IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人金沢大学の特許一覧

特開2024-3977脳腫瘍モデル動物の作製方法、脳腫瘍モデル動物、及び薬剤のスクリーニング方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024003977
(43)【公開日】2024-01-16
(54)【発明の名称】脳腫瘍モデル動物の作製方法、脳腫瘍モデル動物、及び薬剤のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/027 20240101AFI20240109BHJP
   C12N 5/10 20060101ALN20240109BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20240109BHJP
【FI】
A01K67/027
C12N5/10
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022103369
(22)【出願日】2022-06-28
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【弁理士】
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(72)【発明者】
【氏名】河崎 洋志
(72)【発明者】
【氏名】水口 敬司
(72)【発明者】
【氏名】中田 光俊
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA24
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】簡便な脳腫瘍モデル動物の作製方法、及び脳腫瘍モデル動物等の提供。
【解決手段】哺乳動物の出生後の新生仔の脳において、線維芽細胞増殖因子を過剰に存在させることを含む、脳腫瘍モデル動物の作製方法。また、外来の線維芽細胞増殖因子遺伝子が導入された脳細胞を含む、非ヒト哺乳動物である、脳腫瘍モデル動物。また、前記脳腫瘍モデル動物を用いる、薬剤のスクリーニング方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
非ヒト哺乳動物の新生仔期以降の個体の脳において、線維芽細胞増殖因子を過剰に存在させることを含む、脳腫瘍モデル動物の作製方法。
【請求項2】
前記個体の脳細胞で、外来の線維芽細胞増殖因子遺伝子を発現させることにより、前記脳において前記線維芽細胞増殖因子を過剰に存在させる、請求項1に記載の脳腫瘍モデル動物の作製方法。
【請求項3】
前記個体は、
胎児期に、前記脳細胞に外来の線維芽細胞増殖因子遺伝子を導入され、
出生後に、前記外来の線維芽細胞増殖因子遺伝子を発現させる処置が施される、
請求項2に記載の脳腫瘍モデル動物の作製方法。
【請求項4】
前記脳細胞への前記外来の線維芽細胞増殖因子遺伝子の導入が、子宮内電気穿孔法により行われる、請求項3に記載の脳腫瘍モデル動物の作製方法。
【請求項5】
前記線維芽細胞増殖因子が、線維芽細胞増殖因子8である、請求項1に記載の脳腫瘍モデル動物の作製方法。
【請求項6】
前記非ヒト哺乳動物が、食肉目哺乳動物である、請求項1に記載の脳腫瘍モデル動物の作製方法。
【請求項7】
外来の線維芽細胞増殖因子遺伝子を有する脳細胞を含む、非ヒト哺乳動物である、脳腫瘍モデル動物。
【請求項8】
脳腫瘍を発症している、請求項7に記載の脳腫瘍モデル動物。
【請求項9】
請求項1~6のいずれか一項に記載の脳腫瘍モデル動物の作製方法により得られた脳腫瘍モデル動物を用いて、脳腫瘍の治療用又は予防用の候補薬剤をスクリーニングすることを含む、薬剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳腫瘍モデル動物の作製方法、脳腫瘍モデル動物、及び薬剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膠芽腫は成人で最も多い悪性脳腫瘍であり、脳腫瘍の15%、悪性脳腫瘍の45~50%を占めている。膠芽腫細胞では、ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study;GWAS)により、TERT、EGFR、CCDC26、CDKN2B、PHLDB1、TP53、及びRTEL1に変異が見つかっている。しかしながら、膠芽腫の発症機構には不明な点が多い。
【0003】
膠芽腫は未だ予後不良な原発性悪性脳腫瘍であり、膠芽腫の発症からの生存期間中央値は約1年程度であり、2年生存率は30%以下、5年生存率は8%以下である。そのため、膠芽腫の発症機構の解明、及び有効な治療薬の開発が求められている。
【0004】
疾患モデル動物は、疾患の病態解析、治療薬のスクリーニング等に有用である。膠芽腫モデル動物としては、膠芽腫細胞をマウスの脳に移植して作製した膠芽腫モデルマウスが報告されている(特許文献1)。
【0005】
一方、疾患モデル動物の作製方法としては、胎児期に、疾患を誘発する遺伝子を導入する方法が検討されている。例えば、特許文献2には、子宮内電気穿孔法といわれる遺伝子導入方法により、胎児期のフェレットに線維芽細胞増殖因子(Fibroblast Growth Factor;FGF)8遺伝子を導入し、多小脳回症モデル動物を作製したことが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2015-527058号公報
【特許文献2】特許第6562394号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
膠芽腫をはじめとする脳腫瘍モデル動物は、従来、ヒト患者由来の腫瘍細胞を移植する方法、ノックインマウス等の遺伝子改変マウスを用いる方法等により作製されている。しかしながら、従来の脳腫瘍モデル動物の作製方法は、コスト、時間、及び労力を要する。また、従来の方法で作製された脳腫瘍モデル動物は、脳腫瘍の発生速度が遅く、薬剤の投与試験には使用しにくい。さらに、再現性が不安点であるという問題もある。
【0008】
そこで、本発明は、簡便な脳腫瘍モデル動物の作製方法、前記作製方法により得られる脳腫瘍モデル動物、及び前記脳腫瘍モデル動物を用いた薬剤のスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は以下の態様を含む。
[1]非ヒト哺乳動物の新生仔期以降の個体の脳において、線維芽細胞増殖因子を過剰に存在させることを含む、脳腫瘍モデル動物の作製方法。
[2]前記個体の脳細胞で、外来の線維芽細胞増殖因子遺伝子を発現させることにより、前記脳において前記線維芽細胞増殖因子を過剰に存在させる、[1]に記載の脳腫瘍モデル動物の作製方法。
[3]前記個体は、胎児期に、前記脳細胞に外来の線維芽細胞増殖因子遺伝子を導入され、出生後に、前記外来の線維芽細胞増殖因子遺伝子を発現させる処置が施される、[2]に記載の脳腫瘍モデル動物の作製方法。
[4]前記脳細胞への前記外来の線維芽細胞増殖因子遺伝子の導入が、子宮内電気穿孔法により行われる、[3]に記載の脳腫瘍モデル動物の作製方法。
[5]前記線維芽細胞増殖因子が、線維芽細胞増殖因子8である、[1]~[4]のいずれか1つに記載の脳腫瘍モデル動物の作製方法。
[6]前記非ヒト哺乳動物が、食肉目哺乳動物である、[1]~[5]のいずれか1つに記載の脳腫瘍モデル動物の作製方法。
[7]外来の線維芽細胞増殖因子遺伝子を有する脳細胞を含む、非ヒト哺乳動物である、脳腫瘍モデル動物。
[8]脳腫瘍を発症している、[7]に記載の脳腫瘍モデル動物。
[9][1]~[6]のいずれか一項に記載の脳腫瘍モデル動物の作製方法により得られた脳腫瘍モデル動物を用いて、脳腫瘍の治療用又は予防用の候補薬剤をスクリーニングすることを含む、薬剤のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、簡便な脳腫瘍モデル動物の作製方法、前記作製方法により得られる脳腫瘍モデル動物、及び前記脳腫瘍モデル動物を用いた薬剤のスクリーニング方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1A】実施例1で作製した膠芽腫モデル動物の脳全体の写真を示す。
図1B】実施例1で作製した膠芽腫モデル動物の脳組織切片の写真を示す。
図2A】実施例1で作製した膠芽腫モデル動物のヘマトキシリン・エオジン(HE)染色した脳組織切片を示す。
図2B】実施例1で作製した膠芽腫モデル動物の抗Olig2抗体により免疫染色した脳組織切片を示す。
図3】実施例1で作製した膠芽腫モデル動物のHE染色した脳組織切片で検出された病変を示す。
図4A】実施例1で作製した膠芽腫モデル動物の抗IDH1 R132H抗体及びヘマトキシリンで染色した脳組織切片画像を示す。
図4B】実施例1で作製した膠芽腫モデル動物の抗ATRX抗体若しくは抗Ki67抗体及びヘマトキシリンで染色した脳組織切片画像を示す。
図5】実施例1で作製した膠芽腫モデル動物の抗Olig2抗体、抗GFAP抗体、抗EGFR抗体、又は抗Sox2抗体で免疫染色した脳組織切片の蛍光顕微鏡画像を示す。1段目及び4段目の画像は、Hoechst33342を検出した蛍光顕微鏡画像との合成画像である。3段目及び4段目の画像は、2段目の画像の四角で囲んだ部分の拡大画像である。
図6A】実施例1で作製した膠芽腫モデル動物の抗p-MAPK抗体で免疫染色した脳組織切片の蛍光顕微鏡画像を示す。左側の画像は、Hoechst33342を検出した蛍光顕微鏡画像との合成画像である。
図6B】実施例1で作製した膠芽腫モデル動物の抗p-4E-BP1抗体で免疫染色した脳組織切片の蛍光顕微鏡画像を示す。左側の画像は、Hoechst33342を検出した蛍光顕微鏡画像との合成画像である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[脳腫瘍モデル動物の作製方法]
第1の態様は、脳腫瘍モデル動物の作製方法である。本態様の作製方法は、非ヒト哺乳動物の新生仔期以降の個体の脳において、線維芽細胞増殖因子を過剰に存在させることを含む。
【0013】
<脳腫瘍>
脳腫瘍(頭蓋内腫瘍)は、頭蓋内に発生する新生物のみならず、過誤腫や肉芽腫などの占拠性病変を含めた総称である。脳腫瘍は、一般的には、(1)神経上皮組織から発生する神経膠腫、(2)神経鞘細胞から発生する腫瘍、(3)脳膜及び関連組織から発生する腫瘍、(4)悪性リンパ腫、(5)血管原性腫瘍、(6)胚細胞腫、(7)奇形腫様腫瘍(頭蓋咽頭腫など)と腫瘍様病変(過誤腫など)、(8)下垂体前葉腫瘍、(9)周辺組織の腫瘍の頭蓋内進展(褐色細胞腫や脊索腫など)及び(10)転移性脳腫瘍等に分類される。本態様にかかる脳腫瘍モデル動物が有する脳腫瘍は、上記のいずれであってもよい。中でも、脳腫瘍は、神経膠腫が好ましく、膠芽腫がより好ましい。一実施形態において、脳腫瘍モデル動物は、膠芽腫モデル動物であってもよい。
【0014】
<非ヒト哺乳動物>
非ヒト哺乳動物は、特に限定されない。マウス等のげっ歯類は、ヒトの脳にみられる脳回を有しないことから、非ヒト哺乳動物は、非げっ歯類哺乳動物が好ましい。非ヒト哺乳動物としては、例えば、食肉目(イヌ、ネコ、イタチ、フェレット等)、霊長目(サル、ゴリラ、チンパンジー、マーモセット等)等が挙げられる。中でも、脳回及び脳溝が明瞭である点でヒトの脳と同一であり、取り扱いが比較的容易であることから、フェレットが好ましい。
【0015】
フェレットは次のような観点から、脳疾患モデル動物として適しているといえる。第一に、フェレットは発達した脳神経系を有している。フェレットは、霊長類と同様に、大脳皮質一次視覚野における眼優位性カラム構造を有し、脳表面には脳回が存在する。第二に、前記特徴から、フェレットは欧米を中心に視覚系研究などの脳神経研究に広く用いられている。第三に、フェレットには様々な解剖学的、組織学的、生理学的データの蓄積がある。
【0016】
<線維芽細胞増殖因子>
線維芽細胞増殖因子(Fibroblast Growth Factor;FGF)は、血管新生、創傷治癒、胚発生等に関係する成長因子の一種である。FGFは、広範な細胞の増殖及び分化の過程において重要な役割を果たす。
FGFは、特に限定されない。FGFとしては、FGF1、FGF2、FGF3、FGF4、FGF5、FGF6、FGF7、FGF8、FGF9、FGF10、FGF11、FGF12、FGF13、FGF14、FGF15、FGF16、FGF19、FGF20、FGF21、FGF22、FGF23等が知られているが、これらのいずれであってもよい。中でも、FGFは、FGF8サブファミリーが好ましい。FGF8サブファミリーとしては、FGF8、FGF17、FGF18が挙げられる。中でも、FGF8が好ましい。
【0017】
FGF8は、FGFファミリーに属するタンパク質であり、中脳後脳境界(MHB)で形成される峡部で発現し、峡部オーガナイザーから分泌されるシグナル本体として機能するといわれている。ヒトFGF8としては、例えば、GeneBank Accession No.NM_006119.6で登録されるもの等が挙げられる。マウスFGF8としては、例えば、GeneBank Accession No.NM_001166361.2で登録されるもの等が挙げられる。
【0018】
「FGFが過剰に存在」とは、対象動物の脳内のFGF存在量が、同じ週齢の対照動物の脳内のFGF存在量と比較して、過剰であることを意味する。例えば、同じ週齢の対照動物の脳内のFGF存在量に対して、対象動物の脳内のFGF存在量が1.1倍以上、1.2倍以上、1.3倍以上、1.4倍以上、1.5倍以上、1.6倍以上、1.7倍以上、1.8倍以上、1.9倍以上、又は2倍以上多い場合に、対象動物の脳内にFGFが過剰に存在しているということができる。
【0019】
非ヒト哺乳動物の脳において、過剰に存在させるFGFは、内生のFGFでもよく、外来のFGFであってもよい。外来のFGFを用いる場合、対象動物と同種の動物に由来するFGFでもよく、異種の動物に由来するFGFであってもよい。異種の動物由来のFGFを用いる場合、意図しない免疫反応を抑制するために、近縁種由来のFGFを用いてもよい。あるいは、汎用されており、市販品も存在することから、ヒト又はマウスのFGFを用いてもよい。
【0020】
<FGFを過剰に存在させる時期>
脳においてFGFを過剰に存在させる非ヒト哺乳動物の個体は、新生仔期以降の個体である。例えば、非ヒト哺乳動物の対象個体について、出生から一定期間経過した時点で、脳においてFGFを過剰に存在させること(以下、「脳内FGF過剰」という)を開始してもよい。脳内FGF過剰の開始時点は、非ヒト哺乳動物の種類に応じて、適宜選択可能であるが、新生仔期が好ましい。例えば、フェレット等の食肉目である場合、出生から数日経過した時点で、脳内FGF過剰を開始してもよい。脳内FGF過剰の開始時点の具体例としては、例えば、出生後1日目以降、出生後2日目以降、出生後3日目以降、出生後4日目以降、又は出生後5日目以降等が挙げられる。脳内FGF過剰の開始時点の具体例としては、例えば、出生後30日目以前、出生後25日目以前、出生後20日目以前、出生後15日目以前、出生後10日目以前、出生後8日目以前、出生後5日目以前が挙げられる。脳内FGF過剰の開始時点の範囲としては、例えば、出生後1~30日目、出生後2~20日目、出生後2~15日目、出生後2~10日目、出生後2~8日目、出生後3~8日目、出生後3~7日目等が挙げられる。
【0021】
脳内FGF過剰を継続する期間は、特に限定されない。例えば、脳内FGF過剰の開始後の全生存期間において脳内FGF過剰を継続してもよい。あるいは、脳腫瘍の発生が確認された時点で、脳内FGF過剰を終了してもよい。
【0022】
<FGFを過剰に存在させる方法>
非ヒト哺乳動物の脳において、FGFを過剰に存在させる方法は、特に限定されない。例えば、非ヒト哺乳動物の新生仔期以降の個体の脳細胞で、外来FGF遺伝子を発現させることにより、脳内FGF過剰にしてもよい。あるいは、内生のFGF遺伝子を過剰発現させることにより、脳内FGF過剰にしてもよい。あるいは、外来FGFを注射等で脳内に投与することにより、脳内FGF過剰にしてもよい。中でも、安定的に脳腫瘍を発生させられることから、新生仔期以降の個体の脳細胞で、外来FGF遺伝子を発現させる方法が好ましい。
【0023】
(外来FGF遺伝子による方法)
外来FGF遺伝子を脳細胞に導入する方法は、特に限定されず、公知の方法を用いることができる。例えば、胎児期に、外来FGF遺伝子を脳細胞に導入する方法が挙げられる。対象の非ヒト哺乳動物の個体は、胎児期に、脳細胞に外来FGF遺伝子を導入され、出生後に、前記外来FGF遺伝子を発現させる処置が施されることが好ましい。
【0024】
≪外来FGF遺伝子≫
外来FGF遺伝子は、特に限定されず、対象の非ヒト哺乳動物と同種の動物に由来するFGF遺伝子でもよく、異種の動物に由来するFGF遺伝子でもよい。異種の動物由来のFGF遺伝子を用いる場合、意図しない免疫反応を抑制するために、近縁種由来のFGF遺伝子を用いてもよい。あるいは、ヒトFGF遺伝子又はマウスFGF遺伝子を用いてもよい。ヒトFGF遺伝子又はマウスFGF遺伝子の具体例は、上記の通りである。外来FGF遺伝子は、イントロンを有するものでもよく、イントロンを有さないものでもよい。外来FGF遺伝子は、cDNAであってもよい。
【0025】
外来FGF遺伝子は、当該遺伝子にコードされるFGFが脳腫瘍を発生させる作用を有する限り、野生型であってもよく、野生型でなくてもよく、変異を有するものであってもよい。外来FGF遺伝子は、例えば、野生型FGF遺伝子において、1~数個のヌクレオチド残基が変異されたものであってもよい。前記変異は、置換、欠失、付加、及び挿入のいずれでもよく、それらの組合せでもよい。前記「数個」は、例えば、50個以下、40個以下、30個以下、20個以下、10個以下、5個以下、3個以下、又は2個であってもよい。外来FGF遺伝子は、例えば、野生型FGF遺伝子と80%以上の配列同一性を有するものでもよい。前記配列同一性は、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上がより好ましい。外来FGF遺伝子は、対象の非ヒト哺乳動物に応じて、コドン最適化を行ってもよい。
【0026】
≪ベクター≫
外来FGF遺伝子は、ベクターの形態で、脳細胞に導入されることが好ましい。ベクターは、特に限定されず、公知のものを用いることができる。ベクターは、ウイルスベクターでもよく、非ウイルスベクターでもよいが、非ウイルスベクターが好ましい。
【0027】
ウイルスベクターとしては、例えば、センダイウイルスベクター、レトロウイルス(レンチウイルスを含む)ベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、ヘルペスウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、ポックスウイルスベクター、ポリオウイルスベクター、シルビスウイルスベクター、ラブドウイルスベクター、パラミクソウイルスベクター、オルソミクソウイルスベクター等が挙げられる。ウイルスベクターは、複製能を欠損させた複製欠損ウイルスベクターであってもよい。
【0028】
非ウイルスベクターとしては、トランスポゾンベクター、プラスミド、エピソーマルベクター、人工染色体ベクター等が挙げられる。中でも、ホスト細胞のゲノムDNAに安定して組み込まれることから、トランスポゾンベクターが好ましい。
【0029】
トランスポゾンベクターは、トランスポザーゼにより認識される逆向き反復配列(Inverted Terminal Repeat;ITR)を含むベクターである。トランスポゾンベクターは、トランスポザーゼ発現ベクターと共に用いられる。トランスポゾンベクターをトランスポザーゼ発現ベクターと共に細胞に導入すると、トランスポザーゼ発現ベクターから発現したトランスポザーゼにより、ITR配列に挟まれた目的配列がトランスポゾンベクターから切り出され、ホスト細胞のゲノムDNAに組み込まれる。外来FGF遺伝子をITR配列で挟んだ構造を有するトランスポゾンベクターを、トランスポザーゼ発現ベクターと共に、脳細胞に導入することにより、脳細胞のゲノムDNAに、外来FGF遺伝子を導入することができる。
トランスポゾンベクターとしては、例えば、piggyBacトランスポゾンベクター等が挙げられる。
【0030】
外来FGF遺伝子を含むベクターを、胎児の脳細胞に導入する場合、当該ベクターは、導入時には機能的な外来FGFを発現せず、出生後の新生仔に特定の処置を行うことにより、機能的な外来FGFを発現するような構成を有することが好ましい。そのような構成としては、例えば、部位特異的組換え酵素とその認識配列を利用する方法が挙げられる。部位特異的組換え酵素とは、特定のヌクレオチド配列(認識配列)を認識し、当該認識配列間での組換え反応を触媒する酵素である。部位特異的組換え酵素及び認識配列の部位特異的組換え系としては、例えば、バクテリオファージP1由来のType IトポイソメラーゼであるCre及びlox配列の系、酵母プラスミド2μ由来の組換え酵素Flp及びFRT配列の系(Broach, J.R. et al., (1982) Cell, 29(1), 227-34)、腸内細菌ファージD6由来のDre組換え酵素及びrox配列の系(米国特許7422889号)、醤油酵母(Zygosaccharomyces rouxii)由来の組換え酵素R及びRS配列の系(Araki, H. et al., (1985) Journal of molecular biology, 182(2), 191-203.)バクテリオファージMu由来の組換え酵素Gin及びgix配列の系(Maeser, S., et al., Molecular & general genetics : MGG, 230(1-2), 170-6.)等が挙げられる。
Creの認識配列であるlox配列としては、loxP、並びに、lox511配列、lox2272、loxFAS等の変異lox配列が知られている。
【0031】
例えば、プロモーターと外来FGF遺伝子との間に、部位特異的組換え酵素の認識配列で挟まれた任意配列(以下、「介在配列」ともいう)を介在させてもよい。
例えば、介在配列として、転写終結シグナル及び/又はポリA付加シグナルを含む配列を用いて、外来FGF遺伝子が転写されないようにしてもよい。この場合、部位特異的組換え酵素の作用で介在配列が除去されることにより、外来FGF遺伝子がプロモーターに機能的に連結されるようにすることができる。外来FGF遺伝子がプロモーターに機能的に連結されることにより、外来FGF遺伝子の発現が開始される。
あるいは、例えば、介在配列により、外来FGF遺伝子のフレームシフトを生じさせ、機能的な外来FGFが発現されないようにしてもよい。この場合、部位特異的組換え酵素の作用で介在配列が除去されることにより、機能的な外来FGFが発現されるようにすることができる。
あるいは、FLEx switch法を利用してもよい。プロモーター若しくは外来FGF遺伝子を相互に逆向きの認識配列で挟み、部位特異的組換え酵素によりプロモーター若しくは外来FGF遺伝子の向きを反転させることで、プロモーターに外来FGF遺伝子が機能的に連結されるようにしてもよい。
【0032】
部位特異的組換え酵素は、部位特異的組換え酵素遺伝子を含む発現ベクターを細胞内に導入し、部位特異的組換え酵素遺伝子を発現させることで、外来FGF遺伝子を導入した細胞内に供給することができる。部位特異的組換え酵素遺伝子は、外来FGF遺伝子導入ベクターと同じベクターが含んでもよく、外来FGF遺伝子導入ベクターとは別のベクターを用いてもよい。
【0033】
部位特異的組換え酵素遺伝子と外来FGF遺伝子とを同じベクターに含ませる場合、部位特異的組換え酵素遺伝子を、前記介在配列内に配置してもよい。例えば、認識配列で挟まれた部位特異的組換え酵素遺伝子を、プロモーターと外来FGF遺伝子との間に配置してもよい。この場合、部位特異的組換え酵素遺伝子に、転写終結シグナル及び/又はポリA付加シグナルを付加しておくことが好ましい。これにより、部位特異的組換え酵素遺伝子は転写されるが、転写終結シグナル及び/又はポリA付加シグナルにより転写が終結するため、外来FGF遺伝子は転写されない。部位特異的組換え酵素を認識配列に作用させることで、介在配列が除去され、外来FGF遺伝子の転写が開始される。
【0034】
部位特異的組換え酵素を認識配列に作用させる方法は、特に限定されず、公知の方法を用いることができる。例えば、部位特異的組換え酵素遺伝子を、エストロゲン受容体タンパク質遺伝子との融合遺伝子とし、部位特異的組換え酵素とエストロゲン受容体タンパク質との融合タンパク質を発現するようにしてもよい。この場合、タモキシフェンを供給することで、融合タンパク質はタモキシフェンとの複合体を形成して核内に移行し、認識配列に作用して部位特異的組換え反応を誘導する。エストロゲン受容体タンパク質遺伝子としては、ERT2汎用されている。融合遺伝子としては、CreとERT2との融合遺伝子(CreERT2、ERT2Cre、ERT2-CRe-ERT2等)が汎用されている。
【0035】
外来FGF遺伝子の発現に用いるプロモーターは、哺乳動物で機能するものであれば、特に限定されない。プロモーターは、誘導型プロモーターでもよく、構成型プロモーターでもよい。誘導型プロモーターは、特定の条件下で、当該プロモーターに機能的に連結された遺伝子の発現を誘導するプロモーターである。構成型プロモーターは、環境条件に拘わらず、当該プロモーターに機能的に連結された遺伝子を恒常的に発現させるプロモーターである。
【0036】
誘導型プロモーターとしては、例えば、ガラクトース誘導性プロモーター(GAL1、GAL10等)、テトラサイクリン又はその誘導体の添加又は除去で遺伝子発現を誘導するTet-onシステム/Tet-off系プロモーター、熱ショックタンパク質(HSP;HSP10、HSP60、HSP90等)プロモーター、銅イオン誘導性のCUP1プロモーター、重金属誘導性のメタロチオネインプロモーター等が挙げられる。
誘導型プロモーターを用いた場合、当該誘導型プロモーターが遺伝子発現を誘導する特定条件とすることで、外来FGF遺伝子の発現を誘導することができる。この場合、上記のような部位特異的組換え酵素を用いることなく、外来FGF遺伝子の発現時期を制御することができる。
【0037】
構成型プロモーターとしては、例えば、CAGプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、SRαプロモーター、SV40初期プロモーター、レトロウイルスのLTR、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーター、EF1αプロモーター等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0038】
ベクターは、上記構成に加えて、エンハンサー、スプライシングシグナル、リボソーム結合配列(SD配列)、ポリA付加シグナル、ターミネーター等を含んでもよい。ベクターは、遺伝子導入の確認または、遺伝子導入細胞の選択のために、マーカー遺伝子を含んでもよい。マーカー遺伝子としては、例えば、薬剤耐性遺伝子、蛍光タンパク質遺伝子、栄養要求性マーカー遺伝子等が挙げられる。
【0039】
ベクターがトランスポゾンベクターである場合、ベクターが含む配列の具体例としては、例えば、「ITR配列-プロモーター-部位時的組換え酵素の認識配列-エストロゲン受容体及び部位時的組換え酵素の融合遺伝子-転写終結シグナル/ポリAシグナル-部位時的組換え酵素の認識配列-外来FGF遺伝子-ITR配列」が挙げられるが、これに限定されない。
【0040】
≪胎児≫
外来FGF遺伝子を導入する胎児は、脳がある程度形成された時期以降の胎児であれば特に限定されない。外来FGF遺伝子の導入時期は、使用する遺伝子導入方法により、適宜選択してもよい。例えば、子宮内電気穿孔法で遺伝子導入する場合、あまり早期であると子宮内での胎児の固定が難しく、導入操作が煩雑になる。逆にあまり成熟した後では外来FGF遺伝子の発現が十分に得られないおそれがある。例えば、フェレットの妊娠期間は通常約40日間である。フェレットに外来FGF遺伝子を導入する場合、導入時期としては、例えば、胎生期31日目以降(E31~)が挙げられ、胎生期33~37日目(E33~37)が好ましい。フェレットの場合、1匹当たりの胎児数は通常約10匹であり、その全部または一部に外来FGF遺伝子を導入することができる。
【0041】
≪脳細胞≫
外来FGF遺伝子を導入する細胞は、脳細胞である。脳細胞とは、脳に存在する細胞であり、神経細胞、神経幹細胞、神経前駆細胞、及びグリア細胞のいずれでもよい。外来FGF遺伝子を導入する細胞としては、神経細胞、神経幹細胞、及び神経前駆細胞が好ましい。脳細胞は、大脳、小脳、及び脳幹のいずれに存在するものでもよいが、大脳に存在する脳細胞が好ましい。
【0042】
≪遺伝子導入法≫
外来FGF遺伝子を導入する方法は、特に限定されない。外来FGF遺伝子は、ウイルスベクターを用いて導入してもよく、非ウイルスベクターを用いて導入してもよい。ウイルスベクターを用いる場合、細胞にウイルスベクターを感染させることで、外来FGF遺伝子を導入することができる。
【0043】
非ウイルスベクターを用いる場合、例えば、電気穿孔法(エレクトロポレーション法)、リポフェクション法、マイクロインジェクション法等の導入方法が挙げられる。
【0044】
電気穿孔法(エレクトロポレーション法)は、遺伝子核酸の存在下で細胞に電気パルスをかけると、その際に生じる細胞膜の小孔を通して核酸が細胞中に取り込まれる現象を利用した遺伝子導入方法である。電気穿孔法は、細菌、酵母、動物細胞、植物細胞などの広範な生物に適用されている。子宮内電気穿孔法は、胎児を子宮から取り出すことなしに、胎児に遺伝子核酸を注入し、子宮の外側から電気パルスをかけることによって胎児に遺伝子を導入する方法である。これに対して、子宮から胎児を取り出して電気パルスをかける方法を子宮外電気穿孔法という。
【0045】
リポフェクション法は、負の電荷を持つDNAと正の電荷を持つカチオン性リポソームとの複合体がエンドサイトーシス現象により細胞表面から細胞内に取り込まれることを利用した方法である。
【0046】
マイクロインジェクション法は、先端が1μm程度のガラス針に導入したい遺伝子核酸等を入れ、直接細胞内に導入する方法である。
【0047】
子宮内電気穿孔法の具体例:
子宮内電気穿孔法の具体例としては、特開2011-120513号公報に記載される方法が挙げられる。以下、子宮内電気穿孔法による外来FGF遺伝子導入方法の具体例を記載する。
子宮内電気穿孔法は、通常、(1)妊娠動物の麻酔および子宮の露出、(2)胎児への遺伝子核酸の注入、(3)電気穿孔、及び(4)妊娠動物の覚醒の各工程を含む。(1)~(4)の工程を1セットとして、これらを1回(1セット)ないし適当な間隔をおいて複数回(通常は2回;2セット)行うことができる。
【0048】
(1)妊娠動物の麻酔および子宮の露出
妊娠動物の麻酔及び子宮の露出は、常法により行うことができる。
次に、子宮内部の胎児を可視化するために、適当な光源を使用する。その光源の先端を子宮壁に密着させて、子宮内部を照明することが好ましい。光源は、発熱による胎児への悪影響を回避するために、非発熱性の光源(例えば光ファイバー)を使用することが好ましい。
子宮内部を照明して胎児に光を当てながら、胎児の頭部を胎盤の無い子宮壁に押しやり、胎児の特定の部位(例えば眼および鼻)の位置に基づいて、外来FGF遺伝子を導入する部位(例えば側脳室)を決定することが好ましい。そうすることで、胎盤の損傷を回避することができる。前記方法に限らず、子宮内の胎児の位置や向きを把握することができ、胎盤への損傷が回避できる方法であれば、他の任意の方法(例えば超音波断層撮影法)を使用してもよい。
【0049】
(2)胎児への外来FGF遺伝子ベクターの注入
子宮内の胎児への外来FGF遺伝子ベクターの注入は、常法により行うことができる。例えば、ガラスキャピラリー針を使用して、胎児の目的の部位に外来FGF遺伝子ベクターを注入することができる。外来FGF遺伝子ベクターを注入する部位としては、胎児の脳であれば、特に限定されないが、側脳室が好ましい。側脳室に外来FGF遺伝子ベクターを導入することにより、まず神経幹細胞に外来FGF遺伝子が導入され、その後、外来FGF遺伝子を保持したまま神経前駆細胞や神経細胞に分化していくと考えられる。
【0050】
外来FGF遺伝子ベクターがトランスポゾンベクターである場合、トランスポザーゼ発現ベクターと共に導入する。ベクターの導入量としては、特に限定されないが、例えば、1~5μgが挙げられる。
【0051】
(3)電気穿孔
電気穿孔は、外来FGF遺伝子ベクターを注入した胎児の部位(脳)を、子宮の外側から電極ではさみ、電気パルスをかけることにより行うことができる。電気パルスを発生させる装置および電極として、市販品を使用することができる。一般に、電気パルスの電圧は、高いほど遺伝子導入効率が上昇するが、電圧が高いほど新生仔生存率が低下する傾向がある。したがって、至適な電圧はこれらを考慮して決定される。電気パルスの電圧は、対象の非ヒト哺乳動物の種類によって適宜設定してもよい。
例えば、電気パルスの電圧の下限値としては、30V以上が挙げられ、50V以上が好ましく、上限値としては200V以下が挙げられ、150V以下が好ましい。非ヒト哺乳動物がフェレットの場合、電気パルスの電圧は100V程度が好ましい。
【0052】
電気パルスの回数は、例えば3回以上、好ましくは4回以上であり、例えば10回以下、好ましくは6回以下であり、より好ましくは5回である。電気パルスの長さは、例えば40ms以上、好ましくは50ms以上であり、例えば120ms以下、好ましくは100ms以下であり、より好ましくは50msである。電気パルスの波形は減衰波でもよく、矩形波でもよいが、矩形波が好ましい。
【0053】
電気パルスをかけるに際して、子宮の乾燥を防止しつつ発熱を防止するために十分な量の水を子宮周囲に存在させることが好ましい。十分な量の水が子宮周囲に存在しないと、子宮が焼けて損傷を受け、新生仔生存率が低下するおそれがある。
かかる「水」としては、体液とほぼ等張な水溶液であれば、特に限定されない。「水」としては、例えば、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等が挙げられる。
「発熱を防止するために十分な量」とは、電気パルスをかけた際に発生する熱による、子宮および/または子宮内の胎児への悪影響を回避または抑制するために十分な量をいう。子宮および/または子宮内の胎児への悪影響は、子宮の損傷、新生仔生存率などに基づいて評価され得る。発熱を防止するために十分な量の生理食塩水を供給するために、例えば、生理食塩水を、3回の電気パルスの後に滴下しさらに2回パルスをかける、5回のパルス間毎に滴下する、又はパルスをかける間中連続的に滴下する等の方法を取ることができる。
【0054】
(4)妊娠動物(親)の覚醒
子宮内の胎児に外来FGF遺伝子を導入した後の親の覚醒は、自然に任せることができる。
【0055】
≪出生後の外来FGF遺伝子を発現させる処置≫
新生仔の出生後、新生仔に対して、外来FGF遺伝子を発現させる処置が施される。前記処置は、外来FGF遺伝子の導入に用いたベクターの構成に基づいて、適切な処置を行えばよい。
例えば、部位特異的組換え酵素の系を利用して外来FGF遺伝子の発現を開始させる場合、部位特異的組換え酵素を認識配列に作用させる条件を誘導すればよい。例えば、部位特異的組換え酵素をエストロゲン受容体タンパク質との融合タンパク質として発現させている場合、新生仔にタモキシフェンを投与すればよい。
外来FGF遺伝子を誘導型プロモーターに機能的に連結している場合、当該誘導型プロモーターが作動する特定の条件に新生仔を曝露にすればよい。例えば、Tet-Onプロモーターを用いている場合、新生仔にドキシサイクリンを投与すればよい。
【0056】
新生仔に処置を施す時期は、上述の脳内FGF過剰の開始時期と同様である。新生仔に対して、外来FGF遺伝子を発現させる処置を行った後、通常の方法で、非ヒト哺乳動物を飼育すればよい。処置後しばらく(例えば、約1カ月)すると、脳腫瘍が発生する。
【0057】
本実施形態の脳腫瘍モデル動物の作製方法によれば、簡易な方法で、脳腫瘍モデル動物を作製することができる。また、胎児期に外来FGF遺伝子を脳細胞に導入する方法を用いた場合、出生後に、当該外来FGF遺伝子を発現させることにより、確実に脳腫瘍を発生させることができる。また、脳腫瘍の発生後、一定期間で死に至るため、脳腫瘍モデル動物としての安定性が高い。
【0058】
[脳腫瘍モデル動物]
第2の態様は、脳腫瘍モデル動物である。本態様の脳腫瘍モデル動物は、外来の線維芽細胞増殖因子(FGF)遺伝子を有する脳細胞を含む、非ヒト哺乳動物である。
【0059】
本実施形態の脳腫瘍モデル動物は、上述の作製方法のうち、外来FGF遺伝子を脳細胞に導入する方法により、作製することができる。脳細胞中の外来FGF遺伝子は、発現していてもよく、発現していなくてもよいが、発現していることが好ましい。脳細胞中の外来FGF遺伝子は、プロモーターに機能的に連結しており、出生後の新生仔期に、少なくとも一度は発現されている。部位特異的組換え酵素の系により、出生後に、外来FGF遺伝子を発現させる処置が行われた場合、脳細胞は、プロモーター及び外来FGF遺伝子に加えて、当該部位特異的組換え酵素の認識配列を有してもよい。認識配列は、プロモーターと外来FGF遺伝子との間に存在してもよい。
【0060】
非ヒト哺乳動物、外来FGF遺伝子、プロモーター、部位特異的組換え酵素の認識配列としては、上述したものと同様のものが挙げられる。
【0061】
本実施形態の脳腫瘍モデル動物は、脳腫瘍を発症していてもよく、脳腫瘍を発症する前のものでもよい。脳腫瘍を発症していることは、脳組織切片の組織診断、脳腫瘍マーカー(例えば、膠芽腫マーカーの場合;Olig2、GFAP、EGFP、Sox2、ATRX、Ki67、IDH1等)の発現、MAPK及び4E-BP1のリン酸化等により、確認することができる。
【0062】
本実施形態の脳腫瘍モデル動物が有する脳腫瘍としては、上記で挙げた脳腫瘍が挙げられる。脳腫瘍としては、神経膠腫が好ましく、膠芽腫がより好ましい。一実施形態において、脳腫瘍モデル動物は、膠芽腫モデル動物であってもよい。
【0063】
本実施形態の脳腫瘍モデル動物は、脳腫瘍の治療/予防薬のスクリーニング、脳腫瘍の治療/予防薬の有効性の評価、脳腫瘍の病態解析等に用いることができる。
【0064】
[薬剤のスクリーニング方法]
第3の態様は、薬剤のスクリーニング方法である。本態様の薬剤のスクリーニング方法は、第1の態様の脳腫瘍モデル動物の作製方法により得られた脳腫瘍モデル動物を用いて、脳腫瘍の治療用又は予防用の候補薬剤をスクリーニングすることを含む。
【0065】
スクリーニングに用いる被験薬剤は、特に限定されない。薬剤としては、例えば、低分子化合物、ペプチド、タンパク質、核酸、糖、脂質、ビタミン、ホルモン、サイトカイン、無機物等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0066】
本実施形態のスクリーニング方法は、脳腫瘍モデル動物に被験薬剤を投与する工程、被験薬剤による脳腫瘍治療効果又は脳腫瘍予防効果を評価する工程を含んでもよい。さらに、前記評価により、脳腫瘍治療効果又は予防効果が認められた被験薬剤を、脳腫瘍の治療用又は予防用の候補薬剤として選択する工程を含んでもよい。被験薬剤の効果は、例えば、被験薬剤を投与していない脳腫瘍モデル動物との比較により、評価することができる。
【0067】
被験薬剤の投与は、被験薬剤の種類に応じて、適切な投与方法を選択することができる。投与経路は、経口投与でもよく、非経口投与でもよい。投与間隔も、被験薬剤に応じて、適宜選択することができる。
【0068】
被験薬剤の脳腫瘍治療効果は、被験薬剤を脳腫瘍モデル動物に投与し、脳腫瘍が改善または増悪の抑制が認められるかを確認することにより、評価することができる。脳腫瘍の改善又は増悪の抑制としては、脳腫瘍の増殖抑制、脳腫瘍の病変の改善、脳腫瘍に伴う症状の改善等が挙げられる。被験薬剤の投与により脳腫瘍の改善又は増悪の抑制が認められた場合、当該被験薬剤を脳腫瘍の治療用候補薬剤として、選択することができる。
【0069】
被験薬剤の脳腫瘍予防効果は、脳腫瘍の発生が認められる前の脳腫瘍モデル動物に被験薬剤を投与し、脳腫瘍の発生が抑制されるかを確認することにより、評価することができる。例えば、脳内FGF過剰を開始するのと同時期に、被験薬剤の投与を開始してもよい。被験薬剤の投与により脳腫瘍の発生が抑制された場合、当該被験薬剤を脳腫瘍の予防用候補薬剤として、選択することができる。
【実施例0070】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0071】
[実施例1]膠芽腫モデル動物の作製
(導入プラスミド)
導入プラスミドとして、PB-CAG-loxP-ERT2Cre-polyA-loxP-FGF、pCAG-PBase(京都大学より分与)、及びpCAG-mCherry(本発明者らの研究室で作成)を用いた。pCAG-mCherryは、細胞への遺伝子導入を確認する目的で使用した。
PB-CAG-loxP-ERT2Cre-polyA-loxP-FGFは、PB-CAG-EiP(京都大学より分与)を改変して作製した。PB-CAG-loxP-ERT2Cre-polyA-loxP-FGFは、piggyBacのInverted terminal repeats(ITRs)により、CAG-loxP-ERT2Cre-polyA-loxP-FGFが挟まれた構造を有するプラスミドである。CAGはCAGプロモーター、loxPはloxP配列、ERT2Creは、ERT2とCreの融合遺伝子、polyAはpolyA付加シグナル、FGFはFGF遺伝子である。FGF遺伝子としては、マウスFGF8b遺伝子を用いた。
【0072】
PB-CAG-loxP-ERT2Cre-polyA-loxP-FGFをpCAG-PBaseと共に細胞に導入すると、pCAG-PBaseから発現されたトランスポゼースの作用により、CAG-loxP-ERT2Cre-polyA-loxP-FGFが細胞のゲノムDNAに導入される。細胞のゲノムDNAに組み込まれたCAG-loxP-ERT2Cre-polyA-loxP-FGFからは、CAGプロモーターによりmRNAが転写されるが、mRNAの転写は、polyAで終了する。そのため、ERT2Creは発現するが、polyAの下流のFGFは発現しない。ERT2Creを発現している細胞に、タモキシフェンを作用させると、ERT2CreのERT2ドメインにタモキシフェンが結合し、ERT2Cre-タモキシフェン複合体が核内に移行する。核内に移行したERT2CreのCreドメインが、ゲノムDNA中のCAG-loxP-ERT2Cre-polyA-loxP-FGFに作用すると、loxPの組換えが生じる。その結果、CAG-loxP-ERT2Cre-polyA-loxP-FGFは、CAG-loxP-FGFとなり、FGFの発現が開始される。
【0073】
(膠芽腫モデル動物の作製)
特開2011-120513号に記載の方法(子宮内電気穿孔法)に準じて、以下のようにして膠芽腫モデル動物を作製した。
【0074】
胎生期30日目(E30)以降の胎児を有する雌性妊娠フェレット(マーシャル社製)を1~4時間絶食させ、2%イソフルランを吸入させ、その後100μLのアトロピン(0.5mg/mL)を皮下注射して麻酔した。
【0075】
フェレットの腹部を切開して子宮を露出させ、ガラスキャピラリー針からプラスミドDNA溶液(PB-CAG-loxP-ERT2Cre-polyA-loxP-FGF、pCAG-PBase、pCAG-mCherry、各1~5mg/mL)、リン酸緩衝生理食塩水および0.5%FastGreenの混合物を胎児の側脳室へ1胎児当たり4~5μL注入した。通常フェレット1匹当たりの胎児数は約6~10匹である。この際、Leica冷光源CLS150Xを用いて、光を当てながら胎児の頭部を帯状胎盤の無い子宮壁に押しやり、胎児の眼および鼻の位置を確認し、脳室内へ注入した。
【0076】
次いで、電気穿孔装置ECM830(米国BTX-Harvard Apparatus社製)に接続した電極CUY650P7-P10(ネッパジーン社製)で子宮の外側から胎児をはさんで所定の条件で電気パルスをかけた。
【0077】
胎児および子宮を腹腔内に戻し、切開した部分を縫合した後、アンピシリン(125mg/mL)200μLを皮下注射し、覚醒後、動物(親)を飼育し、出産させた。これにより、PB-CAG-loxP-ERT2Cre-polyA-loxP-FGFが脳細胞に導入された新生仔を得た。
【0078】
生後5日目に、新生仔の脳にタモキシフェン(66μg/グラム 体重)を注射した。これにより、PB-CAG-loxP-ERT2Cre-polyA-loxP-FGFのloxPの組換えを誘導し、FGFの過剰発現を開始させた。
【0079】
生後32日目にフェレットを屠殺し、脳を取り出した。脳を4%パラホルムアルデヒドで固定した後に、30%スクロース液に置換し、組織切片を作製した。
【0080】
図1Aに、脳の全体像の写真を示す。図1Bに、脳の組織切片の写真を示す。図1A及び図1Bの結果から、膠芽腫様腫瘍が発生していることが確認できた。
【0081】
[実施例2]脳組織像の観察
(HE染色)
実施例1で作製した膠芽腫モデル動物の脳組織切片のヘマトキシリン・エオジン(HE)染色を行い、脳組織の顕微鏡観察を行った。図2Aは、脳組織切片のHE染色画像を示す。図3は、脳組織切片で観察された病変の拡大画像を示す。図3に示す微小血管の増殖、柵状壊死、脳脊髄液腔への播種、及び脳幹への浸潤などの病変は、膠芽腫で一般的に観察される病変である。これらの病変が観察されたことから、実施例1で作製した膠芽腫モデル動物は、膠芽腫を発症していることが示唆された。
【0082】
(Olig2免疫染色)
脳組織切片をPBSで3回洗浄した後、2%スキムミルク/0.1-0.5% Triton X-100/PBSで30分間ブロッキングし、抗Olig2抗体を4℃で一晩反応させた。0.1-0.5% Triton X-100/PBSで3回洗浄した後、2次抗体反応を遮光下室温で2時間行った。再び0.1-0.5% Triton X-100/PBSで3回洗浄した後、包埋し顕微鏡観察を行った。
【0083】
図2Bは、脳組織切片の抗Olig2抗体による免疫染色画像を示す。脳全体にOlig2が発現していることが確認された。Olig2は、膠芽腫において高頻度で発現することが報告されている。図2Bの結果からも、実施例1で作製した膠芽腫モデル動物が、膠芽腫を発症していることが示唆された。
【0084】
[実施例3]脳組織の免疫染色
脳組織切片をPBSで3回洗浄した後、2%スキムミルク/0.1-0.5% Triton X-100/PBSで30分間ブロッキングし、一次抗体を4℃で一晩反応させた。0.1-0.5% Triton X-100/PBSで3回洗浄した後、2次抗体及びHoechst 33342との反応を遮光下室温で2時間行った。再び0.1-0.5% Triton X-100/PBSで3回洗浄した後、包埋し顕微鏡観察を行った。
【0085】
図4Aは、一次抗体として、抗IDH1 R132H抗体(DIANOVA)を用いて免疫染色を行った結果を示す。図4Aの結果から、脳組織切片は、IDH1 R132H陰性であることが確認された。膠芽腫では、変異型のIDH1 R132Hではなく、野生型のIDH1を発現することが知られている。図4Aの結果からも、実施例1で作製した膠芽腫モデル動物が、膠芽腫を発症していることが示唆された。
【0086】
図4Bは、一次抗体として、抗ATRX抗体(Sigma)又は抗Ki67抗体(Thermo)を用いて免疫染色を行った結果を示す。図4Bの結果から、脳組織切片は、ATRX及びKi67陽性であることが確認された。ATRXは野生型IDH1をもつ膠芽腫で発現、またKi67は、膠芽腫で高発現することが知られている。図4Bの結果からも、実施例1で作製した膠芽腫モデル動物が、膠芽腫を発症していることが示唆された。
【0087】
図5は、一次抗体として、抗Olig2抗体(Millipore)、抗GFAP抗体(Sigma)、抗EGFR抗体(abcam)、抗Sox2抗体(R&D)を用いて免疫染色を行った結果を示す。1段目の画像は、2次抗体の蛍光シグナルを検出した蛍光顕微鏡画像及びHoechst 33342を検出した蛍光顕微鏡画像の合成画像である。2段目の画像は、2次抗体の蛍光シグナルを検出した蛍光顕微鏡画像である。3段目の画像は、2段目の画像の四角で囲んだ領域を拡大した画像である。4段目の画像は、3段目の画像及びHoechst 33342を検出した蛍光顕微鏡画像の合成画像である。図5の結果から、脳組織切片は、これらのOlig2、GFAP、EGFR、及びSox2を発現していることが示された。膠芽腫は、これらの遺伝子を発現していることが知られている。図5の結果からも、実施例1で作製した膠芽腫モデル動物が、膠芽腫を発症していることが示唆された。
【0088】
図6Aは、一次抗体として、抗p-MAPK抗体(Cell Signaling)を用いて免疫染色を行った結果を示す。図6Bは、一次抗体として、抗p-4E-BP1抗体(Cell Signaling)を用いて免疫染色を行った結果を示す。図6A及び図6Bの左側の画像は、2次抗体の蛍光シグナルを検出した蛍光画像及びHoechst 33342を検出した蛍光画像を重ねたものである。図6A及び図6Bの右側の画像は、2次抗体の蛍光シグナルを検出した蛍光画像である。図6Aの結果から、脳組織切片では、MAPKがリン酸化されていることが確認された。図6Bの結果から、脳組織切片では、4E-BP1がリン酸化されていることが確認された。MAPK及び4E-BP1は、膠芽腫でリン酸化されることが知られている。図6A及び図6Bの結果からも、実施例1で作製した膠芽腫モデル動物が、膠芽腫を発症していることが示唆された。
【0089】
以上の結果から、実施例1で作製した膠芽腫モデル動物が、膠芽腫を発症していることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本発明によれば、簡便な脳腫瘍モデル動物の作製方法、前記作製方法により得られる脳腫瘍モデル動物、及び前記脳腫瘍モデル動物を用いた薬剤のスクリーニング方法が提供される。
図1A
図1B
図2A
図2B
図3
図4A
図4B
図5
図6A
図6B