(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024039091
(43)【公開日】2024-03-22
(54)【発明の名称】音響特性計測方法および装置
(51)【国際特許分類】
G01N 29/46 20060101AFI20240314BHJP
【FI】
G01N29/46
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022143377
(22)【出願日】2022-09-09
(71)【出願人】
【識別番号】000006714
【氏名又は名称】横浜ゴム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100089875
【弁理士】
【氏名又は名称】野田 茂
(72)【発明者】
【氏名】田所 眞人
【テーマコード(参考)】
2G047
【Fターム(参考)】
2G047AA05
2G047AB04
2G047BA03
2G047BB06
2G047BC04
2G047EA15
2G047GD02
2G047GF05
2G047GF21
2G047GG12
2G047GG23
2G047GG33
(57)【要約】 (修正有)
【課題】低周波域の音波でもスペースを大きくすることなく正確な音響特性計測が可能となる音響特性計測方法を提供する。
【解決手段】送信部が、媒質内に基準体がある状態と前記試験体がある状態とで音波をそれぞれ放射し、受信部が、基準体がある状態で検知した音波に基づいて周波数領域の第1測定データを取得し、試験体がある状態で検知した音波に基づいて周波数領域の第2測定データを取得し、データ処理部が、第1測定データと第2測定データとを第1時間領域データと第2時間領域データとにそれぞれ変換し、第1時間領域データおよび第2時間領域データから、送信部から基準体を介して受信部に到達した間接波を示す第1間接波データおよび第2間接波データをそれぞれ抽出し、第1間接波データと第2間接波データとを周波数領域の基準体データと試験体データとにそれぞれ変換し、基準体データおよび試験体データに基づいて試験体の音響特性を算出する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
媒質内における試験体の音響特性を音波を用いて計測する方法であって、
送信部が、前記媒質内に基準体がある状態と前記試験体がある状態とで音波をそれぞれ放射し、
受信部が、前記基準体がある状態で検知した音波に基づいて周波数領域の第1測定データを取得し、前記試験体がある状態で検知した音波に基づいて周波数領域の第2測定データを取得し、
データ処理部が、
前記第1測定データと前記第2測定データとを第1時間領域データと第2時間領域データとにそれぞれ変換し、
前記第1時間領域データおよび前記第2時間領域データから、前記送信部から前記基準体を介して前記受信部に到達した間接波を示す第1間接波データおよび第2間接波データをそれぞれ抽出し、
前記第1間接波データと前記第2間接波データとを周波数領域の基準体データと試験体データとにそれぞれ変換し、
前記基準体データおよび前記試験体データに基づいて前記試験体の音響特性を算出する、
ことを特徴とする音響特性計測方法。
【請求項2】
前記送信部から放射される音波は連続波であり、その周波数が所定範囲の最小周波数から最大周波数まで所定の周波数ステップで掃引されることを特徴とする請求項1に記載の音響特性計測方法。
【請求項3】
前記基準体および前記試験体の設置位置から前記送信部および前記受信部までの距離をRとし、前記試験体および前記基準体の最大寸法をD、前記音波の前記最大周波数での波長をλ
maxとすれば、前記距離Rは以下の式:
【数1】
を満足することを特徴とする請求項2に記載の音響特性計測方法。
【請求項4】
前記基準体および前記試験体の設置位置から前記送信部および前記受信部までの距離の分解能をΔR、有効レンジをR
aliasとし、前記媒質の音速をc、測定する周波数点数をN、前記音波の帯域幅をBとすれば、前記距離分解能ΔRおよび有効レンジR
aliasは、以下の式:
【数2】
を満足することを特徴とする請求項2に記載の音響特性計測方法。
【請求項5】
前記送信部の送波器から放射された前記音波が前記基準体および前記試験体の設置位置へ所定の入射角で入射し、前記基準体あるいは前記試験体の反射面での前記音波の反射波が前記受信部の受波器に入射するように配置され、前記入射角が0°より大きく、前記送波器および前記受波器が前記基準体および前記試験体の設置位置から等距離に位置する、ことを特徴とする請求項1-4のいずれか1項に記載の音響特性計測方法。
【請求項6】
前記データ処理部は、前記基準体データと前記試験体データとの差分を用いて前記試験体の音響特性を算出することを特徴とする請求項1-4のいずれか1項に記載の音響特性計測方法。
【請求項7】
媒質内における試験体の音響特性を音波を用いて計測する装置であって、
前記媒質内に基準体のある状態と試験体のある状態とで音波をそれぞれ放射する送信部と、
前記基準体のある状態で検知した音波に基づいて周波数領域の第1測定データを取得し、前記試験体のある状態で検知した音波に基づいて周波数領域の第2測定データを取得する受信部と、
前記第1測定データと前記第2測定データとを用いて前記試験体の音響特性を算出する データ処理部と、
を有し、前記データ処理部が、
前記第1測定データと前記第2測定データとを第1時間領域データと第2時間領域データとにそれぞれ変換し、
前記第1時間領域データおよび前記第2時間領域データから、前記送信部から前記基準体を介して前記受信部に到達した間接波を示す第1間接波データおよび第2間接波データをそれぞれ抽出し、
前記第1間接波データと前記第2間接波データとを周波数領域の基準体データと試験体データとにそれぞれ変換し、
前記基準体データおよび前記試験体データに基づいて前記試験体の音響特性を算出する、
ことを特徴とする音響特性計測装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は媒質内に配置された音響材料の音響特性計測技術に関する。
【背景技術】
【0002】
音響材料の設計および開発において、媒質中に配置された材料の音響特性(反射率、透過率、音速、損失等)の測定は不可欠である。このような音響特性の測定技術の一例が特許文献1に開示されている。特許文献1によれば、被測定物が存在する状態と存在しない状態の各々において、音波を被測定物へ放射してそれぞれの周波数特性を計測する。続いて、存在する状態での周波数特性が存在しない状態での周波数特性を基準に正規化される。正規化された周波数特性が時間領域に変換され、時間領域データの波形からノイズが検出される。こうして検出されたノイズを除去することで真値の時間領域データおよび周波数領域データを取得することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、音波が被測定物に垂直に入射するのではなく、入射角θ(>0°)で入射し、その反射波を測定する場合、次に述べるように測定システムが大規模となり実現が困難になるという問題が生じ得る。
【0005】
被測定物を中心とする半径Rの円周上に送波器TXと受波器RXとが配置され、送波器TXから放射された音波が被測定物に入射角θで入射し、被測定物で反射した音波が受波器RXに到達するものとする。この場合、受波器RXに到達する音波には、被測定物で反射した音波(以下、間接波という。)だけでなく、送波器TXから媒質を通して直接到達する直接波も存在する。直接波は被測定物の情報を持たないために、測定システムは到達した音波から直接波を除去する必要がある。以下、具体的に説明する。
【0006】
一例として、送信波としてパルス波(山数N個の正弦波)を用いる場合、先端と後端の山では信号の歪が顕著になるために、通常、N≧3に設定される。その場合、直接波と被測定物を経由する間接波を時間的に分離するためには次式(1)の条件が必要である。
【0007】
【0008】
ここで、Lindirectは間接波の経路長、Ldirectは直接波の経路長、λは音波の波長である。被測定物と送波器TXおよび受波器RXとの距離R=2[m]、入射角θ=45°とすれば、N=3では波長λ<0.3905[m]となる。すなわち、音波は周波数f>3.8kHzの高周波域でなければ、直接波と間接波を区別できない、したがって被測定物の特性を正しく計測できないことが分かる。低周波数f=1kHzで測定しようとすれば、R>7.7[m]となり、大きなスペースを必要とする。このように低周波数で音響特性を計測をしようとすれば、ますます大きなスペースが必要となり、実現が困難になる。
【0009】
本発明は上記事情に鑑み案出されたものであり、本発明の目的は、低周波域の音波でもスペースを大きくすることなく正確な音響特性計測が可能となる音響特性計測方法および装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するため本発明の一実施形態は、媒質内における試験体の音響特性を音波を用いて計測する方法であって、送信部が、前記媒質内に基準体がある状態と前記試験体がある状態とで音波をそれぞれ放射し、受信部が、前記基準体がある状態で検知した音波に基づいて周波数領域の第1測定データを取得し、前記試験体がある状態で検知した音波に基づいて周波数領域の第2測定データを取得し、データ処理部が、前記第1測定データと前記第2測定データとを第1時間領域データと第2時間領域データとにそれぞれ変換し、前記第1時間領域データおよび前記第2時間領域データから、前記送信部から前記基準体を介して前記受信部に到達した間接波を示す第1間接波データおよび第2間接波データをそれぞれ抽出し、前記第1間接波データと前記第2間接波データとを周波数領域の基準体特性データと試験体特性データとにそれぞれ変換し、前記基準体データおよび前記試験体データに基づいて前記試験体の音響特性を算出する、ことを特徴とする。
本発明の一態様によれば、前記送信部から放射される音波は連続波であり、その周波数が所定範囲の最小周波数から最大周波数まで所定の周波数ステップで掃引され得る。
本発明の一態様によれば、前記基準体および前記試験体の設置位置から前記送信部および前記受信部までの距離をRとし、前記試験体および前記基準体の最大寸法をD、前記音波の前記最大周波数での波長をλmaxとすれば、前記距離Rは以下の式:
【0011】
【数2】
を満足し得る。
本発明の一態様によれば、前記基準体および前記試験体の設置位置から前記送信部および前記受信部までの距離の分解能をΔR、有効レンジをR
aliasとし、前記媒質の音速をc、測定する周波数点数をN、前記音波の帯域幅をBとすれば、前記距離分解能ΔRおよび有効レンジR
aliasは、以下の式:
【0012】
【数3】
を満足し得る。
本発明の一態様によれば、前記送信部の送波器から放射された前記音波が前記基準体および前記試験体の設置位置へ所定の入射角で入射し、前記基準体あるいは前記試験体の反射面での前記音波の反射波が前記受信部の受波器に入射するように配置され、前記入射角が0°より大きく、前記送波器および前記受波器が前記基準体および前記試験体の設置位置から等距離に位置することができる。
本発明の一態様によれば、 前記データ処理部は、前記基準体データと前記試験体データとの差分を用いて前記試験体の音響特性を算出することができる。
前記目的を達成するため本発明の他の実施形態は、媒質内における試験体の音響特性を音波を用いて計測する装置であって、前記媒質内に基準体のある状態と試験体のある状態とで音波をそれぞれ放射する送信部と、前記基準体のある状態で検知した音波に基づいて周波数領域の第1測定データを取得し、前記試験体のある状態で検知した音波に基づいて周波数領域の第2測定データを取得する受信部と、前記第1測定データと前記第2測定データとを用いて前記試験体の音響特性を算出する データ処理部と、を有し、前記データ処理部が、前記第1測定データと前記第2測定データとを第1時間領域データと第2時間領域データとにそれぞれ変換し、前記第1時間領域データおよび前記第2時間領域データから、前記送信部から前記基準体を介して前記受信部に到達した間接波を示す第1間接波データおよび第2間接波データをそれぞれ抽出し、前記第1間接波データと前記第2間接波データとを周波数領域の基準体データと試験体データとにそれぞれ変換し、前記基準体データおよび前記試験体データに基づいて前記試験体の音響特性を算出する、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の実施形態によれば、時間領域の測定データから窓関数により間接波の部分だけを抽出し、基準体の間接波データと試験体の間接波データをそれぞれ周波数領域に変換し、周波数領域の基準体データと試験体データとから試験体の音響特性を算出する。間接波だけを抽出することで、低周波域の音波でもスペースを大きくすることなく正確な音響特性計測が可能となる。
低周波域の音波でもスペースを大きくすることなく正確な音響特性計測が可能となる。
本発明の一態様によれば、連続波の周波数を所定範囲内で所定の周波数ステップで掃引することで被測定物の周波数毎の特性を一度の掃引で取得できる。
本発明の一態様によれば、治具の大きさ、すなわち被測定物から送信部および受信部までの距離Rに制限がある場合でも、Dおよび/またはλを調整することにより治具の大きさを制限内に収めることができる。
本発明の一態様によれば、帯域幅Bが広いほど分解能ΔRは小さくなり、直接波と間接波との分離に有利となる。また有効レンジRaliasは周波数点数Nに比例して大きくなるので信号分離に有利となる。
本発明の一態様によれば、音波が被測定物の反射面に対して斜めに入射する場合でもスペースを大きくすることなく正確な音響特性計測が可能となる。
本発明の一態様によれば、 基準体データと試験体データとの差分を用いて試験体の音響特性を算出するので、マルチパスに起因するノイズを除去することができ、低周波域の音波でもスペースを大きくすることなく正確な音響特性計測が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態による音響特性計測方法を実現するシステムの概略的構成を例示する模式図である。
【
図2】本実施形態における音波の周波数掃引の一例を示すグラフである。
【
図3】本実施形態による音響特性計測装置の一例を示すブロック図である。
【
図4】本実施形態による音響特性計測装置の機能構成を例示するブロック図である。
【
図5】本実施形態による音響特性計測方法の一例を示すフローチャートである。
【
図6】本実施形態における基準体FDR処理の流れを説明するための模式図である。
【
図7】本実施形態における試験体FDR処理の流れを説明するための模式図である。
【
図8】本実施形態における基準体および試験体特性データから音響特性を算出する一例を説明するための模式図である。
【
図9】本実施形態における基準体測定データおよび試験体測定データの周波数に帯する受波レベルを示すグラフである。
【
図10】窓関数を適用しない場合のFDR測定結果に基づく反射低減量の周波数特性を示すグラフである。
【
図11】本実施形態による窓関数を適用した場合のFDR測定結果に基づく反射低減量の周波数特性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して詳細に説明する。ただし、以下の実施形態に記載されている構成要素は単なる例示であって、本発明の技術範囲をそれらのみに限定する趣旨ではない。
【0016】
1.システム構成
図1に例示するように、被測定物11、送波器TXおよび受波器RXは媒質10内に所定の位置関係で設置される。以下、送波器TXおよび受波器RXの長手方向をZ軸方向とし、音波はXY平面内の方向に伝播するものとする。また、
図1に、被測定物11、送波器TXおよび受波器RXのZ軸方向からみた位置関係を併記する。
【0017】
媒質10は音が伝播する液体あるいは気体などの流体である。被測定物11は媒質10内の所定位置に設置される。被測定物11は、たとえば音波を反射する板状の物質であり、以下に詳述する基準体あるいは試験体である。送波器TXは電気信号に従って媒質10中に被測定物11へ向けて平面波を放射する。受波器RXは媒質10を通して到達した音波を電気信号に変換する。
【0018】
Z軸方向から見た位置関係に示すように、送波器TXおよび受波器RXは被測定物11の設置位置から半径Rの円周上に位置し、共に被測定物11の法線12を中心として互いに反対方向に角度θだけ傾いた位置にあるものとする。言い換えれば、送波器TXおよび受波器RXと被測定物11とは、送波器TXからの平面波が被測定物11の法線12に対して入射角θで入射し、その反射波が受波器RXに到達するように配置されている。以下、被測定物11で反射して受波器RXに到達した音波を間接波、送波器TXから受波器RXに直接到達した音波を直接波という。
図1において、間接波の経路がL1、直接波の経路がL2である。L1とL2との距離差ΔLは上述した式(1)で求められ、従って直接波と間接波との受波器RXでの到達時間差を算出できる。
【0019】
本実施形態による音響特性計測装置は、送波器TXおよび受波器RXと、周波数分析器20と、音響特性計測器100とを有する。ここでは、送信部が周波数分析器20,パワーアンプ21,分配器22、減衰器23および送波器TXからなり、受信部が周波数分析器20、音圧計24および受波器RXからなるものとする。
【0020】
周波数分析器20の発振信号端子OSCから出力された発振信号はパワーアンプ21で増幅され、分配器22を通して送波器TXへ供給される。発振信号の一部は分配器22から減衰器23を通して周波数分析器20のチャンネルCH1に戻され、これにより音波の送波タイミングを識別できる。送波器TXから放射された音波は媒質10中を伝播し、一部は受波器RXに直接到達し、一部は媒質10の容器の壁あるいは被測定物11で反射して受波器RXに到達する。受波器RXおよび音圧計24は到達波を電気信号に変換して周波数分析器20のチャンネルCH2に出力する。
【0021】
周波数分析器20は、被測定物11を配置した状態での受波器RXへの到達波を分析し、周波数領域の測定データとして音響特性計測器100へ出力する。なお、送波器TXから放射される音波は連続波であり、その送波タイミング、周波数および振幅は音響特性計測器100により制御されるものとする。
【0022】
図2に例示するように、送波器TXから放射される音波の周波数は、所定時間間隔t毎に所定の周波数ステップΔfで掃引される。周波数は最小周波数f
minと最大周波数f
maxとの間で掃引される。
【0023】
なお、送波器TXおよび受波器RXと被測定物11との間の距離Rは可能な限り下式(2)の遠方界基準を満足することが望ましい。
【0024】
【0025】
ここで、Dは被測定物11の最大寸法、λは最大周波数fmaxでの波長である。上記式(2)は被測定物11上での位相の変動がπ/8以下となる基準から導出される。例えば治具の大きさ等に制約がある場合(Rに制約がある場合)には、Dおよび/またはλで調整することができる。
【0026】
また、周波数と距離分解能ΔRおよび有効レンジRaliasとの関係は媒質10の音速c、周波数点数N、帯域幅Bにより下式(3)で得られる。
【0027】
【0028】
したがって、帯域幅Bが広いほど分解能ΔRは小さくなり、直接波と間接波との分離に有利となる。有効レンジRaliasは周波数点数Nに比例して大きくなり信号分離に有利となる。これらは所要の条件を満足する値に設定すれば良い。
【0029】
以下詳述するように、本実施形態によれば、被測定物11として基準体を設置した状態と試験体を設置した状態とでそれぞれの周波数領域の測定データを取得する。これらの測定データを用いて音響特性計測器100は試験体の音響特性を算出する。
【0030】
2.音響特性計測方法
図3に例示するように、音響特性計測器100はコンピュータからなり、プロセッサあるいはCPU等のデータ処理部101と、記憶部102と、表示部103と、プログラムを格納するメモリ104と、を含む。データ処理部101は、メモリ104からプログラムを実行することで、周波数分析器20の音波周波数を制御する周波数制御部200、逆フーリエ変換(IFFT)部201、窓関数Wを適用する目標応答領域抽出部202、フーリエ変換(FFT)部203、および音響特性演算部204の各機能を実現する。記憶部102は、周波数分析器20から入力した周波数領域の測定データ、逆フーリエ変換により得られた時間領域データ、窓関数Wおよびフーリエ変換により得られた周波数領域の基準体データおよび試験体データを記憶する。
【0031】
図4は、
図3に示す音響特性計測器100の機能構成を模式的に示したものである。以下、
図4~
図8を参照しながら、本実施形態による音響特性計測方法について詳細に説明する。なお、基準体を設置した状態で得られたデータには添え字「ref」を付加し、試験体を設置した状態で得られたデータには添え字「tp」を付加して区別するものとする。
【0032】
2.1)基準体計測
まず、媒質10内の所定位置に被測定物11として基準体を設置する。基準体は所定サイズの板形状を有する所定の材料からなる。基準体は、たとえばステンレス製の板である。
【0033】
図5のステップ301において、データ処理部101は、周波数制御部200により周波数分析器20を制御して送波器TXから放射される音波の周波数fを上述したように所定ステップΔfで掃引する。これによりデータ処理部101は、周波数分析器20から基準体を設置した状態での周波数領域の受波レベルを基準体測定データD1
refとして入力する。周波数毎の受波レベルを示す基準体測定データD1
refの一例が
図6に示される。
【0034】
図5のステップ302において、データ処理部101は、逆フーリエ変換部201により基準体測定データD1
refを逆フーリエ変換して時間領域の測定データD2
refを生成する。時間領域の測定データD2
refの一例を
図6に示す。
【0035】
図6に例示するように、時間領域の測定データD2
refにおいて、送波時点から時間t1
ref経過時にピークP1
refが現れ、続いて時間t2
ref経過時にピークP2
refが現れ、さらに時間が経過したときに複数の小さなピークが現れる。媒質10内の音速cは一定であるから、受波器RXに到達するまでに経過時間は到達波の経路長を反映している。したがって最も早い経過時間t1
refは直接波の到達を示し、経過時間t2
refは間接波の到達を示していると考えられる。さらに後続する複数のピークは、容器壁などで反射して受波器RXに到達したマルチパスを示していると考えられる。
【0036】
そこで、本実施形態によれば、t2ref経過時のピークP2refの前後所定範囲を間接波を示すデータとして抽出する。この間接波は基準体で反射した音波であるから、基準体の音響特性を反映している。
【0037】
図5のステップ303において、データ処理部101は、目標応答領域抽出部202により所定窓幅Wを有する窓関数を時点t2
refの測定データD2
refに適用し、間接波データD3
refを抽出する。窓関数の幅WはピークP2
refを含む振幅の山だけを覆う時間長に適宜設定される。間接波データD3
refの一例を
図6に示す。
図6に示すように、窓関数が適用されることで、測定データD2
refのピークP2
refを含む間接波データD3
refだけが抽出され、他のピーク波形部分は除去される。すなわち、基準体の情報が含まれる間接波データD3
refだけが抽出され、フーリエ変換部203へ出力される。
【0038】
図5のステップ304において、データ処理部101は、フーリエ変換部203により時間領域の間接波データD3
refを周波数領域のデータへ変換し、基準体データD4
refとして記憶部102に格納する。基準体データD4
refの一例を
図6に示す。
【0039】
2.2)試験体計測
続いて、媒質10内の所定位置に被測定物11として試験体を設置する。試験体は、基準体とは異なる材料で形成されたサンプルである。たとえば基準体がステンレス板であれば、試験体はセラミック材料からなる。試験体を設置した状態で、上述したステップ301~304と同じ処理が実行される。
【0040】
図5のステップ305において、データ処理部101は、周波数制御部200により周波数分析器20を制御して送波器TXから放射される音波の周波数fを上述したように所定ステップΔfで掃引する。これによりデータ処理部101は、周波数分析器20から試験体を設置した状態での周波数領域の受波レベルを基準体測定データD1
tpとして入力する。周波数毎の受波レベルを示す基準体測定データD1
tpの一例が
図7に示される。
【0041】
図5のステップ306において、データ処理部101は、逆フーリエ変換部201により試験体測定データD1
tpを逆フーリエ変換して時間領域の測定データD2
tpを生成する。時間領域の測定データD2
tpの一例を
図7に示す。
【0042】
図7に例示するように、時間領域の測定データD2
tpにおいて、送波時点から時間t1
tp経過時にピークP1
tpが現れ、続いて時間t2
tp経過時にピークP2
tpが現れ、さらに時間が経過したときに複数の小さなピークが現れる。上述したように、最も早い経過時間t1
tpは直接波の到達を示し、経過時間t2
tpは間接波の到達を示していると考えられる。さらに後続する複数のピークは、容器壁などで反射して受波器RXに到達したマルチパスを示していると考えられる。
【0043】
図5のステップ307において、データ処理部101は、目標応答領域抽出部202により上述した窓関数を時点t2
tpの測定データD2
tpに適用し、間接波データD
fpを抽出する。間接波データD3
tpの一例を
図7に示す。
図7に示すように、窓関数が適用されることで、測定データD2
tpのピークP2
tpを含む間接波データD3
tpだけが抽出され、他のピーク波形部分は除去される。すなわち、試験体の情報が含まれる間接波データD3
tpだけが抽出され、フーリエ変換部203へ出力される。
【0044】
図5のステップ308において、データ処理部101は、フーリエ変換部203により時間領域の間接波データD3
tpを周波数領域のデータへ変換し、試験体データD4
tpとして記憶部102に格納する。試験体データD4
tpの一例を
図7に示す。
【0045】
2.3)試験体音響特性の算出
図5のステップ309において、データ処理部101は、記憶部102に格納された基準体データD4
refと試験体データD4
tpとの差分を用いて、基準体データD4
refを基準とした試験体の音響特性(反射低減量ER、反射位相等)を算出する(
図8参照)。基準体データD4
refと試験体データD4
tpとの差分を用いることで、容器や治具に起因するノイズを除去することができ、試験体の正確な音響特性を取得できる。こうして得られた試験体の音響特性は表示部103に表示可能である。
【0046】
3.測定例
図1に示すシステム構成において、連続波を使用して反射低減量ERを測定した。測定条件は以下の通りである。
・周波数
低周波:1~20kHz(Δf=50Hzステップ)…N=381点
高周波:20~80kHz(Δf=50Hzステップ)…N=1201点
合計N=1582点で20kHzは両方に含まれる。
・入射角θ=+45°
・基準体(ref):50mmtSUS板
・試験体(tp):SSA(2019-044K)
【0047】
図9は、周波数分析器20から出力される周波数領域の基準体測定データD1
refおよび試験体測定データD1
tpを示す。
【0048】
図10は、基準体測定データD1
refおよび試験体測定データD1
tpから単純にD1
tp/D1
refを計算し、窓関数を適用せずに反射減衰量ERを求めた結果である。この場合、直接波が存在するために、標準手順で測定したデータ(白丸)とFDR測定結果(実線)とが全く異っている。なお、標準手順は、パルス波(原則3波以上)を用いた以下の手順である。
(1)基準体を取り付ける。
(2)周波数を設定する。
(3)オシロスコープで確認しながらパルス波の山数を設定する。
(4)オシロスコープで受波レベルを読み取り記録する。
(5)適当なゼロクロスポイントから受波時間を読み取り記録する。
(6)周波数を設定しながら、上記(3)~(5)を繰り返す。
(7)基準体を取り外し試験体を取り付ける。
(8)設定パラメータ等を基準体の場合と同様にして、上記(2)~(6)を繰り返す。
(9)基準体のデータを基準として試験体の特性データ(主として反射減衰量)を取得する。
【0049】
これに対して、
図11は窓関数により間接波のみを抽出して反射減衰量ERを求めた結果である。窓関数により直接波やマルチパスの影響が除去されるために、低周波数から高周波数までの広い範囲で標準手順で測定したデータ(白丸)と本実施形態による測定結果(実線)とがよく一致している。
【0050】
4.効果
以上述べたように、本実施形態によれば、時間領域の測定データから窓関数により間接波の部分だけを抽出し、基準体の間接波データと試験体の間接波データをそれぞれ周波数領域に変換し、周波数領域の基準体特性データと試験体特性データとの差分から試験体の音響特性を算出する。間接波だけを抽出することで、直接波やマルチパスに起因するノイズを除去することができ、低周波域の音波でもスペースを大きくすることなく正確な音響特性計測が可能となる。
【0051】
また音響特性計測器100が周波数分析器20を制御して音波の周波数を掃引し、その時の測定データから自動で試験体の音響特性を計測可能である。したがって、従来のように周波数毎に受波レベルをオシロスコープで読み取る必要がなく、測定作業の自動化が容易になる。即ち、短時間で高密度なデータ取得が可能である他、オシロスコープ読取りでの属人性を排除でき、再現性のあるデータを取得できる。また従来の手法で複素反射係数を得るためには受波レベルと音波の到来時間をそれぞれ別に読み取る必要があったが、本実施形態による方法では振幅と位相を一括して得ることができる。
【符号の説明】
【0052】
10 媒質
11 被測定物(基準体または試験体)
12 被測定物の反射面の法線
TX 送波器
RX 受波器
20 周波数分析器
100 音響特性計測器
101 データ処理部
102 記憶部
103 プログラムメモリ
103 表示部
200 周波数制御部
201 逆フーリエ変換部
202 目標応答領域抽出部
203 フーリエ変換部
204 音響特性演算部