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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024034936
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】V字溝欠損補修方法
(51)【国際特許分類】
   C10B 29/02 20060101AFI20240306BHJP
   F27D 1/16 20060101ALI20240306BHJP
   F27D 1/00 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
C10B29/02
F27D1/16 B
F27D1/00 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022139517
(22)【出願日】2022-09-01
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 雅人
(72)【発明者】
【氏名】福地 弘
(72)【発明者】
【氏名】谷 峻旭
(72)【発明者】
【氏名】野口 敏彦
(72)【発明者】
【氏名】藤川 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】西埜 和樹
【テーマコード(参考)】
4K051
【Fターム(参考)】
4K051AA08
4K051AB03
4K051BB02
4K051BH01
4K051LA04
(57)【要約】
【課題】コークス炉の炉壁に生じたV字溝欠損を適切に平滑化して補修する。
【解決手段】コークス炉の炉壁に生じた縦亀裂であるV字溝欠損を補修するV字溝欠損補修方法であって、炉壁の所定高さにおけるV字溝欠損の深さを取得する深さ取得ステップと、取得したV字溝欠損の深さと、予め取得されたV字溝欠損の深さとV字溝欠損の開口部の幅との関係と、に基づいて、V字溝欠損の断面形状を推定する断面推定ステップと、推定したV字溝欠損の断面形状に基づいて、補修後のV字溝欠損の補修面の位置が、炉壁の表面から所定の深さ未満となるように、最低限必要なV字溝欠損に対する溶射材の溶射回数を算出する溶射回数算出ステップと、算出した溶射回数でV字溝欠損に対して溶射材を溶射する場合に、溶射後のV字溝欠損の補修面が最も平坦となるように、溶射材を溶射すべき炉壁の水平方向における溶射位置を決定する溶射位置決定ステップと、を含む。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コークス炉の炉壁に生じた縦亀裂であるV字溝欠損を補修するV字溝欠損補修方法であって、
前記炉壁の所定高さにおける前記V字溝欠損の深さを取得する深さ取得ステップと、
前記深さ取得ステップで取得した前記V字溝欠損の深さと、予め取得された前記V字溝欠損の深さと前記V字溝欠損の開口部の幅との関係と、に基づいて、前記V字溝欠損の断面形状を推定する断面推定ステップと、
前記断面推定ステップで推定した前記V字溝欠損の断面形状に基づいて、補修後の前記V字溝欠損の補修面の位置が、前記炉壁の表面から所定の深さ未満となるように、最低限必要な前記V字溝欠損に対する溶射材の溶射回数を算出する溶射回数算出ステップと、
前記溶射回数算出ステップで算出した溶射回数で前記V字溝欠損に対して前記溶射材を溶射する場合に、溶射後の前記V字溝欠損の補修面が最も平坦となるように、前記溶射材を溶射すべき前記炉壁の水平方向における溶射位置を決定する溶射位置決定ステップと、
を含む、V字溝欠損補修方法。
【請求項2】
前記所定の深さは、前記炉壁に生じた前記V字溝欠損がコークスの押し出し負荷に影響しない深さとなるように選択される、請求項1に記載のV字溝欠損補修方法。
【請求項3】
前記予め取得された前記V字溝欠損の深さと前記V字溝欠損の開口部の幅との関係は、1:8の関係である、請求項1または2に記載のV字溝欠損補修方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コークス炉の炉壁に生じた縦亀裂であるV字溝欠損を補修するV字溝欠損補修方法に関する。
【背景技術】
【0002】
数十年にわたり長期間稼働しているコークス炉では、炉を構成する煉瓦の劣化、損傷により炭化室の炉壁に凹凸が生じて、製造したコークスを押し出す時の押し出し負荷(押し出しに必要となる力)が年々増加する傾向がある。そして、コークスの押し出しができなくなる「押し詰まり」と呼ばれる生産トラブルの頻度も高まる傾向にある。
【0003】
押し出し負荷が増加する要因の一つとして、煉瓦角欠けによる凹凸が挙げられる。具体的には、炉壁の高さ方向に複数段の煉瓦を貫く亀裂(縦亀裂)が炉壁に一定間隔で発生しており、この縦亀裂の断面は煉瓦の角欠けによりV字形状の凹部となっている。以下では、このような断面がV字形状の凹部となっている炉壁の損傷を、「V字溝欠損」と称する。V字溝欠損を伴った縦亀裂は、炭化室の炉壁の一部ではなく、炉壁全体に発生している。炉壁に部分的にカーボンが付着している領域では、当該凹部が見かけ上平滑化していることもある。しかし、炉壁のカーボンが消失すると、押し詰まりが発生するレベルまで押し出し負荷が上昇する。このため、炭化室の炉壁の損傷部分に対して溶射材を溶射して補修することが行われている。
【0004】
V字溝欠損を補修する技術としては、例えば、炭化室を撮像した画像から当該炉壁面に生じている縦亀裂を自動的に検出する画像処理技術(特許文献1)や、縦亀裂の位置情報に基づきV字溝損傷を倣って溶射を行う装置(特許文献2)等がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2018-39948号公報
【特許文献2】特開2018-44161号公報
【特許文献3】特開2005-206727号公報
【特許文献4】特開2006-63275号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、V字溝欠損の進行が顕著なコークス炉では、V字溝欠損の炉壁の表面からの深さ(以下、単に、「V字溝欠損の深さ」ともいう。)が深くなり、1回の溶射ではV字溝欠損の深い部分を溶射材により十分に埋めることが難しい。このようなV字溝欠損は、溶射を複数回重ねて行い補修する必要がある。
【0007】
溶射を複数回行って炉壁損傷部を補修する技術としては、例えば、特許文献3には、炭化室の炉壁損傷部に溶射原料を帯状に吹き付けて補修を行う炭化室の炉壁補修方法が開示されている。特許文献3の手法では、溶射原料の吹き付けは複数回積層して行われ、前回の層で形成された溶射原料の間の谷部に向けて、次回の層を形成する溶射原料を吹き付ける。これにより、補修部分の補修面の平滑度を向上させ、コークス押出時の押出抵抗の増加を抑制する。
【0008】
また、特許文献4には、コークス炉炭化室の炉壁損傷部の損傷深さ方向を複数層に区分し、その下層から順次溶射材料を吹付けて溶射補修を行う方法が開示されている。特許文献4の手法では、区分する各層の溶射層厚を炉壁損傷部の損傷深さに応じて決定し、かつ各層は炉壁損傷部の一端側から他端側まで連続するようにする。損傷部内に凹凸に沿って連続的に溶射補修することにより、溶射の中断を抑制して溶射作業を容易にし、溶射補修時間の短縮化を図っている。
【0009】
しかしながら、特許文献3、4に記載の技術は、炉壁の面的な煉瓦減肉の溶射補修に関するものであり、V字溝欠損の補修に比べて炉壁に対する溶射位置を高精度に設定することは要求されない。また、コークスの押し出し負荷を低減するため、補修後のV字溝欠損の補修面は平坦とする必要があるが、溶射によって形成される溶射材の肉盛りの形状(以下、「溶射ヒープ形状」とする。)はV字溝欠損の凹部のV字形状とは異なる。このため、単に同じ溶射位置に溶射を繰り返したのでは溶射後に平滑面を作ることができない。さらに、溶射補修作業はコークス炉操業を中断して行われるため、少しずつ溶射しては溶射面形状を計測する補修方法では時間を要し、非現実的である。
【0010】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、コークス炉の炉壁に生じたV字溝欠損を適切に平滑化して補修することが可能な、V字溝欠損補修方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために、本発明のある観点によれば、コークス炉の炉壁に生じた縦亀裂であるV字溝欠損を補修するV字溝欠損補修方法であって、前記炉壁の所定高さにおける前記V字溝欠損の深さを取得する深さ取得ステップと、前記深さ取得ステップで取得した前記V字溝欠損の深さと、予め取得された前記V字溝欠損の深さと前記V字溝欠損の開口部の幅との関係と、に基づいて、前記V字溝欠損の断面形状を推定する断面推定ステップと、前記断面推定ステップで推定した前記V字溝欠損の断面形状に基づいて、補修後の前記V字溝欠損の補修面の位置が、前記炉壁の表面から所定の深さ未満となるように、最低限必要な前記V字溝欠損に対する溶射材の溶射回数を算出する溶射回数算出ステップと、前記溶射回数算出ステップで算出した溶射回数で前記V字溝欠損に対して前記溶射材を溶射する場合に、溶射後の前記V字溝欠損の補修面が最も平坦となるように、前記溶射材を溶射すべき前記炉壁の水平方向における溶射位置を決定する溶射位置決定ステップと、を含む、V字溝欠損補修方法が提供される。
【0012】
前記所定の深さは、前記炉壁に生じた前記V字溝欠損がコークスの押し出し負荷に影響しない深さとなるように選択してもよい。
【0013】
また、前記予め取得された前記V字溝欠損の深さと前記V字溝欠損の開口部の幅との関係は、1:8の関係としてもよい。
【発明の効果】
【0014】
以上説明したように本発明によれば、コークス炉の炉壁に生じたV字溝欠損を適切に平滑化して補修することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】ラバーフレーム方式の溶射ヒープ形状の一例を示す図である。
図2】炭化室炉壁の水平方向プロフィールの一例を示す図である。
図3】本発明の一実施形態に係るV字溝欠損補修方法を示すフローチャートである。
図4】V字溝欠損の断面形状を示す模式図である。
図5】表1のV字溝欠損の深さdと溶射断面積Sとの関係を示すグラフである。
図6】V字溝欠損の深さが10mmの場合における、V字溝欠損の断面形状、溶射ヒープ形状及び溶射後のV字溝欠損の補修面を示す説明図である。
図7】式(3)におけるV字溝欠損の形状の定義を示す説明図である。
図8】V字溝欠損の深さが13mmの場合における、V字溝欠損の断面形状、溶射ヒープ形状及び溶射後のV字溝欠損の補修面を示す説明図である。
図9】V字溝欠損の深さが15mmの場合における、V字溝欠損の断面形状、溶射ヒープ形状及び溶射後のV字溝欠損の補修面を示す説明図である。
図10】V字溝欠損の深さが20mmの場合における、V字溝欠損の断面形状、溶射ヒープ形状及び溶射後のV字溝欠損の補修面を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0017】
[1.考察]
[1-1.V字溝欠損の補修について]
V字溝欠損は、本願発明者の調査により、以下のような形状的な特徴を有する。
(1)V字溝欠損の深さは縦亀裂ごとに異なるが、その断面形状は左右対称のV字形状(三角形状)であり、その深さが変わっても概ね相似形である。V字溝欠損の深さと開口部の幅(水平方向の長さ)との比は1:8である。例えば、深さが10mmのV字溝欠損であれば、開口部の幅は80mm程度である。
(2)1つの縦亀裂に着目すると、そのV字溝欠損の深さは炉壁の高さ位置によらずおおよそ一定である。すなわち、深さが10mmのV字溝欠損は、縦亀裂の上から下までどこを見てもほぼ10mmの深さを有する。
【0018】
このような形状的な特徴を有するV字溝欠損の溶射補修に関しては、様々な検討が行われており、効果的な補修技術も提案されている(例えば、上記特許文献1、2)。一方で、V字溝欠損の進行が顕著なコークス炉では、1回の溶射ではV字溝欠損の深い部分を溶射材により十分に埋めることが難しく、溶射を複数回重ねる必要がある。コークスの押し出し負荷を低減するため、補修後のV字溝欠損の補修面は極力平坦にする必要がある。しかし、溶射により形成される肉盛りの形状である溶射ヒープ形状はV字溝欠損の凹部のV字形状とは異なるため、単に同じ溶射位置に溶射を繰り返したのでは溶射後に平滑面を作ることができない。
【0019】
そこで、本願発明者は、溶射後のV字溝欠損の凹部に所望の平滑面が得られるように、溶射位置を適切にずらしながら複数回(多パス)の溶射を行う方法を鋭意検討した。ここで「所望の平滑面」とは、炉壁の凹凸量が、健全な炉壁の表面に対して±5mm以下になることを指す。これは、炉壁上の段差が5mm以下であれば、コークスを押し出す際の引っ掛かり抵抗が小さく、押し出し負荷に目立った上昇が生じないからである。
【0020】
[1-2.溶射装置の溶射ヒープ形状について]
次に、溶射装置、特に溶射ヒープ形状(溶射により形成される肉盛りの形状)について検討した。
【0021】
コークス炉の煉瓦壁面の補修に使われる溶射には、ラバーフレーム方式(火炎によって加熱して溶融させた溶射材を吹き付ける方式)とテルミット方式(テルミット反応の高温を使って溶射材を溶融して吹き付ける方式)との2種類がある。どちらの方式の溶射装置であっても、炉壁に向けて溶射プローブ先端から溶射材を噴出させながら溶射プローブを移動させ、煉瓦表面に溶射材を帯状に肉盛りすることができる。溶射ヒープ形状とは、肉盛りされた溶射材の断面形状である。1回の溶射で安定して溶射材を肉盛りできるのは、溶射ヒープ形状の最大高さが10mmより低いものである。一度に多くの溶射材を吹き付けると、溶射材の垂れ落ち等により安定した溶射ヒープ形状が得られないからである。以下では、一例として、ラバーフレーム方式の溶射について説明する。
【0022】
ラバーフレーム方式の溶射ヒープ形状は、図1に示すように、溶射中心の周りにガウス関数で表現できる形状となる。溶射ヒープ形状は、溶射条件(溶射プローブの溶射材や燃焼ガスの噴出ノズル形状、炉壁との距離、溶射材の供給量、溶射プローブの移動速度、等)により高さや幅(ガウス関数の最大値や標準偏差)が変化する。溶射プローブを一定速度で移動させながら溶射する際、むらの生じない安定した形状の溶射ヒープが得られる条件にすると、例えば図1に示すような溶射ヒープ形状となる。図1に示す曲線を、関数f(x)(xは幅方向位置)としてガウス関数で表現すると、下記式(1)となる。
【0023】
【数1】
【0024】
ここで、μはガウス関数の中心値、σは標準偏差、Cは溶射ヒープの最大高さにガウス関数を調整する係数である。図1では、μ=0、σ=9、C=160(溶射ヒープの最大高さは7mm)である。
【0025】
また、図2に、炭化室炉壁の水平方向プロフィールの一例を示す。図2の画像は、V字溝欠損が進行した長期稼働コークス炉の炭化室炉壁の一部(窯口からの距離が4m~6m、高さは炉底付近から1.5m程度)であり、当該画像中の破線位置における水平方向の凹凸プロフィールを画像下側に示している。
【0026】
図2の炉壁情報は、コークス炉診断装置(例えば、特許第3590509号公報に記載のコークス炉炭化室の内壁観察装置)を用いて測定することができる。図2に記した(A)、(B)、(C)は、それぞれ深さが約10mm、約15mm、約20mmのV字溝欠損である。このように、炉壁の水平方向におおよそ一定間隔で並んでいるV字溝欠損は亀裂ごとに深さが異なる。炉壁の他の部位や同じコークス炉の別の炭化室を広く調べたところ、このコークス炉では、V字溝欠損の深さは10mmから最大で20mmの範囲に分布していた。なお、上述の通り、V字溝欠損の断面形状は、深さと開口部の幅の比がおおよそ1:8の相似形であることが図2からも確認できる。
【0027】
このような実際に操業しているコークス炉の調査結果から、本願発明者は、V字溝欠損が深さ10mm~20mmの範囲にあるとして、深さに応じて溶射を何回重ねるか(すなわち、溶射を何パス行うか)、複数回溶射する場合には溶射位置をどのようにずらせば押出負荷に影響しない平滑面を作れるかについて、鋭意検討した。その結果、V字溝欠損の深さからその断面形状を推定し、溶射回数と、各パスの溶射での溶射位置とを決定して、V字溝欠損を補修する方法を想到した。以下、本発明の一実施形態に係るV字溝欠損補修方法について詳細に説明していく。
【0028】
[2.V字溝欠損補修方法]
図3に基づいて、本実施形態に係るV字溝欠損補修方法を説明する。図3は、本実施形態に係るV字溝欠損補修方法を示すフローチャートである。
【0029】
(S10:V字溝欠損の深さ取得)
本実施形態に係るV字溝欠損補修方法では、図3に示すように、まず、炉壁の所定高さにおけるV字溝欠損の深さを取得する(S10)。V字溝欠損の深さを取得する手法は特に限定されず、既知の技術により取得すればよい。例えば、特許第3590509号公報に記載のコークス炉炭化室の内壁観察装置を用いて測定された、図2に示すような水平方向の凹凸プロフィールを取得することにより、炉壁の所定高さにおけるV字溝欠損の深さを取得することができる。
【0030】
(S20:V字溝欠損の断面形状の推定)
次いで、取得した上記V字溝欠損の深さと、予め取得されたV字溝欠損の深さとV字溝欠損の開口部の幅との関係とに基づいて、V字溝欠損の断面形状を推定する(S20)。V字溝欠損の深さとV字溝欠損の開口部の幅との関係は、例えば、本願発明者により知見された、1:8の関係を用いてもよい。
【0031】
例えば、V字溝欠損の深さとV字溝欠損の開口部の幅とに1:8の関係がある場合、図4に示すように、測定されたV字溝欠損15の炉壁の表面10からの深さがdであれば、V字溝欠損15の開口部の幅は8dとなり、二等辺三角形の断面形状であることが推定できる。このように、V字溝欠損の深さとV字溝欠損の開口部の幅との関係から、取得されたV字溝欠損の深さに対応する開口部の幅を求めることで、V字溝欠損の断面形状が推定される。
【0032】
(S30:溶射回数の算出)
V字溝欠損の断面形状が得られると、補修後のV字溝欠損の補修面(図4の補修面25)の位置が、炉壁の表面から所定の深さ未満となるように、最低限必要なV字溝欠損に対する溶射材(図4の溶射材20)の溶射回数を算出する(S30)。溶射回数を最低限必要な数とすることで、溶射補修時間を極力短くすることができ、操業の妨げにならないようにする。
【0033】
ここで、所定の深さ(図4に示す深さds)は、炉壁に生じたV字溝欠損がコークスの押し出し負荷に影響しない深さとなるように選択される。つまり、コークスを押し出す際の引っ掛かり抵抗が小さく、押し出し負荷に目立った上昇が生じない所望の平滑面となる深さが設定される。例えば、補修面25と炉壁の表面との凹凸量が±5mm以下であれば押し出し負荷に影響しないことから、所定の深さdsを5mmとしてもよい。
【0034】
例えば、深さd[mm]のV字溝欠損を炉壁の表面から5mmの深さ位置まで溶射することにする。ここで、必要な溶射断面積Sは、S=4×(d-5)(=8×(d-5)×(d-5)÷2)である。一方、図1の溶射ヒープ形状の断面積Gは、下記式(2)で表され、G=C=160となる。
【0035】
【数2】
【0036】
そこで、下記表1に示すように、V字溝欠損の深さによって定まる溶射断面積Sを溶射ヒープ形状の断面積Gで除して、その値の小数点以下を切り上げた値を溶射回数とする。このようにすれば、溶射後のV字溝欠損の凹み量がおおむね5mm以下で、かつ、溶射回数が最小となる。
【0037】
【表1】
【0038】
図5は、表1のV字溝欠損の深さdと溶射断面積Sとの関係をグラフ化したものである。図5より、V字溝欠損の深さdと必要な溶射回数とを図解的に導くことができる。例えば、図5の縦軸が160~320mmの範囲に該当するV字溝欠損の深さであれば、溶射回数は2回と決定し得る。
【0039】
(S40:溶射位置の決定)
溶射回数を算出すると、当該溶射回数でV字溝欠損に対して溶射材を溶射する場合に、溶射後のV字溝欠損の補修面が最も平坦となるように、溶射材を溶射すべき炉壁の水平方向における溶射位置を決定する(S40)。
【0040】
溶射回数が1回の場合には、V字溝欠損の中心に溶射軌道を合わせて溶射する。例えば、V字溝欠損の深さdが10mmの場合には、図5より溶射回数は1回となる。この場合、溶射後のV字溝欠損の補修面は、図6に示すような形状となる。
【0041】
溶射回数が複数回となる場合には、溶射後のV字溝欠損の補修面が最も平坦となるように、溶射位置をずらして溶射する必要がある。例えば、V字溝欠損の深さdが13mmの場合、図5より溶射回数は2回となる。この場合、V字溝欠損の中心に対して左右対称の溶射位置で溶射を実施することになる。
【0042】
そこで、V字溝欠損の中心から溶射位置をずらす距離を溶射位置のオフセット量とし、各溶射パスでのオフセット量を決定することにより、それぞれの溶射位置を決定する。オフセット量は、例えば、V字溝欠損の各位置での溶射後に残存する深さの二乗和が最小になるように決定する。この際、オフセット量は最適化問題として求めるのが好適である。
【0043】
図7に示すように、炉壁の健全部を基準(高さh=0)として、V字溝欠損の深さをdとしたとき、補修後のV字溝欠損の高さ(すなわち補修面の高さ)V(x)を数式化すると、下記式(3)となる。
【0044】
【数3】
【0045】
一方、1回の溶射による溶射ヒープ形状f(x,μ)は、下記の式(4)となる。ここで、μはオフセット量(ガウス関数の中心)である。
【0046】
【数4】
【0047】
2回の溶射後の形状は、V(x)+f(x,μ)+f(x,-μ)となるので、最適オフセット量μは、下記式(5)を解くことにより求めることができる。
【0048】
【数5】
【0049】
例えば、V字溝欠損の深さdが13mmの場合、溶射回数は2回である。このとき、上記式(5)に基づき最適なオフセット量を決定し、2回の溶射を行うと図8に示すような結果が得られる。2つの溶射位置は、V字溝欠損の中心に対して左右対称となっている。
【0050】
また、V字溝欠損の深さdが15mmの場合、溶射回数は3回である。このとき、上記式(5)を溶射回数3回に拡張してオフセット量を決定し、3回の溶射を行うと図9に示すような結果が得られる。3つの溶射位置は、V字溝欠損の中心に対して左右対称となっており、溶射位置の1つは水平方向位置0mmとなっている。
【0051】
さらに、V字溝欠損の深さdが20mmの場合、溶射回数は6回である。このとき、上記式(5)を溶射回数6回に拡張してオフセット量を決定し、6回の溶射を行うと図10に示すような結果が得られる。6つの溶射位置は、左右それぞれ3つずつあり、V字溝欠損の中心に対して左右対称となっている。
【0052】
図8図10より、溶射後に得られる補修面は、V字溝欠損の深さがほぼ5mmとなっており、押し出し負荷に影響しない平滑度を有することがわかる。
【0053】
なお、上記ステップS40の説明では、オフセット量は最適化問題として求めたが、本発明はかかる例に限定されない。例えば、V字溝欠損の形状と溶射ヒープ形状とに基づき溶射後の形状をシミュレートするツールを用いて、V字溝欠損の形状に対して溶射ヒープ形状の水平方向位置を変化させ、溶射後に得られる補修面がなるべく平滑面になるように試行錯誤することによりオフセット量を決定してもよい。
【0054】
以上、本実施形態に係るV字溝欠損補修方法について説明した。本実施形態によれば、V字溝欠損の深さからその断面形状を推定し、溶射回数と、各パスの溶射での溶射位置とを決定して、V字溝欠損を補修する。これにより、V字溝欠損を1回の溶射では溶射材の肉盛り量が足りず、複数回の溶射が必要な場合であっても、V字溝欠損を適切に平滑化して補修することができる。その結果、押し出し負荷が低減され、押し詰まり等の生産トラブルを回避することができ、コークスの生産を安定させることができる。また、最小の溶射回数で、効率的にV字溝欠損を補修することができる。
【0055】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0056】
10 炉壁の表面
15 V字溝欠損
20 溶射材
25 補修面
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10