IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ NTN株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-焼結含油軸受 図1
  • 特開-焼結含油軸受 図2
  • 特開-焼結含油軸受 図3
  • 特開-焼結含油軸受 図4
  • 特開-焼結含油軸受 図5
  • 特開-焼結含油軸受 図6
  • 特開-焼結含油軸受 図7
  • 特開-焼結含油軸受 図8
  • 特開-焼結含油軸受 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024034792
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】焼結含油軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/10 20060101AFI20240306BHJP
   F16C 17/10 20060101ALI20240306BHJP
   H02K 7/08 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
F16C33/10 A
F16C17/10 A
H02K7/08 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022139277
(22)【出願日】2022-09-01
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(72)【発明者】
【氏名】山郷 正志
【テーマコード(参考)】
3J011
5H607
【Fターム(参考)】
3J011AA07
3J011BA02
3J011CA02
3J011JA02
3J011KA04
3J011LA01
3J011MA02
3J011RA03
3J011SB19
5H607BB01
5H607BB07
5H607BB14
5H607BB17
5H607BB25
5H607CC01
5H607CC03
5H607DD03
5H607DD16
5H607GG01
5H607GG09
5H607GG26
(57)【要約】
【課題】動圧抜けによる油膜強度の低下を長期にわたり抑制する。
【解決手段】 焼結含油軸受8には、軸部材2との間でラジアル軸受隙間を形成する軸受面8a1が形成される。軸受面8a1に多数の気孔を開口させる。気孔のうち、気孔体積が0.0005mm3を超えるものを粗大気孔40として、軸受面8a1から深さ50μmまでの領域には粗大気孔40を存在させない。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑油を含浸させた筒状の焼結体からなり、支持すべき軸部材との間でラジアル軸受隙間を形成する軸受面を備えた焼結含油軸受において、
前記軸受面に多数の気孔が開口し、
前記気孔のうち、気孔体積が0.0005mm3を超えるものを粗大気孔として、前記軸受面から深さ50μmまでの領域に前記粗大気孔が存在しないことを特徴とする焼結含油軸受。
【請求項2】
前記軸受面と半径方向反対側に位置する表面に多数の気孔が開口し、
前記表面から深さ100μmまでの領域に前記粗大気孔が存在しない請求項1に記載の焼結含油軸受。
【請求項3】
前記軸受面を通る半径方向断面のうち、半径方向の肉厚に対して前記軸受面から50%離れた位置よりも前記軸受面側に、前記粗大気孔数が最大となる環状領域を設けた請求項2に記載の焼結含油軸受。
【請求項4】
通油度が0.004g/20min以下である請求項1に記載の焼結含油軸受。
【請求項5】
黒鉛組織を0.8wt%以上含む請求項4に記載の焼結含油軸受。
【請求項6】
前記軸受面に動圧発生部を設けた請求項1に記載の焼結含油軸受。
【請求項7】
内周面に前記軸受面が形成された請求項6に記載の焼結含油軸受と、軸方向一端側が開口し他端側が閉塞された形態をなし前記焼結含油軸受が内周に固定されるハウジングと、前記焼結含油軸受の内周に挿入される前記軸部材とを備え、前記動圧発生部により前記焼結含油軸受の軸受面と前記軸の外周面との間のラジアル軸受隙間に油膜を形成して前記軸部材をラジアル方向に非接触支持する流体動圧軸受装置。
【請求項8】
前記焼結含油軸受の軸方向一方側に前記粗大気孔の多い領域を設けると共に、軸方向他方側に前記粗大気孔の少ない領域を設け、前記粗大気孔の多い領域を高負荷側に配置した請求項7に記載の流体動圧軸受装置。
【請求項9】
請求項7または8に記載の流体動圧軸受装置を備えたモータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、焼結含油軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
焼結含油軸受は、多孔質の焼結金属で形成される軸受であって、焼結体の内部気孔に潤滑油を含浸させた状態で使用される。焼結含油軸受の内周に挿入された軸の相対回転に伴い、焼結軸受の内周面(軸受面)から内部気孔に含浸させた潤滑油が軸受隙間に滲み出ることで軸受隙間に油膜が形成され、この油膜によって軸部が支持される。
【0003】
焼結含油軸受は、その優れた回転精度及び静粛性から、情報機器をはじめ種々の電気機器に搭載されるモータ用の軸受装置として、より具体的には、HDDや、CD、DVD、ブルーレイディスク用のディスク駆動装置におけるスピンドルモータ用、これらディスク駆動装置やPC等に組み込まれるファンモータ用、あるいは、レーザビームプリンタ(LBP)に組み込まれるポリゴンスキャナモータ用の軸受装置として使用されている。
【0004】
焼結含油軸受の一例として、軸受面もしくは軸部の外周面に、動圧発生溝等の動圧発生部を形成し、軸部の相対回転時に動圧発生部による動圧作用で軸受隙間に満たされた潤滑油の圧力(油膜強度)を高める流体動圧軸受が知られている。
【0005】
この流体動圧軸受では、軸受隙間に満たされた潤滑油の圧力が高まると、軸受面に無数に開口した気孔を介して内部気孔に潤滑油が浸入し、軸受隙間における潤滑油の圧力(油膜強度)が低下する、いわゆる「動圧抜け」の問題を生じる。同様の問題は、軸受面に動圧発生部を形成していない焼結含油軸受(真円軸受)でも、軸受隙間での潤滑油の圧力の低下という形で現れる。
【0006】
動圧抜けの対策として、下記特許文献1では、軸受面の粗大気孔が、主に歪な形状を有する鉄粉の周辺に生じることに鑑み、鉄粉の表面に微細な銅粉を拡散結合した部分拡散合金粉を原料粉に用いることが開示されている。歪な形状の鉄粉の凹部に微細な銅粉が入り込むため、部分拡散合金粉全体として歪な形状が緩和される、と述べられている。
【0007】
また、下記特許文献2では、焼結体の内周面に動圧発生溝を成形する工程の前に、焼結体の外周面を50μm以下の微小な圧縮代で圧縮する(軽サイジング)工程を設けることが開示されている。この軽サイジングにより、焼結体の外周面に露出した銅が塑性変形して焼結体の外周面の粗大気孔に入り込むため、外周面の粗大気孔を減じることができる、と述べられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2017-150596号公報
【特許文献2】特開2019-183868号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このように特許文献1では焼結体の内周面(軸受面)の粗大気孔を少なくし、特許文献2では焼結体の外周面の粗大気孔を少なくすることで、動圧抜けによる油膜強度の低下を抑えようとしている。何れも、焼結体表面に開口した粗大気孔が動圧抜けの要因となる、という点に着目したものである。
【0010】
しかしながら、たとえ表面の粗大気孔を少なくしても、軸受面が軸との摺動により摩耗した場合は、軸受の内部に存在していた粗大気孔が表面に現れ、再び動圧抜けの問題を生じるようになる。このように、長期的な使用を考慮すると、表面に開口した粗大気孔を少なくするだけでは動圧抜け対策として不十分となる。
【0011】
そこで、本発明は、動圧抜けによる油膜強度の低下を長期にわたり抑制することができる焼結含油軸受の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
以上の目的を達成するため、本発明は、潤滑油を含浸させた筒状の焼結体からなり、支持すべき軸部材との間でラジアル軸受隙間を形成する軸受面を備えた焼結含油軸受において、前記軸受面に多数の気孔が開口し、前記気孔のうち、気孔体積が0.0005mm3を超えるものを粗大気孔として、前記軸受面から深さ50μmまでの領域に前記粗大気孔が存在しないことを特徴とする。
【0013】
かかる焼結含油軸受であれば、長期使用により軸受面が摩耗した場合でも、軸受面での粗大気孔の発生を防止することができる。従って、動圧抜けを抑制して長期間安定した油膜強度を確保できる。
【0014】
また、軸受面から深さ50μmまでの領域には、軸受面も含めて0.0005mm3以下の気孔が多数存在するので、軸受面からの潤滑油の滲み出しを活発に行うことができ、これにより軸受隙間に潤沢な潤滑油を供給してエアの混入を防止することができる。また、ラジアル軸受隙間の潤滑油が焼結含油軸受の内部に還流し、潤滑油が狭隘な気孔を通過する際の異物除去(フィルタリング)も十分に行われるため、潤滑油の耐久性が向上する。従って、焼結含油軸受の耐久寿命の向上を図ることができる。
【0015】
この焼結含油軸受としては、前記軸受面と半径方向反対側に位置する表面に多数の気孔が開口し、前記表面から深さ100μmまでの領域に前記粗大気孔が存在しないものが望ましい。これにより、焼結含油軸受の内部の潤滑油が軸受面と半径方向反対側に位置する表面から流出しにくくなるので、動圧抜けをより一層効果的に抑制することができる。
【0016】
また、この焼結含油軸受としては、前記軸受面を通る半径方向断面のうち、半径方向の肉厚に対して前記軸受面から50%離れた位置よりも前記軸受面側に、前記粗大気孔数が最大となる環状領域を設けたものが好ましい。
【0017】
かかる構成であれば、焼結含油軸受内部の軸受面に近い領域に多量の潤滑油が保持されるため、軸受面を介してラジアル軸受隙間に還流する潤滑油量が増大する。また、当該領域中での潤滑油の流動が活発化する。そのため、ラジアル軸受隙間と焼結含油軸受の間の潤滑油の循環を活発化することができる。これにより、油膜強度を高めると共に、フィルタリング効果を高めることができる。
【0018】
この焼結含油軸受としては、通油度が0.004g/20min以下であるものが好ましい。0.004g/20min以下の通油度であれば、高い動圧抜け抑制効果が得られる。
【0019】
焼結含油軸受としては、黒鉛組織を0.8wt%以上含むものが好ましい。このように焼結含油軸受に含まれる黒鉛組織の量を増やすことで、粗大気孔の大きさを小さくすることができるため、通油度を低くすることができ、0.004g/20min以下の通油度の実現も容易となる。
【0020】
以上に述べた焼結含油軸受では、軸受面に動圧発生部を設けることができる。このように軸受面に動圧発生部を設けると、軸部材と焼結含油軸受の相対回転時に生じる動圧作用により、ラジアル軸受隙間での油膜強度を高めることができる。
【0021】
内周面に前記軸受面が形成された焼結含油軸受と、軸方向一端側が開口し他端側が閉塞された形態をなし前記焼結含油軸受が内周に固定されるハウジングと、前記焼結含油軸受の内周に挿入される前記軸部材とを備え、前記動圧発生部により前記焼結含油軸受の軸受面と前記軸の外周面との間のラジアル軸受隙間に油膜を形成して前記軸部材をラジアル方向に非接触支持する流体動圧軸受装置は、動圧抜けが抑えられるため、優れた軸受剛性および回転精度を有する。
【0022】
この流体動圧軸受装置において、前記焼結含油軸受の軸方向一方側に前記粗大気孔の多い領域を設けると共に、軸方向他方側に前記粗大気孔の少ない領域を設け、前記粗大気孔の多い領域を流体動圧軸受装置の高負荷側に配置すれば、ラジアル軸受隙間の高負荷側での油膜切れあるいは潤滑油の劣化を抑制することができる。
【0023】
この流体動圧軸受装置はモータに使用することができる。
【発明の効果】
【0024】
このように本発明によれば、焼結含油軸受の長期間使用時にも、安定した油膜強度を確保することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】スピンドルモータの断面図である。
図2】流体動圧軸受装置の断面図である。
図3】本発明の実施形態に係る焼結含油軸受の断面図である。
図4】上記焼結含油軸受の下面図である。
図5】(A)(B)は、動圧溝サイジング工程を示す断面図である。
図6】本発明の実施形態に係る焼結含油軸受における気孔の分布を概略的に示す断面図である。
図7】焼結含油軸受の軸受面を通る半径方向で実測した、粗大気孔の度数分布を示すグラフである。
図8】原料粉末に含まれる黒鉛粉の配合量を変えた時の気孔体積および通油度の測定値を示す表である。
図9】焼結含油軸受の軸方向で実測した、粗大気孔の度数分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
【0027】
図1に示すスピンドルモータは、HDD等のディスク駆動装置に用いられるものであり、軸部材2を回転自在に非接触支持する流体動圧軸受装置1と、軸部材2に装着されたディスクハブ3と、半径方向のギャップを介して対向させたステータコイル4およびロータマグネット5とを備えている。ステータコイル4はケーシング6に取付けられ、ロータマグネット5はディスクハブ3に取付けられる。流体動圧軸受装置1のハウジング7は、ケーシング6の内周に装着される。ディスクハブ3には、磁気ディスク等のディスクDが所定枚数(図示例では2枚)保持される。ステータコイル4に通電すると、ステータコイル4とロータマグネット5との間の電磁力が発生し、この電磁力によってディスクハブ3および軸部材2が一体となって回転する。
【0028】
図2に示すように、流体動圧軸受装置1は、軸部材2と、本実施形態に係る焼結含油軸受としての軸受部材8と、軸受部材8を内周に保持するハウジング7と、ハウジング7の軸方向一端の開口部に設けられたシール部9と、ハウジング7の軸方向他端を閉塞する蓋部10とを有する。尚、以下の説明では、便宜上、軸方向でハウジング7の閉塞側を下側、ハウジング7の開口側を上側と言うが、これは流体動圧軸受装置1の使用態様を限定する趣旨ではない。
【0029】
軸部材2は、軸部2aと、軸部2aの下端に設けられたフランジ部2bとを備える。軸部材2は、ステンレス鋼等の金属材料で形成され、本実施形態では、軸部2aおよびフランジ部2bを含む軸部材2全体が一体に形成される。尚、軸部2aとフランジ部2bを別体に形成することもできる。
【0030】
軸部2aの外周面には、軸方向に離隔する2箇所に形成された円筒面2a1と、2箇所の円筒面2a1の間に設けられ、円筒面2a1よりも小径な環状凹部2a2とが設けられる。円筒面2a1は、軸受部材8の内周面8aの軸受面8a1と半径方向で対向する軸受対向面として機能する。
【0031】
ハウジング7は、樹脂あるいは金属で円筒状に形成される。ハウジング7の内周面7aには、軸受部材8の外周面8dが、接着や圧入等の適宜の手段で固定される。
【0032】
軸受部材8は円筒状をなし、内周面8aにラジアル軸受面が設けられる。図示例では、軸受部材8の内周面8aの軸方向に離隔した2箇所にラジアル軸受面8a1が形成される。各ラジアル軸受面8a1には動圧発生部が形成され、本実施形態では、図3に示すように、各ラジアル軸受面8a1に動圧溝、具体的にはへリングボーン形状に配列された動圧溝G1,G2が設けられる。図中クロスハッチングで示す領域は、周囲より盛り上がった丘部を示している(図4においても同様)。上側の動圧溝G1は軸方向で非対称な形状を成し、下側の動圧溝G2は軸方向で対称な形状を成している。ラジアル軸受面8a1の軸方向間領域には、動圧溝G1、G2の溝底面と連続した円筒面8a2が設けられる。動圧溝G1、G2の深さは数μm~数十μmである。
【0033】
尚、上下の動圧溝G1,G2の双方を軸方向対称形状としてもよい。また、上下の動圧溝G1,G2を軸方向で連続させたり、上下の動圧溝G1,G2の一方を省略したりしてもよい。また、動圧発生部として、スパイラル形状等の他の形状の動圧溝や、複数の円筒面を組み合わせた多円弧軸受、あるいは複数の軸方向溝を周方向等間隔に配したステップ軸受等を形成してもよい。
【0034】
軸受部材8の下側端面8bにはスラスト軸受面が設けられる。スラスト軸受面には、図4に示すようなポンプインタイプのスパイラル形状の動圧溝G3が形成される。尚、動圧溝G3の形状として、ヘリングボーン形状や放射溝形状等を採用しても良い。また、軸受部材8の下側端面8bを平坦面として、軸部材2のフランジ部2bの上側端面2b1に動圧溝を形成してもよい。
【0035】
軸受部材8の上側端面8cには、図3に示すように、環状溝8c1と、環状溝8c1の内径側に設けられた複数の半径方向溝8c2とが形成される。軸受部材8の外周面8dには、複数の軸方向溝8d1が円周方向等間隔に設けられる。これらの軸方向溝8d1、環状溝8c1、及び半径方向溝8c2等を介して、軸部材2のフランジ部2bの外径側の空間がシール空間Sと連通することで、この空間における負圧の発生が防止される。尚、特に必要が無ければ、環状溝8c1や半径方向溝8c2を省略して、軸受部材8の上側端面8cを平坦面としてもよい。
【0036】
軸受部材8は、銅を25質量%以上含む焼結体で形成され、本実施形態では、銅及び鉄をそれぞれ25質量%以上含む焼結体で形成される。軸受部材8の真密度比は85~95%である。尚、真密度比は、以下の式で定義される。ρ1は軸受部材の密度であり、ρ0は、その軸受部材に気孔が無いと仮定した場合の密度(真密度)である。
真密度比[%]=(ρ1/ρ0)×100
【0037】
シール部9は、図2に示すように、ハウジング7の上端から内径側に突出している。本実施形態では、シール部9がハウジング7と一体に形成されているが、シール部9をハウジング7に対して別体にすることもできる。シール部9の内周面9aは、下方に向けて漸次縮径したテーパ状を成す。シール部9の内周面9aと軸部2aの外周面との間には、下方に向けて半径方向幅を徐々に狭めた断面楔形のシール空間Sが形成される。この他、シール部9の内周面を円筒面とする一方で、軸部2aの外周面に上方に向けて漸次縮径するテーパ面を設け、これらの間に断面楔形のシール空間Sを形成してもよい。シール部9の下側端面9bには、軸受部材8の上側端面8cが当接している。
【0038】
蓋部10は、黄銅等の金属や樹脂で形成され、ハウジング7の内周面7aの下端部に、圧入、接着等の適宜の手段で固定される。これによりハウジング7の内部の空間がシール空間Sでのみ大気に開放された密閉空間となる。蓋部10は、ハウジング7と一体に形成することもできる。
【0039】
蓋部10の端面10aにはスラスト軸受面が形成される。このスラスト軸受面には、例えばポンプインタイプのスパイラル形状の動圧溝が形成される(図示省略)。尚、動圧溝の形状として、ヘリングボーン形状や放射溝形状等を採用しても良い。また、蓋部10の端面10aを平坦面として、軸部材2のフランジ部2bの下側端面2b2に動圧溝を形成してもよい。
【0040】
上記の構成の流体動圧軸受装置1の内部に油が注入され、シール空間S内に油面が形成される(図2参照)。本実施形態の流体動圧軸受装置1は、ハウジング7の内周の空間(シール空間Sよりも内部側の空間)が、軸受部材8の内部気孔を含めて油で満たされた、いわゆるフルフィルタイプである。
【0041】
軸部材2が回転すると、軸受部材8の内周面8aのラジアル軸受面8a1と軸部2aの外周面(円筒面2a1)との間にラジアル軸受隙間が形成され、動圧溝G1,G2によりラジアル軸受隙間の油膜の圧力が高められることで、軸部材2がラジアル方向に非接触支持する第1ラジアル軸受部R1及び第2ラジアル軸受部R2が構成される。これと同時に、軸受部材8の下側端面8bとフランジ部2bの上側端面2b1との間、及び、蓋部10の端面10aとフランジ部2bの下側端面2b2との間に、それぞれスラスト軸受隙間が形成される。そして、軸受部材8の下側端面8bの動圧溝G3及び蓋部10の端面10aの動圧溝により、各スラスト軸受隙間に形成された油膜の圧力が高められ、これにより軸部材を両スラスト方向に非接触支持する第1スラスト軸受部T1及び第2スラスト軸受部T2が構成される。
【0042】
上記の軸受部材8は、主に原料粉末混合工程、フォーミング工程、焼結工程、回転サイジング工程、および、動圧溝サイジング工程を順に経て製造される。
【0043】
原料粉末混合工程では、複数種の粉末を混合することにより、軸受部材8の原料粉末を作製する。原料粉末は、金属粉末として、例えば鉄系粉末と、銅系粉末と、低融点元素の粉末とを含む。この原料粉末には、必要に応じて、各種成形潤滑剤(例えば、離型性向上のための潤滑剤)や固体潤滑剤(例えば黒鉛粉)等を添加しても良い。
【0044】
鉄系粉末としては、鉄粉(純鉄粉)の他、鉄合金粉(例えばステンレス鋼粉)を用いることができる。鉄系粉末としては、還元粉やアトマイズ粉を使用することができる。銅系粉末としては、銅粉(純銅粉)の他、銅合金粉を用いることができる。銅系粉末としては、電解粉やアトマイズ粉を使用することができる。低融点元素の粉末としては、銅よりも低融点の元素、例えば錫、亜鉛、あるいはリン等を含む粉末を使用することができる。本実施形態では錫粉が用いられる。
【0045】
原料粉末は、金属粉末として、25質量%以上の銅を含み、例えば鉄及び銅をそれぞれ25質量%以上含む。本実施形態の原料粉末中の金属粉末が、25~70質量%の銅粉、1~3質量%の錫粉を含み、残部を鉄粉(あるいは鉄合金粉)及び不可避不純物とされる。
【0046】
フォーミング工程では、フォーミング金型(図示省略)のキャビティに上記の原料粉末を投入して圧縮することにより、図3に示す軸受部材8に近似した円筒形状の圧粉体を得る。フォーミング工程において、圧粉体の外周面には軸方向溝8d1(図3参照)が形成される。
【0047】
焼結工程では、圧粉体を、銅の融点(1086℃)を超えない焼結温度(例えば700℃~900℃)で焼結して、焼結体を得る。原料粉末に流体潤滑剤等の各種成形潤滑剤を添加した場合、成形潤滑剤は焼結に伴って揮散する。
【0048】
回転サイジング工程では、治具(サイジングピン)を焼結体の内周面に締め代をもって押し付け、この状態で、焼結体の内周面の周方向に沿って治具を回転させる(図示省略)。これにより、焼結体の内周面の表層の材料が冶具で圧延され、内周面の開孔部が押しつぶされ、内周面における表面開孔率(内周面に開口した各気孔の面積比)が低減される。
【0049】
動圧溝サイジング工程では、図5(A)(B)に示す動圧溝サイジング金型30により、焼結体28の内周面28aに動圧溝を型成形する。具体的には、図5(A)に示すように、焼結体28の内周にコアロッド31を極微小な隙間を介して挿入すると共に、焼結体28の軸方向幅を上下パンチ32,33で拘束する。この時、ダイ34の内径寸法は、焼結体28の外周面28dとの間に締め代が生じるよう定める。この状態を維持しながら、図5(B)に示すように、焼結体28をダイ34の内周に圧入する。これにより、焼結体28が軸方向両側を拘束されながら外周から圧迫され、焼結体28の内周面28aが、コアロッド31の外周面に形成された成形型31aに押し付けられる。これにより、焼結体28の内周面28aに成形型31aの形状が転写されて動圧溝G1,G2(図3参照)が成形される。
【0050】
その後、焼結体28、コアロッド31、及び上下パンチ32,33を上昇させ、ダイ34の内周から焼結体28及びコアロッド31を取り出す。このとき、焼結体28の内周面28aがスプリングバックにより拡径し、コアロッド31の外周面の成形型31aから剥離する。そして、焼結体28の内周からコアロッド31を引き抜く。
【0051】
こうして形成された焼結体28の内部気孔に真空含浸等の手法で潤滑油を含浸させると、図1に示す軸受部材8が完成する。
【0052】
本願発明者らが以上に述べた軸受部材8の軸受面8a1の摩耗について検証を進めたところ、軸受面8a1からある程度の深さまでの領域で粗大気孔を低減できれば、長期使用による軸受面8a1の摩耗後も軸受面8a1での粗大気孔の発生を抑えて油膜強度を維持できることを見出した。
【0053】
このように表面から一定の深さの領域で粗大気孔の発生を抑制すれば足りるのは、製造直後の焼結含油軸受では、軸部材2の回転に伴う軸受面8a1の摩耗の進行速度が速いものの、軸受運転時間の経過に伴って軸受面8a1が徐々になじむ(平滑化する)ため、軸受運転時間が経過すればするほど摩耗の進行速度が遅くなることによる。実験の結果、長期使用時にも、製造直後の軸受面8a1から50μmを超える深さまで摩耗することは稀であることが明らかとなった。
【0054】
以上の知見に基づき、本実施形態に係る軸受部材8では、図6に概略的に図示するように、気孔のうち、気孔体積が0.0005mm3を超えるものを粗大気孔として、軸受面8a1から深さ50μmまでの領域Mに粗大気孔40が存在していない。軸受面8a1にも粗大気孔40は開口していない。なお、図6では、軸受部材8に含まれる気孔として、粗大気孔40のみを図示しており、体積0.0005mm3以下の微細気孔の図示は省略している。
【0055】
前記領域の各気孔の体積は、X線によるCTスキャン法により測定することができる。CTスキャン法による測定は、測定物に対して、例えば4500枚の画像を撮影してその画像データから3Dデータを構築し、内部の気孔の体積を算出することにより行われる。測定機器として、例えば、waygate technologies社のGE phoenix v|tome|x m300が使用可能である。測定は、例えば電圧250kv、電流300mAの条件で行うことができる。
【0056】
その一方で、軸受面8a1を含む軸受部材8の内周面8aは完全に封孔されておらず、軸受面8a1から深さ50μmまでの領域Mには、体積0.0005mm3以下の多数の気孔が存在する。これにより軸受面8a1にも、体積0.0005mm3以下の多数の気孔が開口している。軸受面8a1における表面開孔率は、軸受面8a1からの潤滑油の十分な滲み出しを確保する一方で、動圧抜けを抑制するため、2%以上、15%以下の範囲が好ましい。
【0057】
このように軸受面8a1に多数の気孔を開口させつつ、軸受面8a1から深さ50μmまでの領域の気孔体積を0.0005mm3以下とすることにより、長期使用により軸受面8a1が摩耗した際にも、軸受面8a1での粗大気孔の発生を防止することができる。従って、動圧抜けを抑制して長期間安定した油膜強度を確保できる。また、軸受面8a1には、摩耗後も含め、体積0.0005mm3以下の気孔が多数開口しているので、軸受面8a1からの潤滑油の滲み出しも活発に行われ、軸受隙間に潤沢な潤滑油を供給してエアの混入を防止することができる。また、潤滑油が狭隘な気孔を通過する際の異物除去(フィルタリング)も十分に行われ、潤滑油の耐久性が向上する。従って、流体動圧軸受装置1の耐久寿命の向上を図ることができる。
【0058】
また、本実施形態に係る軸受部材8では、図6に示すように、軸受面8a1と半径方向反対側に位置する軸受部材8の表面(本実施形態では外周面8d)から深さ100μmまでの領域Nに、既に述べた粗大気孔40が存在していない。なお、外周面8dから100μmまでの領域Nには体積0.0005mm3以下の微細気孔が多数存在し、かつ外周面8dには微細気孔が多数開口しているので、潤滑油は軸受部材8の外周面8dからも滲み出す。
【0059】
このように軸受部材8の外周面8dから深さ100μmまでの領域Nで粗大気孔40が存在しないようにすることで、軸受部材8の外周面8dから滲み出す潤滑油量が減少する。そのため、動圧抜けを抑制する効果がさらに高まる。仮に軸受面8a1が過度に摩耗して、軸受面8a1に粗大気孔40が開口したとしても、外周面8dの表面開孔率が低いため、動圧抜けの抑制効果を維持することができる。
【0060】
なお、図6に示すように、軸受部材8の領域M、Nを除く部分には、体積0.0005mm3を超える多数の粗大気孔40が分散して存在している。
【0061】
図7は、上記の手順で製作した軸受部材8の軸受面8a1を通る半径方向で実測した、粗大気孔40の度数分布を示すグラフである。この度数分布は、軸受部材8の軸受面8a1を通る半径方向断面を半径方向の複数箇所で等分して複数の環状領域(例えば半径方向幅0.1mmの環状領域)を設定し、各環状領域に存在する粗大気孔40の数をCTスキャン法によりカウントすることで得られる。図7の横軸に表された半径位置は、軸受部材8の軸心を0としている。また、図7中の曲線は、度数分布に近似させた曲線である。なお、この測定に用いた試料は、内径寸法をφ4.0mm、外径寸法をφ7.5mm、軸方向長さを12.47mmとした円筒状をなしている。
【0062】
図7から明らかなように、この軸受部材8では、内周面8a(軸受面8a1)から深さ50μm(半径2.05mmの位置)までの領域、および外周面8dから深さ100μm(半径3.65mmの位置)までの領域では、体積0.0005mm3を超える粗大気孔40が存在していないことが理解できる。そのため、高い動圧抜け抑制効果が得られる。
【0063】
その一方で、粗大気孔40の度数分布は、軸受部材8の半径方向の肉厚に対して軸受面8a1(半径位置2.0mm)から50%離れた位置(半径位置2.9mm付近)よりも軸受面8a1側の環状領域、詳細には軸受面8a1から40%離れた位置(半径位置2.7mm付近)よりも軸受面8a1側の環状領域、より詳細には軸受面8a1から35%離れた位置(半径位置2.6mm付近)よりも軸受面8a1側の環状領域で最大となっている。具体的には、軸受面から30%離れた位置(半径2.5mm付近)の環状領域で最大となっている。
【0064】
これにより、軸受部材8内部の軸受面8a1に近い領域に多量の潤滑油が保持されるため、軸受面8a1を介してラジアル軸受隙間に還流する潤滑油量が増大する。また、当該領域で潤滑油の流動が活発化する。そのため、ラジアル軸受隙間と軸受部材8の間の潤滑油の循環を活発化することができる。これにより、油膜強度を高めると共に、フィルタリング効果を高めることができる。
【0065】
この観点から、軸受部材8においては、軸受部材8の半径方向の肉厚に対して軸受面8a1(半径位置2.0mm)から50%離れた位置よりも軸受面8a1側の環状領域、好ましくは軸受面8a1から40%離れた位置よりも軸受面8a1側の環状領域、より好ましくは軸受面8a1から35%離れた位置よりも軸受面8a1側の環状領域で粗大気孔数が最大となっていることが望まれる。
【0066】
以上に説明した、領域M、Nで粗大気孔40を排除した軸受部材8は、例えば、回転サイジング工程および動圧溝サイジング工程での締め代を調整することで得ることができる。回転サイジング工程の締め代が主に内径側の領域Mでの粗大気孔40の発生頻度に影響を与え、動圧溝サイジング工程での締め代が主に外径側の領域Nでの粗大気孔40の発生頻度に影響を与える。図7に示す測定試験に用いた試料サイズ(内径寸法φ4.0mm、外径寸法φ7.5mm、軸方向長さ12.47mm)であれば、回転サイジング工程の締め代はφ50μm程度、動圧溝サイジング工程での締め代はφ200μm程度が適正である。
【0067】
軸受部材8における気孔の大きさは、原料粉末に配合する黒鉛粉の配合量を調整することでもコントロールすることができる。一般に黒鉛粉の配合量が多くなるほど、気孔の大きさが小さくなる。
【0068】
図8に、軸受部材8の原料粉末に含まれる黒鉛粉の配合量を変えた時の気孔体積および通油度の測定値を示す。図8に示すように、黒鉛粉以外が同じ成分および同じ成分量であったとしても、黒鉛粉の配合量を0.5wt%とした場合、最大気孔の体積は0.0335mm3、平均体積は0.0031mm3となるが、黒鉛粉の配合量を0.8wt%とした場合、最大気孔の体積は0.0115mm3、平均体積は0.0017mm3となる。従って、黒鉛粉の配合量が多いほど気孔体積が小さくなることが理解できる。これに対応して、通油度も黒鉛粉の配合量を多くした方が小さくなり、黒鉛粉の配合量を0.8wt%とすることで、0.004g/20minの通油度を得られることも理解できる。なお、原料粉末における黒鉛粉の配合割合が、焼結後における黒鉛組織の含有率となる。
【0069】
以上の知見から、黒鉛粉の配合量を0.8wt%以上(軸受部材8に含まれる黒鉛組織の含有率を0.8wt%以上)とするのが好ましく、これによって通油度を0.004g/20min以下に抑えることが可能となる。従って、動圧抜けの抑制効果がさらに高まる。なお、ここでの「通油度」は、焼結体の軸方向両端面に開口した気孔を密封した状態で、焼結体の内周に満たした潤滑油に所定圧力(ここでは0.4MPa)を付加し、この状態で20分間保持した時に、焼結体の外周面に開口した気孔から滲み出した潤滑油の総重量を意味する。
【0070】
図9は、軸受部材8の軸方向で実測した、粗大気孔40の度数分布を示すグラフである。この度数分布は、軸受部材8の軸方向断面を軸方向の複数箇所で等分して複数の帯状領域(例えば軸方向幅0.1mmの帯状領域)を設定し、各帯状領域に存在する粗大気孔40の数をCTスキャン法によりカウントすることで得られる。図9の横軸に表された軸方向位置は、軸受部材8の一方の端面を0としている。また、図9中の曲線は、度数分布に近似させた曲線である。なお、この測定に用いた試料は、内径寸法をφ4.0mm、外径寸法をφ7.5mm、軸方向長さを12.4mmとした円筒状をなしている。
【0071】
図9に示すように、軸受部材8の軸方向一方側には、粗大気孔40の多い領域Aが設けられ、軸方向他方側に粗大気孔40の少ない領域Bが設けられる。HDDあるいはファンモータの場合、一般的にロータ側(図1の上側)に加わる負荷が大きいため、ハウジング7内の軸受部材8は、粗大気孔40が多い領域Aをロータ側に向けて配置するのが好ましい。これにより、粗大気孔40が多い領域Aでは、潤滑油がラジアル軸受隙間と軸受部材8の内部との間で活発に循環するため、高負荷側のラジアル軸受隙間での油膜切れや潤滑油の劣化を防止することが可能となる。
【0072】
本発明は上記の実施形態に限られない。例えば、以上の実施形態では、ハウジング7の内部空間が軸受部材8の内部気孔も含めて潤滑油で満たされた、いわゆるフルフィル構造の流体動圧軸受装置1を示したが、これに限らず、ハウジング7の内部空間に潤滑油で満たされていない空隙部を設けたパーシャルフィル構造の流体動圧軸受装置に本発明を適用してもよい(図示省略)。また、動圧発生部を有しない所謂真円軸受にも本発明を適用することができる。
【0073】
また、以上の実施形態では、軸部材2を回転側、ハウジング7及び軸受部材8を固定側とした場合を示したが、これとは逆に、軸部材2を固定側、ハウジング7及び軸受部材8を回転側としてもよい。
【0074】
また、以上の実施形態では、流体動圧軸受装置1をHDD等のディスク駆動装置のスピンドルモータに適用した場合を示したが、これに限らず、例えばレーザビームプリンタのポリゴンスキャナモータや、電子機器の冷却用ファンモータ等に、本発明に係る流体動圧軸受装置を適用することもできる。
【符号の説明】
【0075】
1 流体動圧軸受装置
2 軸部材
7 ハウジング
8 軸受部材(焼結含油軸受)
8a 内周面
8a1 軸受面(ラジアル軸受面)
8d 外周面
9 シール部材
40 粗大気孔
M 軸受面から深さ50μmまでの領域
N 表面から深さ100μmまでの領域
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9