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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035151
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】絶縁電線
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/02 20060101AFI20240306BHJP
【FI】
H01B7/02 Z
【審査請求】有
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023137950
(22)【出願日】2023-08-28
(31)【優先権主張番号】P 2022137119
(32)【優先日】2022-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000486
【氏名又は名称】弁理士法人とこしえ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】和田 広明
(72)【発明者】
【氏名】藤岡 星風
(72)【発明者】
【氏名】堀澤 和史
(72)【発明者】
【氏名】河野 英樹
(72)【発明者】
【氏名】谷本 健次郎
(72)【発明者】
【氏名】助川 勝通
【テーマコード(参考)】
5G309
【Fターム(参考)】
5G309RA09
(57)【要約】
【課題】低誘電率を有しており、傷がつきにくく、ワニスを撥かない被覆層を備える絶縁電線を提供すること。
【解決手段】導体と、前記導体の周囲に形成された被覆層と、を備える絶縁電線であって、前記被覆層が、溶融加工可能なフッ素樹脂を含有するフッ素樹脂層と、前記フッ素樹脂層の周囲に形成されており、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)樹脂を含有するPAEK樹脂層と、を備えており、前記被覆層の厚みが、40~300μmである絶縁電線を提供する。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、前記導体の周囲に形成された被覆層と、を備える絶縁電線であって、
前記被覆層が、
溶融加工可能なフッ素樹脂を含有するフッ素樹脂層と、
前記フッ素樹脂層の周囲に形成されており、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)樹脂を含有するPAEK樹脂層と、
を備えており、
前記被覆層の厚みが、40~300μmである
絶縁電線。
【請求項2】
前記フッ素樹脂層の質量の割合が、前記絶縁電線の質量に対して、50質量%以上である請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記被覆層の比誘電率が、2.9以下である請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
25℃で測定する部分放電開始電圧が、下記の関係式を充足する請求項1または2に記載の絶縁電線。
部分放電開始電圧(V) ≧ 2.2 ×X + 810
X:前記絶縁電線の質量に対する前記フッ素樹脂層の質量の割合(質量%)
【請求項5】
下記式で算出される変化率が、10%未満である請求項1または2に記載の絶縁電線。
変化率(%)=[(25℃で測定する部分放電開始電圧)-(200℃で測定する部分放電開始電圧)]/(25℃で測定する部分放電開始電圧)×100
【請求項6】
下記式で算出される変化率が、10%未満である請求項1または2に記載の絶縁電線。
変化率(%)=[(絶縁電線を200℃で1000時間加熱した後に、25℃で測定する部分放電開始電圧)-(25℃で測定する部分放電開始電圧)]/(25℃で測定する部分放電開始電圧)×100
【請求項7】
前記PAEK樹脂層の厚みが、15μm以上であり、
通電に至る荷重が1500g以上である請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項8】
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂のメルトフローレートが、0.1~120g/10分である請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項9】
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂の融点が、240~320℃である請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項10】
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、テトラフルオロエチレン単位およびフルオロアルキルビニルエーテル単位を含有する請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項11】
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂のフルオロアルキルビニルエーテル単位の含有量が、全モノマー単位に対して、1.0~30.0モル%である請求項10に記載の絶縁電線。
【請求項12】
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、テトラフルオロエチレン単位およびヘキサフルオロプロピレン単位を含有する請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項13】
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、官能基を有しており、前記フッ素樹脂の官能基数が、炭素原子10個あたり5~1300個である請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項14】
前記フッ素樹脂が、カルボニル基含有基、アミノ基、ヒドロキシ基、ジフルオロメチル基、オレフィン基、エポキシ基およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の官能基を有する請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項15】
前記導体が、銅、銅合金、アルミニウムおよびアルミニウム合金からなる群より選択される少なくとも1種から構成される請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項16】
前記導体の断面形状が、円形状、楕円状、長方形状、真四角形状および多角形状のいずれかである請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項17】
前記被覆層が、さらに、
前記フッ素樹脂層と前記PAEK樹脂層との層間に形成されており、溶融加工可能なフッ素樹脂およびPAEK樹脂を含有する複合樹脂層を備えており、
前記フッ素樹脂層と前記複合樹脂層との密着力、および、前記複合樹脂層と前記PAEK樹脂層との密着力が、いずれも、0.1N/mm以上である請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項18】
前記複合樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、テトラフルオロエチレン単位およびフルオロアルキルビニルエーテル単位を含有する請求項17に記載の絶縁電線。
【請求項19】
前記複合樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、官能基を有しており、前記フッ素樹脂の官能基数が、炭素原子10個あたり5~1300個である請求項17に記載の絶縁電線。
【請求項20】
産業用モーター巻線または平角マグネットワイヤーである請求項1または2に記載の絶縁電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、絶縁電線に関する
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、断面矩形の導体上に、少なくとも2層の絶縁層が積層された絶縁皮膜を有する絶縁電線であって、前記積層された絶縁皮膜が、前記導体の外周上に熱硬化性樹脂からなるエナメル絶縁層および該層の外側に熱可塑性樹脂からなる押出絶縁層から構成され、前記エナメル絶縁層の厚さが、50μm以上であり、前記積層された絶縁皮膜の全体の厚さ(T)および100℃における比誘電率(ε)、前記積層された絶縁層中、1層の最大厚さ(Tmax)および100℃における比誘電率の最大値(εmax)と最小値(εmin)が、下記の関係を全て満たすことを特徴とする絶縁電線が記載されている。
T≧100μm (1.1)
Tmax≦100μm (1.2)
1.5≦ε≦3.5 (2.1)
1.0≦εmax/εmin≦1.2 (2.2)
【0003】
特許文献2には、平角導体と、前記平角導体の周囲に形成されており、テトラフルオロエチレン単位およびフルオロアルキルビニルエーテル単位を含有する共重合体を含有する平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブから形成される被覆層と、を備える平角マグネット線が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2017/175516号
【特許文献2】特開2021-2458号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示では、低誘電率を有しており、傷がつきにくく、ワニスを撥かない被覆層を備える絶縁電線を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の第1の観点によれば、導体と、前記導体の周囲に形成された被覆層と、を備える絶縁電線であって、前記被覆層が、溶融加工可能なフッ素樹脂を含有するフッ素樹脂層と、前記フッ素樹脂層の周囲に形成されており、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)樹脂を含有するPAEK樹脂層と、を備えており、前記被覆層の厚みが、40~300μmである絶縁電線が提供される。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、低誘電率を有しており、傷がつきにくく、ワニスを撥かない被覆層を備える絶縁電線を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本開示の具体的な実施形態について詳細に説明するが、本開示は、以下の実施形態に限定されるものではない。
【0009】
特許文献1では、モーターなどの回転機の性能向上のため、より多い本数の巻線をステータのスロット中に収容することが求められていることが記載されている。また、特許文献1には、このような巻線に用いる絶縁電線として、断面矩形の導体上に、少なくとも2層の絶縁層が積層された絶縁皮膜を有する絶縁電線が記載されており、積層された絶縁皮膜を、導体の外周上の熱硬化性樹脂からなるエナメル絶縁層および該層の外側の熱可塑性樹脂からなる押出絶縁層から構成することが記載されている。
【0010】
また、特許文献2では、平角導体と、前記平角導体の周囲に形成される被覆層とを備える平角マグネット線において、被覆層をテトラフルオロエチレン単位およびフルオロアルキルビニルエーテル単位を含有する共重合体を含有する平角マグネット線被覆層形成用熱収縮チューブから形成することが記載されている。
【0011】
しかしながら、従来の絶縁電線の被覆層の構成では、被覆層の誘電率を低下させると同時に、耐傷性およびワニスとの親和性を向上させることが困難である。電気自動車に用いられるモーターでは、小型化、高性能化を目的として、使用電圧が高くなる傾向がある。高電圧化に伴って、モーターに用いられる被覆電線には、従来のよりも高い部分放電開始電圧が要求される上、小型化を可能にするために、絶縁電線の被覆層は薄い方が好ましい。被覆層の形成には、誘電率が低い材料を用いることが好ましい。しかしながら、低い誘電率を有する材料を用いて、比較的薄い被覆層を形成すると、回転電機のコアのスロットに被覆層を挿入する際などに被覆層に傷がつきやすく、絶縁特性が損なわれる問題がある。さらに、絶縁電線が平角導体を備える場合において、絶縁電線をエッジワイズ方向に曲げる場合には、金属製の治具を用いて、大きな荷重をかけて曲げる必要があるが、この際に被覆層に傷がつきやすく、絶縁特性が損なわれる問題がある。また、絶縁電線は、エポキシ系樹脂などを含む含浸用ワニスを用いてコアに固定されることがあるが、従来の低い誘電率を有する材料を用いた被覆層では、ワニスを撥いてしまい、絶縁電線をコアに固定することが容易でない問題がある。
【0012】
これに対し、本開示の絶縁電線は、溶融加工可能なフッ素樹脂を含有するフッ素樹脂層と、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)樹脂を含有するPAEK樹脂層とを含む積層構造により被覆層を構成したものであることから、被覆層の誘電率が十分に低く、しかも、回転電機のコアのスロットに挿入する際やエッジワイズ方向に曲げる際などに被覆層に傷がつきにくく、さらには、被覆層が含浸用ワニスに充分に馴染む。したがって、本開示の絶縁電線は、良好な絶縁特性を損なうことなく、スロットに収容しやすい形状に容易に変形させることができ、さらには、容易にコアに固定することができるので、モーターなどの回転電機の小型化および高性能化を実現できるものである。
【0013】
本開示の絶縁電線は、導体と、導体の周囲に形成された被覆層と、を備えている。次に、導体および被覆層の構成について、より詳細に説明する。
【0014】
(導体)
導体は、単線、集合線、撚線などであってよいが、単線であることが好ましい。導体の断面の形状は、円形状、楕円状、長方形状、真四角形状および多角形状のいずれかであってよい。
【0015】
導体としては、導電材料から構成されるものであれば特に限定されないが、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、鉄、銀、ニッケルなどの材料により構成することができ、銅、銅合金、アルミニウムおよびアルミニウム合金からなる群より選択される少なくとも1種により構成されたものが好ましい。また、銀めっき、ニッケルめっきなどのめっきを施した導体を用いることもできる。銅としては、無酸素銅、低酸素銅、銅合金などを用いることができる。
【0016】
導体の断面が略矩形である場合、すなわち、導体が平角導体である場合、導体の断面の幅は1~75mmであってよく、導体の断面の厚さは0.1~10mmであってよい。導体の断面の形状は、長方形状であってよい。導体の外周径は、6.5mm以上であってよく、200mm以下であってよい。また、幅の厚さに対する比は、1超30以下であってよい。
【0017】
導体の断面が略円形である場合、すなわち、導体が丸導体である場合、導体の直径は、好ましくは0.1~10mmであり、より好ましくは0.3~3mmである。
【0018】
導体の面粗さSzは、導体とフッ素樹脂層とが一層強固に密着することから、好ましくは0.2~12μmであり、より好ましくは1μm以上であり、さらに好ましくは5μm以上であり、より好ましくは10μm以下である。
【0019】
導体の面粗さは、エッチング処理、ブラスト処理、レーザー処理などの表面処理方法により、導体を表面処理することにより調整することができる。また、表面処理により、導体の表面に凹凸を設けてもよい。凸部から凸部の凹凸間距離は小さいほど好ましく、たとえば、0.5μm以下である。また、凹凸の大きさは、たとえば、未加工面に対する凸部を切断したときの1つあたりの凹部面積が0.5μm以下である。凹凸形状は、クレーター型の単一な凹凸形状でもよく、アリの巣状に枝分かれしているものでもよい。
【0020】
(被覆層)
被覆層は、導体の周囲に形成されており、フッ素樹脂層とPAEK樹脂層とを備えている。
【0021】
被覆層の厚みは、絶縁特性の観点から、好ましくは40~300μmであり、より好ましくは50μm以上であり、さらに好ましくは60μm以上であり、より好ましくは250μm以下であり、さらに好ましくは200μm以下である。
【0022】
被覆層の比誘電率は、絶縁特性の観点から、好ましくは2.9以下であり、より好ましくは2.7以下であり、さらに好ましくは2.5以下であり、特に好ましくは2.4以下であり、好ましくは1.8以上である。比誘電率は、ネットワークアナライザーHP8510C(ヒューレットパッカード社製)および空洞共振器を用いて、共振周波数および電界強度の変化を20~25℃の温度下で測定して得られる値である。
【0023】
被覆電線におけるフッ素樹脂層の質量の割合は、絶縁特性の観点から、絶縁電線の質量に対して、好ましくは50質量%以上であり、より好ましくは55質量%以上であり、さらに好ましくは70質量%以上であり、好ましくは95質量%以下であり、より好ましくは90質量%以下である。
【0024】
絶縁電線の25℃で測定する部分放電開始電圧は、絶縁特性の観点から、下記の関係式を充足することが好ましい。
部分放電開始電圧(V) ≧ 2.2 ×X + 810
X:絶縁電線の質量に対するフッ素樹脂層の質量の割合(質量%)
【0025】
絶縁電線の部分放電開始電圧は、温度が変化しても変化しにくいことが好ましい。絶縁電線の25℃で測定する部分放電開始電圧と、200℃で測定する部分放電開始電圧とから、下記式により算出される変化率は、好ましくは10%未満であり、より好ましくは5%未満である。
変化率(%)=[(25℃で測定する部分放電開始電圧)-(200℃で測定する部分放電開始電圧)]/(25℃で測定する部分放電開始電圧)×100
【0026】
絶縁電線の部分放電開始電圧は、絶縁電線を高温で長時間使用した後でも変化しにくいことが好ましい。絶縁電線の25℃で測定する部分放電開始電圧と、絶縁電線を200℃で1000時間加熱した後に、25℃で測定する部分放電開始電圧とから、下記式により算出される変化率は、好ましくは10%未満であり、より好ましくは5%未満である。
変化率(%)=[(絶縁電線を200℃で1000時間加熱した後に、25℃で測定する部分放電開始電圧)-(25℃で測定する部分放電開始電圧)]/(25℃で測定する部分放電開始電圧)×100
【0027】
「25℃で測定する部分放電開始電圧」とは、200℃以上で1時間以上加熱された履歴のない絶縁電線の部分放電開始電圧である。
【0028】
絶縁電線の一実施形態においては、PAEK樹脂層の厚みが、15μm以上であり、通電に至る荷重が1500g以上であることが好ましい。
【0029】
通電に至る荷重は、連続的に増加する力を加えた針で絶縁電線の被覆層の表面を擦り、針と導体との間で導通が生じたときの力(g)である。絶縁電線の被覆層を、通電に至る荷重が1500g以上となるように構成することによって、被覆層の耐摩耗性が向上し、絶縁電線を回転電機のコアのスロットに被覆層を挿入する際、あるいは、絶縁電線をエッジワイズ方向に曲げる際に、一層傷がつきにくい被覆層を得ることができる。通電に至る荷重は、JIS C3216-3に記載の方法にしたがって測定することができる。
【0030】
(フッ素樹脂層)
フッ素樹脂層は、導体の周囲に形成されており、フッ素樹脂層の外周にはPAEK樹脂層が形成されている。本開示の被覆電線は、このような構成を備えることから、金属製の治具を用いて、大きな荷重をかけて曲げる際や、被覆電線をコアのスロットに挿入する際に、フッ素樹脂層が治具やスロットなどの部材と接触することがない。したがって、フッ素樹脂層に傷をつけることなく、フッ素樹脂層が有する優れた電気特性を維持したままで、スロットに収容しやすい形状に容易に変形させることができ、さらには、被覆電線をコアのスロットに円滑に挿入することができる。加えて、被覆電線をワニスに含浸させることによって、ワニスとの親和性に劣るフッ素樹脂層ではなく、ワニスとの親和性に優れるPAEK樹脂層にワニスを付着させることができるので、スロットに挿入した被覆電線をコアに容易に固定することができる。
【0031】
フッ素樹脂層は、溶融加工性のフッ素樹脂を含有する。本開示において、溶融加工性とは、押出機および射出成形機などの従来の加工機器を用いて、ポリマーを溶融して加工することが可能であることを意味する。従って、溶融加工性のフッ素樹脂は、後述する測定方法により測定されるメルトフローレートが0.01~500g/10分であることが通常である。
【0032】
フッ素樹脂のメルトフローレートは、好ましくは0.1~120g/10分であり、より好ましくは80g/10分以下であり、さらに好ましくは70g/10分以下であり、好ましくは5g/10分以上であり、より好ましくは10g/10分以上である。フッ素樹脂のメルトフローレートが上記範囲内にあることにより、フッ素樹脂層を容易に形成できるとともに、得られるフッ素樹脂層の機械的強度が優れたものとなる。
【0033】
本開示において、フッ素樹脂のメルトフローレートは、ASTM D1238に従って、メルトインデクサー(安田精機製作所社製)を用いて、372℃、5kg荷重下で内径2.1mm、長さ8mmのノズルから10分間あたりに流出するポリマーの質量(g/10分)として得られる値である。
【0034】
フッ素樹脂の融点は、好ましくは200~322℃であり、より好ましくは220℃以上であり、さらに好ましくは240℃以上であり、尚さらに好ましくは260℃以上であり、特に好ましくは280℃以上であり、より好ましくは320℃以下である。
【0035】
融点は、示差走査熱量計〔DSC〕を用いて測定できる。
【0036】
溶融加工性のフッ素樹脂としては、テトラフルオロエチレン(TFE)/フルオロアルキルビニルエーテル(FAVE)共重合体、テトラフルオロエチレン(TFE)/ヘキサフルオロプロピレン(HFP)共重合体、TFE/エチレン共重合体〔ETFE〕、TFE/エチレン/HFP共重合体、エチレン/クロロトリフルオロエチレン(CTFE)共重合体〔ECTFE〕、ポリクロロトリフルオロエチレン〔PCTFE〕、CTFE/TFE共重合体、ポリビニリデンフルオライド〔PVdF〕、TFE/ビニリデンフルオライド(VdF)共重合体〔VT〕、ポリビニルフルオライド〔PVF〕、TFE/VdF/CTFE共重合体〔VTC〕、TFE/HFP/VdF共重合体などが挙げられる。
【0037】
フッ素樹脂としては、TFE/FAVE共重合体、および、TFE/HFP共重合体からなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。
【0038】
フッ素樹脂としては、耐熱性、成形性、電気特性に優れており、導体とフッ素樹脂層とが一層強固に密着することから、TFE/FAVE共重合体、および、TFE/HFP共重合体からなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。
【0039】
TFE/FAVE共重合体は、テトラフルオロエチレン(TFE)単位およびフルオロアルキルビニルエーテル(FAVE)単位を含有する共重合体である。
【0040】
FAVE単位を構成するFAVEとしては、一般式(1):
CF=CFO(CFCFYO)-(CFCFCFO)-Rf (1)
(式中、YはFまたはCFを表し、Rfは炭素数1~5のパーフルオロアルキル基を表す。pは0~5の整数を表し、qは0~5の整数を表す。)で表される単量体、および、一般式(2):
CFX=CXOCFOR (2)
(式中、Xは、同一または異なり、H、FまたはCFを表し、Rは、直鎖または分岐した、H、Cl、BrおよびIからなる群より選択される少なくとも1種の原子を1~2個含んでいてもよい炭素数が1~6のフルオロアルキル基、若しくは、H、Cl、BrおよびIからなる群より選択される少なくとも1種の原子を1~2個含んでいてもよい炭素数が5または6の環状フルオロアルキル基を表す。)で表される単量体からなる群より選択される少なくとも1種を挙げることができる。
【0041】
FAVEとしては、なかでも、一般式(1)で表される単量体が好ましく、パーフルオロ(メチルビニルエーテル)、パーフルオロ(エチルビニルエーテル)(PEVE)およびパーフルオロ(プロピルビニルエーテル)(PPVE)からなる群より選択される少なくとも1種がより好ましく、PEVEおよびPPVEからなる群より選択される少なくとも1種がさらに好ましく、PPVEが特に好ましい。
【0042】
TFE/FAVE共重合体のFAVE単位の含有量は、導体とフッ素樹脂層とが一層強固に密着することから、全モノマー単位に対して、好ましくは1.0~30.0モル%であり、より好ましくは1.2モル%以上であり、さらに好ましくは1.4モル%以上であり、尚さらに好ましくは1.6モル%以上であり、特に好ましくは1.8モル%以上であり、より好ましくは3.5モル%以下であり、さらに好ましくは3.2モル%以下であり、尚さらに好ましくは2.9モル%以下であり、特に好ましくは2.6モル%以下である。
【0043】
TFE/FAVE共重合体のTFE単位の含有量は、導体とフッ素樹脂層とが一層強固に密着することから、全モノマー単位に対して、好ましくは99.0~70.0質量%であり、より好ましくは96.5モル%以上であり、さらに好ましくは96.8モル%以上であり、尚さらに好ましくは97.1モル%以上であり、特に好ましくは97.4モル%以上であり、より好ましくは98.8モル%以下であり、さらに好ましくは98.6モル%以下であり、尚さらに好ましくは98.4モル%以下であり、特に好ましくは98.2モル%以下である。
【0044】
本開示において、共重合体中の各モノマー単位の含有量は、19F-NMR法により測定する。
【0045】
TFE/FAVE共重合体は、TFEおよびFAVEと共重合可能な単量体に由来する単量体単位を含有することもできる。この場合、TFEおよびFAVEと共重合可能な単量体の含有量は、TFE/FAVE共重合体の全モノマー単位に対して、好ましくは0~29.0モル%であり、より好ましくは0.1~5.0モル%であり、さらに好ましくは0.1~1.0モル%である。
【0046】
TFEおよびFAVEと共重合可能な単量体としては、HFP、CZ=CZ(CF(式中、Z、ZおよびZは、同一または異なって、HまたはFを表し、Zは、H、FまたはClを表し、nは2~10の整数を表す。)で表されるビニル単量体、および、CF=CF-OCH-Rf(式中、Rfは炭素数1~5のパーフルオロアルキル基を表す。)で表されるアルキルパーフルオロビニルエーテル誘導体、官能基を有する単量体等が挙げられる。なかでも、HFPが好ましい。
【0047】
TFE/FAVE共重合体としては、TFE単位およびFAVE単位のみからなる共重合体、および、上記TFE/HFP/FAVE共重合体からなる群より選択される少なくとも1種が好ましく、TFE単位およびFAVE単位のみからなる共重合体がより好ましい。
【0048】
TFE/FAVE共重合体の融点は、耐熱性および耐ストレスクラック性の観点から、好ましくは240~322℃であり、より好ましくは285℃以上であり、より好ましくは320℃以下であり、さらに好ましくは315℃以下であり、特に好ましくは310℃以下である。融点は、示差走査熱量計〔DSC〕を用いて測定できる。
【0049】
TFE/FAVE共重合体のガラス転移温度(Tg)は、好ましくは70~110℃であり、より好ましくは80℃以上であり、より好ましくは100℃以下である。ガラス転移温度は、動的粘弾性測定により測定できる。
【0050】
TFE/FAVE共重合体の比誘電率は、電気特性の観点から、好ましくは2.4以下であり、より好ましくは2.1以下であり、下限は特に限定されないが、好ましくは1.8以上である。比誘電率は、ネットワークアナライザーHP8510C(ヒューレットパッカード社製)および空洞共振器を用いて、共振周波数および電界強度の変化を20~25℃の温度下で測定して得られる値である。
【0051】
TFE/HFP共重合体は、テトラフルオロエチレン(TFE)単位およびヘキサフルオロプロピレン(HFP)単位を含有する共重合体である。
【0052】
TFE/HFP共重合体のHFP単位の含有量は、導体とフッ素樹脂層とが一層強固に密着することから、全モノマー単位に対して、好ましくは0.1~30.0モル%であり、より好ましくは0.7モル%以上であり、さらに好ましくは1.4モル%以上であり、より好ましくは10モル%以下である。
【0053】
TFE/HFP共重合体のTFE単位の含有量は、導体とフッ素樹脂層とが一層強固に密着することから、全モノマー単位に対して、好ましくは70.0~99.9モル%であり、より好ましくは90.0モル%以上であり、より好ましくは99.3モル%以下であり、さらに好ましくは98.6モル%である。
【0054】
TFE/HFP共重合体は、TFEおよびHFPと共重合可能な単量体に由来する単量体単位を含有することもできる。この場合、TFEおよびHFPと共重合可能な単量体の含有量は、TFE/HFP共重合体の全モノマー単位に対して、好ましくは0~29.9モル%であり、より好ましくは0.1~5.0モル%であり、さらに好ましくは0.1~1.0モル%である。
【0055】
TFEおよびHFPと共重合可能な単量体としては、FAVE、CZ=CZ(CF(式中、Z、ZおよびZは、同一または異なって、HまたはFを表し、Zは、H、FまたはClを表し、nは2~10の整数を表す。)で表されるビニル単量体、および、CF=CF-OCH-Rf(式中、Rfは炭素数1~5のパーフルオロアルキル基を表す。)で表されるアルキルパーフルオロビニルエーテル誘導体、官能基を有する単量体等が挙げられる。なかでも、FAVEが好ましい。
【0056】
TFE/HFP共重合体の融点は、好ましくは200~322℃であり、より好ましくは210℃以上であり、さらに好ましくは220℃以上であり、特に好ましくは240℃以上であり、より好ましくは320℃以下であり、さらに好ましくは300℃未満であり、特に好ましくは280℃以下である。
【0057】
TFE/HFP共重合体のガラス転移温度(Tg)は、好ましくは60~110℃であり、より好ましくは65℃以上であり、より好ましくは100℃以下である。
【0058】
フッ素樹脂は、官能基を有することが好ましい。フッ素樹脂が官能基を有することにより、導体とフッ素樹脂層とをより一層強固に密着させることができる。
【0059】
官能基としては、カルボニル基含有基、アミノ基、ヒドロキシ基、ジフルオロメチル基(-CFH基)、オレフィン基、エポキシ基およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。
【0060】
カルボニル基含有基は、構造中にカルボニル基(-C(=O)-)を含有する基である。カルボニル基含有基としては、たとえば、
カーボネート基[-O-C(=O)-OR(式中、Rは炭素原子数1~20のアルキル基またはエーテル結合性酸素原子を含む炭素原子数2~20のアルキル基である)]、
アシル基[-C(=O)-R(式中、Rは炭素原子数1~20のアルキル基またはエーテル結合性酸素原子を含む炭素原子数2~20のアルキル基である)]
ハロホルミル基[-C(=O)X、Xはハロゲン原子]、
ホルミル基[-C(=O)H]、
式:-R-C(=O)-R(式中、Rは、炭素原子数1~20の2価の有機基であり、Rは、炭素原子数1~20の1価の有機基である)で示される基、
式:-O-C(=O)-R(式中、Rは、炭素原子数1~20のアルキル基またはエーテル結合性酸素原子を含む炭素原子数2~20のアルキル基である)で示される基、
カルボキシル基[-C(=O)OH]、
アルコキシカルボニル基[-C(=O)OR(式中、Rは、炭素原子数1~20の1価の有機基である)]、
カルバモイル基[-C(=O)NR(式中、RおよびRは、同じであっても異なっていてもよく、水素原子または炭素原子数1~20の1価の有機基である)]、
酸無水物結合[-C(=O)-O-C(=O)-]、
などをあげることができる。
【0061】
の具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基などがあげられる。上記Rの具体例としては、メチレン基、-CF-基、-C-基などがあげられ、Rの具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基などがあげられる。Rの具体例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基などがあげられる。また、RおよびRの具体例としては、水素原子、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、フェニル基などがあげられる。
【0062】
ヒドロキシ基は、-OHで示される基または-OHで示される基を含む基である。本開示において、カルボキシル基を構成する-OHは、ヒドロキシ基に含まない。ヒドロキシ基としては、-OH、メチロール基、エチロール基などが挙げられる。
【0063】
オレフィン基(Olefinic group)とは、炭素-炭素二重結合を有する基である。オレフィン基としては、下記式:
-CR10=CR1112
(式中、R10、R11およびR12は、同じであっても異なっていてもよく、水素原子、フッ素原子または炭素原子数1~20の1価の有機基である。)で表される官能基が挙げられ、-CF=CF、-CH=CF、-CF=CHF、-CF=CHおよび-CH=CHからなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。
【0064】
イソシアネート基は、-N=C=Oで示される基である。
【0065】
フッ素樹脂の官能基数は、導体とフッ素樹脂層とが一層強固に密着することから、炭素原子10個あたり、5~1300個であることが好ましい。官能基の個数は、炭素原子10個あたり、より好ましくは50個以上であり、さらに好ましくは100個以上であり、特に好ましくは200個以上であり、より好ましくは1000個以下であり、さらに好ましくは800個以下であり、特に好ましくは700個以下であり、最も好ましくは500個以下である。
【0066】
また、フッ素樹脂の官能基数は、電気特性に優れる被覆層を形成できることから、炭素原子10個あたり5個未満であってよい。
【0067】
上記官能基は、共重合体(フッ素樹脂)の主鎖末端または側鎖末端に存在する官能基、および、主鎖中または側鎖中に存在する官能基であり、好適には主鎖末端に存在する。上記官能基としては、-CF=CF、-CFH、-COF、-COOH、-COOCH、-CONH、-CHOHなどが挙げられ、-CFH、-COF、-COOH、-COOCHおよび-CHOHからなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。-COOHには、2つの-COOHが結合することにより形成されるジカルボン酸無水物基(-CO-O-CO-)が含まれる。
【0068】
上記官能基の種類の同定および官能基数の測定には、赤外分光分析法を用いることができる。
【0069】
官能基数については、具体的には、以下の方法で測定する。まず、共重合体を330~340℃にて30分間溶融し、圧縮成形して、厚さ0.20~0.25mmのフィルムを作製する。このフィルムをフーリエ変換赤外分光分析により分析して、共重合体の赤外吸収スペクトルを得、完全にフッ素化されて官能基が存在しないベーススペクトルとの差スペクトルを得る。この差スペクトルに現れる特定の官能基の吸収ピークから、下記式(A)に従って、共重合体における炭素原子1×10個あたりの官能基数Nを算出する。
N=I×K/t (A)
I:吸光度
K:補正係数
t:フィルムの厚さ(mm)
【0070】
参考までに、本開示における官能基について、吸収周波数、モル吸光係数および補正係数を表1に示す。また、モル吸光係数は低分子モデル化合物のFT-IR測定データから決定したものである。
【0071】
【表1】
【0072】
なお、-CHCFH、-CHCOF、-CHCOOH、-CHCOOCH、-CHCONHの吸収周波数は、それぞれ表中に示す、-CFH、-COF、-COOH freeと-COOH bonded、-COOCH、-CONHの吸収周波数から数十カイザー(cm-1)低くなる。
従って、たとえば、-COFの官能基数とは、-CFCOFに起因する吸収周波数1883cm-1の吸収ピークから求めた官能基数と、-CHCOFに起因する吸収周波数1840cm-1の吸収ピークから求めた官能基数との合計である。
【0073】
上記官能基数は、-CF=CF、-CFH、-COF、-COOH、-COOCH、-CONHおよび-CHOHの合計数であってよく、-CFH、-COF、-COOH、-COOCHおよび-CHOHの合計数であってよい。
【0074】
上記官能基は、たとえば、フッ素樹脂を製造する際に用いた連鎖移動剤や重合開始剤によって、フッ素樹脂(共重合体)に導入される。たとえば、連鎖移動剤としてアルコールを使用したり、重合開始剤として-CHOHの構造を有する過酸化物を使用したりした場合、フッ素樹脂の主鎖末端に-CHOHが導入される。また、官能基を有する単量体を重合することによって、上記官能基がフッ素樹脂の側鎖末端に導入される。フッ素樹脂は、官能基を有する単量体に由来する単位を含有してもよい。
【0075】
官能基を有する単量体としては、特開2006-152234号に記載のジカルボン酸無水物基(-CO-O-CO-)を有しかつ環内に重合性不飽和基を有する環状炭化水素モノマー、国際公開第2017/122743号に記載の官能基(f)を有する単量体などが挙げられる。官能基を有する単量体としては、なかでも、カルボキシ基を有する単量体(マレイン酸、イタコン酸、シトラコン酸、ウンデシレン酸等);酸無水物基を有する単量体(無水イタコン酸、無水シトラコン酸、5-ノルボルネン-2,3-ジカルボン酸無水物、無水マレイン酸等)、水酸基またはエポキシ基を有する単量体(ヒドロキシブチルビニルエーテル、グリシジルビニルエーテル等)等が挙げられる。
【0076】
フッ素樹脂は、例えば、その構成単位となるモノマーや、重合開始剤等の添加剤を適宜混合して、乳化重合、懸濁重合を行う等の従来公知の方法により製造することができる。
【0077】
フッ素樹脂層は、必要に応じて他の成分を含んでもよい。他の成分としては、架橋剤、帯電防止剤、耐熱安定剤、発泡剤、発泡核剤、酸化防止剤、界面活性剤、光重合開始剤、摩耗防止剤、表面改質剤、顔料等の添加剤等を挙げることができる。フッ素樹脂層中の他の成分の含有量としては、フッ素樹脂層中のフッ素樹脂の質量に対して、好ましくは1質量%未満であり、より好ましくは0.5質量%以下であり、さらに好ましくは0.1質量%以下であり、下限は特に限定されないが、0質量%以上であってもよい。すなわち、フッ素樹脂層は、他の成分を含有しなくてもよい。
【0078】
フッ素樹脂層の厚みは、絶縁特性の観点から、好ましくは10~295μmであり、より好ましくは20μm以上であり、さらに好ましくは30μm以上であり、より好ましくは270μm以下であり、さらに好ましくは250μm以下である。
【0079】
フッ素樹脂層の比誘電率は、好ましくは2.5以下であり、より好ましくは2.4以下であり、さらに好ましくは2.3以下であり、尚さらに好ましくは2.2以下であり、特に好ましくは2.1以下であり、好ましくは1.8以上である。比誘電率は、ネットワークアナライザーHP8510C(ヒューレットパッカード社製)および空洞共振器を用いて、共振周波数および電界強度の変化を20~25℃の温度下で測定して得られる値である。
【0080】
(PAEK樹脂層)
PAEK樹脂層は、フッ素樹脂層の周囲に形成されており、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)樹脂を含有する。PAEK樹脂層は、絶縁電線の最外層を構成することができ、最外層をPAEK樹脂層により構成することによって、回転電機のコアのスロットに挿入する際やエッジワイズ方向に曲げる際などに傷がつきにくい被覆層であって、なおかつ、被覆電線をコアに固定するために用いられるワニスを撥かない被覆層を備える絶縁電線を得ることができる。
【0081】
PAEK樹脂は、アリーレン基とエーテル基[-O-]とカルボニル基[-C(=O)-]とで構成された繰り返し単位を含んでいる限り特に制限されず、たとえば、下記式(a1)~(a5)のいずれかで表される繰り返し単位を含む樹脂が挙げられる。
[-Ar-O-Ar-C(=O)-] (a1)
[-Ar-O-Ar-C(=O)-Ar-C(=O)-] (a2)
[-Ar-O-Ar-O-Ar-C(=O)-] (a3)
[-Ar-O-Ar-C(=O)-Ar-O-Ar-C(=O)-Ar-C(=O)-] (a4)
[-Ar-O-Ar-O-Ar-C(=O)-Ar-C(=O)-] (a5)
(式中、Arは置換基を有していてもよい2価の芳香族炭化水素環基を表す)
【0082】
Arで表される2価の芳香族炭化水素環基としては、たとえば、フェニレン基(o-、m-、またはp-フェニレン基など)、ナフチレン基などの炭素数が6~10のアリーレン基、ビフェニレン基(2,2’-ビフェニレン基、3,3’-ビフェニレン基、4,4’-ビフェニレン基など)などのビアリーレン基(各アリーレン基の炭素数は6~10)、o-、m-またはp-ターフェニレン基などのターアリーレン基(各アリーレン基の炭素数は6~10)などが例示できる。これらの芳香族炭化水素環基は、置換基、たとえば、ハロゲン原子、アルキル基(メチル基などの直鎖上または分岐鎖状の炭素数1~4のアルキル基など)、ハロアルキル基、ヒドロキシル基、アルコキシ基(メトキシ基などの直鎖状または分岐鎖状の炭素数1~4のアルコキシ基など)、メルカプト基、アルキルチオ基、カルボキシル基、スルホ基、アミノ基、N-置換アミノ基、シアノ基などを有していてもよい。なお、繰り返し単位(a1)~(a5)において、各Arの種類は、互いに同一であってもよく、異なっていてもよい。好ましいArは、フェニレン基(たとえば、p-フェニレン基)、ビフェニレン基(たとえば、4,4’-ビフェニレン基)である。
【0083】
繰り返し単位(a1)を有する樹脂としては、ポリエーテルケトン(たとえば、Victrex社製「PEEK-HT」)などが例示できる。繰り返し単位(a2)を有する樹脂としては、ポリエーテルケトンケトン(たとえば、Arkema+Oxford Performance Material社製「PEKK」)などが例示できる。繰り返し単位(a3)を有する樹脂としては、ポリエーテルエーテルケトン(たとえば、Victrex社製「VICTREX PEEK」、Evonik社製「Vestakeep(登録商標)」、ダイセル・エボニック社製「Vestakeep-J」、Solvay Speciality Polymers社製「KetaSpire(登録商標)」)、ポリエーテル-ジフェニル-エーテル-フェニル-ケトン-フェニル(たとえば、Solvay Speciality Polymers社製「Kadel(登録商標)」)などが例示できる。繰り返し単位(a4)を有する樹脂としては、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(たとえば、Victrex社製「VICTREX ST」)などが例示できる。繰り返し単位(a5)を有する樹脂としては、ポリエーテルエーテルケトンケトンなどが例示できる。
【0084】
アリーレン基とエーテル基とカルボニル基とで構成された繰り返し単位において、エーテルセグメント(E)とケトンセグメント(K)との割合は、たとえば、E/K=0.5~3であり、好ましくは1~2.5程度である。エーテルセグメントは分子鎖に柔軟性を付与し、ケトンセグメントは分子鎖に剛直性を付与するため、エーテルセグメントが多いほど結晶化速度は速く、最終的に到達可能な結晶化度も高くなり、ケトンセグメントが多いほどガラス転移温度および融点が高くなる傾向にある。これらのPAEK樹脂は、単独でまたは二種以上組み合わせて使用できる。
【0085】
これらのPAEK樹脂のうち、繰り返し単位(a1)~(a3)のいずれかを有する樹脂が好ましい。たとえば、PAEK樹脂としては、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトンおよびポリエーテルケトンエーテルケトンケトンからなる群より選択される少なくとも1種の樹脂が好ましい。
【0086】
特に、ガラス転移温度および融点の高さと、結晶化速度の速さとのバランスに優れる点から、繰り返し単位(a3)を有するPAEK樹脂がさらに好ましく、ポリエーテルエーテルケトンが特に好ましい。
【0087】
PAEK樹脂は、60sec-1、390℃における溶融粘度が0.01~4.0kNsm-2であることが好ましい。溶融粘度の好ましい下限は0.05kNsm-2であり、より好ましくは0.10kNsm-2であり、さらに好ましくは0.15kNsm-2である。溶融粘度の好ましい上限は2.5kNsm-2であり、より好ましくは1.5kNsm-2であり、さらに好ましくは1.0kNsm-2であり、特に好ましくは0.5kNsm-2であり、最も好ましくは0.4kNsm-2である。PAEK樹脂の溶融粘度は、ASTM D3835に準拠して測定する。
【0088】
PAEK樹脂のガラス転移温度は、好ましくは130℃以上であり、より好ましくは135℃以上であり、さらに好ましくは140℃以上である。ガラス転移温度は示差走査熱量測定(DSC)装置によって測定される。
【0089】
PAEK樹脂の融点は、好ましくは300℃以上であり、より好ましくは320℃以上である。融点は、示差走査熱量測定(DSC)装置によって測定される。
【0090】
PAEK樹脂層の厚みは、絶縁特性の観点から、好ましくは5~100μmであり、より好ましくは10μm以上であり、さらに好ましくは15μm以上であり、より好ましくは80μm以下であり、さらに好ましくは70μm以下である。
【0091】
(複合樹脂層)
被覆電線の被覆層は、さらに、フッ素樹脂層とPAEK樹脂層との層間に形成される複合樹脂層を備えることも好ましい。被覆層が複合樹脂層をさらに備えることによって、複合樹脂層を介して、フッ素樹脂層とPAEK樹脂層とを強固に密着させることができる。
【0092】
複合樹脂層は、溶融加工可能なフッ素樹脂およびPAEK樹脂を含有する。
【0093】
複合樹脂層に含まれるフッ素樹脂としては、フッ素樹脂層に含まれるフッ素樹脂と同様のものが挙げられ、フッ素樹脂層に含まれるフッ素樹脂と同様のものが好ましい。また、フッ素樹脂層に含まれるフッ素樹脂と同じフッ素樹脂により複合樹脂層を構成すると、フッ素樹脂層と複合樹脂層との密着力をさらに高めることができる。たとえば、フッ素樹脂層および複合樹脂層に含まれるフッ素樹脂を、いずれも、TFE単位およびFAVE単位を含有する共重合体とすることができる。
【0094】
また、複合樹脂層に含まれるフッ素樹脂も、フッ素樹脂層に含まれるフッ素樹脂と同様に官能基を有することが好ましい。フッ素樹脂層に含まれるフッ素樹脂の好適な官能基数も、フッ素樹脂層に含まれるフッ素樹脂の官能基数と同様である。
【0095】
複合樹脂層に含まれるPAEK樹脂としては、PAEK樹脂層に含まれるPAEK樹脂と同様のものが挙げられ、PAEK樹脂層に含まれるPAEK樹脂と同様のものが好ましい。また、PAEK樹脂層に含まれるPAEK樹脂と同じPAEK樹脂により複合樹脂層を構成すると、複合樹脂層とPAEK樹脂層との密着力をさらに高めることができる。たとえば、複合樹脂層およびPAEK樹脂層に含まれるPAEK樹脂を、いずれも、ポリエーテルエーテルケトンとすることができる。
【0096】
フッ素樹脂層と複合樹脂層との密着力は、好ましくは0.1N/mm以上であり、より好ましくは0.2N/mm以上であり、さらに好ましくは0.3N/mm以上であり、特に好ましくは0.4N/mm以上である。
【0097】
複合樹脂層とPAEK樹脂層との密着力は、好ましくは0.1N/mm以上であり、より好ましくは0.2N/mm以上であり、さらに好ましくは0.3N/mm以上であり、特に好ましくは0.4N/mm以上である。
【0098】
複合樹脂層の厚みは、絶縁特性および密着力の観点から、好ましくは5~50μmであり、より好ましくは10μm以上であり、さらに好ましくは15μm以上であり、より好ましくは40μm以下であり、さらに好ましくは30μm以下である。
【0099】
(絶縁電線の製造方法)
本開示の絶縁電線は、たとえば、
(1)押出機を用いて、フッ素樹脂を加熱してフッ素樹脂を溶融させ、溶融した状態のフッ素樹脂を導体上に押し出し、フッ素樹脂層を形成した後、フッ素樹脂層上に溶融した状態のPAEK樹脂を押し出し、PAEK樹脂層を形成する製造方法、
(2)押出機を用いて、フッ素樹脂を加熱してフッ素樹脂を溶融させ、溶融した状態のフッ素樹脂を導体上に押し出してフッ素樹脂層を形成すると同時に、フッ素樹脂層上に溶融した状態のPAEK樹脂を押し出し、PAEK樹脂層を形成する製造方法、
(3)押出機を用いて、フッ素樹脂を加熱してフッ素樹脂を溶融させ、溶融した状態のフッ素樹脂を導体上に押し出し、フッ素樹脂層を形成した後、PAEK樹脂を含有する熱収縮チューブを被せ、熱収縮チューブを収縮させてPAEK樹脂層を形成する製造方法、
などの製造方法により製造することができる。
【0100】
製造方法(1)~(3)においては、溶融状態のフッ素樹脂の温度よりも高い温度に加熱した導体上に、溶融状態のフッ素樹脂を押し出すことにより、導体とフッ素樹脂層とが十分な強度で密着した被覆電線を得ることができる。このような製造方法により得られる絶縁電線は、導体と被覆層(フッ素樹脂層)とが高い強度で密着しているので、絶縁電線を折り曲げても被覆層が導体から浮きにくく、被覆層にシワも生じにくい。
【0101】
押出成形機としては、特に限定されないが、シリンダー、ダイおよび導体を送り出す通過口を有するニップルを備える押出成形機を用いることができる。
【0102】
溶融状態のフッ素樹脂の温度は、通常、フッ素樹脂の融点以上であり、好ましくはフッ素樹脂の融点から15℃高い温度以上であり、より好ましくはフッ素樹脂の融点から20℃高い温度以上であり、さらに好ましくはフッ素樹脂の融点から25℃以上高い温度である。溶融状態のフッ素樹脂の温度の上限には限定はないが、たとえば、フッ素樹脂の熱分解温度未満である。溶融状態のフッ素樹脂の温度は、押出成形機のシリンダーの温度、ダイの温度などを調整することにより、調整することができる。溶融状態のフッ素樹脂の温度は、たとえば、熱電対を用いて、ダイ出口から吐出されるフッ素樹脂の温度を測定することにより、特定することができる。
【0103】
加熱した導体の温度は、溶融状態のフッ素樹脂の温度よりも高い温度であり、好ましくは溶融状態のフッ素樹脂の温度から15℃高い温度以上であり、より好ましくは溶融状態の樹脂の温度から20℃高い温度以上である。加熱した導体の温度の上限には限定はないが、たとえば、700℃以下である。加熱した導体の温度は、たとえば、接触式温度計または非接触温度計を用いて、加熱装置と押出成形機の間の導体の温度を測定することにより、特定することができる。
【0104】
加熱した導体の温度は、押出成形機に送り込む前の導体を加熱装置により加熱することにより、調整することができる。加熱装置としては、ハロゲンヒータ、カーボンヒータ、タングステンヒータ、熱風加熱装置、誘導加熱装置、マイクロ波加熱装置、過熱水蒸気発生装置、バーナーなど、高温で一定の範囲内を一気に加熱する装置であれば大きさや形状、装置個数、加熱源個数は問わない。また、異なる手法同士を組み合わせて使用することもでき、熱源は複数使用してもよい。一気に広範囲を均一に照射できる理由より、ハロゲンヒータでの加熱が好ましい。
【0105】
加熱の条件は、導体と樹脂とが接触する時の導体温度が成形温度(ヘッド温度)よりも高くなる条件であれば特に限定されず、成形機と加熱装置の距離は近くても離れていてもよい。また、導体加熱範囲通過後の走行線周囲には導体の保温目的で異なる加熱装置や加熱管、保温管、断熱材があってもよい。
【0106】
押出成形の際のライン速度は、0.1~50m/分であってよく、好ましくは20m/分以下である。
【0107】
フッ素樹脂層を形成した後、絶縁電線を冷却することができる。冷却方法は、特に限定されず、水冷、空冷などの方法であってよい。空冷により絶縁電線を冷却すると、適度な速度で冷却することができるので、被覆層の厚みが均一になる傾向がある。
【0108】
被覆層を形成した後、絶縁電線に対して、熱処理をしてもよい。熱処理は、絶縁電線の冷却の前に行ってもよいし、冷却の後に行ってもよい。熱処理をすることにより、導体とフッ素樹脂層との密着性を一層高めることができる。
【0109】
熱処理は、熱風循環炉や高周波誘導加熱を利用した加熱炉を用いて、絶縁電線をバッチ式又は連続式に加熱することにより、行うことができる。また、ソルトバス法により行うこともできる。ソルトバス法では、溶融塩中に樹脂被覆導体を通して加熱する。溶融塩としては、硝酸カリウムおよび硝酸ナトリウムの混合物などが挙げられる。
【0110】
熱処理の温度は、通常、フッ素樹脂のガラス転移点以上であり、好ましくは融点から15℃高い温度以上であり、好ましくはフッ素樹脂の融点から50℃高い温度以下である。
【0111】
熱処理の時間は、導体とフッ素樹脂層との密着性を一層高めることができるとともに、導体の酸化を抑制できることから、好ましくは0.1~15分であり、より好ましくは0.5分以上であり、より好ましくは10分以下である。高温で長く加熱すると、銅製の芯線の場合は酸化されて変色する場合がある。
【0112】
本開示の絶縁電線は、産業用モーター巻線または平角マグネットワイヤーとして好適に利用できる。
【0113】
本開示の絶縁電線は、巻回されて、コイルとして使用することができる。本開示の絶縁電線およびコイルは、モータ、発電機、インダクターなどの電気機器または電子機器に好適に用いることができる。また、本開示の絶縁電線およびコイルは、車載用モータ、車載用発電機、車載用インダクターなどの車載用電気機器または車載用電子機器に好適に用いることができる。
【0114】
以上、実施形態を説明したが、特許請求の範囲の趣旨および範囲から逸脱することなく、形態や詳細の多様な変更が可能なことが理解されるであろう。
【0115】
<1> 本開示の第1の観点によれば、
導体と、前記導体の周囲に形成された被覆層と、を備える絶縁電線であって、前記被覆層が、溶融加工可能なフッ素樹脂を含有するフッ素樹脂層と、前記フッ素樹脂層の周囲に形成されており、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)樹脂を含有するPAEK樹脂層と、を備えており、前記被覆層の厚みが、40~300μmである絶縁電線が提供される。
<2> 本開示の第2の観点によれば、
前記フッ素樹脂層の質量の割合が、前記絶縁電線の質量に対して、50質量%以上である第1の観点による絶縁電線が提供される。
<3> 本開示の第3の観点によれば、
前記被覆層の比誘電率が、2.9以下である第1または第2の観点による絶縁電線が提供される。
<4> 本開示の第4の観点によれば、
25℃で測定する部分放電開始電圧が、下記の関係式を充足する第1~第3のいずれかの観点による絶縁電線が提供される。
部分放電開始電圧(V) ≧ 2.2 ×X + 810
X:前記絶縁電線の質量に対する前記フッ素樹脂層の質量の割合(質量%)
<5> 本開示の第5の観点によれば、
下記式で算出される変化率が、10%未満である第1~第4のいずれかの観点による絶縁電線が提供される。
変化率(%)=[(25℃で測定する部分放電開始電圧)-(200℃で測定する部分放電開始電圧)]/(25℃で測定する部分放電開始電圧)×100
<6> 本開示の第6の観点によれば、
下記式で算出される変化率が、10%未満である第1~第5のいずれかの観点による絶縁電線が提供される。
変化率(%)=[(絶縁電線を200℃で1000時間加熱した後に、25℃で測定する部分放電開始電圧)-(25℃で測定する部分放電開始電圧)]/(25℃で測定する部分放電開始電圧)×100
<7> 本開示の第7の観点によれば、
前記PAEK樹脂層の厚みが、15μm以上であり、
通電に至る荷重が1500g以上である第1~第6のいずれかの観点による絶縁電線が提供される。
<8> 本開示の第8の観点によれば、
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂のメルトフローレートが、0.1~120g/10分である第1~第7のいずれかの観点による絶縁電線が提供される。
<9> 本開示の第9の観点によれば、
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂の融点が、240~320℃である第1~第8のいずれかの観点による絶縁電線が提供される。
<10> 本開示の第10の観点によれば、
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、テトラフルオロエチレン単位およびフルオロアルキルビニルエーテル単位を含有する第1~第9のいずれかの観点による絶縁電線が提供される。
<11> 本開示の第11の観点によれば、
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂のフルオロアルキルビニルエーテル単位の含有量が、全モノマー単位に対して、1.0~30.0モル%である第10の観点による絶縁電線が提供される。
<12> 本開示の第12の観点によれば、
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、テトラフルオロエチレン単位およびヘキサフルオロプロピレン単位を含有する第1~第9のいずれかの観点による絶縁電線が提供される。
<13> 本開示の第13の観点によれば、
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、官能基を有しており、前記フッ素樹脂の官能基数が、炭素原子10個あたり5~1300個である第1~第12のいずれかの観点による絶縁電線が提供される。
<14> 本開示の第14の観点によれば、
前記フッ素樹脂が、カルボニル基含有基、アミノ基、ヒドロキシ基、ジフルオロメチル基、オレフィン基、エポキシ基およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の官能基を有する第1~第13のいずれかの観点による絶縁電線が提供される。
<15> 本開示の第15の観点によれば、
前記導体が、銅、銅合金、アルミニウムおよびアルミニウム合金からなる群より選択される少なくとも1種から構成される第1~第14のいずれかの観点による絶縁電線が提供される。
<16> 本開示の第16の観点によれば、
前記導体の断面形状が、円形状、楕円状、長方形状、真四角形状および多角形状のいずれかである第1~第15のいずれかの観点による絶縁電線が提供される。
<17> 本開示の第17の観点によれば、
前記被覆層が、さらに、前記フッ素樹脂層と前記PAEK樹脂層との層間に形成されており、溶融加工可能なフッ素樹脂およびPAEK樹脂を含有する複合樹脂層を備えており、前記フッ素樹脂層と前記複合樹脂層との密着力、および、前記複合樹脂層と前記PAEK樹脂層との密着力が、いずれも、0.1N/mm以上である第1~第16のいずれかの観点による記載の絶縁電線が提供される。
<18> 本開示の第18の観点によれば、
前記複合樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、テトラフルオロエチレン単位およびフルオロアルキルビニルエーテル単位を含有する第17の観点による絶縁電線が提供される。
<19> 本開示の第19の観点によれば、
前記複合樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、官能基を有しており、前記フッ素樹脂の官能基数が、炭素原子10個あたり5~1300個である第17または第18の観点による絶縁電線が提供される。
<20> 本開示の第20の観点によれば、
産業用モーター巻線または平角マグネットワイヤーである第1~第19のいずれかの観点による絶縁電線が提供される。
【実施例0116】
つぎに本開示の実施形態について実施例をあげて説明するが、本開示はかかる実施例のみに限定されるものではない。
【0117】
実施例の各数値は以下の方法により測定した。
【0118】
(メルトフローレート(MFR))
ASTM D1238に従って、メルトインデクサー(安田精機製作所社製)を用いて、372℃、5kg荷重下で、内径2.1mm、長さ8mmのノズルから10分間あたりに流出する共重合体の質量(g/10分)を求めた。
【0119】
(融点)
示差走査熱量計〔DSC〕を用いて10℃/分の速度で昇温したときの融解熱曲線における融解熱量の極大値に対応する温度として求めた。
【0120】
(フッ素樹脂の組成)
19F-NMR法により測定した。
【0121】
(被覆厚さ)
絶縁電線の片端10mmを切断し電線サンプルを詐取し、電線サンプルを硬化剤で硬め、断面を研磨した。
このサンプルの断面をビデオマイクロスコープ(Keyence VHX-S660)で50倍に拡大し、上下左右の各々3か所(計12か所)測定し、平均値を算出して、被覆厚さとした。
【0122】
(比誘電率)
実施例または比較例の電線被覆構成になるように共押出機でフィルムを成形した。得られたフィルムを幅2mm、長さ100mmの短冊状に切り出し、空洞共振器摂動法(関東電子応用開発社製誘電率測定装置、アジレントテクノロジー社製ネットワークアナライザー)にて1MH、20~25℃における比誘電率を測定した。
【0123】
(部分放電開始電圧(PDIV)(25℃、200℃))
絶縁電線を90cmの長さで2本切り出し、13.5Nの張力をかけながらより合わせ、中央部の125mmの範囲に8回のより部を持つ、よりあわせコイルを作成した。その後、試料端部10mmの絶縁被膜を取り払い、部分放電測定器(総研電気社製DAC-PD-7)を用いて、環境温度25℃(相対湿度50%)、または、環境温度200℃(相対湿度50%)で2本の絶縁電線の導体間に50Hz正弦波の交流電圧を加えることで測定した。昇圧速度50V/sec、降圧速度50V/sec、電圧保持時間を0secとして、10pC以上の放電が発生した時点の電圧を部分放電開始電圧とした。
また、次式にしたがって、変化率(%)を求めた。
変化率(%)=[(25℃で測定したPDIV)-(200℃で測定したPDIV)]/(25℃で測定したPDIV)×100
【0124】
(長期耐久試験(200℃×1000HのPDIV))
絶縁電線を90cmの長さで2本切り出し、13.5Nの張力をかけながらより合わせ、中央部の125mmの範囲に8回のより部を持つ、よりあわせコイルを作成した。その後、試料端部10mmの絶縁被膜を取り払い、200℃の電気炉内でサンプルを1000H(1000時間)暴露させた。暴露させたサンプルを室温で24時間冷却させ、部分放電測定器(総研電気社製DAC-PD-7)を用いて、2本の絶縁電線の導体間に50Hz正弦波の交流電圧を加えることで測定した。昇圧速度50V/sec、降圧速度50V/sec、電圧保持時間を0secとして、10pC以上の放電が発生した時点の電圧を部分放電開始電圧とした。
また、次式にしたがって、変化率(%)を求めた。
変化率(%)=[(長期耐久試験後に測定したPDIV)-(25℃で測定したPDIV)]/(25℃で測定したPDIV)×100
【0125】
(耐摩耗試験)
耐摩耗試験器No.215スクレープテスター(安田精機製作所社製))を用いて一方向摩耗試験を行った。連続的に増加する力が針に加わるようにし、その針で絶縁電線の被覆層の表面を擦っていく。針と導体との間で導通が生じたときの力を破壊力(g)とした。
試験方法:JIS C3216-3
【0126】
(ワニス含浸)
菱電化成社製 YE-7309(耐ATFワニス/2液タイプ)を用いて、絶縁電線表層にワニスを塗布した。
〇:ワニスをはじかない
×:ワニスをはじく
【0127】
(層間の密着力)(ピール強度)
AGS-J オートグラフ(50N)(島津製作所社製)を用い、測定した。長軸方向に50mm略平行に2本、その両端を短軸方向に被膜を直角に切り込み、端を10mm剥離させ、上部チャックに挟んだ。導体は長面方向が水平になるよう下部に固定した。引張方向に装置を動かしたとき、その縦方向の移動距離に応じて横方向に連動して動く治具を用い、剥離した被膜が常に長面方向の導体と垂直になるよう角度を調整した。30mm剥離させるまで100mm/minで引っ張った時の引張応力を測定し、その最大点応力をピール強度とした。
すなわち、AGS-J オートグラフ(50N)(島津製作所社製)を用い、絶縁電線の平角導体の主面上の被膜(被覆層)のピール強度を測定した。ここで、平角導体の二組の対向する面のうち、導体の幅方向の寸法の大きい面(導体長手方向に対して直角な長辺の面)を主面とし、主面に直交する面(長手方向に対して直角な短辺の面)を側面とする。主面の導体の幅方向の寸法は、側面の導体の幅方向の寸法よりも大きい。一方の主面上の被膜に、絶縁電線の長手方向に沿って、略平行する2本の切り込みを入れ、さらに、長手方向に50mmの間隔で、長手方向に直交した2本の切り込みを入れた。切り込みを入れた被膜の端部を導体から剥離させ、10mmのつかみしろを設けた。他方の主面が下を向くように、絶縁電線を治具に固定し、つかみしろを上部チャックに挟み、90度に折り返した。治具に固定された絶縁電線と被膜との角度が90度に保たれるように動く治具を用いた。被膜を100mm/minの引張速度で30mm剥離させ、引張応力を測定し、その最大点応力をピール強度とした。
【0128】
(被覆損傷)
ダミーステーターに電線を挿入し、被覆の状態を確認した
〇:被覆に損傷なし
×:被覆に損傷あり
【0129】
実施例1~4
絶縁被膜形成樹脂にはテトラフルオロエチレンとパーフルオロ(プロピルビニルエーテル)の共重合体(PFA)で、MFRが14g/10min、融点が306℃のものと、ポリエーテルケトン(PEEK)(SOLVAY社製 KT-880P)でMFRが36g/10min、融点が343℃のものを使用した。電線構成は内層絶縁層にPFAを使用し、外層絶縁層にPEEKを使用し、導体はAC1.0を使用した。全層の被覆厚さを100μmに統一し、PFA重量比を50~90Wt%となるよう、各々の被覆厚さを調整した。
また、電線成形機はφ30共押出機を使用し、先端のダイ設定温度を390℃に設定し、30m/minの速度で引き取った。
【0130】
実施例5
実施例5の絶縁被膜形成樹脂の外層にはポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKK)(ARKEMA社製 KEPSTAN7002)でMFRが35g/10min、融点が331℃のものを使用し、全層の被覆厚さを100μmとし、PFA重量比を80Wt%となるよう、各々の被覆厚さを調整した。それ以外は実施例1~4と同条件で絶縁電線を成形した。
【0131】
実施例6~7
実施例6~7の絶縁被膜形成樹脂にはテトラフルオロエチレンとパーフルオロ(プロピルビニルエーテル)の共重合体(PFA)で、MFRが68g/10min、融点が301℃と、テトラフルオロエチレンとパーフルオロ(プロピルビニルエーテル)の共重合体(PFA)で、MFRが28g/10min、融点が303℃のものと、ポリエーテルケトン(PEEK)(SOLVAY社製 KT-880P)でMFRが36g/10min、融点が343℃のものを使用した。全層の被覆厚さを100μmに統一し、PFA重量比を80Wt%となるよう、各々の被覆厚さを調整した。それ以外は実施例1~4と同条件で絶縁電線を成形した。
【0132】
実施例8~9
実施例8~9の絶縁電線は全層の被覆厚さを200μmと300μmとし、PFA重量比を80Wt%となるよう、各々の被覆厚さを調整した。それ以外は実施例1~4と同条件で絶縁電線を成形した。
【0133】
比較例1~3
比較例1~3の絶縁被膜形成樹脂にはテトラフルオロエチレンとパーフルオロ(プロピルビニルエーテル)の共重合体(PFA)で、MFRが14g/10min、融点が306℃のものと、ポリエーテルケトン(PEEK)(SOLVAY社製 KT-880P)でMFRが36g/10min、融点が343℃のもの、ポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKK)(ARKEMA社製 KEPSTAN7002)でMFRが35g/10min、融点が331℃のものを使用し、単層被覆電線を成形した。被覆厚さは100μmとし、電線成形機はφ30短軸押出機を使用し、先端のダイ設定温度を390℃に設定し、30m/minの速度で引き取った。
【0134】
実施例1~5の200℃の雰囲気下のPDIVの変化率と、長期耐久試験(200℃×1000H))のPDIV変化率は、比較例2~3より1/3程度低いことを確認した。
【0135】
外層にPAEK樹脂を被覆させることにより、耐摩耗性が比較例1(PFA単層電線)より3倍向上することを確認した。さらにワニス含浸に対して合格となることを確認した。
【0136】
実施例13
絶縁被膜形成樹脂にはテトラフルオロエチレンとパーフルオロ(プロピルビニルエーテル)の共重合体(PFA)で、MFRが14g/10min、融点が306℃のものと、ポリエーテルケトン(PEEK)(SOLVAY社製 KT-880P)でMFRが36g/10min、融点が343℃のものを使用した。電線構成は内層絶縁層にPFAを使用し、外層絶縁層にPEEKを使用し、導体は平角導体であり、サイズは縦:2.0mm、横3.4mmを使用した。全層の被覆厚さを100μmとし、PFA重量比を80Wt%となるよう、各々の被覆厚さを調整した。
また、電線成形機はφ30共押出機を使用し、先端のダイ設定温度を390℃に設定し、5m/minの速度で引き取った。
【0137】
実施例14
外層にポリエーテルケトンエーテルケトンケトン(PEKK)(ARKEMA社製 KEPSTAN7002)でMFRが35g/10min、融点が331℃のものを使用した以外は実施例13と同条件で絶縁電線を成形した。
【0138】
比較例4
絶縁被膜形成樹脂にはテトラフルオロエチレンとパーフルオロ(プロピルビニルエーテル)の共重合体(PFA)で、MFRが14g/10min、融点が306℃のものを使用し、導体は平角導体であり、サイズは縦:2.0mm、横3.4mmを使用した。単層被覆電線を成形し、被覆厚さは100μmとし、電線成形機はφ30短軸押出機を使用し、先端のダイ設定温度を390℃に設定し、5m/minの速度で引き取った。
【0139】
実施例15、16
MFRが14g/10min、融点が306℃のテトラフルオロエチレンとパーフルオロ(プロピルビニルエーテル)の共重合体(PFA)、および、MFRが36g/10min、融点が343℃のポリエーテルケトン(PEEK)(SOLVAY社製 KT-880P)を含有する混合物を用いて、内層と外層との間に接着層を形成した以外は、実施例13および14と同様にして、絶縁電線を作製した。
【0140】
実施例13~16の被覆電線は、ダミーステーター挿入時の被覆損傷がないことを確認した。さらに各被覆層の接着強度も十分にあることを確認した。
【0141】
以上の結果を表2および表3に示す。
【0142】
【表2】
【0143】
【表3】
【手続補正書】
【提出日】2024-01-16
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、前記導体の周囲に形成された被覆層と、を備える絶縁電線であって、
前記被覆層が、
溶融加工可能なフッ素樹脂を含有するフッ素樹脂層と、
前記フッ素樹脂層の周囲に形成されており、ポリアリールエーテルケトン(PAEK)樹脂を含有するPAEK樹脂層と、
を備えており、
前記被覆層の厚みが、40~300μmであり、
前記被覆層が、さらに、
前記フッ素樹脂層と前記PAEK樹脂層との層間に形成されており、溶融加工可能なフッ素樹脂およびPAEK樹脂を含有する複合樹脂層を備えており、
前記フッ素樹脂層と前記複合樹脂層との密着力、および、前記複合樹脂層と前記PAEK樹脂層との密着力が、いずれも、0.1N/mm以上であ
絶縁電線。
【請求項2】
前記フッ素樹脂層の質量の割合が、前記絶縁電線の質量に対して、50質量%以上である請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
前記被覆層の比誘電率が、2.9以下である請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項4】
25℃で測定する部分放電開始電圧が、下記の関係式を充足する請求項1または2に記載の絶縁電線。
部分放電開始電圧(V) ≧ 2.2 ×X + 810
X:前記絶縁電線の質量に対する前記フッ素樹脂層の質量の割合(質量%)
【請求項5】
下記式で算出される変化率が、10%未満である請求項1または2に記載の絶縁電線。
変化率(%)=[(25℃で測定する部分放電開始電圧)-(200℃で測定する部分放電開始電圧)]/(25℃で測定する部分放電開始電圧)×100
【請求項6】
下記式で算出される変化率が、10%未満である請求項1または2に記載の絶縁電線。
変化率(%)=[(絶縁電線を200℃で1000時間加熱した後に、25℃で測定する部分放電開始電圧)-(25℃で測定する部分放電開始電圧)]/(25℃で測定する部分放電開始電圧)×100
【請求項7】
前記PAEK樹脂層の厚みが、15μm以上であり、
通電に至る荷重が1500g以上である請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項8】
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂のメルトフローレートが、0.1~120g/10分である請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項9】
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂の融点が、240~320℃である請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項10】
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、テトラフルオロエチレン単位およびフルオロアルキルビニルエーテル単位を含有する請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項11】
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂のフルオロアルキルビニルエーテル単位の含有量が、全モノマー単位に対して、1.0~30.0モル%である請求項10に記載の絶縁電線。
【請求項12】
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、テトラフルオロエチレン単位およびヘキサフルオロプロピレン単位を含有する請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項13】
前記フッ素樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、官能基を有しており、前記フッ素樹脂の官能基数が、炭素原子10個あたり5~1300個である請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項14】
前記フッ素樹脂が、カルボニル基含有基、アミノ基、ヒドロキシ基、ジフルオロメチル基、オレフィン基、エポキシ基およびイソシアネート基からなる群より選択される少なくとも1種の官能基を有する請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項15】
前記導体が、銅、銅合金、アルミニウムおよびアルミニウム合金からなる群より選択される少なくとも1種から構成される請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項16】
前記導体の断面形状が、円形状、楕円状、長方形状、真四角形状および多角形状のいずれかである請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項17】
前記複合樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、テトラフルオロエチレン単位およびフルオロアルキルビニルエーテル単位を含有する請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項18】
前記複合樹脂層に含まれる前記フッ素樹脂が、官能基を有しており、前記フッ素樹脂の官能基数が、炭素原子10個あたり5~1300個である請求項1または2に記載の絶縁電線。
【請求項19】
産業用モーター巻線または平角マグネットワイヤーである請求項1または2に記載の絶縁電線。