(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035686
(43)【公開日】2024-03-14
(54)【発明の名称】ギア
(51)【国際特許分類】
F16H 55/06 20060101AFI20240307BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20240307BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20240307BHJP
【FI】
F16H55/06
C23C26/00 C
C23C28/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022140301
(22)【出願日】2022-09-02
(71)【出願人】
【識別番号】591029699
【氏名又は名称】日本アイ・ティ・エフ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】大城 竹彦
(72)【発明者】
【氏名】田中 祥和
(72)【発明者】
【氏名】藤井 慎也
(72)【発明者】
【氏名】藤井 正浩
(72)【発明者】
【氏名】伊賀 隆成
【テーマコード(参考)】
3J030
4K044
【Fターム(参考)】
3J030AC10
3J030BC02
3J030BC03
4K044AA02
4K044AB10
4K044BA02
4K044BA18
4K044BB01
4K044BB03
4K044BB04
4K044BC05
4K044BC06
4K044CA13
4K044CA14
(57)【要約】
【課題】第1硬質炭素膜の剥離が生じにくいギアを実現する。
【解決手段】ギア(101)は、基材(1)と、基材(1)より上層に形成されており、基材(1)のヤング率より小さいヤング率を有する第1硬質炭素膜(3)とを備えている。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材より上層に形成されており、前記基材のヤング率より小さいヤング率を有する第1硬質炭素膜とを備えている、ギア。
【請求項2】
前記第1硬質炭素膜のヤング率は、200GPa以下である、請求項1に記載のギア。
【請求項3】
前記第1硬質炭素膜のヤング率は、70GPa以上である、請求項1に記載のギア。
【請求項4】
前記第1硬質炭素膜のヤング率は、90GPa以上である、請求項1に記載のギア。
【請求項5】
前記第1硬質炭素膜の硬さは、8GPa以上である、請求項1に記載のギア。
【請求項6】
前記第1硬質炭素膜の硬さは、11GPa以上である、請求項1に記載のギア。
【請求項7】
前記第1硬質炭素膜の硬さは、35GPa以下である、請求項1に記載のギア。
【請求項8】
前記ギアは、前記基材の上に形成されている金属中間層を備えており、
前記第1硬質炭素膜は、前記金属中間層より上層に形成されている、請求項1に記載のギア。
【請求項9】
前記金属中間層は、Cr、Ti、およびWの少なくとも1つを含んでいる、請求項8に記載のギア。
【請求項10】
前記第1硬質炭素膜の水素含有量は、5at%以上である、請求項1または8に記載のギア。
【請求項11】
前記ギアは、前記基材より上層に形成されている第2硬質炭素膜を備えており、
前記第1硬質炭素膜は、前記第2硬質炭素膜の上に形成されている、請求項10に記載のギア。
【請求項12】
前記第2硬質炭素膜のヤング率は、70GPa以上かつ200GPa以下である、請求項11に記載のギア。
【請求項13】
前記第2硬質炭素膜の水素含有量は、5at%未満である、請求項11に記載のギア。
【請求項14】
前記第2硬質炭素膜の膜厚は、300nm以下である、請求項11に記載のギア。
【請求項15】
前記第2硬質炭素膜の膜厚は、200nm以上である、請求項11に記載のギア。
【請求項16】
前記第1硬質炭素膜の膜厚は、前記第2硬質炭素膜の膜厚の3倍以上である、請求項11に記載のギア。
【請求項17】
前記ギアは、前記基材の上に形成されている金属中間層、および前記金属中間層の上に形成されている第2硬質炭素膜を備えており、
前記第1硬質炭素膜は、前記第2硬質炭素膜の上に形成されており、
前記金属中間層の膜厚は、20nm以上、かつ、前記第1硬質炭素膜の膜厚と前記第2硬質炭素膜の膜厚との和の半分以下である、請求項1に記載のギア。
【請求項18】
前記第1硬質炭素膜の水素含有量は、5at%未満である、請求項1に記載のギア。
【請求項19】
前記ギアは、前記基材の上に形成されている金属中間層を備えており、
前記第1硬質炭素膜は、前記金属中間層の上に直接形成されている、請求項18に記載のギア。
【請求項20】
前記金属中間層の膜厚は、20nm以上、かつ、前記第1硬質炭素膜の膜厚の半分以下である、請求項19に記載のギア。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ギアに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に例示するように、ギアの高強度かつ低エネルギー損失化を実現するために、基材が硬質炭素膜によって被覆されてなるギアが知られている。
【0003】
特許文献1には、硬質炭素膜を含んでいる複合被膜が開示されている。この複合被膜は、相互に直接積層された2つの硬質炭素膜を含んでいる。特許文献1においては、これら2つの硬質炭素膜それぞれについて、水素含有量および膜厚等の条件が定められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示された複合被膜を備えたギアにおいては、基材の変形に対して、硬質炭素膜の変形が十分に追従できないため、硬質炭素膜に亀裂が生じやすく硬質炭素膜の剥離が生じやすい。
【0006】
特許文献1においては、転がり成分およびすべり成分を含む摺動に関する、硬質炭素膜の剥離の議論が十分でない。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様に係るギアは、基材と、前記基材より上層に形成されており、前記基材のヤング率より小さいヤング率を有する第1硬質炭素膜とを備えている。
【発明の効果】
【0008】
本開示の一態様によれば、第1硬質炭素膜の剥離が生じにくい。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本開示の実施形態に係るギアの概略構成を示す断面図である。
【
図3】ピッチング疲労寿命と硬質炭素膜の剥離面積率との関係を示すグラフである。
【
図4】実施例、比較例1、および比較例2それぞれの構成をまとめた表である。
【
図5】実施例、比較例1、および比較例2それぞれを試験する、試験装置の概略構成を示す斜視図である。
【
図6】実施例、比較例1、および比較例2それぞれの試験における、試験条件をまとめた表である。
【
図7】実施例、比較例1、比較例2、および比較例3それぞれのピッチング疲労寿命を示すグラフである。
【
図9】実施例、比較例1、および比較例2それぞれにおける、第1硬質炭素膜の剥離状況を示している。
【
図10】第1硬質炭素膜の硬さと、第1硬質炭素膜の剥離面積率との関係を示すグラフである。
【
図11】第1硬質炭素膜のヤング率と、第1硬質炭素膜の剥離面積率との関係を示すグラフである。
【
図12】実施例における第1硬質炭素膜の剥離状況と、比較例1における第1硬質炭素膜の剥離状況とを示している。
【
図13】実施例および比較例1それぞれの、基材の変形に対する第1硬質炭素膜の変形の追従性の試験結果を示すグラフである。
【
図14】実施例と比較例1との、圧痕周りの亀裂を対比する図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本開示を実施するための形態について説明する。説明の便宜上、先に説明した部材と同じ機能を有する部材については、同じ符号を付記し、その説明を繰り返さない場合がある。
【0011】
図1は、本開示の実施形態に係るギア101の概略構成を示す断面図である。ギア101は、基材1および被膜2を備えている。
【0012】
基材1の材料例として、鉄材および鋼材が挙げられる。具体的には、クロムモリブデン鋼、炭素鋼、合金鋼、焼入れ鋼、高速度工具鋼、鋳鉄、およびステンレス鋼が挙げられる。
【0013】
被膜2は、基材1より上層に形成されている。典型的には、被膜2は、基材1を被覆するものである。
【0014】
図2は、被膜2の第1例~第4例を示す断面図である。
図2には、被膜2の第1例である被膜21、被膜2の第2例である被膜22、被膜2の第3例である被膜23、および被膜2の第4例である被膜24を示している。
【0015】
被膜21は、第1硬質炭素膜3を含んでいる。被膜22は、第1硬質炭素膜3および金属中間層4を含んでいる。被膜23は、第1硬質炭素膜3および第2硬質炭素膜5を含んでいる。被膜24は、第1硬質炭素膜3、金属中間層4、および第2硬質炭素膜5を含んでいる。
【0016】
第1硬質炭素膜3は、基材1より上層に形成されている。第1硬質炭素膜3は、金属中間層4より上層に形成されていてもよい。第2硬質炭素膜5は、基材1より上層に形成されていてもよい。
【0017】
被膜21において、第1硬質炭素膜3は基材1の上に形成されている。被膜22において、金属中間層4は基材1の上に形成されており、第1硬質炭素膜3は金属中間層4の上に形成されている。被膜23において、第2硬質炭素膜5は基材1の上に形成されており、第1硬質炭素膜3は第2硬質炭素膜5の上に形成されている。被膜24において、金属中間層4は基材1の上に形成されており、第2硬質炭素膜5は金属中間層4の上に形成されており、第1硬質炭素膜3は第2硬質炭素膜5の上に形成されている。
【0018】
被膜22において、第1硬質炭素膜3は、金属中間層4の上に直接形成されている。
【0019】
金属中間層4は、Cr(クロム)、Ti(チタン)、およびW(タングステン)の少なくとも1つを含んでいてもよい。金属中間層4の膜厚は、20nm以上、かつ、第1硬質炭素膜3の膜厚と第2硬質炭素膜5の膜厚との和の半分以下であってもよい。金属中間層4の膜厚は、20nm以上、かつ、第1硬質炭素膜3の膜厚の半分以下であってもよい。
【0020】
第1硬質炭素膜3および第2硬質炭素膜5それぞれは、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を含む。
【0021】
第2硬質炭素膜5のヤング率は、70GPa以上かつ200GPa以下であってもよい。第2硬質炭素膜5の水素含有量は、5at%未満であってもよい。第2硬質炭素膜5の膜厚は、300nm以下であってもよい。
【0022】
第1硬質炭素膜3のヤング率は、基材1のヤング率より小さい。これにより、基材1の変形に対する第1硬質炭素膜3の追従性に優れ、第1硬質炭素膜3に亀裂が生じにくいため第1硬質炭素膜3の剥離が生じにくいギア101を実現することができる。
【0023】
第1硬質炭素膜3のヤング率は、70GPa以上であってもよい。第1硬質炭素膜3のヤング率は、200GPa以下であってもよい。第1硬質炭素膜3のヤング率は、90GPa以上であってもよい。
【0024】
第1硬質炭素膜3の水素含有量は、5at%未満であってもよいし、5at%以上であってもよい。但し、第1硬質炭素膜3の水素含有量が5at%以上である場合、被膜23および被膜24それぞれのように被膜2が第2硬質炭素膜5を含む。この第2硬質炭素膜5の膜厚は、200nm以上であることが好適である。一方、第1硬質炭素膜3の水素含有量が5at%未満である場合、被膜21および被膜22それぞれのように被膜2が第2硬質炭素膜5を含んでいなくてもよい。
【0025】
第1硬質炭素膜3の硬さは、8GPa以上であることが好ましく、11GPa以上であることがより好ましい。一方で、第1硬質炭素膜3の硬さは、35GPa以下であってもよい。
【0026】
第1硬質炭素膜3の膜厚は、第2硬質炭素膜5の膜厚の3倍以上であってもよい。
【0027】
基材1における歯面6(
図1参照)の表面粗さ(Ra)は、0.18μm以上かつ0.5μm以下であってもよい。当該表面粗さが0.16μm未満である場合、被膜2が歯面6から剥離した場合に、当該剥離の範囲が広くなるおそれがある。当該表面粗さが0.8μmを超える場合、被膜2が歯面6から剥離しやすくなり得る。
【0028】
金属中間層4は、Cr、Ti、およびWの少なくとも1つを含んでいる金属原料をアーク蒸発源とするアーク蒸着法(アークイオンプレーティング法)により形成してもよい。第1硬質炭素膜3および第2硬質炭素膜5それぞれは、グラファイトカソードをアーク蒸発源とするアーク蒸着法により形成してもよい。第1硬質炭素膜3、金属中間層4、および第2硬質炭素膜5のいずれかを形成対象物とする。当該形成対象物を形成する環境の温度、アーク蒸発源に流す電流(アーク電流)、基板に与えるバイアス電圧、および当該環境のガス圧等に応じて、当該形成対象物のヤング率、水素含有量、硬さ、および膜厚等を適宜調整することができる。
【0029】
第1硬質炭素膜3および第2硬質炭素膜5それぞれの形成方法としては、アーク蒸着法以外にも、スパッタリング法またはCVD(Chemical Vapor Deposition)法が適用されてもよい。
【0030】
硬質炭素膜および硬質炭素膜を被膜する基材のヤング率の測定は、ISO14577に準拠したナノインデンテーション法により行うことができる。例えばエリオニクス製超微小押込み硬さ試験機ENT-1100aを用いて、硬質炭素膜の表面または硬質炭素膜被覆前の基材の表面にヴァーコビッチ圧子を荷重300mgfで押し込むことで測定できる。
【0031】
水素含有量は、HFS(Hydrogen Forward Scattering)分析によって測定することができる。
【0032】
〔実施例〕
図3は、ピッチング疲労寿命(横軸)と硬質炭素膜の剥離面積率(縦軸)との関係を示すグラフである。ピッチング疲労寿命は、ピッチング(基材の疲労損傷)が全接触面積の1%となる、歯車を取付けた軸の回転数で定義される。ピッチング疲労寿命の単位は回(歯車を取付けた軸の回転数)である。硬質炭素膜の剥離面積率の単位は%である。
図3においては、p
max(ヘルツの最大接触圧力)=1800MPa、N(歯車を取付けた軸の回転数)=7×10
6である場合の関係を示している。
【0033】
図3によれば、ピッチング疲労寿命が大きい程、硬質炭素膜の剥離面積率が小さいという相関がある。
【0034】
図4は、実施例、比較例1、および比較例2それぞれの構成をまとめた表である。実施例、比較例1、および比較例2それぞれは、ギアである。実施例、比較例1、および比較例2それぞれは、下記の構成の基材1、および被膜22を備えている。基材1の材質は、SCM420(クロムモリブデン鋼の1種)である。基材1のヤング率は、206GPaである。基材1のポアソン比は、0.3である。実施例は、ギア101に相当する。ID/IGは、ラマン分光測定(励起波長532nm)により得られる、第1硬質炭素膜3のDピーク(中心波数1300~1400cm
-1)の面積IDを第1硬質炭素膜3のGピーク(中心波数1500~1700cm
-1)の面積IGで除した値である。
【0035】
図5は、実施例、比較例1、および比較例2それぞれを試験する、試験装置7の概略構成を示す斜視図である。
図6は、実施例、比較例1、および比較例2それぞれの試験における、試験条件をまとめた表である。
【0036】
試験装置7(
図5参照)は、いわゆるIAE型動力循環式歯車試験機である。試験装置7は、試験対象ギア8とかみあうギア9、2つのトーションバー10、1対(2つ)の動力伝達ギア11、およびモーター12を備えている。試験対象ギア8は、実施例、比較例1、および比較例2、さらには後述する比較例3のいずれかである。試験対象ギア8の歯数は、15である。ギア9は、基材より上層に硬質炭素膜を備えていない。ギア9の歯数は、16である。
【0037】
試験装置7においては、2つのトーションバー10それぞれを対応する矢印の方向に回転させることにより、試験対象ギア8、ギア9、および1対(2つ)の動力伝達ギア11それぞれを対応する矢印の方向に回転させる。
【0038】
図7は、実施例、比較例1、比較例2、および比較例3それぞれのピッチング疲労寿命を示すグラフである。比較例3は、基材1を備えており、被膜2を備えていないギアである。
図7においては、p
max=1800MPaの場合およびp
max=2200MPaの場合それぞれについて、ピッチング疲労寿命を示している。
【0039】
図8には、実施例のピッチング状況を示している。
図9には、実施例、比較例1、および比較例2それぞれにおける、第1硬質炭素膜3の剥離状況を示している。
図8においては、p
max=2200MPaである場合の状況を示している。
図9においては、p
max=1800MPa、N=7×10
6である場合の状況を示している。
図9において、「Single tooth contact area」の定義は、一対かみあい域である。
図9において、「Double tooth contact area」の定義は、二対かみあい域である。
図8および
図9には、それぞれピッチング状況および第1硬質炭素膜3の剥離状況を観察する場合の、試験対象ギア8の大まかな観察方向を併せて示している。
【0040】
図7によれば、以下のことが分かる。比較例1のピッチング疲労寿命は、比較例3のピッチング疲労寿命より大きい。比較例2のピッチング疲労寿命は、比較例3のピッチング疲労寿命より大きい。実施例のピッチング疲労寿命は、比較例1のピッチング疲労寿命より大きく、かつ、比較例2のピッチング疲労寿命より大きい。
【0041】
図10は、第1硬質炭素膜3の硬さ(横軸、単位:GPa)と、第1硬質炭素膜3の剥離面積率(縦軸、単位:%)との関係を示すグラフである。
図11は、第1硬質炭素膜3のヤング率(横軸、単位:GPa)と、第1硬質炭素膜3の剥離面積率(縦軸、単位:%)との関係を示すグラフである。
図10および
図11それぞれにおいては、p
max=1800MPa、N=7×10
6である場合の関係を示している。
【0042】
図10によれば、第1硬質炭素膜3の剥離面積率は、実施例(第1硬質炭素膜3の硬さは16GPa)が最も低く、次いで比較例1(第1硬質炭素膜3の硬さは28GPa)が低く、比較例2(第1硬質炭素膜3の硬さは61GPa)が最も高い。
【0043】
図11によれば、第1硬質炭素膜3の剥離面積率は、実施例(第1硬質炭素膜3のヤング率は149GPa)が最も低く、次いで比較例1(第1硬質炭素膜3のヤング率は317GPa)が低く、比較例2(第1硬質炭素膜3のヤング率は555GPa)が最も高い。
【0044】
図10によれば、第1硬質炭素膜3の硬さと、第1硬質炭素膜3の剥離面積率との間に相関があることが分かる。
図11によれば、第1硬質炭素膜3のヤング率と、第1硬質炭素膜3の剥離面積率との間に相関があることが分かる。
【0045】
図12には、実施例における第1硬質炭素膜3の剥離状況と、比較例1における第1硬質炭素膜3の剥離状況とを示している。
【0046】
図12によれば、実施例においては、第1硬質炭素膜3が歯筋方向へ層状に摩耗しているため、基材1の変形に対する第1硬質炭素膜3の変形の追従性に優れていると推測することができる。
図12によれば、比較例1においては、第1硬質炭素膜3の剥離部分と非剥離部分との境界に生じた亀裂を起点として、すべり成分に基づく第1硬質炭素膜3の剥離が生じている。このため、比較例1においては、実施例と比べて、基材1の変形に対する第1硬質炭素膜3の変形の追従性に乏しいと推測することができる。
【0047】
図13は、実施例および比較例1それぞれの、基材1の変形に対する第1硬質炭素膜3の変形の追従性の試験結果を示すグラフである。
【0048】
図13には、第1硬質炭素膜3の上から圧子13によって第1硬質炭素膜3に対して加圧したときの、圧子13の先端の変位量(横軸、単位:μm)に対する圧痕周りの亀裂の長さ(縦軸、単位:μm)の関係を示している。
【0049】
図13においては、(1)および(2)という2種類の態様で、圧子13による加圧を行っている。(1)は三角錐形状の圧子の稜(辺)のひとつを研削痕に一致させるように加圧を行う態様であり、(2)は三角錐形状の圧子の稜(辺)のひとつを研削痕と直交させるように加圧を行う態様である。
図13には、加圧の態様を説明する概略図を併せて示している。図示の便宜上、当該概略図においては、第1硬質炭素膜3の替わりに被膜22を示している。
【0050】
図14は、実施例と比較例1との、圧痕周りの亀裂を対比する図である。
図14において、加圧の態様は(1)であり、圧子13の押込み荷重は750mNである。
図14によれば、実施例および比較例1それぞれにおいて、圧痕に沿う向きの亀裂と研削痕の向きの亀裂とが生じることが分かる。実施例における圧痕に沿う向きの亀裂14の長さ(33.05μm)は、比較例1における圧痕に沿う向きの亀裂15の長さ(48.78μm)より短い。
【0051】
図14によれば、実施例は、比較例1と比べて、亀裂が生じにくいことが分かる。従って、実施例は、比較例1と比べて、基材1の変形に対する第1硬質炭素膜3の変形の追従性に優れていると言える。
【0052】
以上のことから、第1硬質炭素膜3のヤング率が基材1のヤング率より小さければ、第1硬質炭素膜3の亀裂が生じにくく、第1硬質炭素膜3の剥離が生じにくいことが分かる。以上のことから、第1硬質炭素膜3の硬さが小さければ、第1硬質炭素膜3の剥離が生じにくいことが分かる。以上のことから、第1硬質炭素膜3のヤング率が基材1のヤング率より小さければ、ピッチング疲労寿命が大きくなることが分かる。
【0053】
〔まとめ〕
本開示の態様1に係るギアは、基材と、前記基材より上層に形成されており、前記基材のヤング率より小さいヤング率を有する第1硬質炭素膜とを備えている。
【0054】
本開示の態様2に係るギアは、前記態様1において、前記第1硬質炭素膜のヤング率は、200GPa以下である。
【0055】
本開示の態様3に係るギアは、前記態様1または2において、前記第1硬質炭素膜のヤング率は、70GPa以上である。
【0056】
本開示の態様4に係るギアは、前記態様1または2において、前記第1硬質炭素膜のヤング率は、90GPa以上である。
【0057】
本開示の態様5に係るギアは、前記態様1から4のいずれかにおいて、前記第1硬質炭素膜の硬さは、8GPa以上である。
【0058】
本開示の態様6に係るギアは、前記態様1から4のいずれかにおいて、前記第1硬質炭素膜の硬さは、11GPa以上である。
【0059】
本開示の態様7に係るギアは、前記態様1から6のいずれかにおいて、前記第1硬質炭素膜の硬さは、35GPa以下である。
【0060】
本開示の態様8に係るギアは、前記態様1から7のいずれかにおいて、前記ギアは、前記基材の上に形成されている金属中間層を備えており、前記第1硬質炭素膜は、前記金属中間層より上層に形成されている。
【0061】
本開示の態様9に係るギアは、前記態様8において、前記金属中間層は、Cr、Ti、およびWの少なくとも1つを含んでいる。
【0062】
本開示の態様10に係るギアは、前記態様1から9のいずれかにおいて、前記第1硬質炭素膜の水素含有量は、5at%以上である。
【0063】
本開示の態様11に係るギアは、前記態様10において、前記ギアは、前記基材より上層に形成されている第2硬質炭素膜を備えており、前記第1硬質炭素膜は、前記第2硬質炭素膜の上に形成されている。
【0064】
本開示の態様12に係るギアは、前記態様11において、前記第2硬質炭素膜のヤング率は、70GPa以上かつ200GPa以下である。
【0065】
本開示の態様13に係るギアは、前記態様11または12において、前記第2硬質炭素膜の水素含有量は、5at%未満である。
【0066】
本開示の態様14に係るギアは、前記態様11から13のいずれかにおいて、前記第2硬質炭素膜の膜厚は、300nm以下である。
【0067】
本開示の態様15に係るギアは、前記態様11から14のいずれかにおいて、前記第2硬質炭素膜の膜厚は、200nm以上である。
【0068】
本開示の態様16に係るギアは、前記態様11から15のいずれかにおいて、前記第1硬質炭素膜の膜厚は、前記第2硬質炭素膜の膜厚の3倍以上である。
【0069】
本開示の態様17に係るギアは、前記態様1から7のいずれかにおいて、前記ギアは、前記基材の上に形成されている金属中間層、および前記金属中間層の上に形成されている第2硬質炭素膜を備えており、前記第1硬質炭素膜は、前記第2硬質炭素膜の上に形成されており、前記金属中間層の膜厚は、20nm以上、かつ、前記第1硬質炭素膜の膜厚と前記第2硬質炭素膜の膜厚との和の半分以下である。
【0070】
本開示の態様18に係るギアは、前記態様1から7のいずれかにおいて、前記第1硬質炭素膜の水素含有量は、5at%未満である。
【0071】
本開示の態様19に係るギアは、前記態様18において、前記ギアは、前記基材の上に形成されている金属中間層を備えており、前記第1硬質炭素膜は、前記金属中間層の上に直接形成されている。
【0072】
本開示の態様20に係るギアは、前記態様19において、前記金属中間層の膜厚は、20nm以上、かつ、前記第1硬質炭素膜の膜厚の半分以下である。
【0073】
本開示は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本開示の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0074】
1 基材
2、21~24 被膜
3 第1硬質炭素膜
4 金属中間層
5 第2硬質炭素膜
6 歯面
7 試験装置
8 試験対象ギア
9 ギア
10 トーションバー
11 動力伝達ギア
12 モーター
13 圧子
14、15 亀裂
101 ギア