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  • 特開-高窒素鋼の精錬方法 図1A
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035540
(43)【公開日】2024-03-14
(54)【発明の名称】高窒素鋼の精錬方法
(51)【国際特許分類】
   C21C 7/00 20060101AFI20240307BHJP
   C21C 7/10 20060101ALI20240307BHJP
   C21C 7/072 20060101ALI20240307BHJP
   C21C 5/30 20060101ALI20240307BHJP
【FI】
C21C7/00 101Z
C21C7/10 A
C21C7/072 Z
C21C5/30 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022140063
(22)【出願日】2022-09-02
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110003041
【氏名又は名称】安田岡本弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】武田 昌平
(72)【発明者】
【氏名】斧田 博之
(72)【発明者】
【氏名】田中 翔太
【テーマコード(参考)】
4K013
4K070
【Fターム(参考)】
4K013BA18
4K013CA01
4K013CE01
4K070AB17
4K070BB04
4K070BD08
(57)【要約】
【課題】RH処理開始前に溶鋼中[N]濃度を十分高めておき、RH処理での減圧処理時に生じる脱窒反応の影響を受けることなく且つ溶鋼に窒化合金を添加することないRH処理条件で行うことで、RH処理後の[N]≧150ppmとすることを可能とする高窒素鋼の精錬方法を提供する。
【解決手段】本発明の高窒素鋼の精錬方法は、転炉から出鋼された溶鋼2に対して、取鍋精練処理とNガス環流を実施するRH真空脱ガス処理とを実施する高窒素鋼の精錬方法において、転炉での処理、及び/又は、取鍋精練処理では、Nガスによる攪拌を実施することで溶鋼2に対して加窒が行われるものであり、RH真空脱ガス処理では、少なくとも「RH真空脱ガス処理前の溶鋼成分値を変数として含む式」から求められた指数Aの値が50以上となる処理条件となっている。
【選択図】図1C
【特許請求の範囲】
【請求項1】
転炉から出鋼された溶鋼に対して、取鍋精練処理とNガス環流を実施するRH真空脱ガス処理とを実施する高窒素鋼の精錬方法において、
前記転炉での処理、及び/又は、取鍋精練処理では、Nガスによる攪拌を実施することで前記溶鋼に対して加窒が行われるものであり、
前記RH真空脱ガス処理では、少なくとも「前記RH真空脱ガス処理前の溶鋼成分値を変数として含む式(1)」から求められた指数Aの値が50以上となる処理条件となっている
ことを特徴とする高窒素鋼の精錬方法。
【数1】
ただし、[N]ini(ppm):RH処理前の溶鋼中[N]濃度
[N]e,S(ppm):真空槽内の溶鋼浴面の平衡[N]濃度
kr,before(m/min/%):S添加前の[N]化反応の界面反応速度定数
kr,after(m/min/%):S添加後の[N]化反応の界面反応速度定数
t(min):RH処理時間
ts(min):S添加の開始時間
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高窒素鋼の精錬方法において、Nガスを吹き込むことによる溶鋼中[N]濃度を調整する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、溶鋼は転炉などの製鋼炉で脱炭処理が実施され、処理後の溶鋼は二次精錬工程へ搬送される。その二次精錬工程では、溶鋼の真空脱ガス処理などの処理が行われている。真空脱ガス処理(RH処理)では、主に溶鋼の成分調整や溶鋼の脱ガス処理が行われている。それに加えて、RH処理では溶鋼中の窒素濃度([N])の調整が行われる場合がある。
【0003】
さて、溶鋼処理工程では、溶鋼に対して取鍋精練処理~真空脱ガス処理などが実施される。この溶鋼処理工程における溶鋼中[N]濃度の調整は、Nガスバブリングによる加窒(窒素を加えること)をベースに実施されている。ところが、真空脱ガス工程において脱窒反応が生じる。そのため、従来の技術では、例えば[N]≧150ppmといった高窒素領域にするには、Nガス環流のみによる調整では困難となっている。なお、[N]≧150ppmに溶鋼中[N]濃度を調整するには、窒化合金添加による補填が必要になるのが一般的である。例えば、特許文献1では、RH真空脱ガス処理における減圧真空度や環流ガス流量(ArもしくはAr+N)を規定することで、溶鋼中[N]濃度の調整の高精度化を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2013-224461号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、「転炉→取鍋精練処理→RH処理」のプロセスで鋼を溶製する場合、脱水素を目的としたRH処理での減圧処理のときに、溶鋼の脱窒反応も同時に起こることがある。このことから、従来技術では、[N]≧150ppmの高窒素領域への溶鋼中[N]濃度の調整は不可能であった。この対応として、[N]の不足分を補う必要があり、高価な窒化合金を用いて添加していた。これにより、溶製に関するコストが嵩んでいた。
【0006】
このようなことより、特許文献1では、真空度や環流ガス条件の調整だけを行っているため、[N]<100ppmの範囲にするにとどまっている。つまり、従来技術では、[N]≧150ppmといった高窒素領域へ上昇させることは困難である。
【0007】
そこで、本発明では、上記問題点に鑑み、RH処理開始前に溶鋼中[N]濃度を十分高めておき、RH処理での減圧処理時に生じる脱窒反応の影響を受けることなく且つ溶鋼に窒化合金を添加することないRH処理条件で行うことで、RH処理後の[N]≧150ppmとすることを可能とする高窒素鋼の精錬方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するため、本発明においては以下の技術的手段を講じた。
【0009】
本発明にかかる高窒素鋼の精錬方法は、転炉から出鋼された溶鋼に対して、取鍋精練処理とNガス環流を実施するRH真空脱ガス処理とを実施する高窒素鋼の精錬方法において、前記転炉での処理、及び/又は、取鍋精練処理では、Nガスによる攪拌を実施することで前記溶鋼に対して加窒が行われるものであり、前記RH真空脱ガス処理では、少なくとも「前記RH真空脱ガス処理前の溶鋼成分値を変数として含む式(1)」から求められた指数Aの値が50以上となる処理条件となっていることを特徴とする。
【0010】
【数1】
【0011】
ただし、[N]ini(ppm):RH処理前の溶鋼中[N]濃度
[N]e,S(ppm):真空槽内の溶鋼浴面の平衡[N]濃度
kr,before(m/min/%):S添加前の[N]化反応の界面反応速度定数
kr,after(m/min/%):S添加後の[N]化反応の界面反応速度定数
t(min):RH処理時間
ts(min):S添加の開始時間
【発明の効果】
【0012】
本発明の高窒素鋼の精錬方法によれば、RH処理開始前に溶鋼中[N]濃度を十分高めておき、RH処理での減圧処理時に生じる脱窒反応の影響を受けることなく且つ溶鋼に窒化合金を添加することないRH処理条件で行うことで、RH処理後の[N]≧150ppmとすることを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1A】従来技術で実施した、転炉またはLF処理でのN吹き加窒の実施が無く、窒化合金を添加した場合における、転炉・LF処理・RH処理での溶鋼中[N]濃度の状況を示した図である。
図1B】従来技術で実施した、転炉またはLF処理でN吹き込みの加窒を実施し、窒化合金を添加した場合における、転炉・LF処理・RH処理での溶鋼中[N]濃度の状況を示した図である。
図1C】本発明の高窒素鋼の精錬方法で実施した、転炉またはLF処理でN吹き込みの加窒を実施し、指数A≧50となるようにRH処理条件を設定した場合における、転炉・LF処理・RH処理での溶鋼中[N]濃度の状況を示した図である。
図2】RH処理での高[N]に関する指数Aと、実操業でのRH処理後の溶鋼中[N]濃度の関係を示す(本実施例および比較例)。
図3】RH式真空脱ガス処理装置の概要を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明にかかる高窒素鋼の精錬方法の実施形態を、図を参照して説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明を具体化した一例であって、その具体例をもって本発明の構成を限定するものではない。
【0015】
まず、RH式真空脱ガス処理装置1の概要について説明する。
【0016】
図3に、RH式真空脱ガス処理装置1(一般的なRH真空脱ガス処理工程)の概要を模式的に示す。
【0017】
図3に示すように、RH式真空脱ガス処理装置1は、溶鋼2が装入される取鍋3と、真空状態となって溶鋼2内の脱ガスを行う真空槽4と、を有している。真空槽4の下部(底部)には、取鍋3内の溶鋼2に浸漬させる二本の浸漬管5が設けられている。この浸漬管5の一方側には、真空槽4へ向かう溶鋼2に対して、ガスを吹き込むガス吹込管6が設けられている。また、真空槽4の上部には、外部と連通し、当該真空槽4内のガスを外部へ排気する排気口7が設けられている。
【0018】
真空脱ガス処理を行うにあたっては、まず、浸漬管5を取鍋3内の溶鋼2に浸漬させる。そして、ガス吹込管6からアルゴンガスや窒素ガスなどのガスを吹き込むと共に、排気口7から真空槽4内のガスを外部へ排気して、真空槽4内を略真空状態にしておき、溶鋼2を真空槽4と取鍋3との間で循環させる。このとき、溶鋼2の成分を調整するために、合金等を溶鋼2に供給する。このようにして、RH真空脱ガス処理が実施される。
【0019】
次に、本発明にかかる高窒素鋼の精錬方法について詳しく説明する。
【0020】
一般に、肌焼き鋼などの高窒素鋼は、転炉から出鋼された後、高合金化や温度調整を行
うため取鍋精練処理工程に送られる。取鍋精練処理後の高窒素鋼は、RH真空脱ガス処理(RH処理)工程で製品欠陥や遅れ破壊要因となる[H]を除去する処理が行われる。RH処理後の高窒素鋼は、連続鋳造工程へと送られる。このような処理工程において、従来では高価な窒化合金を添加することで、溶鋼2への加窒(窒素を加えること)を実施していた。窒化合金を用いることは製造コストが嵩むため、コスト低減に寄与する方法が求められている。
【0021】
そこで、本発明では、RH処理のバブリング工程における撹拌ガスとしてNを用いること、および、RH真空脱ガス処理工程における脱窒速度を考慮することにより、窒化合金を用いずに安価に高窒素鋼を製造することを可能とした。
【0022】
本実施形態の高窒素鋼の精錬方法では、「転炉」→「取鍋精練処理」→「真空脱ガス+N環流工程」で溶鋼2の処理を行った。ただし、「真空脱ガス+N環流工程=RH処理のN環流」とする。転炉もしくは取鍋精練処理でのNガスバブリングによる加窒の条件、ならびに、RH処理での減圧脱窒速度を抑制するための条件を、本発明で規定する。
【0023】
本発明は、転炉または取鍋精練処理工程のいずれか、もしくは両者で、Nガスバブリングを実施するとよい。前述については、RH処理での減圧処理よりも事前に、溶鋼2に対して安価で且つ十分な量の加窒を実施する(窒素を加える)ことができる。
【0024】
さて、本発明は、溶鋼中[N]濃度を適切に調整するため、溶鋼中[N]濃度に関する指数Aを導き出した。つまり、指数Aは[N]≧150ppmとするための値であり、指数A≧50が好ましいと知見している。なお、本発明においては、溶鋼2中に大気中の窒素が自然に吸収される分も加味した上で、[N]≧150ppmとするべく、指数A≧50となるようにしている。
【0025】
具体的には、RH処理後の溶鋼中[N]濃度に寄与する下記の条件値から構成される、下式(1)から算出される高Nに関する指数Aの値を50以上となるようにする。すなわち、少なくともRH処理前の溶鋼成分値およびRH処理条件などをパラメータとして用いる式(1)で算出される溶鋼中[N]濃度に関する指数Aの値が、50以上となるようにRH処理条件を設定する。
【0026】
【数2】
【0027】
式(1)より、指数A≧50とすれば、RH処理での減圧処理における脱窒量を低減させることができる。以降に、式(1)の考え方や導出について記載する。
<指数Aに含まれる条件値や、指数Aの構成の考え方について>
式(1)の第1項:初期条件(初期窒素濃度、平衡窒素濃度)については、以下の通りである。
【0028】
・[N]ini(ppm):RH処理前の溶鋼中[N]濃度
・[N]e,S(ppm):真空槽4内の溶鋼2浴面の平衡[N]濃度
[N]iniが高いほど、RH処理後に高Nとなる(窒素濃度が高くなる)ので、式(1)の分子に置いた。
【0029】
また、平衡窒素濃度([N]e,S)が高いほど、RH処理後に高Nとなるので、式(1)の分子に置いた。この平衡窒素濃度は、主にRH環流条件(真空度)で決まるものである。
【0030】
式(1)の第2項:脱窒速度については、以下の通りである。
【0031】
・kr,before(m/min/%):S添加前の[N]化反応の界面反応速度定数
・kr,after(m/min/%):S添加後の[N]化反応の界面反応速度定数
・t(min):RH処理時間
・ts(min):S添加の開始時間
ただし、RH処理中にS添加をしない場合は、ts=tと設定する。
【0032】
脱窒速度の基礎式:-dN/dt=kr×([N]-[Ne])に関し、反応初期の駆動力([N]ini-[N]e,S )が小さいほど脱窒が遅くなり、処理後に高窒素になると考え、式(1)の分母に置いた。
【0033】
また、脱窒速度式における界面反応速度定数krが小さいほど脱窒が遅く、RH処理後に高Nとなるため、式(1)において分母に置いた。また、溶鋼中[S]濃度によってkrの値は変化するので、S添加の前後における処理時間の配分を掛け合わせた状態で、式(1)の分母に置いた。
【0034】
各パラメータに累乗指数を設け、RH処理後の溶鋼中[N]濃度(=[N]fin)との近似直線の決定係数が1に近くなるように各項の指数を決定した。指数Aが大きいほど、[N]finが高くなる。なお、本実施形態においては、指数Aを導く式(1)の近似決定係数は、0.94としている。
<指数A中の条件値を導く式について>
真空槽4内の溶鋼2湯面のN平衡値の求め方について、式(2)に示す。なお、式(2)に関しては、(参考文献:製鋼反応の推奨値(改訂増補),日本学術振興会製鋼第19委員会編,東京,(1984),17.)に記載された式を用いている。ただし、溶鋼2の湯面での平衡N濃度[N]e,Sについては、PN2=Pvとして求めた。
【0035】
【数3】
【0036】
ただし、PN2:Nガス気泡の分圧(atm)
Pv:真空層内圧力(atm)
ρm:溶鋼密度(=7000kg/m3)
g:重力加速度(=9.8m/s2)
l:Nガス吹込み点深さ(m)
R:気体定数(=8.314J/K/mol)
T:溶鋼温度(=1873K)
N化反応の界面反応速度定数について、式(3)に示す。ただし、N化反応は界面反応速度律速である。なお、式(3)に関しては、(参考文献:務川、水上、上島:鉄と鋼 84(1998),p.411)に記載された式を用いている。
【0037】
【数4】
【0038】
成分Mの活量係数について、以下に示す。なお、この係数に関しては、科学的一般論(当業者常法)である。
【0039】
【数5】
【0040】
<その他の条件に関して>
RH処理前の成分値[M]ini(%)については、以下の通りである。
【0041】
・[C]ini、[Mn]ini、[Si]ini、[Cr]ini、[S]ini、[O]ini
C,Mn,Si,Cr,S,Oなどについては、該鋼種を構成する主要成分である。また、RH処理前成分値[M]iniについては、RH処理前の実績値を用いた。ただし、Oは分析値とならないため、0.001%と仮定した。
【0042】
表1に、相互作用助係数について示す。なお、表1に関しては、(参考文献:日本学術振興会製鋼第19委員会編,製鋼反応の推奨平衡値(1984)、もしくは、鉄鋼5社共同大学委託研究報告書 PAC5(2000))に記載された値を用いている。
【0043】
【表1】
【0044】
[実施例]
以下に、本発明の高窒素鋼の精錬方法に従って実施した実施例、および、本発明と比較するために実施した比較例、従来技術などについて、説明する。
【0045】
図1A図1Bに、従来技術で実施した、各処理工程における溶鋼中[N]濃度の推移について示す。
【0046】
図1Aに示すように、転炉またはLF処理でNを吹き込むことによる溶鋼2への加窒が無い場合、[N]≧150ppmにするにはRH処理で窒化合金を添加することが必要となり適さない。
【0047】
図1Bに示すように、転炉またはLF処理でNを吹き込むことでの溶鋼2への加窒を行っても、RH処理で脱窒されるため、[N]≧150ppmにするには窒化合金を添加することが必要となり適さない。
【0048】
図1Cに、本発明の高窒素鋼の精錬方法で実施した、各処理工程における溶鋼中[N]濃度の推移について示す。
【0049】
図1Cに示すように、RH処理までの転炉-取鍋精練処理工程で溶鋼2へ十分量の加窒を行い、さらに、RH処理では、高[N]となるようにする指数Aを50以上として減圧処理時の脱窒量を抑制してNガスのみで撹拌することで、[N]を150ppm以上にすることが可能となる。つまり、指数A≧50となるようにRH処理条件を設定することで、RH処理時の脱窒を抑えることができるようになる。
【0050】
図2に、RH処理での高[N]に関する指数Aと、実操業でのRH処理後の溶鋼中[N]濃度の関係を示す(本実施例および比較例)。なお、図2は、後ほど示す表3のデータをまとめたものである。
【0051】
図2に示すように、データ群のバラつき下限ラインyを作成する。データ群から推測される3点の近似線を引くと、その近似線はA=50、[N]=150ppmとなる。すなわち、[N]=150ppmと下限ラインyとの交点がA=50となる。これによって、転炉-取鍋精練処理工程でN2を吹き込むことでの溶鋼2への加窒の実施と、指数A≧50となるRH処理条件で実施することによって、[N]≧150ppmにすることが可能になると判断した。
【0052】
なお、データ群の一部について、実績値のプロットではなくモデル計算により算出した計算値も存在する。しかし、本実施例で用いたモデルは、取鍋精練処理でのNガスバブリング時およびRH処理での減圧処理時の[N]収支モデルを反応工学理論に基づいて立式し、式中のパラメータを実績値のプロットに対して合わせこむことで構築されたものである。それ故、本モデルで導き出される値は、実績値と同等に妥当性のある値と言えるものである。このモデル式の詳細については、以下に述べる。
<RH処理の[N]計算モデルについて>
本実施例におけるモデル計算値については、特許第5836187号公報(特に、同文献の段落[0025]~[0057]、数式[1]~数式[20]、図2など)に示されている窒素濃度計算モデルを参考にして算出した。
【0053】
なお、本モデル中の未知の値kmSArN2については、「ガスの種類」、「真空度」、「酸素昇熱の有無」別に実績値に合うように最小二乗法でフィッティングし、表2に示す通りとした。ただし、真空槽4内に収容された溶鋼2の体積VVについては、3m3の一定値とした。
【0054】
表2に、モデルの計算に使用したパラメータ値を示す。
【0055】
【表2】
【0056】
ここで、表3に、本発明の高窒素鋼の精錬方法に従って実施した本実施例、および、本発明と比較するために実施した比較例を示す。なお、表3のチャージNo.1-1~No.3-1までは、本実験での実績値である。また、チャージNo.4-1~No.4-9までは、No.3-1の実績値をもとに条件を仮定し、[N]finを熱力学モデルで計算したものである。
【0057】
【表3】
【0058】
表3の比較例(チャージNo.1-1,No.1-2)については、RH処理におけるSの調整(ts)のタイミングが遅く且つ、真空度(PN2,S=PV)も高いため、指数Aの値が小さくなっている
。すなわち、指数A≧50を満たさないため、[N]finの値が[N]≧150ppmとなっていない。
【0059】
表3の本実施例(チャージNo.2-1~No.2-15)については、RH処理までのバブリング工程([N]ini)で溶鋼2へ十分量の加窒がされており、RH処理においてもSの調整(ts)のタイミングが早い、もしくは、真空度(PN2,S=PV)が低くなっている。A≧50を満たすRH処理条件で行うと、[N]finの値が[N]≧150ppmになっている。
【0060】
表3の本実施例(チャージNo.3-1)については、RH処理でのS調整(ts)は実施していないが、RH処理までのバブリング工程([N]ini)での加窒量が多い。A≧50を満たすRH処理条件で行うと、[N]finの値が[N]≧150ppmになっている。
【0061】
表3の本実施例(チャージNo.4-1~No.4-9)については、上記のチャージNo.3-1の実績をもとに、高Mnの成分系で溶鋼成分値や処理条件を仮定し、[N]濃度をNモデルで計算した例である。
【0062】
また、(チャージNo.4-1~No.4-9)では、RH処理前までのバブリング工程([N]ini)で溶鋼2へ十分に加窒が行われている。A≧50を満たすRH処理条件で行っている。更に、S調整(ts)をRH処理の早期に実施すれば、指数Aをさらに高めることができるので、[N]≧150ppmにすることが可能となる。
【0063】
以上をまとめると、本発明にかかる高窒素鋼の精錬方法は、転炉から出鋼された溶鋼2に対して、取鍋精練処理とNガス環流を実施するRH真空脱ガス処理とを実施する高窒素鋼の精錬方法において、転炉での処理、及び/又は、取鍋精練処理では、Nガスによる攪拌を実施することで溶鋼2に対して加窒が行われるものであり、RH真空脱ガス処理では、少なくとも「RH真空脱ガス処理前(好ましくは処理直前)の溶鋼成分値を変数として含む式(1)」から求められた指数Aの値が50以上となる処理条件となっている。
【0064】
【数6】
【0065】
ただし、[N]ini(ppm):RH処理前の溶鋼中[N]濃度
[N]e,S(ppm):真空槽4内の溶鋼2浴面の平衡[N]濃度
kr,before(m/min/%):S添加前の[N]化反応の界面反応速度定数
kr,after(m/min/%):S添加後の[N]化反応の界面反応速度定数
t(min):RH処理時間
ts(min):S添加の開始時間
以上、本発明の高窒素鋼の精錬方法によれば、RH処理開始前に溶鋼中[N]濃度を十分高めておき、RH処理での減圧処理時に生じる脱窒反応の影響を受けることなく且つ溶鋼に窒化合金を添加することがないRH処理条件、すなわち指数Aを導出する式(1)の値が50以上となるようにRH処理条件で行うことで、RH処理後の[N]≧150ppmとすることを可能とする。
【0066】
つまり、本発明の高窒素鋼の精錬方法により、指数A≧50を満たすRH処理条件で行うことで、Nガスのみで[N]≧150ppmにすることができ、窒化合金の添加が必要なく安価に高窒素鋼を製造することができる。
【0067】
なお、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。特に、今回開示された実施形態において、明示されていない事項、例えば、運転条件や操業条件、各種パラメータ、構成物の寸法、重量、体積などは、当業者が通常実施する範囲を逸脱するものではなく、通常の当業者であれば、容易に想定することが可能な値を採用している。
【符号の説明】
【0068】
1 RH式真空脱ガス処理装置(RH処理装置)
2 溶鋼
3 取鍋
4 真空槽
5 浸漬管
6 ガス吹込管
7 排気口
図1A
図1B
図1C
図2
図3