(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035197
(43)【公開日】2024-03-13
(54)【発明の名称】樹脂射出成形品の反り変形予測方法、反り変形予測装置、反り変形予測プログラム、及び記録媒体
(51)【国際特許分類】
B29C 45/76 20060101AFI20240306BHJP
【FI】
B29C45/76
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023140004
(22)【出願日】2023-08-30
(31)【優先権主張番号】P 2022138265
(32)【優先日】2022-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 広之
(72)【発明者】
【氏名】田中 慶和
(72)【発明者】
【氏名】寺内 雅典
(72)【発明者】
【氏名】古川 智司
【テーマコード(参考)】
4F206
【Fターム(参考)】
4F206AM23
4F206AP03
4F206AP05
4F206AP13
4F206JA07
4F206JL09
4F206JM04
4F206JM05
4F206JM16
4F206JP13
4F206JP14
4F206JQ88
4F206JQ90
(57)【要約】
【課題】従来の方法では十分な予測精度が得られ難い成形条件や製品仕様の成形品であっても、十分な予測精度を確保できる樹脂射出成形品の反り変形予測方法、反り変形予測装置、反り変形予測プログラム、及び記録媒体をもたらす。
【解決手段】樹脂射出成形品の反り変形予測方法は、コンピュータシミュレーションにより有限要素法を用いて樹脂射出成形品のそり変形を予測する方法であって、金型のキャビティの形状データを複数の微小な要素に分割して流動解析用モデル及び構造解析用モデルを作成するモデル作成工程S1と、前記流動解析用モデルを用いて流動解析を行うことにより、射出工程S51、保圧工程S52、及び冷却工程S53における樹脂の温度情報及び圧力情報を取得する流動解析工程S2と、前記構造解析用モデルを用い、前記温度情報及び前記圧力情報に基づいて、前記樹脂の収縮挙動計算を行う構造解析工程S3と、を備え、構造解析工程S3で、前記収縮挙動計算の計算開始時点を保圧工程S52の開始時点とする。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータシミュレーションにより有限要素法を用いて樹脂射出成形品のそり変形を予測する方法であって、
金型のキャビティの形状データを複数の微小な要素に分割して流動解析用モデル及び構造解析用モデルを作成するモデル作成工程と、
前記流動解析用モデルを用いて流動解析を行うことにより、射出工程、保圧工程、及び冷却工程における樹脂の温度情報及び圧力情報を取得する流動解析工程と、
前記構造解析用モデルを用い、前記温度情報及び前記圧力情報に基づいて、前記樹脂の収縮挙動計算を行う構造解析工程と、を備え、
前記構造解析工程で、前記収縮挙動計算の計算開始時点を前記保圧工程の開始時点とする
ことを特徴とする樹脂射出成形品の反り変形予測方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記構造解析工程で、前記樹脂の温度が所定温度を超えるときに該樹脂が溶融状態にある一方、該温度が該所定温度以下のときに該樹脂が固化状態にあると判定する
ことを特徴とする樹脂射出成形品の反り変形予測方法。
【請求項3】
請求項2において、
前記樹脂が溶融状態にあり且つ該樹脂の圧力が大気圧を超えている要素において、該樹脂の膨脹及び収縮の少なくとも一方を考慮する
ことを特徴とする樹脂射出成形品の反り変形予測方法。
【請求項4】
請求項3において、
前記保圧工程は、追加の樹脂が補填されることにより前記圧力が上昇する加圧状態と、該追加の樹脂が補填されつつ前記圧力が保持される保持状態と、を備えており、
前記冷却工程は、前記追加の樹脂の補填が停止されたことにより前記圧力が低下する減圧状態を備えており、
前記構造解析工程で、前記圧力の時間あたりの変化率Δp/Δtに基づいて、前記加圧状態、前記保持状態及び前記減圧状態のいずれかを判定し、前記樹脂の膨脹及び収縮の少なくとも一方を考慮する
ことを特徴とする樹脂射出成形品の反り変形予測方法。
【請求項5】
請求項2又は請求項3において、
前記構造解析工程で、前記樹脂が固化状態にあると判定された場合であって、
前記樹脂の圧力が大気圧を超える場合には、前記樹脂は収縮しないと仮定し、
前記樹脂の圧力が大気圧である場合には、前記樹脂は収縮すると仮定する
ことを特徴とする樹脂射出成形品の反り変形予測方法。
【請求項6】
請求項2又は請求項3において、
前記樹脂が溶融状態にあり且つ前記樹脂の圧力が大気圧である場合には、前記樹脂は収縮すると仮定する
ことを特徴とする樹脂射出成形品の反り変形予測方法。
【請求項7】
請求項1又は請求項2において、
前記樹脂の収縮挙動計算は、線膨張係数を使用して行われる
ことを特徴とする樹脂射出成形品の反り変形予測方法。
【請求項8】
請求項4において、
前記保持状態における前記温度の変化に伴う収縮量を、前記圧力が大気圧まで低下した時点で考慮する
ことを特徴とする樹脂射出成形品の反り変形予測方法。
【請求項9】
請求項1又は請求項2において、
前記樹脂射出成形品は、前記保圧工程の開始時点以降の所定の時刻における温度分布及び圧力分布の少なくとも一方における最大値と最小値との差が所定値以上となる成形品である
ことを特徴とする樹脂射出成形品の反り変形予測方法。
【請求項10】
請求項1又は請求項2において、
前記樹脂射出成形品は、該樹脂射出成形品の表面に配置され、前記樹脂と異なる材料の成分を含むシート状の部材を備えており、
前記流動解析工程で、前記シート状の部材の熱解析を行う
ことを特徴とする樹脂射出成形品の反り変形予測方法。
【請求項11】
請求項10において、
前記シート状の部材は、連続繊維シートである
ことを特徴とする樹脂射出成形品の反り変形予測方法。
【請求項12】
コンピュータシミュレーションにより有限要素法を用いて樹脂射出成形品のそり変形を予測する装置であって、
金型のキャビティの形状データを複数の微小な要素に分割して流動解析用モデル及び構造解析用モデルを作成するモデル作成部と、
前記流動解析用モデルを用いて流動解析を行うことにより、射出工程、保圧工程、及び冷却工程における樹脂の温度情報及び圧力情報を取得する流動解析部と、
前記構造解析用モデルを用い、前記温度情報及び前記圧力情報に基づいて、前記樹脂の収縮挙動計算を行う構造解析部と、を備え、
前記構造解析部は、前記収縮挙動計算の計算開始時点を前記保圧工程の開始時点とすることを特徴とする樹脂射出成形品の反り変形予測装置。
【請求項13】
コンピュータシミュレーションにより有限要素法を用いて樹脂射出成形品のそり変形を予測するためのプログラムであって、
コンピュータに、
金型のキャビティの形状データを複数の微小な要素に分割して流動解析用モデル及び構造解析用モデルを作成する手順Aと、
前記流動解析用モデルを用いて流動解析を行うことにより、射出工程、保圧工程、及び冷却工程における樹脂の温度情報及び圧力情報を取得する手順Bと、
前記構造解析用モデルを用い、前記温度情報及び前記圧力情報に基づいて、前記樹脂の収縮挙動計算を行う手順Cと、を実行させ、
前記手順Cで、前記収縮挙動計算の計算開始時点を前記保圧工程の開始時点とする
ことを特徴とする樹脂射出成形品の反り変形予測プログラム。
【請求項14】
請求項13に記載された樹脂射出成形品の反り変形予測プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、樹脂射出成形品の反り変形予測方法、反り変形予測装置、反り変形予測プログラム、及び記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、樹脂射出成形品における製品設計等の精度向上、効率化及び低コスト化等を目的として、金型内の樹脂の流動固化挙動及び最終的に得られる製品の反り変形をCAE(Computer-Aided-Engineering)を用いて解析することが行われている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0003】
特許文献1には、第1熱粘弾性解析工程と、第2熱粘弾性解析工程とを備える射出成形品の形状予測方法が開示されている。第1熱粘弾性解析工程では、樹脂流動解析に基づいて算出される樹脂の収縮開始時の温度及び圧力と、樹脂の収縮開始時点以降における微小時間毎の比容積から求められた樹脂の収縮ひずみと、を読み込み、金型及び射出成形品の構造解析により、樹脂の収縮開始から型開きまでにおける金型内での射出成形品の変形量、温度、及び応力を微小時間毎に演算する。第2熱粘弾性解析工程では、第1熱粘弾性解析工程による変形量、温度及び応力を読み込み、金型による拘束条件が無い射出成形品の構造解析により、射出成形品の型開きから樹脂の温度が外気温度に達するまでについて、射出成形品の変形を微小時間毎に解析する。
【0004】
特許文献2に開示された射出成形品の成形収縮率予測方法では、収縮そり解析に関して、成形品内の圧力が大気圧になったときの温度をデータから求める。そして、その温度と室温との差に線膨張係数をかけることで、製品内の微少領域の線収縮量ΔL(P(t),T(t,th))を見積もる。これにより、最終的に、成形品の収縮量やそり変形量を求めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007-045118号公報
【特許文献2】特開2007-083602号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の反り変形解析では、樹脂の収縮開始時点(特許文献1)、成形品内の圧力が大気圧になった時点(特許文献2)、樹脂温度が固化温度等の所定温度まで低下した時点以降等の温度、圧力、比容積等に基づいて樹脂の収縮量を計算している。このような反り変形解析の計算開始時点に関する考え方は、製品は固体であり、固化した部分から収縮量の計算を開始するという前提に基づく。
【0007】
すなわち、従来の方法では、樹脂の圧力が大気圧を超えているときの溶融状態の樹脂の収縮挙動を考慮していない。このため、従来の方法では、解析の最終段階で、実成形と予測結果との予実差を補正するための係数補正を行う計算アルゴリズムを採用している。このような計算アルゴリズムで使用する係数は成形条件に依存するため、成形条件によっては反り変形の予実差が過大になるという問題があった。また、製品全体に亘って板厚変化が小さい等、計算アルゴリズムの適用可能な製品仕様が限られることから、製品仕様によっては予測精度が著しく低下するという問題があった。
【0008】
そこで本開示では、従来の方法では十分な予測精度が得られ難い成形条件や製品仕様の成形品であっても、十分な予測精度を確保できる樹脂射出成形品の反り変形予測方法、反り変形予測装置、反り変形予測プログラム、及び記録媒体をもたらすことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本開示の一実施形態に係る樹脂射出成形品の反り変形予測方法は、コンピュータシミュレーションにより有限要素法を用いて樹脂射出成形品のそり変形を予測する方法であって、金型のキャビティの形状データを複数の微小な要素に分割して流動解析用モデル及び構造解析用モデルを作成するモデル作成工程と、前記流動解析用モデルを用いて流動解析を行うことにより、射出工程、保圧工程、及び冷却工程における樹脂の温度情報及び圧力情報を取得する流動解析工程と、前記構造解析用モデルを用い、前記温度情報及び前記圧力情報に基づいて、前記樹脂の収縮挙動計算を行う構造解析工程と、を備え、前記構造解析工程で、前記収縮挙動計算の計算開始時点を前記保圧工程の開始時点とすることを特徴とする。
【0010】
本構成によれば、収縮挙動計算の計算開始時点を保圧工程の開始時点とすることにより、圧力が大気圧を超えた状態であるときの溶融状態の樹脂が収縮量に及ぼす影響も考慮できる。また、保圧工程における追加の樹脂の補填状況も考慮することができる。そうして、反り変形の予測精度を向上できる。
【0011】
前記構造解析工程で、前記樹脂の温度が所定温度を超えるときに該樹脂が溶融状態にある一方、該温度が該所定温度以下のときに該樹脂が固化状態にあると判定することが好ましい。
【0012】
本構成によれば、樹脂が溶融状態にあるか固化状態にあるかを簡便な方法で判定できるから、計算工程を簡素化できる。
【0013】
また、前記樹脂が溶融状態にあり且つ該樹脂の圧力が大気圧を超えている要素において、該樹脂の膨脹及び収縮の少なくとも一方を考慮することが好ましい。
【0014】
本構成によれば、樹脂にかかる圧力が大気圧を超えている状況において、溶融状態にある樹脂の収縮挙動を効果的に考慮することができる。そうして、反り変形の予測精度を向上できる。
【0015】
前記保圧工程は、追加の樹脂が補填されることにより前記圧力が上昇する加圧状態と、該追加の樹脂が補填されつつ前記圧力が保持される保持状態と、を備えており、前記冷却工程は、前記追加の樹脂の補填が停止されたことにより前記圧力が低下する減圧状態を備えており、前記構造解析工程で、前記圧力の時間あたりの変化率Δp/Δtに基づいて、前記加圧状態、前記保持状態及び前記減圧状態のいずれかを判定し、前記樹脂の膨脹及び収縮の少なくとも一方を考慮するようにしてもよい。
【0016】
本構成によれば、保圧工程及び冷却工程における樹脂の収縮挙動を精度よく考慮できる。
【0017】
前記構造解析工程で、前記樹脂が固化状態にあると判定された場合であって、前記樹脂の圧力が大気圧を超える場合には、前記樹脂は収縮しないと仮定し、前記樹脂の圧力が大気圧である場合には、前記樹脂は収縮すると仮定することが好ましい。
【0018】
大気圧を超える圧力が付与されている状況において、固化状態にあるのは、金型のキャビティ面近傍の樹脂のみであると考えられる。この場合、固化状態の樹脂は、補填された溶融状態の樹脂によって金型のキャビティ面へ押し付けられるため、収縮しないと仮定できる。これにより、計算工程が簡素化される。
【0019】
前記樹脂が溶融状態にあり且つ前記樹脂の圧力が大気圧である場合には、前記樹脂は収縮すると仮定することが好ましい。
【0020】
本構成によれば、反り変形の予測精度をさらに向上できる。
【0021】
前記樹脂の収縮挙動計算は、線膨張係数を使用して行われることが好ましい。
【0022】
本構成によれば、反り変形の予測精度をさらに向上できる。
【0023】
前記保持状態における前記温度の変化に伴う収縮量を、前記圧力が大気圧まで低下した時点で考慮することが好ましい。
【0024】
樹脂は、成形機で溶融された温度から常温に至るまで、温度の低下とともにPVT特性通りに収縮する。保圧工程における保持状態では、追加の樹脂の補填に伴い圧力が付与されるために、温度変化分の収縮量が圧力変化分の収縮量(補填された樹脂量)により見かけ上キャンセルされる。しかしながら、保持状態で付与される圧力負荷は一時的であるため、保持状態における温度変化分の収縮量を当該保持状態で考慮する又は一切考慮せずに解析を行うと予測精度が低下する。そのため、本構成では、冷却工程の減圧状態が終了し、圧力が大気圧まで下がった時点で、保持状態における温度低下分の収縮量を考慮するようにした。これにより、反り変形の予測精度をさらに向上できる。
【0025】
前記樹脂射出成形品は、前記保圧工程の開始時点以降の所定の時刻における温度分布及び圧力分布の少なくとも一方における最大値と最小値との差が所定値以上となる成形品であることが好ましい。
【0026】
保圧工程の開始時点以降に、成形品の温度分布における温度の最大値と最小値との差が所定値以上、及び/又は、成形品の圧力分布における圧力の最大値と最小値との差が所定値以上となる成形品は、成形品全体の収縮が均一に進行し難い。このような収縮の進行が不均一となる成形品としては、成形品の部位によって板厚等の仕様が大きく異なるものや、形状が複雑なもの等が挙げられる。このような収縮の進行が不均一となる成形品であっても、本構成によれば、各部位の収縮量を精度よく算出することができるから、反り変形の予測精度を効果的に向上できる。
【0027】
一実施形態では、前記樹脂射出成形品は、該樹脂射出成形品の表面に配置され、前記樹脂と異なる材料の成分を含むシート状の部材を備えており、前記流動解析工程で、前記シート状の部材の熱解析を行うようにしてもよい。
【0028】
樹脂射出成形品が、樹脂と異なる材料の成分を含むシート状の部材を備える場合、シート状の部材は、樹脂とは異なる収縮率を有し得る。そうすると、シート状の部材の存在が樹脂射出成形品の収縮挙動に与える影響を考慮して、反り変形予測を行うことが望ましい。本構成では、流動解析工程でシート状の部材の熱解析を行うことにより、シート状の部材を表面に備える樹脂射出成形品の反り変形を精度よく予測できる。
【0029】
前記シート状の部材は、連続繊維シートであることが好ましい。
【0030】
連続繊維シートは、複数の繊維束に樹脂が含浸されてなるシートである。射出成形品の表面に連続繊維シートを配置することにより射出成形品の強度を向上できる。そうして、樹脂材料を用いることにより部品の軽量化を達成しつつ部品の高強度化を図ることができる。特に部品の破損しやすい個所、耐久性を向上させる必要がある個所等に連続繊維シートを必要最小限の位置、大きさ、方向等で配置することにより、高コスト化を抑制しつつ効果的に部品の強度向上を図ることができる。本構成によれば、連続繊維シートを備えた射出成形品における連続繊維シートの効果的な貼付位置、大きさ、方向等を予測できる。
【0031】
また、本開示の一実施形態に係る樹脂射出成形品の反り変形予測装置は、コンピュータシミュレーションにより有限要素法を用いて樹脂射出成形品のそり変形を予測する装置であって、金型のキャビティの形状データを複数の微小な要素に分割して流動解析用モデル及び構造解析用モデルを作成するモデル作成部と、前記流動解析用モデルを用いて流動解析を行うことにより、射出工程、保圧工程、及び冷却工程における樹脂の温度情報及び圧力情報を取得する流動解析部と、前記構造解析用モデルを用い、前記温度情報及び前記圧力情報に基づいて、前記樹脂の収縮挙動計算を行う構造解析部と、を備え、前記構造解析部は、前記収縮挙動計算の計算開始時点を前記保圧工程の開始時点とすることを特徴とする。
【0032】
さらに、本開示の一実施形態に係る樹脂射出成形品の反り変形予測プログラムは、コンピュータシミュレーションにより有限要素法を用いて樹脂射出成形品のそり変形を予測するためのプログラムであって、コンピュータに、金型のキャビティの形状データを複数の微小な要素に分割して流動解析用モデル及び構造解析用モデルを作成する手順Aと、前記流動解析用モデルを用いて流動解析を行うことにより、射出工程、保圧工程、及び冷却工程における樹脂の温度情報及び圧力情報を取得する手順Bと、前記構造解析用モデルを用い、前記温度情報及び前記圧力情報に基づいて、前記樹脂の収縮挙動計算を行う手順Cと、を実行させ、前記手順Cで、前記収縮挙動計算の計算開始時点を前記保圧工程の開始時点とすることを特徴とする。
【0033】
上記装置及び上記プログラムによれば、収縮挙動計算の計算開始時点を保圧工程の開始時点とすることにより、圧力が大気圧を超えた状態であるときの溶融状態の樹脂が収縮量に及ぼす影響も考慮できる。また、保圧工程における追加の樹脂の補填状況も考慮することができる。そうして、反り変形の予測精度を向上できる。
【0034】
本開示の一実施形態に係る記録媒体は、上述の樹脂射出成形品の反り変形予測プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体である。
【発明の効果】
【0035】
以上述べたように、本開示によると、収縮挙動計算の計算開始時点を保圧工程の開始時点とすることにより、溶融状態の樹脂が収縮量に及ぼす影響も考慮できる。また、保圧工程における追加の樹脂の補填状況も考慮することができる。そうして、反り変形の予測精度を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1】樹脂の射出成形における各工程を説明するためのフローチャート。
【
図2】樹脂の射出成形における樹脂の圧力及び温度の履歴の一例を示すグラフ。
【
図3】実施形態1に係る樹脂射出成形品の反り変形予測装置の構成例を示す図。
【
図4】実施形態1に係る樹脂射出成形品の反り変形予測方法を説明するためのフローチャート。
【
図5】
図4の構造解析工程における収縮挙動計算の計算アルゴリズムを示す表。
【
図6】
図5の加圧状態及び減圧状態における計算の考え方を説明するための図。
【
図7】
図5の加圧状態における計算の考え方を説明するための図。
【
図8】
図5の保持状態における計算の考え方を説明するための図。
【
図9】実験例1の実施例及び比較例のCAE解析に用いた試験片の斜視図。
【
図10】
図9の代表部Xにおける樹脂の圧力の履歴を示すグラフ。
【
図12】
図9の代表部Xの各層における樹脂の温度の履歴を示すグラフ。
【
図13】表面に連続繊維シートを備えるフィルムインサート成形品の(a)成形工程及び(b)当該成形品の一例を示す図。
【
図14】射出成形品がフィルムインサート成形品の場合の
図4相当図。
【
図15】実験例2で用いたサンプルの形状を示す(a)平面図及び(b)A-A線断面図。
【
図16】実験例2における(a)参考例のサンプルの幅方向中央における長さ方向断面の写真及び(b)浮き上がり量を長さ方向の位置に対してプロットしたグラフ。
【
図17】従来の樹脂射出成形品の反り変形予測方法を説明するためのフローチャート。
【
図18】従来の構造解析工程における収縮挙動計算の計算アルゴリズムを示す表。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0038】
(実施形態1)
<樹脂の射出成形及び樹脂射出成形品>
本実施形態に係る反り変形予測解析の対象である樹脂の射出成形及び樹脂射出成形品について、概要を説明する。なお、本明細書において、「樹脂」の語は、樹脂原料及び任意の添加材を含有する樹脂組成物を意味する。
【0039】
-樹脂の射出成形-
図1は、樹脂の射出成形における各工程を説明するためのフローチャートである。
図2は、樹脂の射出成形における樹脂の圧力及び温度の履歴の一例を示すグラフである。
【0040】
図1及び
図2に示すように、樹脂の射出成形は、射出工程S51、保圧工程S52、冷却工程S53を備える。
【0041】
まず、金型(不図示)の型締めにより形成されたキャビティ内に、温度T1に加熱された溶融状態の樹脂材料が射出注入される(射出工程S51)。
【0042】
樹脂がキャビティ内全体に充填されると、温度低下に伴う樹脂の過剰な収縮量を低減させるため、追加の樹脂の補填注入を開始する(時刻A1)。そうして、キャビティ内の樹脂に大気圧P0を超える圧力(本明細書において、大気圧P0を超える分の圧力量(P-P0)を「圧力負荷」ともいう。)を付与する。そして、追加の樹脂の補填量を調整しながら、樹脂の圧力を設定された所定の圧力P1前後に保持する(保圧工程S52)。
【0043】
一定時間又は一定量の追加の樹脂を補填したところで、追加の樹脂の補填を停止する(時刻A3)。これにより、キャビティ内の樹脂の圧力はP1から徐々に低下し、やがて大気圧P0となる(時刻A4)。成形品は、型内において冷却された後、型開きによる脱型を経て、大気冷却される(冷却工程S53)。
【0044】
このようにして得られた成形品は、
図2には図示していないが、常温T
0まで冷却された後、バリ取り等の後工程を経て製品となる。
【0045】
なお、
図2に示すように、保圧工程S52は、追加の樹脂の補填によりキャビティ内の樹脂の圧力が上昇する加圧状態B1と、該追加の樹脂が補填されつつ圧力が保持される保持状態B2と、を備える。
【0046】
また、冷却工程S53は、追加の樹脂の補填が停止されたことにより圧力が低下する減圧状態B3を備える。
【0047】
保圧工程S52及び冷却工程S53において、樹脂の温度は、成形品の部位や領域により時刻は異なるものの、任意の時刻A2において固化温度T2(所定温度)以下となる。すなわち、樹脂の温度が固化温度T2を超えている部位や領域では、樹脂は溶融状態にあり、固化温度T2以下の領域では、樹脂は固化状態にある。なお、固化温度T2としては、限定されるものではなく、例えば樹脂の結晶化温度、ガラス転移温度、融点等を用いてもよいし、ユーザ設定としてもよい。
【0048】
-樹脂射出成形品-
樹脂射出成形品としては、射出成形により製造される成形品であれば特に限定されない。樹脂射出成形品の具体例としては、例えば自動車用部品、ロケット、航空機等の部品、スポーツ用品等が挙げられる。好ましくは、車両の内外装部材等の板状の射出成形品が挙げられる。
【0049】
樹脂原料としては、特に限定されるものではなく、周知の樹脂を対象とすることができるが、具体的には例えばポリプロピレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド(PA)樹脂等が挙げられる。これらの樹脂は1種又は2種以上が混合されて用いられ得る。
【0050】
樹脂は、強化繊維、フィラー、顔料、染料、耐衝撃性改良剤、UV吸収剤等の添加材を含有してもよい。強化繊維としては、特に限定されるものではなく、周知の繊維を用いることができるが、具体的には例えばガラス繊維、炭素繊維、セルロースナノ繊維等が挙げられる。これらの繊維は1種又は2種以上が混合されて用いられ得る。強化繊維の繊維径、繊維長、含有量等、及びその他の添加材の仕様、含有量等は、特に限定されるものではなく、一般的に用いられる条件とすることができる。これらの添加材は単独で又は複数種添加され得る。
【0051】
なお、樹脂射出成形品は、実施形態2において後述するように、インサート成形品であってもよい。
【0052】
なお、本実施形態に係る樹脂射出成形品の反り変形予測方法、装置及びプログラムは、保圧工程S52の開始時点である時刻A1(
図2参照)以降の時刻における樹脂の温度分布及び圧力分布の少なくとも一方における最大値と最小値との差が所定値以上となる樹脂射出成形品に適用することが好ましい。このような樹脂射出成形品は、成形条件に制約がある、製品の部位により板厚変化が大きい、複雑な製品形状を有する等の理由により、保圧工程S52及び/又は冷却工程S53における樹脂の温度分布及び/又は圧力分布が広範囲に亘る成形品である。このような成形品では、保圧工程S52及び冷却工程S53において均一に収縮が進行しない傾向にある。本方法は、このような収縮の進行が不均一となる成形品においても、好ましく適用することができ、反り変形の高い予測精度を得ることができる。なお、温度分布の最大値と最小値との差における所定値は、例えば5℃、好ましくは10℃とすることができる。圧力分布の最大値と最小値との差における所定値は、例えば3MPa、好ましくは5MPaとすることができる。
【0053】
<樹脂射出成形品の反り変形予測装置>
図3に、本実施形態に係る樹脂射出成形品の反り変形予測装置100(以下、「予測装置100」ともいう。)の構成例を示す。予測装置100は、コンピュータ110を基本構成とするCAE(Computer Aided Engineering)システムである。予測装置100は、コンピュータシミュレーションにより有限要素法を用いて樹脂射出成形品のそり変形を予測する装置である。
【0054】
予測装置100は、記憶部120と、プロセッサ130と、を備える。また、予測装置100は、例えばディスプレイ等からなる表示部140、キーボード等からなる入力部150、及び各種記録媒体170に保存された情報を取得するための読取部160等を備える。記憶部120及び/又は記録媒体170には、演算処理用のプログラム及び各種解析用データ等の情報が格納される。プロセッサ130は、記憶部120に格納された上記情報、入力部150を介して入力された情報、及び読取部160を介して記録媒体170から取得した情報等に基づいて、各種演算処理を行う。
【0055】
予測装置100は、モデル作成部131により、金型のキャビティを定義した3D CADデータ等の形状データを複数の微小な要素に分割して流動解析用モデル及び構造解析用モデルを作成する。なお、流動解析用モデルは、後述する流動解析に用いられる有限要素モデルである。構造解析用モデルは、後述する構造解析に用いられる有限要素モデルである。流動解析用モデル及び構造解析用モデルとしては、同一のモデルを用いてもよいし、異なるモデルを用いてもよい。
【0056】
モデル作成部131としては、市販の自動メッシュ作成ソフト等を使用できる。モデル作成部131としては、具体的には例えば、東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製の3D TIMON(登録商標)-Pre/Post、株式会社エヌ・エス・ティ製のFEMAP(登録商標)、エムエスシーソフトウェア株式会社製のPatran(登録商標)、Altair社製のHyeper mesh(登録商標)等のCAEプリプロセッサを使用できる。なお、要素の形状及びサイズは、特に限定されるものではなく、製品仕様、材料構成、計算効率及び計算精度のレベルに応じて適宜設定される。また、金型についても有限要素モデルを作成し、解析に供してもよい。金型の有限要素モデルを作成する場合は、例えば金型のキャビティを形成する表面のみ又は当該表面を含む金型の一部等の有限要素モデルを作成してもよい。
【0057】
樹脂の種類、配合、添加材、各種物性値等に関する材料特性データ、射出速度及び射出時の樹脂温度等の成形条件が記載された境界条件データ等に基づき、解析条件が設定される。そして、流動解析部133は、上述の流動解析用モデルを用いて、射出工程S51、保圧工程S52及び冷却工程S53における樹脂の挙動を解析する流動解析を行う。そうして、流動解析部133は、流動解析により、要素毎及び微小時間毎の樹脂の温度情報、圧力情報等を含む各種データを取得する。取得された各種データは記憶部120に格納される。流動解析部133としては、例えば東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製の3D TIMON(登録商標)等の射出成形CAEソフトウェアを使用できる。なお、微小時間は、流動解析及び構造解析の解析単位時間であり、特に限定されるものではなく、製品仕様、材料構成、計算効率及び計算精度のレベルに応じて適宜設定される。
【0058】
構造解析部134は、上述の構造解析用モデルを用い、流動解析部133により算出された樹脂の温度情報及び圧力情報に基づいて、樹脂の収縮挙動計算を行い、樹脂の収縮量を算出する。構造解析部134としては、例えばダッソーシステムズ株式会社製のAbaqus、東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製の3D TIMON(登録商標)-WARP等のソルバを活用できる。
【0059】
<樹脂射出成形品の反り変形予測方法>
図4は、本実施形態に係る樹脂射出成形品の反り変形予測方法(以下、「本予測方法」ともいう。)の実施の手順を示すフローチャートである。本予測方法は、コンピュータシミュレーションにより有限要素法を用いて樹脂射出成形品のそり変形を予測する方法であり、例えば上述の予測装置100を用いて行われる。
【0060】
本予測方法は、
図4に示すように、例えばモデル作成工程S1、流動解析工程S2、構造解析工程S3と、を備える。
【0061】
まず、モデル作成工程S1において、上述のごとく、モデル作成部131により、3D
CAD等を用いて作成した金型のキャビティの形状データ等を数値解析用の微小な要素に分割し、流動解析用モデル及び構造解析用モデルを作成する。
【0062】
次に、流動解析工程S2において、材料特性データ、境界条件データ等の解析条件を設定し、上述の流動解析用モデルを用いて流動解析を行う。そうして、樹脂射出成形における各工程、すなわち射出工程S51、保圧工程S52、及び冷却工程S53における樹脂の要素毎及び微小時間毎の温度情報及び圧力情報を取得する。
【0063】
そして、上述の構造解析用モデルを用い、流動解析工程S2で取得した温度情報及び圧力情報に基づいて、樹脂の収縮挙動計算を行い、保圧工程S52及び冷却工程S53における成形品の収縮量を算出する(構造解析工程S3)。
【0064】
樹脂の収縮量は、樹脂の温度の変化に伴う体積変化量と、樹脂の圧力の変化に伴う体積変化量とに基づいて算出できる。構造解析工程S3における収縮挙動計算は、特に限定されるものではないが、例えば以下のプロセスにより行うことができる。すなわち、流動解析工程S2で取得した樹脂の要素毎及び微小時間毎の温度情報及び圧力情報に基づき、Tait式等の状態方程式を用いて、要素毎及び微小時間毎の比容積を求める。そして、要素毎及び微小時間毎の温度情報、圧力情報、比容積の情報に基づき、要素毎及び微小時間毎の線膨張係数を算出する。当該線膨張係数から要素毎及び微小時間毎の収縮量を算出し、当該収縮量、弾性率、応力等に基づき、一般化フックの法則等の式を用いて、成形品の最終的な反り変形量、反り変形形状を算出する。なお、解析では、収縮の異方性を考慮することが望ましい。
【0065】
なお、構造解析工程S3は、型内収縮挙動計算工程S31と、型外収縮挙動計算工程S32と、を備えることができる。型内収縮挙動計算工程S31は、脱型前の成形品の収縮挙動計算を行う工程であり、解析上は、金型による影響を考慮して行う。型外収縮挙動計算工程S32は、脱型後の成形品の収縮挙動計算を行う工程であり、解析上は、金型による影響を考慮せずに行う。
【0066】
ここに、本予測方法は、構造解析工程S3で採用する計算アルゴリズムに特徴がある。
【0067】
図17及び
図18に、従来の反り変形予測方法の一例を示す。
図17に示すように、従来の反り変形予測方法は、モデル作成工程S101、流動解析工程S102、構造解析工程S103及び補正工程S104を備える。従来の構造解析工程S103において採用されている計算アルゴリズムでは、収縮挙動計算の計算開始時点を樹脂の収縮開始時点又は樹脂の圧力が大気圧となった時点としている。見かけ上樹脂が収縮を開始する(樹脂の体積が減少し始める)時点は、樹脂が固体状態となる時刻以降と考えられるから、樹脂の温度Tが固化温度T
2となる時点(
図2中の時刻A2)と考えることができる。すなわち、従来の構造解析工程S103では、
図18に示すように、樹脂が固体状態であるか、又は、樹脂の圧力Pが大気圧P
0である場合(P=P
0)に、樹脂が収縮すると仮定して収縮量を計算する。一方、保圧工程S52及び冷却工程S53の圧力負荷がある場合、すなわち樹脂の圧力Pが大気圧P
0を超えている場合(P>P
0)であって、樹脂が溶融状態である場合には、樹脂の収縮量をゼロとしている。そして、構造解析工程S103後に、補正工程S104を設けて、実測データによる収縮量の補正を行っている。
【0068】
これに対し、本予測方法の構造解析工程S3で採用する計算アルゴリズムでは、収縮挙動計算の計算開始時点を保圧工程S52の開始時点である時刻A1としている。
【0069】
具体的には、本予測方法の計算アルゴリズムでは、
図5に示すように、樹脂の圧力Pが大気圧P
0である場合(
図2中の時刻A4以降)には、樹脂が溶融状態である場合も固化状態である場合も樹脂は収縮すると仮定して収縮量を算出する。
【0070】
なお、本予測方法の計算アルゴリズムでは、樹脂の温度Tが固化温度T2(所定温度)を超えるときに樹脂が溶融状態にある一方、温度Tが固化温度T2以下のときに該樹脂が固化状態にあると判定している。本構成によれば、樹脂が溶融状態にあるか固化状態にあるかを簡便な方法で判定できるから、計算工程を簡素化できる。なお、固化温度T2としては、樹脂の結晶化温度を使用している。
【0071】
そして、樹脂の圧力Pが大気圧P
0を超えている場合(
図2中の時刻A1以降A4よりも前)、すなわち圧力負荷がある場合には、樹脂が溶融状態のときに樹脂は収縮する一方、樹脂が固体状態のときに樹脂は収縮しないと仮定して収縮量を計算している。
【0072】
まず、樹脂の圧力Pが大気圧P0を超え且つ樹脂が溶融状態のときについて、説明する。
【0073】
樹脂の圧力Pが大気圧P0を超え且つ樹脂が溶融状態のときには、溶融状態にある樹脂の収縮挙動、すなわち樹脂の膨脹及び収縮の少なくとも一方を考慮することが好ましい。
【0074】
詳細には、圧力負荷があるときは、上述のごとく、加圧状態B1、保持状態B2及び減圧状態B3に分けられる(
図2参照)。
【0075】
本予測方法の計算アルゴリズムでは、これらの加圧状態B1、保持状態B2及び減圧状態B3を、樹脂の圧力Pの時間あたりの変化率Δp/Δtにより判定する。具体的には、上述のごとく、流動解析の結果、微小時間毎の樹脂の圧力が圧力情報として得られている。当該圧力情報の任意の時刻tnの圧力値をPn、時刻tnの次の時刻tn+1の圧力値をPn+1とすると、Δtは、上述の微小時間であって、Δt=tn+1-tnで表される。そして、Δp=Pn+1-Pnであり、変化率Δp/Δt=(Pn+1-Pn)/(tn+1-tn)で表される。
【0076】
本予測方法の計算アルゴリズムでは、Δp/Δt>aのときに加圧状態B1、|Δp/Δt|≦aのときに保持状態B2、Δp/Δt<-aのときに減圧状態B3と判定する。但し、aは0以上の実数(a≧0)である。aは、固定値でもよいし、ユーザ設定の値としてもよい。Δp/Δt[MPa/s]の閾値aは、限定する意図ではないが、例えば0.1以上10以下の値とすることができる。
【0077】
図2及び
図5に示すように、加圧状態B1、保持状態B2及び減圧状態B3のいずれにおいても、樹脂の温度Tは、漸減している。従って、いずれの状態においても、樹脂の温度Tの低下分に伴う樹脂の収縮は発生すると考えられる。
【0078】
一方、圧力負荷の付与に起因する樹脂の体積変化(収縮又は膨脹)は、加圧状態B1、保持状態B2及び減圧状態B3でそれぞれ現象が異なってくると考えられる。
【0079】
詳細には、加圧状態B1では、追加の樹脂の補填により樹脂の圧力が増加している。この場合、
図6(a)に示すように、溶融状態の樹脂の要素200を考えると、圧力Pにより要素200の樹脂は圧縮され(
図6(b))、圧縮されて生じた隙間に追加の樹脂が補填される(
図6(c))と仮定できる。すなわち、当該要素200では、圧力Pにより圧縮された分の反力Rが発生すると考えられる。
【0080】
図7は、反力Rについて説明するための図である。例えば、樹脂温度が一定として、容器301及びピストン302からなる空間303(金型のキャビティに相当)に樹脂401が充填されているとする。このとき、樹脂にかかる圧力負荷がP
x、樹脂の体積がV
x、樹脂の質量がm
xであるとする。空間303に追加の樹脂402が補填されると、空間303の容積(キャビティの容積に相当)は変更しない、すなわちピストン302は固定されていると考えることができるから、樹脂401及び追加の樹脂402の体積はV
xのまま変化しない。一方、追加の樹脂402の補填に伴い、樹脂401及び追加の樹脂402にかかる圧力負荷がP
xからP
yに増加する(P
x<P
y)とともに、空間303に充填されている樹脂の質量もm
xからm
yに増加する(m
x<m
y)。この状態で、仮に、圧力負荷をP
yからP
xに低下させた(戻した)場合を考えると、樹脂401の体積がPVT特性に従って膨脹するとともに、追加の樹脂402の体積も膨脹する。そうして、樹脂401及び追加の樹脂402の体積は、V
xからV
zに増加する(V
x<V
z)。
【0081】
このように、比容積は単位質量あたりの体積で表されるため、追加の樹脂が補填されている状況では、樹脂の圧力変化による体積変化に加え、樹脂の質量変化による体積変化を考慮する必要がある。すなわち、上述の反力Rは、樹脂の質量変化による体積変化として考慮することができ、圧力による圧縮分、すなわち補填された追加の樹脂の体積ひずみを用いて考慮できる。
【0082】
従って、加圧状態B1と判定された場合には、当該反力Rを解析にインプットして線膨張係数に反映させる。具体的には、上述の反力Rについて、PVT特性から圧縮分の体積ひずみを算出し、当該体積ひずみ分を膨脹させるようにしている。
【0083】
次に、保持状態B2では、圧力の変化がa以内に抑制されている。この場合、
図8に示すように、補填された追加の樹脂は板厚方向中心側に供給され、流動する(
図8中白抜き矢印)。補填された追加の樹脂の流動により、金型M側の樹脂が金型Mの表面に押し付けられるような力が作用する(
図8中実線矢印)。そうすると、保持状態B2では、温度の変化分による収縮量が補填された樹脂量によりキャンセルされ、見かけ上、樹脂の収縮が発生していないような状況となる。しかしながら、保持状態B2で付与される圧力負荷は一時的であるため、保持状態B2における温度変化分の収縮量を当該保持状態B2で考慮する又は一切考慮せずに解析を行うと予測精度が低下する。
【0084】
そのため、本予測方法の計算アルゴリズムでは、保持状態B2では、追加の樹脂が補填されるため、体積の変化がないとして、圧力の変化に伴う収縮量はゼロと仮定する。一方、保持状態B2における温度変化分の収縮量は、圧力Pが大気圧P
0まで低下した時点(
図2中時刻A4)で考慮するようにしている。これにより、反り変形の予測精度をさらに向上できる。
【0085】
減圧状態B3では、追加の樹脂の補填が停止されているため、加圧状態B1及び保持状態B2において付与されていた圧力負荷により圧縮されていた分が開放される。そうして、圧力の低下に伴い、PVT特性通りに、樹脂は膨脹する(
図6(d))。
【0086】
以上まとめると、樹脂の圧力Pが大気圧P0を超え且つ樹脂が溶融状態のときは、加圧状態B1では、温度低下分について樹脂の収縮が発生するとともに、圧力Pによる圧縮分について反力Rが発生するとして、線膨張係数に反映させる。
【0087】
減圧状態B3では、温度低下分について樹脂の収縮が発生するとともに、圧力による圧縮分について樹脂が膨脹するとして、線膨張係数に反映させる。
【0088】
また、保持状態B2では、追加の樹脂が補填されるため、圧力による圧縮分については、収縮量=0と仮定して計算する。なお、保持状態B2においても、温度低下分について樹脂の収縮が発生するが、当該温度低下分の収縮量については、PVT特性から算出のみ行って記憶部120に格納しておき、時刻A4において、線膨張係数に反映させる。
【0089】
言い換えると、温度低下分については加圧状態B1、保持状態B2及び減圧状態B3の全状態において樹脂の収縮が発生するとして樹脂の体積変化を考慮する。一方、圧力変化分については、aを閾値として、|Δp/Δt|≦a(保持状態B2)のときに樹脂の体積変化はゼロ、|Δp/Δt|>a(加圧状態B1及び減圧状態B3)のときに樹脂の収縮又は膨脹が発生するとして樹脂の体積変化を考慮する。
【0090】
次に、樹脂の圧力Pが大気圧P0を超え且つ樹脂が固体状態のときについて説明する。
【0091】
加圧状態B1、保持状態B2及び減圧状態B3では、固化状態にあるのは、いわゆるスキン層と呼ばれる金型のキャビティを形成する表面近傍の樹脂のみであると考えられる(
図8参照)。この場合、固化状態の樹脂は、補填された溶融状態の樹脂によって金型のキャビティ面へ押し付けられると考えられる。従って、樹脂の圧力Pが大気圧P
0を超え且つ樹脂が固体状態のときには、樹脂は収縮しない(解析上は、収縮量=0)と仮定できる。本構成により、計算工程が簡素化される。
【0092】
以上述べたように、本予測方法によれば、大気圧P0を超える圧力が付与されている状況において、溶融状態の樹脂が収縮量に及ぼす影響も考慮できる。また、保圧工程S52における追加の樹脂の補填状況も考慮することができる。そうして、従来の反り変形予測方法において行っていた実測データによる収縮量の補正等を行わなくても、精度の高い反り変形予測が可能となる。
【0093】
<樹脂射出成形品の反り変形予測プログラム及びその記録媒体>
以上の反り変形予測方法の各工程は、反り変形予測プログラムとしてプログラム化されている。すなわち、本実施形態に係る樹脂射出成形品の反り変形予測プログラムは、コンピュータに、上記各工程の手順、すなわちモデル作成工程S1の手順Aと、流動解析工程S2の手順Bと、構造解析工程S3の手順Cと、を実行させるプログラムである。この反り変形予測プログラムは、記憶装置25に格納された状態で、制御装置22及び演算装置26により実行され得る。また、当該反り変形予測プログラムは、記憶装置25に格納された状態に限らず、例えば光ディスク媒体や磁気テープ媒体など、コンピュータ読み取り可能な種々の周知の記録媒体に記録させておくことができる。そして、このような記録媒体を制御装置22の読み出し装置に装着して反り変形予測プログラムを読み出すことにより、当該プログラムを実行可能である。
【0094】
<実験例1>
次に、実施形態1の態様に関し、具体的に実施した実験例について説明する。
【0095】
図9は、実施例及び比較例のCAE解析に用いた試験片TP(板厚2mm)を示している。当該試験片TPの形状の3D CADデータを3Dソリッド要素に分割して流動解析用モデルを作成した。
【0096】
次に、表1に示す解析条件で、流動解析を行い、要素毎及び微小時間毎の樹脂の圧力情報及び温度情報を取得した。流動解析には、東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製の3D TIMON(登録商標)を用いた。
図9中、符号Yで示す位置がノズルタッチ位置である。表1中の冷却時間は保圧工程の開始時点から減圧状態B3の終了までに要する時間である。減圧状態B3の終了後、すなわち樹脂の圧力が大気圧P
0になった後は、脱型後の冷却工程として、減圧状態B3の終了時点から2時間、大気温度23℃の設定で、放熱計算を行った。
【0097】
【0098】
流動解析で得られた、
図9の試験片TPの代表部Xにおける樹脂の圧力の保圧工程開始時点から約13秒経過時点までの履歴を
図10に示す。なお、
図10の縦軸は、圧力負荷で表示しており、圧力負荷0は大気圧P
0に相当する。
図10に示すように、保圧工程開始時点から約0.4秒までが加圧状態B1、加圧状態B1終了から5秒までが保持状態B2、保持状態B2終了から8秒までが減圧状態B3となっている。
【0099】
図11は、
図9のA-A線における断面図であり、代表部Xにおける板厚方向の各層L1~L9を模式的に示している。層L1はキャビティ型の表面であるキャビティ面に接触する層、層L9はコア型の表面であるコア面に接触する層、層L2~L4はそれぞれ2層目、3層目及び4層目、層L5は板厚方向中心層、層L6~L8はそれぞれ6層目、7層目及び8層目である。
【0100】
各層L1~L9における樹脂温度の保圧工程開始時点以降の履歴を
図12に示す。
図12に示すように、キャビティ面及びコア面の各々に接触する層L1及び層L9では、保圧工程開始時点から温度は100℃以下であり、固化温度T
2に設定しているポリプロピレン樹脂の結晶化温度141℃よりも低いことが判る。すなわち、層L1及び層L9では、保圧工程開始時点から、樹脂は固化状態であると考えられる。また、層L2、層L3、層L7及び層L8では保持状態B2の間に樹脂温度が固化温度T
2よりも低くなるため、保持状態B2において溶融状態から固化状態に変化すると考えられる。一方、板厚方向中心側の層L4~層L6では減圧状態B3で樹脂は溶融状態から固化状態に変化すると考えられる。
【0101】
なお、
図10及び
図12は、代表部Xにおけるそれぞれ圧力履歴及び温度履歴を一例として示したものであり、流動解析によって、流動解析用モデルの要素毎に異なる圧力履歴及び温度履歴が得られる。これらが圧力情報及び温度情報として取得され、記憶部に格納される。
【0102】
次に、
図9の試験片TPについて、構造解析用モデルを、3Dソリッド要素(1次6面体要素及び1次三角柱要素)で作成した。当該構造解析用モデルの各要素に、上述の流動解析で得られた圧力情報及び温度情報を割り当て、構造解析を行い、収縮率及び
図9中θ
1及びθ
2で示す倒れ角(本明細書において、収縮率及び倒れ角をまとめて「収縮率等」と称することがある。)を算出した。なお、収縮率とは、試験片TPにおいて、収縮量をゼロとしたときの体積(又は異方性を考慮する場合には該当する方向の長さ)に対する収縮量を考慮したときの体積(又は異方性を考慮する場合には該当する方向の長さ)の割合である。
【0103】
比較例の構造解析には、東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製3D TIMON(登録商標)を用いた。また、実施例の構造解析には、ダッソーシステムズ株式会社製のAbaqusをベースに、ユーザサブルーチンを使用して上述の本予測方法の計算アルゴリズムを組み込んだ、改良版の解析ソルバを用いた。なお、Δp/Δt[MPa/s]の閾値aは1とした。試験片TPが型内にある場合は、金型の影響を考慮するため、拘束条件として、金型の表面形状のみの有限要素モデルを作成し、摩擦係数を0.5として、金型表面との接触判定を行う構成とした。また、試験片TPが脱型されて型外に出た場合は、任意の点を拘束し、金型の影響を受けない解析条件とした。
【0104】
また、参考例として、CAE解析に用いた試験片TPと同一形状及び同一材料の試験片TPを、CAE解析と同一条件で実際に射出成形法により製造した。そして、参考例の試験片TPについて、各部位の収縮率等を算出し、実測値とした。
【0105】
CAE解析により得られた収縮率等及び実測値の収縮率等に基づいて、予実差を算出した。具体的には、実施例及び比較例のCAE解析により得られた収縮率等と、実測値の収縮率等との差を、実測値の収縮率等で除し、百分率で表示した値を、予実差として算出した。結果を表2に示す。なお、表2に示す「MD1」、「TD1」及び「ND1」は、
図9に示すように、それぞれ試験片TPの第1部分TP1における樹脂の流動方向、該流動方向の直交方向、及び板厚方向を示す。また、表2に示す「MD2」、「TD2」及び「ND2」は、
図9に示すように、それぞれ試験片TPの第2部分TP2における樹脂の流動方向、該流動方向の直交方向、及び板厚方向を示す。
【0106】
【0107】
表2に示すように、収縮率については、第1部分TP1及び第2部分TP2のいずれにおいても、特に板厚方向(ND1及びND2)において予実差が極めて小さくなり、予測精度が向上することが判った。また、倒れ角(θ1及びθ2)についても、予実差が低減され、予測精度の向上が確認された。
【0108】
(実施形態2)
以下、本開示に係る他の実施形態について詳述する。なお、以下の説明において、上記実施形態1と同じ部分については同じ符号を付して詳細な説明を省略する。
【0109】
樹脂射出成形品は、キャビティ内に予め配置されるインサート部材と、該インサート部材が配置されたキャビティに上述の樹脂原料からなる基材樹脂を射出することにより一体成形してなるインサート成形品であってもよい。
【0110】
インサート部材は、特に限定されるものではなく、金属製部材、異種の樹脂性部材等の一般的に公知の部材とすることができる。
【0111】
インサート部材は、樹脂射出成形品の表面に配置され、基材樹脂と異なる材料の成分を含むシート状の部材であってもよい。すなわち、インサート成形品はフィルムインサート成形品であってもよい。
【0112】
シート状の部材としては、例えば連続繊維シートが挙げられる。連続繊維シートは、複数の繊維束に樹脂が含浸されてなるシートである。射出成形品の表面に連続繊維シートを配置することにより射出成形品の強度を向上できる。そうして、樹脂材料を用いることにより部品の軽量化を達成しつつ部品の高強度化を図ることができる。特に部品の破損しやすい個所、耐久性を向上させる必要がある個所等に連続繊維シートを必要最小限の位置、大きさ、方向等で配置することにより、高コスト化を抑制しつつ効果的に部品の強度向上を図ることができる。
【0113】
連続繊維シートにおける繊維束は、特に限定されるものではなく、ガラス繊維、炭素繊維、セルロース繊維、アラミド繊維等からなる繊維束の少なくとも一種を採用できる。繊維束の方向は特に限定されない。すなわち、連続繊維シートは一方向(UD)タイプ、織物タイプ等一般的に公知のシートであってよい。
【0114】
連続繊維シートにおける含浸樹脂は、上述の樹脂材料と同様の樹脂とすることができる。含浸樹脂は、限定する意図ではないが、基材樹脂と同種の樹脂とすることが好ましい。具体的には、例えば基材樹脂がポリプロピレン樹脂、ナイロン樹脂等の場合、連続繊維の含浸樹脂もそれぞれポリプロピレン樹脂、ナイロン樹脂等とすることが好ましい。
【0115】
図13に、樹脂射出成形品の表面に連続繊維シートを貼付する場合のインサート成形の工程及びインサート成形品の一例を示す。
図13(a)に示すように、例えばキャビティ604における可動型602の表面に予め成形された連続繊維シート501を配置する。型締めされた状態で、例えば固定型603に設けられたゲート605を通じてキャビティ604内に溶融状態の基材樹脂が射出される。
図13(b)に示すように、得られたインサート成形品500は、基材樹脂502と、該基材樹脂502の表面に配置された連続繊維シート501とを備えた複合部材となる。例えば連続繊維シートがUDタイプであり、繊維方向が
図13(b)中白抜き両矢印で示す方向(「繊維方向」ともいう。)である場合、連続繊維シート501の物性は、繊維方向において高剛性、高引張強度及び低線膨張となる。一方、繊維方向と直交する方向(「直交方向」ともいう。)においては、連続繊維シート501の物性は、含浸樹脂の物性に依存する。そうすると、インサート成形品500では、冷却時、基材樹脂502のうち、連続繊維シート501に近い側では繊維方向の収縮率が小さくなり、連続繊維シート501から遠くなるにつれて及び直交方向において収縮率が大きくなる(
図13(b)の実線矢印参照)。そうして、インサート成形品500では、連続繊維シート501が存在する表面が凸状となる反りが発生しやすくなる(
図16(a)参照)。従って、このようなフィルムインサート成形品では、連続繊維シートの存在が成形品全体の収縮挙動に及ぼす影響を考慮して、反り変形予測を行うことが望ましい。
【0116】
図14は、射出成形品がフィルムインサート成形品の場合の
図4相当図である。当該実施形態における反り変形予測方法は、実施形態1と同様に、例えば、モデル作成工程S1と、流動解析工程S2と、構造解析工程S3とを備える。また、これらの工程に加えて、さらに比較工程S4、判定工程S5及び決定工程S6を備えてもよい。
【0117】
モデル作成工程S1では、上述の手順により、所望の設計形状Aの流動解析用モデル及び構造解析用モデルを作成する。これらのモデルにおいて、制御因子として、連続繊維シートの貼付位置、収縮率、成形条件等を設定する。
【0118】
連続繊維シートの貼付位置の設定は、具体的には例えば、使用するソルバ、すなわちモデル作成部131及び/又は流動解析部133上で、連続繊維シートの貼付位置の要素について、当該要素が連続繊維シートであることを定義することにより行うことができる。
【0119】
次に、流動解析工程S2において、溶融状態の基材樹脂の流動解析と、連続繊維シートの熱解析と、を同時に行う。具体的には例えば、基材樹脂の粘度特性等の樹脂材料データ、連続繊維シートの複合材料としての熱伝達率、熱伝導率等の材料データ等を設定し、流動解析部133により流動解析及び熱解析を行う。そうして、流動解析用モデルの各要素における温度情報及び圧力情報を得る。
【0120】
構造解析工程S3では、構造解析部134により、上記温度情報及び圧力情報を用いて、上記実施形態1に記載した手順に従って構造解析を行う。そうして、成形品の収縮量を算出する。そうして、設計形状Aに、算出した収縮量を考慮して反り変形形状Bを得る。
【0121】
次に、比較工程S4、判定工程S5及び決定工程S6を備える場合について説明する。
【0122】
構造解析工程S3で得られた反り変形形状Bと、設計形状Aと、比較する(比較工程S4)。
【0123】
そして、反り変形形状Bと設計形状Aとの差が基準を満たすか否か判定する(判定工程S5)。
【0124】
このABの差が基準を満たさない場合は、例えばモデル作成工程S1に戻って、連続繊維シート貼付位置の変更等の制御因子の調整を行う。そうして、流動解析工程S2から判定工程S5までの各工程を、ABの差が基準を満たすまで繰り返し行う。
【0125】
一方、ABの差が基準を満たす場合には、モデル作成工程S1で設定した設計形状Aが許容形状であることが確認できたことになるから、当該設計形状A及びその他の条件を制御因子として決定して反り変形予測を終了する(決定工程S6)。こうして決定された制御因子を金型形状に反映させることにより、変形量が抑制されるとともに連続繊維シートの存在により強度向上した所望の部品の設計作業が完了する。
【0126】
上記ABの差及びその基準は、特に限定されるものではなく、予測対象の部品の種類、大きさ、性能等を考慮して、適宜設定できる。当該差は、具体的には例えば、A、B両者を比較したときの変形量の最大値、連続繊維シート貼付個所等の特定の部位の変形量の最大値、全体の変形量の平均値等が挙げられる。当該差の基準としては、具体的には例えば、これら最大値、平均値等の上限値等が挙げられる。
【0127】
本実施形態の反り変形予測方法によれば、流動解析工程で連続繊維シートの熱解析を行って得られた温度情報及び圧力情報を用いて構造解析を行うことにより、連続繊維シートを表面に備える樹脂射出成形品の反り変形を精度よく予測できる。また、連続繊維シートを備えた射出成形品における連続繊維シートの効果的な貼付位置、大きさ、方向等を予測できる。
【0128】
実施形態1と同様に、
図14の各工程についても、反り変形予測プログラムとしてプログラム化され得る。具体的は例えば、本実施形態に係る樹脂射出成形品の反り変形予測プログラムは、コンピュータに、
図14の各工程の手順、すなわちモデル作成工程S1の手順Aと、流動解析工程S2の手順Bと、構造解析工程S3の手順Cと、比較工程S4の手順と、判定工程S5の手順と、決定工程S6の手順と、を実行させるプログラムである。
【0129】
<実験例2>
次に、実施形態2の態様について、具体的に実施した実験例について説明する。なお、以下に記載のない事項・手順は、上述の実験例1と同様とした。
【0130】
図15に、実施例及び比較例のCAE解析に用いるとともに、参考例で製造したインサート成形品500のサンプルの形状を示す。また、表3に、材料の詳細、解析条件(成形条件)等を示す。なお、連続繊維シートの熱伝達率は、連続繊維シートと金型との間の熱伝達率で設定した値である。また、連続繊維シートの熱伝導率は、複合材の値として入力した。
【0131】
【0132】
図15(a)、(b)に示すように、サンプルの形状は、幅120mm、長さ375mm、厚さ2mmの平板状である。ゲート405は、サンプルの長さ方向一端側における幅方向中央に位置している。サンプルの片面には、幅100mm、長さ215mm、厚さ0.15mmの連続繊維シート501が配置されている。連続繊維シート501の貼付位置は、サンプルの長さ方向におけるゲート605側から30mm、サンプルの幅方向における両側から10mmの位置である。基材樹脂はポリプロピレン(PP)樹脂である。連続繊維シート501はUDタイプのPP含浸炭素繊維シートであり、繊維方向を
図15(a)中白抜き両矢印で示している。
【0133】
当該サンプルの形状の3D CADデータを3Dソリッド要素に分割して流動解析用モデルを作成した。流動解析用モデルにおける連続繊維シート貼付位置の要素を連続繊維シートと定義した。
【0134】
次に、表3に示す解析条件で、流動解析及び熱解析を行い、要素毎及び微小時間毎の樹脂及び連続繊維シートの圧力情報及び温度情報を取得した。流動解析及び熱解析には、東レエンジニアリングDソリューションズ株式会社製の3D TIMON(登録商標)を用いた。表3中の冷却時間は保圧工程の開始時点から減圧状態B3の終了までに要する時間である。減圧状態B3の終了後、すなわち樹脂の圧力が大気圧P0になった後は、脱型後の冷却工程として、減圧状態B3の終了時点から2時間、大気温度23℃の設定で、放熱計算を行った。
【0135】
上述のごとく得られた圧力情報及び温度情報を入力情報として、構造解析を行った。なお、実施例及び比較例の構造解析モデルの作成及び構造解析は、それぞれ実験例1の実施例及び比較例と同様に行った。
【0136】
図16(a)は、参考例のサンプルについて、
図15中符号500Aの一点鎖線で示す幅方向中央における長さ方向断面の写真を示している。
図16(a)に示すように、当該断面500Aの上端、すなわち連続繊維シート501が存在する側の端部における平板状態からの変形量を、浮き上がり量[mm]として、参考例、実施例及び比較例の各々について計測又は算出した。この浮き上がり量を長さ方向ゲート605側の一端をゼロとする長さ方向の位置[mm]に対してプロットしたグラフを
図16(b)に示す。また、当該浮き上がり量の最大値(「最大浮き上がり量」ともいう。)及びその最大浮き上がり量を与える長さ方向の位置を表4に示す。
【0137】
【0138】
図16(b)及び表4に示すように、比較例のCAE解析では、参考例の実測値に対して最大浮き上がり量が極端に小さく、最大浮き上がり量を与える長さ方向の位置も再現できていない。特に
図16(b)では、連続繊維シートが存在する位置は僅かながら浮き上がり量が負の値になっており、予測では参考例とは逆方向の反りとなっていることが判る。すなわち、比較例のCAE解析では、連続繊維シートの存在が反り変形に与える影響をほぼ全く再現できていないといえる。
【0139】
一方、実施例のCAE解析では、参考例の実測値に対して最大浮き上がり量はやや大きく算出されているものの連続繊維シートが存在する表面が凸状となる反り変形が生じることは再現できている。また、最大浮き上がり量の最大値を与える長さ方向の位置も概ね再現できている。すなわち、実施例のCAE解析では、連続繊維シートの存在が反り変形に与える影響を再現可能であることが判る。
【0140】
このように、流動解析工程S2において、溶融状態の基材樹脂の流動解析と連続繊維シートの熱解析を同時に行って得られた温度情報・圧力情報を用いることにより、表面に連続繊維シートを備えたインサート成形品についても反り変形を精度よく予測可能であることが示された。
【0141】
(その他の実施形態)
上述の実施形態1、2において、構造解析工程S3の収縮挙動計算には、Young率の温度依存性を考慮してもよい。また、固化状態の樹脂に対して粘弾性特性を適用してもよい。さらに、金型の形状データをモデル化し、成形品と金型のキャビティを形成する表面との接触判定を追加してもよい。
【産業上の利用可能性】
【0142】
本開示は、従来の方法では十分な予測精度が得られ難い成形条件や製品仕様の成形品であっても、十分な予測精度を確保できる樹脂射出成形品の反り変形予測方法、反り変形予測装置、反り変形予測プログラム、及び記録媒体をもたらすことができるので、極めて有用である。
【符号の説明】
【0143】
100 樹脂射出成形品の反り変形予測装置
131 モデル作成部
133 流動解析部
134 構造解析部
170 記録媒体
500 インサート成形品
501 連続繊維シート(シート状の部材)
502 基材樹脂
A1 保圧工程の開始時点
B1 加圧状態
B2 保持状態
B3 減圧状態
S1 モデル作成工程
S2 流動解析工程
S3 構造解析工程
S4 比較工程
S5 判定工程
S6 決定工程
S51 射出工程
S52 保圧工程
S53 冷却工程
T2 固化温度(所定温度)
P0 大気圧