(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024003984
(43)【公開日】2024-01-16
(54)【発明の名称】ポリマー複合セルロース及びその製造方法、樹脂体、炭素繊維
(51)【国際特許分類】
D06M 15/37 20060101AFI20240109BHJP
D06M 15/41 20060101ALI20240109BHJP
D01F 9/16 20060101ALI20240109BHJP
【FI】
D06M15/37
D06M15/41
D01F9/16
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022103381
(22)【出願日】2022-06-28
(71)【出願人】
【識別番号】591202155
【氏名又は名称】熊本県
(71)【出願人】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100158067
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 基
(74)【代理人】
【識別番号】100147854
【弁理士】
【氏名又は名称】多賀 久直
(72)【発明者】
【氏名】永岡 昭二
(72)【発明者】
【氏名】堀川 真希
(72)【発明者】
【氏名】吉田 恭平
(72)【発明者】
【氏名】龍 直哉
(72)【発明者】
【氏名】伊原 博隆
(72)【発明者】
【氏名】高藤 誠
【テーマコード(参考)】
4L033
4L037
【Fターム(参考)】
4L033AA02
4L033AB01
4L033CA32
4L033CA34
4L037CS03
4L037FA02
4L037PA38
4L037PA52
(57)【要約】
【課題】セルロース類の強度を改善する。
【解決手段】ポリマー複合セルロースは、セルロース類と、セルロース類の表面に付着した芳香族ポリマーとを有している。セルロース類の表面に付着している芳香族ポリマーが、架橋構造を有している。また、セルロース類の表面が、芳香族ポリマーで被覆されている。そして、ポリマー複合セルロースは、芳香族ポリマーで繋がった網状構造になっている。ポリマー複合セルロースは、水を含まない溶媒中でモノマーを反応させて、芳香族ポリマーを形成することで得られる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース類と、
前記セルロース類の表面に付着した芳香族ポリマーと、を有し、
前記芳香族ポリマーが、架橋構造を有している
ことを特徴とするポリマー複合セルロース。
【請求項2】
前記セルロース類が、前記芳香族ポリマーで被覆されている請求項1記載のポリマー複合セルロース。
【請求項3】
前記芳香族ポリマーで繋がった網状構造になっている請求項1記載のポリマー複合セルロース。
【請求項4】
前記芳香族ポリマーで繋がった網状構造になっている請求項2記載のポリマー複合セルロース。
【請求項5】
水を含まない溶媒に、セルロース類、環状アミン及び芳香族炭化水素類を分散して混合液を調製し、
前記混合液を加熱することで、前記環状アミンと前記芳香族炭化水素類とを反応させて芳香族ポリマーを形成し、
前記セルロース類の表面に、前記芳香族ポリマーを付着させる
ことを特徴とするポリマー複合セルロースの製造方法。
【請求項6】
前記溶媒が、アルコール類である請求項5記載のポリマー複合セルロースの製造方法。
【請求項7】
請求項1~4の何れか一項に記載のポリマー複合セルロースと、合成樹脂と、を含む樹脂体。
【請求項8】
請求項1~4の何れか一項に記載のポリマー複合セルロースの炭化処理物である炭素繊維。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ポリマー複合セルロース及びその製造方法、ポリマー複合セルロースを含む樹脂体、ポリマー複合セルロースの炭化処理物である炭素繊維に関するものである。
【背景技術】
【0002】
植物から得られるセルロースナノファイバー(CNF)は、セルロース繊維を極限まで解繊した素材であり、高弾性、高強度、低熱膨張の特性をもつことから、近年、樹脂の補強材料として注目されている。CNFは、元来、親水性で、水酸基の強い水素結合によって樹脂との混練時に凝集するため、樹脂の衝撃強度が低下してしまう。そこで、樹脂との相溶化のために、CNFに疎水性官能基を導入することが提案されている(例えば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
セルロースに疎水性官能基を導入する場合、触媒として塩基を用いたりするなど、様々な化学的処理が行われる。このような化学的処理によって、CNFの糖鎖がダメージを受けて、疎水化したCNFの強度が低下するおそれがある。
【0005】
本発明は、従来の技術に係る前記問題に鑑み、これらを好適に解決するべく提案されたものであって、良好な強度を有するポリマー複合セルロース及びその製造方法、樹脂体、炭素繊維を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係るポリマー複合セルロースの第1態様は、
セルロース類と、
前記セルロース類の表面に付着した芳香族ポリマーと、を有し、
前記芳香族ポリマーが、架橋構造を有していることを要旨とする。
【0007】
本発明に係るポリマー複合セルロースの第2態様として、前記ポリマー複合セルロースの第1態様において、
前記セルロース類が、前記芳香族ポリマーで被覆されていてもよい。
【0008】
本発明に係るポリマー複合セルロースの第3態様として、前記ポリマー複合セルロースの第1態様又は前記ポリマー複合セルロースの第2態様において、
前記芳香族ポリマーで繋がった網状構造になっていてもよい。
【0009】
本発明に係るポリマー複合セルロースの製造方法の第1態様は、
水を含まない溶媒に、セルロース類、環状アミン及び芳香族炭化水素類を分散して混合液を調製し、
前記混合液を加熱することで、前記環状アミンと前記芳香族炭化水素類とを反応させて芳香族ポリマーを形成し、
前記セルロース類の表面に、前記芳香族ポリマーを付着させることを要旨とする。
【0010】
本発明に係るポリマー複合セルロースの製造方法の第2態様として、前記ポリマー複合セルロースの製造方法の第1態様において、
前記溶媒が、アルコール類であってもよい。
【0011】
本発明に係る樹脂体の一態様は、
前記第1態様、前記第2態様及び前記第3態様の何れかのポリマー複合セルロースと、合成樹脂と、を含むことを要旨とする。
【0012】
本発明に係る炭素繊維の一態様は、
前記第1態様、前記第2態様及び前記第3態様の何れかのポリマー複合セルロースの炭化処理物であることを要旨とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るポリマー複合セルロースの第1態様によれば、良好な強度を有している。
本発明に係るポリマー複合セルロースの製造方法の第1態様によれば、良好な強度を有するポリマー複合セルロースが得られる。
本発明に係る樹脂体の一態様によれば、良好な強度を有するポリマー複合セルロースによって強度を向上できる。
本発明に係る炭素繊維の一態様によれば、ポリマー複合セルロースに基づく形状が保たれている。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施例のモノマー及び得られた芳香族ポリマーを示す構造式である。
【
図3】実施例4における芳香族ポリマーの付着状況を示す写真である。
【
図4】比較例1における芳香族ポリマーの付着状況を示す写真である。
【
図5】芳香族ポリマーを付着させる前のろ紙を示す写真である。
【
図6】赤外吸収スペクトルを示すグラフ図である。反応温度の影響を示す。
【
図7】赤外吸収スペクトルを示すグラフ図である。反応時間の影響を示す。
【
図8】実施例11のポリマー複合セルロースを、10万倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図9】実施例11のポリマー複合セルロースを、5万倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図10】CNFを、10万倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図11】CNFを、5万倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図12】(a)は試験例1のTMTA-DHNポリマーの示差走査熱量測定の結果を示すグラフ図であり、(b)は実施例11及びCNFの示差走査熱量測定の結果を示すグラフ図である。
【
図13】(a)はCNFの示差走査熱量測定の結果を示すグラフ図であり、(b)は試験例2のTMTA-DHNポリマーの示差走査熱量測定の結果を示すグラフ図である。
【
図14】(a)は、ヘキサンと水との混合液中でのCNFの分散状態を示し、(b)は、ヘキサンと水との混合液中での実施例11のポリマー複合セルロースの分散状態を示す。
【
図16】実施例11のポリマー複合セルロースと、CNFとの耐熱性試験の結果を示すグラフ図である。
【
図17】実施例11のポリマー複合セルロースを吸着させたポリプロピレン粒子を、30倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図18】実施例11のポリマー複合セルロースを吸着させたポリプロピレン粒子を、5000倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図19】CNFを吸着させたポリプロピレン粒子を、30倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図20】CNFを吸着させたポリプロピレン粒子を、5000倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図21】ポリプロピレン粒子を、30倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図22】ポリプロピレン粒子を、5000倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図23】実施例の樹脂体におけるポリマー複合セルロースのイメージ図である。
【
図24】樹脂体の曲げ強度試験の結果を示すグラフ図である。
【
図25】実施例の炭素繊維を、10万倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図26】実施例の炭素繊維を、5万倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図27】実施例の炭素繊維を、2万倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図28】比較例の炭素繊維を、5万倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【
図29】比較例の炭素繊維を、2万倍で観察した電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(ポリマー複合セルロース)
本開示に係るポリマー複合セルロースは、セルロース類と、セルロース類の表面に付着した芳香族ポリマーとを有している。芳香族ポリマーは、セルロース類に官能基として導入されたものではなく、また、セルロース類と架橋などしている訳ではなく、芳香族ポリマーをセルロース類に付けるために、セルロース類を改質していない。ポリマー複合セルロースは、芳香族ポリマーを付ける前のセルロース類の糖鎖や官能基などの構造が保たれた状態のまま、芳香族ポリマーによって補強されている。すなわち、ポリマー複合セルロースは、芳香族ポリマーを付ける前のセルロース類の性質や強度に加えて、芳香族ポリマーによる性質や強度が付加されている。なお、芳香族ポリマーは、セルロース類の表面に、物理的吸着、水素結合等の化学的吸着、あるいは物理的吸着及び化学的吸着により配置されていると考えられる。ポリマー複合セルロースは、例えば、糸状や紙状など、複数まとまった集合体になっていてもよい。
【0016】
ポリマー複合セルロースにおいて、芳香族ポリマーが、セルロース類の表面の一部又は全体を被覆している。後述するモノマーの反応温度及び反応時間の調節により、セルロース類の表面に対する芳香族ポリマーの付着度合いを簡単に制御できる。例えば、モノマーの反応温度を低くしたり、モノマーの反応時間を短くしたりすることで、芳香族ポリマーをセルロース類の表面の一部範囲に配置することができる。モノマーの反応温度を高くしたり、モノマーの反応時間を長くしたりすることで、芳香族ポリマーをセルロース類の表面全体に配置することができる。
【0017】
ポリマー複合セルロースにおいて、芳香族ポリマーは、互いに接する部分が融着していてもよい。そして、ポリマー複合セルロースは、芳香族ポリマー同士がネットワーク状に繋がった網状構造になっていてもよい。後述するモノマーの反応温度及び反応時間の調節により、芳香族ポリマー同士の融着やポリマー複合セルロースのネットワーク化を簡単に制御できる。例えば、モノマーの反応温度を低くしたり、モノマーの反応時間を短くしたりすることで、芳香族ポリマー同士の融着を抑えて、ポリマー複合セルロースの網状構造の成長を抑制することができる。また、モノマーの反応温度を高くしたり、モノマーの反応時間を長くしたりすることで、芳香族ポリマー同士の融着を進行させて、ポリマー複合セルロースの網状構造を促進することができる。
【0018】
芳香族ポリマーの表面形状が平滑であってもよいが、芳香族ポリマーの表面形状が凸凹形状であってもよい。また、芳香族ポリマーの表面形状は、粒状に隆起した部分を有し、複数の隆起部分が珠のように連なった連珠形状になっていてもよい。後述するモノマーの反応温度及び反応時間の調節により、芳香族ポリマーの表面形状を簡単に制御できる。例えば、モノマーの反応温度を低くしたり、モノマーの反応時間を短くしたりすることで、芳香族ポリマーの表面形状を平滑にすることができる。また、モノマーの反応温度を高くしたり、モノマーの反応時間を長くしたりすることで、芳香族ポリマーの表面を隆起させて連珠形状にすることができる。
【0019】
ポリマー複合セルロースにおいて、芳香族ポリマーが、架橋構造を有している。架橋している芳香族ポリマーであると、芳香族ポリマー分子同士が繋がっているので、無架橋の芳香族ポリマーと比べて、芳香族ポリマー自体の強度を向上させることができる。
【0020】
(セルロース類)
セルロース類は、セルロースそのもの(化学修飾されていないセルロース)、又は化学修飾(官能基が導入)されたセルロース誘導体であってもよい。また、セルロース類は、竹由来セルロース、木材由来セルロース、バクテリアセルロース、ホヤセルロースなどであってもよい。セルロース誘導体としては、例えば、TEMPO酸化セルロース、カルボキシメチルセルロース、硫酸化セルロースなどのセルロース誘導体が挙げられる。セルロース類は、繊維状であっても、糸状や紙状などの集合体になっていてもよい。繊維状のセルロース類としては、マイクロファイバー、ナノファイバー(特にセルロースナノファイバー又はCNFと呼ぶ場合がある)、ナノクリスタルあるいはアモルファスなどが挙げられる。なお、1種類のセルロース類であっても、複数種類のセルロース類を組み合わせて用いても、何れであってもよい。なお、繊維幅が1nm~999nmの範囲にあるセルロース類を、特に区別してナノセルロース類と呼び、繊維幅が1μm~999μmの範囲にあるセルロース類を、特に区別してマイクロセルロース類と呼ぶ場合がある。
【0021】
(セルロース類のサイズ)
セルロース類は、マイクロセルロース類であっても、ナノセルロース類であっても、何れでもよいが、樹脂に配合するならば、ナノセルロース類が好ましい。ナノセルロース類である場合、その繊維幅が10nm~50nmであると好ましい。セルロース類は、その繊維長が200nm~15000nmであると好ましい。なお、ナノセルロース類において、繊維幅が約3nm~1500nm、繊維長が約200nm~10000nmであるものをナノファイバーと称し、繊維幅が約1nm~10nm、繊維長が約100nm~300nmであるものをナノクリスタルという場合がある。また、セルロース類において、繊維幅が約1nm~10nm、繊維長が約100nm~300nmであるものをアモルファスという場合がある。例えば、セルロース類は、ナノクリスタル状よりもナノフィブリル化が進むと、アモルファス状になり、結晶化度が小さくなる傾向がある。例えば、樹脂と混ぜる場合、セルロース類としては、ナノファイバー状およびナノクリスタル状が好ましく、ナノファイバー状であるとより好ましい。
【0022】
(芳香族ポリマー)
本開示の芳香族ポリマーは、水酸基を有する芳香族炭化水素類と環状アミンとの反応により得られるポリマーであることが好ましい。芳香族ポリマーは、クレゾールなどのフェノール類に属する有機化合物を用いて合成されたものを含む広義のフェノール樹脂であるといえる。芳香族ポリマーとしては、例えば、オキサジン樹脂、レゾール樹脂、レソルシノール樹脂、ノボラックなど、およびこれらの誘導体からなるものを用いることができる。この中でも、以下の化学式1に示すようなベンゾオキサジン樹脂、または化学式2に示すようなナフトオキサジン樹脂であることが好ましい。
【0023】
【化1】
【化2】
上記化学式1および化学式2において、R
1は、水素または炭化水素を指す。また、上記化学式1および化学式2において、nは括弧内の繰り返しを示す。
【0024】
(芳香族炭化水素類)
水酸基を有する芳香族炭化水素類としては、クレゾール、フェノール、アルキルフェノール、ジヒドロナフタレン、ジヒドロアントラセン、ビスフェノールAなどが挙げられる。この中でも、1,5-ジヒドロナフタレンや2,6-ジヒドロナフタレンなどのジヒドロナフタレン(DHN)が好ましく、更に好ましくは、以下の化学式5に示すような1,5-ジヒドロナフタレン(DHN)である。
【0025】
【0026】
(環状アミン)
環状アミンとしては、例えば、ヘキサミン(Hezamine)、キヌクリジン(Quinuclidine)、DABCO(1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(1,4-diazabicyclo[2.2.2]octane))など、およびこれらの誘導体が挙げられる。例えば、以下の化学式3に示すようなヘキサメチレンテトラミン(HMT)(ヘキサミンとも呼ばれる)が挙げられる。
【0027】
【0028】
また、環状アミンとしては、例えば、ピリジン系の飽和環状アミンであるピペリジン(Pyperidine)、ピペリデイン(Piperideine)、ピペラジン(Piperazine)、トリアジナン(Triazinane)、テトラジナン(Tetrazinane)、ペンタジナン(Pentazinane)など、およびこれらの誘導体が挙げられる。前述の環状アミンの中では、トリアジナンが好ましく、トリアジナンの中でも、以下の化学式4に示すような1,3,5-トリアジナンが好ましい。1,3,5-トリアジナンとしては、例えば、1,3,5-トリメチル-1,3,5-トリアジナン、1,3,5-トリフェニル-1,3,5-トリアジナン、1,3,5-トリへプチル-1,3,5-トリアジナン、1,3,5-トリペンチル-1,3,5-トリアジナンなどが挙げられ、この中でも1,3,5-トリメチルヘキサヒドロ-1,3,5-トリアジナン(TMTA)が好ましい。環状アミンは、反応溶媒への溶解度が高いものを用いることが好ましい。例えば、ヘキサミンよりも、トリアジナンの方が、水を含まない有機溶媒に溶け易い。従って、後述する水を含まない有機溶媒を反応溶媒として用いる場合、環状アミンとしてトリアジナンを用いることが好ましい。
【0029】
【0030】
(ポリマー複合セルロースの製造方法)
前述したポリマー複合セルロースは、セルロース類が存在している溶媒中で、モノマーを反応させて芳香族ポリマーを形成することで製造することができる。より具体的には、水を含まない溶媒に、セルロース類と、モノマーとしての環状アミン及び芳香族炭化水素類とを分散させて、混合液を調製する。セルロース類、環状アミン及び芳香族炭化水素類を溶媒に添加する順序は特に限定されないが、セルロース類を添加した溶媒に、環状アミン及び芳香族炭化水素類を添加する方が、セルロース類の表面でモノマーの反応を生じさせ易くできる。次に、混合液を加熱することで、環状アミンと芳香族炭化水素類とを反応させて芳香族ポリマーを形成する。このとき、混合液を加熱することで所定温度にしたら、所定温度(反応温度)に保って、混合液を撹拌しつつ所定時間(反応時間)保持するとよい。環状アミンと芳香族炭化水素類とを反応させ、環状アミンの開環と同時に重縮合することで、芳香族ポリマーが形成される。そして、セルロース類の界面近傍で生成された芳香族ポリマーが、セルロース類の表面に付着し、ポリマー複合セルロースが得られる。
【0031】
セルロース類として、繊維幅が小さいナノセルロースを用いる場合、ナノセルロース類を分散したセルロース水分散体に、水以外の有機溶媒を添加し、遠心分離により、水を有機溶媒に置換したセルロースアルコール分散体とするとよい。ここで、有機溶媒としては、モノマーの反応時に用いる反応溶媒と同じものを用いることが好ましく、例えば反応溶媒としてアルコール(例えばエタノール)を用いるのであれば、アルコール(エタノール)で水を置換するとよい。そして、セルロース有機溶媒分散体に、芳香族炭化水素類と環状アミンとを添加した混合液を調製すればよい。
【0032】
セルロース類は、繊維状であっても、紙状や布状など、所定単位にまとめられた集合体であってもよい。
【0033】
(反応溶媒)
モノマーが添加される反応溶媒は、水を含まない有機溶媒である。反応溶媒は、有極性分子の液体がよく、水よりも極性が低いが、水に極性が近いもの(極性有機溶媒)がよい。反応溶媒は、セルロース類と親和性があり、添加されたセルロース類を分散できるものである。反応溶媒は、pHが中性の条件において、プロトンを乖離しないものも挙げられる。反応溶媒としては、例えば、アルコール類や、アセトン等の両親媒性溶媒や、テトラヒドロフラン(THF)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)等の非プロトン性極性溶媒などが挙げられる。アルコール類としては、例えば、エタノール、イソプロピルアルコール、メタノール、ブタノールなどが挙げられる。反応溶媒は、1種類だけからなる単独溶媒又は複数種類からなる混合溶媒の何れであってもよいが、芳香族ポリマーをセルロース類の表面に効率的に付着させるためには、水を含んでいないことが求められる。反応溶媒としては、アルコール類が好ましく、アルコール類であれば、取り扱いが容易で、セルロース類を適切に分散することができると共に、モノマーの反応速度を適度に抑えることができる。
【0034】
(反応温度)
モノマーを反応させる反応温度は、反応が進行する温度であれば特に限定するものではない。モノマーの反応は、15℃~30℃の常温の範囲や、15℃未満の低温でも進行する。工業的な観点において、モノマーを反応させる反応温度は、20℃以上が好ましく、40℃以上がより好ましく、60℃以上が更に好ましい。前述した反応温度に設定することで、反応を効率的に進行させることができ、特に反応温度が60℃以上であると、反応時間を短縮できるので好ましい。モノマーを反応させる反応温度は、100℃以下が好ましく、80℃以下がより好ましく、78℃以下が更に好ましい。前述した反応温度に設定することで、反応が早期に進行し過ぎることを抑えることができ、セルロース類の表面に芳香族ポリマーを適切に配置することができる。
【0035】
(反応時間)
モノマーを反応させる反応時間は、特に限定するものではないが、反応時間が長くなるほど、多くの芳香族ポリマーが得られる。工業的な観点において、モノマーを反応させる反応時間は、1時間以上が好ましく、3時間以上がより好ましく、6時間以上が更に好ましい。前述した反応時間に設定することで、セルロース類の表面に芳香族ポリマーを適切に配置することができ、特に反応時間が6時間以上であると、芳香族ポリマーでセルロース類を被覆できるので好ましい。モノマーを反応させる反応時間の上限は、特にないが、工業的な観点から24時間以下であることが好ましい。
【0036】
モノマーの添加量、反応温度、反応時間などの条件を変えることで、得られる芳香族ポリマーの厚さや形状などを適宜制御することができる。モノマーの添加量、反応温度、反応時間などの条件を変えることで、得られるポリマー複合セルロースーの網状構造の成長度合いなどを適宜制御することができる。芳香族ポリマーの付与工程を複数回繰り返すことで、芳香族ポリマーを複数層重ねて形成してもよい。
【0037】
芳香族ポリマーの付与工程を複数回繰り返すことで、芳香族ポリマーを複数層重ねて形成する場合、層に応じて、芳香族ポリマーの種類を変更可能である。例えば、ある層をジヒドロナフタレンに由来する芳香族ポリマーで形成し、別の層を、ジヒドロアントラセンに由来する芳香族ポリマーで形成するなど、異種材料を組み合わせることが可能である。
【0038】
ポリマー複合セルロースは、セルロース類の表面に付着した芳香族ポリマーによって補強されているので、セルロース類単体の場合よりも強度が向上している。また、ポリマー複合セルロースは、芳香族ポリマーが架橋構造を有しているので、芳香族ポリマー自体も無架橋のものと比べて強度が高くなっているので、全体として強度に優れている。従って、ポリマー複合セルロースを樹脂等の材料のフィラーとして用いた場合、セルロース類単体よりも少量の使用であっても、樹脂等の材料(樹脂体)の機械的強度を効果的に向上することができる。
【0039】
ポリマー複合セルロースは、セルロース類の表面に芳香族ポリマーが付着しているので疎水性になっており、セルロース類単体では難しかった樹脂などの材料との親和性が向上している。従って、ポリマー複合セルロースを樹脂等の材料(樹脂体)のフィラーとして用いた場合、樹脂等の材料(樹脂体)に適切に分散させることができる。また、ポリマー複合セルロースを樹脂粒子に吸着させることができる。ポリマー複合セルロースを吸着させた樹脂粒子から樹脂体を成形すれば、樹脂体においてポリマー複合セルロースを適切に分散させることができる。また、ポリマー複合セルロースを吸着させた樹脂粒子から樹脂体を成形することで、樹脂体においてポリマー複合セルロースをネットワーク状に分散させることができ、これにより樹脂体の強度を均一に向上できる。
【0040】
ポリマー複合セルロースは、セルロース類の表面に付着した芳香族ポリマーによって補強されているので、セルロース類単体の場合よりも、乾燥しても型崩れし難く、また乾燥しても収縮が生じ難い。
【0041】
ポリマー複合セルロースは、セルロース類の表面に付着した芳香族ポリマーによって、セルロース類単体の場合よりも耐熱性が向上している。従って、ポリマー複合セルロースを樹脂等の材料(樹脂体)のフィラーとして用いた場合、樹脂等の材料(樹脂体)の耐熱性を向上させることができる。また、ポリマー複合セルロースを炭化処理して炭素繊維を製造すると、ポリマー複合セルロースに基づく炭素繊維の繊維形状を保つことができ、また繊維同士の癒着を抑えることができる。更に、ナノサイズの繊維幅のポリマー複合セルロースを炭化処理して炭素繊維を製造して、ナノサイズの繊維幅の炭素繊維を製造することができる。市販されている炭素繊維の繊維幅の下限が100nm程度であるが、これを下回る繊維幅10nm以下の炭素繊維を簡単に製造することが可能となる。
【0042】
ポリマー複合セルロースは、水を含まない溶媒において、セルロース類との共存下でモノマーを反応させて芳香族ポリマーを形成する簡単な工程で製造することができる。このように、いわゆるワンステップ及びワンポットのプロセスで、煩雑な工程を経ることがなく、良好な強度を有するポリマー複合セルロースを得ることができる。しかも、セルロースに官能基を導入(化学修飾)して疎水化する場合のように、酸やアルカリなどの比較的取り扱いに注意を要する薬剤を用いる必要がない。そして、セルロースに官能基を導入(化学修飾)して疎水化する場合のように、酸やアルカリなどを用いないことで、セルロース類の糖鎖にダメージがないことから、セルロース類自体の強度が保たれる。これにより、セルロース類の表面に付着した芳香族ポリマーによる補強と相まって、得られたポリマー複合セルロースの強度を向上できる。
【0043】
芳香族ポリマーがセルロース類を被覆していると、ポリマー複合セルロースの強度を向上できる。また、ポリマー複合セルロースにおいて、芳香族ポリマーにおける互いに接する部分が融着していると、ポリマー複合セルロースの強度を向上できる。更に、芳香族ポリマーが繋がった網状構造になっていると、ポリマー複合セルロースの強度を向上できる。更にまた、芳香族ポリマーが連珠形状になっていると、ポリマー複合セルロースの強度を向上できる。
【0044】
(樹脂体)
前述したポリマー複合セルロースと、樹脂と、を含む樹脂体を構成することができる。本開示の樹脂体は、前述したポリマー複合セルロースを、樹脂体に所定機能(例えば強度向上)を付与するフィラーとして用いているともいえる。樹脂体の形状は、特に限定されず、フィルム状、シート状、ブロック状など、用途などに応じて様々な形状で形成可能である。
【0045】
(樹脂)
樹脂体を構成する樹脂は、ポリマー複合セルロースと複合可能な樹脂であれば熱可塑性、熱硬化性、エンジニアプラスチックの何れでもあってもよい。具体的には、例えば、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン-酢酸ビニル共重合体、ポリエチレン-酢酸ビニルアルコール共重合体、ポリ(メタ)アクリル樹脂、シリコーン樹脂、ナイロン-6、ナイロン-6,6、ナイロン-6,10、ナイロン-6,12のようなポリアミド、ポリイミド樹脂、ポリウレタン、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ポリカーボネート、セルローストリアセテート、セルロースアセテートブチレート、ビニロン、ポリビニルブチラール等を用いることができる。
【0046】
(ポリマー複合セルロースの配合率)
樹脂に対するポリマー複合セルロースの配合率は、特に限定するものではないが、0.01wt%以上であると好ましく、5wt%以上であるとより好ましい。前述したようにポリマー複合セルロースの強度が優れているので、配合量を比較的少なくすることができる。樹脂に対するポリマー複合セルロースの配合率は、特に限定するものではないが、95wt%以下であると好ましく、90wt%以下であるとより好ましい。ポリマー複合セルロースの配合量が多くなり過ぎると、樹脂体の脆性化等の不具合が生じ易くなる。
【0047】
樹脂体の製造方法は、公知の方法を用いることができる。前述したようにポリマー複合セルロースは、樹脂に吸着可能であるので、例えば樹脂を粒状にした樹脂粒子に、ポリマー複合セルロースを吸着させる粒子吸着法を用いて、樹脂体を製造することができる。ポリマー複合セルロースを吸着させた樹脂粒子を成形して、樹脂体を製造することで、樹脂中にポリマー複合セルロースを分散させることができる。また、樹脂中においてポリマー複合セルロースをネットワーク状に配置することができる(
図23参照)。ポリマー複合セルロースを吸着させた樹脂粒子から樹脂体を製造する場合は、圧縮成形することが好ましい。圧縮成形することで、樹脂粒子同士の間隙をなくして、樹脂中にポリマー複合セルロースのネットワークを形成できる。
【0048】
このように、ポリマー複合セルロースをフィラーとして樹脂に配合することにより、良好な強度を有する樹脂体を得ることができる。また、樹脂体は、ポリマー複合セルロースが分散しているので、強度が均一である。樹脂体は、ポリマー複合セルロースのネットワークが形成されていると、より強度が向上される。
【0049】
(炭素繊維)
前述したポリマー複合セルロースを炭化処理することで、炭素繊維を製造することができる。ポリマー複合セルロースの炭化処理物である炭素繊維は、ポリマー複合セルロースに基づく繊維形状になっている。例えば、芳香族ポリマーの一部が融着したポリマー複合セルロースの炭化処理物であると、繊維の一部が繋がった炭素繊維となる。また、芳香族ポリマーで繋がった網状構造のポリマー複合セルロースの炭化処理物であると、繊維が網目状に繋がった炭素繊維となる。ポリマー複合セルロースの炭化処理物である炭素繊維は、ポリマー複合セルロースの繊維幅に基づく繊維幅になっている。例えば、マイクロサイズの繊維幅のポリマー複合セルロースの炭化処理物であると、炭素繊維の繊維幅がマイクロサイズとなり、ナノサイズの繊維幅のポリマー複合セルロースの炭化処理物であると、炭素繊維の繊維幅がナノサイズとなる。
【0050】
ポリマー複合セルロースの炭化処理は、公知の方法を用いることができる。例えば、窒素等の不活性ガスの雰囲気下で加熱することで、ポリマー複合セルロースを炭化して、炭素繊維を得ることができる。より具体的には、例えば、空気中で200℃~350℃で数時間熱処理する不融化や安定化を図る耐炎化工程を行う。次に、窒素などの不活性ガスの雰囲気下で600℃~1500℃で熱処理する炭素化工程を行う。これにより、炭素繊維が得られる。なお、炭素化工程の後に、必要に応じて、窒素などの不活性ガスの雰囲気下で2000℃~3000℃で熱処理する黒鉛化工程を行ってもよい。黒鉛化工程を経ることで炭素繊維の弾性を向上できる。なお、黒鉛化工程を経た炭素繊維を黒鉛繊維と呼ぶ場合がある。
【0051】
ポリマー複合セルロースの炭化処理物である炭素繊維は、ポリマー複合セルロースの高い耐熱性により繊維同士の癒着が抑えられ、繊維形状が保たれている。ポリマー複合セルロースの炭化処理物である炭素繊維は、ポリマー複合セルロースの高い耐熱性により、得られる炭素繊維の回収率を向上できる。また、ポリマー複合セルロースの炭化処理物である炭素繊維は、10nm以下の繊維径で形成することができ、非常に細くすることができる。
【実施例0052】
表1に示すように、実施例1~10及び比較例1は、セルロース類として、重さ0.10gの化学分析用のろ紙(JIS P 38015 1種相当、型番101、サイズ:縦横9cm、灰分含有率:0.15%、重量:80±4g/m2、最大孔径:20μm~25μm、繊維幅:20μm程度)を用いている。ろ紙は、綿繊維を主体として構成され、綿はセルロースを主体とするものである。実施例11は、セルロース類として、重さ6.0gのセルロースナノファイバー(中越パルプ工業(株)製、商品名:nanoforest-s-BBC10、繊維幅:10nm~20nm、繊維長:15μm、解繊度合:C解繊)を用いている。実施例1~11及び比較例1では、環状アミンとしてのTMTA(1,3,5-トリメチルヘキサヒドロ-1,3,5-トリアジナン)と、芳香族炭化水素類としてのDHN(1,5-ジヒドロナフタレン)との反応によって、ナフトオキサジン(芳香族ポリマー)を形成している。実施例1~11は、環状アミンと芳香族炭化水素類とを反応させる溶媒として、エタノールのみのアルコール溶媒を用いている。比較例1は、環状アミンと芳香族炭化水素類とを反応させる溶媒として、水とエタノールとの混合溶媒を用いている。
【0053】
【0054】
(実施例1~10)
具体的には、実施例1~10は、ポリマー複合セルロースを以下のように作成している。200mlのエタノール溶媒中に、ろ紙を入れる。ろ紙入りの溶媒に、2mmolのTMTA(1,3,5-トリメチルヘキサヒドロ-1,3,5-トリアジナン)と、2mmolの1,5-DHN(1,5-ジヒドロナフタレン)とを添加し、混合液を調製する。混合液を加熱して表1に示す反応温度に保持し、回転数50rpmで表1に示す反応時間に亘って撹拌しつつ、TMTAとDHNとを付加縮合反応させることで、ろ紙を構成する繊維(セルロース)の表面に、芳香族ポリマーであるナフトオキサジン(TMTA-DHNポリマーという場合もある)を形成して、ポリマーをろ紙を構成するセルロースに付着させた。そして、得られたポリマー複合セルロースを、後処理として、水、エタノールおよびメタノールで洗浄した後、減圧乾燥する。TMTAとDHNとの反応により得られる芳香族ポリマーであるナフトオキサジン(TMTA-DHNポリマー)を
図1に示す。
【0055】
(実施例11)
6.0gのセルロースナノファイバーが分散したセルロース水分散体に、エタノールを添加し、遠心分離により、水をエタノールに置換した500mlのセルロースエタノール分散体を得た。セルロースエタノール分散体に、10mmolのTMTA(1,3,5-トリメチルヘキサヒドロ-1,3,5-トリアジナン)と、10mmolのDHN(1,5-ジヒドロナフタレン)とを、添加し、混合液を調製する。混合液を加熱して70℃の反応温度に保持し、回転数50rpmで6時間の反応時間に亘って撹拌しつつ、TMTAとDHNとを付加縮合反応させることで、セルロースナノファイバーの表面に、芳香族ポリマーであるナフトオキサジン(TMTA-DHNポリマー)を形成して、実施例11のポリマー複合セルロースを得た。そして、得られたポリマー複合セルロースを、後処理として、水、エタノールおよびメタノールで洗浄した後、減圧乾燥する。
【0056】
(比較例1)
100mlの水と100mlのエタノールとからなる混合溶媒中に、ろ紙を入れる。ろ紙入りの溶媒に、2mmolのTMTA(1,3,5-トリメチルヘキサヒドロ-1,3,5-トリアジナン)と、2mmolの1,5-DHN(1,5-ジヒドロナフタレン)とを添加し、混合液を調製する。混合液を加熱して70℃の反応温度に保持し、回転数50rpmで6時間の反応時間に亘って撹拌しつつ、TMTAとDHNとを付加縮合反応させることで、ろ紙を構成する繊維(セルロース)の表面に、ナフトオキサジンの形成を図った比較例1のろ紙を得た。そして、比較例1のろ紙を、後処理として、水、エタノールおよびメタノールで洗浄した後、減圧乾燥する。
【0057】
実施例4及び実施例11のポリマー複合セルロースとp比較例1のろ紙とについて、赤外吸収スペクトルをフーリエ変換型赤外分光装置で測定した。別途、エタノールのみからなる溶媒において、反応温度70℃で、反応時間24時間の条件にて、TMTAとDHNとを反応させることで、TMTA-DHNポリマー粒子を調製し、このTMTA-DHNポリマー粒子について、赤外吸収スペクトルをフーリエ変換型赤外分光装置で測定した。また、実施例1~10で用いたろ紙及び実施例11で用いたCNFについても、赤外吸収スペクトルをフーリエ変換型赤外分光装置で測定した。なお、赤外分光装置としては、日本分光(株)製の製品名FT/IR-6300を用いた。その結果を
図2に示す。
【0058】
図2に示すように、実施例4及び実施例11の赤外吸収スペクトルの測定結果は、1602cm
-1に芳香族C=C伸縮振動の吸収が出現すると共に、1502cm
-1に環状アミンのCH変角振動の吸収が出現している。TMTA-DHNポリマー粒子のスペクトルの1602cm
-1及び1502cm
-1に出現する吸収と、実施例4及び実施例11の前述の吸収とが、一致することから、実施例4においてろ紙を構成する繊維にTMTA-DHNポリマーが付着しており、同様に実施例11においてCNFにTMTA-DHNポリマーが付着していることが判る。なお、ポリマー付与処理を行っていないろ紙やCNFについては、1602cm
-1及び1502cm
-1に吸収が出現していない。
【0059】
図2に示すように、エタノールのみの溶媒を用いた実施例4や実施例11と異なり、水とエタノールとの混合溶媒を用いた比較例1は、1602cm
-1及び1502cm
-1に吸収が出現していない。すなわち、比較例1では、ろ紙を構成するセルロースにTMTA-DHNポリマーが付着していないことが判る。比較例1のように、反応溶媒中に水が存在すると、TMTA及びDHNの反応が早く起こり、TMTA-DHNポリマーがろ紙の表面に分配されないと考えられる。このことから、溶媒中にTMTA-DHNポリマーが分散してしまい、TMTA-DHNポリマーがろ紙に付き難くなっていると推測される。
【0060】
実施例4の調製において、混合液は反応時間とともに、徐々に茶色から緑色に変化し、6時間後には深緑色に変化した。6時間後に得られた実施例4のろ紙は、混合液の色と同様に深緑色に変化している(
図3参照)。これに対して、比較例1の調製では、混合液は直ちに赤色に変色し、深緑色に変化したが、6時間経ってもろ紙の着色は起こらず、
図5に示すポリマー付与処理前のろ紙と変わりの無い白色のままとなっている(
図4参照)。このことからも、比較例1では、ろ紙を構成するセルロースにTMTA-DHNポリマーが付着していないことが判る。
【0061】
図6は、反応時間を6時間に設定し、溶媒やモノマーの量を同じにした条件で、反応温度を変えた場合を示している。
図6に示すように、反応温度を高くするほど、TMTA-DHNポリマーがろ紙を構成するセルロースに付き易いことが判る。特に、
図6の結果によれば、反応温度は、60℃以上とすることが好ましく、70℃以上にすることがより好ましい。なお、反応温度を低く設定しても、反応時間を長くすることで、TMTA-DHNポリマーをセルロースに付着させることができる。
【0062】
図7は、反応温度を70℃に設定し、溶媒やモノマーの量を同じにした条件で、反応時間を変えた場合を示している。
図7に示すように、反応時間が長くなるほど、TMTA-DHNポリマーがろ紙を構成するセルロースに付くことが判る。特に、
図7の結果によれば、反応時間は、6時間以上とすることが好ましく、12時間以上にすることがより好まく、24時間以上とすることが更に好ましい。なお、反応時間を短く設定しても、反応温度を高く設定することで、TMTA-DHNポリマーをセルロースに付着させることができる。
【0063】
図8及び
図9は、ポリマー付与処理を行った実施例11のポリマー複合セルロースの表面を観察した電子顕微鏡写真である。
図10及び
図11は、実施例11で用いたCNFの表面を観察した電子顕微鏡写真である。
図10及び
図11に示すように、ポリマー付与処理を行っていないCNFの表面は平滑である。これに対して、
図8及び
図9に示すように、実施例11は、TMTA-DHNポリマーによりCNFが完全に被覆されていることが判る。また、実施例11において、TMTA-DHNポリマーにおける互いに接する部分が融着しており、TMTA-DHNポリマーが繋がってネットワークを形成し、得られたポリマー複合セルロースが網状構造になっていることが判る。実施例11のTMTA-DHNポリマーは、粒状に隆起した部分を有しており、複数の隆起部分が珠のように連なった連珠形状になっている。なお、本開示では、電子顕微鏡として、電解放射型走査型電子顕微鏡((株)日立ハイテクノロジーズ製、型番SU8000)を用いている。
【0064】
エタノールのみからなる溶媒において、反応温度70℃で、反応時間24時間の条件にて、TMTAとDHNとを反応させることで、試験例1のTMTA-DHNポリマー粒子を得た。比較例1と同様に水とエタノールとの混合溶媒において、反応温度70℃で、反応時間24時間の条件にて、TMTAとDHNとを反応させることで、試験例2のTMTA-DHNポリマー粒子を得た。そして、実施例11のポリマー複合セルロース、試験例1のTMTA-DHNポリマー、試験例2のTMTA-DHNポリマー及びCNFのそれぞれについて、示差走査熱量測定(DSC)を行った。示差走査熱量測定は、窒素気流中において、温度を2℃/分で上昇させるように変化させながら,試料と基準物質の温度差を検出し、ヒートフローに換算した。示差走査熱量測定の結果を、
図12及び
図13に示す。
【0065】
図12(a)に示すように、試験例1のTMTA-DHNポリマーは、発熱ピークを有しており、TMTA-DHNポリマーにおいて架橋が生じていることが示されている(古川ら, 日本接着学会, pp. 89-96, Vol. 43, No.3 2007)。このように、水を含まないエタノールのみからなる溶媒において、TMTAとDHNとを反応させることで、架橋構造を有するTMTA-DHNポリマーが得られることが判る。
図12(b)に示すように、実施例11のポリマー複合セルロースは、
図12(a)に示す試験例1のTMTA-DHNポリマーと同様の発熱ピークを有していることから、実施例11においてCNFを被覆するTMTA-DHNポリマーが架橋構造になっていることが判る。
【0066】
水とエタノールとの混合溶媒において、TMTAとDHNとを反応させた試験例2のTMTA-DHNポリマーは、
図13(b)に示すように、発熱ピークを有していないことから、架橋構造を有していないことが判る。なお、
図12(b)及び
図13(c)のCNFの測定結果によれば、発熱ピークがCNFに由来するものではないことが判る。このように、水を含まない溶媒において、モノマーを反応させることで、ポリマー複合セルロースにおいて、芳香族ポリマーを架橋構造にできることが判る。
【0067】
ヘキサン及び水を1:1で混合した液に、実施例11で用いたCNFを0.5wt%になるように添加したCNF分散液を調製した。ヘキサン及び水を1:1で混合した液に、実施例11のポリマー複合セルロースを0.5wt%になるように添加したポリマー複合セルロース分散液を調製した。
図14(a)に示すように、CNF分散液では、試験液の下側に分離している水に、CNFが分散している。これに対して、
図14(b)に示すように、ポリマー複合セルロース分散液では、試験液の上側に分離しているヘキサンに、ポリマー複合セルロースが分散している。このように、実施例11のポリマー複合セルロースは、親水性ではなく、疎水性であることが判る。
【0068】
試験管において、実施例11で用いたCNFを2.4wt%になるように、水に添加したCNF水分散体を調製した。実施例11のポリマー複合セルロースを2.4wt%になるように、水に添加したポリマー複合セルロース水分散体を調製した。試験管において、CNF水分散体及びポリマー複合セルロース水分散体を凍結乾燥した。
図15に示すように、ポリマー複合セルロースは、試験管の内形状に倣った筒状で成形されており、型崩れや収縮が生じていないことが判る。これに対して、
図15に示すように、CNFは、試験管の内形状から型崩れしており、また収縮が生じている。実施例11のポリマー複合セルロースは、CNFと比べて、強度が向上していることが判る。
【0069】
実施例11のポリマー複合セルロースと、実施例11で用いたCNFとについて、熱重量減少率を測定した。熱重量減少率試験は、試料を窒素ガスの雰囲気下において、10℃/分の加熱速度で、30℃~900℃まで昇温し、900℃に到達したら自然冷却した。各温度での試料の重量を測定し、出発の重量からの重量の減少率を算出した。その結果を
図16に示す。
【0070】
図16に示すように、実施例11のポリマー複合セルロースは、CNFよりも分解完了温度が高く、CNFよりも耐熱性が向上していることが判る。化学修飾による疎水化CNFは、一般的にCNFより10℃程度しか分解完了温度が向上しないのに対して、実施例11のポリマー複合セルロースは、CNFより26℃程度も分解完了温度が向上しており、耐熱性に優れているといえる。なお、実施例11のポリマー複合セルロースによれば、分解完了温度が高いことで、炭化処理した際に残渣カーボンの収率が向上し、後述する炭素繊維とする際に有利である。
【0071】
(樹脂体)
実施例の樹脂体について説明する。実施例の樹脂体は、実施例11のポリマー複合セルロースと、樹脂としてポリプロピレン(PP)とを含んでいる。ポリプロピレン粒子(平均粒子径500μm)と、実施例11のポリマー複合セルロースとを、水に入れて、分散液を調製する。ここで、実施例11のポリマー複合セルロースが、ポリプロピレン粒子に対して0.4wt%になるように配合している。分散液を振とう機で振って、ポリプロピレン粒子とポリマー複合セルロースとを混合することで、ポリプロピレン粒子の表面にポリマー複合セルロースを吸着させる。目幅500μmのメッシュで篩いにかけて、ポリプロピレン粒子に吸着していないポリマー複合セルロースを除去して、表面にポリマー複合セルロースが吸着したポリプロピレン粒子を回収して乾燥する。ポリマー複合セルロースが吸着したポリプロピレン粒子(2.3g)を、熱プレス型にセットし、20MPaの圧力を加えて155℃で5分間のプレプレスを行い、20MPaの圧力を加えて200℃で3分間のプレスを行う。これにより、縦横50mmで厚さ1mmのフィルム状である実施例の樹脂体を得た。
【0072】
実施例、比較例及び参考例樹脂体の成形に用いた熱プレス型は、金属板の上にポリイミドシートを敷き、中央部にステンレス製のスペーサーを置き、その上にポリイミドシートをのせて、更にその上に金属板をのせた構造になっている。そして、スペーサー内にのせたポリプロピレン粒子を圧縮成形している。
【0073】
実施例11で用いたCNFを用いて、比較例の樹脂体を成形した。ポリプロピレン粒子(平均粒子径500μm)と、CNF(ポリマー付与処理なし)とを、水に入れて、分散液を調製する。ここで、CNFが、ポリプロピレン粒子に対して0.4wt%になるように配合している。分散液を振とう機で振って、ポリプロピレン粒子とCNFとを混合することで、ポリプロピレン粒子の表面にCNFを吸着させる。目幅500μmのメッシュで篩いにかけて、ポリプロピレン粒子に吸着していないCNFを除去して、表面にCNFが吸着したポリプロピレン粒子を回収して乾燥する。CNFが吸着したポリプロピレン粒子(2.3g)を、熱プレス型にセットし、20MPaの圧力を加えて155℃で5分間のプレプレスを行い、20MPaの圧力を加えて200℃で3分間のプレスを行う。これにより、縦横50mmで厚さ1mmのフィルム状である比較例の樹脂体を得た。
【0074】
実施例及び比較例と同じポリプロピレン粒子(2.3g)を、熱プレス型にセットし、20MPaの圧力を加えて155℃で5分間のプレプレスを行い、20MPaの圧力を加えて200℃で3分間のプレスを行う。これにより、縦横50mmで厚さ1mmのフィルム状である参考例の樹脂体を得た。
【0075】
図18に示すように、ポリプロピレン粒子の表面に、ポリマー複合セルロースが吸着していることが、
図22と比べると判る。
図18に示すポリマー複合セルロースは、ポリプロピレン粒子にCNFを吸着させた
図20と比べて、ポリプロピレン粒子への吸着量が多いことが判る。ポリマー複合セルロースにおいて、CNFの表面に芳香族ポリマーであるTMTA-DHNポリマーが存在していることで、CNFだけの場合よりもポリプロピレン粒子への親和性が向上していることに起因する。
【0076】
図23に示すように、表面にポリマー複合セルロースが吸着したポリプロピレン粒子を圧縮成形することで、ポリプロピレン粒子の表面に吸着していたポリマー複合セルロースが、潰れたポリプロピレン粒子の間に配置される。これにより、ポリマー複合セルロースがポリプロピレン中にネットワークを形成すると考えられる。
【0077】
実施例、比較例及び参考例の樹脂体のそれぞれについて、横50mmで縦10mmの試験片を作成し、曲げ強度を測定した。曲げ強度は、試験片における横方向に32mmの間隔をあけた地点を支持し、試験片における支持地点の横方向中央部を、1.0mm/minの速度で荷重を加えて測定した。
図24に、曲げひずみ(横軸)と応力(縦軸)との関係を示す。
【0078】
図24に示すように、ポリマー複合セルロースを含む実施例の樹脂体は、CNFを含む比較例やPPのみの参考例と比べて、曲げ強度が向上していることが判る。実施例の樹脂体は、ポリプロピレン粒子に対してポリマー複合セルロースが0.4wt%である少量の配合であることに関わらず、比較例や参考例よりも約1.1倍の強度が向上していることが確認された。
【0079】
(炭素繊維)
実施例の炭素繊維は、実施例11のポリマー複合セルロースを炭化処理して製造した。まず、実施例11のポリマー複合セルロースを加熱炉に入れて、加熱炉内部の空気を吸引しながら200℃で3時間加熱した。次に、加熱炉において窒素ガスの雰囲気下で、900℃になるまで焼結することで炭素化処理を行い、その後自然冷却した。比較例の炭素繊維は、実施例11で用いたCNFを炭化処理して製造した。まずCNFを加熱炉に入れて、加熱炉内部の空気を吸引しながら200℃で3時間加熱した。次に、加熱炉において窒素ガスの雰囲気下で、900℃になるまで焼結することで炭素化処理を行い、その後自然冷却した。
【0080】
図25~
図27に示すように、実施例の炭素繊維は、
図8及び
図9に示す焼成前のポリマー複合セルロースと同様の繊維形状を保っていることが判る。
図8及び
図9に示す焼成前のポリマー複合セルロースの繊維幅が10nm程度であり、得られた実施例の炭素繊維の繊維幅も10nm程度である。すなわち、実施例の炭素繊維は、焼成前のポリマー複合セルロースと同様の繊維幅で形成することができる。
【0081】
図25~
図27に示すように、実施例の炭素繊維は、芳香族ポリマーであるTMTA-DHNポリマーでCNFが補強されて耐熱性が向上したポリマー複合セルロースを原料とすることで、繊維形状を保っていることが判る。また、耐熱性に優れたポリマー複合セルロースを原料とすることで、得られる炭素繊維の収率を向上することができる。
図28及び
図29に示すように、CNFを焼成した比較例の炭素繊維は、CNF同士の癒着が起こり、CNF単体では繊維形状の維持が難しいことが判る。