(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035556
(43)【公開日】2024-03-14
(54)【発明の名称】電動ブレーキ装置
(51)【国際特許分類】
B60T 8/17 20060101AFI20240307BHJP
B60T 13/74 20060101ALI20240307BHJP
H02P 29/40 20160101ALI20240307BHJP
H02P 29/028 20160101ALI20240307BHJP
【FI】
B60T8/17 A
B60T13/74 G
H02P29/40
H02P29/028
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022140101
(22)【出願日】2022-09-02
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【弁理士】
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100155963
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】100150566
【弁理士】
【氏名又は名称】谷口 洋樹
(74)【代理人】
【識別番号】100154771
【弁理士】
【氏名又は名称】中田 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 真二
(72)【発明者】
【氏名】増田 唯
【テーマコード(参考)】
3D048
3D246
5H501
【Fターム(参考)】
3D048CC49
3D048HH18
3D048HH66
3D048HH68
3D048RR11
3D048RR13
3D048RR29
3D246GA01
3D246GA27
3D246GB37
3D246HA38A
3D246HA39A
3D246JB45
3D246JB47
3D246KA15
3D246LA13Z
3D246LA15Z
3D246MA16
5H501AA20
5H501AA30
5H501CC04
5H501DD01
5H501GG10
5H501HA04
5H501HA05
5H501HA08
5H501HB16
5H501JJ03
5H501JJ04
5H501KK05
5H501LL22
5H501LL35
5H501LL39
5H501LL52
5H501LL53
5H501LL54
5H501PP02
(57)【要約】
【課題】コスト低減と高い演算処理能力の2つを両立させた電動ブレーキ装置を提供する。
【解決手段】電動モータと電動モータを制御する制御装置とを備え、前記制御装置が、前記電動モータの所望の駆動力を発揮するように、前記電動モータのモータコイル通電条件を所定の周期で決定する第一の制御演算部と、前記所望のブレーキ力を発揮するために必要な前記電動モータの目標駆動力を所定の周期で決定する第二の制御演算部と、が設けられた演算器を備え、演算部演算部前記演算器は、各演算部の優先度を設定し、優先度の高い演算部の演算が実行されて完了するまでの間、優先度の低い他の演算部の演算を一時停止または開始させない演算優先度設定部を有し、前記第二の制御演算部の前記周期は、前記第一の制御演算部の前記周期よりも長い周期であり、前記第一の制御演算部の優先度は、前記第二の制御演算部の優先度よりも高く設定されている。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブレーキロータと、前記ブレーキロータと当接しブレーキ力を発生させる摩擦材と、電動モータと、前記電動モータの回転力により前記摩擦材を前記ブレーキロータと当接させる摩擦材操作手段と、所望のブレーキ力を発生させるよう前記電動モータを制御する制御装置と、を備えた電動ブレーキ装置において、
前記制御装置が、
前記電動モータの所望の駆動力を発揮するように、前記電動モータのモータコイル通電条件を所定の周期で決定する第一の制御演算部と、
前記所望のブレーキ力を発揮するために必要な前記電動モータの目標駆動力を所定の周期で決定する第二の制御演算部と、
が設けられた演算器を備え、
前記演算器は、各演算部の優先度を設定し、優先度の高い演算部の演算が実行されて完了するまでの間、優先度の低い他の演算部の演算を一時停止または開始させない演算優先度設定部を有し、
前記第二の制御演算部の前記周期は、前記第一の制御演算部の前記周期よりも長い周期であり、
前記第一の制御演算部の優先度は、前記第二の制御演算部の優先度よりも高く設定された、電動ブレーキ装置。
【請求項2】
請求項1に記載の電動ブレーキ装置において、
前記演算器は、
前記電動モータのモータ回転量とブレーキ力との相関である電動ブレーキ装置剛性と、
前記電動モータのモータトルクとブレーキ力との相関である荷重変換効率と、
前記電動モータに設けられた温度センサによるモータ温度、または前記電動モータの電圧及び電流の関係に基づき得られた前記電動モータのモータ温度と、
のうちの少なくとも一つを所定の周期で推定する第三の制御演算部が設けられ、
前記第三の制御演算部の前記周期は、前記第二の制御演算部の前記周期よりも長い周期であって、
前記第三の制御演算部の優先度は、前記第二の制御演算部の優先度よりも低く設定された、電動ブレーキ装置。
【請求項3】
請求項1に記載の電動ブレーキ装置において、
前記演算器は、
前記電動モータの電圧と電流のいずれかまたは電圧と電流との関係である第一因子について、所定の許容範囲または前記許容範囲に関する情報が記憶され、前記第一因子が前記許容範囲から外れたことに基づいて前記電動ブレーキ装置が異常であることを所定の周期で判断する第一の冗長演算部が設けられ、
前記第一の冗長演算部の前記周期は、前記第一の制御演算部の前記周期と同じかまたは長く、
前記第一の冗長演算部の優先度は、前記第一の制御演算部の優先度よりも低く設定された、電動ブレーキ装置。
【請求項4】
請求項3に記載の電動ブレーキ装置において、
前記第一の冗長演算部の前記周期は、前記第二の制御演算部の前記周期より短く、
前記第一の冗長演算部の優先度は、前記第二の制御演算部の優先度よりも高く設定された、電動ブレーキ装置。
【請求項5】
請求項1に記載の電動ブレーキ装置において、
前記演算器は、
少なくとも前記電動モータの駆動力とモータ回転量との関係である第二因子について、所定の許容範囲または前記許容範囲に関する情報が記憶され、前記第二因子が前記許容範囲から外れたことに基づいて前記電動ブレーキ装置が異常であることを所定の周期で判断する第二の冗長演算部が設けられ、
前記第二の冗長演算部の前記周期は、前記第二の制御演算部の前記周期と同じかまたは長く、
前記第二の冗長演算部の優先度は、前記第二の制御演算部の優先度よりも低く設定された、電動ブレーキ装置。
【請求項6】
請求項2および5に記載の電動ブレーキ装置において、
前記第二の冗長演算部の前記周期は、前記第三の制御演算部の前記周期より短く、
前記第二の冗長演算部の優先度は、前記第三の制御演算部の優先度よりも高く設定された、電動ブレーキ装置。
【請求項7】
請求項2または6に記載の電動ブレーキ装置において、
前記演算器は、
前記電動モータのモータ回転量とブレーキ力との相関である電動ブレーキ装置剛性と、
前記電動モータのモータトルクとブレーキ力との相関である荷重変換効率と、
前記電動モータに設けられた温度センサによるモータ温度、または前記電動モータの電圧及び電流の関係に基づき得られた前記電動モータのモータ温度と、
のうちの少なくとも一つである第三因子について、所定の許容範囲または前記許容範囲に関する情報が記憶され、前記第三因子が前記許容範囲から外れたことに基づいて前記電動ブレーキ装置が異常であることを所定の周期で判断する第三の冗長演算部が設けられ、
前記第三の冗長演算部の前記周期は、前記第三の制御演算部の前記周期と同じか長く、
前記第三の冗長演算部の優先度は、前記第三の制御演算部の優先度よりも低く設定された、電動ブレーキ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動のブレーキ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電動ブレーキ装置において、例えば遊星ローラねじ構造を用いた電動式アクチュエータのような技術が提案されている。(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の、ブレーキペダルを踏み込むことで遊星ローラねじ構造を用いた直動機構を介してモータの回転運動を直線運動に変換してブレーキパッド等の摩擦材をブレーキディスク等のブレーキロータに押圧接触させ制動力を発生させる電動式ブレーキ装置などにおいては、電動ブレーキ制御装置を実現するマイコン等の演算器のコストを低減することが一般的に求められることが多い。一方で、電動ブレーキ装置は例えばアンチロック制御や姿勢制御等に代表される車両制御を行う上で、高速かつ高精度なブレーキ動作が必要となる場合があり、そのために高い演算処理能力もまた要求され得る。
【0005】
上記コスト低減の要求と高い演算処理能力の要求とは、システム検討時のトレードオフとなる。演算能力の高い演算器を使用すればコスト高が問題となる可能性があり、演算能力が劣る演算器を使用すればコストは下がるがブレーキ性能を満足できず快適性などに支障をきたす可能性がある。
【0006】
本発明の目的は、上述の課題を解決すべく、コスト低減と高い演算処理能力の2つを両立させた電動ブレーキ装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、概して、電動ブレーキ装置における後述の制御演算部、冗長演算部のような所定の各演算部において、それらの演算毎に異なる演算の周期とし(一部、同じ周期)、それぞれの演算部で演算が行われる時刻(タイミング)が競合した場合に対処(管理、調整等)するための優先度を設定することを基本とする。
【0008】
上記目的を達成するために、本発明にかかる電動ブレーキ装置は、
ブレーキロータと、前記ブレーキロータと当接しブレーキ力を発生させる摩擦材と、電動モータと、前記電動モータの回転力により前記摩擦材を前記ブレーキロータと当接させる摩擦材操作手段と、所望のブレーキ力を発生させるよう前記電動モータを制御する制御装置と、を備えた電動ブレーキ装置において、
前記制御装置が、
前記電動モータの所望の駆動力を発揮するように、前記電動モータのモータコイル通電条件を所定の周期で決定(または演算)する第一の制御演算部と、
前記所望のブレーキ力を発揮するために必要な前記電動モータの目標駆動力を所定の周期で決定(または演算)する第二の制御演算部と、
が設けられた演算器を備え、
前記演算器は、各演算部の優先度を設定し、優先度の高い演算部の演算が実行されて完了するまでの間、優先度の低い他の演算部の演算を一時停止または開始させない演算優先度設定部を有し、
前記第二の制御演算部の前記周期は、前記第一の制御演算部の前記周期よりも長い周期であり、
前記第一の制御演算部の優先度は、前記第二の制御演算部の優先度よりも高く設定されている。
【0009】
一般的に、前記電動モータの所望の駆動力を発揮するために、前記電動モータのモータコイル通電条件を決定するモータ制御系(例えば、所望のモータ電流を達成するための印加電圧を操作する制御系等)の応答速度と比較して、所望のブレーキ力を発揮するために必要な前記電動モータの目標駆動力を決定するブレーキ力制御系(例えば、所望のブレーキ力を発生させるためのモータトルクを操作する制御系等)の応答速度は比較的遅く設計することが許容される。よって、本発明にかかる電動ブレーキ装置の上記構成によると、第二の制御演算部のようなブレーキ力制御系の前記周期を第一の制御演算部のようなモータ制御系の前記周期よりも長くすることで演算器の負荷を低減できる。同時に、比較的高速なモータ制御系のほうが演算時間による遅れの影響も比較的大きくなるため、同じタイミングで実行される場合にはモータ制御系の計算を優先することで、より安定なシステムを構成できる。すなわち、演算能力が劣る演算器を使用した場合でもコストをかけずに高い演算処理能力を発揮してブレーキ性能を満足でき、快適性や安全性に支障をきたす可能性を低減できる。以上のように、本発明にかかる電動ブレーキ装置では、コスト低減と高い演算処理能力とを両立できる。
【0010】
前記演算器は、
前記電動モータのモータ回転量とブレーキ力との相関である電動ブレーキ装置剛性と、
前記電動モータのモータトルクとブレーキ力との相関である荷重変換効率と、
前記電動モータに設けられた温度センサによるモータ温度、または前記電動モータの電圧及び電流の関係に基づき得られた前記電動モータのモータ温度と、
のうちの少なくとも一つを所定の周期で推定する第三の制御演算部が設けられ、
前記第三の制御演算部の前記周期は、前記第二の制御演算部の前記周期よりも長い周期であって、
前記第三の制御演算部の優先度は、前記第二の制御演算部の優先度よりも低く設定されていてもよい。
前記電動ブレーキ装置剛性、前記荷重変換効率、前記モータ温度は急激に変化しないこともあり、上記の第三の制御演算部の推定演算は上記ブレーキ力制御系よりもさらに比較的低速な推定周期とすることができるため、上記のようにこの推定演算の演算周期を遅くすることで演算器の負荷を低減できる。同時に、比較的高速なブレーキ力制御系の計算を優先することで、より安定なシステムを構成できる。なお、前記第三の制御演算部は、例えば上記剛性、変換効率、温度などを含むモータ特性やアクチュエータ特性のような特性値を推定し、これらは電動ブレーキの制御に適宜活用することができる。例えば、電動ブレーキ装置剛性を使用して所定のブレーキ力を発生させ得るモータ角度を推定することで、より高精度なブレーキ制御が可能となる。例えば、荷重変換効率を使用して所定のブレーキ力条件における反作用トルクを推定することで、より高精度なブレーキ制御が可能となる。例えば、モータ温度がモータの耐熱温度に近づいた場合は電動ブレーキの機能を制限してモータ温度を下げるなど、電動ブレーキ装置の故障リスクを低減することができる。
【0011】
前記演算器は、
前記電動モータの電圧と電流のいずれかまたは電圧と電流との関係である第一因子について、所定の許容範囲または前記許容範囲に関する情報が記憶され、前記第一因子が前記許容範囲から外れたことに基づいて前記電動ブレーキ装置が異常であることを所定の周期で判断する第一の冗長演算部が設けられ、
前記第一の冗長演算部の前記周期は、前記第一の制御演算部の前記周期と同じかまたは長く、
前記第一の冗長演算部の優先度は、前記第一の制御演算部の優先度よりも低く設定されていてもよい。
また、
前記第一の冗長演算部の前記周期は、前記第二の制御演算部の前記周期より短く、
前記第一の冗長演算部の優先度は、前記第二の制御演算部の優先度よりも高く設定されてもよい。
第一の冗長演算機能部は、主に第一の制御演算機能部の機能を阻害し得る異常の推定および異常時の処理を行うため、上記のような周期および優先度の関係により、上で述べたようなコスト低減と高い演算処理能力の2つを両立する効果を損なうことなく、第一の冗長演算機能部の異常処理を行うことができる。
なお、前記許容範囲に関する情報とは、計算式やテーブル(Look Up Table;LUT)などを含む前記許容範囲を導出しうる情報、手段等のことをいう。
【0012】
前記演算器は、
少なくとも前記電動モータの駆動力とモータ回転量との関係である第二因子について、所定の許容範囲または前記許容範囲に関する情報が記憶され、前記第二因子が前記許容範囲から外れたことに基づいて前記電動ブレーキ装置が異常であることを所定の周期で判断する第二の冗長演算部が設けられ、
前記第二の冗長演算部の前記周期は、前記第二の制御演算部の前記周期と同じかまたは長く、
前記第二の冗長演算部の優先度は、前記第二の制御演算部の優先度よりも低く設定されていてもよい。
また、
前記第二の冗長演算部の前記周期は、前記第三の制御演算部の前記周期より短く、
前記第二の冗長演算部の優先度は、前記第第三の制御演算部の優先度よりも高く設定されていてもよい。
第二の冗長演算機能部は、主に第二の制御演算機能部の機能を阻害し得る異常の推定および異常時の処理を行うため、上記のような周期および優先度の関係により、上で述べたようなコスト低減と高い演算処理能力の2つを両立する効果を損なうことなく、第二の冗長演算機能部の異常処理を行うことができる。
【0013】
前記演算器は、
前記電動モータのモータ回転量とブレーキ力との相関である電動ブレーキ装置剛性と、
前記電動モータのモータトルクとブレーキ力との相関である荷重変換効率と、
前記電動モータに設けられた温度センサによるモータ温度、または前記電動モータの電圧及び電流の関係に基づき得られた前記電動モータのモータ温度と、
のうちの少なくとも一つである第三因子について、所定の許容範囲または前記許容範囲に関する情報が記憶され、前記第三因子が前記許容範囲から外れたことに基づいて前記電動ブレーキ装置が異常であることを所定の周期で判断する第三の冗長演算部が設けられ、
前記第三の冗長演算部の前記周期は、前記第三の制御演算部の前記周期と同じか長く、
前記第三の冗長演算部の優先度は、前記第三の制御演算部の優先度よりも低く設定されていてもよい。
第三の冗長演算機能部は、主に第三の制御演算機能部における上記推定の結果(状態推定結果など)の少なくとも何れかまたは全てに基づいて異常と判断され得る状態であった場合の処理を行うため、上記のような周期および優先度の関係により、上で述べたようなコスト低減と高い演算処理能力の2つを両立する効果を損なうことなく、第三の冗長演算機能部の異常処理を行うことができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明にかかる電動ブレーキ装置によれば、コスト低減と高い演算処理能力の2つを両立できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態に係る電動ブレーキ装置を含めた構成の一例を示す概略ブロック図である。
【
図2】上記電動ブレーキ装置の動作の一例を示す動作遷移図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図1に、電動ブレーキ制御装置(以下、単に、ブレーキ制御装置または制御装置とも呼ぶ)100と、電動モータ210および直動機構240等を用いた電動ブレーキアクチュエータ(以下、単に、ブレーキアクチュエータまたはアクチュエータとも呼ぶ)200とから少なくともなる電動ブレーキ装置1の構成を示す。制御装置100は、所望のブレーキ力を発生させるよう電動モータ210等を制御し、さらに電動ブレーキ装置1の全体を統合制御する。なお、電動ブレーキ装置1は、さらに電源装置PWと、ブレーキペダル等のブレーキ指令手段300とを備えてもよい。ブレーキ指令手段300は例えばペダルストローク量のような情報を出力する。なお、ブレーキ指令手段300として、ブレーキペダル以外に、ボリューム、ジョイスティック、およびスイッチ等の操縦者が操作可能な各種操縦手段が用いられてもよい。電動ブレーキ装置1は、本実施形態では走行する車両に搭載される制動装置の例で説明を行うが、その他、例えば昇降装置や発電装置、フライホイールなどのエネルギー蓄積装置を停止するためのブレーキ装置として、本実施形態の構成を適用することもできる。
【0017】
<<電動ブレーキアクチュエータ構成>>
ブレーキアクチュエータ200は、少なくとも、ブレーキロータ230と、ブレーキロータ230と当接しブレーキ力を発生させる摩擦材220と、電動モータ210と、電動モータ210の回転力により摩擦材220をブレーキロータ230と当接させる摩擦材操作手段である直動機構240とを備える。なお、ブレーキアクチュエータ200は、さらに減速機290と、モータ角度を検出する角度センサ250と、ブレーキ荷重を検出する荷重センサ260と、電動モータに設けられモータ温度を計測する温度センサ270と、から構成されてもよい。
【0018】
電動モータ210は、例えば内部の固定子における三相のモータコイル(不図示)に通電することによって回転子(不図示)に回転力を生じさせるものであり、例えば永久磁石同期電動機とすると省スペースで高効率かつ高トルクとなり好適と考えられる。これに限られず、電動モータ210は、例えばブラシを用いた巻線界磁式モータやDCモータ、永久磁石を用いないリラクタンスモータ、あるいは誘導モータ等を適用することもできる。直動機構(摩擦材操作手段)240は、例えば遊星ローラねじ、ボールねじ等の各種ねじ機構や、ボールランプ等を有して(不図示)、電動モータ210の上記回転子の回転運動を直進運動に変換可能な機構である。
【0019】
減速機290は、モータ210と直動機構240との間に介在し、回転入力に対して回転数を減速させて出力させるものであり、平行歯車、遊星歯車、等を用いることができる。或いは、減速機290には、ウォーム歯車、ハーモニック減速機、等を用いてもよい。なお、この減速機を設けず、モータ210で直動機構240を直接駆動する構成とすることもできる。一般的に、減速機を設けたほうが電動モータを小型化できて好ましい場合が多いが、比較的負荷が小さい電動ブレーキ装置を構成する場合には、減速機を設けず部品点数を削減する構成のほうが好ましい場合がある。
【0020】
角度センサ250は、電動モータ210の上記回転子の回転数(モータ回転量とも呼ぶ)または回転角度(モータ角度とも呼ぶ)を検出しうるものであり、例えばレゾルバや磁気エンコーダ等を用いると高精度かつ高信頼性であり好適と考えられるが、光学式エンコーダ等の各種センサを適用することもできる。なお、角度センサを用いずに、例えば後述する電動ブレーキ制御装置100において、電動モータ210の電圧と電流との関係等からモータ角度などを推定するような角度センサレス推定を用いることもできる。
【0021】
荷重センサ260は、ブレーキロータ230と摩擦材220との間のブレーキ力または荷重(力)を検出するものであり、例えば上記ブレーキ力等によりアクチュエータ200に作用する荷重に応じて発生した歪や変形等を検出するセンサを用いると安価で高精度となり好適と考えられるが、圧電素子等の感圧媒体を用いることもできる。または、荷重センサ260として、ブレーキロータ230の制動トルクを検出するトルクセンサや、車両用の電動ブレーキ装置の場合には車両の前後減速度を検出する加速度センサ等を用いてもよい。もしくは、ブレーキ力とモータ角度または電動モータ210のモータ回転量との相関である電動ブレーキ装置剛性、ブレーキ力等と電動モータ210のモータトルクとの相関である荷重変換効率、等の所定の相関関係に基づき、荷重センサを設けずにセンサレス推定を行ってもよい。
【0022】
温度センサ270は、電動モータ210のモータ温度を計測するものであり、例えば温度によって抵抗値が変化するサーミスタであると低コストに温度検出ができて好ましいと考えられる。なお、温度センサを使用せずに、例えば電動モータ210の電流と電圧の関係に基づき得られた、さらにこの関係とモータ角速度にも基づき得られたモータ温度を使用してもよい。その他、図示外の要素として、サーミスタ等の各種センサ類や、機構部をロックしてブレーキ力を保持するパーキングブレーキ機能などを要件に応じて別途設けてもよい。このパーキングブレーキ機能としては、例えばソレノイドやDCモータ等で減速機などの駆動部をロックする構成を適用することができる。
【0023】
<<電動ブレーキ制御装置構成>>
制御装置100は、ソフトウェアおよび/またはハードウェアで構成され後述の各演算部を含み各種演算機能を有する演算器FU、およびその他のセンサやドライバ等のハードウェアによって構成される。演算器FUには、例えばマイコン、FPGA(Field Programmable Gate Array)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、DSP(Digital Signal Processor)等を用いると安価で高性能となり好ましいと考えられる。演算器FUは、少なくとも、ブレーキ指令手段300からの指令値(目標ブレーキ力、上記ペダルストローク量等)が入力され、第一の制御演算部110、第二の制御演算部120を少なくとも含み、さらに、第三の制御演算部130、第一の冗長演算部160、第二の冗長演算部170、第三の冗長演算部180、演算優先度設定部190を含んでもよい。演算器FUについては、後で詳説する。
【0024】
センサの一例として、電流センサCSは、電度モータ210を流れる電流値を計測する。電流センサCSは、例えばシャント抵抗両端の電圧を検出するアンプからなるセンサや、通電経路周囲の磁束等を検出する非接触式センサ等を用いることができる。電流センサCSはモータドライバから上記モータコイルの各相に至る通電経路に設けても良く、またはそれらのうちの一部(複数)の相に設けられてもよい。もしくは、電源からモータドライバに至る通電経路の電源プラス側ないしマイナス側の何れか一方に設け、モータコイル各相の電流を推定する構成としてもよい。あるいは、電流センサを使用せず、例えばモータドライバを構成する素子の電圧降下等を検出して電流値を推定してもよい。
【0025】
ドライバの一例として、モータドライバMDは、例えばFET(Field Effect Transistor)等のスイッチング素子(または単にスイッチ素子)を用いたブリッジ回路であり、所定のデューティ比(スイッチング時間の全体に対するオン時間またはオフ時間の比)によりモータ印加電圧を決定するPWM(Pulse Width Modulation:パルス幅変調)制御を行う構成とすると安価で高性能となり好適と考えられる。あるいは、モータドライバMDは、モータ印加電圧を可変とする変圧回路等を設け、モータ印加電圧を調整するPAM(Pulse Amplitude Modulation:パルス振幅変調)制御を行う構成とすることもできる。
【0026】
他のハードウェアの一例として、モータ電力遮断器BRは、例えば電源装置PWからモータドライバMDへの電力経路か、モータドライバMDからGND(グランド、接地)等の基準電位への電力経路、またはその両方に設けられたリレー等のスイッチ回路である。モータ電力遮断機BRは、後述の所定の冗長演算部等から電力を供給するか切断するかの指示に相応する信号を受け、電源装置PWから電動モータ210への電力を供給または切断する機能を有する。
【0027】
<第一の制御演算部>
第一の制御演算部110は、少なくとも、モータ電流制御演算部111、電流推定部113、モータ位相推定部115からなる。電流推定部113は、電流センサCSの出力から所定の変換式等に基づいてモータ電流を推定する機能を有する。モータ位相推定部115は、角度センサ250の出力を用いてモータ制御等に用いる電気角位相を導出する機能を有する。尚、DCモータ等の電気角位相を必要としないモータを使用する場合は、モータ位相推定部115は除外することができる。モータ電流制御演算部111は、電動モータ210の所望のモータ駆動量または駆動力を発揮(達成)するためのモータコイル通電条件(各相のモータ電流、各相のまたは各相間のモータ電圧等の条件)を所定の制御演算式に基づいて導出、決定し、その結果に対応する操作信号をモータドライバに出力する。操作信号は、例えばPWM制御を行う場合においては所定の印加電圧を達成するためのスイッチング信号とすることができる。
【0028】
第一の制御演算部110は、上記構成により、前記電動モータの所望の駆動力を発揮するように、前記モータコイルの通電条件を決定する機能を有し、所定の(演算)周期で上記の決定処理等が実行される。上記では、第一の制御演算部110は、モータ電流制御演算部111、電流推定部113、モータ位相推定部115が含まれた構成とする例を示したが、これらのうちモータ電流制御演算部111は必ず第一の制御演算部110に含まれる機能であるが、電流推定部113とモータ位相推定部115は設計の都合等により第一の制御演算部110に含まない構成とすることもできる。ただし、上記のように電流推定部111とモータ位相推定部115を第一の制御演算部110に含む構成とすると、制御設計が容易であり好ましいと考えられる。
【0029】
<第二の制御演算部>
第二の制御演算部120は、少なくとも、ブレーキ力制御演算部121、運動状態推定部123、ブレーキ力推定部125からなる。運動状態推定部123は、角度センサ250の出力に基づき電動モータ210の上記回転子のモータ角度やモータ角速度を推定する機能を有する。あるいは、運動状態推定部123には、例えば角度センサ250の出力からモータ角加速度等の所定の微積分値を算出する機能や、上記のモータ角度やモータ操作量に基づき外乱に相当する負荷を推定する機能等を設けてもよい。また、上記のモータ角度やモータ角速度、モータ角加速度は、電動モータの回転子からの直接の計測値に代えて、例えば減速機290の所定部位の減速比に基づいて求めた角度等や、直動機構240の等価リード等に基づいて求めた摩擦材220の位置や速度であってもよい。本実施形態における推定では、例えば状態推定オブザーバ等の推定アルゴリズムを用いても良く、微分や慣性から逆算する等の直接的な演算を用いてもよい。
【0030】
ブレーキ力推定部125は、荷重センサ260の出力から所定の変換式等に基づいて上記ブレーキ力を推定する機能を有する。なお、荷重センサを設けない場合は、運動状態推定部123の推定結果および予め設定された上記電動ブレーキ装置剛性からブレーキ力を推定する機能としてもよく、もしくは電流推定部113の推定結果および予め設定された上記荷重変換効率からブレーキ力を推定する機能としてもよい。ブレーキ力制御演算部121は、所望のブレーキ力目標値に対して電動ブレーキアクチュエータ200が望ましい追従動作を行うよう、電動モータ210の目標モータ駆動量(以下、目標駆動力とも呼ぶ)を定める機能を有する。目標とするモータ駆動量は、例えば所望のモータトルクまたはブレーキ力を発生させるために目標とするモータ電流で表されていてもよい。
【0031】
第二の制御演算部120は、上記構成により、所望のブレーキ力を発揮するために必要な電動モータ210の目標駆動力を決定する機能を有し、第一の制御演算部110の周期より長い所定の周期で上記の決定処理等が実行される。上記では、第二の制御演算部120は、ブレーキ力制御演算部121、ブレーキ力推定部125、運動状態推定部123が含まれた構成とする例を示したが、これらのうちブレーキ力制御演算部121は必ず第二の制御演算部に含まれる機能であるが、ブレーキ力推定部125と運動状態推定部123は設計の都合等により第二の制御演算部120に含まない構成とすることもできる。ただし、上記のようにブレーキ力推定部125と運動状態推定部123を第二の制御演算部120に含む構成とすると、制御設計が容易であり好ましいと考えられる。
【0032】
ここで、特に運動状態推定部は123、本実施形態では第二の制御演算部120に含まれているが、第一の制御演算部110に含まれていてもよく、運動状態推定部123の推定結果をモータ電流制御演算部111で参照する構成としてもよい。このようにすると、例えばモータ角速度に応じた電流条件を決定する上でよりモータ運動状態を細かく反映した制御を実行することができ、特に演算の一周期の間に運動状態が大きく変化しやすいパワーレートの大きい小型モータを適用する場合などに効果的である。しかし一方で、後述の理由により第一の制御演算部110は比較的短い演算周期で実行されるため計算負荷は比較的増加する。このトレードオフについてどちらをより重視するかは、設計の都合等により判断される
【0033】
<第三の制御演算部>
第三の制御演算部130は、少なくとも、ブレーキ剛性推定部131、荷重変換効率推定部133、モータ温度推定部135からなる。ブレーキ剛性推定部131は、運動状態推定部123と、ブレーキ力推定部125との推定結果から、ブレーキ力とモータ角度(あるいはモータ角度と同期し得る上記ペダルストローク量等であってもよい)または上記モータ回転量との相関であるブレーキ装置剛性を推定する機能を有する。荷重変換効率推定部133は、ブレーキ力制御演算部121において算出された目標モータ駆動量(目標駆動力)から電動モータ210が発生させ得るモータトルクを推定し、このモータトルクとブレーキ力推定部125による推定ブレーキ力とから、該モータトルクとブレーキ力との相関である荷重変換効率を推定する機能を有する。あるいは、荷重変換効率推定部133は、前記目標モータ駆動量に変えて電流推定部113からモータ電流推定値を取得し、モータ電流推定値から電動モータ210が発生させているモータトルクを推定してもよい。
【0034】
モータ温度推定部135は、電動モータ210に設けられた温度センサ270の出力からモータ温度を推定する機能を有する。あるいは、モータ温度推定部135は、予め記憶されている電動モータの電圧及び電流の関係、およびモータコイルの温度依存性に基づきモータ温度を推定してもよい。例えば、モータ温度推定部135は、モータ電流制御演算部111において決定されたモータ印加電圧、電流推定部113にて推定されたモータ電流推定値、運動状態推定部123において推定されたモータ角速度の各値を用いて、これらの値が含まれるモータの状態方程式からモータコイルの抵抗値を推定し、予め定められた前記モータコイルの抵抗の温度依存の相関性からモータ温度を推定することもできる。
【0035】
第三の制御演算部130は、上記構成により、電動ブレーキ装置の状態推定を行う機能、例えば上記電動ブレーキ装置剛性と、上記荷重変換効率と、上記モータ温度とのうちの少なくとも一つを推定する機能を有し、第二の制御演算部の周期より長い所定の周期で上記の推定処理等が実行される。上記では、第三の制御演算部130は、ブレーキ剛性推定部131と、荷重変換効率推定部133と、モータ温度推定部135とが含まれた構成とする例を示したが、これらのうち少なくとも1つ以上の機能が含まれるものとすることができる。
【0036】
<第一の冗長演算部>
第一の冗長演算部160は、少なくとも、電流異常時冗長制御部161、モータ電流異常推定部163からなる。モータ電流異常推定部163は、モータ電流制御演算部111にて決定されたモータ通電条件と、電流センサCSの出力とから、モータ電流に関する異常を推定する機能を有する。本機能によって、例えばモータドライバMDにおける一部または複数素子の短絡や切断等の異常、モータドライバMDと電動モータ210間の接続部であるバスバーやハーネス等(不図示)の短絡または切断等の異常、上記モータコイルの短絡、切断等の異常、電流センサCSの異常、モータドライバMDへのモータ電力供給異常、等の一部または全てが推定される。
【0037】
モータ電流異常推定部163の機能として、例えばモータ電流制御演算部111にて決定されたモータ通電条件と、電流センサCSの出力とから、所定の許容範囲から外れたか否かの判断に基づいて、電動モータ210に想定通りの通電が行えているかを判断する機能を持っていてもよい。上記いずれの異常が発生した際においても想定通りの通電が行えなくなるから、上記判断機能によって上記いずれかの異常が発生したことが推定できる。上記許容範囲は、例えば、いわゆる正常動作の範囲を表し、シミュレーション、実験または計測の結果等により決定された上限値と下限値とにより定まる(以下、同じ)。
【0038】
このとき、上記通電条件や出力値に加え、例えば運動状態推定部123の角速度の推定結果を併せて用いてもよく、その場合は、よりモータの駆動状態に即した高精度な判断を行うことができる。また、モータ通電条件に変えてモータドライバMDの出力電圧を直接測定する構成としてもよく、電流センサCSの出力に代えて電流推定部113の推定結果を取得する構成としてもよい。これらは、設計の都合等により設計者が定めることができる。その他、モータ電流異常推定部163の機能は、例えばモータ電流制御演算部111における制御パラメータを取得して、所定の許容範囲から外れたか否かの判断に基づいて、電動モータ210に想定通りの通電が行えているかを判断する機能であってもよい。例えば、モータ電流制御演算部111が制御偏差の積分機能を含むフィードバック制御機能を有する場合、電動モータ210に想定通りの通電が行えない際には積分値が想定外に増加、減少、または飽和等するため、これにより異常を判断することもできる。
【0039】
モータ電流異常推定部163の機能として、例えば電流センサCSの出力に異常の兆候があるかを判断する機能を有していてもよい。例えば電流センサCSの出力が所定の出力レンジ(許容範囲等)の範囲外となった場合、通電経路の何れかにおいて短絡が発生したか、または電流センサCSに異常が生じたことを推定することができる。あるいは、例えば制御装置100側から電動モータ210側への通電の向きを正(または負)とするなど所定の通電方向に正負を統一して導出したモータコイルの電流総和が略ゼロになる(例えば、三相交流モータのU相、V相、W相の電流をそれぞれiu, iv, iwとすると、iu + iv + iw ≒ 0 となる)特性から、電流総和がゼロから所定量乖離した状態を以て異常を判断する機能であってもよい。
【0040】
電流異常時冗長制御部161は、モータ電流異常推定部163において異常と判定された場合に、電動ブレーキ装置1の安全目標を満足するようにフェールセーフ制御等を実行する機能を有する。特に、モータ電流異常推定部163にて異常とされる状況はモータを満足に駆動できない状況である場合が主であるため、発火や危険な動作等を防止するため電動モータ210への電力供給を遮断することが好ましい。本実施形態においては、モータ電力遮断機BRを操作可能とする構成を示しており、上記異常時にはモータ電力遮断器BRにて電動モータ210への電力供給を遮断することができる。または、モータ電流異常推定部163において異常と判定された時点から一定時間は、より安全な状態に至らしめるため、モータ操作を施行する猶予時間とするような処理を設けてもよい。
【0041】
第一の冗長演算部160は、主に第一の制御演算部110の機能を阻害し得る異常の推定および異常時の処理を行う機能を有し、例えば、所定の許容範囲または前記許容範囲に関する情報が記憶されており、電動モータ210の電圧と電流のいずれかまたは電圧と電流との関係である第一因子について、前記第一因子が上記許容範囲から外れたことに基づいて、前記電動ブレーキ装置が異常であることを判断し、第一の制御演算部110の周期と同じかまたは長い定められた所定の周期で、かつ、第二の制御演算部120の周期より短い定められた所定の周期で上記の判断処理等が実行される。上記では、第一の冗長演算部160は、モータ電流異常推定部163、電流異常時冗長制御部161を含む形で構成される例を示す。
【0042】
モータ運動異常推定部173は、ブレーキ力制御演算部121にて算出された目標モータ駆動量(目標駆動力)と、運動状態推定部123にて推定されたモータ運動の推定結果とから、所定の許容範囲から外れたか否かの判断に基づいて、モータ回転運動に関する異常を推定する機能を有する。本機能によって、例えば電動モータ210や減速機290や直動機構240等の固着または作動抵抗の増大、モータのトルク異常、モータ角度センサ異常、等の一部または全てが推定される。また、モータ電流異常推定部163の機能として、例えばブレーキ力制御演算部121にて算出された目標モータ駆動量からモータが発生させ得るモータトルクを推定し、少なくとも電動ブレーキ装置1の慣性モーメントを用いた運動方程式に基づいて電動モータ210のモータ角度またはモータ角速度について正常に動作していると考えられる許容範囲を例えば導出し、運動状態推定部123にて推定されたモータ角度またはモータ角速度の推定結果が前記許容範囲外となった際に異常が生じたことを判断することができる。上記慣性モーメントは、電動モータ210(回転子等)、減速機290、直動機構240等を含む電動ブレーキ装置1の慣性を所定の動作軸において換算した値であることが好ましく、電動モータ210の回転軸(不図示)における等価慣性モーメントに換算すると計算が容易となり好適と考えられる。
【0043】
<第二の冗長演算部>
第二の冗長演算部170は、少なくとも、運動異常時冗長制御部171、モータ運動異常推定部173からなる。運動異常時冗長制御部171は、後述のモータ運動異常推定部173で異常と判断された際に、電動ブレーキ装置1の安全目標を満足するように動作する機能を有し、例えば、所定の許容範囲または前記許容範囲に関する情報が記憶されており、少なくとも電動モータ210の駆動力(または駆動量)とモータ回転量との関係である第二因子について、前記第二因子が上記許容範囲から外れたことに基づいて、前記電動ブレーキ装置が異常であることを所定の周期で判断しフェールセーフ制御等を実行する。具体的には、第二の冗長演算部170は、例えば、目標モータ駆動量(目標駆動力)が略ゼロとなるようにする指令をブレーキ力制御演算部121に入力する構成とすることができる。あるいは、発生させ得るブレーキ力の最大値を正常時より小さく制限するような指令をブレーキ力制御演算部121に入力するような構成であってもよく、これらを適宜併用することもできる。他に、例えばブレーキ昇圧中に固着などの異常な負荷増大が生じた場合などに、一定時間はブレーキ解除を施行するようにブレーキ力制御演算部121に指令を入力するような処理を行なってもよい。ブレーキ力制御演算部121の出力結果に対するモータ動作が正常か異常かの判断は、モータ運動異常推定部173が運動状態推定部123の出力等を参照して行う。
【0044】
第二の冗長演算部170は、主に第二の制御演算部120の機能を阻害し得る異常の推定および異常時の処理を行う機能を有し、第二の制御演算部120の周期と同じかまたは長い定められた所定の周期で、かつ、第三の制御演算部130の周期より短い定められた所定の周期で上記の判断処理等が実行されてもよい。上記では、第二の冗長演算部170は、モータ運動異常推定部173と、運動異常時冗長制御部171とを含む形で構成される例を示す。
【0045】
<第三の冗長演算部>
第三の冗長演算部180は、少なくとも、アクチュエータ異常時冗長制御部181、アクチュエータ異常推定部183からなる。アクチュエータ異常推定部183は、例えばブレーキ剛性推定部131において推定された上記電動ブレーキ装置剛性の推定結果と、荷重変換効率推定部133において推定された上記荷重変換効率の推定結果と、モータ温度推定部135において推定された上記モータ温度の推定結果との少なくとも一つである第三因子の推定結果について、例えば、上述の様に電動ブレーキ装置が正常であると推定され得る所定の許容範囲または前記許容範囲に関する情報が予め記憶されているところ、その範囲外となった場合に異常であると判断する機能を有する。アクチュエータ異常時冗長制御部181は、アクチュエータ異常推定部183で異常と判断された際に、電動ブレーキ装置1の安全目標を満足するようにフェールセーフ制御等を行う機能を有する。具体的には、例えば、発生させ得るブレーキ力の最大値を正常時より小さく制限するような指令をブレーキ力制御演算部121に入力するような構成とすることができる。その他、前述の運動異常時冗長制御部171と同様の動作を行うものであってもよいが、運動異常時冗長制御部171において異常が判断される場合よりも異常の深刻度および対処の緊急度は比較的低いと考えられるため、電動ブレーキ装置1の機能を制限してなるべく動作を継続するような処理として実装するほうが好ましいと考えられる。
【0046】
第三の冗長演算部は、主に第三の制御演算部130における状態推定結果の少なくとも何れかまたは全てに基づいて、異常と判断され得る状態であった場合の処理を行う機能を有し、第三の制御演算部130の周期と同じかまたは長い定められた所定の周期で上記の判断処理等が実行されてもよい。上記では、第三の冗長演算部は、アクチュエータ異常推定部183と、アクチュエータ異常時冗長制御部181とを含む形で構成される例を示す。
【0047】
<演算優先度設定部>
演算優先度設定部190は、典型的には異なる周期で実行される上記の各演算部の優先度を設定し、それらの実行タイミングが競合した際に、どちらの処理を優先して実行するかを管理、調整等する機能を有する。例えば、演算優先度設定部190は、優先度の高い演算部の演算が実行されて完了するまでの間、それよりも優先度の低い他の演算部の演算を一時停止させるかまたは開始させない機能を有する。具体的には、第一の制御演算部110と第二の制御演算部120が競合した場合、第一の制御演算部110を優先して計算処理を実行する。また、第三の制御演算部130が第二の制御演算部120と競合した場合、第二の制御演算部120の計算処理を優先して実行してもよい。この場合、第三の制御演算部130が第一の制御演算部110と競合した場合は、必然的に第一の制御演算部110が優先される。
【0048】
また、第一の冗長演算部160と第一の制御演算部110が競合した場合、第一の制御演算部110の計算処理を優先して実行してもよい。第一の冗長演算部160と第二の制御演算部120または第三の制御演算部130が競合した場合、第一の冗長演算部160を優先してもよい。また、第二の冗長演算部170と第二の制御演算部120が競合した場合、第二の制御演算部120を優先して実行してもよい。第二の冗長演算部170と第三の制御演算部130が競合した場合、第二の冗長演算部170を優先してもよい。また、第三の冗長演算部180と第三の制御演算部130が競合した場合、第三の制御演算部130の計算処理を優先して実行してもよい。
【0049】
<<電源装置>>
電源装置PWは、例えば自動車用の電動ブレーキ装置では、低電圧バッテリや、高電圧バッテリおよびこれを降圧する降圧コンバータ、または高容量のキャパシタ等を用いることができる。あるいは、電源装置PWは、これらを並列使用して冗長化して通電経路に接続されてもよい。
【0050】
<<その他>>
その他、以下のようであってもよい。例えばシステム運用においては、電源投入時からの起動プログラムや他の上位ECU(Electronic Control Unit)等との情報伝達に用いる通信手段等が必要になることが考えられ、また、これらは適宜設けられるべきものである。他に、例えば本実施形態においては、モータ電力遮断器BRを操作する接続がなされるのは電流異常時冗長制御部161のみであるが、これはモータ電力遮断器BRを操作せしめる機能が電流異常時冗長制御部161のみが有することを示すものではなく、例えば起動時やスタンバイモード等のシステムの都合によるモータ電力遮断器への操作入力は、他の演算器または外部モジュール等によっても適宜行いえるべきものである。
【0051】
また、第一の冗長演算部160は第一の制御演算部110と統合された機能であってもよく、第二の冗長演算部170は第二の冗長演算部120と統合された機能であってもよく、第三の冗長演算部180は第三の制御演算部130と統合された機能であってもよい。これらの構成を採用する場合、必然的に統合されたこれらの制御演算部と冗長演算部は同じ周期でそれぞれの処理が競合することなく計算される。なお、優先度についても同様となる。これらを独立または統合された機能とするかは、設計の都合等によって任意に定められるものとする。
【0052】
図2は、本実施形態における電動ブレーキ制御装置100における、第一~第三の制御演算部ならびに第一~第三の冗長演算部の動作シーケンスの一例を示す。同図において縦軸は時間軸を表し、横軸方向には実行待機処理EWおよび上記の各演算部が左から右へ順番に列挙されている。これら実行待機処理EWおよび各演算部から縦軸(時間軸)方向に間欠的に表されている各実線矩形は、実行待機処理EWおよび各演算部が動作(処理)を行っていることを表しており、矩形の長さでそれらの処理が所定の時間だけ実行されていることが模式的に表されている。また、同図中の各破線矩形は、処理の開始待機中(同図の縦軸方向で実線矩形の上部に記載の場合)または処理の一時中断中(同図の縦軸方向で2つの実線矩形の間に記載の場合)であることを示す。各処理における実線矩形または破線矩形の縦軸方向における上辺が同処理の開始位置を表しており、開始位置の縦軸方向の間隔が上で説明した各演算部の演算や処理等の周期を表している。
【0053】
同図において、第一の制御演算部110の(演算)周期はTc1、第二の制御演算部120の周期はTc2、第三の制御演算部の周期130はTc3で表されている。ここで同図において、第二の制御演算部120の周期Tc2、第三の制御演算部130の周期Tc3が破線矩形の上記上辺から開始される場合があり、その破線矩形部分の時間では第二の制御演算部、第三の制御演算部が各々処理を開始したが待機状態にあり、その後各優先度に応じて各々が処理を開始している(破線矩形に続き実線矩形となっている部分)。なお、本実施形態の第一の制御演算部110は、上述の様に優先度が一番高いため、他の演算部のように処理の開始待機状態となることはなく、よって破線矩形の上記上辺から開始される場合はない。
【0054】
また、第一の冗長演算部の周期はTr1、第二の冗長演算部の周期はTr2、第三の冗長演算部の周期はTr3、で表されている。ここで同図において、これら第一の冗長演算部の周期Tr1、第二の冗長演算部の周期Tr2、第三の冗長演算部の周期Tr3が破線矩形の上記上辺から開始される場合があり(同図では3つの冗長演算部全てが破線矩形の上記上辺から開始されている)、その破線矩形部分の時間では第一の冗長演算部、第二の冗長演算部、第三の冗長演算部が各々処理を開始したが待機状態にあり、その後各優先度に応じて各々が処理を開始している(破線矩形に続き実線矩形となっている部分)。
【0055】
ここで、最左に記載されている実行待機処理EWは、前記第一~第三の制御演算部ならびに第一~第三の冗長演算部が実行されない時間における処理の総称を示す。実行待機処理EWは、この間に何も演算をしない処理とされてよく、また前記第一~第三の制御演算部ならびに第一~第三の冗長演算部に含まれない優先度が比較的低い任意の演算が実行される処理であってもよく、設計者によって任意に定められる。よって、実行待機処理EWの優先度は、前記第一~第三の制御演算部ならびに第一~第三の冗長演算部よりも低く設定されうる。但し、特に電源投入後の起動シーケンス(例えばマイコンにおけるプログラムのゼロ番地からの命令実行)は、第一~第三の制御演算部ならびに第一~第三の冗長演算部が実行される前に完了しておくことが望ましい。なお、他の制御装置(上位ECUなど)との通信処理は、例えば別の専用ハードウェアや、演算器に設けられた専用の処理モジュールなどにより、他の処理と並行して実施できる仕様であることが望ましい。
【0056】
上述のように、同図において、第二の制御演算部120は第一の制御演算部110よりも長い周期であり、第三の制御演算部130は第二の制御演算部120よりも長い周期である。また、第一の冗長演算部160は第一の制御演算部110と同じかまたは長く、かつ第二の制御演算部120より短い周期であり、第二の冗長演算部170は第二の制御演算部120と同じかまたは長く、かつ第三の制御演算部130より短い周期であり、第三の冗長演算部180は第三の制御演算部130と同じかまたは長い周期で実行される。本図では簡単のために、第一の冗長演算部160は第一の制御演算部110と同じ演算周期とし、第二の冗長演算部170は第二の制御演算部120と同じ演算周期とし、第三の冗長演算部180は第三の制御演算部130と同じ演算周期とする。
【0057】
各処理の具体的な演算周期は設計者によって任意に定められるものであるが、一設計例として、第一の制御演算部および第一の冗長演算部の(演算)周期は0.01~0.1msec程度、第二の制御演算部および第二の冗長演算部の周期は0.1~10msec程度、第三の制御演算部および第三の冗長演算部の周期は10~1000msec程度にすることができ、各周期は既に述べたような互いの関係となるようそれぞれ調整される。但し、これらの値はあくまで演算器の性能や応答速度の性能要件によって任意に定められるべきものであり、この値に限定されるものではない。また、本実施形態はあくまで各演算機能部の演算周期の相対関係および優先順位の概念を図示することを目的としており、上記の演算周期の設計例を踏襲した例を示すものではない。
【0058】
各演算部の動作シーケンスの一例について説明する。同図では時刻t1に実行待機処理EWが処理を開始している(実線矩形。以下同じ)。しかし、実行待機処理EWの優先度が最も低いため、時刻t2に第一の制御演算部110が処理を開始すると、実行待機処理EWが処理を一時中断し(破線矩形。以下同じ)、処理の主導権が実行待機処理EWから第一の制御演算部110へ移行する(同図中のtrn1)。次に第一の制御演算部110が処理を終了すると、処理の主導権が第一の冗長演算部160へ移行する(同図中のtrn2)。なお、第一の冗長演算部160は第一の制御演算部110の処理中に処理を開始したが、優先度が相対的に低いため開始待機状態となっていたところ(破線矩形。以下同じ)、第一の制御演算部110が処理を終了した時刻に、開始待機状態が解除されてその処理を開始したものである。一方、実行待機処理EWは、優先度が第一の冗長演算部160より低いため、自らの処理を再開できず、一時中断状態のままである。
【0059】
次に第一の冗長演算部160が処理を終了すると、処理の主導権が第二の制御演算部120へ移行する(同図中のtrn3)。なお、第二の制御演算部120は第一の冗長演算部160の処理中に処理を開始したが、優先度が相対的に低いため開始待機状態となっていたところ、第一の冗長演算部160が処理を終了した時刻に、開始待機状態が解除されてその処理を開始したものである。一方、実行待機処理EWは、優先度が第二の制御演算部120より低いため、ここでも自らの処理を再開できず、一時中断状態を維持したままである。
【0060】
その後、同様に処理の主導権が第二の冗長演算部170、第三の制御演算部130へと移行する(各々trn4、trn5)。しかし、第一の制御演算部110が次の周期の処理を開始すると、処理の主導権が第三の制御演算部130から第一の制御演算部110へと移行し(trn6)、第三の制御演算部130は処理を一時中断する(破線矩形。以下同じ)。なお、第一の制御演算部110が処理を終了すると、優先度の高い第一の冗長演算部160の処理の開始(trn7)および終了を経て、第三の制御演算部130は中断中の処理を再開する(trn8)。
【0061】
その後、第三の制御演算部130が処理を終了すると、第三の冗長演算部180の処理が開始される(trn9)。第三の冗長演算部180が処理を終了すると、他の演算部において一時中断状態や開始待機状態にあるものが無く、また他の演算部の処理中であったり他の演算部の処理開始がなされることもないことから、処理の主導権が実行待機処理EWに移行し(trn10)、実行待機処理EWの処理が開始される(時刻t3)。時刻t4に第二の制御演算部120が処理を開始すると、実行待機処理EWが処理を一時中断し、処理の主導権が実行待機処理EWから第二の制御演算部120へ移行する(同図中のtrn11)。
【0062】
この後、上記と同様に、ある演算部で処理が開始されると、その優先度に応じて処理の主導権の移行が繰り返される(同図ではtrn12~trn27まで記載)。なお、その間に、上記のように他の演算部において一時中断状態や開始待機状態にあるものが無く、また他の演算部の処理中であったり他の演算部の処理開始がなされることがない場合、処理の主導権が実行待機処理EWに移行し、実行待機処理EWの処理が開始される(時刻t5、t7等)。実行待機処理EWの処理中に、他の演算部が処理を開始すると、実行待機処理EWが処理を一時中断し、処理の主導権が実行待機処理EWからその演算部へ移行する(時刻t6等)。
【0063】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0064】
1 電動ブレーキ装置
100 制御装置
110 第一の制御演算部
120 第二の制御演算部
130 第三の制御演算部
160 第一の冗長演算部
170 第二の冗長演算部
180 第三の冗長演算部
190 演算優先度設定部
210 電動モータ
220 摩擦材
230 ブレーキロータ
240 直動機構(摩擦材操作手段)
FU 演算器