(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035303
(43)【公開日】2024-03-14
(54)【発明の名称】タンパク質、ポリヌクレオチド、発現ベクター、形質転換体、プラズマローゲン含有組成物及びプラズマローゲンの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/52 20060101AFI20240307BHJP
C12N 9/00 20060101ALI20240307BHJP
C12N 15/31 20060101ALI20240307BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20240307BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20240307BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20240307BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20240307BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240307BHJP
C12P 7/64 20220101ALI20240307BHJP
【FI】
C12N15/52 Z
C12N9/00 ZNA
C12N15/31
C12N15/63 Z
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12P7/64
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022139676
(22)【出願日】2022-09-02
(71)【出願人】
【識別番号】599035339
【氏名又は名称】株式会社 レオロジー機能食品研究所
(71)【出願人】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100133592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【弁理士】
【氏名又は名称】末富 孝典
(74)【代理人】
【識別番号】100146916
【弁理士】
【氏名又は名称】廣石 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100222922
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 朋子
(72)【発明者】
【氏名】藤野 武彦
(72)【発明者】
【氏名】馬渡 志郎
(72)【発明者】
【氏名】土居 克実
(72)【発明者】
【氏名】本庄 雅則
【テーマコード(参考)】
4B050
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B050CC03
4B050DD02
4B050LL05
4B064AD85
4B064CA02
4B064CA05
4B064CA08
4B064CA09
4B064CA10
4B064CA11
4B064CA19
4B064CA21
4B064CC24
4B064DA01
4B064DA10
4B064DA13
4B065AA01X
4B065AA01Y
4B065AA26X
4B065AA57X
4B065AA83
4B065AA86X
4B065AA87X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA13
4B065CA14
4B065CA27
4B065CA41
4B065CA44
(57)【要約】 (修正有)
【課題】好気的に増殖することができる細菌によってプラズマローゲンを生合成するためのタンパク質、ポリヌクレオチド、発現ベクター、形質転換体、プラズマローゲン含有組成物及びプラズマローゲンの製造方法を提供する。
【解決手段】タンパク質は、以下の(a)、(b)、(c)及び(d)からなる群から選択されるアミノ酸配列からなり、プラズマローゲン合成活性を有する。(a)特定のアミノ酸配列、(b)(a)に示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列、(c)別の特定のアミノ酸配列、(d)(c)に示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)、(b)、(c)及び(d)からなる群から選択されるアミノ酸配列からなるタンパク質であって、当該タンパク質を発現する細菌内においてプラズマローゲン合成活性を有する、タンパク質。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列
(c)配列番号2に示されるアミノ酸配列
(d)配列番号2に示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質をコードする塩基配列からなる、ポリヌクレオチド。
【請求項3】
請求項2に記載のポリヌクレオチドを含む、発現ベクター。
【請求項4】
請求項3に記載の発現ベクターを含む、形質転換体。
【請求項5】
請求項4に記載の形質転換体又はその処理物を含む、
プラズマローゲン含有組成物。
【請求項6】
請求項4に記載の形質転換体を好気条件で培養する培養ステップと、
前記形質転換体からプラズマローゲンを得る取得ステップと、
を含む、
プラズマローゲンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質、ポリヌクレオチド、発現ベクター、形質転換体、プラズマローゲン含有組成物及びプラズマローゲンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラズマローゲンは、抗酸化作用を有するリン脂質の一種で、グリセロリン脂質の一つである。プラズマローゲンは哺乳動物の全ての組織に存在し、人体のリン脂質の約18%を占める。特に、プラズマローゲンは、脳神経、心筋、骨格筋、白血球及び精子に多いことが知られている。
【0003】
プラズマローゲンの多くは、ドコサヘキサエン酸及びアラキドン酸等の多価不飽和脂肪酸と結合しているため、多価不飽和脂肪酸の貯蔵、及びこれら多価不飽和脂肪酸から産生されるプロスタグランジン及びロイコトリエン等の細胞間シグナルの2次メッセンジャーの放出等に関与する。さらにプラズマローゲンは、細胞融合及びイオン移送等に関与している。プラズマローゲンのビニルエーテル結合(アルケニル結合)が特に酸化ストレスに敏感であるため、プラズマローゲンは細胞の抗酸化機能も果たしている。
【0004】
さらに、プラズマローゲンは神経新生の促進作用、リポポリサッカロイド(LPS)による神経炎症の抑制作用、及び脳内アミロイドβ(Aβ)タンパクの蓄積の抑制作用等を有することが知られている。例えば、特許文献1には、プラズマローゲンを含む抗中枢神経系炎症剤が開示されている。
【0005】
プラズマローゲンは、認知症、パーキンソン病、うつ病及び統合失調症等の脳神経病の他、糖尿病、メタボリックシンドローム、虚血性心疾患、感染症及び免疫異常において減少していることが知られている。例えば、非特許文献1において、アルツハイマー病の脳でエタノールアミン型プラズマローゲンが前頭葉と海馬とで非常に有意に減少していることが報告された。さらに非特許文献2では、アルツハイマー病患者の血清でプラズマローゲンが減少していることが報告されている。非特許文献3では、虚血性心疾患の患者群において、コリン型プラズマローゲンが正常コントロール群に比べて減少していることが報告されている。
【0006】
減少しているプラズマローゲンを外的に補充することにより、それら疾患の予防及び改善効果が期待できると考えられる。したがって、今後、疾患の予防及び治療、あるいは健康維持のためにプラズマローゲンの需要が高まることが予想される。
【0007】
プラズマローゲンは、非脊椎動物及び脊椎動物には広く存在しているが、真菌及び植物細胞では確認されていない。細菌では、例えば非特許文献4に開示されたエンテロコッカス・フェカリス(Enterococcus faecalis)及び特許文献2に開示されたビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum)等のいくつかの偏性嫌気性菌によるプラズマローゲンの合成が報告されているが、通性嫌気性細菌及び好気性細菌にはプラズマローゲンは見られない(非特許文献5参照)。
【0008】
また、非特許文献4では、2種類のプラズマローゲン合成酵素遺伝子(plsA、plsR)が同定されており、好気的に増殖させた大腸菌においてウエルシュ菌(Clostridium perfringens)のプラズマローゲン合成酵素の発現を誘導したところ、プラズマローゲンは検出されなかったことが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2012/039472号
【特許文献2】国際公開第2021/024872号
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Z. Guan et al, Decrease and Structural Modifications of Phosphatidylethanolamine Plasmalogen in the Brain with Alzheimer Disease, J Neuropathol Exp Neurol, 58 (7), 740-747, 1999
【非特許文献2】D. B. Goodenowe et al, Peripheral ethanolamine plasmalogen deficiency: a logical causative factor in Alzheimer's disease and dementia, J Lipid Res, 48, 2485-2498, 2007
【非特許文献3】真田竹生ら, 虚血性心疾患における血清Plasmalogenの動態, 動脈硬化, 11, 535-539, 1983
【非特許文献4】David R Jackson et al, Plasmalogen Biosynthesis by Anaerobic Bacteria: Identification of a Two-Gene Operon Responsible for Plasmalogen Production in Clostridium perfringens, ACS Chemical Biology, 11, 12, 3421-3430, 2021
【非特許文献5】Howard Goldfine, The appearance, disappearance and reappearance of plasmalogens in evolution, Progress in Lipid Research, 49, 4, 493-498, 2010
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
細菌によってプラズマローゲンを生合成できれば、細菌の培養によって容易かつ大量にプラズマローゲンを得ることができる。しかし、上述のように偏性嫌気性菌によってプラズマローゲンを生合成する場合、細菌を嫌気条件で培養する必要がある。嫌気条件での培養には酸素が入り込まない装置等を要し、特に培養の規模が大きくなると嫌気条件を維持するのが難しく煩雑となる。
【0012】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、好気的に増殖することができる細菌によってプラズマローゲンを生合成するためのタンパク質、ポリヌクレオチド、発現ベクター、形質転換体、プラズマローゲン含有組成物及びプラズマローゲンの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、嫌気性細菌由来のプラズマローゲン合成酵素遺伝子(plsA)を好気性細菌に導入することで、好気条件でプラズマローゲンを合成することを見いだし、本発明を完成させた。
【0014】
本発明の第1の観点に係るタンパク質は、
以下の(a)、(b)、(c)及び(d)からなる群から選択されるアミノ酸配列からなるタンパク質であって、当該タンパク質を発現する細菌内においてプラズマローゲン合成活性を有する。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列
(c)配列番号2に示されるアミノ酸配列
(d)配列番号2に示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列
【0015】
本発明の第2の観点に係るポリヌクレオチドは、
上記本発明の第1の観点に係るタンパク質をコードする塩基配列からなる。
【0016】
本発明の第3の観点に係る発現ベクターは、
上記本発明の第2の観点に係るポリヌクレオチドを含む。
【0017】
本発明の第4の観点に係る形質転換体は、
上記本発明の第3の観点に係る発現ベクターを含む。
【0018】
本発明の第5の観点に係るプラズマローゲン含有組成物は、
上記本発明の第4の観点に係る形質転換体又はその処理物を含む。
【0019】
本発明の第6の観点に係るプラズマローゲンの製造方法は、
上記本発明の第4の観点に係る形質転換体を好気条件で培養する培養ステップと、
前記形質転換体からプラズマローゲンを得る取得ステップと、
を含む。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、好気的に増殖することができる細菌によってプラズマローゲンを生合成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】Enterococcus faecalis K4株由来PlsAの構造を示す図である。
【
図2】(A)は実施例1におけるCBB染色像を示す図である。(B)は実施例1におけるウエスタンブロッティング像を示す図である。
【
図3】(A)は実施例2における対照大腸菌(BL21)由来の試料のクロマトグラムを示す図である。(B)は実施例1で得た形質転換大腸菌由来の試料のクロマトグラムを示す図である。
【
図4】(A)は実施例3におけるホスホリパーゼA1(PLA1)処理前の試料のクロマトグラムを示す図である。(B)は実施例3におけるPLA1処理した試料のクロマトグラムを示す図である。(C)は実施例3におけるPLA1処理後に塩酸(HCl)処理した試料のクロマトグラムを示す図である。
【
図5】(A)は実施例4におけるウエスタンブロッティング像を示す図である。(B)は実施例4におけるpAMPK/AMPKの相対活性を示す図である。
【
図6】実施例5におけるOilRed O染色した細胞を示す図である。
【
図7】実施例6におけるウエスタンブロッティング像を示す図である。
【
図8】実施例7における総脂質及びアルデヒドに係るクロマトグラムを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係る実施の形態について図面を参照して説明する。なお、本発明は下記の実施の形態及び図面によって限定されるものではない。なお、下記の実施の形態において、“有する”、“含む”又は“含有する”といった表現は、“からなる”又は“から構成される”という意味も包含する。
【0023】
(実施の形態1)
本実施の形態に係るタンパク質は、配列番号1もしくは配列番号2に示されるアミノ酸配列、又は配列番号1もしくは配列番号2に示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなる。当該タンパク質は、当該タンパク質を発現する細菌内、好ましくは好気的に増殖した細菌内において、プラズマローゲンの生合成を仲介するプラズマローゲン合成活性を有する。アミノ酸配列が配列番号1に示されるタンパク質は、Enterococcus faecalis K4株において同定された。アミノ酸配列が配列番号2に示されるタンパク質は、Bifidobacterium longum suis亜種において同定された。
【0024】
ある2つのアミノ酸配列一致度が最大となるようにアラインメントしたときに、両方のアミノ酸配列において同一のアミノ酸が存在する部位の個数の、全長のアミノ酸の個数に対する割合を配列同一性という。また、同一のアミノ酸が存在する部位及び類似のアミノ酸が存在する部位の個数の、全長のアミノ酸の個数に対する割合を配列類似性という。
【0025】
“類似のアミノ酸”とは、物理化学的に類似の側鎖を有する別のアミノ酸である(保存的なアミノ酸置換)。物理化学的に類似する側鎖を有するアミノ酸は、例えば次のように分類される。
脂肪族側鎖:グリシン(G)、アラニン(A)、バリン(V)、ロイシン(L)及びイソロイシン(I)
脂肪族-ヒドロキシル側鎖:セリン(S)及びスレオニン(T)
アミド含有側鎖:アスパラギン(N)及びグルタミン(Q)
芳香族側鎖:フェニルアラニン(F)、チロシン(Y)及びトリプトファン(W)
塩基性側鎖:リシン(K)、アルギニン(R)及びヒスチジン(H)
酸性側鎖:アスパラギン酸(D)及びグルタミン酸(E)
硫黄含有側鎖:システイン(C)及びメチオニン(M)
【0026】
また、類似のアミノ酸は、例えば、ClustalW等の配列解析ツールで用いられるPAM250等の類似性を定義した行列に基づくスコアが所定の閾値より大きいアミノ酸同士であってもよい。PAM250を使用した場合、類似性が強いアミノ酸は、例えばアミノ酸間のスコアが0.5より大きいアミノ酸同士であって、下記のグループ1~9において同一のグループに分類されるアミノ酸同士である。
グループ1 S、T及びA
グループ2 N、E、Q及びK
グループ3 N、H、Q及びK
グループ4 N、D、E及びQ
グループ5 Q、H、R及びK
グループ6 M、I、L及びV
グループ7 M、I、L及びF
グループ8 H及びY
グループ9 F、Y及びW
【0027】
なお、類似性を定義した行列は、公知の行列を用いればよく、PAMの他にBLOSUM等を使用してもよい。
【0028】
アミノ酸配列に関する“80%以上の配列同一性”とは、少なくとも80%の配列同一性を意味する。当該タンパク質のアミノ酸配列は、プラズマローゲン合成活性を有する限り、配列番号1に示されるアミノ酸配列に対して、80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の配列同一性を有してもよい。
【0029】
本実施の形態に係るタンパク質が配列番号1又は2に示されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなる場合、当該プタンパク質は、上記プラズマローゲン合成活性を有する限り、翻訳の効率を向上させるためのアミノ酸配列の他、当該タンパク質の精製に利用するアミノ酸配列及びシャペロン等の発現効率を向上させるアミノ酸配列等を有してもよい。タンパク質の精製に利用するアミノ酸配列としては、例えば、ヒスチジンタグ、SUMOタグ、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ及びマルトース結合タンパク質等が挙げられる。翻訳の効率を向上させるためのアミノ酸配列、精製に利用するアミノ酸配列及び発現効率を向上させるアミノ酸配列は、N末端及びC末端の少なくとも一方に付加される。N末端又はC末端に付加されるアミノ酸は、例えば数個であって、好ましくは1~9個である。
【0030】
続いて、本実施の形態に係るタンパク質の製造方法について説明する。タンパク質は、そのアミノ酸配列にしたがって、固相法及び液相法等の公知の方法で化学合成できる。タンパク質は、次のように遺伝子工学及び分子生物学を利用した方法により製造するのが好ましい。
【0031】
まず、タンパク質をコードするポリヌクレオチドの塩基配列を決定する。塩基配列は、アミノ酸に対応するコドンによって決定される。アミノ酸とコドンとの対応関係に基づいて、1つのアミノ酸配列から、そのアミノ酸配列をコードする多数の塩基配列が決定される。塩基配列の決定ではコンピュータを用いてもよい。当該アミノ酸配列をコードする遺伝子を発現させる際に用いる宿主のコドン使用頻度等を考慮すれば、タンパク質をコードする好適な塩基配列を決定することができる。ポリヌクレオチドは、塩基配列に従って公知の方法で合成することができる。また、E.faecalis K4株又はB.longum suis亜種のcDNAをテンプレートとしたPCR(Polymerase Chain Reaction)によって得られる増幅産物としてポリヌクレオチドを取得してもよい。
【0032】
次に、タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターを調製する。発現ベクターは、当該ポリヌクレオチドを発現させることができれば特に限定されない。好ましくは、発現ベクターは、組み入れたポリヌクレオチドを発現させるRNAポリメラーゼが結合するプロモーター配列、オペレーター配列及びリボソーム結合サイト(RBS)等を含む。発現ベクターでは、プロモーター配列の制御下に上記ポリヌクレオチドを配置すればよい。プロモーター配列としては、T7プロモーター等の公知のプロモーター配列が利用できる。必要に応じて、タンパク質をコードするポリヌクレオチドの5’末端及び3’末端にクローニングのための制限酵素サイトを付加してもよいし、タンパク質をコードするポリヌクレオチドの5’末端にヒスチジンタグ、SUMOタグ等をコードする塩基配列を付加してもよい。制限酵素を用いる場合、タンパク質をコードするポリヌクレオチド内に含まれる制限酵素サイトの塩基配列を同義置換してもよい。
【0033】
上記の発現ベクターを、例えば、発現誘導剤等の存在下で上述のプロモーター配列に結合するRNAポリメラーゼを発現可能な宿主に導入することによって、上記タンパク質を宿主において発現させることができる。宿主は、特に限定はされないが、好気的に増殖することができる原核細胞であることが好ましい。具体的には、大腸菌、枯草菌、酵母、糸状菌、植物細胞及び動物細胞等が挙げられるが、上述のポリヌクレオチドを効率的に発現させることを勘案すれば、大腸菌であることが好ましい。
【0034】
宿主として用いる大腸菌は、公知の大腸菌を採用すればよく、特に限定はされないが、発現誘導剤の存在下において、上記ポリヌクレオチドにコードされるタンパク質の発現を誘導できることが望ましい。発現誘導剤としては、例えばIPTG、ラムノース又はこれらの組み合わせ等が挙げられる。このような大腸菌として、例えば、発現誘導剤の存在下で当該タンパク質を発現させるRNAポリメラーゼ遺伝子を有するバクテリオファージλDE3の溶原菌であるBL21(DE3)株等がある。発現ベクターは、発現誘導剤の存在下において発現するRNAポリメラーゼによって、上述のポリヌクレオチドの発現を誘導できることが好ましい。発現ベクターとして、例えば、pETベクター(例えばpET-21a(+)及びpET-24a(+)等)及びpGEXベクター等が挙げられる。
【0035】
続いて、上記で調製した発現ベクターを宿主に導入した形質転換体を調製する。発現ベクターを宿主に導入する方法は特には限定されず、塩化カルシウム法及び塩化ルビジウム法で調製したコンピテントセルを用いる方法、エレクトロポレーション法、並びにプロトプラスト法等がある。
【0036】
なお、上述の発現ベクターがpET-21a(+)の場合、大腸菌株BL21(DE3)を形質転換体として用いるのが好ましい。形質転換体のコロニーを、ダイレクトPCRにより、又はそのDNAの塩基配列を決定して確認することで目的とする形質転換体を得ることができる。
【0037】
なお、宿主のコロニーが得られない場合、発現ベクターとして、上述の発現誘導剤の存在下でタンパク質を発現させるRNAポリメラーゼが結合するプロモーター配列に加えて、当該RNAポリメラーゼをコードする遺伝子と、発現誘導剤の非存在下で発現したRNAポリメラーゼを阻害するリゾチームをコードする遺伝子をさらに有する発現ベクターを使用してもよい。RNAポリメラーゼをコードする遺伝子及びリゾチームをコードする遺伝子は発現ベクターに含まれていなくてもよく、形質転換される宿主が有していてもよい。この場合、発現誘導剤の存在下で発現するRNAポリメラーゼをコードする遺伝子と、発現誘導剤の非存在下で発現したRNAポリメラーゼを阻害するリゾチームをコードする遺伝子を有する宿主に発現ベクターが導入されてもよい。このような宿主として、上記リゾチームをコードする遺伝子を有するプラスミドを導入した宿主、例えばBL21(DE3) pLysS株等が用いられる。すなわち、形質転換体は、上記のタンパク質をコードするポリヌクレオチドと当該ポリヌクレオチドにコードされるタンパク質を発現させるRNAポリメラーゼが結合するプロモーター配列とを有する発現ベクター、発現誘導剤の存在下で発現するRNAポリメラーゼをコードする遺伝子、及び発現誘導剤の非存在下で発現したRNAポリメラーゼを阻害するリゾチームをコードする遺伝子を有する。
【0038】
調製した形質転換体は、好ましくは好気条件で培養することでプラズマローゲンを合成する。好気条件とは、雰囲気中に酸素が含まれる状態をいう。好気条件には微好気条件も含まれる。特には、好気条件とは、微生物の嫌気条件での培養に使用する試薬及び装置を使わずに培養することである。
【0039】
形質転換体の培養方法は、形質転換体に適合した公知の培養方法を採用すればよい。大腸菌を形質転換体として用いる場合、例えば、LB寒天培地又はLB液体培地等において培養すればよい。
【0040】
プラズマローゲンは、グリセロール骨格のsn-1位にビニルエーテル結合を有し、sn-2位にエステル結合を有することで特徴づけられるグリセロリン脂質に特有のサブクラスに属する。本実施の形態におけるプラズマローゲンは、一般にプラズマローゲンに分類されるグリセロリン脂質であれば特に制限されない。プラズマローゲンとして、例えば、エタノールアミン型プラズマローゲン(Pls)、コリン型プラズマローゲン(PlsCho)、イノシトール型プラズマローゲン及びセリン型プラズマローゲン等を挙げることができる。なお、Plsはグリセロール骨格のsn-3位におけるリンに結合する酸素原子に-CH2CH22NH2が結合した構造を有する。PlsChoはグリセロール骨格のsn-3位におけるリンに結合する酸素原子に-CH2CH2N(CH3)3が結合した構造を有する。本実施の形態に係る形質転換体が合成するプラズマローゲンは、sn-1位の酸素原子に結合する炭素鎖を構成する炭素数が多様で、哺乳類が有するプラズマローゲンに加え、当該炭素数が哺乳類では見られない炭素数であるプラズマローゲンも含有する。
【0041】
本実施の形態に係る形質転換体は、下記実施例に示されたように、好気条件でもプラズマローゲンを合成することができる。このため、培養の雰囲気を嫌気条件に維持する必要がなく簡便にプラズマローゲンを得ることができる。
【0042】
(実施の形態2)
本実施の形態に係るプラズマローゲン含有組成物は、上記実施の形態1に係る形質転換体又はその処理物を含む。形質転換体の宿主が細菌である場合、菌体は培養後の培養液の遠心分離による沈殿として得ることができる。
【0043】
菌体の処理物は、例えば、凍結乾燥させた菌体、アセトンで乾燥させた菌体、菌体に対して溶媒抽出処理を施した抽出物及び菌体又は乾燥菌体を超音波等で破砕した破砕物等、菌体に何らかの処理を加えて得られる菌体、菌体由来の、又は菌体の一部を含む組成物である。溶媒抽出に用いる溶媒としては、水、有機溶媒及びこれらの混合物を用いることができる。有機溶媒としては、エーテル、クロロホルム、ベンゼン、ヘキサン、メタノール、エタノール、イソプロパノール及びこれらの混合溶液等が例示される。抽出溶媒を用いて抽出された抽出物は、液状のまま、又は濃縮若しくは希釈して、液状、ゲル状あるいはペースト状の形態で用いることができる。さらに、これを乾燥した乾燥物として用いることができる。乾燥は、噴霧乾燥、凍結乾燥、減圧乾燥及び流動乾燥等の公知の方法で行うことができる。
【0044】
本実施の形態に係るプラズマローゲン含有組成物は、形質転換体によって合成されたプラズマローゲンを含有する。したがって、プラズマローゲン含有組成物は、生体におけるプラズマローゲンを外的に補充するのに有用である。例えば、プラズマローゲン含有組成物は、プラズマローゲンが減少している疾患の治療及び予防に使用される。当該疾患としては、例えば、炎症性疾患、中枢神経系炎症疾患、認知症、パーキンソン病、うつ病、統合失調症、糖尿病、メタボリックシンドローム、虚血性心疾患、感染症及び免疫異常等が挙げられる。
【0045】
別の実施の形態では、プラズマローゲン含有組成物は、上記に例示したプラズマローゲンが減少している疾患の治療薬又は予防薬として使用される。また、他の実施の形態では、プラズマローゲン含有組成物は、上記に例示したプラズマローゲンが減少している疾患の治療薬又は予防薬として使用される。また、別の実施の形態では、上記実施の形態1に係る形質転換体の菌体又はその処理物を含む、プラズマローゲンが減少している疾患の治療用経口組成物が提供される。当該経口組成物としては、具体的には、サプリメント、食品組成物、飲食品、機能性食品及び食品添加剤が挙げられる。
【0046】
なお、別の実施の形態では、上記実施の形態1に係る形質転換体を使用したプラズマローゲンの製造方法が提供される。プラズマローゲンの製造方法は、培養ステップと、取得ステップと、を含む。培養ステップでは、上述のように、当該形質転換体を好気条件で培養する。取得ステップでは、当該形質転換体からプラズマローゲンを得る。取得ステップでは、上記のように溶媒抽出及び超音波等を介した破砕等で菌体を処理することでプラズマローゲンを得ることができる。取得ステップで得たプラズマローゲンを、公知の方法で精製、あるいはプラズマローゲンを単離してもよいし、精製したプラズマローゲンを濃縮してもよい。
【0047】
(実施例1.Enterococcus faecalis K4株由来プラズマローゲン合成酵素遺伝子の形質転換大腸菌の作製)
[K4 plsAのクローニング]
通性嫌気性の乳酸菌であるE.faecalis K4株由来plsA遺伝子(以下、「K4 plsA」ともいう)を以下の方法により探索した。
【0048】
Hiseq(登録商標)2500(Illumina社製)を用いた250PE(ペアエンド)及びMinION(登録商標)(Oxford Nanopore Technologies社製)よるDe novo解析によりドラフトゲノム解析し、CDSリストを作成した。それを用いたblast解析により、ヒドロキシアシル-CoAデヒドラターゼと推定された遺伝子(K4 plsA)を1つ見出した。
【0049】
上記解析により、E.faecalis K4株由来プラズマローゲン合成酵素タンパク質(以下、「K4 PlsAタンパク質」ともいう)のアミノ酸配列は、配列番号1に示される1416アミノ酸からなる配列であり、NCBI Conserved Domains(NCBI、https://www.ncbi.nlm.nih.gov/Structure/cdd/cdd.shtml)による予測により、N末端側から順に、257アミノ酸からなるNBD糖キナーゼHSP70アクチンスーパーファミリードメイン、429アミノ酸からなるYjiLドメイン、355アミノ酸と402アミノ酸からなる2-ヒドロキシグルタリル-CoAデヒドラターゼDコンポーネントを含有していると考えられる(
図1)。なお、GENETYX-MAC(ゼネティックス社製)による推定分子量は156990、推定の等電点は5.77であった。
【0050】
E.faecalis K4株をBD Difco(商標)Lactobacilli MRS Broth(日本ベクトン・ディッキンソン社製)にて37℃、1晩培養後、ゲノムDNAを得た。得られたゲノムDNAをテンプレートとして、配列番号3に示される塩基配列からなるフォワードプライマー及び配列番号4に示される塩基配列をからなるリバースプライマーを用いてPCRを行い、plsAと推察される遺伝子の開始コドン及び終止コドンを除いたDNAにおいて、5’末端にヒスチジンタグ及びSUMOタグを付加して増幅した。得られたPCR産物を、発現ベクターであるpETite N-HIS SUMO Expression Vector(LGC Biosearch Technologies社製)に挿入して、組換えプラスミド(pETite N-HIS SUMO/plsA)を得た。
【0051】
得られた組換えプラスミドを大腸菌(HI-Control 10G Chemically Competent Cells(LGC Biosearch Technologies社製))に導入し、形質転換大腸菌を得た。得られた形質転換大腸菌を、30μg/mLのカナマイシンを含む100mLのLB培地で、37℃にて一晩培養した。得られた培養液を遠心分離して菌体を回収した。菌体はQIAprep Spin Miniprep Kit(キアゲン社製)を用いプラスミドを精製した。精製プラスミドを用い、HI-Control BL21(DE3) Chemically Competent Cells(LGC Biosearch Technologies社製)を形質転換した。
【0052】
[形質転換大腸菌におけるK4 PlsAの発現]
得られた形質転換大腸菌を、30μg/mlのカナマイシンを含むLB培地で、30℃で一晩培養した。対照として、形質転換していない大腸菌(BL21株)を、カナマイシンを含まないLB培地で、30℃で一晩培養した。それぞれの培養液300μlをZYM5052培地(Studier, F.W. Protein Expr. Purif. 41, 207-234)に移し、嫌気条件下及び好気条件下で、30℃で24時間培養した。培養液を遠心分離し、CBB染色、及び抗ヒスチジン抗体を用いたウエスタンブロッティングを行った。
【0053】
(結果)
図2(A)及び
図2(B)は、それぞれCBB染色の結果及びウエスタンブロッティングの結果を示す。「BL21」は形質転換していない大腸菌、「BL21+plsA」は本実施例で得られた形質転換大腸菌である。
図2(B)に矢示するように、嫌気条件下及び好気条件下で培養された形質転換大腸菌のいずれもK4 PlsAタンパク質を発現していることが観察された。
【0054】
(実施例2.K4 plsA形質転換大腸菌におけるプラズマローゲンの産生)
[菌体からの脂質抽出及びリン脂質の検出]
実施例1で得られた形質転換大腸菌、及び対照として形質転換していない大腸菌(BL21株)を、空気存在下で、18時間振とう培養した。培養後の培養液を遠心分離し、菌体を回収した。菌体に生理食塩水を加えて混和し、遠心分離後、上清を取り除くことで菌体を洗浄した。菌体にさらに生理食塩水を加えて再洗浄した。上清を取り除き、使用するまで-30℃で保管した。
【0055】
解凍した菌体の総重量を測定した。1mLの水を菌体に添加して混和後、3.75mLのクロロホルム/メタノール(1:2、v/v)を添加して混和した。10分間超音波処理し、室温に30分間置いた。1.25mLのクロロホルムを加え、次いで1.25mLの水を加えた。遠心分離後、クロロホルム層をガラス管に移し、残った水層を2mLのクロロホルムで再抽出した。合わせたクロロホルム層を窒素ガス下で乾燥し、ヘキサン/イソプロパノール(3:2、v/v)に、菌体濃度が120mg/mLとなるように再懸濁し、0.45μmフィルターで濾過した。菌体懸濁液10μLを高速液体クロマトグラフィー(HPLC)に注入し、蒸発光散乱器(ELSD)で検出した。
【0056】
脂質標準試料として、ホスファチジルコリン(25mg、クロロホルムに5mg/mL、A-29B、SRL社製)を窒素ガスで乾固し、イソプロパノール/クロロホルム(2:1、v/v)を1mL加えて混和した。試料を超音波で溶解して-30℃に脂質ストックとして保管した。脂質ストックをHIP(ヘキサン/イソプロパノール(3:2、v/v))で系列希釈し、脂質標準液を調製した。脂質標準液を0.45μmのフィルターを通した後、10μLをHPLC用のサンプルとした。
【0057】
HPLCの条件は次の通りである。
カラム:Lichrosphere DIOL(250×3mm、5μm、メルク社製)
移動相A:0.08%トリエチルアミンを含むヘキサン/イソプロパノール/酢酸(82:17:1)
移動相B:0.08%トリエチルアミンを含むイソプロパノール/水/酢酸(85:14:1)
流量:0.8mL/分
カラム温度:50℃
グラジエント:
0分 移動相A 96% 移動相B 4%
21分 移動相A 63% 移動相B 37%
25分 移動相A 15% 移動相B 85%
26分 移動相A 15% 移動相B 85%
29分 移動相A 96% 移動相B 4%
34分 移動相A 96% 移動相B 4%
【0058】
ELSDの条件は次の通りである。
エバポレータ温度:60℃
ネブライザー温度:30℃
窒素ガス流量:1.00 SLM
【0059】
濃度の異なる脂質標準液についてもHPLC-ELSDで検出した。各濃度のピーク面積で検量線を作成し、大腸菌から得られた保持時間10~20分のリン脂質に相当するピークの面積比からリン脂質量を算出した。
【0060】
[酸加水分解処理によるプラズマローゲンの変化]
上述のように菌体からクロロホルム/メタノールで抽出し、窒素ガスで乾燥させた脂質に0.5mLの2,4-ジニトロフェニルヒドラジン-塩酸塩溶液(DNPH-HCl溶液、東京化成工業社製)を添加し混和した。超音波処理により乳化させた後、室温に30分置き、酸加水分解された脂質に0.5mLの超純水を添加して混和後、1.9mLのクロロホルム/メタノール(1:2、v/v)を添加して混和した。室温に10分間置き、0.625mLのクロロホルムを加えて混和した。続いて0.625mLの水を加えて混和した。室温にて3000rpmで遠心分離後、クロロホルム層をガラス管に移し窒素ガス下で乾燥した。乾燥させた脂質をアセトニトリル100μLに再懸濁した後、0.45μmのフィルターを通した。10μLをHPLC用のサンプルとして、HPLCに注入し、波長356nmのUV(紫外線)で検出した。
【0061】
標準として使用したアルデヒド標準溶液について以下のように調製した。テトラデカノール(C14H28O、東京化成工業社製、T2696)、ヘキサデカノール(C16H32O、東京化成工業社製、H1296)、ヘプタデカノール(C17H34O、東京化成工業社製、H1295)及びオクタデカノール(C18H36O、東京化成工業社製、O0368)を別々のスピッツに取り、アセトニトリルで1mg/mLとした。調製した1mg/mLの溶液200μL(C14H28Oのみ100μL、200μL及び400μL)を別々のスピッツに取り、窒素ガスで乾固した試料にDNPH-HCl溶液を0.5mL加えて混和した。超音波でエマルジョン化させ、試料を30分間室温に置いた。超純水0.5mLとクロロホルム/メタノール(1:2、v/v)1.9mLとを試料に加え、ボルテックス混和した。室温に10分間置き、クロロホルム0.625mLを加え、ボルテックスで混和した。試料に超純水0.625mL加え、ボルテックスで混和した。試料を5分間、室温で遠心(3000rpm)した。下層を別のスピッツに移し、窒素ガスで乾固し、これをアセトニトリル2mLに溶解してストックアルデヒド標準液として-30℃に保管した。
【0062】
C14H28Oのストックアルデヒド標準液を各濃度120μL取り、0.45μmフィルターで濾過し、10μLをHPLCに注入した。4種のアルデヒドを混合した混合アルデヒド標準溶液を調製するために、4種類のストックアルデヒド標準液を各30μLずつ取り混和した。得られた混合アルデヒド標準溶液を0.45μmフィルターで濾過し、10μLをHPLCに注入した。
【0063】
HPLCの条件は次の通りである。
カラム:XBridge BEA C18(3.0×150、2.5μm、Wate
rs社製)
カラム温度:40℃
移動相A:アセトニトリル
移動相B:水
流量:0.3mL/分
カラム温度:40℃
グラジエント:
0分 移動相A 30% 移動相B 70%
25分 移動相A 100% 移動相B 0%
40分 移動相A 100% 移動相B 0%
40.1分 移動相A 30% 移動相B 70%
50分 移動相A 30% 移動相B 70%
【0064】
アルデヒドの算出はリン脂質と同様に面積比で算出した。
【0065】
(結果)
図3に、波長356nmのUVで検出した実施例1に係る形質転換大腸菌及び対照大腸菌の各試料のクロマトグラムを示す。
図3(A)及び
図3(B)はそれぞれ対照大腸菌(BL21)及び実施例1に係る形質転換大腸菌の結果である。対照大腸菌試料ではアルデヒドは検出されないが、当該形質転換大腸菌試料においてアルデヒドが検出された。プラズマローゲンは酸加水分解によってアルデヒドを生成することから、好気的に増殖した当該形質転換大腸菌においてプラズマローゲンが産生されることが示された。
【0066】
(実施例3.ホスホリパーゼA1(PLA1)処理及び塩酸(HCl)処理によるプラズマローゲンの変化)
実施例1で得られた形質転換大腸菌を、ZYM5052培地で、アネロパックを用いて嫌気的に静置培養した。実施例2に記載された手順にしたがって菌体から脂質を抽出した。
【0067】
[ホスホリパーゼA1(PLA1)による全脂質の加水分解処理によるリン脂質の変化]
総脂質の一定分量をPLA1で加水分解した。SIGMA社から購入したPLA1溶液0.5mlを0.5mlの0.1Mクエン酸緩衝液(pH4.5)で調製し、1mLの酵素溶液を総脂質抽出物に添加した。超音波浴で乳化した後、懸濁液を45℃で60分間インキュベートした。脂質をヘキサン/イソプロパノールで抽出し、合わせたヘキサン層を窒素ガス下で乾燥した。脂質をヘキサン/イソプロパノール(3:2、v/v)で再調製し、HPLC-ELSDに注入した。なお、PLA1として、Aspergillus oryzae由来のPLA1(Phospholipase A1)(SIGMA社製)を用いた。酵素の最小活性は、10KLU/G liquidである。
【0068】
[酸加水分解処理によるエーテルリン脂質(プラズマローゲン)の変化]
続いて、エーテルリン脂質(プラズマローゲン)を、2,4-ジニトロフェニルヒドラジン-塩酸塩溶液(DNPH-HCl溶液)によって酸加水分解した。PLA1加水分解後に、0.5mLのDNPH-HCl溶液を乾燥エーテルリン脂質に添加した。室温で30分後、加水分解されたエーテルリン脂質を上記のクロロホルム-メタノール法で抽出し、クロロホルム層を窒素ガス下で乾燥した。乾燥した脂質をヘキサン/イソプロパノール(3:2 v/v)で再調製し、一定分量をHPLC-ELSDに注入した。
【0069】
(結果)
図4(A)、(B)及び(C)は、それぞれPLA1処理前の総脂質、PLA1処理後及びPLA1処理後に塩酸処理した試料のクロマトグラムを示す。PLA1処理によりエーテルリン脂質とスフィンゴミエリンを除くリン脂質が分解されるが、プラズマローゲンは残存し、PLA1処理後に塩酸処理するとプラズマローゲンが選択的に分解される。したがって、これらのクロマトグラムから、嫌気的に増殖した当該形質転換大腸菌においてプラズマローゲンが産生されることが示された。
【0070】
(実施例4.精製プラズマローゲンによるAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)のリン酸化)
実施例1の形質転換大腸菌から精製したプラズマローゲン0.5μgをOPTI-MEM(Invitrogen社製)に懸濁しNIH-3T3の培養液(DMEM/10%FCS)に添加し、3時間後に細胞を回収した。次いで、抗pAMPK抗体(Cell signaling社製、カタログ番号2531)及び抗AMPK抗体(Cell signaling社製、カタログ番号5831)を用いてウエスタンブロッティングを行った。さらにAMPK及びリン酸化AMPK(pAMPK)のタンパク質を定量化し、pAMPK/AMPKの相対値を求めた。
【0071】
(結果)
ウエスタンブロッティングの結果を
図5(A)に、pAMPK/AMPKの相対活性を
図5(B)に示す。それぞれ、左側が精製プラズマローゲンを添加していない対照サンプル、右側が精製プラズマローゲンを添加したサンプルである。精製プラズマローゲンを添加したサンプルのほうがpAMPK/AMPKの値が統計的に有意に大きかった(p<0.01)。このことから、実施例1の形質転換大腸菌で合成されたプラズマローゲンがAMPKのリン酸化に寄与することが示された。AMPKはリン酸化されることにより活性化し、糖代謝及び脂質代謝等に関わることが知られている。したがって、当該プラズマローゲンは、糖代謝又は脂質代謝等に関わる様々な疾患、例えば、2型糖尿病、脂質異常症、肥満症等の予防及び治療に効果的であることが示唆された。
【0072】
(実施例5.精製プラズマローゲンによる脂肪滴形成の抑制)
予めオレイン酸(Cayman Chemical社製)を4%defat-BSA溶液と混合し、終濃度150μMのオレインサインを含むDMEM/10%FCS培養液に、実施例1の形質転換大腸菌から精製したプラズマローゲン0.5μg/mlを添加し、マウス胎児線維芽細胞(NIH-3T3細胞)を18時間培養した。対照としてプラズマローゲンを含まない培養液で培養した。細胞を回収、洗浄し、4%パラホルムアルデヒド溶液で固定した。次いで、60%イソプロパノール溶液処理の後、OilRed O染色液(OilRed O(Sigma社製)を水で1.7倍希釈)で15分染色、60%イソプロパノールで洗浄、ヘマトキシリン溶液(ヘマトキシリン(Merk社製)を水で10倍希釈)で30秒染色、水で洗浄、包埋し観察した。
【0073】
(結果)
OilRed O染色した細胞の写真を
図6に示す。精製プラズマローゲンを含まない培養液で培養した対照(プラズマローゲン-)では多数の脂肪滴が観察されるのに対し、精製プラズマローゲンを含む培養液で培養した細胞(プラズマローゲン+)では脂肪滴がほとんど観察されなかった。このことから、実施例1の形質転換大腸菌で合成されたプラズマローゲンが脂肪形成の抑制・脂肪分解に寄与することが示され、脂質異常症及び肥満症等の予防及び治療に効果的であることが示唆された。
【0074】
(実施例6.Bifidobacterium longum suis亜種由来plsA人工遺伝子の形質転換大腸菌の作製)
[suis plsAのクローニング]
絶対嫌気性のビフィズス菌であるB.longum suis亜種由来plsA人工遺伝子(以下、「suis plsA」ともいう)の人工合成を以下の方法により行った。
【0075】
B.longum suis亜種の基準株DSM20211の登録ゲノム配列(Bifidobacterium longum subsp. suis DSM 20211 contig3, whole genome shotgun sequence:NZ_JDUC01000003.1)の65667-70586領域を選抜し、GeneArt(登録商標)GeneOptimizer(登録商標)(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて大腸菌発現用に最適化した塩基配列を人工合成し、これをCACC(一本鎖DNA)と共にpET100 Directional TOPO vector(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)のクローニング部位にライゲーションした。
【0076】
本遺伝子から翻訳されるPlsAタンパク質(以下、「suis PlsAタンパク質」ともいう)のアミノ酸配列は、配列番号2に示される1639アミノ酸からなる配列であり、NCBI Conserved Domains(NCBI、https://www.ncbi.nlm.nih.gov/Structure/cdd/cdd.shtml)による予測により、N末端側から順に、257アミノ酸からなるNBD糖キナーゼHSP70アクチンスーパーファミリードメイン、429アミノ酸からなるYjiLドメイン、370アミノ酸からなるCOG3580ドメイン及び401アミノ酸からなる2-ヒドロキシグルタリル-CoA デヒダラターゼD-コンポーネントを含有していると考えられる。なお、GENETYX-MAC(ゼネティックス社製)による推定分子量は178715、推定の等電点は5.90であった。
【0077】
得られた組換えプラスミドを用い、大腸菌BL21(DE3) competent cell(ChampionTM21;SMOBIO Technology社製)に導入し、形質転換大腸菌を得た。
【0078】
得られた形質転換大腸菌を50μg/mLのアンピシリンを含む10mLのLB培地で、37℃にて一晩培養した。同培養液3mLを100mLのOvernight Express(登録商標)Instant TB Medium(メルク社製)で37℃にて一晩培養した。得られた培養液を遠心分離して菌体を回収した。菌体は20mM Tris-HCl緩衝液(pH7.0)で懸濁後、超音波破砕して形質転換大腸菌由来の抽出液を得た。さらに、細胞抽出液を14,000rpm、15分で遠心分離して上清を得た。
【0079】
[形質転換大腸菌によるsuis PlsAタンパク質の発現]
得られた形質転換大腸菌が好気条件下で目的のsuis PlsAタンパク質を発現するか確認するために、以下の3種類の方法で培養したサンプルを調製した。
培養方法1:形質転換大腸菌を、LB培地で、37℃、150rpmで一晩振とうして前培養した。その後、新しいLB培地10mlに3%植菌し、37℃、150rpmで一晩振とう培養した。
培養方法2:形質転換大腸菌を、LB培地で、37℃、150rpmで一晩振とうして前培養した。その後、新しいLB培地10mlに3%植菌し、37℃、150rpmで振とう培養し、OD660が0.4に達したときにIPTG誘導(0.5mM)し、その後、37℃、150rpmで3時間振とう培養した。
培養方法3:形質転換大腸菌を、LB培地で、37℃、150rpmで一晩振とうして前培養した。その後、Overnight Express(登録商標)Instant TB Medium(メルク社製)10mLに3%植菌し、37℃、150rpmで一晩振とう培養した。
【0080】
得られた培養液を遠心分離して菌体を回収した。菌体は20mM Tris-HCl緩衝液(pH7.0)で懸濁後、超音波破砕して形質転換大腸菌由来の抽出液を得た。さらに、細胞抽出液を14,000rpm、15分で遠心分離して上清を得た。各サンプルに関し、体積当たりの菌体重量が同じになるように泳動バッファーに溶解し、等量を電気泳動後、抗His抗体(Proteintech社製、66005-1-Ig)を用いてウエスタンブロッティングを行った。
【0081】
(結果)
ウエスタンブロッティングの結果を
図7に示す。サンプル番号2、5は培養方法1のサンプル、サンプル番号1、4は培養方法2のサンプル、サンプル番号3、6は培養方法3のサンプルである。また、サンプル番号1、2、3は10μl、サンプル番号4、5、6は20μl泳動した。図中に矢示するように、サンプル番号3、6で目的のサイズのバンドが確認され、当該形質転換大腸菌がsuis PlsAタンパク質を発現することが確認された。
【0082】
(実施例7.suis plsA形質転換大腸菌におけるプラズマローゲンの産生)
実施例6で得られた形質転換大腸菌を静置培養又は振とう培養し、対象として形質転換していない大腸菌(BL21株)を用いた。実施例2に記載された手順にしたがって、菌体からの脂質抽出、リン脂質の検出、酸加水分解処理、及びアルデヒドの検出を行った。
【0083】
(結果)
図8にELSDで検出した各試料及びDNPH-HCl溶液で処理した各試料のクロマトグラムを示す。静置培養及び振とう培養のいずれでも、形質転換大腸菌においてアルデヒドが検出された。一方、形質転換していない大腸菌ではアルデヒドが検出されなかった。プラズマローゲンは酸加水分解によってアルデヒドを生成することから、形質転換大腸菌においてプラズマローゲンが産生されることが示された。したがって、suis PlsAタンパク質は、好気的に増殖した大腸菌においてプラズマローゲン合成活性を有することが示された。
【0084】
検量線から求めた大腸菌の菌体湿重量1mgあたりのリン脂質及びアルデヒドの重量を表1に示す。
【0085】
【配列表】