(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024038066
(43)【公開日】2024-03-19
(54)【発明の名称】(S)-ノルケタミンおよびその塩の医薬品としての応用
(51)【国際特許分類】
A61K 31/135 20060101AFI20240312BHJP
A61P 25/22 20060101ALI20240312BHJP
A61P 25/24 20060101ALI20240312BHJP
【FI】
A61K31/135
A61P25/22
A61P25/24
【審査請求】有
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023217482
(22)【出願日】2023-12-23
(62)【分割の表示】P 2022042961の分割
【原出願日】2017-10-27
(31)【優先権主張番号】P 2016210749
(32)【優先日】2016-10-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究機構、脳科学研究戦略推進プログラム事業、「うつ症状の神経基盤モデルに基づく診断・治療法の開発-皮質・側座核・中脳系への着目」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(72)【発明者】
【氏名】橋本 謙二
(57)【要約】 (修正有)
【課題】(S)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩からなるうつ症状の予防および/または治療用薬剤を提供する。
【解決手段】(S)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩をうつ症状の軽減に有効な量含有し、(R)-ノルケタミンを実質的に含有しない、うつ症状の予防および/または治療用医薬組成物、前記薬剤または組成物を投与することを含むうつ症状の予防および/または治療方法、うつ症状の予防および/または治療における前記薬剤または組成物の使用、並びにうつ症状の予防および/または治療用薬剤またはうつ症状の予防および/または治療用成物の製造における(S)-ノルケタミンの使用を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(S)―ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩を含み、(R)―ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩を実質的に含まない、うつ症状の予防および/または治療用医薬組成物。
【請求項2】
前記うつ症状が、うつ病におけるうつ症状、強迫性障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、又は、自閉症スペクトラム障害である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
(S)―ノルケタミンの薬理学的に許容される塩が(S)―ノルケタミン塩酸塩である、請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
薬理学的に許容される担体を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記組成物が、うつ症状の軽減に有効な量で投与される、請求項1~4のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項6】
前記組成物が、1日当たり約0.01~約1,000ミリグラム(mg/人/日)、約0.1~約500mg/人/日、約0.1~100mg/人/日、約1.0~約100mg/人/日、約10~約100mg/人/日、約100~約200mg/人/日、約200~約300mg/人/日、約300~約400mg/人/日、または約400~約500mg/人/日の1日用量で非経口投与される、請求項1~5のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
前記組成物が、1日当たり約0.01~約500mg/人/日、約0.1~約100mg/人/日、約0.1~約1.0mg/人/日、約1.0~約20mg/人/日、約20~約40mg/人/日、約40~約60mg/人/日、または約80~約100mg/人/日の1日用量で経口投与される、請求項1~5のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
前記組成物が、経口、経皮、経粘膜、皮下、吸入、または静脈内投与によって投与される、請求項1~7のいずれか1項に記載の医薬組成物。
【請求項9】
(S)―ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩から実質的になる、うつ症状の予防および/または治療剤。
【請求項10】
前記うつ症状が、うつ病におけるうつ症状、強迫性障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、又は、自閉症スペクトラム障害である、請求項9に記載の剤。
【請求項11】
前記組成物が、うつ症状の軽減に有効な量で投与される、請求項9又は10に記載の剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精神疾患、好ましくはうつ症状を示す疾患の予防および/または治療のための医薬に関する。さらに詳しくは、本発明は、ノルケタミン(N-デスメチルケタミン)の光学異性体(S)-ノルケタミン、(S)-ノルケタミンのプロドラッグまたはそれらの薬理学的に許容される塩からなる抗うつ剤、並びに(S)-ノルケタミン、(S)-ノルケタミンのプロドラッグまたはそれらの薬理学的に許容される塩を含有する、うつ症状を示す疾患の予防および/または治療用医薬組成物に関する。
本出願は、参照によりここに援用されるところの日本出願特願2016-210749号優先権を請求する。
【背景技術】
【0002】
社会生活様式の変化や社会の高齢化に伴い、精神疾患や神経疾患などの様々な疾患は、全体として増加する傾向にある。例えば、代表的な精神疾患であるうつ病や統合失調症は発症率が高く、医療経済という点からも大きな問題となっている。また、強迫性障害は、強迫観念と強迫行動からなる不安障害の一つである。うつ病、統合失調症、不安障害などの精神疾患の治療には、薬物治療が不可欠であり、抗うつ薬(三環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬、およびセロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害薬など)や抗精神病薬(フェノチアジン系化合物、ブチロフェノン系化合物、ベンズアミド系化合物、イミノジベンジル系化合物、チエピン系化合物、インドール系化合物およびセロトニン・ドーパミン受容体遮断薬など)などが投与されている。しかしながら、臨床の場で実際に使用されているこれらの薬剤は、一部の患者や一部の症状には有効であるが、これらの薬剤では効果が無い、いわゆる治療抵抗性の患者が存在することも知られており、新しい治療薬の開発が切望されている。既存の薬物では、これらの精神疾患に対する十分な治療効果が出ているとは言い難く、現実的には有効な予防法や治療法はほとんど無いのが現状である。
【0003】
うつ病治療における主要な問題の一つは、抗うつ薬の効果とさらにその補強療法の効果に限界があることである。現在の抗うつ薬の薬効発現には数週間以上を要し、またこれらの抗うつ薬に奏功しない治療抵抗性患者が存在する。そのため、うつ病患者のわずか50%しか寛解に至らないとも言われている。また、寛解を求めて抗うつ薬の用量を上げていけば、患者は多くの副作用に悩まされることになる。さらにうつ病は自殺の原因の一つである。
【0004】
最近の研究では、うつ病や双極性障害などの気分障害の病態生理にグルタミン酸の伝達障害、特にN-メチル-D-アスパラギン酸(以下、NMDAと略称する)受容体を介したグルタミン酸神経伝達が関連しており、神経生物学においても大うつ病性障害(major depressive disorder;以下、MDDと略称する)の治療においても主要な役割を果たしていることを示唆する証拠が次々と挙がってきている(非特許文献1)。
【0005】
NMDA受容体アンタゴニストであるケタミン(ketamine)が、治療抵抗性MDD患者および治療抵抗性双極性障害のうつ症状に即効性かつ強力な抗うつ効果を示すことが報告されている(非特許文献2-4)。またケタミンは治療抵抗性の強迫性障害および治療抵抗性心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic stress disorder;以下、PTSDと略称する)にも有効であることが報告された(非特許文献5-7)。
【0006】
現在、ケタミンは治療抵抗性MDD患者、治療抵抗性双極性障害のうつ症状、治療抵抗性強迫性障害、治療抵抗性PTSD、および自閉症スペクトラム障害の治療に注目されている薬剤の1つである(非特許文献4-9)。
【0007】
ケタミンは、1962年に麻酔薬として開発された化合物であり、1965年から臨床応用が開始されたが、幻覚や妄想などの精神症状および依存性が問題となり、麻薬指定されている。そのため臨床現場では、麻酔薬および慢性疼痛の治療として使用されてきた。
【0008】
ケタミンの臨床的抗うつ効果は、その単回投与後の数時間後から、1~2日という短期間の持続であるという報告がある一方、2週間以上にわたって持続できるかもしれないといった報告がある(非特許文献2、3、8)。また、ケタミンには精神病症状惹起作用という副作用があり、ケタミンの抗うつ効果は、その副作用が消失するまで発現しなかったことが報告されている(非特許文献2、3)。
【0009】
ケタミンは、ラセミ体混合物であり、光学異性体である(R)-ケタミンと(S)-ケタミンとを等量含む。本発明者らは、(R)-ケタミンまたはその薬学的に許容し得る塩が、即効性かつ長期持続可能な抗うつ効果を有し、かつ(S)-ケタミンで認められる副作用が少ないため、うつ症状を示す精神疾患の予防および/または治療に有効であることを開示している(特許文献1、2および非特許文献10、11)。
【0010】
ノルケタミン(norketamine)はケタミンの主代謝物であり、NMDA受容体に対する親和性がケタミンより約6.8倍低いことが報告されている(非特許文献12)。ノルケタミンもケタミンと同様に光学異性体の存在が知られており、それらは(R)-ノルケタミンおよび(S)-ノルケタミンと称される。
【0011】
さらに、ノルケタミンが、ケタミンと比較して作用が弱いものの、抗うつ作用を示したことが報告されている(非特許文献13)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2015-078181号公報。
【特許文献2】国際公開第2015/037248号パンフレット。
【特許文献3】米国特許第6040479明細書。
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Hashimoto K (2009) Emerging role of glutamatein the pathophysiology of major depressive disorder. Brain Res. Rev. 61:105-23.
【非特許文献2】Berman RM, Cappiello A, An and A, Oren DA,Heninger GR, Charney DS, Krystal JH (2000) Antidepressant effects of ketaminein depressed patients. Biol. Psychiatry 47:351-4.
【非特許文献3】Zarate CA, Jr, Singh JB, Carlson PJ, BrutscheNE, Ameli R, Luckenbaugh DA, Charney DS, Manji HK (2006) A randomized trial ofan N-methyl-D-aspartate antagonist in treatment-resistant major depression.Arch. Gen. Psychiatry 63:856-64.
【非特許文献4】Diazgranados N, Ibrahim L, Brutsche NE,Newberg A, Kronstein P, Khalife S, Kammerer WA, Quezado Z, Luckenbaugh DA,Salvadore G, Machado-Vieira R, Manji HK, Zarate CA Jr. (2010) A randomizedadd-on trial of an N-methyl-D-aspartate antagonist in treatment-resistantbipolar depression. Arch. Gen. Psychiatry 67:793-802.
【非特許文献5】Bloch MH, Wasylink S, Landeros-WeisenbergerA, Panza KE, Billingslea E, Leckman JF, Krystal JH, Bhagwagar Z, Sanacora G,Pittenger C (2012) Effects of ketamine in treatment-refractoryobsessive-compulsive disorder. Biol. Psychiatry 72(11):964-970.
【非特許文献6】Rodriguez CI, Kegeles LS, Levinson A, FengT, Marcus SM, Vermes D, Flood P, Simpson HB (2013) Randomized ControlledCrossover Trial of Ketamine in Obsessive-Compulsive Disorder: Proof-of-Concept.Neuropsychopharmacology 38(12):2475-2483.
【非特許文献7】Feder A, Parides MK, Murrough JW, Perez AM,Morgan JE, Saxena S, Kirkwood K, Aan Het Rot M, Lapidus KA, Wan LB, IosifescuD, Charney DS (2014) Efficacy of intravenous ketamine for treatment of chronicposttraumatic stress disorder: a randomized clinical trial. JAMA Psychiatry71:681-688.
【非特許文献8】Krystal JH, Sanacora G, Duman RS (2013)Rapid-acting glutamatergic antidepressants: the path to ketamine and beyond.Biol. Psychiatry 73:1133-41.
【非特許文献9】Wink LK, O'Melia AM, Shaffer RC, Pedapati E,Friedmann K, Schaefer T, Erickson CA (2014) Intranasal ketamine treatment in anadult with autism spectrum disorder. J. Clin. Psychiatry 75(8):835-836.
【非特許文献10】Zhang JC, Li SX, Hashimoto K (2014)R(-)-Ketamine shows greater potency and longer lasting antidepressant effectsthan S(+)-ketamine. Pharmacol. Biochem. Behav.116: 137-141.
【非特許文献11】Yang C, Shirayama Y, Zhang JC, Ren Q, YaoW, Ma M, Dong C, Hashimoto K (2015) R-Ketamine: a rapid-onset and sustainedantidepressant without psychotomimetic side effects. Transl. Psychiatry 5:e632.
【非特許文献12】Ebert B, Mikkelsen S, Thorkildsen C,Bordbjerg FM (1997) Norketamine, the main metabolite of ketamine, is anon-competitive NMDA receptor antagonist in the rat cortex and spinal cord. Eur.J. Pharmacology 333:99-104.
【非特許文献13】Sarat K, Siwek A, Staroxicz G, Librowski T,Nowak G, Drabik U, Gajdosz R, Popik P (2015) Antidepressant-like effects ofketamine, norketamine and dehydronorketamine in forced swim test: Role ofactivity at NMDA receptor. Neuropharmacology 99:301-307.
【非特許文献14】Ma M, Ren Q, Zhang JC, Hashimoto K (2014)Effects of brilliant blue G on serum levels of tumor necrosis factor-alpha anddepression-like behaviors in mice after administration of lipopolysaccharide.Clin. Psychopharmacol. Neurosci. 12:31-36.
【非特許文献15】Zhang JC, Wu J, Fujita Y, Yao W, Ren Q, YangC, Li SX, Shirayama Y, Hashimoto K (2015) Antidepressant effects of TrkBligands on depression-like behavior and dendritic changes in the hippocampusand nucleus accumbens after inflammation. Int. J. Neuropsychopharmacol. 18:pyu077.
【非特許文献16】Yao W, Zhang JC, Dong C, Zhuang C, Hirota S,Inanaga K, Hashimoto K (2015) Effects of amycenone on serum levels of tumornecrosis factor-alpha and depression-like behaviors in mice afteradministration of lipopolysaccharide. Pharmacol. Biochem. Behav. 136:7-12.
【非特許文献17】Biermann M, Zheng G, Hojahmat M, MoskalevNV, Crooks PA (2015) Asymmetric synthesis of (S)- and (R)-norketamine viaSharpless asymmetric dihydroxylation/Ritteramination sequence. TetrahedronLetters 56:2608-2610.
【非特許文献18】Rautio J, Kumpulainen H, Heimbach T, OliyaiR, Oh D, Jarvinen T, Savolainen J (2008) Prodrugs: design and clinicalapplications. Nat. Rev. Drug Discov. 7(3):255-270.
【非特許文献19】Simplicio AL, Clancy JM, Gilmer (2008)Prodrugs for amines. Molecules 13:519-547.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
NMDA受容体アンタゴニストであるケタミンが、治療抵抗性うつ病患者で即効性の抗うつ効果を示すことが報告されている。しかしケタミンは、幻覚や妄想などの精神症状および依存性などの副作用が問題となり、麻薬指定されているため、臨床的実用化には困難がある。
【0015】
本発明の課題は、うつ症状を示す疾患に対して長期持続性の治療効果を有する新たな化合物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行う中で、NMDA受容体アンタゴニストであるケタミンの抗うつ効果の研究にこれまで使用されていなかったその主代謝物ノルケタミンに着目した。
【0017】
うつ病にはNMDA受容体を介したグルタミン酸神経伝達が関与すると考えられており、ケタミンは治療抵抗性うつ病患者で即効性の抗うつ効果を示すことが報告されている。また、ケタミンの鎮痛作用および精神病症状惹起作用はいずれも、主としてNMDA受容体の遮断により媒介されていると一般的に理解されている。
【0018】
一方、ケタミンの主代謝物ノルケタミンのNMDA受容体親和性はケタミンより低いことから、ノルケタミンの抗うつ薬としての薬理作用には誰も興味を示さなかった。また、ノルケタミンのNMDA受容体親和性が低いことから、ノルケタミンの精神病惹起作用はケタミンと比較して低いと予想される。
【0019】
本発明者は、うつ様症状を示すモデルマウスを用いた研究において、ノルケタミンがケタミンより強い抗うつ効果を示すことを見出した。一方、ケタミンの投与により認められる副作用、例えば運動量亢進作用やプレパルス抑制障害は、ケタミンと比較してノルケタミンの投与では弱かった。ノルケタミンのNMDA受容体への親和性はケタミンと比較して低いことから、副作用である精神病症状惹起作用が少なく、また、薬物依存を形成しにくいと考えている。
【0020】
加えて、うつ病の社会的敗北ストレスモデルにおいて、(S)-ノルケタミンは抗うつ効果を示したが、(R)-ノルケタミンは抗うつ効果を示さなかった。また(S)-ノルケタミンの抗うつ効果は、(R)-ノルケタミンの抗うつ効果より強かった。さらに、(S)-ノルケタミンは運動量亢進作用、プレパルス抑制障害、報酬効果を起こさなかった。またノルケタミンおよび(S)-ノルケタミンは麻薬指定されておらず、麻薬指定されているケタミンと比べて、臨床現場で使用し易い。本発明は、これら知見に基づいて達成した。
【0021】
すなわち、本発明は、以下からなる。
1.(S)-ノルケタミン、(S)-ノルケタミンのプロドラッグまたはそれらの薬理学的に許容される塩からなる、うつ症状の予防および/または治療用薬剤。
2.前記うつ症状がうつ病におけるうつ症状、強迫性障害におけるうつ症状、心的外傷後ストレス障害(PTSD)におけるうつ症状、又は、自閉症スペクトラム障害におけるうつ症状である、前項1に記載のうつ症状の予防および/または治療用薬剤。
3.(S)-ノルケタミンの薬理学的に許容される塩が(S)-ノルケタミン塩酸塩である、前項1または2のうつ症状の予防および/または治療用薬剤。
4.(S)-ノルケタミンのプロドラッグが下式(VI)、式(VII)、式(XIII)または式(XIV)で表される化合物またはそれらの薬理学的に許容される塩若しくは塩酸塩であり、当該式中、Rは、アルキル基、アルコキシ基、アリール基、またはアラルキル基であり、R
1およびR
2はそれぞれ独立にアルキル基、アルコキシ基、アリール基、またはアラルキル基である、前項1または2のうつ症状の予防および/または治療用薬剤。
【化1】
【化2】
【化3】
【化4】
5.(S)-ノルケタミン、(S)-ノルケタミンのプロドラッグまたはそれらの薬理学的に許容される塩をうつ症状の軽減に有効な量含有し、(R)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩を実質的に含まない、うつ症状の予防および/または治療用医薬組成物。
6.前記うつ症状がうつ病におけるうつ症状である、強迫性障害におけるうつ症状、PTSDにおけるうつ症状、又は、自閉症スペクトラム障害におけるうつ症状である、前項5に記載のうつ症状の予防および/または治療用医薬組成物。
7.(S)-ノルケタミンの薬理学的に許容される塩が(S)-ノルケタミン塩酸塩である、前項5または6に記載のうつ症状の予防および/または治療用医薬組成物。
8.(S)-ノルケタミンのプロドラッグが下式(VI)、式(VII)、式(XIII)または式(XIV)で表される化合物またはそれらの薬理学的に許容される塩若しくは塩酸塩であり、当該式中、Rは、アルキル基、アルコキシ基、アリール基、またはアラルキル基であり、R
1およびR
2はそれぞれ独立にアルキル基、アルコキシ基、アリール基、またはアラルキル基である、前項5または6に記載のうつ症状の予防および/または治療用医薬組成物。
【化5】
【化6】
【化7】
【化8】
9・(S)-ノルケタミン、(S)-ノルケタミンのプロドラッグまたはそれらの薬理学的に許容される塩の、うつ症状の軽減に有効な量を、うつ症状の予防および/または治療を必要とする患者に投与することを含むうつ症状の予防および/または治療方法。
10.前記うつ症状がうつ病におけるうつ症状である、強迫性障害におけるうつ症状、PTSDにおけるうつ症状、又は、自閉症スペクトラム障害におけるうつ症状である、前項9に記載のうつ症状の予防および/または治療方法。
11.(S)-ノルケタミンの薬理学的に許容される塩が(S)-ノルケタミン塩酸塩である、前項9または10に記載のうつ症状の予防および/または治療方法。
12.(S)-ノルケタミンのプロドラッグが下式(VI)、式(VII)、式(XIII)または式(XIV)で表される化合物またはそれらの薬理学的に許容される塩若しくは塩酸塩であり、当該式中、Rは、アルキル基、アルコキシ基、アリール基、またはアラルキル基であり、R
1およびR
2はそれぞれ独立にアルキル基、アルコキシ基、アリール基、またはアラルキル基である、前項9または10に記載のうつ症状の予防および/または治療方法。
【化9】
【化10】
【化11】
【化12】
13.(S)-ノルケタミン、(S)-ノルケタミンのプロドラッグまたはそれらの薬理学的に許容される塩の、うつ症状の予防および/または治療用医薬組成物の製造における使用。
14.前記うつ症状がうつ病におけるうつ症状である、強迫性障害におけるうつ症状、PTSDにおけるうつ症状、又は、自閉症スペクトラム障害におけるうつ症状である、前項13に記載の使用。
15.(S)-ノルケタミンの薬理学的に許容される塩が(S)-ノルケタミン塩酸塩である、前項13または14に記載の方法。
16.(S)-ノルケタミンのプロドラッグが、下式(III)から式(XIV)で表される化合物から選択されるいずれか1の化合物またはそれらの薬理学的に許容される塩若しくは塩酸塩であり、当該式中、Rは、アルキル基、アルコキシ基、アリール基、またはアラルキル基であり、R
1およびR
2はそれぞれ独立にアルキル基、アルコキシ基、アリール基、またはアラルキル基である、前項13または14に記載の使用:
【化13】
【化14】
【化15】
【化16】
【化17】
【化18】
【化19】
【化20】
【化21】
【化22】
【化23】
【化24】
17.(5-メチルー2オキソー1,3-ジオキソル-4-イル)メチルー(S)-(1-(2-クロロフェニル)-2-オキソシクロヘキシル)カルバミン酸{(5-methyl-2-oxo-1,3-dioxol-4-yl)methyl(S)-(1-(2-chlorophenyl)-2-oxocyclohexyl)carbamate}。
18.1-((((S)-1-(2-クロロフェニル)-2-オキソシクロヘキシル)カルバモイル)オキシ)エチルイソ酪酸{1-((((S)-1-(2-chlorophenyl)-2-oxocyclohexyl)carbamoyl)oxy)ethylisobutyrate}。
19.(5-メチルー2オキソー1,3-ジオキソル-4-イル)メチルー(S)-(1-(2-クロロフェニル)-2-オキソシクロヘキシル)カルバミン酸又は1-((((S)-1-(2-クロロフェニル)-2-オキソシクロヘキシル)カルバモイル)オキシ)エチルイソ酪酸を含むうつ症状の予防および/または治療用薬剤。
20.うつ症状の予防および/または治療用(S)-ノルケタミン、(S)-ノルケタミンのプロドラッグまたはそれらの薬理学的に許容される塩。
21.後述する式(VI)、式(VII)、式(XIII)または式(XIV)で表される化合物であり、当該式中、Rは、アルキル基、アルコキシ基、アリール基、またはアラルキル基であり、R
1およびR
2はそれぞれ独立にアルキル基、アルコキシ基、アリール基、またはアラルキル基である、うつ症状の予防および/または治療用(S)-ノルケタミン、(S)-ノルケタミンのプロドラッグまたはそれらの薬理学的に許容される塩。
【発明の効果】
【0022】
ノルケタミン、特にその光学異性体である(S)-ノルケタミンは、長期持続可能な抗うつ効果を有し、かつ副作用が少ないため、うつ症状を示す精神疾患の予防および/または治療に有効である。したがって、(S)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩からなる薬剤、並びに、(S)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩を含有し、(R)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩を実質的に含まない医薬組成物は、うつ症状を示す精神疾患の予防および/または治療の分野における新規医薬品として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1A】ノルケタミンの抗うつ効果を検討した試験計画を説明する図である。試験は、8週齢の雄性C57BL/6マウス(日本クレア社から購入)にリポポリサッカライド(以下、LPSと略称する)0.5 mg/kgを腹腔内投与したマウス(以下、LPS処理マウスと称する)を、うつ病の炎症モデルとして使用して実施した。LPS投与23時間後に生理食塩水(Saline;10 ml/kg)あるいはノルケタミン(5、10、または20 mg/kg)を腹腔内投与した。その1時間後に自発運動試験(以下、LMTと略称することがある)、3時間後に尾懸垂試験(以下、TSTと略称することがある)、5時間後に強制水泳試験(以下、FSTと略称することがある)を実施した。(実施例1)
【
図1B】ノルケタミン投与後の自発運動量を自発運動試験で検討した結果を説明する図である。正常マウス(Normal)、生理食塩水を投与したLPS処理マウス、ノルケタミン(5、10、または20 mg/kg)を投与したLPS処理マウスの間で、自発運動量に差異はなかった。図の縦軸は、自発運動(カウント/60分間)を示す。(実施例1)
【
図1C】ノルケタミンの抗うつ効果を尾懸垂試験で検討した結果を説明する図である。生理食塩水を投与したLPS処理マウスでは正常マウスと比較して無動時間の有意な増加が認められた。ノルケタミンはLPS処理マウスにおいて増加した無動時間を用量依存的に低下させた。図の縦軸は、TSTにおける無動時間(秒)を示す。(実施例1)
【
図1D】ノルケタミンの抗うつ効果を強制水泳試験で検討した結果を説明する図である。生理食塩水を投与したLPS処理マウスでは正常マウスと比較して無動時間の有意な増加が認められた。ノルケタミンはLPS処理マウスにおいて増加した無動時間を用量依存的に低下させた。図の縦軸は、FSTにおける無動時間(秒)を示す。(実施例1)
【
図2A】ケタミンおよびノルケタミンの抗うつ作用を比較検討した試験計画を説明する図である。8週齢の雄性C57/BL6マウス(日本クレア社から購入)にLPS 0.5 mg/kgを腹腔内投与し、LPS投与23時間後に生理食塩水(10 ml/kg)、ケタミン(10 mg/kg)、あるいはノルケタミン(10 mg/kg)を腹腔内投与した。投与1時間後にLMT、3時間後にTST、5時間後にFSTを実施した。(実施例2)
【
図2B】ケタミンおよびノルケタミンをそれぞれ投与した後の自発運動量を比較検討した結果を説明する図である。正常マウス、生理食塩水を投与したLPS処理マウス、ケタミン(10 mg/kg)およびノルケタミン(10 mg/kg)をそれぞれ投与したLPS処理マウスの間で、自発運動量に差異はなかった。図の縦軸は、自発運動(カウント/60分間)を示す。(実施例2)
【
図2C】ケタミンおよびノルケタミンの抗うつ効果をTSTで比較検討した試験計画を説明する図である。生理食塩水を投与したLPS処理マウスでは正常マウスと比較して無動時間の有意な増加が認められた。ケタミンおよびノルケタミンはいずれも、LPS処理マウスにおいて増加した無動時間を有意に低下させた。ノルケタミンの抗うつ作用は、ケタミンと比べて有意に強かった。図の縦軸は、TSTにおける無動時間(秒)を示す。(実施例2)
【
図2D】ケタミンおよびノルケタミンの抗うつ効果をFSTで比較検討した試験計画を説明する図である。生理食塩水を投与したLPS処理マウスでは正常マウスと比較して無動時間の有意な増加が認められた。ケタミンおよびノルケタミンはいずれも、LPS処理マウスにおいて増加した無動時間を有意に低下させた。ノルケタミンの抗うつ作用は、ケタミンと比べて有意に強かった。図の縦軸は、FSTにおける無動時間(秒)を示す。(実施例2)
【
図3A】ケタミンおよびノルケタミンの副作用を、副作用の評価系の1つである運動量亢進作用により比較検討した結果を示す。ケタミン(10 mg/kg)およびノルケタミン(20 mg/kg)を投与したマウスでは、いずれも薬剤投与10分後に、生理食塩水を投与した正常マウスと比較して運動量の有意な増加が認められた。一方、5 mg/kgおよび10 mg/kgのノルケタミンの投与は、運動量に影響を与えなかった。図の縦軸は、自発運動(カウント/10分間)を示す。(実施例3)
【
図3B】ケタミンおよびノルケタミンの副作用を、副作用の評価系の1つであるプレパルス(PP)刺激抑制の変化により比較検討した結果を示す。ケタミン(10 mg/kg)の投与は、77dBおよび81dBのプレパルス刺激で、プレパルス抑制障害を生じた(
図3B)。一方、ノルケタミンは20 mg/kgの投与で、81dBのプレパルス刺激において有意にプレパルス抑制障害を起こしたが、5 mg/kgまたは10 mg/kgの投与では、プレパルス抑制障害を起こさなかった。図の縦軸は、プレパルス抑制(%)を示す。(実施例3)
【
図4A】社会的敗北ストレスマウスにおける(S)-および(R)-ノルケタミンの抗うつ効果を検討した図である。図中、S-NKおよびR-NKはそれぞれ(S)-ノルケタミン(10 mg/kg)および(R)-ノルケタミン(10 mg/kg)を投与した社会的敗北ストレスマウス群、Salineは生理食塩水(10 ml/kg)を投与した社会的敗北ストレスマウス群、Controlは生理食塩水を投与した正常マウス群を示す。図中、LMTは自発運動試験、TSTは尾懸垂試験、FSTは強制水泳試験、SPTは1%ショ糖嗜好性試験を意味する。(実施例4)
【
図4B】社会的敗北ストレスマウスにおける(S)-および(R)-ノルケタミンの抗うつ効果を投与1日後にLMTで検討した結果を示す図である。図中、S-NKおよびR-NKはそれぞれ(S)-ノルケタミンおよび(R)-ノルケタミンを投与した社会的敗北ストレスマウス群、Salineは生理食塩水を投与した社会敗北ストレスマウス群、Controlは生理食塩水を投与した正常マウス群を示す。図の縦軸は、自発運動(カウント/60分間)を示す。(実施例4)
【
図4C】社会的敗北ストレスマウスにおける(S)-および(R)-ノルケタミンの抗うつ効果を投与1日後にTSTで検討した結果を示す図である。図中、S-NKおよびR-NKはそれぞれ(S)-ノルケタミンおよび(R)-ノルケタミンを投与した社会的敗北ストレスマウス群、Salineは生理食塩水を投与した社会的敗北ストレスマウス群、Controlは生理食塩水を投与した正常マウス群を示す。図の縦軸は、TSTにおける無動時間(秒)を示す。(実施例4)
【
図4D】社会的敗北ストレスマウスにおける(S)-および(R)-ノルケタミンの抗うつ効果を投与2日後にFSTで検討した結果を示す図である。図中、S-NKおよびR-NKはそれぞれ(S)-ノルケタミンおよび(R)-ノルケタミンを投与した社会的敗北ストレスマウス群、Salineは生理食塩水を投与した社会的敗北ストレスマウス群、Controlは生理食塩水を投与した正常マウス群を示す。図の縦軸は、FSTにおける無動時間(秒)を示す。(実施例4)
【
図4E】社会的敗北ストレスマウスにおける(S)-および(R)-ノルケタミンの抗うつ効果を、投与7日後に1%ショ糖嗜好性試験で検討した結果を示す図である。図中、S-NKおよびR-NKはそれぞれ(S)-ノルケタミンおよび(R)-ノルケタミンを投与した社会的敗北ストレスマウス群、Salineは生理食塩水を投与した社会的敗北ストレスマウス群、Controlは生理食塩水を投与した正常マウス群を示す。図の縦軸は、ショ糖嗜好性(%)を示す。(実施例4)
【
図4F】社会的敗北ストレスマウスの脳部位のスパイン(Spines)密度における(S)-および(R)-ノルケタミンの効果を、投与8日後に検討した結果を示す図である。(実施例4)
【
図4G】(S)-ノルケタミンおよび(S)-ケタミンの副作用を、副作用の評価系の1つである運動量亢進作用により比較検討した結果を示す。図中、S-norket、S-ket、Salineはそれぞれ(S)-ノルケタミンおよび(S)-ケタミン、生理食塩水を投与した群である。図の縦軸は、自発運動(カウント/10分間)を示す。(実施例4)
【
図4H】(S)-ノルケタミンおよび(S)-ケタミンの副作用を、副作用の評価系の1つであるプレパルス抑制試験で比較した結果示す図である。図中、Saline、S-ket、S-norketはそれぞれ生理食塩水、(S)-ケタミンおよび(S)-ノルケタミンを投与した群である。また、各バーは左から、生理食塩水、(S)-ケタミン 10 mg/kg、(S)-ノルケタミン 5 mg/kg、(S)-ノルケタミン 10 mg/kg、(S)-ノルケタミン 20 mg/kgを投与した群を示す。図の縦軸は、プレパルス抑制(%)を示す。(実施例4)
【
図4I】(S)-ノルケタミンおよび(S)-ケタミンの副作用を、副作用の評価系の1つである場所嗜好性試験(CPP test)で比較した結果示す図である。図中、S-norket、S-ket、Salineはそれぞれ(S)-ノルケタミン(20 mg/kg)、(S)-ケタミン(20 mg/kg)、生理食塩水(10 ml/kg)を投与した群である。図の縦軸は、CPPスコアを示す。(実施例4)
【
図5】(S)-ノルケタミン誘導体の合成スキーム。(実施例5)
【
図6A】社会的敗北マウスにおける(S)-ノルケタミン誘導体の抗うつ効果を検討した図である。図中、Vehicleは媒体(0.5% カルボキシメチルセルロース(CMC)10 ml/kg、0.4% DMSO)、Compound1は(S)-ノルケタミン誘導体(30 mg/kg)を示す。POは経口投与を意味する。LMTは自発運動試験、SPTは1%ショ糖嗜好性試験を意味する。図の縦軸は、自発運動(カウント/60分間)を示す。(実施例7)
【
図6B】社会的敗北マウスにおける(S)-ノルケタミン誘導体の抗うつ効果について経口投与1時間後の自発運動量をLMTで検討した結果を示す図である。図中、Vehicleは媒体(0.5% カルボキシメチルセルロース(CMC)10 ml/kg、0.4% DMSO)、Compound1は(S)-ノルケタミン誘導体(30 mg/kg)を示す。Controlは媒体を投与した正常マウス群を示す。図の縦軸は、自発運動(カウント/60分間)を示す。(実施例7)
【
図6C】社会的敗北マウスにおける(S)-ノルケタミン誘導体の抗うつ効果について経口投与3日後および7日後のショ糖嗜好性を1%ショ糖嗜好性試験で検討した結果を示す図である。Controlは媒体を投与した正常マウス群を示す。図の縦軸は、ショ糖嗜好性(%)を示す。(実施例7)
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、ノルケタミンの光学異性体(S)-ノルケタミン、(S)-ノルケタミンのプロドラッグまたはそれらの薬理学的に許容される塩からなるうつ症状の予防および/または治療用薬剤に関する。また本発明は、(S)-ノルケタミン、(S)-ノルケタミンのプロドラッグまたはそれらの薬理学的に許容される塩をうつ症状の軽減に有効な量含有する、うつ症状の予防および/または治療用医薬組成物に関する。
【0025】
本発明において、ケタミンの主代謝物ノルケタミンがケタミンより強い抗うつ効果を有することを、うつ病の炎症モデル動物を使用して証明した。この動物モデルは、本願発明者らが、成人期にLPSを投与したマウスではうつ様行動が認められることを見出したことに基づいて作成したものである(非特許文献14-16)。
【0026】
さらに本発明において、(S)-ケタミンの主代謝物(S)-ノルケタミンが、社会的敗北ストレスモデルにおいて、抗うつ効果を示し、投与7日後でも抗うつ効果が認められることを明らかにした。さらに、(S)-ノルケタミンのプロドラッグを該モデルに投与した場合においても、抗うつ効果が示され、投与7日後でも抗うつ効果が認められることを明らかにした。
【0027】
ノルケタミンは、単回投与により、LPS投与による炎症性うつ病モデルマウスにおいて、ケタミンより強い抗うつ効果を示した(実施例1および実施例2参照)。(S)-ノルケタミンは、社会的敗北ストレスモデルにおいて、強い抗うつ効果を示し、投与7日でも抗うつ効果が確認された(実施例4参照)。さらに、(S)-ノルケタミンのプロドラッグを該モデルに投与した場合においても、強い抗うつ効果が示され、投与7日後でも抗うつ効果が確認された(実施例7参照)。一方、副作用の評価系である運動量亢進作用およびプレパルス抑制障害において、ケタミン投与では有意な変化が認められたが、ノルケタミンおよび(S)-ノルケタミンではそのような副作用は弱かった(実施例3および4参照)。さらに、ノルケタミン、(S)-ノルケタミン、および(R)-ノルケタミンは、NMDA受容体親和性がケタミンと比較して低く(非特許文献12)、精神病症状惹起作用などの副作用が少ないと考えられることから、ケタミンと比較して有望で安全な抗うつ薬になり得る。実際、ケタミンは麻薬指定されているが、ノルケタミンは麻薬指定されていない。
【0028】
ノルケタミンもケタミンと同様に光学異性体の存在が知られており、それらは(R)-ノルケタミンおよび(S)-ノルケタミンと称される。ケタミンは、ラセミ体混合物であり、(R)-ケタミンと(S)-ケタミンとを等量含む。本発明者らは、(R)-ケタミンまたはその薬理学的に許容される塩が、即効性かつ長期持続可能であって(S)-ケタミンと比較して統計学的に有意な高い抗うつ効果を有し、かつ(S)-ケタミンで認められる副作用が少ないため、うつ症状を示す精神疾患の予防および/または治療に有効であることを開示している(特許文献1、2および非特許文献10、11)。ところが、ノルケタミンの光学異性体では、ケタミンの光学異性体とは逆に、(S)-ノルケタミンが主に、高い抗うつ効果および低い副作用に寄与していることが明らかになった。
【0029】
(S)-ノルケタミン、またはその薬理学的に許容される塩は、抗うつ剤として、気分の抑うつ、意欲の低下、不安およびそれらに伴う不眠、食欲不振などのうつ症状、自殺念慮の治療および/または予防に用いる薬剤として使用することができる。
【0030】
本発明に係る医薬組成物は、(R)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩を実質的に含まないものであることができ、そのような医薬組成物が好ましい。用語「(R)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩を実質的に含まない」とは、(R)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩を全く含まないこと、あるいは、該化合物またはその薬理学的に許容される塩をその効果や副作用が発生しない程度の量で含んでいてもよいこと、あるいは、その製造上不可避的に混入した程度の不純物として含んでいてもよいことを意味する。例えば、医薬組成物中の(R)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩の含有量が2wt%以下でもよく、好ましくは1wt%以下であり、より好ましくは0.5wt%以下である。また、例えば、医薬組成物100mg中の(R)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩の含有量が2mg以下でもよく、好ましくは1mg以下であり、より好ましくは0.5mg以下である。さらに、例えば、医薬組成物中の100mgの(S)-ノルケタミンに対して、(R)-ノルケタミンは2mg以下でもよく、好ましくは1mg以下であり、より好ましくは0.5mg以下である。
さらに、本発明に係る医薬組成物は、ケタミン、(R)-ケタミン若しくは(S)-ケタミン、またはそれらの薬理学的に許容される塩を実質的に含まないものであることができ、そのような医薬組成物が好ましい。用語「ケタミン、(R)-ケタミン若しくは(S)-ケタミン、またはそれらの薬理学的に許容される塩を実質的に含まない」とは、このような化合物またはその薬理学的に許容される塩を全く含まないこと、あるいは、該化合物またはその薬理学的に許容される塩をその効果や副作用が発生しない程度の量で含んでいてもよいこと、あるいは、その製造上不可避的に混入した程度の不純物として含んでいてもよいことを意味する。例えば、医薬組成物中の該化合物またはその薬理学的に許容される塩の含有量が2wt%以下でもよく、好ましくは1wt%以下であり、より好ましくは0.5wt%以下である。例えば、医薬組成物100mg中の該化合物またはその薬理学的に許容される塩の含有量が2mg以下でもよく、好ましくは(1)mg以下であり、より好ましくは0.5mg以下である。
【0031】
本発明に係る薬剤および医薬組成物は、うつ症状を示す疾患、例えばうつ病、MDD、うつ症状とその対極の症状である躁症状とを繰り返す双極性障害に好ましく適用することができる。また、ケタミンが治療抵抗性強迫性障害、治療抵抗性PTSDおよび自閉症スペクトラム障害にも有効であることが報告されていること(非特許文献5-7、9)から、本発明に係る薬剤および医薬組成物も、強迫性障害、PTSDおよび自閉症スペクトラム障害に好ましく適用することができる。強迫性障害は、不安障害の一型で、その病態は、強迫観念と強迫行動に特徴づけられる疾患であるが、うつ病と関連していると考えられており、うつ病を併発して、強迫観念と強迫行動に加えてうつ症状を示す症例が極めて多い。PTSDの患者は、うつ症状を示す症例が多く、実際、SSRIなどの抗うつ薬が、PTSDの治療薬として使用されているが、治療効果が弱い。自閉症スペクトラム障害は、発達障害の一つであり、正常な社会的関係を保つことが出来なかったり、言語の使用が異常であったり、脅迫行為などの行動をする障害である。本発明の範囲には、(S)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩を、強迫性障害、PTSDおよび自閉症スペクトラム障害の症状軽減に有効な量を含有する、強迫性障害、PTSDおよび自閉症スペクトラム障害の予防および/または治療用医薬組成物が包含される。
【0032】
本発明に係る薬剤および医薬組成物は、経口的または非経口的に投与することができる。経口投与には、錠剤、カプセル、コーティング錠、トローチ、溶液または懸濁液などの液剤といった既知の投与用剤形を用いることができる。また、非経口投与は、注射による静脈内、筋肉内、または皮下への投与、スプレーやエアロゾルなどを用いた経鼻腔や口腔などの経粘膜投与、坐剤などを用いた直腸投与、パッチやリニメントやゲルなどを用いた経皮投与などを挙げることができる。好ましくは経口投与、経鼻腔投与、または注射による静脈内投与を挙げることができる。
【0033】
(S)-ノルケタミンは、下式(I)で表される化合物であり、遊離塩基、またはその薬理学的に許容される塩の両方の形態で用いることができる。薬理学的に許容される塩としては、薬理学的に許容される酸の付加塩が好ましく、より好ましくは塩酸塩である。
【0034】
【0035】
(S)-ノルケタミンは、公知方法により製造することができる。例えば1-(2-クロロフェニル)-1-シクロヘキセン(1-(2-chlorophenyl)-1-cyclohexene)を原料として製造することができる(非特許文献17、下式(II))。
【0036】
【0037】
(S)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩は、その改変、例えば置換基の塩素分子の他のハロゲン分子への置換を行うことで、誘導体を製造することができ、より好ましい作用を有する化合物が得られる可能性がある。
【0038】
また、(S)-ノルケタミンのプロドラッグまたはその薬理学的に許容される塩を合成し、医薬品として開発できる。プロドラッグとは、それ自体は目的とする薬理効果を発現しないか、その効果が弱いが、生体内に投与された後に、生体内で代謝されて活性代謝物に変化し、所望の薬理効果を発現する化合物を意味する。すなわち、(S)-ノルケタミンのプロドラッグとは、それ自体は目的とする薬理効果を発現しないか、その効果が弱いが、生体内に投与された後に、生体内で代謝されて(S)-ノルケタミンに変化し、うつ症状の軽減効果を示す化合物を意味する。(S)-ノルケタミンのプロドラッグの設計は、公知の報告されている方法(非特許文献18、19)を利用して実施できる。(S)-ノルケタミンのプロドラッグは、生体内で代謝されて(S)-ノルケタミンに変化し、うつ症状の軽減効果を示す化合物であれば、特に限定されないが、例えば(S)-ノルケタミンのアミノ基の窒素原子に置換基が導入された化合物を例示できる。(S)-ノルケタミンのプロドラッグとして、具体的には、下式(III)で表されるN-アルキル誘導体(N-alkylated (S)-norketamine)、下式(IV)で表されるN-アミド誘導体(N-amides of (S)-norketamine)、下式(V)で表されるN-カルバメート誘導体(N-carbamates of S-norketamine)、下式(VI)で表されるN-アシロキシアルキルカルバメート誘導体(N-acyloxyalkyl carbamates of (S)-norketamine)、下式(VII)で表されるオキソジオキソレニルメチルカルバメート誘導体(oxodioxolenylmethyl carbamates of (S)-norketamine)、下式(VIII)で表されるN-オキソジオキソレニルメチル誘導体(N-oxodioxolenylmethyl derivatives of (S)-norketamine)、下式(IX)で表されるN-マンニッヒ塩基誘導体(N-mannich bases of S-norketamine)、下式(X)で表されるフォスフォロリロキシメチルカルバメート誘導体(phosphoryloxy methyl carbamates of S-norketamine)、下式(XI)で表されるN-ホスフェート誘導体(N-phosphates of S-norketamine)、および下式(XII)で表されるイミン誘導体(Imines of S-norketamine)などを例示できる。下式のうちRを含んだ式において、置換基Rは好ましくは、アルキル基、アルコキシ基、アリール基、またはアラルキル基であり、より好ましくは、低級アルキル基または低級アルコキシ基であり、さらに好ましくはメチル基、エチル基、ブチル基、メトキシ基、エトキシ基、またはブトキシ基である。下式のうちR1とR2を含んだ式において、置換基R1とR2はそれぞれ独立に、好ましくは、アルキル基、アルコキシ基、アリール基、またはアラルキル基であり、より好ましくは低級アルキル基または低級アルコキシ基であり、さらに好ましくはメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、メトキシ基、エトキシ基、またはブトキシ基である。これらのR、R1およびR2を満たす化合物としては、下式(XIII)で表される(5-メチルー2オキソー1,3-ジオキソル-4-イル)メチルー(S)-(1-(2-クロロフェニル)-2-オキソシクロヘキシル)カルバミン酸{(5-methyl-2-oxo-1,3-dioxol-4-yl)methyl(S)-(1-(2-chlorophenyl)-2-oxocyclohexyl)carbamate}および下式(XIV)で表される1-((((S)-1-(2-クロロフェニル)-2-オキソシクロヘキシル)カルバモイル)オキシ)エチルイソ酪酸{1-((((S)-1-(2-chlorophenyl)-2-oxocyclohexyl)carbamoyl)oxy)ethylisobutyrate}などを例示できる。
(S)-ノルケタミンのプロドラッグの薬理学的に許容される塩は、遊離塩基、またはその薬理学的に許容される塩の両方の形態で用いることができる。薬理学的に許容される塩としては、薬理学的に許容される酸の付加塩が好ましく、より好ましくは塩酸塩である。
【0039】
【0040】
【0041】
【0042】
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
【0047】
【0048】
【0049】
【0050】
【0051】
さらに、上記本発明に係る化合物に、同位元素標識を、例えば安定性同位体である13Cや2H(D)により行うことで、本化合物の生体内動態の定量的測定などが実施できる。
【0052】
本発明に係る医薬組成物は、(S)-ノルケタミン、(S)-ノルケタミンのプロドラッグまたはそれらの薬理学的に許容される塩に加え、うつ症状に効果のある他の薬効成分を含有していてもよい。また、これら薬効成分の他に、適宜、投与形態などに応じて、当業者によく知られた適切な薬理学的に許容される担体を含有していてもよい。薬理学的に許容される担体としては、抗酸化剤、安定剤、防腐剤、矯味剤、着色料、溶解剤、可溶化剤、界面活性剤、乳化剤、消泡剤、粘度調整剤、ゲル化剤、吸収促進剤、分散剤、賦形剤、およびpH調整剤などを例示できる。
【0053】
本発明に係る薬剤および医薬組成物を注射用製剤として調製する場合は、溶液剤または懸濁剤の製剤の形態が好ましく、経鼻腔や口腔などの経粘膜投与用の場合は、粉末、滴剤、またはエアロゾル剤の製剤の形態が好ましい。また、直腸投与用の場合は、クリ-ムまたは坐薬のような半固形剤の製剤の形態が好ましい。これらの製剤はいずれも、例えばレミントンの製薬科学(マック・パブリッシング・カンパニー、イーストン、PA、1970年)に記載されているような製薬技術上当業者に知られているいずれかの方法によって調製することができる。注射用製剤は担体として、例えば、アルブミンなどの血漿由来タンパク、グリシンなどのアミノ酸、およびマンニトールなどの糖を加えることができ、さらに緩衝剤、溶解補助剤、および等張剤などを添加することもできる。また、水溶製剤または凍結乾燥製剤として使用する場合、凝集を防ぐためにTween(登録商標)80、Tween(登録商標)20などの界面活性剤を添加するのが好ましい。さらに、注射用製剤以外の非経口投与剤形は、蒸留水または生理食塩液、ポリエチレングリコ-ルのようなポリアルキレングリコ-ル、植物起源の油、および水素化したナフタレンなどを含有してもよい。例えば、坐薬のような直腸投与用の製剤は、一般的な賦形剤として、例えば、ポリアルキレングリコ-ル、ワセリン、およびカカオ油脂などを含有する。膣用製剤では、胆汁塩、エチレンジアミン塩、およびクエン酸塩などの吸収促進剤を含有してもよい。吸入用製剤は固体でもよく、賦形剤として、例えば、ラクト-スを含有してもよく、さらに、経鼻腔滴剤は水または油溶液であってもよい。
【0054】
本発明に係る薬剤および医薬組成物の正確な投与量および投与計画は、個々の治療対象毎の所要量、治療方法、疾病または必要性の程度などに依存して調整できる。投与量は、具体的には年齢、体重、一般的健康状態、性別、食事、投与時間、投与方法、排泄速度、薬物の組合せ、および患者の病状などに応じて決めることができ、さらに、その他の要因を考慮して決定してもよい。本発明に係る医薬組成物を、うつ病、双極性障害、強迫性障害などの、うつ症状を示す疾患に投与する場合は、該医薬組成物中に含まれる有効成分は、うつ病、双極性障害、強迫性障害などの各疾患の症状、好ましくは各疾患のうつ症状の軽減に有効な量を含有することが好ましい。(S)-ノルケタミンまたはその薬理学的に許容される塩は、ケタミンに認められる副作用が少ないため、安全に使用することができ、その1日の投与量は、患者の状態や体重、化合物の種類、投与経路などによって異なるが、例えば、有効成分量として、非経口投与の場合は、約0.01~1000mg/人/日、好ましくは0.1~500mg/人/日、0.1~100mg/人/日、1.0~100mg/人/日、10~100mg/人/日、100~200mg/人/日、200~300mg/人/日、300~400mg/人/日、又は400~500mg/人/日で投与され、また、経口の場合は約0.01~500mg/人/日、好ましくは0.1~100mg/人/日、0.1~1.0mg/人/日、1.0~20mg/人/日、20~40mg/人/日、40~60mg/人/日、又は80~100mg/人/日で投与されることが望ましい。
【0055】
本発明はさらに、上記本発明に係る薬剤または医薬組成物を、うつ症状の予防および/または治療を必要とする患者に投与することを含む方法に関する。本発明はまた本発明は、上記本発明に係る薬剤を、うつ症状の軽減に有効な量で、対象に投与することを含む、うつ症状の予防および/または治療方法に関する。本発明はさらに、上記本発明に係る医薬組成物を、うつ症状の軽減に有効な量で、対象に投与することを含む、うつ症状の予防および/または治療方法に関する。投与対象は、うつ症状を有すると診断されたヒトや哺乳動物、あるいは、うつ症状の緩和を必要とするヒトや哺乳動物であり得る。
【0056】
また、本発明は、(S)-ノルケタミン、(S)-ノルケタミンのプロドラッグ、またはそれらの薬理学的に許容される塩の、うつ症状の予防および/または治療用医薬組成物の製造における使用に関する。
【0057】
また、本発明は、うつ症状の予防および/または治療用(S)-ノルケタミン、(S)-ノルケタミンのプロドラッグ、またはそれらの薬理学的に許容される塩に関する。
【0058】
以下、実施例にて、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこの実施例に限定されない。また、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。全ての試験は千葉大学動物実験委員会の許諾の下に実施した。
【実施例0059】
うつ病の炎症性動物モデル(非特許文献14-16)を使用し、該モデル動物のうつ様行動に対する、ケタミンの主代謝物ノルケタミンの抗うつ効果を検討した。
【0060】
1.材料および方法
ノルケタミン塩酸塩はトクリスバイオサイエンス社(英国ブリストール)から購入した。薬剤の陰性コントロールとして、生理食塩水を使用した。
【0061】
うつ病の炎症性動物モデルは、マウスの成人期にリポポリサッカライド(以下、LPSと略称する)を投与することにより作成した。LPS投与したマウスではうつ様行動が観察され、このことからこのマウスがうつ病の新規動物モデルとなり得ることが示唆された。本モデルマウスは、本願発明者およびその協力者が作成したもので、幾つか論文報告を行っている(非特許文献14-16)。本モデルマウスは、抗うつ薬のスクリーニングに指標として用いられる行動試験である尾懸垂試験(tail suspension test;以下、TSTと略称する)および強制水泳試験(forced swimming test;以下、FSTと略称する)のいずれでも、正常マウスと比較して無動時間の増加を示した。一方、運動機能の指標である自発運動試験(locomotion test;以下、LMTと略称する)では、LPS投与マウスと正常マウスとの間で自発運動量に差異はなかった。これらの結果から、本モデルマウスではLPS投与により抑うつ様行動が惹起されたことが示唆された。
【0062】
ノルケタミンの抗うつ効果の検討は、LMT、TST、およびFSTの行動試験により、いずれもマウスの成人期で実施した。LPSおよびノルケタミンの投与スケジュールを
図1Aに示す。TSTおよびFSTはいずれも、ノルケタミン投与の後に実施した。TSTは次のように行った。まず、マウスをケージから取り出し、そしてその尾の先端からおよそ2cmの部分に接着テープの小片を貼り付けた。該小片に小さい穴を開け、マウスをそれぞれフックに吊り下げた。各マウスの無動時間を10分間記録した。マウスが無抵抗かつ完全静止であるときのみを無動であると判断した。うつ状態では無動時間が増加する。FSTは次のように行った。まず、シリンダー(径:23cm、高さ:31cm)に水を15cmまで満たして23±1℃に維持し、各シリンダーにそれぞれマウスを入れた。マウスは、自動強制水泳装置(automated forced-swimming apparatus)中で、SCANET MV-40(有限会社メルクエスト、富山、日本)を使用して試験した。無動時間は、合計時間から活性時間を減じた値として、該装置の解析ソフトウエアを使用して算出した。累積無動時間は、試験期間中、6分間にわたって記録を取った。LMTは次のように行った。まず、マウスを実験ケージ(長さ×横幅×高さ:560×560×330mm)に入れた。マウスの自発運動活性をSCANETMV-40により計数し、累積運動を60分間記録した。ケージは試験と次の試験の間に洗浄した。うつ状態では無動時間が増加する。
【0063】
統計分析は、一元配置分散分析(one-way ANOVA)およびそれに続いて最小有意差検定(LSD test)を行うことにより実施した。データは、平均±標準誤差(n=8-12マウス/群)で表す。生理食塩水を投与したLPS処理マウス群と比較した有意差は*p<0.05、**p<0.01、***p<0.001で示し、ケタミンを投与したLPS処理マウス群と比較した有意差は#p<0.05、##p<0.01で示す。
【0064】
2.結果
LMTでは、正常マウス、生理食塩水を投与したLPS処理マウス、ノルケタミン(5、10、または20 mg/kg)を投与したLPS処理マウスの間で、自発運動量に差異はなかった(
図1B)。よって、これらの処理は、運動機能に影響しないことが確認された。
【0065】
一方、TSTおよびFSTにおいて、生理食塩水を投与したLPS処理マウスでは正常マウスと比較して無動時間の有意な増加が認められた。ノルケタミンはLPS処理マウスにおいて増加した無動時間を用量依存的に低下させた(
図1Cおよび1D)。
【0066】
上記結果から、ノルケタミンが、LPS投与マウスにおいて抗うつ効果を示すことが明らかになった。すなわち、TSTおよびFSTにおいて、ノルケタミンの抗うつ効果が認められた。
ノルケタミンの抗うつ効果を、ケタミンの抗うつ効果と比較検討した。具体的には、うつ病の炎症性動物モデル(非特許文献14-16)を使用し、該モデル動物のうつ様行動に対する、ケタミンおよびノルケタミンの抗うつ効果を検討した。
上記結果から、10 mg/kg用量のケタミンおよびノルケタミンが、LPS投与マウスにおいて、抗うつ効果を示すことが明らかになった。注目すべきことに、ノルケタミンの抗うつ効果が、ケタミンより有意に強かった。この結果は、ノルケタミンがケタミンよりも、より強い抗うつ効果を有することを示すものである。ノルケタミンはケタミンと比べてNMDA受容体への親和性が弱いことから、ノルケタミンの抗うつ効果にはNMDA受容体の遮断作用以外の要因が関わっていると考える。