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  • 特開-育児ストレス度の検出方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035663
(43)【公開日】2024-03-14
(54)【発明の名称】育児ストレス度の検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240307BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20240307BHJP
【FI】
G01N33/68
G01N33/50 G
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022140263
(22)【出願日】2022-09-02
(71)【出願人】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坂本 考司
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045CB07
2G045DA36
2G045JA01
(57)【要約】
【課題】バイオマーカーを用いて、乳児の母親の育児ストレス度の検出方法を提供する。
【解決手段】以下の工程(A)及び(B)を含む、乳児の母親の育児ストレス度の検出方法:
(A)乳児の母親から採取された生体試料中のオキシトシン量を測定する工程、
(B)前記オキシトシン量を基準値と比較し、前記母親の育児ストレス度を検出する工程。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(A)及び(B)を含む、乳児の母親の育児ストレス度の検出方法:
(A)乳児の母親から採取された生体試料中のオキシトシン量を測定する工程、
(B)前記オキシトシン量を基準値と比較し、前記母親の育児ストレス度を検出する工程。
【請求項2】
育児ストレスが親役割によって生じる規制、社会的孤立、夫との関係及び親の健康状態から選ばれる要因から生じるストレスである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
生体試料が唾液である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
生体試料の採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにオキシトシン量を測定するための試薬を含有する、請求項1~3のいずれか1項記載の方法に用いられる乳児の母親の育児ストレス度の検出用キット。
【請求項5】
乳児の母親から採取された生体試料中のオキシトシン量の情報を入力する入力手段と、前記入力手段により入力された前記オキシトシン量の情報を基準値と比較し、前記母親の育児ストレス度を検出する検出手段と、前記検出手段で検出された結果を出力する検出結果出力手段、を備える乳児の母親の育児ストレス度の検出システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマーカーを用いた育児ストレス度の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、核家族化、近隣者との関係の希薄化等により、養育者は育児ストレスが蓄積しやすい環境にある。育児ストレスは過度に増えると虐待やネグレクトにつながる危険性が高いため、育児ストレス度の客観的指標(マーカー)を同定し、指標に基づいたケア開発が必要である。しかしながら、育児ストレス度のマーカーは未だ同定されていない。
【0003】
これまでストレスのバイオマーカーとして、コルチゾールやオキシトシンが見出されている(非特許文献1、特許文献1)。しかしながら、乳幼児を持つ就労女性の育児ストレス度と職業性ストレス度のスコアは相関しないため(非特許文献2)、ストレッサーが異なるとバイオマーカーも異なることが示唆される。またオキシトシンに関しては、負荷されるストレッサーや対象者によって挙動は異なることが知られており、看護師の職業性の身体的・精神的ストレス負荷でオキシトシンは低下するが(特許文献1)、社会的ストレスや学生の勉強に対するストレスでは上昇する(非特許文献3、非特許文献4)ことが報告されている。そのためストレッサー、そして対象者ごとに、バイオマーカーの挙動を含めて明らかにする必要がある。
【0004】
児童福祉法では1歳未満が乳児、1歳以上が幼児とされ、育児ストレス要因は、乳児と幼児の母親で育児ストレッサーが異なり、乳児(4ヶ月児)の母親では「精神的サポートの無さ」や「育児ヘルプのなさ」であるのに対し、幼児(1歳6か月児)の母親では「居場所づくり」であることが報告されている(非特許文献5)。このように乳児を持つ母親と幼児を持つ母親で育児ストレスの要因が異なっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2022-20136号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】野村ら,バイオフィードバック研究,36,1,23-32,2009
【非特許文献2】平岡ら,小児保健研究,63,6,647-652,2004
【非特許文献3】Jong et al., Psychoneuroendocrinology, 62, 381-388, 2015
【非特許文献4】Kuchenbecker et al., Stress, 24, 4, 370-383, 2021
【非特許文献5】手島,原口,福岡県立大学看護学部紀要1,15-27,2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、バイオマーカーを用いて、乳児の母親の育児ストレス度の検出方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、育児ストレスと母親の唾液中のオキシトシン量及びコルチゾール量との関係を解析したところ、1歳未満の乳児を持つ母親の唾液中オキシトシン量と育児ストレス尺度スコアが有意な負相関を示し、オキシトシンを指標として乳児の母親の育児ストレス度の検出が可能であることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の1)~3)に係るものである。
1)以下の工程(A)及び(B)を含む、乳児の母親の育児ストレス度の検出方法:
(A)乳児の母親から採取された生体試料中のオキシトシン量を測定する工程、
(B)前記オキシトシン量を基準値と比較し、前記母親の育児ストレス度を検出する工程。
2)生体試料の採取及び保存に必要な用具及び試薬、並びにオキシトシン量を測定するための試薬を含有する、1)の方法に用いられる乳児の母親の育児ストレス度の検出用キット。
3)乳児の母親から採取された生体試料中のオキシトシン量の情報を入力する入力手段と、前記入力手段により入力された前記オキシトシン量の情報を基準値と比較し、前記母親の育児ストレス度を検出する検出手段と、前記検出手段で検出された結果を出力する検出結果出力手段、を備える乳児の母親の育児ストレス度の検出システム。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、被験者への負担をかけることなく、乳児を持つ母親の育児ストレス度の検出が可能となり、ストレス状態にある親子関係の早期発見や、ストレス軽減のための早期介入が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】母親の育児ストレスインデックス(親の側面)の総スコアと、オキシトシン及びコルチゾールとの関連性解析。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明において、乳児の母親の育児ストレスとは、乳児を持つ母親が育児に関連してストレスを被っている状態を意味する。なお、乳児とは、生後0日から満1歳未満までの子を指す。
育児ストレスの状態は、問診やアンケートに基づいてスコアリングすることができる。例えば、PSI育児ストレスインデックス(一般社団法人 雇用問題研究会)は、親の育児ストレスを測定する最も有効なツールの1つであるとされている(奈良間ら,小児保健研究,610,610-616,1999)。PSI育児ストレスインデックスでは、「親自身」に関するストレス(親の側面)の総スコアと、7つの下位尺度の各スコア(P1:親役割によって生じる規制、P2:社会的孤立、P3:夫との関係、P4:親としての有能さ、P5:抑うつ・罪悪感、P6:退院後の気落ち、P7:子どもに愛着を感じにくい、P8:健康状態)、及び「子どもの特徴」に関するストレス(子の側面)の総スコアと、7つの下位尺度の各スコア(C1:親を喜ばせる反応が少ない、C2:子どもの機嫌の悪さ、C3:子どもが期待どおりにいかない、C4:子どもの気が散りやすい/多動、C5:親につきまとう/人に慣れにくい、C6:子どもに問題を感じる、C7:刺激に敏感に反応する/ものに慣れにくい)が算出される。
そして、一般的にはPSIパーセンタイル表をもとに、育児ストレスのレベルが評価される(Noriuchi et al., Sci. Rep., 9, 1658, 2019) 。親の側面の総スコアの20パーセンタイル値は90、50パーセンタイル値は105、80パーセンタイル値は121とされている。また子の側面の総スコアの20パーセンタイル値は74、50パーセンタイル値は86、80パーセンタイル値は98とされている。
本発明において、「育児ストレス状態が非常に高い」とは、育児ストレス尺度スコア(親の側面の総スコア)が121点以上~150点以下である状態をいい、「育児ストレス状態が高い」とは、育児ストレス尺度スコア(親の側面の総スコア)が105点以上~121点未満である状態をいい、「育児ストレス状態が低い」とは、育児ストレス尺度スコア(親の側面の総スコア)が90点以上~105点未満である状態をいい、「育児ストレス状態が非常に低い」とは、該スコアが40点以上~90点未満である状態をいう。
【0013】
本発明において、育児ストレス度の「検出」とは育児ストレス状態の存在又は不存在を明らかにすること、育児ストレス状態の程度を明らかにする意味であり、検査、測定、判定又は評価支援などの用語で言い換えることもできる。本明細書における育児ストレス度の「検出」、「検査」、「測定」、「判定」又は「評価」という用語は、医師によるストレス性疾患の診断を含むものではない。
【0014】
後述する実施例に示すように、3-11ヶ月齢児(乳児)の母親の育児ストレス状態は、当該母親の唾液中のオキシトシン量に有意な負相関が認められた一方で、12-24ヶ月齢児(幼児)の母親の育児ストレスの状態には、当該オキシトシン量との相関性は認められない。また、乳児の母親の育児ストレス状態においては、特に親役割によって生じる規制、社会的孤立、夫との関係及び親の健康状態に起因するストレスがオキシトシン量とよく相関することが認められた。
この結果は、乳児の母親から採取した生体試料中のオキシトシン量に基づいて、当該母親の育児ストレス度、特に親役割によって生じる規制(子どもの要求やニーズによって制御され、支配されており、自分の自由が束縛されることによるストレス)、社会的孤立(親の役割を果たすための有用な社会的サポートの欠如によるストレス)、夫との関係(夫からの情緒的(共感や励まし等)、行動的(家事労力等)なサポートが不足する、ワンオペ育児等によるストレス)、及び親の健康状態から選ばれる要因から生じるストレスのストレス度の検出が可能であることを示す。
本発明の乳児の母親の育児ストレス度の検出方法は、具体的には、以下の工程(A)及び(B)により行われる。
(A)乳児の母親から採取された生体試料中のオキシトシン量を測定する工程、
(B)前記オキシトシン量を基準値と比較し、前記母親の育児ストレス度を検出する工程。
【0015】
工程(A)において母親から採取される生体試料は、具体的には、血液(血漿、血清、血球(赤血球、白血球)を含む)、尿、唾液、リンパ液などが挙げられ、好ましくは唾液
、血液(血漿、血清、血球を含む)、尿が挙げられ、より好ましくは唾液である。
【0016】
生体試料の採取方法は、特に限定されないが、唾液の採取は、吐唾法、ワッテ法等により行うことができる。例えば、口腔内を水で漱口後、全唾液を所定の容器内に吐出させることにより行われる。採取後の唾液は直ちにドライアイス等にて凍結保存するのが好ましい。
【0017】
工程(B)において測定されるオキシトシンは、9個のアミノ酸残基からなるペプチドホルモンである。オキシトシンは、大脳の視床下部の室傍核や視索上核に存在する大細胞性神経細胞で合成され、脳下垂体後葉から血中に放出されることが知られる。
オキシトシン量の測定は、液体クロマトグラフ(HPLC)、液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)、液体クロマトグラフタンデム型質量分析計(LC-MS/MS)、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)、あるいは酵素免疫測定法(ELISA)などの免疫学的手法により可能である。これらの測定条件は公知であり、常法に従い容易に定量できる。
前記ELISA法は、例えばOxytocin ELISA kit(Enzo)を使用して実施することができる。
【0018】
工程(B)において、育児ストレス度の検出は、前記オキシトシン量を基準値と比較することによって行うことができる。
基準値は、例えば、乳児を持つ母親の集団のうち、育児ストレス状態の低い群(低ストレス群、育児ストレス状態の高い群(高ストレス群)から測定されたオキシトシン量の統計値(例えば平均値など)に基づいて決定することができる。この場合、当該育児ストレス状態の評価は、前述のPSI育児ストレスインデックスを用いた育児ストレス尺度スコア(親の側面の総スコア)が採用できる。
基準値との比較は、例えば、被験者である乳児の母親の生体試料におけるオキシトシンの量が、前記低ストレス群由来のオキシトシンの量よりも低い場合、前記高ストレス群由来のオキシトシンの量と同じ場合又は低い場合に、前記被験者の育児ストレス度は高いと検出することができる。
【0019】
別の一態様としては、例えば、多数の母集団(乳児を持つ母親の集団)で、育児ストレスレベルとオキシトシンの量を測定し、統計学的に処理をして少なくとも1つの参照値(カットオフ値)を定め、その値よりも数値が低いことで当該育児ストレスレベルを評価することができる。例えば、被験者におけるオキシトシン量が参照値と比べて統計学的に有意に低ければ、該被験者は育児ストレス状態にあると検出され得、そうでない場合、被験者は育児ストレス状態にはないと検出され得る。また例えば、被験者におけるオキシトシン量が参照値に対して、好ましくは90%以下、より好ましくは75%以下、さらに好ましくは50%以下であれば、該被験者は育児ストレス状態にあると検出され得、そうでない場合、被験者は育児ストレス状態にはないと検出され得る。
【0020】
また、例えば、育児ストレス度の程度の判定指標に関し、それらとオキシトシン量を関係づける適当な評価基準を作成し、それに基づいて被験者のオキシトシン量から被験者の育児ストレス度を検出することもできる。
【0021】
乳児の母親の育児ストレス度の検出用キットは、本発明による乳児の母親の育児ストレス度の検出方法に従って被験者の育児ストレス度を検出するためのキットである。
本発明のキットは、生体試料、例えば唾液の採取及び保存に必要な用具及び試薬、オキシトシン量を測定するための試薬を含有する。
例えば唾液の採取及び保存に必要な用具及び試薬としては、唾液を採取するための器具、採取した唾液を保存するための試薬、保存用の容器等が挙げられる。
オキシトシン量を測定するための試薬としては、例えば採取した生体試料からオキシトシンを抽出・精製するための試薬、オキシトシンを認識する抗体を含む免疫学的測定のための試薬の他、標識試薬、緩衝液、発色基質、二次抗体、ブロッキング剤、ポジティブコントロールやネガティブコントロールとして使用するコントロール試薬、試験に必要な器具の他、オキシトシンを検出するための指標又はガイダンス等が包含される。
【0022】
上述した本発明の乳児の母親の育児ストレス度の検出方法は、例えば、以下に示す手段を備えるシステム(乳児の母親の育児ストレス度の検出システム)により、実行することができる。
乳児の母親から採取された生体試料中のオキシトシン量の情報を入力する入力手段、前記入力手段により入力された前記オキシトシン量の情報を基準値と比較し、前記母親の育児ストレス度を検出する検出手段、前記検出手段で検出された結果を出力する検出結果出力手段。
【0023】
斯かるシステムは、物理的には、中央処理装置(CPU)、記憶装置、入力装置、表示装置などを備えたコンピュータシステム(例えばワークステーション、パーソナルコンピュータ、スマートフォン)によって実行される。当該システムは、被験者である乳児の母親の端末に構築されていてもよく、また、情報解析機関の端末に構築され、ネットワーク(例えば、インターネット等の電気通信網)を介して被験者の端末に出力結果が表示されるように構築されていても良い。
例えば、情報解析機関が入手した、被験者である乳児の母親の生体試料中のオキシトシン量の情報が当該機関のコンピュータシステムに入力され、前記母親の育児ストレス度検出手段によりストレス度を検出した後、その結果を被験者の端末に出力して表示させる態様が挙げられる。その際に、検出されたストレス度に応じて、ストレス軽減のために必要な情報、例えば当該母親のオキシトシンレベルを向上させるような、快感情を喚起するスキンケア動作を行う(特許7103887)、コクを呈する化粧料を使う(特願2018-172697)、触感の良い対象物(シート、布生地又はその加工物、髪の毛等)に手の平で触れる(特許6694096、特願2020-87376)、スキンシップをする(Cong et al., Early Hum. Dev., 91, 401-406, 2015)、マッサージを受ける(Li et al., Psychoneuroendocrinology, 101, 193-203, 2019)、エッセンシャルオイルを嗅ぐ(Tarumi et al., J. Altern. Complement Med. 26, 226-230, 2020)、スローテンポの音楽を聴く(Ooishi et al., PLoS One, 12, e0189075, 2017)、ペットと見つめ合う(Nagasawa et al., Science, 348, 333-6, 2015)等の情報を被験者に併せて提供することができる。
【実施例0024】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
実施例1
1. 方法
1-1.試験参加者
東京都近郊に居住する3-24ヶ月齢の子どもの母親97名を解析の対象者とした。
【0025】
1-2.育児ストレスインデックス
PSI育児ストレスインデックス(一般社団法人 雇用問題研究会)で母親の育児ストレスを評価した。本尺度は、親の育児ストレスを測定する最も有効なツールの1つである(前記非特許文献5)。「親自身」に関するストレス(親の側面)の総スコアと、7つの下位尺度の各スコア(P1:親役割によって生じる規制、P2:社会的孤立、P3:夫との関係、P4:親としての有能さ、P5:抑うつ・罪悪感、P6:退院後の気落ち、P7:子どもに愛着を感じにくい、P8:健康状態)、及び「子どもの特徴」に関するストレス(子の側面)の総スコアと、7つの下位尺度の各スコア(C1:親を喜ばせる反応が少ない、C2:子どもの機嫌の悪さ、C3:子どもが期待どおりにいかない、C4:子どもの気が散りやすい/多動、C5:親につきまとう/人に慣れにくい、C6:子どもに問題を感じる、C7: 刺激に敏感に反応する/ものに慣れにくい)を算出した。
【0026】
1-3.唾液採取
唾液採取は、15-20時の間に行った。口腔内を水で漱口後、全唾液を遠沈管に10分間吐出することで、母親から唾液を採取した。唾液採取の1時間前から、授乳、水(湯)以外の飲食、歯磨きを禁止とした。採取した唾液は-20℃で凍結し、保管した。
【0027】
1-4.唾液中オキシトシン、コルチゾール測定
全唾液の遠心分離後の上清(0.5-3.0ml)を回収した。オキシトシン測定では、全唾液の遠心分離後の上清と等量の0.1%(v/v)トリフルオロ酢酸(TFA)を混和し、再度遠心分離(3,000rpm、30min)した後の上清を、Sep-pak C18カラム(200mg、3cc、Waters)に供し、抽出を行った。
まずC18カラムに1.0mlの100%アセトニトリル(ACN)、次いで10mlの0.1% TFA溶液 (v/v)を通し、その後で0.1% TFA溶液(v/v)と混和した唾液サンプル(1.0-6.0ml)を通し、10mlの0.1% TFA溶液(v/v)で洗浄した後、3.0mlの(95%ACN/5%(0.1%TFA溶液))(v/v)で溶出させた。溶出した溶液のACNを窒素ガスで揮発させ、残った溶液を凍結乾燥に供し、凍結乾燥品をOxytocin ELISA kit(Enzo)中のAssay Bufferの250μlで溶解して、前記キットを用いて定量した。Bio-rad Protein assay(BIO-RAD)で、ウシ血清アルブミンで作成した検量線を基に、抽出前の唾液中のタンパク質濃度(mg/ml)を定量し、単位タンパク量当たりのオキシトシン量を算出した。コルチゾールは、全唾液の遠心分離後の上清を用いて、Cortisol EIA Kit、Expanded Range,High Sensitivity,Salivary(Salimetrics)で定量した。
【0028】
2.結果
2-1.母親の育児ストレスインデックス(親の側面)の総スコアとオキシトシン、コルチゾールとの関連性解析(図1
育児ストレスインデックス(親の側面)の総スコアと唾液中オキシトシン量との関連性を解析した結果、乳児(3-11ヶ月齢)の母親で、有意な負の相関が認められた(r=-0.45,p<0.05)。しかしながら、幼児(12-24ヶ月齢)の母親では有意な相関は認められなかった(r=0.14,p=0.47)。
また育児ストレスインデックス(子の側面)の総スコアと唾液中オキシトシン量とでは、乳児・幼児の母親に関わらず、有意な相関は認められなかった(乳児(3-11ヶ月齢)の母親:r=-0.1,p=0.71、幼児(12-24ヶ月齢)の母親:r=0.13,p=0.30)。
【0029】
さらに、育児ストレスインデックス(親の側面)の総スコアと、唾液中コルチゾール濃度との関連性を解析した結果、乳児・幼児の母親に関わらず、有意な相関は認められなかった(乳児(3-11ヶ月齢)の母親:r=0.14,p=0.47、幼児(12-24ヶ月齢)の母親:r=0.08,p=0.46)。このことから、オキシトシンは、乳児の母親の親自身に関する育児ストレスのバイオマーカーであることが明らかになった。
【0030】
2-2.母親の育児ストレスインデックス(親の側面)の下位尺度の各スコアと、オキシトシン、コルチゾールとの関連性解析
育児ストレスインデックス(親の側面)の下位尺度の各スコアと、母親の唾液中オキシトシン量、コルチゾール濃度との関連性を解析した。結果を表1に示す。
乳児(3-11ヶ月齢)の母親において、P1(親役割によって生じる規制)、P2(社会的孤立)、P3(夫との関係)、P8(親の健康状態)の各スコアと、唾液中オキシトシン量とで有意な負相関が認められた。しかしながらコルチゾールでは、全ての下位尺度のスコアにおいて、有意な相関は認められなかった。さらに幼児(12-24ヶ月齢)の母親では、全ての下位尺度のスコアにおいて、唾液中オキシトシン量、及びコルチゾール濃度と、有意な相関は認められなかった。
【0031】
これらのことから、オキシトシンは乳児の母親の親自身に関するストレスの中でも、P1(親役割によって生じる規制)、P2(社会的孤立)、P3(夫との関係)、P8(親の健康状態)による育児ストレスのバイオマーカーであることが明らかになった。
【0032】
【表1】
図1