(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024040101
(43)【公開日】2024-03-25
(54)【発明の名称】スプロケット及びチェーン伝動機構
(51)【国際特許分類】
F16H 55/30 20060101AFI20240315BHJP
F16H 55/06 20060101ALI20240315BHJP
F16H 7/06 20060101ALI20240315BHJP
【FI】
F16H55/30 C
F16H55/06
F16H7/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023002492
(22)【出願日】2023-01-11
(31)【優先権主張番号】P 2022144434
(32)【優先日】2022-09-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000003355
【氏名又は名称】株式会社椿本チエイン
(74)【代理人】
【識別番号】100153497
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 信男
(74)【代理人】
【識別番号】100138254
【弁理士】
【氏名又は名称】澤井 容子
(72)【発明者】
【氏名】清水 章一郎
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 優太
(72)【発明者】
【氏名】平井 晶
【テーマコード(参考)】
3J030
3J049
【Fターム(参考)】
3J030BA07
3J030BB11
3J030BC02
3J030BC10
3J049AA08
3J049BF01
(57)【要約】
【課題】負荷トルク変動に対応した張力変動の影響を軽減して騒音や振動を抑制しつつ、チェーン挙動を安定化させることが可能で、スプロケットの耐久性の低下及び回転次数音の発生を抑制可能なスプロケット、及び、チェーン伝動機構を提供すること。
【解決手段】スプロケットは、隣接する歯の間に形成される歯底が、歯のピッチに応じた所定の数値範囲内で設定され標準歯形の歯底円から半径方向に離れる歯底ずらし量を有したものを含み、歯底半径を角度位置に応じて変化させることで形成される位相変動パターンの波形の振幅が最大振幅Amaxに対し(1/7)Amaxの範囲内で変化するよう設定された構成とされる。チェーン伝動機構は、チェーンが掛架される複数のスプロケットのうちの少なくとも一つが上記スプロケットにより構成される。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
チェーンと噛み合う複数の歯が形成されたスプロケットであって、
前記複数の歯は、各歯が等間隔でチェーンと噛み合う位相をゼロとした場合、正側及び負側に位相が変動する波形の位相変動パターンを形成するように配列され、
隣接する歯の間に形成される歯底は、標準歯形の歯底円から半径方向に離れる歯底ずらし量を有したものを含み、
前記歯底ずらし量の最大値は、前記歯のピッチの2~7%の大きさの範囲内で設定され、
前記位相変動パターンは、歯底半径を角度位置に応じて変化させることで形成され、前記位相変動パターンの波形の振幅が、最大振幅Amaxに対し(1/7)Amaxの範囲内で変化するよう設定されていることを特徴とするスプロケット。
【請求項2】
前記歯のピッチを一定とし、
前記位相変動パターンは、前記歯の周期が周方向に小から大に連続して変化するように設定され、
前記歯の周期の最小値が2~10の範囲内で設定されると共に、歯の周期の最大値と最小値との差で示される歯の周期変動幅が21以下に設定されていることを特徴とする請求項1に記載のスプロケット。
【請求項3】
前記複数の歯は、歯底半径が標準歯形の歯底半径より大きくなるように形成されていることを特徴とする請求項1に記載のスプロケット。
【請求項4】
前記複数の歯は、周方向に隣り合う歯の中心間距離で示される歯形ピッチが異なるものを含むことを特徴とする請求項1に記載のスプロケット。
【請求項5】
前記歯形ピッチの、標準歯形の歯形ピッチに対する変動量が、±1%の範囲内の大きさであることを特徴とする請求項4に記載のスプロケット。
【請求項6】
潤滑油を含浸して保持可能なポーラス構造を有する焼結体によって形成されていることを特徴とする請求項1に記載のスプロケット。
【請求項7】
クランクシャフトに設けられた駆動側スプロケットと、カムシャフトに設けられた従動側スプロケットと、駆動側スプロケットと従動側スプロケットとの間に掛架されたチェーンとを有するチェーン伝動機構であって、
前記駆動側スプロケット及び前記従動側スプロケットの少なくとも一つが、請求項1に記載されたスプロケットであることを特徴とするチェーン伝動機構。
【請求項8】
前記駆動側スプロケットが、請求項1に記載されたスプロケットであり、
前記従動側スプロケットは、前記駆動側スプロケットの位相変動パターンと逆位相の位相変動パターンを有するように構成されていることを特徴とする請求項7に記載のチェーン伝動機構。
【請求項9】
前記駆動側スプロケットは、標準歯形の歯底半径より大きい歯底半径を有する歯底がエンジンの爆発変動の生ずる噛み合い位置に位置されないよう形成されていることを特徴とする請求項7に記載のチェーン伝動機構。
【請求項10】
前記駆動側スプロケットの位相変動パターンは、カムシャフトの周期的な負荷変動に位相を合わせて形成されていることを特徴とする請求項7に記載のチェーン伝動機構。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チェーンと噛み合う複数の歯が形成されたスプロケット及びこのスプロケットを用いたチェーン伝動機構に関するものである。
【背景技術】
【0002】
回転を確実に伝達する伝動機構として、周面に複数の歯が形成されたスプロケットにチェーンを掛け回す伝動機構が慣用されている。
スプロケットの歯がチェーンと噛み合うことによって、複数のスプロケットの間で、タイミングと回転力が確実に伝えられるが、スプロケットの歯とチェーンとの噛み合いに伴って騒音や振動が発生することは避けられない。
【0003】
このような問題に対して、回転に伴って周期的に負荷トルクが変動するチェーン伝動機構の場合、負荷トルクの周期変動に同期させて張力変動を軽減するように、複数の歯を各歯が等間隔でチェーンと噛み合う位相をゼロとした場合、正側及び負側に交互に位相が変動する位相変動パターンを形成するように配置することで、負荷トルク変動に対応した張力変動の影響を軽減し、騒音や振動を抑制したスプロケットが公知である。
【0004】
例えば特許文献1には、隣接する歯の間において、チェーンが無負荷で着座した際の無負荷着座点の半径方向の位置が、円周方向に連続的に変化するように設けられ、複数の無負荷着座点の半径方向の位置は、角度位置に応じて増減する位相変動パターンを有するスプロケットが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1に記載のスプロケットのように、歯のピッチを一定としたまま歯底半径を変動させた場合であっても、チェーンとスプロケットとの伝動荷重を複数の歯に均等に荷重分担しさえすれば、スプロケットの耐久性が低下することはない。
しかしながら、位相変動パターンの波形の振幅や周期によっては、チェーンの多角形運動量が大きくなって運動エネルギーが増幅する。その結果、チェーン挙動が不安定になって荷重分担を悪化させることなるため、スプロケットの強度が低下する。
このように、チェーンやスプロケットの耐久性を維持しながら騒音や振動を抑制するのは困難であるのが実情であった。また、荷重分担が悪化すると、スプロケットの歯の摩耗が早くなり、騒音低減効果が早期に損なわれるという問題点もある。
【0007】
本発明は、これらの問題点を解決するものであり、負荷トルク変動に対応した張力変動の影響を軽減して騒音や振動を抑制しつつ、チェーン挙動を安定化させることが可能で、スプロケットの耐久性の低下及び回転次数音の発生を抑制可能なスプロケット、及び、チェーン伝動機構を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るスプロケットは、チェーンと噛み合う複数の歯が形成されたスプロケットであって、前記複数の歯は、各歯が等間隔でチェーンと噛み合う位相をゼロとした場合、正側及び負側に位相が変動する波形の位相変動パターンを形成するように配列され、隣接する歯の間に形成される歯底は、標準歯形の歯底円から半径方向に離れる歯底ずらし量を有したものを含み、前記歯底ずらし量の最大値は、前記歯のピッチの2~7%の大きさの範囲内で設定され、前記位相変動パターンは、歯底半径を角度位置に応じて変化させることで形成され、前記位相変動パターンの波形の振幅が、最大振幅Amaxに対し(1/7)Amaxの範囲内で変化するよう設定された構成であることにより、前記課題を解決するものである。
ここに、標準歯形とは、各歯の歯底円半径が一定であり、かつ、軸中心からの歯角度が一定(周方向に隣り合う歯の中心間距離で示される歯形ピッチが一定)であることをいうものとする。
【0009】
本発明に係るチェーン伝動機構は、クランクシャフトに設けられた駆動側スプロケット及びカムシャフトに設けられた従動側スプロケットを含む複数のスプロケットと、前記複数のスプロケットに掛架されるチェーンとを有するチェーン伝動機構であって、前記駆動側スプロケット及び前記従動側スプロケットの少なくとも一つを上記のスプロケットで構成することにより、前記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0010】
本請求項1に係るスプロケットによれば、基本的には、複数の歯が位相変動パターンを形成するよう配列されることで、負荷トルク変動に動的に対応してチェーンの張力変動の影響を軽減し、騒音や振動を抑制することができる。
しかも、位相変動パターンを各歯の歯底半径を角度位置に応じて変化させることで形成し、位相変動パターンの波形の振幅を所定範囲内で変化させることで、スプロケットに対するチェーンの巻き付きがよくなる。このため、チェーン張力を受け持つスプロケットの歯の数が増えるので、チェーン走行時におけるチェーンの挙動を安定化させることができる。その結果、噛み合い次数音の発生を抑制することが可能となると共に、噛み合い音の次数の分散化を図ることが可能となる。また、過剰な接触力が発生せず荷重分担の均一化を図ることが可能となるため、噛み合い部の摩耗を低減して耐久性の低下を抑制することが可能となる。
【0011】
本請求項2に係る構成によれば、チェーン走行時におけるチェーンのうねりの発生を抑制することができるので、チェーン挙動をより一層安定化させることが可能である。
【0012】
本請求項3に係る構成によれば、チェーンの多角形運動量を減少させることができるため、チェーン上下方向の速度が減少して運動エネルギーが低減し、チェーン伝動機構全体の騒音(オーバーオール音)を低減することが可能となる。また、チェーンピッチに対するスプロケットの歯のピッチが拡大してチェーンの「あそび」が減るため、荷重分担の不均衡の発生を防止することが可能となり、スプロケットやチェーンの強度アップを図ることが可能となる。ここで、「あそび」とは、スプロケットの歯に周期性がなくなることで、チェーンが巻き掛かるスプロケットの歯が荷重を受けない状態であることをいう。
【0013】
本請求項4に係る構成によれば、チェーンの多角形運動量を増減させることで、周期的に発生する噛合い次数音を低減することが可能となる。
本請求項5に係る構成によれば、荷重分担の不均衡の発生を防止しつつ次数音低減を効果的に得ることができる。
【0014】
本請求項6に係る構成によれば、スプロケットの歯面の油保持性の向上によりチェーンとの接触部の潤滑領域を増やすことで摩耗低減を図ることが可能であると共に、ポーラスにより空気振動を減衰させて騒音低減効果を得ることが可能である。また、焼結密度によって質量をコントロールすることで噛み合い時の共振点をずらすことができる。
【0015】
本請求項7に係るチェーン伝動機構によれば、駆動側スプロケット及び従動側スプロケットの少なくとも一つを上記のスプロケットにより構成することで、負荷トルク変動に対応した張力変動の影響を軽減して騒音や振動を抑制しつつ、チェーン挙動を安定化させることが可能となると共に、スプロケットの耐久性の低下及び噛み合い次数音の発生を抑制することが可能となる。
【0016】
本請求項8に係る構成によれば、従動側スプロケットを駆動側スプロケットの位相変動パターンと逆位相の位相変動パターンを有するように構成し、歯底半径に変動による軸間距離の大小を2軸以上で組み合わせることで、噛合い音の次数を分散化することが可能となる。また、軸間距離の変動を抑制することができるため、チェーン張力を低減することが可能となる。これにより、スプロケット歯形の変化が少なくなり、全体騒音(OA)や噛み合い次数音(特定周波数騒音)の低減効果を長く維持することが可能となる。
【0017】
本請求項9に係る構成によれば、クランクシャフトの変動に対応したチェーンの張力変動の影響を軽減し、騒音や振動を抑制することが可能となる。
【0018】
本請求項10に係る構成によれば、主たる騒音や振動の原因となるトルク変動に対する影響を効果的に軽減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施例1に係るスプロケットの一構成例における一部を概略的に示す図である。
【
図2】実施例1に係るスプロケットの位相変動パターンの一例を示す図である。
【
図3A】標準歯形のスプロケットにおける歯に対するチェーンの接触力の経時的変化を示す図である。
【
図3B】実施例1に係るスプロケットにおける歯に対するチェーンの接触力の経時的変化を示す図である。
【
図4】チェーンのスプロケットに対する接触力の最大値の経時的変化を示す図である。
【
図5】比較用スプロケット1の位相変動パターンの一例を示す図である。
【
図6】比較用スプロケット1における歯に対するチェーンの接触力の経時的変化を示す図である。
【
図7】実施例1に係るスプロケットにおけるチェーン振動量の経時的変化を示す図である。
【
図8】比較用スプロケット2の位相変動パターンの一例を示す図である。
【
図9】本発明の実施例2に係るスプロケットの一構成例における一部を概略的に示す図である。
【
図10】実施例2に係るスプロケットの位相変動パターンの一例を示す図である。
【
図11】実施例2に係るスプロケットのオーバーオール音及び噛み合い音の1次成分の音の、回転数に応じた変化を示す図である。
【
図12】比較用スプロケット3に対するチェーンの接触力の最大値の経時的変化を示す図である。
【
図13】比較用スプロケット3における歯に対するチェーンの接触力の経時的変化を示す図である。
【
図14】実施例2に係るスプロケットにおける歯に対するチェーンの接触力の経時的変化を示す図である。
【
図15】実施例2に係るスプロケットに対するチェーンの接触力の最大値の経時的変化を示す図である。
【
図16】本発明のチェーン伝動機構の一例における構成を概略的に示す図である。
【
図17】駆動側スプロケットの歯底の配列位置とエンジンの爆発変動の生ずる噛み合い位置との関係を示す図である。
【
図18A】本発明に係るチェーン伝動機構のオーバーオール音及び噛み合い音の1次成分の音の、クランクシャフトの回転数に応じた変化を示す図である。
【
図18B】本発明に係るチェーン伝動機構のオーバーオール音及び噛み合い音の2次成分の音の、クランクシャフトの回転数に応じた変化を示す図である。
【
図19】本発明に係るチェーン伝動機構における、クランクシャフトの回転速度に応じたチェーン張力の変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施例について、図面に基づいて説明する。
【0021】
[実施例1]
実施例1に係るスプロケットは、例えばローラチェーンのローラと噛み合う複数の歯が、各歯が等間隔でチェーンと噛み合う位相をゼロとした場合に、正側及び負側に位相が変動する波形の位相変動パターンを形成するように配列されている。
図1に示すように、実施例1に係るスプロケット100においては、複数の歯101が円周方向に等ピッチで配列され、隣接する歯101の間に形成される歯底102は、標準歯形の歯底円Dから半径方向外方側または半径方向内方側に離れる歯底ずらし量を有したものを含んでいる。歯底ずらし量の最大値は、歯101のピッチの2~6.5%の大きさの範囲内で設定され、これにより、各歯101の荷重分担の均一化を図ることが可能となる。
図1におけるrsは、歯底円Dの半径である。
【0022】
位相変動パターンは、歯底半径(r1,r2,r3,r4,r5,・・・)を角度位置に応じて円周方向に連続的に増減するように変化させることで形成されている。歯底ずらし量の位相変動パターンの波形の一例を
図2に示す。
図2における縦軸は、歯底ずらし量の、歯のピッチに対する比率[%]であって、歯底半径が標準歯形の歯底半径より小さい場合をマイナスで示してある。
図2における横軸は、歯底の配列番号である。
この歯底ずらし量の位相変動パターンは、歯数が18であるスプロケットに係るものであって、例えば6回の周期P1~P6を有し、波長が周方向に大から小に連続して変化するように設定されている。なお、本発明での「周期」なる用語は、位相変動パターンの波形の中で正側(山)及び負側(谷)に1回ずつ変動した1セットを1つの「周期」とするものであり、波長が変化するものも含んだ概念として使用している。
【0023】
このように、複数の歯101が位相変動パターンを形成するよう配列されることで、負荷トルク変動に動的に対応してチェーンの張力変動の影響を軽減し、騒音や振動を抑制することが可能となる。
【0024】
また、歯底ずらし量の位相変動パターンは、波形の振幅を最大振幅Amaxに対し(1/7)Amaxの範囲内で変化させるようにして設定されている。すなわち、波形の最小振幅Aminは、(1/7)Amaxより小さく設定される。
スプロケット100の歯底半径を変化させることで、例えばローラチェーンにおけるローラの着座位置が歯底半径の大きさに応じて半径方向に変化することとなるが、波形の振幅を所定範囲内の大きさに規制して変化させることで、チェーンの多角形運動量を小さく抑制することが可能となる。このため、チェーン張力を受け持つスプロケットの歯101の数が増えるので、チェーンのスプロケット100に対する巻き付き性が向上し、走行するチェーンの挙動を安定化させることが可能となる。その結果、噛み合い次数音の発生を抑制することが可能となると共に、噛み合い次数音の分散化を図ることが可能となる。
【0025】
また、過剰な接触力が発生せず荷重分担の均一化を図ることが可能となるため、噛み合い部の摩耗を低減して耐久性の低下を抑制することが可能である。すなわち、個々の歯に着目すると、チェーンの、スプロケットの歯に対する接触力は、時間経過に伴って上昇してピーク値をとり、その後時間経過に伴って緩やかに減少する傾向にある。標準歯形のスプロケットにおいては、複数の歯が所定時間間隔で順次に噛み合うことで、
図3Aに示すように、各歯の荷重分担は実質的に均等なものとなり、また、
図4において一点鎖線の曲線で示すように、スプロケット全体でみれば、接触力の最大値の経時的変化において、急激な接触力の変化やチェーン張力の上昇を生ずることはない。
図3A及び
図4においては、便宜上、チェーンと順次に噛み合う互いに隣接する任意の3つの歯t1~t3に対するチェーンの接触力のみを示してある。
【0026】
而して、実施例1に係るスプロケット100においては、歯底半径の大きさに応じて噛み合い開始のタイミングは変化するものの、歯底ずらし量を歯101のピッチに応じて設定すると共に、位相変動パターンの波形における振幅を所定範囲内で変化させることで、
図3Bに示すように、各歯の荷重分担が実質的に均等となる状態を維持しつつ、
図4において実線の曲線で示すように、接触力の最大値の経時的変化において、急激な接触力の変化やチェーン張力の上昇を抑制することが可能である。これにより、チェーン張力の上昇を抑制することが可能となると共に、発生応力も軽微なものとなって耐久性の低下を回避することが可能となる。
図3Bにおいては、便宜上、チェーンと順次に噛み合う互いに隣接する任意の3つの歯t1~t3に対するチェーンの接触力のみを示してある。
【0027】
これに対し、
図5に示すように、最小振幅Aminを1/7Amaxより小さく設定した比較用スプロケット1においては、
図6に示すように、各歯の荷重分担は不均一になると共に、
図4において破線の曲線で示すように、接触力の最大値の経時的変化において、急激な接触力の変化が生ずることとなり荷重分担が悪化する。このため、スプロケットの歯の摩耗が早くなり、騒音低減効果が早期に損なわれることとなる。
図6においては、便宜上、チェーンと順次に噛み合う互いに隣接する任意の3つの歯t1~t3に対するチェーンの接触力のみを示してある。
【0028】
以上において、位相変動パターンは、歯の周期が周方向に小から大に連続して変化するように設定される。ここで、「歯の周期」とは、歯底ずらし量が一致するサインカーブ(Asin(Bx))の周期(サインカーブ相当周期)をいう。例えば、n番目の歯のスプロケット回転方向下流側に位置されるn番目の歯底の歯底ずらし量が、周期が「a」であるサインカーブで示される変動パターンにおけるn番目の歯底の歯底ずらし量と一致するとき、該n番目の歯の周期は「a」となる。
【0029】
歯の周期の最小値は、例えば2~10の範囲内で設定されることが好ましく、また、歯の周期の最大値と最小値との差で示される歯の周期変動幅は、21以下に設定されることが好ましい。これにより、
図7において実線の曲線で示すように、チェーンの振動量を小さく抑制してチェーン走行時におけるチェーンのうねりの発生を抑制することができるので、チェーン挙動をより一層安定化させることが可能となる。ここに、チェーンの振動量は、無負荷時におけるチェーンの位置を基準(振動量0mm)とし、ギャップセンサによりチェーンの位置を測定することにより得られたものである。
【0030】
一方、
図8に示すように、歯の周期の最小値が2未満に設定された位相変動パターンを有する比較用スプロケットにおいては、
図7において破線の曲線で示すように、チェーンの挙動が不安定となり過大な振動が発生する。このため、チェーン張力が上昇して耐久性が低下することとなる。また、歯の周期の最小値が10を超えるよう位相変動パターンが設定された場合には、チェーンの強度が不安定となり、過大な振動が発生してチェーン張力が上昇し、耐久性が低下する、という不具合が生ずる。
さらにまた、歯の周期変動幅が21を超えるように位相変動パターンが設定された場合には、位相変動パターンの波形を歯の周期の最小値が2以上となるよう設定することが困難となり、チェーンの強度が不安定となり、過大な振動が発生してチェーン張力が上昇し、耐久性が低下する、という不具合が生ずる。
【0031】
上記のスプロケット100は、潤滑油を含浸して保持可能なポーラス構造を有する焼結体によって形成されている。
これにより、チェーンとの接触部の潤滑領域を増やすことが可能となるため、スプロケット100の歯面の油保持性が向上し、摩耗低減を図ることが可能となると共に、ポーラスにより空気振動を減衰させて騒音低減効果を得ることが可能となる。また、焼結密度によって質量をコントロールすることで噛み合い時の共振点をずらすことが可能となる。
【0032】
以上においては、複数の歯が円周方向に歯形ピッチが一定となるように配列された構成について説明したが、複数の歯は、周方向に隣り合う歯の歯形ピッチが異なるものを含む構成であってもよい。
歯形ピッチは、例えば、歯底ずらし量の位相変動パターンに対応して角度位置に応じて変化するように設定され、歯形ピッチの、標準歯形の歯形ピッチに対する変動量は±1%の範囲内の大きさとされることが好ましい。これにより、チェーンの多角形運動量を増減させることで、周期的に発生する噛合い次数音を一層低減することが可能となる。
【0033】
[実施例2]
図9は、本発明の実施例2に係るスプロケットにおける構成の一部を概略的に示す平面図である。
実施例2に係るスプロケット100は、すべての歯底102が、歯底半径(r1,r2,r3,r4,r5,・・・)が標準歯形の歯底円Dの半径rsより大きくなるように、形成されていることの他は、実施例1に係るスプロケットと同様の構成を有する。すなわち、実施例2に係るスプロケット100における歯底102の各々は、
図10において実線の曲線で示すように、標準歯形の歯底円Dの半径rs(
図10において四角印のプロットで示す。)から半径方向内方側に離れる歯底ずらし量を有したものを含まないようになっている。
【0034】
図10において破線の曲線で示すように、標準歯形の歯底円Dの半径rsから半径方向内方側に離れる歯底ずらし量を有した比較用スプロケット3であっても、オーバーオール音(
図11において破線の曲線B0で示す)及び噛み合い音の1次成分の音(
図11において破線の曲線B1で示す。)を標準歯形のスプロケットよりも低減することは可能である。
図11において標準歯形のスプロケットにおけるオーバーオール音を一点鎖線の曲線C0、噛み合い音の1次成分の音を一点鎖線の曲線C1で示してある。
しかしながら、歯底ずらし量の最大値が歯101のピッチの2%未満の大きさの範囲内で設定された位相変動パターンであると、
図12に示すように、スプロケット全体でみると、接触力の最大値の経時的変化において、チェーンのスプロケットに対する接触力の急激な変化を生ずることはないが、
図13に示すように、各歯の荷重分担に不均衡が生ずることとなる。なお、
図12及び
図13においては、便宜上、チェーンと順次に噛み合う互いに隣接する任意の3つの歯t1~t3に対するチェーンの接触力のみを示してある。
【0035】
然るに、歯底半径(r1,r2,r3,r4,r5,・・・)を標準歯形の歯底円Dの半径rsより大きくすることでチェーンの多角形運動量が減る。このため、チェーン上下方向の速度が減って運動エネルギーが低減し、オーバーオール音(
図11において実線の曲線A0で示す。)及び噛み合い音の1次成分の音(
図11において実線の曲線A1で示す。)を一層低減させることが可能となっている。
しかも、歯底半径を拡大することでチェーンピッチに対するスプロケットの歯のピッチが拡大し、チェーンの「あそび」が減る。これにより、
図14に示すように、各歯の荷重分担の不均衡を抑制することが可能となる。また、
図15に示すように、スプロケット全体でみると、接触力の最大値の経時的変化において、急激な接触力の変化やチェーン張力の上昇を生ずることはなく、従って、スプロケットやチェーンにおけるローラ等の強度アップにつながる。なお、「あそび」とは、スプロケットの歯に周期性がなくなることであって、チェーンが巻き掛かるスプロケットの歯が荷重を受けない状態であることをいう。また、
図14及び
図15においては、便宜上、チェーンと順次に噛み合う互いに隣接する任意の3つの歯t1~t3に対するチェーンの接触力のみを示してある。
【0036】
以下、上記のスプロケットを用いた本発明に係るチェーン伝動機構について、吸排気弁を駆動する二本のカムシャフトをシリンダーヘッドに備えたエンジンにおけるタイミングシステムとして適用した場合を例に挙げて説明する。
【0037】
図16に示すように、このチェーン伝動機構110は、クランクシャフトに設けられた駆動側スプロケット111と、カムシャフトに設けられた2つの従動側スプロケット112と、駆動側スプロケット111と従動側スプロケット112との間に掛架されたチェーン115とを有する。
図16における符号Tは、チェーン115の弛み側にテンショナレバーGを介して適正な張力を付与し、走行時に生じる振動を抑止するテンショナである。
【0038】
本実施例においては、駆動側スプロケット111及び従動側スプロケット112の各々は、歯底半径を角度位置に応じて円周方向に連続的に増減するように変化させることで形成された位相変動パターンを有し、従動側スプロケット112は、駆動側スプロケット111の位相変動パターンと逆位相の位相変動パターンを有するように構成されている。
【0039】
駆動側スプロケット111は、
図17に示すように、標準歯形の歯底半径(
図17において一点鎖線の曲線で示す。)より大きい歯底半径を有する歯底がエンジンの爆発変動が生ずる時の噛み合い位置(
図17において破線で示す位置)に位置されないよう形成されている。この実施例では、標準歯形のスプロケットの歯底半径に対しマイナス側でピークを示す歯底ずらし量を有する歯底位置(例えばNo.4,No.10,No.16)がエンジンの爆発変動が生ずる時の噛み合い位置と一致している。
これにより、クランクシャフトの変動に対応したチェーンの張力変動の影響を軽減し、騒音や振動を抑制することが可能となる。
図17は、各歯底102の歯底半径の値を共通の原点から放射状に配置したレーダグラフであって、矢印は、駆動側スプロケット111の回転方向を示す。
【0040】
また、駆動側スプロケット111の位相変動パターンは、カムシャフトの周期的な負荷変動に位相を合わせて形成されていることが好ましい。これにより、主たる騒音や振動の原因となるトルク変動に対する影響を効果的に軽減することが可能となる。
【0041】
上記のチェーン伝動機構110においては、負荷トルク変動に対応したチェーン張力変動の影響を軽減することができるので、
図18A及び
図18Bに示すように、オーバーオール音(
図18A及び
図18Bにおいて実線で示す曲線A0)、噛み合い音の1次成分の音(
図18Aにおいて実線で示す曲線A1)及び噛み合い音の2次成分の音(
図18Bにおいて実線で示す曲線A2)を、駆動側スプロケット及び従動側スプロケットとして標準歯形のスプロケットを用いた比較用チェーン伝動機構に比して低減することが可能となると共に噛み合い次数音の分散化を図ることが可能となる。
図18A及び
図18Bにおいて破線で示す曲線B0は、比較用チェーン伝動機構におけるオーバーオール音、
図18Aにおいて破線で示す曲線B1は、比較用チェーン伝動機構における噛み合い音の1次成分の音、
図18Bにおいて破線で示す曲線B2は、比較用チェーン伝動機構における噛み合い音の2次成分の音である。
【0042】
また、軸間距離の変動を抑制することができるため、
図19において実線の曲線αで示すように、チェーン張力を比較用チェーン伝動機構(
図19において破線の曲線βで示す。)に比して低減することが可能となる。これにより、スプロケットの歯形の変化が少なくなり、オーバーオール音や噛み合い次数音(特定周波数騒音)の低減効果を長く維持することが可能となる。
【0043】
以上、本発明の一実施形態を詳述したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明を逸脱することなく種々の設計変更を行なうことが可能である。
例えば、スプロケットにおける複数の歯は、互いに同一形状である必要はなく、歯部の形状が異なるものを含むものであってもよい。具体的には例えば、歯の高さ、歯の歯面の形状およびその他の構成が異なるものを含んでいてもよい。
また、上記のチェーン伝動機構においては、駆動側スプロケット及び従動側スプロケットの各々が位相変動パターンを有するように構成されているが、本発明においては、駆動側スプロケット及び従動側スプロケットの少なくとも一つが位相変動パターンを有するように構成されていればよい。例えば、上記のチェーン伝動機構における駆動側スプロケットが標準歯形のスプロケットにより構成されていてもよい。また、2つの従動側スプロケットの各々が、標準歯形のスプロケットにより構成されていても、いずれか一方の従動側スプロケットのみが標準歯形のスプロケットにより構成されていてもよい。
さらにまた、スプロケットに掛け回されるチェーンは、サイレントチェーン、ローラチェーン、ブシュチェーン等いかなるものであってもよく、また、スプロケットの歯と噛み合う構造のものであれば、タイミングベルト等の可撓性伝動部材であってもよい。
【符号の説明】
【0044】
100 ・・・ スプロケット
101 ・・・ 歯
102 ・・・ 歯底
110 ・・・ チェーン伝動機構
111 ・・・ 駆動側スプロケット
112 ・・・ 従動側スプロケット
115 ・・・ チェーン
D ・・・ 標準歯形の歯底円
rs ・・・ 標準歯形の歯底円の半径