACO-1の遺伝子発現を抑制することを特徴とする請求項6に記載の肝臓の脂肪化抑制剤。
【請求項9】
3-(3,5-ジクロロ-4-ヒドロキシベンゾイル)-1,1-ジオキソ-2,3-ジヒドロ-1,3-ベンゾチアゾール又はその薬学上許容される塩を有効成分とする肝臓の抗炎症剤。
【請求項10】
TNF-α、FGF21、および、IFN-γからなる遺伝子群より選択される少なくとも一つの遺伝子発現を抑制または亢進することを特徴とする請求項9に記載の肝臓の抗炎症剤。
【請求項11】
TNF-α、FGF21、および、IFN-γの遺伝子発現を抑制または亢進することを特徴とする請求項9に記載の肝臓の抗炎症剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は肝臓における肝線維化抑制剤、脂肪化抑制剤、および、抗炎症剤に関する。
【背景技術】
【0002】
肝臓の線維化(肝線維化)は主に肝炎ウイルスやアルコールによる炎症に伴って起こり、特に炎症が慢性化した際に生じやすい。肝線維化を持つ慢性肝炎あるいは肝硬変からは肝細胞癌が発症しやすいことが知られている。
肝臓における慢性的な炎症は、I型コラーゲン(Collagen type I)に代表される細胞外マトリックスの、肝臓における過剰な蓄積として特徴づけられる肝線維化を引き起こし、肝臓の機能障害を招く。肝線維化では、主に、炎症性サイトカインによって活性化された肝星細胞(Hepatic stellate cells; HSCs)によって、I型コラーゲンが産生される。肝星細胞はレチノイド(Vitamin A)を含む脂肪滴と特徴的な星状の突起構造を有し、門脈血が類洞を介して肝小葉内へ流れ込む際の血流透過性を制御している。肝臓が障害を受けると肝星細胞は活性化し、その脂肪滴(レチノイド)の減少と、線維芽細胞や筋線維芽細胞に類似した形態への変化をたどり、コラーゲンなどの細胞外マトリックス生成を亢進する。この細胞外マトリックスが、何らかの刺激により定常的に過剰生成され続けると、細胞外マトリックスが沈着するようになり基底膜様構造物が出現し、この進展過程が肝線維化と呼ばれる。
【0003】
一方、アルコール摂取を原因とせず、主に肥満者において肝臓内に過剰な中性脂肪の蓄積(脂肪肝)が認められる病態である非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD: nonalcoholic fatty liver disease)が報告されている。NAFLDは、良性の経過をとる脂肪肝と、一定の割合で肝硬変、肝細胞癌へと進行する非アルコール性脂肪肝炎(NASH:nonalcoholic steatohepatitis)に分類される。近年、わが国においてもNASHが急増しており、脂肪肝が1,500万症例、その10%程度がNASHに進行し、さらに10%程度が肝硬変や肝細胞癌を発症すると想定されている。
【0004】
しかしながら、どのようにして脂肪肝がNASHに進行するかは未だ明らかになっておらず、NASHの確定診断には侵襲的な肝生検が必要であり、また、有効な治療法も存在しないことが大きな問題となっている。
【0005】
非特許文献1は、NASH発症メカニズムに関し、コリン欠乏食(CDAA)により誘導されたNASHでは、肝臓においてマクロファージから産生されるTNFαやIL-1βなどの炎症性サイトカインの発現レベルが高いこと、骨髄由来炎症性マクロファージであるLy6c陽性マクロファージが認められることを示しており、コリン欠乏食誘導によるNASHモデルで誘導されるマクロファージは炎症性マクロファージが主体であると推定され、当該マクロファージがNASH病態に関わっていることが示唆されている。
【0006】
ところで、高尿酸血症・痛風に対する新規治療薬として3-(3,5-ジクロロ-4-ヒドロキシベンゾイル)-1,1-ジオキソ-2,3-ジヒドロ-1,3-ベンゾチアゾール(以下、「ドチヌラド(Dotinurad)」ともいう)が知られている。ドチヌラドは尿酸の再吸収を担うトランスポーターURAT1を選択的に阻害する作用を有し、尿酸排泄を促進することが報告されている(特許文献1)。なお選択的尿酸再吸収阻害薬としてのドチヌラドの使用は、他の尿酸排泄促進薬(ベンズブロマロンなど)において重篤な肝障害の副作用が認められていたことから、肝機能障害患者に対しては慎重な経過観察を要するとされていた。そして、ドチヌラドと肝線維化抑制との関係についてはこれまで示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第5325065号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】三浦光一、”非アルコール性脂肪性肝炎から肝発癌における腸内細菌叢と肝自然免疫の役割の解明と治療応用へ向けた基礎的検討”、三島海雲記念財団 平成23年度学術研究助成研究報告書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
肝線維化は上記のように肝硬変や肝細胞癌の発症と関連しており、肝線維化を効果的に抑制することが求められていた。そこで、本発明は、肝線維化を抑制可能な薬剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するため、特殊餌GAN(Gubra-Amylin NASH)の誘導による肝線維化・発癌モデルラットを用いてドチヌラドによる肝線維化の抑制効果について鋭意検討を行った。その結果、ドチヌラドが肝線維化抑制効果を有すると共に、抗炎症作用も有することも見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
(1)3-(3,5-ジクロロ-4-ヒドロキシベンゾイル)-1,1-ジオキソ-2,3-ジヒドロ-1,3-ベンゾチアゾール又はその薬学上許容される塩を有効成分とする肝臓の線維化抑制剤。
(2)TGFβ1、αSMA、TIMP1、および、TIMP2からなる遺伝子群より選択される少なくとも一つの遺伝子発現を抑制することを特徴とする上記(1)に記載の肝臓の線維化抑制剤。
(3)TGFβ1、αSMA、TIMP1、および、TIMP2の遺伝子発現を抑制することを特徴とする上記(1)に記載の肝臓の線維化抑制剤。
(4)血中のアルブミン濃度の増加、血中のAST濃度の上昇の抑制、または、血中のALT濃度の上昇の抑制の少なくとも一つの作用を有することを特徴とする上記(1)または(2)に記載の肝臓の線維化抑制。
(5)3-(3,5-ジクロロ-4-ヒドロキシベンゾイル)-1,1-ジオキソ-2,3-ジヒドロ-1,3-ベンゾチアゾール又はその薬学上許容される塩を有効成分とする肝臓の脂肪化抑制剤。
(6)SREBP1、FAS、および、ACO-1からなる遺伝子群より選択される少なくとも一つの遺伝子発現を抑制することを特徴とする上記(5)に記載の肝臓の脂肪化抑制剤。
(7)SREBP1、FAS、および、ACO-1の遺伝子発現を抑制することを特徴とする上記(5)に記載の肝臓の脂肪化抑制剤。
(8)3-(3,5-ジクロロ-4-ヒドロキシベンゾイル)-1,1-ジオキソ-2,3-ジヒドロ-1,3-ベンゾチアゾール又はその薬学上許容される塩を有効成分とする肝臓の抗炎症剤。
(9)TNF-α、FGF21、および、IFN-γからなる遺伝子群より選択される少なくとも一つの遺伝子発現を抑制または亢進することを特徴とする上記(8)に記載の肝臓の抗炎症剤。
(10)TNF-α、FGF21、および、IFN-γの遺伝子発現を抑制または亢進することを特徴とする上記(8)に記載の肝臓の抗炎症剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るドチヌラドを含む肝臓の線維化抑制剤によれば、肝炎等により生じる肝臓の線維化を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、下記実施例3における、24週目の肝線維化・肝脂肪化マウスから採取した肝臓の組織切片についてマッソントリクローム染色した画像を示す。図1中、図1Aは「GAN-diet食のみ持続投与したコントロール群(GAN only)」を示し、図1Bは「GAN+ドチヌラド持続投与群(GAN + Dotinurad)」を示す。図1Cは組織切片におけるマッソントリクローム陽性エリアの割合(%)を示すグラフである。図1C中、*はt検定におけるp<0.05を示す。
図2図2は、下記実施例3における、24週目の肝線維化・肝脂肪化マウスから採取した肝臓の組織切片についてアザン染色した画像を示す。図2中、図2Aは「GAN-diet食のみ持続投与したコントロール群(GAN only)」を示し、図2Bは「GAN+ドチヌラド持続投与群(GAN + Dotinurad)」を示す。図2Cは組織切片におけるアザン陽性エリアの割合(%)を示すグラフである。図2C中、*はt検定におけるp<0.05を示す。
図3図3は、下記実施例4における、24週目の肝線維化・肝脂肪化マウスから採取した肝組織についてTIMP-1、TIMP-2、TGFβ1、α-SMAの遺伝子発現解析結果を示す。図3中、*は、それぞれt検定におけるp<0.05を示す。
図4図4は、下記実施例4における、24週目の肝線維化・肝脂肪化マウスから採取した肝組織についてTNF-α、FGF21、SREBP-1、IFN-γの遺伝子発現解析結果を示す。図4中、*は、それぞれt検定におけるp<0.05を示す。
図5図5は、下記実施例4における、24週目の肝線維化・肝脂肪化マウスから採取した肝組織についてATF6、XBP-1、FAS、ACO-1の遺伝子発現解析結果を示す。図5中、*は、それぞれt検定におけるp<0.05を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
3-(3,5-ジクロロ-4-ヒドロキシベンゾイル)-1,1-ジオキソ-2,3-ジヒドロ-1,3-ベンゾチアゾール(ドチヌラド:Dotinurad)は分子式C14H9Cl2NO4S、分子量358.1966、CAS番号1285572-51-1の化合物であり、以下の化学式(I)で示される。ドチヌラドは公知の方法(例えば特許5325065号公報参照)により製造できるほか、市販のものを用いることができる。なお、上記ドチヌラドは、(3,5-ジクロロ-4-ヒドロキシフェニル)(1,1-ジオキソ-1,2-ジヒドロ-3H-1λ6-1,3-ベンゾチアゾール-3-イル)メタノンと記載されることもある。
【化1】
【0015】
本明細書におけるドチヌラド又はその薬学上許容される塩における「薬学的に許容される塩」としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩や、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩や、亜鉛塩等の遷移金属塩や、環状アミン塩や、モノ-、ジ-若しくはトリ-低級アルキルアミン塩や、モノ-、ジ-若しくはトリヒドロキシ-低級アルキルアミン塩や、ポリヒドロキシ-低級アルキルアミン塩等のヒドロキシ-低級アルキルアミン塩や、ヒドロキシ-低級アルキル-低級アルキルアミン塩を挙げることができ、ナトリウム塩を好適に挙げることができる。さらに、ドチヌラド又はその薬学上許容される塩は、これらと水やアルコール等との溶媒和物でもよい。
【0016】
ドチヌラドナは商品名「ユリス(登録商標)」として市販されている。上記ドチヌラドは尿酸の再吸収を担うトランスポーターURAT1を選択的に阻害する作用を有し、尿酸排泄促進薬として用いられている。
【0017】
本明細書において「肝臓の線維化抑制」とは、非アルコール性脂肪肝炎、代謝機能障害、肝炎ウイルスの持続感染やアルコールの過剰摂取、自己免疫学的機序、肝内胆汁うっ滞、薬剤性、金属代謝異常、うっ血肝など様々な原因により生じる肝臓における線維化を抑制することを意味する。肝臓の線維化は、肝臓の障害によりコラーゲンなどの細胞外マトリクスの沈着により生じる構造をいう。線維化を引き起こす肝炎は限定されず、例えば、非アルコール性脂肪肝炎;B型肝炎、C型肝炎などのウイルス性肝炎;慢性肝炎;急性肝炎;アルコール性肝炎;肝硬変;肝癌に付随する肝炎を挙げることができる。
【0018】
本発明に係る肝臓の線維化抑制剤による線維化抑制の評価は、例えば、肝臓の組織切片を作製し、アザン染色やシリウスレッド染色を行うことで行うことができる。アザン染色は膠原線維と筋線維を染め分けることができ、肝臓において線維化した組織はアザン染色に用いるアゾカルミンG又はオレンジGにより染色される。また、シリウスレッドは親水性であり陽イオン性の金属錯塩染料と結合し、コラーゲン線維及びその関連組織を染色する。
【0019】
例えば、下記実施例に示すように、一定期間において継続的に本発明の肝臓の線維化抑制剤、およびGAN-diet食を与えた被験体(例えば、マウス)と、上記本発明の肝臓の線維化抑制剤を与えずGAN-diet食のみ与えた被験体とにおける肝臓を用いて、上記アザン染色により肝臓の切片を染色し、線維化領域を比較することで線維化の抑制を評価することができる。
【0020】
本発明に係る肝臓の線維化抑制剤は、一実施の形態おいて、対象に投与した際に、肝臓におけるTIMP-1、TIMP-2、TGFβ1、および、α-SMAからなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子の発現を抑制する。
【0021】
TGFβ1は細胞外マトリックス(ECM)の産生促進に関与する遺伝子であり、TGFβ1の持続的な高発現は肝線維化を進行させる。TIMP1およびTMIP2は、コラーゲン分解酵素であるmatrix metalloproteinases(MMP)を不活化し、TIMP1およびTIMP2の発現上昇はコラーゲン蓄積による線維化を促進する方向に働く。α-SMAは、肝星細胞の活性化を表す転写因子である。肝星細胞は細胞外マトリックスを産生する細胞でありα-SMAは、肝星細胞の活性化を表す転写因子である。肝星細胞は細胞外マトリックスを産生の発現上昇は線維化を促進する方向に働く。
本発明に係る肝臓の線維化抑制剤は、好ましい実施の形態においては、TIMP-1、TIMP-2、TGFβ1、および、α-SMAからなる群より選択される二つの遺伝子の発現を抑制し、より好ましい実施の形態においては、TIMP-1、TIMP-2、TGFβ1、および、α-SMAからなる群より選択される三つの遺伝子の発現を抑制する。最も好ましい実施の形態においては、TIMP-1、TIMP-2、TGFβ1、および、α-SMAの四つの遺伝子の発現を抑制する。
【0022】
本明細書において「肝臓の脂肪化抑制」とは、過食や多量飲酒、肥満、運動不足、糖尿病・ステロイド剤の服用・栄養障害による代謝異常、代謝機能障害など様々な原因により生じる肝臓における中性脂肪の過剰な蓄積を抑制することを意味する。肝臓における脂肪の過剰な蓄積は、摂取した糖質や脂質が中性脂肪に変わりその中性脂肪が肝臓に過剰に蓄積することにより生じる。特に、肝細胞の30%以上に中性脂肪がたまると脂肪肝と診断される。
【0023】
本発明に係る肝臓の脂肪化抑制剤による脂肪化抑制の評価は、例えば、肝臓の組織切片を作製し、マッソントリクローム染色を行うことで行うことができる。マッソントリクローム染色は膠原線維を選択的に染め分けることができ、かつ、核を鉄ヘマトキシリンで紫黒色から黒褐色に染めるため、核の染色状態がアザン染色より鮮明であり、細胞鑑別や細胞変化などを観察することができる。
【0024】
例えば、下記実施例に示すように、一定期間において継続的に本発明の肝臓の脂肪化抑制剤、および、GAN-diet食を与えた被験体(例えば、マウス)と、上記本発明の肝臓の脂肪化抑制剤を与えずGAN-diet食のみ与えた被験体とにおける肝臓を用いて、上記マッソントリクローム染色により肝臓の切片を染色し、脂肪化領域を比較することで脂肪の蓄積の抑制を評価することができる。
【0025】
本発明に係る肝臓の脂肪化抑制剤は、一実施の形態おいて、対象に投与した際に、肝臓におけるSREBP1、FAS、および、ACO-1からなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子の発現を抑制する。
【0026】
SREBP-1は、肝臓において脂肪酸、トリグリセリドの合成を支配する転写因子である。SREBP-1の持続的な高発現は肝臓脂肪の蓄積を進行させる。FASは、肝臓において脂肪酸、トリグリセリドの合成を支配する転写因子である。FASの持続的な高発現は肝臓脂肪の蓄積を進行させる。ACO-1は、肝臓において脂肪酸、トリグリセリドの合成を支配する転写因子である。ACO-1の持続的な高発現は肝臓脂肪の蓄積を進行させる。
【0027】
本発明に係る肝臓の脂肪化抑制剤は、好ましい実施の形態においては、SREBP1、FAS、および、ACO-1からなる群より選択される二つの遺伝子の発現を抑制する。最も好ましい実施の形態においては、SREBP1、FAS、および、ACO-1の三つの遺伝子の発現を抑制する。
【0028】
本発明に係る肝臓の抗炎症剤は、一実施の形態おいて、対象に投与した際に、肝臓におけるTNF-α、FGF21、および、IFN-γからなる群より選択される少なくとも一つの遺伝子の発現を抑制または亢進する。具体的には、肝臓におけるTNF-α、またはFGF21の発現を抑制し、IFN-γの発現を亢進する。
【0029】
TNF-αは、肝臓における炎症の指標となる因子で、TNF-αの持続的な高発現は肝臓炎症を進行させる。FGF21は、肝臓において脂肪酸、トリグリセリドの合成を支配する転写因子である。FGF21の持続的な高発現は肝臓脂肪の蓄積を進行させる。IFN-γは、肝臓における炎症の指標となる因子で、IFN-γの持続的な高発現により肝臓炎症を抑制させる。
【0030】
本発明に係る肝臓の抗炎症剤は、好ましい実施の形態においては、TNF-α、FGF21、および、IFN-γからなる群より選択される二つの遺伝子の発現を抑制または亢進する。最も好ましい実施の形態においては、TNF-α及びFGF21の遺伝子の発現を抑制し、IFN-γの遺伝子の発現を亢進する。
【0031】
さらにドチヌラドは下記実施例に示すように、肝臓において酸化ストレスに関連する遺伝子(ATF6、XBP-1)の発現を抑制する。ATF6は、肝臓において酸化ストレス転写因子である。ATF6の持続的な高発現は肝肝臓内の酸化ストレスを進行させる。XBP-1は、肝臓において酸化ストレス転写因子である。XBP-1の持続的な高発現は肝臓内の小胞体内の酸化ストレスを進行させる。肝臓における酸化ストレスは、肝臓における線維化や脂肪化、または、炎症状態を維持または促進する方向に関与する。
【0032】
本発明に係る肝臓の線維化抑制剤、脂肪化抑制剤、または、抗炎症剤は、一実施の形態おいて、対象に投与した際に、肝臓におけるATF6またはXBP-1の遺伝子の発現を抑制する。本発明に係る肝臓の線維化抑制剤、脂肪化抑制剤、または、抗炎症剤は、好ましい実施形態において、ATF6およびXBP-1の遺伝子の発現を抑制する。
【0033】
ここで遺伝子の発現を抑制するとは、肝線維化、肝脂肪化、肝炎、若しくは肝癌が進行している又は罹患している対象もしくはその可能性のある対象において、本発明に係る肝臓の線維化抑制剤、肝臓の脂肪化抑制剤、または、肝臓の抗炎症剤を対象に投与した際に、当該線維化抑制剤、当該脂肪化抑制剤、または、当該抗炎症剤を投与していない場合の遺伝子の発現量と比較して、その遺伝子の発現量を低下させることを意味する。
【0034】
本発明に係る肝臓の線維化抑制剤、肝臓の脂肪化抑制剤、または、肝臓の抗炎症剤は、ヒトを含む哺乳類、例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ヤギ、サル、ヒトなどに適用することができる。
【0035】
本発明に係る肝臓の線維化抑制剤、肝臓の脂肪化抑制剤、または、肝臓の抗炎症剤は、薬剤又は薬学的組成物の製造に通常用いる適宜な担体、賦形剤、結合剤、崩壊剤及び希釈剤をさらに含むことができ、それぞれ通常の方法に従い散剤、顆粒剤、錠剤、丸剤、カプセル剤、溶液剤、油剤、懸濁剤、エマルジョン、シロップ剤などの経口用剤形物に用いられ得る。本発明に係る肝臓の線維化抑制剤、肝臓の脂肪化抑制剤、または、肝臓の抗炎症剤に含まれ得る担体、賦形剤、結合剤、崩壊剤及び希釈剤としてはマンニトール、ラクトース、デキストロース、スクロース、ソルビトール、キシリトール、エリスリトール、マルチトール、ヒプロメロース、カルメロース、乳糖水和物、澱粉、アカシアゴム、アルギネート、ゼラチン、カルシウムホスフェート、カルシウムシリケート、セルロース、メチルセルロース、結晶セルロース、非晶質セルロース、ポリビニルピロリドン、水、メチルヒドロキシベンゾエート、プロピルヒドロキシベンゾエート、タルク、マグネシウムステアレート及び鉱物油を挙げることができる。経口投与のための固形製剤には錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤などが含まれ、このような固形製剤は上記本発明に係る肝臓の線維化抑制剤、肝臓の脂肪化抑制剤、または、肝臓の抗炎症剤に一つ以上の賦形剤、例えば、乳糖水和物、澱粉、カルシウムカーボネート、スクロース、ラクトース、ゼラチンなどを組み合わせて製造することができる。さらに、マグネシウムステアレート、タルクのような潤滑剤を用いることができる。経口のための液状製剤としては懸濁剤、溶液剤、油剤、シロップ剤などが該当し、通常用いられる水、リキッドパラフィン、又は多様な賦形剤、例えば、湿潤剤、甘味剤、芳香剤、保存剤などが含まれ得る。
【0036】
本発明に係る肝臓の線維化抑制剤、肝臓の脂肪化抑制剤、または、肝臓の抗炎症剤は、経口、経皮、皮下、筋肉、又は静脈を含む多様な経路を介して投与されてもよい。好ましい投与量は患者の年齢、性別及び体重、健康状態及び疾患の重症度などの多様な関連因子に照らし、当業者により適宜決定することができる。具体的には、線維化抑制剤として、成人(60kg)に対し投与する場合、有効成分のドラチヌラドとして1日投与量は0.01ないし5mg、好ましくは0.1ないし2mgの範囲であり、1回又は数回分けて投与することもできる。上記投与量は如何なる面においても本発明の範囲を限定するものではない。
【0037】
本発明の線維化抑制剤、脂肪化抑制剤、もしくは、抗炎症剤におけるドチヌラド又はその薬学的に許容される塩は、ドチヌラド又はその薬学的に許容される塩の投与による肝線維化、肝脂肪化、もしくは、肝炎を抑制する旨の添付文書等、又は、ドチヌラド又はその薬学的に許容される塩による肝臓における線維化抑制作用、肝臓における脂肪化抑制作用、もしくは、肝臓における抗炎症作用を増強する旨の添付文書等と共に単独製剤として提供することもできる。
【0038】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例0039】
[実施例1:肝線維化・脂肪化マウスの作製]
6週齢C57BL6マウス(SLC)(各群10匹)にGAN(Gubra Amylin NASH)-diet食(Research Diets社製)を餌に混ぜて連続投与し、12時間明暗周期、25℃で飼育し、肝線維化・脂肪化マウスを作製した(GAN-diet食のみ投与して作製した肝線維化・脂肪化マウスはコントロール群として用いた)。一方試験区では、GANにドチヌラドを0.004mg/day (ヒト体重50kgで0.5mg/day)となるように加えて連続投与し、同様に12時間明暗周期、25℃で飼育し、肝線維化・脂肪化マウスを作製した(以下、それぞれ「GAN+ドチヌラド持続投与群」ともいう)。このようにして作製した肝線維化・脂肪化マウスは、試験開始から24週間飼育した時点で犠死させ各種解析を行った。なお、このGAN-diet食による肝線維化・脂肪化ラットは、高脂質・高コレステロール・高果糖の飼料(エネルギー源として、40%の脂肪、20%の果糖、2%のコレステロール)を含み、一般的に、16週目から肝臓の脂肪変性が発生するとされている。また、上記試験区において用いたドチヌラドは商品名ユリス(持田製薬社製)として販売されているドチヌラドを用いた。
【0040】
[実施例2:体重、肝重量、採血での各種測定項目の検討]
実施例1で作製した「GAN+ドチヌラド持続投与群」及びコントロール群の24週目(168日目)の肝線維化・脂肪化マウスにおける体重、肝重量と採血による各種項目を測定し、コントロール群の測定値と比較した。
24週目における体重と肝重量は、「GAN+ドチヌラド持続投与群」とコントロール群とを比較した際に特に変化を認めなかった。
24週目における血清データでは、アルブミン値、ALT値及びAST値において、「GAN+ドチヌラド持続投与群」はコントロール群と比較して有意に数値の改善が観られた。すなわち「GAN+ドチヌラド持続投与群」では、コントロール群と比較して、アルブミン値の上昇、ALT値及びAST値の減少が観られた(表1)。
【0041】
【表1】
【0042】
[実施例3:肝線維化・脂肪化抑制効果の検討]
実施例1で作製した「GAN+ドチヌラド持続投与群」の24週目(168日目)の肝線維化・脂肪化マウスから肝組織を回収して、当該肝組織に対してアザン(Azan)染色又はマッソントリクローム染色を行った。具体的には、以下のようにしてアザン染色およびマッソントリクローム染色を行った。なお、アザン染色、マッソントリクローム染色は線維化の指標として広く用いられている。
【0043】
(パラフィン包埋未染標本の作製、マッソントリクローム染色、および、アザン染色)
まずマウスから肝組織を採取し、採取された肝組織をホルマリンに漬け、ホルマリン固定した組織からパラフィン包埋未染標本を作製した。
上記のパラフィン包埋未染標本について、線維組織染色のためのアザン染色を常法に従って行った。すなわち、パラフィン切片の脱パラフィン操作を行った後、10%重クロム酸カリウム/10%トリクロル酢酸等量混合液中にて、20分間媒染し、蒸留水で水洗(5分間)した後、0.8%オレンジG水溶液中で10分間浸漬した。蒸留水水洗(約10秒間、以下同様)の後、アゾカルミンG液中で60分間浸漬し、蒸留水水洗の後、アニリン・アルコール中で3秒間浸漬して分別した。蒸留水で水洗した後、酢酸アルコール中で1分間処理し、蒸留水で水洗した後、さらに2.5%リンタングステン酸溶液中で20分間処理した。これを蒸留水で水洗した後、アニリン青/オレンジG混合液中で20~60分間、鏡検しながら染色した。染色後、水洗し、脱水、透徹および封入を行った。
またマッソントリクローム染色は上記アザン染色と同じ方法にて最後にアザン染色のマロリーの原法にワンギーソン染色法を加味して行った。
マッソントリクローム陽性エリアまたはアザン陽性エリアの割合は、蛍光顕微鏡画像処理システム CA-H1DB(キーエンス社製)を用いて分析した。「GAN+ドチヌラド持続投与群」のマッソントリクローム染色の結果を図1に、アザン染色の結果を図2に示す。
【0044】
図1のマッソントリクローム染色の写真図から明らかなように、GAN-diet食のみ持続投与したコントロール群と比較して、「GAN+ドチヌラド持続投与群」は有意に肝臓における脂肪化を抑制していた。また、図2のアザン染色の写真図から明らかなように、GAN-diet食のみ持続投与したコントロール群と比較して、「GAN+ドチヌラド持続投与群」は有意に肝線維化を抑制していた。図1および2下段のグラフは観察エリアにおけるマッソントリクローム陽性エリアとアザン陽性エリアとをそれぞれを示す。GAN-diet食のみ持続投与したコントロール群に対して「GAN+ドチヌラド持続投与群」はマッソントリクローム陽性エリアがおよそ1/3低下していた。またアザン陽性エリアもおよそ2/5低下していた。これらの結果からドチヌラド投与によって肝線維化および脂肪化を抑制できることが明らかとなった。
【0045】
[実施例4:各投与群における各種遺伝子発現の検証]
(肝線維化・肝脂肪化マウスの作製)
6週齢C57BL6マウス(SLC)(各群10匹)にGAN(Gubra Amylin NASH)-diet食(Research Diets社製)を餌に混ぜて連続投与し、12時間明暗周期、25℃で飼育し、肝線維化・脂肪化マウスを作製した(GAN-diet食のみ投与して作製した肝線維化・脂肪化マウスはコントロール群として用いた)。一方試験区では、GANにドチヌラドを0.004mg/day (ヒト体重50kgで0.5mg/day)となるように加えて連続投与し、同様に12時間明暗周期、25℃で飼育し、肝線維化・脂肪化マウスを作製した(以下、それぞれ「GAN+ドチヌラド持続投与群」ともいう)。なお、本実施例に用いたドチヌラドは実施例1と同様である。
このようにして作製した肝線維化・肝脂肪化マウスは、試験開始から24週間飼育した時点(168日目)において各種遺伝子発現の解析に供した。24週間飼育した肝線維化・肝脂肪化マウスから肝組織を採取し、採取された肝組織を凍結させ、常法に従いRNAを抽出した。Real-Time PCRでTIMP-1、TIMP-2、TGFβ1、α-SMA、TNF-α、FGF21、SREBP-1、IFN-γ、ATF6、XBP-1、FAS、および、ACO-1の各種遺伝子発現の検討を行った。PCRに用いたプライマーは、Perfect Real Time Primerのサイト(http://www.takara-bio.co.jp/prt/intro.htm)を参照して既成のプライマーセットを選択し、用いた。
【0046】
遺伝子発現解析の結果を図3~5に示す。図3~5に示すように、「GAN+ドチヌラド持続投与群」のそれぞれにおいてにおけるTIMP-1、TIMP-2、TGFβ1、α-SMA、TNF-α、FGF21、SREBP-1、IFN-γ、ATF6、XBP-1、および、FASの遺伝子発現は、GAN-diet食のみ持続投与したコントロール群の対応する遺伝子発現と比較して有意に低下していた。また「GAN+ドチヌラド持続投与群」におけるACO-1遺伝子発現は、コントロール群と比較して、有意差は生じていないが低下を示した。この結果からドチヌラド投与は、肝線維化関連遺伝子(TIMP-1、TIMP-2、および、TGFβ1)、肝臓脂肪蓄積関連遺伝子(SREBP1、FAS、ACO-1)、炎症関連遺伝子におけるTNF-α及びFGF21の抑制、IFN-γの上昇効果を示すことが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明に係るドチヌラドを含む肝臓の線維化抑制剤によれば、肝臓における線維化を抑制することができる。これにより、難治性肝硬変症や年々増加している非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)の中で未だ治療方法が確立していないNASHによる肝硬変や肝発癌に対する予防的な面での治療方法を提供することができる。

図1
図2
図3
図4
図5