(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024035924
(43)【公開日】2024-03-15
(54)【発明の名称】中性子捕捉療法装置
(51)【国際特許分類】
A61N 5/10 20060101AFI20240308BHJP
【FI】
A61N5/10 H
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022140553
(22)【出願日】2022-09-05
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-06-26
(71)【出願人】
【識別番号】515332207
【氏名又は名称】株式会社J-BEAM
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】古村 翔太郎
(72)【発明者】
【氏名】鬼島 明洋
(72)【発明者】
【氏名】堀越 晨裕
(72)【発明者】
【氏名】水本 哲矢
【テーマコード(参考)】
4C082
【Fターム(参考)】
4C082AC07
4C082AE01
4C082AG32
4C082AG42
4C082AR02
(57)【要約】
【課題】正常部位での被曝を抑制した中性子線照射を行うことができる中性子捕捉療法装置を提供する。
【解決手段】中性子捕捉療法装置1は、患者2を囲むとともに患者2の治療部位3に対応する開口部4を有する筒状の中性子遮蔽部5と、中性子遮蔽部5を囲む実質的に軸対称性を有する筒状の中性子減速部6と、中性子減速部6の外周において開口部4に対応する位置に配置される複数の中性子発生装置7と、中性子発生装置7を中性子減速部6の外周に沿って周方向に移動させる照射部移動機構8とを備える。
【選択図】
図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者を囲むとともに該患者の治療部位に対応する開口部を有する筒状の中性子遮蔽部と、
前記中性子遮蔽部を囲む実質的に軸対称性を有する筒状の中性子減速部と、
前記中性子減速部の外周において前記開口部に対応する位置に配置される複数の中性子発生装置とを備えることを特徴とする中性子捕捉療法装置。
【請求項2】
前記中性子発生装置を、前記中性子減速部の外周に沿って周方向に移動させる照射部移動機構を備えることを特徴とする請求項1に記載の中性子捕捉療法装置。
【請求項3】
前記中性子発生装置の位置、収率又は前記開口部の形状を調節する調節手段を備えることを特徴とする請求項1に記載の中性子捕捉療法装置。
【請求項4】
前記調節手段による調節結果に応じ、前記中性子減速部の軸対称性に基づいて計算過程を一部省略した高速化アルゴリズムを適用して前記患者における線量体積ヒストグラムを算出するDVH算出部を備えることを特徴とする請求項3に記載の中性子捕捉療法装置。
【請求項5】
前記中性子遮蔽部は、同一軸線上において10~30cmの隙間を置いて設置された2つの筒状の筒状遮蔽材と、該隙間の一部を閉塞して前記開口部を形成する取り外し可能な部分円筒遮蔽材とを備えることを特徴とする請求項1に記載の中性子捕捉療法装置。
【請求項6】
前記中性子減速部は、複数の物質を同心状に重ねて40~70cmの厚さとなるように積層した層構造を有することを特徴とする請求項1に記載の中性子捕捉療法装置。
【請求項7】
前記開口部は、中性子減速材、熱中性子吸収材又はガンマ線遮蔽材で構成されることを特徴とする請求項1に記載の中性子捕捉療法装置。
【請求項8】
前記中性子減速部を、両端面を介して挟む中性子反射材を備えることを特徴とする請求項1に記載の中性子捕捉療法装置。
【請求項9】
前記中性子発生装置を囲む中性子減速材又は中性子反射材を備えることを特徴とする請求項1に記載の中性子捕捉療法装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中性子捕捉療法に使用される中性子捕捉療法装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、中性子捕捉療法に使用される装置として、患者の治療部位に中性子線を照射するための複数の中性子発生装置を備えるものが知られている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1において開示された装置では、肝臓などの器官を照射するための8つの高速中性子発生装置が、内側に患者が配置される円筒状の減速材を囲むように配置される。高速中性子発生装置は、円筒状の高速中性子反射体により囲まれる。
【0003】
また、特許文献1で開示された別の装置では、各々がくさび形の減速材を有する10個の高速中性子発生装置が、患者を囲むように配置される。減速材の隙間は、フィラー減速材で埋められる。装置全体は、円筒状の高速中性子反射体で囲まれる。各高速中性子発生装置の中性子収率と位置は、肝臓などの治療部位における中性子流束の均一性と必要な放射線量が得られるように、独立に調節される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
中性子捕捉療法を含む放射線治療においては一般に、治療部位以外の正常組織も放射線による被爆を受けることにより、正常組織に障害が生じる可能性があることが知られている。かかる障害は、放射線量だけでなく放射線が照射される体積にも依存して生じることが知られている。このため、中性子捕捉療法においては、中性子線が照射される患者の正常組織の体積が小さいことが要求される。
【0006】
しかしながら、上記特許文献1の技術によれば、患者の周囲の各中性子発生装置で発生する中性子は、等方的に放射され、その一部は外側の高速中性子反射体で反射されてから、他の部分はそのまま患者の方に進み、患者の治療部位のみならず、正常部位にも同様の強度で照射される。
【0007】
また、治療部位の近くに位置を調節した中性子発生装置から中性子を発生させる場合でも、中性子線は様々な方向に飛散し、周囲の中性子発生装置、減速材、フィラー減速材などの物質で散乱されて方向を変え、治療部位から離れた正常部位にも多量の中性子線が到達し得る。
【0008】
本発明の目的は、かかる従来技術の課題に鑑み、正常部位での被曝を抑制した中性子線照射を行うことができる中性子捕捉療法装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の中性子捕捉療法装置は、
患者を囲むとともに該患者の治療部位に対応する開口部を有する筒状の中性子遮蔽部と、
前記中性子遮蔽部を囲む実質的に軸対称性を有する筒状の中性子減速部と、
前記中性子減速部の外周において前記開口部に対応する位置に配置される複数の中性子発生装置とを備えることを特徴とする。
【0010】
本発明によれば、各中性子発生装置が発生する中性子は、様々な方向に照射されるが、一部は中性子減速部で減速されて熱外中性子線又は熱中性子線に変化し、さらにその一部が中性子遮蔽部の開口部を通過して患者の治療部位に照射される。一方、治療部位に照射される以外の開口部を通過しなかった中性子線は、中性子遮蔽部により遮蔽される。
【0011】
したがって、治療部位以外の正常部分の臓器が被曝を受けることによるリスクを抑制することができる。この結果、様々な治療部位を対象として、正常部位の被ばくを抑制した中性子線照射を行うことができる中性子捕捉療法装置を提供することができる。これにより、中性子捕捉療法の適用部位の拡大を図ることができる。
【0012】
また、軸対称性を有する中性子減速部の外周に複数の中性子発生装置を設置したので、前記患者における線量体積ヒストグラム(DVH;Dose volume histogram)の計算を、その過程を一部省略し、短時間で実行することができる。
【0013】
本発明において、前記中性子発生装置を、前記中性子減速部の外周に沿って周方向に移動させる照射部移動機構を備えてもよい。これによれば、中性子遮蔽部の周方向位置を中性子遮蔽部の開口部に対応するように、適切に設定することができる。
【0014】
本発明において、各中性子発生装置の位置及び収率、並びに前記開口部の形状及び大きさをそれぞれ独立に調節する調節手段を備えてもよい。これによれば、上記線量体積ヒストグラムの計算結果に基づき、各中性子発生装置の位置及び収率、並びに開口部の形状及び大きさを、調節手段によって容易に最適化することができる。
【0015】
この場合、前記調節手段による調節結果に応じ、前記中性子減速部の軸対称性に基づいて計算過程を一部省略した高速化アルゴリズムを適用して前記患者における線量体積ヒストグラムを算出するDVH算出部を備えてもよい。
【0016】
これによれば、調節手段による調節と、DVH算出部による線量体積ヒストグラムの算出とを短時間で繰り返すことができる。これにより、中性子発生装置の位置及び収率、並びに開口部の形状及び大きさを、短時間で最適化することができる。
【0017】
本発明において、前記中性子遮蔽部は、同一軸線上において10~30cmの隙間を置いて設置された2つの筒状の筒状遮蔽材と、該隙間の一部を閉塞して前記開口部を形成する取り外し可能な部分円筒遮蔽材とを備えてもよい。
【0018】
これによれば、部分円筒遮蔽材として、形状及び大きさが異なる複数種類のものを用意し、適宜交換して用いることにより、中性子遮蔽部の開口部の形状及び大きさを容易に変更することができる。
【0019】
本発明において、前記中性子減速部は、複数の物質を同心状に重ねて40~70cmの厚さとなるように積層した層構造を有してもよい。これによれば、中性子減速部により、中性子発生装置からの高速中性子を、効率よく減速して熱外中性子又は熱中性子に変換することができる。
【0020】
本発明において、前記開口部は、中性子減速材、熱中性子吸収材又はガンマ線遮蔽材で構成されてもよい。これによれば、中性子減速材、熱中性子吸収材又はガンマ線遮蔽材により、開口部を通過する中性子線を含む放射線における中性子線のエネルギーを調整して均一化し、あるいは該放射線に含まれる不要かつ危険なガンマ線を極力排除することができる。
【0021】
本発明において、前記中性子減速部を、両端面を介して挟む中性子反射材を備えてもよい。これによれば、中性子発生装置が発生する中性子線を中性子反射材で開口部の方向に反射して、中性子発生装置が発生する中性子線の収率を補うことができる。
【0022】
本発明において、各中性子発生装置を囲む中性子減速材又は中性子反射材を備えてもよい。これによれば、各中性子発生装置が発生する中性子線における収率をさらに補うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1A】本発明の一実施形態に係る中性子捕捉療法装置の簡易断面図(
図1BのA-A線断面図)である。
【
図2】
図1Aの中性子捕捉療法装置において計測した患者における線量体積ヒストグラムの一例を示すグラフである。
【
図3】本発明の他の実施形態に係る中性子捕捉療法装置の簡易断面図である。
【
図4】本発明のさらに他の実施形態に係る中性子捕捉療法装置の簡易断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を用いて本発明の実施形態を説明する。
図1A及び
図1Bは、本発明の一実施形態に係る中性子捕捉療法装置を模式的に示す。
図1A及び
図1Bでは、左胸腔内に播種した癌などのような左半身の深く広い範囲を治療する様子が示されている。
【0025】
図1A及び
図1Bに示すように、中性子捕捉療法装置1は、Z方向に沿ってY方向を向いて横たわった患者2を囲むとともに患者2の治療部位3に対応する開口部4を有する筒状の中性子遮蔽部5と、中性子遮蔽部5を囲む実質的に軸対称性を有する筒状の中性子減速部6と、中性子減速部6の外周において開口部4に対応する位置に配置される複数の中性子発生装置7とを備える。
【0026】
中性子発生装置7は、D-D又はD-T核融合反応を利用した軽量(100Kg未満)小型の装置である。軽量であるため、中性子減速部6の外周上に設置される複数台の中性子発生装置7を、中性子減速部6の外周に沿って周方向に移動させる照射部移動機構8を容易に設けることができる。中性子発生装置7は、中性子減速材又は中性子反射材により囲まれる。
【0027】
ホウ素薬剤BPA(p-boronophenylalanine)を腫瘍細胞に数十ppm程度集積させ、これに中性子を照射して核反応を生じさせて、治療に十分な放射線量を得る場合には、中性子発生装置7の1台当たりの収率は、概ね1013n/s以上の中性子強度に対応する値であることが望ましい。異なるホウ素薬剤を使用するなど、集積度がより大きくなる場合には、この収率は1013n/sより小さくてもよい。この収率を補うために、各々の中性子発生装置7の周囲に、黒鉛や鉛などを用いた中性反射材を設けてもよい。
【0028】
中性子減速部6は、患者2の体格に適合した円筒状のものであり、上述のように軸対称性を有する。すなわち、円筒のようにその中心軸から見たときに、形状や物理量が円周方向には変化せず、中心軸からの距離のみに依存して変化するような形状を有し、形状や物理量の分布は、軸方向と半径方向の関数として、2次元的に表現することができるような性質を有する。このため、後述のように、計算過程を一部省略した高速化アルゴリズムを適用して患者2における線量体積ヒストグラムを算出することができる。
【0029】
中性子減速部6を構成する素材としては、フッ素、アルミニウム、鉄、鉛などの数10keV以上の大きな反応断面積を有する元素を多く含むものが用いられる。中性子減速部6は、上記各元素をそれぞれ多く含む複数の層を積層して構成される。例えば、鉛、鉄、アルミニウム、フッ化水素、アルミニウム、鉛を有する各層を外側からこの順で合計40~70cmの厚さとなるように同心円状に重ねた層構造を有し、中性子発生装置7が発生する高速中性子線9を効率よく熱外又は熱中性子線10へ減速できるように構成される。
【0030】
中性子遮蔽部5は、上述のように中性子発生装置7からの中性子線を治療部位3に導入するための開口部4を有し、該中性子線が患者2の開口部4に対応する治療部位3以外の部分に照射されるのを防止するように、患者2を少なくとも部分的に覆うものである。
【0031】
また、中性子遮蔽部5は、同一軸線上において10~30cmの隙間を置いて固定された2つの筒状の筒状遮蔽材11と、該隙間の一部を閉塞して開口部4を形成する取り外し可能な部分円筒遮蔽材12とを備える。
【0032】
筒状遮蔽材11及び部分円筒遮蔽材12は、いずれもポリエチレン、軽水、重水などの軽い元素を多く含む物質で構成され、効率よく高速中性子線を遮蔽することが可能である。遮蔽の結果生じる熱中性子線を吸収するために、リチウム6(6Li)やホウ素10(10B)を混ぜて構成される。これらを積層して構成することもできる。
【0033】
部分円筒遮蔽材12の素材としては、例えば、フッ化リチウムとポリエチレンを混合したLiFポリエチレンを用いることができる。この部分円筒遮蔽材12として、サイズや形状の異なる数種類のものを備えることにより、開口部4の大きさ、形状を調節する調節手段が構成される。
【0034】
開口部4は、中性子減速材、熱中性子吸収材又はガンマ線遮蔽材で閉塞して構成してもよい。ガンマ線遮蔽材としては、例えば、鉛、ビスマス、鉄を用いることができる。
【0035】
中性子減速部6のZ方向両端面には、中性子減速部6を挟むようにして中性子反射材13が設けられる。中性子反射材13は、中性子を効率的に開口部4に導く機能を有する。これにより、中性子発生装置7の収率を補うことができる。中性子反射材13の素材としては、黒鉛、鉛、ビスマスなどの中性子に対して安定な物質が好ましく用いられる。
【0036】
中性子反射材13のZ方向における両外側には、中性子遮蔽材14が設けられる。中性子遮蔽材14は、中性子減速部6のZ方向両端面に設けてもよい。中性子遮蔽材14により、中性子反射材13や中性子減速部6から漏れ出た中性子線による被曝を低減することができる。中性子遮蔽材14に使用される物質は、中性子遮蔽部5の場合と同じである。
【0037】
また、中性子捕捉療法装置1は、各中性子発生装置7の位置及び収率を調節する調節手段を備える。中性子発生装置7の位置の調整は、例えば、XYステージや回転ステージを用いて行うことができる。収率の調整は、例えば、中性子発生装置7における加速器電圧やイオンビーム電流を変化させることにより行うことができる。
【0038】
また、中性子捕捉療法装置1は、上記の各中性子発生装置7の位置及び収率の調節、開口部4の位置、大きさの調節に応じて変化する患者2における線量体積ヒストグラムの算出を行うDVH(Dose volume histogram)算出部15を備える。この算出にあたっては、上述のように計算過程を一部省略した高速化アルゴリズムを適用することができる。
【0039】
この構成において、左胸腔内に播種した癌などのような左半身の深く広い範囲を治療する際には、
図1A及び
図1Bに示すように、2つの筒状遮蔽材11の間の隙間に部分円筒遮蔽材12を配置して患者の治療に適した大きさの開口部4を有する中性子遮蔽部5が形成される。この形成は、開口部4のZ軸周りの位置が、中性子遮蔽部5内に配置される患者2の治療に適した位置となるように行われる。
【0040】
患者2は、中性子遮蔽部5の内側に設けられた図視していないベッドにY方向を上方とする仰向けで配置され、開口部4に患者2の治療部位3が対応するようにZ方向位置が定められる。
【0041】
また、3台の中性子発生装置7が、開口部4を介して患者2の治療部位を適切に照射し得るように、照射部移動機構8によって中性子減速部6の外周上における周方向の位置が設定される。また、中性子発生装置7の位置や収率が調整される。
【0042】
上述の開口部4の大きさや位置、中性子発生装置7の周方向位置の設定や、位置、収率の調整は、次に述べるような原理で、患者2の治療部位3と正常部位における線量体積ヒストグラム(DVH)が最適化されるように、それぞれ独立して行われる。
【0043】
図2は、左胸腔内に播種した癌などの左半身の深く広い範囲を治療する際の正常部位である肝臓及び右肺における最適化された線量体積ヒストグラムの一例を示す。すなわち、この線量体積ヒストグラムは、上記
図1A、
図1Bの構成においてモンテカルロシュミレーションを行い、左肺中央にある腫瘍に25GyE以上の線量が届くように、3台の中性子発生装置7を配置して照射した場合について計算した正常な右肺と肝臓の線量体積ヒストグラムを示している。
【0044】
図2中のグラフ曲線A及びBは、中性子遮蔽部5が無い場合の肝臓及び右肺についての各計算結果を示しており、グラフ曲線C及びDは、中性子遮蔽部5が存在する場合の肝臓及び右肺についての各計算結果を示している。グラフ曲線A~Dから、中性子遮蔽部5が無い場合には、平均線量で2~5倍、最大線量でも約2倍の余分な被曝を受けることがわかる。
【0045】
特に肝臓は、中性子発生装置7から離れているにも拘わらず、中性子減速部6で反射された中性子が到達して大きな線量が付与される。したがって、3台の中性子発生装置7を用いるような多門照射を行う場合において、患者を中性子減速部6のような物質で囲む場合には、同時に中性子遮蔽部5で患者を覆う必要性があることが、
図2の結果からも明確に理解される。
【0046】
線量体積ヒストグラムの算出に際しては、中性子発生装置7を中性子減速部6の外周に設置してあるため、中性子発生装置7自身による中性子場の撹乱が小さいので、各々の中性子発生装置7が作る中性子場を独立に扱うことができる。
【0047】
さらに、中性子減速部6の軸対称性の良さから、中性子減速部6のすぐ内側の中性子場は、複数の中性子発生装置7を用いる場合でも、単一の中性子発生装置7で照射した場合の中性子場のZ軸周りの移動と線形和により算出できるので、中性子発生装置7の位置を変えて再度シミュレーションすることなく、算出が行われる。
【0048】
この算出結果を初期条件として、さらに実際の体内における中性子線についての計算を行うことにより、
図2のような線量体積ヒストグラムが、短時間で算出される。したがって、中性子発生装置7の位置、収率、開口部4の位置、大きさ、形状を変化させた場合でも線量体積ヒストグラムの計算が直ちに行われるので、この計算結果に基づいて、正常部位での線量体積ヒストグラムが最適化されるように、中性子発生装置7の位置、収率、開口部4の位置、大きさ、形状が、現実的な時間内で調整される。
【0049】
このような調整が完了した後、各中性子発生装置7から、高速中性子線9が発生されると、高速中性子線9は、中性子減速部6を通過する過程で減速され、熱外又は熱中性子線10に変化する。この熱外又は熱中性子線10は、開口部4を通過し、患者2の治療部位3付近に到達する。開口部4を通過しなかった熱外又は熱中性子線10は、中性子遮蔽部5により遮蔽され、治療部位3付近に到達することはない。
【0050】
治療部位3付近に熱外又は熱中性子線10が到達すると、予めホウ素薬剤が集積された治療部位3の癌細胞内でホウ素と中性子との核反応により放射線が発生し、この放射線が癌細胞だけを選択的に破壊する。
【0051】
以上のように、本実施形態によれば、中性子発生装置7からの中性子線は、中性子遮蔽部5の開口部4を経て治療部位3に照射されるので、中性子線の照射範囲を中性子遮蔽部5により治療部位3に制限し、治療部位3以外の部分に存在する臓器に対する中性子線の被曝によるリスクを抑制することができる。この結果、中性子捕捉療法の適用部位の拡大を図ることができる。
【0052】
また、軸対称性を有する中性子減速部6の外側に中性子発生装置7を設置したので、線量体積ヒストグラム(DVH)の計算を、その過程を一部省略し、短時間で実行することができる。この結果、中性子発生装置7の位置、収率及び開口部4の大きさ、形状の最適化を、線量体積ヒストグラム(DVH)の計算結果に基づいて、現実的な時間で実行することができる。
【0053】
また、中性子発生装置7を、中性子減速部6の外面に沿って移動させる照射部移動機構8を備えるので、中性子遮蔽部5の開口部4に対する中性子発生装置7の位置合せを、容易に行うことができる。
【0054】
また、中性子発生装置7の位置、収率及び開口部4の形状を調節する調節手段を備えるので、線量体積ヒストグラム(DVH)の計算結果に基づき、中性子発生装置7の位置、収率及び開口部4の形状を、容易に最適化することができる。
【0055】
また、調節手段による調節は、中性子遮蔽部5の軸対称性の良さから、線量体積ヒストグラム(DVH)の計算は、計算過程を一部省略した高速化アルゴリズムが適用可能であるため、上記調節手段による中性子発生装置7の位置、収率及び開口部4の大きさ、形状の最適化を、短時間で実行することができる。
【0056】
また、中性子遮蔽部5は、同一軸線上において10~30cmの隙間を置いて設置された2つの筒状の筒状遮蔽材11と、該隙間の一部を閉塞して開口部4を形成する取り外し可能な部分円筒遮蔽材12とを備えるので、大きさ、形状の異なる風数の部分円筒遮蔽材12を用意しておくことにより、開口部4の形状を容易に変更することができる。
【0057】
また、中性子減速部6は、複数の物質を同心状に重ねて40~70cmの厚さとなるように積層した層構造を有するので、中性子減速部6により、中性子発生装置7からの高速中性子を、効率よく熱外中性子又は熱中性子へ減速することができる。
【0058】
また、開口部4を、中性子減速材、熱中性子吸収材又はガンマ線遮蔽材で構成した場合には、中性子減速材、熱中性子吸収材又はガンマ線遮蔽材により、開口部4を通過する中性子線を含む放射線における中性子線のエネルギーを調整して均一化し、あるいは該放射線における不要かつ危険なガンマ線を極力排除することができる。
【0059】
また、中性子減速部6の両端面に中性子反射材13を備えるので、中性子発生装置7が発生する中性子線を中性子反射材13で開口部4の方に導き、中性子発生装置7の収率を補うことができる。
【0060】
また、中性子発生装置7は、これを囲む中性子減速材又は中性子反射材を備えるので、中性子発生装置7からの中性子線における収率をさらに補うことができる。
【0061】
なお、本発明は、上述の実施形態に限定されない。例えば、照射部移動機構8を設ける代わりに、中性子発生装置7を中性子減速部6の外周により多くの数を配置し、各中性子発生装置7の駆動を個別にオン/オフ制御することにより、照射部移動機構8による各中性子発生装置7の周方向への移動と同様の機能を得るようにしてもよい。
【0062】
すなわち、この場合、多数の中性子発生装置7のうちの開口部4の位置や大きさに対応する位置に位置する複数台の中性子発生装置7のみを駆動することにより、対応する所望の治療部位3の治療を行うことができる。
【0063】
また、中性子発生装置7を中性子減速部6の外側に固定して設置する場合には、中性子減速部6は、断面が多角形状を有する角筒状のものであてもよい。また、中性子遮蔽部5又は中性子捕捉療法装置1全体の形状は、断面が患者2の身体の形状に適合した楕円形状を有する楕円筒状のものであってもよい。
【0064】
また、中性子遮蔽部は、中性子減速部6に内接する必要はなく、
図3に示すように、患者2のすぐ外側を数cm程の厚さで覆うだけの中性子遮蔽部5bであってもよい。この中性子捕捉療法装置1bの場合でも、中性子遮蔽部5bにより中性子を十分に遮蔽することができる場合が多い。中性子遮蔽部5bの厚さは、5~20cm程度とされる。この厚さが厚いほど、中性子線の照射範囲を効果的に制限することができる。
【0065】
また、
図4に示すように、中性子遮蔽部、中性子減速部、中性子反射材、及び中性子遮蔽材は、患者2をZ軸の周りについて全周を覆う必要はなく、散乱の原因となる減速体が存在しない方向については覆うのを省略した中性子遮蔽部5c、中性子減速部6b、中性子反射材13b及び中性子遮蔽材であってもよい。この中性子捕捉療法装置1cによれば、装置のスペース及び製造コストを削減することができる。
【符号の説明】
【0066】
1、1b、1c…中性子捕捉療法装置、2…患者、3…治療部位、4…開口部、5、5b、5c…中性子遮蔽部、6、6b…中性子減速部、7…中性子発生装置、8…照射部移動機構、9…高速中性子線、10…熱外又は熱中性子線、11…筒状遮蔽材、12…部分円筒遮蔽材、13、13b…中性子反射材、14…中性子遮蔽材、15…DVH算出部。