(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024039053
(43)【公開日】2024-03-21
(54)【発明の名称】認知症を治療するための装置、当該装置の作動方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
A61N 7/00 20060101AFI20240313BHJP
【FI】
A61N7/00
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2024001387
(22)【出願日】2024-01-09
(62)【分割の表示】P 2022183758の分割
【原出願日】2018-03-30
(31)【優先権主張番号】P 2017067572
(32)【優先日】2017-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】520275467
【氏名又は名称】サウンドウェーブイノベーション株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】下川 宏明
(72)【発明者】
【氏名】金井 浩
(72)【発明者】
【氏名】瀧 宏文
(72)【発明者】
【氏名】江口 久美子
(72)【発明者】
【氏名】進藤 智彦
(57)【要約】 (修正有)
【課題】従来の薬物治療等とは異なる新たな認知症の治療方法を提供すること。
【解決手段】認知症を治療するための装置であって、複数の超音波プローベと、超音波プローベに配置され、脳に非集束超音波エネルギーを伝達する超音波振動子と、超音波プローベに接続された超音波発生装置とを備え、発生した非集束超音波エネルギーが脳内を放射方向に向かって次第に拡径する逆テーパ状に拡散する装置。超音波エネルギーは、略円錐状(底面部分は曲面となり得る)に拡散される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
認知症を治療するための装置であって、
複数の超音波プローベと、
超音波プローベに配置され、脳に非集束超音波エネルギーを伝達する超音波振動子と、超音波プローベに接続された超音波発生装置と
を備える装置。
【請求項2】
非集束超音波エネルギーが放射方向に向かって次第に拡径する逆テーパ状に拡散する、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記拡径する逆テーパ状の非集束超音波エネルギーの傾斜面の広がる角度が50°~100°である、請求項2に記載の装置。
【請求項4】
超音波発生装置が、複数の超音波プローベの間で非集束超音波エネルギーを順次照射するように超音波振動子を制御する、請求項1~3のいずれか1項に記載の装置。
【請求項5】
複数の超音波プローベによる非集束超音波エネルギー照射が、0.15/f(fは送信するパルスの周波数(MHz)を示す)ms以上の間隔を開けて行われる、請求項4に記載の装置。
【請求項6】
当該複数の超音波プローベがさらに、互いに他の超音波プローベから照射され脳を透過した超音波を受信するための超音波の受信素子を備える、請求項1~5のいずれか1項に記載の装置。
【請求項7】
透過した超音波の受信強度に応じて、超音波での治療効果を評価する手段をさらに備える、請求項6に記載の装置。
【請求項8】
透過した超音波の受信強度に応じて、出力する超音波の出力を調整する出力調整手段をさらに備える、請求項6又は7に記載の装置。
【請求項9】
複数の超音波プローベと、
超音波プローベに配置され、脳に非集束超音波エネルギーを伝達する超音波振動子と、超音波プローベに接続された超音波発生装置と
を備えた、認知症を治療するための装置の作動方法であって、
超音波発生装置の制御により、超音波プローベに配置された超音波振動子が非集束超音波エネルギーを発生させる工程を含む、方法。
【請求項10】
複数の超音波プローベと、
超音波プローベに配置され、脳に非集束超音波エネルギーを伝達する超音波振動子と、超音波プローベに接続された超音波発生装置と
を備えた、認知症を治療するための装置に内蔵されたプログラムであって、
超音波発生装置の制御により、超音波プローベに配置された超音波振動子が非集束超音波エネルギーを発生させる機能を実行させる、プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、認知症を治療するための装置、当該装置の作動方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、日本の認知症患者数は約260万人にものぼると言われており、今後、高齢者人口の急増とともに認知症患者数も増加し、2020年には300万人を超えるとされている。また、世界では認知症患者数は3500万人と推定されており、試算では2030年には6500万人、2050年には1億1500万人にのぼると推測されている。また、認知症の病型としては、認知症全体のうち、脳血管性認知症、アルツハイマー型認知症がその大半を占め、これらの両方の症状を呈する患者も多くいる。
【0003】
脳血管性認知症に対する対応としては、高血圧や脂質代謝異常症、糖尿病に対する薬物治療、その他、運動不足や喫煙、過食、ストレスの軽減などがされているが、脳血管性認知症そのものを治療する医薬品は未だ開発されていない。また、アルツハイマー型認知症に対しては、アセチルコリン経路の活性化、及びグルタミン酸の抑制を作用機序とする薬剤等が市販されているが、その治療効果は必ずしも十分なものではなかった。従って、認知症治療のための有効な手段の開発が所望されている。
【0004】
尚、本発明者らは、以前に、LIPUS(Low-Intensity Pulsed
Ultrasound)によるブタの虚血心における血管新生、左心機能の改善を確認している(非特許文献1)。LIPUSは近年、整形外科・消化器・神経内科・歯科領域等で広く注目されており、骨折治療に関しては既に臨床化されている。しかし、非集束超音波エネルギーの照射による認知症の治療効果を具体的に検証した報告はない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Hanawa K. Shimokawa H, et al. PLoS One.2014;9:e104863
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、従来の薬物治療等とは異なる新たな認知症の治療方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前述した状況の下、本発明者らは、超音波プローベから集束するように照射される集束超音波エネルギーではなく、超音波プローベから広がるように照射される非集束超音波エネルギーを脳の広い範囲に伝達させ、血管新生等を生じさせることにより認知症を治療し得ることを見出した。本発明はかかる新たな知見に基づくものである。
【0008】
従って、本発明は、以下の項にかかる超音波発生装置及び認知症を治療するための装置の作動方法及びプログラムを提供する:
項1.認知症を治療するための装置であって、
複数の超音波プローベと、
超音波プローベに配置され、脳に非集束超音波エネルギーを伝達する超音波振動子と、超音波プローベに接続された超音波発生装置と
を備える装置。
【0009】
項2.非集束超音波エネルギーが放射方向に向かって次第に拡径する逆テーパ状に拡散する、項1に記載の装置。
【0010】
項3.前記拡径する逆テーパ状の非集束超音波エネルギーの傾斜面の広がる角度が50°~100°である、項2に記載の装置。
【0011】
項4.超音波発生装置が、複数の超音波プローベの間で非集束超音波エネルギーを順次照射するように超音波振動子を制御する、項1~3のいずれか1項に記載の装置。
【0012】
項5.複数の超音波プローベによる非集束超音波エネルギー照射が、0.15/f(fは送信するパルスの周波数(MHz)を示す)ms以上の間隔を開けて行われる、項4に記載の装置。
【0013】
項6.当該複数の超音波プローベがさらに、互いに他の超音波プローベから照射され脳を透過した超音波を受信するための超音波の受信素子を備える、項1~5のいずれか1項に記載の装置。
【0014】
項7.透過した超音波の受信強度に応じて、超音波での治療効果を評価する手段をさらに備える、項6に記載の装置。
【0015】
項8.透過した超音波の受信強度に応じて、出力する超音波の出力を調整する出力調整手段をさらに備える、項6又は7に記載の装置。
【0016】
項9.複数の超音波プローベと、
超音波プローベに配置され、脳に非集束超音波エネルギーを伝達する超音波振動子と、超音波プローベに接続された超音波発生装置と
を備えた、認知症を治療するための装置の作動方法であって、
超音波発生装置の制御により、超音波プローベに配置された超音波振動子が非集束超音波エネルギーを発生させる工程を含む、方法。
【0017】
項10.複数の超音波プローベと、
超音波プローベに配置され、脳に非集束超音波エネルギーを伝達する超音波振動子と、超音波プローベに接続された超音波発生装置と
を備えた、認知症を治療するための装置に内蔵されたプログラムであって、
超音波発生装置の制御により、超音波プローベに配置された超音波振動子が非集束超音波エネルギーを発生させる機能を実行させる、プログラム。
【0018】
項11.複数の超音波プローベと、超音波プローベに配置され、脳に非集束超音波エネルギーを伝達する超音波振動子と、超音波プローベに接続された超音波発生装置を用いて、超音波プローベに配置された超音波振動子から発生する非集束超音波エネルギーを患者の脳に伝達させる工程を含む、認知症の治療方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、非集束超音波エネルギーを照射することにより、脳の広い範囲に超音波エネルギーを伝達することができ、血管新生、ニューロン増加等をもたらすことにより、認知症を治療し得る。従って、本発明によれば、従来の薬物治療等とは異なる新たな認知症の治療方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の装置の典型的な実施形態の概略図を示す
【
図3】本発明の一実施形態における超音波エネルギー拡散の概略図を示す
【
図4】放射方向に向かって次第に拡径する逆テーパ状に拡散する実施形態における超音波プローベ1の側面図を示す
【
図5】2つの超音波プローベを側頭部に配置する実施形態の概略図を示す
【
図8】本発明方法の実施形態(被験者の姿勢)の概略図を示す。
図8上:座位 実際はプローブを固定するための固定用ヘッドバンドを着用。
図8下:臥位 実際はプローブを固定するための固定用ヘッドバンドを着用
【
図9】実施例1-1の試験方法の概略図を示す。・BCAS術後1週間に隔日で3回照射:20分×3回/day。・レーザースペックル装置を用いて、各群の脳血流(CBF)の程度を比較。・術後Day28で認知行動テストを施行。・Day3、7、28にそれぞれ組織・生化学的分析のためのサンプリング
【
図10】実施例1-1の概略及び結果を示す。認知行動テスト:LIPUS治療による認知機能低下の抑制について。Y迷路試験(正常認知機能であればA→B→Cと、来た道とは違う道を選ぶマウスの習性を利用し、認知機能を評価する方法)の結果
【
図14】実施例1-1の結果を示す。オリゴデンドロサイト前駆細胞は術後一カ月の時点でも非治療群に対し多い
【
図15】実施例1-1(OPCs、分裂細胞の評価)の結果を示す。LIPUS治療により、どちらも増加傾向である
【
図16】実施例1-2の試験方法の概略図を示す。・3か月齢より、月1回:20分×3回/day。・6か月齢に認知行動テスト施行後、サクリファイス。・照射条件はBCASモデルと同様
【
図17】実施例1-2の概略及び結果を示す。認知機能評価:LIPUS治療による認知機能低下の抑制について。Y迷路試験(正常認知機能であればA→B→Cと、来た道とは違う道を選ぶマウスの習性を利用し、認知機能を評価する方法)の結果
【
図18】実施例1-2の結果(アミロイドβの組織への蓄積)を示す。LIPUS治療によりアミロイドβの蓄積が減る可能性がある
【
図19】実施例2において、あるプローベからの超音波照射開始と別のプローベからの超音波照射開始とを0.3ms間隔で照射する場合の概略説明図を示す(ヒト頭蓋骨を用いた検討。骨密度・骨の厚さと超音波透過率の関係)。0.5MHzと1.0MHzとで偶然にも傾きが一致した。考慮するのは厚さのみでよいと考えられる。従って、厚さから透過率を予測することが可能
【
図20】実施例2における骨密度又は骨の厚さと超音波透過率との関係についての試験結果を示す
【
図21】実施例2における脳の広範囲に超音波を伝達させるための照射角度検討に関する説明図を示す
【
図22】実施例2における骨密度又は骨の厚さと超音波透過率との関係についての試験結果を示す
【
図23】実施例2における脳の広範囲に超音波を伝達させるための照射角度検討に関する説明図を示す(素子曲率半径の根拠となる計算。ヒト頭蓋骨の頭高・頭幅・頭長から推定される理想の照射範囲。この場合、レンズは15mmの膨らみが必要と考えられた。60°~90°の必要照射角度が想定される
【
図24】実施例3-1における治療スケジュールを示す
【
図27】実施例3-2における治療スケジュールを示す
【発明を実施するための形態】
【0021】
認知症を治療するための装置
以下、図面を参照して本願発明を説明する。本発明は、認知症を治療するための装置であって、
複数の超音波プローベと、
超音波プローベに配置され、脳に非集束超音波エネルギーを伝達する超音波振動子と、
超音波プローベに接続された超音波発生装置と
を備える装置を提供する。
【0022】
尚、本明細書において、「認知症を治療するための装置」を単に認知症治療装置と記載することもある。本発明において、「認知症」には脳血管性認知症、アルツハイマー型認知症、これらの両方を共に示す症状等が含まれる。また、本発明において、用語「認知症」には、軽度認知障害等の症状も包含される。
【0023】
図1に、本発明の装置の典型的な実施形態の概略図を示す。
図1に記載のように、本発明の認知症治療装置は、複数の超音波プローベ1及び超音波プローベ1に接続された超音波発生装置2を備えている。
図2に、超音波プローベの概略図を示す。超音波プローベには脳に非集束超音波エネルギーを伝達する超音波振動子3が配置されている。本発明においては、典型的には、1つの超音波プローベ1に対し、
図2に示すように、単一の超音波振動子3が配置される。超音波振動子3には、配線等(図示せず)により、超音波発生装置2から電気が送電されて電圧がかけられ、これにより、超音波振動子3は振動する。超音波振動子3の振動の周波数、時間、タイミング等は、超音波発生装置2により制御される。また、超音波発生装置2からの制御信号を切り替えることにより、同じ超音波振動子3を超音波受信素子として作用させることができる。
【0024】
本発明においては、超音波の方向を非集束方向となるよう1つの超音波振動子の超音波照射面を凸曲面形状とするか、複数の超音波振動子を凸曲面形状に配置することにより、非集束超音波エネルギーを脳に対し効率的に伝達することができ、その結果、海馬における血管新生による神経細胞の活性化及び脳梁におけるオリゴデンドロサイト前駆細胞の活性亢進とそれに伴う白質病変の低減により、認知症を治療することができる。
【0025】
本発明において、非集束超音波エネルギーとは、1点もしくは一本の線に集束せずに、拡散する超音波エネルギーを意味する。本発明においては、非集束超音波エネルギーが放射方向に向かって次第に拡径する逆テーパ状に拡散することが好ましい。前記拡径する逆テーパ状の非集束超音波エネルギーの傾斜面の広がる角度が50°~100°であることが好ましく、60°~90°であることがより好ましい。典型的には、超音波エネルギーは、
図3に示すように略円錐状(底面部分は曲面となり得る)に拡散される。放射方向に向かって次第に拡径する逆テーパ状に拡散する実施形態における超音波プローベ1の側面図を
図4に示す。本発明においては、拡径する逆テーパ状の非集束超音波エネルギーの傾斜面の広がる角度とは、
図4におけるθを意味する。典型的な実施形態においては、2つ
の超音波プローベ1を側頭部に配置することが好ましい(
図5)。従って、上記のように、非集束超音波エネルギーを逆テーパ状に拡散させることにより、脳の大部分、例えば、少なくとも海馬及び脳梁を含む部分、典型的には脳の全体に対し超音波エネルギーを伝達することできるため、好ましい(
図5)。
【0026】
本発明において照射超音波の振幅(音圧)は、緩やかな超音波刺激により血管新生、ニューロン増加等を促す観点から、例えば、3.0MPa以下、より好ましくは0.7MPa以下の低強度であることが好ましい。一方、本発明において照射超音波の強度の下限は特に限定されないが、治療の有効性の観点から、例えば、0.1MPa以上、好ましくは0.2MPa以上が好ましい。本発明においては、超音波の強度照射超音波の周波数(Frequency)は特に限定されないが、例えば、0.5~1.5MHz、好ましくは0.5~1.0MHzの範囲で適宜設定できる。
【0027】
本発明において、超音波振動子の素材としては、上記非集束超音波エネルギーを発生できるものであれば特に限定されないが、例えば、樹脂(ノリル樹脂、ポリアセタール、アイオノマー樹脂、ウレタン樹脂等)、金属(銅合金等)等が挙げられる。また、超音波プローベのうち、超音波を発生させる部分の大きさは、特に限定されないが、例えば、超音波を発生させる部分の形状が略円形の場合、その直径は、1.0~5.0cmが好ましく、2.0~4.0cmとすることがより好ましい。また、当該プローベにおける超音波を発生させる部分の形状は特に限定されず、略円形、略楕円形、多角形(三角形、四角形(正方形、長方形、平行四辺形、台形等)、五角形、六角形、七角形、八角形等)等、適宜設計することができる。またその寸法についても、超音波が脳のより広い分野に伝達するよう、例えば、略円形について上述したものに相当するような寸法で、適宜設定できる。
【0028】
また、本発明においては、超音波プローベを複数用い、頭部の異なる箇所から非集束超音波エネルギーを照射することにより、脳のより広い範囲に超音波を伝達できる。本発明においては、安全性の観点、より具体的には、複数の箇所から照射される超音波エネルギーが脳内に重複して伝達され、その結果、過剰な超音波エネルギーが脳内に伝達されることを抑制する観点から、超音波発生装置が、複数の超音波プローベの間で非集束超音波エネルギーを順次照射するように超音波振動子を制御することが好ましい。本発明において、複数の超音波プローベの間で非集束超音波エネルギーを順次照射するとは、まず複数の超音波プローベのうち、ある超音波プローベで超音波を発生させ、その間、その他の超音波プローベで超音波を発生させず、次に別の超音波プローベで超音波を発生させ、その間、その他の超音波プローベで超音波を発生させず・・・というように、複数の超音波プローベのうち、同じ時間帯で超音波を発生させている超音波プローベが1つのみであること、言い換えると2つ以上から同時に超音波を発生させないことを意味する。
【0029】
本発明において、超音波プローベから発生した超音波は、頭蓋骨を透過し、脳に伝達して、当該超音波プローベを配置したのとは反対側の頭蓋骨で反射して当該超音波プローベの方向に再度伝達する。そして、当該反射した超音波は、当該超音波プローベを配置した側の頭蓋骨で再度反射して伝達をする。この間、超音波は、脳内を伝播する際及び頭蓋骨で反射する際に減衰する。このように、超音波プローベから発生した超音波は、頭蓋骨で反射するたびに減衰しながら、脳内を複数回往復する。
【0030】
従って、本発明において複数の超音波プローベの間で非集束超音波エネルギーを順次照射をする場合、ある超音波プローベから発生した非集束超音波エネルギーの照射波又は反射波が減衰して、次の超音波プローベから発生した非集束超音波エネルギーと重複しても過剰な超音波刺激とならないように、複数の超音波プローベからの超音波の発生間隔を空けることが好ましい。上記の観点から、本発明においては、複数の超音波プローベによる非集束超音波エネルギー照射が、0.15/f(fは送信するパルスの周波数(MHz)
を示す)ms以上、より好ましくは0.30/fms以上の間隔を開けて行われることが好ましい。また、短い時間でより高い治療効果を得る観点から、複数の超音波プローベによる非集束超音波エネルギー照射が、0.60/f(f(MHz)は上記の通り)ms以下、より好ましくは0.30/fms以下の間隔を開けて行われることが好ましい。本発明において、Frequency(周波数)とは、送信超音波の周波数を意味する。
【0031】
ここで、非集束超音波エネルギー照射の間隔とは、そうでないことを明記しない限り、ある超音波プローベから超音波照射を開始し、当該超音波プローベからの超音波照射を停止し、次の超音波プローベから超音波照射を開始し、当該次の超音波プローベからの超音波照射を停止し・・・という照射をする際、上記趣旨から、ある超音波プローベからの超音波照射の停止から、次の超音波プローベでの超音波照射の開始までの時間を意味する。
【0032】
本発明において、照射超音波は非連続波であり、そのサイクル数は特に限定されないが、例えば、1~64cycle、好ましくは24~40cycleの範囲で適宜設定できる。ここで、超音波のサイクル数とは、超音波照射の開始から超音波照射停止までの幅(本明細書においてパルス幅とも示す)内でのサイクル数を示す。例えば、
図6に示す波形の超音波の場合、サイクル数は、32cycleとなる。超音波による治療時間は特に限定されないが、例えば、患者の症状、超音波の強度等に応じて、治療一回当たり1~60分、好ましくは15~25分の範囲で適宜設定できる。また、上記治療の1日当たりの回数についても、特に限定されないが、例えば、1回~4回、好ましくは2回~3回の範囲で適宜設定できる。また、上記治療を行う頻度も特に限定されず、例えば、1週間に1回~7回、好ましくは2回~3回の範囲で適宜設定できる。治療間隔についても特に限定されず、例えば、上記頻度での治療を5~10日間(より好ましくは6~8日間)行うことを1セットの治療とした場合、有害事象の発生などない限り、継続的に1~4ヶ月に1回(例えば、1~3.5カ月に1回)の間隔で行うことが好ましい。
【0033】
超音波の強度(Intensity)は、ISPPA、ISPTA等により調整することができる。ここで、ISPPAとは、パルス幅内の平均強度を示す。ISPTAとは、繰返し周期内の平均強度を示す。
図7に、超音波のISPPA及びISPTAを図示する。
【0034】
また、照射超音波のISPTAは特に限定されないが、緩やかな超音波刺激により血管新生、ニューロン増加等を促す観点から、例えば、720mW/cm2以下、好ましくは100~150mW/cm2の範囲で適宜設定できる。複数の超音波プローベを用いる場合、ISPTAは、各超音波プローベの照射超音波のISPTAの和で表現される。また、本発明において、照射超音波のDuty比(DutyCycle)は特に限定されないが、例えば、0.1~50%、好ましくは0.1~20%の範囲で適宜設定できる。
【0035】
ここで、Duty比とは、一定時間超音波を照射し、一定時間超音波照射を休止する、という1サイクルの時間の中で、超音波の照射時間の割合を示す。いいかえると、1サイクル中の[超音波の照射時間+照射休止時間]に対する超音波の照射時間の割合を示す。複数の超音波プローベを用いる場合、Duty比は、各超音波プローベの照射超音波のDuty比の和で表現される。
【0036】
また、後述するように、超音波プローベから発生した超音波は、頭蓋骨を透過する際に、大幅に減衰する。また、減衰の程度は、超音波が透過する頭蓋骨の厚さにより変化する。従って、認知症の診断時に撮影された頭部CT画像等に基づき頭蓋骨の厚さを超音波発生装置に入力することで、頭蓋骨の厚さの数値をもとに適切な出力の推定値を装置が算出し、治療用超音波として発信することが好ましい。当該実施形態においては、超音波発生装置は、頭蓋骨の厚さの数値の入力手段、入力された値から適切な出力の推定値を算出す
る算出手段を備えることとなる。
【0037】
また、本発明においては、当該複数の超音波プローベがさらに、互いに他の超音波プローベから照射され脳を透過した超音波を受信するための超音波の受信素子を備えることが好ましい。かかる受信素子を備える実施形態においては、超音波プローベから発信され、脳を透過した超音波の強度が予め想定した範囲にあるか否かをモニターすることができるため好ましい。尚、自身の送信超音波を受信し、これを用いることもできる。前述したように、超音波振動子は、超音波発生装置からの制御信号を切り替えることにより、受信素子として使用することもできる。従って、本発明において「複数の超音波プローベがさらに、互いに他の超音波プローベから照射され脳を透過した超音波を受信するための超音波の受信素子を備える」装置には、超音波プローベがそれぞれ超音波振動子を備え、当該超音波振動子を受信素子としても使用するような装置も包含される。かかる実施形態においては、例えば、複数の超音波プローベのうち一部(例えば、1個の超音波プローベ)に備えられた超音波振動子を受信素子として用い、その他の超音波プローベに備えられた超音波振動子を発信素子として用いること等ができる。また、一定時間経過後、複数の超音波振動子の少なくとも一部の発信素子/受信素子を切り替えて使用してもよい。
【0038】
また、透過した超音波の受信強度に応じて、超音波での治療効果を評価する手段をさらに備えることが好ましい。例えば、当該手段により、受信した超音波の強度の積算値を算出し、当該積算値を指標とした治療効果の評価、積算値が所定の値に達した場合に一定の効果のある治療が終了したとの評価等をすることができる。
【0039】
また、透過した超音波の受信強度に応じて、出力する超音波の出力を調整する出力調整手段をさらに備えることが好ましい。より具体的には、出力調整手段としては、受信素子が受信した超音波の音圧が所定の値以上の場合、出力を低下させるフィードバック手段(プロセッサ)等が挙げられる。
【0040】
受信素子が受信した超音波エネルギーの強度が所定の値以上の場合、出力を低下させる基準値としては、特に限定されないが、安全基準等を考慮し、例えば、音圧0.1MPa以下、好ましくは0.05MPa以下で適宜設定できる。本発明の好ましい実施形態において、上記範囲の中から設定した上限値を超える強度の超音波を受信素子が受信した場合に、出力を低下させるように予め設定することができる。また、本発明の装置は、後述する本発明の装置の作動方法又は治療方法を行うための手順を書き記した書面などを備えていてもよい。
【0041】
認知症を治療するための装置の作動方法、認知症の治療方法
本発明は、さらに、複数の超音波プローベと、
超音波プローベに配置され、脳に非集束超音波エネルギーを伝達する超音波振動子と、
超音波プローベに接続された超音波発生装置と
を備えた、認知症を治療するための装置の作動方法であって、
超音波発生装置の制御により、超音波プローベに配置された超音波振動子が非集束超音波エネルギーを発生させる工程を含む、方法を提供する。
【0042】
典型的な実施形態においては、
図1に示されるように、超音波プローベ1が頭部に当てられた状態で、本発明方法は行われる。超音波プローベ1が当てられる場所は特に限定されないが、頭蓋骨が比較的薄く超音波を脳に伝達しやすいため、側頭部(こめかみ)に当てることが好ましい。超音波が効率よく脳に伝達されるように、超音波プローベ1の超音波発生部分及び/又は超音波プローベを当てる頭部の部分に適宜ジェルを塗っておいてもよい。また、
図1に示すように、超音波プローベ1は、ヘアバンド4により固定されていてもよい。また、
図8に示すように、被験者の姿勢は、座位であっても、臥位であっても
よい。また、本発明の方法の対象となる被験者は、マウス、ラット、ヒト、サル、イヌ、ブタ等の哺乳動物等が挙げられ、好ましくはヒトである。
【0043】
また、本発明は、複数の超音波プローベと、超音波プローベに配置され、脳に非集束超音波エネルギーを伝達する超音波振動子と、超音波プローベに接続された超音波発生装置を用いて、超音波プローベに配置された超音波振動子から発生する非集束超音波エネルギーを患者の脳に伝達させる工程を含む、認知症の治療方法も提供する。
【0044】
本発明のこれらの方法に用いる装置、超音波の照射条件等は、「認知症を治療するための装置」で前述したのと同様のものを採用することができる。
【0045】
プログラム
本発明は、複数の超音波プローベと、
超音波プローベに配置され、脳に非集束超音波エネルギーを伝達する超音波振動子と、超音波プローベに接続された超音波発生装置と
を備えた、認知症を治療するための装置に内蔵されたプログラムであって、
超音波発生装置の制御により、超音波プローベに配置された超音波振動子が非集束超音波エネルギーを発生させる機能を実行させる、プログラムを提供する。
【0046】
本発明のプログラムは、前述した認知症を治療するための装置(当該装置に内蔵されたコンピュータ)に非集束超音波エネルギーを発生させるために用いることができる。また、本発明の装置において、複数の超音波プローベがさらに、互いに他の超音波プローベから照射され脳を透過した超音波を受信するための超音波の受信素子を備える実施形態においては、本発明のプログラムは、当該装置に、透過した超音波の受信強度に応じて、超音波での治療効果を評価する機能を実行させてもよい。例えば、受信した超音波の強度の積算値を算出し、当該積算値を指標とし、これを予め設定された値と対比して、治療効果の高低を評価させてもよい。また、受信した超音波の強度の積算値を算出し、積算値が、予め設定された所定の値に達した場合に一定の効果のある治療が終了したとの評価をさせてもよい。また、当該実施形態においては、装置はかかる評価の表示部を備えていてもよい。この場合、本発明のプログラムは、上記により得られた評価を表示部に表示する機能を装置(コンピュータ)に実行させてもよい。さらに、当該実施形態において、本発明のプログラムは、透過した超音波の受信強度に応じて、出力する超音波の出力を調整する出力調整機能を当該装置(コンピュータ)に実行させてもよい。より具体的には、例えば、受信素子が受信した超音波の音圧が所定の値以上の場合、出力を低下させるフィードバック手段(プロセッサ)に出力調整を実行させること等が挙げられる。
【0047】
以上、特定の実施形態を示す図面に基づき、本発明を説明したが、本発明は、これらの実施形態に特定されないことは明らかである。例えば、超音波プローベと超音波発生装置との接続は、
図1に記載のように有線でもよいし、無線でもよい。超音波プローベの数についても、2つの超音波プローベを用いる実施形態により説明してきたが、3つ以上の超音波プローベを用いてもよい。例えば、2つの超音波プローベを両側頭部(こめかみ)に当て、別途1つの超音波プローブを後頭部と項部との境界部(大後頭孔)に当てて超音波照射することもできる。
【実施例0048】
以下、本発明を特定の実施例を挙げて例示するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0049】
実施例1 超音波治療による認知症治療効果の検証
実施例1-1 血管性認知症モデル (BCAS(Bilateral Common
Carotid Artery Stenosis)モデル)
血管性認知症の過半数を占める皮質下血管性認知症では、慢性脳虚血が重要な病態機序と考えられている。BCASモデルでは、脳虚血が長期間持続すると、ヒトと同様な白質病変が形成され、高次機能障害が起きてくる。そのため、現時点では最もスタンダードな血管性認知症モデルである。従って、本実施例では、かかるBCASモデルの脳全体に対し超音波照射を行い、認知症の治療効果を検証した。
【0050】
具体的には、9~12週齢のC57Bl/6雄マウス(n=10~15)に対し、文献(Shibata M, et al. Stroke. 2004 Nov;35(11):2598-603)に記載の方法で処理をし、BCASモデルを作製した。Sham群として、上記BCAS処置を行わない9~12週齢のC57Bl/6雄マウスを用いた。
【0051】
BCAS術後1週間に3回[BCAS術後1日後(1day)、3日後(3day)、5日後(5day)]超音波照射を行った。超音波照射は、1日当たり、20分を3回行った。
【0052】
レーザースペックル装置(OMEGAWAVE社製、OMEGAZONE mini2)を用いて、BCAS術前群、1day群、2day群、4day群、7day群、28day群の各群の脳血流(CBF)の程度を測定した。また、脳の組織検体を用いた各種免疫染色(蛍光免疫染色)、タンパクのウェスタンブロッティングを用いた発現解析、RNA-sequenceを用いた遺伝子発現解析などを行った。
【0053】
照射条件は以下の通りであり、面積3.75cm
2(1.5cm×2.5cm)の長方形の超音波プローベを用いて、モデルの脳全体に超音波が伝達されるように行った。
照射条件:
・強度(ISPTA):100mW/cm
2
・周波数(Frequency):1.875MHz
・サイクル数(Number of Cycles):32cycles
・繰り返し周波数:6kHz
図9に本試験の概略を示す。認知行動テストの結果を
図10に示す。ここで、Number of entriesとはarmへの総侵入数であり、Spontaneous Alternationとは、マウスの自発的交替行動([続けて3回異なるarmに入った回数]/[Y字迷路の全てのarmに侵入した回数-2])を示す。超音波治療は、認知行動テストで有意に認知機能低下を抑制した。
【0054】
白質病変(脳梁)の評価
図11に記載のように超音波治療により、有意に髄鞘構造が保持されるとともに、髄鞘を形成する成熟オリゴデンドロサイトの数も増加していた。
図11「LIPUS治療による脳鞘構造の保持」の左に、脳梁のKB染色画像を示す。
図11、その右のグラフにおいて、white matter lesionとは、脳梁における白質の脱髄病変の程度を示す。
図11「LIPUS治療群における成熟オリゴデンドロサイトの増加」左に、脳梁のGST-p免疫染色画像を示す。
図11のその右のグラフにおいて、縦軸のGST-p陽性細胞数とは、単位面積あたりの成熟オリゴデンドロサイトの数を示す。
図11に記載のように超音波治療により、有意に髄鞘構造が保持されるとともに、髄鞘を形成する成熟オリゴデンドロサイトの数も増加していた。
図12上の「LIPUS群での幼若ニューロンの増加」に、DCX蛍光免疫染色画像を示す。
図12下、「LIPUS治療による海馬毛細血管の増加」の左に、海馬でのCD31免疫染色画像を示す。
図12下、その右のグラフにおいて、縦軸のCD31陽性細胞数とは、単位面積あたりの毛細血管数を示す。
図12のように海馬において幼若なニューロンが増加しており、また毛細血管も増加して
いた。
【0055】
図13左上にKi67免疫染色画像を、左下にOlig2免疫染色画像を示す。
図13右のグラフにおいて、縦軸のKi67陽性細胞数とOlig2陽性細胞数とは、それぞれ細胞分裂を起こしている細胞とオリゴデンドロサイト前駆細胞の数を示す。従って、急性期の組織評価をしたのが
図13であるが、超音波治療により脳梁の増殖細胞が増加傾向であり、Olig2陽性細胞も増加していた。そこで分裂・増殖しているのがオリゴデンドロサイト前駆細胞かどうかを、蛍光二重免疫染色により確認したところ、確かにmergeされ、分裂・増殖しているのはオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPCs)であることが明らかになった。RNA-sequenceを用いた遺伝子網羅解析においても、Olig2などのオリゴデンドロサイトの分化増殖に関わる遺伝子が変動していることが確認された。
【0056】
また、
図14左に脳梁でのOlig2免疫染色画像を示す。
図14右のグラフにおいて、縦軸のOlig2陽性細胞数とは、術後28日後でのオリゴデンドロサイト前駆細胞の数を示す。従って、このOPCsは、
図14に記載のように術後一か月の時点でも超音波治療群で有意に増加しており、効果の持続性が示唆された。また、
図15に海馬での術後3日でのOlig2免疫染色画像とKi67免疫染色画像を示す。
図15に記載のように、海馬においても、Olig2陽性細胞、Ki67陽性細胞は増加傾向であり、術後1か月の評価である
図11の結果に矛盾しない結果であった。以上より、脳梁におけるOPCsの増殖、海馬における血管新生や幼若ニューロンの増加が認知機能改善に影響していることが示唆された。
【0057】
実施例1-2 アルツハイマー病モデル(遺伝子改変)
アルツハイマー病マウスモデルである遺伝子改変マウス(5XFAD)を用い、
図16記載のプロトコルに従って、BCASモデルと同様に超音波治療を行った。5XFADモデルでは、毎月一回1セットの超音波治療を行い、6ヶ月齢まで観察を行った。
【0058】
結果を
図17および
図18に示す。
図17に記載のように超音波治療により認知機能の低下が抑制された。
図18に4G8免疫染色画像(アミロイドβ染色)を示す。
図18に記載のようにアミロイドβの蓄積が、超音波治療により減少する可能性が示唆された。分子発現解析では、超音波治療によりeNOS(内皮型一酸化窒素合成酵素)が有意に発現しており、このeNOSが認知機能の改善に寄与している可能性が示唆された。
【0059】
実施例2 安全性を考慮したヒトにおける超音波照射方法の検討
超音波照射の安全基準としては、下記のようなものがある。
(1)Global maximum acoustic output(AO) が推
奨する720mW/cm2以下
(2)Tyles’s stated limitが推奨する500mW/cm2以下
従って、以下の検討では、ISPTA、250mW/cm2以下の範囲で行った。
【0060】
ヒト頭蓋骨を用いて、臨床的に治療用超音波の強度に影響しうる因子を検証した。67~96歳、男女計7名の献体の側頭骨を採取し、骨密度、骨の厚さを測定後、それぞれの超音波の透過率を測定した。
【0061】
試験は、0.5MHz及び1.0MHzで行った。その結果、0.5MHzでは透過性と骨の厚さの相関係数は-0.53、骨密度と透過性の相関係数は0.30であった。1.0MHzでは、透過性と骨の厚さの相関係数は-0.88、透過性と骨密度の相関係数は-0.30であった。これらのデータをもとに、例えば1.0MHzに関して多変量解析を施行したところ、透過性と骨の厚さに関してはP<0.001と有意であったが、透
過性と骨密度に関しては有意な傾向を認めず、この結果から患者側のパラメータとして考慮するのは、「骨の厚さ」のみで良いと考えられた。尚、このときのAdjusted R-squared(自由度修正済決定係数)は0.7472であり、骨の厚さから透過性を予測することは可能と考えられた。回帰分析により、骨の厚さと超音波透過率とは相関が認められた。
図19はさらに多変量解析を行った結果であるが、骨密度と超音波透過率には相関はなく、骨の厚さと超音波透過率には有意に相関が認められたとともに、1.0MHzの結果ではR-squaredが高く、厚さの値から透過率を予測することが可能となることが示された。すなわち、経頭蓋超音波照射において、骨の厚さのみが患者側のパラメータとして必要な因子となることが示された。
【0062】
さらに、ヒトの側頭骨の一般的な厚さである2mm-3mm前後では、例えば周波数0.5MHzの場合、骨-脳の透過1回による超音波の透過率は、パワーとして25~50%(振幅で50~70%)となる(
図20)。従って、超音波プローベから照射された超音波は、脳に到達した段階ですでにパワーが25~50%減衰していることとなる。
【0063】
左右側頭部のプローベから2点交互照射する場合(
図21)、脳での超音波の伝搬速度を1540m/sとすると、500kHzの波長は3.08mmであり、32波だと1パ
ルスで3.08×32=98.56mm進むこととなる。
図21に、AIST人体寸法データベース(日本人頭部寸法データベース2001)(https://www.dh.aist.go.jp/database/head/#stats)に記載の成人の頭幅、全頭高及び頭長の平均値等を示す。上記値から、頭部の最短径を174mm(データ
ベース、男性頭幅の最大径)とすると、対側頭蓋骨に達するまでにかかる時間は、0.1
74m/1540m/s=0.113msとなる。
【0064】
一方、脳の超音波吸収は、高周波数になるほど強くなる(約1dB/cm/MHz)。パワーが1/100になるのは20dB減衰した場合なので、0.5MHzで0.2dB/cmとすると(超音波便覧、丸善出版(株)、1999年発行、p.731の表参照)、パワーが1/100になるには、100cmの伝搬が必要となる。つまり、1m/1540m/s=0.00065s=0.65ms間隔で照射すれば、前に照射した波の影響は
無視できると考えられる。
【0065】
実際には100cmの伝搬の際には骨に100cm/17.4cm=6回反射しており、反射の影響(骨を通して外へ出ていく)からさらに安全である。
【0066】
上述のヒト頭蓋骨を用いた検討による、骨―脳の透過1回による超音波の減衰は、振幅が約半分~70%ぐらいであり、この場合、パワーは25%~50%に対応する。このことから、0.3ms間隔で照射しても問題ない(骨の通過でパワーが半分、脳の減衰でパワーが1/50になる)と考えられる。
【0067】
従って、あるプローベからの超音波照射開始と別のプローベからの超音波照射開始とを0.3ms間隔で照射する場合(
図22)Duty比は0.5MHzで10cm/50cm=20%である。以上より、0.5MHz、Duty比20%未満であれば、干渉波による局所エネルギー増大の可能性はないと考えられる。
【0068】
また、円筒状のプローベにおいて超音波照射される部分の直径を33mmとし、対象の頭幅を70-80mm、頭高を100-130mmとすると、拡径する逆テーパ状の非集束超音波エネルギーの傾斜面の広がる角度が77°となるような超音波(
図23)をこめかみから照射すると、脳全体に超音波を伝達させることができると考えられる。
【0069】
以上の条件で超音波照射することにより、ヒトにおいても、前述の実施例1と同様に、
超音波による物理的刺激により、認知症治療効果が得られるものと考えられる。
【0070】
実施例3 機器の効能を裏付ける試験
本機器は認知症の主要な二つの病態である脳血管性認知症(Vascular Dementia;VaD)、アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s Disease;AD)に対する有効性を明らかにするため、それぞれのマウスモデルを用いて検討を行った。以下、本機器における主要な有効性を示す結果である。これらの結果のうち、臨床においてもend pointとなるであろう認知機能試験と、その機序検討において最も重要な因子であると考えられた脳血流の結果をグラフと併せて示す。
【0071】
3-1 VaDモデルマウスを用いた検討
VaDモデルとして両側頸動脈狭窄(Bilateral Common Carotid Artery Stenosis;BCAS)マウスを作製し、LIPUS群(治療群)もしくはControl群(非治療群)に振り分け、BCAS術後翌日から脳全体にLIPUSが照射されるよう設定し、
図24に示すスケジュールで治療介入を行った。LIPUS治療後は、術後28日まで経過を観察し、脳血流の測定や認知行動試験を行った。また、全脳組織を用いてRNA-sequenceやBio-plexによる網羅解析を足掛かりとした生化学的分析、組織免疫染色による評価を行った。
【0072】
3-1-1 VaDモデルマウスを用いた脳血流の経時的変化の解析
治療介入後、2時間後、4日後、28日後に脳血流の測定を行ったところ、LIPUS群で脳血流の低下を有意に抑制した(
図25)(n=9-10、Sham;n=20-25、BCAS)(*P<0.05;***P<0.0005;二元配置ANOVA、多重t検定)。全ての結果は平均値±標準誤差で表記した。
【0073】
3-1-2 VaDモデルマウスを用いた認知機能試験
治療介入28日後にY迷路試験及び受動的回避試験を行ったところ、LIPUS群で有意に認知機能の低下を抑制した(
図26A、
図26B)(Sham;n=12-16、BCAS;n=13-17)(*P<0.05、**P<0.005;二元配置ANOVA、多重t検定)。全ての結果は平均値±標準誤差で表記した。また、この効果は術後3か月まで維持された(P<0.05)。
【0074】
3-1-3 VaDモデルマウスを用いた超音波治療による影響の生化学的分析
超音波治療により血管新生・オリゴデンドロサイト前駆細胞関連遺伝子の有意な発現亢進を認めた(Olig2;P<0.05、eNOS;P<0.05、CXCR4;P<0.05、FGF2;P<0.05)。またウェスタンブロッティングによる解析では血管新生分子を中心に有意な発現の亢進を認める(eNOS;P<0.05、CXCR4;P<0.05、FGF2;P<0.005、VEGF;P<0.05)とともに、神経栄養因子の有意な発現の亢進も認めた(BDNF;P<0.05、NGF;P<0.05)。ここで、Olig2はオリゴデンドロサイト転写因子2、eNOSは内皮型一酸化窒素合成酵素、CXCR4はCXCケモカイン受容体4、FGF2は線維芽細胞成長因子2、VEGFは血管内皮増殖因子、BDNFは脳由来神経栄養因子、NGFは神経成長因子である。
【0075】
3-1-4 VaDモデルマウスを用いた超音波治療による影響の組織学的分析
超音波治療によって白質障害が低減し(P<0.05)、血管新生・オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖が促進された(それぞれP<0.05)。また、幼若な神経細胞が増加した(P<0.05)。
【0076】
3-2 ADモデルマウスを用いた検討
ADモデルとして5XFAD遺伝子改変マウスを用いて、ADに対する有効性・安全性を確認した。評価方法はVaDモデルに準じて行った。LIPUS群(治療群)もしくはControl群(非治療群)に振り分け、脳全体にLIPUSが照射されるよう設定し、
図27に示すスケジュールで治療介入を行った。LIPUS治療後は、術後28日まで経過を観察し、脳血流の測定や認知行動試験を行った。また、全脳組織を用いてRNA-sequenceやBio-plexによる網羅解析を足掛かりとした生化学的分析、組織免疫染色による評価を行った。
【0077】
3-2-1 ADモデルマウスを用いた脳血流の経時的変化の解析
初回治療から3か月の時点で、LIPUS群において脳全体での血流が有意に保持された(
図28)(各群n=14)(*P<0.05、t検定)。全ての結果は平均値±標準誤差で表記した。
【0078】
3-2-2 ADモデルマウスを用いた認知機能試験
治療介入後、Y迷路試験を行ったところ、初回治療から3か月後にLIPUS群で有意に認知機能低下を抑制した(
図29)(各群n=18)(***P<0.0005、t検定)。全ての結果は平均値±標準誤差で表記した。
【0079】
3-2-3 ADモデルマウスを用いた超音波治療による影響の生化学的分析(神経栄養因子)
LIPUS群で有意にeNOSや神経栄養因子の発現が亢進した(eNOS;P<0.05、BDNF;P<0.05、NGF;P<0.05)とともに、アミロイドβ(42)が低下した(P<0.05)。
【0080】
3-2-4 ADモデルマウスを用いた超音波治療による影響の生化学的分析(アミロイドβ)
超音波治療によって脳全体におけるアミロイドβ(42)の蓄積が有意に減少した(P<0.05)。また、ミクログリオーシスが有意に減少(P<0.05)するとともに血管新生が促進される傾向を認めた(P=0.19)。
【0081】
実施例4 機器の使用方法を裏付ける試験
4-1 至適な周波数条件の検討
ヒト側頭骨(治療機器外挿予定部位)を用いた超音波の透過性評価において、透過率は周波数が低いほど高値であった(y=-0.098x+0.59、頭蓋骨2cmでの予想透過率 60.6%;0.5MHz、y=-0.098x+0.78、頭蓋骨2cmでの予想透過率 41.6%;1.0MHz)(
図19)。また、集束超音波の報告ではあるが、周波数とメカニカルインデックス(MI)、サーマルインデックス(TI)の関係について示されており、有効性の見られたマウスによる基礎的検討での99mW/cm
2の条件に近く、脳内でキャビテーションが発生しない条件(MI値0.25;よりワーストケースでの水中におけるキャビテーション発生条件MI値=1.0の4分の1)かつ過度な温度上昇をしない(TIが2℃以上上昇しない)条件周波数は0.5MHz周辺であった。さらに、ヒト臍帯静脈内皮細胞を用いたin vitro実験において、0.5MHzの周波数においてもVEGFの発現の亢進を認めた(P<0.05)(
図30)。以上のことから、透過性、安全性を考慮すると0.5MHzが最適であると考えられる。
【0082】
4-2 至適なDuty比の検討
ヒト臍帯静脈内皮細胞を用いたin vitro実験において、周波数を0.5MHzに固定し、Duty比を1%、20%、40%と条件を変えてVEGF発現の変動を評価した。その結果、Duty比1%および40%ではVEGFの発現亢進は認めなかったが、Duty比20%において有意なVEGFの発現亢進を認めた(P<0.05)(
図3
1)。以上のことから、周波数0.5MHzにおいて、Duty比は20%付近が最適であると考えられるが、干渉波に関する安全性試算を踏まえると20%以下が望ましいことから、至適Duty比は20%(各プローブから10%)であると考えられる。
【0083】
4-3 至適な治療条件の検討
培養血管内皮細胞を用いて治療用照射条件の検討を行った。凸型振動子で設定可能な音圧である0.05-2.2MPaの範囲で、培養血管内皮細胞に超音波照射を行い、VEGF、FGF2、eNOSのmRNA発現を評価した。本品の有効性はVEGF、FGF2、eNOSの発現量に相関すると考えられ、本検討においてはこれらのmRNA発現量が対照群と比較して有意に高値である場合に有効な照射条件であると判断した。
【0084】
図32に結果を示す通り、組織振幅を0.05-0.5MPaに設定することが重要であることが示された。この音圧を脳組織で実現するためには、素子直下の音圧が0.1-1.5MPaの範囲にあることが望ましいと推定された。
【0085】
次に、患者接触部における接触温度上昇も考慮し、条件1:素子直下の音圧1.3MPa(組織振幅0.15MPa)、総Duty比5%、条件2:素子直下の音圧0.9MPa(組織振幅0.1MPa)、総Duty比10%、の二条件について、脳血管内皮細胞を用いてVEGFの発現量を評価した。その結果、条件1において、VEGFの発現量が有意に高値であったため、条件1が治療条件として望ましいと判断した。
【0086】
4-4 至適な治療時間・期間の設定
2つの異なるADモデルマウスを用いた基礎的検討において、20分x3回の治療条件において有効性を認めた。また治療期間に関しては、脳血管性認知症モデルで治療後3か月までの経過観察を行ったところ、超音波治療群で認めた認知機能低下の抑制は、術後3か月まで維持された(P<0.05)。以上のことから、20分x3回、3か月ごとの治療が妥当であると考えられる。
前述したように、認知症患者数は日本だけでも約260万人にも上り、しかもその数は増加を続けており、その新たな治療法の開発は切望されている。従って、従来の薬物治療等とは異なる新たな認知症の治療方法を提供することができる本発明は、非常に有用なものである。