(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024036983
(43)【公開日】2024-03-18
(54)【発明の名称】信号処理装置、駆動制御装置、及び、走査型プローブ顕微鏡
(51)【国際特許分類】
G01Q 10/06 20100101AFI20240311BHJP
G01Q 60/32 20100101ALI20240311BHJP
【FI】
G01Q10/06
G01Q60/32
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022141581
(22)【出願日】2022-09-06
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、「高速原子間力顕微鏡1分子計測の高度化と情報化支援」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願 令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、「高速AFMを用いたSMC複合体の力学機構の解明」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【弁理士】
【氏名又は名称】新居 広守
(72)【発明者】
【氏名】古寺 哲幸
(72)【発明者】
【氏名】巽 和真
(72)【発明者】
【氏名】梅田 健一
(72)【発明者】
【氏名】安藤 敏夫
(57)【要約】
【課題】従来よりも走査速度を高速化することができる信号処理装置等を提供する。
【解決手段】信号処理装置は、アクチュエータの駆動に用いられる入力信号Uinを駆動信号Uoutに変換する信号処理装置であって、アクチュエータの周波数特性を表す実伝達関数を模擬する模擬伝達関数M
1(s)を用いて、入力信号Uinに基づく信号(例えば、駆動信号Uout)に模擬伝達関数M
1(s)の処理を施す模擬伝達関数処理部91を有する信号処理部70と、模擬伝達関数処理部91から出力された出力信号Umに基づく第3信号(例えば、出力信号Um)を微分する微分器74とを備える。駆動信号Uoutは、微分され出力信号Umと、駆動信号Uout及び出力信号Umに基づく第4信号とを用いて、入力信号Uinを変換した信号である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクチュエータの駆動に用いられる第1信号を第2信号に変換する信号処理装置であって、
前記アクチュエータの周波数特性を表す実伝達関数を模擬する第1模擬伝達関数を用いて、前記第1信号に基づく信号に、前記第1模擬伝達関数の処理を施す第1模擬伝達関数処理部を有する信号処理部と、
前記第1模擬伝達関数処理部から出力された信号に基づく第3信号を微分する第1微分処理部とを備え、
前記第2信号は、微分された前記第3信号と、前記第1信号に基づく信号及び前記第3信号に基づく第4信号とを用いて、前記第1信号を変換した信号である
信号処理装置。
【請求項2】
前記第1信号に基づく信号は、前記第2信号であり、
前記第3信号は、前記第1模擬伝達関数処理部から出力された信号である
請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項3】
前記アクチュエータの一面は、本体部に固定されており、
前記信号処理部は、さらに、前記第2信号に第2模擬伝達関数の処理を施す第2模擬伝達関数処理部であって、前記第1模擬伝達関数処理部と並列に設けられる第2模擬伝達関数処理部を有し、
前記第1模擬伝達関数及び前記第2模擬伝達関数は、前記一面が固定された前記アクチュエータの実伝達関数を模擬する関数であり、
前記第1信号に基づく信号は、前記第2信号であり、
前記第3信号は、前記第1模擬伝達関数処理部及び前記第2模擬伝達関数処理部のそれぞれから出力された信号を加算した信号である
請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項4】
前記アクチュエータの一面の4隅は、本体部に固定されており、
前記第3信号は、前記第1模擬伝達関数処理部から出力された信号であり、
前記第1信号に基づく信号は、微分された前記第3信号及び前記第4信号を前記第1信号に加算した信号であり、
前記信号処理装置は、さらに、
前記第1信号に基づく信号に基づく前記第2信号に第2模擬伝達関数の処理を施す第2模擬伝達関数処理部と、
前記第2模擬伝達関数処理部から出力された第5信号を微分する第2微分処理部とを備え、
前記第1模擬伝達関数及び前記第2模擬伝達関数は、前記一面の4隅が固定された前記アクチュエータの実伝達関数を模擬する関数であり、
前記第2信号は、さらに、微分された前記第5信号と、前記第2信号及び前記第5信号に基づく第6信号とを用いて、前記第1信号を変換した信号である
請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項5】
前記信号処理部は、前記第2信号に第2模擬伝達関数の処理を施す第2模擬伝達関数処理部であって、前記第1模擬伝達関数処理部と並列に設けられる第2模擬伝達関数処理部を有し、
前記第3信号は、前記第1模擬伝達関数処理部及び前記第2模擬伝達関数処理部のそれぞれから出力された信号を加算した信号であり、
前記第1信号に基づく信号は、微分された前記第3信号及び前記第4信号を前記第1信号に加算した信号であり、
前記信号処理装置は、さらに、
前記第1信号に基づく信号に基づく前記第2信号に第3模擬伝達関数の処理を施す第3模擬伝達関数処理部と、
前記第3模擬伝達関数処理部から出力された第5信号を微分する第2微分処理部とを備え、
前記第2信号は、さらに、微分された前記第5信号と、前記第3信号及び前記第5信号に基づく第6信号とを用いて、前記第1信号を変換した信号である
請求項1に記載の信号処理装置。
【請求項6】
前記信号処理部は、さらに
前記第1信号に基づく信号と前記第3信号との差分を示す差分信号を出力する差分処理部と、
前記差分処理部から出力された前記差分信号を増幅した増幅信号を出力するゲイン付与部と、
微分された前記第3信号及び前記増幅信号を前記第1信号に加算することで前記第1信号に基づく信号を生成する付加処理部とを有する
請求項1~5のいずれか1項に記載の信号処理装置。
【請求項7】
請求項1~5のいずれか1項に記載の信号処理装置と、
前記信号処理装置からの前記第2信号を駆動信号として制御されるアクチュエータとを備える
駆動制御装置。
【請求項8】
請求項7に記載の駆動制御装置と、
前記アクチュエータ及び前記アクチュエータが固定される本体部を有するスキャナと、
前記本体部に固定され、被検査物を保持するステージと、
前記ステージに保持される前記被検査物に近接して配置されるカンチレバーとを備え、
前記スキャナは、前記ステージを走査するときに、前記第2信号に基づいて、前記カンチレバーと前記被検査物との距離を一定に保つように制御される
走査型プローブ顕微鏡。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、信号処理装置、駆動制御装置、及び、走査型プローブ顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、走査型プローブ顕微鏡(SPM:Scanning Probe Microscope)として、例えば、原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)が知られている。AFMは、例えば、生体分子のナノ機能動態を観察するための技術として期待されている。
【0003】
従来提案されている典型的なAFMは、プローブ(探針)を自由端に持つカンチレバーと、試料ステージを走査するスキャナとを備え、カンチレバーの変位を検知して、プローブとスキャナとの間隔(Z方向の距離)を一定に保つようにZスキャナ(スキャナのZ方向)を制御する。このようなAFMでは、走査速度の向上による高速化が重要な課題の一つである。特に、上述したように生体分子の機能動態を観察する場合には短時間での観察が必要であり、そのためにZスキャナの移動を高速化することが望まれる。そのようなAFMとして、例えば、特許文献1に開示されているAFMが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に開示されているAFMは、走査速度の高速化において改善の余地がある。
【0006】
そこで、本開示は、従来よりも走査速度の高速化することができる信号処理装置、駆動制御装置、及び、走査型プローブ顕微鏡を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一形態に係る信号処理装置は、アクチュエータの駆動に用いられる第1信号を第2信号に変換する信号処理装置であって、前記アクチュエータの周波数特性を表す実伝達関数を模擬する第1模擬伝達関数を用いて、前記第1信号に基づく信号に、前記第1模擬伝達関数の処理を施す第1模擬伝達関数処理部を有する信号処理部と、前記第1模擬伝達関数処理部から出力された信号に基づく第3信号を微分する第1微分処理部とを備え、前記第2信号は、微分された前記第3信号と、前記第1信号に基づく信号及び前記第3信号に基づく第4信号とを用いて、前記第1信号を変換した信号である。
【0008】
本開示の一形態に係る駆動制御装置は、上記の信号処理装置と、前記信号処理装置からの前記第2信号を駆動信号として制御されるアクチュエータとを備える。
【0009】
本開示の一形態に係る走査型プローブ顕微鏡は、駆動制御装置と、前記アクチュエータ及び前記アクチュエータが固定される本体部を有するスキャナと、前記本体部に固定され、被検査物を保持するステージと、前記ステージに保持される前記被検査物に近接して配置されるカンチレバーとを備え、前記スキャナは、前記ステージを走査するときに、前記第2信号に基づいて、前記カンチレバーと前記被検査物との距離を一定に保つように制御される。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、従来よりも走査速度の高速化することができる信号処理装置等を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、実施の形態に係る原子間力顕微鏡の構成を模式的に示す図である。
【
図2】
図2は、実施の形態に係る信号処理部の構成を示す図である。
【
図3】
図3は、実施の形態に係るZスキャナの周波数特性(位相特性)を示す図である。
【
図4】
図4は、実施の形態に係るZスキャナの周波数特性(ゲイン特性)を示す図である。
【
図5】
図5は、共振周波数が1.2MHzであるZスキャナに実施の形態に係る信号処理部を適用した場合の周波数特性を示す図である。
【
図6】
図6は、実施の形態の変形例1に係るZスキャナの構成及び周波数特性等の第1例を示す図である。
【
図7A】
図7Aは、実施の形態の変形例1に係る信号処理部の構成の第1例を示す図である。
【
図7B】
図7Bは、実施の形態の変形例1に係るZスキャナの周波数特性の第1例を示す図である。
【
図8】
図8は、実施の形態の変形例1に係るZスキャナの構成及び周波数特性等の第2例を示す図である。
【
図9A】
図9Aは、実施の形態の変形例1に係る信号処理部の構成の第2を示す図である。
【
図9B】
図9Bは、実施の形態の変形例1に係るZスキャナの周波数特性の第2例を示す図である。
【
図10】
図10は、実施の形態の変形例2に係るZスキャナの周波数特性を示す図である。
【
図11】
図11は、実施の形態の変形例2に係るZスキャナの等価回路を示す図である。
【
図12A】
図12Aは、実施の形態の変形例2に係る信号処理部の構成を示す図である。
【
図12B】
図12Bは、実施の形態の変形例2に係るZスキャナの周波数特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(本開示に至った経緯)
原子間力顕微鏡の走査速度を向上する上で最も性能向上が難しいデバイスは、試料ステージをZ方向に走査するZスキャナである。従来の一般的なZスキャナは、ピエゾ素子などの圧電変換素子(圧電素子)で構成されている。カンチレバーはミクロな大きさを有するのに対して、Zスキャナはマクロな大きさを有するため、Zスキャナの共振周波数を上げることは難しい。そのため、望ましくない振動を起こさないためには、Zスキャナの共振周波数よりも低い周波数で走査を行わなければならない。このように、原子間力顕微鏡の高速化にとってはZスキャナがボトルネックになっている。なお、Zスキャナは以下で説明する信号処理装置の制御対象であり、以降においてZスキャナのことを制御対象とも記載する。
【0013】
従来、Zスキャナの共振周波数の向上は、機械部品の開発により行われているが、機械部品による共振周波数の向上はすでに限界に達している。
【0014】
また、Zスキャナの状況(変位、速度、加速度等)に応じてダンピングを働かせるアクティブダンピングという制御技術が広く使われている。アクティブダンピングを使うと、制御対象の共振を除去あるいは軽減することができる。アクティブダンピングの一種として、Q値(Quality Factor)制御法が知られている。Q値制御法は、制御対象から検出される振動信号を微分し、正負の符号を反転させたものを駆動信号に加えることにより、みかけ上の粘性抵抗を増大させてダンピングを行う。Q値とは、共振スペクトルの鋭さを表す量である。共振系にかかる粘性抵抗が小さいほどQ値は大きくなり、逆に粘性抵抗が大きいほどQ値は小さくなる。従来使用されてきたQ値制御法では、Qの低下しか実現できない。
【0015】
上記のように、Zスキャナの共振周波数の向上、及び、Q値の低下のいずれか一方のみを制御することは従来から行われているが、原子間力顕微鏡の走査速度をさらに向上させるためには、Zスキャナの共振周波数の向上、及び、Q値の低下の両方を実現することが望まれる。しかしながら、特許文献1には、スキャナの共振周波数の向上、及び、Q値の低下の両方を実現する技術については開示されていない。
【0016】
そこで、本願発明者らは、Zスキャナの共振周波数の向上、及び、Q値の低下によりZスキャナの移動を高速化させることで、原子間力顕微鏡の走査速度を高速化することができる信号処理装置等について鋭意検討を行い、以下に示す信号処理装置等を創案した。
【0017】
本開示の一態様に係る信号処理装置は、アクチュエータの駆動に用いられる第1信号を第2信号に変換する信号処理装置であって、前記アクチュエータの周波数特性を表す実伝達関数を模擬する第1模擬伝達関数を用いて、前記第1信号に基づく信号に、前記第1模擬伝達関数の処理を施す第1模擬伝達関数処理部を有する信号処理部と、前記第1模擬伝達関数処理部から出力された信号に基づく第3信号を微分する第1微分処理部とを備え、前記第2信号は、微分された前記第3信号と、前記第1信号に基づく信号及び前記第3信号に基づく第4信号とを用いて、前記第1信号を変換した信号である。
【0018】
これにより、信号処理装置は、第1模擬伝達関数処理部を有することで、アクチュエータ(例えば、Zスキャナ)の共振周波数を高い方向へシフトさせることができ、かつ、第1微分処理部を有することでQ値を低下させることができるので、共振周波数の向上、及び、Q値の低下の両方を実現することができる。つまり、信号処理装置は、Zスキャナの移動を高速化させることができる。よって、例えば、信号処理装置が走査型プローブ顕微鏡に用いられることで、従来よりも走査型プローブ顕微鏡の走査速度を高速化することができる。
【0019】
また、例えば、前記第1信号に基づく信号は、前記第2信号であり、前記第3信号は、前記第1模擬伝達関数処理部から出力された信号であってもよい。
【0020】
これにより、第1模擬伝達関数処理部により周波数特性が一次共振のみを有するアクチュエータの等価回路が構成されるので、信号処理装置は、当該周波数特性を有するZスキャナの移動を効果的に高速化させることができる。よって、例えば、信号処理装置が走査型プローブ顕微鏡に用いられることで、従来よりも走査型プローブ顕微鏡の走査速度を効果的に高速化することができる。
【0021】
また、例えば、前記アクチュエータの一面は、本体部に固定されており、前記信号処理部は、さらに、前記第2信号に第2模擬伝達関数の処理を施す第2模擬伝達関数処理部であって、前記第1模擬伝達関数処理部と並列に設けられる第2模擬伝達関数処理部を有し、前記第1模擬伝達関数及び前記第2模擬伝達関数は、前記一面が固定された前記アクチュエータの実伝達関数を模擬する関数であり、前記第1信号に基づく信号は、前記第2信号であり、前記第3信号は、前記第1模擬伝達関数処理部及び前記第2模擬伝達関数処理部のそれぞれから出力された信号を加算した信号であってもよい。
【0022】
これにより、アクチュエータが本体部の一面と固定されている場合、つまりアクチュエータの周波数特性が二次共振を含む場合であっても、第1模擬伝達関数処理部及び第2模擬伝達関数処理部により当該アクチュエータの等価回路が構成されるので、信号処理装置は、当該周波数特性を有するZスキャナの移動を効果的に高速化させることができる。よって、例えば、信号処理装置が走査型プローブ顕微鏡に用いられることで、従来よりも走査型プローブ顕微鏡の走査速度を効果的に高速化することができる。
【0023】
また、例えば、前記アクチュエータの一面の4隅は、本体部に固定されており、前記第3信号は、前記第1模擬伝達関数処理部から出力された信号であり、前記第1信号に基づく信号は、微分された前記第3信号及び前記第4信号を前記第1信号に加算した信号であり、前記信号処理装置は、さらに、前記第1信号に基づく信号に基づく前記第2信号に第2模擬伝達関数の処理を施す第2模擬伝達関数処理部と、前記第2模擬伝達関数処理部から出力された第5信号を微分する第2微分処理部とを備え、前記第1模擬伝達関数及び前記第2模擬伝達関数は、前記一面の4隅が固定された前記アクチュエータの実伝達関数を模擬する関数であり、前記第2信号は、さらに、微分された前記第5信号と、前記第2信号及び前記第5信号に基づく第6信号とを用いて、前記第1信号を変換した信号であってもよい。
【0024】
これにより、アクチュエータが本体部の一面の4隅と固定されている場合であっても、第1模擬伝達関数処理部及び第2模擬伝達関数処理部により当該アクチュエータの等価回路が構成されるので、信号処理装置は、当該周波数特性を有するZスキャナの移動を効果的に高速化させることができる。よって、例えば、信号処理装置が走査型プローブ顕微鏡に用いられることで、従来よりも走査型プローブ顕微鏡の走査速度を効果的に高速化することができる。
【0025】
また、例えば、前記信号処理部は、前記第2信号に第2模擬伝達関数の処理を施す第2模擬伝達関数処理部であって、前記第1模擬伝達関数処理部と並列に設けられる第2模擬伝達関数処理部を有し、前記第3信号は、前記第1模擬伝達関数処理部及び前記第2模擬伝達関数処理部のそれぞれから出力された信号を加算した信号であり、前記第1信号に基づく信号は、微分された前記第3信号及び前記第4信号を前記第1信号に加算した信号であり、前記信号処理装置は、さらに、前記第1信号に基づく信号に基づく前記第2信号に第3模擬伝達関数の処理を施す第3模擬伝達関数処理部と、前記第3模擬伝達関数処理部から出力された第5信号を微分する第2微分処理部とを備え、前記第2信号は、さらに、微分された前記第5信号と、前記第3信号及び前記第5信号に基づく第6信号とを用いて、前記第1信号を変換した信号であってもよい。
【0026】
これにより、アクチュエータの周波数特性が三次共振を含む場合であっても、第1模擬伝達関数処理部、第2模擬伝達関数処理部及び第3模擬伝達関数処理部により当該アクチュエータの等価回路が構成されるので、信号処理装置は、当該周波数特性を有するZスキャナの移動を効果的に高速化させることができる。よって、例えば、信号処理装置が走査型プローブ顕微鏡に用いられることで、従来よりも走査型プローブ顕微鏡の走査速度を効果的に高速化することができる。
【0027】
また、例えば、前記信号処理部は、さらに前記第1信号に基づく信号と前記第3信号との差分を示す差分信号を出力する差分処理部と、前記差分処理部から出力された前記差分信号を増幅した増幅信号を出力するゲイン付与部と、微分された前記第3信号及び前記増幅信号を前記第1信号に加算することで前記第1信号に基づく信号を生成する付加処理部とを有してもよい。
【0028】
これにより、付加処理部と、差分処理部と、ゲイン付与部とを有する信号処理部により、アクチュエータの共振周波数を高い方向へシフトさせることができる。
【0029】
また、本開示の一態様に係る駆動制御装置は、上記の信号処理装置と、前記信号処理装置からの前記第2信号を駆動信号として制御されるアクチュエータとを備える。
【0030】
これにより、駆動制御装置は、アクチュエータのZ方向の移動を高速化することができる。よって、例えば、本開示の一態様に係る駆動制御装置が走査型プローブ顕微鏡に用いられることで、Zスキャナの移動を高速化することができるので、従来よりも走査型プローブ顕微鏡の走査速度を高速化することができる。
【0031】
また、本開示の一態様に係る走査型プローブ顕微鏡は、駆動制御装置と、前記アクチュエータ及び前記アクチュエータが固定される本体部を有するスキャナと、前記本体部に固定され、被検査物を保持するステージと、前記ステージに保持される前記被検査物に近接して配置されるカンチレバーとを備え、前記スキャナは、前記ステージを走査するときに、前記第2信号に基づいて、前記カンチレバーと前記被検査物との距離を一定に保つように制御される。
【0032】
これにより、従来よりもZスキャナの移動を高速化することができる走査型プローブ顕微鏡を実現することができる。これは、走査型プローブ顕微鏡の走査速度を高速化することに寄与する。
【0033】
なお、以下で説明する実施の形態等は、いずれも包括的又は具体的な例を示すものである。以下の実施の形態等で示される数値、形状、構成要素、構成要素の配置位置及び接続形態等は、一例であり、本開示を限定する主旨ではない。また、以下の実施の形態等における構成要素のうち、独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。
【0034】
また、各図は、模式図であり、必ずしも厳密に図示されたものではない。したがって、例えば、各図において縮尺などは必ずしも一致しない。また、各図において、実質的に同一の構成については同一の符号を付しており、重複する説明は省略又は簡略化する。
【0035】
また、本明細書において、等しい等の要素間の関係性を示す用語、及び、矩形等の要素の形状を示す用語、並びに、数値、及び、数値範囲は、厳格な意味のみを表す表現ではなく、実質的に同等な範囲、例えば数%程度(例えば、10%程度)の差異をも含むことを意味する表現である。
【0036】
また、本明細書において、X方向(X軸)、Y方向(Y軸)及びZ方向(Z軸)は、互いに直交する三方向(三次元直交座標系の三軸)を示している。XY方向は後述するステージの試料が配置される面上で互いに直交する方向であり、例えば、水平面上で互いに直交する方向である。Z方向は、ステージの試料が配置される面と直交する方向であり、例えば、鉛直方向である。Z方向は、例えば、試料の凹凸(高さ方向)である。
【0037】
また、本明細書において、「第1」、「第2」などの序数詞は、特に断りの無い限り、構成要素の数又は順序を意味するものではなく、同種の構成要素の混同を避け、区別する目的で用いられている。
【0038】
(実施の形態)
以下、本実施の形態に係る信号処理装置、駆動制御装置、及び、走査型プローブ顕微鏡について、
図1~
図5を参照しながら説明する。
【0039】
[1.原子間力顕微鏡の構成]
図1は、本実施の形態に係る原子間力顕微鏡1の構成を模式的に示す図である。なお、以下において、原子間力顕微鏡1をAFM1とも記載する。AFM1は、走査型プローブ顕微鏡の一例である。
【0040】
図1に示すように、AFM1は、レーザユニット10と、カンチレバー20と、ミラー30と、光センサ40と、振幅計測部50と、フィードバック制御部60と、信号処理部70と、スキャナ90と、ステージ100とを備える。信号処理部70と、スキャナ90が有するアクチュエータ又はスキャナ90とで、駆動制御装置が実現される。
【0041】
レーザユニット10、ミラー30及び光センサ40は、カンチレバー20の変位を検知するために設けられ、本実施の形態では光てこ式の変位センサを構成している。
【0042】
スキャナ90は、ステージ100をXYZ方向に走査するために設けられる。
【0043】
振幅計測部50及びフィードバック制御部60は、カンチレバー20の変位信号に基づいて当該カンチレバー20と試料O(被検査物の一例)との距離を一定に保つために設けられる。
【0044】
信号処理部70は、スキャナ90のZ方向の移動を高速化させるために設けられる。
【0045】
また、AFM1は、図示を省略しているが、カンチレバー20を保持して共振周波数付近の周波数で振動させる構成として、ホルダ、励振用ピエゾ素子及び発振器を備えていてもよい。また、AFM1は、図示を省略しているが、装置全体を制御するコンピュータと、コンピュータから出力される観察画像を表示するモニタとを備えていてもよい。
【0046】
レーザユニット10は、レーザ光Lをカンチレバー20に向けて照射する。
【0047】
カンチレバー20は、ステージ100に保持される試料Oに近接して配置される。カンチレバー20は、例えば窒化シリコン製であり、自由端にプローブ(探針)を有する。カンチレバー20は、ホルダによって保持されている。
【0048】
ミラー30は、レーザユニット10から出射されカンチレバー20で反射されたレーザ光Lを光センサ40に受光させるための光学系であり、カンチレバー20で反射されたレーザ光Lを光センサ40側に反射することで、当該レーザ光Lを光センサ40に受光させる。光学系は、ミラー30とともに、又は、ミラー30に替えてレンズ等を有していてもよい。
【0049】
光センサ40は、フォトダイオード等の受光素子で構成されており、ミラー30からのレーザ光Lを受光し、カンチレバー20の変位を表す変位信号を出力する。
【0050】
振幅計測部50は、光センサ40から入力される変位信号を処理してカンチレバー20の振幅を求める。検出された振幅値は、フィードバック制御部60へ出力される。
【0051】
フィードバック制御部60は、入力信号のための目標値と現実値との差をゼロに近づけるために、アクチュエータの駆動に用いられるフィードバック信号を生成する。フィードバック制御部60は、検出された現実値(例えば、振幅値)から目標値(例えば、振幅の目標値)を減算して偏差信号を生成する減算器と、偏差信号を増幅するPID(Proportional-Integral-Differential)回路とを備えており、これら構成によってフィードバック信号を生成する。
【0052】
フィードバック信号は、アクチュエータの駆動に用いられる信号であり、カンチレバー20と試料Oとの距離を一定に保つためのスキャナのZ方向の移動に用いられる。また、フィードバック信号はコンピュータに出力され、試料Oの画像の生成処理に用いられる。
【0053】
信号処理部70は、アクチュエータを用いてフィードバック制御を行う装置(本実施の形態では、AFM1)に挿入され、入力されるフィードバック信号を変換し変換された駆動信号Uoutをスキャナ90に出力する。本実施の形態では、信号処理部70は、フィードバック制御部60とスキャナ90との間に配置される。信号処理部70は、フィードバック制御部60から出力されたフィードバック信号の後処理を行う。
【0054】
信号処理部70は、アクチュエータの実伝達関数の逆伝達関数を生成するための構成(回路)を有する。信号処理部70は、AFM1に着脱可能に構成されてもよい。信号処理部70は、信号処理装置(信号処理回路)の一例である。
【0055】
スキャナ90は、アクチュエータとしてピエゾ素子(圧電素子)を有しており、ステージ100をXYΖ方向に動かして、試料Oをカンチレバー20に対して相対的に走査する。スキャナ90は、XY方向に駆動するXYスキャナと、Z方向に駆動するZスキャナとを有する。
【0056】
スキャナ90の駆動は、走査制御回路(図示しない)によって制御される。走査制御回路は、スキャナ90の駆動制御部に相当し、駆動信号をスキャナ90に出力する。スキャナ90では、駆動信号に従ってピエゾ素子の駆動回路が動作し、スキャナ90が駆動される。スキャナ90は、信号処理部70からの信号(後述する
図2に示す駆動信号Uout)に基づいて制御されるとも言える。
【0057】
なお、走査制御回路は、XY走査制御部とΖ移動制御部とを有する。XY走査制御部はスキャナ90のXY方向の駆動(移動)を制御し、Ζ移動制御部はスキャナ90のΖ方向の駆動(移動)を制御する。Ζ移動制御部は、信号処理部70を含んで構成される。
【0058】
ステージ100は、試料Oを保持する。ステージ100は、上面に試料Oを保持するように構成されるが、例えば、下面に試料Oを保持するように構成されてもよい。ステージ100は、スキャナ90(例えば、後述する
図8の(a)等に示す圧電素子90a)に固定される。
【0059】
次に、AFM1の全体的な動作を説明する。走査制御回路にコンピュータからXY方向の走査の制御信号が供給される。走査制御回路は制御信号に従ってスキャナ90の駆動を制御し、スキャナ90にXY方向の走査を行わせる。駆動制御では、駆動信号がスキャナ90の駆動回路に供給される。
【0060】
また、コンピュータは発振器へ励振強度(振幅)の指令値を供給する。発振器は、コンピュータの制御下で励振信号を生成して、励振信号を励振用ピエゾ素子へ供給する。励振信号に従って駆動回路が励振用ピエゾ素子を駆動し、カンチレバー20が共振周波数近傍の周波数で振動する。このようにして、カンチレバー20が振動した状態で、カンチレバー20と試料Oとが相対的にXY方向に走査される。
【0061】
XY走査中に、カンチレバー20のZ方向の移動が光センサ40により検出され、振幅計測部50によりカンチレバー20の振幅が計測される。そして、フィードバック制御部60は、検出された現実値と目標値との差分に応じたフィードバック信号を生成する。フィードバック信号は信号処理部70により変換され、変換された信号によりスキャナ90の駆動(移動)が制御される。このAFM1におけるフィードバック制御により、XY走査中におけるカンチレバー20と試料Oとの距離が一定に保たれる。
【0062】
このようにして、AFM1では、カンチレバー20と試料Oとの距離を一定に保つ制御を行いながら、XY走査が行われる。具体的には、スキャナ90は、ステージ100を走査(XY走査)するときに、駆動信号Uoutに基づいて、カンチレバー20と試料Oとの距離を一定に保つように制御される。
【0063】
Z方向の移動のためのフィードバック信号は、フィードバック制御部60からコンピュータにも供給される。フィードバック信号は、試料OのZ方向の高さに対応している。また、試料O上のXY方向の位置は、コンピュータが生成して走査制御回路に出力するXY走査の制御信号により特定される。コンピュータは、XY走査の制御データと、入力されるフィードバック信号とに基づいて、試料Oの表面の画像を生成してモニタに表示する。3次元画像が好適に生成され、表示される。
【0064】
ここで、信号処理部70の構成について、さらに
図2を参照しながら説明する。
図2は、本実施の形態に係る信号処理部70の構成を示す図である。なお、以降において「スキャナ90」との記載は、特に記載がない限りZスキャナのことを意味する。
【0065】
図2に示すように、信号処理部70は、制御ブロック80と微分器74とを備え、共振周波数の向上、及び、Q値の低下の両方を実現可能に構成される。
【0066】
制御ブロック80は、信号処理部70において主にスキャナ90の共振周波数を向上させる(高い方向にシフトさせる)ための構成であり、スキャナ90が有する実伝達関数の逆の伝達関数を生成することを目的とした信号処理回路である。制御ブロック80は、加算器71と、減算器72と、増幅器73とを有する。また、制御ブロック80は、共振周波数の制御のために、さらに模擬伝達関数処理部91を有する。
【0067】
加算器71は、増幅器73からの信号及び微分器74からの信号を、入力信号Uinに加算して減算器72及び模擬伝達関数処理部91に出力する。入力信号Uinは、フィードバック制御部60のフィードバック信号に基づく信号であり、第1信号の一例である。第1信号は、フィードバック信号であってもよい。増幅器73からの信号(増幅信号の一例)は、模擬伝達関数処理部91の入力信号と出力信号Umとの差分に基づく信号である。微分器74からの信号は、模擬伝達関数処理部91の出力信号Umに基づく信号である。加算器71は、第1付加処理部の一例である。
【0068】
なお、加算器71から出力される信号は、制御対象であるスキャナ90にも出力される。制御対象は実際の系であり、スキャナ90(例えば、スキャナ90及びステージ100)の系である。加算器71から出力される信号は、スキャナ90を駆動するための駆動信号Uoutである。駆動信号Uoutは、本実施の形態において、第2信号の一例である。また、模擬伝達関数処理部91の入力信号は、駆動信号Uoutである。
【0069】
減算器72は、加算器71から出力された駆動信号Uoutと、模擬伝達関数処理部91から出力された出力信号Umとの差分を算出し、当該差分を示す差分信号を増幅器73に出力する。減算器72には、駆動信号Uoutが直接供給される。つまり、減算器72と模擬伝達関数処理部91との間の信号経路上に、他の演算器(例えば、微分器、増幅器、加算器等)は設けられていない。また、減算器72は、微分器74と並列に接続され、増幅器73と直列に接続される。減算器72は、差分処理部の一例である。
【0070】
増幅器73は、減算器72から出力された差分信号を増幅した増幅信号を加算器71に出力する。増幅器73は、差分信号にゲインgを付与するとも言える。増幅信号は加算器71に供給され、入力信号Uinに加算される。増幅器73は、ゲイン付与部の一例である。
【0071】
減算器72及び増幅器73は、模擬伝達関数処理部91から加算器71までの一方のフィードバック信号経路上に配置される。
【0072】
模擬伝達関数処理部91は、アクチュエータの周波数特性を表す実伝達関数を模擬する模擬伝達関数M(s)を用いて、駆動信号Uoutに模擬伝達関数M(s)の処理を施す回路である。模擬伝達関数M(s)は、制御対象の実際の周波数特性を表す実伝達関数を模擬する関数である。模擬伝達関数M(s)は、例えば、スキャナ90の実伝達関数(例えば、ピエゾ素子等のアクチュエータの実伝達関数)を模擬する関数であり、スキャナ90の実伝達関数が測定され、測定結果に合うように模擬伝達関数M(s)が作成される。また、スキャナ90の実伝達関数が予め理論的にわかっている場合、そのような既知の伝達関数が回路で実現されてもよい。
【0073】
模擬伝達関数M(s)がスキャナ90の伝達関数と同等であれば、模擬伝達関数処理部91の出力信号Umは、スキャナ90を有する実際の系の動作に等しくなる。本実施の形態において、模擬伝達関数M(s)は、スキャナ90の伝達関数と同等なように構成されている。なお、模擬伝達関数処理部91の出力信号Umは、アクチュエータの変位(スキャナ90の移動)を示す信号である。出力信号Umは、模擬伝達関数処理部91から出力された信号に基づく信号であり、第3信号の一例である。つまり、本実施の形態では、第3信号は、模擬伝達関数処理部91から出力された信号である。
【0074】
上記のような制御ブロック80は、模擬伝達関数M(s)の逆伝達関数を生成することを目的として構成されているが、現実的には回路の遅れにより、共振周波数を向上させることはできるが、Q値も上昇してしまう。そこで、本実施の形態では、Q値を減少させるために新たに微分器74を追加している。
【0075】
微分器74は、信号処理部70において主に共振のQ値を減少させるための構成(微分回路)であり、模擬伝達関数処理部91から加算器71までの他方のフィードバック信号経路上に配置され、模擬伝達関数処理部91からの出力信号Umを微分して加算器71に戻す。微分器74は出力信号Umの微分値を示す微分信号を出力するとも言える。D(s)は、微分器74の伝達関数である。微分器74は、第1微分処理部(第1微分要素)の一例である。
【0076】
微分器74及び減算器72には、共通の出力信号Umが供給される。また、微分器74の出力信号は、加算器71に直接供給される。つまり、微分器74と加算器71との間の信号経路上に、他の演算器(例えば、減算器、増幅器、加算器等)は設けられていない。
【0077】
このように、信号処理部70は、微分された出力信号Umと、駆動信号Uout及び出力信号Umに基づく第4信号(例えば、増幅信号)とを用いて、入力信号Uinを変換した駆動信号Uoutを生成し、生成した駆動信号Uoutを出力するように構成される。
【0078】
上記のように構成される信号処理部70の入力信号Uin及び駆動信号Uoutの比(Uin/Uout=K(s))は、以下の式1で表される。
【0079】
K(s)=1/((g-D(s))×M(s)+1-g) ・・・(式1)
K(s)は、信号処理部70の伝達関数を示す。
【0080】
[2.効果等]
上記のように構成される信号処理部70を用いた場合のスキャナ90の周波数特性について、
図3~
図5を参照しながら説明する。
図3は、本実施の形態に係るZスキャナ(スキャナ90)の周波数特性(位相特性)を示す図である。
図3の縦軸は位相を示し、横軸は周波数を示す。
図4は、本実施の形態に係るZスキャナ(スキャナ90)の周波数特性(ゲイン特性)を示す図である。
図4の縦軸はゲインを示し、横軸は周波数を示す。なお、
図3及び
図4に示す比較例は、信号処理部70を備えていないAFMを用いた場合のスキャナの周波数特性を示す。
【0081】
図3~
図5では、本実施の形態における結果を実線で示し、比較例における結果を破線で示している。また、本明細書において、共振周波数は、入力に対して位相が90°遅れるときの周波数を意味する。また、本明細書において、Q値は、入力に対して位相が90°遅れるときの周波数に対応するゲインを意味する。ゲインの0dBがQ値の「1」に対応する。
【0082】
図3に示すように、比較例では、共振周波数が190kHzであるのに対し、本実施の形態では、共振周波数が330kHzであり、共振周波数が大幅に上昇していることがわかる。
【0083】
図4に示すように、比較例では、ゲインがおよそ10dBであるのに対し、本実施の形態では、ゲインがおよそ1dBであり、ゲインが大幅に低下していることがわかる。
【0084】
これにより、機械部品を変更することなく、応答時間(走査速度)を大幅に短縮することが可能となる。応答時間をTとすると、応答時間は以下の式2により表される。
【0085】
T=Qs/(π×fs) ・・・(式2)
なお、QsはQ値であり、fsは共振周波数である。
【0086】
式2に、
図3及び
図4で求められた共振周波数及びQ値を代入すると、比較例における応答時間Tは、およそ16.8μsec.であるのに対し、本実施の形態における応答時間Tは、およそ0.97μsec.であり、本実施の形態の信号処理部70によりスキャナ90のZ方向の移動の大幅な高速化が実現できている。つまり、信号処理部70をAFM1に設けることで、AFM1の走査速度をおよそ17倍も高速化することができる見込みである。
【0087】
また、1.2MHzの共振周波数を有するスキャナ90に対する応答時間Tについて、
図5を参照しながら説明する。
図5は、共振周波数が1.2MHzであるZスキャナ(スキャナ90)に本実施の形態に係る信号処理部70を適用した場合の周波数特性を示す図である。
図5では、位相特性及びゲイン特性を1つのグラフで示している。
【0088】
図5に示すように、共振周波数(入力に対して位相が90°遅れるときの周波数)は、比較例に対して本実施の形態の方が1.87MHzも高く、またQ値は、本実施の形態ではおよそ1dBである。この場合、式2によると、応答時間Tは、0.17μsec.であり、共振周波数が1.2MHzのスキャナ90に対してもZ方向の移動の高速化が実現できている。
【0089】
(実施の形態の変形例1)
上記実施の形態では、スキャナ90の周波数特性が一次共振のみを有する場合について説明したが、以下の各変形例では、他の周波数特性を有する場合の信号処理部の構成について説明する。本変形例の第1例では、スキャナ90の周波数特性が二次共振を有する場合について、
図6~
図9Bを参照しながら説明する。
図6は、本変形例に係るZスキャナ(スキャナ90)の構成及び周波数特性等の第1例を示す図である。
図6の(a)は、スキャナ90の構成を示す側面図である。圧電素子90aの上面にステージが配置される。なお、側面図は、Z方向と直交する方向から見た図である。
【0090】
図6の(a)に示すように、スキャナ90は、アクチュエータの一例である圧電素子90aと、圧電素子90aが固定される本体部90bとを有する。圧電素子90aは本体部90bに固定される(例えば、貼り付けられる)が、固定のされ方により、スキャナ90の周波数特性が変化し得る。本変形例の第1例では、
図6の(a)に示すような圧電素子90aの下面の全面が本体部90bに貼り付けられる場合について
図6~
図7Bを用いて説明し、本変形例の第2例では、圧電素子90aの下面の4隅のみが本体部90bに貼り付けられる場合(後述する
図8の(a)を参照)について
図8~
図9Bを用いて説明する。
【0091】
図6の(b)は、
図6の(a)のように構成されるスキャナ90の周波数特性を示す図である。
【0092】
図6の(b)に示すように、位相特性(実線)は、周波数が高くなるにつれ位相の遅れが大きくなるが、その後、位相の遅れが減少し、さらに周波数が高くなると再度位相の遅れが大きくなる。位相特性は、位相が一次共振の後で回復しているとも言える。このように、
図6の(a)に示す構成のスキャナ90は、周波数特性として二次共振(二次共振点又は二次共振周波数)を有する。
【0093】
図6の(c)は、
図6の(b)のような周波数特性を有するスキャナ90の等価回路を示す図である。
【0094】
図6の(c)に示すように、スキャナ90の等価回路は、並列に接続された第1模擬伝達関数処理部92及び第2模擬伝達関数処理部93と、加算器94とを有する。第1模擬伝達関数処理部92及び第2模擬伝達関数処理部93は、模擬伝達関数処理部を構成する。
【0095】
第1模擬伝達関数処理部92及び第2模擬伝達関数処理部93は、一次共振に加え二次共振を有する周波数特性を表す実伝達関数を模擬する模擬伝達関数の処理を実行する。
【0096】
第1模擬伝達関数処理部92は、第1模擬伝達関数M1(s)の処理を駆動信号Uoutに対して施す回路である。
【0097】
第2模擬伝達関数処理部93は、第1模擬伝達関数処理部92と並列に設けられ、第2模擬伝達関数M2(s)の処理を駆動信号Uoutに対して施す回路である。
【0098】
加算器94は、第1模擬伝達関数処理部92及び第2模擬伝達関数処理部93それぞれの出力信号を加算し、加算した信号を出力信号Umとして減算器72及び微分器74のそれぞれに出力する。
【0099】
第1模擬伝達関数M
1(s)及び第2模擬伝達関数M
2(s)は、
図6の(a)に示すスキャナ90の実伝達関数を模擬する関数である。例えば、第1模擬伝達関数M
1(s)及び第2模擬伝達関数M
2(s)は、下面が本体部90bに固定された圧電素子90aの実伝達関数を模擬する関数である。第1模擬伝達関数M
1(s)及び第2模擬伝達関数M
2(s)を加算した模擬伝達関数がスキャナ90の実伝達関数と同等であれば、加算器94から出力される出力信号Umは、スキャナ90を有する実際の系の動作に等しくなる。第1模擬伝達関数M
1(s)及び第2模擬伝達関数M
2(s)は、それぞれを加算した模擬伝達関数がスキャナ90の伝達関数と同等なように構成されている。例えば、第1模擬伝達関数M
1(s)及び第2模擬伝達関数M
2(s)の一方が一次共振を表す伝達関数であり、他方が二次共振を表す伝達関数であってもよい。
【0100】
図7Aは、本変形例に係る信号処理部70aの構成の第1例を示す図である。なお、
図7Aでは、制御ブロックを示す破線の図示を省略している。信号処理部70aの制御ブロックは、加算器71、減算器72、増幅器73、第1模擬伝達関数処理部92、第2模擬伝達関数処理部93及び加算器94を有する。当該制御ブロックは、信号処理部70aにおいて主にスキャナ90の共振周波数を向上させる(高い方向にシフトさせる)ための構成である。
【0101】
図7Aに示すように、本変形例の第1例に係る信号処理部70aは、実施の形態の信号処理部70(
図2を参照)の模擬伝達関数処理部91に替えて
図6の(c)に示す等価回路を有する。第1模擬伝達関数処理部92及び第2模擬伝達関数処理部93には、共通の駆動信号Uoutが入力される。第1模擬伝達関数処理部92からの出力信号、及び、第2模擬伝達関数処理部93からの出力信号が加算器94で加算され、出力信号Um(第3信号の一例)として減算器72及び微分器74のそれぞれに供給される。
【0102】
図7Bは、本変形例に係るZスキャナ(スキャナ90)の周波数特性の第1例を示す図である。
図7Bの(a)は、位相特性を示す図であり、
図7Bの(b)は、ゲイン特性を示す図である。
【0103】
図7Bの(a)に示すように、比較例における共振周波数は、およそ200kHzであるのに対し、本変形例の第1例における共振周波数は、およそ724kHzである。つまり、本変形例の第1例に係る信号処理部70aにより共振周波数を大幅に向上させることができる。
【0104】
図7Bの(b)に示すように、比較例におけるQ値は、およそ20dBであるのに対し、本変形例の第1例におけるQ値は、およそ-4.1dBである。つまり、本変形例の第1例に係る信号処理部70aによりQ値を大幅に低下させることができる。
【0105】
本変形例の第1例の信号処理部70aによれば、共振周波数の大幅な向上と、Q値の大幅な低下とを両立することができる。これにより、比較例における応答時間Tは16μsec.であるのに対し、本変形例の第1例における応答時間Tは、0.27μsec.であり、本変形例の第1例の信号処理部70aによりスキャナ90のZ方向の移動の大幅な高速化が実現できている。つまり、信号処理部70aをAFM1に設けることで、走査速度をおよそ60倍も高速化することができる見込みである。
【0106】
次に、圧電素子90aの下面の4隅のみが本体部90bに貼り付けられている場合について説明する。
図8は、本変形例に係るZスキャナ(スキャナ90)の構成及び周波数特性等の第2を示す図である。
図8の(a)は、スキャナ90の構成を示す側面図である。
【0107】
図8の(a)に示すように、スキャナ90は、アクチュエータの一例である圧電素子90aと、圧電素子90aが固定される本体部90bとを有する。
図8の(a)に示すように、側方から見た場合に、圧電素子90aの下面の両端(実際には、圧電素子90aの下面の4隅)が本体部90bに固定されている(例えば、貼り付けられている)。圧電素子90aの下面の形状が矩形状(例えば、圧電素子90aが直方体状)であり、圧電素子90aの矩形状の下面の4隅が本体部90bに固定されている。つまり、圧電素子90aは、底面の4頂点のみが固定されている。下面は、圧電素子90aの一面の一例である。なお、本体部90bも直方体状である。
【0108】
図8の(b)は、
図8の(a)のように構成されるスキャナ90の周波数特性を示す図である。
図8の(b)に示す周波数f1は、本変形例の第1例のスキャナ90の共振周波数を示す。周波数2f1(2×f1)は、本変形例の第2例のスキャナ90の共振周波数を示す。
【0109】
図8の(b)に示すように、位相特性(実線)は、周波数が高くなるにつれ位相が遅れ続ける。なお、
図6の(b)の場合と比べ、共振周波数は高くなっており、およそ2倍(2f1)になっている。
【0110】
図8の(c)は、
図8の(b)のような周波数特性を有するスキャナ90の等価回路を示す図である。
【0111】
図8の(c)に示すように、スキャナ90の等価回路は、直列に接続された第1模擬伝達関数処理部95及び第2模擬伝達関数処理部96を有する。
【0112】
第1模擬伝達関数処理部95及び第2模擬伝達関数処理部96は、
図8の(b)に示す周波数特性を表す実伝達関数を模擬する模擬伝達関数の処理を実行する。
【0113】
第1模擬伝達関数処理部95は、第1模擬伝達関数M1(s)の処理を駆動信号Uoutに対して施す回路である。
【0114】
第2模擬伝達関数処理部96は、第1模擬伝達関数処理部95と直列の関係に設けられ、第2模擬伝達関数M2(s)の処理を第1模擬伝達関数処理部95から出力された信号に基づく信号に対して施す回路である。
【0115】
第1模擬伝達関数M
1(s)及び第2模擬伝達関数M
2(s)は、
図8の(a)に示すスキャナ90の実伝達関数を模擬する関数である。例えば、第1模擬伝達関数M
1(s)及び第2模擬伝達関数M
2(s)は、下面の4隅が本体部90bに固定された圧電素子90aの実伝達関数を模擬する関数である。第1模擬伝達関数M
1(s)及び第2模擬伝達関数M
2(s)を乗算した模擬伝達関数がスキャナ90の実伝達関数と同等であれば、第2模擬伝達関数処理部96から出力される信号は、スキャナ90を有する実際の系の動作に等しくなる。第1模擬伝達関数M
1(s)及び第2模擬伝達関数M
2(s)は、それぞれを乗算した模擬伝達関数がスキャナ90の伝達関数と同等なように構成されている。
【0116】
図9Aは、本変形例に係る信号処理部70bの構成の第2例を示す図である。なお、
図9Aでは、制御ブロックを示す破線の図示を省略している。信号処理部70bは、加算器71a、減算器72a、増幅器73a及び第1模擬伝達関数処理部95を有する第1制御ブロックと、加算器71b、減算器72b、増幅器73b及び第2模擬伝達関数処理部96を有する第2制御ブロックとを有する。第1制御ブロック及び第2制御ブロックは、信号処理部70bにおいて主にスキャナ90の共振周波数を向上させる(高い方向にシフトさせる)ための構成である。
【0117】
図9Aに示すように、本変形例の第2例における信号処理部70bは、実施の形態の信号処理部70(
図2を参照)を2つ直列に接続した構成を有する。信号処理部70bは、第1信号処理部70b1と第2信号処理部70b2とが直列に接続された構成を有する。ここでの直列に接続とは、第1信号処理部70b1の出力が第2信号処理部70b2の入力となるように、第1信号処理部70b1と第2信号処理部70b2とが接続されていることを意味する。
【0118】
第1信号処理部70b1は、加算器71aと、減算器72aと、増幅器73aと、微分器74aとを有する。それぞれの構成及び機能は、実施の形態における、加算器71と、減算器72と、増幅器73と、微分器74とに対応する。また、第1信号処理部70b1は、さらに第1模擬伝達関数処理部95を有する。加算器71aは、第1模擬伝達関数処理部95の入力側と接続されており、減算器72a及び微分器74aは、第1模擬伝達関数処理部95の出力側と接続されている。
【0119】
加算器71aには、入力信号としてフィードバック制御部60からの入力信号Uin(フィードバック信号)が入力される。加算器71aは、第1付加処理部の一例である。
【0120】
中間信号Uipは、増幅器73aからの信号及び微分器74aからの信号を入力信号Uinに加算した信号である。本変形例の第2例において、中間信号Uipは、入力信号Uinに基づく信号である。
【0121】
出力信号Um1は、中間信号Uipが第1模擬伝達関数処理部95に入力されたときに当該第1模擬伝達関数処理部95から出力される信号である。出力信号Um1は、第3信号の一例である。つまり、第3信号は、第1模擬伝達関数処理部95から出力された信号である。
【0122】
このように、第1信号処理部70b1は、微分された出力信号Um1と、中間信号Uip及び出力信号Um1に基づく第4信号(例えば、増幅器73aから出力される増幅信号)とを用いて、入力信号Uinを変換した中間信号Uip(本変形例の第2例において、第1信号に基づく信号の一例)を生成し、生成した中間信号Uipを出力するように構成される。当該中間信号Uipは、第2信号処理部70b2に出力される。
【0123】
第2信号処理部70b2は、中間信号Uipを変換した駆動信号Uoutを出力する処理部である。第2信号処理部70b2は、加算器71bと、減算器72bと、増幅器73bと、微分器74bとを有する。それぞれの構成及び機能は、実施の形態における、加算器71と、減算器72と、増幅器73と、微分器74とに対応する。また、第2信号処理部70b2は、さらに第2模擬伝達関数処理部96を有する。加算器71bは、第2模擬伝達関数処理部96の入力側と接続されており、減算器72b及び微分器74bは、第2模擬伝達関数処理部96の出力側と接続されている。
【0124】
加算器71bには、入力信号として第1信号処理部70b1から出力された中間信号Uipが入力される。加算器71bは、付加処理部の一例である。
【0125】
駆動信号Uoutは、増幅器73bからの信号(減算器72bから出力された差分信号を増幅した増幅信号であり、第6信号の一例)及び微分器74bからの信号を中間信号Uipに加算した信号である。本変形例の第2例において、駆動信号Uoutは、中間信号Uipに基づく信号であり、第2信号の一例である。
【0126】
出力信号Um2は、駆動信号Uoutが第2模擬伝達関数処理部96に入力されたときに当該第2模擬伝達関数処理部96から出力される信号である。出力信号Um2は、中間信号Uipに基づく信号であり、第5信号の一例である。
【0127】
微分器74bは、信号処理部70bにおいて主に共振のQ値を減少させるための構成(微分回路)であり、第2模擬伝達関数処理部96から加算器71bまでの他方のフィードバック信号経路上に配置され、第2模擬伝達関数処理部96からの出力信号Um2を微分して加算器71に戻す。微分器74bは、第2微分処理部(第2微分要素)の一例である。また、D1(s)は、微分器74a(第1微分処理部の一例)の伝達関数であり、D2(s)は、微分器74bの伝達関数である。
【0128】
微分器74b及び減算器72bには、共通の出力信号Um2が供給される。また、微分器74bの出力信号は、加算器71bに直接供給される。つまり、微分器74bと加算器71bとの間の信号経路上に、他の演算器(例えば、減算器、増幅器、加算器等)は設けられていない。
【0129】
このように、第2信号処理部70b2は、微分された出力信号Um2と、駆動信号Uout及び出力信号Um2に基づく第6信号(例えば、増幅器73bから出力された増幅信号)とを用いて、中間信号Uip(入力信号の一例)を変換した駆動信号Uoutを生成し、生成した駆動信号Uoutを出力するように構成される。当該駆動信号Uoutは、スキャナ90に出力される。
【0130】
また、このように、信号処理部70bは、第1信号処理部70b1及び第2信号処理部70b2を用いて、入力信号Uinを駆動信号Uoutに変換する。信号処理部70bは、微分された出力信号Um1と、中間信号Uip及び出力信号Um1に基づく第4信号(例えば、増幅器73aから出力された増幅信号)とに加えて、微分された出力信号Um2と、駆動信号Uout及び出力信号Um2に基づく第6信号(例えば、増幅器73bから出力された増幅信号)とを用いて、入力信号Uinを駆動信号Uoutに変換する。
【0131】
図9Bは、本変形例に係るZスキャナ(スキャナ90)の周波数特性の第2例を示す図である。
図9Bの(a)は、位相特性を示す図であり、
図9Bの(b)は、ゲイン特性を示す図である。
【0132】
図9Bの(a)に示すように、比較例における共振周波数は、およそ400kHzであるのに対し、本変形例の第2例における共振周波数は、およそ500kHzである。つまり、本変形例の第2例の信号処理部70bにより共振周波数を向上させることができる。
【0133】
図9Bの(b)に示すように、比較例におけるQ値は、およそ20dBであるのに対し、本変形例の第2例におけるQ値は、およそ-1.0dBである。つまり、本変形例の第2例の信号処理部70bによりQ値を大幅に低下させることができる。
【0134】
本変形例の第2例の信号処理部70bによれば、共振周波数の向上と、Q値の大幅な低下とを両立することができる。これにより、比較例における応答時間Tは8μsec.であるのに対し、本変形例の第2例における応答時間Tは、0.50μsec.であり、本変形例の第2例の信号処理部70bによりスキャナ90のZ方向の移動の大幅な高速化が実現できている。つまり、信号処理部70bをAFM1に設けることで、走査速度をおよそ16倍も高速化することができる見込みである。
【0135】
(実施の形態の変形例2)
本変形例では、スキャナ90の周波数特性が三次共振を有する場合について、
図10~
図12Bを参照しながら説明する。
【0136】
図10は、本変形例に係るZスキャナ(スキャナ90)の周波数特性を示す図である。
図10は、実際のスキャナ90の周波数特性を実測した結果を示す。
【0137】
図10に示すように実際のスキャナ90の周波数特性には、3つめの共振(三次共振)が存在する。そこで、本変形例では、実際のスキャナ90の周波数特性を表す実伝達関数を模擬する信号処理部の構成について説明する。
【0138】
図11は、本変形例に係るZスキャナ(スキャナ90)の等価回路を示す図である。
図11は、
図10のような周波数特性を有するスキャナ90の等価回路を示す。
【0139】
図11に示すように、スキャナ90の等価回路は、並列に接続された第1模擬伝達関数処理部92c及び第2模擬伝達関数処理部93cと、加算器94と、第3模擬伝達関数処理部98とを有する。第1模擬伝達関数処理部92c、第2模擬伝達関数処理部93c及び加算器94により、前段処理部97が構成される。
【0140】
第1模擬伝達関数処理部92c、第2模擬伝達関数処理部93c及び第3模擬伝達関数処理部98は、三次共振を有する周波数特性を表す実伝達関数を模擬する模擬伝達関数の処理を実行する。第1模擬伝達関数処理部92c及び第2模擬伝達関数処理部93cは並列に接続され、第1模擬伝達関数処理部92c及び第2模擬伝達関数処理部93cと、第3模擬伝達関数処理部98とは直列の関係に接続される。
【0141】
第1模擬伝達関数M1(s)、第2模擬伝達関数M2(s)及び第3模擬伝達関数M3(s)は、スキャナ90の実伝達関数を模擬する関数である。第1模擬伝達関数M1(s)及び第2模擬伝達関数M2(s)を加算したものに第3模擬伝達関数M3(s)を乗算した模擬伝達関数がスキャナ90の実伝達関数と同等であれば、第3模擬伝達関数処理部98から出力される信号は、スキャナ90を有する実際の系の動作に等しくなる。第1模擬伝達関数M1(s)、第2模擬伝達関数M2(s)及び第3模擬伝達関数M3(s)は、第1模擬伝達関数M1(s)及び第2模擬伝達関数M2(s)を加算したものに第3模擬伝達関数M3(s)を乗算した模擬伝達関数がスキャナ90の伝達関数と同等なように構成されている。
【0142】
図12Aは、本変形例に係る信号処理部70cの構成を示す図である。なお、
図12Aでは、制御ブロックを示す破線の図示を省略している。信号処理部70cは、加算器71a、減算器72a、増幅器73a及び前段処理部97を有する第1制御ブロックと、加算器71b、減算器72b、増幅器73b及び第3模擬伝達関数処理部98を有する第2制御ブロックとを有する。第1制御ブロック及び第2制御ブロックは、信号処理部70cにおいて主にスキャナ90の共振周波数を向上させる(高い方向にシフトさせる)ための構成である。
【0143】
図12Aに示すように、本変形例におけるスキャナ90の等価回路は、実施の形態の変形例1の第2例の等価回路(
図9Aを参照)の第1模擬伝達関数処理部95を前段処理部97に置き換え、第2模擬伝達関数処理部96を第3模擬伝達関数処理部98に置き換えた構成を有する。信号処理部70cは、第1信号処理部70c1と第2信号処理部70c2とが直列に接続された構成を有する。
【0144】
第1信号処理部70c1は、加算器71aと、減算器72aと、増幅器73aと、微分器74aとを有する。また、第1信号処理部70c1は、さらに前段処理部97を有する。加算器71aは、前段処理部97の入力側と接続されており、減算器72a及び微分器74aは、前段処理部97の出力側と接続されている。
【0145】
出力信号Um1は、中間信号Uip(つまり、入力信号Uinに基づく信号)が前段処理部97に入力されたときに当該前段処理部97から出力される信号である。出力信号Um1は、第3信号の一例である。
【0146】
このように、第1信号処理部70c1は、微分された出力信号Um1と、中間信号Uip及び出力信号Um1に基づく第4信号(例えば、増幅器73aから出力される増幅信号)とを用いて、入力信号Uinを変換した中間信号Uip(本変形例において、第1信号に基づく信号の一例)を生成し、生成した中間信号Uipを出力するように構成される。当該中間信号Uipは、第2信号処理部70c2に出力される。
【0147】
第2信号処理部70c2は、加算器71bと、減算器72bと、増幅器73bと、微分器74bとを有する。また、第2信号処理部70c2は、さらに第3模擬伝達関数処理部98を有する。加算器71bは、第3模擬伝達関数処理部98の入力側と接続されており、減算器72b及び微分器74bは、第3模擬伝達関数処理部98の出力側と接続されている。
【0148】
加算器71bには、入力信号として第1信号処理部70c1から出力された中間信号Uipが入力される。
【0149】
前段処理部97の第1模擬伝達関数処理部92c(
図11を参照)は、第1模擬伝達関数M
1(s)の処理を中間信号Uipに対して施す回路である。
【0150】
前段処理部97の第2模擬伝達関数処理部93c(
図11を参照)は、第2模擬伝達関数M
2(s)の処理を中間信号Uipに対して施す回路である。
【0151】
前段処理部97の加算器94(
図11を参照)は、第1模擬伝達関数処理部92c及び第2模擬伝達関数処理部93cそれぞれの出力信号を加算し、加算した信号を出力信号Um1として減算器72a及び微分器74aのそれぞれに出力する。出力信号Um1は、第3信号の一例である。
【0152】
第3模擬伝達関数処理部98は、第3模擬伝達関数M3(s)の処理を駆動信号Uoutに対して施す回路である。第3模擬伝達関数処理部98は、第3模擬伝達関数M3(s)の処理を施した出力信号Um2を、減算器72b及び微分器74bのそれぞれに出力する。駆動信号Uoutは、入力信号Uinに基づく中間信号Uipに基づく信号の一例である。
【0153】
微分器74bは、第3模擬伝達関数処理部98から加算器71bまでの他方のフィードバック信号経路上に配置され、第3模擬伝達関数処理部98からの出力信号Um2を微分して加算器71に戻す。微分器74bは、第2微分処理部(第2微分要素)の一例である。
【0154】
駆動信号Uoutは、中間信号Uipと、増幅器73bからの信号と、微分器74bからの信号とを加算した信号である。
【0155】
出力信号Um2は、駆動信号Uout(つまり、第1信号処理部70c1からの中間信号Uipに基づく信号)が第3模擬伝達関数処理部98に入力されたときに当該第3模擬伝達関数処理部98から出力される信号である。出力信号Um2は、中間信号Uipに基づく信号であり、第5信号の一例である。
【0156】
このように、第2信号処理部70c2は、微分された出力信号Um2と、駆動信号Uout及び出力信号Um2に基づく第6信号(例えば、増幅器73bから出力された増幅信号)を用いて、中間信号Uip(入力信号の一例)を変換した駆動信号Uoutを生成し、生成した駆動信号Uoutを出力するように構成される。当該駆動信号Uoutは、スキャナ90に出力される。
【0157】
また、このように、信号処理部70cは、第1信号処理部70c1及び第2信号処理部70c2を用いて、入力信号Uinを駆動信号Uoutに変換する。信号処理部70cは、微分された出力信号Um1と、中間信号Uip及び出力信号Um1に基づく第4信号(例えば、増幅器73aから出力された増幅信号)とに加えて、微分された出力信号Um2と、駆動信号Uout及び出力信号Um2に基づく第6信号とを用いて、入力信号Uinを駆動信号Uoutに変換する。
【0158】
図12Bは、本変形例に係るZスキャナ(スキャナ90)の周波数特性を示す図である。
図12Bの(a)は、位相特性を示す図であり、
図12Bの(b)は、ゲイン特性を示す図である。
【0159】
図12Bの(a)に示すように、比較例における共振周波数は、およそ180kHzであるのに対し、本変形例における共振周波数は、およそ524kHzである。つまり、本変形例の信号処理部70cにより共振周波数を大幅に向上させることができる。
【0160】
図12Bの(b)に示すように、比較例におけるQ値は、およそ16dBであるのに対し、本変形例におけるQ値は、およそ0.26bBである。つまり、本変形例の信号処理部70cによりQ値を大幅に低下させることができる。
【0161】
本変形例の信号処理部70cによれば、共振周波数の大幅な向上と、Q値の大幅な低下とを両立することができる。これにより、比較例における応答時間Tは11μsec.であるのに対し、本変形例における応答時間Tは、0.63μsec.であり、本変形例の信号処理部70cによりスキャナ90のZ方向の移動の大幅な高速化が実現できる。つまり、信号処理部70cをAFM1に設けることで、走査速度をおよそ17倍も高速化することができる見込みである。
【0162】
(その他の実施の形態)
以上、一つまたは複数の態様に係る信号処理装置等について、実施の形態等に基づいて説明したが、本開示は、この実施の形態等に限定されるものではない。本開示の趣旨を逸脱しない限り、当業者が思いつく各種変形を実施の形態等に施したものや、異なる実施の形態における構成要素を組み合わせて構築される形態も、本開示に含まれてもよい。
【0163】
例えば、上記実施の形態等では、走査型プローブ顕微鏡としてAFMを例示したが、例えば、走査型トンネル顕微鏡(STM:Scanning Tunneling Microscope)においても本開示の技術は適用可能である。
【0164】
また、例えば、上記実施の形態等における各模擬伝達関数は、アクチュエータ(例えば、圧電素子)、アクチュエータ及びスキャナ、並びに、アクチュエータ、スキャナ及び試料のいずれかを1つの制御対象とみなした場合の当該1つの制御対象の実際の周波数特性を表す実伝達関数を模擬する関数である。
【0165】
また、例えば、上記実施の形態等では、アクチュエータを用いたフィードバック制御系に用いられる信号処理装置として、AFMに用いられる信号処理装置を例に説明したが、信号処理装置は、アクチュエータを用いたフィードバック制御を行う他の装置に用いられてもよい。例えば、信号処理装置は、カメラのレンズのフォーカスを調整するための装置として用いられてもよい。例えば、信号処理部と、レンズのフォーカスを調整するためのアクチュエータとを備える駆動制御装置がカメラに設けられる。
【0166】
また、上記実施の形態等では、圧電素子が本体部の下面の全面又は4隅と固定される例について説明したが、圧電素子と本体部との固定方法はこれに限定されない。例えば、圧電素子が本体部の下面の2辺と固定されていてもよいし、圧電素子が本体部の底面を囲むように固定されていてもよいし、他の固定方法であってもよい。この場合、模擬伝達関数処理部が用いる模擬伝達関数は、圧電素子と本体部との固定方法に対応する関数となる。
【0167】
また、上記実施の形態等では、
図2、
図7A、
図9A、
図12A等の特徴的な構成が主としてアナログ回路で構成される例を示したが、デジタル回路で構成されてもよい。
【0168】
また、ブロック図における機能ブロックの分割は一例であり、複数の機能ブロックを一つの機能ブロックとして実現したり、一つの機能ブロックを複数に分割したり、一部の機能を他の機能ブロックに移してもよい。また、類似する機能を有する複数の機能ブロックの機能を単一のハードウェア又はソフトウェアが並列又は時分割に処理してもよい。
【0169】
また、上記の各装置を構成する構成要素の一部又は全部は、1個のシステムLSI(Large Scale Integration:大規模集積回路)から構成されているとしてもよい。システムLSIは、複数の構成部を1個のチップ上に集積して製造された超多機能LSIであり、具体的には、マイクロプロセッサ、ROM、RAMなどを含んで構成されるコンピュータシステムである。ROMには、コンピュータプログラムが記憶されている。マイクロプロセッサが、ROMからRAMにコンピュータプログラムをロードし、ロードしたコンピュータプログラムにしたがって演算等の動作することにより、システムLSIは、その機能を達成する。
【0170】
また、上記の各装置を構成する構成要素の一部または全部は、各装置に脱着可能なICカード又は単体のモジュールから構成されてもよい。ICカード又はモジュールは、マイクロプロセッサ、ROM、RAMなどから構成されるコンピュータシステムである。ICカード又はモジュールには、上記の超多機能LSIが含まれてもよい。マイクロプロセッサが、コンピュータプログラムにしたがって動作することにより、ICカード又はモジュールは、その機能を達成する。このICカードまたはこのモジュールは、耐タンパ性を有してもよい。
【0171】
また、上記実施の形態等において、各構成要素は専用のハードウェアにより構成されてもよく、あるいは、ソフトウェアにより実現可能な構成要素については、プログラムを実行することによって実現されてもよい。例えば、ハードディスクや半導体メモリ等の記録媒体に記録されたソフトウェア・プログラムをCPU等のプログラム実行部が読み出して実行することによって、各構成要素が実現され得る。
【0172】
(付記)
(技術1)
アクチュエータの駆動に用いられる第1信号を第2信号に変換する信号処理装置であって、
前記アクチュエータの周波数特性を表す実伝達関数を模擬する第1模擬伝達関数を用いて、前記第1信号に基づく信号に、前記第1模擬伝達関数の処理を施す第1模擬伝達関数処理部を有する信号処理部と、
前記第1模擬伝達関数処理部から出力された信号に基づく第3信号を微分する第1微分処理部とを備え、
前記第2信号は、微分された前記第3信号と、前記第1信号に基づく信号及び前記第3信号に基づく第4信号とを用いて、前記第1信号を変換した信号である
信号処理装置。
【0173】
(技術2)
前記第1信号に基づく信号は、前記第2信号であり、
前記第3信号は、前記第1模擬伝達関数処理部から出力された信号である
技術1に記載の信号処理装置。
【0174】
(技術3)
前記アクチュエータの一面は、本体部に固定されており、
前記信号処理部は、さらに、前記第2信号に第2模擬伝達関数の処理を施す第2模擬伝達関数処理部であって、前記第1模擬伝達関数処理部と並列に設けられる第2模擬伝達関数処理部を有し、
前記第1模擬伝達関数及び前記第2模擬伝達関数は、前記一面が固定された前記アクチュエータの実伝達関数を模擬する関数であり、
前記第1信号に基づく信号は、前記第2信号であり、
前記第3信号は、前記第1模擬伝達関数処理部及び前記第2模擬伝達関数処理部のそれぞれから出力された信号を加算した信号である
技術1に記載の信号処理装置。
【0175】
(技術4)
前記アクチュエータの一面の4隅は、本体部に固定されており、
前記第3信号は、前記第1模擬伝達関数処理部から出力された信号であり、
前記第1信号に基づく信号は、微分された前記第3信号及び前記第4信号を前記第1信号に加算した信号であり、
前記信号処理装置は、さらに、
前記第1信号に基づく信号に基づく前記第2信号に第2模擬伝達関数の処理を施す第2模擬伝達関数処理部と、
前記第2模擬伝達関数処理部から出力された第5信号を微分する第2微分処理部とを備え、
前記第1模擬伝達関数及び前記第2模擬伝達関数は、前記一面の4隅が固定された前記アクチュエータの実伝達関数を模擬する関数であり、
前記第2信号は、さらに、微分された前記第5信号と、前記第2信号及び前記第5信号に基づく第6信号とを用いて、前記第1信号を変換した信号である
技術1に記載の信号処理装置。
【0176】
(技術5)
前記信号処理部は、前記第2信号に第2模擬伝達関数の処理を施す第2模擬伝達関数処理部であって、前記第1模擬伝達関数処理部と並列に設けられる第2模擬伝達関数処理部を有し、
前記第3信号は、前記第1模擬伝達関数処理部及び前記第2模擬伝達関数処理部のそれぞれから出力された信号を加算した信号であり、
前記第1信号に基づく信号は、微分された前記第3信号及び前記第4信号を前記第1信号に加算した信号であり、
前記信号処理装置は、さらに、
前記第1信号に基づく信号に基づく前記第2信号に第3模擬伝達関数の処理を施す第3模擬伝達関数処理部と、
前記第3模擬伝達関数処理部から出力された第5信号を微分する第2微分処理部とを備え、
前記第2信号は、さらに、微分された前記第5信号と、前記第3信号及び前記第5信号に基づく第6信号とを用いて、前記第1信号を変換した信号である
技術1に記載の信号処理装置。
【0177】
(技術6)
前記信号処理部は、さらに
前記第1信号に基づく信号と前記第3信号との差分を示す差分信号を出力する差分処理部と、
前記差分処理部から出力された前記差分信号を増幅した増幅信号を出力するゲイン付与部と、
微分された前記第3信号及び前記増幅信号を前記第1信号に加算することで前記第1信号に基づく信号を生成する付加処理部とを有する
技術1~5のいずれかに記載の信号処理装置。
【0178】
(技術7)
技術1~6のいずれかに記載の信号処理装置と、
前記信号処理装置からの前記第2信号を駆動信号として制御されるアクチュエータとを備える
駆動制御装置。
【0179】
(技術8)
技術7に記載の駆動制御装置と、
前記アクチュエータ及び前記アクチュエータが固定される本体部を有するスキャナと、
前記本体部に固定され、被検査物を保持するステージと、
前記ステージに保持される前記被検査物に近接して配置されるカンチレバーとを備え、
前記スキャナは、前記ステージを走査するときに、前記第2信号に基づいて、前記カンチレバーと前記被検査物との距離を一定に保つように制御される
走査型プローブ顕微鏡。
【産業上の利用可能性】
【0180】
本開示は、走査型プローブ顕微鏡等に有用である。
【符号の説明】
【0181】
1 原子間力顕微鏡(AFM)
10 レーザユニット
20 カンチレバー
30 ミラー
40 光センサ
50 振幅計測部
60 フィードバック制御部
70、70a、70b、70c 信号処理部(信号処理装置)
70b1、70c1 第1信号処理部
70b2、70c2 第2信号処理部
71、71a、71b 加算器(付加処理部)
72、72a、72b 減算器(差分処理部)
73、73a、73b 増幅器(ゲイン付与部)
74、74a 微分器(第1微分処理部)
74b 微分器(第2微分処理部)
80 制御ブロック
90 スキャナ
90a 圧電素子(アクチュエータ)
90b 本体部
91 模擬伝達関数処理部
92、92c、95 第1模擬伝達関数処理部
93、93c、96 第2模擬伝達関数処理部
94 加算器
97 前段処理部
98 第3模擬伝達関数処理部
100 ステージ
O 試料(被検査物)
Uin 入力信号(第1信号)
Uip 中間信号(第2信号)
Um、Um1 出力信号(第3信号)
Um2 出力信号(第5信号)
Uout 駆動信号(第2信号)