(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035847
(43)【公開日】2024-03-15
(54)【発明の名称】溶接装置およびガスシールドアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/12 20060101AFI20240308BHJP
B23K 9/09 20060101ALI20240308BHJP
B23K 9/173 20060101ALI20240308BHJP
【FI】
B23K9/12 306Z
B23K9/09
B23K9/173 A
B23K9/12 301M
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022140429
(22)【出願日】2022-09-05
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】門田 圭二
(72)【発明者】
【氏名】田中 利幸
【テーマコード(参考)】
4E001
4E082
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB09
4E001DD02
4E001DD04
4E082AA03
4E082BA04
4E082BB01
4E082EB11
4E082EC03
4E082EF16
(57)【要約】
【課題】溶接品質が向上した、消耗電極ワイヤを用いるガスシールドアーク溶接方法および溶接装置を提供する。
【解決手段】垂下特性を有する溶接電源装置10と、溶接トーチ4に消耗電極ワイヤ2を送給する第1ワイヤ送給装置3と、ワイヤガイド9にフィラワイヤ8を送給する第2ワイヤ送給装置7と、第1ワイヤ送給装置3および第2ワイヤ送給装置7を制御する制御装置と、を備える。制御装置は、溶接電圧Vwに基づいて消耗電極ワイヤ2の送給速度WFAおよびフィラワイヤ8の送給速度WFBを制御することにより、アーク長を目標アーク長に制御しつつ、溶着量を一定に制御する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接トーチと、
ワイヤガイドと、
定電流特性または垂下特性を有する溶接電源装置と、
前記溶接トーチに消耗電極ワイヤを送給する第1送給装置と、
前記ワイヤガイドにフィラワイヤを送給する第2送給装置と、
前記第1送給装置および前記第2送給装置を制御する制御装置と、を備え、
前記制御装置は、溶接電圧に基づいて前記消耗電極ワイヤの送給速度および前記フィラワイヤの送給速度を制御することにより、アーク長を目標アーク長に制御しつつ、溶着量を一定に制御する、溶接装置。
【請求項2】
前記制御装置は、パルス溶接を実行する場合には、所定のパルス回数における前記溶接電圧の平均値に応じて前記消耗電極ワイヤの送給速度および前記フィラワイヤの送給速度を決定し、送給速度の更新を繰り返す、請求項1に記載の溶接装置。
【請求項3】
前記制御装置は、前記第1送給装置が供給する前記消耗電極ワイヤの供給量と、前記第2送給装置が供給する前記フィラワイヤの供給量との合計量が一定となるように送給速度を決定する、請求項1または2に記載の溶接装置。
【請求項4】
消耗電極ワイヤおよびフィラワイヤを用いるガスシールドアーク溶接方法であって、
定電流特性または垂下特性を有する溶接電源装置によって溶接電圧を溶接トーチに印加するステップと、
前記溶接電圧に基づいて、前記消耗電極ワイヤの送給速度および前記フィラワイヤの送給速度を制御することにより、アーク長を目標アーク長に制御しつつ、溶着量を一定に制御するステップと、を備える、ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項5】
前記アーク長を目標アーク長に制御するステップは、パルス溶接を実行する場合には、所定のパルス回数における前記溶接電圧の平均値に応じて前記消耗電極ワイヤの送給速度および前記フィラワイヤの送給速度を決定し、送給速度の更新を繰り返すステップを含む、請求項4に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、消耗電極ワイヤを用いるガスシールドアーク溶接方法および溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
消耗電極ワイヤを用いるガスシールドアーク溶接においては、一般に、溶接電源として後述する定電圧特性の電源を用い、消耗電極ワイヤを一定速度で送給するように制御が行なわれる。この方式によれば、被溶接物と溶接トーチとの間の距離が一定の場合、溶接電流はワイヤ送給速度に見合う溶融速度となる値に定まるために、ワイヤ送給速度を一定にすることにより、溶接電流は略一定となる。
【0003】
この時、被溶接物と溶接トーチとの間は、送給される固体ワイヤ部とアーク放電部とに分けられ、定電圧特性の電源を用いる場合、被溶接物と溶接トーチとの間にかかる電圧は、各部の電流経路長さに対応する抵抗値によって分配されることとなる。固体ワイヤ部の長さは突き出し長さ、アーク放電部の長さはアーク長と呼ばれ、前述の通り溶接電流が略一定となれば、それに見合うようそれぞれの長さの比は一つに決まる。
【0004】
定電圧電源では、アーク長が何かしらの外乱によって変化した場合であっても、溶接電流が電源の特性に従って変化することによって、ワイヤの溶融量が変化してアーク長が回復する。このような定電圧電源の性質は、アーク長の自己制御作用として知られている。
【0005】
図12は、アーク長の自己制御作用を説明するための概念図である。
図13は、定電圧特性を有する電源の電流電圧特性とアーク長が変化した場合のアーク特性とを重ねて示したグラフである。ここで、アーク特性とはアーク放電部の電流と電圧との関係を示しており、アーク長に応じて変化する。
【0006】
「定電圧特性」は、出力電流(溶接電流)の変化に対し、出力電圧が一定または変化がごく小さい出力電流と出力電圧との間の関係を示す特性をいう。たとえば、「定電圧特性」の溶接電源は、細い溶接ワイヤを使う消耗電極式アーク溶接のように、アーク長の自己制御作用を利用して、溶接出力を制御する際に使用される。
【0007】
電圧を一定に制御するのが定電圧特性を有する電源であるが、実際には、
図13に示す出力特性のように、電流が増加すると電圧はわずかに低下し、電流が減少すると電圧がわずかに増加する。炭酸ガス溶接およびマグ溶接に用いる溶接電源はこのような特性を有する。このような溶接電源の特性は、たとえば、電流が流れると内部抵抗で電圧降下を起こす電池と同様の特性である。
【0008】
ワイヤ送給速度WFは一定であるとする。そして、現時点で
図12の中央の図のように、ワイヤ送給速度WFとワイヤ溶融速度MRとが釣り合っているとする(WF=MR
0)。ワイヤ溶融速度は電流によって決まる。a,bを係数、Iを溶接電流とすると、ワイヤ溶融速度MRは、MR=a×I+b×I
2で示される。
【0009】
ここで、アーク長LがL
0に対してL
1,L
2に変化した場合を考える。ただしL
2<L
0<L
1とする。
図12の左側の図に示すように、アーク長LがL
1に長くなったときは、
図13に示されるアーク特性との交点から溶接電流はI
1へ減少する。しかし、電流Iの低下によりワイヤ溶融速度MRが
図12の矢印で示すMR
1に低下するため、アーク長L
1は、
図12の中央の図のようにアーク長L
0に戻ろうとする。
【0010】
逆に、
図12の右側の図に示すように、アーク長LがL
2へ短くなったときは、アーク特性との交点から溶接電流はI
2へと増大する。しかし、電流Iの増加によりワイヤ溶融速度MRが
図12の矢印で示すMR
2に増加するため、アーク長L
2は、
図12の中央の図のようにアーク長L
0に戻ろうとする。
【0011】
このように、定電圧電源を用いたワイヤ送り一定速度の溶接方法では、アーク長を制御するために電流の変化を許容し、溶接電流を増減させることでワイヤ溶融速度を変化させ、アーク長を制御する。アーク長が一定に制御されると、アークの大きさが一様となり、母材への入熱範囲も一様になる。
【0012】
溶接品質を一定にするという観点では、アークから母材への入熱分布を一定とするためにアーク長の変化に加えて、電流そのものの変化も望ましくない。しかし、従来制御では電流変化によってアーク長を一定に制御するため、その両方を満足することができない。このような、従来の溶接方法を改善した溶接方法を実行する溶接装置が、特開平07-051854号公報(特許文献1)に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
特開平07-051854号公報に開示された技術は、電極ワイヤの突き出し量の変化に対し、電流を設定通りとするためにワイヤ送給量を自動調整する制御技術に関する。この技術では、電圧設定そのままではアーク長が変わってしまうことに対し、電圧設定も併せて自動調整することによって、突き出し量の変化に対し電流を設定通りに出力しつつアーク長の維持も同時に達成している。
【0015】
上記の技術は、出力電流の平均値が設定電流からずれた場合に、ワイヤ送給量と電圧設定を調整している。したがって、溶接ワイヤの突き出し量の変化が発生した場合に、電流の平均値を安定化させる。しかし、平均値を算出する期間は、溶接現象(たとえば溶滴移行)の周期に比べて長い時間である。したがって、一瞬で大きく溶接負荷が変動する磁気吹きなどの場合には、電流の平均値が設定値に収束するまでに時間が必要となり、その間に溶接品質である溶け込み深さの変化を生じることが課題となる。特に、薄板の溶接など溶接速度が高速の場合、収束までに溶融池が移動する距離が大きいため、溶け込み深さの変化の影響が顕著となる。
【0016】
さらに、上記の技術は、電流とアーク長とを一定にする制御技術である。電流は、溶融速度に関連するため熱量を意味するとも言える。また、アーク長は、アークの大きさに関連するため、アークの大きさが母材への入熱範囲を意味するとも言える。これらが一定となる上記の技術は、母材への入熱量と母材への入熱分布とが一定となる技術と言える。しかしながら、従来の技術は、アーク長を調整する過程でワイヤ送給速度が調整されるため、溶着量が変動することとなり、高速で溶接する際に一定のビード形状を得ることが難しい。
【0017】
本発明は、上記のような問題点を解決するためになされたものであり、その目的は、溶接品質が向上した、消耗電極ワイヤを用いるガスシールドアーク溶接方法および溶接装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本開示は、溶接装置に関する。溶接装置は、溶接トーチと、定電流特性または垂下特性を有する溶接電源装置と、ワイヤガイドに消耗電極ワイヤを送給する第1送給装置と、溶接トーチにフィラワイヤを送給する第2送給装置と、第1送給装置および第2送給装置を制御する制御装置と、を備える。制御装置は、溶接電圧に基づいて消耗電極ワイヤの送給速度およびフィラワイヤの送給速度を制御することにより、アーク長を目標アーク長に制御しつつ、溶着量を一定に制御する。
【0019】
好ましくは、制御装置は、パルス溶接を実行する場合には、所定のパルス回数における溶接電圧の平均値に応じて消耗電極ワイヤの送給速度およびフィラワイヤの送給速度を決定し、送給速度の更新を繰り返す。
【0020】
好ましくは、制御装置は、第1送給装置が供給する消耗電極ワイヤの供給量と、第2送給装置が供給するフィラワイヤの供給量との合計量が一定となるように送給速度を決定する。
【0021】
本開示は、他の局面では、消耗電極ワイヤおよびフィラワイヤを用いるガスシールドアーク溶接方法に関する。定電流特性または垂下特性を有する溶接電源装置によって溶接電圧を溶接トーチに印加するステップと、溶接電圧に基づいて、消耗電極ワイヤの送給速度およびフィラワイヤの送給速度を制御することにより、アーク長を目標アーク長に制御しつつ、溶着量を一定に制御するステップと、を備える。
【0022】
好ましくは、送給速度を制御するステップは、パルス溶接を実行する場合には、所定のパルス回数における溶接電圧の平均値に応じて消耗電極ワイヤの送給速度を決定し、送給速度の更新を繰り返すステップを含む。
【0023】
好ましくは、アーク長を目標アーク長に制御するステップは、パルス溶接を実行する場合には、所定のパルス回数における溶接電圧の平均値に応じて消耗電極ワイヤの送給速度およびフィラワイヤの送給速度を決定し、送給速度の更新を繰り返すステップを含む。
【発明の効果】
【0024】
本開示によれば、消耗電極ワイヤを用いるガスシールドアーク溶接方法を実行する際に、溶接品質を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本実施の形態に係る溶接装置の構成を示すブロック図である。
【
図2】本実施の形態で用いられる溶接装置の特性を説明するための図である。
【
図3】ワイヤ送給速度制御装置が決定するワイヤ送給速度と溶接電圧との関係を示す図である。
【
図4】定電圧電源における波形を示す検討例の図である。
【
図5】第1ワイヤ送給速度制御装置のみを用いた場合における波形を示す図である。
【
図7】短絡溶接における波形を示す検討例の図である。
【
図8】本実施の形態の溶接方法の短絡溶接における波形を示す図である。
【
図9】一般的なパルス溶接のワイヤ送給速度について示した検討例の図である。
【
図11】本実施の形態の制御装置が実行する処理を示すフローチャートである。
【
図12】アーク長の自己制御作用を説明するための概念図である。
【
図13】定電圧特性を有する電源の電流電圧特性とアーク長が変化した場合のアーク特性とを重ねて示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。以下では、複数の実施の形態について説明するが、各実施の形態で説明された構成を適宜組み合わせることは出願当初から予定されている。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0027】
図1は、本実施の形態に係る溶接装置の構成を示すブロック図である。
図1に示す溶接装置1は、消耗電極ワイヤ2およびフィラワイヤ8を用いた2ワイヤ溶接によりガスシールドアーク溶接を行なう溶接装置である。
【0028】
溶接装置1は、溶接電源装置10と、第1ワイヤ送給装置3と、溶接トーチ4と、第2ワイヤ送給装置7と、ワイヤガイド9と、を備える。
【0029】
溶接電源装置10は、電流検知部12と、電圧検知部18と、溶接電流設定部13と、溶接電圧設定部15と、溶接電流制御装置14と、溶接電源11と、ワイヤ送給速度設定部19と、第1ワイヤ送給速度制御装置16と、第1モータドライバ17と、第2ワイヤ送給速度制御装置26と、第2モータドライバ27と、を含む。溶接電源装置10は、後述するように、定電流特性を有する電源である。
【0030】
溶接トーチ4は、消耗電極ワイヤ2に電圧を与えるためのコンタクトチップを含む。溶接電源11は、溶接電流Iwを供給し、コンタクトチップと母材6との間の溶接電圧Vwを検出して結果的にワイヤ送給速度WFAを変調している。以下では、ワイヤ送給速度のことを単に送給速度とも称する。
【0031】
図示しないシールドガス供給部によって、シールドガスが溶接トーチ4に供給される。シールドガスは、たとえば、アルゴン、CO2などおよびこれらを含む混合ガスが用いられる。ユーザーが溶接の設定電流Isetを溶接電流設定部13に設定し、設定電圧Vsetを溶接電圧設定部15に設定し、設定ワイヤ送給速度WFsetをワイヤ送給速度設定部19に設定する。
【0032】
第1ワイヤ送給装置3は、第1ローラ31と、第1モータ32とを含む。第1ワイヤ送給速度制御装置16は、設定電流Isetおよび設定電圧Vsetに基づいて、ワイヤ送給速度の初期値を決定する。その後、第1ワイヤ送給速度制御装置16は、電圧検知部18で検出された溶接電圧Vwに基づいて、消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAを決定する。溶接電圧Vwが無負荷の初期電圧に設定された状態で第1ワイヤ送給装置3により送給されることで消耗電極ワイヤ2の先端が母材6に接触するとアーク20が発生し、その後アーク長Lが一定になるようにワイヤ送給速度WFAが制御される。母材6には、アーク20からの入熱および溶融した消耗電極ワイヤ2により溶融池30が形成される。
【0033】
第2ワイヤ送給装置7は、第2ローラ33と、第2モータ34とを含む。第2ワイヤ送給速度制御装置26は、設定ワイヤ送給速度WFsetおよびワイヤ送給速度WFAに基づいてワイヤ送給速度WFBを決定する。フィラワイヤ8は、ワイヤガイド9を通って、アーク20または溶融池30に、第2ワイヤ送給装置7により送給される。2ワイヤ溶接においては、消耗電極ワイヤ2が溶接方向の前方に位置し、フィラワイヤ8が溶接方向の後方に位置した状態で、溶接トーチ4が溶接方向に移動される。なお、2ワイヤ溶接においては、フィラワイヤ8が溶接方向の前方に位置し、消耗電極ワイヤ2が溶接方向の後方に位置してもよい。
【0034】
近年、ワイヤ送給装置は性能が向上し、ワイヤ送給速度の加速度の上限値が上がり、制御可能な制御周期が短くなっている。そこで、本実施の形態では、溶滴移行の周期が最小で数ms程度であるので、その1/10より短い、例えば100μs周期以下でワイヤ送給速度を変化させることによって、定電流特性または垂下特性の電源を用いる場合の瞬間的な負荷変化に対しても、電流変化を最小にしつつアーク長を維持する。
【0035】
図2は、本実施の形態で用いられる溶接装置の特性を説明するための図である。比較例として定電圧特性の電源を使用する一般的な溶接装置の例を
図2の左欄に示し、本実施の形態の溶接装置の特性を
図2の右欄に示す。なお、比較例との説明において、第1ワイヤ送給速度制御装置16を決定するワイヤ送給速度WFAを、本実施の形態におけるワイヤ送給速度WFとして説明する。
【0036】
比較例の溶接装置は、上記の「定電圧特性」の電源を使用し、ワイヤ送給速度WFは一定に制御されている。このため、
図12、
図13で説明した自己制御作用によって、アーク長が一定に保たれる。しかし、溶接電流は変動してしまう。
【0037】
これに対し、本実施の形態の溶接装置は、上記の「定電流特性(垂下特性を含む)」の電源を使用し、ワイヤ送給速度WFは溶接電圧Vwに応じて変動するように制御されている。
【0038】
図3は、本実施の形態の溶接装置において、電圧の変化と送給速度の変化の関係を説明するための図である。
図1の溶接電源装置10は、溶接時に使用される範囲が
図3の上段のような特性を有する。溶接電源装置10は、溶接電流Iwを略一定に保つように動作するので、アーク長が変化すると溶接電圧Vwが大きく変化する。
【0039】
図3の下段には、第1ワイヤ送給速度制御装置16が決定するワイヤ送給速度と溶接電圧との関係が示されている。第1ワイヤ送給速度制御装置16は、溶接電圧Vwの増減に対応して、ワイヤ送給速度WFを決定する。溶接電圧Vwが上昇すると、ワイヤ送給速度WFも上昇させる。逆に、溶接電圧Vwが低下すると、ワイヤ送給速度WFも低下させる。溶接電圧Vwに対して、ワイヤ送給速度WFは増加するように設定される。
【0040】
ここで、溶接電流制御装置14、および第1ワイヤ送給速度制御装置16におけるアーク長制御の概念を説明する。
【0041】
溶接電流制御装置14では、設定電流Iset、設定電圧Vset、出力電圧V(溶接電圧Vwと等価)より、溶接電流Iwが以下の式によって示される外部特性線によって決定される。
【0042】
Iw=(Vset-Vw)/R+Iset
ここで、Rは
図3の上図のグラフに示される溶接電源の外部特性の傾きを示す。Rが大きいほど垂下特性であることを示し、Rが概ね0.10[V/A]より大きければ垂下特性とみなされる。そしてRが概ね0.5[V/A]以上であれば定電流特性とみなされる。
【0043】
図3の下段に示されるように、設定ワイヤ送給速度WFsetはVsetに基づいて決定される。第1ワイヤ送給速度制御装置16では、溶接電圧Vw、設定電圧Vsetより、以下の式によってワイヤ送給速度WFが決定される。
【0044】
WF=WFset+S×(Vw-Vset)
設定ワイヤ送給速度WFset、速度勾配Sは、設定電流Iset、ワイヤ径、ワイヤ材質、シールドガスの成分などによって適切な値が設定される。
【0045】
以下に、溶接電圧Vwが変動した場合にワイヤ送給速度WFがそれに伴って変動する状況の一例を説明する。
【0046】
まず、ワイヤ溶融速度とワイヤ送給速度が釣り合い、アーク長が安定した状態を考える。そのときのアーク長をL0、電圧をV0、電流をI0、ワイヤ送給速度をWF0とする。ここで、外乱によりアーク長がL0からL1に長くなった場合、
図3の上図で矢印M1に示すように、出力電圧がV0からV1に増加する。すると、第1ワイヤ送給速度制御装置16は、出力電圧がV1に増加したため、
図3の下図で矢印M2に示すように、ワイヤ送給速度をWF0から電圧V1に対応するワイヤ送給速度WF1まで増加させる。
【0047】
このとき、溶接電流Iwはほぼ一定に制御されるため、送給速度>溶融速度となり、アーク長がL1から短くなる。その結果、矢印M3に示すように、溶接電圧VwがV1から低下する。そして、矢印M4に示すように溶接電圧Vwが下がることに伴って送給速度も減少する。
【0048】
そして、ワイヤ送給速度=ワイヤ溶融速度となる溶接電圧Vw=V0まで戻っていく。外乱でアーク長がL0からL2に短くなった場合は上記の逆となる。
【0049】
ここで、ワイヤ送給速度制御装置の性能について検討する。ワイヤ送給速度の調整で既存の定電圧特性でのアーク長の自己制御作用と同様のレベルで制御できるか否かは、ワイヤ送給速度の加速度と制御周期とに依存する。
【0050】
一般的な定電圧電源を用いたアーク長制御では、100μs程度の制御周期であればアーク長の維持が可能である。
【0051】
ワイヤ溶融速度と電流とは対応関係にあるが、電流が300Aから400Aまで100μsで変化したとする。この電流変化に対応するワイヤ溶融速度は、一例では、0.3mm/msから0.467mm/msまで変化させる必要がある。この場合、ワイヤ溶融速度は0.167mm/ms/100μsの加速度で変化することとなる。
【0052】
近年高性能化したワイヤ送給装置では、この加速度は実現可能であり、電流変調によるアーク長の変化速度に十分対応できる。
【0053】
また、ワイヤ送給速度の制御周期が溶滴移行現象の時間スケール100μs程度の周期であれば、垂下特性または定電流特性でワイヤ送給制御によるアーク長制御が可能である。
【0054】
本実施の形態の溶接方法および溶接装置を用いて溶接する場合について、以下に検討する。一般的な定電圧電源および一定速度のワイヤ送給の組合せによる溶接方法の検討例と本実施の形態の溶接方法とを比較する。
【0055】
図4は、一般的な定電圧電源および一定速度のワイヤ送給の組合せによる溶接方法において安定期間と外乱によってアーク長が伸びた場合と短くなった場合の、溶接電圧、溶接電流、ワイヤ送給速度の挙動を波形で示している。アークが安定している期間はアーク長の変動がないため溶接電流、電圧ともに変化しない。
【0056】
溶接トーチを持つ作業者の手振れなどにより、瞬間的にアーク長が長くなったとすると電圧の上昇に対し定電圧電源では電流が大きく減少する。電流減少によってワイヤ溶融速度が低下するため、アーク長は短くなっていく。アーク長が短くなるにつれて溶接電圧が降下すると、定電圧電源では電流が上昇していく。溶接電流は、最終的に一定速度で送給されるワイヤ送給速度と釣り合うワイヤ溶融速度となる溶接電流、すなわち安定時の溶接電流に戻ってくるためアーク長も安定時のアーク長に戻る。アークが短くなった場合は、溶接電流、電圧ともにアークが長くなった場合と逆の挙動を示すが、アーク長が安定時のアーク長に戻ってくる点は同様である。
【0057】
図5は、第1ワイヤ送給速度制御装置16のみを用いた場合において安定期間と外乱によってアーク長が伸びた場合と短くなった場合の、溶接電圧、溶接電流、ワイヤ送給速度の挙動を波形で示している。アークが安定している期間はアーク長の変動がないため溶接電圧、ワイヤ送給速度ともに変化しない。溶接トーチを持つ作業者の手振れなどにより、瞬間的にアーク長が長くなったとすると電圧の上昇に対し定電流特性または垂下特性の電源では電流はほぼ変化しない。一方で、溶接電圧の上昇に応じてワイヤ送給速度も上昇する。電流が変化しないためワイヤ溶融速度も変化しないが、ワイヤ送給速度が上昇するために、アーク長は短くなっていく。アーク長が短くなるにつれて溶接電圧が降下すると、ワイヤ溶融速度もあわせて低下していく。ワイヤ送給速度は、最終的にワイヤ溶融速度と釣り合う速度に戻ってくることでアーク長も安定時のアーク長に戻る。
【0058】
図6は、本実施の形態において安定期間と外乱によってアーク長が伸びた場合と短くなった場合の、溶接電圧、溶接電流、ワイヤ送給速度の挙動を波形で示している。
図6では、第1ワイヤ送給速度制御装置16に加え、第2ワイヤ送給速度制御装置26を用いた場合を示している。第1ワイヤ送給速度制御装置16の消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAの下に第2ワイヤ送給速度制御装置26のフィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBの挙動が波形で示されている。
【0059】
図6に示すように、アークが安定している期間はアーク長の変動がないため溶接電圧、ワイヤ送給速度WFA、ワイヤ送給速度WFBともに変化しない。溶接トーチを持つ作業者の手振れなどにより、瞬間的にアーク長が長くなったとすると電圧の上昇に対し定電流特性または垂下特性の電源では電流はほぼ変化しない。一方で、溶接電圧の上昇に応じてワイヤ送給速度WFAも上昇する。消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAの上昇に対応してフィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBは降下する。電流が変化しないためワイヤ溶融速度は変化しないが、ワイヤ送給速度WFAが上昇するために、アーク長は短くなっていく。
【0060】
アーク長が短くなるにつれて溶接電圧が降下すると、ワイヤ送給速度WFAもあわせて低下していく。消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAの降下に対応してフィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBは上昇する。ワイヤ送給速度WFAは、最終的にワイヤ溶融速度と釣り合う速度に戻ってくることでアーク長も安定時のアーク長に戻る。消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAがワイヤ溶融速度と釣り合う速度に戻ってくることに対応してフィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBも安定時の値に戻る。
【0061】
図5の第1ワイヤ送給速度制御装置16のみを用いた場合では、アーク長が変化しても電流は一定であるため、溶接の品質項目の一つである溶込み深さを一定に保つことができる。一方で、消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度を変化させるため、母材に供給される溶着金属量が変化することになる。この変化が大きい場合、溶接部の形状が一定にならない。
【0062】
そこで本実施の形態では、消耗電極ワイヤ2の第1ワイヤ送給装置3とは別に、フィラワイヤ8の第2ワイヤ送給装置7を設け、消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAの変化に対し、設定した目標のワイヤ送給速度となるようフィラワイヤ8を送給することで溶着金属量を一定にする。このようにすれば、電流一定に加え、溶着金属量も一定となることで、一様な断面とすることができ溶接品質が向上する。
【0063】
次に本実施の形態の溶接方法および溶接装置を用いて短絡溶接を実行する場合について、以下に検討する。一般的な定電圧電源および一定速度のワイヤ送給の組合せによる溶接方法の検討例と本実施の形態の溶接方法とを比較する。ここで短絡溶接とは、周期的な短絡移行によって溶接が進行する溶接の形態である。アーク熱によって溶接ワイヤ先端に形成された溶滴が、溶融池に移行する溶滴移行現象において、ワイヤに懸垂したまま溶融池と接触して移行することを短絡移行という。なお、本実施の形態は、周期的な短絡移行だけでなく単発の短絡移行においても有効である。
【0064】
図7は、短絡溶接における波形を示す検討例の図である。
図7に示すように、アーク期間では、定電圧特性の電源によって溶接電圧Vwが略一定に制御される。しかし、短絡期間では、短絡によって溶接電圧は急降下すると共に電流が急増する。溶接電流Iwは増加減少を繰り返すが、溶接ケーブルおよび溶接電源装置のリアクトル成分により電流波形は
図7に示すようになる。
【0065】
図8は、本実施の形態の溶接方法の短絡溶接における波形を示す図である。
図8に示すように、アーク期間および短絡期間共に、定電流特性の電源によって溶接電流Iwは、略一定に制御される。しかし、短絡期間では、短絡によって溶接電圧は急降下する。このとき、
図3に示した関係に基づいて、時刻t1,t3における電圧降下時に消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAは低下し、フィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBは増加する。逆に、短絡期間からアーク期間に移行するときは、時刻t2,t4における電圧上昇時に消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAは増加し、フィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBは減少する。
【0066】
本実施の形態の溶接方法および溶接装置によれば、短絡溶接時に、短絡周期Tに同期した周期で消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAおよびフィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBが制御される。このため、定電流で溶接電源を制御した場合に、アーク長も略一定に制御される。このため、従来に比べて電流が一定となり、溶け込み深さの変化を最小とすることができる。特に従来技術と比較して高速溶接でも溶け込み一定を維持することが可能となる。なお、短絡周期Tは、1~数ms程度であり、消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAおよびフィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBを制御する周期は、少なくとも1ms以下、好ましくは短絡周期の10分の1程度の100μsとするとよい。
【0067】
[応用例]
本実施の形態の溶接方法は、パルス溶接にも応用が可能である。
図9は、一般的なパルス溶接のワイヤ送給速度について示した検討例の図である。パルス溶接では、設定電流にしたがって、電流波形パターンと、ピーク電流、ベース電流、パルスピーク時間、パルスベース時間などの各パラメータの標準値とを決定する。
【0068】
ワイヤ送給速度WFを固定値とする一般的なパルス溶接では、アーク長が略一定となるように、所定のパルス回数における溶接電流と溶接電圧の平均値が定電圧の外部特性に沿うように、各パラメータを標準値から都度変更しながら、電流を出力する。一例としては、パルスピーク電流およびパルスベース電流を固定値とし、パルスピーク期間を固定値とし、溶接電流と溶接電圧の平均値が外部特性に沿うようにパルスベース期間を可変とする周波数変調制御がある(図示せず)。別の例としては、
図9に示すパルスピーク期間、パルスベース期間を固定値とし、溶接電流と溶接電圧の平均値が外部特性に沿うようにパルスピーク電流やパルスベース電流またはその両方を可変とする周波数固定のピーク・ベース電流変調制御がある。
【0069】
上述の実施の形態をパルス溶接に適用しても、短絡溶接と同様にアーク長を制御しながら溶接可能である。以下、
図10を用いて説明する。
図10は、応用例の波形を示す図である。
【0070】
図10は、応用例のパルス溶接の消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAおよびフィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBについて示している。
図10では、
図9に示した一般的なパルス溶接と同様に、設定電流にて決定された電流波形パターン、各パラメータに従った溶接電流を出力する。
【0071】
図10に示す例では、パルス溶接において電流出力のパターン(パルスピーク電流値、パルスベース電流値、パルスピーク期間、パルス印加周期)は、固定されている。そして、第1ワイヤ送給速度制御装置16は、
図10の破線矢印に示すように、所定のパルス回数(1回以上)におけるパルスピーク期間の溶接電圧Vwとパルスベース期間の溶接電圧Vwの平均電圧に応じて、その次のタイミングの消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAを決定する。なお、
図10では、1回のパルスピーク期間の溶接電圧Vwとその後に続く1回のパルスベース期間の溶接電圧Vwの合計期間の平均電圧に応じて、その次のタイミングの消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAを決定している。この場合が、最も細かくアーク長が調整されるので好ましいが、1回以上のパルス回数であれば、2回、3回など、複数のパルス回数の期間の平均電圧に応じてワイヤ送給速度WFAを決定しても良い。このようにしても、パルス溶接のアーク長制御における波形の変調によって生じる溶接不安定のリスクを軽減することができる。
【0072】
本実施の形態で説明した消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAの制御によるアーク長制御では電流変化を従来よりも小さくできる。このため、パルス溶接において、パルス波形および周期を完全に固定することが実現できる。
図9に示した送給一定のアーク長制御では、外乱でアーク長が長くなると電流が小さくなるため、パルス溶接のパルス波形を周波数変調で制御すれば、ベース電流期間が伸びて磁気吹きのリスクが高くなる。ピーク・ベース電流変調で制御すれば、ベース電流が小さくなると同じく磁気吹きリスクが高まり、ピーク電流が小さくなると溶滴移行が不安定化する。
【0073】
これに対して、
図10に示すように、パルスピーク期間のワイヤ送給速度とパルスベース期間のワイヤ送給速度とが溶融速度の変化に合わせて変化するため、本実施の形態の応用例では、パルス波形を完全に固定できる。このため、パルス溶接のアーク長制御における波形の変調によって生じる溶接不安定のリスクを軽減することができる。また、
図10に示すように、消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAの増減に対応して、ワイヤ送給速度WFAとは反対にフィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBが増減するように制御される。これにより、母材に供給される溶着金属量を一定にすることで、一様なビード形状を得ることができる。
【0074】
図11は、本実施の形態の制御装置が実行する処理を示すフローチャートである。制御装置は、第1ワイヤ送給装置3が供給する消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAを制御する第1ワイヤ送給速度制御装置16と、第2ワイヤ送給装置7が供給するフィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBを制御する第2ワイヤ送給速度制御装置26とを含む。
図11のフローチャートの処理は、制御装置の制御におけるメインルーチンから、サブルーチンとして繰返し呼び出されて実行される。制御装置が実行する処理は、
図6,
図8,
図10に示した各溶接に適応可能である。
【0075】
第1ワイヤ送給速度制御装置16は、ステップS1において溶接装置1が運転中であるか否かを判定する。第1ワイヤ送給速度制御装置16は、溶接装置1が運転中でないと判定した場合(ステップS1でNO)、処理をサブルーチンからメインルーチンに戻す。
【0076】
第1ワイヤ送給速度制御装置16は、運転中であると判定した場合(ステップS1でYES)、設定電流Isetおよび設定電圧Vsetに基づいて、ワイヤ送給速度の初期値を決定する(ステップS2)。次いで、第1ワイヤ送給速度制御装置16は、電圧検知部18で検出された溶接電圧Vwの値を確認する(ステップS3)。
【0077】
次いで、第1ワイヤ送給速度制御装置16は、第1ワイヤ送給装置3を制御することにより溶接電圧Vwに対応する消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAを設定する(ステップS4)。次いで、第2ワイヤ送給速度制御装置26は、設定ワイヤ送給速度WFsetとワイヤ送給速度WFAとの差分を算出する(ステップS5)。
【0078】
次いで、第2ワイヤ送給速度制御装置26は、第2ワイヤ送給装置7を制御することによりステップS5において求めた算出値に応じて、フィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBを設定する(ステップS6)。次いで、第1ワイヤ送給速度制御装置16は、ワイヤの送給を停止させる停止信号を受信したか否かを判定する(ステップS7)。
【0079】
第1ワイヤ送給速度制御装置16は、停止信号を受信したと判定した場合(ステップS7でYES)、ステップS1の処理へ移行する。第1ワイヤ送給速度制御装置16は、停止信号を受信していないと判定した場合(ステップS7でNO)、ステップS3の処理へ移行し、ステップS3以降の処理を繰返す。
【0080】
本実施の形態の溶接方法および溶接装置によれば、第1ワイヤ送給装置3が供給する消耗電極ワイヤ2の供給量と、第2ワイヤ送給装置7が供給するフィラワイヤ8の供給量との合計量が一定となるようにワイヤ送給速度を決定する。このように、本実施の形態の溶接方法および溶接装置によれば、溶接途中に外乱等が生じても母材に供給される溶着金属量が一定となるため、一様なビード形状とすることで均一な溶接を維持することができる。これにより、溶着量減少によりビードが細くなり接合断面積が小さくなることで生じる接合強度の低下、または溶着量増加によりビードが高くなりフランク角が大きくなることで生じる応力集中を防ぐことができる。
【0081】
特に本実施の形態の溶接方法および溶接装置によれば、高速溶接における溶滴移行を制御するレベルの細かなワイヤ送給量調整によるアーク長制御技術において溶着量を一定に保つことができる。なお、フィラワイヤ8は、溶着量をコントロールしているのみであるため、ワイヤ径を消耗電極ワイヤ2のワイヤ径と異ならせてもよい。
【0082】
(まとめ)
(1)本開示は、溶接トーチ4と、ワイヤガイド9と、定電流特性または垂下特性を有する溶接電源装置10と、溶接トーチ4に消耗電極ワイヤ2を送給する第1ワイヤ送給装置3と、ワイヤガイド9にフィラワイヤ8を送給する第2ワイヤ送給装置7と、第1ワイヤ送給装置3および第2ワイヤ送給装置7を制御する制御装置と、を備える。制御装置は、溶接電圧Vwに基づいて消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAおよびフィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBを制御することにより、アーク長を目標アーク長に制御しつつ、溶着量を一定に制御する。
【0083】
(2)(1)の溶接装置であって、制御装置は、パルス溶接を実行する場合には、所定のパルス回数における溶接電圧Vwの平均値に応じて消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAおよびフィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBを決定し、ワイヤ送給速度の更新を繰り返す。
【0084】
(3)(1)または(2)の溶接装置であって、制御装置は、第1ワイヤ送給装置3が供給する消耗電極ワイヤ2の供給量と、第2ワイヤ送給装置7が供給するフィラワイヤ8の供給量との合計量が一定となるようにワイヤ送給速度を決定する。
【0085】
(4)本開示は、消耗電極ワイヤ2およびフィラワイヤ8を用いるガスシールドアーク溶接方法に関する。定電流特性または垂下特性を有する溶接電源装置10によって溶接電圧Vwを溶接トーチ4に印加するステップと、溶接電圧Vwに基づいて、消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAおよびフィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBを制御することにより、アーク長を目標アーク長に制御しつつ、溶着量を一定に制御するステップと、を備える。
【0086】
(5)のガスシールドアーク溶接方法であって、アーク長を目標アーク長に制御するステップは、パルス溶接を実行する場合には、所定のパルス回数における溶接電圧Vwの平均値に応じて消耗電極ワイヤ2のワイヤ送給速度WFAおよびフィラワイヤ8のワイヤ送給速度WFBを決定し、ワイヤ送給速度の更新を繰り返すステップを含む。
【0087】
本実施の形態の溶接方法および溶接装置によれば次のような効果が得られる。すなわち、電流が一定となり、溶け込み深さの変化を最小とすることができる。特に従来技術と比較して、高速溶接でも溶け込み一定を維持することが可能である。また、応用技術では、パルス溶接のアーク長制御における波形の変調によって生じる溶接不安定のリスクを軽減することができる。
【0088】
さらに、第1ワイヤ送給装置3が供給する消耗電極ワイヤ2の供給量と、第2ワイヤ送給装置7が供給するフィラワイヤ8の供給量との合計量が一定となるようにワイヤ送給速度が決定される。これにより、本実施の形態の溶接方法および溶接装置によれば、溶接途中に外乱等が生じても母材に供給される溶着金属量が一定となるため、一様なビード形状とすることで均一な溶接を維持することができ、溶接品質を向上することができる。
【0089】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0090】
1 溶接装置、2 消耗電極ワイヤ、3 第1ワイヤ送給装置、4 溶接トーチ、6 母材、7 第2ワイヤ送給装置、8 フィラワイヤ、9 ワイヤガイド、10 溶接電源装置、11 溶接電源、12 電流検知部、13 溶接電流設定部、14 溶接電流制御装置、15 溶接電圧設定部、16 第1ワイヤ送給速度制御装置、17 第1モータドライバ、18 電圧検知部、19 ワイヤ送給速度設定部、20 アーク、26 第2ワイヤ送給速度制御装置、27 第2モータドライバ、30 溶融池、31 第1ローラ、32 第1モータ、33 第2ローラ、34 第2モータ。