(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024034988
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】タンパク被覆加工糸
(51)【国際特許分類】
D06M 15/15 20060101AFI20240306BHJP
D06M 11/17 20060101ALI20240306BHJP
【FI】
D06M15/15
D06M11/17
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2022147435
(22)【出願日】2022-08-30
(71)【出願人】
【識別番号】592060020
【氏名又は名称】河原 豊
(72)【発明者】
【氏名】河原 豊
【テーマコード(参考)】
4L031
4L033
【Fターム(参考)】
4L031AA21
4L031AB31
4L031BA07
4L031BA31
4L031DA08
4L033AA08
4L033AB04
4L033AC07
4L033AC15
4L033CA08
(57)【要約】 (修正有)
【課題】水に対して膨潤性を示さない化学繊維について、繊維表面にタンパクの被膜を形成・固定させ、新たな機能(紫外線照射劣化の抑制、天然染料の染着性、着心地の改善、等)を付与できるようにする。水に対して膨潤性を示す天然繊維へのタンパクの固定においても水洗で溶出しない非水溶性のタンパクの被膜を繊維表層に形成・固定できるようにし、新たな機能(染着性の改善、しわ回復性、等)を付与できるようにする。
【解決手段】塩化アルミニウム六水和物Al(H
2O)
6Cl
3を加水分解して最終的に水酸化アルミニウムの重合体を生成し、これを繊維表面に水素結合で固定して繊維表面にOH基を多数発生させ、このOH基を通じてタンパクあるいはタンパク加水分解物を水素結合、キレート結合(キレート錯体の形成)によって繊維表面に固定し、非水溶化して繊維表面に安定なタンパクの被膜を形成させる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩化アルミニウム六水和物を加水分解させて、その生成物の一部を繊維表面に固定して、当該固定物と水素結合またはキレート錯体を形成させることでタンパクまたはタンパク加水分解物を繊維に固定する方法、及び、当該処理方法によってタンパクまたはタンパク加水分解物が固定された繊維。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然繊維や化学繊維の表面に非水溶性のタンパク被膜を形成するために、塩化アルミニウム六水和物の加水分解によって得られる生成物が有効であることを発見したことに関する。
【背景技術】
【0002】
繊維への表面仕上げ加工は、新たな機能性を繊維に付与し、高付加価値化した繊維製品を生産・供給するために行われてきた。加工剤の視点からタンパクの性質に着目したとき、N末端、C末端、塩基性及び酸性アミノ酸残基は、水溶液でプラスまたはマイナスにチャージするため、例えば水中でイオン化する染料分子の吸着を促進し、タンパクを被覆した繊維では直接染料の染着性の向上が認められた(非特許文献1)。一方,タンパクは親水性の残基を多く含むため水中で金属イオンと水素結合、キレート錯体を形成し水溶性を失い、安定化する性質がある.例えば、低分子化したタンパクを綿繊維に含浸したのちアルミニウムイオンを繊維に浸入させることで、セルロースのOH基、及び、タンパクのOH基をアルミニウムイオンが水素結合やキレート錯体を形成して連絡し、結果、分子鎖間に架橋が形成され、綿布のしわ回復性能が改善した(特許文献1)。さらに、低分子化したタンパクを綿繊維に含浸したのちブタンテトラカルボン酸またはウレタン樹脂等の架橋剤を反応させて積極的に分子鎖間に架橋結合を形成して綿布のしわ回復性能の改善が行われている(非特許文献2)。
【0003】
しかしながら、上記のいずれの方法も、繊維中への低分子タンパクの侵入が不可欠であるため、水に対して膨潤性を示さない化学繊維をタンパクで被覆する場合には応用することが困難となる。例えば、ケブラー繊維は高強度を示すが、紫外線照射によって劣化し易いため、長期間屋外で日光にさらされる場合は、何らかの対策が必要となる(非特許文献3)。一方、タンパクのうちケラチンに関しては、紫外線の中でUVA(320-400nm)を吸収してカルボニル化するアミノ酸を含んでいるため(非特許文献4,5)、ケラチンタンパクの被膜は被覆された材料の紫外線感応性を和らげることが出来る。そこで、ケラチンタンパクからなる被膜をケブラー繊維表面へ固定する技術開発を行なった。他方、ポリエステル繊維は公定水分率がわずか0.4%であるため、繊維製品として利用した場合、吸湿性が低いため発汗によるムレ感の発生で着心地の悪化が生じやすい。そこで、親水性の素材で繊維表面を被覆することは着心地の改善につながり、新たな機能性ポリエステル繊維が供給可能となるため、親水性タンパクのポリエステル繊維への被覆技術の開発を行った。なお、従来のウレタン樹脂等の架橋剤を用いる親水性タンパクの繊維への固定においては、タンパクをあらかじめ繊維に塗布したのちに樹脂で架橋結合を形成して固定するため、繊維の最外層は樹脂層となり易く、着心地の改善には必ずしもつながらない。最外層はタンパク層となるような新たな加工技術の開発を行う必要がある。また、綿、麻などのセルロース系天然繊維への親水性タンパクの固定においても、固定のために従来のウレタン樹脂等の架橋剤を用いる場合は、繊維の最外層に樹脂層が形成されやすいため、加工によってかえって天然繊維の着心地性能が低下する恐れがある(非特許文献1,2)。ところで、特許文献1の方法は架橋樹脂の代わりに塩化アルミニウムを使用するため着心地への影響は比較的少ないが、その使用量に限界があり、結果、タンパク成分の定着・固定が不完全なものとなりやすく、また、固定量の調整に限界があるため、改善が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】河原 豊,特願平6―339421,天然繊維の処理方法.
【非特許文献】
【非特許文献1】Yutaka Kawahara,Masatoshi Shioya,Akira Takaku,American Dyestuff Reporter,85巻,9号,88-91頁(1996),Effect of non-formaldehyde finishing using urethane and water-soluble silk powder compounds on dyeing and mechanical properties of cotton fabrics.
【非特許文献2】河原 豊,古田 博一,塩谷 正俊,繊維学会誌,52巻,10号,562-565頁(1996),水溶性絹フィブロインを用いた綿の加工.
【非特許文献3】山口明伸,西村次男,魚本健人,コンクリート工学年次論文集報告集,18巻,1号,1161-1166頁(1996),紫外線による各種繊維の劣化現象の評価方法に関する基礎研究.
【非特許文献4】Jens J.Thiele,Sherry N.Hsieh,Karlis Briviba,Helmut Sies,Journal of Investigative Dermatology,113巻,3号,335-339頁(1999),Protein oxidation in human stratum corneum: susceptibility of keratins to oxidation in vitro and presence of a keratin oxidation gradient in vivo.
【非特許文献5】藤井敏弘,伊藤弓子,日本化粧品技術者会誌,52巻,2号,99-104頁(2018),ケラチンフィルムを利用した長波長紫外線とブルーライトが引き起こすカルボニルタンパク質の検出.
【非特許文献6】筏英之,竹内志彦,芦田道夫,高分子論文集,49巻,6号,527-533頁(1992),ポリ乳酸の光分解性ポリマーとしての可能性の検討.
【非特許文献7】Yutaka Kawahara,Motohiro Hanada,Shota Onosato,Wataru Takarada,Midori Takasaki,Koji Takeda,Yoshimitsu Ikeda,Takeshi Kikutani,Journal of Macromolecular Science,Part B,58巻,10号,828-846頁(2019),High-speed melt spinning of polylactide/poly(butyleneterephthalate) bicomponent fibers:mechanism of fiber structure development and dyeing behavior.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
水に対して膨潤性を示さない化学繊維について、繊維表面にタンパクの被膜を形成・固定させ、新たな機能(紫外線照射劣化の抑制、着心地の改善、等)を付与できるようにする。水に対して膨潤性を示す天然繊維へのタンパクの固定においても水洗で溶出しない非水溶性のタンパクの被膜を繊維表層に形成・固定できるようにし、新たな機能(染着性、しわ回復性、等)を付与できるようにする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
塩化アルミニウム六水和物Al(H
2O)
6Cl
3を加水分解して水溶液にすると下記の反応が生じ、塩基性塩化アルミニウムの重合体[Al
2(OH)
nCl
6-n]
mが形成されることが知られている。
塩基性塩化アルミニウムの重合体は沈殿凝集剤に多用されている。塩基性塩化アルミニウムの重合体はポリ塩化アルミニウム(PAC)と呼ばれ市販されている。このPACをさらに乾燥させると非水溶性の水酸化アルミニウムAl(OH)
3が生成するが、水酸化アルミニウムはPACの構造を反映し、重合体[Al
2(OH)
6]
mとなって析出する。析出した水酸化アルミニウムの重合体は水素結合、キレート結合(キレート錯体の形成)によってタンパクを固定する能力を持つ。
上記の塩化アルミニウム六水和物の加水分解、乾燥工程の反応を繊維表面で行った場合、塩化アルミニウム六水和物の加水分解によって発生した塩酸は、水に対して膨潤性を示さない化学繊維であっても、繊維表面を浸食して細かな溝や細孔を繊維表面に形成することが出来る。特に乾燥工程では塩酸の濃度が上昇するため、浸食作用が強まる。浸食によって形成された溝や細孔は繊維の表面積を増大させるため、塩基性塩化アルミニウムの重合体の不溶化で形成される水酸化アルミニウムの重合体の定着に便利である。ケブラーなどのアラミド繊維やポリエステル繊維は、水に対して膨潤性を示さないが、大気中の水分を吸水して水素結合は形成するため、水酸化アルミニウムの重合体はこれらの繊維の表層(特に、溝や細孔部位)へ安定に固定される。その結果、繊維表面に水酸化アルミニウムのOH基がリッチに存在する状態となり、水素結合、キレート結合(キレート錯体の形成)によってタンパクが水酸化アルミニウムに安定に固定され繊維表面がタンパクで被覆されることになる。
【0007】
天然繊維のうち綿、麻などのセルロース系繊維の処理ではグリコシド結合が塩酸で加水分解されてしまうため、適宜、塩酸を除去する処理を併用する必要がある。具体的には乾燥工程の前に炭酸ナトリウム水溶液を繊維に塗布して中和処理を行うことで、セルロース系繊維の塩酸による加水分解反応を防ぎながら水酸化アルミニウムの重合体を繊維表面に定着させることが可能となる。定着した水酸化アルミニウムの重合体は繊維表面をタンパクで被覆するのに役立つ。
上記の着想を元に、鋭意検討し、本発明に至った。
【発明の効果】
【0008】
様々なタンパクのもつ多様な機能を化学繊維に付与することが可能となり、新たな機能性繊維製品の開発が促進される。例えば、ポリエステル繊維と同様のエステル結合から成るポリ乳酸繊維は殺菌灯等からの紫外線で劣化し易いため(非特許文献6)、本発明の方法により紫外吸収能のあるタンパク(ケラチン、セリシンなど)の被膜を繊維表面に形成することで、ポリ乳酸繊維の紫外線照射による劣化を弱めることが出来る。また、ケラチンやセリシンは天然染料で染色されやすい素材であるため、これらのタンパクで被覆された繊維は40℃程度の温度で行われる天然染料を用いる染色処理でも染着が可能となる。例えば、ポリ乳酸繊維を工業的な染色条件(98~130℃)で染色した場合、分散染料の定着性が低い上に、染色後、繊維の著しい熱収縮が生じるため、SDGsに対応した繊維でありながら染色が出来ないためにポリ乳酸繊維の衣料用繊維としての展開が遅れている問題がある(非特許文献7)。本発明をポリ乳酸繊維へ適用すれば、表層のタンパク被膜が40℃程度において天然染料で着色可能となるため、染色処理による繊維の熱収縮の問題が克服され、ポリ乳酸繊維の一般衣料分野への展開が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】羽毛ケラチンの被膜の形成処理を行ったケブラー29織物(処理布)と当該被膜が形成されていない未処理のケブラー29織物(未処理布)との分光反射率曲線の違いを示す図である。(実施例2)
【発明を実施するための形態】
【実施例0010】
ケブラー29織物試料を10%塩化アルミニウム六水和物水溶液に2分間浸し,引きあげて乾燥した(105℃,30分間)。この状態の織物を、水溶性羽毛ケラチン加水分解物を溶解した10%水溶液に2分間浸したのち引きあげて乾燥(105℃,30分間)し、170℃で5分間、加熱処理した。その後、織物を湯洗いし(80℃,2分間)、乾燥(105℃,30分間)して羽毛ケラチンの被膜が形成されたケブラー29織物を得た。この一連の操作によるケブラー29織物の重量増加率は、15.4%であった。