(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024037258
(43)【公開日】2024-03-19
(54)【発明の名称】オフセット探索装置、オフセット探索方法、及びコンピュータプログラム
(51)【国際特許分類】
G08G 1/082 20060101AFI20240312BHJP
G08G 1/00 20060101ALI20240312BHJP
【FI】
G08G1/082
G08G1/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022141964
(22)【出願日】2022-09-07
(71)【出願人】
【識別番号】504126112
【氏名又は名称】住友電工システムソリューション株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】弁理士法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齊藤 健
(72)【発明者】
【氏名】榊原 肇
(72)【発明者】
【氏名】中尾 博司
(72)【発明者】
【氏名】千賀 誠
【テーマコード(参考)】
5H181
【Fターム(参考)】
5H181AA01
5H181EE02
5H181JJ12
(57)【要約】
【課題】 青信号の当初期間が無駄になるのを防止できるオフセットを設定する。
【解決手段】 本開示の一態様に係る装置は、車両交通に関連する入力データを記憶する記憶部と、記憶した前記入力データを用いて、対象路線に含まれる複数の交差点に適用するオフセットの探索処理と、探索途中の前記オフセットの採用可否を判定するための評価指標を前記複数の交差点ごとに算出する指標算出と、を実行する制御部と、を備えるオフセット探索装置であって、前記制御部は、前記評価指標の算出対象である前記交差点について、当該交差点の青開始時刻に車群の先頭車両が前記交差点に到着する場合に、青信号が先出しされるように前記交差点のオフセットを調整する、減速抑制処理を実行する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両交通に関連する入力データを記憶する記憶部と、
記憶した前記入力データを用いて、対象路線に含まれる複数の交差点に適用するオフセットの探索処理と、探索途中の前記オフセットの採用可否を判定するための評価指標を前記複数の交差点ごとに算出する指標算出と、を実行する制御部と、を備えるオフセット探索装置であって、
前記制御部は、
前記評価指標の算出対象である前記交差点について、当該交差点の青開始時刻に車群の先頭車両が前記交差点に到着する場合に、青信号が先出しされるように前記交差点のオフセットを調整する、減速抑制処理を実行する、オフセット探索装置。
【請求項2】
前記指標算出は、
前記交差点における遅れ時間の算出処理を含み、
前記減速抑制処理は、
算出した前記遅れ時間がゼロであることを条件として実行される、請求項1に記載のオフセット探索装置。
【請求項3】
前記青信号の先出し時間は、
前記先頭車両の速度に応じて動的に変動する設定時間である、請求項1に記載のオフセット探索装置。
【請求項4】
前記複数の交差点には、
車両を停止させる必要のある停止交差点が含まれ、
前記制御部は、
前記評価指標の算出対象である前記停止交差点について、前記交差点に前記先頭車両が到着する時刻が前記交差点の赤終了時刻から調整時間を減算した時刻と一致するように、前記交差点のオフセットを調整する、強制停止処理を実行する、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のオフセット探索装置。
【請求項5】
前記評価指標は、
前記交差点における前記遅れ時間と前記交差点における停止回数の重み付き加算部分を有する式により定義され、
前記強制停止処理は、
前記遅れ時間と前記停止回数に乗ずる重みをゼロにする処理を含む、請求項4に記載のオフセット探索装置。
【請求項6】
オフセット探索装置により実行されるオフセット探索方法であって、
車両交通に関連する入力データを記憶するステップと、
記憶した前記入力データを用いて、対象路線に含まれる複数の交差点に適用するオフセットの探索処理と、探索途中の前記オフセットの採用可否を判定するための評価指標を前記複数の交差点ごとに算出する指標算出と、を実行するステップと、
前記評価指標の算出対象である前記交差点について、当該交差点の青開始時刻に車群の先頭車両が前記交差点に到着する場合に、青信号が先出しされるように前記交差点のオフセットを調整する、減速抑制処理を実行するステップと、を含む、オフセット探索方法。
【請求項7】
車両交通に関連する入力データを記憶する記憶部と、
記憶した前記入力データを用いて、対象路線に含まれる複数の交差点に適用するオフセットの探索処理と、探索途中の前記オフセットの採用可否を判定するための評価指標を前記複数の交差点ごとに算出する指標算出と、を実行する制御部と、を備えるオフセット探索装置として、コンピュータを機能させるコンピュータプログラムであって、
前記制御部は、
前記評価指標の算出対象である前記交差点について、当該交差点の青開始時刻に車群の先頭車両が前記交差点に到着する場合に、青信号が先出しされるように前記交差点のオフセットを調整する、減速抑制処理を実行する、コンピュータプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オフセット探索装置、オフセット探索方法、及びコンピュータプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、規制速度を超えた高速度で走行する車両をも考慮した最適なオフセットを算出できるオフセット探索装置が記載されている。
特許文献2には、規制速度を遵守する車両の走行を妨げることなく、高速で走行する車両の走行を抑制する最適なオフセットを探索するオフセット探索装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-80343号公報
【特許文献2】特開2016-164760号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
先頭車両の交差点到着時刻と同時に青信号が開始するオフセットを設定すると、先頭車両の運転者による減速行動により、青信号の当初期間が無駄になる場合がある。
本開示は、かかる従来の問題点に鑑み、青信号の当初期間が無駄になるのを防止できるオフセットを設定できるようにすることを第1の目的とする。
【0005】
政策的な観点から車両を停止させる必要のある交差点(停止交差点)のオフセットを設定しても、規制速度を超えて走行する車両が青信号で通過できてしまう場合がある。
本開示は、かかる従来の問題点に鑑み、より確実に車両を停止させるオフセットを設定できるようにすることを第2の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一態様に係る装置は、車両交通に関連する入力データを記憶する記憶部と、記憶した前記入力データを用いて、対象路線に含まれる複数の交差点に適用するオフセットの探索処理と、探索途中の前記オフセットの採用可否を判定するための評価指標を前記複数の交差点ごとに算出する指標算出と、を実行する制御部と、を備えるオフセット探索装置であって、前記制御部は、前記評価指標の算出対象である前記交差点について、当該交差点の青開始時刻に車群の先頭車両が前記交差点に到着する場合に、青信号が先出しされるように前記交差点のオフセットを調整する、減速抑制処理を実行する。
【0007】
本開示の一態様に係る方法は、オフセット探索装置により実行されるオフセット探索方法であって、車両交通に関連する入力データを記憶するステップと、記憶した前記入力データを用いて、対象路線に含まれる複数の交差点に適用するオフセットの探索処理と、探索途中の前記オフセットの採用可否を判定するための評価指標を前記複数の交差点ごとに算出する指標算出と、を実行するステップと、前記評価指標の算出対象である前記交差点について、当該交差点の青開始時刻に車群の先頭車両が前記交差点に到着する場合に、青信号が先出しされるように前記交差点のオフセットを調整する、減速抑制処理を実行するステップと、を含む。
【0008】
本開示の一態様に係るプログラムは、車両交通に関連する入力データを記憶する記憶部と、記憶した前記入力データを用いて、対象路線に含まれる複数の交差点に適用するオフセットの探索処理と、探索途中の前記オフセットの採用可否を判定するための評価指標を前記複数の交差点ごとに算出する指標算出と、を実行する制御部と、を備えるオフセット探索装置として、コンピュータを機能させるコンピュータプログラムであって、前記制御部は、前記評価指標の算出対象である前記交差点について、当該交差点の青開始時刻に車群の先頭車両が前記交差点に到着する場合に、青信号が先出しされるように前記交差点のオフセットを調整する、減速抑制処理を実行する。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、青信号の当初期間が無駄になるのを防止できるオフセットを設定することができる。本開示によれば、より確実に車両を停止させるオフセットを設定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、マクロモデルにおける車両挙動の一例を示す模式図である。
【
図2】
図2は、オフセットを算出する対象路線の一例を示す模式図である。
【
図3】
図3は、交通シミュレータの構成例を示すブロック図である。
【
図4】
図4は、リンク番号の表現方法の一例を示す模式図である。
【
図5】
図5は、オフセットの変化と各交差点の青開始時刻との関係の一例(オフセット波及方式)を示す説明図である。
【
図6】
図6は、オフセットの変化と各交差点の青開始時刻との関係の別例(オフセット非波及方式)を示す説明図である。
【
図7】
図7は、探索処理の一例を示すフローチャートである。
【
図8】
図8は、探索処理の一例を示すフローチャートである。
【
図9】
図9は、探索処理の一例を示すフローチャートである。
【
図10】
図10は、指標算出の一例を示すフローチャートである。
【
図11】
図11は、遅れ時間の算出方法の一例を示す説明図である。
【
図12】
図12は、危険指数の算出方法の一例を示す説明図である。
【
図13】
図13は、オフセットの調整方法のバリエーションを示す説明図である。
【
図14】
図14は、強制停止処理の実装方法の一例を示す説明図である。
【
図15】
図15は、減速抑制処理の実装方法の一例を示す説明図である。
【
図16】
図16は、減速抑制処理を行った場合の車両の走行軌跡の一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<本発明の実施形態の概要>
以下、本発明の実施形態の概要を列記して説明する。
(1) 本実施形態に係る装置は、車両交通に関連する入力データを記憶する記憶部と、記憶した前記入力データを用いて、対象路線に含まれる複数の交差点に適用するオフセットの探索処理と、探索途中の前記オフセットの採用可否を判定するための評価指標を前記複数の交差点ごとに算出する指標算出と、を実行する制御部と、を備えるオフセット探索装置であって、前記制御部は、前記評価指標の算出対象である前記交差点について、当該交差点の青開始時刻に車群の先頭車両が前記交差点に到着する場合に、青信号が先出しされるように前記交差点のオフセットを調整する、減速抑制処理を実行する。
【0012】
本実施形態のオフセット探索装置によれば、制御部が、オフセットの採用可否を判定するための評価指標の算出対象である交差点について、上記の減速抑制処理を実行するので、青信号の当初期間が無駄になるのを防止できるオフセットを設定することができる。
【0013】
(2) 本実施形態のオフセット探索装置において、前記指標算出は、前記交差点における遅れ時間の算出処理を含み、前記減速抑制処理は、算出した前記遅れ時間がゼロであることを条件として実行されることにしてもよい。
その理由は、交差点において既に遅れ時間が発生している場合は、青信号の先出しを実行する必要がないからである。
【0014】
(3) 本実施形態のオフセット探索装置において、前記青信号の先出し時間は、前記先頭車両の速度に応じて動的に変動する設定時間であってもよい。
このようにすれば、固定の設定時間を採用する場合に比べて、先出し時間を正確に設定することができ、減速抑制処理の精度が向上する。
【0015】
(4) 本実施形態のオフセット探索装置において、前記複数の交差点に、車両を停止させる必要のある停止交差点が含まれる場合には、前記制御部は、前記評価指標の算出対象である前記停止交差点について、前記交差点に前記先頭車両が到着する時刻が前記交差点の赤終了時刻から調整時間を減算した時刻と一致するように、前記交差点のオフセットを調整する、強制停止処理を実行してもよい。
【0016】
本実施形態のオフセット探索装置によれば、制御部が、オフセットの採用可否を判定するための評価指標の算出対象である停止交差点について、上記の強制停止処理を実行するので、高速で走行する車両の停止交差点における強制停止が可能となり、より確実に車両を停止させるオフセットを設定することができる。
【0017】
(5) 本実施形態のオフセット探索装置において、前記評価指標が、前記交差点における前記遅れ時間と前記交差点における停止回数の重み付き加算部分を有する式により定義される場合には、前記強制停止処理は、前記遅れ時間と前記停止回数に乗ずる重みをゼロにする処理を含んでいてもよい。
この場合、遅れ時間と停止回数に乗ずる重みをゼロにする処理が強制停止処理に含まれるので、車両の走行挙動に関係なく、車両を停止交差点で停止させるオフセットを設定することができる。
【0018】
(6) 本実施形態の方法は、上述の(1)~(5)のオフセット探索装置が実行する探索方法法である。
従って、本実施形態の方法は、上述の(1)~(5)のオフセット探索装置と同様の作用効果を奏する。
【0019】
(7) 本実施形態のコンピュータプログラムは、上述の(1)~(5)のオフセット探索装置として、コンピュータを機能させるためのコンピュータプログラムである。
従って、本実施形態のコンピュータプログラムは、上述の(1)~(5)のオフセット探索装置と同様の作用効果を奏する。
【0020】
<本発明の実施形態の詳細>
以下、図面を参照して、本発明の実施形態の詳細を説明する。なお、以下に記載する実施形態の少なくとも一部を任意に組み合わせてもよい。
【0021】
〔用語の定義〕
本実施形態の詳細を説明するに当たり、まず、本明細書で用いる用語の定義を行う。
「交差点」:十字路、丁字路その他2以上の道路が交わる場合における、当該2以上の道路(歩道と車道の区別のある道路においては車道)の交わる部分をいう。
「道路」:本実施形態では、交差点に通じる車道のことをいう。車道は、専ら車両の通行の用に供することを目的とする道路の部分(自転車道を除く。)である。
【0022】
「ノード」:道路網を論理的に取り扱う場合の、交差点を表すデータのことである。
「リンク」:道路網を論理的に取り扱う場合の、道路を表すデータのことである。リンクは、2つのノードを繋ぐ有向グラフとして定義される。
すなわち、模擬道路網において、隣接する2つの交差点(ノード)間の区間をリンクという。また、ノードに向かって流入する方向のリンクを流入リンクといい、ノードから流出する方向のリンクのことを流出リンクという。
【0023】
「道路網」:現実の道路と交差点とから構成されるネットワークのことをいう。
「模擬道路網」:道路網を模して論理的に構築された、交差点に対応するノードと道路に対応するリンクとを含むネットワークのことをいう。
「車両」:道路網を通行する現実の車両のことをいう。車両には、自動車、軽車両及びトロリーバスのほか、自動二輪車も車両に該当する。
「模擬車両」:模擬道路網に論理的に発生させる、車両を表すデータのことをいう。
【0024】
「交差点到達時刻」:道路網の場合は、車両が交差点の所定地点に到達する時刻のことである。所定地点は、例えば流入路の停止線又はその近傍に設定される。
模擬道路網の場合は、模擬車両が流入リンクにおけるノードの手前の所定位置に到達する時刻のことであり、「ノード到達時刻」ともいう。所定位置は、例えば現実の道路の停止線又はその近傍に対応する位置に設定される。
【0025】
「信号制御パラメータ」:信号表示の時間的要素であるサイクル長、スプリット及びオフセットを総称して信号制御パラメータという。信号制御定数ともいう。
「サイクル長」:交通信号機の青(又は赤)開始時刻から次の青(又は赤)開始時刻までの1サイクルの時間のことをいう。なお、日本では、緑色の信号灯色を青と呼ぶことが法令で定められている。
【0026】
「スプリット」:各現示に割り当てられる時間の長さのサイクル長に対する割合のことをいう。一般に、百分率あるいは割合で表す。厳密には、有効青時間をサイクル長で割った値である。
「オフセット」:系統制御又は地域制御において、信号表示のある時点、例えば、主道路青信号の開始時点の当該信号機群に共通な基準時点からのずれ、或いは、隣接交差点間の同一表示開始点のずれのことをいう。前者を絶対オフセット、後者を相対オフセットといい、時間(秒)又は周期の百分率で表す。
【0027】
「青時間」:交差点において車両に通行権がある時間帯のことをいう。青時間の終了時点は、最も早い場合で青信号灯の消灯時点、最も遅い場合で黄信号灯の消灯時点に設定すればよい。矢印信号灯のある交差点の場合は、右折矢印灯の終了時点でもよい。
「赤時間」:交差点において車両に通行権がない時間帯のことをいう。赤時間の開始時点は、最も早い場合で青信号灯の消灯時点、最も遅い場合で黄信号灯の消灯時点に設定すればよい。矢印信号灯のある交差点の場合は、右折矢印灯の終了時点でもよい。
【0028】
上記の通り、本実施形態では、1サイクルに含まれる時間帯を、通行権ありの「青時間」と通行権なしの「赤時間」とに大別する。従って、青時間をG、赤時間をR、サイクル長をCとすると、C=G+Rの関係がある。
このため、本実施形態においてRが含まれる算出式については、Rの代わりに(C-G)を用いてもよい。すなわち、本実施形態の赤時間Rは、サイクル長Cと青時間Gから間接的に算出した値であってもよい。
【0029】
「待ち行列」:赤信号による信号待ちなどのために、交差点の手前で停止している車両の行列のことをいう。
「旅行時間」:車両がある区間を旅行するのに要した時間のことをいう。旅行時間には、途中の停止時間及び遅れ時間が含まれる。
「交通量」:単位時間内の通過台数のことである。特に断らないときは、1時間の通過台数で表すが、制御や評価のためには、例えば秒単位、5分又は15分単位などの短い単位時間の交通量が用いられる。
【0030】
「過飽和・非飽和・近飽和」:青表示終了時に信号待ち行列の捌け残りが生じる時は、交通需要は交通容量を超過している。この状態を「過飽和状態」という。
逆に、交通需要が交通容量以下の状態で、青表示終了時には信号待ち行列が解消する状態を「非飽和状態」という。過飽和ではないが、需要率が高い状態(例えば0.85以上の状態)を近飽和という。なお、需要率は1未満である。
【0031】
「交通流率」:車線又は車道のある断面をある時間(通常は1時間未満)に通過する台数を単位時間(通常は1時間)当たりに換算した値のことを、交通流率という。
例えば、15分間の交通量が90台の場合、この15分間の交通流率は360(台/時間)又は6(台/分)となる。交通流率は、対象としたある期間に通過した車両の平均車頭時間の逆数である。
【0032】
「飽和交通流率」:交通需要が十分に存在する状態で、交差点の流入部において単位時間(例えば1秒)かつ一車線当たりに停止線を通過しうる、最大の車両数を飽和交通流率という。
直進車線の他に右折専用車線又は左折専用車線がある場合など、交通流の動線が異なると飽和交通流率の値は異なる。飽和交通流率の値は、車線幅員や大型車混入率など道路又は交通条件によっても異なる。
【0033】
「系統制御」:一連の隣接する交差点を相互に連動させて制御する方式のことをいう。この方式の特徴は、系統制御を行う複数の信号機に対して共通のサイクル長(系統の共通サイクル長)とオフセットを定める点にある。また、系統制御を実行する複数の交差点を含む道路区間を「系統区間」という。
【0034】
〔交通シミュレータの概要〕
交通シミュレータは、一般に、模擬道路網(以下、「道路網」と略記する。)に複数の模擬車両(以下、「車両」と略記する。)を発生させ、交差点に適用する信号制御パラメータなどを算出する装置である。
【0035】
交通シミュレータに採用されるモデル(アルゴリズム)は、「ミクロモデル」と「マクロモデル」に大別される。
ミクロモデルは、車両の比較的細かな挙動を扱い、交差点の改良の評価などを行うのに適したモデルである。マクロモデルは、車両の挙動を簡素化し、最適なオフセットを探索する繰り返し計算に適したモデルである。
【0036】
以下、ミクロモデルを採用するシミュレータを「ミクロシミュレータ」という。マクロモデルを採用するミュレータを「マクロミュレータ」という。
本実施形態の交通シミュレータ10(
図3参照)は、マクロモデルを採用するマクロシミュレータである。従って、交通シミュレータ10は、最適なオフセットを探索する「オフセット探索装置」としての機能を有する。もっとも、交通シミュレータ10は、ミクロシミュレータの機能を併有してもよい。
【0037】
〔マクロモデルにおける車両の挙動と対象路線〕
図1は、マクロモデルにおける車両挙動の一例を示す模式図である。
図1に示すように、交通シミュレータ(マクロシミュレータ)10では、車両をリンク単位の交通量として表現することにより、車両の挙動の簡素化を図る。
すなわち、交差点(ノード)に向かう流入路(流入リンク)に車両を発生させ、流入路における通行権の有無に応じて、車両を停止させたり通過させたりする。
【0038】
図2は、オフセットを算出する対象路線の一例を示す模式図である。
図2に示すように、オフセットを算出する対象路線は、複数の交差点(ノード)1,2……N,N+1,……Mと、隣接する交差点同士を繋ぐ道路(リンク)と、を含む。
対象路線は、
図2のような直線状ではなく、交差点で左折又は右折するリンクを含む曲がった路線でもよい。
図2の例では、交差点Nと交差点N+1との青開始時刻の差分(オフセット)はS秒である。
【0039】
オフセットを算出する対象路線では、交差点1から交差点Mに向かって走行する車両と、交差点Mから交差点1に向かって走行する車両のように、上り方向及び下り方向の両方向の車両の挙動が考慮される。
その理由は、実際の道路では両方向の車両が同時に存在するため、交差点間のオフセットは、両方向の交通に適した値に設定する必要であるからである。
【0040】
対象路線では、車両の流れは一様流であると仮定する。例えば、対象路線において想定される交通量が1時間当たり720台であれば、リンクの始点では5秒に1台の割合で車両を発生させる。マクロモデルでは、交通量はリンク単位で所定値に設定される。
例えば、
図2の対象路線において、交差点1を始点として、5秒に1台の車両を発生させて交差点Mに向かって走行させたり、交差点Mを始点として、5秒に1台の車両を発生させて交差点1に向かって走行させたりする。
【0041】
また、対象路線の途中の交差点を右折又は左折して対象路線に流入する、交通量が考慮される場合もある。
この場合、例えば途中の交差点Nを始点として、所定秒数に1台の車両を発生させて交差点Mに向かって走行させたり、途中の交差点Nを始点として、所定秒数に1台の車両を発生させて交差点1に向かって走行させたりする。
【0042】
交通シミュレータ(マクロシミュレータ)10は、上記のように対象路線にリンク単位で発生させた車両の走行挙動に基づいて、対象路線における遅れ時間、停止回数、及び危険指数などの交通指標の加重和より定義される評価指標を算出する。
また、交通シミュレータ10は、算出した評価指標がなるべく小さくなる(例えば最小となる)ように、対象路線に含まれる各交差点に適用するオフセットを決定する。以下、
図3を用いて交通シミュレータ10の構成例を説明する。
【0043】
〔交通シミュレータのハードウェア構成〕
図3は、交通シミュレータ10の構成例を示すブロック図である。
図3に示すように、交通シミュレータ10は、筐体11にそれぞれ収容された、制御部12、記憶部13及び通信部14を備えるコンピュータである。筐体11には、操作部15及び表示部16が接続される。
【0044】
制御部12、記憶部13及び通信部14は、筐体11内のバックプレーン又はバスに装着される。操作部15及び表示部16は、所定のコネクタにそれぞれ接続され、バックプレーン又はバスを介して制御部12と情報をやり取りする。
制御部12は、CPUとRAM(Random Access Memory)などのメインメモリとを含む演算処理装置である。制御部12のCPUは、記憶部13に格納されたコンピュータプログラム17をメモリに読み出し、当該プログラム17に従って種々の情報処理を行う。
【0045】
記憶部13は、HDD(Hard Disk Drive)及びSSD(Solid State Drive)のうちの少なくとも1つの不揮発性メモリよりなる記録媒体、及び、外付け又は内蔵型の光学ドライブのうちの少なくとも1つを含む補助記憶装置である。
通信部14は、外部装置とのイーサネット(登録商標)通信を行う通信カード(例えばLANカード)である。通信部14は、LANケーブルなどの所定の通信ケーブルによりゲートウェイ装置(図示せず)に接続される。
【0046】
操作部15は、キーボード及びポインティングデバイスなどの入力機器である。交通管制に従事するオペレータは、操作部15へのコマンド入力やクリックなどの操作入力により、制御部12に所定の設定情報(例えば入力データ)を送信する。
表示部16は、液晶モニタ又は有機ELパネルなどの表示装置である。表示部16は、操作部15に対する操作入力を受け付けるためのGUI(Graphical User Interface)画面などを表示する。
【0047】
〔交通シミュレータのソフトウェア構成〕
記憶部13に格納されるプログラム17には、コンピュータ10を、オフセットを算出可能なマクロシミュレータとして機能させるためのマクロモデル18が含まれる。
マクロモデル18用の入力データは、車両交通に関連するデータであり、例えば、走行速度、加速減速特性、交通量、交差点の飽和交通流率、信号制御パラメータ、道路網のリンク情報、サブエリア構成などのネットワーク情報、及び交差点種別などが含まれる。
【0048】
入力データは、操作部15から入力されて記憶部13に保持される。マクロモデル18の場合には、車両の挙動を簡素化するための交通量として、OD交通量ではなくリンク単位の流入交通量が用いられる。
なお、ミクロモデルの場合には、交通量として「OD交通量」(Oは「Origin」、Dは「Destination」の意味)が用いられる。
【0049】
記憶された入力データとマクロモデル18を用いて制御部12が実行する処理には、「探索処理」(
図7、
図8及び
図9参照)と「指標算出」(
図10参照)が含まれる。
探索処理は、対象路線に含まれる複数の交差点に適用するオフセットSを、所定の条件を満たすように探索する処理である。具体的には、探索処理は、所定の算出式で定義される評価指標PI(
図10参照)が例えば最小になるオフセットSを探索する処理である。
指標算出は、探索処理において探索途中のオフセットSの採用可否を判定するための評価指標PIを、複数の交差点ごとに算出する処理である。
【0050】
従って、指標算出(評価指標PIの算出処理)には、評価指標PIの算出式を構成する交通指標と、交通指標に乗じられる重み係数などを設定又は算出する処理が含まれる。
例えば、本実施形態の指標算出には、「遅れ時間DL」、「停止回数ST」、「危険指数DN」、「不平等指数EQ」、「減速抑制指数NS」をそれぞれ算出する処理と、変数として定義された重み係数(例えば遅れ時間と停止回数に乗算する「重み係数k0」)を算出する処理などが含まれる。これらの交通指標の算出方法については後述する。
【0051】
交通シミュレータ10の制御部12は、評価指標PIが最小となるオフセットSの探索が完了すると、ユーザが視認可能となるようにオフセットSを表示部16に出力する。
制御部12は、各リンクの渋滞長、車両の旅行時間、交通量、及び待ち行列長(待ち行列台数)などの交通指標を算出することもできる。これらの交通指標とオフセットSは、例えば、表示部16が表示する道路網を表すデジタル地図に重畳的に表示される。
【0052】
〔リンク番号の表現方法〕
図4は、リンク番号の表現方法の一例を示す模式図である。
図4に示すように、上り側から順にナンバリングされた、5つの交差点(ノード)1,2,3,4,5と、6つのリンクL0,L1,L2,L3,L4,L5を含む対象路線を想定する。また、交差点1と交差点2との間のオフセットが10秒であるとする。
具体的には、交差点1の青開始時刻から10秒加算した時刻に、交差点2の青信号が開始する(交差点2でのオフセットが+10秒)。
【0053】
前述の通り、対象路線では、上り方向と下り方向の車両の挙動が考慮される。
従って、交通シミュレータ10の制御部12は、上り方向に沿ってリンクL0,L1,L2,L3,L4の順に車両を発生させ、遅れ時間DL、停止回数ST、及び危険指数DNなどの交通指標を交差点ごとに算出する。
【0054】
また、制御部12は、下り方向ではリンク及び交差点の順序を逆転させ、リンクL5,L4,L3,L2,L1の順に車両を発生させ、停止時間DL、停止回数ST、及び危険指数DNなどの交通指標を交差点ごとに算出する。
この場合、制御部12は、交差点2のオフセットが交差点1に対して+10秒(オフセット算出前の現状値)であるとすると、リンク番号の順序を逆転させたときには、交差点1のオフセットを交差点2に対して-10秒とする。
【0055】
〔オフセットの変更方法〕
図5は、オフセットの変化と各交差点の青開始時刻との関係の一例(オフセット波及方式)を示す説明図である。
図5は、
図4の上り方向の対象路線を抜き出した図である。交差点2のオフセットが交差点1に対して+10秒に変化した場合、交差点2の青開始時刻は交差点1よりも10秒遅れる。オフセット波及方式では、交差点3,4,5のオフセットを交差点2に対して0秒とし、交差点3,4,5での青開始時刻も、交差点2と同じ時刻に設定する。
【0056】
図6は、オフセットの変化と各交差点の青開始時点との関係の別例(オフセット非波及方式)を示す説明図である。
図6も、
図4の上り方向の対象路線を抜き出した図である。交差点2のオフセットが交差点1に対して+10秒に変化した場合、交差点2の青開始時刻は交差点1よりも10秒遅れる。この場合、オフセット非波及方式では、交差点3のオフセットを交差点2に対して-10秒とし、交差点3の青開始時刻を、交差点2より10秒早い交差点1の青開始時刻と同じ時刻とする。交差点4,5の青開始時刻も交差点3と同じ時刻とする。
【0057】
図5及び
図6に示すように、交差点2のオフセットが変化した場合における、当該交差点2よりも下流側の交差点3,4,5のオフセットの変更方法には、オフセット波及方式(
図5)とオフセット非波及方式(
図6)の2つの手法がある。本実施形態の交通シミュレータ10はいずれの方法も採用可能である。
【0058】
〔探索処理〕
図7、
図8及び
図9は、交通シミュレータ10の制御部12が実行する、探索処理の一例を示すフローチャートである。
ここでは、探索処理を行う対象路線は、交差点番号を意味する変数Nの範囲が1からMであるM個の交差点を含む、
図2に例示される路線であるとする。
【0059】
交通シミュレータ10の制御部12は、まず、変数Nを初期値である1に設定し(ステップS11)、交差点Nと交差点N+1との間のオフセット値をS秒(例えば現状値又は初期値)に設定する(ステップS12)。
次に、制御部12は、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットがS秒である場合の評価指標PI(S)を算出する(ステップS13)。評価指標PIの算出については、後述する。
【0060】
次に、制御部12は、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットをS+P秒に設定し(ステップS14)、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットがS+P秒である場合の評価指標PI(S+P)を算出する(ステップS15)。
ここで、「P」は探索用のオフセット変動値である。Pは、例えば、15,40,10,3,2……などのようにランダムに変化する設定値であり、オフセット変動値Pが変化するごとに
図7乃至
図9の処理が繰り返される。
【0061】
次に、制御部12は、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットをS-P秒に設定し(ステップS16)、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットがS-P秒である場合の評価指標PI(S-P)を算出する(ステップS17)。
【0062】
次に、制御部12は、PI(S)≦E(S+P)でかつE(S)≦E(S-P)で定義される「第1条件」を充足するか否かを判定する(ステップS18)。
第1条件を充足する場合(ステップS18でYES)は、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットがS秒であるときに評価指標PIが最小となるので、制御部12は、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットをS秒に決定し、変数Nに1を加算する(ステップS19)。
【0063】
次に、制御部12は、変数Nが対象路線の交差点の総数Mより大きいか否かを判定する(ステップS20)。
変数Nが総数Mより大きくない場合(ステップS20でNO)は、次の交差点間の処理に移行するため、制御部12は処理をステップS12の前に戻す。
変数Nが総数Mより大きい場合(ステップS20でYES)は、すべての交差点間のオフセット値を算出済みであるから、制御部12は処理を終了する。
【0064】
第1条件を充足しない場合(ステップS18でNO)は、制御部12は、PI(S+P)≦E(S-P)で定義される「第2条件」を充足するか否かを判定する(ステップS21)。
その理由は、第1条件を充足しない場合(ステップS18でNO)は、交差点Nと交差点N+1との間のオフセット(S秒)が評価指標PIを最小にする値ではないため、最適なオフセットが探索できたとは言えないからである。
【0065】
第2条件を充足する場合(ステップS21でYES)は、オフセットを(S+P)秒に変更した方が評価指標PIを小さくできる可能性がある。
従って、制御部12は、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットがS秒である場合の評価指標PI(S)を算出したあと(ステップS23)、当該オフセットをS+P秒に設定し(ステップS24)、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットがS+P秒である場合の評価指標PI(S+P)を算出する(ステップS25)。
【0066】
次に、制御部12は、PI(S)≦E(S+P)で定義される「第3条件」を充足するか否かを判定する(ステップS26)。
第3条件を充足する場合(ステップS26でYES)は、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットがS秒のときに評価指標PIが最小になるので、制御部12は、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットをS秒に決定し、ステップS19の処理を行う。
第3条件を充足しない場合(ステップS26でNO)は、他のオフセット変動値Pを試行して探索を継続するため、制御部12は、処理をステップS22の前に戻す。
【0067】
第2条件を充足しない場合(ステップS21でNO)は、オフセットをS-P秒に変更した方が評価指標PIを小さくできる可能性がある。
従って、制御部12は、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットがS秒である場合の評価指標PI(S)を算出したあと(ステップS28)、当該オフセットをS-P秒に設定し(ステップS29)、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットがS-P秒である場合の評価指標PI(S-P)を算出する(ステップS30)。
【0068】
次に、制御部12は、PI(S)≦E(S-P)で定義される「第4条件」を充足するか否かを判定する(ステップS31)。
第4条件を充足する場合(ステップS31でYES)は、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットがS秒のときに評価指標PIが最小になるので、制御部12は、交差点Nと交差点N+1との間のオフセットをS秒に決定し、ステップS19の処理を行う。
第4条件を充足しない場合(ステップS31でNO)は、他のオフセット変動値Pを試行して探索を継続するため、制御部12は、処理をステップS27の前に戻す。
【0069】
〔指標算出〕
図10は、交通シミュレータ10の制御部12が実行する、指標算出の一例を示すフローチャートである。
図10に示すように、交通シミュレータ10の制御部12は、上述の探索処理(
図7から
図9)の途中でそれぞれ取得される、現時点のオフセットSを対象路線に含まれる各交差点に適用する(ステップS41)。
【0070】
次に、制御部12は、入力された交通量に応じた所定台数の車両を、交差点1から交差点Mまで所定速度で走行させる(ステップS42)。
所定速度は、例えば、規制速度又は規制速度よりも若干速い速度(例えば、規制速度+5km/時:以下、これらを総合して「規制速度」という。)である。規制速度は、実際の道路通行において安全な走行速度であるが、リンクごとに変更可能である。
【0071】
次に、制御部12は、評価指標PIの算出に必要な交通指標(本実施形態では、遅れ時間DL、停止回数ST、危険指数DN、不平等指数EQ、及び減速軽減指数NS)を、それぞれ算出する(ステップS43)。
なお、制御部12は、後述の不平等指数EQを算出する場合は、入力された交通量に応じた所定台数の車両を、交差点Mから交差点1まで所定速度で走行させる。
【0072】
次に、制御部12は、算出した交通指標を後述の評価指標PIの定義式(1)に適用して、現時点のオフセットSにおける評価指標PIを算出し(ステップS44)、算出した評価指標PIを出力する。
【0073】
図10に示すように、本実施形態の評価指標PIは、次の式(1)により定義される。
PI=k0×(DL+k1×ST)+k2×DN+EQ-NS ……(1)
ただし、式(1)に含まれる交通指標は、以下の通りである。
DL:遅れ時間
ST:停止回数
DN:危険指数
EQ:不平等指数
NS:減速抑制指数
【0074】
式(1)中のk0,k1,k2は、正の値の重み係数である。
このうち、重み係数k0は、政策的に定められる交差点種別(「停止交差点」の指定の有無など)に応じて決定される。この点については後述する。重み係数k1,k2は、予め定められる固定の設定値である。
【0075】
評価指標PIの定義式(1)において、DL、ST、DN、EQの係数(重みなしの場合を含む。)は正の値である。従って、DL、ST、DN、EQの値が小さいほど評価指標PIが小さくなり、現状のオフセットSが維持される方向に作用する。
逆に、DL、ST、DN、EQの値が大きいほど評価指標PIが大きくなり、現状のオフセットSが忌避される方向に作用する。
【0076】
評価指標PIの定義式(1)において、NSの係数(重みなし)の符号は負の値(具体的には「-1」)である。従って、NSの値が大きいほど評価指標PIが小さくなり、現状のオフセットSが維持される方向に作用する。
逆に、NSの値が小さいほど評価指標PIが大きくなり、現状のオフセットSが忌避される方向に作用する。以下、式(1)に含まれる交通指標DL,ST,DN,EQ,NSの算出方法と、重み係数k0の設定方法を説明する。
【0077】
〔遅れ時間の算出方法〕
遅れ時間DLは、対象路線を所定速度で走行する車両が交差点で停止した場合の、車両の停止時間の合計である。
すなわち、遅れ時間DLは、ある交差点で停止した車両の停止時間の総和であり、赤信号による停止の周期的な遅れを意味する。遅れ時間DLは、1サイクルにおける平均待ち行列台数により算出できる。
【0078】
図11は、遅れ時間DLの算出方法の一例を示す説明図である。
図11に示すように、例えば、赤信号により5台の車両が停止したとすると、遅れ時間DLは、1台目の停止時間、2台目の停止時間、……5台目の停止時間のように、5台それぞれの車両の停止時間の合計(
図11の三角形の面積)となる。
【0079】
このように、待ち行列が長くなるほど、最後尾の車両から最前列の車両に向かって停止時間が長くなり遅れ時間DLは大きくなる。
評価指標PIに適用する遅れ時間DLは、各交差点での遅れ時間の合計をサイクル長で除した値が用いられる。また、単位は1秒当たり或いは1時間当たりの換算値である。例えば、1時間当たりの場合の遅れ時間DLの単位は、「台・秒/時」となる。
【0080】
〔停止回数の算出方法〕
停止回数STは、対象路線を所定速度で走行する車両が交差点で停止した場合の、車両の停止回数の合計である。
交差点が非飽和状態の場合、1台の車両が1つの交差点で停止する回数は、1回以下である。従って、停止回数STは、交差点で停止した車両の台数と同じ数となる。また、停止回数STは、各交差点での停止回数の合計であるから、停止が発生した交差点が複数ある場合には、それぞれの交差点での停止回数の総和となる。
【0081】
評価指標PIに適用する停止回数STは、各交差点での停止回数の合計をサイクル長で除算した値が用いられる。また、単位は1秒当たり或いは1時間当たりの換算値である。例えば、1時間当たりの場合の停止回数PIの単位は、「回・秒/時」となる。
【0082】
〔危険指数の算出方法〕
危険指数DNは、車両の交差点到達時刻(ノード到達時刻)における、信号灯色と当該灯色の残り秒数から定義される交通事故の危険度合いを表す指数である。
青信号から赤信号に切り替わるときに飽和流の車群が交差点に到達し、車群が赤信号で停止する車両と停止しない車両とに分断される場合には、追突事故及び右直事故などが発生し易い状況であり、赤開始時刻に近いほど事故が発生する可能性が高いと考えられる。
【0083】
そこで、赤開始時刻から乖離する時間長に応じて漸減する危険度関数を定義し、車群を構成する車両の交差点到達時点における関数値を合計することにより、危険指数DNを算出する。
図12は、危険指数DNの算出方法の一例を示す説明図である。
【0084】
図12において、tは時刻であり、D(t)は車群の危険度関数である。
危険度関数D(t)は、赤開始時刻trにおいて最高値となり、t=t-aにおいてゼロとなり、t=tr+bにおいてゼロとなる折れ線グラフで定義される。具体的には、D(t)は、次の式(2)により定義される。
tr-a≦t≦trのとき:D(t)= (D/a)×(t-tr+a)
tr≦t≦tr+bのとき:D(t)=-(D/b)×(t-tr-b) ……(2)
【0085】
式(2)おいて、「D」は、飽和流の車群を構成する車両の台数である。また、「a」は、車群の先頭車両の交差点到達時刻から赤開始時刻trまでの時間であり、「b」は、赤開始時刻trから車群の末尾車両の交差点到達時刻までの時間である。
交通シミュレータ10の制御部12は、D台の車両を含む車群が交差点において飽和流となる場合は、上記の危険度関数D(t)と時間軸で囲まれる三角形の面積Sdを算出し、算出した面積Sdを当該車群の危険指数DNとする。
【0086】
〔不平等指数の算出方法〕
不平等指数EQは、対象路線を通行する場合の上り方向と下り方向との不平等の度合いを評価するための指数である。
不平等指数EQは、例えば、対象路線における上り方向の旅行時間(以下、「上り旅行時間」という。)と、対象路線における下り方向の旅行時間(以下、「下り旅行時間」という。)との時間差ΔTに応じて、次の式(3)のように定義される。
【0087】
ΔT>THのとき:EQ=E_Large
ΔT≦THのとき:EQ=0 ……(3)
ただし、式(3)において、THは、時間差の多寡を判定するためのる閾値であり、例えば8(秒/km)に設定される。E_Largeは、十分に大きい指数値として予め設定された定数である。
【0088】
この場合、交通シミュレータ10の制御部12は、車両が交差点1から交差点Mを通行する場合の上り旅行時間と、車両が交差点Mから交差点1を通行する場合の下り旅行時間とを算出する。
また、制御部12は、上り下りの旅行時間からそれらの時間差ΔTを算出し、算出した時間差ΔTを式(3)に適用することにより、不平等指数EQを求める。
【0089】
〔オフセットの調整方式のバリエーション〕
図13は、オフセットの調整方式のバリエーションを示す説明図である。
図13において、横軸は距離を表し、縦軸は時刻を表す。
図13に含まれる符号及び変数の意味は、次の通りである。
【0090】
VL1:規制速度で走行する車群(以下、「遵守車群」という。)の走行軌跡
VL2:規制速度を超える速度で走行する車群(以下、「高速車群」という。)の走行軌跡
VW:信号待ちで停止中の車両の走行軌跡
G:赤時間
【0091】
ts:赤開始時刻
te:赤終了時刻
tf:遵守車群の先頭車両が交差点Nに到着する時刻(以下、「先頭到着時刻」という。)
Δt:調整時間(例えば、10秒≦Δt≦20秒の範囲内で決定される設定値)
N:対象路線に含まれる交差点(ノード)
【0092】
図13に示すように、「調整方式1」は、先頭到着時刻tfが交差点Nの赤開始時刻tfに一致するように、交差点NのオフセットSを調整する方式である。
これに対して、「調整方式2」は、先頭到着時刻tfが交差点Nの赤終了時刻teから所定の調整時間Δtを減算した時刻(=te-Δt)と一致するように、交差点NのオフセットSを調整する方式である。
【0093】
〔車両の強制停止処理〕
実際の道路の系統区間には、次の「停止交差点」と「非停止交差点」が存在する。
停止交差点:交通弱者などが横断歩道を通行する可能性が高いため、系統制御中であっても、敢えて車両を停止させるべきと考えられる交差点。例えば、近隣に学校、病院又は老人ホームなどが存在する交差点がこれに該当する。
非停止交差点:停止交差点以外の、系統制御によりなるべく車両を停止させないようにすべき交差点。例えば、重要交差点や、坂道の途中、坂道のサグ部又は頂上部などに存在する交差点がこれに該当する。
【0094】
交差点Nが停止交差点である場合に調整方式1を採用すると、高速車群については赤開始時刻tfの前の青時間に交差点Nを通過可能となり、停止交差点において車両を適切に停止させることができない。
これに対して、交差点Nが停止交差点である場合に調整方式2を採用すると、調整方式1に比べて、調整時間Δtの分だけ赤時間Gが先出しとなる。従って、高速車群についても交差点Nを通過不能となり、停止交差点において車両を適切に停止できる。
【0095】
交通シミュレータ10に入力される交差点種別には、道路網に含まれる交差点N(N=1~M)が停止交差点及び非停止交差点のいずれであるかを表す識別情報が含まれる。
この場合、交通シミュレータ10の制御部12は、交差点Nの識別情報が停止交差点を表す場合は、調整方式2によりオフセットSを調整し、交差点Nにおける車両の停止をより確実とする。以下、このオフセット調整を「強制停止処理」という。
【0096】
〔強制停止処理の実装例(重み係数k0の設定方法)〕
図14は、強制停止処理の実装方法の一例を示す説明図である。
図14において、横軸は、赤開始時刻tsをゼロ(基準時刻)とする車群の先頭到着時刻tfを表し、縦軸は重み係数k0を表す。
図14に含まれる符号及び変数の意味は、次の通りである。
【0097】
R:赤時間
G:青時間
ts:赤開始時刻(=0)
te:赤終了時刻(=R)
【0098】
r1:teから遡及させる第1設定時間(例えば10秒)
r2:te-r1から遡及させる第2設定時間(例えば10秒)
P1:第1期間
P2:第2期間
P3:第3期間
【0099】
図14に示すように、各期間P1,P2,P3はそれぞれ次の時間範囲で定義される。
P1: 0≦tf≦R-r1-r2
P2:R-r1-r2≦tf≦R-r1
P3: R-r1≦tf
【0100】
また、各期間P1,P2,P3における重み係数k0の算出式は、次の通りである。
P1:k0=A×(1-tf/(R-r1-r2))
P2:k0=0
P3:k0=B×(tf-R+r1)/(G+r1)
ただし、A及びBは、A<Bの条件の下で十分に大きい重みとして予め設定された定数であり、例えば、A=3及びB=5に設定される。
【0101】
図14に示す通り、第2期間P2(R-r1-r2≦tf≦R-r1)では、重み係数k0はゼロに設定される。この場合、評価指標PIにおける遅れ時間DL及び停止回数STの項が無視される。
従って、車群の走行挙動に関係なく評価指標PIを小さくでき、先頭到着時刻tfが第2期間P2内となるオフセットS(すなわち、
図13の調整方式2によるオフセットS)が採用され易くなる。
【0102】
第1期間P1(0≦tf≦R-r1-r2)では、重み係数k0は、時刻(R-r1-r2)を基点として負の傾きを有する一次関数として定義される。
従って、先頭到着時刻tfが時刻(R-r1-r2)からマイナス方向に乖離するほど、重み係数k0が増加して、評価指標PIにおける遅れ時間DL及び停止回数STの項の影響が大きくなり、オフセットSが採用され難くなる。
【0103】
第3期間P3(R-r1≦tf)では、重み係数k0は、時刻(R-r1)を基点として正の傾きを有する一次関数として定義される。
従って、先頭到着時刻tfが時刻(R-r1)からプラス方向に乖離するほど、重み係数k0が増加して、評価指標PIにおける遅れ時間DL及び停止回数STの項の影響が大きくなり、オフセットSが採用され難くなる。
【0104】
〔先頭車両に対する減速抑制処理〕
系統制御では、遵守車群を赤信号で停止させないようにオフセットSが調整される。従って、理論上は、遵守車群の先頭車両が交差点に到着する時点で青信号に切り替われば、遵守車群に含まれるすべての車両が交差点で停止せずに通過できる。
もっとも、実際には、流入路において赤信号を認識中の運転者は、停止線に到達する時点で信号灯色が青に切り替わることを判断できない。このため、先頭車両の運転者は、停止線の手前で車両の減速行動を行うのが通常である。
【0105】
しかし、車群の先頭車両が減速行動を行うと、青信号の当初期間が無駄に経過してしまい、交差点を通過できる車両台数が減少するという問題がある。
そこで、先頭到着時刻tfが青開始時刻と一致する場合は、青信号を先出しするオフセットSを採用することが好ましい。この場合、先頭車両の運転者による減速行動がなくなるか、或いは減速度合いが軽減され、上記の問題点が解消される。
なお、「先頭到着時刻tfが青開始時刻と一致する場合」とは、両時刻が厳密に一致する場合に限らず、両時刻の差分が所定誤差(例えば1秒)以内である場合も含まれる。
【0106】
このように、交差点の青開始時刻に車群の先頭車両が当該交差点に到着する場合に、青信号が先出しされるように当該交差点にオフセットSを調整する処理を、先頭車両に対する「減速抑制処理」という。
なお、上述の評価指標PIに含まれる減速抑制指数NSは、青開始時刻からの乖離の多寡に応じて変動するように定義された指数である。
【0107】
〔減速抑制処理の実装例(減速抑制指数の算出方法)〕
図15は、減速抑制処理の実装方法の一例を示す説明図である。
図15において、横軸は、赤開始時刻tsをゼロ(基準時刻)とする車群の先頭到着時刻tfを表し、縦軸は減速抑制指数NSを表す。
図15に含まれる符号及び変数の意味は、次の通りである。
【0108】
R:赤時間
G:青時間
ts:赤開始時刻(=0)
te:赤終了時刻(=R)
【0109】
g1:teから先に進行させた先出し時間(例えば4秒~5秒)
P0:非実行期間
P1:第1期間
P2:第2期間
【0110】
図15に示すように、各期間P0,P1,P2はそれぞれ次の時間範囲で定義される。
P0: 0≦tf<R
P1: R≦tf<R+g1
P2:R+g1≦tf
【0111】
また、各期間P1,P2における減速抑制指数NSの算出式は、次の通りである。
P1:NS=0、または
NS=C×(tf-R)/g1
P2:NS=C
ただし、Cは、十分に大きい指数値として予め設定された定数であり、例えば、C=5に設定される。
【0112】
非実行期間P0では、減速抑制処理は実行されない。その理由は、0≦tf<Rの時間範囲では、車群の先頭車両が赤信号で既に停止しており、遅れ時間DLが発生しているため、青信号を先出しする意味がないからである。
換言すると、本実施形態の交通シミュレータ10において、交差点の遅れ時間DLがゼロであること(すなわち信号待ち停止が発生していないこと)は、減速抑制処理を実行するための前提条件となる。
【0113】
図15に示す通り、第1期間P1(tf<R+g1)では、減速抑制指数NSは、例えば0に設定される。
従って、減速抑制指数NSがゼロでない場合に比べて評価指標PIが大きくなり、先頭到着時刻tfが第1期間P1内となるオフセットS(青信号が先出しされないオフセットS)が採用され難くなる。
【0114】
或いは、第1期間P1(tf<R+g1)では、減速抑制指数NSは、赤終了時刻teを基点として正の傾きを有する一次関数として定義される。
従って、先頭到着時刻tfが時刻teからプラス方向に乖離するほど、減速抑制指数NSが増加して評価指標PIが大きくなり、青信号が先出しされないオフセットSが採用され難くなる。
【0115】
第2期間P2(R+g1≦tf)では、減速抑制指数NSはC(十分に大きい指数値)に設定される。
従って、NSがゼロである場合に比べて評価指標PIが大きくなり、先頭到着時刻tfが第2期間P2内となるオフセットS(青信号が先出しされるオフセットS)が採用され易くなる。
【0116】
図16は、減速抑制処理を行った場合の車両の走行軌跡の一例を示す説明図である。
図16において、横軸は距離を表し、縦軸は時刻を表す。また、各交差点における縦帯は赤時間Rを表し、円で囲んだ部分は、減速抑制処理により青信号の先出しが行われた部分を表す。
図16に示すように、交差点番号が2,4,5及び8である交差点で減速抑制処理が実行されたことにより、車群の先頭車両が交差点を青信号で通過できている。
【0117】
〔先出し時間の設定方法〕
上述の減速抑制処理において、先出し時間g1として、先頭車両の速度に応じて動的に変動する設定時間を採用することにしてもよい。ここで、ジレンマ感応制御で利用される車両の安全停止距離Bdは、次の式(4)で算出される。
【0118】
Bd=Td×(Ve/3.6)+(Ve/3.6)2/(2De) ……(4)
Td:運転者の平均反応時間(例えば、0.7秒)
Ve:車両の速度
De:車両の減速度(例えば、弱い減速では2.0m/秒)
【0119】
上記の安全停止距離Bdは、黄信号に直面した車両の運転者が安全に停止できる距離を意味する。距離Bdだけ停止線から離れた位置にある車両の運転者は、当該位置付近で停止行動を開始すると考えられる。
この位置付近で急に青信号に切り替わったとしても、TT=Bd/(Ve/3.6)で算出される時間があれば、停止行動なしで交差点を通過できると考えられる。そこで、先出し時間g1は、先頭車両の速度に応じた設定時間として次のように設定してもよい。
【0120】
速度40km/時の場合:TT=3.48秒 →繰り上げてg1=4秒とする。
速度50km/時の場合:TT=4.17秒 →繰り上げてg1=5秒とする。
速度60km/時の場合:TT=4.87秒 →繰り上げてg1=5秒とする。
【0121】
〔その他の変形例〕
上述の実施形態は、すべての点で例示であって制限的なものではない。本発明の権利範特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
例えば、上述の実施形態において、評価指標PIから不平等指数EQの項を省略することにしてもよい。また、例えばCO2排出量などの他の指数を評価指標PIに追加することにしてもよい。
【符号の説明】
【0122】
10 交通シミュレータ(オフセット探索装置)
11 筐体
12 制御部
13 記憶部
14 通信部
15 操作部
16 表示部
17 コンピュータプログラム
18 マクロモデル