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特開2024-35564試験システム、試験システムの制御方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035564
(43)【公開日】2024-03-14
(54)【発明の名称】試験システム、試験システムの制御方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 17/04 20060101AFI20240307BHJP
   G05B 13/04 20060101ALI20240307BHJP
   G05B 23/02 20060101ALI20240307BHJP
   G01M 99/00 20110101ALI20240307BHJP
【FI】
G01M17/04
G05B13/04
G05B23/02 Z
G01M99/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022140118
(22)【出願日】2022-09-02
(71)【出願人】
【識別番号】000143949
【氏名又は名称】株式会社鷺宮製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊 栄生
(72)【発明者】
【氏名】保阪 友宏
(72)【発明者】
【氏名】河西 博文
(72)【発明者】
【氏名】榎本 歩
【テーマコード(参考)】
2G024
3C223
5H004
【Fターム(参考)】
2G024AD16
2G024AD18
2G024BA18
2G024CA04
2G024DA01
2G024EA13
3C223AA16
3C223BA01
3C223BB17
3C223CC01
3C223DD01
3C223EB02
3C223FF22
3C223GG01
5H004GA01
5H004GB12
5H004HA07
5H004HA08
5H004HB07
5H004HB08
5H004KB01
5H004KC35
5H004LA12
5H004LA13
(57)【要約】
【課題】供試体を作動させるアクチュエータ等による負荷システムの応答遅れを解消し、より高い精度でリアルタイムにモデルと実機を含めたシミュレーションをすることを可能とする試験システムを提供する。
【解決手段】試験の対象となる実機の一部としての供試体40、供試体40を動作させるアクチュエータ30、供試体40と関連して動作する仮想モデル11、アクチュエータ30を制御する制御装置20、仮想モデル11を演算する演算装置10、供試体40、アクチュエータ30及び制御装置20間の通信部、並びに演算装置10と制御装置20との間の通信部を含む系の伝達関数に基づいて求められるプロパーな逆伝達関数によって仮想モデルからの信号を補正する逆伝達関数補正部50と、を備え、制御装置20が、逆伝達関数補正部50によって補正された信号に基づいてアクチュエータ30を制御する試験システム1を構成する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試験の対象となる実機の一部としての供試体と、
前記供試体を動作させるアクチュエータと、
前記供試体と関連して動作する仮想モデルと、
前記アクチュエータを制御する制御装置と、
前記仮想モデルを演算する演算装置と、
前記供試体、前記アクチュエータ及び前記制御装置間の通信部、並びに前記演算装置と前記制御装置との間の通信部を含む系の伝達関数に基づいて求められるプロパーな逆伝達関数によって、前記仮想モデルからの信号を補正する逆伝達関数補正部と、を備え、
前記制御装置は、前記逆伝達関数補正部によって補正された信号に基づいて前記アクチュエータを制御する、
試験システム。
【請求項2】
前記逆伝達関数補正部を、前記演算装置に実装した請求項1記載の試験システム。
【請求項3】
前記逆伝達関数補正部を、前記供試体を動作させる実機制御演算部に実装した請求項1に記載の試験システム。
【請求項4】
前記伝達関数は、分子が0次のラプラス変数であり、近似した伝達関数である、請求項1に記載の試験システム。
【請求項5】
前記伝達関数は、分母が3次のラプラス変数であり、近似した伝達関数である、請求項4に記載の試験システム。
【請求項6】
試験の対象となる実機の一部としての供試体と、前記供試体を動作させるアクチュエータと、前記供試体と関連して動作する仮想モデルと、前記アクチュエータを制御する制御装置と、前記仮想モデルを演算する演算装置と、を含む試験システムの制御方法であって、
前記供試体、前記アクチュエータ及び前記制御装置間の通信部、並びに前記演算装置と前記制御装置との間の通信部を含む系の伝達関数に基づいて求められるプロパーな逆伝達関数によって、前記仮想モデルからの信号を補正する逆伝達関数補正工程と、
前記逆伝達関数補正工程において補正された信号に基づいて前記アクチュエータを制御する工程と、
を含む試験システムの制御方法。
【請求項7】
前記アクチュエータ及び前記供試体を含めた系の伝達関数を実数部と虚数部に分けて、最小二乗法による近似式により前記伝達関数を求めることを特徴とする請求項6に記載の試験システムの制御方法。
【請求項8】
前記伝達関数を1次遅れ系と2次振動系に分割して、近似する逆伝達関数のパラメータを求める請求項6に記載の試験システムの制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試験システム、試験システムの制御方法に関し、詳しくは、仮想モデルと実機の一部としての供試体を用いた試験システムに関する。
【背景技術】
【0002】
新型の車両等を、この種のシステムを用いて開発することにより、開発に係るコストや期間を短縮することができる。この試験システムでは、例えば、モデル作成が困難な部品やアセンブリを実物で代用しそれを供試体としたり、試作した実機の部品等を供試体としたりすることがある。そして、供試体の特性の検証、あるいは供試体以外のモデルの検証はいわゆるHILS(Hardware In the Loop Simulation)によって実施される。
【0003】
このような試験システムでは、実機の挙動とモデルからの要求の間に何らかの誤差が存在し得る。この誤差の補正に関して、特許文献1には、NC工作機械等に付設され、輪郭切削を行う数値制御装置において発生するサーボ特性に起因する輪郭切削誤差を排除するための軌跡データ補正装置が開示されている。特許文献1に開示されている輪郭誤差の補正は、既知の指令値に対し、逆伝達関数補正器を用いて、あらかじめ誤差を補正した指令データを作成し、制御装置に与えるものである。また、特許文献2には、タイヤ、下部質量、上部質量で構成されるモデルとショックアブソーバの供試体とを用い、アクチュエータがモデルからの信号に基づいてショックアブソーバに負荷を加えて負荷試験を行う試験システムが開示されている。特許文献2では、コントローラが用いる制御波形とモデルからの参照波形との誤差(応答遅れ)が小さくなるように制御波形を補正、更新することが記載されているがモデルへの入力波形が一定(例えば、数十秒の時間波形)で、一回の試験を終わるたびに、モデルの出力(つまり負荷装置への入力)と前回の出力を比較して、オフラインに逆伝達関数を使用して、その誤差分を補正する。補正したデータで再度試験し、誤差が小さくなったところで、正式的な検証試験を行うものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭63-233402号公報
【特許文献2】特開2004-53452号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、HILS試験システムでは、モデルへの入力信号がリアルタイムに変化し、モデルから負荷装置(制御装置)への入力、負荷装置からモデルへのフィードバッグ信号もリアルタイムに変化する。このように、モデルと実負荷装置による供試体のフィードバックが一つの閉ループを構成し、お互いにリアルタイム的に作用する。負荷装置の周波数特性により、フィードバック信号が遅れたり、大きさが異なったりすると、本来の特性と異なった結果になったり、発散してシミュレーションによる検証ができなくなる。これに対し、特許文献1と特許文献2とは、いずれも逆伝達関数による補正計算があらかじめ行う必要があり、負荷装置の遅れに起因する問題をリアルタイムに解決することができない。特許文献1にあっては、モデルが関係していないので、指令信号があらかじめ決まっていて、リアルタイムに演算する必要がなかった。
【0006】
また、特許文献2にあっては、シミュレーションする間、モデルから同時刻の出力信号を使わず、前のステップで補正された信号を用いるため、開ループとなっており、一回のシミュレーションが終わると、オフラインで次のステップ用の信号を作成するため、モデルへの入力信号がリアルタイムに変化するHILS検証には対応できない非リアルタイムHILSシステムである。すなわち、特許文献2において、高精度で、時間領域でリアルタイムに計算できる逆伝達関数を持ち合わせていないため、あらかじめ決まった信号にしか補正することができないという不具合を生じていた。
【0007】
本発明の目的は、供試体を作動させるアクチュエータ等による負荷システムの応答遅れを解消し、より高い精度でリアルタイムにモデルと実機を含めたシミュレーションをすることを可能とする試験システムおよび試験システムの制御方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、本発明の態様の試験システムは、試験の対象となる実機の一部としての供試体と、前記供試体を動作させるアクチュエータと、前記供試体と関連して動作する仮想モデルと、前記アクチュエータを制御する制御装置と、前記仮想モデルを演算する演算装置と、前記供試体、前記アクチュエータ及び前記制御装置間の通信部、並びに前記演算装置と前記制御装置との間の通信部を含む系の伝達関数に基づいて求められるプロパーな逆伝達関数によって、前記仮想モデルからの信号を補正する逆伝達関数補正部と、を備え、前記制御装置は、前記逆伝達関数補正部によって補正された信号に基づいて前記アクチュエータを制御する。
【0009】
また、本発明の態様の試験システムの制御方法は、試験の対象となる実機の一部としての供試体と、前記供試体を動作させるアクチュエータと、前記供試体と関連して動作する仮想モデルと、前記アクチュエータを制御する制御装置と、前記仮想モデルを演算する演算装置と、を含む試験システムの制御方法であって、前記供試体、前記アクチュエータ、前記制御装置、および前記演算装置と前記制御装置との間の通信部を含む系の伝達関数に基づいて求められるプロパーな逆伝達関数によって、前記仮想モデルからの信号を補正する工程と、前記逆伝達関数補正工程において補正された信号に基づいて前記アクチュエータを制御する工程と、を含む。
【発明の効果】
【0010】
以上の形態によれば、試験システムにおいて、供試体を作動させるアクチュエータによる負荷システムの応答遅れを解消し、より高い精度でリアルタイムにモデルと実機を含めたシミュレーションをすることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1(a)は、伝達関数により補正を行わない公知の試験システムを示す機能ブロック図である。図1(b)は、本実施形態の逆伝達関数により補正を行う試験システムを説明するための機能ブロック図である。
図2図1に示す仮想モデルを説明するための図である。
図3図1の逆伝達関数補正部において使用される逆伝達関数を作成する方法を説明するためのフローチャートである。
図4図1(a)に示す演算装置の出力部から、制御装置、アクチュエータ、供試体を含めた負荷装置の伝達関数の実測例を示す図である。
図5】3次多項式に近似された伝達特性を実測された伝達特性(図4)と比較して示したグラフであり、図5(a)はゲインを、図5(b)は位相を示している。
図6】理論的な逆伝達関数と、本実施形態において近似により生成した逆伝達関数とを比較するための図であり、図6(a)はゲインを、図6(b)は位相を示している。
図7】逆伝達関数補正部による補正のないアクチュエータの制御装置への入力信号と、逆伝達関数補正部を通ったアクチュエータの制御装置への入力信号とを比較して示す図であり、図7(b)は図7(a)の一部を拡大して示す図である。
図8】本実施形態の試験システムを車両のHILS試験に適用した例を示す図である。図8(a)は、図2に示した路面から図1(a)、図1(b)の仮想モデルに入力される変位を示す図である。図8(b)、図8(f)は、図1(a)、図1(b)の負荷装置への入力信号(図2のモデルで計算されたY2とY1の変位差)の計算結果を示し、図8(c)、図8(g)は図1(a)、図1(b)の供試体から仮想モデルへフィードバックされる供試体の荷重を示している。図8(d)、(e)、(h)、(i)は、それぞれ図8(b)、(c)、(f)、(g)の一部を拡大して示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明の一実施形態を説明する。本実施形態の説明に用いる図面は、本実施形態の構成、構成に含まれる各部の位置関係、作用、効果及び技術思想を説明することを目的とし、本発明を本実施形態の具体的な構成に限定するものではない。
【0013】
図1(a)、図1(b)は、本実施形態の試験システムを説明するための機能ブロック図である。図1(a)は、伝達関数により補正を行わない、比較例としての試験システム100を示し、図1(b)は、本実施形態の逆伝達関数により補正を行う試験システム1を示している。比較例の試験システム100、本実施形態の試験システム1は、いずれも試験の対象となる実機の一部としての供試体40と、供試体40を動作させるアクチュエータ30と、供試体と関連して動作する仮想モデル11と、アクチュエータ30を制御する制御装置20と、仮想モデル11を演算する演算装置10と、を備えている。制御装置20、アクチュエータ30、供試体40は、負荷装置(システム)60を構成する。
【0014】
さらに、試験システム1は、仮想モデル11と制御装置20との間に、仮想モデル11からの信号を補正する逆伝達関数補正部50を備える点で、比較例に係る試験システム100と異なる。この逆伝達関数補正部50が機能として有する逆伝達関数は、供試体40、アクチュエータ30及び制御装置20間の通信部、並びに演算装置10と制御装置20との間の通信部を含む系の伝達関数に基づいて求められるプロパーな逆伝達関数である。なお、供試体40、アクチュエータ30及び制御装置20間の通信部、演算装置10と制御装置20との間の通信部は図示を略しているが、制御装置20からアクチュエータ30、供試体40へ信号S、Sが順次伝達されていることにより供試体40、アクチュエータ30及び制御装置20間に通信部があることは明らかである。また、演算装置10から制御装置20へ信号S、S、Sが順次伝達されることにより、演算装置10と制御装置20との間に通信部があることは明らかである。
【0015】
逆伝達関数補正部50が機能として有する逆伝達関数は、基本的に、図1(a)に示す試験システム100において、仮想モデル11から出力する信号Sと、アクチュエータ30により駆動される供試体40の変位を示す信号Sfとの間に成り立つ伝達関数の逆伝達関数である。また、この逆伝達関数は、試験システム100の上記伝達関数から求められる逆伝達関数を、プロパーな逆伝達関数として近似したものである。
【0016】
試験システム1、100は、車両のタイヤを含むサスペンションの試験に関するものである。ショックアブソーバAとして(図2)は、仮想モデル11の代わりに供試体40の実機のショックアブソーバが使用され、ショックアブソーバAは、制御装置20に制御されるアクチュエータ30によって動作させられる。ショックアブソーバA以外の要素、すなわち、ばね、ばね下のタイヤ、ばね上の車体を仮想モデル11としている。そして、仮想モデル11は、高速演算可能なリアルタイム演算装置10に実装され、その動作が実行されている。仮想モデル11へ入力される信号Sは、車両走行時、路面Zの凹凸により、タイヤに与えられる変位を示す。変位は、演算装置10内の不図示の別の路面モデルによって生成される。また、図1(a)および(b)に示す仮想モデル11を記述する内容は、仮想モデル11を表現する式を模式的に示したものであり、実際の式を表したものではない。
【0017】
図2は、図1(a)、1(b)に示す仮想モデル11の物理系を示す図である。仮想モデル11において、ばね上質量M1はバネSpより上の車体の質量に対応し、ばね下質量M2は車軸、タイヤT等のバネSpより下の質量に対応する。ばね上質量M1とばね下質量M2との間にショックアブソーバAが配置される。タイヤTの下面は路面Zに接地し、タイヤTの下端の位置Y0は上記車両走行時の路面Zの凹凸による変位で、ばね下質量M2の位置をY2、ばね上質量M1の位置をY1とするとき、ショックアブソーバAへの入力は、位置Y2と位置Y1の差による変位である。ショックアブソーバAからの出力は荷重であり、荷重は、ばね下質量M1およびばね上質量M1に作用する。
【0018】
ショックアブソーバAは、理論モデルの代わりに実機を使用するHILSの場合、位置Y2と位置Y1の差が負荷装置60に与えられ、負荷装置60により駆動されるショックアブソーバAが発生した荷重が仮想モデル11にフィードバックされ、仮想モデル11のショックアブソーバAと同様な役割を果たし、仮想モデル11の演算が実施される。
【0019】
再び、図1(a)および(b)を参照すると、演算装置10は、一定時間(例えば、0.5ms)ごとにサンプリングを行い、路面Zからの入力Y0による仮想モデル11における各質量の変位(Y1,Y2)およびショックアブソーバAの変位を示す信号S(Y2-Y1)を計算する。
【0020】
制御装置20は、比較部21と制御部22とを含んで構成される。比較部21は、モデル11からの(図1(b)では逆伝達関数部50を介した)信号S(信号S:上記アブソーバ変位Y2-Y1)と、供試体40からのフィードバックされる信号Sfとの差分を演算し、その差分を制御部22に出力する。制御部22は、比較部21からの差分信号に基づき、一例としてPID制御を行い、アクチュエータ30の動作量等を制御する。なお、この制御装置20は、例えば、HILS試験におけるECU(Electronic Control Unit)とすることができる。
【0021】
アクチュエータ30は、制御部22からの信号Sに従い、供試体40(ショックアブソーバA)がその試験評価項目に関した動作(変位Y2-Y1)をするよう作動する。このアクチュエータ30は、油圧アクチュエータ、モータで駆動されるアクチュエータ等とすることができる。供試体40は、アクチュエータ30による駆動によって動作する。そして、この動作は所定のセンサ(不図示)によって検出され、検出された信号Sfは比較部21に出力され、アクチュエータの制御に使用される。信号Sf(荷重)は、仮想モデル11に出力されて、次のステップの計算に使用される。
【0022】
ショックアブソーバAを実機ではなく、モデルのみでシミュレーションする場合、モデル上で計算されたアブソーバの変位Sは同時刻でモデルのアブソーバに入力され、モデルのアブソーバで計算した荷重を使い、次のステップの演算を行う。しかし、実機のショックアブソーバAを用いたHILSシステムにおいては、ショックアブソーバAの変位を示す信号Sfが、信号Sとの間に制御装置20、アクチュエータ30に起因する遅れと振幅変化が生じる。このため、実機のショックアブソーバAから発生した荷重信号も本来のものに比べて遅れたものとなり、正確なシミュレーションができなくなる。条件によっては、シミュレーションが発散してしまうことが発生し得る。
【0023】
本実施形態の試験システム1は、この逆伝達関数として機能する逆伝達関数補正部50が仮想モデル11からの信号Sを補正することによって、比較部21に入力する信号Sが信号Sに対して制御装置20、アクチュエータ30を含む負荷装置60により遅れる量と同じ量を進めることができる。これにより、試験システム1は、アクチュエータ30等に起因したショックアブソーバAの変位を示す信号Sfが仮想モデル11からの信号Sに対して時間的に遅れることを解消し、より精度の高いシミュレーションを行うことが可能となる。
【0024】
すなわち、図1(a)のシステムにおいて、S=Sであり、信号Sfは信号Sより例えばδt秒遅れる。このため、信号Sfもモデルのみのシミュレーションよりδt秒遅れる。図1(b)において、逆伝達関数補正部50の補正により、信号Sは信号Sに比べてδt秒進められる。信号Sfと信号Sとの関係は変化しないので、信号Sに比べてδt秒進められた信号Sに対し、信号Sfはδt秒遅れるので、信号Sに対する遅れが解消され、仮想モデル11に入力される荷重を示す信号Sfの遅れも解消される。
なお、図1(b)において、説明のため、逆伝達関数補正部50は演算装置10と負荷装置60の制御装置20の間に示しているが、実施状態では、演算装置10あるいは制御装置20のどちらかに実装される。
【0025】
(逆伝達関数の生成)
図3は、図1の逆伝達関数補正部50における逆伝達関数を作成する処理を示すフローチャートである。本処理は、図1の試験システム1の動作に先立って行われる。
先ず、ステップS101で、仮想モデル11と接続しない状態で、制御装置20が、複数の周波数それぞれの入力データを示す信号Sをアクチュエータ30に入力して供試体40(ショックアブソーバ)に振動入力を加え、その時のショックアブソーバAの変位Sfを取得する。振動は、所定の周波数範囲において正弦波スイープ加振、またはランダム波加振を用いて加えることができる。所定の周波数の範囲は、シミュレーションする供試体40の特性により決定する。車両のアブソーバの場合、例えば、0Hzより高く100Hzまでとすることができる。
【0026】
以下の表1は、本実施形態の一つの実測例を示す。振動の周波数ごとに信号Sに対する信号Sfのゲインと位相(deg)を示している。また、ゲインはdB表示と実数表示の両方で示している。ゲインは信号Sfの振幅比で、負の位相が時間的な遅れを意味している。
【0027】
【表1】
【0028】
図4は、表1の測定データが表す伝達関数をボード線図で示している。図4において、Gはゲイン、Pは位相のそれぞれ周波数特性を示している。
上記表1の測定データを複素数で表現すると、以下の表2となる。すなわち、上記表1のゲインと位相の関係は以下の式のように複素数で表現することができる。
G(jωk)=Aejφ=A(cosφ+jsinφ)=Acosφ+jAsinφ
=R+jI
ここで、Aがゲイン(実量)、φが位相(deg)であるから、表1のそれぞれの値はそれぞれ上記式に従って、表2の内容となる。
【0029】
【表2】
【0030】
【0031】
【0032】
【0033】
【0034】
図5(a)および(b)は、上記の式(17)に示す3次多項式で近似された伝達関数のボード線図であり、ゲインおよび位相を図4に示した、測定データに基づいて求めたゲインGと位相Pとの対比でそれぞれ示している。図5(a)、(b)に示したRg、Rpは、それぞれ測定によって得られたゲインと位相を示し、Ng、Npは、それぞれ計算によって得られたゲインと位相を示す。図5(a)および(b)に示すように、100Hzにおけるゲインの誤差が1dB程度で、位相の誤差が5deg以内で、アブソーバのシミュレーションに十分な精度である。システムによって、精度が不十分な場合、nを大きくし、同様な計算で近似することが可能である。
【0035】
【0036】
【0037】
【0038】
式(25)には、パラメータωa1、ωa2、ωb1、ωb2、ζ、ζが含まれる。本実施形態は、このようなパラメータを調整することにより、式(25)のプロパーな逆伝達関数を、上記1次遅れ要素(ローパスフィルタ)と2次振動要素それぞれの影響を考慮しながら、試験システムの伝達関数の逆伝達特性に近づけるようにして求める。各パラメータの決定は、手動で行ってもよく、また、自動で行ってもよい。パラメータを決定する際の条件を以下に例示する。
(1)式(25)の分母に関し、位相遅れの影響を小さくするため、周波数ωa1、ωa2は、ω、ωの4倍以上、または、演算装置がシミュレーションできる最大周波数とする。
(2)同じく分母に関し、同じく位相遅れの影響を小さくするため、ζを0.2以下にする。
(3)式(25)の分子に関し、分母の2次の項と1次の項とによって位相はやや遅れ、ゲインも低下する。このため、ωb1、ωb2は、ω、ωに対して小さい値に設定する。
(4)上記のようにパラメータを調整し、そのパラメータによる逆伝達関数のボード線図(ゲインおよび位相の周波数特性)を求める。そして、求めたゲインと要求されるゲインとの差が3dB以内、位相差が10deg以内になるまで、上記調整を繰り返す。ここで「要求されるゲインまたは位相」は、式(24)として求められる伝達関数の逆伝達関数(以下、「理論的な逆伝達関数」と言う)が表すゲインおよび位相周波数特性である。
以上の設定は、目安の一つであって、本実施形態はこのような手順あるいは設定によりパラメータを調整することに限定されるものではない。
【0039】
図6(a)および(b)は、本実施形態で求めた逆伝達関数を、理論的な逆伝達関数との対比で示すボード線図であり、図6(a)はゲイン(dB)、図6(b)は位相(deg)のそれぞれ周波数特性を示している。図6(a)、(b)にける曲線Ig、Ipは、理論的な逆伝達関数のそれぞれゲイン、位相を示し、曲線Mg、Mpは、本実施形態で求めた逆伝達関数のそれぞれゲイン、位相を示す。求めたゲイン、位相の周波数特性は、上述したように、理論的な逆伝達関数との差が、ゲインが3dB以内、位相が10deg以内とされて、本実施形態の試験システムにおける応答遅れ(位相遅れ)が十分に抑制されている。
【0040】
ここで述べたゲインと位相の許容誤差は実施形態のアブソーバに対するもので、すべてのシステムに当てはまるものではない。評価するシステムの特性周波数範囲に応じて、変化するものである。
【0041】
本実施形態は、パラメータωa1、ωa2をなるべく高くすることにより、パラメータωb1、ζ、ωb2をパラメータω、ζ、ωに近づけることができ、より高い周波数まで理論的な逆伝達関数に近づけることができる。この場合、より短いサンプリング時間で計算を行うことが必要で、つまり、より高性能な演算装置、あるいは制御装置が必要となる。HILSにより評価するシステムの周波数範囲が低い場合、より低い周波数での一致が十分なので、パラメータωa1、ωa2を低くし、計算負荷を低減し、安価な評価システムを構築することが可能である。
【0042】
表3は、理論的な逆伝達関数のパラメータω、ω、ζ、及び近似により生成された逆伝達関数のパラメータωa1、ωa2、ωb1、ωb2、ζ、ζを示す。
【0043】
【表3】
【0044】
(逆伝達関数による評価)
再び図3を参照すると、プロパーな逆伝達関数を求めると、ステップS105で、この逆伝達関数を、図1(b)に示したように、試験システム1に実装する。なお、この逆伝達関数はモデルの演算と同じ演算装置側に実装するか、実機である供試体40の制御装置20の図示しない演算部に実装することができる。なお、逆伝達関数は、通常、演算能力が高い側に実装される。
【0045】
図7(a)および(b)、図8(a)から(i)は、本実施形態の逆伝達関数として機能する逆伝達関数補正部50による効果を説明するための図である。図7(a)は、図1の試験システム100の逆伝達関数補正部50による補正のないアクチュエータ30へ入力される信号(命令)c2と、試験システム1の逆伝達関数補正部50を通ったアクチュエータ30へ入力される信号(命令)c1とを比較して示す図である。図7(b)は、図7(a)中の横軸30sから30.1sの範囲の信号c1、c2を拡大して示す図である。図7(a)、図7(b)の横軸は時間(s)、縦軸は変位(mm)を示している。
【0046】
信号の遅れ時間と位相との関係は、周波数をF、遅れをδTとすると、位相遅れΦは以下の式(26)によって表される。
Φ =360°×F×δT・・・ 式(26)
図7(a)に示す例では、δT=0.0043s、F=60Hzとすると、Φ=92.8°(約1/4周期)の遅れ(供試体40から出力された信号Sfが演算装置10に入力されるまでの時間)が生じ、正確なシミュレーションを行うことができなくなる。本実施形態は、図7(b)に示すように、信号c1は信号c2よりも早いタイミングで変位が変化する(信号c1が信号c2に比べて進む)。本実施形態は、信号c1の進みによって供試体40が出力する信号Sf、Sfも進み、演算装置10における信号の遅れがなくなるので正確なシミュレーションが可能になる。
【0047】
図8(a)は、図2に示した路面Zから図1(a)、図1(b)の仮想モデル11に入力される変位を示す信号Sを示す図である。図8(b)は試験システム100の負荷装置60に入力される信号Sを示す図、図8(c)は試験システム100の供試体40から仮想モデル11へフィードバックされる信号Sfを示す図、図8(d)は図8(b)の領域Bを拡大して示す図、図8(e)は図8(c)の領域Cを拡大して示す図である。図8(a)から(e)の横軸はいずれも時間であって、図8(a)、(b)、(d)の縦軸は変位、図8(c)、(e)の縦軸は荷重である。
【0048】
図8(f)は試験システム1の負荷装置60に入力される信号Sを示す図、図8(g)は試験システム1の供試体40から仮想モデル11へフィードバックされる信号Sfを示す図、図8(h)は図8(f)の領域Fを拡大して示す図、図8(i)は図8(g)の領域Gを拡大して示す図である。図8(f)から(i)の横軸はいずれも時間であって、図8(f)、(h)の縦軸は変位、図8(g)、(i)の縦軸は荷重である。すなわち、図8(b)から図8(e)は、逆伝達関数補正部50による補正を行わない、図1(a)の試験システム100を用いた結果を示す。図8(f)から図8(i)は、逆伝達関数補正部50による補正を行う、試験システム1を用いた結果を示す。
【0049】
本実施形態では、仮想モデル11への路面入力は凹凸が±50mmの模擬路面であり、図8(a)に示すように、車両走行方向に沿って正弦波的に変化する。シミュレーションの車速では、0.5Hzの周期で変動する。
【0050】
この試験では、供試体40にショックアブソーバの実機を用いている。図8(b)、(f)のように、正弦波の路面入力に対し、実機へのアブソーバの変位入力も正弦波に近い滑らかな変動に対し、アブソーバの荷重の変化勾配が不連続で、強い非線形性と高い周波数成分が含まれる。この荷重信号はモデルへフィードバックされる(図中領域B、Fで示す部分)。
【0051】
図8(b)から(e)に示すように、逆伝達関数による補正がない場合、図8(b)、図8(c)においては領域B、領域Cで示す部分、図8(d)、図8(e)においては時間2.4sから時間3.0sの範囲で約40Hz弱の高周波成分による影響が徐々に増え、モデル上から計算された実機への指令が本来はあるべきでない高い周波数成分の振動が重畳されている。この振動指令により、ショックアブソーバAも高い周波数で振動し、仮想モデル11への荷重信号も振動的になる。これは上述した荷重信号中の高周波成分の位相遅れにより、間違った計算結果によるものである。一方、図8(f)から図8(i)に示すように、逆伝達関数による補正を行った場合、上述のような振動がなくなり、正しいHILS評価ができる。本実施形態の場合、実車両走行時、上述のような振動がないことが既知なので、シミュレーションミスと想定できるが、特性が既知でない新製品の場合、逆伝達関数による補正がない場合、間違った結果となる。
【0052】
なお、試験条件や、試験体、負荷装置の特性により、上記振動のタイミングや、周波数、大きさが変化する。すなわち、発振は、荷重成分に含まれる周波数の位相と振幅の変化によって発生する。したがって、図8(b)、(c)に示した例では発振する周波数と時間が図示した領域B、C内にあるが、本実施形態はこのような例に限定されるものでなく、発振の周波数及び時間(タイミング)は試験条件により変化する。
【0053】
ここで、プロパーな伝達関数は、現実世界で厳密な実現が可能である伝達関数であり、具体的には分子のsの次数≦分母のsの次数を満たす伝達関数をいう。すなわち、プロパーでない伝達関数は、プロパーな項とプロパーでない項とに分けられる。これを展開すると試験システムの出力が得られる。伝達関数がプロパーでない場合、プロパーでない項の作用で入力の時間微分が出力に含まれる。時間微分は、現実世界での実現を妨げる要因となる。以上説明したように、本実施形態は、プロパーな伝達関数の逆伝達関数、すなわちプロパーな逆伝達関数により仮想モデル11の出力信号を補正する。これにより、本実施形態は、アクチュエータ30等に起因した試験システムにおける応答遅れを解消し、試験システム1において行われるシミュレーションをより高い精度で行うことが可能になる。
【0054】
以上説明した第1の発明の態様は、試験の対象となる実機の一部としての供試体と、前記供試体を動作させるアクチュエータと、前記供試体と関連して動作する仮想モデルと、前記アクチュエータを制御する制御装置と、前記仮想モデルを演算する演算装置と、前記供試体、前記アクチュエータ及び前記制御装置間の通信部、並びに前記演算装置と前記制御装置との間の通信部を含む系の伝達関数に基づいて求められるプロパーな逆伝達関数によって、前記仮想モデルからの信号を補正する逆伝達関数補正部と、を備え、前記制御装置は、前記逆伝達関数補正部によって補正された信号に基づいて前記アクチュエータを制御する、試験システムである。
【0055】
第2の発明の態様は、前記逆伝達関数補正部を、前記演算装置に実装した上記の態様の試験システムである。
【0056】
第3の発明の態様は、前記逆伝達関数補正部を、前記供試体を動作させる実機制御演算部に実装した上記の態様の試験システムである。
【0057】
第4の発明の態様は、前記伝達関数は分子が0次のラプラス変数であり、近似した伝達関数である、上記の態様の試験システムである。
【0058】
第5の発明の態様は、前記伝達関数は分母が3次のラプラス変数であり、近似した伝達関数である、上記の態様の試験システムである。
【0059】
第6の発明の態様は、試験の対象となる実機の一部としての供試体と、前記供試体を動作させるアクチュエータと、前記供試体と関連して動作する仮想モデルと、前記アクチュエータを制御する制御装置と、前記仮想モデルを演算する演算装置と、を含む試験システムの制御方法であって、前記供試体、前記アクチュエータ、前記制御装置、および前記演算装置と前記制御装置との間の通信部を含む系の伝達関数に基づいて求められるプロパーな逆伝達関数によって、前記仮想モデルからの信号を補正する工程と、前記逆伝達関数補正工程において補正された信号に基づいて前記アクチュエータを制御する工程と、を含む試験システムの制御方法である。
【0060】
第7の発明の態様は、前記アクチュエータ及び前記供試体を含めた系の伝達関数を実数部と虚数部に分けて、最小二乗法による近似式により前記伝達関数を求める、上記の試験システムの制御方法である。
【0061】
第8の発明の態様は、前記伝達関数を1次遅れ系と2次振動系に分割して、近似する逆伝達関数のパラメータを求める、上記の試験システムの制御方法である。
【符号の説明】
【0062】
1、100 試験システム
10 演算装置
11 仮想モデル
20 制御装置
21 比較部
22 制御部
30 アクチュエータ
40 供試体
50 逆伝達関数補正部
60 負荷装置
A ショックアブソーバ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8