(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024003661
(43)【公開日】2024-01-15
(54)【発明の名称】高周波部品モデル取得方法
(51)【国際特許分類】
G01R 27/28 20060101AFI20240105BHJP
【FI】
G01R27/28 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022102954
(22)【出願日】2022-06-27
(71)【出願人】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001519
【氏名又は名称】弁理士法人太陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 登
(72)【発明者】
【氏名】福永 賢吾
(72)【発明者】
【氏名】三輪 圭史
【テーマコード(参考)】
2G028
【Fターム(参考)】
2G028BF05
2G028CG15
2G028CG20
2G028CG22
2G028DH11
2G028DH15
2G028FK07
(57)【要約】
【課題】浮遊状態にある部品の高周波特性を算出可能な高周波部品モデル取得方法を提供する。
【解決手段】信号導体222の近端24に計測器4が接続され、信号導体222の遠端22に抵抗素子R1、R2、R3が電気的に接続されると共に、信号導体222の遠端22同士を電気的に接続する交叉要素16A、16Bを備えた測定治具の高周波特性の第1測定値を、抵抗素子R1~R3のインピーダンスを変化させて計測器4で得る。信号導体222の遠端22が電気的に接続された測定端子に、測定対象部品を接続した状態の高周波特性の第2測定値を計測器4で得る。そして、第1測定値から得られる行列Dsと抵抗素子R1~R3の反射係数より定まる行列DLとが共通の固有値を有することに基づいて算出した測定治具の高周波特性の推定値を、前記第2測定値から除去演算して測定対象部品の高周波特性を推定する。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の信号導体の一端に計測器が接続され、前記複数の信号導体同士を電気的に接続する交叉要素を備えた測定治具の高周波特性の第1測定値を、前記複数の信号導体の他端の各々にインピーダンスが既知の既知負荷を電気的に接続し、前記既知負荷のインピーダンスを変化させて前記計測器で得る工程と、
前記測定治具から前記既知負荷を除去すると共に、前記測定治具において前記複数の信号導体の他端が電気的に接続された複数の測定端子の各々に測定対象部品を接続した状態の回路の高周波特性の第2測定値を前記計測器で得る工程と、
前記第1測定値から得られる第1行列と前記既知負荷の反射係数より定まる第2行列とが共通の固有値を有することに基づいて、前記測定治具の高周波特性の推定値を算出する工程と、
前記第2測定値から前記推定値を除去演算して前記測定対象部品の高周波特性を推定する工程と、
を含む、高周波部品モデル取得方法。
【請求項2】
前記交叉要素は、前記複数の信号導体の他端相互を電気的に接続する請求項1に記載の高周波部品モデル取得方法。
【請求項3】
前記交叉要素は、各々異なる抵抗値を示す請求項2に記載の高周波部品モデル取得方法。
【請求項4】
前記測定治具の近傍に配置した試験アンテナの受信信号を前記計測器に入力した際に算出した前記第1行列と前記第2行列との固有値に基づいて前記測定治具の高周波特性の推定値を算出する請求項1~3のいずれか1項に記載の高周波部品モデル取得方法。
【請求項5】
前記交叉要素及び前記既知負荷の合成インピーダンスを前記複数の信号導体のコモンモード特性インピーダンス基準でSパラメータ変換した値に対して正負反転した値に近いSパラメータを有する近端既知負荷を前記測定治具の近端に挿入した請求項4に記載の高周波部品モデル取得方法。
【請求項6】
前記複数の信号導体を均一伝送線路として近似的に見た場合に、伝搬モードと、前記複数の信号導体の線路長と、前記複数の信号導体の前記一端及び前記他端でのモード変換とで定まる複数の共振周波数が、測定対象とする周波数帯において一致しないように、前記前記複数の信号導体が各々異なる線路長を持つようにして前記計測器で測定する請求項5に記載の高周波部品モデル取得方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波部品モデル取得方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多端子インピーダンス部品について、補正の対象となる測定系が実測時と同じ状態のままで校正作業を行うことができる高周波部品モデルの取得が求められている。
【0003】
特許文献1には、高周波特性が異なる補正データ取得用試料に基づいて導出した数式を用いて、電子部品を基準測定系で測定したならば得られる電子部品の高周波特性の推定値を算出する発明が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の発明は、各々の測定対象が共通した接地領域を有することが前提であり、測定対象である部品が接地領域から遊離した浮遊状態にある場合に対応できないという問題があった。
【0006】
本発明は、上記事実を考慮し、車載部品に多く見られる浮遊状態にある部品の高周波特性を算出可能な高周波部品モデル取得方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1に記載の高周波部品モデル取得方法は、複数の信号導体の一端に計測器が接続され、前記複数の信号導体同士を電気的に接続する交叉要素を備えた測定治具の高周波特性の第1測定値を、前記複数の信号導体の他端の各々にインピーダンスが既知の既知負荷を電気的に接続し、前記既知負荷のインピーダンスを変化させて前記計測器で得る工程と、前記測定治具から前記既知負荷を除去すると共に、前記測定治具において前記複数の信号導体の他端が電気的に接続された複数の測定端子の各々に測定対象部品を接続した状態の回路の高周波特性の第2測定値を前記計測器で得る工程と、前記第1測定値から得られる第1行列と前記既知負荷の反射係数より定まる第2行列とが共通の固有値を有することに基づいて、前記測定治具の高周波特性の推定値を算出する工程と、前記第2測定値から前記推定値を除去演算して前記測定対象部品の高周波特性を推定する工程と、を含む。
【0008】
請求項1に記載の高周波部品モデル取得方法は、既知負荷を取り付けた測定治具の高周波特性を予め推定した後、測定治具に接続した測定対象部品の高周波特性を測定する。測定した測定対象部品の高周波特性から、測定治具の高周波特性を演算除去することにより、測定対象部品の特性を得ることができる。
【0009】
また、請求項1に記載の高周波部品モデル取得方法は、複数の信号導体間に交叉要素を挿入することにより、直接測定するSパラメータに非対角要素を導入して、第1行列に非対角要素を導入することにより、測定対象の高周波特性の計算精度を向上させることができる。
【0010】
請求項2に記載の高周波部品モデル取得方法は、前記交叉要素は、前記複数の信号導体の他端相互を電気的に接続する。
【0011】
請求項2に記載の高周波部品モデル取得方法は、交叉要素で前記複数の信号導体の他端同士を電気的に接続することにより、第1行列に非対角要素を導入して、測定対象の高周波特性の計算精度を向上させることができる。
【0012】
請求項3に記載の高周波部品モデル取得方法は、前記交叉要素は、各々異なる抵抗値を示す。
【0013】
請求項3に記載の高周波部品モデル取得方法は、交叉要素の抵抗値を変えることで、逆問題計算時の行列の非対角要素が異なるようにし、測定対象の高周波特性の計算精度を向上させることができる。
【0014】
請求項4に記載の高周波部品モデル取得方法は、前記測定治具の近傍に配置した試験アンテナの受信信号を前記計測器に入力した際に算出した前記第1行列と前記第2行列との固有値に基づいて前記測定治具の高周波特性の推定値を算出する。
【0015】
請求項4に記載の高周波部品モデル取得方法は、測定治具からの放射又は誘導を試験アンテナで受信して利用することにより、測定の情報量を増し、測定精度を上げることができる。
【0016】
請求項5に記載の高周波部品モデル取得方法は、前記交叉要素及び前記既知負荷の合成インピーダンスを前記複数の信号導体のコモンモード特性インピーダンス基準でSパラメータ変換した値に対して正負反転した値に近いSパラメータを有する近端既知負荷を前記測定治具の近端に挿入している。
【0017】
請求項5に記載の高周波部品モデル取得方法は、近端既知負荷を挿入することにより、測定治具内の多重反射が共振状態とならないように端末反射を操作することができる。
【0018】
請求項6に記載の高周波部品モデル取得方法は、前記複数の信号導体を均一伝送線路として近似的に見た場合に、伝搬モードと、前記複数の信号導体の線路長と、前記複数の信号導体の前記一端及び前記他端でのモード変換とで定まる複数の共振周波数が、測定対象とする周波数帯において一致しないように、前記前記複数の信号導体が各々異なる線路長を持つようにして前記計測器で測定する。
【0019】
請求項6に記載の高周波部品モデル取得方法は、測定治具内の多重反射が共振状態とならない測定治具が存在するようにすることで、端末反射を操作することができる。
【発明の効果】
【0020】
以上説明したように、本発明に係る高周波部品モデル取得方法によれば、車載部品に多く見られる浮遊状態にある高周波部品の特性が算出可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の第1実施形態における測定時の基本構成の一例を示した概略図である。
【
図2】車載の測定対象ハーネスを接続して、エンジンECUから見た反射特性および試験アンテナへの伝達特性を測定する場合を示した概略図である。
【
図3】近端に設けたGND拡張金具と、浮遊部品のローカルグランドとの間に複数の既知負荷を備え、既知負荷に異なるインピーダンスを示す抵抗素子を付け替えて測定したデータに基づいて、同軸線束の特性を推定する場合の概略図である。
【
図4】既知負荷に3つの抵抗素子を適用した場合の浮遊部品の概略図である。
【
図5】既知負荷を構成する抵抗素子の一例を示した概略図である。
【
図6】
図4に示した回路を構成するポートの概念図である。
【
図7】浮遊部品のECU端反射の反射損失と、エンジンECUから試験アンテナへの伝搬に係る挿入損失とを示した概略図である。
【
図8】周波数に対する固有値正規化ノルムの一例を示した概略図である。
【
図9】
図4に示した構成に交叉要素を配設した場合の概略図である。
【
図10】(A)は交叉要素がない場合に最大対角要素で正規化した行列を、(B)は交叉要素ありの場合に最大対角要素で正規化した行列を、各々示した概略図である。
【
図11】交叉要素を有する場合の固有値偏差正規化ノルムを示した概略図である。
【
図12】交叉要素を有する場合のハーネス特性推定結果を示した概略図である。
【
図13】交叉要素を有しない場合で推定したハーネス特性により試験アンテナへのノイズ伝搬を推定した結果を示した概略図である。
【
図14】交叉要素ありの場合に推定したハーネス特性により、試験アンテナへのノイズ伝搬を推定した結果を示した概略図である。
【
図15】本発明の第2実施形態における試験アンテナを計測器に接続して、同軸線束から放射される電磁波を試験アンテナで受信し、計測器で測定する場合の構成を示した概略図である。
【
図16】
図15に示した回路を構成するポートの概念図である。
【
図17】本発明の第3実施形態図に係る近端既知負荷を備えた場合を示した概略図である。
【
図18】(A)は線長29cm相当の治具における周波数に対するS45の変化を示した概略図であり、(B)は線長29cm相当の治具における周波数に対する位相の変化を示した概略図である。
【
図19】(A)は線長39cmの治具における周波数に対するS45の変化を示した概略図であり、(B)は線長39cm相当の治具における周波数に対する位相の変化を示した概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[第1実施形態]
以下、図面を用いて、本実施形態に係る高周波部品モデル取得方法について説明する。
図1は、本実施形態における測定時の基本構成の一例を示した概略図である。
図1に示したように、本実施形態では、浮遊部品10に、インピーダンスが既知である既知負荷14を介して信号導体222が計測器4に接続されている。計測器4で計測した結果は、推定演算部6で処理され、例えば、浮遊部品10に接続された、測定対象である電線束等の高周波特性の推定値を算出する。信号導体222及び既知負荷14の各々は複数存在してよい。
【0023】
本実施形態では、計測器4に近い側の信号導体222を近端24、浮遊部品10に近い側の信号導体222を遠端22とし、信号導体222は、遠端22において交叉要素16で各々が接続されている。
【0024】
また、浮遊部品10は、測定端子12が設けられると共に、接地領域100とは異なるローカルグランド110に接地されている。
【0025】
図2は、車載の測定対象ハーネス(電線束)32を接続して、エンジンECU(電子制御装置)30側を見た反射特性および試験アンテナ50への伝達特性を測定する場合を示した概略図である。
図2において、計測器4は50Ω基準のベクトル・ネットワークアナライザを用いている。
【0026】
計測器4の第1ポート4A、第2ポート4B、及び第3ポート4Cの各々には、同軸ケーブルである計測ケーブル20が接続されている。また、計測器4の第4ポート4Dには、試験アンテナ50が接続されている。
【0027】
図2では、計測器4の第1ポート4A、第2ポート4B、及び第3ポート4Cの各々に接続された3本の計測ケーブル20の各々の同軸線束2を測定用線路とする。計測ケーブル20のシールド線は、近端24に設けたGND拡張金具に接続し、近端24のGND拡張金具と、同軸線束2と、浮遊部品10とを測定治具とする。同軸線束2の各々の芯線は、
図1に示した信号導体222に相当し、エンジンECU30側のECU基板に相当する浮遊部品10において測定対象ハーネス32の3線の各々に接続する。例えば、計測器4の第1ポート4Aに接続した計測ケーブル20は、浮遊部品10、及び測定対象ハーネス32を介してエンジンECU30に、計測器4の第2ポート4Bに接続した計測ケーブル20は、浮遊部品10、及び測定対象ハーネス32を介してリレーボックス34に、計測器4の第3ポート4Cに接続した計測ケーブル20は、浮遊部品10、及び測定対象ハーネス32を介して接地領域であるローカルグランド110に、各々接続されている。しかしながら、同軸線束2の各々のシールド線は測定対象ハーネス32に接続せず、当該シールド線は静電シールドとして機能させる。また、エンジンECU30の回路と測定対象ハーネス32との接続は切断した状態とし、ローカルGND状態で測定する。
【0028】
図3は、近端24に設けたGND拡張金具と、ECU基板である浮遊部品10のローカルグランド110(
図1参照)との間に複数の既知負荷14を備え、既知負荷14を異なるインピーダンス(抵抗素子の場合は、インピーダンス=抵抗値)を示す抵抗素子を付け替えて測定したデータに基づいて、同軸線束2の特性を推定する場合の概略図である。
【0029】
図4は、既知負荷14に抵抗素子R1、R2、R3を適用した場合の浮遊部品10の概略図である。同軸線束2の端部に既知負荷14として抵抗素子R1~R3の一端を各々接続し、抵抗素子R1~R3の他端は浮遊部品10のローカルグランド110(
図1参照)に接続する。また、同軸線束2のシールド線は、浮遊部品10の接地領域とは絶縁されている。
【0030】
図5は、既知負荷14を構成する抵抗素子R1~R3の一例を示した概略図である。本実施形態では、一例として
図5に示したような抵抗値(インピーダンス)が既知の抵抗素子R1~R3を浮遊部品10に適用し、抵抗素子R1~R3を既知負荷組番号(1)~(6)のように変更した毎に、計測器4で同軸線束2の電気的特性を計測する。
図5に示したように、既知負荷14には、インピーダンスが既知の抵抗素子R1~R3を適用したが、これに限定されない。既知負荷14は、インピーダンスが既知であれば、抵抗素子R1~R3に代えて、コンデンサ、インダクタンス、及びこれらが複合した負荷で構成されていてもよい。
【0031】
図6は、
図4に示した回路を構成するポートの概念図である。
図6に示したように、当該回路は、Port1、2、3、4、5、6で構成された6ポート回路とみなすことができる。当該回路のS行列(散乱行列)は、近端24のポートをa、遠端22のポートをbと表記すると、
図6に示したように4つの部分行列に分離して表すことができる。ここで、Saa、Sau、及びSuuは、いずれも3×3の正方行列である。また、添え字のTは転置行列を表している。
【0032】
続いて、測定用線路である同軸線束2の長さを29cm又は36cmにした場合の測定例について説明する。測定に際して、以下の前提条件を設定する。
最初に、既知負荷14を(R1:50Ω、R2:50Ω、R3:50Ω)として接続した測定により同軸線束2のSaaが直接取得できる。これらの値は以下の推定計算に用いられる。
【0033】
すると、i、jの2回の測定により、下記の式(1)の関係が導出される。ここに、添え字の-Tは転置逆行列を表している。
【0034】
また、式(1)中のM
(j,i)
L、M
(j,i)
sの各々は下記のように表される。
【0035】
さらに1回測定を行い、当該測定がk回目の測定の場合、下記の式(2)、(3)の関係が導出される。
【0036】
上記の式(1)、(2)、(3)から測定回数を省略して表記すると、下記の式(4)が成り立つ。
【0037】
上記の関係に基づいてSauを計算するに際し、近端24における測定のSパラメータより定まる行列Dsの固有値を計算する。上記の式(4)より、行列Dsの固有値は、理論上は既知負荷14の反射係数より定まる行列DLの固有値に一致するはずであり、それが本推定計算の根拠となっている。しかしながら、以下ではDLの計算に際して、計算処理を簡素化するために既知負荷14の周波数特性及び個体差を反映することなく、
図5に示したような公称抵抗値を用いていること、並びに近端24での測定に係るSパラメータが測定誤差を有することなどに基づく偏差が生じる。
【0038】
図7に示した交差要素16を設けない例では、同軸線束2の線長によらずDLの固有値は(-0.263, -1.36, 2.80)の3つであり、Dsの固有値も理想的にはDLの固有値に一致するはずであるが、実際には周波数特性を持つ。
【0039】
後述する
図8は、周波数に対する固有値正規化ノルムの一例を示した概略図である。線長29cmの場合には、
図8に示したように、Dsの固有値は特に40MHz近傍と110~ 160MHzの帯域でいずれかの固有値が対応するDLの固有値から大きく乖離する。また、線長36cmの場合にはDsの固有値は特に40MHz近傍と100~120MHzの帯域でいずれかの固有値が対応するDLの固有値から大きく乖離する。
【0040】
このようにDsの固有値が対応するDLの固有値から大きく乖離する帯域においては、式(4)等に示した計算の理論上の根拠を実測値が満たしていないため、測定対象の電気的特性の正しい推定が困難となる。
【0041】
以下は、上記の式(4)により得られたSauの値からSuuを計算する過程を示している。Suuは、複数の測定結果を用いて、下記のように最小二乗法により算出する。式(5)中のKe
*は、Keのエルミート共役であり、Sau
-TはSauの転置逆行列である。
【0042】
上記の最小二乗法による計算が精度良く行われるためには、係数行列「Ke* Ke」の条件数が十分小さい必要がある。この係数行列の2ノルム条件数を評価すると、線長29cm、線長36cmいずれの場合についても上記のDsの固有値がDLの固有値から乖離する帯域で大きくなる。具体的にDsの固有値は、概ね2.0を超える値となり、計算結果が信頼できないことが示される。
【0043】
以上の処理により、Saa、Sau、Suuの値が推定できたので、
図6の治具特性が各治具線長に対して 推定できたことになる。ただし、上記の様にいずれも計算結果が信頼できない帯域を含むことになる。
【0044】
以上より、同軸線束2の特性が推定できたとして、
図2に示した構成を用いて、治具を含んだ 測定対象ハーネス32の特性を測定治具である近端24に設けたGND拡張金具から計測器4で測定する。得られた測定値から同軸線束2の特性を演算除去(ディエンベッド)することで、エンジンECU30の端から見た測定対象ハーネス32の反射特性及び試験アンテナ50ヘの伝達特性を推定する。推定結果は、後述する
図13に示す。
【0045】
線長29cm及び線長36cmの各々の線長について、治具特性推定時の条件数であるDsの固有値が2.0より大きい帯域では、特性が乱れた推定結果となる。
【0046】
これらの特性推定値から、条件数がより小さい方の線長の治具に基づく特性推定値を各周波数に対して抽出して合成することで、一つの推定特性にまとめる。これにより、特性が乱れる帯域がより限定されたものになる。
【0047】
以上で行った手順に従い、
図2に示した構成を再測定した。ただし特性の違いを明瞭にするため、使用する治具の同軸線束2の各同軸線をクランプしていたフェライトを除去して測定した。以下、まず交叉要素16を有しない場合について述べる。測定値から推定したハーネス特性推定結果を
図7に示す。線長が異なる2つの治具測定値から推定した値を、推定時の条件数が小さい方を各周波数で選定して合成している。その結果、
図7には、浮遊部品10のECU端反射の反射損失に係るS23及びS33と、エンジンECU30から試験アンテナ50への伝搬に係る挿入損失を示すS43とが示されている。
【0048】
図7に示した結果には、スパイク状の乱れが発生する周波数が多く存在している。この乱れの原因となるのは、前述のように 測定誤差などによるDLの固有値に対するDsの固有値の乖離である。
【0049】
DLの固有値に対するDsの固有値の乖離の度合いを定量化するため、Dsの各固有値と、Dsの各固有値に対応するDLの固有値との差を、DLの固有値で除算して得た値の絶対値よりなるベクトルを求め、当該ベクトルのノルムを計算し、固有値偏差の正規化ノルムとして評価した。ハーネス特性推定時に各周波数で条件数が小となる側とした治具に対する固有値偏差正 規化ノルムを抽出し合成した周波数特性を
図8に示す。
図8は、周波数に対する固有値正規化ノルムの一例を示しているが、固有値正規化ノルムは130MHz以上で増加し、大きな値となっている。
【0050】
図2に示したような同軸線束2で構成したGND拡張金具でDLの固有値に対するDsの固有値の乖離が大きくなる要因を考察する。
【0051】
同軸線束2の各々の芯線間はシールド線で隔てられ、相互の結合は小さい。従って、GND拡張金具においては、直接測定したSパラメータは対角優位となり、Dsも対角優位となる。
【0052】
本実施形態では、Dsを対角化する対角化行列としてSauを求めるが、Dsが既に対角優位であると、対角化演算が小さい差を元に行なうことになり、対角化行列算出計算が測定誤差や計算誤差に敏感となり、計算結果の精度が損なわれ易くなることが考えられる。
【0053】
その結果、定性的には、治具であるGND拡張金具の複数本の線を同時に用いて測定すると互いの測定誤差をキャンセルできるが、1本のみを用いて測定するとそれができなくなることに相当する。
【0054】
上記の問題に対応するため、本実施形態では、同軸線束2の芯線間に抵抗を挿入し、同軸線束2の各々の線間の交叉要素16とする。
図9は、
図4に示した構成に交叉要素16A、16Bを配設した場合の概略図である。交叉要素16Aは、抵抗素子R1に接続された同軸線束2と、抵抗素子R2に接続された同軸線束2とを接続する抵抗値が例えば240Ωの素子である。また、交叉要素16Bは、抵抗素子R2に接続された同軸線束2と、抵抗素子R3に接続された同軸線束2とを接続する抵抗値が例えば100Ωの素子である。交叉要素16A、16Bにより、直接測定するSパラメータに非対角要素を導入することにより、Dsにも非対角要素を導入する。
【0055】
かかる非対角要素の変化を見るため、Dsの絶対値の行列を、その最大対角要素で正規化した行列を比較すると、
図10(A)に示したような交叉要素16がない場合に比べ、
図10(B)に示したような交叉要素16がありの場合は非対角要素が5割以上大きいか、ほぼ同等という関係になっている。
【0056】
交叉要素16を有する場合について測定し、その固有値偏差正規化ノルムを算出した結果を
図11に示す。
図8と比較すると、130MHz以上の値が大きく低減していることが分かる。
【0057】
さらに、交叉要素16を有する場合の測定結果から推定したハーネス特性推定結果を
図12に示す。
図7と比べると、波形の乱れが大きく軽減していることが分かる。
【0058】
以上のように、ハーネス特性を推定する目的は、ECU基板である浮遊部品10で生じる電磁ノイズが測定対象ハーネス32経由で試験アンテナ50に伝搬する特性を計算可能とし、浮遊部品10に変更が生じた際に、その特性取得のみで試験アンテナ50へのノイズ伝搬を推定可能とすることで、実車試験のやり直しを不要とすることが可能となる。
【0059】
交叉要素16を有しない場合で推定したハーネス特性により試験アンテナ50へのノイズ伝搬を推定した結果を
図13に示す。
図13は、130MHz以上で波形の乱れが大きく、実際に試験した特性との乖離も大きい。これに対して、
図14に示した、交叉要素16ありの場合に推定したハーネス特性により、試験アンテナ50へのノイズ伝搬を推定した結果では、波形の乱れが軽減され、実試験特性との乖離も小さくなっている。
【0060】
以上説明したように、本実施形態によれば、測定治具で高周波特性を予め推定した後、測定治具に接続した測定対象ハーネス32の高周波特性を測定する。測定した測定対象ハーネス32の高周波特性から、測定治具の高周波特性を演算除去することにより、測定対象ハーネス32の高周波特性を得ることができる。
【0061】
しかしながら、測定治具の特性を推定する際に、近端24における測定のSパラメータより定まる行列Dsの固有値と、既知負荷14の反射係数より定まる行列DLの固有値とが乖離する帯域が存在し、かかる帯域では測定対象の電気的特性の正しい推定が困難であった。本実施形態では、行列Dsを対角化する対角化行列としてSauを求めるが、行列Dsが既に対角優位であると、対角化演算が小さい差を元に行なうことになり、対角化行列算出計算が測定誤差や計算誤差に敏感となり、計算結果の精度が損なわれ易くなるからである。
【0062】
本実施形態では、同軸線束2の芯線間に抵抗を挿入し、同軸線束2の各々の線間の交叉要素16とした。かかる交叉要素16の挿入により、直接測定するSパラメータに非対角要素を導入し、行列Dsにも非対角要素を導入できる。
【0063】
また、本実施形態では、交叉要素の抵抗値を変えることで、逆問題計算時の行列の非対角要素が異なるようにし、測定対象の高周波特性の計算精度を向上させることができる。さらに、交叉要素として抵抗器を接続することなく、フェライトコアに同軸線束2の芯線を巻いて相互インダクタンスを設けることで交叉要素とすることも可能である。
【0064】
[第2実施形態]
続いて本発明の第2実施形態について説明する。本実施形態では、
図3に示した構成に代えて、
図15のように同時に試験アンテナ50を接続した際に、同軸線束2から放射される電磁波を試験アンテナ50で受信し、計測器4で測定する。
【0065】
本実施形態でも、浮遊部品10に既知負荷14を、
図4に示したように取り付ける。既知負荷14のインピーダンスは、
図5と同じである。
【0066】
かかる場合に、測定治具は
図16のように7ポート回路とみなすことができ、そのS行列は、近端24のポートをa、遠端22のポートをbと表記すると、
図16に示したように4つの部分行列に分離して表すことができる。ここで、Saaは4×4、Sauは4×3、Suuは3×3の行列である。
【0067】
後の処理は第1実施形態と同じであるが、逆行列が存在しない場合、代わりに一般化逆行列を用いて 計算を行なう場合が生じる。近端24における測定のSパラメータより定まる行列Dsは4×4行列で固有値が4つ存在する。また、既知負荷14の反射係数より定まる行列DLは、3×3行列で固有値が3つ存在する。本実施形態では、行列Dsの固有値のうち、行列DLの固有値に近い値を3つを選んで解析する。
【0068】
以上説明したように、計測時には同軸線束2からの放射又は誘導が存在するが、本実施形態では、その放射又は誘導を試験アンテナ50で受信して利用することにより、測定の情報量を増し、測定精度を上げている。
【0069】
本実施形態では、直接測定するポート数が、第1実施形態の3から4に増えたことで、情報が増し、より正確な計算が可能となる。
【0070】
[第3実施形態]
本実施形態では、同軸線束2の特性を推定するのを目的とする。計測器4で直接測定したSパラメータを用いて推定計算をするため、Sパラメータの誤差が大きくなると、推定結果の誤差が大きくなるほか、行列Dsの各固有値と対応する行列DLの固有値の乖離が大きくなり、推定原理が成立しなくなる。
【0071】
Sパラメータの測定誤差が大きくなるのは、同軸線束2の共振周波数近傍で、周辺の条件変化によって敏感に測定値が変動する場合に生じやすくなる。従って、かかる共振が生じにくくすることが有効である。
【0072】
同軸線束2は接地領域100との距離が離れていたり、距離が一定でない場合もあるが、本実施形態では、距離が一定の均一伝送線路と見なせるものとして考える。
【0073】
かかる場合、伝送線路上の伝搬は伝送線路のモードとして解析するのが合理的であり、Sパラメータ測定時の近端24への入射モード電力波をa
m,反射モード電力波をb
mとすると、下記の式(6)のような関係式が成り立つ。
【0074】
上記の式(6)において、Sml、Sm2の各々は近端24及び遠端22のモード反射係数行列であり、γはモード伝搬定数よりなる対角行列であり、dは線路長、Iは単位行列である。近端24において、同軸線束2の各芯線については整合負荷を、同軸線束2のシールド線の各々についてはショートを伝送線路導体の端末負荷とし、その負荷行列をモード変換することでSmlは求められる。また、遠端22において、同軸線束2の各芯線については、芯線に接続する既知負荷14を、各シールドについてはオープンを伝送線路導体の端末負荷とし、その負荷行列をモード変換することでSm2は求められる。
【0075】
本実施形態でモードの共振が生じるのは、上記の式(6)において近端24と遠端22との多重反射(無限級数)を表す逆行列のいずれかの対角要素が発散に近付くときである。
【0076】
かかる発散は、行列積Sm2Sm1が対角優位となる場合に生じる。従って、発散を避けるには、行列積Sm2Sm1の非対角要素を増やす、すなわち、近端24及び遠端22の両端末での多重反射によるモード変換を増やすのが有効である。
【0077】
本実施形態では、
図17に示したように、近端24において、遠端22の交叉要素16及び既知負荷14の合成インピーダンスを前記複数の信号導体のコモンモード特性インピーダンス基準でSパラメータ変換した値に対して正負変換したSパラメータを有する近端既知負荷114を備え、近端既知負荷114で各導体とGND拡張金具間を接続する。かかる構成により、近端24及び遠端22の両端末での多重反射によるモード変換が大きくなるようにして治具ケーブルでのモード共振を抑制することができる。
【0078】
以上説明したように、本実施形態では、測定用線路である同軸線束2を均一伝送線路で近似して考え、線路と両端末反射よりなる多重反射が共振状態とならないように端末反射を操作することができる。
【0079】
[第4実施形態]
本実施形態では、第3実施形態と同様に、同軸線束2を均一伝送線路に近似して考え、モード共振を回避することを目指す。本実施形態では、行列積S
m2S
m1が対角優位となる場合でも、線長dを、Sパラメータ測定時の近端24への反射モード電力波b
mの式(6)が含む下記の式(7)と、式(7)の各対角要素の位相が180゜近くなるように線長dを選ぶことで共振を回避できる。
【0080】
線長dを変更することが難しい場合は、複数の治具を用いて、同軸線束2の各々の線長dが異なるようにする。各測定周波数で、いずれかの治具が共振しないように組み合わせる。そして、推定後のハーネス特性から精度の良い帯域を抽出して合成することで、全帯域で良好な特性を得ることができる。
【0081】
第1実施形態の実車の系では、近端24において同軸線束2のシールド線は接地、遠端22において同軸線束2のシールド線はオープン(開放)、芯線は浮遊部品10に接続でほぼオープンであり、治具3線は同一の線材が密着して束ねられていることから伝搬モードはコモンモードが主体で、その伝搬時間2.4nsec/mとなっている。
【0082】
これより、線長29cmと39cmでコモンモード共振周波数が異なることが予想される。
【0083】
図18(A)は線長29cm相当の治具における周波数に対するS45の変化を示した概略図であり、
図18(B)は線長29cm相当の治具における周波数に対する位相の変化を示した概略図である。また、
図19(A)は線長39cmの治具における周波数に対するS45の変化を示した概略図であり、
図18(B)は線長39cm相当の治具における周波数に対する位相の変化を示した概略図である。
図18及び
図19によると、この線長が異なる2つの治具の共振周波数が概ね重ならないようになっていることが分かる。
【0084】
以上説明したように、本実施形態は、測定用線路である同軸線束2を均一伝送線路に近似して考え、線路と両端末反射よりなる多重反射が共振状態とならないような治具が1つは存在するように複数の治具の線路長を定める。
【0085】
なお、特許請求の範囲に記載の「第1行列」は、発明の詳細な説明に記載の「行列Ds」に、特許請求の範囲に記載の「第2行列」は、発明の詳細な説明に記載の「行列DL」に各々相当する。
【符号の説明】
【0086】
2 同軸線束
4 計測器
10 浮遊部品
12 測定端子
14 既知負荷
16、16A、16B 交叉要素
20 計測ケーブル
22 遠端
24 近端
32 測定対象ハーネス
50 試験アンテナ
100 接地領域
110 ローカルグランド
114 近端既知負荷
222 信号導体
DL 行列
Ds 行列
R1、R2、R3 抵抗素子
d 線長