(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024036342
(43)【公開日】2024-03-15
(54)【発明の名称】CD3を標的とする抗体、二重特異性抗体及びその使用
(51)【国際特許分類】
C12N 15/62 20060101AFI20240308BHJP
C12N 15/13 20060101ALI20240308BHJP
C12N 15/85 20060101ALI20240308BHJP
C07K 16/46 20060101ALI20240308BHJP
C07K 16/28 20060101ALI20240308BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20240308BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240308BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20240308BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20240308BHJP
A61K 35/12 20150101ALI20240308BHJP
【FI】
C12N15/62 Z
C12N15/13 ZNA
C12N15/85 Z
C07K16/46
C07K16/28
C12N5/10
A61P35/00
A61K39/395 T
A61K39/395 U
A61K48/00
A61K35/12
【審査請求】有
【請求項の数】15
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2024000181
(22)【出願日】2024-01-04
(62)【分割の表示】P 2022520343の分割
【原出願日】2020-09-29
(31)【優先権主張番号】201910941328.6
(32)【優先日】2019-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(71)【出願人】
【識別番号】520223321
【氏名又は名称】ハーバー・バイオメド・(シャンハイ)・カンパニー・リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HARBOUR BIOMED (SHANGHAI) CO., LTD
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】何 云
(72)【発明者】
【氏名】石 磊
(57)【要約】
【課題】1つには、霊長類CD3と結合でき、適切なCD3結合能力を有し、しかも安定的な単鎖scFv構造を有するCD3抗体を提供すること。
【解決手段】CD3を標的とする抗体、二重特異性抗体及びその使用を開示する。前記CD3を標的とする抗体は軽鎖可変領域(VL)と重鎖可変領域(VH)とを含み、前記VLは配列番号56に示すアミノ酸配列又はそのバリアントであり、前記VHは配列番号42に示すアミノ酸配列に変異が起こり、前記変異は30位、73位、76位、78位、93位及び94位のアミノ酸残基の一つ又は複数の部位から選ばれる。前記二重特異性抗体は第1タンパク質ドメインと第2タンパク質ドメインとを含み、前記第1タンパク質ドメインは前記CD3を標的とする抗体を含む。本発明のCD3を標的とする抗体はサイトカイン放出症候群によって引き起こされる毒性が低減され、それを用いて製造された二重特異性抗体は安定的でT細胞結合能力を有し、生産の難易度が下がる。
【選択図】
図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軽鎖可変領域(VL)と重鎖可変領域(VH)とを含み、前記VLは配列番号56に示すアミノ酸配列又はそのバリアントであり、前記VHは配列番号42に示すアミノ酸配列に変異が起こり、前記変異は30位、73位、76位、78位、93位及び94位のアミノ酸残基の1つ又は複数の部位から選ばれ、前記部位にはChothia番号付け方式の位置番号を使用することを特徴とするCD3を標的とする抗体。
【請求項2】
前記VHに起こる変異は以下の組み合わせから選ばれることを特徴とする請求項1に記載のCD3を標的とする抗体。
(a)30位、
(b)30位、73位及び76位、
(c)30位、93位及び94位、
(d)30位、73位及び93位、
(e)30位、93位、
(f)30位、76位及び78位、
(g)73位、76位、93位及び94位、
(h)76位、78位及び93位、
(i)30位、73位、76位、93位及び94位、
(j)30位、76位、78位及び93位。
【請求項3】
前記VHに起こる変異は以下の組み合わせから選ばれることを特徴とする請求項1に記載のCD3を標的とする抗体。
(a)N30S、
(b)N30S、D73N及びS76N、
(c)N30S、V93A及びR94K、
(d)N30S、D73N及びV93A、
(e)N30S及びV93T、
(f)N30S、S76N及びL78A、
(g)D73N、S76N、V93A及びR94K、
(h)S76N、L78A及びV93T、
(i)N30S、D73N、S76N、V93A及びR94K、
(j)N30S、S76N、L78A及びV93T。
【請求項4】
前記VHのアミノ酸配列は配列番号43~55のいずれか一つの配列に示すとおりであり、且つ/又は、前記VLのアミノ酸配列は配列番号57~60のいずれか一つの配列に示すとおりであることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のCD3を標的とする抗体。
【請求項5】
前記VHのアミノ酸配列は配列番号44に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号51に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号44に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号60に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号51に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号60に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号45に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号52に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号43に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号43に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号60に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号50に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号47に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号48に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号49に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号53に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号54に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号43に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号57に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号44に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号57に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号43に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号59に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号44に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号59に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号51に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号57に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号55に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号46に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであることを特徴とする請求項4に記載のCD3を標的とする抗体。
【請求項6】
VL-Linker-VH、又はVH-Linker-VLである一本鎖抗体(scFv)を含み、
好ましくは、前記Linkerは(G4S)n又はそのバリアントであり、ここで、nは0以外の自然数で、好ましくは1~20であり、より好ましくは配列番号65、配列番号66、配列番号67に示すアミノ酸配列であり、
より好ましくは、前記scFvのアミノ酸配列は配列番号73、配列番号74、配列番号75、配列番号78、配列番号79又は配列番号80に示すとおりであり、
さらに好ましくは、ヒンジ領域(Hinge)によってscFvに接続されるFcをさらに含むことを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載の抗体。
【請求項7】
定常領域、好ましくはヒト定常領域をさらに含み、
好ましくは、前記ヒト定常領域はヒト軽鎖定常領域とヒト重鎖定常領域とを含み、前記ヒト軽鎖定常領域は配列番号61に示すヒトκ軽鎖定常領域又は配列番号62に示すヒトλ軽鎖定常領域であることが好ましく、
より好ましくは、前記ヒト重鎖定常領域はhIgG1、hIgG2、hIgG3、hIgG4又はその変異であり、好ましくは配列番号63又は配列番号64に示す重鎖定常領域であることを特徴とする請求項1~6のいずれか一項に記載の抗体。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載のCD3を標的とする抗体を含む第1タンパク質ドメインと、第2タンパク質ドメインとを含む二重特異性抗体。
【請求項9】
(1)第1タンパク質ドメインのVL1-Linker-VH1-Hinge-CH2-CH3(knob)又はVH1-Linker-VL1-Hinge-CH2-CH3(knob)と、(2)第2タンパク質ドメインのVH2-CH1-Hinge-CH2-CH3(hole)と、(3)第2タンパク質ドメインのVL2-CLの3つの鎖を含み、前記第2タンパク質ドメインはCD3以外を標的とする抗体であり、好ましくはB7H4を標的とする抗体又はROR1を標的とする抗体であり、前記Linkerは(G4S)nであることが好ましく、ここでnは0以外の自然数で、好ましくは1~20であり、より好ましくは配列番号65、配列番号66、配列番号67に示すアミノ酸配列であることを特徴とする請求項8に記載の二重特異性抗体。
【請求項10】
配列番号88に示すVL1-Linker-VH1-Hinge-CH2-CH3(knob)と、配列番号86に示すVH2-CH1-Hinge-CH2-CH3(hole)と、配列番号83に示すVL2-CLと、又は、配列番号88に示すVL1-Linker-VH1-Hinge-CH2-CH3(knob)と、配列番号87に示すVH2-CH1-Hinge-CH2-CH3(hole)と、配列番号85に示すVL2-CLとを含むことを特徴とする請求項9に記載の二重特異性抗体。
【請求項11】
請求項1~7のいずれか一項に記載のCD3を標的とする抗体又は請求項8~10のいずれか一項に記載の二重特異性抗体をコードする、分離された核酸。
【請求項12】
請求項11に記載の分離された核酸を含み、好ましくは、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクターから選ばれる発現ベクター。
【請求項13】
請求項12に記載の発現ベクターがトランスフェクトされ、好ましくは、真核細胞であることを特徴とする遺伝子修飾細胞。
【請求項14】
請求項1~7のいずれか一項に記載のCD3を標的とする抗体、請求項8~10のいずれか一項に記載の二重特異性抗体、請求項13に記載の遺伝子修飾細胞、及び薬学的に許容される担体とを含み、好ましくは、免疫チェックポイント抗体をさらに含むことを特徴とする医薬組成物。
【請求項15】
腫瘍を治療する薬物を製造するための、請求項1~7のいずれか一項に記載のCD3を標的とする抗体、請求項8~10のいずれか一項に記載の二重特異性抗体、請求項11に記載の分離された核酸、請求項12に記載の発現ベクター、請求項13に記載の遺伝子修飾細胞、又は請求項14に記載の医薬組成物の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願には出願日が2019年9月30日の中国特許出願第2019109413286号の優先権が主張され、前記中国特許出願の全文が引用される。
【0002】
本発明は、バイオ医薬品分野に関し、特に、CD3を標的とする抗体、二重特異性抗体及びその使用に関する。
【背景技術】
【0003】
T細胞は適応免疫応答に関与する重要な細胞クラスであり、T細胞はT細胞受容体(TCR)によって抗原を認識する。TCRは抗原表面のエピトープを直接的に認識できず、その代わりに抗原提示細胞(APC)又は標的細胞の表面に提示される抗原ペプチド-MHC分子複合体(pMHC)を特異的に認識する。T細胞応答の特異性は、TCRとCD3の分子複合体によるpMHCの認識によって媒介される。TCRは2つの異なる膜貫通型ポリペプチド鎖で構成されるヘテロダイマーであり、ペプチド鎖にはα、β、γ、δの4種類があり、ペプチド鎖の組み合わせによって、TCRはTCRαβ、TCRγδに分けられる。CD3はγ、δ、ε、ζと異なる膜貫通型ポリペプチド鎖を有し、これらのペプチド鎖が互いに作用して形成させたホモダイマー又はヘテロダイマーは、TCR-CD3複合体の一部になる。例えば、TCR-CD3複合体はTCRαβダイマー、CD3γεダイマー、CD3δεダイマー、CD3ζζダイマーを含む。TCRペプチド鎖の細胞質領域が非常に短いため、TCRの抗原認識によって生成された活性化シグナルはCD3ペプチド鎖によってT細胞に伝達されると一般的に考えられている。
【0004】
免疫応答を開始させるCD3の重要な役割により、TCR-CD3シグナル伝達を標的とする、特にCD3に対するモノクローナル抗体は免疫プロセスを調節し、炎症性疾患又は自己免疫疾患の治療に使用できる効果的な薬物であると考えられている。実際、抗CD3抗体、オルソクローンOKT3(Orthoclone OKT3)は最初に承認された治療用抗体である。OKT3は最初に1985年に米FDAによって臓器移植後の急性拒絶反応の治療薬として承認されていた。OKT3の反復投与による免疫抑制能力は腎移植後の拒絶反応への効果的な治療として認められていたが、初期の毒性用量反応症候群によりその使用が制限されており、当該症候群はOKT3が媒介するT細胞活性化とサイトカインの放出に関連していると考えられる。その後、深刻なサイトカインストームとマウス抗体に起因する免疫原性や他の問題が原因で、OKT3は2010年に市場から姿を消した。
【0005】
CD3抗体のもう1つの問題は多くのCD3抗体が種特異的であるということで、例えば、OKT3はチンパンジーCD3と反応するが、アカゲザルなどの他の霊長類のCD3ホモログ、又はマウスCD3ホモログとは反応しない。CD3モノクローナル抗体の種特異性は、ヒトの疾患を治療する抗体薬として開発する上で大きな妨げとなる。候補薬をヒトを対象とする臨床試験に使用するには、厳格な前臨床検証を行わなければならない。前臨床試験の目的は候補薬が所定の活性を有すること、そして最も重要なこととして、その安全性を確認することである。前臨床安全性試験では、候補薬を対象種に、好ましくは非ヒト霊長類(Non-Human Primates)に投与する。しかし高等霊長類、特にチンパンジーは絶滅危惧種であり、それを使用して医薬品安全性試験を行うことは厳しく制限されている。本分野で安全性評価試験に好適な種としてはアカゲザル、特にカニクイザルが挙げられる。しかし、霊長類種特異的交差反応が生じないCD3抗体では効果的な前臨床安全性評価データを提供できない。ヒトCD3と結合する既知の抗体の中で、SP34は複数種の霊長類CD3(例えば、ヒト及びカニクイザルCD3)と結合できる有数の抗体の1つである(Salmeron,A.,et.al,J Immunol 147(1991)3047-3052、Conrad M.L.,et.al,Cytometry A 71(2007)925~933参照)。
【0006】
CD3モノクローナル抗体は特定の疾患に有効であることが既に臨床的に証明されているが、近年ではCD3抗体が主に二重特異性抗体薬の開発に使用されている。現在、世界で臨床段階又は前臨床段階にある二重特異性抗体プロジェクトのうち、CD3に基づく二重特異性T細胞誘導抗体(BsTCE、Bi-specific T-cell engager)プロジェクトは半分以上を占めている。CD3二重特異性抗体BsTCEはCAR-T細胞療法のように強力な効果を示すだけでなく、従来のモノクローナル抗体のように生産と商品化することができる。今のところ世界で承認されている二重特異性抗体薬のうち、最初に販売されたカツマキソマブ(Catumaxomab)(2009年に欧州EMAによって承認され、2013年に米国で廃止された)、ブリナツモマブ(Blinatumomab)(2014年に米FDAによって承認された)はいずれもBsTCEである。CD3抗体はBsTCEを構築するための重要な部分である。BsTCE二重特異性抗体は2つの標的と同時に結合でき、一方の側は腫瘍細胞の表面の腫瘍関連抗原分子(Tumor-associated antigen、TAA)を認識することができ、他側はT細胞上のCD3分子と結合できる。腫瘍細胞の存在下で、BsTCE二重特異性抗体は腫瘍細胞の表面に結合した後、腫瘍細胞の近くのT細胞を動員してそれを活性化させて、腫瘍細胞を殺すことができる。BsTCE二重特異性抗体の様々な構造を設計、構築する際は、CD3抗体の選択と最適化が特に重要である。第1に、CD3モノクローナル抗体の種特異性、特にサルの交差反応は非常に重要である。第2に、CD3抗体のCD3複合体に対する親和性も重要なことで、親和性が高すぎるCD3抗体は抗体を脾臓などの部位に制限して、腫瘍との接触を難しくする可能性がある。また、親和性が高すぎるとT細胞が必要以上に刺激されて高レベルのサイトカイン放出がもたらされる。第3に、CD3抗体結合価が大きな影響を与え、多価型のCD3二重特異性抗体は腫瘍関連抗原と結合せずにT細胞を活性化して副作用を引き起こすことが判明しているため、開発中のCD3二重特異性抗体の殆どは一価CD3である。
【0007】
CD3抗体だけでなく、BsTCE二重特異性抗体の構造設計も重要な事項である。BsTCE二重特異性抗体の構造は様々で、主にはFcを含むIgG様構造とFcを含まない抗体フラグメント構造の2つのカテゴリーに分けられる。例えば、ブリナツモマブ(Blinatumomab)は2つの単鎖可変領域フラグメント(scFv)が直列に接続された単一のポリペプチド鎖構造であり、しかしこのような構造は半減期が非常に短く、継続的な静脈内注射が必要であるため、使用しにくい。そのため、BsTCE二重特異性抗体の多くには分子の安定性と薬物動態特性を改善するためにFcを含む構造が採用される。しかし、BsTCEでは一般にCD3結合ドメインを一価の形態と必要があるため、Fcを含む構造は非対称となることが多い。このようなFcを含む非対称構造には克服すべき多くの技術的課題があり、例えば、非対称構造における重鎖のホモ二量体化の問題、軽鎖のミスマッチの問題、Fcγ受容体が引き起こす分子架橋とADCC又はCDCなどのエフェクター機能などである。抗TAA IgG抗体と抗CD3 IgG抗体(
図16の(A))からBsTCE二重特異性抗体を構築する場合は異なる非対称構造を選択することができ、その1つの構造は2つの独立したFabドメインを保持したIgG様構造で、このような構造が4つの異なるポリペプチド鎖(2つの異なる重鎖と2つの異なる軽鎖で、
図16の(B)に示す構造)を含み、従来のモノクローナル抗体と分子量が近い。しかし、このような構造は複数の異なるポリペプチド鎖を含むため、様々な組み合わせの副生成物をもたらす可能性があり、これは抗体の発現精製と生産プロセスにとって大きな課題となる。CD3抗体のFabをscFv構造に変えれば、「4本鎖」構造が「3本鎖」構造(
図16の(C)に示す構造)になり、副生成物の組み合わせの数が減るため、その生産の複雑さが下がる。本発明者はBsTCE二重特異性抗体を構築するために、SP34マウス抗体IgGをscFvに変えることを試みたが、しかしどのような(VH/VL)配置形態であろうと接続ペプチドの長さを変えようと、安定的なscFvは得られず、そのため本分野では安定的な抗CD3モノクローナル抗体、特にその安定的なscFv構造が要望される。
【0008】
上記の内容から分かるように、本分野では霊長類CD3と結合でき、適切なCD3結合能力を有し、しかも安定的な単鎖scFv構造を有するCD3抗体が要望される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
低抗原性で効果的かつ安全な抗CD3抗体と二重特異性抗体の非対称構造が欠如するという本分野の技術的課題を解決するために、本発明はCD3を標的とする抗体、二重特異性抗体及びその使用を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の技術的課題を解決するための本発明の第1態様の技術的解決手段は次のとおりである。CD3を標的とする抗体を提供し、前記CD3を標的とする抗体は軽鎖可変領域(VL)と重鎖可変領域(VH)とを含み、前記VLは配列番号56に示すアミノ酸配列又はそのバリアントであり、前記VHは配列番号42に示すアミノ酸配列に変異が起こり、前記変異は30位、73位、76位、78位、93位及び94位のアミノ酸残基の1つ又は複数の部位から選ばれ(前記部位にはChothia番号付け方式の位置番号を使用する)。前記変異とは初期のアミノ酸配列に1つ又は複数のアミノ酸残基が追加、削除又は置換されたものである。本発明のCD3を標的とする抗体はT細胞との結合能力が変えられ、サイトカインの放出レベルが低減されるため、サイトカイン放出症候群によって引き起こされる毒性の低減が予想される。
【0011】
特定の好ましい実施例で、前記VHに起こる変異は以下の組み合わせから選ばれる。
(a)30位、
(b)30位、73位及び76位、
(c)30位、93位及び94位、
(d)30位、73位及び93位、
(e)30位、93位、
(f)30位、76位及び78位、
(g)73位、76位、93位及び94位、
(h)76位、78位及び93位、
(i)30位、73位、76位、93位及び94位、
(j)30位、76位、78位及び93位。
【0012】
特定の好ましい実施例で、前記VHに起こる変異は以下の組み合わせから選ばれる。
(a)N30S、
(b)N30S、D73N及びS76N、
(c)N30S、V93A及びR94K、
(d)N30S、D73N及びV93A、
(e)N30S及びV93T、
(f)N30S、S76N及びL78A、
(g)D73N、S76N、V93A及びR94K、
(h)S76N、L78A及びV93T、
(i)N30S、D73N、S76N、V93A及びR94K、
(j)N30S、S76N、L78A及びV93T。
【0013】
抗体のVHに上述した変異がある本発明の抗体にはさらに、配列番号56に示すアミノ酸配列のVLに、又は配列番号42に示すアミノ酸配列のVHに変異が起こり、これによって変異後のアミノ酸配列は初期のアミノ酸配列と80%、85%、90%、95%、98%、99%又はそれ以上の同一性を有し、また抗体の機能を保持又は改善させているアミノ酸配列も本発明の保護範囲に含まれる。
【0014】
特定の好ましい実施例で、前記VHのアミノ酸配列は配列番号43~55のいずれかの配列に示すとおりであり、且つ/又は、前記VLのアミノ酸配列は配列番号57~60のいずれかの配列に示すとおりである。
【0015】
特定の好ましい実施例で、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号44に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号51に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号44に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号60に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号51に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号60に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号45に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号52に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号43に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号43に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号60に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号50に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号47に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号48に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号49に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号53に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号54に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号43に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号57に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号44に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号57に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号43に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号59に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号44に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号59に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号51に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号57に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号55に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号46に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりである。
【0016】
特定の好ましい実施例で、前記抗体はVL-Linker-VH、又はVH-Linker-VLである単鎖可変領域フラグメント(single-chain variable fragment、scFv)を含む。好ましくは、前記Linker(即ち、接続ペプチド)は(GGGGS)n[略記(G4S)n]又はそのバリアントであり、ここでnは0以外の自然数で、好ましくは1-20であり、より好ましくは配列番号65、配列番号66、配列番号67に示すアミノ酸配列である。より好ましくは、前記scFvのアミノ酸配列は配列番号73、配列番号74、配列番号75、配列番号78、配列番号79又は配列番号80に示すとおりである。さらに好ましくは、前記抗体は結晶化可能なフラグメント(fragment crystallizable、Fc)をさらに含み、前記Fcはヒンジ領域(Hinge)によってscFvに接続される。
【0017】
特定の好ましい実施例で、前記抗体は定常領域、好ましくはヒト定常領域をさらに含む。好ましくは、前記ヒト定常領域はヒト軽鎖定常領域とヒト重鎖定常領域とを含み、前記ヒト軽鎖定常領域は配列番号61に示すヒトκ軽鎖定常領域又は配列番号62に示すヒトλ軽鎖定常領域であることが好ましい。より好ましくは、前記ヒト重鎖定常領域はhIgG1、hIgG2、hIgG3、hIgG4又はそのバリアントであり、好ましくは配列番号63又は配列番号64に示す重鎖定常領域である。
【0018】
上記の技術的課題を解決するための本発明の第2態様の技術的解決手段は次のとおりである。二重特異性抗体を提供する。本発明の二重特異性抗体は3本鎖構造であり、副生成物の組み合わせの数が低減されるため、その生産の複雑さが下がる。一方でその開発は従来の抗体を少し改変させるだけのことではない。背景技術で述べられたように、本発明者はBsTCE二重特異性抗体を構築するために、SP34マウス抗体IgGをscFvに変えることを試みたが、しかしどのような(VH/VL)配置形態であろうと接続ペプチドの長さを変えようと、安定的なscFvは得られない。本発明者が変異設計と検証を繰り返したところ、一部の変異のみがscFvの構造を安定的に保持できることを発見した。本発明の二重特異性抗体は第1タンパク質ドメインと第2タンパク質ドメインとを含み、前記第1タンパク質ドメインは本発明の第1態様に記載のCD3を標的とする抗体を含み、好ましくは、前記二重特異性抗体は(1)第1タンパク質ドメインのVL1-Linker-VH1-Hinge-CH2-CH3(knob)又はVH1-Linker-VL1-Hinge-CH2-CH3(knob)と、(2)第2タンパク質ドメインのVH2-CH1-Hinge-CH2-CH3(hole)と、(3)第2タンパク質ドメインのVL2-CLの3つの鎖を含み、前記第2タンパク質ドメインは別の標的を標的とする抗体で、好ましくはB7H4を標的とする抗体又はROR1を標的とする抗体であり、前記Linkerは(G4S)nであることが好ましく、ここでnは0以外の自然数で、好ましくは1-20であり、より好ましくは配列番号65、配列番号66、配列番号67に示すアミノ酸配列であり、より好ましくは、前記二重特異性抗体は配列番号88に示すVL1-Linker-VH1-Hinge-CH2-CH3(knob)と、配列番号86に示すVH2-CH1-Hinge-CH2-CH3(hole)と、配列番号83に示すVL2-CLと、又は、配列番号88に示すVL1-Linker-VH1-Hinge-CH2-CH3(knob)と、配列番号87に示すVH2-CH1-Hinge-CH2-CH3(hole)と、配列番号85に示すVL2-CLとを含む。本発明の二重特異性抗体はCD3を標的とする一本鎖抗体アームの不安定性の欠点を克服しており、安定的で且つT細胞結合能力を有する。3つの鎖だけを含む二重特異性抗体は製造しやすく、生産の難易度が下がる。
【0019】
上記の技術的課題を解決するための本発明の第3態様の技術的解決手段は次のとおりである。本発明の第1態様に記載のCD3を標的とする抗体又は本発明の第2態様に記載の二重特異性抗体をコードする、分離された核酸を提供する。
【0020】
上記の技術的課題を解決するための本発明の第4態様の技術的解決手段は次のとおりである。本発明の第3態様に記載の分離された核酸を含む発現ベクターを提供し、好ましくは、前記発現ベクターはレトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクターから選ばれる。
【0021】
上記の技術的課題を解決するための本発明の第5態様の技術的解決手段は次のとおりである。本発明の第4態様に記載の発現ベクターがトランスフェクトされた遺伝子修飾細胞を提供し、好ましくは、前記遺伝子修飾細胞は真核細胞である。
【0022】
上記の技術的課題を解決するための本発明の第6態様の技術的解決手段は次のとおりである。本発明の第1態様に記載のCD3を標的とする抗体、本発明の第2態様に記載の二重特異性抗体、本発明の第5態様に記載の遺伝子修飾細胞、及び薬学的に許容される担体とを含む医薬組成物を提供し、好ましくは、前記医薬組成物は免疫チェックポイント抗体をさらに含む。
【0023】
上記の技術的課題を解決するための本発明の第7態様の技術的解決手段は次のとおりである。腫瘍を治療する薬物を製造するための、本発明の第1態様に記載のCD3を標的とする抗体、本発明の第2態様に記載の二重特異性抗体、本発明の第3態様に記載の分離された核酸、本発明の第4態様に記載の発現ベクター、本発明の第5態様に記載の遺伝子修飾細胞、又は本発明の第6態様に記載の医薬組成物の使用を提供する。
【0024】
さらに、上記の技術的課題を解決するための本発明の第8態様の技術的解決手段は次のとおりである。キットAとキットBとを含むキットの組み合わせを提供し、前記キットAは本発明の第1態様に記載のCD3を標的とする抗体、第2態様に記載の二重特異性抗体、第5態様に記載の遺伝子修飾細胞、又は第6態様に記載の医薬組成物を含み、前記キットBは他の抗体、二重特異性抗体、遺伝子修飾細胞、又は医薬組成物を含み、前記他の抗体、二重特異性抗体、遺伝子修飾細胞、又は医薬組成物はCD3、B7H4、ROR1、又は他の標的を標的とする。前記キットAとキットBの使用は順番が決まらず、まずキットA、次にキットBを使用してもよいし、又はまずキットB、次にキットAを使用してもよい。前記キットAの薬物は注射可能な形態、例えば、注射剤として存在し、前記キットBの薬物は注射可能な形態、例えば、注射剤として存在し、又は飲み込み可能な形態、例えば、錠剤又はピルとして存在する。
【0025】
本発明の第1態様に記載のCD3を標的とする抗体、第2態様に記載の二重特異性抗体、第5態様に記載の遺伝子修飾細胞、第6態様に記載の医薬組成物、又は第8態様に記載のキットの組み合わせは腫瘍の治療のために、患者に投与することができる。
【0026】
本分野の常識に矛盾しない限り、前記各好ましい条件を任意に組み合わせれば、本発明の各好ましい実施例を得ることができる。
【0027】
本発明で使用する試薬と原料はいずれも市販品であってもよい。
【0028】
本発明の有益な効果は次のとおりである。
1.本発明のモノクローナル抗体はT細胞との結合能力が変えられ、サイトカインの放出レベルが低減されるため、サイトカイン放出症候群によって引き起こされる毒性の低減が予想される。
2.それを用いて製造された二重特異性抗体はCD3を標的とする一本鎖抗体アームの不安定性の欠点を克服しており、安定的で且つT細胞結合能力を有する。
3. 3つの鎖だけを含む二重特異性抗体は製造しやすく、生産の難易度が下がる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】
図1はCD3一本鎖抗体のワンステップ精製後のHPLC-SEC結果であり、(A)はPR000275、(B)はPR000276、(C)はPR000307、(D)はPR000308である。
【
図2】
図2はSP34 VHヒト化バリアント配列の比較である。
【
図3】
図3はSP34 VLヒト化バリアント配列の比較である。
【
図4】
図4は異なるVH/VLバリアント配列の重要な部位の違いであり、(A)はVHバリアント配列、(B)はVLバリアント配列である。
【
図5】
図5はCD3一本鎖抗体PR000510のワンステップ精製後の(A)SDS-PAGE結果、(B)HPLC-SEC結果である。
【
図6】
図6はCD3抗体PR000260の、(A)ヒトCD3を過剰発現する組換えCHOK1細胞、(B)カニクイザルCD3を過剰発現する組換えCHOK1細胞との結合能力である。
【
図7-1】
図7はCD3抗体のヒトT細胞との結合能力であり、結合曲線及びMFI相対強度(特定の濃度の抗体がヒトT細胞と結合する蛍光強度MFI、及び初期抗体PR000260(SP34)に対する比)又はMFI最大値を含み、(A)はPR000511、PR000512、PR000513、PR000514及びPR000260のヒトT細胞との結合、(B)はPR001848、PR001849及びPR000260のヒトT細胞との結合、(C)はPR002467、PR002468、PR002469、PR002470、PR002471、PR002472、PR001848及びPR000260のヒトT細胞との結合、(D)はPR001848、PR002742、PR002743及びPR000260のヒトT細胞との結合、(E)はPR002833、PR002834、PR002835、PR002836、PR002837、PR002742、PR001848、PR002469及びPR000260のヒトT細胞との結合、(F)はPR003886、PR001848及びPR002742のヒトT細胞との結合、(G)はPR001848、PR002469及びPR004616のヒトT細胞との結合である。
【
図8】
図8はCD3一本鎖抗体のヒトT細胞との結合能力であり、結合曲線及びMFI相対強度(特定の濃度の抗体がヒトT細胞と結合する蛍光強度MFI、及び初期抗体PR000260(SP34)に対する比)を含み、(A)はPR000510、PR000624、PR000627及びPR000260のヒトT細胞との結合、(B)はPR001850及びPR000260のヒトT細胞との結合である。
【
図9】
図9はCD3抗体のカニクイザルT細胞との結合能力である。
【
図10-1】
図10はCD3抗体がヒトT細胞を活性化してサイトカインIFN-γを生成させる能力であり、(A)はPR000511、PR000512、PR000513、PR000514及びPR000260によるT細胞の活性化、(B)はPR001848、PR001849及びPR000260によるT細胞の活性化、(C)はPR002468、PR002469、PR002471及びPR001848によるT細胞の活性化、(D)はPR002742、PR001848及びPR000260によるT細胞の活性化、(E)はPR002833、PR002834、PR002835、PR002836、PR002837及びPR000260によるT細胞の活性化、(F)はPR003886、PR001848及びPR002742によるT細胞の活性化、(G)はPR001848、PR002469及びPR004616によるT細胞の活性化である。
【
図11】
図11はCD3一本鎖抗体(PR000510、PR000623、PR000624、PR000627及びPR000260)がヒトT細胞を活性化してサイトカインIFN-γを生成させる能力である。
【
図12】
図12は二重特異性抗体(A)PR002883及び(B)PR002885のワンステップ精製後のサンプルのSDS-PAGE結果である。
【
図13】
図13はモノクローナル抗体及び二重特異性抗体の(A)SK-BR-3細胞及び(B)ヒトT細胞との結合能力である。
【
図14】
図14は二重特異性抗体PR002883がインビトロで媒介する標的細胞殺傷能力で、(A)はSK-BR-3細胞殺傷、(B)はIFN-γ放出レベルである。
【
図15】
図15はモノクローナル抗体及び二重特異性抗体の(A)Panc-1細胞及び(B)ヒトT細胞との結合能力である。
【
図16】
図16はモノクローナル抗体又は二重特異性抗体構造で、(A)はIgG構造、(B)は非対称な「4本鎖」構造、(C)は一本鎖抗体を含む非対称な「3本鎖」構造である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、実施例によって本発明を一層説明し、本発明はこれらの実施例の範囲に限定されない。下記の実施例で条件を詳しく記載していない実験方法は、通常の方法と条件で行われ、又は商品の取扱説明書に基づいて選択する。
【0031】
本願では、用語「抗体」は一般に抗原と結合する部分を含むタンパク質、及び任意選択で抗原と結合する部分に抗体と抗原の結合を促進するコンフォメーションを採用してもよい足場又は骨格部分を指す。典型的には抗体軽鎖可変領域(VL)、抗体重鎖可変領域(VH)又はその両方を含んでもよい。VH及びVL領域はさらに、それらはフレームワーク領域(FR)と呼ばれるより保存された領域に散在する相補性決定領域(CDR)と呼ばれる超可変領域に分けられてもよい。VH及びVLのそれぞれは、アミノ末端からカルボキシ末端までFR1、CDR1、FR2、CDR2、FR3、CDR3、FR4の順に配置される3つのCDR及び4つのFR領域から構成されてもよい。重鎖及び軽鎖の可変領域は抗原と相互作用する結合ドメインを含む。抗体の例は、抗体、抗原結合フラグメント(Fab、Fab’、F(ab)2、Fvフラグメント、F(ab’)2、scFv、di-scFv及び/又はdAb)、免疫複合体、多重特異性抗体(例えば、二重特異性抗体)、抗体フラグメント、抗体誘導体、抗体アナログ又は融合タンパク質などを含み、ただしそれらに限定されず、所望の抗原結合活性を示すものであればよい。
【0032】
本願では、用語「可変」とは一般に、抗体の可変ドメインの配列の特定の部分が大きく変化し、特定の抗原に対する様々な特定の抗体の結合と特異性に寄与することを指す。しかし、可変性は抗体の可変領域全体に均等に分布するのではない。それは軽鎖及び重鎖可変領域の、相補性決定領域(CDR)又は超可変領域(HVR)と呼ばれる3つのセグメントに集中している。可変ドメインで高度に保存された部分はフレームワーク(FR)と呼ばれる。天然の重鎖及び軽鎖の可変ドメインはそれぞれ4つのFR領域を含み、殆どは3つのCDRによって接続されてループを形成させるβシート構造であるが、場合によってはβシート構造の一部として形成される。各鎖でCDRはFR領域によって緊密に結合され、しかも別の鎖からのCDRと一緒に抗体の抗原結合部位を形成し、定常領域は抗体と抗原の結合に直接的に関与しないが、抗体の抗体依存性細胞傷害に関与するなど、様々なエフェクター機能を示す。本分野では、例えば、配列可変性に基づくKabat定義方式(Kabat,et.al,Sequences of Proteins of Immunological Interest,5th Edition,National Institutes of Health,Bethesda,Md(1991)参照)、構造ループ領域の位置に基づくChothia定義方式(Al-Lazikani,et.al,JMol Biol 273:927-48,1997参照)など様々な方式で抗体のCDRを定義することができる。本願では、さらに、Kabat定義とChothia定義を組み合わせた(Combined)定義方式を採用して可変ドメイン配列及び全長抗体配列のアミノ酸残基を決定している(表1)。
【表1】
【0033】
ここで、Laa-Lbbとは抗体軽鎖のN末端からのaa位(Chothia番号付け方式)からbb位(Chothia番号付け方式)までのアミノ酸配列を指してもよく、Haa-Hbbとは抗体重鎖のN末端からのaa位(Chothia番号付け方式)からbb位(Chothia番号付け方式)までのアミノ酸配列を指してもよい。例えば、L24-L34とは抗体軽鎖N末端から、Chothia番号付け方式による24位から34位までのアミノ酸配列を指してもよく、H26-H32とは抗体重鎖N末端から、Chothia番号付け方式による26位から32位までのアミノ酸配列を指してもよい。
【0034】
ADCCやCDCなどの抗体のFcドメインによって媒介されるエフェクター機能も、非常に重要な生物学的機能を有し、IgGサブタイプによってADCC又はCDC機能が異なり、例えば、IgG1とIgG3はADCC及びCDC効果が強く、IgG2とIgG4は効果が弱い。また、アミノ酸の変異又は修飾でFcのFc受容体との結合能力を変えることでFcの本来のエフェクター機能を調節することができる。例えば、IgG1の「LALA」二重変異体(L234A/L235A)はFcγRIIIA(CD16A)との親和性を明らかに低下させて、ADCC効果を低減させることができる。また、P329G変異は様々なFcγ受容体との結合を明らかに低下させることができる(Schlothauer T,Herter S,Koller CF,et.al,Protein Eng Des Sel.2016 Oct;29(10):457-466参照)。本願では、CD3抗体のFcγ受容体との結合を低下させるために、これらのCD3抗体のFcには「LALA」二重変異体(L234A/L235A)又は「LALAPG」三重変異体(L234A/L235A/P329G)が導入されている。
【0035】
実施例1:組換え抗体の製造と特性評価分析
1.1 IgG組換え抗体の製造
抗体分子の軽鎖、重鎖可変ドメインをコードする配列を得た後、通常の組換えDNA技術を採用して、軽鎖、重鎖可変ドメイン配列と対応するヒト抗体の軽鎖、重鎖定常ドメイン配列の融合発現を行って、組換え抗体分子を得ることができる。本実施例では、抗体重鎖可変ドメイン配列(VH)を遺伝的に合成しヒトIgG1抗体重鎖定常ドメイン配列をコードする哺乳動物細胞発現プラスミドベクターにクローニングすることによってIgG1抗体を生成する全長重鎖をコードし、且つ当該IgG1重鎖定常領域に「LALA」二重変異体(L234A/L235A)(配列番号63)又は「LALAPG」三重変異体(L234A/L235A/P329G)(配列番号64)を導入して抗体とFcγ受容体の結合を低下させる。抗体軽鎖可変ドメイン配列(VL)を遺伝的に合成しヒト抗体κ軽鎖定常ドメイン配列(配列番号61)をコードする哺乳動物細胞発現プラスミドベクターにクローニングすることによって抗体を生成する全長κ軽鎖をコードし、又は、VLを遺伝的に合成しヒト抗体λ軽鎖定常ドメイン配列(配列番号62)をコードする哺乳動物細胞発現プラスミドベクターにクローニングすることによって抗体を生成する全長λ軽鎖をコードする。
【0036】
抗体重鎖をコードするプラスミドと抗体軽鎖をコードするプラスミドの両方で哺乳動物宿主細胞(例えば、ヒト胎児腎細胞HEK293)をトランスフェクトし、通常の組換えタンパク質の発現と精製技術を利用して、軽鎖と重鎖が正しくペアリングして組み立てられた精製組換え抗体を得ることができる。具体的には、HEK293細胞をFreeStyle(商標)F17 Expression Medium培地(Thermo#A1383504)において拡大培養した。一過性トランスフェクションを始める前に、細胞濃度を6~8×105細胞/mLに調整し、37℃と8%CO2でシェーカーにおいて24時間培養し、細胞濃度は1.2×106細胞/mLであった。培養細胞を30mL用意した。前記抗体重鎖をコードするプラスミドと抗体軽鎖をコードするプラスミドを比率2:3で混合し合計で30μgのプラスミドを1.5mLのOpti-MEM低血清培地(Thermo#31985088)に溶解し、0.22μmメンブレンフィルターで濾過して除菌した。さらに1.5mLのOpti-MEMを1mg/mL PEI(Polysciences#23966-2)120μLに溶解し、5分間静置した。PEIをゆっくりとプラスミドに加えて、室温下で10分間インキュベートし、培養フラスコを振りながらゆっくりとプラスミドとPEIの混合溶液を滴加し、37℃と8%CO2でシェーカーにおいて5日間培養した。5日後に細胞生存率を計測した。培養物を回収し、3300gで10分間遠心分離した後に上清を得、次に、高速遠心分離で上清から不純物を除去した。PBS(pH7.4)を用いて、MabSelect(商標)(GE Healthcare Life Science#71-5020-91 AE)を含む重力流カラム(Bio-Rad#7311550)を平衡化し、カラム2~5個分の体積で洗い流した。上清サンプルをカラムに通し、カラム5~10個分の体積のPBSでカラムを洗い流し、さらにpH3.5の0.1Mグリシンで目的タンパク質を溶出し、その後、pH8.0のTris-HClで中性に調整し、最後に限外濾過遠心管(Millipore#UFC901024)で濃縮してPBSバッファーに交換して、精製組換え抗体溶液を得た。最後にNanoDrop(Thermo Scientific(商標)NanoDrop(商標)One)で濃度を測定し、分注して、保管しておく。
【0037】
1.2 一価scFv-his組換え抗体の製造
抗体のVH配列とVL配列をフレキシブルなペプチドセグメント(Linker)によって接続させてVHとVLの両方をコードする単一のポリペプチド鎖、即ち単鎖可変領域フラグメント(scFv)を得た。適切な長さの接続ペプチド、例えば(G4S)3(配列番号65)又は(G4S)4(配列番号66)を選択すれば、VHとVLが正しく折り畳まれて機能的な抗体に組み立てられる。VH、VLの配置と接続ペプチドによって、異なるscFv構造(VH-Linker-VL、又はVL-Linker-VH)を構築することができる。単一のscFvはVHとVLのペアからなる抗原結合領域を含み、一般に1つの抗原分子としか結合できなため、一価結合分子と呼ばれる。
【0038】
本実施例では、精製しやすいように、scFvのC末端には6つのヒスチジンからなるHisタグが融合されている。scFvとHisタグをコードするポリペプチド配列を遺伝的に合成し哺乳動物細胞発現プラスミドベクターにクローニングすることによってscFv-hisをコードするプラスミドを得て哺乳動物宿主細胞(例えば、ヒト胎児腎細胞HEK293)をトランスフェクトし、通常の組換えタンパク質の発現と精製技術を利用して、精製組換えタンパク質を得ることができる。具体的には、HEK293細胞をFreeStyle(商標)F17 Expression Medium培地(Thermo#A1383504)において拡大培養した。一過性トランスフェクションを始める前に、細胞濃度を6~8×105細胞/mLに調整し、37℃と8%CO2でシェーカーにおいて24時間培養し、細胞濃度は1.2×106細胞/mLであった。培養細胞を30mL用意した。前記プラスミド30μgを1.5mLのOpti-MEM低血清培地(Thermo#31985088)に溶解し、0.22μmメンブレンフィルターで濾過して除菌した。さらに1.5mLのOpti-MEMを1mg/mL PEI(Polysciences#23966-2)120μLに溶解し、5分間静置した。PEIをゆっくりとプラスミドに加えて、室温下で10分間インキュベートし、培養フラスコを振りながらゆっくりとプラスミドとPEIの混合溶液を滴加し、37℃と8%CO2でシェーカーにおいて5日間培養した。5日後に細胞生存率を計測した。培養物を回収し、3300gで10分間遠心分離した後に上清を得、次に、高速遠心分離で上清から不純物を除去した。PBSバッファー(pH7.4)を用いて、Ni Sepharose excel(GE Healthcare Life Science#17-3712-01)を含む重力流カラム(Bio-Rad#7311550)を平衡化し、カラム2~5個分の体積で洗い流した。上清サンプルをカラムに通し、カラム5~10個分の体積のPBSでカラムを洗い流し、まずバッファーA(20mMイミダゾール、150mMリン酸塩を含有、pH8.0)で非特異的に吸着した不純物タンパク質を溶出し、次にバッファーB(500mMイミダゾール、150mMリン酸塩を含有、pH8.0)で目的タンパク質を溶出し、最後に限外濾過遠心管(Millipore#UFC901024)で濃縮してPBSバッファーに交換して、精製組換え抗体溶液を得た。最後にNanoDrop(Thermo Scientific(商標)NanoDrop(商標)One)で濃度を測定し、分注して、保管しておく。
【0039】
1.3 二価scFv-Fc組換え抗体の製造
本実施例では、scFvのC末端にヒトIgG1定常領域Fc配列(Glu216-Lys447、ヒンジ領域、CH2ドメイン及びCH3ドメインを含有)を融合させてscFv-Fc組換え分子を構築し、Fcのホモ二量体化を利用して、2つの抗原分子と同時に結合できる二価scFv-Fcダイマー分子を得た。且つFcに「LALA」二重変異体(L234A/L235A)又は「LALAPG」三重変異体(L234A/L235A/P329G)を導入して抗体とFcγ受容体の結合を低下させる。scFv-Fcをコードするポリペプチド配列を遺伝的に合成し哺乳動物細胞発現プラスミドベクターにクローニングすることによってscFv-Fcをコードするプラスミドを得て哺乳動物宿主細胞(例えば、ヒト胎児腎細胞HEK293)をトランスフェクトし、次に、実施例1.1に記載のタンパク質発現精製方法を利用して精製組換えタンパク質を得た。
【0040】
1.4 HPLC-SECによるタンパク質純度分析
サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)を利用してタンパク質サンプルの純度と多量体の形態を分析した。分析カラムTSKgel G3000SWxl(Tosoh Bioscience#08541、5μm、7.8mm×30cm)を高速液体クロマトグラフ(HPLC)(Agilent Technologies、Agilent 1260 Infinity II)に接続させて、PBSバッファーを用いて室温下で少なくとも1時間平衡化した。0.22μmメンブレンフィルターで適量のタンパク質サンプル(少なくとも10μg)を濾過して系に注入し、HPLCプログラムを次のとおりに設定した。PBSバッファーを使用してサンプルを1.0mL/minの流速でカラムに通し、最大時間は20分間であった。HPLCでは、サンプル内の異なる分子サイズの成分の保持時間を報告する分析レポートを生成した。
【0041】
実施例2:CD3抗体SP34のマウス-ヒトキメラ抗体の組換え発現
SP34は様々な霊長類CD3と結合でき、T細胞を活性化させる機能を持つマウス由来の抗ヒトCD3e抗体である。SP34の可変領域配列VH及びVLはWO2016071004A1に開示されている。本願では、SP34のVHのアミノ酸配列は配列番号42で、その対応するマウス生殖細胞系列V遺伝子はIGHV10-1であり、SP34のVLのアミノ酸配列は配列番号56で、その対応するマウス生殖細胞系列V遺伝子はIGLV1である。本実施例では、SP34のVH配列と「LALA」二重変異体(L234A/L235A)を含むヒトIgG1抗体重鎖定常ドメイン配列(配列番号63)を融合させてSP34マウス-ヒトキメラIgG1抗体の全長重鎖を生成し、SP34のVLのアミノ酸配列とヒト抗体λ軽鎖定常ドメイン配列(配列番号62)を融合させてSP34マウス-ヒトキメラ抗体の全長λ軽鎖を生成させた。
【0042】
実施例1.1の方法でSP34マウス-ヒトキメラ組換え抗体PR000260を製造した。表2はPR000260の組換え発現データである。
【表2】
【0043】
実施例3:CD3抗体であるSP34マウス抗体の組換えscFv抗体への変換
SP34のVH配列(配列番号42)とVL配列(配列番号56)をフレキシブルなペプチドセグメント(Linker)によって接続させてVHとVLの両方をコードする単一のポリペプチド鎖、即ち単鎖可変領域フラグメント(scFv)を得た。VH、VLの配置と異なる長さの接続ペプチド(配列番号65、配列番号66)によって、異なるscFv構造を構築することができ、しかもscFvのC末端には精製しやすいように6つのヒスチジンからなるHisタグが融合されている。配列番号67に示す接続ペプチドも本願のscFvの構築に使用することがきる。
【0044】
本実施例では実施例1.2の方法に基づいて4つの組換えscFv抗体分子(PR000275、PR000276、PR000307、PR000308)を製造した。表3には当該4つの組換えscFv抗体分子の配列番号が示され、表4は当該4つの分子の組換え発現データである。
図1は当該4つの分子のワンステップ精製後のHPLC-SEC結果であり、(A)はPR000275、(B)はPR000276、(C)はPR000307、(D)はPR000308である。図示したように、SP34のVHとVL配列を利用してscFvを構築する場合、どのような(VH/VL)配置形態であろうと接続ペプチドの長さを変えようと、安定的なscFvは得られない。
【表3】
【表4】
【0045】
実施例4:SP34の配列最適化
4.1 可変領域配列のヒト化とフレームワーク領域変異
本実施例では「CDRグラフト化」の方法で配列のヒト化を行う。マウス抗体のVHのCDRをヒト抗体VHのフレームワーク領域にグラフトし、マウス抗体のVLのCDRをヒト抗体VLのフレームワーク領域にグラフトする。ヒト抗体VH又はVLのフレームワーク領域の配列はヒト生殖細胞系列遺伝子配列又はV(D)Jの再配列後の抗体配列又はヒト抗体の特定のVHもしくはVL遺伝子ファミリーのコンセンサス(consensus)配列に由来するものであってもよい。本実施例ではヒト生殖細胞系列遺伝子配列から提供されるフレームワーク領域配列をヒト化テンプレート配列として使用し、即ち、ヒト生殖細胞系列V遺伝子フラグメントはフレームワーク領域FR1、FR2、FR3の配列を提供し、ヒト生殖細胞系列J遺伝子フラグメントはフレームワーク領域FR4の配列を提供する。最終的には(ヒト)FR1-(マウス)CDR1-(ヒト)FR2-(マウス)CDR2-(ヒト)FR3-(マウス)CDR3-(ヒト)FR4の配置形態でヒト化可変領域(VH又はVL)配列を構築する。
【0046】
本実施例ではヒト生殖細胞系列V遺伝子フラグメントIGHV3-73*01又はヒト生殖細胞系列V遺伝子フラグメントIGHV3-23*01がヒト生殖細胞系列J遺伝子フラグメントIGHJ1*01に結合した配列をヒト化テンプレートとしてフレームワーク領域配列を提供する。且つ30位、73位、76位、78位、93位又は94位(Chothia番号付け方式)に1つ又は複数の部位のアミノ酸変異を導入して、複数の異なるVHバリアント配列を得た。
【0047】
本実施例ではヒト生殖細胞系列V遺伝子フラグメントIGLV7-46*02がヒト生殖細胞系列J遺伝子フラグメントIGLJ2*01に結合した配列又はヒト生殖細胞系列V遺伝子フラグメントIGKV1-39*01がヒト生殖細胞系列J遺伝子フラグメントIGKJ4*01に結合した配列をヒト化テンプレートとしてフレームワーク領域配列を提供する。且つ2位、36位、46位、49位、66位、69位、71位又は87位(Chothia番号付け方式)にゼロ又は複数の部位のアミノ酸変異を導入して、複数の異なるVLバリアント配列を得た。
【0048】
表5には抗体可変領域及び最適化バリアント配列(FV)のChothia定義のCDR、FR領域配列の配列番号が示される。
【表5】
【0049】
図2にはVHバリアント配列の比較が示される。
図3にはVLバリアント配列の比較が示される。
図4の(A)と(B)にはそれぞれVHバリアント配列とVLバリアント配列の重要な部位の違いが示される。
図2-
図4から分かるように、本発明に係る抗体のVHに起こる変異は配列番号42に示すアミノ酸配列の30位、73位、76位、78位、93位及び94位の1つ又は複数の部位にアミノ酸残基の変異が起こったものである。前記VLに起こる変異は配列番号56に示す配列の2位、36位、46位、49位、66位、69位、71位及び/又は87位のアミノ酸残基の変異である。変異についてのより詳細な情報は表5のVH3730、VH3731、VH3732、VH3733、VH3734、VH3735、VH3230、VH3231、VH3232、VH3233、VH3234、VH3235、VH3236、VL7460、VL7461、VK1392及びVK1393配列の詳細を参照する。
【0050】
4.2 配列最適化バリアントによる組換え抗体分子
実施例4.1で得たVHバリアント配列とVLバリアント配列をペアリングして組み合わせて、実施例1.1の方法に従ってIgG組換え抗体を構築し、且つIgG1重鎖定常領域に「LALA」二重変異体又は「LALAPG」三重変異体を導入してFcエフェクター機能を低下させる。表6には配列最適化を経た組換え抗体分子の配列表が示される。表7には組換え抗体の発現データが示される。VHバリアントVH3230で構築した3つのIgG分子の発現産量が非常に低いが、他のIgG分子はいずれも発現産量が合理的であった。
【表6】
【表7】
【0051】
4.3 配列最適化バリアントによる組換えscFv分子
実施例4.1で得たVHバリアント配列とVLバリアント配列をペアリングして組み合わせて、実施例1.3の方法に従って複数の組換え二価scFv抗体分子を製造した。表8、表9にはそれぞれscFvの配列情報とタンパク質発現状況がが示される。表9から分かるように、特にPR000510及びPR000627の方は発現状況が良好で安定的な分子を得る。
図5にはPR000510の(A)SDS-PAGE、(B)HPLC-SEC結果が示され、モノマー純度が良好で、明確な多量体はないことが分かった。
【表8】
【表9】
【0052】
実施例5:CD3を発現する細胞に対するCD3抗体の結合能力のFACSによる測定
フローサイトメトリー-FACSを利用して、CD3を発現する細胞に対するCD3抗体の結合状況を分析し、CD3を発現する細胞としては、ヒトCD3を過剰発現するCHOK1細胞又はHEK293細胞(ヒトTCR/CD3複合体構造を発現する安定細胞株を構築するために、ヒトCD3のγ、δ、ε、ζ鎖ORFをコードするプラスミドとヒトTCRのα、β鎖ORFをコードするプラスミドの両方で宿主細胞CHOK1(ATCC、CCL-61)又はHEK293(ATCC、CRL-1573)をトランスフェクトしたもの)、カニクイザルCD3を過剰発現するCHOK1又はHEK293細胞、ヒトpan-T細胞(ヒトpan-T細胞分離キット(Miltenyi#130-096-535)を用いてPBMCから分離したもの)、カニクイザルpan-T細胞であってもよい。具体的には、回収した細胞を2%FBSを含むPBS(FACSバッファー)で2回洗浄して、FACSバッファーを加えて再懸濁させ、各ウェル1×105細胞で96ウェルプレートに分注し、500gで5分間遠心分離し、上清を捨て、予め勾配希釈したCD3抗体100μLを加え、室温下で1時間インキュベートし、FACSバッファーで2回洗浄して、FACSバッファーで希釈した二次抗体Alexa Fluor 488 AffiniPure Goat Anti-Human IgG、Fcγ fragment specific(Jackson ImmunoResearch#109-545-098)を加えて細胞を再懸濁させ、室温下、暗所で30分間インキュベートして、FACSバッファーで2回洗浄し、さらにFACSバッファー200μLで再懸濁させた。フローサイトメータ(BD FACS CANTOII又はACEA NovoCyte)を使用して蛍光発光シグナル値を読み取り、ソフトウェアFlowJo v10(FlowJo、LLC)でデータを処理及び分析した。ソフトウェアGraphPad Prism 8を用いてデータ処理とグラフ作成分析を行って、4パラメーターの非線形フィッティングによって、結合曲線、EC50などのパラメーターを得た。
【0053】
図6は実施例2で得たCD3抗体の、ヒトCD3を過剰発現する組換えCHOK1細胞(
図6(A))及びカニクイザルCD3を過剰発現する組換えCHOK1細胞との結合能力(
図6(B))を示す。結果ではSP34キメラ抗体PR000260がヒトCD3、カニクイザルCD3のいずれにも高い結合能力を有することが示されている。
【0054】
図7の(A)-(G)にはそれぞれ実施例4.2で得たCD3抗体(PR000260とそのバリアントを含む)のヒトpan-T細胞との結合能力が示され、また抗体濃度が7.4又は10μg/mLである時にCD3抗体がヒトpan-T細胞と結合する蛍光強度MFI及び初期抗体PR000260に対する比が算出されている。具体的には、SP34 IgG抗体配列を最適化した後、PR000512、PR000513、PR001849、PR002837はPR000260(即ちSP34キメラ抗体)と同等な結合能力を有し、PR000514はPR000260より結合能力がわずかに高く、PR000511、PR001848、PR002469、PR002472、PR002742、PR002833、PR002834、PR002835、PR002836、PR003886及びPR004616はT細胞結合能力が低く、PR002467、PR002468、PR002470、PR002471、PR002743はほぼT細胞と結合しなかった(現行の抗体濃度では信号が検出されなかった)。上記の結果からは、本発明ではCD3抗体の配列最適化により複数の新規抗体が得られ、それらがヒトT細胞と異なる結合能力を有し、異なる適用シナリオに使用できることが分かった。
【0055】
図8の(A)及び(B)には実施例4.3で得た抗CD3 scFv-Fc一本鎖抗体のヒトpan-T細胞との結合能力が示され、また抗体濃度が7.4又は10μg/mLである時にCD3抗体がヒトpan-T細胞と結合する蛍光強度MFI及び初期抗体PR000260に対する比が算出されている。具体的には、SP34 scFv抗体をヒト化による最適化した後、PR000624はPR000260と結合能力が同等で又はわずかに高く、PR000510、PR000627はPR000260と結合能力が同等で又はわずかに低く、PR001850のT細胞結合能力はPR000260より明らかに低かった。上記の結果から、本発明ではCD3抗体の配列最適化によりいくつかの安定的なscFv形態の一本鎖抗体が得られ、それらはヒトT細胞と結合できるため、二重特異性抗体の構築などの適用シナリオに使用できることが分かった。
【0056】
図9は実施例4.2で得たいくつかのCD3抗体のカニクイザルpan-T細胞との結合能力を示す。図示したように、分子によってカニクイザルpan-T細胞との結合能力が異なり、しかもヒトpan-T細胞との結合能力と正の相関であり、つまり、ヒトpan-T細胞と強く結合する分子はカニクイザルpan-T細胞との結合能力が高く、その逆も同様である。
【0057】
実施例6:ヒトT細胞に対するCD3抗体の活性化効果の測定
勾配希釈したCD3抗体(例えば、50、10、5、1、0.5、0.05μg/mL)を、各濃度を3つのウェルで繰り返して96ウェル細胞培養プレートの各ウェルに50μLで、4℃下で一晩コーティングした。ヒトPBMC(妙通生物)又はヒトpan-T細胞(ヒトpan-T細胞分離キット(Miltenyi#130-096-535)を用いてPBMCから分離したもの)の細胞密度を7.5×105/mLに調整し、ヒトCD28抗体を加えて濃度を1μg/mLとし、さらに各ウェルに200μLで細胞培養プレートに加え、CO2インキュベータに置いて培養した。72時間培養した後、上清を得、IFN-γ ELISAキット(Thermo#88-7316-77)を用いて上清のIFN-γ含有量を測定した。ソフトウェアGraphPad Prismを用いてデータ分析とグラフ作成を行った。
【0058】
図10の(A)-(G)にはそれぞれ実施例4.2で得た各CD3抗体(SP34キメラ抗体を含む)のヒトT細胞活性化能力が示される。抗体濃度が1μg/mLである時に、PR000511、PR000512、PR000513、PR000514がT細胞を活性化して生成させるIFN-γのレベルはPR000260より明らかに低く、抗体濃度が10μg/mLである時に、PR000512、PR000513、PR000514の活性化によるIFN-γレベルはPR000260(
図10(A))よりわずかに低かった。抗体濃度が0.5μg/mL、5μg/mLである時に、PR001848の活性化によるIFN-γレベルはPR000260(
図10(B))より明らかに低かった。さらに、0.5μg/mL、5μg/mL及び50μg/mLの抗体PR002468、PR002469、PR002471、PR002742、PR002833、PR002834、PR002835、PR002836、PR002837、PR001848、PR003886及びPR004616などのT細胞活性化効果(
図10の(C)-(G))を検出し、その結果からこれらの抗体がT細胞を活性化して生成させるIFN-γのレベルはPR000260よりはるかに低いことが分かり、PR002468及びPR002471についてはIFN-γの放出が検出されず、PR002469とPR002835は50μg/mLである時だけ、わずかなIFN-γレベルが検出され、PR002742とPR003886は同等で、PR001848よりわずかに弱く、PR002469とPR004616は同等で、PR001848より明らかに弱かった。上記の結果からは、本発明ではCD3抗体の配列最適化により複数の新規抗体が得られ、それらはヒトT細胞の活性化能力が異なり、サイトカインの異なる放出レベルを得られるため、異なる適用シナリオに使用できることが分かった。
【0059】
図11は実施例4.3で得た抗CD3 scFv-Fc抗体のヒトT細胞活性化能力を示す。濃度が1μg/mLと10μg/mLのPR000510、PR000623、PR000624及びPR000627はいずれもPR000260より低くアイソタイプのコントロール抗体よりもIFN-γレベルが高いことから、当該4つの分子はT細胞の活性化レベルを調節することによってサイトカインの放出を制限することが示された。上記の結果からは、本発明ではCD3抗体の配列最適化によりいくつかの安定的なscFv形態の一本鎖抗体が得られ、それらはヒトT細胞の活性化能力が弱く、サイトカインの放出レベルが低いため、二重特異性抗体の構築などの適用シナリオに使用できることが分かった。
【0060】
実施例7:抗CD3 scFv抗体を含みB7H4を標的とする二重特異性抗体
B7H4はB7ファミリー膜貫通型タンパク質のメンバーで、乳がん、卵巣がん、子宮内膜がんなどの様々な固形腫瘍組織に高発現されるが、正常な組織では発現されず又はわずかなだけ発現されるため、B7H4は特異性に優れた腫瘍関連標的抗原である。B7H4とCD3の両方を標的とする二重特異性抗体分子を構築するのは、腫瘍細胞の表面のB7H4を標的にして結合することで腫瘍細胞の近くのT細胞を選択的に活性化して、腫瘍細胞を特異的に殺傷することができる。
【0061】
7.1 B7H4抗体の製造
B7H4抗体の可変領域配列はWO2016040724に準拠し、実施例1.1の方法に従ってB7H4に対する組換えIgG抗体PR000014を構築する。表10にはB7H4抗体PR000014の配列情報が示される。
【表10】
【0062】
7.2 抗CD3 scFv抗体を含みB7H4を標的とする二重特異性抗体の製造
実施例7.1で得たB7H4抗体PR000014の配列と実施例4.3で得たCD3一本鎖抗体PR000627の配列からB7H4×CD3を標的とする二重特異性抗体分子PR002883を構築し、それはCD3一本鎖抗体scFvを含む重鎖(配列番号88)、B7H4抗体VHを含む重鎖(配列番号86)、B7H4抗体VLを含む軽鎖(配列番号83)の3つのポリペプチド鎖を含む。その構造は
図16の(C)に示すとおりである。当該分子が特別な非対称構造を有するため、相同重鎖ダイマーの生成を減らすために、2つの重鎖の定常領域に異なるアミノ酸変異を導入している。また、Fcγ受容体の結合が引き起こす架橋を防ぎエフェクター機能を低下させるために、重鎖定常領域に「LALAPG」三重変異体(L234A/L235A/P329G)を導入している。
【0063】
実施例1.1に記載の方法にプラスミド配合(例えば、1:1:1又は他の比率)を組み合わせて、ワンステップアフィニティー精製を行って二重特異性抗体PR002883の組換えタンパク質を製造する。表11には二重特異性抗体PR002883の配列表が、表12には当該二重特異性抗体の発現状況が示される。
【表11】
【表12】
【0064】
図12の(A)は二重特異性抗体PR002883のワンステップ精製後のSDS-PAGE分析結果を示す。主な副生成物は不完全に組み立てられた分子で、ポリマー成分が少ないことが分かり、精製ステップの最適化又はプラスミドのトランスフェクション比の最適化で副生成物を減らすことができる。
【0065】
7.3 B7H4を発現する腫瘍細胞との結合
本実施例では、二重特異性抗体のヒトB7H4を発現する腫瘍細胞SK-BR-3(ATCC、HTB-30)と結合する能力を検討する。具体的には、SK-BR-3細胞懸濁液を回収し、細胞密度を1×106/mLに調整し、100μL/ウェルでV底96ウェルプレート(Corning#3894)に播種し、その後、100μL/ウェル体積で最終濃度の2倍となる3倍濃度勾配希釈した被検抗体を加えた。4℃下で静置して暗所で2時間インキュベートした。その後、100μL/ウェルで、予冷したPBSを加えて細胞を2回リンスし、500gと4℃下で5分間遠心分離し、上清を捨てた。さらに100μL/ウェルで蛍光二次抗体Alexa Fluor 488 AffiniPure Goat Anti-Human IgG、Fcγ fragment specific(Jackson ImmunoResearch#109-545-098)を加えて、4℃下で暗所で1時間インキュベートした。さらに100μL/ウェルで、予冷したPBSを加えて細胞を2回洗浄し、500gで5分間遠心分離して上清を捨てた。最後に、200μL/ウェルで、予冷したPBSを加えて細胞を再懸濁させた。フローサイトメータ(BD FACS CANTOII又はACEA NovoCyte)を使用して蛍光発光シグナル値を読み取り、ソフトウェアFlowJo v10(FlowJo、LLC)でデータを処理及び分析した。ソフトウェアGraphPad Prism 8を用いてデータ処理とグラフ作成分析を行って、4パラメーターの非線形フィッティングによって、結合曲線、EC50などのパラメーターを得た。
【0066】
図13の(A)は実施例7.1で得たモノクローナル抗体及び実施例7.2で得た二重特異性抗体のSK-BR-3細胞との結合能力を示す。二重特異性抗体PR002883はモノクローナル抗体PR000014と同等な又はそれ以上の結合能力を有することが分かった。
【0067】
7.4 ヒトT細胞との結合
実施例5に記載の方法で二重特異性抗体PR002883のヒトpan-T細胞との結合能力を検出する。
図13の(B)に示すように、PR002883はヒトpan-T細胞と結合できる。
【0068】
7.5 B7H4を高発現する細胞株SK-BR-3に対する二重特異性抗体のインビトロ殺傷及びサイトカインの放出
B7H4×CD3二重特異性抗体がインビトロで媒介する標的細胞殺傷能力を研究するために、エフェクター細胞としてヒトPBMCを使用し、B7H4を高発現する細胞株SK-BR-3(ATCC、HTB-30)を標的細胞としてインビトロ殺傷実験を行いサイトカインの放出を検出した。具体的には、Eプレート(E-plate)(ACEA Biosciences Inc.#05232368001)の各ウェルに50μLのRPMI1640/10%FBS培地を加えて、37℃と5%CO2インキュベータに静置して30分間平衡化し、次に、Eプレート(E-plate)を装置xCELLigence RTCA(ACEA Biosciences)に入れて正常かどうかを確認する。RPMI1640/10%FBS培地でSK-BR-3の密度を0.4×106細胞/mLに調整し、50μL細胞/ウェルでEプレート(E-plate)に播種し、次に、Eプレート(E-plate)をxCELLigence RTCAにかけて一晩でセルインデックス(cell index)を検出した。RPMI1640/10%FBS培地でPBMCの密度を4×106細胞/mLに調整して、50μL細胞/ウェルでEプレート(E-plate)に播種し、その後、最終濃度の4倍となる5倍濃度勾配希釈した被検抗体を50μL/ウェルで加え、抗体の最高最終濃度は0.2nMで、各抗体は合計で7つの濃度とし、エフェクター細胞と標的細胞の最終的な比率は10:1であり、2回繰り返す。さらに、プレートにはブランクコントロールとして、SKBR3+PBMC+RPMI1640/10%FBS培地を設置し、Eプレート(E-plate)を37℃と5%CO2のインキュベータに置いて24時間インキュベートした。インキュベートが完了した後、Eプレート(E-plate)を装置xCELLigence RTCAに入れてセルインデックスを検出した。
【0069】
検出したセルインデックスから次の算式で細胞に対する抗体の特異性殺傷を計算する。
細胞殺傷%=(1-検出サンプル/ブランクコントロール)×100%。
【0070】
サイトカインIFN-γの放出を検出するために、細胞培養上清を回収した。ELISA検出方法はIFN-γキット(IFN gamma Human Uncoated ELISA Kit、Thermo#88-7316-77)の説明を参照する。
【0071】
図14の(A)と(B)に示すように、二重特異性抗体PR002883はT細胞を活性化してサイトカイン(例えば、IFN-γ)を放出させ、腫瘍細胞SK-BR-3を効果的に殺傷することができる。二重特異性抗体の濃度が0.01μg/mLである時に、ほぼ100%の腫瘍細胞が殺される(
図14(A))。
【0072】
実施例8:抗CD3 scFv抗体を含みROR1を標的とする二重特異性抗体
ROR1は不活性なチロシンプロテインキナーゼ膜貫通型タンパク質で、多くの腫瘍で過剰発現されるが、正常な組織ではほぼ発現されない。ROR1が受容体としてWnt5aと相互作用すると、Wntシグナル伝達経路を伝達することで、慢性リンパ性白血病では細胞の増殖と遊走に寄与し、固形腫瘍では上皮間葉転換(EMT)に寄与する。ROR1はその腫瘍特異的発現により治療薬の開発に適する腫瘍関連抗原標的となる。ROR1とCD3の両方を標的とする二重特異性抗体分子を構築するのは、腫瘍細胞の表面のROR1を標的にして結合することで腫瘍細胞の近くのT細胞を選択的に活性化して、腫瘍細胞を特異的に殺傷することができる。
【0073】
8.1 ROR1抗体の製造
ROR1抗体の可変領域配列はWO2016094873に準拠し、実施例1.1の方法に従ってROR1に対する組換えIgG抗体PR000374を構築する。表13にはROR1抗体PR000374の配列表が示される。
【表13】
【0074】
8.2 抗CD3 scFv抗体を含みROR1を標的とする二重特異性抗体の製造
実施例8.1で得たROR1抗体PR000374の配列と実施例4.3で得たCD3一本鎖抗体PR000627の配列からROR1×CD3を標的とする二重特異性抗体分子PR002885を構築し、それはCD3一本鎖抗体scFvを含む重鎖(配列番号88)、ROR1抗体VHを含む重鎖(配列番号87)、ROR1抗体VLを含む軽鎖(配列番号85)の3つのポリペプチド鎖を含む。その構造は
図16の(C)に示すとおりである。当該分子が特別な非対称構造を有するため、相同重鎖ダイマーの生成を減らすために、2つの重鎖の定常領域に異なるアミノ酸変異を導入している。また、Fcγ受容体の結合が引き起こす架橋を防ぎエフェクター機能を低下させるために、重鎖定常領域に「LALAPG」三重変異体(L234A/L235A/P329G)を導入している。
【0075】
実施例1.1に記載の方法にプラスミド配合(例えば、1:1:1又は他の比率)を組み合わせて、ワンステップアフィニティー精製を行って二重特異性抗体PR002885の組換えタンパク質を製造する。表14には二重特異性抗体PR002885の配列情報が、表15には当該二重特異性抗体の発現状況が示される。
【表14】
【表15】
【0076】
図12の(B)は二重特異性抗体PR002885のワンステップ精製後のSDS-PAGE分析結果を示す。主な副生成物は不完全に組み立てられた分子で、ポリマー成分が少ないことが分かり、精製ステップの最適化又はプラスミドのトランスフェクション比の最適化で副生成物を減らすことができる。
【0077】
8.3 ROR1を発現する腫瘍細胞との結合
本実施例では、二重特異性抗体のヒトROR1を発現する腫瘍細胞Panc-1(ATCC、CRL-1469)と結合する能力を検討する。具体的には、Panc-1細胞懸濁液を回収し、細胞密度をそれぞれ1×106/mLに調整し、100μL/ウェルでV底96ウェルプレート(Corning#3894)に播種し、その後、100μL/ウェル体積で最終濃度の2倍となる3倍濃度勾配希釈した被検抗体を加えた。4℃下で静置して暗所で2時間インキュベートした。その後、100μL/ウェルで、予冷したPBSを加えて細胞を2回リンスし、500gで5分間遠心分離し、上清を捨てた。さらに100μL/ウェルで蛍光二次抗体Alexa Fluor 488 AffiniPure Goat Anti-Human IgG、Fcγ fragment specific(Jackson ImmunoResearch#109-545-098)を加えて、4℃下で暗所で1時間インキュベートした。さらに100μL/ウェルで、予冷したPBSを加えて細胞を2回洗浄し、500gで5分間遠心分離し、上清を捨てた。最後に、200μL/ウェルで、予冷したPBSを加えて細胞を再懸濁させた。フローサイトメータ(BD FACS CANTOII又はACEA NovoCyte)を使用して蛍光発光シグナル値を読み取り、ソフトウェアFlowJo v10(FlowJo、LLC)でデータを処理及び分析した。ソフトウェアGraphPad Prism 8を用いてデータ処理とグラフ作成分析を行って、4パラメーターの非線形フィッティングによって、結合曲線、EC50などのパラメーターを得た。
【0078】
図15の(A)は実施例8.1で得たモノクローナル抗体及び実施例8.2で得た二重特異性抗体のPanc-1細胞との結合能力を示す。二重特異性抗体PR002885とモノクローナル抗体PR000374はいずれもPanc-1と結合できる。
【0079】
8.4 ヒトT細胞との結合
実施例5に記載の方法で二重特異性抗体PR002885のヒトpan-T細胞との結合能力を検出する。
図15の(B)に示すように、PR002885はヒトpan-T細胞と結合できる。
【配列表】
【手続補正書】
【提出日】2024-02-02
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
軽鎖可変領域(VL)と重鎖可変領域(VH)とを含むCD3を標的とする抗体であって、
前記VHのアミノ酸配列は配列番号45に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は
前記VHのアミノ酸配列は配列番号43に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は
前記VHのアミノ酸配列は配列番号50に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は
前記VHのアミノ酸配列は配列番号47に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は
前記VHのアミノ酸配列は配列番号48に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は
前記VHのアミノ酸配列は配列番号49に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は
前記VHのアミノ酸配列は配列番号53に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は
前記VHのアミノ酸配列は配列番号44に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号57に示すとおりであり、又は
前記VHのアミノ酸配列は配列番号44に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号59に示すとおりであり、又は
前記VHのアミノ酸配列は配列番号55に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであり、又は
前記VHのアミノ酸配列は配列番号46に示すとおりであり、前記VLのアミノ酸配列は配列番号58に示すとおりであることを特徴とする、CD3を標的とする抗体。
【請求項2】
前記抗体が、一本鎖抗体(scFv)を含み、前記scFvのアミノ酸配列が、配列番号73又は配列番号78に示すとおりであることを特徴とする、請求項1に記載の抗体。
【請求項3】
前記抗体が、ヒンジ領域(Hinge)によって前記scFvに接続されるFcを含むことを特徴とする、請求項2に記載の抗体。
【請求項4】
前記抗体が、ヒト定常領域をさらに含み、
前記ヒト定常領域が、ヒト軽鎖定常領域とヒト重鎖定常領域とを含み、
前記ヒト重鎖定常領域が、hIgG1、hIgG2、hIgG3、hIgG4又はその変異であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の抗体。
【請求項5】
前記ヒト重鎖定常領域が、配列番号63又は配列番号64に示す重鎖定常領域であり、前記ヒト軽鎖定常領域が、配列番号61に示すヒトκ軽鎖定常領域又は配列番号62に示すヒトλ軽鎖定常領域であることを特徴とする、請求項4に記載の抗体。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載のCD3を標的とする抗体を含む第1タンパク質ドメインと、第2タンパク質ドメインとを含む二重特異性抗体。
【請求項7】
前記二重特異性抗体が、(1)前記第1タンパク質ドメインのVL1-Linker-VH1-Hinge-CH2-CH3(knob)又はVH1-Linker-VL1-Hinge-CH2-CH3(knob)と、(2)前記第2タンパク質ドメインのVH2-CH1-Hinge-CH2-CH3(hole)と、(3)前記第2タンパク質ドメインのVL2-CLの3つの鎖を含み、前記第2タンパク質ドメインが、CD3以外を標的とする抗体であることを特徴とする、請求項6に記載の二重特異性抗体。
【請求項8】
前記第2タンパク質ドメインが、B7H4を標的とする抗体又はROR1を標的とする抗体であり、前記Linkerが、(G
4
S)
n
であり、nが、1~20であることを特徴とする、請求項7に記載の二重特異性抗体。
【請求項9】
前記Linkerのアミノ酸配列が、配列番号65、配列番号66又は配列番号67に示すとおりであることを特徴とする、請求項7又は8に記載の二重特異性抗体。
【請求項10】
前記二重特異性抗体が、配列番号88に示すVL1-Linker-VH1-Hinge-CH2-CH3(knob)と、配列番号86に示すVH2-CH1-Hinge-CH2-CH3(hole)と、配列番号83に示すVL2-CLと、又は、配列番号88に示すVL1-Linker-VH1-Hinge-CH2-CH3(knob)と、配列番号87に示すVH2-CH1-Hinge-CH2-CH3(hole)と、配列番号85に示すVL2-CLとを含むことを特徴とする、請求項9に記載の二重特異性抗体。
【請求項11】
請求項1~5のいずれか一項に記載のCD3を標的とする抗体又は請求項6~10のいずれか一項に記載の二重特異性抗体をコードする、分離された核酸。
【請求項12】
請求項11に記載の分離された核酸を含む発現ベクター。
【請求項13】
請求項12に記載の発現ベクターがトランスフェクトされた遺伝子修飾細胞。
【請求項14】
請求項1~5のいずれか一項に記載のCD3を標的とする抗体、請求項6~10のいずれか一項に記載の二重特異性抗体、請求項13に記載の遺伝子修飾細胞、及び薬学的に許容される担体を含むことを特徴とする医薬組成物。
【請求項15】
腫瘍を治療する薬物を製造するための、請求項1~5のいずれか一項に記載のCD3を標的とする抗体、請求項6~10のいずれか一項に記載の二重特異性抗体、請求項11に記載の分離された核酸、請求項12に記載の発現ベクター、請求項13に記載の遺伝子修飾細胞、又は請求項14に記載の医薬組成物の使用。
【外国語明細書】