(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024039607
(43)【公開日】2024-03-22
(54)【発明の名称】車両部品用鋳造体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 23/02 20060101AFI20240314BHJP
B22D 17/00 20060101ALI20240314BHJP
B22D 17/32 20060101ALI20240314BHJP
B62D 5/04 20060101ALI20240314BHJP
C22F 1/06 20060101ALN20240314BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20240314BHJP
C22F 1/02 20060101ALN20240314BHJP
【FI】
C22C23/02
B22D17/00 334
B22D17/32 Z
B62D5/04
C22F1/06
C22F1/00 611
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630H
C22F1/00 650F
C22F1/00 661Z
C22F1/00 631Z
C22F1/00 691B
C22F1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023127254
(22)【出願日】2023-08-03
(31)【優先権主張番号】P 2022143677
(32)【優先日】2022-09-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100169063
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 洋平
(72)【発明者】
【氏名】三ツ邑 宗隆
(72)【発明者】
【氏名】山本 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】小俣 弘樹
【テーマコード(参考)】
3D333
【Fターム(参考)】
3D333CB02
3D333CB12
3D333CD08
3D333CD09
3D333CD39
3D333CE04
3D333CE16
3D333CE17
3D333CE19
(57)【要約】
【課題】軽量であり且つ耐食性が優れているとともに、電磁シールド性及び振動減衰性を確保するための対策が不要であり、優れた強度、放熱性及び変形特性を有する車両部品用鋳造体を提供する。
【解決手段】8.3質量%以上9.7質量%以下のAlと、0.35質量%以上1.0質量%以下のZnと、0.15質量%以上0.50質量%以下のMnとを含有し、残部がMg及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金、あるいは、5.5質量%以上6.5質量%以下のAlと、0.35質量%以下のZnと、0.24質量%以上0.60質量%以下のMnとを含有し、残部がMg及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金により構成される、車両部品用鋳造体。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
8.3質量%以上9.7質量%以下のAlと、0.35質量%以上1.0質量%以下のZnと、0.15質量%以上0.50質量%以下のMnとを含有し、残部がMg及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金により構成される、車両部品用鋳造体。
【請求項2】
5.5質量%以上6.5質量%以下のAlと、0.35質量%以下のZnと、0.24質量%以上0.60質量%以下のMnとを含有し、残部がMg及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金により構成される、車両部品用鋳造体。
【請求項3】
前記マグネシウム合金が粒状の結晶組織を含む半溶融素材の固化物であり且つ網状の金属間化合物であるβ-Mg17Al12化合物を含む、請求項1又は2に記載の車両部品用鋳造体。
【請求項4】
前記マグネシウム合金は、不可避的不純物であるCuが0.030質量%以下であり且つ不可避的不純物であるNiが0.002質量%以下である、請求項1又は2に記載の車両部品用鋳造体。
【請求項5】
前記マグネシウム合金は、不可避的不純物であるCuが0.010質量%以下であり且つ不可避的不純物であるNiが0.002質量%以下である、請求項1又は2に記載の車両部品用鋳造体。
【請求項6】
コラムハウジング、ギヤボックス、カバー、ラック及びピニオンギヤボックスハウジングからなる群から選ばれる一種である、請求項1又は2に記載の車両部品用鋳造体。
【請求項7】
8.3質量%以上9.7質量%以下のAlと、0.35質量%以上1.0質量%以下のZnと、0.15質量%以上0.50質量%以下のMnとを含有し、残部がMg及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金チップを、550℃以上630℃以下の温度に加熱し、半溶融マグネシウム合金チップを得る工程と、
前記半溶融マグネシウム合金チップを成形する工程と、
を含み、
前記半溶融マグネシウム合金チップを得る工程及び前記成形する工程は、活性ガスが存在しない雰囲気下で実施される、車両部品用鋳造体の製造方法。
【請求項8】
5.5質量%以上6.5質量%以下のAlと、0.35質量%以下のZnと、0.24質量%以上0.60質量%以下のMnとを含有し、残部がMg及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金チップを、550℃以上630℃以下の温度に加熱し、半溶融マグネシウム合金チップを得る工程と、
前記半溶融マグネシウム合金チップを成形する工程と、
を含み、
前記半溶融マグネシウム合金チップを得る工程及び前記成形する工程は、活性ガスが存在しない雰囲気下で実施される、車両部品用鋳造体の製造方法。
【請求項9】
前記半溶融マグネシウム合金チップを得る工程及び前記成形する工程は、チクソモールド法にて実施される、請求項7又は8に記載の車両部品用鋳造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両部品用鋳造体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
車両等の電動パワーステアリング装置は、電子制御ユニット(ECU)により制御されている。具体的には、電動パワーステアリング装置用のECU(以下、単に「ECU」という。)は、一般的に、回路基板と、これを収容するためのケース(以下、「ECUケース」という。)とを備える。近時、車両の燃費を向上させるため、電動パワーステアリング装置において、ECUの軽量化が要求されている。特に、ECUの重量の大部分は、ECUケースであるため、ECUケースについての軽量化が課題となっている。特許文献1は、回路基板を収容する筐体を樹脂製とすることによってECUの軽量化を図ることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、車両用ECUは、一般的に、車両の内部に配置されている。しかし、将来的な自動運転の拡大に伴って、車両の外部であってタイヤを支持するサスペンションの近傍にECUが配置される可能性がある。ECUが車両の外部に配置された場合、ECUケースは錆を発生させる環境に暴露されるため、優れた耐食性を有することが要求される。これに加え、ECUケースは、より一層高い強度及び熱伝導率を有するとともに、放熱性及び環境に対する変形特性が優れていることも要求される。
【0005】
しかしながら、上記特許文献1に記載の樹脂製のECUケースは、上記のような要求される特性を十分に満足することができない。また、ECUケースがモータの付近に設置される場合には、電磁シールド性(EMC:Electromagnetic Compatibility)、振動減哀(音振動)性等の機能性を満足することが要求される。しかし、ECUケースが樹脂製であると、上記機能を満足するためにメッキ等の対策が必要になり、工程数の増加を招く。
【0006】
本発明は、軽量であり且つ耐食性が優れているとともに、電磁シールド性及び振動減衰性を確保するための対策が不要であり、優れた強度、放熱性及び変形特性を有する車両部品用鋳造体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、車両部品用鋳造体の軽量化について鋭意研究を重ねた結果、車両部品用鋳造体の材料として、アルミニウム合金よりも軽量で高強度であるマグネンウム合金を用いるという考えに至った。一方、マグネシウムは燃えやすく、危険であるため、マグネシウムを用いた成形体の製造は、一般的には敬遠されていた。また、軽量化のために成形されたマグネシウム合金鋳造体は、アルミニウム合金と比較して標準電極電位が低いため、中性及び酸性域で容易に腐食するという問題点があった。
【0008】
例えば、特開2002-332534号公報では、マグネシウム合金成形体の表面に耐食性の保護膜を形成する表面処理方法が提案されている。これは、マグネシウム合金ダイカスト材にクロメート化成処理を施すことにより、クロム酸塩がマグネシウム合金を不動態化させるものである。そして、マグネシウムダイカスト材の表面に生成した不動態被膜により、耐食性を得ることができる。
【0009】
しかしながら、上記公報に記載の技術によると、マグネシウム合金をダイカストした後に、更に工程が増加するという問題点がある。また、クロメート化成処理に使用されるクロム酸塩溶液の六価クロムが、人体に悪影響を及ぼすとともに、固溶体化処理を行う場合の不活性ガスとして使用してもよいと記載されたSF6ガスは、地球環境に悪影響を及ぼすという問題点が発生する。
【0010】
そこで、本発明者らは、Al、Zn及びMnを所定の含有量で含有するマグネシウム合金のチップを使用し、製造条件を適切に選択することにより、耐食性が優れたマグネシウム合金製の車両部品用鋳造体を安全に製造することができることを見出した。本開示は以下の本発明に関し、これらの発明は上記知見に基づいてなされたものである。
【0011】
[1]8.3質量%以上9.7質量%以下のAlと、0.35質量%以上1.0質量%以下のZnと、0.15質量%以上0.50質量%以下のMnとを含有し、残部がMg及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金により構成される、車両部品用鋳造体。
[2]5.5質量%以上6.5質量%以下のAlと、0.35質量%以下のZnと、0.24質量%以上0.60質量%以下のMnとを含有し、残部がMg及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金により構成される、車両部品用鋳造体。
[3]前記マグネシウム合金が粒状の結晶組織を含む半溶融素材の固化物であり且つ網状の金属間化合物であるβ-Mg17Al12化合物を含む、[1]又は[2]に記載の車両部品用鋳造体。
[4]前記マグネシウム合金は、不可避的不純物であるCuが0.030質量%以下であり且つ不可避的不純物であるNiが0.002質量%以下である、[1]~[3]のいずれか一つに記載の車両部品用鋳造体。
[5]前記マグネシウム合金は、不可避的不純物であるCuが0.010質量%以下であり且つ不可避的不純物であるNiが0.002質量%以下である、[1]~[4]のいずれか一つに記載の車両部品用鋳造体。
[6]コラムハウジング、ギヤボックス、カバー、ラック及びピニオンギヤボックスハウジングからなる群から選ばれる一種である、[1]~[5]のいずれか一つに記載の車両部品用鋳造体。
[7]8.3質量%以上9.7質量%以下のアルミニウムと、0.35質量%以上1.0質量%以下の亜鉛と、0.15質量%以上0.50質量%以下のマンガンとを含有し、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金チップを、550℃以上630℃以下の温度に加熱し、半溶融マグネシウム合金チップを得る工程と、
前記半溶融マグネシウム合金チップを成形する工程と、
を含み、
前記半溶融マグネシウム合金チップを得る工程及び前記成形する工程は、活性ガスが存在しない雰囲気下で実施される、車両部品用鋳造体の製造方法。
[8]5.5質量%以上6.5質量%以下のアルミニウムと、0.35質量%以下の亜鉛と、0.24質量%以上0.60質量%以下のマンガンとを含有し、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金チップを、550℃以上630℃以下の温度に加熱し、半溶融マグネシウム合金チップを得る工程と、
前記半溶融マグネシウム合金チップを成形する工程と、
を含み、
前記半溶融マグネシウム合金チップを得る工程及び前記成形する工程は、活性ガスが存在しない雰囲気下で実施される、車両部品用鋳造体の製造方法。
[9]前記半溶融マグネシウム合金チップを得る工程及び前記成形する工程は、チクソモールド法にて実施される、[7]又は[8]に記載の車両部品用鋳造体の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る車両部品用鋳造体によれば、車両部品用鋳造体が所定の組成を有するマグネシウム合金により構成されるため、軽量であり且つ耐食性が優れているとともに、優れた強度、放熱性及び変形特性を得ることができる。
本発明に係る車両部品用鋳造体の製造方法によれば、所定の組成を有するマグネシウム合金チップを、活性ガスが存在しない雰囲気下において、低温で半溶融状態とした後に成形することにより、マグネシウム合金製の車両部品用鋳造体を製造することができる。このため、電磁シールド性及び振動減衰性を確保するための対策が不要であり、得られた車両部品用鋳造体は、軽量であり且つ耐食性が優れているとともに、優れた強度、放熱性及び変形特性を有するものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は本発明の車両部品用鋳造体の一実施形態に係るECUケースを備えるステアリング装置を模式的に示す斜視図である。
【
図2】
図2はチクソモールド装置の一例を模式的に示す断面図である。
【
図3】
図3はECUケースの他の実施形態を模式的に示す斜視図である。
【
図4】
図4はチクソモールドにより製造されたマグネシウム合金試験片の塩水噴霧試験前と試験後の断面を示す写真である。
【
図5】
図5は、ダイカストにより製造されたマグネシウム合金試験片の塩水噴霧試験前と試験後の断面を示す写真である。
【
図6】
図6は、ダイカストにより製造されたアルミニウム合金試験片の塩水噴霧試験前と試験後の断面を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態について具体的に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。
【0015】
[ステアリング装置]
図1は、本実施形態に係るECUケース(車両部品用鋳造体)を備えるステアリング装置を模式的に示す斜視図である。ステアリング装置1は、ステアリングホイールに接続されたステアリングシャフト3と、ステアリングシャフト3を回動可能に内包するコラム4と、電動アシスト機構5と、中間シャフト及びステアリングギヤとを備えている。なお、ステアリングホイール、中間シャフト及びステアリングギヤは不図示である。
【0016】
電動アシスト機構5は、ステアリングシャフト3に回転力を付与するものである。電動アシスト機構5は、モータ16と、モータ16の駆動を制御するECU20と、モータ16の回転力をステアリングシャフト3に伝達するギア(不図示)を収納したギヤボックス21とからなる。
【0017】
ECU20は、箱状のハウジング26と、カバープレート27とによって構成されたECUケース25と、ECUケース25の内部に収容された回路基板とからなる。ECU20は、車体取付けブラケット22とギヤボックス21との間に配置されており、車載バッテリに接続されている。なお、回路基板及び車載バッテリは不図示である。
【0018】
回路基板は、操舵角、操舵トルク及び車速等に応じた駆動電流をモータ16に出力してモータ16の駆動を制御するものである。回路基板は、例えば、発熱素子であるパワーMOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect-Transistor:金属酸化膜型の電界効果トランジスタ)等の電子部品を多数実装した板状部材からなり、ハウジング26とカバープレート27によって挟持されている。
【0019】
カバープレート27は、ハウジング26の開放面を閉塞する板状部材であって、蛇腹状のフィン30がヒートシンクとして一体的に設けられている。したがって、電子部品で生じた熱は、フィン30を介して放出されるように構成されている。
【0020】
ステアリング装置1においては、車両の運転者がステアリングホイールを回転操作することにより、ステアリングシャフト3及び中間シャフトを介して、車輪の操舵角を変えることができる。このとき、操舵補助力として電動アシスト機構5から回転力がステアリングシャフト3に付与されるため、運転者がステアリングホイールの操作に要する力を軽減することができる。
【0021】
[ECUケースの製造方法]
<チクソモールド装置>
図2は、チクソモールド装置の一例を模式的に示す断面図である。この図に示すチクソモールド装置40は、シリンダ41と、シリンダ41の内部に挿入されたスクリュー42とを有する。シリンダ41は、その内部でマグネシウム合金チップ47を半溶融状態とするためのものである。スクリュー42は、マグネシウム合金チップ47をせん断しつつ下流に運搬する。スクリュー42の一方の端部には、スクリュー42の回転を制御する射出装置43が接続されている。
【0022】
シリンダ41の上流側には、シリンダ41内にマグネシウム合金チップ47を投入する投入口46が設けられている。投入口46よりも下流側におけるシリンダ41の外周面にはヒータ45が配置されており、マグネシウム合金チップ47が下流側に運搬されるに伴って、マグネシウム合金チップ47が加熱される構成となっている。シリンダ41の下流側には、半溶融状態となった半溶融マグネシウム合金チップ48が射出される金型44が配置されている。
【0023】
<ECUケースの製造方法>
チクソモールド装置40を使用して、ECUケース25を製造する方法について、以下に説明する。
【0024】
(半溶融マグネシウム合金チップを得る工程)
まず、ヒータ45によってシリンダ41を加熱し、スクリュー42を回転させた状態で、所定の組成を有するマグネシウム合金チップ47を、投入口46を介してシリンダ41内に投入する。マグネシウム合金チップ47の組成については後述する。投入されたマグネシウム合金チップ47は、スクリュー42により撹拌され、せん断力を受けるとともに、ヒータ45によって550℃以上630℃以下の温度に加熱されながら、下流側に運搬される。これにより、シリンダ41内の下流側において、半溶融マグネシウム合金チップ48が得られる。
【0025】
(半溶融マグネシウム合金チップを成形する工程)
その後、半溶融マグネシウム合金チップ48は、ノズル49を介して、所望の形状が形成された金型44内に射出された後、冷却されて、離型される。これにより、マグネシウム合金製のECUケース25を製造することができる。
【0026】
(マグネシウム合金チップの組成)
本実施形態においては、Al:8.3質量%以上9.7質量%以下、Zn:0.35質量%以上1.0質量%以下、Mn:0.15質量%以上0.50質量%以下、を含有し、残部がMg及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金チップを用いる。上記組成は、ASTM規格で規定され、一般的に使用されているマグネシウム合金AZ91Dに準ずるものである。マグネシウム合金チップの合金成分を上記の組成にすることにより、高強度であるとともに、耐食性が優れたECUケース25を製造することができる。
【0027】
本実施形態では、例えば、550℃以上630℃以下の温度でマグネシウム合金チップを半溶融状態とし、そのまま金型を用いて成形することにより、ECUケース25を製造する。したがって、一般的なダイカストによる製造方法と比較して、製造時の温度を著しく低下させることができ、マグネシウム合金成形体の製造時の危険性を大幅に低減することができる。
【0028】
本実施形態に係る製造方法によると、製造時に、六価クロム、SF6等の物質を使用しないため、人体又は地球環境に悪影響を及ぼすことがない。
【0029】
なお、上記本実施形態は、チクソモールド法により射出成形する方法を例示したが、本発明はこれに限定されない。例えば、半溶融マグネシウム合金チップを得る工程と、半溶融マグネシウム合金チップを成形する工程とを、活性ガスが存在しない雰囲気、例えば不活性ガス雰囲気下や真空雰囲気下で実施することにより、ECUケース25を得てもよい。また、射出成形後に、低温(例えば、350℃以上400℃以下)で熱処理(溶体化処理)することにより、人工時効硬化処理を実施してもよい。マグネシウム合金(チップ又は鋳造体)を構成する各元素の量は、例えば、JIS H1331:2018の発光分光による分析によって求めることができる。
【0030】
<ECUケース>
ECUケース25は、上記製造方法により得られるものである。すなわち、上記のとおり組成が制御されたマグネシウム合金チップを使用し、所定の温度で半溶融マグネシウム合金チップとした後に、成形されることにより得られる。従来において、マグネシウムは一般的に燃えやすい性質を有するため、特に、車両等のように、高温環境下となる部材の材料として使用されることは敬遠されていた。しかし、本実施形態においては、適切に合金成分が調整されたマグネシウム合金を使用すると、得られた成形体は優れた耐熱性を有するものとなる。
【0031】
ECUケース25は、マグネシウム合金製であるため、環境による変形耐性が優れているとともに、電磁シールド性及び振動減衰性にも優れたものとなる。したがって、樹脂製のECUケースと比較して、電磁シールド性及び振動減衰性を確保するための対策が不要であり、製造工程数を減少させることができる。
【0032】
本発明者らは、本実施形態に係る製造方法により製造されたマグネシウム合金成形体と、マグネシウム合金を用いて、又はアルミニウム合金を用いてダイカストにより製造された成形体とを比較し、耐食性を向上させることができる成分について検討した。その結果、チクソモールド法の方が表面近傍へ腐食速度を遅らせるAl成分の濃縮が発生しやすく、これが耐食性の向上に寄与すると推察される。
【0033】
マグネシウム合金チップにおいて不可避的不純物の含有量はなるべく少ないことが好ましい。特に、耐食性に影響を与える不可避的不純物であるCu及びNiについては、Cuが0.030質量%以下であるとともに、Niが0.002質量%以下であることが好ましい。上記マグネシウム合金チップは、不可避的不純物であるFeが0.005質量%以下であることが好ましい。不純物濃度が本濃度以下であれば、ADC12製アルミダイカストよりも優れた耐食性を示す。
【0034】
本実施形態に係るECUケースは、金属間化合物β(Mg17Al12)が微細なネットワーク状に存在しているため、ダイカスト品に比べて耐食性に優れると推察される。
【0035】
なお、ECUケースの通常の使用条件では、アルミニウム合金を用いた成形体を用いても、表面に不動態皮膜が形成されているため、耐食性が問題となることはないと考える。しかし、上記のとおり、ECUケースは、将来的に車両の外部に設置される可能性があり、設置場所によっては、塩水等の雰囲気に晒されて、不動態皮膜が破壊されるおそれがある。したがって、本実施形態に係る製造方法により得られるECUケースは特に有用となる。
【0036】
濃化層の形成の有無を確認する方法としては、成形体の表面から所定の深さまでの表層部におけるマグネシウム合金の組成を測定し、成形体全体の組成との差を比較する方法がある。ダイカストによる方法を使用した場合、すなわち、濃化層が形成されている場合には、表層部のマグネシウム合金組成は、成形体全体の組成と比較して大きく異なる。
【0037】
上記実施形態で例示したマグネシウム合金チップの代わりに、以下の組成のマグネシウム合金を使用してもよい。すなわち、マグネシウム合金チップとして、Al:5.5質量%以上6.5質量%以下、Zn:0.35質量%以下、Mn:0.24質量%以上0.60質量%以下、を含有し、残部がMg及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金チップを用いてもよい。上記組成は、ASTM規格で規定され、一般的に使用されているマグネシウム合金AM60Bに準ずるものである。マグネシウム合金チップの合金成分を上記の組成にすることにより、下記実施形態と同様、高強度であるECUケース25を製造することができる。ただし、アルミニウムの添加量がAZ91Dよりも抑えられていることから、耐食性が狙い通りの値を維持できているか否かを確認する必要がある。耐食性試験を行い、必要に応じて、Al濃度のMg-Al合金やMg-Zn-Zr合金に用いている様な、何らかの表面処理が必要となる可能性がある。
【0038】
このマグネシウム合金チップにおいても不可避的不純物の含有量はなるべく少ないことが好ましい。特に、耐食性に影響を与える不可避的不純物であるCu及びNiについては、Cuが0.010質量%以下であるとともに、Niが0.002質量%以下であることが好ましい。このマグネシウム合金チップは、不可避的不純物であるFeが0.005質量%以下であることが好ましい。少量のZn、Siの存在は耐食性に無関係であるか、プラスに作用する。Reは耐食性に有効である。
【0039】
<ECUケースの他の例>
図3は、本発明の他の実施形態に係るECUケースを示す斜視図である。この図に示すECUケース35は、一方の面が解放された箱状のハウジング36a及び36bからなり、両者の開放面を重ね合わせた構成を有する。なお、ECUケース35において、フィンは、ハウジング36bの外面に一体的に設けられている。ECUケース35の内部には回路基板が収容されている。なお、フィン及び回路基板は不図示である。
【0040】
図1に示すステアリング装置1において、ECUケース25に代えてECUケース35を使用することができる。なお、本発明において、ECUケースの形状は特に限定されず、フィンが形成される位置、フィンの形状等については、種々の形態を選択することができる。また、本発明において、チクソモールド法を用いた場合の加熱温度以外の製造条件についても特に限定されず、通常に使用される条件を適用することができる。
【0041】
<ECUケース以外の車両部品用鋳造体>
上記実施形態においては、ECUケース及びその製造方法について具体的に説明したが、ECUケース以外の車両部品用鋳造体及びその製造方法に本発明を適用してもよい。車両部品用鋳造体の具体例として、コラムハウジング、ギヤボックス、カバー、及びラック-ピニオンギヤボックスハウジングが挙げられる。これらの部品は十分に高い強度が求められる。
【実施例0042】
以下、本発明の実施例について、その比較例と比較して具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0043】
[ECUケースの製造]
(半溶融マグネシウム合金チップを得る工程)
まず、表1に示す組成を有するマグネシウム合金材(ASTM規格に規定されたAZ91D材)からマグネシウム合金チップを作製した。次に、
図2に示すチクソモールド装置40と同様の装置を使用して半溶融マグネシウム合金チップを次のようにして得た。まず、チクソモールド装置(40)のシリンダ(41)をヒータ(45)で加熱し、そして、スクリュー(42)を回転させながら、マグネシウム合金チップ(47)を投入口(46)からシリンダ(41)内に投入した。その後、スクリュー(42)により、マグネシウム合金チップ(47)を攪拌しつつ下流側に運搬した。この際、ヒータ(45)により、570℃~620℃の温度でマグネシウム合金チップ47を加熱することにより、半溶融マグネシウム合金チップ(48)を得た。
【0044】
(半溶融マグネシウム合金チップを射出成形する工程)
その後、半溶融マグネシウム合金チップ(48)を、金型(44)内に射出し、冷却して、固化した後に金型から離型することにより、成形体を得た。その後、成形体に対して洗浄処理を実施し、組み合わせることにより、
図3に示すECUケース35と同様の構成のECUケースを得た。
【0045】
【0046】
上記の製造方法により、軽量であるとともに、強度、放熱性及び変形特性を有するマグネシウム合金製のECUケースを製造することができた。また、上記実施例の方法によれば、六価クロム及びSF6を使用する必要がないため、人体及び地球環境に悪影響を及ぼすことを防止することができた。更に、マグネシウム合金製のECUケースは、電磁シールド性及び振動減衰性が優れているため、これらの特性を確保するための工程が不要となった。
【0047】
[耐食性の評価]
まず、表1に示す組成を有するマグネシウム合金(AZ91D)材を用いて、チクソモールド法及び大気に暴露される一般的なダイカスト法により試験片を作製した。一方、表2に示す組成を有するアルミニウム合金(JIS H5302に規定されたADC12材)ダイカスト材を用いて、試験片を作製した。試験片は、長辺:140mm、短辺:40mm、厚さ:2mmである板材とした。
【0048】
次に、各試験片の耐食性を評価するため、500時間の塩水噴霧試験を実施した。塩水噴霧試験の試験手順及び試験条件は、以下のとおりとした。
【0049】
<塩水噴霧試験の試験手順>
(1)試験片を斜めに立てかけて、塩水噴霧装置内に設置した。
(2)塩水噴霧装置内の噴霧ノズルから、試験片に対して霧状の塩水を均ーに噴霧した。
(3)噴霧処理後、試験片に付着した塩を水洗した。
(4)試験片の断面をミクロ観察することにより、耐食性を評価した。
【0050】
<塩水噴霧試験の試験条件>
空気飽和器の温度:47±2℃
試験層の温度:35±2℃
塩水の種類:JIS特級塩化ナトリウム
塩水の濃度:50±5g/リットル
塩水の比重:1.029~1.036(25±2℃時)
塩水の水素イオン指数(pH):6.5~7.2(25±2℃時)
試験時間:500時間
【0051】
【0052】
図4は、チクソモールドにより製造されたマグネシウム合金試験片の塩水噴霧試験前と試験後の断面を示す写真である。
図5は、ダイカストにより製造されたマグネシウム合金試験片の塩水噴霧試験前と試験後の断面を示す写真である。
図6は、ダイカストにより製造されたアルミニウム合金試験片の塩水噴霧試験前と試験後の断面を示す写真である。なお、全ての試験片について、5倍、20倍、100倍の倍率で撮影している。
【0053】
図4に示すように、本発明に係る製造方法に準じて製造されたマグネシウム合金試験片であるため、塩水噴霧試験後において、100倍の倍率で撮影された写真においても表面の腐食が観察されなかった。腐食が防止できた原因としては、チクソモールドにより得られた試験片の金属組織は、耐食性に寄与する金属間化合物β(Mg
17Al
12)が微細なネットワーク状に存在しているためであると推測される。
【0054】
図5に示すように、ダイカストにより製造されたマグネシウム合金試験片は、表面において部分的に浅い腐食が発生し、
図4に示すチクソモールドにより得られた試験片と比較して、腐食が進んでいることが示された。
【0055】
図6に示すように、ダイカストにより得られたアルミニウム合金試験片は、中央層51から表面側に向かって、中間層52と、表面のチル層53とが形成された。チル層53は、塩水雰囲気下において腐食されやすいため、
図5に示すダイカストにより製造されたマグネシウム合金試験板よりも、更に腐食が進んだ。
【0056】
上記耐食性の評価試験で示されたように、所定の組成を有するマグネシウム合金チップを使用し、活性ガスが存在しない雰囲気下において成形体を製造すると、過酷な条件である塩水噴霧試験によっても耐食性が著しく向上した。したがって、将来的に、本発明に係る車両部品用鋳造体が、車両の外部に配置された場合であっても、腐食による破壊等を防止することができる。
【0057】
[引張強度の評価]
JIS Z2241:2011に記載の「金属材料引張試験方法」に準じ、以下の条件で試験片の引張強度(試験温度:23℃)を測定した。
<試験片>
・試験片A
表1に示す組成のマグネシウム合金(AZ91D)材を用いてチクソモールド法によって作製した板材
・試験片B
表1に示す組成のマグネシウム合金(AZ91D)材を用いて大気に暴露される一般的なダイカスト法によって作製した板材
・試験片C
表2に示す組成のアルミニウム合金(ADC12)材を用いて大気に暴露される一般的なダイカスト法によって作製した板材
【0058】
試験のn数は10以上とした。表3に評価結果を示す。表3中の数値は試験片Cの引張強度(引張強さ)の平均値を100としたときの相対値である。
【0059】
【0060】
<参考例1>
表4に示す組成のマグネシウム合金(AM60B)を準備した。このマグネシウム合金(ADC12)材を用いて大気に暴露される一般的なダイカスト法によってコラムハウジングを試作した。このコラムハウジングから試験片(試験片D)を切り出した。JIS Z2241に記載の方法に準拠して引張試験(N=4、試験温度:23℃)を実施し、試験片Dの引張強さ(TP円弧の断面積より算出)及び伸び(破断品突き当てにより測定)を求めた。
【0061】
【0062】
<参考例2>
マグネシウム合金(AM60B)の代わりに表1に示すマグネシウム合金(AZ91D)を使用したことの他は、参考例1と同様、一般的なダイカスト法によってコラムハウジングを作製し、このコラムハウジングから試験片(試験片E)を切り出した。JIS Z2241に記載の方法に準拠して引張試験(N=4、試験温度:23℃)を実施し、試験片Eの引張強さ(TP円弧の断面積より算出)及び伸び(破断品突き当てにより測定)を求めた。
【0063】
表5に参考例1,2の評価結果を示す。表5中の数値は試験片Eの引張強度(引張強さ)の平均値を100としたときの相対値である。
【0064】
【0065】
試験片D(AM60B材)は試験片E(AZ91D材)と同等以上の強度が得られたことから、ダイキャスト法に代えてチクソモールド法で試験片Dを作製した場合も同等以上の強度が得られると推察される。また、試験片Eの伸びの平均値が3.5%であったのに対し、試験片Dの伸びの平均値は8.3%であった。更に、室温(23℃)の代わりに、85℃の条件下としたことの他は、上記と同様にして引張強度を測定した結果、試験片Eの引張強度(N=4)を100とすると、試験片Dの引張強度(N=6)の相対値は108であった。これらのことから、AM60B材を使用してチクソモールド法で鋳造体を作製した場合、AZ91D材を使用してチクソモールド法で作製された鋳造体と同等以上の機械的強度を有する鋳造体が得られると推察される。
1…ステアリング装置、3…ステアリングシャフト、5…電動アシスト機構、16…モータ、20…ECU、25,35…ECUケース、26,36a,36b…ハウジング、27…カバープレート、30…フィン、40…チクソモールド装置、41…シリンダ、42…スクリュー、44…金型、45…ヒータ、47…マグネシウム合金チップ、51…中央層、52…中間層、53…チル層