(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024036042
(43)【公開日】2024-03-15
(54)【発明の名称】モータ制御装置
(51)【国際特許分類】
H02P 21/16 20160101AFI20240308BHJP
H02P 21/06 20160101ALI20240308BHJP
【FI】
H02P21/16
H02P21/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022140742
(22)【出願日】2022-09-05
(71)【出願人】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】小原 峻介
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 尚礼
(72)【発明者】
【氏名】谷口 峻
(72)【発明者】
【氏名】三井 利貞
(72)【発明者】
【氏名】松井 大和
【テーマコード(参考)】
5H505
【Fターム(参考)】
5H505BB06
5H505CC04
5H505DD03
5H505DD08
5H505EE49
5H505GG04
5H505HA10
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ04
5H505JJ17
5H505JJ24
5H505JJ25
5H505JJ26
5H505JJ28
5H505LL22
5H505LL24
5H505LL41
(57)【要約】
【課題】磁石温度推定の際に温度変化による磁束変動量の電流依存性を補正することで、磁石温度推定精度を向上させる。
【解決手段】モータの制御部10は、モータの回転数指令値、トルク指令値の何れかに基づいて演算されたq軸電圧指令値と、電気角速度と、電流検出値に基づいて演算されたd軸電流検出値及びq軸電流検出値と、を入力し、永久磁石の温度を推定する磁石温度推定部40を備える。磁石温度推定部40は、q軸電圧指令値、電気角速度、d軸電流検出値及びq軸電流検出値を入力し、d軸磁束変動量を演算するd軸磁束変動量演算部41と、d軸磁束変動量を補正した補正後d軸磁束変動量を演算するd軸磁束変動量補正部42と、磁石磁束基準値を演算する磁石磁束基準値演算部43と、補正後d軸磁束変動量と磁石磁束基準値とに基づいて永久磁石の磁石温度推定値を算出する磁石温度演算部44を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
永久磁石を有するモータを制御する制御部を備えたモータ制御装置において、
前記制御部は、
前記モータの回転数指令値、前記モータのトルク指令値の何れかに基づいて演算され、若しくは前記モータの電圧検出値に基づいて演算されたq軸電圧値と、前記モータの電気角に基づいて演算された電気角速度と、前記モータの電圧検出値又は前記モータの電流検出値に基づいて演算され、若しくは指令値に基づいたd軸電流値及びq軸電流値と、を入力し、前記永久磁石の温度を推定する磁石温度推定部を備え、
前記磁石温度推定部は、
前記q軸電圧値、前記電気角速度、前記d軸電流値及び前記q軸電流値を入力し、d軸磁束とd軸磁束基準値の差分であるd軸磁束変動量を演算するd軸磁束変動量演算部と、
前記d軸電流値と前記q軸電流値に基づいて前記d軸磁束変動量を補正した補正後d軸磁束変動量を演算するd軸磁束変動量補正部と、
前記q軸電流値に基づいて磁石磁束基準値を演算する磁石磁束基準値演算部と、
前記補正後d軸磁束変動量と前記磁石磁束基準値とに基づいて前記永久磁石の磁石温度推定値を算出する磁石温度演算部を備えたことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記d軸磁束変動量演算部は、前記q軸電圧値と前記電気角速度と前記q軸電流値とを入力し、前記d軸磁束を演算するd軸磁束演算部と、前記d軸電流値と前記q軸電流値とを入力し、d軸磁束基準値を演算するd軸磁束基準値演算部と、を備え、
前記d軸磁束変動量は、前記d軸磁束と前記d軸磁束基準値との差分から算出することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項3】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記d軸磁束変動量補正部は、前記d軸電流値と前記q軸電流値を入力とし、補正係数を算出する補正係数演算部を備え、前記d軸磁束変動量と前記補正係数とに基づき、前記補正後d軸磁束変動量を算出することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項4】
請求項1に記載のモータ制御装置において、
前記磁石温度演算部は、前記補正後d軸磁束変動量と前記磁石磁束基準値とに基づいて算出された磁束変化比率を入力し、前記磁石温度推定値を算出する磁石温度換算部を備えたことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか1項に記載のモータ制御装置において、
前記制御部は、前記磁石温度推定値に基づいて、前記トルク指令値、前記d軸電流値、またはq軸電流値の最大値と最小値を制限する指令値リミッタを備えたことを特徴とするモータ制御装置。
【請求項6】
請求項1乃至4の何れか1項に記載のモータ制御装置において、
前記制御部は、前記トルク指令値と前記磁石温度推定値に基づいて、d軸電流指令値とq軸電流指令値を算出する電流指令値演算部を備えたことを特徴とするモータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
モータの磁石温度を推定する技術として、例えば特許文献1及び特許文献2に記載の技術が提案されている。
【0003】
特許文献1は、電圧指令値に基づいて異なる時刻間の磁石磁束の変動量を推定、磁石磁束変動量に相当する磁石温度変動量推定値を出力する永久磁石同期電動機の駆動装置を開示している。
【0004】
また、特許文献2は、目標電流値を変化させ、d軸磁束鎖交数に基づいて磁石磁束を算出し、算出した磁石磁束に応じて磁石温度を推定するモータの磁石温度の推定方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2021-2949号公報
【特許文献2】特開2021-16226号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の技術は、モータの製造ばらつきなどに起因する個体間の定数誤差の影響を除き、磁石磁束または磁石温度を精度良く推定することを目的としている。そして特許文献1は、q軸電圧指令値と、制御で使用している定数に基づき算出した基準q軸電圧との差分からd軸磁束誤差を算出する方法を備え、基準温度におけるd軸磁束誤差φ0_errを算出し、基準温度から磁石温度が変化した際のd軸磁束誤差φ1_errを算出し、φ0_errとφ1_errの差から磁石磁束の変動量を算出、磁石磁束変動量に相当する磁石温度変動量推定値を出力する永久磁石同期電動機の駆動装置を開示している。
【0007】
特許文献1では、あるd軸電流、q軸電流となっている時にφ0_errとφ1_errの差から算出したd軸磁束の変動量をそのまま、磁石磁束変動量としている。磁石温度変化によるd軸磁束と磁石磁束の変動量には、d軸電流とq軸電流によって異なるという電流依存性が存在するため、d軸電流、q軸電流が非ゼロ時の推定では磁石磁束の変動量推定値に誤差が発生し、磁石温度推定値にも誤差が発生するため、改善の余地がある。
【0008】
特許文献2は、目標電流を変化させる前後においてd軸磁束を求め、それぞれのd軸磁束に基づいて磁石磁束を算出し、算出した磁石磁束に応じて磁石温度を推定するモータの磁石温度の推定方法を開示している。特許文献2では、磁石磁束から磁石温度を推定する際に、磁石磁束、d軸電流、q軸電流のパラメータと磁石温度との対応関係を示すテーブルを用いており、温度変化による磁束変動量の電流依存性も考慮して磁石温度を推定しているが、三パラメータ入力のテーブルを用いるため、テーブルデータ数が大きくなり、テーブル作成のための測定作業時間やテーブル参照の処理負荷が大きいという点で、改善の余地がある。
【0009】
本発明の目的は、磁石温度推定の際に温度変化による磁束変動量の電流依存性を補正することで、磁石温度推定精度を向上させるモータ制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために本発明のモータ制御装置は、永久磁石を有するモータを制御する制御部を備えたモータ制御装置において、前記制御部は、前記モータの回転数指令値、前記モータのトルク指令値の何れかに基づいて演算され、若しくは前記モータの電圧検出値に基づいて演算されたq軸電圧値と、前記モータの電気角に基づいて演算された電気角速度と、前記モータの電圧検出値又は前記モータの電流検出値に基づいて演算され、若しくは指令値に基づいたd軸電流値及びq軸電流値と、を入力し、前記永久磁石の温度を推定する磁石温度推定部を備え、前記磁石温度推定部は、前記q軸電圧値、前記電気角速度、前記d軸電流値及び前記q軸電流値を入力し、d軸磁束とd軸磁束基準値の差分であるd軸磁束変動量を演算するd軸磁束変動量演算部と、前記d軸電流値と前記q軸電流値に基づいて前記d軸磁束変動量を補正した補正後d軸磁束変動量を演算するd軸磁束変動量補正部と、前記q軸電流値に基づいて磁石磁束基準値を演算する磁石磁束基準値演算部と、前記補正後d軸磁束変動量と前記磁石磁束基準値とに基づいて前記永久磁石の磁石温度推定値を算出する磁石温度演算部を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、磁石温度推定の際に温度変化による磁束変動量の電流依存性を補正することで、磁石温度推定精度を高めることができる。
【0012】
上記以外の課題、構成、および効果は、以下の実施形態の説明により明らかにする。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の実施例1に係るモータ制御装置100の概略構成図である。
【
図2】PMモータ20の構造を模式的に示した図である。
【
図3】回転子位置θdと固定子21の各巻線25の相との関係を示す図である。
【
図4】インバータ30および電流検出部50の構成を示すブロック図である。
【
図5】交流の電圧指令値と、ドライブ信号を生成するための三角波キャリア信号を示す図である。
【
図6】電圧指令値演算部12の構成例を示す図である。
【
図7】あるq軸電流におけるd軸電流に対するd軸磁束の関係を示した図である。
【
図8】磁石温度推定部40の制御ブロック図である。
【
図9】インバータ30の出力電圧を測定する電圧センサ70を備えたブロック図である。
【
図10】d軸磁束変動量演算部41の制御ブロック図である。
【
図11】d軸磁束基準値演算部412にテーブルまたは数式として記憶される、d軸電流値Idとq軸電流値Iqに対するd軸磁束基準値Ψd_stdの関係の一例を示す図である。
【
図12】q軸電流値Iqと磁石磁束基準値Ψd0_stdの関係の一例を示す図である。
【
図13】d軸磁束変動量補正部42の制御ブロック図である。
【
図14】補正係数演算部421にテーブルまたは数式として記憶される、d軸電流値Idとq軸電流値Iqに対する補正係数Kの関係の一例を示す図である。
【
図15】磁石温度演算部44の制御ブロック図である。
【
図16】磁石温度換算部441にテーブルまたは数式として記憶される、磁束変化比率KΨに対する磁石温度推定値Tm_estの関係の一例を示す図である。
【
図17】d軸磁束変動量補正部を備えず、磁石磁束基準値を定数とする場合における磁石温度推定部の構成例を示す制御ブロック図である。
【
図18】d軸磁束変動量補正部を備えず、磁石磁束基準値を定数とする場合の磁石温度推定部の磁石温度推定誤差の例を示す図である。
【
図19】d軸磁束変動量補正部を備えない場合における磁石温度推定部の構成例を示す制御ブロック図である。
【
図20】d軸磁束変動量補正部を備えない場合における磁石温度推定部の磁石温度推定誤差の例を示す図である。
【
図21】磁石温度推定部の磁石温度推定誤差の例を示す図である。
【
図22】実施例1の変形例を示す制御ブロック図である。
【
図23】本発明の実施例2に係る制御部10aの構成を示すブロック図である。
【
図24】トルク指令値制限部16、d軸電流指令値制限部17、q軸電流指令値制限部18の構成例を示す図である。
【
図25】本発明の実施例3に係る制御部10bの構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付の図面を参照しつつ本発明の実施例を詳細に説明する。同様の構成要素には同様の符号を付し、また、同一の説明は繰り返さない。
【0015】
本発明の各種の構成要素は、必ずしも個々に独立した存在である必要はなく、複数の構成要素が一個の部材として形成されていること、一つの構成要素が複数の部材で形成されていること、或る構成要素が他の構成要素の一部であること、或る構成要素の一部と他の構成要素の一部とが重複していること、等を許容する。
【実施例0016】
<モータ制御装置の概略構成>
図1は、本発明の実施例1に係るモータ制御装置100の概略構成図である。モータ制御装置100は、制御部10、PMモータ20、インバータ30、電流検出手段50、レゾルバやエンコーダ等の角度センサ60、を備えている。PMモータ20には、図示はしていないが機械的あるいは磁気的に機械出力を伝える機構が接続されており、モータ制御装置100によってPMモータ20の回転数またはトルクを所望の値に制御する。
【0017】
以下の説明では、電動機の一例としてPMモータ20、すなわち永久磁石を有する永久磁石同期モータ(PMSM:Permanent Magnet Synchronous Motor)を用いた例で説明するが、本発明はこれに限定されるものでは無い。回転子の温度によって永久磁石の磁束が変化する特性を持つ電動機であれば、本発明が適用できる。
【0018】
インバータ30は、バッテリーなどの直流電圧源120(
図4参照)と、スイッチング素子から成るブリッジ回路を有し、入力されるドライブ信号に応じてスイッチング素子をスイッチングして電圧を出力する。スイッチング素子のスイッチング動作が遅れ無く理想的に切り替わると仮定して説明すると、インバータ30から出力される電圧はパルス状の電圧となる。公知のパルス幅変調の考えを用いると、パルス状電圧は交流電圧として見なすことができる。
【0019】
尚、パルス幅変調においては、等価的な交流電圧の周波数(ここでは単相モータの回転周波数に相当する)に対し、スイッチング素子をオンオフする周期、つまりスイッチング周波数を十分に高くすることが一般的である。しかしながら、パルス状電圧の基本波成分を考えることも可能である。例えば、スイッチング周波数がPMモータの回転周波数の1~3倍程度といった近い場合においては、パルス状電圧の基本波成分がPMモータ20に印加されているとして考えることができる。従って、本明細書においては、インバータ30の出力電圧は交流波形であるとして、以下を説明する。
【0020】
尚、直流電圧源ではなく、交流電力源を整流などによって直流電力に変換する構成としても良い。または、ある電圧の直流電圧源を基に、異なる電圧に制御するDC/DCコンバータを用いる構成としても良い。
【0021】
制御部10は構成例として、電流指令値演算部11、電圧指令値演算部12、PWM信号生成部14、座標変換部13、角速度演算部15、磁石温度推定部40を有する。
【0022】
座標変換部13は、電流検出手段50によって得られたPMモータ20に流れる電流情報である電流検出値、角度センサ60によって得られるモータ電気角検出値を入力し、三相のUVW軸から、定義を後述するdq軸への変換し、d軸電流検出値(d軸電流値)、q軸電流検出値(q軸電流値)を出力する。
【0023】
角速度演算部15は、角度センサ60によって得られるモータ電気角検出値を入力し、電気角速度を出力する。
【0024】
電流指令値演算部11は、回転数指令値またはトルク指令値を入力し、d軸電流指令値、q軸電流指令値を出力する。
【0025】
電圧指令値演算部12は、d軸電流指令値、q軸電流指令値、d軸電流検出値、q軸電流検出値、電気角速度を入力し、これらを基に、d軸電圧指令値、q軸電圧指令値(q軸電圧値)を生成する。
【0026】
PWM信号生成部14は、d軸電圧指令値とq軸電圧指令値を入力し、これら基にインバータ30を構成するスイッチング素子のオンオフを制御するPWM信号を出力する。
【0027】
図1において、回転数指令値やトルク指令値は、制御部10の中に示しているが、例えば、図示していない上位制御系や他の制御系などから得る構成でも構わない。
【0028】
<PMモータ20の構造例>
図2は、PMモータ20の構造を模式的に示した図である。PMモータ20は、固定子21と、固定子21の内周側に配置された回転子22から構成されている。固定子21は、固定子コア(固定子鉄心)26に巻線(コイル)25が巻かれた固定子磁極28を複数有している。回転子22は永久磁石27を有している。
【0029】
図2は、固定子21の磁極の数(スロット数とも呼ぶ)が6、回転子22の磁極の数が2の例を示している。固定子21と回転子22の磁極の数は自由に選ぶことができ、固定子21と回転子22の磁極の数が等しい構成であっても良く、また、固定子21と回転子22の磁極の数が異なる構成であっても良い。また、複数ある巻線の接続は、並列接続でも直列接続でも問題無い。本実施例では対向する固定子磁極28の巻線25が直列接続されて一相を構成し、PMモータ20としては三相の巻線で構成されている例として説明する。
【0030】
固定子磁極28は巻線25に電流を流す事により、電磁石の要領で磁極が生じ、巻線25の電流の向きによって極性(N極、S極)を変えられる。本実施例では、巻線25に正の直流電流を流した際に固定子磁極28がS極となり、回転子22の永久磁石27のN極が引きつけられる際の、回転子22の回転角度(回転角度位置)をゼロ度と定義する。尚、これ以降、回転子の回転角度位置を回転子位置θdと表記する。固定子磁極28が複数ある場合は、いずれかの一つを基準の位置として定める。本実施例では、
図2の右側にある巻線25(U相との記載に一番近い巻線)を基準位置として説明する。本願においては、回転子22は反時計回りに回転する方向を正回転と定義する。
【0031】
モータ制御装置100内における処理では、PMモータ20の回転子22の回転子位置θdの情報を利用するが、角度センサ60としてレゾルバやエンコーダ等によって位置情報を検出する構成として説明する。当然ながら、PMモータ20に流れる電流およびPMモータ20への印加電圧からPMモータ20の推定回転角度位置を出力する位置推定手段を用いた位置センサレス制御によって得る構成でも構わない。
【0032】
<座標軸の説明>
ここで座標軸の定義について説明する。
図3は、回転子位置θdと固定子21の各巻線25の相との関係を示す図である。UVWの三相の巻線は、電気角で120度の差をもって配置されている。回転子22に設けられた永久磁石の主磁束方向をd軸とし、d軸から回転方向に電気的に90度(電気角90度)進んだq軸とからなるd-q軸を定義する。このd-q軸は回転座標系である。d軸の定義は、基準の巻線25に鎖交する永久磁石27の磁束が最大となる回転角度位置とも言い換えることができる。
【0033】
<インバータ30>
次に、
図4に示すブロック図を参照し、インバータ30および電流検出部50の構成を説明する。
図4は、インバータ30および電流検出部50の構成を示すブロック図である。
【0034】
インバータ30は、
図4に示すように、インバータモジュール131と、直流電圧源120と、ゲートドライバ回路123とを有している。ここでは直流電圧源120の出力は直流電圧Edcとする。
【0035】
インバータモジュール131は、スイッチング素子32a~32f(例えば、IGBTやMOS-FET等の半導体スイッチング素子)と、これらに並列に接続された還流用ダイオードとを有している。なお、スイッチング素子32a~32fを総称して「スイッチング素子32」と呼ぶ。
【0036】
直流電圧源120には、シャント抵抗135が直列接続されている。これは、過大な電流が流れないようにスイッチング素子32を保護するものである。
【0037】
これらのスイッチング素子32は、2組のスイッチング素子32が直列に接続されることにより、各相の上下アームを構成している。
図4の例においては、スイッチング素子32a,32bによりU相、スイッチング素子32c,32dによりV相、スイッチング素子32e,32fによりW相の上下アームが構成されている。各相の上下アームの接続点は、PMモータ20へ接続されている。
【0038】
ゲートドライバ回路123は、
図1に示すPWM信号生成部14が出力するパルス状のドライブ信号(詳細は後述する)を受信し、これに基づいてドライブ信号34a~34fを出力する。ドライブ信号の生成方法は公知の技術を用いることができるが、その一例を
図5に示す。
【0039】
図5は、交流の電圧指令値と、ドライブ信号を生成するための三角波キャリア信号を示す図である。
図5に示すように、三角波キャリア信号と各相の電圧指令値の大小関係から、図中のように上アームのドライブ信号Gpおよび下アームのドライブ信号Gnを生成する。
【0040】
インバータモジュール131は、これらドライブ信号34a~34fに基づいて、各スイッチング素子32がスイッチング制御される。
【0041】
上下アームのスイッチングの状態によって、インバータ30の各相の電圧は、直流電圧Edcまたは零電圧の何れかになる。インバータ30においては、PMモータ20に現れる交流電圧の周波数よりも充分に高い周波数でスイッチングを行うため、インバータ30の各相の出力電圧は、上下アームのスイッチングの比率(スイッチングデューティ)を変えることにより自由に調整できる。すなわち、任意の周波数の三相交流電圧をPMモータ20に印加することができ、これによってPMモータ20の可変速駆動や、トルク制御を実現することができる。
【0042】
<電流検出手段50>
電流検出手段50は、インバータ30からPMモータ20に流れる三相の交流電流のうち、U相とW相に流れる電流を検出し、その結果を交流電流検出値Iu,Iwとして出力する。勿論、全相の交流電流を検出しても差支えないが、キルヒホッフの第1法則から、三相のうち2相が検出できれば、他の1相は検出した2相から算出できる。インバータモジュール131の下アームには、例えばCT(カレントトランス)等の電流検出手段50を設けることができる。
【0043】
電流検出手段50としては、例えば、CTに代えてインバータモジュール130の下アームにシャント抵抗を付加し、シャント抵抗に流れる電流からインバータ30に流れる各相の電流を検出する相シャント電流方式を採用することができる。電流検出手段50に代えて又は追加して、インバータ30の直流側に付加されたシャント抵抗135に流れる直流電流から、インバータ30の交流側の電流を検出するシングルシャント電流検出方式を採用しても良い。シングルシャント電流検出方式は、インバータ30を構成するスイッチング素子32の通電状態によって、シャント抵抗135に流れる電流が時間的に変化することを利用している。
【0044】
<PMモータ20の駆動方法>
回転子22に永久磁石27を有するモータを駆動する場合、永久磁石27による磁束に対し、回転方向に電気角90度進んだ位置に、巻線25による磁束を発生させると、最小の電流で最大のトルクを得ることができる。このように駆動することにより、モータの小型化や軽量化を実現できるだけでなく、インバータ30も小型化できる効果がある。
【0045】
前述のd軸およびq軸は、d軸が磁石磁束軸、q軸が巻線磁束軸とも言う事が出来、特にq軸の電流を適切に制御することが重要である。回転座標軸でモータに流れる電流を界磁成分とトルク成分に分離し、モータの回転速度あるいはトルクを制御するために、電圧の位相と大きさを制御することを一般的にベクトル制御と呼んでいる。尚、PMモータの駆動方法として、dq軸上で制御を行うが、三相のUVW軸からdq軸への変換は、公知の座標変換技術を用いることができる。
【0046】
電圧指令値演算部12としては、例えば特開2005-39912号公報に記載の構成や手段がある。これを用いた場合の電圧指令値演算部12の構成例を
図6に示す。
【0047】
図6の電圧指令値演算部12では、電流指令値演算部11が算出したd軸およびq軸電流指令値(Id
*およびIq
*)と、電気角速度ωeを入力し、(1)式、(2)式の様にベクトル演算を行い、d軸電圧指令値Vd
*とq軸電圧指令値Vq
*を得る。
Vd
*=R×Id
**-ωe×Lq×Iq
**_
fil …(1)
Vq
*=R×Iq
**+ωe×Ld×Id
** _
fil + ωe×Ke …(2)
なお、(1)式と(2)式で、RはPMモータ20(電動機)の1相あたりの巻線抵抗値、Ldはd軸のインダクタンス、Lqはq軸のインダクタンス、Keは誘起電圧定数である。
【0048】
dq軸の電流が指令通りに流れるようにするために、
図6ではd軸電流制御器114a、q軸電流制御器114bの構成を用いている。この
図6の回路構成のd軸電流制御器114aにおいて、減算器91dは、d軸電流指令値Id
*からdc軸電流検出値Idcを減算する。比例器92c,92dは、この減算結果に対して、各々所定のゲインKp_acrd,Ki_acrdを乗算する。積分器94cは、比例器92dの出力結果、すなわち「Ki_acrd×(Id
*-Idc)」を積分する。加算器90bは、比例器92cの乗算結果と、積分器94cの積分結果とを加算し、その加算結果をd軸電流指令値Id
**として出力する。
【0049】
同様に、q軸電流制御器114bにおいて、減算器91eはq軸電流指令値Iq*からqc軸電流検出値Iqcを減算する。比例器92e,92fは、この減算結果に対して、各々ゲインKp_acrq,Ki_acrqを乗算する。積分器94dは、比例器92fの出力結果、すなわち「Ki_acrq×(Iq*-Iqc)」を積分する。加算器90cは、比例器92eの乗算結果と、積分器94dの積分結果とを加算し、その加算結果をq軸電流指令値Iq**として出力する。このように、d軸電流制御器14aおよびq軸電流制御器14bは、各々比例積分演算器を構成している。
【0050】
Id**およびIq**には乗算器92g、92iにおいてPMモータ20の1相あたりの巻線抵抗値Rが乗算されて、(1)式と(2)式右辺の第1項が求められる。
【0051】
(1)式と(2)式右辺の第2項でd軸およびq軸電流指令値(Idf
**およびIqf**)は、q軸およびd軸電流指令値(Iq
**およびId
**)を
図6のフィルタ回路98a,98bでフィルタリングして得た値である。Idf
**およびIqf
**に対しては乗算器92h,92jにおいてq軸のインダクタンスLq,d軸のインダクタンスLdがそれぞれ乗算されるとともに、電気角速度ωeも合わせて乗算して(1)式と(2)式右辺の第2項を求める。さらに乗算器92kでは、電気角速度ωeにd軸のインダクタンスLdを乗算して(2)式右辺の第3項を求める。
【0052】
減算器91fでは、乗算器92gの出力から、乗算器92hの出力を差し引くことで、(1)式のd軸電圧指令値Vd*を得る。加算器90dでは、乗算器92iの出力と、乗算器92jの出力と、乗算器92kの出力の和を求めることで、(2)式のq軸電圧指令値Vq*を得る。
【0053】
図6の回路構成例では、電圧指令値演算部12の中に、d軸電流制御器114a、q軸電流制御器114bが電圧演算に直列に入っている点、電動機の電気時定数相当の遮断周波数を有する一次遅れフィルタ(低域通過フィルタ)98aおよび98bがある点が特長である。これらによって電動機の逆モデルを成立させているため、制御部10の演算周期に制約がある場合においても理想的なベクトル制御を実現できる効果がある。
【0054】
<トルク高精度化の課題>
モータ制御装置100はPMモータ20の回転数またはトルクを所望の値に制御をするが、PMモータの駆動においては、磁石の温度が変わると温度に応じて磁束が変わるため、何らかの対応をしない場合はトルク精度が悪化するという課題がある。
【0055】
磁石温度が測定できる場合は、電流指令値を温度によって調整することで、トルク精度を向上させることが可能である。しかし、回転子内に存在する磁石に温度センサを直接接続することは、耐久性や生産性の問題で困難である。そこで、磁石温度を推定することが有効策である。磁石温度の推定については、例えば、前述の特許文献1(特開2021-2949号公報)や特許文献2(特開2021-16226号公報)等に記載の構成や手段がある。
【0056】
特許文献1では、課題の欄でも述べたように、磁石温度変化による磁束の変動量には、d軸電流とq軸電流によって異なるという電流依存性が存在するため、d軸電流、q軸電流が非ゼロ時の推定では磁石磁束の変動量推定値に誤差が発生し、磁石温度推定値にも誤差が発生するという課題がある。
【0057】
また、特許文献2では、磁石磁束から磁石温度を推定する際に、磁石磁束、d軸電流、q軸電流のパラメータと磁石温度との対応関係を示すテーブルを用いており、温度変化による磁束変動量の電流依存性も考慮して磁石温度を推定しているが、三パラメータ入力のテーブルを用いるため、テーブルデータ数が大きくなり、テーブル作成のための測定作業時間やテーブル参照の処理負荷が大きいという課題がある。以下、この課題を解決するための手段について説明する。
【0058】
<本発明の構想>
本発明では、まずd軸磁束とd軸磁束基準値の差分であるd軸磁束変動量を算出する。次にd軸電流値とq軸電流値に基づいてd軸磁束変動量を、d軸電流ゼロ時相当の変動量に補正する。q軸電流値に基づき磁石磁束基準値を演算し、補正後のd軸磁束変動量と磁石磁束基準値とに基づき磁石温度推定値を算出する。
【0059】
<本発明における磁石温度推定の動作の概略>
定常状態におけるq軸電圧方程式は、微分項を無視すると共に各値を平均値とすると次式で表せる。
【0060】
Vq* = Vdrop_q + ωe×Ψd …(3)
ここで、q軸電圧指令値Vq*、電気角速度ωe、d軸磁束Ψd、q軸電圧降下成分Vdrop_qである。Vdrop_qは、速度起電力(誘起電圧)であるωeΨdと、q軸電圧指令値Vq*との差分であり、巻線抵抗による電圧降下、スイッチング素子32での電圧降下、デッドタイムに起因する誤差電圧、PWM方式に起因する誤差電圧等を包含したq軸における全体の電圧降下成分である。d軸磁束Ψdは次式で表せる。
【0061】
Ψd=Ld×Id+Ψd0 …(4)
ここで、d軸インダクタンスLd、d軸電流値Id、磁石磁束Ψd0である。(4)式から、Idがゼロの時、d軸磁束Ψdは磁石磁束Ψd0となる。
【0062】
次に
図7を用いて、磁石温度推定の動作の概略を説明する。
図7は、あるq軸電流におけるd軸電流に対するd軸磁束の関係を示した図である。(4)式において、d軸インダクタンスLdと磁石磁束Ψd0は、d軸電流値Idとq軸電流値Iqによって変化する。そのため、d軸磁束Ψdはd軸電流だけでなくq軸電流によっても値が変化する。そのため、
図4におけるd軸磁束曲線は、q軸電流の値により変化する。
【0063】
まず、事前に基準温度時のd軸磁束であるd軸磁束基準値Ψd_stdを測定し記憶しておく。
図7における基準温度時d軸磁束曲線を測定・記憶することに相当するが、前述した通りd軸磁束はq軸電流値Iqによっても変化するため、d軸電流値Idとq軸電流値Iqに対するd軸磁束を測定し、Ψd_stdとして記憶する。
【0064】
次に磁石温度推定時の動作を説明する。推定時の磁石温度が基準温度と異なる場合、
図7に示すように推定時のd軸磁束曲線は基準温度時d軸磁束曲線と異なる。ネオジム磁石のような磁石温度が低下すると磁石磁束が大きくなる磁石を使用したモータでは、基準温度に比べて推定時磁石温度が低いと、
図7に示すように推定時d軸磁束曲線は基準温度時d軸磁束曲線よりd軸磁束軸正方向に移動する。逆に、基準温度に比べて推定時磁石温度が高い場合は、推定時d軸磁束曲線は基準温度時d軸磁束曲線よりd軸磁束軸負方向に移動する。
【0065】
推定時はd軸電流値Id、q軸電流値Iqがトルク指令値や回転数指令値に従って制御されているため、推定時d軸磁束曲線を全て測定することはできない。そこで、まず推定時のd軸電流値Id、q軸電流値Iqにおけるd軸磁束Ψdを次式(5)で算出する。
【0066】
Ψd=(Vq*-Vdrop_q)/ωe …(5)
q軸電圧降下成分Vdrop_qは様々な要因による電圧降下を含んでいるが、最も支配的な成分となる巻線、ケーブル、スイッチング素子32などの全抵抗成分による電圧降下のみを考えると、次式(6)で算出できる。
【0067】
Vdrop_q=Rall×Iq …(6)
ここで、Rallは巻線、ケーブル、スイッチング素子32などを含む全抵抗値である。全抵抗値Rallは測定により求めても良いし、巻線・ケーブルの導体断面積・長さ、スイッチング素子の電流電圧特性から計算しても良い。
【0068】
推定時のd軸電流、q軸電流に基づいて、事前に記憶してあるd軸磁束基準値Ψd_stdを算出する。そして次式(7)よりd軸磁束変動量ΔΨdを算出する。
【0069】
ΔΨd=Ψd―Ψd_std …(7)
d軸磁束変動量ΔΨdは、d軸電流値Id、q軸電流値Iqによって異なるという電流依存性を持つ。これは、磁石温度変化により磁石磁束が変化し、モータ内部の鉄心の磁束密度が変化した結果、インダクタンスが変化することが主要因である。したがってd軸磁束変動量ΔΨdから磁石温度を推定する場合、d軸磁束変動量ΔΨdの電流依存性を考慮する必要がある。
【0070】
そこで、推定時のd軸電流値Id、q軸電流値Iqにおけるd軸磁束変動量ΔΨdを、Idゼロ時のd軸磁束変動量ΔΨd0相当になるように補正を行う。補正後のd軸磁束変動量を補正後d軸磁束変動量ΔΨd_cmpとする。ΔΨd_cmpは、ΔΨd、Id、Iqから算出する。ΔΨd_cmpとΔΨd0の差分が小さいことが望ましい。
【0071】
ΔΨd_cmpのΔΨd、Id、Iqからの算出方法を説明する。まず、事前にある温度条件2条件において算出したΔΨd0とΔΨdの比率を、補正係数Kとして記録する。補正係数Kは次式(8)で表される。
【0072】
K=ΔΨd0/ΔΨd …(8)
ΔΨd0はq軸電流値Iqによって変化し、ΔΨdはd軸電流値Id、q軸電流値Iqによって変化するため、補正係数Kをd軸電流値Id、q軸電流値Iqに対して記録する。
【0073】
推定時には次式(9)でΔΨd_cmpを算出する。
【0074】
ΔΨd_cmp=ΔΨd×K …(9)
補正係数Kを求めた際の温度条件2条件と基準温度と推定時温度が一致する場合は、ΔΨd_cmpはΔΨd0と一致するが、補正係数Kを求めた際の温度条件2条件と基準温度と推定時温度が異なる場合、ΔΨd_cmpはΔΨd0は一致しない。しかし、温度条件2条件の選択によらず、ΔΨd0とΔΨdの比率である補正係数Kはほぼ一定となるため、補正係数Kを求めた際の温度条件2条件と、基準温度と推定時温度が一致しない場合でも、ΔΨd_cmpとΔΨd0の差分は小さい。
【0075】
以上により、d軸磁束変動量ΔΨdから、Idゼロ時のd軸磁束変動量ΔΨd0相当である補正後d軸磁束変動量ΔΨd_cmpを算出できる。
【0076】
次に、推定時のq軸電流値Iqに基づいて、基準温度における磁石磁束である磁石磁束基準値Ψd0_stdを算出する。d軸電流値Idがゼロ時のd軸磁束である磁石磁束は、q軸電流値Iqによって変化する。磁石磁束基準値Ψd0_stdは事前に基準温度において測定して記憶しておいても良く、またはd軸磁束基準値Ψd_stdにおいてd軸電流値Idがゼロ時のデータから取得しても良い。
【0077】
最後に、補正後d軸磁束変動量ΔΨd_cmpと磁石磁束基準値Ψd0_stdから磁石温度推定値Tm_estを算出する。ΔΨd_cmpとΨd0_stdの比率である磁束変化比率KΨを次式(10)で算出する。
【0078】
KΨ=ΔΨd_cmp/Ψd0_std …(10)
磁束変化比率KΨと磁石温度の関係から、磁石温度推定値を算出する。磁束変化比率KΨと磁石温度の対応関係は、事前に磁石温度を変化させ磁束変化比率KΨを測定または電磁界シミュレーションにより算出して記憶しておき、テーブルとして実装する。または、磁束変化比率KΨを入力とする数式により磁石温度を算出しても良い。
【0079】
以上により本発明における磁石温度推定動作の概略を説明した。次に、磁石温度推定部40の構成と動作の詳細を説明する。
【0080】
<磁石温度推定部の構成と動作>
図8は、磁石温度推定部40の制御ブロック図である。
図9は、インバータ30の出力電圧を測定する電圧センサ70を備えたブロック図である。以下モータを駆動中に磁石温度を推定する際の動作を説明する。
【0081】
q軸電圧値Vq、電気角速度ωe、d軸電流値Id、q軸電流値Iqから磁石温度推定値Tm_estを算出する。各ブロックの詳細については後述する。
【0082】
まず、d軸電流値、q軸電流値については、
図1の接続のようにd軸電流検出値、q軸電流検出値とするか、指令値に基づいたd軸電流指令値、q軸電流指令値としても良い。また、q軸電圧値は
図1の接続のようにq軸電圧指令値とするか、
図9に示すように電圧センサ70によりインバータ30の出力電圧を測定し、電圧検出値を制御部10に入力し、座標変換部13aにより電圧検出値を三相のUVW軸からdq軸へ変換し、d軸電圧検出値とq軸電圧検出値を得る構成として、q軸電圧値をq軸電圧検出値としても良い。
【0083】
d軸磁束変動量演算部41において、q軸電圧値Vqと電気角速度ωeとd軸電流値Idとq軸電流値Iqからd軸磁束変動量ΔΨdを算出する。ΔΨdは推定時のd軸磁束Ψdと、基準温度におけるd軸磁束であるd軸磁束基準値Ψd_stdとの差分である。
【0084】
次に、d軸磁束変動量補正部において、d軸電流値Idとq軸電流値Iqに基づいて、d軸磁束変動量ΔΨdをIdゼロ時のd軸磁束変動量ΔΨd0相当に補正し、補正後d軸磁束変動量ΔΨd_cmpを算出する。
【0085】
磁石磁束基準値演算部43において、q軸電流値Iqに基づき磁石磁束基準値Ψd0_stdを算出する。
【0086】
最後に磁石温度演算部44において、補正後d軸磁束変動量ΔΨd_cmpと磁石磁束基準値Ψd0_stdから磁石温度推定値Tm_estを算出する。
【0087】
<d軸磁束変動量演算部の構成と動作>
図10は、d軸磁束変動量演算部41の制御ブロック図である。d軸磁束演算部411は、q軸電圧値Vq、電気角速度ωe、q軸電流値Iqを入力として、d軸磁束Ψdを演算する。
【0088】
d軸磁束Ψdの演算方法の一つとして、(5)式、(6)式に基づく方法がある。また、(6)式に示したように、電圧降下成分のうち全抵抗成分Rallによる電圧降下だけではなく、スイッチング素子32のq軸電流値Iqに対する非線形な電圧降下成分もVdrop_qに加算することで、d軸磁束Ψdの算出精度を向上できる。この場合は、q軸電流値Iqを入力としてスイッチング素子32の電圧降下を出力とするテーブルや、数式を用いる。また、デッドタイムに起因する誤差電圧、PWM方式に起因する誤差電圧を、q軸電流値Iqや、
図10においてd軸磁束演算部411の入力として、図示していないd軸電流値Id、DC電圧Edc、スイッチング周波数fswに基づいて算出し、Vdrop_qに加算しても良い。
【0089】
d軸磁束基準値演算部412は、d軸電流値Idとq軸電流値Iqに基づいて、基準温度におけるd軸磁束基準値Ψd_stdを演算する。d軸電流値Idとq軸電流値Iqからd軸磁束基準値Ψd_stdを算出できれば良く算出方法は問わない。
【0090】
d軸磁束基準値Ψd_stdの算出方法の一例として、事前にd軸電流値Idとq軸電流値Iqに対するd軸磁束を測定または電磁界シミュレーションにより算出、記憶しておき、IdとIqをパラメータするΨd_stdのテーブルを作成し、推定時に用いる構成がある。または、d軸電流値Idとq軸電流値Iqに対するd軸磁束基準値Ψd_stdの関係を数式化しておき、推定時に用いる構成としても良い。数式を用いる例として、基準温度時におけるd軸電流値Idとq軸電流値Iqに対するd軸インダクタンスLd_stdの関係を記憶しておき、次式(11)でd軸磁束基準値Ψd_stdを算出する構成がある。
【0091】
Ψd_std=Ld_std×Id+Ψd0_std …(11)
また、モータ駆動中に磁石温度が基準温度とみなせる場合において、その時のd軸磁束演算部が出力するd軸磁束Ψdを、その時のd軸電流値Idとq軸電流値Iqに対するd軸磁束基準値Ψd_stdとして記憶し、Ψd_stdのテーブルを更新、Ψd_stdを算出する数式の更新を行っても良い。
【0092】
d軸磁束変動量演算部41では最後に、(7)式に基づいてd軸磁束Ψdとd軸磁束基準値Ψd_stdの差分から、d軸磁束変動量ΔΨdを算出する。
【0093】
d軸磁束基準値演算部412にテーブルまたは数式として記憶される、d軸電流値Idとq軸電流値Iqに対するd軸磁束基準値Ψd_stdの関係の一例を
図11に示す。d軸電流が負に大きくなるほど、磁石磁束を弱める磁束が発生するように設計された磁石モータでは、
図11に示すようにd軸電流値が負に大きくなるほど、d軸磁束が減少する。
【0094】
また、q軸電流値によってもd軸磁束は変化する。磁石磁束を一定とする、またはd軸インダクタンスを一定としてd軸磁束基準値を算出すると、d軸磁束変動量ΔΨdには誤差が発生し、磁石温度推定値にも誤差が発生する。d軸電流、q軸電流によって変化するd軸磁束基準値Ψd_stdを記憶しておき、推定時にd軸電流値Idとq軸電流値Iqに基づいて算出することで、d軸磁束変動量ΔΨdを正確に算出できる。
【0095】
<磁石磁束基準値演算部の構成と動作>
磁石磁束基準値演算部43は、q軸電流値Iqに基づき磁石磁束基準値Ψd0_stdを演算する。q軸電流値Iqと磁石磁束基準値Ψd0_stdの関係の一例を
図12に示す。磁石磁束基準値演算部43では、q軸電流値Iqから磁石磁束基準値Ψd0_stdを算出できれば良く算出方法は問わない。
【0096】
磁石磁束基準値Ψd0_stdの算出方法の一例として、事前に基準温度におけるq軸電流値Iqに対する磁石磁束基準値Ψd0_stdを測定または電磁界シミュレーションにより算出、記憶しておき、IqをパラメータするΨd0_stdのテーブルを作成し、推定時に用いる構成がある。または、q軸電流値Iqに対する磁石磁束基準値Ψd0_stdの関係を数式化しておき、推定時に用いる構成としても良い。また、磁石磁束基準値Ψd0_stdは、d軸磁束基準値演算部412において記憶される基準d軸磁束Ψd_stdにおけるd軸電流値Idがゼロ時の磁束値と同値である。そのため、d軸磁束基準値演算部412において基準d軸磁束Ψd_stdを演算する際に、d軸電流値Idがゼロ時の磁束値を算出し、磁石磁束基準値演算部43の出力である磁石磁束基準値Ψd0_stdとしても良い。
【0097】
<d軸磁束変動量補正部の構成と動作>
図13は、d軸磁束変動量補正部42の制御ブロック図である。推定時のd軸電流値Id、q軸電流値Iqに基づき、d軸磁束変動量ΔΨdから、Idゼロ時のd軸磁束変動量ΔΨd0相当である補正後d軸磁束変動量ΔΨd_cmpを算出する。補正係数演算部421は、d軸電流値Id、q軸電流値Iqを入力として、補正係数Kを演算する。補正係数演算部421は、d軸電流値Idとq軸電流値Iqから補正係数Kを算出できれば良く算出方法は問わない。
【0098】
補正係数Kの算出方法の一例として、事前にある温度条件2条件においてd軸電流値Id、q軸電流値Iqに対して測定または電磁界シミュレーションにより算出したΔΨd0とΔΨdから、式(8)に基づいて補正係数Kを算出・記憶しておき、Id、Iqをパラメータする補正係数Kのテーブルを作成し、推定時に用いる構成がある。または、d軸電流値Idとq軸電流値Iqに対する補正係数Kの関係を数式化しておき、推定時に用いる構成としても良い。
【0099】
d軸磁束変動量補正部42では最後に、式(9)に基づいて補正後d軸磁束変動量ΔΨd_cmpを算出する。
【0100】
補正係数演算部421にテーブルまたは数式として記憶される、d軸電流値Idとq軸電流値Iqに対する補正係数Kの関係の一例を
図14に示す。補正係数Kは、d軸磁束変動量ΔΨdとIdゼロ時のd軸磁束変動量ΔΨd0の比率であるため、d軸電流値Idがゼロの直線上では補正係数Kは1となる。モータの構造によって特性は異なるが、d軸電流が負に大きくなるほど、d軸磁束変動量ΔΨdの絶対値が大きくなるモータの場合は、
図14のように、d軸電流が負に大きくなるほど補正係数Kは小さくなる。また、q軸電流によってもd軸磁束変動量ΔΨdは変化するため、補正係数Kもq軸電流によって異なる値となる。
【0101】
ΔΨd0とΔΨdの比率である補正係数Kを用いる構成を説明したが、ΔΨd_cmpは、別の補正方法を用いてΔΨd、Id、Iqから算出しても良い。補正方法を問わず、ΔΨd0相当のΔΨd_cmpを算出できれば良い。
【0102】
<磁石温度演算部の構成と動作>
図15は、磁石温度演算部44の制御ブロック図である。補正後d軸磁束変動量ΔΨd_cmpと磁石磁束基準値Ψd0_stdから磁石温度推定値Tm_estを算出する。まず、(10)式に基づいてΔΨd_cmpとΨd0_stdの比率である磁束変化比率KΨを算出する。次に磁石温度換算部441において、磁束変化比率KΨと磁石温度の関係から、磁石温度推定値Tm_estを算出する。
【0103】
磁束変化比率KΨと磁石温度の対応関係は、事前に磁石温度を変化させ磁束変化比率KΨを測定または電磁界シミュレーションにより算出して記憶しておき、テーブルとして実装する。または、磁束変化比率KΨを入力とする数式により磁石温度を算出しても良い。
【0104】
磁石温度換算部441にテーブルまたは数式として記憶される、磁束変化比率KΨに対する磁石温度推定値Tm_estの関係の一例を
図16に示す。磁束変化比率KΨがゼロであるとき、磁石温度変化に起因する磁束変化がゼロであることから、磁石温度推定値Tm_estは基準磁石温度と等しい。温度変化に対する磁束変化比率は、磁石の温度特性によって異なる。ネオジム磁石のように温度が高くなると磁石磁束が減少する特性を持つ場合は、
図16に示すように、磁束変化比率が正方向に大きくなるにつれ、磁石温度推定値は小さくなる関係となる。
【0105】
補正後d軸磁束変動量ΔΨd_cmpと磁石磁束基準値Ψd0_stdの比率である磁束変化比率KΨを算出し、磁石温度換算部441によって磁石温度推定値Tm_estを算出する構成を説明したが、Tm_estは、別の算出方法を用いてΔΨd_cmpとΨd0_stdから算出しても良い。
【0106】
<本発明の効果>
本発明における磁石温度推定の構成と動作では、基準温度と推定時磁石温度の差によって、Idゼロ時のd軸磁束変動量ΔΨd0と磁石磁束基準値Ψd0_stdの比率がほぼ一意に定まることを利用している。Idゼロ時のd軸磁束変動量ΔΨd0とは異なるd軸磁束変動量ΔΨdを、そのまま磁石温度推定に用いると推定温度誤差が発生するため、Idゼロ時のd軸磁束変動量ΔΨd0相当である補正後d軸磁束変動量ΔΨd_cmpを用いる。さらに、磁石磁束基準値Ψd0_stdを一定として磁石温度推定に用いると推定温度誤差が発生するため、Ψd0_stdはq軸電流値Iqに基づいて算出した値を用いる。ΔΨdのΔΨd0相当であるΔΨd_cmpへの補正と、q軸電流値Iqに基づいたΨd0_stdの算出により、温度変化によるd軸磁束変動量ΔΨdの電流依存性を適切に補正することができ、磁石温度推定精度を高めることができる。
【0107】
さらに、d軸電流値Idとq軸電流値Iqの2パラメータに基づいてd軸磁束変動量ΔΨdを補正、q軸電流値Iqに基づいて磁石磁束基準値Ψd0_stdを算出するため、d軸電流値Id、q軸電流値Iq、d軸磁束Ψdまたは磁石磁束の3パラメータを入力として磁石温度を直接算出する方式と比較して、事前に必要な調整作業の負担や時間と推定時の処理負荷が大幅に小さい。
次に、ΔΨdのΔΨd0相当であるΔΨd_cmpへの補正と、q軸電流値Iqに基づいたΨd0_stdの算出による、磁石温度推定値の精度向上について説明する。
【0108】
図17は、d軸磁束変動量補正部を備えず、磁石磁束基準値を定数とする場合における磁石温度推定部の構成例を示す制御ブロック図である。d軸磁束変動量補正部が存在せず、磁石磁束基準値演算部43aは一定値の磁石磁束基準値を出力する。d軸磁束変動量演算部41aはd軸磁束変動量演算部41と同一である。
【0109】
d軸磁束変動量補正部を備えず、磁石磁束基準値を定数とする場合の磁石温度推定部の磁石温度推定誤差の例を
図18に示す。推定時磁石温度真値を基準温度とは異なる値に設定した場合の推定結果であり、回転数とトルクに対して磁石温度推定値から推定時磁石温度真値を引いた、推定温度誤差をプロットしている。d軸磁束変動量補正を行わず、磁石磁束基準値を一定としているため、100℃と大きな推定誤差が発生している。特に、q軸電流が大きくなる高トルク領域では、磁石磁束基準値の誤差が大きくなり、磁石温度推定値にも大きな誤差が発生している。
【0110】
図19は、d軸磁束変動量補正部を備えない場合における磁石温度推定部の構成例を示す制御ブロック図である。
d軸磁束変動量補正部が存在しないが、磁石磁束基準値演算部43bは磁石磁束基準値演算部43と同一、d軸磁束変動量演算部41aはd軸磁束変動量演算部41と同一である。
【0111】
d軸磁束変動量補正部を備えない場合における磁石温度推定部の磁石温度推定誤差の例を
図20に示す。推定時磁石温度真値の条件、プロット方法は
図18と同一である。
図18と比較すると、磁石磁束基準値をq軸電流に基づいて算出することにより、推定温度誤差が小さくなっている。しかし、Idゼロ時のd軸磁束変動量ΔΨd0とは異なるd軸磁束変動量ΔΨdを、そのまま磁石温度推定に用いているため、20℃程度の推定温度誤差が発生している。
【0112】
磁石温度推定部40による磁石温度推定結果の例を
図21に示す。ΔΨdのΔΨd0相当であるΔΨd_cmpへの補正と、q軸電流値Iqに基づいたΨd0_stdの算出により、温度変化によるd軸磁束変動量ΔΨdの電流依存性を適切に補正することができ、推定温度誤差は5℃程度と小さくなる。
【0113】
<実施例1の変形例>
上記の説明では、補正係数Kと、磁石磁束基準値Ψd0_stdをそれぞれ別の演算部で算出する構成としていた。(9)式と(10)式より磁束変化比率KΨは次式(12)で表される。
【0114】
KΨ=ΔΨd×K/Ψd0_std …(12)
ここで、K/Ψd0_stdを一つの変換係数Ktとしてまとめ、変換係数Ktをd軸電流値とq軸電流値から演算する構成とすることもできる。この場合のd軸磁束変動量から磁束変化比率を算出する箇所の制御ブロック図を
図22に示す。(12)式に基づいて変換係数演算部45で変換係数Ktを算出し、d軸磁束変動量ΔΨdに掛けることで、磁束変化比率KΨを算出できる。
本実施例の構成は、下記の点を除き実施例1と同様にできる。本実施例は、磁石温度推定部40で推定した磁石温度推定値の情報を用いる手段を有する制御部10に関する。
回転子に永久磁石を有するモータの課題として、永久磁石の熱減磁がある。永久磁石の温度が一定以上に上昇すると、不可逆的な減磁に至ることがある。永久磁石が減磁してしまうと、モータの回転数またはトルクを所望の値に制御をすることが難しくなる。また、発生トルクを確保するために、モータやインバータに流れる電流が増加する場合もある。
例えば、熱減磁の恐れのない磁石温度推定値が判定閾値Th以下の場合には、指令リミット値は十分に磁石温度が低い場合と同じ値とし、磁石温度推定値が判定閾値Thを超えたら、指令リミット値を減少させて出力する。磁石温度推定値が高く熱減磁の恐れが高い場合は、指令値リミット値をゼロとして、モータ出力をゼロとしても良い。
指令値リミッタ102では、指令値リミット値に基づいてトルク指令値またはd軸電流指令値またはq軸電流指令値の最大値と最小値を制限する。ここで、最大値と最小値の制限値を符号は異なるが絶対値が指令値リミット値として設定しても良い。または、最大値用の指令値リミット値演算部と最小値用指令値リミット値演算部を備え、別の値に最大値と最小値の制限値を設定しても良い。
このように、磁石温度推定部40で推定した磁石温度推定値の情報を用いる手段を有する構成とすることにより、PMモータの永久磁石の熱減磁や、PMモータやインバータ30に流れる電流の過度な増加を事前に防止することができる。つまり、信頼性の高いモータ制御装置を提供することができる。ここで、トルク指令値制限部16、d軸電流指令値制限部17、q軸電流指令値制限部18のうち少なくとも一つ有する構成としても良い。一つの指令値制限部でPMモータの永久磁石の熱減磁や、PMモータやインバータ30に流れる電流の過度な増加を事前に防止することができるが、冗長性の確保や段階的な出力低減を目的として、複数の指令値制限部を備える構成としても良い。
また、PMモータの永久磁石温度を推定する手段を持たない場合は、熱減磁を防止するために連続定格出力を最大出力に対してマージンを取った小さな値に設定することがある。本実施例により、磁石温度推定値に基づいて指令値を制限し出力を抑制する手段を有する場合は、最大出力に対するマージンを最小化して連続定格出力を設定可能である。つまり、モータ構造は同一としたまま連続定格出力を向上可能である。