(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024034774
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】真空浸炭方法及び真空浸炭装置
(51)【国際特許分類】
C23C 8/20 20060101AFI20240306BHJP
【FI】
C23C8/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022139246
(22)【出願日】2022-09-01
(71)【出願人】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(74)【代理人】
【識別番号】100176072
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 功
(74)【代理人】
【識別番号】100169225
【弁理士】
【氏名又は名称】山野 明
(72)【発明者】
【氏名】園部 勝
【テーマコード(参考)】
4K028
【Fターム(参考)】
4K028AA01
4K028AC03
4K028AC07
4K028AC08
(57)【要約】
【課題】表面に凹凸形状を有する被処理物に対して真空浸炭を施す際、凹凸間の表面硬度差をより小さくする真空浸炭方法及び真空浸炭装置を提供する。
【解決手段】真空浸炭方法は、浸炭工程において浸炭室内に炭化水素ガスを供給する第1供給工程と、降温工程の開始時点から焼入均熱工程の終了時点までの間に設定された供給時間中に炭化水素ガスをさらに供給する第2供給工程と、を含む。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
昇温工程、均熱保持工程、浸炭工程、拡散工程、降温工程、焼入均熱工程、及び冷却工程を順次実行してなる真空浸炭処理を通じて、浸炭室内に収容される被処理物の、凹凸形状を有する表面を浸炭する真空浸炭方法であって、
前記浸炭工程において前記浸炭室内に炭化水素ガスを供給する第1供給工程と、
前記降温工程の開始時点から前記焼入均熱工程の終了時点までの間に設定された供給時間中に前記炭化水素ガスをさらに供給する第2供給工程と、
を含むことを特徴とする真空浸炭方法。
【請求項2】
前記供給時間は、5~60秒間であることを特徴とする請求項1に記載の真空浸炭方法。
【請求項3】
前記供給時間は、前記焼入均熱工程の開始時点から該焼入均熱工程の前半分が終了する中間時点までの時間帯に含まれることを特徴とする請求項1に記載の真空浸炭方法。
【請求項4】
表面に凹凸形状を有する被処理物が収容される浸炭室と、
前記浸炭室内を加熱する加熱機構と、
前記浸炭室内に炭化水素ガスを供給するガス供給機構と、
前記浸炭室内の気体を真空排気により排出する真空排気機構と、
昇温工程、均熱保持工程、浸炭工程、拡散工程、降温工程、焼入均熱工程、及び冷却工程を順次実行してなる真空浸炭処理を通じて、前記被処理物の表面を浸炭するように、前記加熱機構、前記ガス供給機構、及び前記真空排気機構の動作を制御するコントローラと、
を備え、
前記コントローラは、前記浸炭工程において前記浸炭室内に炭化水素ガスを供給し、前記降温工程の開始時点から前記焼入均熱工程の終了時点までの間に設定された供給時間中に前記炭化水素ガスをさらに供給するように、前記ガス供給機構の動作を制御することを特徴とする真空浸炭装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被処理物の凹凸形状を有する表面を浸炭する真空浸炭方法及び真空浸炭装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、被処理物の表面上に熱処理を施すことで、被処理物の基材とは異なる機能を被処理物の表面に付与できる様々な熱処理技術が知られている。この類の処理の一例として、被処理物の表面に炭素を浸透・拡散させて焼き入れを行う「浸炭焼入れ」が挙げられる。浸炭処理の種類は、固体浸炭、液体浸炭、ガス浸炭、又は真空浸炭に概ね分類される。
【0003】
特に、真空浸炭は、減圧した炉内に炭化水素ガスを直接供給し、この炭化水素ガスの熱分解によって生じる活性炭素を被処理物の表面に浸透させる方式である。つまり、この真空浸炭は、二酸化炭素を含む温室効果ガスの排出量がガス浸炭と比べて格段に少なく、環境に優しい特徴があるので、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals;SDGs)の推進や実現に寄与し得る重要な環境対策技術ともいえる。
【0004】
特許文献1には、真空浸炭炉の加熱室内にアセチレンガスを供給し、1kPa以下の真空状態で浸炭処理を行う方法が開示されている。この浸炭条件により、被処理物としてのワークの小径の深い孔や狭い隙間への浸炭が十分に行われるとの記載がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、表面に凹凸形状を有する被処理物に対して真空浸炭を行う場合、表面の曲率が位置に応じて異なるので、表面が平坦な場合と比べて、炭素原子の拡散分布が不均一になりやすくなる。具体的には、凸部の表面から浸透した炭素原子が当該凸部の曲率中心に集中する一方、凹部の表面から浸透した炭素原子が当該凹部の曲率中心から分散する傾向がみられる。その結果、表面近傍の炭素濃度が面方向に偏在することにより、凹凸間の表面硬さの差(以下、表面硬度差ともいう)が生じてしまう。
【0007】
しかしながら、特許文献1に開示される方法では、被処理物の孔や隙間に炭素原子を浸透させる一定の効果があるものの、表面形状に凹凸形状を有する被処理物に対して上記した表面硬度差を小さくする効果がほとんど得られない。
【0008】
本発明はこのような問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、表面に凹凸形状を有する被処理物に対して真空浸炭を施す際、凹凸間の表面硬度差をより小さくする真空浸炭方法及び真空浸炭装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明における真空浸炭方法は、昇温工程、均熱保持工程、浸炭工程、拡散工程、降温工程、焼入均熱工程、及び冷却工程を順次実行してなる真空浸炭処理を通じて、浸炭室内に収容される被処理物の、凹凸形状を有する表面を浸炭する方法であって、前記浸炭工程において前記浸炭室内に炭化水素ガスを供給する第1供給工程と、前記降温工程の開始時点から前記焼入均熱工程の終了時点までの間に設定された供給時間中に前記炭化水素ガスをさらに供給する第2供給工程と、を含む。
【0010】
また、前記供給時間の長さは、5~60秒間であってもよい。
【0011】
また、前記供給時間は、前記焼入均熱工程の開始時点から該焼入均熱工程の前半分が終了する中間時点までの時間帯に含まれてもよい。
【0012】
本発明における真空浸炭装置は、表面に凹凸形状を有する被処理物が収容される浸炭室と、前記浸炭室内を加熱する加熱機構と、前記浸炭室内に炭化水素ガスを供給するガス供給機構と、前記浸炭室内の気体を真空排気により排出する真空排気機構と、昇温工程、均熱保持工程、浸炭工程、拡散工程、降温工程、焼入均熱工程、及び冷却工程を順次実行してなる真空浸炭処理を通じて、前記被処理物の表面を浸炭するように、前記加熱機構、前記ガス供給機構、及び前記真空排気機構の動作を制御するコントローラと、を備え、前記コントローラは、前記浸炭工程において前記浸炭室内に炭化水素ガスを供給し、前記降温工程の開始時点から前記焼入均熱工程の終了時点までの間に設定された供給時間中に前記炭化水素ガスをさらに供給するように、前記ガス供給機構の動作を制御する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、表面に凹凸形状を有する被処理物に対して真空浸炭を施す際、凹凸間の表面硬度差をより小さくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態における真空浸炭方法を行うための真空浸炭装置の概略断面図である。
【
図2】
図1の真空浸炭装置を用いた真空浸炭処理の制御シーケンスの一例を示すタイムチャートである。
【
図5】
図2で説明した追い浸炭により得られる効果を示す図である。
【
図6】
図2の追い浸炭時における炭化水素ガスの供給時間と表面硬度差との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては可能な限り同一の符号を付して、重複する説明は省略する。
【0016】
[真空浸炭装置10の構成]
図1は、本発明の一実施形態における真空浸炭方法を行うための真空浸炭装置10の概略断面図である。この真空浸炭装置10は、真空浸炭炉12と、加熱機構14と、ガス供給機構15と、真空排気機構16と、温度センサ18a,18bと、コントローラ20と、を含んで構成される。
【0017】
真空浸炭炉12は、高温減圧下で炭化水素ガスによる真空浸炭を行うための装置である。真空浸炭炉12は、ワークWを収容する炉体22と、炉体22の内側に取り付けられている枠体24と断熱材26と、を備える。ワークWは、鋼などの金属からなる被処理物が、図示しない容器に収容されてなる。鋼は、周知のように、例えば、炭素含有量2.0重量%以下の鉄であり、不純物として微量のケイ素、マンガン、リン、硫黄などを含む。被処理物は、表面に凹凸形状を有する機械部品60(
図4)、例えば、ギヤであってもよい。
【0018】
炉体22の内部に、中空の断熱部材30に囲まれることで、真空浸炭を行うための浸炭室36が形成されている。炉体22に、その下部から浸炭室36の内方に延びるように炉床38が設けられている。炉床38の上端に、ワークWが載置されている。
【0019】
炉体22の上部に、浸炭室36の内方に向かって延びるように複数本のヒータ40が取り付けられている。各々のヒータ40は、浸炭室36の上端から下端までの範囲を広く網羅する位置に設けられている。これにより、浸炭室36がなす空間を均等に加熱することができる。浸炭室36内は、例えば800℃を超える高温に設定される。
【0020】
炉体22の上部及び側部に、ワークWの位置に臨むように、複数本のガス導入ノズル42が設けられている。各々のガス導入ノズル42を介して浸炭室36に炭化水素ガスを導入することによりで、ワークWに含まれる被処理物の表面に対して浸炭処理を施すことができる。
【0021】
炉体22の下部に、浸炭室36と真空浸炭炉12の外部とを連通させる排気管44が設けられている。排気口46から排気することによりで、浸炭室36内の圧力を調整することができる。
【0022】
加熱機構14は、浸炭室36内を加熱することによりでワークWの表面を加熱可能に構成される。この加熱機構14は、具体的には、上記した複数本のヒータ40と、各々のヒータ40に電気的に接続される加熱電源48と、を備える。
【0023】
ガス供給機構15は、浸炭室36内に炭化水素ガスを供給可能に構成される。このガス供給機構15は、具体的には、炭化水素ガスの供給源と、当該供給源とガス導入ノズル42とを接続する配管と、当該配管の途中に設けられる制御弁と、を備える。なお、炭化水素ガスは、例えば、メタン、プロパン、エチレン、アセチレン又はこれらの混合ガスであってもよい。
【0024】
真空排気機構16は、浸炭室36内の気体を真空排気により排出可能に構成される。この真空排気機構16は、具体的には、真空ポンプと、当該真空ポンプと排気管44とを接続する配管と、当該配管の途中に設けられる制御弁と、を備える。
【0025】
温度センサ18aは、真空浸炭炉12の内部の温度を、温度センサ18bは、真空浸炭炉12の外部の温度を測定可能に構成される。本図の例では、温度センサ18aは炉体22の上部に接触する位置に、温度センサ18bは真空浸炭炉12の周辺の位置にそれぞれ設けられている。
【0026】
コントローラ20は、プロセッサ50及びメモリ52を有し、真空浸炭炉12の各部を動作制御するコンピュータである。コントローラ20は、メモリ52に記憶された制御プログラム及び制御データを読み出して実行することにより、[1]浸炭室36内を加熱するように加熱機構14の動作を制御する「加熱制御」、[2]炭化水素ガスを浸炭室36内に供給するようにガス供給機構15の動作を制御する「供給制御」、[3]浸炭室36内の圧力を調整するように真空排気機構16の動作を制御する「圧力制御」などを同期的又は並列的に実行する。これらの動作制御を行うため、流量センサ、圧力センサ(いずれも不図示)及び温度センサ18a,18bがコントローラ20に接続されている。
【0027】
[真空浸炭装置10の動作]
この実施形態における真空浸炭装置10は、以上のように構成される。続いて、真空浸炭装置10の動作、より詳しくは、コントローラ20が実行する制御シーケンスについて、
図1~
図3を参照しながら説明する。
【0028】
まず、コントローラ20は、熱処理条件に含まれる様々な制御パラメータを取得する。ここで、「制御パラメータ」とは、一連の熱処理を構成する各工程の制御に関わる変数であり、具体的には、加熱機構14、ガス供給機構15及び真空排気機構16の動作シーケンスを特定するための変数である。この制御パラメータは、オペレータによって操作パネル(不図示)から入力された値であってもよいし、コントローラ20自身が計算して得られた値であってもよい。
【0029】
次いで、コントローラ20は、取得された制御パラメータを含む熱処理条件を設定し、この熱処理条件に従ってシーケンス動作を行う。このシーケンス動作を通じて、昇温工程、均熱保持工程、浸炭工程、拡散工程、降温工程、焼入均熱工程、及び冷却工程が順次行われる。
【0030】
図2は、
図1の真空浸炭装置10を用いた真空浸炭処理の制御シーケンスの一例を示すタイムチャートである。
図3は、
図2に示すタイムチャートの部分図である。
【0031】
図2の時間t<0において、熱処理前のワークWが炉床38の上に載置された後、コントローラ20は、圧力の目標値をP0とする定圧制御を開始する。この場合、コントローラ20は、真空排気機構18の真空ポンプを作動させながら、制御弁を「閉」状態から「開」状態に移行させる。その結果、浸炭室36内が減圧状態になる。
【0032】
<1.昇温工程>
時間t=0において、コントローラ20は、目標値をTc1[℃]とする昇温制御を開始する。この場合、コントローラ20は、加熱機構14を作動させて、浸炭室36内の加熱を開始する。その結果、浸炭室36内の温度が徐々に上昇し、第1目標温度であるTc1に到達する(0<t<t1)。
【0033】
<2.均熱保持工程(第1供給工程)>
時間t=t1において、コントローラ20は、浸炭室36内の温度がT=Tc1に保たれるように加熱機構14の動作を制御する。その結果、浸炭室36内の温度が管理範囲内に保たれる(t1<t<t2)。
【0034】
<3.浸炭・拡散工程>
時間t=t2において、コントローラ20は、浸炭室36内の圧力及び温度を管理範囲内に保ちながら、炭化水素ガスをパルス状に供給するように、加熱機構14及びガス供給機構15の動作を制御する。以下、このガス供給を「第1供給工程」ともいう。第1供給工程が終了した後、コントローラ20は、浸炭室36内の温度を管理範囲内に保つことにより、浸炭工程を通じて表面に浸透した炭素原子の拡散が促される(t2<t<t3)。
【0035】
<4.降温工程>
時間t=t3において、浸炭・拡散工程が終了した後、コントローラ20は、目標値をTc2[℃]とする降温制御を開始する。加熱機構14の作動を停止させて、浸炭室36内の徐冷を開始する。その結果、浸炭室36内の温度がT=Tc1から徐々に低下し、第1目標温度よりも低い第2目標温度Tc2に到達する(t3<t<t4)。
【0036】
<5.焼入均熱工程(第2供給工程)>
時間t=t4において、コントローラ20は、浸炭室36内の圧力及び温度を管理範囲内に保ちながら、炭化水素ガスをさらに供給するようにガス供給機構15の動作を制御する。以下、このガス供給を「第2供給工程」あるいは「追い浸炭」ともいう。追い浸炭が終了した後、コントローラ20は、浸炭室36内の温度を管理範囲内に保つことにより、表面からの炭素原子の浸入が促される(t4<t<t5)。
【0037】
<6.冷却工程>
時間t=t5において、コントローラ20は、浸炭室36内に冷却媒体を供給するための制御を行う。その結果、浸炭室36内の温度が急激に低下する(t>t5)。冷却の終了後、処理後のワークWが浸炭室36から取り出される。
【0038】
<追い浸炭の説明>
図3に示すように、追い浸炭は、降温工程の開始時点から焼入均熱工程の終了時点までの間(t3<t<t5)に行われる。供給時間の始点(つまり、供給開始時点)は、浸炭室36内の温度あるいは被処理物の表面温度がTacm以下になった後(t≧tx)であることが望ましい。ここで、Tacmは、オーステナイトからセメンタイトが析出し始める変態温度(いわゆる、Acm変態点)を意味する。
【0039】
また、追い浸炭における炭化水素ガスの供給時間は、焼入均熱工程の開始時点t=t4から該焼入均熱工程の前半分が終了する中間時点t=(t4+t5)/2までの時間帯に含まれてもよい。また、供給時間の長さ(Δt)は、例えば、5秒以上かつ60秒以下である。
【0040】
[追い浸炭による作用効果]
続いて、この実施形態における真空浸炭方法、具体的には「追い浸炭」による作用効果について、
図4~
図6を参照しながら説明する。
【0041】
図4は、炭素原子の拡散過程を示す模式図である。本図は、機械部品60の表面近傍における拡大された断面を示している。機械部品60は、凸部62と凹部64とが周方向に沿って規則的に配置される外表面66を有する。
【0042】
浸炭工程において、炭素原子は、凸部62の表面から浸透し、外表面66の局所的な曲率中心P1に近づく方向に移動する。一方、炭素原子は、凹部64の表面から浸透し、外表面66の局所的な曲率中心P2から遠ざかる方向に移動する。そうすると、炭素原子の集中及び分散が周期的に発生することにより、凸部62における炭素濃度が高くなり、凹部64における炭素濃度が低くなる傾向がみられる。つまり、表面近傍の炭素濃度が面方向に偏在することにより、凸部62と凹部64との間で表面硬度差が生じてしまう。
【0043】
そこで、浸炭工程の後に、追い浸炭工程を行うことにより、凸部62及び凹部64の表面近傍の両方に炭素原子がさらに浸透する。この場合、炭素濃度が低い(つまり、余裕の多い)凹部64に、より多くの炭素原子が浸透しやすくなる。その結果、上記した炭素濃度の偏在を改善することができる。
【0044】
図5は、
図2で説明した追い浸炭により得られる効果を示す図である。グラフの横軸は機械部品60の最表面からの深さ(単位:μm)を示すととともに、グラフの縦軸はビッカース硬さ(単位:HV)を示している。本図には、[A]追い浸炭「あり」の凸部62(実線)、[B]追い浸炭「あり」の凹部64(破線)、[C]追い浸炭「なし」の凸部62(実線)及び[D]追い浸炭「なし」の凹部64(破線)の硬さ特性曲線が描かれている。本図から理解されるように、最表面近傍では、A>B>C>Dの大小関係を満たしている。
【0045】
ここで、追い浸炭「なし」における最表面の硬度差(C-D)をΔH1とし、追い浸炭「あり」における最表面の硬度差(A-B)をΔH2とする。そうすると、ΔH1>ΔH2の大小関係が示すように、追い浸炭を通じて表面硬度差がより小さくなったことが確認される。この理由は、
図4で既に述べた通り、凸部62と比べて、凹部64での硬さの向上効果がより顕著に現われるからである。
【0046】
図6は、
図2の追い浸炭時における炭化水素ガスの供給時間と表面硬度差との関係を示す図である。グラフの横軸は供給時間(単位:s)を示すととともに、グラフの縦軸は表面硬度差(単位:HV)を示している。ここでは、凸部62の表面近傍が凹部64の表面近傍よりも硬い場合に表面硬度差の値が「正」になり、凸部62の表面近傍が凹部64の表面近傍よりも軟らかい場合に表面硬度差の値が「負」になる。
【0047】
本図から理解されるように、供給時間が増加するにつれて表面硬度差が徐々に小さくなり、供給時間が十分に多くなると表面硬度差が一定に収束する傾向がみられる。ここで、供給時間が5秒を下回る場合、浸炭室36内のワークWに炭化水素ガスが十分に到達しない可能性がある。また、供給時間が60秒を上回る場合、残留オーステナイト炭化物が発生して硬さが低下する可能性がある。したがって、供給時間の長さは、5~60秒間が適正範囲であるといえる。
【0048】
[実施形態のまとめ]
以上のように、この実施形態における真空浸炭方法及び真空浸炭装置10によれば、コントローラ20が、浸炭工程において炭化水素ガスを浸炭室36内に供給(第1供給)し、降温工程の開始時点から焼入均熱工程の終了時点までの間に設定された供給時間中に、炭化水素ガスを浸炭室36内にさらに供給(第2供給)するように、ガス供給機構15の動作を制御する。
【0049】
このように構成することで、表面に凹凸形状を有する被処理物(ここでは、機械部品60)に対して真空浸炭を施す際、第1供給において炭素濃度が面方向に偏在した場合であっても、第2供給を通じて上記した偏在をより小さくすることができる。これにより、凹凸間の表面硬度差がより小さくなる。
【0050】
また、供給時間の長さは、5~60秒間であってもよい。これにより、真空浸炭を通じて、表面全体の硬さを確保しつつも表面硬度差の改善効果が得られる。
【0051】
また、供給時間は、焼入均熱工程の開始時点から該焼入均熱工程の前半分が終了する中間時点までの時間帯に含まれてもよい。これにより、被処理物が均熱化された安定した状態下に、該被処理物の表面に炭素原子を浸透させるための十分な時間が確保される。
【0052】
[変形例]
なお、本発明は、上記した実施形態に限定されるものではなく、この発明の主旨を逸脱しない範囲で自由に変更できることは勿論である。あるいは、技術的に矛盾が生じない範囲で各々の構成を任意に組み合わせてもよい。
【0053】
上記した実施形態では、真空浸炭装置10が炭化水素ガスの第2供給工程(つまり、追い浸炭)を行うことを前提に説明したが、追い浸炭の要否は必要に応じて選択され得る。例えば、真空浸炭装置10は、図示しない操作パネルを介してオペレータが手入力した内容に応じて追い浸炭の要否を選択してもよいし、被処理物の表面形状を解析して追い浸炭の要否を選択してもよい。また、上記した実施形態では、真空浸炭装置10が追い浸炭を1回的に行うことを前提に説明したが、これに代えて、真空浸炭装置10は、複数回にわたって断続的に追い浸炭を行ってもよい。
【符号の説明】
【0054】
10…真空浸炭装置、12…真空浸炭炉、14…加熱機構、15…ガス供給機構、16…真空排気機構、20…コントローラ、36…浸炭室、60…機械部品(被処理物)