(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035677
(43)【公開日】2024-03-14
(54)【発明の名称】薬剤の白斑リスクを判定する方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20240307BHJP
C12Q 1/26 20060101ALI20240307BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12Q1/26
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022140287
(22)【出願日】2022-09-02
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-05-16
(71)【出願人】
【識別番号】000113470
【氏名又は名称】ポーラ化成工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】豊田 明美
(72)【発明者】
【氏名】山地 史哉
(72)【発明者】
【氏名】森 将人
(72)【発明者】
【氏名】宍戸 まゆみ
(72)【発明者】
【氏名】西村 いづみ
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA18
4B063QQ02
4B063QQ08
4B063QR72
4B063QR77
(57)【要約】 (修正有)
【課題】皮膚外用剤に配合する成分について、それを曝露した皮膚に白斑が生じる危険性(白斑リスク)を、動物を用いずにin vitroで、高い信頼性で効率よく評価する方法を提供する。
【解決手段】被験試料の白斑リスクを判定する方法であって、
(1)被験試料のメラノサイトに対する50%生育阻害濃度(IC
50)の評価を行う工程1、
並びに工程1においてIC
50が予め設定した基準値を超えた場合に、
(2)被験試料のメラノサイトにおける活性酸素産生活性の評価、(3)被験試料のメラノサイトにおける小胞体ストレス誘導活性の評価、及び(4)被験試料のメラノサイトにおけるアポトーシス誘導活性の評価、からなる群から選択される1又は2以上の評価を行う工程2、及び
(5)被験試料のチロシナーゼによる被代謝能の評価を行う工程3、を含む、方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験試料の白斑リスクを判定する方法であって、
(1)被験試料のメラノサイトに対する50%生育阻害濃度(IC50)の評価を行う工程1、並びに
工程1においてIC50が予め設定した基準値を超えた場合に、
(2)被験試料のメラノサイトにおける活性酸素産生活性の評価、
(3)被験試料のメラノサイトにおける小胞体ストレス誘導活性の評価、及び
(4)被験試料のメラノサイトにおけるアポトーシス誘導活性の評価、からなる群から選択される1又は2以上の評価を行う工程2、及び
(5)被験試料のチロシナーゼによる被代謝能の評価を行う工程3、を含む、方法。
【請求項2】
工程2において評価したいずれにおいても活性が認められないことが確認された後に、工程3を行う、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程2において、(2)、(3)及び(4)の評価を行う、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
工程1においてIC50が予め設定した基準値以下であった場合に、被験試料は白斑リスクが高いと判定され、
工程2において評価したいずれか1以上において活性が認められた場合に、被験試料は白斑リスクの懸念があると判定され、
工程2において評価したいずれにおいても活性が認められず、かつ工程3において前記被代謝能が認められない場合に、被験試料は白斑リスクが低いと判定される、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
工程3において、前記被代謝能が認められた場合に、さらに、
被験試料のチロシナーゼによる代謝物について、工程1を行うこと、及び
工程1においてIC50が予め設定した基準値を超えた場合に工程2を行うことを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
工程1においてIC50が予め設定した基準値を超えた場合に、さらに
(6)被験試料のタンパク質結合能、及び/又は
(7)被験試料の樹状細胞活性化能、の評価を行う工程4を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
被験試料のチロシナーゼによる代謝物について、工程1においてIC50が予め設定した基準値を超えた場合に、さらに
(6)被験試料のチロシナーゼによる代謝物のタンパク質結合能、及び/又は
(7)被験試料のチロシナーゼによる代謝物の樹状細胞活性化能、の評価を行う工程4を含む、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
被験試料が水溶性である、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化粧料に配合する成分の白斑リスク判定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ロドデノール(4-(4-ヒドロキシフェニル)-2-ブタノール)はそのチロシナーゼ阻害作用を利用して美白用化粧料の有効成分として利用されていたが、それを配合した化粧料を適用した皮膚において白斑を多数生じさせることが発覚した(非特許文献1)。
一般に、薬剤の開発においては、有効性の確認の他に、副作用の誘発を防ぐべく安全性の確認が行われている。しかしながら、近年、化粧料の場合は動物を使用せずに実験することが国際的な潮流であるため、薬剤の安全性を確認するために用いる試験の多くはin
vitroで実施する必要がある。ただ、安全性を確認しなければならないすべての評価項目において、利用可能なin vitro法が確立されているわけではない。
さらに、in vitroでも信頼性の高い安全性確認のための手段が求められており、種々の方法が提案されている。例えば、ヒト単球系培養細胞THP-1を利用して薬剤の感作性を評価するヒトセルライン活性化テスト(h-CLAT)や、被験試料の共存下で培養した細胞における免疫活性化マーカー発現を検出して被験試料と細胞間の相互作用に起因する感作性を検出する方法等が提案されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】T. N-Mogami, Bull. Natl. Inst. Health Sci., 133, 13-20 (2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
白斑が生じるメカニズムについては種々研究されており様々な要因が報告されているが、化粧料への配合に耐えうる安全性を確認する際の試験法としては未だ確立されていない。また、前記評価項目が複数必要である場合、被験試料を検証する手順について効率的に確認を遂行できることも重要である。
このような状況を鑑みて、本発明は、皮膚外用剤に配合する成分について、それを曝露した皮膚に白斑が生じる危険性(白斑リスク)を、動物を用いずにin vitroで、高い信頼性で効率よく評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意研究の末、白斑が生じるメカニズムを網羅的に解明した結果、被験試料(化合物等)をメラノサイトに曝露したときに白斑を生じ得る、主要な評価項目として、メラノサイトに対する直接的な細胞毒性と、細胞毒性を引き起こすメカニズムに関与する活性(間接的な細胞毒性)と、化合物のチロシナーゼによる代謝性とを特定した。さらにその優先順位を決定し、評価フローを構築して本発明を完成させた。さらに評価結果を補強するエンドポイントとして、化合物の免疫応答性評価を行うことも好ましいことを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]被験試料の白斑リスクを判定する方法であって、
(1)被験試料のメラノサイトに対する50%生育阻害濃度(IC50)の評価を行う
工程1、並びに
工程1においてIC50が予め設定した基準値を超えた場合に、
(2)被験試料のメラノサイトにおける活性酸素産生活性の評価、
(3)被験試料のメラノサイトにおける小胞体ストレス誘導活性の評価、及び
(4)被験試料のメラノサイトにおけるアポトーシス誘導活性の評価、からなる群から選択される1又は2以上の評価を行う工程2、及び
(5)被験試料のチロシナーゼによる被代謝能の評価を行う工程3、を含む、方法。
[2]工程2において評価したいずれにおいても活性が認められないことが確認された後に、工程3を行う、[1]に記載の方法。
[3]工程2において、(2)、(3)及び(4)の評価を行う、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]工程1においてIC50が予め設定した基準値以下であった場合に、被験試料は白斑リスクが高いと判定され、
工程2において評価したいずれか1以上において活性が認められた場合に、被験試料は白斑リスクの懸念があると判定され、
工程2において評価したいずれにおいても活性が認められず、かつ工程3において前記被代謝能が認められない場合に、被験試料は白斑リスクが低いと判定される、[2]又は[3]に記載の方法。
[5]工程3において、前記被代謝能が認められた場合に、さらに、
被験試料のチロシナーゼによる代謝物について、工程1を行うこと、及び
工程1においてIC50が予め設定した基準値を超えた場合に工程2を行うことを含む、[2]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]工程1においてIC50が予め設定した基準値を超えた場合に、さらに
(6)被験試料のタンパク質結合能、及び/又は
(7)被験試料の樹状細胞活性化能、の評価を行う工程4を含む、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7]被験試料のチロシナーゼによる代謝物について、工程1においてIC50が予め設定した基準値を超えた場合に、さらに
(6)被験試料のチロシナーゼによる代謝物のタンパク質結合能、及び/又は
(7)被験試料のチロシナーゼによる代謝物の樹状細胞活性化能、の評価を行う工程4を含む、[5]に記載の方法。
[8]被験試料が水溶性である、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の判定方法によれば、化合物の白斑リスクを網羅的な白斑発生メカニズムに基づいて、動物を用いることなくin vitroで、客観的に、短期間で効率的に判定できる。そのため、化粧料に配合する成分の検討に役立てることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】白斑リスクの判定フローの一態様を示す図である。工程1は最優先で必須に行われる。工程1においてIC
50が予め設定した基準値を超えた場合に、工程2及び工程3を行う。工程2及び工程3はいずれを先に又は同時に行ってもよいが、工程2において評価したいずれにおいても活性が認められないことが確認された後に、工程3を行うことが好ましい。工程3において、前記被代謝能が認められた場合は、その代謝物について改めて工程1から評価を実施することが好ましい。工程1においてIC
50が予め設定した基準値を超えた場合には、工程4も行うことが好ましい。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明において、白斑リスクとは、被験試料(通常は皮膚外用剤に配合しようと検討する成分)について、それを曝露した皮膚に白斑が生じる危険性をいう。通常は、「白斑リ
スクが高い」、「白斑リスクが懸念される」、「白斑リスクが低い・ない」というような3段階に評価されるが特に限定されない。白斑リスクが高い場合は、皮膚外用剤への配合すべきでないため、通常は開発候補から除外される。
【0011】
本発明の判定方法に適用できる被験試料は、特に限定されず、純物質、動植物由来の抽出物、又はそれらの混合物等が挙げられるが、純物質が好ましく、低分子化合物がより好ましい。
また、本発明の判定方法における各工程では細胞(メラノサイト)や酵素を用いるため、試験系は通常は水性媒体を用いることとなる。そうすると難水溶性物質については適切な評価をできない場合があるため、被験試料は水溶性であることが好ましい。例えば、n-オクタノール/水の分配係数(Log kow)が6以下の物質に対して、本発明の判定方法を好ましく適用できる。
また、本発明の判定方法における各工程は、光照射の影響を排除するものではないため、光反応性が高い物質については適切な評価をできない場合があるため、被験試料は光反応性が低いことが好ましい。例えば、モル吸光係数が100L・mol-1・cm-1(波長290~700nm)以上の物質に対して、本発明の判定方法を好ましく適用できる。
【0012】
本発明者らは、白斑発生メカニズムについての研究を網羅的に検証し、主に以下の流れにより白斑が生じると推測した。すなわち、皮膚に適用された物質自体又はそれがチロシナーゼ代謝を受けて生じた代謝物が、表皮細胞内で何らかの働きかけをして活性酸素(ROS)を産生させたり、小胞体(ER)ストレスを引き起こしたりする。皮膚において酸化・抗酸化反応のバランスが乱れると、ROS産生が過剰となる。過剰に賛成したROSや、ERストレスがメラノサイトの細胞死を誘発する。また、メラノサイトが細胞死するとダメージ関連分子パターン(DAMPs)が発現し、樹状細胞(DC)が活性化して、免疫応答を誘発し、メラノサイトを攻撃する。
このように推測されたメカニズムに基づき、白斑リスクを判定するにあたり少なくとも評価すべき5項目を採用し、工程1~3に組み入れることとした。
【0013】
以下に、本発明の判定方法に含まれる工程と、判定の指標とする評価項目について説明する。
【0014】
<工程1>
本発明の判定方法には、被験試料のメラノサイトに対する直接的な細胞毒性を示す指標として、(1)50%生育阻害濃度(IC50)の評価を行う工程1を必須にかつ最先に行う。メラノサイト細胞死は、白斑発症における最も重要なエンドポイントであるためである(山崎研志ら、尋常性白斑の病態 up to date, 2020, 日皮会誌:130(3)、357-366)。メラノサイトに対するIC50が低いほど、白斑リスクが高い傾向にある。
メラノサイトに対するIC50の測定は、特に制限されず公知の方法で行うことができる。例えば、適当な濃度に希釈した被験試料溶液を、正常ヒトメラノサイト(Normal Human Epidermal Melanocytes:NHEM)に所定時間曝露させた後に、adenosine triphosphate (ATP)を指標として細胞生存率を測定し、得られた細胞生存率から算出することができる。
被験試料のメラノサイトに対する細胞毒性が高いと判断する指標、すなわちIC50の基準値(カットオフ値)としては、特に限定されないが、例えば既知の白斑を発生させる物質及び安全性が確立している既存の美白用成分のIC50の値を踏まえ、IC50=50μg/mLとすることができる。かかる基準値を超えた場合は、工程2及び工程3へ進む。
【0015】
<工程2>
工程2では、(2)被験試料のメラノサイトにおける活性酸素産生活性の評価、(3)被験試料のメラノサイトにおける小胞体ストレス誘導活性の評価、及び(4)被験試料のメラノサイトにおけるアポトーシス誘導活性の評価からなる群から選択される1又は2以上の評価を行う。好ましくは、工程2では、(2)、(3)及び(4)の全ての評価を行う。
これらの評価項目は、メラノサイトに対する間接的な細胞毒性を呈する項目であるため、本発明の判定方法では工程1において直接的な細胞毒性が高くないと判断された場合であっても、少なくとも1以上を評価することを必須とする。
【0016】
過剰に産生した活性酸素(ROS)はメラノサイトの細胞死を誘発するため、(2)被験試料のメラノサイトにおける活性酸素産生活性が高いほど、白斑リスクが高い傾向にある。
ROS産生活性の測定は、特に制限されず公知の方法で行うことができる。例えば、適当な濃度に希釈した被験試料溶液を、NHEMに所定時間曝露させ、既存のROS産生活性測定試薬(例えばROS-ID Total ROS/Superoxide detection kit(Enzo Life Sciences社製)など)を用いて、所定の蛍光強度を測定することによりヒドロキシラジカル・過酸化水素産生能及びスーパーオキシド産生能をそれぞれ測定することができる。通常は、被験試料を添加しない対照群に比べたときの添加群での蛍光強度で評価を行う。
被験試料のメラノサイトにおける活性酸素産生活性が高い(すなわち、活性がある)と判断する指標としては、特に限定されないが、例えばヒドロキシラジカル・過酸化水素産生能及びスーパーオキシド産生能から選択される1又は2において、対照群に対して高い測定値が得られたこととすることができる。
【0017】
小胞体ストレスはメラノサイトの細胞死を誘発するため、(3)被験試料のメラノサイトにおける小胞体ストレス誘導活性が高いほど、白斑リスクが高い傾向にある。
小胞体ストレス誘導活性の測定は、特に制限されず公知の方法で行うことができる。例えば、例えば、適当な濃度に希釈した被験試料溶液を、NHEMに所定時間曝露させた後に該細胞からRNAを抽出し、逆転写後に、pPCRにより小胞体ストレスマーカー(例えばC/EBP homologous protein;CHOP遺伝子など)の発現量を測定する。通常は、被験試料を添加しない対照群に比べたときの添加群での発現量で評価を行い、発現量はGAPDH遺伝子等で補正を行った相対発現量を用いる。
被験試料のメラノサイトにおける小胞体ストレス誘導活性が高い(すなわち、活性がある)と判断する指標としては、特に限定されないが、例えば小胞体ストレスマーカー発現量が、対照群に対して有意に高いこととすることができる。
【0018】
前述の通りメラノサイトの細胞死は白斑につながるため、(4)被験試料のメラノサイトにおけるアポトーシス誘導活性が高いほど、白斑リスクが高い傾向にある。
アポトーシス誘導活性の測定は、特に制限されず公知の方法で行うことができる。例えば、適当な濃度に希釈した被験試料溶液を、NHEMに所定時間曝露させ、アポトーシスのメディエーター(カスパーゼ-3等)の発現量を測定することにより、評価することができる。
被験試料のメラノサイトにおけるアポトーシス誘導活性が高い(すなわち、活性がある)と判断する指標としては、特に限定されないが、例えばアポトーシスのメディエーターが発現している細胞(陽性細胞)の単位細胞数当たりの割合(陽性率)を算出することにより、該陽性率が所定の基準値より高いこと、又は対照群に対して高いこととすることができる。
【0019】
<工程3>
工程3では、(5)被験試料のチロシナーゼによる被代謝能の評価を行う。
白斑発生で問題となったロドデノールは、チロシナーゼの阻害剤であるとともに、それ
自身がチロシナーゼの基質となり、メラノサイト内でロドデノールキノン体が生成される。そして、ロドデノールが代謝される過程で活性酸素が発生し、メラノサイトが障害を受ける。さらに、ロドデノールキノン体がチロシナーゼと形成する複合体が抗原となって、メラノサイト特異的な細胞障害性リンパ球を誘導して、自己免疫性疾患が誘発され白斑発生に至ったと推測されている。
そのため、工程3は、ロドデノールの事例のように、被験試料自体に直接的又は間接的な細胞毒性が認められない場合でも、その代謝物が細胞毒性を有する可能性を見逃さないための評価項目である。
チロシナーゼによる被代謝能の測定は、特に制限されず公知の方法で行うことができる。例えば、適当な濃度に希釈した被験試料とチロシナーゼとを反応させて、所定時間経過後の被験試料の残存率をHPLC等で定量することにより測定することができる。通常、残存率はチロシナーゼ非添加のコントロールでの残存率を差し引いて補正する。
被験試料のチロシナーゼによる被代謝能が高い(すなわち、被代謝能がある)と判断する指標としては、特に限定されないが、例えばチロシナーゼ反応後の被験試料の残存率が反応開始から所定時間経過後に明確に低下していること、チロシナーゼ添加群における残存率がコントロールに比して明確に小さいこと、及び/又はチロシナーゼ反応により代謝物とみられる物質の生成がHPLC等で検出されること、などとすることができる。
【0020】
被験試料のチロシナーゼによる代謝物の細胞毒性についても確認する観点から、工程3において、被験試料のチロシナーゼによる被代謝能が認められた場合には、さらに、被験試料のチロシナーゼによる代謝物について、工程1を行うこと、及び工程1においてIC50が予め設定した基準値を超えた場合に工程2を行うことが好ましい。
【0021】
工程2及び工程3はいずれを先に又は同時に行ってもよいが、工程2において評価したいずれにおいても活性が認められないことが確認された後に、工程3を行うことが好ましい。工程3において、前記被代謝能が認められた場合は、その代謝物について改めて工程1から評価を実施することが好ましい。
【0022】
本発明の判定方法を
図1に示すフロー図を参照して説明すると、工程1においてIC
50が予め設定した基準値以下であった場合は、被験試料はメラノサイトに対する細胞毒性が高いため、白斑リスクが高いと判定される。また、工程2において評価したいずれか1つ以上、好ましくは2つ以上、より好ましくは3つにおいて活性があると認められた場合に、被験試料は白斑リスクの懸念があると判定される。また、工程2において評価したいずれにおいても活性があるとは認められず、かつ工程3においてチロシナーゼの被代謝能が認められない場合に、被験試料は白斑リスクが低いと判定される。なお、工程2において評価したいずれにおいても活性があるとは認められない場合であっても、工程3においてチロシナーゼの被代謝能が認められた場合は、その代謝物について白斑リスクを判定する必要があるため、工程3終了時にはまだ被験試料の白斑リスクを判断することはしない。
これらの判定基準で導かれる白斑リスクは、後述の実施例で示されるように白斑を発生させる又はさせないことが既知の物質についての知見と一致するものである。
【0023】
本発明の判定方法では、白斑発生に寄与する主要な5つの評価項目を、前述の工程の順で行うことにより、白斑リスクの見落としを避けることができ、信頼性のある判定を効率的に実現できる。
一般に、判定に際して指標となる評価項目の個数を増やせば判定結果の信頼性が向上すると考えられ、また白斑発生に関与する現象は種々あると考えられているが、本発明によれば判定に用いる評価項目を適切に選択して、適切な順序とすることにより、少なくとも1つ、通常は3~5つの評価項目であっても信頼性の確保を達成している。また、直接的な細胞毒性、間接的な細胞毒性、及び代謝物の検討という段階を経ることで、判定の迅速
化・簡素化に寄与する。
【0024】
<工程4>
前述した工程1~3により、信頼性のある白斑リスクの判定を行うことができるが、さらに判定結果の精度や信頼性を高めるため、被験試料もしくはチロシナーゼによって代謝された代謝物のタンパク質結合能や免疫応答性を評価してもよい。具体的には、工程1においてIC50が予め設定した基準値を超えた場合には、その被験試料についてはさらに(6)被験試料のタンパク質結合能、及び/又は(7)被験試料の樹状細胞活性化能、の評価を行う工程4を行う。
【0025】
(6)被験試料のタンパク質結合能が高いと、免疫応答が活性して安全性の懸念がある。
タンパク質結合能の測定は、特に制限されず公知の方法で行うことができる。例えば、ADRA(Amino acid Derivative Reactivity Assay)法など確立された手法を用いて行うことができる。
被験試料のタンパク質結合能があると判断する指標としては、特に限定されないが、被験試料との結合により減少した基準物質(タンパク質、ペプチド、又はNACやNALなどのペプチド誘導体)の減少率が所定の基準値よりも高いこととすることができる。タンパク質結合能があると判断された場合は、被験試料を皮膚外用剤に配合するに際し安全性上の懸念があるため、開発に慎重さが求められる。
【0026】
(7)被験試料の樹状細胞活性化能が高いと、免疫応答が活性してメラノサイトへの攻撃が促されるため、安全性の懸念がある。
樹状細胞活性化能の測定は、特に制限されず公知の方法で行うことができる。例えば、被験試料と共培養した樹状細胞上に提示される細胞成熟化マーカー(CD86、CD80、CD54、HLA-DR、OX40Lなど)の発現量を測定することにより測定することができる。
被験試料の樹状細胞活性化能があると判断する指標としては、特に限定されないが、例えば樹状細胞成熟化マーカーが発現している細胞(陽性細胞)の単位細胞数当たりの割合(陽性率)を算出することにより、該陽性率が所定の基準値より高いこと、又は対照群に対して高いこととすることができる。樹状細胞活性化能があると判断された場合は、被験試料を皮膚外用剤に配合するに際し安全性上の懸念があるため、開発に慎重さが求められる。
【実施例0027】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0028】
<1>試験材料
細胞は、ヒト正常ヒトメラノサイト(Normal Human Epidermal Melanocytes:NHEM、Thermo Fisher Scientific社、Lot No. 792326)を使用した。培地は、Medium 254+1% (v/v) HMGS+1% (v/v) AAを用いた。剥離液は、0.05% Trypsin-EDTAを用いた。
被験試料としては、表1に示す既知の白斑物質及び既知の美白成分を、表1に示す濃度で用いた。なお、被験試料番号10~12は光線性白斑物質として知られている。
【0029】
【0030】
<2>メラノサイトに対する50%生育阻害濃度(IC50)の評価
ヒトNHEMを5.0×104個/ウェルずつ接着細胞用プレート24Fに播種し、CO2インキュベーター(5%CO2、37℃、湿潤)内で24時間培養した。培養後に上清を除去し、各被験試料を所定濃度で含有する培地を1mL/ウェルずつ添加し、CO2インキュベーター(5%CO2、37℃、湿潤)内で72時間培養した。その後、プレートを室温で30分間インキュベートし、“Cellno” ATP ASSAY reagent Ver.2(東洋ビーネット株式会社製)を各ウェルに500μLずつ添加しピペッティングにより混合した。また、ブランクとして培地1mLに前記試薬を500μL添加したウェルを調製した。23℃、遮光条件下で10分間インキュベートし、ピペッティングにより混合した後、各ウェルから200μLずつ回収して、発光測定用白色プレート96Fに移した(n=3)。発光測定用プレート96Fの各ウェルの発光量を測定し、その表すATP量を指標として、下記式で細胞生存率を算出した。細胞生存率に基づきIC50値を求め、IC50値が50.0μg/mL以下の場合は細胞毒性が強い、50.0μg/mLを超える場合は細胞毒性が弱いと評価した。
【0031】
【0032】
<3>メラノサイトにおける活性酸素産生活性の評価
ヒトNHEMを5.0×104個/ウェルずつ24ウェルBlack Visiplate TCに播種し、CO2インキュベーター(5%CO2、37℃、湿潤)内で24時間培養した。培養後に上清を除去し、各被験試料を所定濃度で含有し、かつROS-ID Total ROS/Superoxide detection kit(Enzo Life Sciences社製)のヒドロキシラジカル・過酸化水素検出用プローブ(Green probe)及びスーパーオキシド検出用プローブ(Orange probe)を所定量含有する培地を1mL/ウェルずつ添加し、また、ブランクとして前記培地のみを添加したウェルを調製した(n=3)。CO2インキュベーター(5%CO2、37℃、湿潤)内で3時間培養した。その後、プレートの各ウェルの蛍光2波長(Green probe:Excitation(Ex)/Emission(Em)=488/520nm、Orange probe:Ex/Em=550/610nm)測定した。(n=3)。各プローブの蛍光強度比を下記式で算出し、ヒドロキシラジカル・過酸化水素産生能及びスーパーオキシド産生能とそれぞれした。いずれかの試験濃度群で、ヒドロキシラジカル・過酸化水素産生能及びスーパーオキシド産生能のいずれかにおいて、対照群に対して有意に(Dunnet検定でp<0.05)高い場合に活性酸素産生能が高いとし、それ以外の場合に活性酸素産生能が低いと評価した。
【0033】
【0034】
<4>メラノサイトにおける小胞体ストレス誘導活性の評価
ヒトNHEMを5.0×104個/ウェルずつ接着細胞用プレート24Fに播種し、CO2インキュベーター(5%CO2、37℃、湿潤)内で24時間培養した。培養後に上清を除去し、各被験試料を所定濃度で含有する培地を1mL/ウェルずつ添加し、CO2インキュベーター(5%CO2、37℃、湿潤)内で6時間培養した。その後、上清を除去し、PBSを500μL/ウェルずつ添加した。次いでPBSを除去し、Cell lysis bufferを350μL/ウェルずつ添加し、プレートを室温で10分間インキュベートした後、QIA Shredder(250)をセットしたSafe-Lock Tubes 2.0mLにウェル内の溶液を回収し、遠心分離(4℃、15000rpm、2分間)を行い、ろ液を回収した。回収したろ液は-80℃で一晩保存し、RNeasy Mini QIAcube kit (240)を用いてRNA精製を行った。得られたRNA溶液はそれぞれ分光光度計でRNA濃度を測定しRNA濃度が200ng/14μLになるようにDNas free waterで希釈した。各希釈液に計20μLになるようにSuper Script VILO cDNA Synthesis kitを添加して、Thermal Cycler MPでcDNA合成を行った。得られたcDNAを用いてQuant Studio 7により定量PCRを行い、CHOP遺伝子(Hs_DDIT3_1_SG QuantiTect Primer Assayを使用)及びGAPDH遺伝子(Hs_GAPDH_1_SG QuantiTect Primer Assayを使用)の発現量を解析した(n=3)。下記式でCHOP遺伝子の相対発現量を算出した。いずれかの試験濃度群において、CHOP遺伝子発現量が対照群と比較して有意に(Dunnet検定でp<0.05)高い場合は小胞体ストレス誘導活性が高い、それ以外の場合に小胞体ストレス誘導活性が低いと評価した。
【0035】
【0036】
<5>メラノサイトにおけるアポトーシス誘導活性の評価
ヒトNHEMを1.2×104個/ウェルずつ96ウェルブラックプレートに播種し、CO2インキュベーター(5%CO2、37℃、湿潤)内で24時間培養した。培養後に上清を除去し、0.05% Hoechst33342(Thermo Fisher Scientific社製)を含有する培地を200μL/ウェルずつ添加し、CO2インキュベーター(5%CO2、37℃、湿潤)内で45分間インキュベートした。その後、前記培地を除去し、各被験試料を所定濃度で含有する5μM Cellevent green(Thermo Fisher Scientific社製)添加培地を各ウェルに200μLずつ添加した。その後Operetta CLSを用いて5%CO2、37℃の条件下で培養しながら1時間ごとに2波長の蛍光(Cellevent: Excitation / Emission = 460-490
/ 500-550 nm、Hoechest33342: Excitation / Emission = 355-385 / 430-500 nm)で計72時間撮影した(n=3)。72時間後蛍光データを用いて、前細胞数をHoechest33342の蛍光からカウントした。またカスパーゼ3陽性細胞数は、Celleventがカスパーゼ-3により切断されると核内に移行すし傾向を発する性質を有することに基づき、Hoechest33342の蛍光の範囲内で検出されるCelleventの蛍光をカウントした。前細胞数に対するカスパーゼ-3陽性細胞の割合(カスパーゼ-3陽性核率)を下記の式により算出した。いずれかの試験濃度群において、被験試料添加72時間後のカスパーゼ-3陽性核率が対照群と比較して有意(Dunnet検定でp<0.05)に高い場合はアポトーシス誘導活性が高い、それ以外の場合にアポトーシス誘導活性が低いと評価した。
【0037】
【0038】
<6>チロシナーゼによる被代謝能の評価
1.5mLチューブに50mMリン酸緩衝液(pH6.8)480μLと、1000U/MLマッシュルーム由来チロシナーゼ(Lor No. SLBZ0022、SIGMA-ALDRICH社製)溶液又は50mMリン酸緩衝液(pH6.8)15μLとを分注し、37℃の恒温槽で20分間プレインキュベートした。同時に、被験試料溶液を37℃の恒温槽で20分間プレインキュベートした。チロシナーゼ溶液に被験試料溶液5μLを添加しよく攪拌し、37℃で60分間インキュベートした。またチロシナーゼ溶液を非添加群として、50mMリン酸緩衝液(pH6.8)495μLに被験試料溶液5μLを添加しよく攪拌し、37℃で60分間インキュベートした。反応後に各チューブから200μLを採取し、氷冷したアセトニトリル200μLを添加してよく攪拌することで反応を停止した。遠心チューブに移し、15000×g、5℃で15分間遠心分離し、上清をHPLCバイアルに採取した。下記条件でHPLCを行い、反応後の被験試料の残存率を測定した。各群n=3とした。
HPLC:Acquity UPLC I-class Plus、又はAcquity UPLC H-class
検出器:Acquity PDA eλ detector、又はAcquity QDa detector
カラム:CORTECS UPLC T3 Column 1,6 μm、2.1mm×100mm、又はAcquity UPLC BEH HILIC 1,7 μm、2.1mm×100mm
ガードカラム:CORTECS UPLC T3、1,6 μm、VanGuard Pre-column、2.1mm×5mm、又はAcquity UPLC BEH HILIC 1,7 μm、VanGuard Pre-column、2.1mm×5mm
移動相:アセトニトリル:0.1%ギ酸水溶液の10:90, 20:80, 30:70, 50:50,もしくは70:30、又はアセトニトリル:20mMギ酸アンモニウム水溶液(pH3.8)の85:15
流速:0.2mL/min又は0.4mL/min
注入量:1μL
カラム温度:40℃
試料温度:5℃
【0039】
クロマトグラフィーのピーク面積値をEmpower 3(日本ウォーターズ)を用いて取得し、計算ソフトにて解析した。以下の式を用いて、チロシナーゼ反応後の被験試料の残存率を算出した。チロシナーゼ添加群の反応開始後60分の残存率について、(i)開始時点と比べて明確な低下(残存率の標準偏差の3倍以上の低下)が見られること、(ii)チロシナーゼ添加群及び非添加群の反応開始後60分の残存率に明確な差(非添加群の残存率の標準偏差の3倍以上の差)が見られること、かつ(iii)チロシナーゼ添加群において反応開始時に対して未知ピークの増加が認められることを満たす場合に、被験試料はチロシナーゼによる代謝を受ける、それ以外の場合に被験試料はチロシナーゼによる代謝を受けないと評価した。
【0040】
【0041】
<7>各評価項目の結果及び判定フローの妥当性の検討
<2>~<6>の各試験の評価に基づいて、
図1に示す判定フローにしたがい、各被験試料の白斑リスクを判定した。なお、<2>活性酸素産生能、<3>小胞体ストレス誘導能、及び<4>アポトーシス誘導能については、活性が高いと判定された結果が一つ以上あった場合には、メラノサイトの細胞毒性を引き起こす懸念ありと判断した。また、HCT,FT,LPの3つの被験試料については、光反応性の高い物質であり適切に評価ができていない懸念があるためについては本評価系の対象外とした。
HCT,FT,LPを除く既知の白斑発生物質においてはいずれもIC
50≦50μg/mLとなった。一方、美白成分として使用実績のある4-MSA、ARB、TAは、すべての物質でIC
50>50μg/mLとなった。続く各活性能評価試験において、活性酸素産生能評価試験においてTAが、アポトーシス誘導能において4-MSAが、それぞれ活性が高いと判定されたため、これら物質についてはメラノサイトの細胞毒性を引き起こす懸念ありと評価された。両物質ともに、市場実績のある既存美白成分であり、これまでに市場回収となるほどの白斑発症事例は報告されていない。また、本評価結果は活性が高いと判定されるもののその発現濃度は皮内濃度に対して充分高い濃度であり通常使用においては懸念すべきほどの活性ではないことが推察されることから、本評価結果は擬陽性結果と判断できる。ただし、白斑発生物質を確実に拾い上げることができ、かつ細胞毒性につながるメカニズムのわずかな活性を捉えることができる本評価系はより安全サイドに立った評価系であり妥当であるといえる。
【0042】