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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024036987
(43)【公開日】2024-03-18
(54)【発明の名称】p62タンパク質のリン酸化促進剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 8/86 20060101AFI20240311BHJP
   A61K 31/77 20060101ALI20240311BHJP
   A61P 39/06 20060101ALI20240311BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20240311BHJP
   A61Q 17/04 20060101ALI20240311BHJP
   A61P 17/16 20060101ALI20240311BHJP
【FI】
A61K8/86
A61K31/77
A61P39/06
A61P43/00 105
A61Q17/04
A61P17/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022141585
(22)【出願日】2022-09-06
(71)【出願人】
【識別番号】517221435
【氏名又は名称】ジェイ-ネットワーク,インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100095267
【弁理士】
【氏名又は名称】小島 高城郎
(74)【代理人】
【識別番号】100124176
【弁理士】
【氏名又は名称】河合 典子
(72)【発明者】
【氏名】三好 達郎
(72)【発明者】
【氏名】ブライアン・チャールズ・ケラー
(72)【発明者】
【氏名】児玉 朗
【テーマコード(参考)】
4C083
4C086
【Fターム(参考)】
4C083AC421
4C083AC422
4C083BB51
4C083CC02
4C083CC19
4C083DD23
4C083EE12
4C083EE13
4C083EE16
4C083EE17
4C086AA01
4C086AA02
4C086FA02
4C086MA01
4C086MA04
4C086MA17
4C086MA21
4C086MA63
4C086NA14
4C086ZB01
4C086ZB21
(57)【要約】
【課題】ジアシルグリセロールPEG付加物を利用することによって、p62/SQSTM1タンパク質のリン酸化を促進する。
【解決手段】ジアシルグリセロールPEG付加物を有効成分として含み、前記ジアシルグリセロールPEG付加物が、p62/SQSTM1タンパク質のリン酸化促進剤である。前記ジアシルグリセロールPEG付加物が、ジミリスチン酸グリセロールPEG-12(GDM12)、ジステアリン酸グリセロールPEG-12(GDS12)、ジステアリン酸グリセロールPEG-23(GDS23)、ジパルミチン酸グリセロールPEG-23(GDP23)、及びジオレイン酸グリセロールPEG-12(GDO12)からなる群から選択される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジアシルグリセロールPEG付加物を有効成分として含み、前記ジアシルグリセロールPEG付加物が、以下の構造式を有し、長鎖脂肪酸におけるRの炭素数が11~23の範囲内であり、ポリエチレングリコール鎖におけるnが11~46の範囲内である、p62/SQSTM1タンパク質のリン酸化促進剤。
【化1】
【請求項2】
前記ジアシルグリセロールPEG付加物が、ジミリスチン酸グリセロールPEG-12(GDM12)、ジステアリン酸グリセロールPEG-12(GDS12)、ジステアリン酸グリセロールPEG-23(GDS23)、ジパルミチン酸グリセロールPEG-23(GDP23)、及びジオレイン酸グリセロールPEG-12(GDO12)からなる群から選択される、請求項1に記載のp62/SQSTM1タンパク質のリン酸化促進剤。
【請求項3】
前記ジアシルグリセロールPEG付加物が、溶液状態で表皮内に浸透する、請求項1又は2に記載のp62/SQSTM1タンパク質のリン酸化促進剤。
【請求項4】
前記ジアシルグリセロールPEG付加物が、ベシクル状態で表皮内に浸透する、請求項1又は2に記載のp62/SQSTM1タンパク質のリン酸化促進剤。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のp62/SQSTM1タンパク質のリン酸化促進剤を用いた、Nrf2の発現増強剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、p62/SQSTM1タンパク質のリン酸化部位のリン酸化を促進する物質に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内では、本来、酸化ストレスに対する防御機構である「生体内抗酸化システム」を備えることによって生体機能の恒常性を維持している。当該システムは、細胞内の活性酸素種(Reactive Oxygen Species:ROS)を始めとする酸化ストレスを解毒する抗酸化酵素及び抗酸化タンパク質の遺伝子の発現を誘導する。主要な生体内抗酸化システムの一つにNrf2-Keap1経路がある。Nrf2は抗酸化物質の遺伝子を発現する転写因子であり、Keap1はNrf2を抑制制御するタンパク質である。非酸化ストレス条件下では、細胞質においてKeap1がNrf2と複合体を形成しかつNrf2を常に分解することでその活性化を抑制している。細胞が酸化ストレスや親電子物質に曝露されると、Keap1のチオール基が酸化されることでNrf2との結合が阻害され、Nrf2はKeap1から離脱して核内へと移行する。核内においてNrf2は、抗酸化物質応答要素(ARE)に結合することによって抗酸化因子の発現を亢進する。
【0003】
他の生体内防御システムとして、細胞内の異常物質を分解する選択的オートファジーが知られている。選択的オートファジーのアダプター因子として知られるp62/SQSTM1タンパク質(以下「p62」と略称する)は、Keap1に対して結合可能なドメインであるKeap1相互作用領域(Keap1-interacting region:KIR)を有する(特許文献1、非特許文献1)。しかしながら、p62のKeap1への結合親和性はNrf2のそれに比べて非常に低いため、通常はKeap1とNrf2の結合に影響しない。
【0004】
p62は複数のリン酸化ドメインを有し、選択的オートファジーの過程でそれらのドメインがリン酸化される。近年、p62のKIRにあるセリン(Ser)351(マウスの場合。ヒトの場合はSer349)がリン酸化されると、リン酸化p62のKeap1に対する結合親和性が、Nrf2のKeap1に対するそれと同程度に増強される結果、Keap1がリン酸化p62と結合し、同時にNrf2はKeap1から離脱して安定化することが明らかとなった(特許文献2、非特許文献2、3、4)。すなわち、Keap1は、そのチオール基が酸化される以外に、リン酸化p62によってもNrf2との結合が阻害され、Nrf2がKeap1から離脱できる。このリン酸化p62が関わる経路においても、Nrf2-Keap1経路と同様に、核内に移行したNrf2は抗酸化因子の発現を亢進する。なお、Nrf2により発現する因子の中にはp62も含まれるため、リン酸化p62の生成により減少したp62を補充するポジティブフィードバックが働く。
【0005】
ここで、上記とは直接関連しないが、リン脂質と界面活性剤とからなる閉鎖小胞体(ベシクル)が知られている。これはリポソームとも称される。特許文献3には、リン脂質に替えて、ジアシルグリセロールポリエチレングリコール付加物(以下「ジアシルグリセロールPEG付加物」と称する場合がある)を主体とする脂質を用い、水又は界面活性剤と混合することによって、自発的にベシクルを形成させる調製方法が提示されている。このようなベシクルは、それらの内部や表面にタンパク質や抗体などの目的物質を封入又は結合させて生体内の細胞に送達するドラッグデリバリーシステムに利用されている。
【0006】
ジアシルグリセロールPEG付加物を脂質とするベシクルは、その表面が親水性のPEG鎖で覆われた形態を有しており、生体内への浸透性と血中での安定性が良好である。特許文献4には、ジアシルグリセロールPEG付加物からなるベシクルの表面に荷電要素を結合させて正帯電させることにより、表皮の角層への浸透性と貯留性を向上させることが記載されている。
【0007】
さらに特許文献5は、目的物質の担体としてではなく、ジアシルグリセロールPEG付加物自体の新規に見出された生体内での作用に基づいた抗酸化物質の発現増強剤を開示している。特許文献5によれば、ジアシルグリセロールPEG付加は、細胞内のNrf2の発現を増強させる作用を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第2011/083637号
【特許文献2】特開2014-113124号公報
【特許文献3】特許第4497765号公報
【特許文献4】特許第6297737号公報
【特許文献5】特許第6860739号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Komatsu, M., Kurokawa, H., Waguri, S. et al.: The selective autophagy substrate p62 activates the stress responsive transcription factor Nrf2 through inactivation of Keap1. Nat. Cell Biol., 12, 213-223 (2010)
【非特許文献2】Takamura, A., Komatsu, M., Hara, T. et al.: Autophagy-deficient mice develop multiple liver tumors. Genes Dev., 25, 795-800 (2011)
【非特許文献3】Inami, Y., Waguri, S., Sakamoto, A. et al.: Persistent activation of Nrf2 through p62 in hepatocellular carcinoma cells. J. Cell Biol., 193, 275-284 (2011)
【非特許文献4】Ichimura, Y., Waguri, S., Sou, Y.S.. et al.(2013):Phosphorylation of P62 activetes the Keap1-Nrf2 pathway during selective autophagy. Molecular Cell, 51, 618-631.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記知見によれば、p62がリン酸化することによって、いわばリン酸化p62-Keap1-Nrf2経路によるNrf2活性化を生じ、それによって核内に移行したNrf2による抗酸化因子の発現が増強される。このNrf2活性化は、酸化ストレス条件下でのKeap1-Nrf2経路によるNrf2活性化とは異なる経路である。
p62のリン酸化は、通常、細胞内のリン酸化酵素(mTORC1等)により生じる。また、そのようなp62のリン酸化は、異常タンパク質凝集体や細胞内に侵入した病原菌などを捕捉し分解するための選択的オートファジー経路の一部として生じている。
【0011】
しかしながら、現時点では、p62のリン酸化を外部からの物質投与によって意図的に促進させる試みはなされておらず、またそのような物質も提示されていない。
【0012】
本発明の目的は、ジアシルグリセロールPEG付加物に関して新たに見出された特性の利用であり、特に、生体内のp62タンパク質のリン酸化を促進し、それによってNrf2の発現を増強することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の目的を達成するために本発明は、以下の構成を提供する。
本発明の態様は、ジアシルグリセロールPEG付加物を有効成分として含み、前記ジアシルグリセロールPEG付加物が、以下の構造式を有し、長鎖脂肪酸におけるRの炭素数が11~23の範囲内であり、ポリエチレングリコール鎖におけるnが11~46の範囲内である、p62/SQSTM1タンパク質のリン酸化促進剤である。
また、本発明の別の態様は、ジアシルグリセロールPEG付加物を有効成分として含み、前記ジアシルグリセロールPEG付加物が、以下の構造式を有し、長鎖脂肪酸におけるRの炭素数が11~23の範囲内であり、ポリエチレングリコール鎖におけるnが11~46の範囲内である、p62/SQSTM1タンパク質のリン酸化促進方法である。
【0014】
【化1】
【0015】
好ましくは、前記ジアシルグリセロールPEG付加物が、ジミリスチン酸グリセロールPEG-12(GDM12)、ジステアリン酸グリセロールPEG-12(GDS12)、ジステアリン酸グリセロールPEG-23(GDS23)、ジパルミチン酸グリセロールPEG-23(GDP23)、及びジオレイン酸グリセロールPEG-12(GDO12)からなる群から選択される。
【0016】
好ましくは、前記ジアシルグリセロールPEG付加物が、溶液状態で表皮内に浸透される。
好ましくは、前記ジアシルグリセロールPEG付加物が、ベシクル状態で表皮内に浸透される。
【0017】
本発明はさらに、上記のp62/SQSTM1タンパク質のリン酸化促進剤を用いた、Nrf2の発現増強剤を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ジアシルグリセロールPEG付加物を有効成分として含む、p62タンパク質のリン酸化促進剤が実現される。また、本発明によれば、そのようなp62タンパク質のリン酸化促進剤を用いたNrf2の発現増強剤が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、GDS23についての各時間におけるウェスタンブロットのバンド画像である。
図2図2は、GDS23についての各時間におけるウエスタンブロット定量解析結果を示すグラフである。
図3図3は、GDM12についての各時間におけるウェスタンブロットのバンド画像である。
図4図4は、GDM12についての各時間におけるウエスタンブロット定量解析結果を示すグラフである。
図5図5は、GDS12についての各時間におけるウェスタンブロットのバンド画像である。
図6図6は、GDS12についての各時間におけるウエスタンブロット定量解析結果を示すグラフである。
図7図7は、Nrf2の免疫染色の共焦点レーザー顕微鏡の撮像である。
図8図8は、各時間における定量解析結果を示すグラフである。
図9図9は、ウェスタンブロットのバンド画像である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施の形態を説明する。
本発明は、ジアシルグリセロールポリエチレングリコール付加物(ジアシルグリセロールPEG付加物)において新たに見出された特性を利用してなされたものである。ここで新たに見出された特性は、ヒトの生体内のp62/SQSTM1タンパク質のリン酸化を促進する作用である。
【0021】
本発明に関する脂質分子であるジアシルグリセロールPEG付加物の構造式を概略的に示す。
【0022】
【化2】
【0023】
ジアシルグリセロールPEG付加物は、3つの炭素を有するグリセロール骨格部(CHCHCH)と、骨格部の3つの炭素のうち末端の1つの炭素に結合した直鎖型ポリエチレングリコールであるPEG鎖と、3つの炭素のうち他の2つの炭素にそれぞれ結合した同種の長鎖脂肪酸(COOR)とから構成されている。PEG鎖の部分が親水性であり、長鎖脂肪酸の部分が疎水性である。
【0024】
以下の説明において特定のジアシルグリセロールPEG付加物を表すとき、長鎖脂肪酸の種類と、PEG鎖のnの数に基づいて、"[ジ]+[長鎖脂肪酸名]+[グリセロール]+[PEG-n]"と称する。例えば、長鎖脂肪酸がステアリン酸、PEG鎖のnが23の場合は、"ジステアリン酸PEG-23"である。また、特定のジアシルグリセロールPEG付加物をさらに略称で示す場合もある。
【0025】
長鎖脂肪酸におけるRの炭素数は、11~23の範囲内とすることができる。この範囲に含まれる長鎖脂肪酸は、例えば、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、又はオレイン酸などである。PEG鎖のnの数は、11~46の範囲内とすることができる。本発明に関係するジアシルグリセロールPEG付加物として、以下のものを例示することができる。括弧内に、融点と略称を示す。
・ジミリスチン酸グリセロールPEG-12(25.0℃:GDM12)
・ジステアリン酸グリセロールPEG-12(40.0℃:GDS12)
・ジステアリン酸グリセロールPEG-23(39.8℃:GDS23)
・ジパルミチン酸グリセロールPEG-23(31.2℃:GDP23)
・ジオレイン酸グリセロールPEG-12 (25.0℃:GDO12)
【0026】
上述した通り、生体内の、酸化ストレスに対する防御機構としてNrf2-Keap1経路がよく知られている。非酸化ストレス条件下ではNrf2とKeap1は細胞質で複合体を形成すると同時に、Nrf2はKeap1により常時分解され不活性化されている。生体が酸化ストレスを受けると、Keap1が活性酸素種や親電子物質によってチオール基が酸化することで死活化する。その結果、Nrf2がKeap1から離脱して活性化し、細胞の核内に移行し、抗酸化酵素を産生する。
【0027】
一方、選択的オートファジーのアダプター因子として知られるp62は、そのKeap1相互作用領域がリン酸化することによってKeap1との結合性が増加する。これによりKeap1は、チオール基の酸化を受けることなくリン酸化p62と結合する。その結果、Nrf2がKeap1から離脱して活性化し、細胞の核内に移行し、抗酸化酵素等を産生する。これは、上記の酸化ストレスによるNrf2活性化経路とは異なる、リン酸化p62に関わるNrf2の活性化経路である。
【0028】
発明者らは、ジアシルグリセロールPEG付加物をヒトの表皮細胞に適用することによって、p62のリン酸化が促進されることを見出した。この生体の細胞内におけるp62のリン酸化促進作用は、ジアシルグリセロールPEG付加物について新たに見出された作用であり、ジアシルグリセロールPEG付加物の新たな特性といえる。ジアシルグリセロールPEG付加物とp62との関係は、これまで全く知られていない。p62のリン酸化の促進は、リン酸化p62とKeap1の結合の促進を意味する。言い換えると、ジアシルグリセロールPEG付加物は、リン酸化p62が関わるNrf2の活性化経路に寄与することができる。
【0029】
本発明は、このジアシルグリセロールPEG付加物において新たに見出された特性を利用して、ジアシルグリセロールPEG付加物を有効成分とする、p62のリン酸化促進剤を提供する。これは、ジアシルグリセロールPEG付加物を用いたp62のリン酸化促進方法ということもできる。
【0030】
ジアシルグリセロールPEG付加物には複数の種類があるが、生体に適用する場合、一種のみで用いてもよく、又は複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0031】
細胞内のp62は、通常、一定量に維持されている。本発明によれば、ヒトの表皮内に到達したジアシルグリセロールPEG付加物が、それが無い場合に比べて、p62のリン酸化を促進することによってKeap1からのNrf2の離脱を促進し、Nrf2が細胞の核内に移行する。この過程は、後述する試験によって確認された。Nrf2の活性化によって抗酸化酵素等が産生される結果、外部からの酸化ストレス、例えば、紫外線や大気汚染物質による表皮内の細胞損傷を軽減又は防止することが可能となる。
【0032】
したがって、本発明によれば、例えばジアシルグリセロールPEG付加物を有効成分とする化粧品又は医薬品の提供も期待される。
【0033】
ジアシルグリセロールPEG付加物をヒトの表皮内に到達させる方法の1つとして、ジアシルグリセロールPEG付加物を水又は所定の溶媒に溶解させた溶液状態で表皮内に到達させる方法がある。例えば、リン酸緩衝食塩水PBS(-)を溶媒とする所定の濃度のジアシルグリセロールPEG付加物溶液を調製し、皮膚表面に塗布することで表皮内に浸透させることができる。塗布された溶液は、最上層の角層内に浸透し、さらに角層の下の顆粒層へと浸透する。そして、ジアシルグリセロールPEG付加物は、浸透した表皮内の各層において当該層の細胞に存在するp62のリン酸化を促進する。
【0034】
好適な方法では、ジアシルグリセロールPEG付加物をベシクル状態で表皮内に到達させることができる。そのようなベシクルは、ジアシルグリセロールPEG付加物の二重層、又は、二重層が複数重なった多重層からなる閉じた球殻として形成されており、親水性のPEG鎖が最外層の表面に配置されている。ジアシルグリセロールPEG付加物のベシクルを調製し、それを皮膚表面に塗布することで表皮内に浸透させることができる。表皮内に到達した後にベシクルが分解し、個々の分子に分離することで、ジアシルグリセロールPEG付加物自体の作用を発揮することができる。
【0035】
従来のドラッグデリバリーシステムでは、ベシクルの材料であるジアシルグリセロールPEG付加物は、目的物質の単なるキャリアと考えられてきたが、本発明では、ジアシルグリセロールPEG付加物自体を有効成分として利用する。したがって、本発明では、通常のドラッグデリバリーシステムにおいてベシクルに組み込まれる目的物質は、基本的に不要である。本発明では、水とジアシルグリセロールPEG付加物のみを混合して形成したベシクルを表皮内に浸透させることによって、ジアシルグリセロールPEG付加物自体が、細胞内のp62のリン酸化促進剤として機能することができる。
【0036】
幾つかのジアシルグリセロールPEG付加物は、所定の温度で水と混合することにより、自発的にベシクルを形成する(特許文献3)。例えば、2質量%のGDM12又はGDO12を98質量%の脱イオン水に室温で混合し撹拌することにより、GDM12又はGDO12のベシクルの懸濁液が得られる。別の例として、2質量%のGDS12又はGDS23を45~55℃で溶解させてから、45~55℃の98質量%の脱イオン水に混合し撹拌することにより、GDS12又はGDS23のベシクルの懸濁液が得られる。さらに別の例として、2質量%のGDP23を37℃で溶解させてから、37℃の98質量%の脱イオン水に混合し撹拌することにより、GDP23のベシクルの懸濁液が得られる。室温よりも高い温度で得られた懸濁液を室温に冷却しても、ベシクルは安定している。
【0037】
別の例として、水に替えて、種々の物質の水溶液とジアシルグリセロールPEG付加物を混合撹拌することによって形成したベシクルを用いる場合も、本発明の範囲に含まれるその場合、水溶液に含まれる物質に、別の機能をもたせることもできる。
【0038】
ジアシルグリセロールPEG付加物により形成されたベシクルの大きさは、例えば、直径が約20~300nmである。特に、直径20~40nmの範囲内の微細化ベシクルは、表皮への浸透性が良好であるので好適である。このような微細化ベシクルは、例えば、ジアシルグリセロールPEG付加物を、別の脂質であるスクワラン及びコレステロールと混合することによって得ることができる(特許文献5)。
【0039】
さらに別の例として、水又は水溶液とジアシルグリセロールPEG付加物とを混合撹拌することによって形成したベシクルの表面を、例えばカチオン性界面活性剤などの荷電要素で修飾して用いる場合も、本発明の範囲に含まれる。特許文献4には、正帯電したベシクルが、特に表皮への浸透性と貯留性に優れていることが記載されている。
【0040】
ジアシルグリセロールPEG付加物を有効成分として含む化粧品や医薬品は、例えば、水溶液、乳液、ゲル、クリーム等の多様な形態で提供することができる。
【0041】
以下、ジアシルグリセロールPEG付加物によるp62のリン酸化促進作用に関する試験データを示す。
(1)p62のリン酸化促進作用の確認試験
(1-1)試験方法
24wellプレートに培地(HuMedia-KG2培地:クラボウ製)を用い、正常ヒト表皮角化細胞(NHEK:クラボウ製)を1.0×10cells/wellの細胞密度で播種した。続いて、37℃、5%CO条件下で24時間培養した。その後、培地(HuMedia-KB2:クラボウ製)を用いて、異なる3種のジアシルグリセロールPEG付加物をそれぞれ添加した試料を、37℃、5%CO条件下でそれぞれ培養した。各試料のジアシルグリセロールPEG付加物の種類、添加量、及び培養時間を表1に示す。培養時間0は、比較例である。
【0042】
【表1】
【0043】
各時間経過後の各試料に対してウエスタンブロット法を適用してp62及びリン酸化p62の各タンパク質を検出した。先ず、10%メルカプトエタノール含有SDS-PAGEを行ってタンパク質を抽出した。タンパク質抽出液は、ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動で分離し、セミドライ法でメンブレンへタンパク質を転写した。その後、各抗体を用いて、p62及びリン酸化p62(pp62)の各タンパク質を定量した。内部標準としてGAPDH(グリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素)を用いた。使用した各抗体と、その希釈率及び由来種等を表2に示す。
【0044】
【表2】
【0045】
解析は、各目的タンパク質の量を、同一試料における内部標準であるGAPDH(コントロール)の量の値でそれぞれ補正した後、コントロールの補正値を1としたときの各試料の補正値をそれぞれ算出した(以下の試験でも同様)。
【0046】
(1-2)試験結果
図1及び図2はGDS23についての、図3及び図4はGDM12についての、図5及び図6はGDS12についての試験結果を示している。
図1図3、及び図5は、各試料についての各時間におけるウェスタンブロットのバンド画像である。
図2図4、及び図6は、各試料についての各時間におけるウエスタンブロット定量解析結果を示すグラフである。これらのデータは、平均±S.D.(n=4)、*p<0.05、**p<0.01、***p<0.001(Dunnet検定)である。
【0047】
GDS23、GDM12、及びGDS12の各試料を正常ヒト表皮角化細胞にそれぞれ添加して数時間培養した結果、いずれの場合もリン酸化p62が増加し、p62には変化は見られなかった。リン酸化p62の増加は、p62がリン酸化されたためと考えられる。一方、p62の減少分は新たなp62が産生されて補充されたと考えられる。このp62の補充機構として、リン酸化p62にKeap1が結合することによって離脱したNrf2により発現する因子の中にp62も存在するというポジティブフィードバックが含まれるとされている。この試験によって、GDS23、GDM12、及びGDS12の各々によるp62のリン酸化促進作用が確認できた。p62のリン酸化は、この試験条件下において、GDS23については12時間の培養以降に、GDM12及びGDS12については18時間の培養以降に有意に起きることが確認された。
【0048】
(2)Nrf2の活性化及び核内移行の確認試験
免疫染色法を用いて、p62のリン酸化後のNrf2の核内移行の確認試験を行った。この試験には、ジステアリン酸グリセロールPEG-23(GDS23)を用いた。
(2-1)試験方法
正常ヒト表皮角化細胞(NHEK:クラボウ製)を25mmφポリリジンコーティングカバーガラス(松浪硝子工業株式会社)に2×10cells/wellの細胞密度で播種した。続いて、培地(HuMedia-KG2:クラボウ製)を用いて37℃、5%CO条件下で5日間培養した。その後、50μMのGDS23含有培地(HuMedia-KB2:クラボウ製)及びコントロールとして培地(HuMedia-KB2:クラボウ製)のみを添加し、37℃、5%CO条件下で24時間培養した。
【0049】
試料を除去後、カバーガラスを4%ホルムアルデヒド溶液(PBS(-)に溶解)で10分間処理することで透過処理を行った。また、50mM塩化アンモニウム(PBS(-)に溶解)を10分間処理し、細胞の洗浄を行った。その後、10%Normal Goat Serum(3%BSA含有PBS(-)に溶解)を室温で1時間処理し、ブロッキングを行った。
続いて、一次抗体(rabbit Anti-Nrf2 monoclonal antibody、3%BSA含有PBS(-)を用いて1/100に希釈)を4℃で1晩処理し、一次抗体反応を行った。さらに、PBS(-)により洗浄後、二次抗体(goat anti-rabbit IgG (Alexa Fluor 488)、3%BSA含有PBS(-)を用いて1/400に希釈)を室温、暗所で処理し、二次抗体反応を行った。
PBS(-)にて洗浄後、2.0μg/mLのDAPI(4',6-diamidino-2-phenylindole)により室温、暗所で10分間処理し、核染色を行った。染色後、カバーガラスを共焦点レーザー顕微鏡にて観察した。
観察したレーザー条件は以下の通りである。
・レーザー強度:DAPI45%、Alexa 488 50%
・レーザー強度:DAPI55%、Alexa 488 55%
【0050】
(2-2)試験結果
図7に、Nrf2の免疫染色の共焦点レーザー顕微鏡の撮像を示す。50μMのGDS23で細胞を処理し、p62のリン酸化が有意に起こる12時間後、特に18時間後以降の24時間後にNrf2の免疫染色を観察したところ、GDS23で処理しなかったコントロールに比べてGDS23処理試料は、Nrf2が細胞の核内で多く発現していることが分かる。この結果からNrf2が核内へ移行し、活性化していることが確認できた。
【0051】
(3)Keap1とリン酸化p62の結合によるNrf2の活性化の確認試験
リン酸化p62とKeap1との結合を阻害する阻害剤(K67)を用いて、リン酸化p62のKeap1との結合作用を阻害したときのNrf2活性化の抑制(Keap1とリン酸化p62との結合が妨げられてNrf2がKeap1から離脱できない)作用を確認した。この試験には、ジステアリン酸グリセロールPEG-23(GDS23)を用いた。
【0052】
(3-1)試験方法
<方法1>
96wellプレートに培地(HuMedia-KG2:クラボウ製)を用い正常ヒト表皮角化細胞(NHEK:クラボウ製)を2.0×10cells/wellの細胞密度で播種し、37℃、5%CO条件下で半日培養した。次に培地(HuMedia-KB2:クラボウ製)を用いて25μMのK67(Sigma-Aldrich製)を調製し、37℃、5%CO条件下で14時間培養した。続いて、培地(HuMedia-KB2:クラボウ製)を用いて50μMのGDS23を調製し、37℃、5%CO条件下で24時間又は30時間培養した。
【0053】
試料を除去後、PBS(-)で洗浄を行い、RNA精製キット(RNeasy Mini kit:QIAGEN社)を用いてRNAを抽出した。さらにPCR装置(PCR Thermal Cycler Dice:タカラバイオ株式会社)を用いて逆転写反応を行うことでcDNAを合成した。その後、PCR用試薬(SYBR (登録商標)Green Master Mix:Thermo FisherScientific社)を加え、PCR装置(StepOne Real-Time PCR System:Applied Biosystems社)を用いてmRNAの定量をΔΔCt法にて行った。内部標準(コントロール)としてGAPDHの発現量の値で補正した。
【0054】
<方法2>
24wellプレートに培地(HuMedia-KG2:クラボウ製)を用い正常ヒト表皮角化細胞(NHEK:クラボウ製)を1.0×10cells/wellの細胞密度で播種した。培地(HuMedia-KB2:クラボウ製)を用いて25μMのK67(Sigma-Aldrich製)を調製し、37℃、5%CO条件下で14時間培養した。続いて、培地(HuMedia-KB2:クラボウ製)を用いて50μMのジステアリン酸グリセロールPEG-23(GDS23)を調製し、37℃、5%CO条件下で24時間又は30時間培養した。
【0055】
各時間後、10%メルカプトエタノール含有SDS-PAGEを行って細胞からタンパク質を抽出した。そして、タンパク質抽出液は、ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動を行って分離し、セミドライ法でメンブレンへタンパク質を転写した。その後、各抗体を用いてタンパク量を定量した。内部標準(コントロール)としてGAPDHのタンパク量の値で補正した。
【0056】
(3-2)試験結果
図8は、<方法1>による、HO-1(Heme Oxygenase-1:ヘムオキシゲナーゼ)及びGCLC(Glutamate-Cysteine Ligase Catalytic subunit (GCLC):γグルタミルシステイン合成酵素)の定量解析結果を示すグラフである。HO-1は、ヘム分解律速酵素及び細胞を酸化ストレスによる傷害から守る細胞保護タンパクである。図8においては、平均±S.D.(n=4)、**p<0.01、***p<0.0001(Tukey検定)である。
【0057】
図9は、<方法2>による、HO-1及びNQO1(NAD(P)H Quinone Oxidoreductase-1:酸化還元酵素)のウェスタンブロットのバンド画像である。
【0058】
GDS23のみで処理した細胞では、Nrf2の活性化により亢進される抗酸化遺伝子及び抗酸化タンパク質の産生量がコントロールに比べて非常に大きかった。それに対し、予めK67で処理した後にGDS23で処理した細胞では、Nrf2の活性化により亢進される抗酸化遺伝子及び抗酸化タンパク質の産生量が低下した。これらにより、GDS23での処理によってp62のリン酸化が促進されることでNrf2がKeap1から離脱し活性化されること、及び、p62がリン酸化されてもKeap1との結合が阻害された場合はNrf2の活性化が起こらないことが確認された。
【0059】
以上、実施例を参照して本発明を説明したが、本発明はこれらの実施例に限られるものではなく、これらから自明の変形例も本発明に含まれる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9