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特開2024-40853親水性アミン化合物を含む歯科用グラスアイオノマーセメント組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024040853
(43)【公開日】2024-03-26
(54)【発明の名称】親水性アミン化合物を含む歯科用グラスアイオノマーセメント組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 6/889 20200101AFI20240318BHJP
   A61K 6/853 20200101ALI20240318BHJP
【FI】
A61K6/889
A61K6/853
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022145481
(22)【出願日】2022-09-13
(71)【出願人】
【識別番号】390011143
【氏名又は名称】株式会社松風
(72)【発明者】
【氏名】板垣 拓馬
(72)【発明者】
【氏名】坂本 秀二
【テーマコード(参考)】
4C089
【Fターム(参考)】
4C089AA06
4C089BA14
4C089BC07
4C089BD09
4C089BE02
4C089CA03
(57)【要約】      (修正有)
【課題】操作余裕時間に悪影響を与えることなく、硬化物の機械的特性が高くなり、さらに練和性も向上する、歯科用グラスアイオノマーセメント組成物を提供する。
【解決手段】(a)親水性アミン化合物0.01質量%以上5質量%以下、(b)酸反応性ガラス粉末60質量%以上80質量%以下、(c)ポリアルケン酸5質量%以上20質量%以下、及び(d)水7質量%以上25質量%以下、を含み、且つ、硬化時に重合反応を伴わない歯科用グラスアイオノマーセメント組成物である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物 0.01質量%以上5質量%以下
【化1】
(式中、R、R、R、及びRはそれぞれ独立に、水素原子、ヒドロキシ基、又は置換基としてヒドロキシ基を有していてもよい、炭素数1以上3以下のアルキル基を示し、Xは酸素原子、硫黄原子、又はイミノ基を示す。)、
(b)酸反応性ガラス粉末 60質量%以上80質量%以下、
(c)ポリアルケン酸 5質量%以上20質量%以下、及び
(d)水 7質量%以上25質量%以下、
を含み、且つ、硬化時に重合反応を伴わない歯科用グラスアイオノマーセメント組成物。
【請求項2】
前記(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物において、Xが酸素原子又はイミノ基である、請求項1に記載の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物。
【請求項3】
前記(b)酸反応性ガラス粉末の含有量が組成物全体に対して74質量%以上80質量%以下である、請求項1又は2に記載の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科充填用グラスアイオノマーセメントや歯科合着用グラスアイオノマーセメントなどの歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
歯科臨床において、う蝕や破折等により部分的に形態が損なわれた歯牙に対して審美的及び機能的回復を行うために、充填材料を歯牙に充填する直接修復や、合着材料を用いて歯科補綴装置を歯牙に合着及び/又は接着させる間接修復が行われている。代表的な充填材料や合着材料の一つとして歯科用グラスアイオノマーセメントが挙げられ、その最大の特徴は歯質強化や二次う蝕の抑制をもたらすフッ素徐放性を有することである。
【0003】
歯科用グラスアイオノマーセメントは、酸反応性ガラス粉末、ポリアルケン酸、及び水を主成分としており、水の存在下でポリアルケン酸等の酸性化合物が酸反応性ガラス粉末に作用することで、酸反応性ガラス粉末から多価金属イオン(Al3+、Ca2+、Sr2+等)が溶出し、ポリアルケン酸の酸性基と多価金属イオンがイオン結合することで、ポリアルケン酸間で多価金属イオンを介した架橋構造が形成され硬化する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007-091689号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
歯科用グラスアイオノマーセメントは、一般的に全成分中に含まれる酸反応性ガラス粉末の割合が高くなるにつれて硬化体の機械的特性が向上する。このため練和する際の液材に対する粉材の質量比、すなわち粉液比ができる限り高いほうが好ましい。しかし、粉液比が高くなるに伴い練和物の粘度が高くなるため、充分に練和されず不均一な練和物となり、却って硬化体の機械的特性の低下を引き起こす場合がある。また、粉液比を高くした際の別の影響として、操作余裕時間が短くなる場合がある。このように練和性や操作余裕時間に悪影響を及ぼすことがあるため、粉液比を高くするにはある程度の限界がある。
【0006】
機械的特性を改良するためには粉液比を高くするほかに添加材を加える方法がある。これまでに機械的特性を改良することを目的として、添加材を配合する技術が種々提案されている。例えば、特許文献1には、歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に、コロイダルシリカを添加することで、機械的強度を高める技術が開示されている。
【0007】
しかし、特許文献1の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物は、依然として機械的特性が不充分であり、またコロイダルシリカの添加により練和物の粘度が増加し、練和性が低下することがあった。そこで本発明は、練和性や操作余裕時間に悪影響を及ぼすことなく、従来技術よりも大幅に機械的特性を向上させることが可能な歯科用グラスアイオノマーセメント組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、かかる課題の下に鋭意検討した結果、歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に特定構造の親水性アミン化合物を配合することで、操作余裕時間に悪影響を与えることなく、硬化物の機械的特性が高くなり、さらに練和性も向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物 0.01質量%以上5質量%以下
【0010】
【化2】
(式中、R、R、R、及びRはそれぞれ独立に、水素原子、ヒドロキシ基、又は置換基としてヒドロキシ基を有していてもよい、炭素数1以上3以下のアルキル基を示し、Xは酸素原子、硫黄原子、又はイミノ基を示す。)、
(b)酸反応性ガラス粉末 60質量%以上80質量%以下、
(c)ポリアルケン酸 5質量%以上20質量%以下、及び
(d)水 7質量%以上25質量%以下、
を含み、且つ、硬化時に重合反応を伴わない歯科用グラスアイオノマーセメント組成物である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、高い機械的特性を発現しつつ、練和性にも優れ、さらに充分な操作余裕時間を有する歯科用グラスアイオノマーセメント組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。
本明細書において「歯科用グラスアイオノマーセメント」とは、重合性単量体、重合性基を有するオリゴマー及び/又は重合性基を有するポリマー等の重合性基を有する化合物が、重合反応による硬化を付与することを意図して配合されておらず、水の存在下で酸反応性ガラス粉末とポリアルケン酸との間で起こる酸-塩基反応を主体に硬化する歯科用グラスアイオノマーセメントを意味する。
【0013】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物は、後述する(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物を0.01質量%以上5質量%以下、(b)酸反応性ガラス粉末を60質量%以上80質量%以下、(c)ポリアルケン酸5質量%以上20質量%以下、(d)水7質量%以上25質量%以下を必須成分として含むものであり、この成分構成とすることにより操作余裕時間に悪影響を与えることなく、硬化物の機械的特性が高くなり、さらに練和性も向上する。
以下、本発明の前記成分について説明する。
【0014】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に用いることが出来る親水性アミン化合物は、一般式(1)で表される化合物である。
【0015】
【化3】
(式中、R、R、R、及びRはそれぞれ独立に、水素原子、ヒドロキシ基、又は置換基としてヒドロキシ基を有していてもよい、炭素数1以上3以下のアルキル基を示し、Xは酸素原子、硫黄原子、又はイミノ基を示す。)
ここで「親水性」とは、23℃の水1mlに対する溶解度が1g以上であることを意味する。
【0016】
(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物としては、尿素、グアニジン塩酸塩、チオ尿素、メチルウレア、エチルウレア、1,3-ジメチルウレア、1,1-ジエチルウレア、1,1,3,3-テトラメチルウレア、1,3-ビス(ヒドロキシメチル)ウレア、ヒドロキシウレア、1,1,3,3-テトラメチルグアニジン等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、これら(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物は2種以上を組み合わせて用いても良い。その中でも、より機械的特性の高い歯科用グラスアイオノマーセメントが得られやすいことから、尿素及び/又はグアニジン塩酸塩を用いることがより好ましい。
【0017】
(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物は、本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物全体に対して0.01質量%以上5質量%以下含まれる必要がある。(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物の含有量が0.01質量%未満、又は5質量%を超えると機械的特性が低下する。
【0018】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に用いることができる(b)酸反応性ガラス粉末は、金属元素等の酸反応性元素、及びフッ素元素を含んでいる必要がある。(b)酸反応性ガラス粉末は、酸反応性元素を含むことにより(d)水の存在下で、(c)ポリアルケン酸が有する酸性基との酸-塩基反応が進行する。酸反応性元素を具体的に例示するとナトリウム、カリウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ランタン、アルミニウム、亜鉛等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。これらの酸反応性元素は1種類又は2種類以上を含むことができ、またこれらの含有量は特に限定されない。
【0019】
さらに、本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物にX線造影性を付与するために、(b)酸反応性ガラス粉末にはX線不透過性の元素を含ませることが好ましい。X線不透過性の元素を具体的に例示すると、ストロンチウム、ランタン、ジルコニウム、チタン、イットリウム、イッテルビウム、タンタル、錫、テルル、タングステン及びビスマス等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、(b)酸反応性ガラス粉末に含まれるその他の元素については特に制限はなく、本発明における(b)酸反応性ガラス粉末は様々な元素を含むことができる。
【0020】
(b)酸反応性ガラス粉末としては以上に示した酸反応性元素、フッ素、及びX線不透過性の元素を含んだアルミノシリケートガラス、ボロシリケートガラス、アルミノボレートガラス、ボロアルミノシリケートガラス、リン酸ガラス、ホウ酸ガラス、及びシリカガラス等が例示されるが、これらに限定されるものではない。
【0021】
さらに、(b)酸反応性ガラス粉末の粒子形状も特に限定されず、球状、針状、板状、破砕状、鱗片状等の任意の粒子形状のものを何ら制限無く用いることができる。これらの(b)酸反応性ガラス粉末は単独、又は数種を組み合わせて用いることができる。
【0022】
これらの(b)酸反応性ガラス粉末の製造方法は特に限定されず、溶融法、気相法、及びゾル-ゲル法等の何れの製造方法で製造されたものでも問題なく使用することができる。その中でも元素の種類やその含有量を制御しやすい溶融法、又はゾル-ゲル法により製造された(b)酸反応性ガラス粉末を用いることが好ましい。
【0023】
(b)酸反応性ガラス粉末は所望の粒子径とするために粉砕して用いることができる。粉砕方法は特に限定されず、湿式法、又は乾式法の何れの粉砕方法を用いて粉砕したものでも使用することができる。具体的にはハンマーミルやターボミル等の高速回転ミル、ボールミル、遊星ミルや振動ミル等の容器駆動型ミル、アトライターやビーズミル等の媒体撹拌ミル、ジェットミル等を用いて原料のガラスを粉砕し、本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物の使用用途又は使用目的等に応じた所望の粒子径に適宜調整することができる。
【0024】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に適した(b)酸反応性ガラス粉末の50%粒子径(D50)は、0.5μm以上30μm以下の範囲にあることが好ましい。ここで「50%粒子径(D50)」とは、レーザー回折・散乱式粒度分布測定装置等を用いて測定した体積基準の粒度分布において、小粒子径側からの積算値が50%となるときの粒子径をいう。
【0025】
また、本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物を充填用の材料として用いる場合は、粉液比を高め、高い弾性率を発現させるために(b)酸反応性ガラス粉末の50%粒子径(D50)は2μm以上30μm以下の範囲にあることが好ましく、3μm以上15μm以下の範囲にあることがより好ましい。一方、本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物を合着用の材料として用いる場合は、薄い被膜厚さを発現させるために(b)酸反応性ガラス粉末の50%粒子径(D50)は0.5μm以上10μm以下の範囲にあることが好ましく、0.5μm以上5μm以下の範囲にあることがより好ましい。
【0026】
(b)酸反応性ガラス粉末の50%粒子径(D50)が0.5μm未満になると、その表面積が増大し、組成物中に多量に含ませることができなくなるため、機械的特性が低下する場合がある。また、操作余裕時間が短くなることがある。
【0027】
(b)酸反応性ガラス粉末の50%粒子径(D50)が30μmを超えると、充填用として使用した場合には、研磨後に材料表面が粗造になり、口腔内で着色しやすくなる恐れがある。また、合着用として使用した場合には、被膜厚さが厚くなり、合着及び/又は接着させた補綴装置が浮き上がって、意図した補綴装置の適合が得られなくなることがある。
【0028】
(b)酸反応性ガラス粉末は、本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物の操作性や硬化特性、機械的特性等を調整するために、(c)ポリアルケン酸との酸-塩基反応に悪影響を及ぼさない範囲で種々の表面処理、熱処理、又は液相中や気相中等での凝集化処理等を行うことができる。また、これらの処理は単独で、又は数種を複合的に行うことができ、さらに各処理を行う順序も特に制限はない。これらの中でも各種特性を制御しやすく、且つ生産性にも優れることから、表面処理、又は熱処理が好適である。
【0029】
(b)酸反応性ガラス粉末の表面処理について具体的に例示すると、リン酸、又は酢酸等の酸による洗浄、酒石酸、又はポリカルボン酸等の酸性化合物による表面処理、フッ化アルミニウム等のフッ化物による表面処理、γ-(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、テトラメトキシシランの部分加水分解オリゴマー、エトラエトキシシランの部分加水分解オリゴマー等のシラン化合物による表面処理等が挙げられる。本発明において用いることができる表面処理は上記したものに限定されず、また、これらの表面処理はそれぞれ単独で、又は複合的に組み合わせて用いることができる。
【0030】
(b)酸反応性ガラス粉末の熱処理について具体的に例示すると、電気炉等を用いて200℃以上800℃以下の範囲で且つ1時間以上72時間以下で加熱する処理方法が挙げられる。本発明において用いることができる熱処理は上記したものに限定されず、処理工程についても単一温度での処理、又は複数温度での多段階処理等が可能である。
【0031】
(b)酸反応性ガラス粉末は、本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物全体に対して60質量%以上80質量%以下含まれる必要があり、74質量%以上80質量%以下含まれることがより好ましい。(b)酸反応性ガラス粉末の含有量が60質量%未満になると機械的特性が低下する。また、(b)酸反応性ガラス粉末の含有量が80質量%を超えると操作余裕時間が短くなる場合や、練和物の粘度が高くなって練和性が悪くなり、均一な練和物が得られず、機械的特性が低下する。
【0032】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に用いることができる(c)ポリアルケン酸は、不飽和モノカルボン酸、不飽和ジカルボン酸、不飽和トリカルボン酸等の少なくとも分子内に1つ以上のカルボキシ基を有したアルケン酸の単独重合体又は共重合体であれば何ら制限なく用いることができる。さらに、(c)ポリアルケン酸は、分子内に酸性基を有さない重合性単量体とアルケン酸との共重合体であっても何ら問題ない。
【0033】
(c)ポリアルケン酸を得るために用いることができるアルケン酸を具体的に例示すると、(メタ)アクリル酸、2-クロロアクリル酸、3-クロロ(メタ)アクリル酸、2-シアノアクリル酸、アコニット酸、メサコン酸、マレイン酸、無水マレイン酸、イタコン酸、無水イタコン酸、フマル酸、グルタコン酸、シトラコン酸、ウトラコン酸、1-ブテン-1,2,4-トリカルボン酸、3-ブテン-1,2,3-トリカルボン酸等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。これらの中でも、アクリル酸のみを出発原料として合成した(c)ポリアルケン酸、或いはアクリル酸とマレイン酸、アクリル酸と無水マレイン酸、アクリル酸とイタコン酸、アクリル酸と3-ブテン-1,2,3-トリカルボン酸等、2種類以上を出発原料として合成した(c)ポリアルケン酸を用いることが好ましい。
【0034】
各種(c)ポリアルケン酸を得るために用いる重合方法は特に限定されず、溶液重合、懸濁重合、乳化重合等のいずれの方法で重合させたものでも何ら制限なく用いることができる。また、重合体の合成時に用いる重合開始剤や連鎖移動剤は、公知のものを用いることができ、それらの添加量も所望の重合体を得るために適宜調節すればよい。このようにして得られた(c)ポリアルケン酸は単独で、又は数種を組み合わせて用いることができる。
【0035】
(c)ポリアルケン酸の重量平均分子量は30,000以上300,000以下の範囲であることが好ましい。ここで、重量平均分子量とはゲル浸透クロマトグラフィーによって測定された分子量分布に基づいて算出された平均分子量である。(c)ポリアルケン酸の重量平均分子量が30,000未満になると、機械的特性が低下する場合がある。また、(c)ポリアルケン酸の重量平均分子量が300,000を超えると操作余裕時間が短くなる場合や、練和物の粘度が高くなって練和性が悪くなり、均一な練和物が得られず、機械的特性が低下する場合がある。
【0036】
(c)ポリアルケン酸は、本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物全体に対して5質量%以上20質量%以下含まれる。(c)ポリアルケン酸の含有量が5質量%未満になると機械的特性が低下する。また、(c)ポリアルケン酸の含有量が20質量%を超えると操作余裕時間が短くなる場合や、練和物の粘度が高くなって練和性が悪くなり、均一な練和物が得られず、機械的特性が低下する。
【0037】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に用いることができる(d)水は(c)ポリアルケン酸を溶解するための溶媒として機能すると共に、(b)酸反応性ガラス粉末から溶出した金属イオンを拡散させ、(c)ポリアルケン酸との架橋反応を誘起するための成分である。
【0038】
(d)水は、本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物の硬化性や機械的特性に悪影響を及ぼすような不純物を含有していないものであれば何ら制限なく用いることができる。つまり、歯科用グラスアイオノマーセメントの酸-塩基反応を開始させることが出来る水であれば何ら制限なく用いることが出来る。例えば、蒸留水、又はイオン交換水を用いることができる。
【0039】
(d)水は、本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物全体に対して7質量%以上25質量%以下含まれる。(d)水の含有量が7質量%未満になると操作余裕時間が短くなり、練和物の粘度が高くなって練和性が悪くなり、均一な練和物が得られず、機械的特性が低下する。また、(d)水の含有量が25質量%を超えると機械的特性が低下する。
【0040】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物には、操作余裕時間や硬化時間を調整する目的で酸性化合物を任意に含ませることができ、その種類に特に制限はない。酸性化合物を具体的に例示すると、酒石酸、クエン酸、マレイン酸、フマル酸、リンゴ酸、アコニット酸、トリカルバリール酸、イタコン酸、1-ブテン-1,2,4-トリカルボン酸、3-ブテン-1,2,3-トリカルボン酸等のカルボン酸化合物、リン酸、ピロリン酸、トリポリリン酸等のリン酸化合物、及びこれらの酸性化合物の金属塩等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、これらの酸性化合物は単独で又は数種を組み合わせて用いることができる。酸性化合物を含ませる場合、本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物全体に対して0.1質量%以上15質量%以下の範囲で含まれることが好ましい。
【0041】
さらに本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物には、諸特性に影響を与えなかい範囲であれば、粉材と液材の初期の馴染みや練和物性状を調整する目的で、界面活性剤を任意に含ませることができる。本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に用いることができる界面活性剤は、イオン性界面活性剤及び非イオン性界面活性剤のいずれであってもよい。
【0042】
イオン性界面活性剤を具体的に例示すると、アニオン性界面活性剤としては、ステアリン酸ナトリウム等の脂肪族カルボン酸金属塩類、ジオクチルスルホコハク酸ナトリウム等の硫酸化脂肪族カルボン酸金属塩類、ステアリル硫酸エステルナトリウム等の高級アルコール硫酸エステルの金属塩類等が挙げられる。また、カチオン性界面活性剤としては、高級アルキルアミンとエチレンオキサイドの付加物、低級アミンからつくられるアミン類、ラウリルトリメチルアンモニウムクロリド等のアルキルトリメチルアンモニウム塩類等が挙げられる。さらに両性界面活性剤としては、ステアリルアミノプロピオン酸ナトリウム等の高級アルキルアミノプロピオン酸の金属塩類、ラウリルジメチルベタイン等のベタイン類等が挙げられる。
【0043】
また、非イオン性界面活性剤としては、高級アルコール類、アルキルフェノール類、脂肪酸類、高級脂肪族アミン類、脂肪族アミド類等にエチレンオキシドやプロピレンオキシドを付加させたポリエチレングリコール型、或いはポリプロピレングリコール型、又は多価アルコール類、ジエタノールアミン類、糖類と脂肪酸がエステル結合した多価アルコール型等を挙げることができる。
【0044】
以上に記載した界面活性剤はこれらに限定されるものではなく、何等制限なく用いることができる。また、これらの界面活性剤は単独で又は数種を組み合わせて用いることができる。
【0045】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に界面活性剤を含ませる場合、界面活性剤は、組成物全体に対して0.001質量%以上5質量%以下の範囲で含まれることが好ましい。
【0046】
さらに本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物がペースト状の形態を含む場合、そのペースト性状を調整する目的で、諸特性に悪影響を与えない範囲で増粘剤を含ませることができる。
【0047】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に用いることができる増粘剤は、無機増粘剤、有機増粘剤のいずれであってもよい。無機増粘剤としては、ヒュームドシリカ、炭酸カルシウム、ケイ酸カルシウム、ケイ酸マグネシウム、さらにサポナイト、モンモリロナイト、バイデライト、バーミキュライト、ソーコナイト、スチブンサイト、ヘクトライト、スメクタイト、ネクタイト及びセピオライト等の粘土鉱物等が挙げられる。
【0048】
有機増粘剤としては、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、カルボキシメチルセルロースカルシウム、カルボキシポリメチレン、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸プロピレングリコールエステル、ポリアクリル酸ナトリウム、デンプン、デンプングリコール酸ナトリウム、デンプンリン酸エステル、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カーヤガム、アラビアガム、カラヤガム、グアガム等が挙げられる。これらは単独で或いは2種類以上を混合して用いることができる。
【0049】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に増粘剤を含ませる場合、増粘剤はペースト中に0.001質量%以上10質量%以下の範囲で含まれることが好ましい。
【0050】
さらに本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物には、諸特性に悪影響を与えない範囲であれば、操作性、機械的特性又は硬化特性を調整する目的で、非酸反応性粉末を任意に含ませることができる。
【0051】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に用いることができる非酸反応性粉末は、(c)ポリアルケン酸が有する酸性基と反応する元素を含まないものであれば特に限定されることなく用いることができる。非酸反応性粉末としては歯科用充填材として公知なもの、例えば、無機充填材、有機充填材及び有機-無機複合充填材等が挙げられ、これらは単独で又は数種を組み合わせて用いることができる。それらの中でも無機充填材を用いることが特に好ましい。また、これら非酸反応性粉末の形状は特に限定されず、球状、針状、板状、破砕状、鱗片状等の任意の粒子形状のものや、それらの凝集体等、いずれの形状であってもよい。これら非酸反応性粉末の平均粒子径に特に制限はないが、0.001μm以上30μm以下の範囲にあることが好ましい。
【0052】
無機充填材を具体的に例示すると、石英、無定形シリカ、超微粒子シリカ、酸性基と反応する元素を含まない種々のガラス(溶融法によるガラス、ゾル-ゲル法による合成ガラス、気相反応により生成したガラス等を含む)、チッ化ケイ素、炭化ケイ素、炭化ホウ素等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0053】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物に非酸反応性粉末を含ませる場合、非酸反応性粉末は組成物全体に対して0.001質量%以上20質量%以下の範囲で含まれることが好ましい。
【0054】
また、本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物は、防腐剤、抗菌剤、着色剤、蛍光剤、無機繊維材料、有機繊維材料、その他の従来公知の添加剤等の成分を必要に応じて任意に含ませることができる。
【0055】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物は、(b)酸反応性ガラス粉末と(c)ポリアルケン酸とが(d)水の存在下で共存しない限り、粉材/液材、ペースト/液材、ペースト/ペースト等の様々な形態で提供される。具体的に例示すると、
粉材/液材の形態としては、
(b)酸反応性ガラス粉末を含む粉材と、(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物、(c)ポリアルケン酸、及び(d)水を含む液材との組み合わせ、
(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物、及び(b)酸反応性ガラス粉末を含む粉材と、(c)ポリアルケン酸、及び(d)水を含む液材との組み合わせ、
(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物、(b)酸反応性ガラス粉末、及び(c)ポリアルケン酸を含む粉材と、(c)ポリアルケン酸、及び(d)水を含む液材との組み合わせ、
ペースト/液材の形態としては、
(b)酸反応性ガラス粉末、及び(d)水を含むペーストと、(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物、(c)ポリアルケン酸、及び(d)水を含む液材との組み合わせ、
(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物、(b)酸反応性ガラス粉末、及び(d)水を含むペーストと、(c)ポリアルケン酸、及び(d)水を含む液材との組み合わせ、
ペースト/ペーストの形態のとしては、
(b)酸反応性ガラス粉末、及び(d)水を含む第一ペーストと、(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物、(c)ポリアルケン酸、及び(d)水を含む第二ペーストとの組み合わせ、
(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物、(b)酸反応性ガラス粉末、及び(d)水を第一含むペーストと、(c)ポリアルケン酸、及び(d)水を含む第二ペーストとの組み合わせ、
等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0056】
本発明の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物は、充填材料及び合着材料としての用途以外に、小窩裂溝封鎖材、裏層(装)材料、支台築造材料等、歯科治療における幅広い用途に用いることができる。
【実施例0057】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。実施例及び比較例に用いた歯科用グラスアイオノマーセメント組成物について、その性能を評価した際の試験方法は次の通りである。
【0058】
〔圧縮強さ〕
ISO 9917-1:2007に従って、以下の手順により機械的特性として圧縮強さを測定した。23℃、湿度50%の環境下において、歯科用グラスアイオノマーセメント組成物の粉材と液材を所定の割合にて練和し、その練和物をステンレス製金型(内径:4mm、高さ:6mmの円柱形)に充填した後、37℃、湿度100%の恒温恒湿槽内に静置した。1時間静置後、金型から硬化物を取り外し、それを試験体とした。試験体を37℃のイオン交換水中に練和終了から24時間浸漬した後、その試験体についてインストロン万能試験機(型式:5567A)を用いて、クロスヘッドスピード1mm/min.の条件にて圧縮強さを測定した。
本明細書では以下の評価基準において、A又はBであった場合に良好な圧縮強さを有する(即ち、高い機械的特性を有する)ものと判断した。
〔評価〕
-評価基準-
A:圧縮強さが220MPa以上である。
B:圧縮強さが200MPa以上220MPa未満である。
C:圧縮強さが200MPa未満である。
【0059】
〔練和性〕
23℃、湿度50%の環境下において、歯科用グラスアイオノマーセメント組成物の粉材と液材を所定の割合にて練和し、練和開始時を基点とし、全ての粉材が練りこまれ、練和物が一塊になるまでの時間を測定した。なお、粉材と液材の総量は420mgとした。
本明細書では以下の評価基準において、A又はBであった場合に良好な練和性を有するものと判断した。
[評価基準]
A:練和物が一塊になるまでの時間が30秒未満である。
B:練和物が一塊になるまでの時間が30秒以上50秒未満である。
C:練和物が一塊になるまでの時間が50秒以上である、又は練和物が一塊にならない。
【0060】
〔操作余裕時間〕
23℃、湿度50%の環境下において、歯科用グラスアイオノマーセメント組成物の粉材と液材を所定の割合にて練和し、プラスチック製スパチュラを用いて得られた練和物の流動性を確認した。練和開始時を基点とし、練和物の流動性がなくなるまでの時間を操作余裕時間とした。
本明細書では以下の評価基準において、A又はBであった場合に充分な操作余裕時間を有するものと判断した。
〔評価〕
-評価基準-
A:操作余裕時間が2.5分以上である。
B:操作余裕時間が1.5分以上2.5分未満である。
C:操作余裕時間が1.5分未満である。
【0061】
実施例、及び比較例の歯科用グラスアイオノマーセメント組成物の調製に用いた成分及びそれらの略称を以下に示した。
【0062】
〔(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物〕
HA1:尿素
HA2:グアニジン塩酸塩
HA3:2-ヒドロキシエチルウレア
【0063】
[(b)酸反応性ガラス粉末]
G1:酸反応性ガラス粉末1
(フルオロアルミノシリケートガラス、50%粒子径:3.4μm)
G2:酸反応性ガラス粉末2
(フルオロアルミノシリケートガラス、50%粒子径:4.7μm)
[酸反応性ガラス粉末1(G1)の製造]
シリカ23質量%、酸化アルミニウム8質量%、リン酸アルミニウム13質量%、フッ化アルミニウム14質量%、および炭酸ストロンチウム42質量%の割合で混合した後、これを溶融炉中で1400℃にて溶融した。融液を溶融炉から取り出し、それを水中で急冷することによってガラスを作製した。得られたガラスを粉砕し、酸反応性ガラス粉末1を得た。この酸反応性ガラス粉末の50%粒子径をレーザー回折式粒度測定機(マイクロトラックMT3300EXII:マイクロベル社製)により測定した結果、3.4μmであった。
[G2:酸反応性ガラス粉末2の製造]
粉砕時間を調整することにより50%粒子径を4.7μmとしたこと以外は、全て酸反応性ガラス粉末1と同様の方法にて作製した。
【0064】
[(c)ポリアルケン酸]
PCA1:アクリル酸-トリカルボン酸コポリマー粉末1(重量平均分子量:8万)
PCA2:アクリル酸-トリカルボン酸コポリマー粉末2(重量平均分子量:14万)
PCA3:アクリル酸-トリカルボン酸コポリマー粉末3(重量平均分子量:25万)
PCA4:アクリル酸-トリカルボン酸コポリマー粉末4(重量平均分子量:30万)
PCA5:アクリル酸-ホモポリマー粉末1(重量平均分子量:5万)
PCA6:アクリル酸-ホモポリマー粉末2(重量平均分子量:10万)
[(d)水]
IEW:イオン交換水
[その他成分]
TA:酒石酸
A1:アニリン
【0065】
実施例1
(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物としてHA1 1.000質量%、(c)ポリアルケン酸としてPCA1 40.00質量%、(d)水としてIEW 49.00質量%、その他成分としてTA 10.00質量%を均一に混合することで液材L2を調製した。また、(b)酸反応性ガラス粉末としてG1 100.0質量%を含むものを粉材P1とした。これら液材と粉材を表4に示した粉/液比で練和した歯科用グラスアイオノマーセメント組成物について、前記試験方法に従って圧縮強さ、練和性、操作余裕時間を評価した。その結果、表4に示した通り高い圧縮強さを示し、且つ練和性も良好で、さらに充分な操作余裕時間を有しており、歯科用グラスアイオノマーセメントとして望ましい特性を示した。
【0066】
実施例2~18 比較例1~6
表1、表2及び表3に示す組成に変えたこと以外は実施例1と同様にして液材L1及びL3~L18と粉材P2及びP3を調製した。これら液材と粉材を表4、表5又は表6に示した組み合わせ、及び粉/液比にて練和した歯科用グラスアイオノマーセメント組成物について、実施例1と同様に評価を行った。
【0067】
表4又は表5に示した通り、実施例2~18は高い圧縮強さを示し、且つ練和性も良好で、さらに充分な操作余裕時間を有しており、歯科用グラスアイオノマーセメントとして望ましい特性を示した。
【0068】
表6に比較例1~6の結果を示す。
比較例1は実施例1に対して(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物を配合していない組成物である。比較例1を評価した結果、圧縮強さが低かった。
比較例2は実施例1に対して(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物を添加量の下限値よりも少ない量で配合した組成物である。比較例2を評価した結果、圧縮強さが低かった。
比較例3は実施例1に対して(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物を添加量の上限値よりも多い量で配合した組成物である。比較例3を評価した結果、圧縮強さが低かった。
比較例4は実施例1に対して(a)一般式(1)で表される親水性アミン化合物[HA1:尿素]の代わりに、疎水性アミン化合物[A1:アニリン]を配合した組成物である。比較例4を評価した結果、圧縮強さが低かった。
比較例5は(b)酸反応性ガラス粉末の添加量を上限値よりも多い量で配合した組成物である。比較例5を評価した結果、練和性が悪く、操作余裕時間が短かった。
比較例6は(b)酸反応性ガラス粉末の添加量を下限値よりも少ない量で配合した組成物である。比較例6を評価した結果、圧縮強さが低かった。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
【表3】
【0072】
【表4】
【0073】
【表5】
【0074】
【表6】
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明は、歯科充填用グラスアイオノマーセメントや歯科合着用グラスアイオノマーセメントなどの歯科用グラスアイオノマーセメント組成物を提供する。