(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024037980
(43)【公開日】2024-03-19
(54)【発明の名称】D-アロースの癌細胞に取り込まれる性質を利用する薬物輸送担体、薬物輸送方法および腎細胞癌治療のための組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/7004 20060101AFI20240312BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240312BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20240312BHJP
A61K 31/047 20060101ALI20240312BHJP
A61K 31/7008 20060101ALI20240312BHJP
A61K 31/7012 20060101ALI20240312BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20240312BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20240312BHJP
【FI】
A61K31/7004
A61P35/00
A61P13/12
A61K31/047
A61K31/7008
A61K31/7012
A61K45/00
A61P43/00 121
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023214574
(22)【出願日】2023-12-20
(62)【分割の表示】P 2021506204の分割
【原出願日】2020-01-23
(31)【優先権主張番号】P 2019052195
(32)【優先日】2019-03-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】304028346
【氏名又は名称】国立大学法人 香川大学
(71)【出願人】
【識別番号】722010585
【氏名又は名称】セトラスホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123984
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 晃伸
(74)【代理人】
【識別番号】100102314
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 阿佐子
(74)【代理人】
【識別番号】100159178
【弁理士】
【氏名又は名称】榛葉 貴宏
(74)【代理人】
【識別番号】100206689
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 恵理子
(72)【発明者】
【氏名】田岡 利宜也
(72)【発明者】
【氏名】筧 善行
(72)【発明者】
【氏名】杉元 幹史
(72)【発明者】
【氏名】張 霞
(72)【発明者】
【氏名】松岡 祐貴
(72)【発明者】
【氏名】何森 健
(72)【発明者】
【氏名】吉原 明秀
(57)【要約】 (修正有)
【課題】腎細胞癌治療用組成物の提供と腎細胞癌細胞への薬物取り込みを増大させる組成物または方法の提供。
【解決手段】D-アロースを含有してなる腎細胞癌治療用組成物、またはD-アロースを含有してなる腎細胞癌細胞への薬物取り込みを増大させる組成物または方法。該組成物は、ヒトまたはヒト以外の動物における、腎細胞癌の治療を必要とする患者に有効量にて投与するための医薬組成物である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
D-アロースからなる、D-グルコース併存下腎細胞癌細胞に選択的に取り込まれる腎細胞癌細胞への選択的集積剤。
【請求項2】
腎細胞癌細胞に選択的に取り込まれたD-アロースが抗腫瘍効果を発揮する、請求項1に記載の腎細胞癌細胞への選択的集積剤。
【請求項3】
D-アロースが、D-アロースおよび/またはその誘導体および/またはその混合物であり、D-アロースの誘導体が、D-アロースのカルボニル基がアルコール基となった糖アルコール、D-アロースのアルコール基が酸化したウロン酸、D-アロースのアルコール基がNH2基で置換されたアミノ糖から選ばれるD-アロース誘導体である、請求項1または2に記載の腎細胞癌細胞への選択的集積剤。
【請求項4】
D-アロースからなることを特徴とする、腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体。
【請求項5】
腎細胞癌細胞に取り込まれたD-アロースが抗腫瘍効果を発揮する、請求項4に記載の腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体。
【請求項6】
D-アロースが、D-アロースおよび/またはその誘導体および/またはその混合物であり、D-アロースの誘導体が、D-アロースのカルボニル基がアルコール基となった糖アルコール、D-アロースのアルコール基が酸化したウロン酸、D-アロースのアルコール基がNH2基で置換されたアミノ糖から選ばれるD-アロース誘導体である、請求項4または5に記載の腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体。
【請求項7】
前記薬物が抗癌剤を含む、請求項4ないし6のいずれかに記載の腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、D-アロースの癌細胞に取り込まれる性質を利用する腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体、薬物輸送方法および腎細胞癌治療のための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
癌の治療法は、手術療法、放射線療法、化学療法に大別される。これらのうち、化学療法は、癌患者に抗癌剤を投与する療法であり、手術療法や放射線療法の前後に、治癒力を向上させるための術前・術後の補助化学療法や、手術療法や放射線療法では治療できない転移した癌の治療に使用されている。現在、代謝拮抗剤、トポイソメラーゼ阻害剤、分子標的薬、核酸薬剤等の抗癌剤が臨床的に実用化され、幾つかの癌については、治癒が期待されるまでに至っているが、腎細胞癌の化学療法では未だ満足な結果は得られていない。
【0003】
抗癌剤は、しばしば腫瘍細胞に選択的に作用せず、正常細胞にも作用して高い毒性および副作用をもたらす。高い細胞分裂速度を有する組織は特に影響を及ぼされやすく、この有害な全身毒性は、癌患者に投与することのできる抗癌剤の用量を制限し、効果を制限する。また、抗癌剤の一部は、溶解度が低く疎水性であるために、膜透過性が低いばかりか、水性媒体に溶解しなかった抗癌剤の凝集物が形成されるため、静脈内投与時には、腫瘍に浸透する前に毛細血管の塞栓を引き起こす可能性がある。
【0004】
また、従来、腫瘍に対して選択的に薬物を送達するために、例えば、ミセル、リポソーム、微粒子、抗体および薬物-ポリマー結合体等のキャリアーに薬物を内包する等のドラックデリバリーシステムが開発されている(特許文献1)。このような腫瘍組織への抗癌剤の集積能を向上させる試みにもかかわらず、依然として肝臓や腎臓などの正常組織への抗癌剤の集積を防ぐことは難しく、抗癌剤を癌細胞に選択的に送達し得る薬物キャリアーの開発が望まれている。
【0005】
一方、医学分野における希少糖の応用研究の成果の中に、D-アロースを有効成分とする生体内抗酸化剤(特許文献2)の発明がある。これは、D-アロースを肝臓癌または皮膚癌の患者に投与して、D-アロースの生体内抗酸化作用で肝臓癌または皮膚癌を治療する組成物として用いるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2015-155392号公報
【特許文献2】特許第5330976号公報
【特許文献3】特開2004-298106号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】J.Ferment.Biоeng.84,319,1997
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、癌細胞に取り込まれる性質を利用するD-アロースの新規用途を提供すること、すなわち、癌細胞に取り込まれる性質をもつD-アロースの薬物輸送担体としての新規用途を提供することにある。また、当該物輸送担体を用いた薬物輸送方法を提供することにある。さらにまた、本発明は、腎細胞癌に対して優れた抗腫瘍効果を有する抗癌剤としての腎細胞癌治療用組成物を提供することを目的とする。また、本発明は、腎細胞癌細胞への薬物の取り込みを増大させることのできる腎細胞癌治療用組成物、および腎細胞癌細胞への薬物の取り込みを増大させるための組成物または方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究し、D-アロースがヒト腎細胞癌細胞に特異的に取り込まれること、そして、取り込まれたD-アロースが腎細胞癌細胞の増殖を抑制して抗腫瘍活性を有することを初めて見出し、本発明を完成するに至った。また、ヒト腎細胞癌細胞に取り込まれるD-アロースを、抗癌剤である化学療法剤や核酸薬剤のためのキャリアーとして使用することにより、腎細胞癌細胞による抗癌剤の取り込みを増大させ得、取り込まれたD-アロースと抗癌剤の両方の抗腫瘍活性を発揮させることができる。
【0010】
本発明は、以下の(1)ないし(4)の腎細胞癌細胞に選択的に取り込まれる性質を利用する剤を要旨とする。
(1)D-アロースからなることを特徴とする、腎細胞癌細胞に選択的に取り込まれる性質を利用する剤。
(2)腎細胞癌細胞に取り込まれたD-アロースが抗腫瘍効果を発揮する、上記(1)に記載の剤。
(3)D-アロースが、D-アロースおよび/またはその誘導体および/またはその混合物である、上記(1)または(2)に記載の剤。
(4)前記D-アロースの誘導体が、D-アロースのカルボニル基がアルコール基となった糖アルコール、D-アロースのアルコール基が酸化したウロン酸、D-アロースのアルコール基がNH2基で置換されたアミノ糖から選ばれるD-アロース誘導体である、上記(3)に記載の剤。
【0011】
本発明は、以下の(5)ないし(11)の腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体を要旨とする。
(5)D-アロースからなることを特徴とする腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体。
(6)腎細胞癌細胞に取り込まれたD-アロースが抗腫瘍効果を発揮する、上記(5)に記載の腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体。
(7)D-アロースが、D-アロースおよび/またはその誘導体および/またはその混合物である、上記(4)または(5)に記載の腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体。
(8)前記D-アロースの誘導体が、D-アロースのカルボニル基がアルコール基となった糖アルコール、D-アロースのアルコール基が酸化したウロン酸、D-アロースのアルコール基がNH2基で置換されたアミノ糖から選ばれるD-アロース誘導体である、上記(7)に記載の腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体。
(9)前記薬物が抗癌剤を含む、上記(5)ないし(8)のいずれかに記載の腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体。
(10)D-アロースと前記薬物が、直接的にまたはリンカーを介して共有結合により会合している、上記(5)ないし(9)のいずれかに記載の腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体。
(11)前記薬物が、放射性同位体、酵素、プロドラッグ活性化酵素、放射線増感剤、iRNA、アルキル化剤、プリンアンタゴニスト、ピリミジンアンタゴニスト、植物アルカロイド、インターカレート抗生物質、代謝拮抗物質、アロマターゼ阻害剤、有糸分裂阻害剤、増殖因子阻害剤、細胞周期阻害剤、またはトポイソメラーゼ阻害剤である、上記(5)ないし(10)のいずれかに記載の腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体。
【0012】
本発明は、以下の(12)ないし(19)の腎細胞癌治療のための組成物を要旨とする。
(12)D-アロースを含有することを特徴とする腎細胞癌治療のための組成物。
(13)腎細胞癌細胞に取り込まれたD-アロースが抗腫瘍効果を発揮する、上記(12)に記載の腎細胞癌治療のための組成物。
(14)D-アロースが、D-アロースおよび/またはその誘導体および/またはその混合物である、上記(12)または(13)に記載の腎細胞癌治療のための組成物。
(15)前記D-アロースの誘導体が、D-アロースのカルボニル基がアルコール基となった糖アルコール、D-アロースのアルコール基が酸化したウロン酸、D-アロースのアルコール基がNH2基で置換されたアミノ糖から選ばれるD-アロース誘導体である、上記(14)に記載の腎細胞癌治療のための組成物。
(16)さらにD-アロースに会合した薬物を含有してなる上記(12)ないし(15)のいずれかに記載の腎細胞癌治療のための組成物。
(17)前記薬物が抗癌剤を含む、上記(16)に記載の腎細胞癌治療のための組成物。
(18)D-アロースと前記薬物が、直接的にまたはリンカーを介して共有結合により会合している、上記(16)または(17)に記載の腎細胞癌治療のための用組成物。
(19)前記薬物が、放射性同位体、酵素、プロドラッグ活性化酵素、放射線増感剤、iRNA、アルキル化剤、プリンアンタゴニスト、ピリミジンアンタゴニスト、植物アルカロイド、インターカレート抗生物質、代謝拮抗物質、アロマターゼ阻害剤、有糸分裂阻害剤、増殖因子阻害剤、細胞周期阻害剤、またはトポイソメラーゼ阻害剤である、上記(16)ないし(18)のいずれかに記載の腎細胞癌治療のための組成物。
【0013】
本発明は、以下の(20)ないし(26)の腎細胞癌細胞への薬物輸送方法を要旨とする。
(20)薬物輸送担体に薬物を担持させて薬剤とし、この薬剤を腎細胞癌細胞に適用し、該薬剤を前記腎細胞癌細胞に選択的に取り込ませることにより、前記薬物を該細胞に選択的に輸送することを特徴とする腎細胞癌細胞への薬物輸送であって、前記担体がD-アロースであり、前記薬剤を該D-アロースに化学結合を介して担持させてなることを特徴とする薬物輸送方法。
(21)D-アロースの癌細胞に取り込まれる性質を利用する、腎細胞癌細胞への薬物の取り込みを増大させる方法である、上記(20)に記載の薬物輸送方法。
(22)前記担体がD-アロースであり、前記薬剤を該D-アロースと直接的にまたはリンカーを介して共有結合により会合して担持させてなることを特徴とする上記(20)または(21)に記載の薬物輸送方法。
(23)前記薬物が抗癌剤を含む、上記(20)ないし(22)のいずれかに記載の薬物輸送方法。
(24)前記薬物が、放射性同位体、酵素、プロドラッグ活性化酵素、放射線増感剤、iRNA、アルキル化剤、プリンアンタゴニスト、ピリミジンアンタゴニスト、植物アルカロイド、インターカレート抗生物質、代謝拮抗物質、アロマターゼ阻害剤、有糸分裂阻害剤、増殖因子阻害剤、細胞周期阻害剤、またはトポイソメラーゼ阻害剤である、上記(20)ないし(23)のいずれかに記載の薬物輸送方法。
(25)D-アロースが、D-アロースおよび/またはその誘導体および/またはその混合物である、上記(20)ないし(24)のいずれかに記載の薬物輸送方法。
(26)前記D-アロースの誘導体が、D-アロースのカルボニル基がアルコール基となった糖アルコール、D-アロースのアルコール基が酸化したウロン酸、D-アロースのアルコール基がNH2基で置換されたアミノ糖から選ばれるD-アロース誘導体である、上記(25)に記載の薬物輸送方法。
【発明の効果】
【0014】
D-アロースについて、生体内抗酸化作用による肝臓癌または皮膚癌に対する抗腫瘍効果は知られていたが、腎細胞癌に対する抗腫瘍効果は知られていなかった。また、D-アロースがヒト癌細胞内へ取り込まれることは今まで証明されていない。
本発明者らは、D-アロースがヒト腎細胞癌細胞に取り込まれること、そして取り込まれたD-アロースが抗腫瘍活性を有することを初めて見出した。D-アロースは水溶性であるため膜透過性が高く、しかも、水性媒体に溶解するので凝集物が形成されない。
また、ヒト癌細胞のうちでも特に腎細胞癌細胞に特異的に取り込まれるため、抗癌剤を腎細胞癌細胞に選択的に送達し得る薬物キャリアー(選択的薬物輸送担体)として使用でき、腎細胞癌細胞による抗癌剤の取り込みを増大させ得、取り込まれたD-アロースと抗癌剤の両方の抗腫瘍活性を発揮させることができる。
臨床病期IV期の腎細胞癌における我が国の5年生存率は18.1%と未だに低いことから、本発明のD-アロースを含有する腎細胞癌治療用組成物は、画期的な分子標的治療薬となる可能性を秘めている。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】腎細胞癌細胞株(ACHN)の生存アッセイの結果を示す。
【
図2】腎細胞癌細胞株(Caki-I)の生存アッセイの結果を示す。
【
図3】腎細胞癌細胞株(Caki-II)の生存アッセイの結果を示す。
【
図4】腎細胞癌異種移植マウスモデルへのD-アロース腹腔内注入後の腫瘍中D-アロース濃度の推移を示すグラフである。
【
図5】D-アロース腹腔内注入による腎細胞癌異種移植マウスモデルにおける腫瘍体積の推移を示すグラフである。
【
図6】腎細胞癌異種移植マウスモデルに対するD-アロースの影響:体重の推移を示すグラフである。
【
図7】腎細胞癌異種移植マウスモデルにおけるD-アロースの影響:腎臓組織の変化を示す顕微鏡写真(×100)である。
【
図8】腎細胞癌異種移植マウスモデルにおけるD-アロースの影響:肝臓組織の変化を示す顕微鏡写真(×100)である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
D-アロースは、腎細胞癌細胞に選択的に取り込まれる性質を利用する剤として用いられる。腎細胞癌細胞に取り込まれたD-アロースは抗腫瘍効果を発揮する。また、D-アロースは、腎細胞癌細胞への選択的薬物輸送担体して用いられ、腎細胞癌細胞への薬物輸送方法を提供する。その薬物は抗癌剤を含み、薬物は、直接的にまたはリンカーを介して共有結合によりD-アロースに会合している。また、本発明は、D-アロースを含有してなる腎細胞癌治療用組成物であり、有効量のD-アロースまたは薬理的に許容される塩または/および水和物の製剤を含む。上記の薬物輸送方法では、D-アロースからなる担体を使用し、その担体に担持される薬物としては、以下に述べる種々のものが使用可能であり、目的に応じて適宜選択が可能であるが、担持された薬剤が腎細胞癌細胞に選択的に取り込まれることから、抗癌剤などの薬剤とするのが好ましい。すなわちD-アロースからなる担体が癌細胞に取り込まれることを目標として、抗癌剤を担持させた薬剤とすることが望ましい。
【0017】
本発明で用いるD-アロースは、自然界に大量に存在するD-グルコースに比べて圧倒的に存在量が少ない希少糖である。糖の基本単位である単糖(炭素数が6つの単糖:ヘキソース)は全部で34種類あり、アルドースが16種類、ケトースが8種類、糖アルコールが10種類ある)のうち、自然界に大量に存在するD-グルコースに代表される「天然型単糖」に対して、自然界に微量にしか存在しない単糖(アルドース、ケトース)およびその誘導体(糖アルコール)を「希少糖」と定義している。現在、大量に生産することができる希少糖は、D-アルロース(D-プシコース)とD-アロースである。D-アロースは、六炭糖のアルドースに分類されるアロースのD体である。
【0018】
D-アロースを得る方法としては、シュードモナススタッツェリ(Pseudomonas stutzeri)から単離されたL-ラムノースイソメラーゼ(非特許文献1)を用いてD-アルロースから合成する方法や、D-アルロース含有溶液にD-キシロース・イソメラーゼを作用させて得る方法があり、また、高純度D-アロースの製造に関しては、D-アロースの結晶化法による分別法(特許文献3)などがある。本発明におけるD-アロースは、それだけに限られず、化学的な処理方法により異性化されたものなど、何れの方法によって得られたものでもよい。D-アロースの原料となるD-アルロースは、現在のところ、フラクトースを酵素(エピメラーゼ)処理して得られる製法が一般的であるが、それだけに限られず、該酵素を生産する微生物を利用した製法により得られたものでも良いし、天然物から抽出されたもの、もしくは天然物中に含まれるものをそのまま用いても良いし、化学的な処理方法により異性化されたものでも良い。また、酵素を利用してD-アルロースを精製する方法は公知である。
【0019】
D-アロースの誘導体について説明する。ある出発化合物から分子の構造を化学反応により変換した化合物を出発化合物の誘導体と呼称する。D-アロースを含む六炭糖の誘導体には、糖アルコール(単糖類を還元すると、アルデヒド基およびケトン基はアルコール基となり、炭素原子と同数の多価アルコールとなる)や、ウロン酸(単糖類のアルコール基が酸化したもので、天然ではD-グルクロン酸、ガラクチュロン酸、マンヌロン酸が知られている)、アミノ糖(糖分子のOH基がNH2基で置換されたもの、グルコサミン、コンドロサミン、配糖体などがある)などが一般的であるが、それらに限定されるものではない。D-アロースの誘導体が、D-アロースのカルボニル基がアルコール基となった糖アルコール、D-アロースのアルコール基が酸化したウロン酸、D-アロースのアルコール基がNH2基で置換されたアミノ糖から選ばれるD-アロース誘導体である。
【0020】
本発明のD-アロースおよび/またはその誘導体および/またはその混合物を配合した治療用組成物において、D-アロースおよび/またはその誘導体および/またはその混合物は、組成物中に有効量含有される。「有効量」とは、その意図された目的(例えば、組織や被験体における望ましい生物学的もしくは医学的応答)を満たすに十分な任意の量をいう。例えば、本発明においては、腎細胞癌細胞の増殖を抑制する、腎細胞癌細胞の内部に薬物を送達すること等である。
【0021】
本発明のD-アロースあるいはその薬理的に許容される塩、または/および水和物の製剤について説明する。
D-アロースおよび/またはその誘導体および/またはその混合物のみで用いるほか、一般的賦形剤、安定剤、保存剤、結合剤、崩壊剤等の適当な添加剤を配合し、液剤、カプセル剤、顆粒剤、丸剤、散剤、錠剤等の適宜な剤型を選んで製剤することができる。本発明の腎細胞癌治療用組成物としては、有効成分を医学的に許容される担体、賦形剤、滑沢剤、結合剤等の添加物を含有する種々の形態、例えば水または各種の輸液用製剤に溶解させた液剤、散剤、顆粒剤、錠剤、注射剤、坐剤、または外用製剤等が、公知の製剤技術により製造できる。非経口剤としては、注射剤、点滴剤、外用薬剤、あるいは座剤等の剤型を選択することができる。注射剤には、皮下注射剤、筋肉注射剤、あるいは腹腔内注射剤等を示すことができる。上記の剤型とする製剤技術は公知である。
【0022】
本発明のD-アロースあるいはその薬理的に許容される塩などを注射で投与する場合、水性注射剤、水性懸濁注射剤、脂肪乳剤、またはリポソーム注射剤等が好ましい。水性注射剤、または水性懸濁注射剤においては、本発明に係る希少糖D-アロースあるいはその薬理的に許容される塩を、精製水と混合し、必要に応じて水溶性あるいは水膨潤性高分子、pH調整剤、界面活性剤、浸透圧調整剤、防腐剤、または保存剤などを加え、混合して、必要に応じて加熱しながら溶解乃至懸濁させ、滅菌して注射剤容器に充填密封し、水性注射剤、または水性懸濁注射剤とする。水性注射剤は、静脈内、皮下、筋肉内、皮内、または関節腔内等に投与することができる。また、水性懸濁注射剤は皮下、筋肉内、皮内、または関節腔内等に服用することができる。また経口でも投与することができる。
【0023】
水溶性あるいは水膨潤性高分子としては、ゼラチン、セルロース誘導体、アクリル酸誘導体、ポビドン、マクロゴール、ポリアミノ酸誘導体、または多糖体類が好ましく、ゼラチン類では精製ゼラチンが好ましく、セルロース誘導体では、メチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース2910、ヒドロキシプロピルメチルセルロース2208、ヒドロキシプロピルメチルセルロース2906、ヒドロキシプロピルセルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルメロースナトリウム、アクリル酸誘導体として、アミノアクリルメタアクリレートコポリマー、メタアクリル酸コポリマー、ポリアミノ酸誘導体としては、ポリリジン、ポリグルタミン酸が好ましい。多糖体としては、ヒアルロン酸、デキストラン、またはデキストリンが特に好ましい。水溶性あるいは水膨潤性高分子の添加量は、エスクレチン、その誘導体、あるいはその薬理的に許容される塩の性質、量、並びに水溶性あるいは水膨潤性高分子の性質、分子量、適用部位によって異なるが、おおむね製剤全量に対し、0.01%~10%の範囲で使用可能である。
【0024】
pH調整剤には、人体に無害な酸あるいはアルカリが用いられ、界面活性剤には、非イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、両性界面活性剤が用いられる。また、浸透圧調整剤には、塩化ナトリウム、ブドウ糖等が、防腐剤にはパラベン類が、保存剤にはアスコルビン酸や亜硫酸塩類が例示される。これらの使用量は、特に限定はないが、その作用がそれぞれ発揮できる範囲で用いることができる。また、必要に応じ塩酸プロカイン等の局所麻酔剤、ベンジルアルコール等の無痛化剤、キレート剤、緩衝剤、あるいは水溶性有機溶剤等を加えてもよい。
【0025】
脂肪乳剤は適当な油脂に乳化剤とD-アロース、あるいはその薬理的に許容される塩を配合し、精製水を加えて、必要に応じて水溶性あるいは水膨潤性高分子、pH調整剤、界面活性剤、浸透圧調整剤、防腐剤、または保存剤などを加え、適当な乳化装置で乳化し、滅菌して注射剤容器に充填密封することによって調製される。
【0026】
本発明の「薬物」、「抗癌剤」は、治療のために癌または前癌状態の組織に投与されるもので、例えば、放射性同位体(例えば、ヨウ素-131、ルテチウム-177、レニウム-188、イットリウム-90)、毒素(例えば、ジフテリア、シュードモナス、リシン、ゲロニン)、酵素、プロドラッグを活性化する酵素、放射線増感剤、干渉RNA、スーパー抗原、抗血管新生剤、アルキル化剤、プリンアンタゴニスト、ピリミジンアンタゴニスト、植物アルカロイド、インターカレート抗生物質、アロマターゼ阻害剤、代謝拮抗物質、有糸分裂阻害剤、増殖因子阻害剤、細胞周期阻害剤、トポイソメラーゼ阻害剤、生物学的応答改変因子、抗ホルモンおよび抗アンドロゲン等が挙げられる。
【0027】
薬物は、D-アロースに会合(例えば、結合、相互作用)させて用いる。会合は、共有結合的であってもよいし、非共有結合的であってもよい。D-アロースと薬物の会合は、腎細胞癌細胞への送達および腎細胞癌細胞内への取り込みの前またはその間に解離しない十分な強さが必要であり、当業者に公知の任意の化学的、生化学的、酵素的カップリングを使用し得る。
【0028】
D-アロースと薬物の会合が非共有結合的である場合には、疎水性相互作用、静電的相互作用、双極子相互作用、ファンデルワールス相互作用、および水素結合が挙げられ、D-アロースと薬物の会合が共有結合的である場合には、直接的またはリンカーを介して間接的に結合される。このような共有結合は、アミド、エステル、炭素-炭素、ジスルフィド、カルバメート、エーテル、チオエーテル、尿素、アミン、もしくはカーボネート結合を介して達成される。
【0029】
医薬成分として用いるために必要なD-アロースの安全性の検証については、希少糖は微量ながらも自然界に存在する単糖であるので、安全であると予想はできた。変異原性、生分解度試験および3種類の急性毒性試験(経口急性毒性試験、皮膚一次刺激試験、眼一次刺激試験)が最も基本的な安全性試験として定められており、発明者らは、D-アロースの基本的な部分の安全性試験を指定機関に依頼して実施し、その結果、その安全性において問題がないことが確認されている。
【0030】
本発明の治療用組成物の対象は、ヒトを含む動物(ヒト、ウシ、ブタ、イヌ、ネコ等の哺乳類、ニワトリ等の鳥類等)である。また、本発明の治療用組成物が標的とする癌細胞は腎細胞癌細胞であり、細胞株としては、ヒト腎細胞癌細胞株であるACHN、Caki-I、Caki-IIが挙げられる。
【0031】
次に、本発明の詳細を実施例で説明する。本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【実施例0032】
[ヒト膀胱癌細胞株、ヒト前立腺癌細胞株、ヒト腎細胞癌細胞株を用いた希少糖の取り込み実験]
3癌種の細胞株を使用して、培地に添加した希少糖の癌細胞内への取り込み量を分析した。希少糖として、D-アロース、D-アルロース(D-プシコース)、L-アルロース(L-プシコース)、またはアリトールの4種類を用い、希少糖でない単糖として、D-グルコースとフラクトースを用いた。
各細胞株の細胞をRPMI-1640培地中で培養し、途中で各6種類の糖をそれぞれ培地に添加して培養し、培養後に細胞内に取り込まれた糖の量を分析した。培養途中で糖を培地に添加しないものをコントロールとした。
1)使用細胞株
ヒト膀胱癌細胞株(RT112、253J、J82)、ヒト前立腺癌細胞株(LNCa、Du145、PC-3)、ヒト腎細胞癌細胞株(ACHN、Caki-I、Caki-II)を用いた。
【0033】
2)使用培地
RPMI-1640(2000mgD-グルコース/L)培地で細胞を培養後、各培地にそれぞれの単糖、希少糖を添加した。具体的には、RPMI-1640単独(コントロール)、RPMI-1640+D-グルコース、RPMI-1640+L-アルロース、RPMI-1640+D-アルロース、RPMI-1640+D-フラクトース、RPMI-1640+D-アロース、RPMI-1640+D-アリトールの7種類で、添加した糖の培地における最終濃度は10mMとし、コントロールでは添加しなかった。
【0034】
3)培養方法
RPMI-1640を用いて作製した3.0×104cells/mlの細胞懸濁液を直径6cmのディッシュに5mlずつ播種(1.5×105cells/ディッシュ)し、栄養源としてのD-グルコースを2000mg/l含むRPMI-1640培地中で24時間培養した。24時間後に上記2)に記載した単糖、希少糖のそれぞれを含む培養液へ変更して48時間培養した。
【0035】
4)培養細胞内の糖の分析方法
48時間の培養後に接着したヒト癌細胞を機械的に剥がし、培養液と浮遊細胞を含めてスピッツに採取した。遠心(4℃・1200rpm・5分間)で形成された上澄みを除去し細胞ペレットのみとしたのちに、洗浄を目的として5mlのリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で細胞ペレットを細胞懸濁液とし、再度4℃、1200rpmで5分間遠心し上澄みを除去した。洗浄後の細胞ペレットに1mlの純水を加えて懸濁後、超音波破砕(強度40%、30秒)を行い、細胞破砕液中の単糖をABEE標識した後、HPLCで分析した。得られた面積から検量線を用いて細胞の糖含量を求めた。ケトースに関してはABEE標識後に2つのピークが確認されるため、両ピークの検量線から細胞中の糖含量を求めた。
結果を、以下の表1(ヒト膀胱癌細胞株RT112細胞破砕液中の糖含量)、表2(ヒト膀胱癌細胞株253J細胞破砕液中の糖含量)、表3(ヒト膀胱癌細胞株J82細胞破砕液中の糖含量)、表4(ヒト前立腺癌細胞株LNCa細胞破砕液中の糖含量)、表5(ヒト前立腺癌細胞株Du145細胞破砕液中の糖含量)、表6(ヒト前立腺癌細胞株PC-3細胞破砕液中の糖含量)、表7(ヒト腎細胞癌細胞株ACHN細胞破砕液中の糖含量)、表8(ヒト腎細胞癌細胞株Caki-I細胞破砕液中の糖含量)、表9(ヒト腎細胞癌細胞株Caki-II細胞破砕液中の糖含量)に示す。
【0036】
【0037】
膀胱癌細胞株RT112細胞破砕液をHCPLで分析した結果、すべての培地で細胞内にD-グルコース(D-glucose)が確認され、培地にD-グルコースの含量の多いRPMI-1640+D-グルコースとRPMI-1640+D-アロースで培養した細胞において高い含有量を示した。
RPMI-1640+L-アルロースで培養した細胞中にL-アルロースが13.8μg、RPMI-1640+D-アルロースで培養した細胞中にD-アルロースが10.0~13.0μg、RPMI-1640+D-フラクトースで培養した細胞中にD-フラクトースが12.7~15.7μg含まれていた。
【0038】
【0039】
膀胱癌細胞株253J細胞破砕液をHCPLで分析した結果、すべての培地で細胞内にD-グルコースが確認され、培地にD-グルコースの含量の多いRPMI-1640+D-グルコース、RPMI-1640+D-フラクトースとRPMI-1640+D-アルロースで培養した細胞において高い含有量を示した。
RPMI-1640+L-アルロースで培養した細胞中にL-アルロースが15.5~17.0μg、RPMI-1640+D-アルロースで培養した細胞中にD-アルロースが14.1~15.8μg含まれていた。
【0040】
【0041】
膀胱癌細胞株J82細胞破砕液をHCPLで分析した結果、すべての培地で細胞内にD-グルコースが確認され、培地にD-グルコースの含量の多いRPMI-1640+D-グルコースとRPMI-1640+D-アロースで培養した細胞において高い含有量を示した。
RPMI-1640+L-アルロースで培養した細胞中にL-アルロースが13.2~14.1μg、RPMI-1640+D-アルロースで培養した細胞中にD-アルロースが11.8~14.3μg、RPMI-1640+D-フラクトースで培養した細胞中にD-フラクトースが11.1~15.0μg含まれていた。
【0042】
【0043】
前立腺癌細胞株LNCa細胞破砕液をHCPLで分析した結果、すべての培地で細胞内にD-グルコースが確認され、培地にRPMI-1640、RPMI-1640+L-アルロースとRPMI-1640+D-アルロースで培養した細胞において高い含有量を示した。
RPMI-1640+L-アルロースで培養した細胞中にL-アルロースが16.4~19.7μg、RPMI-1640+D-アルロースで培養した細胞中にD-アルロースが14.6~17.8μg含まれていた。
【0044】
【0045】
前立腺癌細胞株Du145細胞破砕液をHCPLで分析した結果、すべての培地で細胞内にD-グルコースが確認され、培地にRPMI-1640+D-アルロースで培養した細胞において高い含有量を示した。
RPMI-1640+L-アルロースで培養した細胞中にL-アルロースが10.8~11.7μg、RPMI-1640+D-アルロースで培養した細胞中にD-アルロースが12.6~15.5μg、RPMI-1640+D-フラクトースで培養した細胞中にD-フラクトースが12.9~17.0μg含まれていた。
【0046】
【0047】
前立腺癌細胞株PC-3細胞破砕液をHCPLで分析した結果、すべての培地で細胞内にD-グルコースが確認され、培地にRPMI-1640+D-グルコースで培養した細胞において高い含有量を示した。
RPMI-1640+L-アルロースで培養した細胞中にL-アルロースが17.9~21.6μg、RPMI-1640+D-アルロースで培養した細胞中にD-アルロースが14.7~19.7μg、RPMI-1640+D-フラクトースで培養した細胞中にD-フラクトースが16.5~20.1μg含まれていた。
また、RPMI-1640+D-アロースで培養した細胞中にD-アルロースが7.5μg含まれていた。
【0048】
【0049】
腎細胞癌細胞株ACHN細胞破砕液をHCPLで分析した結果、すべての培地で細胞内にD-グルコースが確認され、培地にRPMI-1640+D-グルコースで培養した細胞において高い含有量を示した。
RPMI-1640+L-アルロースで培養した細胞中にL-アルロースが16.6~23.4μg、RPMI-1640+D-アルロースで培養した細胞中にD-アルロースが15.8~22.1μg、RPMI-1640+D-フラクトースで培養した細胞中にD-フラクトースが16.8~19.0μg含まれていた。
また、RPMI-1640+D-アロースで培養した細胞中にD-アルロースが11.2μg含まれていた。
【0050】
【0051】
腎細胞癌細胞株Caki-I細胞破砕液をHCPLで分析した結果、すべての培地で細胞内にD-グルコースが確認され、培地にRPMI-1640+D-グルコースで培養した細胞において高い含有量を示した。
RPMI-1640+L-アルロースで培養した細胞中にL-アルロースが16.0~21.2μg、RPMI-1640+D-アルロースで培養した細胞中にD-アルロースが17.2~23.1μg、RPMI-1640+D-フラクトースで培養した細胞中にD-フラクトースが16.7~20.7μg含まれていた。
また、RPMI-1640+D-アロースで培養した細胞中にD-アルロースが13.2μg含まれていた。
【0052】
【0053】
腎細胞癌細胞株Caki-II細胞破砕液をHCPLで分析した結果、すべての培地で細胞内にD-グルコースが確認され、培地にRPMI-1640+D-グルコースで培養した細胞において高い含有量を示した。
RPMI-1640+L-アルロースで培養した細胞中にL-アルロースが14.5~17.8μg、RPMI-1640+D-アルロースで培養した細胞中にD-アルロースが16.5~21.4μg、RPMI-1640+D-フラクトースで培養した細胞中にD-フラクトースが20.4~21.3μg含まれていた。
また、RPMI-1640+D-アロースで培養した細胞中にD-アルロースが11.2μg含まれていた。
【0054】
〈実験結果のまとめ〉
すべてのヒト癌細胞株で、D-アルロースおよびL-アルロースの細胞内への取り込みが示されたのに対して、D-アロースに関しては、ヒト膀胱癌細胞株では取り込みを認めず、ヒト前立腺癌細胞株では3つのうち1つの細胞株(PC-3)でのみ取り込みが示された一方、ヒト腎細胞癌細胞株ではすべての細胞株(ACHN、Caki-I、Caki-II)で、D-アロースの細胞内への取り込みが示された。
また、ミトコンドリアでの酸素呼吸は活性酸素の産生を増やす。活性酸素は細胞にダメージを与え、増殖や転移を抑制し、細胞死を引き起こす原因になる。癌細胞は活性酸素の産生を増やさないように、ミトコンドリアでの酸素の利用を抑制していると考えられている。癌細胞にとっては、ミトコンドリアでの酸素を使った代謝を抑えておく方が生存や増殖に都合が良い。
癌細胞の場合、癌細胞のミトコンドリアの活性を高めると、増殖や転移が抑制され、細胞死が引き起こされることが分かっている。それは、ブドウ糖が完全に分解されると細胞を増やすための材料が足りなくなり、酸素呼吸の亢進は活性酸素の産生を増やし、活性酸素によるダメージで癌細胞が自滅するからである。つまり、細胞のミトコンドリアを活性化する治療法は、正常細胞の働きを高めながら、癌細胞だけを死滅できると考えられる。