(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024039451
(43)【公開日】2024-03-22
(54)【発明の名称】加工条件設定支援システム
(51)【国際特許分類】
B23Q 15/12 20060101AFI20240314BHJP
G05B 19/4155 20060101ALI20240314BHJP
G06N 7/01 20230101ALI20240314BHJP
【FI】
B23Q15/12 A
G05B19/4155 V
G06N7/00 150
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022144029
(22)【出願日】2022-09-09
(71)【出願人】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】東 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】井本 吉紀
(72)【発明者】
【氏名】小島 大
(72)【発明者】
【氏名】畑川 裕生
(72)【発明者】
【氏名】黒▲柳▼ 翔吾
【テーマコード(参考)】
3C001
3C269
【Fターム(参考)】
3C001KA07
3C001TA03
3C001TA06
3C269AB02
3C269BB03
3C269BB12
3C269EF66
3C269MN29
3C269MN40
3C269MN44
3C269QE17
(57)【要約】
【課題】安定限界線図をより高精度に表すことができるようにすることで、より適切な加工条件を決定できるようにするための加工条件設定支援システムを提供する。
【解決手段】加工条件設定支援システム1は、加工条件として取り得る切込量が複数の区間に分割されており、分割されたそれぞれの切込量区間Aa1~Aa4に対応する安定限界線
図SD1~SD4であって、工具Tまたは工作物Wの回転速度とびびりが発生しない最大切込量との関係を定義したそれぞれの安定限界線
図SD1~SD4を生成可能に安定限界線図生成部13と、生成され得る複数の安定限界線
図SD1~SD4のうち、加工条件としての評価対象切込量に対応する対象の安定限界線
図SD1~SD4を用いて、評価対象切込量、および、加工条件に含まれる評価対象回転速度の場合に、びびりが発生するか否かを判定するように構成されたびびり発生判定部14とを備える。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロセッサを備え、工具および工作物の少なくとも一方を回転させながら切削加工を行う場合において、少なくとも切込量および回転速度を含む加工条件の評価または設定を行う加工条件設定支援システムであって、
前記プロセッサは、
前記加工条件として取り得る前記切込量が複数の区間に分割されており、分割されたそれぞれの切込量区間に対応する安定限界線図であって、前記工具または前記工作物の回転速度とびびりが発生しない最大切込量との関係を定義したそれぞれの前記安定限界線図を生成可能に安定限界線図生成部と、
生成され得る複数の前記安定限界線図のうち、前記加工条件としての評価対象切込量に対応する対象の前記安定限界線図を用いて、前記評価対象切込量、および、前記加工条件に含まれる評価対象回転速度の場合に、びびりが発生するか否かを判定するように構成されたびびり発生判定部と、
を備える、加工条件設定支援システム。
【請求項2】
前記プロセッサおよび記憶装置を備え、
前記記憶装置は、
前記工具および前記工作物の少なくとも一方において加振力を付与した場合における応答変位の伝達関数であるコンプライアンス伝達関数を格納するコンプライアンス伝達関数格納部、を備え、
前記プロセッサは、さらに、
切削抵抗を切削断面積で除した値である比切削抵抗であって、分割されたそれぞれの前記切込量区間に対応する前記比切削抵抗であって、少なくとも前記切込量に基づいてそれぞれの前記比切削抵抗の推定値を出力するように構成された比切削抵抗出力部、を備え、
前記安定限界線図生成部は、前記コンプライアンス伝達関数、および、前記加工条件としての前記評価対象切込量に対応する対象の前記比切削抵抗の推定値に基づいて、前記評価対象切込量を含む前記切込量区間に対応する対象の前記安定限界線図を生成するように構成され、
前記びびり発生判定部は、前記安定限界線図生成部により生成された対象の前記安定限界線図を用いて、びびりが発生するか否かを判定するように構成された、請求項1に記載の加工条件設定支援システム。
【請求項3】
前記記憶装置は、さらに、
知識モデルを格納する知識モデル格納部、を備え、
前記知識モデルは、少なくとも前記加工条件のうちの前記切込量、前記工具の諸元および前記工作物の諸元を親因子とし、比切削抵抗を子因子とし、前記親因子の因子値を条件とした場合に前記子因子の因子値に該当する確率が定義された条件付確率表を含んで構成されており、
前記比切削抵抗出力部は、前記親因子の因子値を取得した場合に、前記条件付確率表を用いて順方向の確率推論を行うことにより、前記子因子としての前記比切削抵抗の推定値を出力するように構成された、請求項2に記載の加工条件設定支援システム。
【請求項4】
前記条件付確率表は、前記親因子としての前記切込量を、分割されたそれぞれの前記切込量区間に離散化されており、
それぞれの前記切込量区間は、前記切込量に対する前記比切削抵抗の変化が小さい範囲において広く設定され、前記切込量に対する前記比切削抵抗の変化が大きい範囲において狭く設定される、請求項3に記載の加工条件設定支援システム。
【請求項5】
前記比切削抵抗の変化は、前記切込量が小さいほど大きくなり、前記切込量が大きいほど小さくなり、
それぞれの前記切込量区間は、前記切込量が小さいほど広く設定され、前記切込量が大きいほど狭く設定される、請求項4に記載の加工条件設定支援システム。
【請求項6】
前記切削加工において生じる切削抵抗は、主分力、背分力、および、送り分力により表され、
前記比切削抵抗は、前記切削抵抗を構成する前記背分力を切削断面積で除した値に相当する、請求項3に記載の加工条件設定支援システム。
【請求項7】
前記記憶装置は、さらに、前記条件付確率表を決定するために予め設定された事前分布のパラメータを格納する事前分布格納部を備え、
前記プロセッサは、さらに、
実際の前記切削加工または前記切削加工のシミュレーションが実施されることにより得られる観測データであって、前記親因子の因子値および前記子因子の因子値についての前記観測データを取得するように構成された観測データ取得部と、
前記事前分布のパラメータおよび前記観測データに基づいてベイズ推定を用いて事後分布を算出し、前記事後分布の期待値を各要素値とする前記条件付確率表を生成するように構成された条件付確率表生成部と、
を備え、
前記知識モデル格納部は、前記条件付確率表生成部により生成された前記条件付確率表により構成された前記知識モデルを格納する、請求項3に記載の加工条件設定支援システム。
【請求項8】
前記記憶装置は、さらに、前記ベイズ推定において前記観測データに対する前記事前分布のパラメータの影響割合を表す重みを格納する重み格納部を備え、
前記条件付確率表生成部は、前記観測データおよび前記重みを加味した前記事前分布のパラメータに基づいて前記ベイズ推定を用いて前記事後分布を算出し、前記事後分布の期待値を各要素値とする前記条件付確率表を生成するように構成された、請求項7に記載の加工条件設定支援システム。
【請求項9】
前記プロセッサは、さらに、
前記安定限界線図を用いて前記加工条件の推奨値を決定する推奨条件決定部と、
前記推奨条件決定部により決定された前記加工条件の前記推奨値を教示する教示部と、
を備える、請求項1~8のいずれか1項に記載の加工条件設定支援システム。
【請求項10】
さらに、前記プロセッサと通信可能に構成され、または、前記プロセッサを組み込んで構成された加工装置を備え、
前記加工装置は、前記教示部により教示された前記加工条件の前記推奨値を取得し、取得した前記加工条件の前記推奨値を適用した前記切削加工を行うように構成される、請求項9に記載の加工条件設定支援システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加工条件設定支援システムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1,2には、切削加工において、びびり(びびり振動とも称する)が発生することを抑制するために、工具または工作物の回転速度とびびりが発生しない最大切込量との関係を定義した安定限界線図を用いて、加工条件を決定することが記載されている。特許文献1,2において、安定限界線図は、工具や工作物などの質量(M)、減衰係数(C)、剛性(K)により表される動特性と、比切削抵抗とを用いて生成される。比切削抵抗とは、切削抵抗を切削断面積で除した値、すなわち、単位断面積当たりの切削抵抗である。
【0003】
また、加工装置における加工条件を決定するために、熟練者の知識をデータベース化し、当該データベースを活用することが知られている。例えば、特許文献3には、データベース化された知識モデルについて記載されている。知識モデルは、種々の技術用語により定義された複数の因子と、因子同士の関係とにより構成されたモデルである。そして、知識モデルを用いて、加工条件の最適化を図ることができるとされている。
【0004】
特許文献4には、知識モデルにおける因子同士の関係を定義する際に、機械学習を適用することが記載されている。特に、因子同士の関係を定義する手段として、基準因子のランク値と接続対象の因子のランク値との対応関係(ランク-ランク関係)を定義する手段や、基準因子のランク値と接続対象の因子のレンジ値との対応関係(ランク-レンジ関係)を定義する手段が記載されている。さらに、基準因子が複数の因子と関係性を有する場合には、寄与度を設定することにより、複数の因子が基準因子に及ぼす影響度を決定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第5862111号公報
【特許文献2】特開2012-200844号公報
【特許文献3】特開2020-177547号公報
【特許文献4】特開2021-071856号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
安定限界線図は、工具または工作物の回転速度とびびりが発生しない最大切込量との関係を表している。安定限界線図を用いた加工条件の決定は、例えば、以下のように行われる。切削効率を高めるための加工条件を決定する場合には、切込量を大きくすることが1つの手段である。この場合、安定限界線図における最大切込量が大きな値を示す回転速度を選定し、安定限界線図において当該回転速度に対応する最大切込量よりも小さな切込量を設定する。このようにすることで、決定された加工条件としての回転速度および切込量が、安定限界線図における安定領域での加工となり、びびりが発生することを抑制できる。
【0007】
しかし、安定限界線図は、回転速度と、びびりが発生しない最大切込量との関係を表しているが、その最大切込量の値そのものは、ばらつきを含んでいることが知られている。そのため、加工条件としての切込量を決定する際には、安定限界線図における最大切込量よりも十分に小さな切込量とすることが一般的であった。つまり、安定限界線図は、切込量の決定に際して、定性的に利用することができても、定量的に利用することは困難であった。このように、これまで生成していた安定限界線図を用いたびびりの発生判定は、改善の余地があった。
【0008】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであり、安定限界線図をより高精度に表すことができるようにすることで、より適切な加工条件を決定できるようにするための加工条件設定支援システムを提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は、プロセッサを備え、工具および工作物の少なくとも一方を回転させながら切削加工を行う場合において、少なくとも切込量および回転速度を含む加工条件の評価または設定を行う加工条件設定支援システムであって、
前記プロセッサは、
前記加工条件として取り得る前記切込量が複数の区間に分割されており、分割されたそれぞれの切込量区間に対応する安定限界線図であって、前記工具または前記工作物の回転速度とびびりが発生しない最大切込量との関係を定義したそれぞれの前記安定限界線図を生成可能に構成された安定限界線図生成部と、
生成され得る複数の前記安定限界線図のうち、前記加工条件としての評価対象切込量に対応する対象の前記安定限界線図を用いて、前記評価対象切込量、および、前記加工条件に含まれる評価対象回転速度の場合に、びびりが発生するか否かを判定するように構成されたびびり発生判定部と、
を備える、加工条件設定支援システムにある。
【発明の効果】
【0010】
上記態様によれば、安定限界線図生成部において、安定限界線図は、加工条件として取り得る切込量を複数に分割した場合のそれぞれの切込量区間に対応して生成可能とされている。つまり、安定限界線図は、1種ではなく、それぞれの切込量区間に対応した複数種存在することとなる。
【0011】
安定限界線図が切込量に応じて異なる態様になることを発見し、切込量と安定限界線図との関係性を見出すことにより、上記のように、安定限界線図を、分割されたそれぞれの切込量区間に対応して生成することができるようにした。従って、安定限界線図を、従来よりも高精度に表すことができる。
【0012】
そして、びびり発生判定部は、加工条件としての評価対象切込量および評価対象回転速度において、びびりが発生するか否かを判定するように構成されている。この判定には、評価対象切込量に対応する対象の安定限界線図を用いる。上述したように、安定限界線図は、分割されたそれぞれの切込量区間に対応して複数種存在する。そこで、判定には、評価対象切込量が含まれる切込量区間に対応する安定限界線図を用いる。そして、当該安定限界線図を用いて、評価対象切込量および評価対象回転速度の場合に、びびりが発生するか否かを判定する。このように、評価対象切込量に応じた安定限界線図を用いたびびり判定が行われる。従って、より適切な加工条件を決定することができるようになる。
【0013】
以上のごとく、上記態様によれば、安定限界線図をより高精度に表すことができるようにすることで、より適切な加工条件を決定できるようにするための加工条件設定支援システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施形態1における加工条件設定支援システムの構成を示す図である。
【
図3】
図1の加工条件設定支援システムを構成する管理装置の構成を示す図である。
【
図4】
図3の管理装置を構成する安定限界線図生成部により生成される安定限界線図を示す図である。
【
図5】
図3の管理装置を構成する比切削抵抗生成部の構成を示す図である。
【
図6】
図5の比切削抵抗生成部を構成する知識モデル格納部の構成を示す図である。
【
図7】
図6の知識モデル格納部の一部である条件付確率表の概念を示す図である。
【
図8】
図5の比切削抵抗生成部を構成する知識モデル生成部の構成を示す図である。
【
図9】
図8の知識モデル生成部を構成する事前分布格納部に格納された事前分布のパラメータに基づいて生成された条件付確率表である。
【
図10】
図8の知識モデル生成部を構成する条件付確率表生成部により生成される事後分布に基づいて生成された条件付確率表である。
【
図11】条件付確率表の更新の手順であって、事前分布のパラメータのみにより生成された条件付確率表の初期状態を示す。
【
図12】条件付確率表の更新の手順であって、事後分布に基づいて更新された条件付確率表が生成される過程を示す。
【
図13】条件付確率表の更新の手順であって、新たな事後分布に基づいてさらに更新された条件付確率表が生成される過程を示す。
【
図14】
図5の比切削抵抗生成部を構成する比切削抵抗出力部による順方向の確率推論を行う場合の処理を示すフローチャートである。
【
図15】
図5の比切削抵抗生成部を構成する比切削抵抗出力部による逆方向の確率推論を行う場合の処理を示すフローチャートである。
【
図16】実施形態2の加工条件設定支援システムの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(実施形態1)
1.加工条件設定支援システム1の構成
実施形態1の加工条件設定支援システム1の構成について
図1を参照して説明する。加工条件設定支援システム1は、工具Tおよび工作物Wの少なくとも一方を回転させながら工具Tにより工作物Wの切削加工を行う場合を対象として、当該切削加工に関する安定限界線図を用いて、切込量や回転速度などの加工条件の評価または設定を行う。
【0016】
特に、本形態においては、加工条件設定支援システム1は、切削加工における比切削抵抗を用いて、安定限界線図を生成する。さらに、加工条件設定支援システム1は、切削加工における比切削抵抗を推定するための知識モデルMを活用する。つまり、加工条件設定支援システム1は、切削加工の加工条件、工具Tの諸元、工作物Wの諸元に基づいて、知識モデルMを用いることにより、比切削抵抗を推定する。
【0017】
加工条件設定支援システム1は、
図1に示すように、主に管理者が操作するための管理装置2、管理者および作業者が保持する表示装置3、切削加工を行うための複数の加工装置4,5とを備えて構成される。管理装置2、表示装置3、加工装置4,5は、ネットワークを構成し、相互に通信可能に構成されている。つまり、管理装置2、表示装置3、加工装置4,5は、ネットワークを構成する機器となる。
【0018】
管理装置2は、プロセッサ2a、記憶装置2b、表示装置2c、入力装置2dを備えて構成される。プロセッサ2aは、安定限界線図の生成やびびり判定などの演算処理を行い、記憶装置2bは、機械的コンプライアンス伝達関数(以下、「コンプライアンス伝達関数」と称する)や知識モデルMなどを格納する。また、管理装置2は、加工装置4,5を管理するサーバとして機能させることもできる。加工装置4,5は、例えば、旋盤、マシニングセンタ、フライス盤、歯車加工機、ボーリング加工機などである。
【0019】
2.切削加工モデル
切削加工モデルについて
図2を参照して説明する。
図2は、旋削を例に挙げたモデルを示しており、工作物Wが中心軸Lを中心に回転し、工具Tを工作物Wの軸方向に送り操作する場合を示す。ただし、
図2に示す切削加工モデルは、切削加工一般に適用可能なモデルであって、工具Tを回転させて切削加工を行う場合にも同様に適用されるモデルである。
【0020】
図2に示すように、工具Tにより工作物Wを切削する際に、切削点Pにおいて、切削抵抗Fが生じる。切削抵抗Fは、主分力F1、背分力F2、送り分力F3により表される。
図2においては、主分力F1は、工作物Wの中心軸Lを中心とした円の接線方向の成分に相当し、背分力F2は、切削点Pの法線方向の成分に相当し、送り分力F3は、工具Tの送り方向(工作物Wの軸方向)の成分に相当する。主分力F1、背分力F2、および、送り分力F3は、相互に直交する。なお、切削抵抗Fは、旋盤以外の切削加工においても、主分力F1、背分力F2、送り分力F3に分解することができる。
【0021】
3.管理装置2の構成
管理装置2の構成について
図3を参照して説明する。
図3に示すように、管理装置2は、プロセッサ2aおよび記憶装置2bとして、少なくとも、コンプライアンス伝達関数格納部11、比切削抵抗生成部12、安定限界線図生成部13、びびり発生判定部14、推奨条件決定部15、教示部16を備える。また、管理装置2は、
図3に示すように、上記各部11~16に加えて、表示装置2cを備える。
【0022】
コンプライアンス伝達関数格納部11は、工具Tおよび工作物Wの少なくとも一方のコンプライアンス伝達関数を格納する。コンプライアンス伝達関数は、工具Tおよび工作物Wの少なくとも一方の動特性に相当する。つまり、コンプライアンス伝達関数は、工具Tや工作物Wの質量(M)、減衰係数(C)、剛性(K)により表される動特性に相当する。
【0023】
より詳細には、コンプライアンス伝達関数は、工具Tにおいて加振力を付与した場合の工具Tの応答変位の伝達関数、工作物Wにおいて加振力を付与した場合の工作物Wの応答変位の伝達関数、および、工具Tおよび工作物Wの両方に関する伝達関数である。コンプライアンス伝達関数は、周波数応答関数を適用する。つまり、コンプライアンス伝達関数は、工具Tおよび工作物Wの少なくとも一方の回転周波数に対する、工具Tおよび工作物Wの少なくとも一方の応答変位に関する関数を表す。コンプライアンス伝達関数は、例えば、ハンマリング試験、シミュレーション、理論演算などにより得ることができる。なお、コンプライアンス伝達関数の生成方法は、公知であるため詳細な説明を省略する。コンプライアンス伝達関数格納部11は、記憶装置2bにより構成される。
【0024】
比切削抵抗生成部12は、加工条件、工具Tの諸元、工作物Wの諸元に基づいて、比切削抵抗を生成する。比切削抵抗は、切削抵抗Fを切削断面積で除した値に相当する。ただし、切削抵抗Fのうち背分力F2が、びびりに対して大きく影響を及ぼすことが分かった。そこで、本形態においては、比切削抵抗は、切削抵抗Fを構成する背分力F2(
図2に示す)を切削断面積で除した値とする。
【0025】
比切削抵抗生成部12は、後述するが、知識モデルMを構成する条件付確率表M1を用いて順方向の確率推論を行うことにより、比切削抵抗の推定値を生成するように構成されている。また、比切削抵抗生成部12は、逆方向の確率推論を行うことにより、切削加工の加工条件、工具Tの諸元、工作物Wの諸元を求めることもできる。比切削抵抗生成部12は、プロセッサ2aおよび記憶装置2bにより構成される。
【0026】
安定限界線図生成部13は、切削加工における安定限界線図を生成するように構成されている。安定限界線図は、工具Tまたは工作物Wの回転速度とびびりが発生しない最大切込量との関係を定義した図である。安定限界線図の下側領域が、びびりが発生しない安定領域に相当し、上側領域が、びびりが発生し得る不安定領域に相当する。安定限界線図生成部13は、プロセッサ2aにより構成される。
【0027】
安定限界線図生成部13は、安定限界線図の生成に際して、コンプライアンス伝達関数格納部11により格納されたコンプライアンス伝達関数、および、比切削抵抗生成部12により生成された比切削抵抗の推定値を用いる。ここで用いられる比切削抵抗は、加工条件としての評価対象切込量に対応する比切削抵抗である。
【0028】
本形態において、安定限界線図生成部13は、加工条件として取り得る切込量が複数の区間に分割されており、分割されたそれぞれの切込量区間に対応する安定限界線
図SD1,SD2,SD3,SD4を生成可能に構成されている。つまり、安定限界線図生成部13は、1種の安定限界線図を生成するのではなく、複数種の安定限界線
図SD1,SD2,SD3,SD4を生成可能に構成されている。そして、安定限界線図生成部13は、生成可能な複数種の安定限界線
図SD1,SD2,SD3,SD4のうち、加工条件としての評価対象切込量に対応する1つの対象の安定限界線図を生成する。
【0029】
例えば、加工条件として取り得る切込量が、0.30mm~0.9mmである場合とする。この場合、分割された切込量区間は、例えば、0.30~0.50mm、0.50~0.67mm、0.67~0.80mm、0.80~0.90mmなどとする。なお、切込量区間は、不等間隔としているが、等間隔としても良い。取り得る切込量、および、切込量区間の数値は、一例にすぎず、例えば、荒加工工程、中仕上加工工程、仕上加工工程などの加工工程や、旋削加工、ドリル加工、フライス加工、歯車加工などの加工種類などによって、適宜変更される。複数種の安定限界線
図SD1,SD2,SD3,SD4の詳細については、後述する。
【0030】
びびり発生判定部14は、安定限界線図生成部13により生成され得る複数の安定限界線
図SD1,SD2,SD3,SD4のうち、加工条件としての評価対象切込量に対応する対象の安定限界線図(SD1,SD2,SD3,SD4の1つ)を用いて、評価対象切込量、および、加工条件に含まれる評価対象回転速度の場合に、びびりが発生するか否かを判定するように構成されている。びびり発生判定部14は、プロセッサ2aにより構成される。
【0031】
推奨条件決定部15は、安定限界線図生成部13により生成された安定限界線
図SD1,SD2,SD3,SD4を用いて加工条件の推奨値を決定する。このとき、推奨条件決定部15は、びびり発生判定部14による判定結果を考慮して、加工条件の推奨値を決定することができる。詳細には、推奨条件決定部15は、安定限界線
図SD1,SD2,SD3,SD4における下側領域に位置するような加工条件を推奨値とする。推奨条件決定部15は、プロセッサ2aにより構成される。
【0032】
教示部16は、推奨条件決定部15により決定された加工条件の推奨値を教示する。教示部16は、加工条件の推奨値を教示する手段として、管理装置2を構成する表示装置2cに表示したり、表示装置3に表示したりする。表示装置3は、通信により教示部16から取得した加工条件の推奨値を表示する。
【0033】
また、教示部16は、通信により、加工条件の推奨値を加工装置4,5に送信する。この場合、加工装置4,5は、教示部16により教示された加工条件の推奨値を取得し、取得した加工条件の推奨値を適用した切削加工を行うことができる。つまり、加工装置4,5は、加工条件を自律的に変更して、変更された加工条件に基づいて切削加工を行う。加工装置4,5により切削加工が行われた場合における加工結果は、観測データとして比切削抵抗生成部12に送信される。比切削抵抗生成部12は、加工装置4,5における観測データを用いて、知識モデルMを生成したり、更新したりすることができる。教示部16は、プロセッサ2aにより構成される。
【0034】
4.複数種の安定限界線
図SD1~SD4の詳細
安定限界線図生成部13により生成可能な複数種の安定限界線
図SD1,SD2,SD3,SD4について、
図4を参照して説明する。本形態では、加工条件として取り得る切込量が、0.30mm~0.9mmである場合とする。当該取り得る切込量を分割した切込量区間Aa1,Aa2,Aa3,Aa4のそれぞれは、0.30~0.50mm、0.50~0.67mm、0.67~0.80mm、0.80~0.90mmである場合とする。
【0035】
図4(a)に示す安定限界線
図SD1は、切込量区間Aa1である0.30~0.50mmに対応する。
図4(b)に示す安定限界線
図SD2は、切込量区間Aa2である0.50~0.67mmに対応する。
図4(c)に示す安定限界線
図SD3は、切込量区間Aa3である0.67~0.80mmに対応する。
図4(d)に示す安定限界線
図SD4は、切込量区間Aa4である0.80~0.90mmに対応する。
【0036】
ここで、本来であれば、安定限界線
図SD1~SD4のそれぞれは、特定の切込量に対応するものが生成されると考えられる。ただし、本形態においては、安定限界線
図SD1~SD4は、特定の切込量ではなく、分割された切込量区間Aa1~Aa4のそれぞれに対応するものが生成される。この理由は、以下の通りである。
【0037】
上述したように、安定限界線
図SD1~SD4は、コンプライアンス伝達関数および比切削抵抗の推定値を用いて生成される。そして、比切削抵抗の推定値が、切込量に基づいて生成されており、上述した切込量区間Aa1~Aa4のいずれかに対応した値とされている。従って、比切削抵抗の推定値の算出の元になる切込量区間Aa1~Aa4が、安定限界線
図SD1~SD4の切込量区間Aa1~Aa4に対応している。
図4の(a)(b)(c)(d)に示すように、安定限界線
図SD1~SD4のそれぞれが、切込量区間Aa1~Aa4のそれぞれに対応する。そこで、安定限界線
図SD1~SD4は、分割された切込量区間Aa1~Aa4のそれぞれに対応するものが生成されるようにしている。
【0038】
また、本形態においては、切込量区間Aa1~Aa4は、不等間隔としている。この理由は、以下のとおりである。後述するが、比切削抵抗の変化は、切込量が小さいほど大きくなり、切込量が大きいほど小さくなることが分かった。そこで、比切削抵抗の推定値の算出の元になる切込量区間Aa1~Aa4は、切込量に対する比切削抵抗の変化が小さい範囲において広く設定され、切込量に対する比切削抵抗の変化が大きい範囲において狭く設定している。つまり、それぞれの切込量区間Aa1~Aa4は、切込量が小さいほど広く設定され、切込量が大きいほど狭く設定されている。
【0039】
5.比切削抵抗生成部12の構成
比切削抵抗生成部12の構成について
図5~
図7を参照して説明する。
図5に示すように、比切削抵抗生成部12は、知識モデル生成部21、知識モデル格納部22、比切削抵抗出力部23を備えて構成される。知識モデル生成部21は、プロセッサ2aおよび記憶装置2bにより構成され、比切削抵抗出力部23は、プロセッサ2aにより構成され、知識モデル格納部22は、記憶装置2bにより構成される。
【0040】
知識モデル生成部21は、知識モデルMを生成する。知識モデル格納部22は、知識モデル生成部21により生成された知識モデルMを格納する。
【0041】
知識モデルMは、
図6に示すように、条件付確率表M1、および、因子A,B,Cの確率表M2,M3,M4を含む。条件付確率表M1は、比切削抵抗を推定するためのモデルである。上述したように、びびりは、
図2において、切削抵抗Fのうち背分力F2の影響を大きく受ける。そこで、推定対象である比切削抵抗は、切削抵抗Fのうち背分力F2を切削断面積で除した値とする。
【0042】
条件付確率表M1は、少なくとも親因子A,B,Cの因子値を条件とした場合に、子因子Dの因子値に該当する確率が定義されている。ここで、比切削抵抗は、切削加工の加工条件、工具Tの諸元、工作物Wの諸元などに影響を受ける。換言すると、比切削抵抗は、切削加工の加工条件、工具Tの諸元、工作物Wの諸元によって異なる値となる。
【0043】
そこで、条件付確率表M1において、親因子A,B,Cは、切削加工の加工条件についての因子、工具Tの諸元についての因子、工作物Wの諸元についての因子とする。条件付確率表M1は、上記の因子A,B,C以外の因子を親因子としてさらに含むようにしても良い。子因子Dは、比切削抵抗である。
【0044】
つまり、知識モデルMの1つを構成する条件付確率表M1は、少なくとも、切削加工の加工条件、工具Tの諸元および工作物Wの諸元を親因子A,B,Cとし、比切削抵抗を子因子Dとする。そして、条件付確率表M1は、切削加工の加工条件、工具Tの諸元、工作物Wの諸元に基づいて、比切削抵抗を推定するためのモデルである。
【0045】
図7に示すように、親因子Aとしての加工条件には、例えば、切込量、切削速度、送り速度などを含む。
図7において、Aaは、切込量を表す符号とし、Abは、切削速度および送り速度を総称する符号とする。親因子Bとしての工具Tの諸元には、例えば、工具Tの材料(材質)、工具Tの形状(刃先角など)、コーティングの有無、種類などを含む。親因子Cとしての工作物Wの諸元には、例えば、工作物Wの材料(材質)、工作物Wの形状、熱処理の有無、種類などを含む。
【0046】
さらに、親因子A,B,Cとしての加工条件、工具Tの諸元および工作物Wの諸元のそれぞれは、数値としての因子値により表される。親因子Aとしての加工条件の場合には、切込量(Aa)、切削速度(Ab)、送り速度(Ab)などを表す数値のそれぞれが親因子Aの因子値となる。親因子Bとしての工具Tの諸元の場合には、工具Tの材料を表す物性値、工具Tの形状を表す刃先角など、コーティングの種類を表す物性値などのそれぞれが親因子Bの因子値となる。親因子Cとしての工作物Wの諸元の場合には、工具Tの諸元の場合と同様である。
【0047】
条件付確率表M1は、概念的には、表1のように表される。
【0048】
【0049】
条件付確率表M1は、例えば、親因子Aのうちの切込量Aaの因子値としての切込量区間Aa1,Aa2、親因子Aのうちの送り速度および切削速度を表す因子値Ab1,Ab2、親因子Bの因子値B1,B2、親因子Cの因子値C1,C2を条件とした場合に、子因子Dとしての比切削抵抗の因子値D1,D2,D3に該当する確率P1(1)~P1(8)、P1(11)~P1(18)、P2(1)~P2(8)、P2(11)~P2(18)、P3(1)~P3(8)、P3(11)~P3(18)が定義されている。表1に示す条件付確率表M1において、縦欄の確率の合計値は1となる。例えば、確率P1(1),P2(1),P3(1)の合計は、1となる。
【0050】
表1において、親因子Aの切込量Aaの因子値である切込量区間Aa1,Aa2は、上述した、安定限界線図生成部13において、加工条件として取り得る切込量を分割した切込量区間Aa1,Aa2に一致する。また、他の各因子Ab,C,Dの因子値Ab1~Ab2,B1~B2,C1~C2,D1~D3のそれぞれは、1つの値としても良いし、値の範囲としても良い。例えば、親因子Abの因子値Ab1,Ab2は、例えば、切削速度の値などであり、親因子Bの因子値B1,B2は、工具Tの刃先角の値などであり、親因子Cの因子値C1,C2は、工作物Wの材料を表す物性値などである。
【0051】
例えば、親因子Aa,Ab,B,Cの因子値がAa1,Ab1,B1,C1の場合には、子因子Dである比切削抵抗の因子値D1に該当する確率がP1(1)となり、因子値D2に該当する確率がP2(1)となり、因子値D3に該当する確率がP3(1)となる。例えば、P1(1)が、0.667であり、P2(1)が、0.333であり、P3(1)が、0である。
【0052】
知識モデルMは、上述したように、表1に示す条件付確率表M1に加えて、表2~表4に示す因子A,B,Cの確率表M2,M3,M4を含む。表2は、因子Aに関する確率表M2であり、表3は、因子Bに関する確率表M3であり、表4は、因子Cに関する確率表M4である。
【0053】
【0054】
【0055】
【0056】
例えば、因子Aの確率表M2は、表2に示すように、因子Aの因子値A1,A2に該当する確率Pa1,Pa2が定義されている。確率Pa1,Pa2の合計値は、1となる。因子Bの確率表M3は、表3に示すように、因子Bの因子値B1,B2に該当する確率Pb1,Pb2が定義されている。確率Pb1,Pb2の合計値は、1となる。因子Cの確率表M4は、表4に示すように、因子Cの因子値C1,C2に該当する確率Pc1,Pc2が定義されている。確率Pc1,Pc2の合計値は、1となる。
【0057】
比切削抵抗出力部23は、
図5に示すように、知識モデル格納部22に格納されている知識モデルMを用いて、比切削抵抗の推定値を出力する。詳細には、比切削抵抗出力部23は、親因子A,B,Cの因子値を取得した場合に、知識モデルMを構成する条件付確率表M1を用いて順方向の確率推論を行う。順方向の確率推論は、条件として定義された親因子A,B,Cに基づいて、子因子Dである比切削抵抗を推定することである。
【0058】
このようにして、比切削抵抗出力部23は、子因子Dとしての比切削抵抗の推定値を出力する。例えば、比切削抵抗出力部23は、期待値を出力値とすることができる。つまり、子因子Dの因子値D1,D2,D3のそれぞれに、対応する確率P1(1),P2(1),P3(1)を乗算して、得られた各値の総和を比切削抵抗として出力する。この場合、比切削抵抗は、「D1×P1(1)+D2×P2(1)+D3×P3(1)」となる。
【0059】
なお、比切削抵抗出力部23は、比切削抵抗の目標値である子因子Dの目標因子値を取得した場合に、知識モデルMを構成する条件付確率表M1を用いて逆方向の確率推論を行うこともできる。逆方向の確率推論は、子因子Dの因子値に基づいて、条件として定義された親因子A,B,Cを推定することである。この場合、比切削抵抗出力部23は、各因子A,B,Cの確率表M2,M3,M4をさらに用いて、親因子としての切削加工の加工条件、工具Tの諸元および工作物Wの諸元についての因子値を出力することができる。
【0060】
6.知識モデル生成部21の構成
知識モデル生成部21は、
図5に示すように、知識モデルMを生成する。特に、知識モデル生成部21は、知識モデルMを構成する条件付確率表M1を生成する。ここで、条件付確率表M1は、確率P1(1)~P1(8)、P1(11)~P1(18)、P2(1)~P2(8)、P2(11)~P2(18)、P3(1)~P3(8)、P3(11)~P3(18)の値を直接入力することにより設定しても良い。また、条件付確率表M1は、以下に説明するように、ベイズ推定を用いて生成しても良い。さらに、条件付確率表M1は、ベイズ推定を用いて更新しても良い。
【0061】
知識モデル生成部21の構成について
図8~
図13を参照して説明する。
図8に示すように、知識モデル生成部21は、観測データ取得部41、区間決定部42、区間編集処理部43、事前分布格納部44、条件付確率表生成部45、重み格納部46、モデル編集処理部47を備える。観測データ取得部41、区間決定部42、区間編集処理部43、条件付確率表生成部45、モデル編集処理部47は、プロセッサ2aにより構成されており、事前分布格納部44、重み格納部46は、記憶装置2bにより構成されている。
【0062】
観測データ取得部41は、親因子A,B,Cの因子値および子因子Dの因子値についての観測データ41aを取得する。観測データ41aは、実際の切削加工が実施されることにより得られるデータとしても良いし、切削加工のシミュレーションが実施されることにより得られるデータとしても良い。また、観測データ41aは、実際の切削加工が実施されることにより得られるデータ、および、切削加工のシミュレーションが実施されることにより得られるデータとしても良い。
【0063】
観測データ取得部41は、加工装置4,5と通信可能に構成されているため、加工装置4,5において実際の切削加工が実施された場合の観測データ41aを取得することができる。観測データ取得部41は、リアルタイムに加工装置4,5における観測データ41aを取得することができるし、リアルタイムではなく所定期間分のまとまりの観測データ41aを取得することもできる。さらに、観測データ取得部41は、複数台の加工装置4,5における観測データ41aを、一元的に取得することができる。
【0064】
観測データ取得部41は、実際の切削加工が実施されることにより得られるデータとして、実際の切削加工に用いた加工条件、工具Tの諸元、工作物Wの諸元を取得する。さらに、実際の切削加工が実施された場合において、加工装置4,5に設置された切削動力計などのセンサにより切削抵抗データを検出し、切削抵抗データを切削断面積で除した値を比切削抵抗として算出する。そして、観測データ取得部41は、算出された比切削抵抗を取得する。
【0065】
このように、実際の切削加工が実施される場合に、観測データ取得部41は、親因子A,B,Cの因子値および子因子Dの因子値についての観測データ41aを取得することができる。なお、加工装置4,5に設置されるセンサは、切削動力計の他に、各駆動モータの動力値(電流値など)を取得することにより、比切削抵抗を算出することもできる。
【0066】
また、切削加工のシミュレーションが実施される場合には、観測データ取得部41は、シミュレーションの入力情報としての加工条件、工具Tの諸元、工作物Wの諸元を取得すると共に、シミュレーションの結果として比切削抵抗を取得することができる。このように、切削加工のシミュレーションが実施される場合に、観測データ取得部41は、親因子A,B,Cの因子値および子因子Dの因子値についての観測データ41aを取得することができる。
【0067】
区間決定部42は、表1に示す条件付確率表M1において、親因子A,B,Cの因子値および子因子Dの因子値のそれぞれを離散化することにより、離散区間を決定する。区間決定部42は、複数の離散区間決定方法の中から1つ選択することができる。例えば、区間決定部42は、各因子A,B,C,Dの因子値を均等に離散化した区間を決定することができる。
【0068】
また、区間決定部42は、各因子A,B、C,Dのそれぞれの因子値を不均等に離散化した区間を決定することができる。親因子Aaとしての切込量の因子値を不均等に離散化した切込量区間Aa1,Aa2,Aa3,Aa4は、
図4を参照して説明したように、0.30~0.50mm、0.50~0.67mm、0.67~0.80mm、0.80~0.90mmなどと設定することができる。
【0069】
また、区間決定部42は、不均等な離散化の例として、各因子A,B,C,Dの中の各確率変数間の相互情報量I(X;Y)に基づいて、離散区間を決定することもできる。相互情報量I(X;Y)とは、2つの確率変数の相互依存の尺度を表す量である。相互情報量I(X;Y)は、一方の変数を把握することで、他方をどれだけ推測できるようになるかを表す。また、区間決定部42は、不均等な離散化の他の例として、等頻度に離散化した区間を決定することができる。
【0070】
例えば、切込量と比切削抵抗との間の相互情報量I(X;Y)に基づいて、切込量区間を決定することができる。比切削抵抗の変化は、切込量が小さいほど大きくなり、切込量が大きいほど小さくなる関係を有する。従って、相互情報量I(X;Y)に基づいて決定される切込量区間は、切込量が小さいほど広く設定され、切込量が大きいほど狭く設定されることになる。
【0071】
区間編集処理部43は、操作者の入力を受け付け、かつ、操作者の入力に応じて、離散区間を編集可能に構成されている。区間編集処理部43は、区間決定部42にて決定された離散区間を、操作者の入力により調整可能とする。なお、区間編集処理部43は、操作者の入力により、離散区間をゼロから作成することも可能である。
【0072】
事前分布格納部44は、条件付確率表M1を決定するために、予め設定された事前分布44aのパラメータαjkを格納する。以下において、説明を容易にするために、親因子Aと子因子Dとの関係について説明する。事前分布44aは、式(1)にて表されるように、ディリクレ分布を用いる。式(1)において、jは、親因子Aの離散区間であり、kは、子因子Dの離散区間である。
【0073】
【0074】
さらに、事前分布格納部44は、
図9に示すように、事前分布44aのパラメータα
jkに基づいて生成された事前分布44aの期待値θa
jkを各要素値とする条件付確率表44bを格納する。ここで、事前分布格納部44に格納される条件付確率表44bは、区間決定部42により決定された離散区間に基づいて生成されている。
【0075】
事前分布44aの期待値θajkは、式(2)にて表される。式(2)において、Najは、離散区間jにおける事前分布44aのパラメータαjkの総和であり、Najkは、離散区間j,kにおける事前分布44aのパラメータαjkである。
【0076】
【0077】
そして、
図9に示す条件付確率表44bは、各離散区間において、対応する期待値θa
jkが入力された条件付確率表となる。ここで、事前分布44aのパラメータα
jkは、例えば、作業者の経験や類似分野の情報などに基づいて設定される。この場合、事前分布44aに基づく条件付確率表44bは、作業者の経験や類似分野の情報などに基づいて生成された条件付確率表となる。
【0078】
図8において、条件付確率表生成部45は、観測データ取得部41により取得された観測データ41aを取得する。観測データ41aのデータ頻度β
jkは、式(3)にて表される。観測データ41aのデータ頻度β
jkは、多項分布により表される。観測データ41aのデータ頻度β
jkについての最尤推定量φ
jkは、式(4)にて表される。N
jは、離散区間jにおける観測データ41aのデータ総数であり、N
jkは、離散区間j,kにおける観測データ41aのデータ頻度β
jkである。
【0079】
【0080】
【0081】
条件付確率表生成部45は、観測データ取得部41により取得された観測データ41a、および、事前分布格納部44に格納されている事前分布44aのパラメータαjkに基づいて、ベイズ推定を用いて、事後分布45aを算出する。事後分布45aは、事前分布44aと同様の離散区間により構成されたディリクレ分布である。
【0082】
さらに、条件付確率表生成部45は、算出した事後分布45aに基づいて、事後分布45aの期待値θb
jkを各要素値とする条件付確率表M1を生成する。ここで、区間決定部42により決定された離散区間に基づいて、条件付確率表M1が生成される。つまり、条件付確率表生成部45が生成する条件付確率表M1は、事前分布44aに基づき生成された条件付確率表44bと同様の離散区間により構成されている。生成される条件付確率表M1は、
図10の上段に示す。条件付確率表M1は、各離散区間の要素値に、値θb
jkが格納されている。
【0083】
図10の下段には、
図10の上段における親因子Aの離散区間jを詳細に説明するための図が示されている。
図10の上段における条件付確率表M1の各要素値θb
jkは、
図10の下段における事後分布45aの期待値θb
jkに一致する。
【0084】
事後分布45aの期待値θbjkは、式(5)により表される。式(5)において、Wjは、重みである。Najkは、事前分布44aのパラメータαjkにおいて、離散区間jの値である。Najは、離散区間jにおける事前分布44aのパラメータαjkの総和である。Njkは、観測データ41aのデータ頻度βjkにおいて、離散区間jの値である。Njは、離散区間jにおける観測データ41aのデータ総数である。
【0085】
【0086】
つまり、条件付確率表生成部45は、観測データ41aおよび事前分布44aのパラメータαjkに基づいて、ベイズ推定を用いて事後分布45aを算出し、事後分布45aの期待値θbjkを各要素値とする条件付確率表M1を生成する。
【0087】
ここで、条件付確率表生成部45は、式(5)に示すように、単なるベイズ推定ではなく、重みWjを加味している。つまり、事後分布45aは、観測データ41a、および、重みWjを加味した事前分布44aのパラメータαjkに基づいて、ベイズ推定を用いて、算出される。さらに、条件付確率表生成部45による事後分布45aの生成過程にて得られた各要素値Nbjkは、式(6)にて表される。当該要素値Nbjkは、式(5)の分子に一致する。
【0088】
【0089】
比較として、重みWjを適用しない場合の事後分布45aの期待値θbjkは、式(7)により表される。
【0090】
【0091】
本形態では、式(5)に示すように、重みWjを用いて、事後分布45aの期待値θbjkを算出している。本形態における事後分布45aの期待値θbjkは、事前分布44aを表すNajk、Najに対して重みWjを乗算している。つまり、重みWjは、観測データ41aに対する事前分布44aのパラメータαjkの影響割合を表す。式(5)より、重みWjが大きいほど、観測データ41aに対する事前分布44aのパラメータαjkの影響割合が高くなり、重みWjが小さいほど、観測データ41aに対する事前分布44aのパラメータαjkの影響割合が低くなる。
【0092】
重みWjは、式(8)により表される。式(8)において、Kjは、重みWjを表すための係数である。Najは、離散区間jにおける事前分布44aのパラメータαjkの総和である。Njは、離散区間jにおける観測データ41aのデータ総数である。つまり、重みWjは、Naj、Njにより表される。
【0093】
【0094】
なお、条件付確率表生成部45は、観測データ41aが少量の場合には、観測データ41aおよび事前分布44aのパラメータαjkに基づいて、ベイズ推定を用いて、事後分布45aの期待値θbjkを各要素値とする条件付確率表M1を生成するのが好適である。仮に、観測データ41aが多量に取得できている場合には、条件付確率表生成部45は、観測データ41aのみに基づいて条件付確率表M1を生成するようにしても良い。そこで、条件付確率表生成部45は、ベイズ推定を用いて条件付確率表M1を生成することと、観測データ41aに基づいて最尤推定を用いて条件付確率表M1を生成することが選択可能に構成されている。
【0095】
図8において、重み格納部46は、上述した重みW
jを格納する。重みW
jは、親因子Aの因子値の離散区間毎に異なる値に設定することもできるし、同値に設定することもできる。上述したように、式(5)より、重みW
jが大きいほど、観測データ41aに対する事前分布44aのパラメータα
jkの影響割合が高くなり、重みW
jが小さいほど、観測データ41aに対する事前分布44aのパラメータα
jkの影響割合が低くなる。例えば、重み格納部46は、式(9)に示すように、複数種類の重みW
j_L,W
j_M,W
j_Sを格納する。
【0096】
【0097】
重みWjの意味について、具体的な数値を挙げて詳細に説明する。上述の式(7)に示すように、重みWjを用いない事後分布45aの期待値θbjkを用いて説明する。ここで、Nj4が「80」で、Najが「100」の場合において、事前分布44aのパラメータαjkが、{1,2,2,5}の場合と、{100,200,200,500}の場合とを比較する。事前分布44aのパラメータαjkの比率は、いずれも、{1:2:2:5)である。
【0098】
事前分布44aのパラメータαjkが{1,2,2,5}の場合(αj4=5の場合)における事後分布45aの期待値θbj4は、式(10)に示すように、「0.7727」となる。算出式は、「(5+80)/(10+100)」である。事前分布44aのパラメータαjkが{100,200,200,500}の場合(αj4=500の場合)における事後分布45aの期待値θbj4は、式(11)に示すように、「0.5272」となる。算出式は、「(500+80)/(1000+100)」である。
【0099】
【0100】
【0101】
このように、事前分布44aのパラメータαjkの比率が同一の{1:2:2:5}であったとしても、事前分布44aのパラメータαjkの絶対値の大きさによって、事後分布45aの期待値θbj4が異なる値となる。式(10)に示すように、事前分布44aのパラメータαjkの絶対値が小さいほど、事後分布45aの期待値θbj4は、観測データ41aのデータ頻度βjkについての最尤推定量φj4である「0.8(=80/100)」に近い値となる。一方、式(11)に示すように、事前分布44aのパラメータαjkの絶対値が大きいほど、事後分布45aの期待値θbj4は、事前分布44aの期待値θaj4である「0.5(=5/10)」に近い値となる。
【0102】
そして、重みWjを事前分布44aの確信度として捉えることができる。つまり、事前分布44aの確信度が高い場合には、重みWjを大きな値とすると良い。この場合、事後分布45aの期待値θbj4は、事前分布44aの期待値θaj4に近い値となる。一方、事前分布44aの確信度が低い場合には、重みWjを小さな値とすると良い。この場合、事後分布45aの期待値θbj4は、観測データ41aのデータ頻度βjkについての最尤推定量φj4に近い値となる。このように、事前分布44aの確信度に応じて重みWjを調整することにより、事後分布45aの期待値θbj4を所望の値とすることができる。
【0103】
図8において、知識モデル格納部22は、条件付確率表生成部45により生成された条件付確率表M1を、親因子Aと子因子Dとの関係性を表す知識モデルMとして格納する。
【0104】
モデル編集処理部47は、操作者の入力を受け付け、かつ、操作者の入力に応じて、知識モデル格納部22に格納されている知識モデルMを構成する条件付確率表M1を編集可能に構成されている。モデル編集処理部47は、
図10の上段に示す条件付確率表M1の各要素値を、操作者の入力により調整可能とする。なお、モデル編集処理部47は、操作者の入力により、条件付確率表M1をゼロから作成することも可能である。
【0105】
ここで、条件付確率表生成部45は、上記の処理に加えて、観測データ取得部41が新たな観測データ41aを取得した場合に、新たな条件付確率表M1を生成し、知識モデル格納部22に格納されている知識モデルMを更新することができる。
【0106】
この場合、事前分布格納部44は、条件付確率表生成部45による事後分布45aの生成過程にて得られた各要素値Nbjk(式(6)にて表される)を、次の事前分布44aのパラメータαjkとして格納することができる。そして、条件付確率表生成部45は、事前分布格納部44に新たに格納された事前分布44aのパラメータαjkおよび観測データ取得部41により新たに取得された観測データ41aに基づいて、新たな事後分布45aを算出することができる。条件付確率表生成部45は、新たに算出した事後分布45aに基づいて、事後分布45aの期待値θbjkを各要素値とする条件付確率表M1を生成することができる。
【0107】
図11~
図13を参照して、知識モデルMを構成する条件付確率表M1の更新の手順について詳細に説明する。
図11に示すように、観測データ41aが全く存在しない場合には、事前分布44aのパラメータα
jkのみにより、条件付確率表M1が生成される。つまり、ここでの条件付確率表M1の各要素値は、事前分布44aの期待値θa
jkそのものである。この時点では、知識モデル格納部22に格納されている知識モデルMを構成する条件付確率表M1は、事前分布44aのパラメータα
jkのみにより表された条件付確率表M1(44b)により定義されている。
【0108】
続いて、観測データ41aが取得されたとする。
図12に示すように、条件付確率表生成部45は、事前分布44aのパラメータα
jkと観測データ41aとに基づいて、ベイズ推定を用いて事後分布45aのパラメータγ
jkを算出し、事後分布45aの期待値θb
jkを生成する。そして、条件付確率表生成部45は、事後分布45aの期待値θb
jkを各要素値とする条件付確率表M1を生成する。そうすると、条件付確率表生成部45は、知識モデル格納部22に格納されている知識モデルMを構成する条件付確率表M1を更新する。
【0109】
さらに続いて、条件付確率表生成部45が事後分布45aの生成過程にて得られた各要素値Nb
jkが、事前分布格納部44に新たな事前分布44aのパラメータα
jkとして格納される。つまり、
図13に示すように、新たな事前分布44aのパラメータα
jkが、先回の事後分布45aの生成過程にて得られた各要素値Nb
jkとなる。そして、新たな観測データ41aが取得されたとする。条件付確率表生成部45は、更新された新たな事前分布44aのパラメータα
jkと新たな観測データ41aとに基づいて、新たな事後分布45aを算出し、新たな事後分布45aの期待値θb’
jkを生成する。そして、条件付確率表生成部45は、新たな事後分布45aの期待値θb’
jkを各要素値とする条件付確率表M1を生成する。そうすると、条件付確率表生成部45は、知識モデル格納部22に格納されている知識モデルMを構成する条件付確率表M1を再び更新する。
【0110】
7.比切削抵抗出力部23の構成
比切削抵抗出力部23は、
図5に示すように、知識モデルMを構成する条件付確率表M1を用いて順方向の確率推論を行うことにより、比切削抵抗の推定値を出力する。また、比切削抵抗出力部23は、知識モデルMを用いて逆方向の確率推論を行うことにより、切削加工の加工条件、工具Tの諸元および工作物Wの諸元についての因子値を出力する。以下に、比切削抵抗出力部23による各処理について、詳細に説明する。
【0111】
比切削抵抗出力部23による順方向の確率推論を行う場合の処理について、
図14を参照して説明する。比切削抵抗出力部23は、親因子A,B,Cの因子値を取得する(因子値取得工程S1)。
【0112】
続いて、比切削抵抗出力部23は、知識モデルMを構成する条件付確率表M1を用いて順方向の確率推論を行うことにより、取得した親因子A,B,Cの因子値に該当する子因子Dの各因子値の確率P1(1)~P1(8)、P1(11)~P1(18)、P2(1)~P2(8)、P2(11)~P2(18)、P3(1)~P3(8)、P3(11)~P3(18)(表1に示す)を取得する(確率取得工程S2)。例えば、親因子A,B,Cの因子値が、Aa1,Ab1,B1,C1の場合には、子因子Dの因子値D1の確率P1(1)、子因子Dの因子値D2の確率P2(1)、子因子Dの因子値D3の確率P3(1)を取得する。
【0113】
続いて、比切削抵抗出力部23は、取得した確率P1(1),P2(1),P3(1)に基づいて、比切削抵抗の推定値を生成し、出力する(出力工程S3)。例えば、比切削抵抗出力部23は、子因子Dの各因子値D1,D2,D3の確率P1(1),P2(1),P3(1)から得られる期待値を、比切削抵抗の推定値とすることができる。また、比切削抵抗出力部23は、確率の最大となる子因子Dの因子値を、比切削抵抗の推定値とすることもできる。また、比切削抵抗出力部23は、確率の高い方から所定個数の子因子Dの因子値に基づいて、比切削抵抗の推定値を算出することもできる。
【0114】
このように、比切削抵抗出力部23は、入力された親因子A,B,Cとしての加工条件(切込量、切削速度、送り速度など)、工具Tの諸元および工作物Wの諸元に対応した比切削抵抗の推定値を出力することができる。
【0115】
また、比切削抵抗出力部23による逆方向の確率推論を行う場合の処理について、
図15を参照して説明する。比切削抵抗出力部23は、比切削抵抗の目標値である子因子Dの目標因子値を取得する(因子値取得工程S11)。
【0116】
続いて、比切削抵抗出力部23は、知識モデルMを構成する条件付確率表M1を用いて逆方向の確率推論を行う(確率取得工程S12)。比切削抵抗出力部23は、逆方向の確率推論において、各因子A,B,Cの確率表M2,M3,M4をさらに用いる。そして、比切削抵抗出力部23は、条件付確率表M1および各確率表M2,M3,M4を用いて、比切削抵抗の目標因子値に対応する親因子A,B,Cの各因子値の確率を得ることができる。
【0117】
続いて、比切削抵抗出力部23は、算出した親因子A,B,Cの各因子値の確率に基づいて、親因子A,B,Cの各因子値、すなわち、切削加工の加工条件、工具Tの諸元および工作物Wの諸元についての因子値を生成し、出力する(出力工程S13)。このように、比切削抵抗出力部23は、入力された比切削抵抗の目標因子値に対応した親因子A,B,Cの因子値、すなわち、切削加工の加工条件、工具Tの諸元および工作物Wの諸元についての因子値を出力することができる。
【0118】
8.評価対象切込量に着目した場合の管理装置2の処理
図3に示す管理装置2、特に、比切削抵抗生成部12、安定限界線図生成部13、および、びびり発生判定部14の処理について、評価対象切込量に着目した説明を行う。評価対象切込量は、評価対象としたい切込量である。以下には、評価対象切込量が、例えば、0.55mmである場合を例にあげて説明する。
【0119】
比切削抵抗生成部12は、表1に示す条件付確率表M1を用いて、比切削抵抗の推定値を生成する。ここで、評価対象切込量0.55mmは、切込量区間Aa2である0.5~0.67mmに含まれる。従って、表1に示す条件付確率表M1において、親因子Aの切込量Aaの因子値である切込量区間Aa2が対応する。そして、比切削抵抗生成部12は、条件付確率表M1を用いて、親因子Aaである切込量の切込量区間Aa2、および、他の親因子Ab,B,Cの因子値に対応する、子因子である比切削抵抗Dの推定値を生成する。
【0120】
続いて、安定限界線図生成部13は、コンプライアンス伝達関数格納部11に格納されているコンプライアンス伝達関数、および、比切削抵抗生成部12により生成された比切削抵抗を用いて、安定限界線図を生成する。安定限界線図生成部13は、切込量区間Aa1~Aa4に対応する安定限界線
図SD1~SD4を生成する。ここでは、評価対象切込量0.55mmであるため、切込量区間Aa2に対応する安定限界線
図SD2を生成する。
【0121】
続いて、びびり発生判定部14は、安定限界線図生成部13により生成された安定限界線
図SD2を用いて、評価対象切込量および評価対象回転速度の場合に、びびりが発生するか否かを判定する。つまり、びびり発生判定部14は、評価対象切込量および評価対象回転速度に対応する位置が、生成された安定限界線
図SD2の下側領域である場合には、びびりが発生しないと判定する。
【0122】
9.効果
上述した加工条件設定支援システム1によれば、安定限界線図生成部13において、安定限界線
図SD1~SD4は、加工条件として取り得る切込量を複数に分割した場合のそれぞれの切込量区間Aa1~Aa4に対応して生成可能とされている。つまり、安定限界線
図SD1~SD4は、1種ではなく、それぞれの切込量区間Aa1~Aa4に対応した複数種存在することとなる。
【0123】
安定限界線
図SD1~SD4が切込量に応じて異なる態様になることを発見し、切込量と安定限界線
図SD1~SD4との関係性を見出すことにより、上記のように、安定限界線
図SD1~SD4を、分割されたそれぞれの切込量区間Aa1~Aa4に対応して生成することができるようにした。従って、安定限界線
図SD1~SD4を、従来よりも高精度に表すことができる。
【0124】
そして、びびり発生判定部14は、加工条件としての評価対象切込量および評価対象回転速度において、びびりが発生するか否かを判定するように構成されている。この判定には、評価対象切込量に対応する対象の安定限界線
図SD1~SD4を用いる。上述したように、安定限界線
図SD1~SD4は、分割されたそれぞれの切込量区間Aa1~Aa4に対応して複数種存在する。そこで、判定には、評価対象切込量が含まれる切込量区間Aa1~Aa4に対応する安定限界線
図SD1~SD4を用いる。そして、当該安定限界線
図SD1~SD4を用いて、評価対象切込量および評価対象回転速度の場合に、びびりが発生するか否かを判定する。このように、評価対象切込量に応じた安定限界線
図SD1~SD4を用いたびびり判定が行われる。従って、より適切な加工条件を決定することができるようになる。
【0125】
また、加工条件設定支援システム1は、プロセッサ2aおよび記憶装置2bを備える。記憶装置2bは、工具Tおよび工作物Wの少なくとも一方において加振力を付与した場合における応答変位の伝達関数であるコンプライアンス伝達関数を格納するコンプライアンス伝達関数格納部11を備える。プロセッサ2aは、さらに、切削抵抗を切削断面積で除した値である比切削抵抗であって、分割されたそれぞれの切込量区間Aa1~Aa4に対応する比切削抵抗であって、少なくとも切込量に基づいてそれぞれの比切削抵抗の推定値を出力するように構成された比切削抵抗出力部23を備える。
【0126】
そして、安定限界線図生成部13は、コンプライアンス伝達関数、および、加工条件としての評価対象切込量に対応する対象の比切削抵抗の推定値に基づいて、評価対象切込量を含む切込量区間Aa1~Aa4に対応する対象の安定限界線
図SD1~SD4を生成するように構成されている。また、びびり発生判定部14は、安定限界線図生成部13により生成された対象の安定限界線
図SD1~SD4を用いて、びびりが発生するか否かを判定するように構成されている。
【0127】
このように、安定限界線
図SD1~SD4を、コンプライアンス伝達関数および比切削抵抗の推定値を用いて生成している。そして、比切削抵抗の推定値は、評価対象切込量に対応する。従って、生成される安定限界線
図SD1~SD4は、より高精度なものとなる。
【0128】
また、加工条件設定支援システム1を構成する記憶装置2bは、さらに、知識モデルMを格納する知識モデル格納部22を備える。知識モデルMは、少なくとも加工条件のうちの切込量、工具Tの諸元および工作物Wの諸元を親因子A,B,Cとし、比切削抵抗を子因子Dとし、親因子A,B,Cの因子値を条件とした場合に子因子Dの因子値に該当する確率P1(1)~P1(8)、P1(11)~P1(18)、P2(1)~P2(8)、P2(11)~P2(18)、P3(1)~P3(8)、P3(11)~P3(18)が定義された条件付確率表M1を含んで構成されている。
【0129】
そして、比切削抵抗出力部23は、親因子A,B,Cの因子値を取得した場合に、条件付確率表M1を用いて順方向の確率推論を行うことにより、子因子Dとしての比切削抵抗の推定値を出力するように構成されている。
【0130】
このように、加工条件設定支援システム1において、条件付確率表M1を、知識モデルMとして構成している。そして、条件付確率表M1は、親因子A,B,Cの因子値を条件とした場合に、子因子Dの因子値に該当する確率により定義される。つまり、条件付確率表M1は、親因子A,B,Cおよび子因子Dの因子値同士を直接関係付けるのではなく、確率P1(1)~P1(8)、P1(11)~P1(18)、P2(1)~P2(8)、P2(11)~P2(18)、P3(1)~P3(8)、P3(11)~P3(18)を用いて表している。従って、因子同士の関係性を柔軟に定義することができる。
【0131】
親因子A,B,Cは、切削加工の加工条件、工具Tの諸元および工作物Wの諸元を含む。子因子Dは、比切削抵抗である。知識モデルMを条件付確率表M1とすることにより、親因子A,B,Cの種類が多種存在するとしても、これら複数の親因子A,B,Cの因子値を条件とした場合において、比切削抵抗である子因子Dの因子値に該当する確率P1(1)~P1(8)、P1(11)~P1(18)、P2(1)~P2(8)、P2(11)~P2(18)、P3(1)~P3(8)、P3(11)~P3(18)を定義することが容易となる。
【0132】
そして、比切削抵抗出力部23は、親因子A,B,Cとしての加工条件、工具Tの諸元、工作物Wの諸元に関する因子値を取得すると、知識モデルMを構成する条件付確率表M1を用いて順方向の確率推論を行うことにより、子因子Dとしての比切削抵抗の推定値を得ることができる。
【0133】
従って、加工条件設定支援システム1によれば、比切削抵抗に関する知識モデルMを構築して活用することにより、比切削抵抗を高精度に推定することができる。
【0134】
また、条件付確率表M1は、親因子Aとしての切込量を、分割されたそれぞれの切込量区間Aa1~Aa4に離散化されている。それぞれの切込量区間Aa1~Aa4は、切込量に対する比切削抵抗の変化が小さい範囲において広く設定され、切込量に対する比切削抵抗の変化が大きい範囲において狭く設定されている。
【0135】
特に、比切削抵抗の変化は、切込量が小さいほど大きくなり、切込量が大きいほど小さくなる。そして、それぞれの切込量区間Aa1~Aa4は、切込量が小さいほど広く設定され、切込量が大きいほど狭く設定されている。従って、安定限界線
図SD1~SD4を高精度に生成することができる。
【0136】
また、切削加工において生じる切削抵抗Fは、主分力F1、背分力F2、および、送り分力F3により表される。そして、加工条件設定支援システム1において、比切削抵抗は、切削抵抗Fを構成する背分力F2を切削断面積で除した値に相当する。このように、比切削抵抗を、びびりに大きな影響を及ぼす背分力F2に関する値とすることで、びびりに関する比切削抵抗を高精度に導出することができる。
【0137】
また、知識モデルMを構成する条件付確率表M1は、ベイズ推定を用いて生成されるようにしている。つまり、加工条件設定支援システム1を構成する記憶装置2bは、条件付確率表M1を決定するために予め設定された事前分布44aのパラメータαjkを格納する事前分布格納部44を備える。さらに、加工条件設定支援システム1を構成するプロセッサ2aは、実際の切削加工または切削加工のシミュレーションが実施されることにより得られる観測データ41aであって、親因子A,B,Cの因子値および子因子Dの因子値についての観測データ41aを取得する観測データ取得部41と、事前分布44aのパラメータαjkおよび観測データ41aに基づいてベイズ推定を用いて事後分布45aを算出し、事後分布45aの期待値θbjkを各要素値とする条件付確率表M1を生成する条件付確率表生成部45とを備える。そして、知識モデル格納部22は、条件付確率表生成部45により生成された条件付確率表M1により構成された知識モデルMを格納する。
【0138】
このように、条件付確率表M1の生成において、ベイズ推定を用いることにより、事前分布44aと観測データ41aとを効果的に利用することができる。つまり、事前に設定した知識としての事前分布44aと観測データ41aとを融合させることにより、条件付確率表M1を高精度にすることができる。
【0139】
また、加工条件設定支援システム1を構成する記憶装置2bは、ベイズ推定において観測データ41aに対する事前分布44aのパラメータαjkの影響割合を表す重みWjを格納する重み格納部46を備えている。また、条件付確率表生成部45は、観測データ41aおよび重みWjを加味した事前分布44aのパラメータαjkに基づいてベイズ推定を用いて事後分布45aを算出し、事後分布45aの期待値θbjkを各要素値とする条件付確率表M1を生成する。
【0140】
ベイズ推定を用いて条件付確率表M1を生成する場合において、事前分布44aの精度によっては、条件付確率表M1を高精度にすることができない可能性がある。そこで、条件付確率表生成部45は、重みWjを用いて事後分布45aの期待値θbjkを求めることにより、事前分布44aの確信度に応じた条件付確率表M1を生成することができる。
【0141】
そして、条件付確率表生成部45がベイズ推定を用いて条件付確率表M1を生成することにより、観測データ41aが多く確保できた場合には、事後分布45aの期待値θbjkにおいて観測データ41aの影響割合を高くすることができる。また、条件付確率表生成部45がベイズ推定を用いて条件付確率表M1を逐次更新する場合には、観測データ41aが多く確保できるようになることで、事後分布45aの期待値θbjkにおいて観測データ41aの影響割合が高くなっていく。従って、観測データ41aが多数確保できた場合には、確実性の高い観測データ41aの影響割合を高くすることにより、高精度な条件付確率表M1を生成することができる。
【0142】
そして、上述した重みWjは、親因子A,B,Cの因子値毎、すなわち、親因子A,B,Cの離散区間j毎に、異なる値に設定することができる。重みWjは、事前分布44aの確信度を表す。親因子A,B,Cの離散区間jに応じて、確信度が異なることがある。例えば、作業者がこれまで多く経験したことのある離散区間jにおいては、高い確信度を持って事前分布44aを決定することができる。しかし、そうでない場合には、高い確信度を持って事前分布44aを決定することができない場合がある。このような場合に、重みWjを離散区間j毎に設定することで、適切な条件付確率表M1を生成することができる。
【0143】
さらに、加工条件設定支援システム1を構成するプロセッサ2aは、安定限界線図を用いて加工条件の推奨値を決定する推奨条件決定部15と、推奨条件決定部15により決定された加工条件の推奨値を教示する教示部16とを備える。このように、加工条件の推奨値を教示することにより、作業者や管理者は、適切な加工条件を把握することができる。
【0144】
さらには、加工装置4,5が、プロセッサ2aと通信可能に構成され、教示部16により教示された加工条件の推奨値を取得し、取得した加工条件の推奨値を適用した切削加工を行うようにすることもできる。このように、加工装置4,5が自律的に教示された加工条件を用いて切削加工を行うことで、人手を介することなく、所望の切削加工を実現することができる。
【0145】
(実施形態2)
実施形態2の加工条件設定支援システム100の構成について
図16を参照して説明する。
図16において、実施形態1と同一構成については同一符号を付す。
【0146】
図16に示すように、加工条件設定支援システム100は、加工装置4,5のそれぞれに、実施形態1における管理装置2を構成するプロセッサ2aおよび記憶装置2bを組み込んで構成されている。つまり、加工装置4,5のそれぞれは、単体として、実施形態1におけるプロセッサ2aおよび記憶装置2bによる機能を有する。そして、加工装置4,5は、プロセッサ2aの教示部16により教示された加工条件の推奨値を取得し、取得した加工条件の推奨値を適用した切削加工を行うように構成される。
【0147】
本形態において適用可能な加工装置4,5は、切削加工を行う種々の加工装置であって、例えば、旋盤、マシニングセンタ、フライス盤、歯車加工機、ボーリング加工機などである。
【0148】
(その他)
実施形態2の加工条件設定支援システム100は、加工装置4,5に、実施形態1におけるプロセッサ2aおよび記憶装置2bの全ての機能を組み込むようにしたが、プロセッサ2aおよび記憶装置2bの一部の機能を組み込むようにしても良い。この場合、ネットワークを構成する管理装置2および加工装置4,5を備えて構成し、管理装置2がプロセッサ2aおよび記憶装置2bの一部の機能を有し、かつ、加工装置4,5に残りの一部の機能を組み込むようにすれば良い。
【符号の説明】
【0149】
1,100 加工条件設定支援システム
2a プロセッサ
2b 記憶装置
13 安定限界線図生成部
14 びびり発生判定部
Aa1~Aa4 切込量区間
SD1~SD4 安定限界線図
T 工具
W 工作物