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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024003874
(43)【公開日】2024-01-16
(54)【発明の名称】盛上げタップ
(51)【国際特許分類】
   B23G 7/02 20060101AFI20240109BHJP
   B23G 5/06 20060101ALI20240109BHJP
【FI】
B23G7/02
B23G5/06 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022103192
(22)【出願日】2022-06-28
(71)【出願人】
【識別番号】000103367
【氏名又は名称】オーエスジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104178
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 尚
(74)【代理人】
【識別番号】100174344
【弁理士】
【氏名又は名称】安井 雅俊
(72)【発明者】
【氏名】安藤 晴康
(57)【要約】
【課題】転造成形した雌ねじの山頂の形状の崩れを軽減できる盛上げタップを提供する。
【解決手段】盛上げタップ1は雄ねじ部3、溝、内径仕上げ刃61を備える。雄ねじ部3の食付き部31は、完全山部32に連続して設けられ且つ先端に向かう程小径となる。溝は雄ねじ部3のねじ山71を分断するように完全山部32と食付き部31に跨って軸心と平行に設けられる。内径仕上げ刃61は、食付き部31と完全山部32において、溝の盛上げタップ1の回転方向とは反対側の開口端に沿って設けられる。内径仕上げ刃61は、下穴90の表層に形成される雌ねじのねじ山の頂部分を切削除去する。食付き部31にある内径仕上げ刃61の一段目仕上げ刃611の高さは、完全山部32における最先端のねじ山71に対応する部分に形成された内径仕上げ刃61の二段目仕上げ刃612の高さより低い。
【選択図】図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワークの下穴を塑性変形させて雌ねじを形成する盛上げタップにおいて、
完全山部と、前記完全山部に連続して設けられ且つ先端に向かう程小径となる食付き部とを有する雄ねじ部と、
前記雄ねじ部のねじ山を分断するように前記完全山部と前記食付き部に跨って軸心と平行に設けられた溝と、
前記食付き部と前記完全山部において、前記溝の前記盛上げタップの回転方向とは反対側の開口端に沿って設けられ、前記雌ねじのねじ山の頂部分を切削除去する内径仕上げ刃と
を備え、
前記内径仕上げ刃において、前記盛上げタップの軸線からの距離を前記内径仕上げ刃の高さとした場合に、前記食付き部側の高さは、前記完全山部における最先端のねじ山に対応する部分の高さより低いこと
を特徴とする盛上げタップ。
【請求項2】
前記内径仕上げ刃において、前記食付き部と前記完全山部の前記最先端のねじ山との間には、前記完全山部側の高さに対して前記食付き部側の高さが低くなる段差部が設けられたこと
を特徴とする請求項1に記載の盛上げタップ。
【請求項3】
前記内径仕上げ刃において、前記完全山部の前記最先端のねじ山から前記食付き部の先端側に向かうに従って高さが低くなる傾斜部が設けられたこと
を特徴とする請求項1に記載の盛上げタップ。
【請求項4】
前記内径仕上げ刃には、少なくとも、前記完全山部における前記最先端のねじ山に対応する部分から後端側に向かうに従って高さが低くなるバックテーパが設けられたこと
を特徴とする請求項1に記載の盛上げタップ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、盛上げタップに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、内径仕上げ刃付き盛上げタップ(以下「盛上げタップ」と呼ぶ)を開示する。盛上げタップのおねじ部は、完全山部と食付き部を備える。食付き部は、完全山部に連続して設けられ且つ先端に向かう程小径となる。食付き部から第1完全山(完全山部の最先端のねじ山)までは突出部と逃げ部とが交互に設けられる。突出部は順次下穴の内周面に食い込んで塑性変形させることで雌ねじを形成する。盛上げタップには、雄ねじ部のねじ山を軸線方向に分断するように少なくとも1本の溝が設けられる。溝は、完全山部と食付き部に跨がって軸心と平行である。完全山部には、該溝の内壁面がすくい面として機能するように内径仕上げ刃が設けられる。内径仕上げ刃は、塑性変形により盛り上げられた雌ねじのねじ山の頂部分を切削除去する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第5362854号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
雌ねじの転造完了後に盛上げタップが逆転して戻るとき、内径仕上げ刃がねじの内径部にすくい面と逆方向から擦るように接触し、加工されたねじ山頂の形状を押しつぶしたり、むしったりする可能性があった。
【0005】
また、上記の擦り現象は、盛上げタップの内径仕上げ刃の逃げ面のアブレシブ摩耗を助長する可能性があった。軟質材においてはワークの凝着現象も引き起こす可能性があった。内径仕上げ刃は、盛上げタップ先端の食付き部から略同一直径となるように若干のバックテーパを持って形成される場合がある。この場合、実際に内径の仕上げ切削を行うのは、盛上げタップの塑性変形加工が完了した後の最初の完全山部付近での内径仕上げ刃である。食付き部の内径仕上げ刃は盛り上げの途中段階で切削することがあるが、最終の内径寸法を仕上げるものではない。しかしながら、完全山部と略同径(バックテーパの量だけ大きな直径)となっているので、盛上げタップが逆転して戻る際に食付き部にある内径仕上げ刃が逆転の状態で擦り現象を起こす可能性があった。
【0006】
本発明の目的は、転造成形した雌ねじの山頂の形状の崩れを軽減できる盛上げタップを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様の盛上げタップは、ワークの下穴を塑性変形させて雌ねじを形成する盛上げタップにおいて、完全山部と、前記完全山部に連続して設けられ且つ先端に向かう程小径となる食付き部とを有する雄ねじ部と、前記雄ねじ部のねじ山を分断するように前記完全山部と前記食付き部に跨って軸心と平行に設けられた溝と、前記食付き部と前記完全山部において、前記溝の前記盛上げタップの回転方向とは反対側の開口端に沿って設けられ、前記雌ねじのねじ山の頂部分を切削除去する内径仕上げ刃とを備え、前記内径仕上げ刃において、前記盛上げタップの軸線からの距離を前記内径仕上げ刃の高さとした場合に、前記食付き部側の高さは、前記完全山部における最先端のねじ山に対応する部分の高さより低いことを特徴とする。これにより、逆転時にワークから盛上げタップが抜かれる際に、形成された雌ねじのねじ山に対して、食付き部にある内径仕上げ刃が干渉してねじ山が崩れるのを低減できる。
【0008】
前記内径仕上げ刃において、前記食付き部と前記完全山部の前記最先端のねじ山との間には、前記完全山部側の高さに対して前記食付き部側の高さが低くなる段差部が設けられてもよい。これにより、盛上げタップは、内径仕上げ刃において、完全山部における最先端のねじ山に対応する部分の高さに対して、食付き部側の部分の高さを容易に低くできる。
【0009】
前記内径仕上げ刃において、前記完全山部の前記最先端のねじ山から前記食付き部の先端側に向かうに従って高さが低くなる傾斜部が設けられてもよい。これにより、盛上げタップは、内径仕上げ刃において、完全山部における最先端のねじ山に対応する部分の高さに対して、食付き部側の部分の高さを容易に低くできる。
【0010】
前記内径仕上げ刃には、少なくとも、前記完全山部における前記最先端のねじ山に対応する部分から後端側に向かうに従って高さが低くなるバックテーパが設けられてもよい。これにより、正転時及び逆転時においてワークとの摩擦を低減できるので、内径仕上げ刃がワークと接触することによって生じる発熱を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】盛上げタップ1の斜視図である。
図2】盛上げタップ1の正面図である。
図3】盛上げタップ1の背面図である。
図4】盛上げタップ1の平面図(先端側から見た図)である。
図5】盛上げタップ1の先端側を切断した断面斜視図である。
図6図5に示す盛上げタップ1を先端側から見た図である。
図7図1に示すI-I線矢視方向断面図である。
図8】下穴90に盛上げタップ1で転造加工する前の状態を示す図である。
図9】下穴90に盛上げタップ1が挿入された状態を示す図である。
図10】雌ねじから盛上げタップ1が抜かれた状態を示す図である。
図11】変形例である盛上げタップ100の雄ねじ部3に形成された内径仕上げ刃65を示す図である。
図12】確認試験における従来品の形状とその結果を示す写真である。
図13】確認試験における本発明品の形状とその結果を示す写真である。
図14】変形例である盛上げタップ101の刃型形状を示す図である。
図15】変形例である盛上げタップ102の刃型形状を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一実施形態を説明する。以下説明は図1に示す盛上げタップ1の軸心AXに沿った軸線方向において、雄ねじ部3側を先端側、シャンク2側を後端側とする。盛上げタップ1の向きについて、説明の便宜上、図中に示す先(先端)、後(後端)、正(正面)、背(背面)、右、左の各向きを使用する。また、説明を明瞭とする為、適宜図面において実際の寸法比率とは異なる寸、法比率で示す箇所があるが、これにより本発明がその形状に限定して解釈されない。
【0013】
図1図7を参照し、盛上げタップ1の構成を説明する。図1に示す盛上げタップ1は、ワークWに設けた下穴90(図8参照)の表層を塑性変形させて雌ねじ40(図9図10参照)を形成する工具である。盛上げタップ1を先端側から見たとき、盛上げタップ1は軸心AXを中心に反時計回りに回転する(図1図4に示す回転方向T方向参照)。
【0014】
図1図3に示すように、盛上げタップ1はシャンク2、雄ねじ部3、4本の油溝4(図4参照)、1本の溝6を備える。シャンク2は軸心AXを有する円柱状である。シャンク2の材質は例えば高速度工具鋼である。シャンク2は後端側に四角部21を備える。四角部21は断面略四角形状である。四角部21には工具ホルダ(図示略)が取り付けられる。盛上げタップ1を支持する工具ホルダは工作機械の主軸(図示略)に装着され、該主軸と一体して回転される。なお、以下説明にて、「盛上げタップ1が主軸に装着される」とは、「盛上げタップ1を保持する工具ホルダが主軸に装着される」と同じ意味である。
【0015】
雄ねじ部3はシャンク2と同軸(軸心AX)上に設けられ、シャンク2と一体的に形成される。雄ねじ部3は略円柱状である。雄ねじ部3の外周面には、ねじ山71と谷底72が設けられる。ねじ山71は谷底72からの高さが略均一で且つ所定のリード角の蔓巻き線に沿って形成される。
【0016】
雄ねじ部3は、食付き部31と完全山部32を備える。食付き部31は雄ねじ部3の先端側に設けられ、軸心AXにおいて先端側へ向かうに従って小径となる。故に食付き部31のねじ山71の軸心AXからの高さは、完全山部32のねじ山71の軸心AXからの高さよりも低い。食付き部31はワークWに設けた下穴90の表層に食い込んで、該表層を塑性変形させる。食付き部31は、雄ねじ部3の先端側から数ピッチ(例えば2~5ピッチ)に対応する。ピッチとは、軸線方向に隣り合う2つのねじ山71の中心間距離(図1図2中に示す距離P参照)である。
【0017】
完全山部32は雄ねじ部3の後端側に設けられ、軸心AXにおいて径寸法が略一定である。完全山部32のねじ山71と谷底72の形状は、ワークWの下穴90の表層に転造成形すべき雌ねじ40のねじ山と谷底の形状と略一致する(図10参照)。完全山部32は転造過程においてその雌ねじ40表面の仕上げとねじ込み方向の推進力を発生させる。
【0018】
図4図6に示すように、雄ねじ部3のねじ山71には、その一断面において5つの突出部51~55が形成される。突出部51~55は径方向外側に突出し、上記蔓巻き線に沿って設けられる。盛上げタップ1を先端側から見たとき、突出部51~55は軸心AXを中心とする約240°(図4中θ参照)の範囲で時計回り方向に60°の等間隔で連なるように順に配置される。故に突出部51~55は軸線方向に平行な方向に沿って蔓巻き線の1リード(1回転)毎に互いに隣接する。
【0019】
4本の油溝4は、突出部51と52の間、突出部52と53の間、突出部53と54の間、突出部54と55の間に夫々設けられる。油溝4は、完全山部32と食付き部31に跨って先端側から後端側まで軸心AXと平行な直線状に形成される(図1図3参照)。油溝4の横断面は略U字状である(図6参照)。油溝4は切削液をワークWの転造成形面に供給する。切削液は転造成形における潤滑効果、冷却効果等を高める。
【0020】
雄ねじ部3において、周方向に隣り合う突出部51と55の間隔は軸心AXを中心に120°であり、他の周方向に隣り合う一対の突出部の間隔よりも広い(図4図6参照)。突出部51と55の間には、研削面60が設けられる。研削面60は、突出部51と55の間のねじ山を平面切削で除去した面であり、軸線方向に平行に延びる。研削面60は雄ねじ部3の径方向と直交する。研削面60の刃先の回転軌跡の径は、転造成形すべき雌ねじ40の内径と一致する。
【0021】
図1図3に示すように、研削面60において、食付き部31と完全山部32の境界に対応する位置には、段差部603が設けられる。段差部603よりも食付き部31側には第1研削面601が形成され、段差部603よりも完全山部32側には第2研削面602が形成される。段差部603は、第1研削面601の後端と第2研削面602の先端を径方向に接続する。第1研削面601の高さは、第2研削面602の高さよりも低い。研削面60の高さは軸心AXからの距離であり、回転軌跡の径となる。研削面60の突出部55に隣接する位置には、溝6(本発明の「溝」の一例)が設けられる。溝6は雄ねじ部3の先端側から後端側まで軸心AXに平行な直線状に形成され、他の油溝4よりも大きい略半円形の横断面形状を有する(図6参照)。
【0022】
研削面60の溝6との稜線には、内径仕上げ刃61が形成される。研削面60の溝6との稜線は、溝6の回転方向Tとは反対側の開口端でもある。故に内径仕上げ刃61は回転方向Tに向いている。内径仕上げ刃61の高さは、研削面60の高さと同一である。内径仕上げ刃61の高さとは、軸心AXからの径方向の距離である。内径仕上げ刃61は、突出部51~55による塑性変形により盛り上げられた雌ねじ40のねじ山の山頂部分、即ち雌ねじ40のねじ山に生じる不完全な山の形状を切削除去し、雌ねじ40の内径部41(図10参照)を仕上げる。溝6の内壁面は、内径仕上げ刃61の「すくい面」として機能する。内径仕上げ刃61の具体的形状は後述する。
【0023】
図5図7に示すように、盛上げタップ1の内部には油通路7が設けられる。油通路7は軸心AXに沿って直線状に延び、盛上げタップ1の後端部中心と先端部中心を貫通する(図7参照)。油通路7は盛上げタップ1の先端部中心において円形状に開口する(図3参照)。油通路7には後端側から切削液が供給される。切削液は油通路7を先端側に向かって流れ、先端部の開口から下穴90の表層に向けて吐出される。
【0024】
図3図8図9を参照し、内径仕上げ刃61の形状を具体的に説明する。図8図9では、雄ねじ部3の軸心AXに沿った断面の一部であって、突出部55における複数のねじ山71に対して内径仕上げ刃61の高さ位置を示している。内径仕上げ刃61は、雄ねじ部3の先端側から基端側に向かって正面視略直線状に延設される(図1参照)。内径仕上げ刃61には、若干のバックテーパがかけられている。本実施形態のバックテーパとは、内径仕上げ刃61が食付き部31側から完全山部32にかけて略同一径となるように、食付き部31側から完全山部32側に向かうに従って軸心AXからの高さを低くした傾斜を意味する。故に下穴90の表層に転造成形される雌ねじ40の内径部41に対して、内径仕上げ刃61が接触する部分を低減できる。図9図10において、点線で示す高さ位置Qは、雌ねじ40の内径部41の高さを示している。内径仕上げ刃61は、完全山部32側に向かうに従って高さ位置Qに対して低くなっている。故に盛上げタップ1の正転時及び逆転時において、内径仕上げ刃61と雌ねじ40の内径部41との接触による摩擦を低減できる。
【0025】
図3図8に示すように、内径仕上げ刃61は二段切れ刃であり、研削面60の段差形状に対応する。内径仕上げ刃61は一段目仕上げ刃611、二段目仕上げ刃612、段差部613を備える。一段目仕上げ刃611は第1研削面601の溝6との稜線に形成され、食付き部31に対応する。一段目仕上げ刃611の軸線方向長さは、食付き部31の軸線方向長さと略同一である。二段目仕上げ刃612は第2研削面602の溝6との稜線に形成され、完全山部32に対応する。段差部613は段差部603の溝6との稜線に形成され、食付き部31と完全山部32の境界に対応する。
【0026】
ここで、図9に示すように、一段目仕上げ刃611の高さは、完全山部32の先端部615の高さよりも低い位置に設定される。二段目仕上げ刃612の先端部615は、完全山部32における最先端のねじ山71Aの頂点711から食付き部31側の部分に対応して配置される。二段目仕上げ刃612の先端部615の高さは、転造成形すべき雌ねじ40の内径に対応する位置(図9中の高さ位置Q参照)に設定される。段差部613は、一段目仕上げ刃611の後端と、二段目仕上げ刃612の先端部615とを径方向に接続する。二段目仕上げ刃612は、バックテーパにより段差部613から雄ねじ部3の後端側に向かうに従って徐々に低くなっている。
【0027】
図8図10を参照し、盛上げタップ1による雌ねじ40の転造方法を説明する。図8に示すように、ワークWには予め下穴90を形成する。盛上げタップ1は工作機械の主軸(図示略)に装着され、主軸の移動により、下穴90の手前の準備位置に位置決めされる。工作機械は主軸と一体して盛上げタップ1の正転を開始し、準備位置から下穴90内に向けて挿入される。図9に示すように、ワークWの下穴90の表層に対して盛上げタップ1の食付き部31が螺進して食い込む。表層の塑性変形が開始され、食付き部31に続いて完全山部32がさらに螺進する。塑性変形が進行し、表層に雌ねじ40が形成される。表層に形成される雌ねじ40の山頂から余肉34が内周方向へ押し出される。その後、内径仕上げ刃61の通過により余肉34が切断除去される。故に盛上げタップ1は、高い内径精度の雌ねじ40を転造成形できる。雌ねじ40の転造完了後、工作機械は盛上げタップ1の回転を停止する。
【0028】
次いで、盛上げタップ1を雌ねじ40から抜く為、工作機械は主軸と一体して盛上げタップ1の逆転を開始する。盛上げタップ1は逆転しながら準備位置に向けて移動する。上記の通り、内径仕上げ刃61にはバックテーパがかけられているが、内径仕上げ刃61の一段目仕上げ刃611は、二段目仕上げ刃612の先端部615よりも低い位置にある。故に盛上げタップ1が逆転して準備位置に戻る過程において、雌ねじ40の内径部41に対して一段目仕上げ刃611に対応する第1研削面601が干渉しない。第1研削面601は、一段目仕上げ刃611のすくい面(溝6の内壁面)とは逆方向の部分である。工作機械は主軸を準備位置で停止し、盛上げタップ1の逆転を停止する(図10参照)。従って、盛上げタップ1は、ワークWに形成した雌ねじ40から逆転して抜くとき、内径仕上げ刃61が雌ねじ40の内径部41に対してすくい面と逆方向から干渉しないので、内径部41が崩れるのを低減できる。
【0029】
図11を参照し、盛上げタップ1の変形例を説明する。盛上げタップ1の内径仕上げ刃61は食付き部31と完全山部32の境界に対応する部分が段差形状になった二段切れ刃である。食付き部31に対応する部分の内径仕上げ刃の高さが、完全山部32における最先端のねじ山に対応する部分に形成された内径仕上げ刃の高さよりも低ければ、内径仕上げ刃は段差形状に限定されない。
【0030】
例えば、図11に示す盛上げタップ100は、盛上げタップ1の変形例であり、内径仕上げ刃61の代わりに内径仕上げ刃65を備える。内径仕上げ刃65は、食付き部31と完全山部32の境界部を頂点とする略逆V字状である。なお、詳述しないが、内径仕上げ刃65を形成する研削面は、内径仕上げ刃65の形状に対応して断面略逆V字状に形成される。
【0031】
内径仕上げ刃65は、一段目仕上げ刃651、二段目仕上げ刃652、頂上部653を備える。一段目仕上げ刃651は食付き部31に対応する。二段目仕上げ刃652は完全山部32に対応する。頂上部653は食付き部31と完全山部32の境界部に対応する。頂上部653の高さ位置は、転造成形すべき雌ねじ40の内径部41に対応する位置(図11中の高さ位置Q参照)に設定される。一段目仕上げ刃651は、頂上部653から雄ねじ部3の先端側に向かって低くなるように傾斜する。二段目仕上げ刃652には、内径仕上げ刃61と同様のバックテーパがかけられている。故に二段目仕上げ刃652は、頂上部653から雄ねじ部3の後端側に向かって低くなるように傾斜する。なお、一段目仕上げ刃651にも同様のバックテーパがかけられていてもよい。
【0032】
このような内径仕上げ刃65においても、本実施形態の内径仕上げ刃61と同様に、食付き部31に対応する一段目仕上げ刃651が二段目仕上げ刃652の先端部、即ち頂上部653よりも低い位置にある。故に盛上げタップ100を逆転して雌ねじ40から抜いても、雌ねじ40の内径部41に対して一段目仕上げ刃651に対応する研削面(図示略)が干渉しない。従って、盛上げタップ100も、盛上げタップ1と同様に、ワークWに形成した雌ねじ40から逆転して抜くとき、内径仕上げ刃65が雌ねじ40の内径部41に対してすくい面と逆方向から干渉しないので、内径部41が崩れるのを低減できる。
【0033】
次に、本発明品の効果を確認する為、確認試験を行った。本確認試験では、ワークに予め形成した下穴に対して、本発明品を用いて雌ねじの転造成形を行い、転造成形後の雌ねじの品質について従来品との比較を行った。本発明品の一例として、図11に示す盛上げタップ100を使用した。従来品の盛上げタップは、直線状の内径仕上げ刃161にバックテーパがかけられているのみである。
【0034】
加工環境は以下の通りである。
・ワーク:ADC12(板厚10mm)
・ねじサイズ;M14x1
・工作機械:立型マシニングセンタ
・切削油:水溶性切削油剤(エマルジョン、希釈倍率10倍、内部給油3MPa)
・工具ホルダ:ミーリングチャック
・下穴:φ13.4mm(ドリル)、実測=13.395mm
・有効ねじ長:10mm(通り)
・切削速度:44m/min(1000min-1)
【0035】
従来品の結果について説明する。図12(A)は、従来品の先端側の一部を撮影した写真である。内径仕上げ刃161には、食付き部31側からか完全山部32側に向かって高さが低くなるバックテーパがかけられている(図12(A)中矢印方向参照)。図12(B)は、従来品で転造成形された雌ねじの拡大写真である。転造成形された雌ねじに対して、図12」(B)中に示す矢印Kの方向に盛り付けタップが抜かれている。図12(B)中の円で囲んだ部分が、盛上げタップの逆転時、内径仕上げ刃161のすくい面とは反対側から接触した部分である。図12(C)は、図12(B)中の円で囲んだ部分を拡大したものである。図12(C)中矢印で示すように、雌ねじの山頂部分が潰れているのが確認できる。
【0036】
本発明品の結果について説明する。図13(A)は、本発明品の先端側の一部を撮影した写真である。内径仕上げ刃65の一段目仕上げ刃651は、頂上部653から先端側に向かって下り傾斜し、二段目仕上げ刃652は頂上部653から後端側に向かって下り傾斜している。図13(B)は、本発明品で転造成形された雌ねじの拡大写真である。従来品と比較して分かるように、図13(B)中の円で囲んだ部分は潰れていない。これは盛上げタップ100の逆転時、転造成形された雌ねじの内径部に対して、一段目仕上げ刃651のすくい面とは反対側の部分が干渉しなかったからである。以上の結果より、従来品と比較して、盛上げタップ100が転造成形後の雌ねじから抜かれる際に、形成された雌ねじのねじ山が崩れるのを低減できることが実証された。
【0037】
以上説明したように、本実施形態の盛上げタップ1は、ワークWの下穴90を塑性変形させて雌ねじを形成する工具である。盛上げタップ1は、雄ねじ部3、溝6、内径仕上げ刃61を備える。雄ねじ部3は、完全山部32と食付き部31を備える。食付き部31は完全山部32に連続して設けられ且つ先端に向かう程小径となる。溝6は雄ねじ部3のねじ山71を分断するように完全山部32と食付き部31に跨って軸心と平行に設けられる。
【0038】
内径仕上げ刃61は、食付き部31と完全山部32において、溝6の盛上げタップ1の回転方向Tとは反対側の開口端に沿って設けられる。内径仕上げ刃61は、下穴90の表層に形成される雌ねじのねじ山の頂部分を切削除去する。そのような盛上げタップ1の軸心AXからの距離を高さとした場合に、食付き部31にある内径仕上げ刃61の一段目仕上げ刃611の高さは、完全山部32における最先端のねじ山71に対応する部分に形成された内径仕上げ刃61の二段目仕上げ刃612の高さより低い。これにより、逆転時にワークから盛上げタップ1が抜かれる際に、形成された雌ねじのねじ山に対して、食付き部31にある内径仕上げ刃61が干渉しない。故に盛上げタップ1は下穴90に形成した雌ねじのねじ山が崩れるのを低減できる。
【0039】
内径仕上げ刃61において、食付き部31と完全山部32の最先端のねじ山71との間には、段差部613が設けられる。段差部613では、完全山部32側の高さに対して食付き部31側の高さが低くなる。故に盛上げタップ1は、完全山部32における最先端のねじ山71に形成された内径仕上げ刃61の高さに対して、食付き部31にある内径仕上げ刃61の高さを低くできる。
【0040】
内径仕上げ刃61には、少なくとも、完全山部32における最先端のねじ山71に対応する部分から後端前に向かうに従って高さが低くなるバックテーパが設けられる。故に盛上げタップ1は、正転時及び逆転時においてワークとの摩擦を低減できる。これにより、内径仕上げ刃61がワークと接触することによって生じる発熱を低減できる。
【0041】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、種々の変更が可能である。盛上げタップ1のシャンク2の材質は高速度工具鋼以外の材質でもよく、例えば超硬合金でもよい。内径仕上げ刃61には全部位にバックテーパがかけられているが、二段目仕上げ刃612のみにかけてもよい。また、内径仕上げ刃61にバックテーパをかけなくてもよい。油溝4は4本に限らず、これより多くても少なくてもよい。油溝4と油通路7を省略してもよい。盛上げタップ1は先端側から見たとき、反時計回りに回転する左回転の工具であるが、時計回りに回転する右回転の工具であってもよい。
【0042】
盛上げタップ1の内径仕上げ刃61は1つであるが、2つ以上でもよい。例えば図14に示す盛上げタップ101は雄ねじ部に、4つの突出部15、2本の油溝14、2本の溝16、2つの内径仕上げ刃161を備え、軸心AXを中心とする点対称の形状となっている。図15に示す盛上げタップ102は、3つの突出部15、3本の溝16、3つの内径仕上げ刃161を備える。これらの変形例の構造であっても、上記実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0043】
図8に示すように、軸線方向において、段差部613は、食付き部31と完全山部32の境界よりも食付き部31側に位置するが、食付き部31と完全山部32の境界と同一位置にしてもよい。
【符号の説明】
【0044】
1 盛上げタップ
3 雄ねじ部
6 溝
31 食付き部
32 完全山部
61 内径仕上げ刃
65 内径仕上げ刃
71 ねじ山
100 盛上げタップ
611 一段目仕上げ刃
612 二段目仕上げ刃
613 段差部
651 一段目仕上げ刃
652 二段目仕上げ刃
AX 軸心
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