(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024039469
(43)【公開日】2024-03-22
(54)【発明の名称】合剤スラリー、これを用いた電極の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/139 20100101AFI20240314BHJP
H01M 4/04 20060101ALI20240314BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20240314BHJP
【FI】
H01M4/139
H01M4/04 A
H01M4/62 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022144056
(22)【出願日】2022-09-09
(71)【出願人】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】弁理士法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 達哉
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 圭介
(72)【発明者】
【氏名】岡田 佳余子
【テーマコード(参考)】
5H050
【Fターム(参考)】
5H050AA02
5H050AA19
5H050BA17
5H050CA01
5H050CA08
5H050CA09
5H050CB02
5H050CB07
5H050CB08
5H050CB09
5H050CB11
5H050DA09
5H050DA11
5H050EA24
5H050GA02
5H050GA22
5H050GA27
5H050HA01
5H050HA14
(57)【要約】
【課題】合剤層の形成時に、低いプレス圧でも空隙率を低くすることが可能な合剤スラリーの提供を目的とする。
【解決手段】上記課題を解決する合剤スラリーは、フッ化ビニリデンに由来する構成単位を有する含フッ素重合体と、活物質と、溶媒と、添加剤と、を含有する合剤スラリーであり、前記溶媒は、N-メチルピロリドンを含み、前記添加剤は分子内にフッ素原子を1つ以上含み、かつ前記合剤スラリーの110℃の加熱によって、分解または揮発する化合物である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化ビニリデンに由来する構成単位を有する含フッ素重合体と、
活物質と、
溶媒と、
添加剤と、
を含有する合剤スラリーであり、
前記溶媒は、N-メチルピロリドンを含み、
前記添加剤は分子内にフッ素原子を1つ以上含み、かつ前記合剤スラリーの110℃の加熱によって、分解または揮発する化合物である、
合剤スラリー。
【請求項2】
前記溶媒および添加剤の総量を100質量%とした場合に、
前記添加剤の量が、0.01質量%以上10質量%以下である、
請求項1に記載の合剤スラリー。
【請求項3】
前記添加剤が、炭酸フルオロエチレン、ビス(4-フルオロフェニル)スルホン、および2-フルオロ-2-ホスホノ酢酸トリエチルからなる群から選択される、少なくとも1種の化合物である、
請求項1または2に記載の合剤スラリー。
【請求項4】
請求項1または2に記載の合剤スラリーを塗布し、乾燥させて、合剤層を形成する工程を含む、
電極の製造方法。
【請求項5】
前記合剤層を形成する工程において、
前記合剤スラリーの塗布後、前記合剤スラリーを110℃以上の温度で乾燥させる、
請求項4に記載の電極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合剤スラリー、これを用いた電極の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、リチウムイオン二次電池は、各種電子機器、電気自動車等に広く使用されている。このようなリチウムイオン二次電池への要求仕様は、年々厳しくなり、更なる高容量化、高エネルギー化が求められている。高容量化、高エネルギー化に当たり、電極の体積当たりの活物質量を増量することが行われており、例えば、活物質を含む合剤層を圧縮(プレス)し、合剤層中の活物質の充填密度を高めることが行われている(例えば特許文献1、および特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013-73690号公報
【特許文献2】特開2015-90805号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、合剤層を過度なプレス圧で圧縮すると、活物質が破損し、却って電池性能が低下する恐れがある。そこで、本発明は、合剤層の形成時に、低いプレス圧でも活物質の充填密度を高めることが可能な合剤スラリーや、これを用いた電極の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
[1]本発明は、フッ化ビニリデンに由来する構成単位を有する含フッ素重合体と、活物質と、溶媒と、添加剤と、を含有する合剤スラリーであり、前記溶媒はN-メチルピロリドンを含み、前記添加剤は分子内にフッ素原子を1つ以上含み、かつ前記合剤スラリーの110℃の加熱によって、分解または揮発する化合物である、合剤スラリーを提供する。
[2]本発明は、前記溶媒および添加剤の総量を100質量%とした場合に、前記添加剤の量が、0.01質量%以上10質量%以下である、[1]に記載の合剤スラリーを提供する。
[3]本発明は、前記添加剤が、炭酸フルオロエチレン、ビス(4-フルオロフェニル)スルホン、および2-フルオロ-2-ホスホノ酢酸トリエチルからなる群から選択される、少なくとも1種の化合物である、[1]または[2]に記載の合剤スラリーを提供する。
【0006】
[4]本発明は、上記[1]~[3]のいずれかに記載の合剤スラリーを塗布し、乾燥させて、合剤層を形成する工程を含む、電極の製造方法を提供する。
[5]本発明は、前記合剤層を形成する工程において、前記合剤スラリーの塗布後、前記合剤スラリーを110℃以上の温度で乾燥させる、[4]に記載の電極の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明の合剤スラリーによれば、合剤層の形成時に、低いプレス圧でも活物質の充填密度を高くすることが可能である。したがって、当該合剤スラリーによれば、高容量化や高エネルギー化を実現可能な電極が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
1.合剤スラリー
前述のように、従来の一般的な合剤スラリーを使用して、活物質の充填密度が高い合剤層を形成するためには、合剤層の形成時に高いプレス圧をかけることが一般的であった。これに対し、本発明の合剤スラリーによれば、低いプレス圧でも、活物質の充填密度が高い合剤層が得られる。その理由は、以下のように考えられる。本発明の合剤スラリーは、フッ化ビニリデンに由来する構成単位を有する含フッ素重合体と、活物質と、溶媒と、添加剤と、を少なくとも含有し、当該溶媒が、N-メチルピロリドン(以下、「NMP」と称する)を含む。また、当該添加剤は分子内にフッ素原子を1つ以上含み、かつ当該合剤スラリーの110℃の加熱によって、分解または揮発する化合物である。本発明の合剤スラリーを乾燥して形成したプレス前の合剤層は、添加剤が分解または揮発した箇所が空隙となるため、高い空隙率を有する。また、添加剤の分解または揮発により形成された空隙によって、粒子(活物質)の再配置が起こりやすくなり、低いプレス圧でも、合剤層中の活物質の充填密度を高められる。
以下、本発明の合剤スラリーの各成分について説明する。
【0009】
・含フッ素重合体
含フッ素重合体は、フッ化ビニリデン由来の構成単位を少なくとも有する重合体であればよく、フッ化ビニリデンの単独重合体であってもよく、フッ化ビニリデンと、フッ化ビニリデン以外のフッ素を含む単量体(以下、「フッ素系化合物」とも称する)との共重合体であってもよく、フッ化ビニリデンと、フッ素を含まない化合物(以下、「非フッ素系化合物」とも称する)との共重合体であってもよい。また、フッ化ビニリデンと、フッ素系化合物と、非フッ素系化合物との共重合体であってもよい。合剤スラリーは、含フッ素重合体を一種のみ含んでいてもよく、二種以上含んでいてもよい。
【0010】
含フッ素重合体中のフッ化ビニリデン由来の構成単位の量は、含フッ素重合体を構成する全ての構成単位の量に対して、90.0モル%以上99.9モル%以下が好ましく、95.0モル%以上99.7モル%以下がより好ましい。フッ化ビニリデン由来の構成単位の量が、90.0モル%以上であると、フッ化ビニリデン由来の特性、例えば電気化学的安定性が得られやすい。一方、フッ化ビニリデン系重合体由来の構成単位の量が、99.9モル%以下であると、含フッ素重合体が、活物質や集電体等と相互作用しやすく、合剤層の強度や接着強度が高まりやすい。含フッ素重合体中のフッ化ビニリデン由来の構成単位の量は、19F-NMRにより特定できる。
【0011】
一方、フッ素系化合物は、フッ化ビニリデン以外の、フッ素を含む化合物であればよく、その例には、フッ化ビニル、トリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロピレン、ヘキサフルオロエチレン、フルオロアルキルビニルエーテル、パーフルオロメチルビニルエーテル等のパーフルオロアルキルビニルエーテルが含まれる。これらの中でも、含フッ素重合体と活物質や集電体との接着強度が高まるとの観点で、クロロトリフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロピレン、またはトリフルオロエチレンが好ましい。
【0012】
含フッ素重合体中のフッ素系化合物由来の構成単位の量は、含フッ素重合体を構成する全ての構成単位の量に対して、0.1モル%以上10.0モル%以下が好ましく、0.3モル%以上5.0モル%以下がより好ましい。フッ素系化合物由来の構成単位の量が、0.1モル%以上であると、含フッ素重合体と、活物質や集電体等との結合性が高まりやすい。一方、フッ素系化合物由来の構成単位の量が10.0モル%以下であると、相対的にフッ化ビニリデン由来の構成単位の量が多くなり、得られる合剤層の電気化学的安定性が良好になりやすい。含フッ素重合体中のフッ素系化合物由来の構成単位の量は、19F-NMR等により特定できる。
【0013】
さらに、非フッ素系化合物は、分子内にフッ素を含まず、かつ上記フッ化ビニリデンやフッ素系化合物等と共重合可能な化合物であればよい。非フッ素系化合物の例には、(メタ)アクリル酸;2-カルボキシエチル(メタ)アクリレート;(メタ)アクリロイロキシエチルコハク酸;(メタ)アクリロイロキシプロピルコハク酸;(メタ)アクリロイロキシエチルフタル酸;フマル酸モノメチル、フマル酸モノエチル、マレイン酸モノメチル、マレイン酸モノエチル、シトラコン酸モノメチル、シトラコン酸モノエチル、フタル酸モノメチル、フタル酸モノエチル等の不飽和二塩基酸モノエステル;等が含まれる。なお、本明細書において、(メタ)アクリルとは、メタクリル、アクリル、またはこれらの混合物を表し、(メタ)アクリレートとは、メタクリレート、アクリレート、またはこれらの混合物を表し、(メタ)アクリロイルとは、メタクリロイル、アクリロイル、またはこれらの混合物を表す。
【0014】
含フッ素重合体中の、非フッ素系化合物由来の構成単位の量は、含フッ素重合体を構成する全ての構成単位の量に対して、0.1モル%以上10.0モル%以下が好ましく、0.3モル%以上5.0モル%以下がより好ましい。非フッ素系化合物由来の構成単位の量が、0.1モル%以上であると、含フッ素重合体と、活物質や集電体等との結合性が高まりやすい。一方、非フッ素系化合物由来の構成単位の量が10.0モル%以下であると、相対的にフッ化ビニリデン由来の構成単位の量が多くなり、得られる合剤層の電気化学的安定性が良好になりやすい。含フッ素重合体中の非フッ素系化合物由来の構成単位の量は、含フッ素重合体を19F-NMRや、FT-IR等によって分析することで、特定可能である。
【0015】
上記含フッ素重合体の融点は、100℃以上175℃以下が好ましく、120℃以上175℃以下がより好ましい。含フッ素重合体の融点が、100℃以上であると、合剤層の耐熱性を高められる。含フッ素重合体の融点は示差走査熱量計(DSC)による熱量測定によって特定できる。具体的には、含フッ素重合体を、30℃から230℃まで、10℃/分で昇温(1回目の昇温)し、230℃から30℃まで10℃/分で降温(1回目の冷却)し、さらに30℃から230℃まで、10℃/分で昇温(2回目の昇温)して、DSCにより融解ピークを特定する。そして、2回目の昇温で観察される最大融解ピーク温度を、フッ化ビニリデン系重合体の融点として特定する。
【0016】
上記含フッ素重合体の重量平均分子量は、5万以上120万以下が好ましく、10万以上100万以下がより好ましく、15万以上100万以下がさらに好ましい。上記重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)によって測定される、ポリスチレン換算値である。含フッ素重合体の重量平均分子量が上記範囲であると、合剤スラリーの塗布性が良好になり、さらには得られる合剤層の強度が良好になりやすい。
【0017】
上記含フッ素重合体の調製方法は特に制限されず、フッ化ビニリデン、および必要に応じてフッ素系化合物や非フッ素系化合物を公知の方法で重合すればよい。重合方法の例には、懸濁重合、乳化重合、溶液重合等が含まれる。
【0018】
また、合剤スラリー中の含フッ素重合体の量は、合剤スラリーの固形分量に対して、1.0質量%以上10.0質量%以下が好ましく、1.0質量%以上5.0質量%以下がより好ましい。合剤スラリーの固形分量とは、合剤スラリー中の揮発成分(例えば溶媒)を除いた成分の総量をいう。合剤スラリー中の含フッ素重合体の量が当該範囲であると、合剤スラリーを用いて合剤層等を形成した際、合剤層と集電体との接着強度が高まり、さらには活物質の充填密度が高くなりやすい。
【0019】
・活物質
合剤スラリーが含む活物質は、正極活物質であってもよく、負極活物質であってもよい。
【0020】
負極活物質の例には、人工黒鉛、天然黒鉛、難黒鉛化炭素、易黒鉛化炭素、活性炭、またはフェノール樹脂およびピッチ等を焼成炭化したもの等の炭素材料;Cu、Li、Mg、B、Al、Ga、In、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、Bi、Cd、Ag、Zn、Hf、ZrおよびY等の金属・合金材料;ならびにGeO、GeO2、SnO、SnO2、PbO、PbO2等の金属酸化物等が含まれる。また、負極活物質は、これらの表面にコーティングを施したものであってもよい。なお、負極活物質は、市販品であってもよい。
【0021】
一方、正極活物質の例には、リチウム系正極活物質が含まれ、例えば下記一般式(1)
LiMxO2・・・(1)
で表されるリチウム金属酸化物や、その表面にコーティングを施したものが挙げられる。
一般式(1)において、MはNiを含む少なくとも一種の金属元素を表し、Ni以外の金属元素としては、Co、Al、Fe、Mn、CrおよびVからなる群から選択されることが好ましい。Niに加えて、さらにCo、MnおよびAlからなる群から選択される1種または2種以上の金属を含有することがより好ましい。また、上記式(1)で表されるリチウム金属酸化物において、Mを構成する金属元素の合計を100モル%としたとき、55モル%以上のNiを含むことが好ましく、70%以上のNiを含むことがより好ましい。
上記一般式(1)において、0.5≦x≦1.5であり、さらに好ましくは0.7≦x≦1.3である。
【0022】
上記一般式(1)で表されるリチウム系正極活物質や、その他のリチウム系正極活物質の組成の例には、Li1.0Ni0.8Co0.2O2、Li1.0Ni0.5Mn0.5O2、Li1.00Ni0.35Co0.34Mn0.34O2(NCM111)、Li1.00Ni0.52Co0.20Mn0.30O2(NCM523)、Li1.00Ni0.50Co0.30Mn0.20O2(NCM532)、Li1.00Ni0.6Co0.2Mn0.2O2(NCM622)、Li1.00Ni0.83Co0.12Mn0.05O2(NCM811)、Li1.00Ni0.85Co0.15Al0.05O2(NCA811)、LiCoO2(LCO)、およびLiFePO4(LFP)等が含まれる。正極活物質は、市販品であってもよい
【0023】
活物質は、上記の中でも特に、得られる合剤層中の活物質の充填密度を高めやすいとの観点で、NCM811、NCA811、LFPが好ましく、NCM811、LFPがより好ましい。
【0024】
合剤スラリーが含む活物質の量は、その種類、電極の機能、電池の種類等に応じて適宜選択され、特に制限されるものではないが、一例において、合剤スラリーの固形分の総量に対して、50.0質量%以上99.9質量%以下が好ましい。活物質の量が当該範囲であると、例えば十分な充放電容量が得られ、電池性能が良好になりやすい。
【0025】
・導電助剤
合剤スラリーは、導電助剤を含んでいてもよい。導電助剤は、上記活物質同士、または上記活物質と集電体との間の導電性をより高めることができる化合物であれば特に制限されない。導電助剤の例には、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、カーボンブラック、黒鉛粉末、グラフェン、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブ、およびカーボンファイバー等が含まれる。
【0026】
合剤スラリーが含む導電助剤の量は、その種類等に応じて適宜選択される。導電性の向上および導電助剤の分散性をともに高める観点から、合剤スラリーの固形分の総量に対して、0.1質量%15質量%以下が好ましく、0.1質量%以上7.0質量%以下がより好ましく、0.1質量%以上5.0質量%以下がさらに好ましい。
【0027】
・溶媒
合剤スラリーの溶媒は、N-メチルピロリドンを含んでいればよく、N-メチルピロリドン以外に、さらに異なる溶媒(その他の溶媒)を含んでいてもよい。ただし、その他の溶媒の量は、溶媒の総量を100質量%とした場合に、10.0質量%以下が好ましく、5.0質量%以下がより好ましい。
【0028】
合剤スラリー中の溶媒の量、特にNMPの量は、合剤スラリー中の溶媒と後述の添加剤の合計量を100質量%とした場合に、90.0質量%以上99.99質量%以下が好ましく、95.0質量%以上99.97質量%以下がより好まく、97.0質量%以上99.95質量%が更により好ましい。さらに、上述の合剤スラリーの総量に対する溶媒と後述の添加剤との合計量は、10質量%以上70質量%以下が好ましく、20質量%以上55質量%以下がより好ましい。溶媒と添加剤の合計量が当該範囲であると、合剤スラリーの粘度が良好になりやすい。
【0029】
その他の溶媒の例には、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等が含まれる。
【0030】
・添加剤
合剤スラリーが含む添加剤は、分子内にフッ素原子を1つ以上含み、かつ当該合剤スラリーの110℃の加熱によって、分解または揮発する化合物である。合剤スラリーは、添加剤に相当する化合物を、一種のみ含んでいてもよく、二種以上含んでいてもよい。
【0031】
合剤スラリーの110℃の加熱によって、化合物が分解または揮発するか否か、すなわち化合物が本発明の添加剤に相当するか否かは、以下のように判断できる。まず、当該化合物を含む合剤スラリーを調製する。そして当該合剤スラリーを110℃で加熱し、乾固させる。加熱時間は、当該合剤スラリーが乾固する時間以上であれば、特に制限されない。乾固後の合剤スラリーをメタノールに12時間含浸させる。そして、当該メタノール溶液をガスクロマトグラフで分析し、当該化合物が検出されるか確認する。つまり、当該検査によって化合物が検出されない場合(所定の保持時間にピークがみられない場合)に、添加剤が分解または揮発していると判断する。
【0032】
本発明の添加剤に相当する化合物の例には、炭酸フルオロエチレン、ビス(4-フルオロフェニル)スルホン、2-フルオロ-2-ホスホノ酢酸トリエチル、フルオロベンゼン、2,2,2-トリフルオロエタノール、ヘキサフルオロ-2-プロパノール、りん酸トリス(2,2,2-トリフルオロエチル)、2-(2,2,2-トリフルオロエトキシ)-1,3,2-ジオキサホスホラン-2-オキシド、ペンタフルオロ(フェノキシ)シクロトリホスファゼンが含まれ、これらの中でも炭酸フルオロエチレン、ビス(4-フルオロフェニル)スルホン、および2-フルオロ-2-ホスホノ酢酸トリエチルが好ましい。
【0033】
合剤スラリー中の添加剤の総量は、合剤スラリー中の溶媒と添加剤の総量を100質量%とした場合に、0.01質量%以上10.0質量%以下が好ましく、0.03質量%以上5.0質量%以下がより好まく、0.05質量%以上3.0質量%以下が更により好ましい。
【0034】
・その他の成分
合剤スラリーは、本発明の目的及び効果を損なわない範囲で、公知の分散剤、接着補助剤、増粘剤等を含んでいてもよい。さらに、リン化合物、硫黄化合物、有機酸、アミン化合物、およびアンモニウム化合物等の窒素化合物;有機エステル、各種シラン系、チタン系およびアルミニウム系のカップリング剤;ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、スチレン・ブタジエンゴム(SBR)、およびポリアクリロニトリル(PAN)等の樹脂;をさらに含んでいてもよい。ただし、これらの総量は、合剤スラリーの固形分の総量に対して、15質量%以下が好ましい。
【0035】
・合剤スラリーの調製方法
合剤スラリーは、上述の全ての成分を一度に混合して調製してもよく、一部の成分を先に混合し、後から残りの成分を混合して調製してもよい。例えば、活物質および導電助剤を混合してから、含フッ素重合体や添加剤や溶媒を加え、混合してもよい。
【0036】
合剤スラリーの粘度は、電極合剤を塗工して合剤層を形成するときの液だれ・塗工ムラ・塗工後の乾燥遅延を防止でき、電極合剤層作製時の作業性や塗布性が良好な粘度であれば特に限定されない。通常、B型粘度計にて、20℃、回転数6rpmにて測定される粘度(スラリー粘度)が、100mPa・s以上100000mPa・s以下であることが好ましく、1000mPa・s以上80000mPa・s以下がより好ましく、2000mPa・s以上70000mPa・s以下であることが特に好ましい。
【0037】
2.電極およびその製造方法
本発明は、上述の合剤スラリーから得られる合剤層を有する電極も提供する。当該電極は、上述の合剤スラリーを用いて形成されることから、合剤層における活物質の充填密度が高く、電池の高容量化や高エネルギー化を実現可能である。このような電極は、例えばリチウムイオン二次電池の電極として好適に使用される。リチウムイオン二次電池の電極は、例えば、集電体と、当該集電体上に配置された合剤層とを有する構造体とすることができる。以下、当該電極の集電体および合剤層、ならびに電極の製造方法について詳しく説明する。
【0038】
・集電体
負極および正極用の集電体は、電気を取り出すための端子である。集電体の材質や形状は、電池の種類や形状等に合わせて適宜選択されるが、アルミニウム、銅、鉄、ステンレス鋼、鋼、ニッケル、チタン等の金属箔あるいは金属網等を好適に使用できる。また、集電体は、金属以外の媒体の表面に上記金属箔あるいは金属網等を施したものであってもよい。
【0039】
・合剤層
合剤層は、上述の合剤スラリーを集電体上に塗布し、乾燥させた層である。合剤層は、上記集電体の一方の面のみに形成されていてもよく、両方の面に配置されていてもよい。合剤層の厚みは、電極の用途等に合わせて適宜選択されるが、一例において、集電体の一方の面におけるプレス後の合剤層の厚みは、通常0.03mm以上0.5mm以下が好ましく、0.05mm以上0.3mm以下がより好ましい。
また、集電体の一方の面に形成された合剤層の目付量は、特に限定されるものではなく、任意の目付量とすることができるが、一例において、50g/m2以上1000g/m2以下が好ましく、100g/m2以上500g/m2以下がより好ましい。
【0040】
さらに、プレス前の合剤層中の空隙率、すなわちプレス前の合剤層が含む空隙の割合は、40%以上70%以下が好ましく、60%以下がより好ましい。プレス前の合剤層の空隙率が40%以上であると、プレス時に粒子(活物質)の再配置が起こりやすいため、低いプレス圧でも、合剤層中の活物質の充填密度を高められる。
プレス後の合剤層の空隙率は、10%以上40%以下が好ましく、15%以上35%以下がより好ましい。合剤層の空隙率が低いと、活物質の充填率が高くなり、電池を高容量化したり、高エネルギー化したりすることが可能となる。合剤層の空隙率は、以下のように求められる。合剤層の質量および厚みを測定し、密度を算出する。一方で、合剤層中の各材料の含有量、およびそれぞれの真密度を特定する。そして、これらの値を比較し、空隙率を算出する。
【0041】
・電極の製造方法
上記電極の製造方法は、上述の合剤スラリーを集電体上に塗布し、乾燥させて合剤層を形成する工程を含む。電極の製造方法は、合剤層を形成する工程以外に、必要に応じて他の工程を含んでいてもよい。
【0042】
合剤層を形成する工程における、合剤スラリーの塗布方法は、合剤スラリーを所望の厚みで塗布可能であれば特に限定されず、その例には、ドクターブレード法、リバースロール法、コンマバー法、グラビヤ法、エアーナイフ法、ダイコート法およびディップコート法等が含まれる。
【0043】
また、上記合剤スラリーの乾燥方法は特に制限されないが、プレス前に空隙率が大きい(活物質の充填密度が低い)合剤層を得るとの観点から、110℃以上の温度で乾燥させることが好ましい。このときの加熱温度は、110℃以上170℃以下がより好ましく、110℃以上160℃以下がさらに好ましい。また、乾燥は、大気圧下、加圧下、減圧下、いずれの環境下で行ってもよい。また、乾燥時間は、特に限定されないが、1~300分が好ましい。乾燥時間は、乾燥温度により適宜選択すれば良い。なお、上記乾燥は、複数回行ってもよい。また複数回乾燥を行う場合、各回における加熱温度や加熱時間は同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0044】
さらに、上記乾燥後、合剤層をプレスすることが望ましい。プレスを行うことで、合剤層中の活物質の充填密度を高めることができる。なお、一般的に、活物質の充填密度を高めるためには、プレス圧力を高くする必要があるが、上述の合剤スラリーを使用することで、比較的低い圧力で活物質の充填密度が高められる。プレス圧力は、所望の充填密度によって異なるが、例えば14mmφの電極を油圧プレスする場合は、電極の面圧が150MPa以上900MPa以下が好ましく、250MPa以上700MPa以下がより好ましい。
【実施例0045】
以下、本発明の具体的な実施例を比較例とともに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0046】
1.材料の準備
以下の材料を準備した。
(1)フッ化ビニリデン系重合体
・VDF(フッ化ビニリデン)/AES(2-アクリロイロキシエチルコハク酸
)共重合体(VDF:AES(モル比)=99.7:0.3
・VDF/HFP(ヘキサフルオロプロピレン)/MMM(マレイン酸モノメチル)共重合体(VDF:HFP:MMM(モル比)=96.7:3.1:0.3)
・PVDF(ポリフッ化ビニリデン)
【0047】
(2)活物質および導電助剤
・NCM811(一次粒子径(D50):12μm、比表面積0.4m2/g)
・LFP(一次粒子径(D50):2μm、比表面積:19.9m2/g)
・導電助剤:Timical Japan社製 Super-P(商品名)
【0048】
(3)溶媒
・N-メチルピロリドン(NMP)
【0049】
(4)添加剤
・炭酸フルオロエチレン(FEC)
【化1】
・ビス(4-フルオロフェニル)スルホン(FPS)
【化2】
・2-フルオロ-2-ホスホノ酢酸トリエチル(FPAcE)
【化3】
・ベンジルアルコール(BzOH)
【化4】
・炭酸プロピレン(PC)
【化5】
【0050】
2.合剤スラリーの調整
(実施例1)
活物質(NCM811)と導電助剤と、を混ぜ合わせ、ミキサー(シンキー社製 あわとり練太郎 ARE310)にて、自転800rpm、公転2000rpmの条件で、1分間混練した。そこへバインダー(VDF/AES共重合体)を6質量%含むNMP溶液を、予定使用量の8割加え、所定の量の添加剤を加え、さらにNMPを加えて不揮発成分の濃度を80.5質量%とした。当該混合物を、上記ミキサーで自転2000rpmとして、2分間混練した。さらに、残りのバインダー溶液を加え、NMPを加えて、不揮発分濃度が73質量%となるように調整した。そして上記ミキサーで自転2000rpmとして、3分間混練し、目的の合剤スラリーを得た。なお、得られた合剤スラリー中の活物質(NCM811)と、導電助剤と、バインダー(VDF/AES共重合体)との質量比は、96.2:1.9:1.9とした。また、溶媒(NMP)と添加剤との合計質量に対する添加剤の質量は0.1質量%とした。
【0051】
(実施例2、3、比較例1~3)
溶媒や添加剤の量や種類を、表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様に電極合剤スラリーを調製した。
【0052】
(実施例4)
導電助剤とNMPとを不揮発分7.4質量%となるように混ぜ合わせ、ミキサー(シンキー社製 あわとり練太郎 ARE310)にて、自転2000rpmとして、1分間混練した。当該混錬物に、バインダー(VDF/HFP/MMM共重合体およびPVDFの混合物(質量比=50:50))のNMP溶液(濃度6質量%)を加え、所定の量の添加剤を加え、さらにNMPを不揮発分濃度が4.8質量%となるように加えた。そして、上記ミキサーで自転2000rpmとして、2分間混練した。さらに、活物質(LFP)を全量加え、上記ミキサーにて自転2000rpmで3分間混練し、目的の合剤スラリーを得た。なお、得られた電極合剤スラリー中の活物質(LFP)と、導電助剤と、バインダー(VDF/HFP/MMM共重合体およびPVDFの混合物)との質量比は、95.0:2.0:3.0とした。溶媒(NMP)と添加剤との合計質量に対する添加剤の質量は5.0質量%とした。
【0053】
(実施例5、6、および比較例4)
溶媒や添加剤の量や種類を、表1に示すように変更した以外は、実施例4と同様に電極合剤スラリーを調製した。
【0054】
(添加剤の揮発性または分解性の確認)
上述の添加剤が、合剤スラリーの110℃の加熱によって分解または揮発するか否かは、以下の方法で確認した。
厚み50μmのAl箔状の片面に、上記実施例で調製した合剤スラリーを塗布し、110℃で30分乾燥させ、目付量200g/m2の合剤層を得た。当該合剤層を1cm2の大きさに切断し、25枚の試料を作製した。当該試料をメタノール(10mL)に浸し、12時間後、メタノール溶液を回収した。回収したメタノール溶液をガスクロマトグラフにて分析した。ガスクロマトグラフは、試料注入口(試料入口端)の温度は240℃に設定し、オーブン温度を40℃で5分保持し、40℃から230℃まで毎分8℃で昇温し、230℃で10分保持する昇温プログラムで測定を行った。カラム流量は1.48mL/分とした。一方、同様の測定条件で、添加剤をメタノールに溶解させたものをガスクロマトグラフにて分析し、添加剤の保持時間を確認した。そして、上記で回収したメタノール溶液のガスクロマトグラフ分析の結果、添加剤の保持時間にピークがみられなかった場合に、添加剤が完全に分解または揮発し、残存していないと判断した。実施例1~6全ての合剤スラリーにおいて、添加剤の保持時間にピークは確認できなかった。つまり、上述の添加剤は、110℃の加熱で揮発または分解したといえる。
【0055】
3.正極電極の作製
厚み50μmのAl箔上に、上記実施例および比較例で調製した合剤スラリーを塗布し、110℃で30分乾燥させ、さらに130℃で2時間乾燥させて、正極電極を得た。なお、活物質として、NCM811を用いた場合には、合剤スラリーの塗布厚みを180μmとし、活物質としてLFPを用いた場合には、合剤スラリーの塗布厚みを280μmとした。
【0056】
4.評価
上記方法で作製した正極電極を直径14mmの円形に打ち抜き、質量と厚みを測定し、合剤層の密度を算出した。合剤層の密度と各材料の真密度から、合剤層の初期の空隙率を算出した。その後、円形に打ち抜いた正極電極を、ゲージ圧20MPaで20秒間プレスして厚みを測定し、プレス後の合剤層の密度を算出し、さらに空隙率を算出した。測定は5回行い、得られた値の平均値を採用した。なお、実施例1~3、および比較例1、2のプレス後の空隙率を、比較例3(ブランク)のプレス後の空隙率と比較した。一方、実施例4~6のプレス後の空隙率を、比較例4(ブランク)のプレス後の空隙率と比較した。結果を表1に示す。
【0057】
【0058】
上記表1に示すように、分子内にフッ素原子を1つ以上含み、かつ110℃の加熱によって、分解または揮発する添加剤を合剤スラリーに含めた場合には、プレス後の空隙率が低かった(実施例1~6)。これに対し、その他の溶媒を含めた場合には、プレス後の空隙率を高めることはできなかった(比較例1または2)。
本発明の合剤スラリーは、合剤層の形成時に、低いプレス圧でも活物質の充填密度を高くすることが可能である。したがって、当該合剤スラリーによれば、高容量化や高エネルギー化を実現可能な電極等が得られる。したがって、当該合剤スラリーや、これから得られる電極は、リチウムイオン二次電池の製造に非常に有用である。