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特開2024-40890クランクシャフト及びクランクシャフトの製造方法
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  • 特開-クランクシャフト及びクランクシャフトの製造方法 図1
  • 特開-クランクシャフト及びクランクシャフトの製造方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2024040890
(43)【公開日】2024-03-26
(54)【発明の名称】クランクシャフト及びクランクシャフトの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240318BHJP
   C21D 9/30 20060101ALI20240318BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20240318BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C21D9/30 A
C22C38/60
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022145535
(22)【出願日】2022-09-13
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【弁理士】
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【弁理士】
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】安部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】末安 遥子
(72)【発明者】
【氏名】大川 暁
(72)【発明者】
【氏名】渡里 宏二
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA16
4K042BA03
4K042BA04
4K042BA05
4K042CA06
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA04
4K042DB01
4K042DB07
4K042DC02
4K042DC03
4K042DD02
4K042DE02
(57)【要約】
【課題】優れた疲労強度を有するクランクシャフトを提供する。
【解決手段】クランクシャフトは、化学組成が、質量%で、C:0.36~0.45%、Si:0.01~0.20%、Mn:1.20~1.60%、P:0.10%以下、S:0.040~0.080%、Al:0.005~0.060%、N:0.001~0.020%、残部:Fe及び不純物であり、表面の少なくとも一部に焼入れ硬化層を有し、前記焼入れ硬化層の組織が、体積率で1.00~5.00%のε炭化物を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.36~0.45%、
Si:0.01~0.20%、
Mn:1.20~1.60%、
P :0.10%以下、
S :0.040~0.080%、
Al:0.005~0.060%、
N :0.001~0.020%、
残部:Fe及び不純物であり、
表面の少なくとも一部に焼入れ硬化層を有し、
前記焼入れ硬化層の組織が、体積率で1.00~5.00%のε炭化物を含む、クランクシャフト。
【請求項2】
化学組成が、質量%で、
C :0.36~0.45%、
Si:0.01~0.20%、
Mn:1.20~1.60%、
P :0.10%以下、
S :0.040~0.080%、
Al:0.005~0.060%、
N :0.001~0.020%、
Cr:0.25%以下、
残部:Fe及び不純物であり、
表面の少なくとも一部に焼入れ硬化層を有し、
前記焼入れ硬化層の組織が、体積率で1.00~5.00%のε炭化物を含む、クランクシャフト。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のクランクシャフトであって、
前記焼入れ硬化層のビッカース硬さが550HV以上である、クランクシャフト。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のクランクシャフトであって、
前記化学組成のS含有量を[S]、前記焼入れ硬化層の旧オーステナイト粒径をDとしたとき、下記の式を満たす、クランクシャフト。
1.00≦[S]×D≦2.80
上記の式において、[S]の単位は質量%であり、Dの単位はμmである。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のクランクシャフトを製造する方法であって、
クランクシャフトの中間品に焼入れをする工程と、
焼入れされた前記中間品に150~210℃の温度で焼戻しをする工程と、を備える、クランクシャフトの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クランクシャフト及びクランクシャフトの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クランクシャフトには、疲労強度及び耐摩耗性を向上させるため、高周波焼入れ等による表面硬化処理が行われる場合がある。
【0003】
特開2005-314753号公報には、少なくとも一部分に焼入れを施した鋼材を用いた機械構造用部品が記載されている。この機械構造用部品の焼入れ組織は、パケット数が3以下の旧オーステナイト粒を面積率で30%以上含有する。
【0004】
特開2006-52459号公報には、少なくとも一部分に焼入れを施した鋼材を用いた機械構造用部品が記載されている。この機械構造用部品の焼入れ組織は、旧オーステナイト粒の平均粒径が12μm以下かつ最大粒径が平均粒径の4倍以下である。
【0005】
クランクシャフトに関するものではないが、特開2015-218361号公報には、高周波焼入れ後の耐摩耗性に優れた中高炭素鋼材が記載されている。この中高炭素鋼材は、化学組成が、(48/14)×[N]+10(-7000/T+2.75)/[C]+0.001≦[Ti]≦0.1を満たす。ここで、[N]、[C]及び[Ti]にはそれぞれN、C及びTiの含有量(単位は質量%)が代入され、Tには高周波焼入れ時の加熱温度(単位はK)が代入される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005-314753号公報
【特許文献2】特開2006-52459号公報
【特許文献3】特開2015-218361号公報
【特許文献4】特開2006-97109号公報
【特許文献5】特許第5421029号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
クランクシャフトのような摺動部品では、摺動部の摩擦や摩耗を抑制し、過負荷による機械的損傷や熱亀裂等のダメージが抑制された状態で摺動部品を機能させることが重要である。このうち耐摩耗性を向上させるためには、鋼材のC含有量を高くして焼入れ性を高め、焼入れ硬化層を硬くすることが有効である。また、疲労強度を向上させる観点でも、鋼材のC含有量を高くして焼入れ性を高め、焼入れ硬化層を硬くすることが有効である。一方、C含有量を高くすると、鋼材の被削性が低下する、焼割れが起こり易くなるといった問題があり、C含有量を増やすことによる改善には限界がある。
【0008】
本発明の課題は、優れた疲労強度、摺動性及び被削性を有するクランクシャフトを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一実施形態によるクランクシャフトは、化学組成が、質量%で、C:0.36~0.45%、Si:0.01~0.20%、Mn:1.20~1.60%、P:0.10%以下、S:0.040~0.080%、Al:0.005~0.060%、N:0.001~0.020%、残部:Fe及び不純物であり、表面の少なくとも一部に焼入れ硬化層を有し、前記焼入れ硬化層の組織が、体積率で1.00~5.00%のε炭化物を含む。
【0010】
本発明の一実施形態によるクランクシャフトは、化学組成が、質量%で、C:0.36~0.45%、Si:0.01~0.20%、Mn:1.20~1.60%、P:0.10%以下、S:0.040~0.080%、Al:0.005~0.060%、N:0.001~0.020%、Cr:0.25%以下、残部:Fe及び不純物であり、表面の少なくとも一部に焼入れ硬化層を有し、前記焼入れ硬化層の組織が、体積率で1.00~5.00%のε炭化物を含む。
【0011】
本発明の一実施形態によるクランクシャフトの製造方法は、上記のクランクシャフトを製造する方法であって、クランクシャフトの中間品に焼入れをする工程と、焼入れされた前記中間品に150~210℃の温度で焼戻しをする工程と、を備える。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、優れた疲労強度、摺動性及び被削性を有するクランクシャフトが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、クランクシャフトの一例の概略図である。
図2図2は、クランクシャフトの製造方法の一例のフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、クランクシャフトの摺動性に着目して調査を行った。その結果、所定の化学組成を有するクランクシャフトであって、高周波焼入れを施した後、通常よりも低い温度、具体的には150~210℃の温度で焼戻しを施したクランクシャフトが、焼戻しを省略したクランクシャフトと比較して、優れた摺動性を有することを見出した。
【0015】
さらに調査を進めた結果、このようにして製造されたクランクシャフトの焼入れ硬化層は、所定量のε炭化物(Fe2-3C)を含む組織を有していることが分かった。摺動性の向上は、このε炭化物が、基地(マトリクス)よりも凝着力が低いことによるものであることが分かった。
【0016】
なお、より高温で焼戻しを行うと、ε炭化物は固溶し、ε炭化物に代わってセメンタイト(FeC)が析出する。セメンタイトも、ε炭化物と同様に、基地(マトリクス)よりも凝着力が低く、摺動性の向上に寄与すると考えられる。一方、セメンタイトが析出すると焼入れ硬化層の硬さが低下し、必要な疲労強度を確保することが困難になる。そのため、疲労強度と摺動性とを両立させるためには、所定量のε炭化物(Fe2-3C)を含む組織とすることが好ましい。
【0017】
本発明は、以上の知見に基づいて完成された。以下、本発明の一実施形態によるクランクシャフトについて詳述する。
【0018】
[クランクシャフト]
[化学組成]
本発明の一実施形態によるクランクシャフトは、以下に説明する化学組成を有する。以下の説明において、元素の含有量の「%」は、質量%を意味する。
【0019】
C:0.36~0.40%
炭素(C)は、鋼の焼入れ性を高め、焼入れ硬化層の硬さ及び疲労強度の向上に寄与する。一方、C含有量が高すぎると、耐焼割れ性及び被削性が低下する。したがって、C含有量は0.36~0.45%である。C含有量の下限は、好ましくは0.38%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.41%である。C含有量の上限は、好ましくは0.44%である。
【0020】
Si:0.01~0.20%
シリコン(Si)は、炭化物生成温度を高温側へシフトする効果があり、Si含有量が多いとε炭化物が析出しにくくなる。そのため、本実施形態ではSi含有量を0.20%以下にする。一方、Si含有量を過度に少なくすると、焼入れ性が低下して焼入れ硬化層の硬さを確保することが困難になる。したがって、Si含有量は0.01~0.20%である。Si含有量の下限は、好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。Si含有量の上限は、好ましくは0.18%であり、さらに好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.12%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.08%である。
【0021】
Mn:1.20~1.60%
マンガン(Mn)は鋼の焼入れ性を高め、焼入れ硬化層の硬さ及び疲労強度の向上に寄与する。一方、Mn含有量が高すぎると、被削性が低下する。したがって、Mn含有量は1.20~1.60%である。Mn含有量の下限は、好ましくは1.30%であり、さらに好ましくは1.40%である。Mn含有量の上限は、好ましくは1.55%である。
【0022】
P:0.10%以下
リン(P)は、不純物である。Pは粒界に偏析し、鋼の熱間加工性や靱性を低下させる。したがって、P含有量は0.10%以下である。P含有量は、好ましくは0.03%以下であり、さらに好ましくは0.02%以下である。P含有量はできるだけ低い方が好ましい。
【0023】
S:0.040~0.080%
硫黄(S)は、MnSを形成し、鋼の被削性を高める。一方、S含有量が高すぎると、鋼の耐焼割れ性が低下する。したがって、S含有量は0.040~0.080%である。S含有量の下限は、好ましくは0.045%であり、さらに好ましくは0.050%である。S含有量の上限は、好ましくは0.075%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0024】
Al:0.005~0.060%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。一方、Al含有量が高すぎると、鋼の被削性が低下する。したがって、Al含有量は、0.005~0.060%である。Al含有量の下限は、好ましくは0.010%である。Al含有量の上限は、好ましくは0.050%であり、さらに好ましくは0.040%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0025】
N:0.001~0.020%
窒素(N)は、鋼の熱間加工性を低下させる。一方、Nを過剰に制限すると製錬コストが増加する。したがって、N含有量は0.001~0.020%である。N含有量の下限は、好ましくは0.005%である。N含有量の上限は、好ましくは0.015%である。
【0026】
Cr:0.25%以下
クロム(Cr)は、任意元素である。すなわち、本実施形態によるクランクシャフトは、Crを含有していなくてもよい。Crは、鋼の焼入れ性を高める。一方、Cr含有量が高すぎると、被削性が低下する。したがって、Cr含有量は0.25%以下である。Cr含有量の下限は、好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%である。Cr含有量の上限は、好ましくは0.20%である。
【0027】
本実施形態によるクランクシャフトの化学組成の残部は、Fe及び不純物である。ここでいう不純物は、鋼の原料として利用される鉱石やスクラップから混入する元素、あるいは製造過程の環境等から混入する元素をいう。
【0028】
[焼入れ硬化層]
図1は、クランクシャフトの一例であるクランクシャフト10の概略図である。クランクシャフト10は、ジャーナル部11、ピン部12及びアーム部13を備えている。ジャーナル部11は、シリンダブロック(不図示)の軸受と連結される。ピン部12は、コネクティングロッド(不図示)の軸受と連結される。アーム部13は、ジャーナル部11とピン部12とを接続する。ジャーナル部11及びピン部12は、それぞれシリンダブロック及びコネクティングロッドに形成された軸受と摺動する。
【0029】
本実施形態によるクランクシャフトは、表面の少なくとも一部に焼入れ硬化層を有する。クランクシャフトでは一般的に、摺動部であるジャーナル部11及びピン部12に選択的に高周波焼入れが行われ、ジャーナル部11及びピン部12の表面に焼入れ硬化層が形成されることが多い。本実施形態によるクランクシャフトも、ジャーナル部11及びピン部12の表面に焼入れ硬化層を有していることが好ましい。もっとも、本実施形態による焼入れ硬化層の位置は、これらに限定されない。例えば、ジャーナル部11及びピン部12のいずれか一方のみの表面に焼入れ硬化層が形成されていてもよいし、ジャーナル部11及びピン部12以外の部分に焼入れ硬化層が形成されていてもよい。
【0030】
本実施形態によるクランクシャフトは、焼入れ硬化層の組織が、体積率で1.00~5.00%のε炭化物を含む。
【0031】
ε炭化物は、基地(マトリクス)よりも凝着力が低く、摺動性の向上に寄与する。一方、ε炭化物の体積率が高すぎると、焼入れ硬化層の硬さが低下し、必要な疲労強度を確保することが困難になる。そのため、焼入れ硬化層の組織に含まれるε炭化物の体積率は、1.00~5.00%である。ε炭化物の体積率の下限は、好ましくは1.50%であり、さらに好ましくは2.00%であり、さらに好ましくは2.50%である。ε炭化物の体積率の上限は、好ましくは4.50%であり、さらに好ましくは4.00%であり、さらに好ましくは3.50%である。
【0032】
焼入れ硬化層の組織におけるε炭化物以外の炭化物の体積率は任意である。なお、上述した範囲の化学組成を有する鋼材では、150~210℃の温度範囲で焼戻しを行うと主にε炭化物が析出し、それよりも高い温度で焼戻しを行うと主にセメンタイトが析出する。セメンタイトが析出すると、鋼の硬さが低下する。そのため、必要な疲労強度を確保する観点からは、セメンタイトの体積率は低いことが好ましい。セメンタイトの体積率は、好ましくは0.50%以下であり、さらに好ましくは0.10%以下である。焼入れ硬化層の組織がセメンタイトを含まないことが最も好ましい。
【0033】
焼入れ硬化層の組織の残部は、主にマルテンサイト(焼戻しマルテンサイトを含む。以下同じ。)からなる。本実施形態によるクランクシャフトの焼入れ硬化層の組織は、マルテンサイトの体積率が90.0%以上であり、さらに好ましくは95.0%以上である。なお、「マルテンサイトの体積率」の計算にあたっては、炭化物の体積(ε炭化物及びその他の炭化物の体積を含む)はマルテンサイトの体積には含めないものとする。すなわち、「マルテンサイトの体積」+「炭化物の体積」+「その他の組織の体積」=「焼入れ硬化層の体積」となる。
【0034】
焼入れ硬化層の組織は、炭化物及びマルテンサイト以外の組織を含んでいてもよい。炭化物及びマルテンサイト以外の組織は例えば、ベイナイトや残留オーステナイトである。炭化物及びマルテンサイト以外の組織の体積率は、好ましくは5.0%以下であり、さらに好ましくは2.0%以下であり、さらに好ましくは1.0%以下である。
【0035】
本実施形態によるクランクシャフトは、焼入れ硬化層のビッカース硬さが550HV以上であることが好ましい。焼入れ硬化層のビッカース硬さは、表面から深さ0.25mmの位置で測定するものとする。焼入れ硬化層のビッカース硬さが低いと、必要な疲労強度を確保することが困難になる。焼入れ硬化層のビッカース硬さの下限は、好ましくは560HVであり、さらに好ましくは570HVである。焼入れ硬化層のビッカース硬さの上限は、特に限定されないが、例えば600HVである。
【0036】
焼入れ硬化層の厚さは、好ましくは1.0mm以上である。焼入れ硬化層の厚さの下限は、さらに好ましくは2.0mmであり、さらに好ましくは3.0mmである。焼入れ硬化層は、表面から深さ1.0mm以上までビッカース硬さが550HV以上であることが好ましい。ビッカース硬さが550HV以上である深さは、さらに好ましくは2.0mm以上であり、さらに好ましくは3.0mm以上である。焼入れ硬化層の厚さの上限は、特に限定されない。すなわち、本実施形態によるクランクシャフトは、芯部まで焼入れ組織を有していてもよい。焼入れ硬化層の厚さは、例えば5.0mm以下であってもよい。
【0037】
本実施形態によるクランクシャフトは、化学組成のS含有量を[S]、焼入れ硬化層の旧オーステナイト粒径をDとしたとき、下記の式を満たすことが好ましい。
1.00≦[S]×D≦2.80
上記の式において、[S]の単位は質量%であり、Dの単位はμmである。
【0038】
[S]×Dが大きすぎると、焼割れが起こりやすくなる。一方、[S]×Dが小さすぎると、鋼の被削性が低下する。[S]×Dの下限は、さらに好ましくは1.10である。[S]×Dの上限は、さらに好ましくは2.50であり、さらに好ましくは2.00であり、さらに好ましくは1.50である。
【0039】
旧オーステナイト粒径Dは、[S]×Dが上記の範囲になる大きさであれば任意の大きさであってよい。旧オーステナイト粒径Dは、好ましくは10.00~50.00μmである。旧オーステナイト粒径の下限は、さらに好ましくは15.00μmである。旧オーステナイト粒径の上限は、さらに好ましくは40.00μmであり、さらに好ましくは30.00μmである。
【0040】
[クランクシャフトの製造方法]
次に、本実施形態によるクランクシャフトの製造方法の一例を説明する。以下に説明する製造方法はあくまでも例示であって、本実施形態によるクランクシャフトの製造方法を限定するものではない。
【0041】
図2は、クランクシャフトの製造方法の一例のフロー図である。この製造方法は、クランクシャフトの中間品を準備する工程(ステップS1)と、クランクシャフトの中間品に焼入れをする工程(ステップS2)と、焼入れされたクランクシャフトの中間品に焼戻しをする工程(ステップS3)とを備えている。
【0042】
クランクシャフトの中間品を準備する(ステップS1)。クランクシャフトの中間品は例えば、上述した化学組成を有する素材を熱間鍛造してクランクシャフトの粗形状にし、必要に応じて焼準し等の熱処理をした後、機械加工を施すことで製造することができる。
【0043】
クランクシャフトの中間品に焼入れをする(ステップS2)。具体的には例えば、高周波誘導加熱によってクランクシャフトの中間品を所定の温度に加熱した後、急冷する。高周波誘導加熱に代えて、加熱炉による加熱を行ってもよい。中間品への焼入れは、ピン部及びジャーナル部等の特定の部分のみに対して行ってもよいし、中間品全体に対して行ってもよい。これによって、中間品の表面の少なくとも一部に焼入れ硬化層が形成される。
【0044】
焼入れ時の加熱温度が高い程、焼入れ硬化層のビッカース硬さが高くなる傾向がある。一方、焼入れ時の加熱温度が高すぎると、焼入れ硬化層の旧オーステナイト粒径Dが大きくなり、焼割れが起こりやすくなる。焼入れ時の加熱温度は、好ましくはAc点以上である。焼入れ時の加熱温度の下限は、好ましくは800℃であり、さらに好ましくは850℃である。焼入れ時の加熱温度の上限は、好ましくは1100℃であり、さらに好ましくは1050℃であり、さらに好ましくは1000℃であり、さらに好ましくは950℃である。加熱後の冷却は、好ましくは水冷である。
【0045】
焼入れされたクランクシャフトの中間品に150~210℃の温度で焼戻しをする。焼戻し温度が低すぎると、ε炭化物が十分に析出しない。一方、焼戻し温度が高すぎると、セメンタイトが析出して焼入れ硬化層のビッカース硬さが低下し、必要な疲労強度を確保することが困難になる。焼戻し温度の下限は、好ましくは160℃であり、さらに好ましくは180℃である。焼戻し温度の上限は、好ましくは205℃である。
【0046】
好ましい焼戻し時間は、焼戻し温度にも依存するが、例えば0.5~90分である。焼戻し時間の下限は、さらに好ましくは1分であり、さらに好ましくは5分である。焼戻し時間の上限は、さらに好ましくは60分であり、さらに好ましくは30分である。焼戻し後の冷却は、これに限定されないが、例えば水冷や空冷である。
【0047】
以上、本発明の一実施形態によるクランクシャフト及びその製造方法の一例を説明した。本実施形態によれば、優れた疲労強度、摺動性及び被削性を有するクランクシャフトが得られる。
【実施例0048】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0049】
表1に示す化学組成を有する鋼材からなるクランクシャフトの中間品を準備した。クランクシャフトの中間品のピン部及びジャーナル部に対して、表2に示す条件で高周波焼入れ及び焼戻しを行った。焼戻しの保持時間は30分とした。
【0050】
【表1】
【0051】
焼入れ硬化層の組織及びビッカース硬さの測定は、いずれもピン部に形成された焼入れ硬化層に対して行った。
【0052】
焼入れ硬化層のε炭化物の体積率の測定は、寺本真也ほか「高Si含有中炭素マルテンサイト鋼の機械特性に及ぼすFe炭化物の影響」、鉄と鋼、Vol.106(2020)、No.3、pp.165-173に記載されたX線小角散乱法(Small angle X-ray scattering:SAXS)による方法に準じて行った。SAXS測定用試料は、機械研磨によって厚さ100μm以下の薄膜にした。
【0053】
炭化物等の第二相粒子からの散乱強度は、下記の式(1)における母相(マトリクス)と第二相粒子との散乱長密度の差Δρ(Δρ=ρmatrix-ρcarbide)に依存する。ε炭化物はΔρが大きく微量でも検出可能であるのに対し、セメンタイトはΔρが小さく検出不可能である。炭化物がすべてセメンタイトに置き換わっていると考えられる550℃で焼き戻した試料の散乱プロファイルをバックグラウンドのリファレンスとし、各試料の散乱プロファイルから差し引くことで、ε炭化物からの散乱のみを抽出した。抽出した散乱プロファイルを下記の式(1)でフィッティングすることで、ε炭化物のサイズ分布曲線を導出した。炭化物(第二相粒子)はすべてε炭化物とし、ε炭化物の形状は円盤状又は球状とし、サイズ分布関数は対数正規分布と仮定した。このサイズ分布曲線を積分して体積率を算出した。
【0054】
【数1】
【0055】
ここで、qは散乱ベクトル(q=4πsinθ/λ(2θ:散乱角、λ:X線波長))、I(q)は散乱強度、N(r)は半径rの第二相粒子の数密度、V(r)は第二相粒子の体積、f(r)は第二相粒子のサイズ分布関数、F(q、r)は第二相粒子の形状因子である。
【0056】
散乱長密度ρは、以下の式(2)で定義される。
【0057】
【数2】
【0058】
ここで、dは原子密度、bは散乱長(散乱波の振幅)、cは原子分率(各元素の濃度)である。
【0059】
セメンタイトの体積率は、走査型電子顕微鏡(SEM)による断面観察と画像処理によって測定した。具体的には、観察面をナイタルで腐食し、観察倍率5000倍で観察した。約5μm×約4μmの視野の画像を撮影し、セメンタイトと他の領域とを画像処理によって色分け(二値化)し、セメンタイトの面積率を求めた。セメンタイトの体積率は面積率と等しいとみなした。
【0060】
焼入れ硬化層の旧オーステナイト粒径Dを測定した。具体的には、焼入れ硬化層から、クランクシャフトの軸方向と垂直な面が観察面となるように試料を切り出して研磨し、ピクリン酸飽和水溶液ベースの腐食液を満たした50℃温浴へ約10分間浸漬させた。その後、1%NaOH水溶液で中和し、水洗・乾燥後、旧オーステナイト粒を視覚化させた。この試料に対し、表面からの深さ0.25mmが中心となるように0.5mm×0.5mmの領域を光学顕微鏡で観察し、視野内部にある旧オーステナイト粒の個数を数えた。最後に視野の面積を個数で割り、1粒当たりの面積を出し、粒を真円と仮定した際の直径を算出した。
【0061】
焼入れ硬化層のビッカース硬さは、JIS Z 2244(2009)に準拠して測定した。試験力は300gf(2.942N)とした。表面から深さ0.25mmの位置の硬さを焼入れ硬化層のビッカース硬さとした。
【0062】
各クランクシャフトの1スローを切断し、ねじり疲労試験を行った。具体的には1スロー両端のジャーナル部を試験機に固定して、ジャーナル部に所定のトルクを繰り返しかけることによって、ピン部にせん断力を繰り返し付与した。疲労破壊が認められるか、繰り返し数が1.0×10回となるまで試験を続行し、疲労強度(疲労限度)を求めた。
【0063】
摺動性の評価のため、摺動試験を行った。具体的には、上述したクランクシャフトと同様の熱処理を施した板状の供試材の表面から、直径20mm、厚さ3mmの試験片を採取した。試験片の表面は鏡面仕上げとした。摺動試験は、ボール・オン・ディスク型摩擦摩耗試験機によって行った。ボールは直径6mmのアルミナ製のものを使用し、荷重を10N、摺動速度を10mm/秒、無潤滑(給油なし)とした。摺動試験後、摺動痕の幅を測定して摺動性を評価した。
【0064】
被削性の評価のため、ドリル外周摩耗量を測定した。具体的には、上述したクランクシャフトの母材部分(焼入れ硬化層以外の部分)と同様の組織を持つブロック(50mm×115mm×180mm)に対して、ガイド穴ドリルを用いてガイド穴(直径5.0mm)を形成した後、さらにロングドリルを用いて油穴を形成した。この一連の穴あけを600回繰り返した後、ロングドリルのマージン部の摩耗量(片側)をレーザー顕微鏡で測定し、これをドリル外周摩耗量とした。
【0065】
結果を表2に示す。
【0066】
【表2】
【0067】
表2に示すように、試験番号3~5、16~18及び23のクランクシャフトは、優れた疲労強度、摺動性及び被削性を有していた。具体的には、これらのクランクシャフトは、疲労強度が800MPa以上であり、摩耗痕幅が160μm以下であり、ドリル外周摩耗量が90μm未満であった。
【0068】
試験番号9及び20のクランクシャフトも、優れた疲労強度、摺動性及び被削性を有していた。ただしこれらのクランクシャフトは、[S]×Dの値が2.80を超えており、焼割れが発生しやすい可能性がある。[S]×Dの値が2.80を超えたのは、焼入れ時の加熱温度が高すぎたためと考えられる。
【0069】
試験番号1のクランクシャフトは、疲労強度が800MPa未満であった。これは、このクランクシャフトのC含有量が低すぎたためと考えられる。
【0070】
試験番号2、7及び15のクランクシャフトは、摩耗痕幅が160μmを超えていた。これは、焼入れ硬化層の組織のε炭化物の体積率が低かったためと考えられる。ε炭化物の体積率が低かったのは、焼戻しを行わなかったため、又は焼戻しの温度が低すぎたためと考えられる。
【0071】
試験番号6、8及び19のクランクシャフトは、疲労強度が800MPa未満であった。これらのクランクシャフトでは、焼入れ硬化層の組織のε炭化物の体積率が適正な範囲ではなかった。これらのクランクシャフトの疲労強度が低かったのは、焼戻しの温度が高すぎたため、セメンタイトが析出し、焼入れ硬化層の硬さが低下したためと考えられる。
【0072】
試験番号10及び21のクランクシャフトは、ドリル外周摩耗量が90μm以上であった。これは、これらのクランクシャフトのS含有量が低すぎたためと考えられる。
【0073】
試験番号11のクランクシャフトは、疲労強度が800MPa未満であった。これは、このクランクシャフトのSi含有量が低すぎたためと考えられる。
【0074】
試験番号12のクランクシャフトは、摩耗痕幅が160μmを超えていた。これは、焼入れ硬化層の組織のε炭化物の体積率が低かったためと考えられる。ε炭化物の体積率が低かったのは、このクランクシャフトのSi含有量が高すぎたためと考えられる。
【0075】
試験番号13のクランクシャフトは、疲労強度が800MPa未満であった。これは、このクランクシャフトのMn含有量が低すぎたためと考えられる。
【0076】
試験番号14のクランクシャフトは、ドリル外周摩耗量が90μm以上であった。これは、このクランクシャフトのMn含有量が高すぎたためと考えられる。
【0077】
試験番号22のクランクシャフトは、ドリル外周摩耗量が90μm以上であった。これは、このクランクシャフトのC含有量が高すぎたためと考えられる。
【0078】
以上、本発明の一実施形態を説明したが、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。
図1
図2