(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024037532
(43)【公開日】2024-03-19
(54)【発明の名称】胃腸の状態を評価する評価装置、評価システム、評価方法および評価プログラム
(51)【国際特許分類】
A61B 10/00 20060101AFI20240312BHJP
A61B 7/04 20060101ALI20240312BHJP
【FI】
A61B10/00 M
A61B7/04 N
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022142449
(22)【出願日】2022-09-07
(71)【出願人】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】304020292
【氏名又は名称】国立大学法人徳島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】今井 悠喜
(72)【発明者】
【氏名】平山 喬弘
(72)【発明者】
【氏名】加藤 成宏
(72)【発明者】
【氏名】榎本 崇宏
(72)【発明者】
【氏名】原口 毅之
(57)【要約】
【課題】胃腸の状態を精度よく評価する。
【解決手段】被験者の胃腸の状態を評価する評価装置3であって、前記被験者から得られた音響データから複数の腸音を抽出する抽出部32と、前記各腸音の周波数領域に関連する特徴量を演算する特徴量演算部33と、前記各特徴量の分布を示す分布データAを生成する分布データ生成部34と、分布データAに基づいて、前記被験者の胃腸の状態を評価する評価部35と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の胃腸の状態を評価する評価装置であって、
前記被験者から得られた音響データから複数の腸音を抽出する抽出部と、
前記各腸音の周波数領域に関連する特徴量を演算する特徴量演算部と、
前記各特徴量の分布を示す分布データを生成する分布データ生成部と、
前記分布データに基づいて、前記被験者の胃腸の状態を評価する評価部と、
を備える、評価装置。
【請求項2】
前記評価部は、
前記被験者の胃腸の状態が所定の状態であるときに前記被験者から得られた音響データに含まれる、複数の腸音の前記特徴量の分布を示す参照用分布データを取得する参照用データ取得部と、
前記分布データ生成部によって生成された分布データと前記参照用分布データとの類似度を演算する類似度演算部と、
を備え、
前記所定の状態および前記類似度に基づいて前記状態を評価する、請求項1に記載の評価装置。
【請求項3】
前記特徴量は代表周波数である、請求項1または2に記載の評価装置。
【請求項4】
前記特徴量演算部は、
前記各腸音を一定の時間間隔で複数のセグメントに分割する分割部と、
前記各セグメントのピーク周波数を算出するピーク周波数算出部と、
前記ピーク周波数から最大のピーク周波数を前記代表周波数として選択する代表周波数選択部と、
を備える、請求項3に記載の評価装置。
【請求項5】
請求項1に記載の評価装置と、
前記被験者から前記音響データを得るための集音装置と、
を備える、評価システム。
【請求項6】
被験者の胃腸の状態を評価する評価方法であって、
前記被験者から得られた音響データから複数の腸音を抽出する抽出ステップと、
前記各腸音の周波数領域に関連する特徴量を演算する特徴量演算ステップと、
前記各特徴量の分布を示す分布データを生成する分布データ生成ステップと、
前記分布データに基づいて、前記被験者の胃腸の状態を評価する評価ステップと、
を有する、評価方法。
【請求項7】
前記評価ステップは、
前記被験者の胃腸の状態が所定の状態であるときに前記被験者から得られた音響データに含まれる、複数の腸音の前記特徴量の分布を示す参照用分布データを取得する参照用データ取得ステップと、
前記分布データ生成ステップで生成された分布データと前記参照用分布データとの類似度を演算する類似度演算ステップと、
を有し、
前記所定の状態および前記類似度に基づいて前記状態を評価する、請求項6に記載の評価方法。
【請求項8】
前記特徴量は代表周波数である、請求項6または7に記載の評価方法。
【請求項9】
前記特徴量演算ステップは、
前記各腸音を一定の時間間隔で複数のセグメントに分割する分割ステップと、
前記各セグメントのピーク周波数を算出するピーク周波数算出ステップと、
前記ピーク周波数から最大のピーク周波数を前記代表周波数として選択する代表周波数選択ステップと、
を有する、請求項8に記載の評価方法。
【請求項10】
被験者の胃腸の状態を評価する評価プログラムであって、
前記被験者から得られた音響データから複数の腸音を抽出する抽出ステップと、
前記各腸音の周波数領域に関連する特徴量を演算する特徴量演算ステップと、
前記各特徴量の分布を示す分布データを生成する分布データ生成ステップと、
前記分布データに基づいて、前記被験者の胃腸の状態を評価する評価ステップと、
をコンピュータに実行させる、評価プログラム。
【請求項11】
前記評価ステップは、
前記被験者の胃腸の状態が所定の状態であるときに前記被験者から得られた音響データに含まれる、複数の腸音の前記特徴量の分布を示す参照用分布データを取得する参照用データ取得ステップと、
前記分布データ生成ステップで生成された分布データと前記参照用分布データとの類似度を演算する類似度演算ステップと、
を有し、
前記所定の状態および前記類似度に基づいて前記状態を評価する、請求項10に記載の評価プログラム。
【請求項12】
前記特徴量は代表周波数である、請求項10または11に記載の評価プログラム。
【請求項13】
前記特徴量演算ステップは、
前記各腸音を一定の時間間隔で複数のセグメントに分割する分割ステップと、
前記各セグメントのピーク周波数を算出するピーク周波数算出ステップと、
前記ピーク周波数から最大のピーク周波数を前記代表周波数として選択する代表周波数選択ステップと、
を有する、請求項12に記載の評価プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、胃腸の状態を評価する評価装置、評価システム、評価方法および評価プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、腸音に基づいて腸の状態を評価する技術が提案されている(例えば、特許文献1)。具体的には、特許文献1には、腸音の長さや発生頻度といった時間領域の特徴量に基づいて、腸内のガス量を演算することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、腸音の時間領域の特徴量では、後述する比較例に示されるように、空腹や飲食後、健康状態、ライフスタイルなどに関連する、ある胃腸の状態の変化を検出することはできない。そのため、特許文献1に記載の従来技術では、胃腸の状態を精度よく評価できないという問題があった。
【0005】
本開示は、胃腸の状態を精度よく評価することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本開示は以下の態様を含む。
項1.
被験者の胃腸の状態を評価する評価装置であって、
前記被験者から得られた音響データから複数の腸音を抽出する抽出部と、
前記各腸音の周波数領域に関連する特徴量を演算する特徴量演算部と、
前記各特徴量の分布を示す分布データを生成する分布データ生成部と、
前記分布データに基づいて、前記被験者の胃腸の状態を評価する評価部と、
を備える、評価装置。
項2.
前記評価部は、
前記被験者の胃腸の状態が所定の状態であるときに前記被験者から得られた音響データに含まれる、複数の腸音の前記特徴量の分布を示す参照用分布データを取得する参照用データ取得部と、
前記分布データ生成部によって生成された分布データと前記参照用分布データとの類似度を演算する類似度演算部と、
を備え、
前記所定の状態および前記類似度に基づいて前記状態を評価する、項1に記載の評価装置。
項3.
前記特徴量は代表周波数である、項1または2に記載の評価装置。
項4.
前記特徴量演算部は、
前記各腸音を一定の時間間隔で複数のセグメントに分割する分割部と、
前記各セグメントのピーク周波数を算出するピーク周波数算出部と、
前記ピーク周波数から最大のピーク周波数を前記代表周波数として選択する代表周波数選択部と、
を備える、項3に記載の評価装置。
項5.
項1~4のいずれかに記載の評価装置と、
前記被験者から前記音響データを得るための集音装置と、
を備える、評価システム。
項6.
被験者の胃腸の状態を評価する評価方法であって、
前記被験者から得られた音響データから複数の腸音を抽出する抽出ステップと、
前記各腸音の周波数領域に関連する特徴量を演算する特徴量演算ステップと、
前記各特徴量の分布を示す分布データを生成する分布データ生成ステップと、
前記分布データに基づいて、前記被験者の胃腸の状態を評価する評価ステップと、
を有する、評価方法。
項7.
前記評価ステップは、
前記被験者の胃腸の状態が所定の状態であるときに前記被験者から得られた音響データに含まれる、複数の腸音の前記特徴量の分布を示す参照用分布データを取得する参照用データ取得ステップと、
前記分布データ生成ステップで生成された分布データと前記参照用分布データとの類似度を演算する類似度演算ステップと、
を有し、
前記所定の状態および前記類似度に基づいて前記状態を評価する、項6に記載の評価方法。
項8.
前記特徴量は代表周波数である、項6または7に記載の評価方法。
項9.
前記特徴量演算ステップは、
前記各腸音を一定の時間間隔で複数のセグメントに分割する分割ステップと、
前記各セグメントのピーク周波数を算出するピーク周波数算出ステップと、
前記ピーク周波数から最大のピーク周波数を前記代表周波数として選択する代表周波数選択ステップと、
を有する、項8に記載の評価方法。
項10.
被験者の胃腸の状態を評価する評価プログラムであって、
前記被験者から得られた音響データから複数の腸音を抽出する抽出ステップと、
前記各腸音の周波数領域に関連する特徴量を演算する特徴量演算ステップと、
前記各特徴量の分布を示す分布データを生成する分布データ生成ステップと、
前記分布データに基づいて、前記被験者の胃腸の状態を評価する評価ステップと、
をコンピュータに実行させる、評価プログラム。
項11.
前記評価ステップは、
前記被験者の胃腸の状態が所定の状態であるときに前記被験者から得られた音響データに含まれる、複数の腸音の前記特徴量の分布を示す参照用分布データを取得する参照用データ取得ステップと、
前記分布データ生成ステップで生成された分布データと前記参照用分布データとの類似度を演算する類似度演算ステップと、
を有し、
前記所定の状態および前記類似度に基づいて前記状態を評価する、項10に記載の評価プログラム。
項12.
前記特徴量は代表周波数である、項10または11に記載の評価プログラム。
項13.
前記特徴量演算ステップは、
前記各腸音を一定の時間間隔で複数のセグメントに分割する分割ステップと、
前記各セグメントのピーク周波数を算出するピーク周波数算出ステップと、
前記ピーク周波数から最大のピーク周波数を前記代表周波数として選択する代表周波数選択ステップと、
を有する、項12に記載の評価プログラム。
【発明の効果】
【0007】
本開示によれば、胃腸の状態を精度よく評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本開示の一実施形態に係る評価システムの構成を示すブロック図である。
【
図2】本開示の一実施形態に係る評価方法の処理手順を示すフローチャートである。
【
図3】被験者から得られた音響データの波形の一例である。
【
図4】特徴量演算ステップのさらに具体的な処理工程を示すフローチャートである。
【
図5】1つの腸音の各セグメントの周波数スペクトルを示すグラフである。
【
図7】評価ステップのさらに具体的な処理工程を示すフローチャートである。
【
図9】3つの組合せに係る分布データの類似度の各被験者の平均値を示すグラフである。
【
図10】(a)~(d)はそれぞれ、炭酸水摂取前(BSI)、水摂取前(BWI)、炭酸水摂取後(ASI)および水摂取後(AWI)に得られた音響データから抽出されたBSパワー、BS長さ、BS頻度およびBS発生間隔を示す箱ひげ図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本開示の実施形態について添付図面を参照して説明する。なお、本開示は、下記の実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない限りにおいて、種々の変更が可能である。
【0010】
(システム構成)
図1は、本開示の一実施形態に係る評価システム1の構成を示すブロック図である。評価システム1は、集音装置2と、評価装置3とを備えている。
【0011】
集音装置2は、被験者から音響データを得るための装置である。医療機関で音響データを収集する場合は、集音装置2は、例えば聴診器であり、医療機関以外で音響データを収集する場合は、集音装置2は、例えばマイクロフォンである。集音装置2がマイクロフォンである場合、集音装置2は、被験者の腹部に直接または衣服を介して取り付けられ、被験者の腸音を含む音響データを取得する。
【0012】
集音装置2は、有線または無線で評価装置3に接続されており、取得した音響データを評価装置3に転送する。なお、音響データは、集音装置2から記録媒体または通信機器を介して評価装置3に転送されてもよい。
【0013】
評価装置3は、被験者の胃腸の状態を評価する装置である。本開示において、「胃腸」は「胃および腸の少なくともいずれか」を意味する。評価装置3は、汎用のコンピュータの他、スマートフォン、タブレット端末等の携帯型コンピュータで構成することができる。評価装置3は、ハードウェア構成として、CPUやGPUなどのプロセッサ、DRAMやSRAMなどの主記憶装置(図示省略)、および、HDDやSSDなどの補助記憶装置30を備えている。補助記憶装置30には、評価プログラムP、抽出用モデルMおよび参照用分布データB等が格納されている。
【0014】
なお、補助記憶装置30は評価装置3に外付けされてもよい。また、評価装置3は、クラウド上に設けられてもよい。
【0015】
評価装置3は、機能ブロックとして、音響データ取得部31と、抽出部32と、特徴量演算部33と、分布データ生成部34と、評価部35とを備える。さらに、特徴量演算部33は、分割部331と、ピーク周波数算出部332と、代表周波数選択部333とを備え、評価部35は、参照用データ取得部351と、類似度演算部352とを備える。これらの機能ブロックは、評価装置3のプロセッサが評価プログラムPを主記憶装置に読み出して実行することにより実現される。評価プログラムPは、インターネット等の通信ネットワークを介して評価装置3にダウンロードしてもよいし、CD-ROMやSDカード等のコンピュータ読み取り可能な非一時的な記録媒体に評価プログラムPを記録しておき、当該記憶媒体を介して評価装置3にインストールしてもよい。
【0016】
(評価方法の処理手順)
評価装置3の機能について、
図2に基づいて説明する。
図2は、本実施形態に係る評価方法の処理手順を示すフローチャートである。該評価方法は、ステップS1~S5を有しており、評価装置3の上記各機能ブロックがステップS1~S5を実行する。すなわち、評価プログラムPが評価装置3にステップS1~S5を実行させる。
【0017】
ステップS1では、音響データ取得部31が、集音装置2によって被験者から得られた音響データを取得する。音響データの長さ(時間)は特に限定されないが、例えば5分である。
【0018】
ステップS2(抽出ステップ)では、抽出部32が、ステップS1で取得された音響データから、複数の腸音を抽出する。音響データには、腸音の他、呼吸音や体動音などのノイズが含まれているが、腸音の抽出は、公知の手法によって可能である。本実施形態では、抽出部32は、国際公開第2019/216320号に記載の手法によって腸音を抽出する。
【0019】
具体的には、抽出部32は、音響データから複数のセグメントを検出し、各セグメントから周波数に関する特徴量であるPNCC(power normalized cepstral coefficients)を抽出し、抽出したPNCCを抽出用モデルMに入力する。抽出用モデルMは、音響データにおける腸音とPNCCとの関係を機械学習したニューラルネットワークモデルであり、入力されたPNCCに応じて各セグメントに腸音が含まれる可能性を示す予測スコアを出力する。抽出部32は、予測スコアが所定の閾値よりも大きいセグメントを腸音として抽出する。1つの腸音は連続音であり、その長さ(時間)は不定である。
【0020】
図3は、被験者から得られた音響データの波形の一例である。破線枠は、セグメントであり、抽出部32は、腸音が含まれる可能性が高いセグメントを抽出する。
【0021】
なお、通常の腸音の周波数は約100~500Hzが中心である。そのため、抽出部32は、ステップS1で取得された音響データに、100~500Hzを含む周波数帯域(例えば80~1000Hz)を通過させるバンドパスフィルタを適用してから、腸音を抽出することが好ましい。
【0022】
図2に示すステップS3(特徴量演算ステップ)では、特徴量演算部33が、ステップS2で抽出された各腸音の周波数領域に関連する特徴量を演算する。本実施形態において、前記特徴量は代表周波数である。代表周波数とは、1つの連続音の音程(音高)を代表的に表す周波数であり、本実施形態では、代表周波数は以下のように求められる。
【0023】
図4は、ステップS3のさらに具体的な処理工程を示すフローチャートである。
【0024】
ステップS31(分割ステップ)では、分割部331が、各腸音を一定の時間間隔で複数のセグメントに分割する。
【0025】
ステップS32(ピーク周波数算出ステップ)では、ピーク周波数算出部332が、ステップS31で分割された各セグメントのピーク周波数を算出する。具体的には、ピーク周波数算出部332は、各セグメントの波形をフーリエ変換することにより、異なる周波数成分に分解して各成分の強度を演算し、最も強度の大きい周波数をピーク周波数とする。
【0026】
例えば、1つの腸音が5つのセグメントに分割されたとすると、
図5に示すように、セグメント1~5の周波数スペクトルが求められ、三角印で示される各周波数スペクトルのピークに対応する周波数がピーク周波数となる。
【0027】
ステップS33(代表周波数選択ステップ)では、代表周波数選択部333が、ステップS32で算出されたピーク周波数から最大のピーク周波数を代表周波数として選択する。
図5に示す例では、三角印で示される5つのピーク周波数のうちセグメント3のピーク周波数が、代表周波数F
Rとして選択される。なお、代表周波数選択部333は、ステップS32で算出されたピーク周波数からピーク周波数の基礎統計量を代表周波数として選択してもよい。
【0028】
以上のステップS31~S33を全ての腸音について実行する(ステップS34においてYES)ことにより、特徴量演算部33は、全ての腸音の代表周波数を演算する。なお、特徴量演算部33は、各腸音をセグメントに分割することなく、1つの腸音の周波数スペクトルのピークに対応する周波数を代表周波数FRとして算出してもよい。また、ステップS32では、各セグメントのピーク周波数を算出する代わりに、各セグメントのスペクトル特徴(スペクトルフラットネス、スペクトルバンド幅、スペクトルセントロイド等)を算出してもよい。
【0029】
図2に示すステップS4(分布データ生成ステップ)では、分布データ生成部34が、各特徴量(代表周波数)の分布を示す分布データAを生成する。本実施形態では、分布データ生成部34は、分布データAをヒストグラムとして生成する。
【0030】
図6は、分布データAの一例である。この分布データAは、0~1000Hzの範囲での周波数ビン数が42である。なお、分布データAの形式はヒストグラムに限定されない。
【0031】
図2に示すステップS5(評価ステップ)では、評価部35が、分布データAに基づいて、被験者の胃腸の状態を評価する。本実施形態では、評価部35は、分布データAと、補助記憶装置30に記憶されている参照用分布データBとの類似度に基づき、胃腸の状態を評価する。具体的には、胃腸の状態の評価は以下のように行われる。
【0032】
図7は、ステップS5のさらに具体的な処理工程を示すフローチャートである。
【0033】
ステップS51(参照用データ取得ステップ)では、参照用データ取得部351が、補助記憶装置30から参照用分布データBを取得する。参照用分布データBは、被験者の胃腸の状態が所定の状態であるときに被験者から得られた音響データに含まれる、複数の腸音の代表周波数の分布を示すデータである。
【0034】
例えば、深刻な便秘状態になった被験者が医療機関を初めて受診した際に、被験者から音響データを取得し、上述のステップS2~S4の処理によって代表周波数の分布データを生成する。当該分布データは、参照用分布データBとして補助記憶装置30に記憶される。
【0035】
図8は、参照用分布データBの一例である。参照用分布データBの形式は、
図6に示す分布データAと同じ形式であればよい。
【0036】
図7に示すステップS52(類似度演算ステップ)では、類似度演算部352が、分布データAと参照用分布データBとの類似度を演算する。本実施形態では、類似度演算部352は、ヒストグラムで表された分布データAおよび参照用分布データBの類似度をピアソンの相関係数Rとして算出する。相関係数Rは、以下の式によって算出される。
【0037】
【数1】
N:周波数ビン数
A
i:分布データAのi番目の代表周波数の値
B
i:参照用分布データBのi番目の代表周波数の値
μ
A:分布データAの代表周波数の平均値
μ
B:参照用分布データBの代表周波数の平均値
σ
A:分布データAの代表周波数の標準偏差
σ
B:参照用分布データBの代表周波数の標準偏差
【0038】
相関係数Rが1に近いほど類似度が高く、相関係数Rが0に近いほど類似度が低い。なお、類似度を表す指標は相関係数Rに限定されず、例えば、ユークリッド距離、バタチャリア距離、コサイン類似度、共通集合等を用いてもよい。
【0039】
ステップS53では、評価部35が、参照用分布データBを生成するための音響データを取得した時の被験者の状態(所定の状態)、およびステップS52で算出された類似度に基づいて、被験者の胃腸の状態を評価する。後述の実施例で説明するように、類似度が低いほど、腸内の状態が大きく変化したことを意味する。すなわち、類似度の大きさによって、被験者の状態の、前記所定の状態に対する変化の度合いが分かるため、分布データAを生成するための音響データを取得した時の被験者の状態を評価できる。
【0040】
例えば、医療機関において参照用分布データBを生成するための音響データを取得した時点で、被験者の胃腸の状態が深刻な便秘状態であったとする。その後、被験者が音響データを取得して評価装置3に送信し、評価装置3において、当該音響データから分布データAを生成して、分布データAと参照用分布データBとの類似度を算出する。これにより、自宅において音響データを取得した時点の胃腸の状態が、深刻な便秘状態からどのくらい変化したか(すなわち改善したか)を評価できる。すなわち、類似度が低いほど、胃腸の状態が良好であると評価できる。
【0041】
また、音響データは、被験者が自宅等においてマイクロフォンを用いて容易に取得できるので、音響データの取得および分布データAの生成を継続的に行うことにより、胃腸の状態を日常的にモニタリングできる。
【0042】
以上のように、評価部35は、被験者の腸の状態を評価することができる。後述する実施例では、本開示により、腸内のガス量の変化だけでなく、腸内の内容物の変化をも把握できることが示されている。よって、本開示により、胃腸の状態を精度よく評価できる。
【実施例0043】
以下、本開示の実施例について説明するが、本開示は下記の実施例に限定されない。
【0044】
本実施例では、本開示によって、飲料の摂取または時間の経過による腸の状態変化を正確に評価できるか検証した。被験者は、RomeIII診断基準により過敏性腸症候群(IBS)ではないと判定された19名(男性11名、女性8名、年齢:33.37±7.82歳、身長:166.71±8.37cm、体重:59.09±8.84kg、BMI:21.16±1.90)であり、各被験者に対して、飲料摂取試験を2回行った。
【0045】
具体的には、1回目の試験では、約12時間絶食した各被験者に約10℃の水を摂取させ、摂取直前の5分間と、摂取した10分~15分後の5分間に、各被験者の生体音を音響データとして収集した。2回目の試験は、1回目の試験の3日後に行われた。2回目の試験では、約12時間絶食した各被験者に約10℃の炭酸水を摂取させ、摂取直前の5分間と、摂取した10分~15分後の5分間に、各被験者の生体音を音響データとして収集した。
【0046】
これらの試験において、音響データの収集に用いられた機器は、電子聴診器(E-scope2, Cardionics Inc., Houston, TX, USA)と、マルチトラックレコーダー(R16 Zoom Co., Ltd., Tokyo, Japan)であった。音響データの収集の際には、被験者を仰臥位にさせ、電子聴診器を臍から右に9cmの位置にマスキングテープを用いて井形で固定した。電子聴診器の収音モードには心音モードと呼吸音モードがあるが、より広い周波数レンジで録音できる、呼吸音モードに設定した。収集時の音響データのサンプリング周波数は44100Hzであり、デジタル分解は16bit/sampleであった。
【0047】
評価装置3では、抽出用モデルMとして学習済みのニューラルネットワークモデルを用いて、各音響データから複数の腸音を抽出した。具体的には、音響データに対して、セグメント長:64ms、シフトサイズ:16msでセグメント化を行い、各セグメントから周波数に関する特徴量であるPNCCを抽出した。そして、抽出したPNCCをニューラルネットワークモデルに入力し、ニューラルネットワークの出力に基づいて各セグメントに腸音が含まれるかを判定した。腸音が含まれるセグメント(BSエピソード)が連続した場合は、連続したセグメントを1つのBSエピソードとした。
【0048】
続いて、各腸音の代表周波数を演算して、分布データを生成した。具体的には、以下の手順で分布データを生成した。
(1)前処理として、腸音のサンプリング周波数を4000Hzにダウンサンプリングして、さらに、腸音の主要な周波数帯域である80~1000Hzの帯域を通過させるバンドパスフィルタを適用した。
(2)各腸音に対して、セグメント長:64ms(256sample)、シフトサイズ:16ms(64sample)のセグメント化を行った。
(3)セグメントごとに128ms(512sample)の窓を用いてFFTを行い、ピーク周波数を求めた。
(4)セグメントごとに求められたピーク周波数のうち最大パワーとなる周波数を腸音の代表周波数として選択した。
(5)ある一定期間内に発生した腸音の代表値を用いて、0~1000Hzの周波数範囲で、周波数ビン数を42として、ヒストグラムの分布データを生成した。
【0049】
以上により、各被験者から得られた音響データから、1回目の試験における、水摂取前後に取得された音響データから生成された2つの分布データ、および、2回目の試験における、炭酸水摂取前後に取得された音響データから生成された2つの分布データの、計4つの分布データを生成した。ここで、1回目の試験における水摂取前に音響データを取得したタイミングをBWI(Before water intake)、1回目の試験における水摂取後に音響データを取得したタイミングをAWI(After water intake)と称する。また、2回目の試験おける炭酸水摂取前に音響データを取得したタイミングをBSI(Before soda intake)、2回目の試験における炭酸水摂取後に音響データを取得したタイミングをASI(After soda intake)と称する。すなわち、4つの分布データは、BWI、AWI、BSIおよびASIに取得された音響データから生成された分布データであり、本実施例では、これらの分布データを単に、BWI、AWI、BSIおよびASIと称する。
【0050】
続いて、4つの分布データから以下の3つの組合せに係る分布データの類似度をピアソンの相関係数Rとして算出した。
・BWI-AWI
・BSI-ASI
・BSI-BWI
【0051】
図9は、これらの3つの組合せに係る分布データの類似度の各被験者の平均値を示すグラフである。BWIとAWIの類似度を示す相関係数R(BWI-AWI)は1に近いことから、水摂取前後の胃腸の状態の変化が小さいことが示唆された。過去の研究から、水摂取によって胃腸の運動性はほとんど亢進しないことが知られており、本実施例の結果も、過去の研究結果と同様の傾向を示している。
【0052】
BSIとASIの類似度を示す相関係数R(BSI-ASI)は、上記の相関係数R(BWI-AWI)よりも有意に小さい。この結果は、炭酸水摂取前後の胃腸の状態の変化は、水摂取前後の胃腸の状態の変化よりも大きいことを示している。よって、本開示により、炭酸水摂取による胃腸の状態の変化を把握できることが示唆された。
【0053】
さらに、BSIとBWIの類似度を示す相関係数R(BSI-BWI)は、上記2つの相関係数Rよりも有意に小さい。この結果は、1回目の試験の水摂取前と2回目の試験の炭酸水摂取前のとの間の腸の状態の変化は、測定日が異なることによるライフスタイルなどの影響が、水摂取前後および炭酸水摂取前後の胃腸の状態の変化よりも大きいことを示している。よって、本開示により、炭酸水摂取時の胃腸の状態変化だけでなく、ライフスタイルなどの影響による胃腸の状態変化も捉えることが示唆された。
【0054】
(比較例)
比較例として、上述の19名の被験者の各々から得られた音響データから腸音を抽出し、さらに、腸音の時間領域の特徴量として、BSパワー(BS Power)、BS長さ(BS Length)、BS頻度(No. of BS detected)およびBS発生間隔(Sound to Sound Interval、SSI)を抽出した。
【0055】
図10(a)~(d)はそれぞれ、炭酸水摂取前(BSI)、水摂取前(BWI)、炭酸水摂取後(ASI)および水摂取後(AWI)に得られた音響データから抽出されたBSパワー、BS長さ、BS頻度およびBS発生間隔を示す箱ひげ図である。
図10から、時間領域の特徴量は、炭酸水の摂取前後(BSI-ASI)で有意に異なるが、水の摂取前後(BWI-AWI)では有意な違いがみられなかった。また、時間領域の特徴量は、水の摂取前(BWI)および炭酸水の摂取前(BSI)、すなわち、3日の時間経過前後でも、有意な違いがみられなかった。
【0056】
よって、腸音の時間領域の特徴量は、炭酸水摂取による胃腸の運動性の変化を感度良く検出することができるが、ライフスタイルなどによる胃腸の状態変化の検出には感度が劣ると考えられる。