(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035871
(43)【公開日】2024-03-15
(54)【発明の名称】培養装置及び培養方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20240308BHJP
【FI】
C12M1/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022140473
(22)【出願日】2022-09-05
(71)【出願人】
【識別番号】591011384
【氏名又は名称】株式会社パウレック
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(72)【発明者】
【氏名】牛島 悠太
(72)【発明者】
【氏名】岡安 優
(72)【発明者】
【氏名】長門 琢也
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029AA02
4B029AA08
4B029AA11
4B029BB02
4B029BB06
4B029BB11
4B029BB12
4B029BB13
4B029CC01
4B029DA01
4B029DB10
(57)【要約】
【課題】拡大培養を単一の培養容器で行うことができる共に、細胞に与える物理的ダメージを可及的に低減することができ、かつ、培養液中の細胞の培養状態を光学センサでモニタリングするに際し、モニタリングの基準値を全ての培養スケールで共用することができる培養装置及び培養方法を提供する。
【解決手段】培養装置は、細胞を含む培養液を収容する培養容器1と、培養容器1を軸線X回りに回転駆動する回転駆動部2と、培養容器1を軸線Xを含む鉛直面に沿って傾動させるための傾動機構3と、培養容器1内の培養液中の細胞の培養状態に関する状態量を測定する光学センサ4とを主要な要素として構成される。培養容器1は、軸線Xに沿った方向の一端部に透光部1aを有する。培養容器1を傾動させると、回転駆動部2と光学センサ4は培養容器1に伴って移動し、光学センサ4と透光部1aとの位置関係は変動せず一定である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を含む培養液を収容し、その軸線回りに回転駆動されると共に、前記軸線を含む鉛直面に沿って傾動可能であり、かつ、前記軸線に沿った方向の一端部に透光部を有する培養容器と、
前記培養容器を回転駆動する回転駆動部と、
前記培養容器を傾動させるための傾動機構と、
前記透光部に臨む所定位置に配置され、前記培養容器内の培養液中の細胞の培養状態に関する状態量を前記透光部を介して前記培養容器の外部から測定すると共に、前記培養容器の傾動に伴い、前記透光部との位置関係を一定に保ちながら移動する光学センサと、を備え、
前記光学センサで測定した前記状態量に基づいて、前記培養容器に所定量の新鮮な培養液を逐次に補充すると共に、前記培養容器内の培養液の増量に応じて、前記培養容器を前記傾動機構により逐次に所定角度で傾動させて、前記培養容器内で培養スケールを逐次に拡大しながら細胞を培養する培養装置。
【請求項2】
前記傾動機構は、前記鉛直面に沿って傾動可能な傾動フレームを備えており、前記回転駆動部と前記光学センサは前記傾動フレームに取り付けられ、前記培養容器は前記回転駆動部を介して前記傾動フレームに取り付けられている請求項1に記載の培養装置。
【請求項3】
前記光学センサが分光センサである請求項1又は2に記載の培養装置。
【請求項4】
その軸線回りに回転駆動されると共に、前記軸線を含む鉛直面に沿って傾動可能であり、かつ、前記軸線に沿った方向の一端部に透光部を有する培養容器に細胞を含む培養液を収容し、
前記培養容器が水平面に対して所定の傾斜角度で傾斜し、前記培養液の液面が前記透光部と交差した状態で、前記培養容器を回転させながら前記培養液中で細胞を培養する培養工程を実行しつつ、前記培養液中の細胞の培養状態に関する状態量を前記透光部を介して前記培養容器の外部から光学センサで測定し、
前記光学センサで測定した前記状態量に基づいて、前記培養工程の終了を判断し、その後、前記培養容器に所定量の新鮮な培養液を補充すると共に、前記透光部と前記光学センサとの位置関係を一定に保ちつつ、前記培養容器内の培養液の液面と前記透光部との交差位置が前記培養工程と同じになる傾斜角度まで前記培養容器を傾動させた状態で、前記培養工程と同様に次の培養工程を実行しつつ、前記光学センサで測定した前記状態量に基づいて、前記次の培養工程の終了を判断し、以降、これらのプロセスを繰り返して、前記培養容器内で培養スケールを逐次に拡大しながら細胞を培養する培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞(動物細胞、昆虫細胞、植物細胞、細菌、真菌、ウィルス、藻類、酵母等を含む。)の培養に用いる培養装置及び培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バイオ医薬品の生産や、再生医療、免疫療法等の分野において、細胞を人工的な環境下で効率良く大量に培養することが求められている。細胞の培養は培養液(培地)を用いて行うが、培養液中の細胞密度が高くなるにつれて、増殖に必要な成分の枯渇や細胞自身の代謝産物(老廃物)の蓄積が起こり、増殖速度が低下して、細胞密度が飽和状態に達してしまう。このため、培養液の容量を段階的に増やし、培養スケールを段階的に拡大(スケールアップ)してゆく方法(拡大培養)が用いられている。拡大培養では、培養スケールを拡大する毎に新鮮な培養液を補給するため、増殖に必要な成分が補給されると共に、代謝産物が希釈され、細胞が増殖し易い環境が保たれる。
【0003】
通常、拡大培養では、培養スケール毎に個別の培養容器を設け、増殖させた細胞を含む培養液を小スケールの培養容器から大スケールの培養容器に順次に移し替えて培養工程を実行してゆくが、培養液を移し替える作業は煩雑である上に、培養液を移し替える際にコンタミネーションが起こり、培養液が汚染されてしまうリスクがある。このような問題点に対処するため、特許文献1では、細胞の培養を単一の培養槽で行い、培養中の培養槽に別置の培地タンクから新鮮培地(新鮮な培養液)を逐次に(段階的に)補充して、培養スケールを逐次に拡大してゆく培養装置を提案している。培養槽には、培養液を攪拌するための攪拌機、培養液に酸素等の気体を通気するための散気装置、培養槽内の温度を調節するための温度調節装置、培養槽内の細胞の培養状態等をオンラインで測定するためのセンサが設けられる。センサの測定データは分析装置に出力され、分析装置にて細胞の培養状態等が分析される。そして、分析装置から出力される分析データに基づいて、各培養スケールでの培養工程が終了したかを判定し、その判定結果に従って、培地タンクから培養槽に新鮮培地を補充する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の培養装置では、培養槽内の培養液を攪拌機で攪拌する際、攪拌翼の先端部付近の細胞が攪拌に伴う剪断力によって物理的ダメージを受けることが懸念される。また、培養槽内の培養液量が培養スケール毎に異なる一方、攪拌機は培養スケールに係わらず培養槽内の一定位置で培養液を攪拌するため、培養液中の細胞の分布状態等が培養スケール毎に変わり、培養槽内での細胞の培養状態が同じであったとしても、センサの測定データは各培養スケール毎に異なる様相を呈することになる。そのため、培養槽内の細胞の培養状態をセンサの測定データに基づいてモニタリングするに際し、モニタリングの基準値(閾値)を各培養スケール毎に個別に設定する必要が生じる。
【0006】
本発明の課題は、拡大培養を単一の培養容器で行うことができる共に、細胞に与える物理的ダメージを可及的に低減することができ、かつ、培養液中の細胞の培養状態を光学センサでモニタリングするに際し、モニタリングの基準値を全ての培養スケールで共用することができる培養装置及び培養方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明は、細胞を含む培養液を収容し、その軸線回りに回転駆動されると共に、前記軸線を含む鉛直面に沿って傾動可能であり、かつ、前記軸線に沿った方向の一端部に透光部を有する培養容器と、前記培養容器を回転駆動する回転駆動部と、前記培養容器を傾動させるための傾動機構と、前記透光部に臨む所定位置に配置され、前記培養容器内の培養液中の細胞の培養状態に関する状態量を前記透光部を介して前記培養容器の外部から測定すると共に、前記培養容器の傾動に伴い、前記透光部との位置関係を一定に保ちながら移動する光学センサとを備え、前記光学センサで測定した前記状態量に基づいて、前記培養容器に所定量の新鮮な培養液を逐次に補充すると共に、前記培養容器内の培養液の増量に応じて、前記培養容器を前記傾動機構により逐次に所定角度で傾動させて、前記培養容器内で培養スケールを逐次に拡大しながら細胞を培養する培養装置を提供する。
【0008】
また、上記課題を解決するため、本発明は、その軸線回りに回転駆動されると共に、前記軸線を含む鉛直面に沿って傾動可能であり、かつ、前記軸線に沿った方向の一端部に透光部を有する培養容器に細胞を含む培養液を収容し、前記培養容器が水平面に対して所定の傾斜角度で傾斜し、前記培養液の液面が前記透光部と交差した状態で、前記培養容器を回転させながら前記培養液中で細胞を培養する培養工程を実行しつつ、前記培養液中の細胞の培養状態に関する状態量を前記透光部を介して前記培養容器の外部から光学センサで測定し、前記光学センサで測定した前記状態量に基づいて、前記培養工程の終了を判断し、その後、前記培養容器に所定量の新鮮な培養液を補充すると共に、前記透光部と前記光学センサとの位置関係を一定に保ちつつ、前記培養容器内の培養液の液面と前記透光部との交差位置が前記培養工程と同じになる傾斜角度まで前記培養容器を傾動させた状態で、前記培養工程と同様に次の培養工程を実行しつつ、前記光学センサで測定した前記状態量に基づいて、前記次の培養工程の終了を判断し、以降、これらのプロセスを繰り返して、前記培養容器内で培養スケールを逐次に拡大しながら細胞を培養する培養方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、拡大培養を単一の培養容器で行うことができる共に、細胞に与える物理的ダメージを可及的に低減することができ、かつ、培養液中の細胞の培養状態を光学センサでモニタリングするに際し、モニタリングの基準値を全ての培養スケールで共用することができる培養装置及び培養方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施形態に係る培養装置の全体構成を示す側面図である。
【
図2】実施形態に係る培養装置を上方から見た図である。
【
図3】実施形態に係る培養装置を後方から見た図である。
【
図4】培養容器を
図1に示す状態から上方側に90°傾動させた状態を示す図である。
【
図5】実施形態に係る培養装置で培養工程を実行するときの状態を模式的に示す図である。
【
図6】培養スケールを逐次拡大してゆく工程を示す図である。
【
図7】培養スケールを逐次拡大してゆく工程を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態を図面を参照しながら説明する。
【0012】
図1~
図4は、実施形態に係る培養装置の全体構成を示している。この実施形態の培養装置は、細胞を含む培養液を収容する培養容器1と、培養容器1を軸線X回りに回転駆動する回転駆動部2と、培養容器1を軸線Xを含む鉛直面に沿って傾動させるための傾動機構3と、培養容器1内の培養液中の細胞の培養状態に関する状態量を測定する光学センサ4とを主要な要素として構成される。
【0013】
培養容器1は、軸線Xと直交する方向の断面が円形又は多角形のドラム状に形成され、軸線Xに沿った方向の一端部に透光部1aを有し、他端部に開口1bを有する。透光部1aは、培養容器1の一端部の中央領域に設けた円形の貫通孔の枠部に、透明ガラスや透明樹脂等からなる円形の透光板を取り付けることにより構成される。開口1bは、培養容器1に培養液を供給又は補充する際や、培養容器1から培養液を排出する際などに開かれ、培養工程中は蓋部材1cで気密に閉じられる。また、培養容器1の一端部側には、回転駆動部2との連結に供される連結部1dが取り付けられる。尚、培養容器1の内面に混合攪拌用のバッフルを設けてもよい。また、培養容器1内の温度を調節する温度調節部を設けてもよい。この温度調節部は、例えば、培養容器1の外周部に電気ヒータや、温調流体流通用の流体ジャケットを装着することにより構成することができる。
【0014】
回転駆動部2は、回転速度を可変で調整可能な駆動モータ2aと、駆動モータ2aの回転動力を伝達する動力伝達機構2bとを備え、取り付け板2cを介して、後述する傾動機構3の傾動フレーム3aに取り付けられる。培養容器1は、その一端部側に取り付けられた連結部1dを介して動力伝達機構2bに連結され、駆動モータ2aの回転に伴い、軸線X回りに所定速度で回転する。
【0015】
図2に示すように、傾動機構3は、傾動フレーム3aと、傾動フレーム3aを軸線Xを含む鉛直面に沿って傾動可能に支持する傾動支持部3bとを備えている。傾動フレーム3aは、傾動支持部3bに支持される左右の側部3a1と、左右の側部3a1の後端部を繋ぐ後部3a2とで構成される。左右の側部3a1には、それぞれ、軸線Xと直交する中心線Yを有する回動軸3a11が連結され、後部3a2には、取り付け板2cを介して、回転駆動部2が取り付けられる。傾動支持部3bは、架台3b1に立設され、傾動フレーム3aの回動軸3a11を中心線Y回りに回動可能に支持する左右の支持部3b2を備えていると共に、回動軸3aの回動を任意の位置でロックする機能を有する。
【0016】
培養容器1は、傾動機構3を操作することにより、軸線Xが水平面に沿った位置(
図1:傾斜角度θ=0°)と軸線Xが水平面に対して直交した位置(
図4:傾斜角度θ=90°)との間の任意の位置に傾動させることができる。
【0017】
光学センサ4は、近赤外分光センサ、中赤外分光センサ、ラマン分光センサ等の分光センサ(反射型又は透過型)である。光学センサ4(センサプローブ)は、センサブラケット4aの先端部に取り付けられる。センサブラケット4aの後端部は取り付け板2cに位置調整可能に取り付けられ、センサブラケット4aの先端部は取り付け板2cの中心穴、動力伝達機構2bの中空部および連結部1dの中心穴を通って、透光部1aの近傍の所定値まで延びる。このようにして、センサブラケット4aおよび取り付け板2cを介して傾動フレーム3aに取り付けられた光学センサ4は、透光部1aに近接した所定位置で、透光部1aに臨む。
【0018】
この実施形態において、光学センサ4は反射型の近赤外分光センサ(NIR)で構成され、近赤外光を透光部1aを介して培養容器1内の培養液に照射し、培養液中の細胞で反射された反射光を透光部1aを介して受光して、そのスペクトル(NIRスペクトル)を取得する。光学センサ4で取得された反射光のスペクトルは、培養液中の細胞の培養状態に関する状態量と相関し、反射光のスペクトルを分析することにより、培養液中の細胞の培養状態に関する状態量を測定(検知)することができる。細胞の培養状態に関する状態量としては、培養液中の細胞密度、比増殖速度、細胞の代謝産物量、細胞の生存率等が挙げられるが、この実施形態では、光学センサ4で培養液中の細胞密度を測定する。
【0019】
図5は、この実施形態の培養装置で培養工程を実行するときの状態を模式的に示している。培養容器1の内部には、所定量の培養液C(細胞を含む)が収容される。培養容器1は、軸線Xが水平面に対して所定の傾斜角度θをなすように傾斜し、培養液Cの液面Lが透光部1aの内面と所定位置Sで交差した状態で、回転駆動部2により軸線X回りに回転駆動される。同時に、培養容器1内の培養液C中に気体通気部5から酸素、窒素、二酸化炭素等の気体、例えば酸素Oがバブリング等の態様で供給される。培養液C中の細胞は、培養容器1の回転に伴う混合攪拌と気体通気部5からの酸素供給を受けて、培養液C中で増殖してゆく。光学センサ4は、培養液C中の細胞の培養状態を透光部1aを介して常時モニタリングし、培養液C中の細胞密度をリアルタイムで測定する。尚、培養液Cの液面Lと透光部1aとの交差位置Sは、培養容器1の傾斜角度θを調節することによって、透光部1aの内面上の任意の位置に設定することができるが、この実施形態では、透光部1aの内面が軸線Xと交わる位置に交差位置Sを設定する。
【0020】
光学センサ4で測定した細胞密度が所定の基準値に達すると、当該培養工程が終了したと判断して、培養容器1の回転を一旦停止し、所定量の新鮮な培養液Cを開口1bから培養容器1に補充する。培養液Cの補充により、培養容器1内の培養液Cは増量し、培養液Cの液面Lと透光部1aとの交差位置Sが変動する。そこで、液面Lの交差位置Sの変動をキャンセルする方向(傾斜角度θが減少する方向)に培養容器1を傾動させる。すなわち、培養液Cの液面Lと透光部1aとの交差位置Sが培養液Cの補充前と同じ位置(透光部1aの内面が軸線Xと交わる位置)になる傾斜角度θまで培養容器1を傾動させる。この培養容器1の傾動により、透光部1aを透して見える培養液Cの液面Lの位置(交差位置S)は培養液Cの補充の前後で同じになる。また、培養容器1を傾動させると、傾動フレーム3aに取り付けられた回転駆動部2と光学センサ4は培養容器1に伴って移動するので、光学センサ4と透光部1aとの位置関係は変動しない。そのため、透光部1aに対する光学センサ4の測定ポイントT(透光部1aの内面の近傍で、光学センサ4の照射光の光軸を中心とする領域)の位置は培養液Cの補充の前後で同じになる。従って、透光部1aを透して見える培養液Cの液面Lの位置(交差位置S)と光学センサ4の測定ポイントTとの間の距離(以下、交差位置Sと測定ポイントTとの間の距離を「測定ポイント深さ」という。)は培養液Cの補充の前後で同じになる。すなわち、光学センサ4の測定ポイントTと測定ポイント深さは、培養液Cの補充の前後で変動せず一定である。このようにして、培養容器1に所定量の培養液Cを補充し、培養容器1を所定の角度傾斜θまで傾動させた後、培養容器1の回転を再開して、次の培養工程を実行する。
【0021】
一般に、近赤外分光センサ等の分光センサは測定ポイントの周辺環境をノイズとして拾うため、周辺環境が変化すると、測定対象の測定時に取得するスペクトルが変動して、測定対象を正しく検知することが難しくなる。この実施形態では、上述のように、透光部1aに対する光学センサ4の測定ポイントTと測定ポイント深さが培養液Cの補充の前後で変動せず一定であり、光学センサ4の測定ポイントTの周囲環境が変化しないため、培養液Cを補充する前の培養工程での光学センサ4の測定精度を、培養液Cを補充した後の培養工程で再現することができる。そのため、光学センサ4で測定する細胞の培養状態に関する状態量(この実施形態では細胞密度)に基づいて培養工程の終了等を判断するにあたり、培養液Cを補充する前の培養工程について設定した上記状態量の基準値(閾値)を用いて、培養液Cを補充した後の培養工程の終了等を正しく(補充前の培養工程と同等の精度で)判断することができる。例えば、培養液Cを補充する前の培養工程(スケールアップ前の培養工程)において、当該培養工程を終了すべき細胞密度に対応する光学センサ4のスペクトルデータを取得し、このスペクトルデータから検量線を作成しておくと、当該検量線を用いて、培養液Cを補充した後の培養工程(スケールアップ後の培養工程)の終了を正しく判断することができる。
【0022】
図6及び
図7は、この実施形態の培養装置を用いて、培養スケールを逐次拡大してゆく工程(拡大培養)の一例を示している。この例では、培養容器1に基準量の培養液C(細胞を含む)を収容した状態{
図6(a)}を初期スケールとし、培養容器1内の培養液C(細胞を含む)が、例えば基準量の3倍量{
図6(b)}、5倍量{
図6(c)}、8倍量{
図7(a)}、12倍量{
図7(b)}、20倍量{
図7(c)}になるように、培養液Cを逐次に補充して培養スケールを拡大してゆく。
【0023】
まず、拡大培養工程に入る前に、
図6(a)に示す初期スケールで培養工程を試験的に実施して、培養工程の終了を判断する基準値(検量線)を作成する。
図6(a)に示す初期スケールでは、培養容器1に基準量の培養液C(細胞を含む)を収容し、培養液Cの液面Lと透光部1aとの交差位置Sが軸線Xと一致するように、培養容器1を所定の傾斜角度θ(この例ではθ=65°)で傾斜させた状態で、培養容器1を所定速度で回転させながら細胞を培養する。そして、初期スケールでの培養工程で、当該培養工程を終了すべき細胞密度に対応する光学センサ4のスペクトルデータを取得し、このスペクトルデータから検量線を作成する。初期スケールの培養工程について作成した検量線は、全ての培養工程において、各工程の終了を判断する基準値(閾値)として用いる。
【0024】
つぎに、
図6(a)に示す初期スケールで第1培養工程を実行する。そして、第1培養工程で細胞の増殖が進み、光学センサ4で測定されるスペクトルデータが上記の検量線のレベルに達すると、第1培養工程を終了する。その後、培養容器1内の培養液Cが基準量の3倍量になるまで新鮮な培養液Cを補充すると共に、培養液Cの液面Lと透光部1aとの交差位置Sが軸線Xと一致するように、培養容器1を所定の傾斜角度θ(この例ではθ=55°)の位置まで傾動させる。そして、この状態で培養容器1を所定速度で回転させながら第2培養工程を実行する{
図6(b)}。
【0025】
第2培養工程で細胞の増殖が進み、光学センサ4で測定されるスペクトルデータが上記の検量線のレベルに達すると、第2培養工程を終了する。その後、培養容器1内の培養液Cが基準量の5倍量になるまで新鮮な培養液Cを補充すると共に、培養液Cの液面Lと透光部1aとの交差位置Sが軸線Xと一致するように、培養容器1を傾斜角度θ(この例ではθ=45°)の位置まで傾動させる。そして、この状態で培養容器1を所定速度で回転させながら第3培養工程を実行する{
図6(c)}。
【0026】
以降、上記と同様のプロセスを繰り返して、
図7(a)に示す第4培養工程(培養液Cを8倍量にスケールアップ:傾斜角度θ=35°)、
図7(b)に示す第5培養工程(培養液Cを12倍量にスケールアップ:傾斜角度θ=25°)、
図7(c)に示す第6培養工程(培養液Cを20倍量にスケールアップ:傾斜角度θ=15°)を逐次に実行して、細胞を増殖させてゆく。そして、最後の第6培養工程が終了すると、培養液C(増殖させた細胞を含む)を培養容器1から排出する。
【0027】
この実施形態の培養装置は、細胞の拡大培養を単一の培養容器1で行うことができる共に、培養液C中の細胞を培養容器1の回転により混合攪拌するので、細胞に与える物理的ダメージを可及的に低減することができる。また、培養液C中の細胞の培養状態を光学センサ4でモニタリングするに際し、モニタリングの基準値(検量線等)を全ての培養スケールで共用することができる。
【0028】
この実施形態において、第1培養工程~第6培養工程での培養容器1の回転速度は、各培養工程間で同じ速度にしてもよいし、異なる速度にしてもよい。例えば、培養容器1内の培養液Cの増量に応じて、培養容器1の回転速度を逐次に高めてゆくようにしてもよい。また、第1培養工程~第5培養工程の各培養工程の終了後に培養液Cを補充する際、培養容器1の回転を継続しながら、培養液Cを補充するようにしてもよい。
【0029】
また、培養容器1の傾動は、作業者が傾動機構3を手動で操作することによって行ってもよいし、あるいは、傾動機構3を自動で操作する傾動操作部を設けてもよい(例えば、傾動機構3の傾動フレーム3aを電動モータ等のロータリーアクチュエータや油圧シリンダ等のリニアアクチュエータで作動させる)。例えば、光学センサ4で測定されるスペクトルデータが上記の検量線のレベルに達すると、上記の傾動操作部に作動信号を出力して、培養容器1を所定の傾斜角度θの位置まで自動的に傾動させるようにしてもよい。
【0030】
また、培養容器1への培養液Cの供給(補充を含む)は、作業者が手動で行ってもよいし、あるいは、培養液Cを培養容器1に自動で供給する培養液供給部を設けてもよい(例えば、培養液Cを貯留する培養液タンクから所定量の培養液Cを送液手段で培養容器1に送液する)。例えば、光学センサ4で測定されるスペクトルデータが上記の検量線のレベルに達すると、上記の培養液供給部に作動信号を出力して、培養液タンクから所定量の培養液Cを培養容器1に自動的に補充するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0031】
1 培養容器
1a 透光部
2 回転駆動部
3 傾動機構
3a 傾動フレーム
4 光学センサ
θ 傾斜角度
C 培養液
L 液面
S 交差位置
T 測定ポイント