(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024038825
(43)【公開日】2024-03-21
(54)【発明の名称】有機化合物合成システム及び有機化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/04 20060101AFI20240313BHJP
【FI】
C12M1/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022143127
(22)【出願日】2022-09-08
(71)【出願人】
【識別番号】000000158
【氏名又は名称】イビデン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】大野 勝也
(72)【発明者】
【氏名】横田 晃章
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA02
4B029BB02
4B029CC01
4B029DB19
(57)【要約】
【課題】 水素酸化細菌を用いて有機化合物を製造するにあたり、人間や水素酸化細菌にとって有害な化学物質を用いることなく、CO
2の濃度が高められたCO
2濃縮ガスを使用して効率よく有機化合物を合成することのできる、有機化合物合成システムを提供する。
【解決手段】 圧力吸着変動法を用いてCO
2を濃縮するCO
2濃縮手段と、水素を貯蔵する水素貯蔵手段と、水を含む反応媒体及び水素酸化細菌を収納し、前記水素酸化細菌が前記反応媒体中でCO
2及び水素を利用して有機化合物を合成する反応を行う生物反応手段と、を備える有機化合物合成システム。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧力吸着変動法を用いてCO2を濃縮するCO2濃縮手段と、
水素を貯蔵する水素貯蔵手段と、
水を含む反応媒体及び水素酸化細菌を収納し、前記水素酸化細菌が前記反応媒体中でCO2及び水素を利用して有機化合物を合成する反応を行う生物反応手段と、を備える有機化合物合成システム。
【請求項2】
前記有機化合物は、ヒドロキシアルカン酸、ポリヒドロキシアルカン酸、タンパク質、アミノ酸、糖類、カルボン酸、及びケトンからなる群から選択された少なくとも1種である、請求項1に記載の有機化合物合成システム。
【請求項3】
前記生物反応手段に供給するO2を貯蔵するためのO2貯蔵手段をさらに備える、請求項1又は2に記載の有機化合物合成システム。
【請求項4】
CO2を含む気体を圧力吸着変動法を用いたCO2濃縮手段により濃縮してCO2濃縮ガスを製造するCO2濃縮工程と、
前記CO2濃縮ガスと、水素貯蔵手段に貯蔵された水素とを、水を含む反応媒体及び水素酸化細菌を収納する生物反応手段に導入し、前記反応媒体中で前記水素酸化細菌により有機化合物を合成する有機化合物合成工程と、を行う有機化合物の製造方法。
【請求項5】
前記有機化合物は、ヒドロキシアルカン酸、ポリヒドロキシアルカン酸、タンパク質、アミノ酸、糖類、カルボン酸、及びケトンからなる群から選択された少なくとも1種である、請求項4に記載の有機化合物の製造方法。
【請求項6】
前記有機化合物合成工程において、前記生物反応手段にさらにO2を供給して有機化合物を合成する請求項4又は5に記載の有機化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機化合物合成システム及び有機化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、Cupriavidus菌種等の水素酸化細菌を用いてCO2、H2、O2から有機化合物を製造することが開示されている。
このような技術はCO2削減に寄与し、畜産や養殖を伴わない新たなタンパク質の供給手段を提供するものとして期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2020-506708号公報
【特許文献2】国際公開第2021/214345号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示されたような技術を用いて実際にCO2を削減し有機化合物を製造するシステムを構築することを考える場合、火力発電所やコージェネレーションシステムから排出される排気ガスや大気中のCO2を用いることが想定される。しかし、実際には排気ガスや大気に含まれるCO2の濃度は低く、CO2の濃度が低い排気ガスや大気を、水素酸化細菌を含む反応媒体中にそのまま吹き込んでも、有機化合物を合成する反応の反応効率が低く、実用的ではないという問題がある。
【0005】
また、特許文献2には、酸素、水素および二酸化炭素を基質として、水素酸化細菌により、脂肪酸等を合成するにあたり、燃焼ガス中の二酸化炭素をアミン溶液に吸着させた後、これを加熱(一般的には110~130℃)することにより二酸化炭素を開放して純化してもよいことが記載されている。
しかし、アミン溶液を加熱することで、アミンが放散されて二酸化炭素の中に混入し、バイオリアクタ内の水素酸化細菌を失活させてしまったり、水素酸化細菌が合成する脂肪酸等の有機化合物に有害なアミンが蓄積してしまうなどの問題があった。
【0006】
本発明は、このような問題に鑑みてなされたものであり、水素酸化細菌を用いて有機化合物を製造するにあたり、人間や水素酸化細菌にとって有害な化学物質を用いることなく、CO2の濃度が高められたCO2濃縮ガスを使用して効率よく有機化合物を合成することのできる、有機化合物合成システム及び有機化合物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の有機化合物合成システムは、圧力吸着変動法を用いてCO2を濃縮するCO2濃縮手段と、水素を貯蔵する水素貯蔵手段と、水を含む反応媒体及び水素酸化細菌を収納し、前記水素酸化細菌が前記反応媒体中でCO2及び水素を利用して有機化合物を合成する反応を行う生物反応手段と、を備える。
【0008】
本発明の有機化合物合成システムは、圧力吸着変動法を用いてCO2を濃縮するCO2濃縮手段を備える。圧力吸着変動法を用いたCO2濃縮手段によりCO2を濃縮することができる。有機化合物を合成する原料としてCO2濃縮ガスを使用しても水素酸化細菌の活性に悪影響を与えることはない。また、CO2濃縮手段においてアミン等の人間や水素酸化細菌にとって有害な化学物質を用いる必要がない。そのため、圧力吸着変動法を用いて効率的にCO2を濃縮するCO2濃縮手段を備えることによって、水素酸化細菌を失活させることなく、タンパク質などの有機化合物の生産効率を改善した有機化合物合成システムとすることができる。
【0009】
本発明の有機化合物合成システムにおいて、前記有機化合物は、ヒドロキシアルカン酸、ポリヒドロキシアルカン酸、タンパク質、アミノ酸、糖類、カルボン酸、及びケトンからなる群から選択された少なくとも1種であることが好ましい。
これらの有機化合物は、水素酸化細菌により好適に合成可能な有機化合物である。
【0010】
本発明の有機化合物合成システムは、前記生物反応手段に供給するO2を貯蔵するためのO2貯蔵手段をさらに備えることが好ましい。
水素酸化細菌として好気性細菌を使用する場合は、生物反応手段内の環境を好気性環境とすることが好ましいので、O2貯蔵手段からO2を生物反応手段内に供給することにより、好気性環境下において有機化合物の合成を行うことができる。
【0011】
本発明の有機化合物の製造方法は、CO2を含む気体を圧力吸着変動法を用いたCO2濃縮手段により濃縮してCO2濃縮ガスを製造するCO2濃縮工程と、前記CO2濃縮ガスと、水素貯蔵手段に貯蔵された水素とを、水を含む反応媒体及び水素酸化細菌を収納する生物反応手段に導入し、前記反応媒体中で前記水素酸化細菌により有機化合物を合成する有機化合物合成工程と、を行う。
【0012】
本発明の有機化合物の製造方法では、CO2を含む気体を圧力吸着変動法を用いたCO2濃縮手段により濃縮してCO2濃縮ガスを製造するCO2濃縮工程を行う。CO2濃縮工程によりCO2濃縮ガスを得ることができ、得られたCO2濃縮ガスを使用することにより効率よく有機化合物を合成することができる。
【0013】
本発明の有機化合物の製造方法において、前記有機化合物は、ヒドロキシアルカン酸、ポリヒドロキシアルカン酸、タンパク質、アミノ酸、糖類、カルボン酸、及びケトンからなる群から選択された少なくとも1種であることが好ましい。
これらの有機化合物は、水素酸化細菌により好適に合成可能な有機化合物である。
【0014】
本発明の有機化合物の製造方法では、前記有機化合物合成工程において、前記生物反応手段にさらにO2を供給して有機化合物を合成することが好ましい。
生物反応手段にさらにO2を供給することにより、好気性環境下において好気性細菌を使用した有機化合物の合成を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、有機化合物合成システムの構成例を示す模式図である。
【
図2】
図2は、培養液中の成分の回収の例について示す模式図である。
【
図3】
図3は、PHB及び3HBのLC-MS/MS測定のチャートである。
【0016】
(発明の詳細な説明)
以下、本発明の有機化合物合成システム及び有機化合物の製造方法について具体的に説明する。しかしながら、本発明は、以下の構成に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において適宜変更して適用することができる。なお、以下において記載する本発明の個々の好ましい構成を2つ以上組み合わせたものもまた本発明である。
【0017】
本発明の有機化合物合成システムは、圧力吸着変動法を用いてCO2を濃縮するCO2濃縮手段と、水素を貯蔵する水素貯蔵手段と、水を含む反応媒体及び水素酸化細菌を収納し、前記水素酸化細菌が前記反応媒体中でCO2及び水素を利用して有機化合物を合成する反応を行う生物反応手段と、を備える。
【0018】
また、本発明の有機化合物の製造方法は、CO2を含む気体を圧力吸着変動法を用いたCO2濃縮手段により濃縮してCO2濃縮ガスを製造するCO2濃縮工程と、前記CO2濃縮ガスと、水素貯蔵手段に貯蔵された水素とを、水を含む反応媒体及び水素酸化細菌を収納する生物反応手段に導入し、前記反応媒体中で前記水素酸化細菌により有機化合物を合成する有機化合物合成工程と、を行う。
【0019】
以下、本発明の有機化合物合成システムを用いて、本発明の有機化合物の製造方法を実施する具体的な形態についてまとめて説明する。
【0020】
圧力吸着変動法を用いてCO2を濃縮するCO2濃縮手段及びCO2濃縮工程について説明する。
圧力吸着変動法(Pressure Swing Adsorption:ASP法)では、CO2を含む気体からCO2を高濃度で分離するため、吸着塔にCO2を含む気体を通して吸着剤にCO2を選択的に吸着させ、CO2以外の成分は吸着塔の外に排出する。吸着剤に充分にCO2を吸着させた後、真空ポンプを用いて吸着塔内の圧力を下げて吸着剤に吸着しているCO2を吸着剤から分離してCO2を回収する。CO2を吸着剤から分離することにより吸着剤が再生される。
CO2を含む気体を圧力吸着変動法を用いたCO2濃縮手段により濃縮してCO2濃縮ガスを製造する工程が、本発明の有機化合物の製造方法におけるCO2濃縮工程である。
【0021】
CO2濃縮手段は、圧力吸着変動法によるCO2濃縮工程を行うための装置であり、吸着塔を備える。また、吸着塔に接続された真空ポンプを備える。
CO2濃縮手段が備える吸着塔は1つであっても複数であってもよい。吸着塔を複数備える場合、ある1つの吸着塔でCO2の吸着剤に吸着させている間に、他の吸着塔では吸着剤に吸着しているCO2を吸着剤から分離してCO2を回収し、吸着剤を再生する。CO2の吸着を行う吸着塔とCO2の回収を行う吸着塔を順次入れ替えることによって、連続的にCO2の濃縮を行うことができる。
【0022】
CO2濃縮手段により得られるCO2濃縮ガス中のCO2濃度が90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましく、99%以上であることがより好ましい。CO2濃度がより高いCO2濃縮ガスを後の生物反応手段に導入すると、有機化合物の合成が効率よく進むため好ましい。
【0023】
CO2濃縮手段に導入する、CO2を含む気体としては、大気の他、工場、コージェネレーションシステム、発電所等の事業所から排出される排ガスを使用することができる。CO2濃縮手段に導入する気体に含まれるCO2の濃度が高いと圧力吸着変動法によるCO2濃縮工程により、CO2濃度がより高いCO2濃縮ガスが得られる。そのため、CO2濃度が1.0%以上である気体をCO2濃縮手段に導入することが好ましい。
また、排ガスは、CO2濃縮手段に導入する前に、コールドトラップ装置によって冷却して排ガス中の水分濃度を低下させておくことが望ましい。排ガスは、100℃以上と高温であることがあり、高温の排ガスによりコンプレッサーやCO2濃縮手段が故障したり、劣化することを防ぐためである。また、水分はCO2濃縮手段の吸着能を劣化させるおそれがあるため、水分濃度を減らしておくことが好ましい。
水分濃度は2%以下に減らすことが好ましい。
【0024】
圧力吸着変動法に用いる吸着剤としては、公知の吸着剤を用いることができる。吸着剤としては固体のものが望ましい。固体の吸着剤は、圧力変動により放散されることがなく、水素酸化細菌を含む培養槽に混入することがない。このため、水素酸化細菌を失活させたり、水素酸化細菌が合成する有機化合物に蓄積して汚染させることがなく、水素酸化細菌を用いた有機化合物の合成に使用する吸着剤として適している。
吸着剤としては、ゼオライト(モレキュラーシーブを含む)、シリカ(シリカゲル)、活性炭、MOF(Metal Organic Frameworks:金属有機構造体)が挙げられる。MOFとは、金属と有機リガンドが相互作用することで高比表面積をもつ多孔質配位ネットワークを持つ材料である。
【0025】
これらのなかではゼオライトを使用することが好ましい。ゼオライトの種類としては、ゼオライト3A、ゼオライト4A、ゼオライト5A及びゼオライト13X等が挙げられる。
圧力吸着変動法は、50℃以下の温度、望ましくは30℃以下で操作されることが望ましい。
【0026】
CO2濃縮工程において圧力吸着変動法によるCO2濃縮を行う際の運転条件としては、例えば以下のようにすることができる。
CO2濃縮手段への流入流量1.0L/min以上、10.0L/min以下
CO2濃縮手段からの流出流量0.01L/min以上、0.5L/min以下
非吸着ガス流量0.50L/min以上、9.99L/min以下
【0027】
CO2濃縮手段は、水素酸化細菌の活性に影響を与えないものであれば、圧力吸着変動法によるCO2濃縮工程を行うための装置に加え、他の方法によるCO2濃縮を行う装置をさらに備えていてもよい。
【0028】
CO2を含む気体に含まれるCO2濃度が低い場合、圧力吸着変動法以外の方法によるCO2濃縮を行い、CO2濃度をある程度高くしてから圧力吸着変動法によるCO2濃縮手段にCO2を含む気体を導入するようにしてもよい。
【0029】
水素貯蔵手段としては水素を貯蔵した水素ボンベを使用することができる。
【0030】
生物反応手段は、水を含む反応媒体及び水素酸化細菌を収納する。生物反応手段では、水素酸化細菌が反応媒体中でCO2及び水素を利用して有機化合物を合成する反応を行う。
【0031】
生物反応手段は、有機化合物を合成する反応を行う培養槽を使用することができる。培養槽には担体が設けられ、担体に水素酸化細菌が担持されて収納されることが好ましい。
担体としては、セラミックス、ポリウレタン、ポリエチレンを用いることができる。
【0032】
反応媒体は、水を含み、水素酸化細菌の培養に悪影響を与えない限りにおいて水以外の溶媒を含んでいてもよい。水以外の溶媒としてはアルコール(メタノール、エタノール等)が挙げられる。
【0033】
反応媒体には、独立栄養培地を含んでいてもよい。独立栄養培地に含まれていてもよい成分としては、アンモニア、アンモニウム(例えば、塩化アンモニウム(NH4Cl)、硫酸アンモニウム((NH4)2SO4)、クエン酸鉄アンモニウム)、硝酸塩(例えば、硝酸カリウム(KNO3))、尿素、又は有機窒素源などの窒素源;リン酸塩(例えば、リン酸二水素ナトリウム(NaH2PO4)、リン酸水素二ナトリウム(Na2HPO4)、リン酸二水素カリウム(KH2PO4)、リン酸(H3PO4)、ジチオリン酸カリウム(K3PS2O2)、オルトリン酸カリウム(K3PO4)、リン酸水素二カリウム(K2HPO4));硫酸塩(例えば、硫酸アンモニウム((NH4)2SO4)、硫酸マグネシウム・七水和物(MgSO4・7H2O));酵母抽出物;キレート鉄;カリウム塩(例えば、ヨウ化カリウム(KI)、臭化カリウム(KBr));並びに他の無機塩、無機質、微量栄養素(例えば、塩化ナトリウム(NaCl)、又は塩化マグネシウム(MgCl2)、塩化カルシウム(CaCl2)又は炭酸カルシウム(CaCO3)、硫酸マンガン・七水和物(MnSO4・7H2O)又は塩化マンガン(MnCl2)、塩化第二鉄・六水和物(FeCl3・6H2O)、硫酸第一鉄・七水和物(FeSO4・7H2O)、又は塩化第一鉄・四水和物(FeCl2・4H2O)、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)又は炭酸ナトリウム(Na2CO3)、硫酸亜鉛(ZnSO4)又は塩化亜鉛(ZnCl2)、モリブデン酸アンモニウム(NH4MoO4)又はモリブデン酸ナトリウム・二水和物(Na2MoO4・2H2O)、硫酸第一銅(CuSO4)又は塩化銅・二水和物(CuCl2・2H2O)、塩化コバルト・六水和物(CoCl2・6H2O)、塩化アルミニウム・六水和物(AlCl3・6H2O)、塩化リチウム(LiCl)、ホウ酸(H3BO3)、塩化ニッケル・六水和物(NiCl2・6H2O)、塩化スズ・一水和物(SnCl2・H2O)、塩化バリウム・二水和物(BaCl2・2H2O)、セレン酸銅・五水和物(CuSeO4・5H2O)又は亜セレン酸ナトリウム(Na2SeO3)、メタバナジン酸ナトリウム(NaVO3)、クロム塩のうちの1つ以上の無機塩)を挙げることができる。
【0034】
独立栄養培地に含まれていてもよい好適な無機塩としては、硫酸アンモニウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素カリウム、硫酸マグネシウム・七水和物、炭酸水素ナトリウム、クエン酸鉄アンモニウム、塩化第二鉄・六水和物、塩化アンモニウム、塩化カルシウム、塩化ニッケル・六水和物等が挙げられる。
また、水素酸化細菌は、従属栄養培地を用いて培養することにより増殖されていてもよい。従属栄養培地に使用される栄養成分としては、BACTO YEAST EXTRACT、トリプトン、牛肉エキス等が挙げられる。
【0035】
水素酸化細菌としては、好気性細菌又は嫌気性細菌を使用することができる。
好気性細菌を使用する場合は、生物反応手段に空気又はO2を供給することが好ましい。
嫌気性細菌を使用する場合は、空気又はO2に代えて硝酸イオン等を酸素原子の供給源として利用することができる。
【0036】
好気性細菌である水素酸化細菌としては、Acidvorax facilis,Achromobacter xylosoxidans,Alcaligenes latus,Cupriavidus necator,Ancylobacter aquaticus,Aquaspirillum autotrophicum,Azospirillum lipoferum,Bradyrhizobium japonicum,Derxia gummosa,Hydrogenophaga palleronii,Hydrogenophaga flava,Hydrogenophaga pseudoflava,Paracoccus denitrificans,Variovorax paradoxus,Xanthobacter autotrophicus,Xanthobacter flavus,Pseudomonas hydrogenovora,Hydrogenophilus thermoluteolus,Arthrobacter sp.,Pseudonocardia autotrophica,Mycobacterium gordonae,Nocardia opaca,Bacillus tusciae,Bacillus schlegelii,Hydrogenobacter thermophilus,Hydrogenobacter halophilus,Hydrogenobacter acidophilus,Calderobacterium hydrogenophilum,Aquifex pyrophilus,Hydrogenovibrio marinusが挙げられる。これらの細菌は、CO2、H2、O2を使用して有機化合物(タンパク質、3-ヒドロキシ酪酸及びその集合体であるポリヒドロキシ酪酸(PHB)等)を合成する。
【0037】
嫌気性細菌である水素酸化細菌としては、Acetobacterium woodii DSM 1030,Acetohalobium arabaticum DSM 5501,Carboxydothermus hydrogenoformans Z-2901,Clostridium aceticum DSM 1496,Clostridium autoethanogenum DSM 10061,Clostridium carboxidivorans P7,Clostridium ljungdahlii DSM 13528,Clostridium scatologenes ATCC 25755,Clostridium sticklandii DSM 519,Eubacterium limosum KIST612,Eubacterium limosum SA11,Moorella thermoacetica ATCC 39073,Moorella thermoacetica DSM 521,Moorella thermoacetica DSM 2955,Clostridium difficile 630,Clostridium difficile CD196,Clostridium difficile M120,Clostridium difficile 630,Clostridium difficile 630 Deltaerm,Thermacetogenium phaeum DSM 12270,Thermoanaerobacter kivui LKT-1,Treponema primitia ZAS-2が挙げられる。
これらの細菌は、CO2、CO、H2を使用して有機化合物を合成する。
これらの嫌気性細菌が合成する有機化合物としては、酢酸、エタノール、アセテート、1-ブタノール、ブチレート、2,3-ブタンジオール、ブタジエン、メチルエチルケトン(2-ブタノン)、エチレン、アセトン、イソプロパノール、脂質、3-ヒドロキシプロピオネート(3-HP)、テルペン、イソプレン、脂肪酸、2-ブタノール、1,2-プロパンジオール、1-プロパノール、1-ヘキサノール、1-オクタノール、コリスメート由来生成物、3-ヒドロキシブチレート、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、2-ヒドロキシイソブチレート又は2-ヒドロキシイソ酪酸、イソブチレン、アジピン酸、1,3-ヘキサンジオール、3-メチル-2-ブタノール、2-ブテン-1-オール、イソバレレート、イソアミルアルコール、およびモノエチレングリコールのうちの1つ以上が挙げられる。
【0038】
水素酸化細菌はCO2及びH2を使用して有機化合物を合成する。
合成する有機化合物は、ヒドロキシアルカン酸、ポリヒドロキシアルカン酸、タンパク質、アミノ酸、糖類、カルボン酸、及びケトンからなる群から選択された少なくとも1種であることが好ましい。
ヒドロキシアルカン酸としては3-ヒドロキシ酪酸(3HB)が挙げられ、ポリヒドロキシアルカン酸としては3-ヒドロキシ酪酸の集合体であるポリヒドロキシ酪酸(PHB)が挙げられる。
【0039】
本発明の有機化合物合成システムは生物反応手段に供給するO2を貯蔵するためのO2貯蔵手段をさらに備えることが好ましい。O2貯蔵手段としては酸素を貯蔵した酸素ボンベを使用することができる。
【0040】
また、本発明の有機化合物の製造方法では、有機化合物合成工程において、生物反応手段にさらにO2を供給して有機化合物を合成することが好ましい。O2の供給には、O2貯蔵手段から供給されるO2を使用することができる。また、大気を生物反応手段に供給することによりO2を供給してもよい。
【0041】
また、生物反応手段は、培養槽中の気体を回収して再利用する培養ガス回収手段を備えることが好ましい。培養槽中において使用されなかった水素をそのまま排出すると水素が無駄になるので、水素が多く含まれる培養槽中の気体(以下、培養ガスともいう)を回収し、培養槽に再度戻すようにすることで、水素を効率よく使用することができる。また、培養槽から回収したガスについて分離膜を通す等の処理を行い水素を他の成分と分離して、水素の濃度を高めたうえで培養槽に戻すようにしてもよい。
【0042】
図1は、有機化合物合成システムの構成例を示す模式図である。
有機化合物合成システム1は、生物反応手段としての培養槽30を備えている。培養槽30にはCO
2濃縮手段10、水素貯蔵手段20としての水素ボンベ、酸素貯蔵手段40としての酸素ボンベが接続されており、培養槽30に対してそれぞれCO
2、H
2、O
2を供給できるようになっている。
培養槽30には反応媒体及び水素酸化細菌を含む培養液60が収納されている。培養槽30の大きさは特に限定されるものではなく、試験用、量産用といった用途に応じて設定すればよい。
【0043】
CO2濃縮手段10には、CO2を含む気体が導入され、CO2濃度がより高いCO2濃縮ガスとされる。そして、CO2濃縮ガスが培養槽30に導入される。
水素貯蔵手段20からはH2が培養槽30に導入される。
酸素貯蔵手段40からはO2が培養槽30に導入される。
酸素貯蔵手段を使用せずに空気としてO2を培養槽30に導入してもよい。
また、培養ガスが回収されて培養ガス回収手段50に導入され、再度培養槽30に戻されることにより、とくにH2が効率よく使用される。
【0044】
培養槽30では、水素酸化細菌がCO2、H2、O2を原料として有機化合物を合成する反応が行われる。水素酸化細菌の培養が進むと、培養液内の有機化合物の含有量が増える。
培養液の600nmにおける吸光度(OD600)を測定することで培養の進み具合を推定することができ、吸光度が高くなるほど培養が進んでいることになる。
【0045】
初期の水素酸化細菌の仕込み量、及びCO2、H2、O2の濃度を適当な濃度に調整することで培養速度を高めることができる。
培養時に培養槽に導入する各ガスの流量は例えば下記の通りとすることができる。
CO2:100~1000mL/min
H2:500~2000mL/min
O2:100~1000mL/min
空気としてO2を導入する場合はO2としての流量が上記範囲となるように空気の流量を調製するとよい。
【0046】
培養時の温度は特に限定されず、使用する水素酸化細菌の培養に適した温度で設定すればよい。例えば25~35℃とすることができる。また、培養の時間も特に限定されるものではないが、例えば30~80時間とすることができる。
【0047】
また、培養が進むと培養液のpHが低くなる(酸性側に偏る)ことがあるので、その場合はアンモニア水等のアルカリ成分を加えてpHを調整することが好ましい。pHは6.50~6.75付近に調整することが好ましい。
【0048】
培養が進み培養液におけるOD
600の数値の上昇が鈍くなった時点で培養を終了し、培養液中の成分を回収する。
図2は、培養液中の成分の回収の例について示す模式図である。
培養液を遠心分離して、液体部分(上清)を得る。上清を乾燥して水溶性固形物を得る。水溶性固形物からは糖類や他の水溶性の有機化合物が得られる。
遠心分離した固体部分を乾燥した乾燥物を精製することでタンパク質及びその他の有機化合物が得られる。
【0049】
本明細書には以下の事項が開示されている。
【0050】
本開示(1)は、圧力吸着変動法を用いてCO2を濃縮するCO2濃縮手段と、
水素を貯蔵する水素貯蔵手段と、
水を含む反応媒体及び水素酸化細菌を収納し、前記水素酸化細菌が前記反応媒体中でCO2及び水素を利用して有機化合物を合成する反応を行う生物反応手段と、を備える有機化合物合成システムである。
【0051】
本開示(2)は、前記有機化合物は、ヒドロキシアルカン酸、ポリヒドロキシアルカン酸、タンパク質、アミノ酸、糖類、カルボン酸、及びケトンからなる群から選択された少なくとも1種である、本開示(1)に記載の有機化合物合成システムである。
【0052】
本開示(3)は、前記生物反応手段に供給するO2を貯蔵するためのO2貯蔵手段をさらに備える、本開示(1)又は(2)に記載の有機化合物合成システムである。
【0053】
本開示(4)は、CO2を含む気体を圧力吸着変動法を用いたCO2濃縮手段により濃縮してCO2濃縮ガスを製造するCO2濃縮工程と、
前記CO2濃縮ガスと、水素貯蔵手段に貯蔵された水素とを、水を含む反応媒体及び水素酸化細菌を収納する生物反応手段に導入し、前記反応媒体中で前記水素酸化細菌により有機化合物を合成する有機化合物合成工程と、を行う有機化合物の製造方法である。
【0054】
本開示(5)は、前記有機化合物は、ヒドロキシアルカン酸、ポリヒドロキシアルカン酸、タンパク質、アミノ酸、糖類、カルボン酸、及びケトンからなる群から選択された少なくとも1種である、本開示(4)に記載の有機化合物の製造方法である。
【0055】
本開示(6)は、前記有機化合物合成工程において、前記生物反応手段にさらにO2を供給して有機化合物を合成する本開示(4)又は(5)に記載の有機化合物の製造方法である。
【実施例0056】
以下、本発明をより具体的に開示した実施例を示す。なお、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0057】
(実施例1)
JFE技報No.32(2013年8月)に準じて、圧力吸着変動法を用いたCO2濃縮手段として金属製カラム内にゼオライトを封入したPSA(Pressure Swing Adsorption)試験装置を用意した。ゼオライトとしては、NaX型および/又はNa-Mordenite型を使用できる。事業所のコージェネレーションからの排ガス(温度150℃、CO2濃度1.2%、水分濃度8%)を一旦、冷水(4℃)にてコールドトラップして、排ガスの温度を20℃とし、水分濃度を2%以下まで減らした。この冷却した排ガスをコンプレッサーを介して大気圧(1気圧)を超える圧力で加圧しながらPSA装置に導入し、ゼオライトにCO2を吸着させた。ゼオライトに吸着されなかったN2等のガスは、大気中に放出される。ついで、PSA装置につなげた真空ポンプを用いて大気圧(1気圧)以下に減圧することで、PSA装置のゼオライトに吸着したCO2を離脱、PSA装置から排出させ、CO2を濃縮することで、CO2濃度90.0%のCO2濃縮ガスを得た。CO2濃縮ガスは、ガス捕集袋に封入した。
水素酸化細菌としてCupriavidus necator(タンパク質量0.08g)を含み、溶媒が水であり、無機塩を含む培養液を培養槽(10L)に仕込み、CO2濃縮ガス、水素ガス、及び空気(O2を含むガス)を培養槽に導入してバブリングし、水素酸化細菌の培養を72時間行った。
培養液は以下の無機塩を含む。
硫酸アンモニウム 4.3g/L
リン酸水素二ナトリウム 1.85g/L
リン酸二水素カリウム 1.76g/L
硫酸マグネシウム・七水和物 0.5g/L
炭酸水素ナトリウム 0.5g/L
クエン酸アンモニウム 0.1g/L
培養温度は30℃とした。
培養時の各ガスの流量は以下の通りである。
CO2:300mL/min
H2:800mL/min
空気:1000mL/min(O2としては200mL/min)
【0058】
培養後の培養液(8L)を遠心分離して上清と固体部分に分離した。
上清を乾燥して水溶性固形物72gを得た。
固体部分を乾燥して乾燥物160gを得た。
水溶性固形物を分析したところ、無機塩32.0g、3-ヒドロキシ酪酸(3HB)8.0g、糖9.6g(グルコース8.0g、ラムノース1.6g)が同定された。その他22.4gの成分は同定できなかった。
乾燥物を分析したところ、タンパク質128.0g、3-ヒドロキシ酪酸(3HB)9.6g、ポリヒドロキシ酪酸(PHB)22.4gが同定された。
【0059】
上記の生成物の同定は以下のように行った。
糖は多糖類になっているので72%硫酸で室温1時間撹拌し、4%硫酸オートクレーブ(121℃)1時間で加水分解してHPLCで測定した。
糖類の分析には下記の装置を用いた。
LC装置
装置名:株式会社島津製作所製LC-20A
カラム:シグマアルドリッチ製TSKgel(登録商標)Sugar AXI 4.6x150mm
移動相:0.5mol/L ホウ酸緩衝液
【0060】
PHBと3HBはLC-MS/MS装置で測定した。
PHBはNaOHで加水分解して3HBのモノマーとして塩酸で中和してから検量線を作成して定量した。
50ml遠心管に1NのNaOH溶液5ml、試料を適量(最大10ml)加え、蒸留水で一定量(15ml)とした後、ウォーターバス沸騰水中で適宜撹拌を行い加熱分解した。分解終了後、40ml程度まで蒸留水を加えて冷却し、放冷後、(1+1)塩酸でpHを3以下に調整し、50mlにメスアップした。その試料を0.2μmDISMICでろ過し、LC分析試料とした。
【0061】
PHB及び3HBの分析には下記の装置を用いた。
LC-MS/MS装置
(LC部:DIONEX Ultimate3000、MS/MS部:Q Exactive Focus:サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)
カラム=Aclaim PR-MS2.1mmφ×150mm(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)
溶媒=2%アセトニトリル/酢酸水→10%アセトニトリル/酢酸水
カラム温度:40℃
注入量:2μl
流速:0.25ml/min
【0062】
図3は、PHB及び3HBのLC-MS/MS測定のチャートである。
上段の「アルカリ処理前」のチャートがPHBを含むLCチャートであり、「アルカリ処理後」のチャートがNaOHで加水分解して3HBのモノマーとした後のLCチャートである。
下段が「アルカリ処理後」のチャートにおける保持時間(R.T)3.29minのピークに対応するMSスペクトルチャートであり、分子量103.04は3HBの分子量(MS
-値)に対応する。
【0063】
以上の結果から、事業所からの排ガスを濃縮して得られたCO2濃縮ガスを用いて、タンパク質等の有機化合物を製造できることが分かった。
【0064】
(実施例2、3)
水素酸化細菌の培養時におけるCO2ガスの流量を変化させて培養を行った。
実施例2では150mL/min、実施例3では600mL/minとした。
実施例1~3において、培養においてOD600の値が20から60に増加するまでに要する時間を倍化時間とし、倍化時間を比較した。倍化時間が短いほど水素酸化細菌の培養が速く進むことを意味する。
実施例1~3での培養時におけるCO2ガスの流量と倍化時間の関係は以下の通りであった。
実施例1:CO2ガスの流量300mL/min、倍化時間10.8時間
実施例2:CO2ガスの流量150mL/min、倍化時間13.3時間
実施例3:CO2ガスの流量600mL/min、倍化時間12.8時間
【0065】
実施例2に対して実施例1ではCO2ガスの流量が2倍であり、倍化時間が短くなった(培養が速く進んだ)。
一方、実施例2に対して実施例3ではCO2ガスの流量が4倍であったが、実施例1よりも倍化時間が長くなった(培養が遅くなった)。この原因は明確ではないが、水素酸化細菌の量に対してCO2の量が過剰すぎるか、過剰量のCO2が他のガス(H2、O2)の溶解を阻害している可能性が考えられた。