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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024038647
(43)【公開日】2024-03-21
(54)【発明の名称】玉軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 19/06 20060101AFI20240313BHJP
   F16C 33/41 20060101ALI20240313BHJP
【FI】
F16C19/06
F16C33/41
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022142831
(22)【出願日】2022-09-08
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100127340
【弁理士】
【氏名又は名称】飛永 充啓
(72)【発明者】
【氏名】小畑 智彦
【テーマコード(参考)】
3J701
【Fターム(参考)】
3J701AA02
3J701AA32
3J701AA42
3J701AA52
3J701AA62
3J701BA25
3J701BA44
3J701BA49
3J701BA50
3J701DA14
3J701EA31
3J701EA36
3J701EA37
3J701EA76
3J701FA13
3J701FA15
3J701FA41
3J701FA51
3J701GA24
3J701XB01
3J701XB03
3J701XB13
3J701XB19
3J701XB23
3J701XB26
(57)【要約】
【課題】冠形保持器を備える玉軸受において、遠心力による冠形保持器の変形をさらに抑える。
【解決手段】保持器の一側面に開口したポケット44,45の中で軸方向に最も深いポケット底Pbと、当該ポケットPbに接続するポケット爪42a,43bの中で当該ポケット底Pbから軸方向に最も遠い先端Pt1,Pt2との間の距離の軸方向成分を当該ポケット底Pbに対する当該ポケット爪42a,43bの軸方向長さとしたとき、保持器4が、第一の軸方向長さA1まで延びる第一のポケット爪42aと、第一の軸方向長さA1よりも短い第二の軸方向長さA2まで延びる第二のポケット爪43bとを有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内方の軌道溝を有する内方部材と、外方の軌道溝を有する外方部材と、前記内方の軌道溝と前記外方の軌道溝との間に介在する複数の玉と、これら複数の玉を保持する保持器とを備え、
前記保持器の周方向複数箇所に前記玉を収容するポケットが形成されており、前記ポケットが軸方向一方側に向かって開口しており、前記保持器が、前記玉を保持する対のポケット爪を有する玉軸受において、
前記ポケットの中で軸方向に最も深いポケット底(Pb)と、当該ポケット底(Pb)に接続する前記ポケット爪の中で当該ポケット底(Pb)から軸方向に最も遠い先端(Pt1,Pt2)までの距離の軸方向成分を当該ポケット底(Pb)に対する当該ポケット爪の軸方向長さとしたとき、前記保持器が、第一の前記軸方向長さ(A1)まで延びる第一の前記ポケット爪と、前記第一の軸方向長さ(A1)よりも短い第二の前記軸方向長さ(A2)まで延びる第二の前記ポケット爪とを有することを特徴とする玉軸受。
【請求項2】
前記ポケット爪の全体が、前記玉のピッチ円よりも前記保持器の中心軸側に寄った位置だけに設けられている請求項1に記載の玉軸受。
【請求項3】
前記第二の軸方向長さ(A2)が前記玉の半径よりも大きい請求項1又は2に記載の玉軸受。
【請求項4】
前記第二の軸方向長さ(A2)が前記第一の軸方向長さ(A1)の95%以下である請求項3に記載の玉軸受。
【請求項5】
前記保持器が、第一の前記玉に対して周方向一方側に位置する前記第一のポケット爪(42a)と、当該第一の玉に対して周方向他方側に位置する前記第一のポケット爪(42b)と、前記第一の玉とは異なる第二の前記玉に対して周方向一方側に位置する前記第二のポケット爪(43a)と、当該第二の玉に対して周方向他方側に位置する前記第二のポケット爪(43b)とを有する請求項1又は2に記載の玉軸受。
【請求項6】
前記保持器が、第一の前記玉に対して周方向一方側に位置する前記第一のポケット爪(42a)と、当該第一の玉に対して周方向他方側に位置する前記第二のポケット爪(43b)と、前記第一の玉とは異なる第二の前記玉に対して周方向他方側に位置する前記第一のポケット爪(42b)と、当該第二の玉に対して周方向一方側に位置する前記第二のポケット爪(43a)とを有する請求項1又は2に記載の玉軸受。
【請求項7】
前記第一の玉の総数と、前記第二の玉の総数の差が1以下である請求項6に記載の玉軸受。
【請求項8】
前記保持器が、当該保持器の全周に亘って前記第一のポケット爪(42b)と前記第二のポケット爪(43a)とを周方向に交互に有する請求項1又は2に記載の玉軸受。
【請求項9】
前記保持器が、前記各ポケット爪に連続する環状体(41,51,61)を有し、前記内方部材が、前記環状体(41,51,61)の内周と半径方向に隙間をもって対向する肩部(12)を有し、前記保持器の内周の中で前記肩部(12)と半径方向に対向しかつ前記ポケットに接する部位に当該肩部(12)との間の隙間を半径方向に拡大する凹部(46,52,62)が形成されている請求項1又は2に記載の玉軸受。
【請求項10】
内方の軌道溝を有する内方部材と、外方の軌道溝を有する外方部材と、前記内方の軌道溝と前記外方の軌道溝との間に介在する複数の玉と、これら複数の玉を保持する保持器とを備え、
前記保持器の周方向複数箇所に前記玉を収容するポケットが形成されており、前記ポケットが軸方向一方側に向かって開口しており、前記保持器が、前記玉を保持する対のポケット爪を有する玉軸受において、
前記ポケット爪の全体が、前記玉のピッチ円よりも前記保持器の中心軸側に寄った位置だけに設けられていることを特徴とする玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
EV(電気自動車)やPHEV(プラグインハイブリッド電気自動車)においては、エンジン駆動車と遜色のない駆動力を得るため、駆動源である電動モータの高速回転化が進んでいる。この高速回転の軸を支持するため、高速回転での運転に適した玉軸受が使用されている。
【0003】
高速回転対応の玉軸受として、従来、冠形保持器が採用されている。冠形保持器は、軸方向一方側に向かって開口した各ポケットに一個の玉を収容する環状の軸受部品であって、その玉を保持する対のポケット爪を有する。一般に、そのポケットの軸方向一方側への開口幅は、玉の直径よりも小さく設定されている。玉軸受の内外の軌道溝間に介在する玉と保持器とを組み合わせる際、玉を挟む対のポケット爪が弾性変形することによって、玉がポケットに収められ、弾性復元した対のポケット爪は、玉に対して軸方向他方側に向かって係合可能な状態となる。その係合により、冠形保持器の軸方向他方側への移動が規制されるので、冠形保持器と玉の分離が防止される(例えば、特許文献1~4)。
【0004】
合成樹脂を主材料とした冠形保持器が高速回転する場合、冠形保持器に作用する遠心力が問題になる。すなわち、高速回転時、片持ち梁である各ポケット爪に強い遠心力が作用すると、遠心力による発生応力がポケットの底を成す保持器部分に集中し、ここを変形起点として冠形保持器が各ポケット爪を外方の軌道溝側へ傾ける様に全体的に変形する。この変形量が増加して冠形保持器が軌道輪や玉と干渉すると、摩耗粉の発生、異常発熱、短寿命化の原因になる。
【0005】
特許文献5、6の冠形保持器では、ポケット爪の先端側においてポケット爪の半径方向幅を小さくすることにより、ポケット爪の軽量化を図って遠心力による変形を抑制している。
【0006】
さらに、特許文献5の冠形保持器では、玉のピッチ円よりも冠形保持器の中心軸側に寄った位置で玉とポケット爪とを接触させる設定により、半径方向内方へ向う方向の力を玉からポケット爪に作用させて、高速回転時の冠形保持器の変形を抑えるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第6841067号公報
【特許文献2】特開2011-226635号公報
【特許文献3】特許第5500837号公報
【特許文献4】特開2016-169766号公報
【特許文献5】特開2013-200006号公報
【特許文献6】特開2020-143696号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献5、6の冠形保持器のように、ポケット爪の先端側において半径方向幅を小さくすることは、ポケット爪の強度を確保する上で限界がある。また、EV等の駆動用モータにおいては今後も高速回転化が進むと予想されるため、遠心力による冠形保持器の変形を更に抑えることが重要になると考えられる。
【0009】
上述の背景に鑑み、この発明が解決しようとする課題は、冠形保持器を備える玉軸受において、遠心力による冠形保持器の変形をさらに抑えることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を達成するための第一の手段は、内方の軌道溝を有する内方部材と、外方の軌道溝を有する外方部材と、前記内方の軌道溝と前記外方の軌道溝との間に介在する複数の玉と、これら複数の玉を保持する保持器とを備え、前記保持器の周方向複数箇所に前記玉を収容するポケットが形成されており、前記ポケットが軸方向一方側に向かって開口しており、前記保持器が、前記玉を保持する対のポケット爪を有する玉軸受において、前記ポケットの中で軸方向に最も深いポケット底と、当該ポケット底に接続する前記ポケット爪の中で当該ポケット底から軸方向に最も遠い先端までの距離の軸方向成分を当該ポケット底に対する当該ポケット爪の軸方向長さとしたとき、前記保持器が、第一の前記軸方向長さまで延びる第一の前記ポケット爪と、前記第一の軸方向長さよりも短い第二の前記軸方向長さまで延びる第二の前記ポケット爪とを有する、という第一の構成を採用することである。
【0011】
ポケットの中で軸方向に最も深いポケット底を成す保持器部分は、遠心力による発生応力が集中し、変形起点となる。そのポケット底と、そのポケットに接するポケット爪の中でそのポケット底から軸方向に最も遠い先端との間の距離の軸方向成分(軸方向長さ)を短くすれば、そのポケット爪の体積を減らして軽量化することになるので、そのポケット爪に作用する遠心力を抑えることになり、さらに、その抑えた遠心力が変形起点に及ぼすモーメント荷重を抑えることになるので、その変形起点に集中する応力を抑えて、遠心力による保持器の変形を抑えることができる。そして、前述の軸方向長さを比較的長く設定したポケット爪と比較的短く設定したポケット爪とを適宜に配置すれば、比較的長いポケット爪によって保持器が玉から抜けることを効果的に防いで冠形保持器として成立させると共に、比較的短いポケット爪を配置した分、遠心力による冠形保持器の変形を抑えることができる。このように、上記第一の手段に係る構成によれば、保持器が第一の前述の軸方向長さまで延びる第一のポケット爪と、これよりも短い第二の前述の軸方向長さまで延びる第二のポケット爪とを有するので、遠心力による冠形保持器の変形をさらに抑えることができる。
【0012】
上記第一の構成における好ましい態様として、前記ポケット爪の全体が、前記玉のピッチ円よりも前記保持器の中心軸側に寄った位置だけに設けられている、という第二の構成を採用することが挙げられる。ポケット爪の半径方向幅を抑えてポケット爪の軽量化を図る態様として、ポケット爪に対する内接円を大きく設定して保持器の中心軸側でポケット爪の体積を減らす態様と、ポケット爪に対する外接円を小さく設定して保持器の中心軸から遠い側でポケット爪の体積を減らす態様がある。両態様を比較すると、ポケット爪に対する外接円を小さく設定する方が、周方向長さの比較的長い側でポケット爪の半径方向幅を短縮することになるので、ポケット爪の体積を比較的多く減らすことが可能である。したがって、ポケット爪の全体を玉のピッチ円よりも保持器の中心軸側に寄った位置だけに設けると、半径方向内方へ向う方向の力を玉からポケット爪に作用させて保持器の変形を抑えることができると共に、ポケット爪の体積をより多く減らしてポケット爪に作用する遠心力を抑えることができ、これらにより、遠心力による冠形保持器の変形をさらに抑えることができる。
【0013】
また、上記第一又は第二の構成における好ましい態様として、前記第二の軸方向長さが前記玉の半径よりも大きい、という第三の構成を採用することが挙げられる。第二の軸方向長さが玉の半径以下の場合、玉軸受の高速回転時、玉が第二のポケット爪の先端付近に乗り上げて保持器をポケット底側へ押し、保持器が玉から抜ける可能性がある。第二の軸方向長さを玉の半径よりも大きくしておけば、前述の玉の乗り上げを防いで保持器が玉から抜けないようにすることができる。
【0014】
上記第三の構成における好ましい態様として、前記第二の軸方向長さが前記第一の軸方向長さの95%以下である、という第四の構成を採用することが挙げられる。このようにすると、第二のポケット爪に作用する遠心力を第一のポケット爪に作用する遠心力に比して有意に小さくすることができる。
【0015】
また、上記第一から第四の構成のいずれか一つにおける好ましい態様として、前記保持器が、第一の前記玉に対して周方向一方側に位置する前記第一のポケット爪と、当該第一の玉に対して周方向他方側に位置する前記第一のポケット爪と、前記第一の玉とは異なる第二の前記玉に対して周方向一方側に位置する前記第二のポケット爪と、当該第二の玉に対して周方向他方側に位置する前記第二のポケット爪とを有する、という第五の構成を採用することが挙げられる。玉から玉軸受の回転方向に押されるポケット爪を長くしておくと、そのポケット爪が玉から外れにくくなるので、保持器が玉から抜けることを防止するのに有効である。比較的長い第一のポケット爪間に第一の玉を配置しておけば、玉軸受の回転方向が周方向一方側又は他方側のいずれであっても、比較的長い第一のポケット爪が第一の玉から玉軸受の回転方向に押されるようにすることができると共に、玉軸受の回転方向によらず、第一の玉に対して玉軸受の回転方向前側に位置する第一のポケット爪の本数を同じにすることができる。さらに、比較的短い第二のポケット爪間に第二の玉を配置しておけば、玉軸受の回転方向によらず、第二の玉に対して玉軸受の回転方向前側に位置する第二のポケット爪の本数を同じにすることもできる。したがって、玉軸受の回転方向がいずれであっても、玉に対する保持器の抜けにくさを同じにすることが可能になる。また、ポケットの軸方向一方側の開口は、第二のポケット爪同士で形成する場合又は第一のポケット爪と第二のポケット爪で形成する場合に比して、第一のポケット爪同士で形成する場合の方が比較的に開口幅を狭くすることが可能なため、第一のポケット爪を第一の玉から特に外れにくくすることができる。
【0016】
また、上記第一から第四の構成のいずれか一つにおける好ましい態様として、前記保持器が、第一の前記玉に対して周方向一方側に位置する前記第一のポケット爪と、当該第一の玉に対して周方向他方側に位置する前記第二のポケット爪と、前記第一の玉とは異なる第二の前記玉に対して周方向他方側に位置する前記第一のポケット爪と、当該第二の玉に対して周方向一方側に位置する前記第二のポケット爪とを有する、という第六の構成を採用することが挙げられる。このようにすると、玉軸受の回転方向が周方向一方側又は他方側のいずれであっても、比較的長い第一のポケット爪が第一の玉又は第二の玉から押されるようにすることができる。したがって、玉に対する保持器の抜けにくさが玉軸受の回転方向に応じて変化することを抑えられる。
【0017】
上記第六の構成における好ましい態様として、前記第一の玉の総数と、前記第二の玉の総数の差が1以下である、という第七の構成を採用することが挙げられる。複数の玉が偶数個である場合、第一の玉と第二の玉を同数にする(前述の差を0にする)ことにより、玉軸受の回転方向によらず、第一の玉又は第二の玉に対して玉軸受の回転方向前側に位置する第一のポケット爪の本数を同じにすることができ、玉に対する保持器の抜けにくさを同じにすることが可能になる。複数の玉が奇数個である場合、前述の差を零にすることはできないが、玉軸受の回転方向に応じて、第一の玉又は第二の玉に対して玉軸受の回転方向前側に位置する第一のポケット爪の本数は変化するが、前述の差を1にすることにより、その本数の変化を最小に抑えることができる。
【0018】
また、上記第一から第四の構成のいずれか一つにおける好ましい態様として、当該保持器の全周に亘って前記第一のポケット爪と前記第二のポケット爪とを周方向に交互に有する、という第八の構成を採用することが挙げられる。このようにすると、玉軸受の回転方向が玉に対して第一のポケット爪側である場合、各玉に対して玉軸受の回転方向前側に第一のポケット爪が位置することになるので、特に保持器が玉から抜けにくくなる。したがって、一方向にだけ高速回転し得る用途に好適な玉軸受にすることができる。
【0019】
また、上記第一から第八の構成の一つにおける好ましい態様として、前記保持器が、前記各ポケット爪に連続する環状体を有し、前記内方部材が、前記環状体の内周と径方向に隙間をもって対向する肩部を有し、前記保持器の内周の中で前記肩部と半径方向に対向しかつ前記ポケットに接する部位に当該肩部との間の隙間を半径方向に拡大する凹部が形成されている、という第九の構成を採用することが挙げられる。このようにすると、グリースが封入された玉軸受とする場合に軸受使用中のグリース漏れを抑えることができる。すなわち、玉軸受の回転中、保持器の内周に開口したポケットの開口縁の中でもポケット爪と環状体の連続部付近において掻き取られたグリースは、保持器の内周の中でも内方部材の肩部と半径方向に対向しかつポケットに接する部位に堆積し易い傾向がある。このような部位に凹部を形成して内方部材の肩部との隙間を半径方向に拡大しておけば、保持器の偏心で環状体の内周が内方部材の肩部に接近した際、グリースが環状体と内方部材の肩部間に挟まれてシール側へ押し出される流動現象が抑えられるので、グリース漏れが起こりにくくなる。
【0020】
上記の課題を達成するための第二の手段は、内方の軌道溝を有する内方部材と、外方の軌道溝を有する外方部材と、前記内方の軌道溝と前記外方の軌道溝との間に介在する複数の玉と、これら複数の玉を保持する保持器とを備え、前記保持器の周方向複数箇所に前記玉を収容するポケットが形成されており、前記ポケットは、前記保持器の一側面に開口しており、前記保持器は、前記玉を保持する対のポケット爪を有する玉軸受において、前記ポケット爪の全体が、前記玉のピッチ円よりも前記保持器の中心軸側に寄った位置だけに設けられている、という第十の構成を採用することである。この第二の手段に係る構成によると、既述のように、半径方向内方へ向う方向の力を玉からポケット爪に作用させて保持器の変形を抑えることができると共に、ポケット爪の体積をより多く減らしてポケット爪に作用する遠心力を抑えて、遠心力による冠形保持器の変形をさらに抑えることができる。
【発明の効果】
【0021】
この発明は、上記第一の手段に係る構成と第二の手段に係る構成の少なくとも一方の採用により、冠形保持器を備える玉軸受において、遠心力による冠形保持器の変形をさらに抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】この発明の一例としての第一実施形態に係る玉軸受を図2のI-I線で示す断面図
図2図1のII-II線の断面図
図3図1の保持器の部分斜視図
図4図3のIV-IV線の断面図
図5】この発明の第二実施形態に係る保持器を示す断面図
図6】この発明の第三実施形態に係る保持器を示す断面図
図7】この発明の第四実施形態に係る保持器を示す断面図
図8】この発明の第五実施形態に係る保持器を示す断面図
図9】第四実施形態においてポケット爪を変更した例を示す展開断面図
図10】第一実施形態においてポケット爪を変更した例を示す展開断面図
【発明を実施するための形態】
【0023】
この発明の第一実施形態に係る玉軸受を添付図面の図1図4に基づいて説明する。
【0024】
図1図2に示すこの玉軸受は、内方の軌道溝11を有する内方部材1と、外方の軌道溝21を有する外方部材2と、内方の軌道溝11と外方の軌道溝21との間に介在する複数の玉3と、これら複数の玉3を保持する保持器4と、グリース(図示省略)を内方部材1と外方部材2間に密封するための一対のシール5とを備える。
【0025】
内方部材1は、その外周において周方向に延びる内方の軌道溝11と、内方の軌道溝11に対して軸方向両側に形成された肩部12とを有する軌道輪からなる。外方部材2は、その内周において周方向に延びる外方の軌道溝21を有する軌道輪からなる。保持器4は、冠形保持器になっている。シール5は、外方部材2に固定され、内方部材1の外周に半径方向及び軸方向に接触するリップをもっている。この玉軸受は、深溝玉軸受として構成されており、内外の軌道溝11,21間に配置された玉3の総数は八個になっている。
【0026】
ここで、図1図2は、内方部材1の中心軸と、外方部材2の中心軸と、保持器4の中心軸と、複数の玉3の中心を周方向に通るピッチ円PCの中心とが同一直線(軸受中心軸、図示省略)上に位置する状態を描いている。軸方向は、その軸受中心軸に沿った方向のことをいい、半径方向は、その軸受中心軸に直交する方向のことをいい、周方向は、その軸受中心軸回りに一周する円周方向のことをいう。以下では、その軸受中心軸に直交する仮想平面のことを単に「仮想ラジアル平面」という。
【0027】
保持器4は、合成樹脂によって形成された冠形保持器になっている。すなわち、保持器4は、周方向に延びる一つの環状体41と、環状体41から軸方向一方側へ突き出た複数対のポケット爪42a,42b,43a,43bとを繋ぎ目なく一体に有する。これら環状体41及び複数対のポケット爪42a,42b,43a,43bによって保持器4の周方向複数箇所に玉3を収容するポケット44,45が形成されている。一個の玉3を保持する対のポケット爪42a,42b間、ポケット爪43a,43b間は、それぞれ軸方向一方側に向かって開口している。
【0028】
保持器4の全体は、合成樹脂の射出成形によって繋ぎ目なく形成されている。ここで、合成樹脂は、ポリマーを主成分とした組成物のことをいい、ガラス繊維、カーボン繊維、改質剤等の適宜の副成分を含むものであってもよい。そのポリマーとして、例えば、ポリアミド(PA)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)等が挙げられる。
【0029】
環状体41は、周方向全周に延びる内外周を有するリング部からなる。環状体41の内周は、内方部材1の肩部12と半径方向に隙間をもって対向する。環状体41の外周の直径は、保持器4の外径を規定する仮想円筒(保持器4に外接する仮想円筒)の直径に一致している。環状体41の反ポケット44,45側(軸方向他方側)の側面は、全面的に周方向に沿っている。これは、環状体41の反ポケット44,45側の側面と、これに近い方のシール5との間の空間容積が環状体41の体積で減少することを抑えてグリース封入量を多くし、この玉軸受をグリース潤滑方式で使用する際の軸受寿命を延ばすのに有利だからである。
【0030】
各ポケット爪42a,42b,43a,43bは、環状体41の内周に対して軸方向に突出しかつ周方向に断絶することなく連続する中実部であって、その中実部の周方向片面においてポケット44,45に接し、その中実部の反ポケット側の周方向片面において他の保持器部分とは周方向に離れている片持ち梁部からなる。
【0031】
各ポケット44,45は、一個の玉3を収めるための空間であり、保持器4の内周、外周及び軸方向の三方において開口している。各ポケット44,45には、玉3に対して軸方向、半径方向及び周方向のポケットすきまが設けられている。保持器4は、前述のポケットすきまの範囲内で図1図2の状態から内方部材1、外方部材2及び玉3に対して自由に動き得る。この玉軸受は、保持器4を複数の玉3によって案内する転動体案内方式になっている。このため、環状体41の内周と内方部材1の肩部12との間の半径方向すきまは、前述のように保持器4が自由に動き得る半径方向の最大移動量よりも大きく設定されている。
【0032】
各ポケット44,45でのポケットすきまは、例えば、0.0mm以上0.2mm以下に設けることができる。ポケットすきまが0.2mm以下であれば、この玉軸受の回転時、良好な音響特性を確保することができる。玉3が遅れ進みしても、当該玉3に接するポケット爪42a,42b,43a,43bが軸受中心軸側へ撓み変形して逃がすことができる構造であるので、ポケットすきまは0.0mmに設定することも可能である。
【0033】
図3図4に示すように、各ポケット44,45は、環状体41に形成された凹面と、対のポケット爪42a,42b又は対のポケット爪43a,43bの周方向に対向する端面とで形成されており、これら凹面と端面は、同一の仮想球面上に位置する形状になっている。各ポケット44,45の周方向ピッチは、一定である。なお、図1図2において、各ポケット44,45の中心と、当該ポケット44,45に収まる玉3の中心(図1のポケット45内の玉3の中心Oの位置を参照。)とは一致しており、玉3に対して周方向両側でポケットすきまの半分の隙間が生じている。
【0034】
任意の一か所のポケット44,45の中で軸方向に最も深いポケット底Pb(すなわちそのポケット44,45の中で最も軸方向他方側に寄った位置)は、図1図4に示すように、環状体41の一部分上に設けられている。各ポケット44,45のポケット底Pbは、玉3のピッチ円PC(図2参照)を含む仮想円筒上に位置する。
【0035】
図1図2に示す状態となるように玉3をポケット44,45の軸方向一方側の開口からポケット44,45に収める際、各ポケット爪42a,42b,43a,43bは、それぞれ独立に弾性変形することができる。その弾性変形は、玉3を挟む対のポケット爪42a,42b間又は43a,43b間の開口幅を周方向に広げるように撓む態様である。
【0036】
環状体41の内周と、各ポケット爪42a,42b,43a,43bの半径方向内方の端面とは、軸方向に沿って連続しており、保持器4の内径を規定する仮想円筒(保持器4に内接する仮想円筒)上に位置する。各ポケット爪42a,42b,43a,43bの半径方向外方の端面は、環状体41の外周及び玉3のピッチ円PCよりも保持器4の中心軸側に寄った位置にある。保持器4に設けられた全てのポケット爪42a,42b,43a,43bに外接する仮想円筒の直径は、玉3のピッチ円PCの直径よりも小さい。すなわち、各ポケット爪42a,42b,43a,43bの全体は、玉3のピッチ円PCよりも保持器4の中心軸側に寄った位置だけに設けられている。このため、各ポケット爪42a,42b,43a,43bは、玉3のピッチ円PCよりも保持器4の中心軸側に寄った位置でしか玉3と周方向に接触し得ず、この玉軸受の回転中、玉3とポケット爪42a,42b,43a,43bの接触部では、当該玉3から半径方向内方へ向う方向の力が当該ポケット爪42a,42b,43a,43bに作用する。これにより、この玉軸受の回転時、遠心力による保持器4の変形が抑えられる。
【0037】
また、各ポケット爪42a,42b,43a,43bの全体は、玉3のピッチ円PCよりも保持器4の中心軸から遠い側で各ポケット爪42a,42b,43a,43bの体積を無くしているので、玉3のピッチ円PCよりも保持器4の中心軸側で各ポケット爪の体積を無くす場合に比して、周方向長さの長い側でポケット爪の寸法(半径方向幅)を半径方向に短縮することになり、各ポケット爪42a,42b,43a,43bの体積をより多く減らされている。このことによっても、この玉軸受の回転時、各ポケット爪42a,42b,43a,43bに作用する遠心力が抑えられる。
【0038】
また、各ポケット爪42a,42b,43a,43bは、環状体41の内周と外周間の半径方向幅を二等分する仮想円筒よりも保持器4の中心軸側に寄った位置に設けられていることにより、その半径方向幅を可及的に薄くして軽量化されている。このように各ポケット爪42a,42b,43a,43bの半径方向幅を薄くすると、各ポケット爪42a,42b,43a,43bは、玉3との接触部で玉3から押された際に柔軟に撓み易くなるため、当該玉3からの力を逃がし易くなり、各ポケット爪42a,42b,43a,43bにおける過大な応力発生が避けられる。また、各ポケット爪42a,42b,43a,43bは、遠心力の作用によって撓んでも、玉3に接近する方向に変位するので、ポケットすきまが拡大しない。このため、高速回転時に保持器4が振動し易くならず、音響特性が良好に保たれる。
【0039】
保持器4の内周の中でも、内方部材1の肩部12と半径方向に対向しかつポケット44,45に接する部位には、肩部12との間の隙間を半径方向に拡大する凹部46が形成されている。凹部46は、各ポケット爪42a,42b,43a,43bの中でもポケット底Pbに近い部位に一か所ずつ形成されている。各凹部46は、各ポケット爪42a,42b,43a,43bの接するポケット44,45及び肩部12に開放した溝状になっている。保持器4の内周においてポケット44,45の開口縁と玉3との間の距離を考えると、保持器4の内径を規定する仮想円筒上に位置する開口縁部分と玉3との間の距離に比して、凹部46と玉3との距離が拡大しており、結果的に、凹部46と肩部12との間の半径方向隙間は、環状体41の内周と肩部12との間の半径方向隙間よりも拡大している。このため、この玉軸受の回転中、各凹部46のところでは、玉3からグリースを掻き取る位置が肩部12から半径方向に遠くなり、グリースが堆積する位置が肩部12から遠くなるので、凹部46に堆積したグリースと肩部12との間を拡大することになる。したがって、この玉軸受の回転中、ポケット爪42a,42b,43a,43bの環状体41との連続部付近(肩部12と半径方向に対向する保持器内周部位)が保持器4の偏心挙動によって肩部12に半径方向に接近した際、環状体41の内周に堆積したグリースが環状体41と肩部12間に挟まれて近い方のシール5側へ押し出される流動現象が抑えられることになり、これにより、グリース漏れが起こりにくくなる。
【0040】
保持器4の半径方向幅B1(環状体41の半径方向幅に一致する)に対して、各ポケット爪42a,42b,43a,43bの半径方向幅B2は、1/5以上、1/2未満にするとよい。ポケット爪42a,42b,43a,43bの半径方向幅B2を保持器4の半径方向幅B1の1/5倍未満の寸法にすると、玉3とポケット爪42a,42b,43a,43bが接触した際のポケット爪42a,42b,43a,43bの強度が弱くなる懸念がある。また、ポケット爪42a,42b,43a,43bの半径方向幅B2を保持器4の半径方向幅B1の1/2倍以上の寸法にすると、ポケット爪42a,42b,43a,43bの重量が大きくなり、凹部46の底の割れにつながる懸念がある。
【0041】
図2図4に示すように、保持器4は、周方向に隣り合う玉3間の各部位に二本のポケット爪(ポケット爪43b,42aの二本、ポケット爪42b,43aの二本、ポケット爪43b,42aの二本、ポケット爪42b,42aの二本)を有する。環状体41は、これら二本のポケット爪の根元同士を繋ぐ中間部47を含む。中間部47は、周方向に隣り合うポケット44,45間に亘り、各ポケット爪42a,42b,43a,43bは、中間部47から軸方向一方側に突出している。保持器4の強度を確保するため、中間部47の軸方向肉厚は、ポケット底Pbから環状体41の反ポケット44,45側の側面までの軸方向肉厚(以下、これをポケット底Pbの軸方向肉厚という。)よりも大きく設けられている。また、これら二本のポケット爪を周方向に分離するように軸方向肉厚を薄くして、これら二本のポケット爪と中間部47とで構成される柱部を軽量化することで遠心力を抑えるため、中間部47から、玉3のピッチ円PCに接する仮想ラジアル平面までの距離は、中間部47の軸方向厚さよりも大きく設けられている。
【0042】
ポケット底Pbの軸方向肉厚は、例えば、ポケット44,45のピッチ円直径の1/70以上、1/30以下に設けることができる。ここで、ポケット44,45のピッチ円直径は、各ポケット44,45の中心を周方向に通る仮想円の直径のことをいい、図示例では、玉3のピッチ円PCの直径に一致している。
【0043】
遠心力による発生応力は保持器4のポケット底Pbを成す表面部に集中し、当該表面部が遠心力による保持器4の変形の起点となる。したがって、ポケット底Pbの軸方向肉厚は、ここで体積をもたせて応力を分散するため、ある程度必要である。この玉軸受の高速回転を実現するには、ポケット底Pbの軸方向肉厚をポケット44,45のピッチ円直径の1/70以上にするとよい。また、この玉軸受はグリース潤滑方式での使用を想定しているため、グリースを封入するためのシール5等の密封構造が必要になる。その密封構造と保持器4の干渉を避けるため、ポケット底Pbの軸方向肉厚をポケット44,45のピッチ円直径の1/30以下にするとよい。
【0044】
また、中間部47の軸方向肉厚は、例えば、そのポケット44,45のピッチ円直径の1/62以上、1/26以下に設けることができる。環状体41が環状であるので、保持器4の射出成形の際にウェルドが発生する。軸方向肉厚が特に薄いポケット底Pb付近にウェルドが位置することを避け、また、半径方向幅が特に薄く玉3から押されるポケット爪42a,42b,43a,43bにウェルドが位置することを避けるため、ウェルドは、中間部47に配置することが好ましい。中間部47におけるウェルドの強度低下率や、ポケット底Pbを成す表面部に集中する応力と中間部47での応力との差を考慮すると、この玉軸受の高速回転を実現するには、中間部47の軸方向肉厚をポケット44,45のピッチ円直径の1/62~1/26の範囲にするとよい。
【0045】
ここで、任意の一か所のポケット44,45のポケット底Pb(図1図4参照)と、当該ポケット44,45に接する任意の一本のポケット爪42a,42b,43a,43bの中で当該ポケット底Pbから軸方向に最も遠い先端Pt1,Pt2(すなわちそのポケット爪42a,42b,43a,43bの中で最も軸方向一方側に寄った位置)との間の距離の軸方向成分を当該ポケット底Pbに対する当該ポケット爪42a,42b,43a,43bの軸方向長さと定義する。この軸方向長さを考えると、保持器4は、第一の軸方向長さA1まで延びる第一のポケット爪42a,42bと、第一の軸方向長さA1よりも短い第二の軸方向長さA2まで延びる第二のポケット爪43a,43bとを有する。
【0046】
第一の軸方向長さA1は、当該一本の第一のポケット爪42a又は42bの先端Pt1に接する仮想ラジアル平面と、当該一本のポケット爪42a又は42bが接するポケット44のポケット底Pbに接する仮想ラジアル平面との間の距離に一致する。
【0047】
第二の軸方向長さA2は、当該一本の第二のポケット爪43a又は43bの先端Pt2に接する仮想ラジアル平面と、当該一本のポケット爪43a又は43bが接するポケット45のポケット底Pbに接する仮想ラジアル平面との間の距離に一致する。
【0048】
保持器4は、第一の玉3に対して周方向一方側(図2において左回り側)に位置する第一のポケット爪42aと、当該第一の玉3に対して周方向他方側(図2において右回り側)に位置する第一のポケット爪42bと、第一の玉3とは異なる第二の玉3に対して周方向一方側に位置する第二のポケット爪43aと、当該第二の玉3に対して周方向他方側に位置する第二のポケット爪43bとを有する。
【0049】
第一の玉3を挟む第一のポケット爪42a,42bは、これらの接する第一のポケット44の中心を含む仮想ラジアル平面に関して周方向に対称形になっている。第二の玉3を挟む第二のポケット爪43a,43bは、これらの接する第二のポケット45の中心を含む仮想ラジアル平面に関して周方向に対称形になっている。
【0050】
第一のポケット44と第二のポケット45は、保持器4の全周に亘って周方向に交互に形成されている。内外の軌道溝11,21間に介在する複数の玉3の総数が偶数個であるので、保持器4に形成された第一のポケット44の総数と第二のポケット45の総数は同数である。したがって、保持器4が有する第一のポケット爪42a,42bの総数と第二のポケット爪43a,43bの総数も同数である。
【0051】
第一の軸方向長さA1は、玉3の半径Rよりも大きく、玉3の直径よりも小さく設けられている。第一の軸方向長さA1を玉3の半径Rよりも大きく設けるのは、前述のように第一のポケット爪42a,42bが第一の玉3に対して軸方向他方側(ポケット底Pb側)に向かって引っ掛かることを実現するのに必須だからである。第一の軸方向長さA1を玉3の直径よりも小さく設けるのは、第一のポケット爪42a,42bが軸方向に不必要に長くならないようにするためであり、図示例では、第一のポケット爪42a,42bの先端が内方の軌道溝11と半径方向に対向する位置にあるように第一の軸方向長さA1が設定されている。
【0052】
第一のポケット44の軸方向一方側の開口は、一対の第一のポケット爪42a,42bによって形成されており、その開口幅は、玉3の直径よりも小さく設けられている。保持器4が複数の玉3からポケット底Pb側へ抜けようとすると、各第一のポケット爪42a,42bの先端Pt1側がそれぞれ第一の玉3に対してポケット底Pb側に向かって引っ掛かることになる。これらの引っ掛かりにより、保持器4が複数の玉3から抜けることは阻止される。
【0053】
一方、第二の軸方向長さA2は、玉3の半径Rよりも大きく設けられている。第二の軸方向長さA2を玉3の半径R以下にすると、この玉軸受の高速回転時、玉3が第二のポケット爪43a,43bの先端に乗り上げて保持器4をポケット底Pb側へ押し、保持器4が玉3から抜ける可能性がある。第二の軸方向長さA2を玉3の半径Rよりも大きくしておけば、第二のポケット爪43a,43bの先端に対する玉3の乗り上げを防いで保持器4が玉3から抜けないようにすることができる。例えば、第二の軸方向長さA2は、第二のポケット45における軸方向のポケットすきまと玉3の半径Rとの合計値よりも大きくしておけば、この玉軸受の高速回転時でも、第二のポケット爪43a,43bの先端に対する玉3の乗り上げが起こらないようにすることができる。
【0054】
また、第二の軸方向長さA2は、第一の軸方向長さA1の95%以下であり、好ましくは、第一の軸方向長さA1の80%以下であり、より好ましくは70%以下である。第二の軸方向長さA2を第一の軸方向長さA1よりも短くする程、第二のポケット爪43a,43bに作用する遠心力を第一のポケット爪42a,42bに作用する遠心力よりも小さくすることが容易になる。第一の軸方向長さA1に対して第二の軸方向長さA2を5%以上短くすれば、第一のポケット爪42a,42bの半径方向幅、半径方向位置と第二のポケット爪43a,43bの半径方向幅、半径方向位置を同じに設定しつつ、第二のポケット爪43a,43bに作用する遠心力を第一のポケット爪42a,42bに作用する遠心力に比して有意に小さくすることができる。なお、有意とは、製造誤差による前述の軸方向長さのばらつきの影響の範疇を超えることを意味する。
【0055】
図1図4に示すこの玉軸受は、上述のように、内方の軌道溝11を有する内方部材1と、外方の軌道溝21を有する外方部材2と、内方の軌道溝11と外方の軌道溝21との間に介在する複数の玉3と、これら複数の玉3を保持する保持器4とを備え、保持器4の周方向複数箇所に玉3を収容するポケット44,45が形成されており、ポケット44,45が軸方向一方側に向かって開口しており、保持器4が玉3を保持する対のポケット爪42a,42b,43a,43bを有するものである。
【0056】
この玉軸受は、ポケット44,45の中で軸方向に最も深いポケット底Pbと、当該ポケット44,45に接続するポケット爪42a,42b,43a,43bの中で当該ポケット底Pbから軸方向に最も遠い先端Pt1,Pt2までの距離の軸方向成分を当該ポケット底Pbに対する当該ポケット爪42a,42b,43a,43bの軸方向長さとしたとき、保持器4が第一の軸方向長さA1まで延びる第一のポケット爪42a,42bと、第一の軸方向長さA1よりも短い第二の軸方向長さA2まで延びる第二のポケット爪43a,43bとを有するので、比較的長い第一のポケット爪42a,42bによって保持器4が玉3から抜けることを効果的に防いで保持器4を冠形保持器として成立させると共に、全てのポケット爪が第一の軸方向長さA1まで延びる場合に比して、比較的短い第二のポケット爪43a,43bを配置した分、冠形保持器である保持器4の遠心力による変形をさらに抑えることができる。
【0057】
また、この玉軸受は、ポケット爪42a,42b,43a,43bの全体が玉3のピッチ円PCよりも保持器4の中心軸側に寄った位置だけに設けられていることにより、半径方向内方へ向う方向の力を玉からポケット爪に作用させて保持器の変形を抑えることができると共に、ポケット爪42a,42b,43a,43bの半径方向幅が周方向長さの比較的長い側で全体的に短縮されているので、ポケット爪42a,42b,43a,43bの体積をより多く減らしてポケット爪42a,42b,43a,43bに作用する遠心力を抑えることができ、これらにより、遠心力による保持器4の変形をさらに抑えることができる。
【0058】
また、この玉軸受は、第二の軸方向長さA2が玉3の半径Rよりも大きいことにより、玉軸受の高速回転時、玉3が第二のポケット爪43a,43bの先端に乗り上げることを防いで保持器4が玉から抜けないようにすることができる。
【0059】
また、この玉軸受は、第二の軸方向長さA2が第一の軸方向長さA1の95%以下であることにより、第二のポケット爪43a.43bに作用する遠心力を第一のポケット爪42a,42bに作用する遠心力に比して有意に小さくすることができる。
【0060】
また、この玉軸受は、保持器4が第一の玉3に対して周方向一方側に位置する第一のポケット爪42aと、当該第一の玉3に対して周方向他方側に位置する第一のポケット爪42bと、第一の玉3とは異なる第二の玉3に対して周方向一方側に位置する第二のポケット爪43aと、当該第二の玉3に対して周方向他方側に位置する第二のポケット爪43bとを有することにより、玉軸受の回転方向が周方向一方側又は他方側のいずれであっても、比較的長い第一のポケット爪42a又は42bが第一の玉3から玉軸受の回転方向に押されるようになり、また、第一の玉3に対して玉軸受の回転方向前側に位置する第一のポケット爪42a又は42bの本数が同じ(図示例では四本)になり、さらに、第二の玉3に対して玉軸受の回転方向前側に位置する第二のポケット爪43a又は43bの本数が同じ(図示例では四本)になるので、玉3に対する保持器4の抜けにくさを同じにすることができ、また、ポケットの軸方向一方側の開口を第二のポケット爪43a,43b同士で形成する場合又は第一のポケット爪と第二のポケット爪で形成する場合に比して、第一のポケット爪42a,42b同士で形成するポケット44の軸方向一方側の開口幅を比較的狭くして、第一のポケット爪42a,42bを第一の玉3から特に外れにくくすることができる。
【0061】
また、この玉軸受は、保持器4が各ポケット爪42a,42b,43a,43bに連続する環状体41を有し、内方部材1が環状体41の内周と径方向に隙間をもって対向する肩部12を有するものであるが、保持器4の内周の中で内方部材1の肩部12と半径方向に対向しかつポケット44,45に接する部位に当該肩部12との間の隙間を半径方向に拡大する凹部46が形成されていることにより、グリースが封入された玉軸受とする場合に軸受使用中のグリース漏れを抑えることができる。すなわち、玉軸受の回転中、保持器4の内周に開口したポケット44,45の開口縁の中でもポケット爪42a,42b,43a,43bと環状体41の連続部付近において掻き取られたグリースが保持器4の内周の中でも肩部12と半径方向に対向しかつポケット44,45に接する部位に堆積し易い傾向があるが、このような部位に凹部46が形成されて肩部12との隙間が半径方向に拡大されているので、保持器4の偏心で環状体41の内周が肩部12に接近した際、グリースが環状体41と肩部12間に挟まれて近い方のシール5側へ押し出される流動現象が抑えられるので、グリース漏れが起こりにくくなる。
【0062】
第一実施形態では、ポケット爪42a,42b,43a,43bに凹部46を形成した例を示したが、凹部を環状体に形成することも可能である。その一例としての第二実施形態を図5に示す。なお、以下では、第一実施形態との相違点を述べるに留める。
【0063】
第二実施形態の保持器50は、環状体51の内周のうち、ポケット爪42a側に位置する内周端部において保持器50の中心軸から遠い側へ段状に凹んだ凹部52が形成されているものである。凹部52は、保持器50の内径を規定する円筒面部から半径方向外方に凹んでおり、環状体51の全周に亘って連続している。
【0064】
環状体の内周端部に凹部を形成する場合、段状である必要はなく、例えば、図6に示す第三実施形態の保持器60のように、環状体61にフィレット状の凹部62を形成してもよい。また、図5図6に示すような凹部52,62は、ポケットに接する部位だけに形成してもよい。
【0065】
また、第一実施形態では、一個の玉を対の第一のポケット爪又は対の第二のポケット爪で挟む保持器を例示したが、第一のポケット爪と第二のポケット爪の配置パターンは様々に変更することが可能である。その一例としての第四実施形態を図7に示す。
【0066】
第四実施形態の保持器70は、第一の玉3に対して周方向一方側に位置する第一のポケット爪42aと、当該第一の玉3に対して周方向他方側に位置する第二のポケット爪43bと、第一の玉3とは異なる第二の玉3に対して周方向他方側に位置する第一のポケット爪42bと、当該第二の玉3に対して周方向一方側に位置する第二のポケット爪43aとを有する。したがって、第四実施形態では、玉軸受の回転方向が周方向一方側又は他方側のいずれであっても、比較的長い第一のポケット爪42a又は42bが第一の玉3又は第二の玉3から押されるので、玉3に対する保持器70の抜けにくさが玉軸受の回転方向に応じて変化することを抑えることができる。
【0067】
また、対の第一のポケット爪42aと第二のポケット爪43bとが挟む第一の玉3と、対の第一のポケット爪42bと第二のポケット爪43aとが挟む第二の玉3は、保持器70の全周に亘って周方向に交互に配置されている。保持器70が保持する玉数は偶数個(図2参照)であるから、第一の玉3の総数と、第二の玉3の総数の差は0である。したがって、第四実施形態によれば、玉軸受の回転方向によらず、第一の玉3又は第二の玉3に対して玉軸受の回転方向前側に位置する第一のポケット爪42a又は42bの本数が同じになるので、玉3に対する保持器70の抜けにくさを同じにすることができる。
【0068】
なお、第四実施形態において玉数が奇数個とする場合、第一の玉と第二の玉を同数にすることはできないが、第一の玉の総数と第二の玉の総数の差を1にすることは可能であり(図示省略)、このようにすることにより、玉軸受の回転方向に応じて、第一の玉又は第二の玉に対して玉軸受の回転方向前側に位置する第一のポケット爪の本数が変化することを最小の1本差に抑えることが可能である。
【0069】
上述の第一~第四実施形態では、玉軸受の回転方向によらず、保持器の抜け止めに効果的な第一のポケット爪の本数が変化しない又は最小に変化するので、二方向に高速回転し得る玉軸受として好適であるが、一方向の高速回転に特化した玉軸受となるように第一のポケット爪と第二のポケット爪を配置することも可能である。その一例としての第五実施形態を図8に示す。
【0070】
第五実施形態の保持器80は、保持器80の全周に亘って第一のポケット爪42bと第二のポケット爪43aとを周方向に交互に有する。各玉3は、当該玉3に対して周方向一方側に位置する第二のポケット爪43aと、当該玉3に対して周方向他方側に位置する第一のポケット爪42bとの間に挟まれている。このため、玉軸受の回転方向が玉3に対して第一のポケット爪42b側(周方向他方側)である場合、各玉3に対して玉軸受の回転方向前側に第一のポケット爪42bが位置することになるので、特に保持器80が玉3から抜けにくくなる。したがって、第五実施形態によれば、一方向にだけ高速回転し得る用途に好適な玉軸受にすることができる。
【0071】
上述の第一~第五実施形態では、各ポケット爪の反ポケット側の周方向片面が金型を軸方向に離型する際にアンダーカットとなる部位をもたない形状とした例を示したが、ポケット爪の形状は任意に変更することができる。例えば、図9図10に例示するように、金型の無理抜きが可能な限度で、玉3のピッチ円直径PCに対して軸方向他方側の位置で第一のポケット爪91a,91b,第二のポケット爪92a,92bをそれぞれアンダーカット形状に湾曲させることも可能である。
【0072】
また、上述の各実施形態では、保持器における軸方向長さ(A1,A2)の設定を二段階に設定した例を示したが、三段階以上の多段階に設定することも可能である。
【0073】
上述の第二、第四及び第五実施形態に対応の三例の実施例と、従来型の二例の比較例について、遠心力によって保持器に生じた最大変位量を評価した。
【0074】
その比較例1は、一般的な冠形保持器であり、第一実施形態の保持器4から凹部46を省き、中間部47の軸方向肉厚を軸方向に拡大して玉3のピッチ円PCよりも各ポケット爪の先端側に位置させ、全てのポケット爪を第一のポケット爪相当の軸方向長さまで延ばしたものである。その比較例2は、前述の比較例1において中間部の軸方向肉厚を図1例と同じに変更し、全てのポケット爪を第一のポケット爪相当に変更したものである。その実施例1は、第二実施形態と第五実施形態を組み合わせたものである。その実施例2は、第二実施形態と第四実施形態を組み合わせたものである。その実施例3は、第二実施形態に対応のものである。
【0075】
比較例1、2、実施例1~3の評価条件において、相違は保持器形状のみである。遠心力によって保持器に生じた最大変位量は数値解析で求め、比較例1に対する最大変位量比で評価した。その結果を表1に示す。
【0076】
【表1】
【0077】
表1から明らかなように、実施例1~実施例3のいずれもが、遠心力による保持器の変形を比較例1に対して31~32%に抑え、比較例2に対して約75~78%に抑えることができた。
【0078】
また、上述の比較例1、2、実施例1~3、及び第一実施形態に対応の実施例4について、グリース流動性を評価した。その試験は、玉軸受をシール無しの型番6206のものとし、玉軸受内に所定量のグリースを充填し、その外方部材を固定し、玉軸受に30Nのラジアル荷重を負荷し、その内方部材を毎分3600回転で30秒間だけ回転させる条件で、グリースが内方部材の肩部と保持器の環状体間から軸受外部側へ移動してきたか否かを目視で評価した。その結果を表2に示す。表2において、グリースが移動してきた場合を×、移動してこなかった場合を〇と評価している。
【0079】
【表2】
【0080】
表2から明らかなように、比較例1、2ではグリースが軸受外部側へ移動しているのに対し、実施例1~実施例4では、いずれもグリースが軸受外部側へ移動してこなかった。したがって、実施例1~3については図5のような環状体51の凹部52によって、実施例4については図3図4のようなポケット爪42a,42b,43a,43bの凹部46によって、グリースの流動を抑えることができたと考えられる。
【0081】
今回開示された各実施形態及び実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。したがって、本発明の範囲は特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0082】
1 内方部材
2 外方部材
3 玉
4,50,60,70,80 保持器
11 内方の軌道溝
12 肩部
21 外方の軌道溝
41,51,61 環状体
42a,42b,91a,91b 第一のポケット爪
43a,43b,92a,92b 第二のポケット爪
44,45 ポケット
46,52,62 凹部
Pb ポケット底
Pt1,Pt2 先端
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10